「馬鹿者おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
新年早々、博麗神社に響き渡る私の怒声。
「新年だって言うのになにそんなにだらけてるのよ!!
あなたはもう少し自分が巫女であるという自覚を持ちなさい!!」
「だって参拝客が来ないんじゃどうしようもないじゃない。
それにもう三が日も過ぎたんだし、今更人なんて来ないわよ」
私の言葉を全否定するかのごとく、神社の縁側に寝転がる霊夢。
普段からやる気0の子ではあるけれど、流石に新年早々から平常運転している霊夢には堪忍袋の緒が切れた。
確かに普通の人間が参拝するのは正月三日までが主流だけど、それを過ぎた瞬間にこの体たらくは酷すぎる。
正月期間中に頑張っていたなら許せたけれど、そんな様子もなかったしね。
「だったら少しは参拝客を増やす努力をしなさい!!
山の巫女はちゃんと人里に降りて、山に登れない参拝客の為に仮宮まで作っていたのよ!?」
「むぅ、守矢の連中も卑怯な手を……」
「全然正当です!! そもそも正月だというのにこんなに神社が閑散としてる方がおかしいのよ!!
あなたも少しは人里に下りるとか布教活動をするとかそういった努力を……!!」
「あっと、お茶が切れたから淹れてくるわ」
「人の話を聞けええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
この後私は、霊夢を縛り上げてインスタント仙人修行を開始したのだけれど、それは本筋には関係ないので省略する。
問題なのは、この時霊夢に色々な仙人修行をさせたという事。そして……。
「あの博麗の巫女をああもあっさりと……やはりあの方こそ……!!」
それを遠くから覗き見している者がいたというのに、気付かなかったという事だった……。
* * * * * *
霊夢をしこたま絞り上げてから、3日後の事。
「ふぅ……」
一刻ほど机に向かっていた私は一息吐く。
仙人は常に何かしらの修行をしているものだけれど、勿論それ以外の事をしている時だってある。
寧ろ私は、仙人として見るなら圧倒的に修行をしている時間は短いだろう。
……まあ、大概は博麗神社で霊夢に説教をしているからだけど。一応人のためを思っての行動なら、まだいい方かな。
「ホント、霊夢はどうしてあんなにやる気がないのかしらね……」
霊夢の事を思い出したら、溜め息が漏れた。
間違いなくやれば出来る子なんだし、やる気さえあれば山の神社に引けなんて全然取らないと思うんだけどなぁ。
やる気がないと表現するのは間違いかしら。やる気はあるのだけれど、行動に移さないと言うべきか。
妖怪退治をする時のやる気を、少しでも神社の管理に回せないものかしら。
と、そんな事を考えていると……。
「うん?」
玄関の戸を、こんこんと叩く音が聞こえる。
おかしいわね、私の家は特別なルートを通らないと来れないはずなのに、来訪者なんて来るわけが……。
山に入って道に迷った人が、まぐれでルートを通っちゃったのかしら。それとも……。
「はいはい、今開けますよ」
一応、細心の注意は払う。もしかしたら、なにか悪意があって此処に来たのかもしれないし。
そして、叩かれる戸の音に催促されつつ、私は玄関を開けて……。
「えっ?」
来訪者を見て、頸を傾げた。
「ど、どちら様でしょうか?」
玄関の外に立っていたのは、青い髪に大きな簪を挿した、水色を基調とした衣を身に纏った女性。
羽衣を纏うその姿は、一瞬天女か何かと間違えそうになるけれど……。
少なくとも、私の記憶にこのような女性は存在しなかった。それだけは確かである。
「ああっ……!」
だというのに、来訪者は私を見るなり、まるで子供のように目を輝かせる。
そして、いきなり私の手を掴んで……。
「お逢いしとうございましたわ!! 何仙姑様!!」
……。
…………。
……………………えっ?
「か、何仙姑?」
私の名前は茨木華扇なのだけれど。
「私、貴女様に憧れて仙人となった霍青娥と申す者でございます!!
嘗ての世では、ついぞ貴女様にお目通りする機会もございませんでしたが……!!
まさかこの幻想の地でお逢い出来るとは、感激の極みでございますわ!!」
えっと、その、なにやら大変興奮されているみたいなのですが、どういう事なのか私の頭ではサッパリ理解出来ないのですが。
とりあえず、目の前にいるこの女性は霍青娥という名の仙人らしい。
そしてどうやら、私を何仙姑……よりにもよって、八大仙の一人と間違えている様子。
いったい何処をどう間違えたのだろう。そりゃまあ、華扇と何仙姑で名前は似てるけど……。
「あ、あの、青娥さん」
「そんな、“さん”付けなど勿体のうございます。どうぞ青娥とお呼びください!」
いや、だから私は何仙姑じゃないんだってば。
まあ、話がややこしくなりそうだし、此処は一先ず無視しよう。
「えっと、この場所は特別なルートを通らねば辿り着けないようになっているはずなのですが、どうやって此処まで?」
まず、一番最初に気になったそれから訪ねる事にする。
「恐れ多くも、あちらの大鷲がこの場所に帰るのを追跡させていただきました」
青娥さんが手のひらを向けた先には、竿打がそっぽ向いて突っ立っていた。お使いにやったのをすっかり忘れてたわ。
「竿打、あとでお説教だから逃げちゃ駄目よ」
人が来れないようにわざわざ方術を用いているんだから、誰かに付けられるなんて以ての外。
まあまだ若いし、お使いにやり始めたのも最近だから仕方ないんだけど、何事も最初が肝心だからね。
とりあえず、これで一番の疑問は晴れたから、本題に入ろう。
「あの、何処で勘違いをしたのかは知りませんが、人違いですよ。
かせんはかせんでも、私は茨華仙。何仙姑ではありません」
「隠さなくても、全て判っておりますわ。
先日、博麗神社にて博麗の巫女に仙術を施しておられたのを、憚りながらも見学させて頂きました」
見られてたのか。霊夢に集中しすぎてまったく気付かなかった。
竿打が私の使役する大鷲だというのも、たぶんその時に知ったのね。
「神霊廟の主である豊聡耳神子様を倒した博麗の巫女は、それはもう人でありながら素晴らしい才を持つ存在です。
そんな彼女に対して、そのさらに上に立って教育を施せる女仙人など、八大仙の何仙姑様の他に有り得ませんわ!」
えっと、何があったのかは知らないけれど、あなたの中で霊夢の評価はちょっと高すぎると思うわ。
勿論、幻想郷に住む人間の中では間違いなく最強だろうし、仙人として見るならば、あの子ほど弟子に取りたい人間もいないと思う。
だけど、普段のあの子はお賽銭の事しか考えてないものぐさ巫女なのよ? 異変解決時の霊夢と普段の霊夢は別人だと思っていいくらいなのよ?
……私が霊夢の駄目な点ばかり見ているだけなのかな……。
「あの、霊夢の教育に関しては認めますけど、それだけで……」
「何故ご身分を隠されているのかは存じませぬが、もしやそれほどの存在となりながら、未だに修行を積まれているのでしょうか?
流石は何仙姑様でございますわ! 己が技量に限界を感ぜず更なる高みを極めようとは、まさに仙人の鑑でございます!」
ごめん、そろそろ匙を投げていいかしら。
「……で、私に何か用事でしょうか?」
どうも私が何仙姑であるという思い込みを修正する気はないようで、だったらもうこのまま何仙姑として扱われてもいい気がした。
何の用かは知らないけれど、なんであろうと断ってさっさと帰ってもらうのが正しい判断だと思ったから。
「はい、かねてより貴女様にお願いしたい事がございまして……。
ああ、貴女様にこの思いを告げられる日を、千五百年とお待ちしておりましたわ」
あの、あなたのほうが年上なんですけど。
まあいいやそんな事。とにかく用件は……。
「私を弟子にしてくださいませ!!」
……。
…………。
……………………えっ?
今日二回目よこんなに相手の言葉を理解するのに時間が掛かったのは。
「あの、あなたは既に仙人なのよね?」
「はい、その通りでございます。恥ずかしい話でございますが、行いが天に認められなかったため、邪仙と成り果てておりますが……」
邪仙だったの!? このタイミングで素晴らしい爆弾発言ね……。
「ですが、貴女様を慕う心に邪な思いはございませぬ! どうか私めに正しい仙人のあり方をご教授くださいませ!」
あまりにも曇りない眼で懇願してくるので、少々たじろいでしまう。
他のどんなお願いでも断るつもりだったけれど、此処まで純粋な眼差しでそんな事を言われると、どうすればいいのやら。
この邪仙、相当何仙姑に憧れているようだし、その期待を無碍にしてしまうのはちょっと気が引ける。
……私何仙姑じゃないんだけどね。
「あの、いきなりそんな事を言われても……」
「お願いします!! 貴女様のためならば家事雑用からどんな苦行だろうとこなしてみせますから!」
仕舞いには土下座までし始めた。本当にどうしよう。
この人、私が何仙姑じゃないと判ったらそのままショック死するんじゃないだろうか。
「……お断りします」
とにかく、此処は心を鬼にするべきだと察する。
私は何仙姑じゃないのだし、そもそも仙人としては彼女の方が先輩なのだから、私が教授出来る事などなにもない。
まあ、猛反発されるのは目に見えているけれど。
「な、何故ですか!?」
ほらね。
「邪仙とはいえ、あなたは既に仙人なのです。そんなあなたに教授出来る事など、私は持ち合わせていないでしょう。
あなたにはあなたなりのタオというものがあるはずです。それを極めていけばよろしいかと」
それに、既に仙人として目覚めている人を弟子にしてもねぇ。
たぶん、何仙姑本人も同じ事を言うと思うんだけどな。
「そんな! お願いします! 首を縦に振っていただけるまで、私は此処を動きませぬ!」
「それはそれでいい修行になりそうですが、私は心を変えるつもりはありませんよ」
「な、なれば私の仙術の結晶である“あの子”を見てからにしてくださいませ!」
あの子?
「芳香! お願いすぐに来て!」
後ろを振り向いて、誰かに呼びかける青娥さん。
いったい誰を呼んだんだろう。人の名前のようだけど、それだと『仙術の結晶』という言葉の意味が……。
「呼んだか主ー」
と、急に上から何者かが降ってきた。いったい何処に隠れていたんだろう。
地面に着地したその人物は、短い黒髪に青を基調とした服装の少女。
ただ、目を見張るのは真っ直ぐに前に突き出したまま硬直した腕と、額に張られたお札。
これって、まさか……。
「ちゃんと応えてくれたわね。いい子いい子。
何仙姑様、これが私の造り上げたキョンシー、宮古芳香でございますわ」
ああ、やっぱりキョンシーなのか。知識としてはちゃんと学んでいるけれど、実物を見るのは初めてだ。
しかし、お札の付いたキョンシーは元来使用者によって操られる人形のようなもの。
だというのに、この芳香と呼ばれたキョンシーは、まるで自分の意思で呼びかけに応えたかのように見えた。
「うお? なんだお前は。頭の肉まん食べていいのか?」
……何故か私を見ながら、そんな事を言ってくる。肉まんって……シニヨンの事かな……。
「駄目よ芳香。この方はとても偉大な仙人、何仙姑様なの」
「かせんこ? なんだそれは、食べられるのかー?」
とりあえず、食欲が旺盛なのはよく判った。
しかし、やっぱり自分の意思で会話をしているように見える。
「その子は、意思を持つキョンシーなのですか?」
「はい。元々のこの子の肉体に、私が魂を入れ込み完成させた自慢のキョンシーですわ。
少々物忘れが激しかったり馬鹿だったりもしますけど、腐っててとても可愛い子なのです」
なるほど。仙術の結晶という意味を、漸く理解出来た。
仙人には、魂をいったん別の依代に移し、その後仙人として復活する尸解仙という種族が存在する。
恐らくだけど、その尸解仙の術を応用して、死体に別の魂を入れ込んでキョンシーとしたんだろう。
ひょっとしたら、青娥さん自身も尸解仙なのかもしれないわね。
しかし腐ってて可愛いってどういう事だろう。私にはちょっと早すぎるみたい。
「あなたが邪仙である理由、なんとなく判った気がします」
「いえ、私はこの子を造る前から既にそう呼ばれていましたわ」
いや、元から死体を操る事に抵抗のない人だったのでしょう、と言う意味で。
でも、確かにこのキョンシーにはちょっと興味が涌く。
私が見たこともない術で蘇ったキョンシーとは……動物と言うかは怪しいけれど、少しそそられるわね。
別にペット達をキョンシーにしたいとかは思わないけれど、この芳香と呼ばれたキョンシーのような従順なお手伝いも……。
「……って!! 違う!!」
危うく乗せられるところだった……。
「か、何仙姑様? どうされたのですか?」
「あのですね、私でも使う事の出来ないキョンシー製作技術を持っているのでしたら、なおの事あなたにご教授出来る事なんてなにもないじゃないですか。
それに、正しい仙人のあり方と申していましたが、そもそも仙人のあり方など誰が決めるというものではありません。
己が信念を持ち、それが邪の道であろうともあなたが正しいと思ったのであれば、それがあなたのタオなのです。
ですので、やはりあなたを弟子にとる事は出来ません。お引取りください」
たとえ間違っていたとしても、この道を選んだ私が言うのだから間違いない。
「そう、ですか……」
とても悲壮感漂う表情を浮かべる青娥さん。
それはまあ、千年以上も憧れていた仙人に漸く弟子入りする機会を得たというのに、断られたというのであれば悲しくもあるか。
ちょっと良心が痛む。私は何仙姑じゃないんだけどね。
「判りました。今のところは引き下がります。
ですが、貴女様への思いを諦める事など出来ませぬ。貴女様に首を縦に振っていただけるまで、何度でもお願い申し上げますので……」
「うお? 主? もう帰るのか?」
青娥さんはそのまま踵を返し、芳香もそのままその後に続く。
肩を窄めて去っていく青娥さんの姿は、それが見て取れるくらいに寂しそうだった。
うーん……。
私は何仙姑じゃないとは言え、なんだか悪い事をしてしまったという気しか起きない。
青娥さんは本当に何仙姑に憧れているみたいだし、せっかくその夢に手が届きそうだったんのに……。
だけど、それほどまでに何仙姑に憧れているからこそ、私が彼女の申し出に受け答えるわけにはいかない。
この幻想の地にいる間は無理かもしれないけれど、きっといつか、本物の何仙姑に出会える日も来るでしょう。
それまではまあ、時々来る事になってしまうであろう彼女をあしらい続けるとしよう。誤解させてしまった、せめてもの償いとして。
いやまあ、私が何仙姑じゃないって気付いてくれれば一番早いんだけど……。
青娥さんを見送った後、道場の中に戻る。
なんか無意味に疲れてしまったから、竿打の説教はまた今度にしよう。
あっと、それでもお使いを頼んだものは受け取ってこないと……。
こんこん
……あれ?
頼んだものを受け取りに外に出ようとしたら、またもや戸を叩く音がした。
突然の事で意味が判らなかったものの、とりあえずそのまま戸を開けてみる。
するとそこには、先ほども玄関先に立っていた青娥さんの姿が……。
「せ、青娥さん? どうしたのですか?」
ついさっき帰ったばかりなのに、どうしたんだろう。まだ何か言い足りないことでもあったのかな。
「あの、何仙姑様……」
だんだん呼び方に違和感を感じなくなってきてしまった自分が怖い。
そんなことはどうでもいい。いったい……。
「私を弟子にしてくださいませ!!」
「ちょっと待たんかい!!」
乗り突っ込みに定評のある私も、流石に乗りの部分をカットして突っ込んでしまった。
「お願いします!! 貴女様の弟子になるのを千五百年と……!!」
「それはさっきも聞きました!! だから弟子は取らないといったでしょう!! というかそう言ったのって僅か3分前の事ですよね!?」
「何度でもお願いすると申し上げたではありませんか」
「言った! 確かに言いましたよ!! でもこういう時って普通2~3日は日を置くものんじゃないですか!?」
「貴女様へのこの思い、日を跨いでしまえば張り裂けてしまいそうなのです!
首を縦に振っていただけないのでしたら、例え何百という数字になろうともチャレンジするのみでございます!」
「さり気なく『弟子にしなきゃ迷惑行為を繰り返すぞ』って脅されてない!?」
うん、邪仙という存在を少々甘く見すぎていたのかもしれない。
目的のためには手段を選ばず、そして人を困らせる事になんら悪意を感じないというのがね……。
「と言うより! 何度も申し上げましたが私は何仙姑じゃありません!」
なので、いっその事と方向転換してみる。
そんな迷惑行為を繰り返されるくらいならば、多少強引でも私が何仙姑じゃないと判らせたほうがいい。
と言うか、ぐだぐだ変な理屈捏ねてないで最初からそうしなさいよ私。
「お戯れを。博麗の巫女を指導する立場にあり、そしてあのような大鷲を操るほどの女仙人など、何仙姑様を除いて他には有り得ませぬ」
「あなたの中で霊夢は一体どれだけ大きな存在なの!?」
「今まで生きてきた中で、私は生前の豊聡耳様を凌駕する人間など存在しないと感じておりました。
しかし、尸解仙となり新たな力を得た豊聡耳様でさえ、博麗の巫女には敵わなかった。博麗の巫女こそ、間違いなくこの幻想郷で最強の人間でございます!」
評価高い!! すこぶる高い!!
とは言え、その評価の高さもほんの少し納得出来た。さっきも一度聞いたのに、うっかりスルーしてしまったけど……。
豊聡耳神子。その名前は風の噂で聞いている。飛鳥の時代に世を治めた聖徳王その人だそうで、今は尸解仙となり幻想郷で復活したとか。
そういえばそんな異変があったのを霊夢本人の口からも聞いた気がするし、青娥さんがその異変の関係者ならば、霊夢へのこの評価も頷ける。
……頷けるんだけど……やっぱり納得は出来ないわね……。
「そして、その博麗の巫女を弟子と出来る貴女様が、何仙姑様でなくて他の何者だと仰られましょうか!」
茨木華扇です。あと遂に霊夢が私の弟子になっちゃったよ。
「と・に・か・く!!
霊夢の事に関しても竿打の事に関しても否定はしませんが、私は何仙姑じゃありません!
それでもまだ私に弟子入りなどというのであれば、力尽くでも出て行ってもらいますよ!」
手荒な手段なんて取りたくなかったけれど、流石にそろそろ我慢の限界だ。
とりあえず青娥さんを私の方術の範囲から追い出し、即座にルートを書き換える。それが一番手っ取り早い。
……戦うなんて事、本当はしたくないけど……。
「まあ、何仙姑様! 遂に入門テストでございますわね!?
なればこの霍青娥、貴女様の御目に適うよう全力を掛けて戦う所存でございますわ!!」
うわぉ、随分と斜め上を行く発想が出てきたわね。
そもそも、私よりも仙人暦が長い邪仙と戦って勝てるのかしら。今になって不安になってきた。
いや、待て、此処は私のホームグラウンド。
私一人じゃ確かに判らないけれど、此処には私のペット達が沢山いるんだ。
どうせ向こうにも芳香というキョンシーがいる。ペットたちの力を借りるくらい……。
……って、あれ? そういえば芳香は?
「クエーッ!!」
そして唐突に響き渡る竿打の悲鳴。
「か、竿打!? どうしたの!?」
突然の事に一瞬混乱したけれど、悲鳴が竿打のものだと察して、慌てて悲鳴のした方を振り向く。
そこには涙目で羽根をばたばたと上下させる竿打と、竿打の頭に噛み付く芳香の姿が……。
「竿打ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うおー、頭が固くて美味しくないぞー」
「そりゃそうです!! 人を乗せて飛べるほど大鷲なのですから身体も丈夫で……って違う!!」
「あらあら、芳香ったら、ダメよ鷲は生のまま食べちゃ。ちゃんと焼かなきゃ」
「焼くな!! なにちゃっかり仙術で炎作ってるんですか!!」
「ん? ひょっとして羽根のほうが美味しいのかー?」
「どうしてそうなった!! いいからさっさと離れなさい!!」
私も竿打に乗り、芳香を引っぺがそうとする。
だけど流石はキョンシー。その怪力は並大抵じゃなく、なかなか竿打から口を離してくれない。というか噛むな!
「ぐぎぎぎぎ……っ!!」
「あ、そうですわ何仙姑様」
「なんですか! 今忙しいんです!」
「芳香は私の命令でしたらすぐに離れますわ」
ちょっ!! それを早く言ってください!!
いや、青娥さんのキョンシーなんだからそれはそうか……。
「そ、それなら早く何とかしてください! ただでさえ軟弱な竿打がこれ以上馬鹿になったら久米の跡継ぎが!」
「ですので、私を弟子にしていただけるのでしたら芳香を離れさせましょう」
笑顔で本日二度目の脅迫入りましたよ!? 最早青娥さんが邪仙である事になんの疑いもありませんね!
「だから弟子は取らないと言っているるでしょう! 何度言わせるんですか!」
「そうですか、ではやむを得ませぬ。芳香は何でも食べてしまいますので、恨まないでくださいね」
ぐぬぬぬ、これだから邪仙は!
しかし、私の力を持ってしても引き剥がせないほどに、芳香の力は強い。怪力的な意味で。
少なくとも今の私には、芳香を止めるのは難しいと言わざるを得ません。
かと言って、竿打はあくまで野生の大鷲。私のペットではないから……いやまあ、私のペットでも、このまま見捨てるわけにはいかない。
なんとか芳香の気をそらす方法は……。
……そうだ!
「よ、芳香! 聞きなさい!」
「うお?」
芳香があらゆるものを食べる食欲旺盛な子だというのならば……!
「竿打から口を離せば、美味しい肉まん食べ放題ですよ!!」
……静まり返る辺りの空気。噛まれたままの竿打ですら、暴れるのを止めたくらいに。
あー、流石にちょっと思慮が足りなさ過ぎる発言だったかしら……。
幾らキョンシーとは言え、こんな事に釣られるなんて事は……。
「肉まんだとぅ!!」
……あれっ?
「肉まんは大好きだぞ! お前の頭の肉まんを食べてもいいんだな!」
子供のように目を輝かせながら、私に迫ってくる芳香。既に死んでいるというのに、表情が物凄く生き生きしていた。
えっと、その、流石はキョンシーというべきなのかしら……。
頭の中まで腐ってるから、こんな安っぽい釣り文句にすら引っかかってしまうとは……。
あ、でも私の頭だけは食べないで。
「早く食ーべーさーせーろー!」
「あ、ちょ、ちょっと待って。私の頭のは肉まんじゃないから。家の中にあるから私を食べないでお願い」
「なんでもいいから食べさせ……?」
と、私の肩を掴んで、そのまま私を(物理的な意味で)食べてしまいそうな勢いだった芳香の動きが、急に固まる。
ど、どうしたのかしら……?
「……主?」
今までの何処かネジの飛んでいた口調ではなく、明確な彼女の意思が感じられるその静かな声。
自らの主を心配するその声に釣られ、私は無意識に青娥さんの方へと顔を向けていた。
「……そんな……」
そして私の目に映った青娥さんの姿も、今までの調子のいいものとはかけ離れていた。
まるで何かに絶望するかのように目を見開き、地面にへたり込んでいる。
その尋常ならざる彼女の姿に、流石の私も戸惑ってしまう。いったい、なにが……。
「芳香が……私以外の者の命令を聞くなんて……」
……はぁ?
いや、言っている事は理解できる。なんでそんな表情をしているのかもなんとなく判る。
芳香は青娥さんのキョンシーで、基本的にキョンシーは術者以外の命令は聞かない。
もし術者以外の者の命令を聞くとするならば、それは自分の術を書き換えられた、という事。
青娥さんは芳香の事を『仙術の結晶』と評していた。それは同時に、芳香の存在が己の仙術の全てであるという事になる。
だから、青娥さんにとって芳香が他の誰かの命令を聞くという事は、自分の全てを踏み越えられてしまったという事に他ならない。
己の力に過剰な自信を持っていたのならば、それほどのショックを受けるのも頷ける。
……だけど『餌付け』でこんなに落ち込むか普通?
「あ、あの、青娥さん……?」
なんて声を掛ければ良いのか判らず、軽く頭が混乱する。
なんでだろう、芳香を餌付けしただけでなんでこんなに悪い事しちゃったような気持ちになるんだろう……。
「主!!」
そんな私の事はお構いなしに、竿打から飛び降り青娥さんの下へと駆ける芳香。
キョンシーって関節が曲がらないから動きが鈍かった気がするけど……。
……それはきっと、芳香が『意思を持つキョンシー』だからなんだろうな……。
「芳香……」
「主!! どうしたんだ!! 主らしくないぞ!!」
必死の眼差しで、青娥さんを励ます芳香。そんな彼女の姿を、何処か潤んだ瞳で見つめる青娥さん。
それはお互いがお互いを思い合っているからこそ、そして芳香が個を持つ存在だからこそ、見られる美しきものなのでしょう。
……キョンシーに励まされる邪仙っていうのも、どうかと思うけど。流石に不謹慎かな、こんな事を考えるのは。
「……あの、何仙姑様……」
うん?
「……浅ましい姿をお見せ致しました……申し訳ありません……」
何処かやつれた表情のまま、力なく頭を下げる青娥さん。
芳香を餌付けされたのが、それほどまでにショックだったのか……。
しかし、本当にさっきまでの青娥さんの様子が伺えない。
「え、いや、その……」
「……日を改めまして、また伺いますので……今日のところは失礼します……」
えっ?
「主?」
首を傾げる私と芳香を無視して、そのまま力なく私に背を向ける。
よろよろとおぼつかない足取りで立ち去ろうとするその姿は、まるで傷付いた小動物のよう。
「あ、主! どうしたんだぞぅ!」
芳香もその後ろに付いて声を掛け続けるが、殆ど反応しない。
彼女も芳香の事を慕っているのは、今までの事からも判っているのに……。
なんだろう。
青娥さんがこのまま帰ってくれれば、私にとって何一つ悪い事はない。
私の方術の範囲から出て行ってくれたところで、ルートを書き換えてそれで終わり。
この展開は、私にとって喜ばしい事のはず。なのに、なんでこんなに胸がもやもやするんだろう。
ぎゅっと、右手を固く握る。
確かに、今までの青娥さんは非常に煩わしかった。私の話も聞かず、自分の都合のいい事ばっかり考えて……。
でも、それって誰かに似てるわよね。
私が幾ら説教しても、全然自分の行いを省みようともしない、何処かのものぐさ巫女に……。
……ああ、そっか。そういう事なんだな。
だから私は……。
「……ちょっと待ってください!!」
私の空間に、そんな声が木霊した……。
* * * * * *
「うおーぅ! この肉まん美ー味ーいーぞーぅ!!」
「本当ね。流石何仙姑様ですわ。料理も超一流とは……」
いや、別にそんな程度のものじゃないと思うんだけどなぁ。
場所は変わって、此処は私の家の居間。
立ち去ろうとした青娥さんと芳香を引き止め、肉まんを振舞っている最中である。
何故かって、芳香とそう約束しましたからね。竿打から口を離したら、肉まん食べ放題だって。
小さな約束とは言え、違えるわけにはいきません。嘘は嫌いだから。
「おかわりー!」
「はいはい、本当に良く食べる事ですね」
「ええ、そんなところも可愛いのです」
まあ、それはなんとなく判る気がする。
こうして無邪気に肉まんを頬張る姿は、まるで子供のようだ。ちょっと食べる量が尋常じゃないけどね……。
「ときに、青娥さん」
芳香の眼前に肉まんを積んだ後、私は青娥さんへと眼を向ける。
先ほどよりはだいぶ落ち着いた様子で、今は芳香と同じように……とは言わないけれど、一緒に肉まんを食べている。
「なんでございましょうか?」
「先ほどのことですが……」
そう言うと、青娥さんの肩が少しだけ跳ねる。
その反応だけでも、どうやら私が望む答えが得られそうだと察することが出来た。
「自慢のキョンシーだとは言え、先ほどの貴女の反応は尋常ではありませんでした。
貴女にとって芳香はただの死体ではない……なにか特別な意味を持つ存在なのではありませんか?」
私の考えはこうだ。
確かに芳香は、私も知らない技術によって作り出された、彼女の最高傑作。
それは仙術という範囲に留まった話ではない。なにかもっと別の……誰もが知りえない何かがあるんじゃないか、と。
だからこそ、彼女は芳香という存在に絶対の自身を持っていた。
だからこそ、たかだかあんな程度の事で、自信を喪失しかけてしまったのではないか、と。
もちろん、そんな理由があるのならば、聞き出すべきではないのかもしれませんけれど……。
「あら、嫌ですわ何仙姑様」
おろ?
「確かに、芳香が私以外の者の命令を聞いたというのは、ショックでした。でもそれは、そんなに難しい話ではありません
尤も、芳香のコントロールに絶対の自信を持っていたのも、確かではございますが……」
そう言って、青娥さんは肉まんを食べ続ける芳香へと、優しい眼差しを向ける。
その眼には、彼女が邪仙である事など微塵も感じさせないほどに、暖かさに満ち溢れていた。
「私は、芳香が大事なだけなのです」
……………。
「あの子の“死”を奪い、そして私の元に縛り付けているというのに、あの子は私を慕ってくれている。
あの子は自分の意思を持っているというのに、私の横にいつもいてくれる。私の呼びかけに答えてくれる。
そんな子を千年以上も傍に置いておいて、どうして愛さずにいられましょうか」
……これはちょっと、深読みしすぎちゃったかな……。
「ずっと私だけを見ていてくれたあの子が、初めて私以外の者の言う事を聞いた。それに少々、戸惑ってしまっただけでございますわ。
ですが、それでもあの子は私に付いて来てくれた。私を励ましてくれた。今はその事のほうが、大きく感じられます」
「そのわりには、あの子に声を掛けられても無反応でしたね」
「いえ、それは……」
目線を逸らし、言葉を濁す青娥さん。
ああ、そっちは私の予想通りのようですね……。
……この邪仙、半分は意図的にオーバーリアクションを取っていましたね……。私の気を引くために……。
「おかしいと思いましたよ。たかがあの程度で、あんなに気を落とすなんて」
「いえ、それでもあれほど瞬時に、芳香が一番気を引かれる手段を取った判断力は、お見事でございましたわ」
そんなに言われるような事じゃないと思うけど、今は純粋な褒め言葉として受け取っておこうかな。
「……何仙姑様、繰言と承知でお願い致します。
どうか私めを、貴女様の弟子にしてくださいませ。やはり私には、貴女様に教えを乞う以外の道は見えませぬ」
ああもう、また始まったよ。
だけど、今までとはちょっと違うな。今までも真剣ではあったけど……今回のそれは、真摯と形容すべきかしらね。
ただひたすらに、私の弟子になりたいと……そう思う、純粋な心。それが痛いほどに伝わってくる。
「私は誰よりも貴女様に、認めていただきたいのです。
私の道は、間違っていなかった。例え邪仙と呼ばれようとも、私が信じたものは正しかったのだと、貴女様に……!」
「青娥さん」
そう、痛いほどに伝わってくるからこそ……。
「……やはり、私はあなたを弟子にする事は出来ません」
私は、彼女の申し出に絶対に応じないと、決心する事が出来た。
「何仙姑様……!?」
「ですがそれは、あなたが邪仙だからでも、既に仙人だからでもありません。
あなたほど真摯に私を目標としてくれていたのであれば、本当ならば弟子にしたかったところではあるのですが……」
「で、では何故……!!」
ふふっ、と小さく笑う。
なんだか、本当に何仙姑と呼ばれる事に慣れてしまったな。
だけど、今はもうそれでいい。だって、彼女は私の行いを見た上で、改めて私の弟子になりたいと言ってくれた。
それは彼女の、何仙姑への憧れによっての言葉じゃない。この茨木華扇に向けてくれたものだ。
だから、今この場限り……私は本当に、彼女にとっての『何仙姑』なのだから。
「私はもう、あなたの事を認めているからですよ」
「……えっ?」
青娥さんは、大きく目を見開いて固まってしまう。
「あなたの仙術に関しても、私の知らぬ力でキョンシーを作った。申し分ありません。
そして、あなたの芳香を思う心の内を聞いて、あなたの信じたものが、間違いなどではなかった事も」
あなたが芳香を心から愛している事、それは先ほどの事でよく判りました。
芳香もあなたの事を愛している。そもそもそれに気付いた時点で、察するべきだったかもしれませんけどね。
成り立ちがどうであれ、あなたは自分の信じた道を貫き通している。
芳香を作り、芳香を愛し、芳香に愛され……そして、芳香と共にある事。それが、あなたの進んできた道。
それは、普通に考えれば良い行いではなかったかもしれない。だけど、私はそれを間違いだとは思わない。
「邪仙だとかどうとか、そんなのは関係ありません。霍青娥、あなた自身の道をあなたは知っている。
最初にも言ったかと思いますが、仙人がどうあるべきなんて事に、答えはありません。あなたが信じていれば、それがあなたの道なのです。
ですから、私に教えられる事はなにもありません。あなたは、既に自分の進むべき道を、見つけているのですから」
……ちょっと、カッコつけすぎたかな。
だけど、言いたい事は全部言えた。さっき感じた胸のもやもやも、もう感じない。
私は青娥さんに、判って欲しかったんだな。
あなたは既に、自分の進むべき道を見つけている事を。私なんかに、頼る必要はないと。
……未だ過去を引きずり、あいつからも……自分からも、逃げ続けている私なんかに、ね……。
「何仙姑様……!」
青娥さんの目に、涙が浮かぶ。だけどそれは、とても暖かな涙。
「やはり、貴女様こそ……私が目指すべき唯一無二の大仙人でございますわ……!」
……はぁ、まったく。判ってるんだか判ってないんだか。
でも、此処でそれ以上言葉を続けなかったって事は、私の言いたい事は伝わったんだと思う。
仙人としてのあり方を教わったのは、寧ろ私の方なのかもしれないわね。
ただひたすらに、自分の信じた道を貫き通す。前を見て進んで行くその姿勢は、見習わなきゃいけない。
過去を振り返る事も、大事だと思う。過去に苦悩するのも、悪い事じゃないと思う。
大事なのはそれらの過去を認めて、それでも前に進んでいく事。
青娥さんのように、何仙姑という憧れを求めて、そして芳香という存在を認めて……。
それがきっと、仙人としての……いや、人としての、本当の生き方ってものなのかもしれない。
……ああ。
私も、青娥さんのように前を見続けていられれば……。
……いつか、萃香にこの姿を見せられる日が、来るのかな……。
* * * * * *
翌日。
「んっ……」
自室で一仕事を終えた私は、大きく伸びをする。
あれから、芳香が満足するまで肉まんを食べた後に、青娥さんは帰っていった。
結局、正路は書き換えなかった。書き換える必要も、もうないと思ったから。
それに、無闇に書き換えては竿打が場所を覚えられなくなるしね。
それにしても、その竿打は何処へ行ったのかしら。
昨日芳香に噛まれた後の容態を見ようと思ったのだけれど、あれから姿を見せないし……。
芳香に食べられた肉まんの買出しもしないといけないから、どっかほっつき歩いてるのなら、早く帰ってきて欲しいのだけれど……。
「うん?」
そんな事を考えていた私の耳に、昨日と同じようにこんこんと、家の戸を叩く音が聞こえる。
「はいはい、少々お待ちください」
昨日ほどは警戒せずに、私は玄関へと急ぐ。
というのも、なんとなく来訪者が誰か判っていたから。
昨日の今日だし、家の戸を開ければそこには、昨日もそこに立っていた青娥さんが……。
「おお、お主か! 何仙姑殿という大仙人は!」
……はい?
いや、確かに戸を開けた向こうには、青娥さんが立っていた。
問題なのはそこではなく、青娥さんの回りにいる4人……あ、1人は芳香だった。つまりあと3人。
一人は、私を見るなり大声を上げた、銀髪ポニーテールで、なんだか見るからに陰陽師といったような風貌の、背の低い少女。
一人はそんな彼女を呆れ顔で見つめる、鶯色の髪で緑一色の衣をまとった……幽霊? 足がないんだけど……。
そしてもう一人は、一際目立つミミズクのように逆立った亜麻色の髪。和と書かれた耳当てを被った、何処となく高貴な感じのする少女。
「何仙姑様、突然申し訳ありません」
ああ、はい、本当に突然なんですけど、説明願えますか?
「布都様、屠自古様、豊聡耳様。この方こそ、私を導いてくださった大仙人、何仙姑様でございますわ」
「おお! ではやはり! 青娥から話は聞いておるぞ!」
「こら布都。いきなり大声を出すな。
失礼した、何仙姑殿。私は蘇我屠自古。本日はお目に掛かれた事、光栄に思います」
「私は豊聡耳神子。私たちの師である青娥が憧れていると聞くあなた様にお会いしたく……」
あ、ああ……やっぱり……。
青娥さんの口から『豊聡耳様』という言葉が聞こえた時点で、そんな気はしていたけれど……。
この人たちが、嘗ての飛鳥の世を統治した王であり、幻想郷にて蘇った尸解仙、豊聡耳神子とその部下の者たちか。
「えっと、その、本日はどのような御用向きで……?」
何故か、ものすごーく嫌な予感がする。
妖怪を目の敵にする者たちが目の前にいるからとか、そんな予感じゃない。もっと、こう……面倒事の前兆のような……。
「何仙姑様。どうか豊聡耳様たちも、私と同じようにお導きくださいませ」
はい、面倒事でしたー確定しちゃいましたー。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「ご安心を。豊聡耳様たちは、師である私も及ばぬほどに優秀な教え子でございますわ。
何仙姑様の素晴らしき導きがあれば、きっと何者にも劣らぬ大仙人となれる事と考えております」
「そういう事じゃありません! と言うか、あなたは何度言えば私が何仙姑じゃないと判るのですか!」
「ん? 青娥? どういうことじゃ? この者が何仙姑殿なのではないのか?」
「お戯れを、何仙姑様。先日の貴女様の導きは、邪仙である私の心にも深く響く、尊いものでございましたわ。
そして確信致しました。貴女様が否定しようとも、やはり貴女様は八大仙の何仙姑様なのだと!」
うぎゃあーっ!!
昨日私が下手にカッコつけすぎたせいで、完全に私の事を何仙姑だと信じて疑ってないよこの人!!
自業自得と言われたらそれまでだけど。
「おお、やはりそうなのじゃな! 何仙姑殿! 頼まれてくれるな!」
お断りです!
そう叫びたくなったけど、今はそれを飲み込む。まずはこの事態をなんとか収拾しないと……。
「あ、あの、屠自古さん。青娥さんは誤解をなさっているのです。私は何仙姑ではなくて……」
この中でパッと見、一番真面目そうだった幽霊の人を頼ってみる事にした。
この人なら、落ち着いて私の話を聞いてくれる。それで誤解が解けた後、青娥さんにその旨を説明してもらえれば……。
「何仙姑殿。布都はこのように少々常識知らずでな。迷惑を掛けてしまうかも知れぬが、宜しくお願いしたい」
「これ屠自古! 常識知らずとは誰の事じゃ!」
「君以外に誰がいると言うんだ。礼儀も弁えずに大声で叫んで。まったくこんな愚か者が、仮でも私の使役主とは……」
「ぐぬぬ……! なればお主と我とどちらが立場が上か! その身に刻んでやろうか!?」
「やれやれ、壊れる事を知らぬ私の身体に、どうやってそんなものを刻めるのやら。玉葱も満足に刻めんくせに」
「た、玉葱は関係ないじゃろう!」
「料理もマトモに出来ないような奴が、私よりも上を名乗るとはな。つくづく君は愚か者だな」
……ああ、駄目だこいつら。人の話をまるで聞いてない。
青娥さんの周りの仙人たちは、みんなこうして人の話を聞かないのだろうか。どう考えても師が悪い。
屠自古さんは諦めて、私は最後の一人を頼る事にする。
そう言えば、聖徳王は心を読む力を持っていると風の噂で聞いている。
「あの、神子さん……」
この人ならば、私が何仙姑ではないということにも気付いてくれる。
……気付いてくれる、はず……。
「……………」
……何故か、やたらにこにこといい笑顔を浮かべている神子さん。
それは本当に楽しそうな笑顔で……それと同時に、不気味とすら感じられるほどで……。
「どうしました? 華扇さん」
そんな妙な違和感も、神子さんのその言葉で、一瞬で霧散してしまう。
「やはりあなたならば判っていただけますよね!」
まだ本名を名乗っていないのに、神子さんは私の事を『華扇』と呼んでくれた。
普段なら心を読まれている事に不気味がる処だけれど、今はそれが物凄く頼もしい。
流石は伝説の聖徳王。人を見極める目なくして、その伝説は築けまい。
「ど、どうか青娥さんに、誤解であるという事を伝えていただけませんか?
私は茨木華扇。何仙姑じゃなくてただの一介の……」
……私の言葉は、そこで止まってしまう。と言うのも、ある事に気付いてしまったからだ。
先ほどから、やたらといい笑顔を浮かべている神子さん。
この底が知れない笑顔を、私は知っている気がする。
……いや、まさか……ね……?
……そんな……ことは……。
「……もしかして、面倒事が大好きなタイプだったり……しませんよね……?」
「とっても大好きですよ☆」
弾けんばかりの笑顔で、語尾に『☆』までつけて返事をしてくれやがった聖徳王。
本当にロクな人がいませんね青娥さんの周りは!!
邪仙の元で育った仙人はみんなこうなんですか!? みんな頭のネジがどこかに吹っ飛んでるんですか!?
青娥さんのこと、見直したと思ったらこのザマだよ!! もう何も信じられない!!
そもそも青娥さんに限った話じゃないし!! 幻想郷の住人は人の話を聞かないのが大多数だったよ!!
ああもう、昨日の事だけでも充分に面倒だったと言うのに……。
「い、いい加減にしてください!! 私は何仙姑ではなく茨木華扇だと言っているでしょう!!」
「もう、何仙姑様。貴女様こそ豊聡耳様たちをからかうのはお止めになってください」
「からかってなどいません!! あなた達はもう少し人の話を聞くことを覚えなさい!!」
「まあ、早速お説法ですわね。布都様、屠自古様。仲良くしていないで何仙姑様の言葉に耳を傾けてくださいな」
「そんな事聞かずに私の話を聞きなさい!! いや、とにかく私の話を聞きなさい!!」
「はい、ですから説法を聞く準備は整っておりますわ」
「そういう事じゃないってばああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私の苦悩は、まだまだ始まったばかりだったようだ……。
ある意味純粋・・・なのか?
華扇ちゃん苦労人やなw
そして華扇ちゃんは苦労と怒鳴りつけが似合ってしまうお方。可愛いから仕方ないね。
竿打モグモグ。
イイハナシダナーと思って読み進めたら、余計に面倒ごとに巻き込まれるとか……御愁傷様、華扇ちゃん
華扇ちゃんはほんま苦労人やで
これ読んで華扇を慕う青娥って図もしっくりきた。面白かったよ!
華扇ちゃんは苦労人ポジが似合うなw
あと、あとがきがとても酷かったので作者さんは一度芳香に噛まれた方が良いかと思われます
この青娥さんは邪な感じが少ない。むしろ無邪気ですらある。だからこそ手に負えない部分もあると思いますけどね。
やっぱり青娥は邪仙だな。
終始押され気味の華扇ちゃんが面白かったです。
本当に話聞いたげてよw
あと太子様はやっぱり一枚上手だった。
始終話を聞いてもらえない華扇が良かったです。
しかしこの扱いにもまるで違和感が……華扇の今後はどうなるんだろう……
悪気ゼロで悪事、迷惑行為を繰り返すんだろうなあw
低得点化の中ですら点数が高いのも頷ける