Coolier - 新生・東方創想話

春画を求めて三千里

2012/04/01 22:22:39
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春の陽気で炬燵も姿を消した博麗神社に少女二人。
一人は気だるそうにお茶をすする楽園の巫女、霊夢。
そのまま昼寝に移行できそうな雰囲気である。

ちゃぶ台を挟んで反対側に座っているもう一人は地霊殿の主、さとり。
こちらは対照的に、将棋の試合でもしているような印象を受ける。
彼女は出されたお茶にも口をつけず、恥じらいをかみ殺すようにして切り出した。

「しゅ、春画ありませんか!?」

博麗霊夢は茶を吹いた。








春画を求めて三千里








「あ、あんたねえ。たまに飼い主の方が来たと思ったら、いきなり何だっていうのよ」

雑巾でちゃぶ台を拭きながら、爆弾発言の相手を詰問する。
少し冷めたところのある霊夢にしては珍しく動揺しているらしい。
ばば臭いという評価を受けることの多い彼女であったが、一応花も恥じらう乙女である。
やや顔を赤らめたさとりは、視線を手元に落として説明を始めた。

「実はお空が旧都の街中で春画、春画と連呼するんです……」

「なんじゃそりゃ……」

読者諸兄には娘が「えっろっ本!えっろっ本!」と言いながら電車内を駆け回っているところを想像してほしい。
彼女たちはその意味が大して分かっておらず、ただ覚えたての言葉を使うのが楽しいのである。
加えてお空は自分を諌めようとする羞恥心で真っ赤になったさとりのリアクションを楽しんで、余計にそれを繰り返すのだ。
悪循環を断ち切るにはさとりが冷静に注意すれば良いのだが、世間体を気にする恥ずかしがり屋の性分の上、魔理沙や霊夢に会うまでは優秀なヒキコモリだった彼女は無駄に初心なせいでそれが難しい。

「でも何で春画が必要なのかの理由になってないけど」

「お空は春画が何かわかっていません。勝手におもしろいものと思い込んでいるんです」

「だから本物を見せればがっかりすると?」

「ええ」

一理あるわね、と返そうとして霊夢は「いや本当にそうか?」と疑問を感じた。
しかし結局、まあ別になんでもいいか、といつも通りの仙人的スタンスに落ち着いた。
ちなみにこの間0コンマ秒。
誰よりも無重力、無関心、無気力という点でブレない少女である。

ちなみにさとりの判断には、江戸や明治から長い時を経た人里では浮世絵の絵柄は過去の美的感覚となりつつあるという事実に基づいている。
絵柄の趣味は外の世界とそう大差はなくなっているのだ。
阿礼乙女の記す、最近の幻想郷縁起を見ればそれがよくわかるだろう。

「で、ウチに来た理由は?」

「地上で私が頼れる人が他にいないんですよ……」

無論、この頼れる人という言葉は「面白そう」と興味本位で首を突っ込み、事態を悪化させるような人物ではない、という意味も含む。
幻想郷では多くがそのような奴らばかりの為、選択肢は自ずと狭まる。
元々交友範囲の狭いさとりなら、ただでさえ選べる道は少ない。

「まあ流石にうちにはないけど人里ならあるでしょ」

よっこいしょ、という掛け声とともに赤い巫女が立ち上がった。
右腕の肘を左手でつかんで、天に向かって伸びをする。

「じゃ、早速行きましょうか」

「手伝ってくれるんですか?」

「テンパったアンタが人里でもめ事を起こすかもしれないしね。ああ、報酬は食卓で支給して頂戴」

第三の目で本音は九割以上後半であることを覗き見しつつも、彼女は巫女の提案に甘えることにした。











青空の下で中年の女性が張りのある声で八百屋と値切り交渉をし、数人の子供たちが木の棒を持って通行人にぶつかりかけながら道を駆ける。
それを見ておじいさんが「最近のガキは……」と毒づく一方で、その隣を歩く老婆は「あなただって小さい頃はああだったの、忘れたの?」とからかうように笑う。
喧噪がBGMとなった人里の表通りを二人は進んでいった。

不安であることを悟られないよう、なるべく堂々と振舞おうとするさとりであったが、第三の目は高速で辺りを見回している。
歩き方はどことなく硬さが感じられた。
ただでさえ人ごみは嫌いなのに、ましてや見知らぬ地となれば無理もない。

「ここね」

霊夢は「古本屋」と書かれた黒ずんだ看板を掲げるやたら人気のない建物の前で立ち止った。
そこだけ周りの活気から隔離されていて、時が止まっているかのようである。

「なんて言うか……随分……」

「寂れてるでしょ。本屋ならもっと先にでかくて新しいのがあるからね。ここに出入りするのは雰囲気が好きだったり、古書が目当てだったするような物好きしかいないわ」

んでもって浮世絵なんて扱ってるのは時代遅れなこの店ぐらいなものよ、と付け加える。

「ちょっと失礼じゃないですか?」

「怒鳴り声が返ってこないから大丈夫よ。ここの店主は耳が遠いし」

おろおろと心配するさとりに、霊夢は腰に手を当てながら答えた。
どうやらここの店主とは仲が良いらしい。

「す、すいませーん」

「だから耳が遠いんだから、そんな小さな声じゃ聞こえないわよ」

「すいませーん!春画ありませんかー!」

博麗霊夢はすっこけた。
それはもう古典的に漫画のごとく。
お空と大差ないじゃない、というツッコミを心の中でこなしつつ、店の奥に進んだ。
取り残されたさとりは自分の過ちに気づき、その場で耳まで真っ赤になって固まった。

『最近の若い子ははしたないわね』

『まだあんなに幼いのに淫語を習得してるとか……ハァハァ』

『ああ……真っ赤になってる……拉致りてぇ……』

『春ですねー』

それなりの苦難を乗り越えてきた彼女も、恐らく人生でこの瞬間ほど、自分の能力を恨んだことはないだろう。
心臓の鼓動は手先にまで血液が回っているのが自覚できる程で、まだ寒さが薄らと残る季節なのに服の内側で嫌な汗がつう、と流れる。
体を動かせる精神状態に戻ると、逃げるようにして彼女も店内に入った。

「死にたい……」

「じゃー死体はアンタの家の猫に引き取ってもらえばいいかしらねー」

さとりの慰めを求める嘆きを華麗にスルーしながら二人は古本屋の中を歩く。
店内は日光が十分に取り入れられておらず、妙に薄暗い。
天井まで届きそうなほどの本棚だけでは飽き足らず、地面に「文々。新聞」をしいて二人の胸の辺りまで本を積み上げていた。
ほとんどの本が黄色くなっていて、そこから発せられる独特の匂いが鼻孔をくすぐる。

「ちょっとー、生きてるのー?」

霊夢が奥に向かって呼びかけると、しわがれてはいるが元気そうな声が聞こえてきた。

「相変わらず無礼なガキだこと。ババアは基本的にしぶといんだよ」

「他の人にはこんな風に言わないわよ」

土足で入れる地面から一段高くなったところにカウンターがあって、その奥の扉が開いて六十位の老婆が現れる。
引き戸の向こうには、生活感の溢れる和室が覗く。
二人のにやりとした笑いは、彼女らの関係が親密であることを示していた。

「んで、そっちの子は?」

「実はカクカクシカジカで春画が欲しいんだって」

「はー、若いのに子持ちなんて大変だね」

明らかにカクカクシカジカの内に誤解が生じていたが、今のさとりにとっては取るに足らぬものだった。
老婆は草鞋を履いて地面に降りて、「こっちだ」と浮世絵のある場所へ案内した。

「捨てるのが勿体ないから置いてるだけで、こんなのは酔っぱらったジジイか余程の物好きじゃないと買わないんだけどねぇ」

そう言いつつも、浮世絵に店の一畳程度のスペースを割いていた。
とはいえ棚代わりとした本の群れの上に置かれていて、厳密に半畳も割かれていないだろう。
さとりが束の上を一枚取ると、その下には同じ絵が顔をのぞかせる。

「へえ。基本的に一枚絵だと思ってたけど……」

「浮世絵は大量生産品だかんね。おかげさまで希少価値も出やしない」

浮世絵の中の数枚の春画を見ながら、さとりはうめいた。

「うーん……」

「どうかした?」

「いくら興奮するような絵柄でないとはいえ……こんなえっちなモノをあの子に見せるのは、教育上よろしくないんじゃないかと……」

悩む妖怪少女に、老婆が一枚の春画を差し出した。

「なら、これなんかどうだい?」

「こ、これは……ッ!」

絵には一人の女性とタコが絡み合っているところが描き出されていた。
いやらしいことなど何もない、女の人がタコと戯れているだけのようにも見えなくはない。
これならお空の悪影響にならないと考えたさとりは、たまには主らしく即座に決断した。

「いくらですか?」

「このくらいかね」

老婆はどこからともなく取り出したソロバンで、金額を示した。
意外と安いなあ、と思いつつさとりは財布を取り出そうとポケットに手をつっこんだ。

「あれ……無い」

反対側のポケットも探してみるが、手のひらには布の感触だけが残った。
家に財布を忘れてきた、その事実を認識するとさとりの顔が青くなった。。
隣で霊夢がため息をついた。

「悪いけど私は手ぶらよ」

「お客さん、うちは面倒だからツケは無しにしてるんだ」

首筋を冷や汗が伝う。
ここから神社に戻って、更に地底でも奥の方にある地霊殿に戻って、またここに来るまでの時間を計算して、さとりはがっくりと膝をついた。
唇の隙間から「私って本当にバカ……」という台詞が漏れ出す。
すると店主がぽん、と手をたたいた。

「そうだ、ちょっとの間、店番してくれんか?そしたら駄賃代わりにそれをあげるよ」

「本当ですか?!」

天使でも見るような目で、勢いよく顔を上げる。
老婆は苦笑いで応えた。

「それじゃ、制服を着てもらおうか」

「はい……あれ、霊夢さんは?」

「手伝わされそうな雰囲気だから帰ったみたいだね」












「何でこんな服があるんですか……」

さとりは白を基調として、自らの髪の色とマッチした紫をアクセントとしたメイド服を着ていた。
陰気な店には不釣り合いな服装である。
本人は普段着ることがないモノを着ているせいで、いまいち落ち着きがない。

「二十年前に私が着ようと思って買ったヤツだよ」

「……失礼ですが、年齢を伺ってよろしいでしょうか」

「ええと……還暦を迎えたのが十何年前だったかな」

そういや何故か息子夫婦が必死になって私が着るのを止めようとしたんだったっけか、何か都合の悪いことがあったのかね。
そうぼやいて顔をしかめて本気で悩む老婆を見て、さとりは心の中で彼らに合掌した。

「それじゃ店番頼んだよ。あたしは出かけてくるから」

颯爽と彼女は出かけて行った。
特に説明も受けずに放置された彼女は、とりあえずカウンターに座ってみた。
そして一息ついた。

今日初めて一人になったな、と思い至る。
落ち着いてみると、そういえば家のガスの元栓を閉めただろうか、ペットたちはちゃんとお留守番できているだろうか、などと懸念が次々と浮かび上がってくる。

「いや、今はしっかり店番に集中しないと」

勤務態度を真面目に切り替えたが、客は一人もいないので特に意味はなかった。
三分ともたずに、精神的疲労の重みでカウンターに突っ伏した。

「あー」

それからしばらく後、意識と無意識を行ったり来たりしていると、誰かの足音が聞こえる。
顔を上げると、自分と同じような紫色の髪をした少女が本棚の陰に消えていくのが見えた。

「確か……稗田阿求だったかしら」

脳裏に残った姿は、見聞きしたその人物と外見が一致した。
一瞬垣間見えた心境には、店主代理をさとり妖怪が務めていると分かった様子はない。

「このまま放っておいていいのかしらね……」

口の中で独り言を転がす。
引き受けたからにはちゃんとしなくては、と少し緊張しながら客の方へ向かった。
本棚から顔の右半分だけを出してみると、背伸びをしながら高い段に手を伸ばしている。
妙にやる気のわいたさとりは、その辺にあった脚立を引っ張ってきた。

「お客様、少々お待ち下さい」

「あっ」

阿求の隣に脚立を置いて、自分がその上に乗った。

「今、取って差し上げますか……ら……ね……」

彼女が手を伸ばしていた段の本の背表紙を見て、さとりは絶句した。
端からタイトルを挙げると

『僕は男のセフレが多い』

『鬼畜眼鏡+』

『イタリアとドイツの尻の硬さの相違点について』

『分度器総受け本』

『東方男体化~ゆかれいむ編~』

『法衣を脱ぐ日』

『俺の糞が食えないってのか』

『食い散らかされた天丼マン』

『マリオ×ルイージ』

などなど、どこぞのキョンシーですらドン引きものの腐りっぷりだった。
阿求は顔を真っ赤にして目を回していた。

「あ……えと……これは……友達がっ……」

これは何かフォローを入れねば、とさとりは脳みそを頭蓋骨の中で高速回転させる。
彼女の言い訳に乗ればいいものを、完全にトドメをさした。

「阿礼乙女だからって腐っちゃいけないとか無いと思うんですよ」

「うわぁあああああん!」

その瞬間、虚弱体質である阿礼乙女は、ボルトーもびっくりの走力を見せつけたという。
彼女が去って行った店内には、唖然とした妖怪一匹と砂埃が舞っていた。

恐らく店番が寝ているカウンターにお金を置いて行って、商品を気付かれずに買っていくという魂胆だったのだろう。
さとりが知る由もないが、この店を訪れるのは先ほど霊夢が挙げたような人種だけでなく、買っているところを友人に見られたら不味い本を手に入れたい人も良く来るのだ。

「大変ですねぇ……」

自分と同様、恥ずかしい思いをした人を見つけて、少し嬉しくなったさとりであった。
ほくほくとした心境で再びカウンターに座る。

しばらくすると冷静になってきて、僅かに罪悪感を抱いた。
さらに時間が経つも、客は中々訪れず、持て余された無聊と戦う羽目になった。
寝てはいけない、と思うがついついカウンターに突っ伏したくなる。

「これじゃダメだわ……」

地面に降りないまま体を傾けて、何とか手が届く位置の本を、辛い姿勢のせいで震えた指で掴み取る。
音読でもすれば流石に目も覚めるだろう、と彼女は考えページをめくって読み始めた。













私は彼女の体をグレイズし続ける。
体が汗や色んな液体で濡れてきた彼女は、一旦スタートボタンを押して汗をぬぐおうとした。
少し微笑んで、私がスペルカードから通常攻撃へ切り替えると言うと、彼女は展開していた陰陽玉を閉じて低速移動しようとするが、無理矢理に玉を開かせた。
彼女の体からは(グレイズのせいで)何かが溢れだす。
しかし私の方が先に限界を迎え、スペルブレイクする。

仕方なく私は次に「地獄の人工太陽」を使う。
すると、自然と霊夢の体が私に吸い寄せられる。
あせる彼女だが、陰陽玉の締りがよくなり、今度はこちらが窮地に立たされる。
耐久スペルだったのだが、こちらの制御棒が先に限界を迎えそうだ。
しかし彼女の方だって残気もボムもほとんど残っていないだろう。
結局私たちは、ほとんど同時にピチューンした。














「ってほとんど官能小説じゃないの?!」

そう言いながら、さとりはさっきまで音読していた本といっしょにカウンターに突っ伏した。
体が羞恥で体が火照っているが、先程の春画宣言のせいで変に耐性ができたのか、普段ほど動揺していない。

「アンタ、大丈夫……?」

彼女が顔を上げると、そこにはパチュリー・ノーレッジが呆れ顔で突っ立っていた。
流石にいつものネリグジェ姿ではなく、森ガールのような装いである。
店にいる謎の少女が妖怪さとりであることを理解すると、動かない大図書館は露骨に顔をしかめた。

「あら、パチュリーさんじゃないですか」

嫌われ者達の王は流石の貫録で、そのリアクションにも一片たりとも傷つくそぶりを見せずに答えた。
ついでに春画宣言で免疫ができたのか、独り言ツッコミを聞かれたことにいたっては、どうでもいいらしい。
好きな子にフラれた後では、テストの点が多少低くても全く気にならないのと同じだ。
さとりの場合に関しては両方とも大差がない気もするが。

「やっぱり本を買いに来たんですか?」

さとりには彼女が「コイツ相手に隠してもしょうがないか」と心の中でつぶやく声が聞こえた。

「いや……むしろ私は本を売りに来たのよ」

彼女はバッグから原稿用紙の束を取り出した。
他の大きな本屋と違い、この古本店は同人誌の製本も取り扱っているのだ。

「へえ、読むだけではなく書く方もやるんですか。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「はいはい」

やや諦めたような表情でパチュリーは原稿を渡すが、口元が緩んでいるところ辺り自分の作品を読んでもらいたいらしい。
世界で最も本を読んでいると言ってもいいかもしれない少女はいったいどのような小説を書くのか、と期待しながらさとり原稿を受け取った。








絶え間なくへにょりが彼女を襲う。
一つ一つそれぞれが意志を持っているかのようなそれは、グレイズと共に徐々に精神を削っていた。
表情はとろけてしまっていたが、へにょりの先端が分かれ、札になって蠢き始めると、その顔に絶望が再び舞い戻る。
さらなる耐久が始まった。
もう何度目かわからぬピチュリを迎えるが、それでもへにょりは彼女を襲うのを止めなかった。











さとりは脳内で「お前かよ」とツッコミを入れた。
一応先ほど読んでいた本の表紙を見てみると、題名は「エクスタシ・ステージ」で著者名は「むきゅきゅ・のうれっじ」となっていた。
隠す気があるのか疑わざるを得ないペンネームである。
言葉を失ったさとりを、深く感動したものと思い込んだパチュリーは、自分の作品に対する解説を勝手に始めた。

「弾幕ごっことベット上の遊び、両方を想像できるでしょ?これは江戸時代の春画や洒落本のように権力に抑圧される中で熟成されてきた文化、つまりは一種のカウンター・カルチャーの模倣なの。そして私はこういった文化は、そうした圧迫を受けてきたからこそ成り立ったと思ってるのよ。ほら、禁断の関係とか燃えるじゃない」

彼女が興奮気味に話すのを、さとりは適当に相槌を打って応えた。
しばらくすると落ち着いてきて「ちょっと喋りすぎちゃったわね」と申し訳なさそうではあるが、どこか
満足げに言った。

「原稿、渡しといて」

「わかりました」

パチュリーが帰ったのを見送ると、薄暗い店内の中でさとりは息をついた。
すると丁度パチュリーと入れ替わるようにして店主が帰ってきた。

「何若い奴がため息ついとるんだ」

「あ、お婆さん」

老婆は両手にいくつも持っていた呉服屋の紙袋を、家の中に放り込んだ。
さとりはとりあえず、むきゅきゅ・のうれっじの原稿を渡した。

「どうだった、今日は?」

「何かどっと疲れましたよ……」

「そうかそうか」

からからと笑い、店主は春画を取ってきた。

「そもそも初対面の人間に店番任せるってどうなんですか?」

見ず知らずの人間をそんな簡単に信用していいのか、とさとりは非難気味に問う。
老婆は優しく目を細めた。

「タイムセールがあってさ。四の五言ってる場合じゃなかったんだよ」

彼女はそう言うが、第三の目は別のことを告げていた。
「いや、あんたね、どうにも気を張ってる感じがしてたからね。店番とか任してみたらゆる~くなるんじゃと思ったけど、ちったぁ成功したみたいだね」と。
こういう風に普通ならわからない人の善意も伝わってくるから、人の心を読めるのも悪くはない。
さとりは気付かれないよう俯いて口元を緩めた。

「それじゃコレ。ついでにこの本もサービスしてやるよ」

老婆はその辺にあった小説と一緒に春画を手渡した。
社交辞令として一度断った後、それを受け取ったさとりは地面に降りた。



「今日は、本当にありがとうございました」

「いんや、こっちこそね」

人の善意に触れて嬉しくなったのか、小走りにさとりは出て行った。

「はー、若いっていいねぇ」

ちなにみメイド服だったことに気づいて、顔を真っ赤にしてすぐ戻ってきたのは言うまでもない。


















春画作戦はなんだかんだで上手くいったようで、お空は本物の春画を見てがっかりした。
地霊殿のリビングの中心、さとりは倒れるようにしてソファーに寄りかかる。

「たまには地上も悪くないわね……」

疲労しきった様子ではあるが、何処か嬉しそうな顔をしていた。
人の心を読めてしまうのは確かに辛いが、それを楽しみに変えていくのが妖怪さとりなのである。
自分の忘れかけていた哲学の正しさを実感した一日だった。

さっそく先程もらった小説を読んでみるか、と本を手に取る。

「…………」

そして言葉を失った。
表紙に「むきゅきゅ・のうれっじ」と書いてあったのだ。
さとりは脱力して、ソファーへと溶けていった。
すると横でうろちょろしていたお空が主人の手の内にある本を見つけた。

「あ、ご本よんでください!」

「駄目よ、お空。これ官能小説なんだから……」

さとりため息を一つついた。

――――――そして自分がとんでもない過ちを犯したことに気づいた。
ソファーから飛び上がってお空の方を見ると、にんまりと笑っている。

「かんのーしょうせつ……?」

この後旧都の大通りで、お空が新しく覚えた言葉をコールする事態となったのは言うまでもない。
地味に実験的要素が多いので怖いです……
オチからではなく入りから考えたのは初めてです。
そのせいかストーリーに引っ張られて、自分の中のキャラクターとズレてしまいましたが。
さとりはもっと落ち着いたイメージですが、やたら赤面するのもそれはそれで……

三人称でやるのはほとんど初めてなので、おかしいところがあったら是非とも教えてください。
その他誤字脱字報告批評感想などコメントをいただけたら嬉しいです。
真坂野さかさ
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コメント



0.2190簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
さとり様…
7.100名前が無い程度の能力削除
『食い散らかされた天丼マン』ってすごい題名だ…
恥らうさとりが堪りませんので、もっと恥らってしまえば良いと思います
8.100名前が無い程度の能力削除
なんという腐れっぷり!
12.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりもうちょっと詳しく書いて欲しいなぁって思う部分もある一方で、これ以上尺取りたくないよなぁとも思う
けど、かなり面白かったです
20.100名前が無い程度の能力削除
官能東方小説www
バカリズム乙wwww
22.100名前が無い程度の能力削除
風流東方春華全集が揃ってると聞いて買いに来ますた。
23.100名前が無い程度の能力削除
かなりいい!すごくいい!もっと続きや間の話を書いてほしかった。
31.100名前が無い程度の能力削除
さとりさま……
32.100名前が無い程度の能力削除
さぁさとり様お空に体で教えてやるんだ
35.100名前が無い程度の能力削除
さくっと読めて面白かったですw
37.100名前が無い程度の能力削除
実験的と聞いて逆にびっくりしたわ。読んでて楽しかったし、面白さが安定してる。
ぜひともこの方向性で続けてもらいたい。
38.100愚迂多良童子削除
阿求・・・腐ってやがる、遅すぎたんだ!
ボルトーってウサイン・ボルトのことですか?
41.100名前が無い程度の能力削除
阿求の醗酵具合がレベル高すぎてワロタw
46.80名前が無い程度の能力削除
>『食い散らかされた天丼マン』
読んでみたい・・・
48.80名前が無い程度の能力削除
なにげに作中作の弾幕官能小説が面白い。阿求が心配。
52.100名前が無い程度の能力削除
っだ、ダメダこのあQ腐ってやがるww
55.100名前が無い程度の能力削除
大爆笑したwww
61.90名前が無い程度の能力削除
弾幕官能小説って、新ジャンルにも程があるだろww
面白かったっす。
62.100もんてまん削除
>耐久スペルだったのだが、こちらの制御棒が先に限界を迎えそうだ。
これに腹筋が限界を迎えそうだったわw
64.80名前が無い程度の能力削除
ノ、ノーレッジさん?