「ねえ妹紅」
「んー?」
草木も眠る丑三つ時の竹林。いつもの決闘にもキリがつき、休憩ということで二人並んで地べたに腰をおろしていたところで、輝夜は妹紅に問いかけた。
今宵は新月。月の明かりは頼りにできず、代わりに妹紅がたき火をおこして明かりにしている。
メラメラと燃える火の赤みがうつった顔を、二人はゆっくり向かい合わせた。
「今日が何の日か知ってる?」
「今日? 今日と言うと……もう日はまたいじゃってるから、四月の一日?」
「そ、四月の一日」
きっぱり言う輝夜に、妹紅はうーん、と考え込んだ。
しばし待っても答えは出てきそうにないので、輝夜は早々に正解発表。
「四月の一日はね、嘘をついてもいい日なのよ」
「あーそうか。忘れてた」
輝夜の正解発表に妹紅はやや大袈裟なリアクションをとりながら思い出した。
慧音から聞いた覚えがある。何でも四月一日は「えいぷりるふうる」とか言って、里の子どもたちが面白がって嘘をつくから大変らしい。
「でも、それがどうしたのさ?」
「どうしたもこうしたもないわよ。こんな面白そうな日に嘘をつかないなんてもったいないわ。ということで、これから嘘をつきあいましょう」
至極楽しそうな顔をする輝夜。
そんな彼女を前に、妹紅は呆れ顔でため息を漏らした。
「あのさ、嘘だと宣言しておきながら嘘をついて何が楽しいのよ?」
「とにかくやるの。わたしがやりたいの!」
妹紅はもう一度、今度はさっきよりも大きく、ため息をついた。
こうなってしまっては、妹紅が首を縦に振るまで輝夜はやりたいと言い続けるだろう。
嫌になるほど永い付き合いの中で、妹紅はその事を重々承知していた。
「仕方ない。付き合ってあげるよ」
「やった!」
諦めて同意した妹紅に、輝夜は小さくガッツポーズをした。
そして、まずはわたしから、と言ってどんな嘘をつくか考え始めた。
「そうね~……永琳が本気を出して地面を殴ると地球が真っ二つに割れる」
「ははは、何それ」
最初から嘘だと宣言して、そして内容も明らかに嘘。
くだらない事この上ないのであるが、それでも妹紅は思わず笑ってしまった。
想像してみるとなかなか愉快である。
「どう? こんな遊びも面白いでしょ?」
「そうね。意外と面白いよ」
「じゃあ次はそっちの番。面白い嘘をお願いね」
「面白い嘘か……」
少し時間をかけて、妹紅は考え込んだ。
元来あまり嘘には慣れていない身であるため、いざ嘘をつけと言われてもすぐには出てこない。
困っていたら、輝夜はニコニコしながら助言をした。
「そんなに難しく考えないでいいのよ。どうせここだけの嘘なんだから、ありえない事を適当に並べればいいの」
「うーんそれじゃあ……実はわたしには娘がいる、とか?」
「そんな感じよ。ふふふ、それにしても貴女に娘か。ホントにいるんだったら是非とも顔を見てみたいわ。きっとすごく生意気な顔ね」
「うるさい。どんな生意気な顔も、あんたには絶対敵わないよ」
憎まれ口を叩きあいながら、二人は笑っていた。
発案者の輝夜自身にしてみても、その輝夜に付き合う妹紅にしてみても、このお遊びはなかなかどうして面白かった。
「じゃあ次はわたしの番ね。んー、永遠亭の地下にはかつて700人の人間を無残に殺した悪魔のウサギが幽閉されている」
「なにそれ変なの。それじゃあ今度はこっち。えーっと、藤原妹紅は一人じゃない。わたしを倒しても、第二第三の藤原妹紅が……」
「考えただけでもゾッとするわね。うんと、今の蓬莱山輝夜、つまりわたしは影武者で、そのことは永琳だって知らない。この事は最終話で明らかになるの」
「最終話って何よ。あー……慧音が半人半獣というのは実は嘘で、あれは表の人格と闇の人格。ハクタク状態が闇慧音なの」
「……蓬莱人が真の力に目覚めると、スーパー蓬莱人になる。そしていずれはスーパー蓬莱人2、さらにパワーアップしてスーパー蓬莱人3になる」
「……わたしは今でこそこんな姿だけど、本当はもっと大人。蓬莱の薬の副作用で若返ってしまった」
「えーと……」
「うーんと……」
二人は次々と嘘をつき続けた。嘘をついては、一緒に笑った。まるで子供の戯れではあったが、それで十分楽しかったのである。
そして、こんな嘘つき合戦が始まって小一時間ほど経った頃。
「……そろそろネタも切れてきたわね」
「……そうね、もう何年分も嘘をついた気分」
疲れたように輝夜が言うと、それに妹紅も同意する。
辺りはずいぶんと静かだった。聞こえるのは、パチパチというたき火の燃える音だけ。
しばしその静寂に身を預けた後、妹紅がそっと口を開いた。
「そろそろお開きにする?」
元々決闘は既に終わっていて、少し休めばそれでお互い帰るはずだった。
それを輝夜の提案で、もう少し遊んでいったのである。そのお遊びもこれでおしまい。
ならば、お開きは当然の結論。
「……そうね。楽しかったわ」
輝夜が答える。
その声に含まれた一抹の名残惜しさに、妹紅は気付かなかった。
「じゃあ帰るとしますか。あ、火の始末はちゃんとしておかないと」
そう言って妹紅が立ち上がろうとした時、輝夜は何かを思い出したかのように一言、そうだ、と呟いた。
「ねえ妹紅」
「え、何……!?」
答えると同時に、妹紅は狼狽した。立ち上がるため体重をかけた手に、輝夜が自身の手を重ねてきたのである。
突然の事に目を丸くする妹紅であるが、輝夜は気にも留めず、まっすぐと妹紅の目を見つめた。
「わたし……貴女の事が好きよ」
「……え?」
「初めて会ったときは、復讐だ仇討だと生意気な小娘がうるさいなって思ってた。でも、何度も何度も、数え切れないくらい貴女と戦っている内に、そんな感情はどこかに消えてた。その代わりわたしの心に入ってきたのは、純粋に貴女を求める想い。激しくて、それでいて繊細な貴女の輝き……」
「え……え?」
「本当なら、ずっと貴女と会っていたい。話しあっていたい。笑いあっていたい……」
「ちょ、ちょっと……」
重なる手、美しい瞳、甘美な言葉。それらすべてが、妹紅の思考回路に深刻なエラーを生じさせる。
体は熱く、心臓の鼓動は大きくなり、口は思うように動かず、輝夜を止めるための言葉が一切出てこない。
そうこうしている内に、輝夜はますます勢いを増した。
「貴女が欲しい。愛してる……」
「うわわぁっ!?」
輝夜は両手を妹紅の背中に回し、体を密着させる。
そして、驚きのあまり体を強張らせてしまった妹紅の耳元まで口を寄せ、そっと一言。
「……ねえ妹紅。今日は何の日か、知ってる?」
「きょ…今日……ハッ!?」
妹紅は我に返った。
今日が何の日かと言えば、簡単な事。
さっきまでのお遊び。えいぷりるふうる。嘘をついてもいい日。
「……か、輝夜ぁ!」
「きゃ!?」
妹紅が輝夜を軽く突き飛ばす。その拍子に、輝夜は尻もちをついてしまった。
だが妹紅は全く気にせず、立ち上がって大声をあげた。
「あんた、よくもいけしゃあしゃあとあんな事が言えたわね!」
「妹紅がまんざらでもなさそうな顔をするからつい……」
「つい……じゃないわよまったく! それに、誰がまんざらでもないって!?」
「あら? わたしの言葉の一つ一つに顔を赤くしていたのはどこのどなただったかしら?」
「う、うるさい! ……はぁ、もういいよ」
毛ほどの反省の色も無い輝夜の態度に、妹紅は諦めてしまった。
これ以上どんなに怒声を上げたところで暖簾に腕押し、糠に釘。それも永い付き合いの中で分かっている。
もう一度ため息をついてから、その場に腰をおろした。
「あのさ輝夜」
「何かしら?」
「……さっきの言葉は、全部嘘ってことでいいんだよね? 四月一日の」
「……まあ、そう捉えてもらっても結構よ」
そんな言い方をして、そして輝夜はにやりと笑った。
「もしかして、残念だった?」
「だ、誰が残念なもんか! ただの確認よ!」
「ふふ、でしょうね」
たき火の色がうつったのとは違う赤みが、妹紅の顔を染めている。
その顔を一瞥して、相変わらず悪戯そうに笑みを浮かべたまま輝夜は立ち上がった。
「じゃあわたし帰るね。火の後始末はお願い」
「あ、うん……」
おしりについた土ぼこりを手で払ってから、輝夜は妹紅に背中を向けて歩いて行った。
後に残された妹紅はと言えば、先ほどの一件以来体の火照りが抜けきらず、しばらく座って夜風に当たっていたのであった。
今日は四月一日。エイプリルフール。
嘘をついてもいい日。
嘘をついて「も」いい日。
「逆に言えばね妹紅。今日は嘘をつかなくて『も』いい日なのよ」
嘘で飾って想いを伝えた。素直じゃないとは自分でも思う。
永遠亭への道を早足で歩くその人は、たき火のそばでじっとしているその人に負けず劣らず顔を赤く染めていた。
題名に作者のセンスを感じました。
姫様ったら可愛いんだからもう!
……あれ、薬は少年日曜か?
こんな日にしか言えないこともありますね