例えばの話をしよう。
ものすごく風が強い日だったとして、風が強ければ雨も降るかもしれないと思い、人は傘を用意する。
この場合は別に雨の気配が無くても、私は常に傘を持ち歩いているわけだが。
幼い頃にこう思ったことは無いだろうか。
こんなに風が強いなら、もしかして空、飛べるんじゃない……?
それはもう夢のようなことだ。傘で風まかせに空を飛ぶというのは、子どもたちに聞く空を飛んでみたい道具ランキングで、タケ○プター、そして風船に次いで第三位に入り込んでくる、子どもたちの夢なのである。
今日は風が強い日だった。気を抜いて立っていたら、風に煽られてコケてしまうくらいの強風、春一番が吹き荒れる日だった。
私は空を旅した――
そして今、木に引っ掛かっている。
割と高い。
やばい。流石にこの姿は人には見せられない。
「あっ、何か妖怪が木に引っかかってるッスよ幽々子様」
「そうね妖夢」
「ギャアアアアアアアアア!!」
早い。傘で空を飛ぼうとしてる場面でさえ見られると恥ずかしいから、結構必死で人が少ない場所を探したのに、何で木に引っ掛かってほんの五分くらいで人に見つかったのか分からない。
「木に……ボフォッ! 木に引っ掛かってるッスよ!」
「そうね」
「何だよもう! 状況見たら頼まなくても分かるでしょ! 助けてよ!」
「あの妖怪パンツ丸見えッスよ!」
「そうね」
「目ェ潰すぞクソガキィイイイイイイ!」
駄目だ。少なくともあの銀髪辻斬り女のほうに関しては、その後光に良識とか倫理とかを超越した何かが見える。
パンツを隠すために身を捩りたいところだが、実はこれ、木に直接身体や洋服が引っ掛かっているのではなく、木にいい感じのバランスで引っ掛かった傘に身体がふわっと絶妙に絡んでいるから、ちょっと動くと傘がするっと滑って、この割と高いのをダイナミックに着地しなければならなくなる。
更に。
「普通に空を飛んで降りればいいんじゃないの?」
「……それが出来ないの」
何を隠そう、恥ずかしいから隠したいんだがこの傘には秘密があって、妖怪の能力を閉じ込める特別な霊木から出来たものなのだ。
「何でそんなもの使ってるの?」
「普通に空飛べたんじゃ、傘を使って空飛べたのか自分が普通に空飛んでるのか分からなくなるじゃない!」
「……何言ってるの?」
「あの妖怪頭おかしいんッスかね」
「アンタに言われたくないんだよ! いいから早く助けろ!」
「あーはいはいこれでいいッスか」
「木を蹴るな木を蹴るな木を蹴るな!」
身体がゆらゆらと揺れている。身体が傘から離れればいいのだが、この感じはじわじわと傘が木から落ちそうになっている。
地面へ落下するまでの数秒未満で、身体から傘を離してふわっと空に舞う……不可能と見た。
「あの妖怪注文多いッスよ」
「さっきからその『あの妖怪』って言うのやめてくれない?」
「あら、いいの?」
「……うん?」
「別にやめてあげてもいいけど、『匿名希望』じゃなくて、頭悪い考えのまま木に引っ掛かってパンツ丸出しで泣きべそ掻いてるこの状況で貴女の実名を公表していいのかと私は聞いて」
「あの妖怪でお願いします」
「そうね。それがいいと思うわ」
私が押し黙ると、二人は下で相談を始めた。何を言っているかは聞こえなかったが、程なくして。
「行くッスよ幽々子様」
「いいわよ妖夢」
幽々子が木に背を向けて立った。幽々子の正面に数メートル離れて、妖夢が立った。
そして妖夢が幽々子のほうへ走り出した。
「ヤァー!」
妖夢が幽々子へ飛びついた。
「ハッー!」
幽々子が妖夢の足を両手で捉えて、そのまま後ろへ思いっきり放り投げた。
「トォー!」
妖夢がそれにタイミングを合わせて力強くジャンプした。
「サァー!」
幽々子がガッツポーズをした。
そして妖夢が私の隣に引っ掛かった。
「……」
「……」
「……」
「……ぐっ……うぐ……ひっ……」
「泣かないのよ妖夢! 強い子は泣かない!」
「そ、そうよ! さっきは悪かったわ! クソガキとか言っちゃって本当にごめんなさい!」
もうダメかもしれない。
しかし、此処ではっと妙案を思いつくのが私だ。
「そ、そうよ。折角ここまで来たんだから、貴女が私を掴んで飛べば」
「それは無理なのよ」
「ど、どうして?」
「今日の妖夢はね……修行の一貫として妖怪の能力を閉じ込める特別な霊木から出来た鞘を使っているの」
「わだじッ……グッ……びゅびゅござばぼばぼぶばべ」
「分かったからもう喋らなくていいわよ!」
このまま、木にぶら下がったまま生きることを覚悟した時だった。
「あら、面白そうなことをやってるわね。何をやってるの?」
やってきたのは、幻想郷のミセス・パラソルこと、風見幽香だった。
「それがね」
その幽香が幽々子から説明を受けて、とりあえず一分くらい大爆笑した。その間ずっとこっちは赤面して涙を堪えないといけなかった。
「なるほどね……じゃあ私が助けてあげる」
そして幽香は持っていた傘を振り上げて。
一本の木が、ゆっくりとその生を終えた。
「良かったの? 貴女が木を殴り倒すなんて」
幽々子が聞く。幽香は倒れた木を愛おしそうな目で見つめながら答えた。
「この木はもう寿命を終えていたわ。春が来ても蕾を付けない、終わった木。だから倒してあげて、新しい命が芽吹くための準備をしなければならなかったの。だから今日はここを通りかかったのよ」
それを聞いて私は頷く。
「なるほどね……」
結構太めの枝が帽子の上からかんざし状態になっているのが分かる。妖夢がそうなっているから。
「まあそういうことで私の用事は済んだし、帰るわ」
幽香の姿を見送って、幽々子がこちらを向く。
「もう恥ずかしくはないわね」
「……ええ、そうね」
「匿名希望は卒業よ。紫、白玉楼でお茶でもいかが?」
「頂くわ」
「妖夢! 起きなさい」
「……ハッ! ゆ、幽々子様」
「屋敷に戻ってお茶の準備を」
「分かりました。こちらの方はお客様ですか?」
「……? 妖夢って言ったかしら」
「はい」
「キャラ変わった?」
「はい?」
「きっと打ちどころが悪かったのね」
私と幽々子で顔を合わせて笑う。妖夢は、よく分からない顔をしてとりあえず、笑った。
ずっと小傘かと思ってたw
貴方のSSのキャラの壊れっぷりが心地いいんですw
でもこんな三人も好きやわw