深く深く、落ちていく。
永く永く、溺れていく。
終わらない夢。確定された結末。
何度も何度も繰り返し、
何度も何度も零れる雫。
出口の見えない、悠久の悪夢。
――そう。ここは貴女の記憶。
ようこそ、ムゲン回廊へ。
□■□
「嘘よ………」
彼女と繋いだ手は冷たく、溢れ出る熱い液体が私を紅く染める。
もう彼女の笑顔を見ることも、あの声を聴くことも出来ない。
「いや…お願い、目を…開け……て………?」
そこで私の意識は途絶えた。
□■□
「どこかいい場所は…と」
私は大学内の廊下を歩いていた。
この間入学したばかりだったが、ある程度の場所は覚えた。
そして現在、休憩時間に本でも読めそうな、そんな静かな場所を探していた。
「おっ………」
色々歩き回っていると、一つの教室を見つけた。
誰にも使われなくなった教室。旧校舎の一角にそれはあった。
「失礼しま~す……て」
「あら………?」
意気揚々と扉を開くと、そこには先客がいた。
金色の髪に薄紫の瞳。……留学生だろうか?
日本語は通じるみたいなので、とりあえず挨拶をする。
「初めまして、宇佐見蓮子って言います」
「私はマエリベリー・ハーン。よろしくお願いします」
「えっと………」
「……………?」
「うっ………」
「…………」
沈黙。話すような話題がないため、挨拶の後が続かない。
どうしたものかと視線を彷徨わさせると、彼女と目があった。そしてその瞬間、
「………っ!?」
背中に冷たいものが走った。彼女も同様に驚きの表情を浮かべていた。
何というか……自分と同じ色をしているのだ。
そして、それを理解したとき、
「気持ち悪い目………」
思わず口走ってしまった。彼女がその表情を曇らせる。
そのことに軽い罪悪感を感じながらも続けた。
「……でも、素敵な目」
「え………?」
その言葉は意外だったのだろう。さっきよりも驚いていた。
しかし、そう思ってしまったのだから仕方がない。
彼女は私には見えない何かを、その瞳で見ている。
確信が欲しくて、彼女に直球で聞いてみた。
「……ハーンさん。貴女は何を見ているの?」
「………人に聞く前にまず自分から。そういうものじゃない?」
「……それもそうね」
そう言われてしまっては、この眼について語らないわけにはいかない。
一呼吸おいて、私は自分の特異な眼について話す。
「私のこの眼は、星と月があれば時間と場所を知ることが出来る」
「ホントに?」
「ええ」
彼女はまた驚いていた。
よく驚くなぁ~と思っていたら、いつの間にか意地悪そうな笑みを浮かべていた。そして、
「……気持ち悪い目」
「なっ………」
「でも、素敵な目ね」
言い返された。結構気にしていたらしい。
何故か彼女は私の眼を素敵だと言った。
ただ単に言い返しただけとも考えられるが、しかし………。
気になったので聞いてみると、
「秘密」
と言われてしまった。………何か色々負けた気分だ。
少々機嫌を悪くして――いじけたとも言う――私は、そのままの状態で彼女に言った。
「……貴女の番よ」
「ああ、そうだったわね」
しかし、そんなことは気にもせずに彼女はそう言ってのけた。
それでまた敗北感を味わったのだが――いちいち気にしていると切りがない。
よって私が出した答え。気にしないことにした。
「……で?結局何なのよ?」
「………私のこの眼は、境界を見ることが出来る」
「境界……?何かの境目ってこと?」
「ええ。あちらとこちら。結界の境目を見ることが出来るわ」
「あちらと…こちら……」
何だか物凄く魅力的な言葉だと思った。実際、私にとってはこの上なく魅力的なのだ。
正反対の瞳。私が現で、彼女は夢。互いが互いを補うように。
私の眼と組み合わせると、凄いことが出来るような気がする。
………決めた。ダメもとで頼んでみよう。
「ねえ、私と一緒にサークルやらない?」
「サークル?」
「そう。この世界に封じられた秘密を暴く、そんなサークル」
「……それって、法に触れることにならないかしら?」
「ギリギリでかわす」
「………はぁ」
思い切りため息をつかれた。完全に呆れられている。
(………やっぱり、無理かな………?)
そう、半ば諦めていたので、次の言葉は意外だった。
「……いいわよ。その話、乗ったわ」
「え…ホント?」
「ええ。何だか楽しそうだしね」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女を見て悟った。
現実的に分析するくせに、どこまでも幻想的。
彼女に敵うわけがない。
気を取り直して、彼女の方を再度見る。
「よ、よろしく、ハーンさん…ってのも変ね。何かあだ名つけていい?」
「あだ名?別にいいけど………」
「ま、まえ、まえりべりーだから……」
「……そんなに発音しにくい?」
「ええ、まあ……よし、決めた!」
「何になるのかしらね」
「……メリー」
「メリー?」
「そう、それが貴女のあだ名!」
「メリー、ね。わかったわ、蓮子。これからよろしく」
「……!うん。改めてよろしく、メリー!!」
それからメリーと色んな場所へ行った。
大体はお茶して話して終了だったが、彼女と過ごす日々は楽しかった。
そして今日も、いつもの喫茶店で待ち合わせをしていた。今回はちゃんとサークルとして、だ。
「ねえ、蓮台野に行かない?」
いつも通り遅刻を咎められ、ようやく落ち着いてきたころに話を切り出した。
「蓮台野?」
「ええ。この写真を見て」
「………今回は、正解かしら」
「……と、いうことは?」
「あるわよ。結構大きめのが」
こうして次の目的地が決まった。
活動日を明日と半ば強引に決めると、メリーは少し不満げな顔をした。が、諦めたらしい。
山門は本当は三門と書くだとか色々話したが、明日のことを考え早々に店を出た。
………さて。今回は何が待っているのかしら?
見事な桜だった。丑三つ時の暗い墓。
そこに不釣り合いなほど、その桜は美しさを感じさせていた。
―――どれほどの時が経ったのだろう?
ついつい桜に魅入っていると、何処からともなく黒い蝶が飛んできた。
そのままその蝶に向かって手を伸ばす。
「蓮子、ダメ!!」
悲鳴じみたメリーの制止の声も虚しく、私は蝶に触れてしまった。
そしてそのまま誘われるように――――――。
□■□
「おはようございます、紫様」
「おはよう、藍」
長い眠りから主が目を覚ました。
起きたばかりの紫様は、虚ろな目でどこか遠くを見つめていた。
………おかしい。気になったので聞いてみることにした。
「……何かあったのですか?疲れているように見えますが………」
「何でもないわ……」
予想通り紫様はそう答えた。
何かあるのは明らかだが、主にそう言われては深く聞くこともできない。結局、
「そう、ですか……」
と言うことしかできなかった。
(……何があったのか、私に聞く権利はない…か)
自嘲気味にそう思ってしまう。
それでも、何かがおかしいということが気になってしまう。
声には覇気がなく、顔色もどこか優れない。
私がおかしいと思ったのはそれだけが理由ではない。
ここ数年、紫様の冬眠期間が長いのだ。
それに、起きた時さっきみたいな――疲れているような、悲しんでいるような。
言葉にしにくい、そんな表情をしているのだ。
そこまで考えて、
(……考えていても、始まらないか)
そう思い、食事の準備に取り掛かった。
あれから、何事もなく時は流れていった。
その間、紫様は特に変わられたわけでもなかった。
あれ以来、あんな表情をすることもなく、いつも通りに。
私がよく知る、八雲紫その人だった。
………あの違和感は、気のせいだったのだろうか?
あれこれ考えているうちに季節は巡り、再び冬眠の時期が訪れた。
「藍、後のことは任せたわ」
「はい。ゆっくりお休みになってください、紫様」
「……ええ。ありがとう。おやすみ、藍」
そして主は、何度目かわからない夢の世界に旅立った。
□■□
「あ…れ………?」
意識が覚醒するとそこは自分の部屋。
微妙に痛む頭で考えてみたがわからない。
何か、夢を見ていた気がするのだが、忘れてしまった。
「……って、ヤバッ!!」
時間を見ると、待ち合わせ時刻まであと少し。
急いで身支度をし、彼女が待つ場所へ向かった。
「ゴメン、遅れた!」
「……14分28秒の遅刻。………こんな時間に一人きりにさせないでよ」
「申し訳ない………」
既に夜は深まっている時刻。
確かに一人きりにさせたらまずいだろう。……色んな意味で。
「……さて、行きますか!」
歩き出す私の後ろを、呆れ顔のメリーが追いかけてくる。
そして今回の目的地――蓮台野へと向かった。
見事な桜だった。丑三つ時の暗い墓。
そこに不釣り合いなほど、その桜は美しさを感じさせていた。
―――どれほどの時が経ったのだろう?
ついつい桜に魅入っていると、何処からともなく黒い蝶が飛んできた。
そのままその蝶に向かって手を―――
「蓮子、ダメ!!」
(あれ……?どこかで………)
―――伸ばしかけて止めた。
ありえないはずのその光景が目に浮かぶ。
(……メリーが…叫んで、私が蝶に触れて…それで………?)
そこで意識を失った。確かそうだったはず。
ここに来るのは初めてのはずなのに、何故?
「…子……蓮子!!」
「え、あ、メリー……?」
混乱しかけた私は、メリーの声で現実に引き戻された。
「……帰りましょう?ここは私たちがいるべき場所じゃないわ」
「そう、ね………」
メリーの言葉におとなしく従う。
何か得体の知れない違和感と恐怖を残して、今日の活動は終わった。
□■□
紫様が、目覚めない。
眠りについてからもう、半年が経とうとしている。
それでも目覚めようとはしなかった。まるで、起きるのを拒んでいるように見えた。
紫様が眠る前に言った言葉が思い出される。
『藍、後のことは任せたわ』
その言葉がもし、二度と目覚めないという意味ならば……?
「何故、なのですか………?」
私の知る紫様は、決してそのようなことをお考えには………!
―――私は何を知っているのだ?
「私の知る紫様、か………」
結局の所、私は何も知らないのだ。……いや、それは少し違うのか。
知っていることは知っている。
境界を操る、妖怪の賢者。
幻想郷を創り出した者。
私の唯一無二の主。
並べ立てることは幾らでもできる。しかし。
―――それが何だというのだ?
そんなことは、幻想郷の誰もが知っている。
そして、そこに本当の紫様がいるのかと問われると……答えることが出来ない。
決してその肩書きが偽りであるとは思わない。だが、何かが抜け落ちている。それは……。
―――それ以前の紫様は?
幻想郷を創る以前。絶対に語ることはない、紫様の過去。
誰も知らない、知ることのできない秘密。
博麗の巫女も、亡霊の姫君も。
そして――長く傍にいた私でさえも。
人の過去に立ち入るな。そう言われればそこで終わりだ。
誰しも、その身に秘めた過去がある。
それを踏み荒らされたくはないだろう。私だってそう思う。
だが――どうしても気になってしまうのだ。
かつてあの人の隣にいた人物のことが。
私の知らない紫様を知っているその人物のことが。
私は…私は………!!
―――この言いようのない感情は一体何なのだろうか?
「はぁ……」
少し、疲れた。
自分があれほど強い感情を持っているとは知らなかった。
こんな感情、久しく忘れていたというのに。
だが、考えてみればずっと心の奥底で燻っていたのだ。
始めた会った時から今日まで。そして、これからも。
隠しておいたこの想いは、一時だけ溢れだした。
「全てを知りたいと思ってしまうことは、罪なのですか……?」
その問いに答える者は、誰もいなかった。
□■□
あの蓮台野の一件以来、私はあの違和感に苛まれ続けていた。
実は、蓮台野の時に感じた違和感は、他の時にも感じていたのだ。
それは決まって、私の身に何か起こる時だった。
目が覚めると微妙に頭が痛くて、そして……。
その場面になると、一度経験したようなビジョンが見える。
まるでそう――終わらない回廊のように、同じ日を繰り返してるかのよな。
「夢……なのかな?」
正夢…とは少し違う気がする。
その夢みたいなモノのおかげで、私は正しい選択をしている。
しかし、こうも考えられるのだ。
誰かが夢を見せ、現実で間違わぬよう操作する。
つまり、その誰かに操られている…というわけだ。
「あーーもう!!」
いい加減、頭がこんがらがってきた。
とりあえず、明日は活動日だったので寝ることにした。
明日には何かが起こるような、そんな気がした。
「到着!」
「はぁ、はぁ…蓮子、置いていくなんて酷いわ」
「ゴメン、ゴメン。ところで……」
「……あるわよ。しかも、今までで一番大きいやつが」
「ホント!?よっしゃー、ビン…ゴ……?」
景色が、少しずつ歪んでいく。
(また……この感覚………)
そう。正夢のようなあの光景。
私とメリーが、この場所を色々探索している。が、
(何か……違う?)
いつもとは違った。
まず、今日の朝起きた時、あの変な頭痛はしなかった。
そして、私たちはまだ、探索を始めていない。
(どういうこと………っ!?)
そう思ったとき、私の記憶が渦巻き、そして二つにぶれる。
蓮台野、東京の実家、月面ツアーの話。何故か急に記憶が蘇っていく。
(何、なのよ……!?)
その時、歪みが消え、ビジョンも消えた。
今見たものは、一体なんだったのだろうか?
落ち着いて、改めて思い返す。
記憶の奔流。今思い出すということは、何かあるのかもしれない。
そう思い、秘封倶楽部の記憶を探っていく。
さっき思い出したことも含め、全部だ。
(……やっぱり、何でもないのかしら?)
記憶を探って少ししてからそう思った。
考えるのを止めて、視線を上げる。
あちらとこちらの狭間と思われるこの場所。
せっかく来たのだ。向こうのことについて何か……。
………向こう?
思考が急速に整理されていく。
一つだけ引っかかることを見つけた。
まさかと思い、何度も何度も確認したが、何かあるとすればそれしかない。
信じたくはないが、あくまで冷静に考えを整理する。
(これが、真相だって言うの……?)
二つの記憶が交錯したとき、彼女の声が耳に届いた。
「蓮子、ここは気味が悪いわ。早く帰りましょう?」
メリーが焦ったように言うが、私は動かない。
そして私は話しかける。真実をハッキリさせるために。
「………ねえメリー。何で一度も、夢の話をしないの?」
「えっ………?」
二つの記憶を照らし合わせて、ただ一つだけあった違和感。
メリーの夢。それが重要なキーワード。
一方の記憶では夢の内容が語られ、もう一方では語られない。
他の部分は気持ち悪いほど――その言動全てが――同じだというのに、だ。
「な、何を言っているの?今はそんなこと……」
不自然なほどに慌てながらメリーは言う。
言いたくはなかったが、ここで止まるわけにもいかない。
「……そうよね。話せるわけ、ないか」
「や、やめて!!」
「だって……」
メリーが叫ぶ。私の声も震えていた。
だって、この先の言葉を口にしたら、もう二度と戻れないから。
それでも、私は言わなくてはならない。
「ここが、貴女の夢なのだから」
「蓮…子……どうして……?」
「………っ」
悲痛な声が響く。
理由は知らないが、彼女はこの夢を壊されることを望んでいなかった。
それをたった今壊したのだ。――他ならぬ私の手で。
夢が壊れたのなら、いずれこの世界は消えるのだろう。
私にはわからない。何故それほどまでに彼女がこの世界に縋り付くのか。
“現の私”は何をしているのだろうか?
メリーの方を見ていられなくて視線を逸らす。そして、
「あっ………」
見てしまった。メリーもまた、虚ろな目で見ている。
………“現の私”の結末を。
『蓮子、しっかりして、蓮子!!』
『メ…リー………』
「うっ…あぁ……い、いやぁぁあああっ!!」
「…………っ!」
まるで映画を見ているような感覚だった。でも。
これが、現実。記憶の終着点。徐々に記憶が蘇っていく。
“現の私”は、幻想に近づきすぎた。
この場所――博麗神社で、私は命を落とした。
結界の綻びがあるとは知らず、その場所に足を踏み入れた。
その時だった。結界が閉じたのは。私はあちらとこちらに挟まれたのだ。
それに気づいたメリーが助けてくれたのだが、もう、遅かった。
「いや……また私、蓮子を……」
「メリー………」
その瞬間、私は全てを理解した。
それと同時に私の体が、存在が薄れていく。
「……今まで何度も、同じ夢を見続けていたのね」
ただ、私に会うために。秘封倶楽部であるために。
そのために、彼女はずっと演じ続けていた。………初めて会った時から、ずっと。
……あの現のような夢は、全て“夢の私”が体験したことだった。
彼女が操っていたのだ。間違っても、何度もやり直して。
そして、もう操る必要なんてない。
……だから、彼女を夢から醒まさせる。それが私にしか出来ないこと。
最期にやらなければいけない事ができた。
「……勝手な推測でしかないんだけど」
あの時、私を助けた時。この、現のような夢の世界を創り出したとき。
彼女は境界を操ったのではないだろうか。
結界の境界を開き、夢と現の境界を操り。そして。
「向こう側に、大切な人たちがいるんじゃないの?」
彼女は創り出したのだ。忘れられた者たちが住む、私たちが探した幻想を。
「貴女より大切な人なんて………!!」
「メリー」
「………っ」
「向こうで貴女を待っている人がいる。早く会いに行ってあげなさい」
「でも……!」
「……じゃあ、一つだけ約束」
まだ何か言おうとしているメリーを制して、そう言った。
「約束……?」
「うん。約束。……必ず貴女に会いに行くわ」
「どうやってよ!?だって貴女、もう……」
「どうやっても。転生してでも、幽霊になってでも会いに行くわ」
「うっ………」
「ダメ?」
「………はぁ」
ちょっとした我侭。それくらいいいよね?
そう思っていたらため息をつかれた。でも、その方がいつものメリーらしい。
「この蓮子さんに任せなさい!!」
「………バカ」
サッとメリーが動いた。そして、
「メ、リー?どうしたの、いきなり」
ギュッと。メリーに後ろから抱きしめられた。
「……バカ蓮子。強がるのもいい加減にしなさい」
「えっ………」
「さっきからずっと震えてるの、気づいてるんだから」
「や、やだな~。どうして、こんなに震えて………」
「………こんな時くらい、素直になりなさい」
「……うん。………メリー」
「何、蓮子?」
「……私、怖いの。凄く怖い。このまま消えちゃうのも怖いけど、一番は違う」
「何が一番怖いの?」
想いが、溢れていく。
私が、本当に怖いこと。
「……メリーと離れ離れになることが、一番怖い……!」
「蓮子………」
「怖くて怖くて、私……」
「ねえ蓮子。今ならまだやり直せる。全て忘れて、もう一度やり直しましょう?」
彼女と、離れたくない……。でも……!!
「………ダメ、だよ」
「え……?」
「現実から、逃げないで………」
「………!」
「だから、ね?」
彼女の腕から抜け出し、正面から見つめる。
「本当に、それでいいの?」
「もちろん!………それじゃあ」
「………ええ。……さようなら、蓮子」
「違うわよ。こういう時はね」
そう。別れの言葉じゃなくて、再会を約束する言葉。
「またね、メリー!!」
泣きそうになったけど、無理矢理笑顔を作る。
そして、私の存在が完全に、光となって消えた。
「……うん。またね、蓮子」
最後にメリーの声が聞こえた気がした。
「……永い夢だったわ」
とてつもなく永い、大切な過去の記憶。
全てを知って、約束を思い出して。やるべきことはただ一つ。
「待っててね………」
□■□
「紫様!?やっとお目覚めになられたのですか!!」
目が覚めると、藍が凄い驚きようだった。
「藍……。私はどのくらい眠っていたの?」
「ちょうど半年、眠られていました」
「そんなに……」
「今、食事の準備をしてきますね」
そう言って藍は部屋を出て行った。
何度も何度も同じ夢を見た。
結末がわかっている悪夢なのに、どうしても彼女に会いたくて。
彼女と二人、永遠の秘封倶楽部でありたくて。
同時に何度も思ってしまった。
この能力で、彼女を助けてしまえばいいと。でも、出来なかった。
彼女の死が、この幻想郷へと続いているのだから。
あの時境界を操ったから、八雲紫はここにいる。
彼女を助けるということは、この世界が無くなってしまうということ。
私にはそんなこと出来ない。彼女が言ったように、大切な人たちが出来たから。
だから、この夢を永遠に続かせようと思った。
それなのに。
彼女は全てを知ってしまった。
今までそんなことはなかった。そして、これからもないはずだった。
でも。
私の夢は、破られた。彼女が私を現に導いた。
それならば。
「彼女を信じることにしましょうか」
最後の言葉を信じて、私は彼女を待ち続ける。
□■□
深く深く、落ちていく。
永く永く、溺れていく。
終わらない夢。確定された結末。
何度も何度も繰り返し、
何度も何度も零れる雫。
―――ある時それは、終わりを告げた。
真っ暗闇に、一筋の光。
私の記憶は現へ向かう。
さようなら、ムゲン回廊。
永く永く、溺れていく。
終わらない夢。確定された結末。
何度も何度も繰り返し、
何度も何度も零れる雫。
出口の見えない、悠久の悪夢。
――そう。ここは貴女の記憶。
ようこそ、ムゲン回廊へ。
□■□
「嘘よ………」
彼女と繋いだ手は冷たく、溢れ出る熱い液体が私を紅く染める。
もう彼女の笑顔を見ることも、あの声を聴くことも出来ない。
「いや…お願い、目を…開け……て………?」
そこで私の意識は途絶えた。
□■□
「どこかいい場所は…と」
私は大学内の廊下を歩いていた。
この間入学したばかりだったが、ある程度の場所は覚えた。
そして現在、休憩時間に本でも読めそうな、そんな静かな場所を探していた。
「おっ………」
色々歩き回っていると、一つの教室を見つけた。
誰にも使われなくなった教室。旧校舎の一角にそれはあった。
「失礼しま~す……て」
「あら………?」
意気揚々と扉を開くと、そこには先客がいた。
金色の髪に薄紫の瞳。……留学生だろうか?
日本語は通じるみたいなので、とりあえず挨拶をする。
「初めまして、宇佐見蓮子って言います」
「私はマエリベリー・ハーン。よろしくお願いします」
「えっと………」
「……………?」
「うっ………」
「…………」
沈黙。話すような話題がないため、挨拶の後が続かない。
どうしたものかと視線を彷徨わさせると、彼女と目があった。そしてその瞬間、
「………っ!?」
背中に冷たいものが走った。彼女も同様に驚きの表情を浮かべていた。
何というか……自分と同じ色をしているのだ。
そして、それを理解したとき、
「気持ち悪い目………」
思わず口走ってしまった。彼女がその表情を曇らせる。
そのことに軽い罪悪感を感じながらも続けた。
「……でも、素敵な目」
「え………?」
その言葉は意外だったのだろう。さっきよりも驚いていた。
しかし、そう思ってしまったのだから仕方がない。
彼女は私には見えない何かを、その瞳で見ている。
確信が欲しくて、彼女に直球で聞いてみた。
「……ハーンさん。貴女は何を見ているの?」
「………人に聞く前にまず自分から。そういうものじゃない?」
「……それもそうね」
そう言われてしまっては、この眼について語らないわけにはいかない。
一呼吸おいて、私は自分の特異な眼について話す。
「私のこの眼は、星と月があれば時間と場所を知ることが出来る」
「ホントに?」
「ええ」
彼女はまた驚いていた。
よく驚くなぁ~と思っていたら、いつの間にか意地悪そうな笑みを浮かべていた。そして、
「……気持ち悪い目」
「なっ………」
「でも、素敵な目ね」
言い返された。結構気にしていたらしい。
何故か彼女は私の眼を素敵だと言った。
ただ単に言い返しただけとも考えられるが、しかし………。
気になったので聞いてみると、
「秘密」
と言われてしまった。………何か色々負けた気分だ。
少々機嫌を悪くして――いじけたとも言う――私は、そのままの状態で彼女に言った。
「……貴女の番よ」
「ああ、そうだったわね」
しかし、そんなことは気にもせずに彼女はそう言ってのけた。
それでまた敗北感を味わったのだが――いちいち気にしていると切りがない。
よって私が出した答え。気にしないことにした。
「……で?結局何なのよ?」
「………私のこの眼は、境界を見ることが出来る」
「境界……?何かの境目ってこと?」
「ええ。あちらとこちら。結界の境目を見ることが出来るわ」
「あちらと…こちら……」
何だか物凄く魅力的な言葉だと思った。実際、私にとってはこの上なく魅力的なのだ。
正反対の瞳。私が現で、彼女は夢。互いが互いを補うように。
私の眼と組み合わせると、凄いことが出来るような気がする。
………決めた。ダメもとで頼んでみよう。
「ねえ、私と一緒にサークルやらない?」
「サークル?」
「そう。この世界に封じられた秘密を暴く、そんなサークル」
「……それって、法に触れることにならないかしら?」
「ギリギリでかわす」
「………はぁ」
思い切りため息をつかれた。完全に呆れられている。
(………やっぱり、無理かな………?)
そう、半ば諦めていたので、次の言葉は意外だった。
「……いいわよ。その話、乗ったわ」
「え…ホント?」
「ええ。何だか楽しそうだしね」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女を見て悟った。
現実的に分析するくせに、どこまでも幻想的。
彼女に敵うわけがない。
気を取り直して、彼女の方を再度見る。
「よ、よろしく、ハーンさん…ってのも変ね。何かあだ名つけていい?」
「あだ名?別にいいけど………」
「ま、まえ、まえりべりーだから……」
「……そんなに発音しにくい?」
「ええ、まあ……よし、決めた!」
「何になるのかしらね」
「……メリー」
「メリー?」
「そう、それが貴女のあだ名!」
「メリー、ね。わかったわ、蓮子。これからよろしく」
「……!うん。改めてよろしく、メリー!!」
それからメリーと色んな場所へ行った。
大体はお茶して話して終了だったが、彼女と過ごす日々は楽しかった。
そして今日も、いつもの喫茶店で待ち合わせをしていた。今回はちゃんとサークルとして、だ。
「ねえ、蓮台野に行かない?」
いつも通り遅刻を咎められ、ようやく落ち着いてきたころに話を切り出した。
「蓮台野?」
「ええ。この写真を見て」
「………今回は、正解かしら」
「……と、いうことは?」
「あるわよ。結構大きめのが」
こうして次の目的地が決まった。
活動日を明日と半ば強引に決めると、メリーは少し不満げな顔をした。が、諦めたらしい。
山門は本当は三門と書くだとか色々話したが、明日のことを考え早々に店を出た。
………さて。今回は何が待っているのかしら?
見事な桜だった。丑三つ時の暗い墓。
そこに不釣り合いなほど、その桜は美しさを感じさせていた。
―――どれほどの時が経ったのだろう?
ついつい桜に魅入っていると、何処からともなく黒い蝶が飛んできた。
そのままその蝶に向かって手を伸ばす。
「蓮子、ダメ!!」
悲鳴じみたメリーの制止の声も虚しく、私は蝶に触れてしまった。
そしてそのまま誘われるように――――――。
□■□
「おはようございます、紫様」
「おはよう、藍」
長い眠りから主が目を覚ました。
起きたばかりの紫様は、虚ろな目でどこか遠くを見つめていた。
………おかしい。気になったので聞いてみることにした。
「……何かあったのですか?疲れているように見えますが………」
「何でもないわ……」
予想通り紫様はそう答えた。
何かあるのは明らかだが、主にそう言われては深く聞くこともできない。結局、
「そう、ですか……」
と言うことしかできなかった。
(……何があったのか、私に聞く権利はない…か)
自嘲気味にそう思ってしまう。
それでも、何かがおかしいということが気になってしまう。
声には覇気がなく、顔色もどこか優れない。
私がおかしいと思ったのはそれだけが理由ではない。
ここ数年、紫様の冬眠期間が長いのだ。
それに、起きた時さっきみたいな――疲れているような、悲しんでいるような。
言葉にしにくい、そんな表情をしているのだ。
そこまで考えて、
(……考えていても、始まらないか)
そう思い、食事の準備に取り掛かった。
あれから、何事もなく時は流れていった。
その間、紫様は特に変わられたわけでもなかった。
あれ以来、あんな表情をすることもなく、いつも通りに。
私がよく知る、八雲紫その人だった。
………あの違和感は、気のせいだったのだろうか?
あれこれ考えているうちに季節は巡り、再び冬眠の時期が訪れた。
「藍、後のことは任せたわ」
「はい。ゆっくりお休みになってください、紫様」
「……ええ。ありがとう。おやすみ、藍」
そして主は、何度目かわからない夢の世界に旅立った。
□■□
「あ…れ………?」
意識が覚醒するとそこは自分の部屋。
微妙に痛む頭で考えてみたがわからない。
何か、夢を見ていた気がするのだが、忘れてしまった。
「……って、ヤバッ!!」
時間を見ると、待ち合わせ時刻まであと少し。
急いで身支度をし、彼女が待つ場所へ向かった。
「ゴメン、遅れた!」
「……14分28秒の遅刻。………こんな時間に一人きりにさせないでよ」
「申し訳ない………」
既に夜は深まっている時刻。
確かに一人きりにさせたらまずいだろう。……色んな意味で。
「……さて、行きますか!」
歩き出す私の後ろを、呆れ顔のメリーが追いかけてくる。
そして今回の目的地――蓮台野へと向かった。
見事な桜だった。丑三つ時の暗い墓。
そこに不釣り合いなほど、その桜は美しさを感じさせていた。
―――どれほどの時が経ったのだろう?
ついつい桜に魅入っていると、何処からともなく黒い蝶が飛んできた。
そのままその蝶に向かって手を―――
「蓮子、ダメ!!」
(あれ……?どこかで………)
―――伸ばしかけて止めた。
ありえないはずのその光景が目に浮かぶ。
(……メリーが…叫んで、私が蝶に触れて…それで………?)
そこで意識を失った。確かそうだったはず。
ここに来るのは初めてのはずなのに、何故?
「…子……蓮子!!」
「え、あ、メリー……?」
混乱しかけた私は、メリーの声で現実に引き戻された。
「……帰りましょう?ここは私たちがいるべき場所じゃないわ」
「そう、ね………」
メリーの言葉におとなしく従う。
何か得体の知れない違和感と恐怖を残して、今日の活動は終わった。
□■□
紫様が、目覚めない。
眠りについてからもう、半年が経とうとしている。
それでも目覚めようとはしなかった。まるで、起きるのを拒んでいるように見えた。
紫様が眠る前に言った言葉が思い出される。
『藍、後のことは任せたわ』
その言葉がもし、二度と目覚めないという意味ならば……?
「何故、なのですか………?」
私の知る紫様は、決してそのようなことをお考えには………!
―――私は何を知っているのだ?
「私の知る紫様、か………」
結局の所、私は何も知らないのだ。……いや、それは少し違うのか。
知っていることは知っている。
境界を操る、妖怪の賢者。
幻想郷を創り出した者。
私の唯一無二の主。
並べ立てることは幾らでもできる。しかし。
―――それが何だというのだ?
そんなことは、幻想郷の誰もが知っている。
そして、そこに本当の紫様がいるのかと問われると……答えることが出来ない。
決してその肩書きが偽りであるとは思わない。だが、何かが抜け落ちている。それは……。
―――それ以前の紫様は?
幻想郷を創る以前。絶対に語ることはない、紫様の過去。
誰も知らない、知ることのできない秘密。
博麗の巫女も、亡霊の姫君も。
そして――長く傍にいた私でさえも。
人の過去に立ち入るな。そう言われればそこで終わりだ。
誰しも、その身に秘めた過去がある。
それを踏み荒らされたくはないだろう。私だってそう思う。
だが――どうしても気になってしまうのだ。
かつてあの人の隣にいた人物のことが。
私の知らない紫様を知っているその人物のことが。
私は…私は………!!
―――この言いようのない感情は一体何なのだろうか?
「はぁ……」
少し、疲れた。
自分があれほど強い感情を持っているとは知らなかった。
こんな感情、久しく忘れていたというのに。
だが、考えてみればずっと心の奥底で燻っていたのだ。
始めた会った時から今日まで。そして、これからも。
隠しておいたこの想いは、一時だけ溢れだした。
「全てを知りたいと思ってしまうことは、罪なのですか……?」
その問いに答える者は、誰もいなかった。
□■□
あの蓮台野の一件以来、私はあの違和感に苛まれ続けていた。
実は、蓮台野の時に感じた違和感は、他の時にも感じていたのだ。
それは決まって、私の身に何か起こる時だった。
目が覚めると微妙に頭が痛くて、そして……。
その場面になると、一度経験したようなビジョンが見える。
まるでそう――終わらない回廊のように、同じ日を繰り返してるかのよな。
「夢……なのかな?」
正夢…とは少し違う気がする。
その夢みたいなモノのおかげで、私は正しい選択をしている。
しかし、こうも考えられるのだ。
誰かが夢を見せ、現実で間違わぬよう操作する。
つまり、その誰かに操られている…というわけだ。
「あーーもう!!」
いい加減、頭がこんがらがってきた。
とりあえず、明日は活動日だったので寝ることにした。
明日には何かが起こるような、そんな気がした。
「到着!」
「はぁ、はぁ…蓮子、置いていくなんて酷いわ」
「ゴメン、ゴメン。ところで……」
「……あるわよ。しかも、今までで一番大きいやつが」
「ホント!?よっしゃー、ビン…ゴ……?」
景色が、少しずつ歪んでいく。
(また……この感覚………)
そう。正夢のようなあの光景。
私とメリーが、この場所を色々探索している。が、
(何か……違う?)
いつもとは違った。
まず、今日の朝起きた時、あの変な頭痛はしなかった。
そして、私たちはまだ、探索を始めていない。
(どういうこと………っ!?)
そう思ったとき、私の記憶が渦巻き、そして二つにぶれる。
蓮台野、東京の実家、月面ツアーの話。何故か急に記憶が蘇っていく。
(何、なのよ……!?)
その時、歪みが消え、ビジョンも消えた。
今見たものは、一体なんだったのだろうか?
落ち着いて、改めて思い返す。
記憶の奔流。今思い出すということは、何かあるのかもしれない。
そう思い、秘封倶楽部の記憶を探っていく。
さっき思い出したことも含め、全部だ。
(……やっぱり、何でもないのかしら?)
記憶を探って少ししてからそう思った。
考えるのを止めて、視線を上げる。
あちらとこちらの狭間と思われるこの場所。
せっかく来たのだ。向こうのことについて何か……。
………向こう?
思考が急速に整理されていく。
一つだけ引っかかることを見つけた。
まさかと思い、何度も何度も確認したが、何かあるとすればそれしかない。
信じたくはないが、あくまで冷静に考えを整理する。
(これが、真相だって言うの……?)
二つの記憶が交錯したとき、彼女の声が耳に届いた。
「蓮子、ここは気味が悪いわ。早く帰りましょう?」
メリーが焦ったように言うが、私は動かない。
そして私は話しかける。真実をハッキリさせるために。
「………ねえメリー。何で一度も、夢の話をしないの?」
「えっ………?」
二つの記憶を照らし合わせて、ただ一つだけあった違和感。
メリーの夢。それが重要なキーワード。
一方の記憶では夢の内容が語られ、もう一方では語られない。
他の部分は気持ち悪いほど――その言動全てが――同じだというのに、だ。
「な、何を言っているの?今はそんなこと……」
不自然なほどに慌てながらメリーは言う。
言いたくはなかったが、ここで止まるわけにもいかない。
「……そうよね。話せるわけ、ないか」
「や、やめて!!」
「だって……」
メリーが叫ぶ。私の声も震えていた。
だって、この先の言葉を口にしたら、もう二度と戻れないから。
それでも、私は言わなくてはならない。
「ここが、貴女の夢なのだから」
「蓮…子……どうして……?」
「………っ」
悲痛な声が響く。
理由は知らないが、彼女はこの夢を壊されることを望んでいなかった。
それをたった今壊したのだ。――他ならぬ私の手で。
夢が壊れたのなら、いずれこの世界は消えるのだろう。
私にはわからない。何故それほどまでに彼女がこの世界に縋り付くのか。
“現の私”は何をしているのだろうか?
メリーの方を見ていられなくて視線を逸らす。そして、
「あっ………」
見てしまった。メリーもまた、虚ろな目で見ている。
………“現の私”の結末を。
『蓮子、しっかりして、蓮子!!』
『メ…リー………』
「うっ…あぁ……い、いやぁぁあああっ!!」
「…………っ!」
まるで映画を見ているような感覚だった。でも。
これが、現実。記憶の終着点。徐々に記憶が蘇っていく。
“現の私”は、幻想に近づきすぎた。
この場所――博麗神社で、私は命を落とした。
結界の綻びがあるとは知らず、その場所に足を踏み入れた。
その時だった。結界が閉じたのは。私はあちらとこちらに挟まれたのだ。
それに気づいたメリーが助けてくれたのだが、もう、遅かった。
「いや……また私、蓮子を……」
「メリー………」
その瞬間、私は全てを理解した。
それと同時に私の体が、存在が薄れていく。
「……今まで何度も、同じ夢を見続けていたのね」
ただ、私に会うために。秘封倶楽部であるために。
そのために、彼女はずっと演じ続けていた。………初めて会った時から、ずっと。
……あの現のような夢は、全て“夢の私”が体験したことだった。
彼女が操っていたのだ。間違っても、何度もやり直して。
そして、もう操る必要なんてない。
……だから、彼女を夢から醒まさせる。それが私にしか出来ないこと。
最期にやらなければいけない事ができた。
「……勝手な推測でしかないんだけど」
あの時、私を助けた時。この、現のような夢の世界を創り出したとき。
彼女は境界を操ったのではないだろうか。
結界の境界を開き、夢と現の境界を操り。そして。
「向こう側に、大切な人たちがいるんじゃないの?」
彼女は創り出したのだ。忘れられた者たちが住む、私たちが探した幻想を。
「貴女より大切な人なんて………!!」
「メリー」
「………っ」
「向こうで貴女を待っている人がいる。早く会いに行ってあげなさい」
「でも……!」
「……じゃあ、一つだけ約束」
まだ何か言おうとしているメリーを制して、そう言った。
「約束……?」
「うん。約束。……必ず貴女に会いに行くわ」
「どうやってよ!?だって貴女、もう……」
「どうやっても。転生してでも、幽霊になってでも会いに行くわ」
「うっ………」
「ダメ?」
「………はぁ」
ちょっとした我侭。それくらいいいよね?
そう思っていたらため息をつかれた。でも、その方がいつものメリーらしい。
「この蓮子さんに任せなさい!!」
「………バカ」
サッとメリーが動いた。そして、
「メ、リー?どうしたの、いきなり」
ギュッと。メリーに後ろから抱きしめられた。
「……バカ蓮子。強がるのもいい加減にしなさい」
「えっ………」
「さっきからずっと震えてるの、気づいてるんだから」
「や、やだな~。どうして、こんなに震えて………」
「………こんな時くらい、素直になりなさい」
「……うん。………メリー」
「何、蓮子?」
「……私、怖いの。凄く怖い。このまま消えちゃうのも怖いけど、一番は違う」
「何が一番怖いの?」
想いが、溢れていく。
私が、本当に怖いこと。
「……メリーと離れ離れになることが、一番怖い……!」
「蓮子………」
「怖くて怖くて、私……」
「ねえ蓮子。今ならまだやり直せる。全て忘れて、もう一度やり直しましょう?」
彼女と、離れたくない……。でも……!!
「………ダメ、だよ」
「え……?」
「現実から、逃げないで………」
「………!」
「だから、ね?」
彼女の腕から抜け出し、正面から見つめる。
「本当に、それでいいの?」
「もちろん!………それじゃあ」
「………ええ。……さようなら、蓮子」
「違うわよ。こういう時はね」
そう。別れの言葉じゃなくて、再会を約束する言葉。
「またね、メリー!!」
泣きそうになったけど、無理矢理笑顔を作る。
そして、私の存在が完全に、光となって消えた。
「……うん。またね、蓮子」
最後にメリーの声が聞こえた気がした。
「……永い夢だったわ」
とてつもなく永い、大切な過去の記憶。
全てを知って、約束を思い出して。やるべきことはただ一つ。
「待っててね………」
□■□
「紫様!?やっとお目覚めになられたのですか!!」
目が覚めると、藍が凄い驚きようだった。
「藍……。私はどのくらい眠っていたの?」
「ちょうど半年、眠られていました」
「そんなに……」
「今、食事の準備をしてきますね」
そう言って藍は部屋を出て行った。
何度も何度も同じ夢を見た。
結末がわかっている悪夢なのに、どうしても彼女に会いたくて。
彼女と二人、永遠の秘封倶楽部でありたくて。
同時に何度も思ってしまった。
この能力で、彼女を助けてしまえばいいと。でも、出来なかった。
彼女の死が、この幻想郷へと続いているのだから。
あの時境界を操ったから、八雲紫はここにいる。
彼女を助けるということは、この世界が無くなってしまうということ。
私にはそんなこと出来ない。彼女が言ったように、大切な人たちが出来たから。
だから、この夢を永遠に続かせようと思った。
それなのに。
彼女は全てを知ってしまった。
今までそんなことはなかった。そして、これからもないはずだった。
でも。
私の夢は、破られた。彼女が私を現に導いた。
それならば。
「彼女を信じることにしましょうか」
最後の言葉を信じて、私は彼女を待ち続ける。
□■□
深く深く、落ちていく。
永く永く、溺れていく。
終わらない夢。確定された結末。
何度も何度も繰り返し、
何度も何度も零れる雫。
―――ある時それは、終わりを告げた。
真っ暗闇に、一筋の光。
私の記憶は現へ向かう。
さようなら、ムゲン回廊。
これこそ秘封って感じ
「……帰りましょう?ここま私たち…」
ここはですかね?