「誰だい?」
時は平安、まだ命名決闘法どころか幻想郷すら存在しなかった時代。
朝廷では藤原氏が権力を握っていた一方、
人々は怪異に怯え、妖々が跋扈し怨霊が出てき始めていた時代でもある。
中でも鬼は特別強力で、恐怖や畏怖の象徴であった。
「気が付いたら私の部下が全員いなくなっててね、こりゃ何事かと思って出てきたんだよ」
やや紅色に変わってきた木葉の風に髪を揺らしつつ、そう話している彼女の頭には赤い角が一本、まぎれもなく鬼ということが見て取れる。
彼女の名は星熊勇儀、強力とされる鬼達の中でも異次元の強さを誇る正真正銘の化け物である。
「それをやったのは私じゃないけど、間違いなく死んじゃあいないさ」
勇儀と対峙している者は、一見すればただの少女。
だがその体の内から溢れ出る妖気は、瓢箪を担いで酔っ払ってはいるが、まぎれもなく強者のそれである。
彼女の名は伊吹萃香、頭には二本の角があり、やはり鬼―――
「私の目的はただ一つだ」
場所は大江山、都の北西に位置する山々の一つ。
そこで、満月の下、二匹の鬼は出会った。
―――数時間前
都から少し離れたとある郊外の山に、角の生えた二つの影が見え、怒声が響いていた。
「萃香!ちょっと萃香まちなさい!」
「もうなんだよー、華扇は相変わらずうるさいんだから」
山の中腹で論争をしているのは伊吹の鬼ともう一人、茨木華扇である。
彼女は茨木童子と呼ばれていて、常に萃香と共に在り、やはり鬼の一人である。
「ちょっとは考えなさい、相手がどの程度の実力なのかわからないのよ?」
彼女達二人は俗世を追放されたまつろわぬもの。
通常なら武力を使わねば都に入ることができない存在である。
しかし、ついさっきまで華扇は都にいた。
通常の手段が通じないのだから、通常でない方法で都に入ればいい。
というわけで、華扇は仙人の真似ごとをして都に侵入したのだ。
とある情報を仕入れるために。
「いいんだよ、相手が『鬼』なら会って話してみたいのさ」
少し前から、とある妖が都で噂になっていた。
星熊童子―――
嵐のように現れては、地を裂き、天を割り、人を攫い、頭に角があり、なにより力が強いと噂される。
それを聞いた瞬間、萃香は飛び上がった。
これはどう考えても鬼だ―――
そう結論付けた萃香は、華扇にお願いをして情報収集をする。
その鬼の住処がどこかわからなかったのだ。
そして、今回の華扇の行動により、彼女が大江山にいると言うことが判明。
それを聞いた萃香は、即座に大江山に向かっていた。
「だからって何も無策で行く必要ないじゃない、何かの罠があったりしたらどうするのよ」
「大丈夫だって、鬼も人も、罠なんか仕掛けないさ」
「でも―――」
「それとも何かい?華扇は私が負けるとでも思ってるの?」
不安を抱く華扇の体に、力強い眼光が彼女を貫いた。
その眼には、常人ならば軽く殺せそうなほどの力が宿っている。
別段殺気や邪念が籠っているわけではないが、その意志の強さを窺わせるには十分だった。
「……せめて向こうに部下がいたなら私に任せなさい。あなたの背中を守る程度のことは私にも出来るわ」
そんな萃香に華扇は同じく力強い眼光で返した。
萃香を守るという意思がありありとわかるほどに
「わかってるって、そんときは華扇に任せる。ただもしその『星熊』と戦うときは一対一にしてよ?私はサシで鬼と戦いたいんだ。」
「わかりました。私は最悪の事態のことを考えて動いておきますよ」
そう肩を落としながら話す華扇。
「全く……あなたは少しは私に頼ったっていいのに」
「もう十分すぎるほど頼らせてもらってるさ。ただ、これは私の目的だからね。私がやらなきゃいけないのさ」
そして二人は山を駆ける。
そう、萃香の目的のために―――
時刻は夜に戻る。
「私の名は星熊勇儀、こんな月の綺麗な夜に攻めてこようだなんて、風情がないね。せっかく気持ちよく酒を飲んでいたのに。みたところ都の僧侶や法師というわけでもなさそうだが」
「私の名は伊吹萃香。あんたと同じ鬼だよ。」
「伊吹……?それにその酔っ払い。そうか、お前さん、『酒呑童子』だね?」
「よく知ってるね、そういうあんたは『星熊童子』だろう?」
二匹の鬼は示し合わせたかのように互いの確認をする。
強者としての風格を撒き散らしながら。
「そのとおりだ。にしてもその酒呑がいったい何用だい?まさか、酒でも飲みに来たかい?」
勇儀は、無論そんなことはないだろうという見当をつけながら、相手の出方を探り、さらにそこに言葉を足し付ける。
「それに、お前が酒呑だとするなら、いつももう一人の鬼がお前の側にいるんだろう?たしか、名を茨木と言ったはずだ」
萃香が勇儀のことを噂で知ったように、勇儀は勇儀で萃香の情報を手に入れていたのだ。
そして自分の持っていた情報と目の前の状況を照らし合わせ、冷静に相手の戦力を分析していた。
「ん?華扇なら今はいないよ、ついさっきまでそこにいた鬼達を相手してたんだけどね、今は全員倒してどっかに退避してるはずさ」
「退避?ってことはお前は私と戦いに来たのかい?」
勇儀は戦った相手を殺しもせずに、どころか逆に危ないから退避させるというこの鬼達の行動に不可解さを覚える。
しかし、その勇儀の疑問も次の瞬間にはすべて頭から抜けていくことになった。
「別に戦いに来たわけじゃないんだけどねぇ、私はお前と、約束をしに来たのさ」
それを聞いた瞬間、勇儀の妖気が膨れ上がった。
「……約束、だと?」
鬼に約束―――
それは、彼らにとっては命と同じくらい大切なもの。
鬼は約束を破らない―――いや、己の矜持にかけて、彼らは約束を破れないのだ。
それは鬼としての誇りがそうさせるのか、鬼にとって約束をするとは己の長い一生すら左右しかねないもの。
それをさせるというのだから、鬼に約束をさせるというのはすなわち鬼に戦いを挑むことと同義。
そして大抵、鬼同士の約束というものは、自身の持つ領地か、または軍門に下れというものがほとんどである。
また、鬼というのはその髪の毛一本から爪先に至るまで、闘いという概念と、強者であるという誇り、
そしてなにより他のどの妖怪よりも義理に厚く、我儘で獰猛な性質を持っている。
なれば、いずれの場合にしても争いが発生するのは自然なことで。
よって―――
「そうかい、ならばやることは一つだ」
問答は無用。
ここで萃香と勇儀が戦うのも必然といえた。
「私は大江山の星熊勇儀!伊吹山の酒呑童子よ!いざ、参る!」
そうして、鬼神の戦いが始まった
まず初めに動いたのは勇儀だった。
脚に溜めた妖力を爆発させ、一気に萃香の下へ迫る。
その脚力は、一歩で音の壁を軽く突き破り、萃香の下に到達するころには雷にあと一息というほどに迅い。
「ふっ!」
拳と拳がぶつかる音が響く。
初手、勇儀は躊躇なく萃香の顔面を殴りにいったはずだった。
だが、その拳に真正面からぶつかるような形で萃香が正拳を突き出す。
結果、それは見事に拮抗。
両者の拳から生じる爆風じみた衝撃波は、それだけで半径三里の木々を折る威力だが、本人達にとっては蚊に刺された程度にも感じない。
「いいねぇ、もっと全力できなよ」
と、萃香が挑発すれば
「舐めるなよ―――!」
勇儀がそれにこたえる形で再び拳を突き出す。
そして、両者はそのままインファイトを始めた―――
まさしく神速で繰り出される鬼の拳は、両者互いに譲る気配をみせず、衝撃波だけがあたりを蹴散らしてゆく。
秒間万を遥かに超える拳の応酬は、しかし互いの体に致命傷を一向に与えられない。
インファイトは、本来防御をかなぐり捨て半ば強引に相手を攻め立てるものである。
両の拳を攻撃に使うことにより、本来盾になるはずだった腕がなくなり、下手すればわずか数瞬で勝負がついてしまうものだ。
よって、それをすればお互い多大なダメージを負う。
だが今ここにいる者は文字通りの鬼。
彼の者共を常識の範疇で語ろうとは愚かしいにも程がある。
どれだけ傷を負おうが一向に衰える気配を見せず、どころかさらに加速しつつある。
体の芯に衝撃が吸い込まれてるはずなのに、倒れる予兆さえ見えやしない。
―――そこに、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
突如鬼の咆哮が響き渡った。
放ったのは萃香、このままでは埒があかないと踏んだのか、自らの口から出来る限りの大声で叫ぶ。
彼女らほどの鬼の声は、それ単体で周囲を蹴散らすカタストロフィ。
それはもはや怒声という次元ではない。
文字通りの砲弾、それは人も獣も妖も神も、全てを塵に帰すほど。
勇儀は、鼻先数cm先で放たれた音の砲弾を強引に体を捻ってかわすと、同じく自らの声の砲弾で萃香を攻撃する。
結果、萃香は大きく横に吹き飛ばされ、ここにきてダメージを負った、そのはずだった。
刹那、勇儀は瞠目する。
(いや、違う。あいつは!)
それは違うと、勇儀がそう思った瞬間、彼女の眼前が劫火に覆われた。
その炎は勇儀だけでなく、大江山に存在する木々すべてを覆い尽くした。
ありとあらゆる生命が、無情にも灰となってゆく。
だが、
「衝撃の瞬間、音より早く自ら後方に跳んだか」
勇儀は地獄より熱い炎に焼かれながらも笑っていた。
あたり一面焼き尽くしている炎を拳圧一発で静めると、特に体に負担をかけた様子もなく飛翔する。
「その通り。なるほど、よく見えてるじゃないか。それに私の炎に焼かれても全く意に介さないその体、噂通りの実力を見せてくれそうだねぇ」
萃香は音が直撃する寸前自ら後方に跳び、距離を取った。
そしてその次の瞬間には、山一つ焼き払う妖気で練った煉獄の炎を勇儀に浴びせたのだ。
だがその炎も、勇儀の拳一発で沈められてしまった。
そして萃香も勇儀も、互いに互いの力を理解した。
今まぎれもなく目の前に立っているのは自分と同じ鬼なのだと。
ある種同族の共通理解といってもいいだろう。
己と同種の存在はやはり強大だったと、ある種の賞賛とともに。
「言っただろう?舐めるなと」
そして、勇儀は再びの臨戦態勢をとる。
だが、一方の萃香は
「ならば……」
なにやら呟いているだけで、一向に構えを取る気配がない。
だがその顔に張り付いているのは、明らかに笑みだった。
「?」
まさか奴ほどのものが戦意喪失したわけでもあるまい、と油断なく萃香を睨みつけると、
唐突に萃香が話しかけてきた。
「ならばこちらも少し能力を使わせてもらうとしよう」
「能力?」
「そう、私の魂にこびりついた能力だ。これほどに強い鬼相手には、本気でいかなきゃ失礼だからね」
そして―――
「なっ!!」
砕月
文字通り、月が砕かれた。
「なんだと…!」
「これが私の能力、疎密を操る力さ。さあどうする同族よ、我が軍隊は百鬼夜行。萃める力を見て恐れ慄くがいい!」
月
それは鬼にとっては畏怖の対象の一つである。
無論勇儀も例外ではない。
つまるところ、勇儀はわずかに停止してしまった。
月が砕かれたという事実と、その力の強大さに。
そして当然、それは大きな隙となり、
「六里霧中」
萃香は気がつけば霧のように目の前から消えていた
「しまった……!」
萃香が消える瞬間を見逃したことを後悔した勇儀だったが、時すでに遅し。
勇儀の周りから、どこからともなく火玉がわき出てくる。
一つ一つが人の体より遥かに大きく、さらに内包している力は先ほど山を焼いた炎よりも遥かに激しい。
しかもそれが勇儀を中心に上下左右前後全てに存在する。
(これは一体どういうことだ……?)
そして、火玉が一斉に自分に迫ってきた。
「―――ふっ!」
(月を砕く、自分の体を消す。奴は疎密を操ると言ったな…)
勇儀は妖力を使って強引に体に膜を張り、迫りくる火玉を避け始めた。
それと同時に思考を巡らす。
(疎密……ってことは物の密度を変えるってことか…?)
いくら火玉を避けるといっても弾幕の密度からして限界がある。
また火玉は一発一発が嵐のような強さを持ち、徐々に、しかし着実に勇儀の防御を削っていく。
激流よりも激しく押し寄せてくるそれは、例え鬼神でも焼き尽くす。
(密度、ということは奴の体はおそらく自分の密度をいじくって消したというところか、ならば…!)
豪!
と、自らの腕を全霊をもって振りまわす。
妖気を伴ったそれは、その余波だけでも雲が裂け、地が割れていく。
しかし結果それは全く功を奏さなかった。
それもそのはず、空気をいくら攻撃したところで空気自身がダメージを負わないのは当然だろう。
同様のことが今の萃香にも言えた。
「どうしたどうした!もっと私を楽しませておくれよ!」
そう言い放つ萃香の攻撃はなおいっそう強くなる。
天災よりも激しいその業火は、もはや勇儀の作った膜に全く意味を与えなかった。
「ぐっ……!」
皮膚が焼けるような匂いが勇儀の鼻を覆う。
そこは獄炎の世界、文字通りの焦熱地獄。
だがしかし、地獄街道を行く鬼の眼は戦意が衰える気配を見せず、
どころか、自分がやられているこの状況をどこか楽しんでいるようにさえ見えて―――
「いいねぇ、やっと面白くなってきた」
「何?」
次に驚いたのは萃香だった。
目の前で自分の炎に焼かれている相手が、倒れていくどころか内からとどめなく妖気をあふれ出すものだから。
戦意をそぎ落としに行ったのに、逆に火をつけてしまった結果になったものだから。
(大気全てが奴の意のままだというのなら、大気全てを消し飛ばしてしまえばいい!!)
そして勇儀は内に秘めていた力を爆発させ、
「怪力―――乱神」
世界が光に染まった。
同時刻、大江山から遥か西。
華扇は大江山にいた勇儀の部下達を運び終え、その場所に被害が出ないように強力な結界を張った。
「ここら辺に『あの妖怪』がいるって聞いたんだけど…、一体どこにいるのかしらねぇ」
華扇は、今自分がいる場所の東から、とどめなく溢れだす光の奔流と膨大な妖気を感じていた。
すでに戦いも佳境に入っているのだろう、山々が火によって丸裸になっているのが容易に想像できる。
「あの星熊っていう鬼、死ななきゃいいんだけど……」
華扇は萃香の力の強大さを理解している。
一度は自分もあの恐ろしい力をその身に受けたのだ。
事実、一対一の勝負で萃香が負けることなど微塵も思ってない華扇だった。
以前萃香が自分より強いかもしれないと語っていた、ある一人の妖怪を除けば。
「『彼女』がこの出雲の地にいればいいのだけれど…」
「ぐっ……」
大江山上空、二匹の鬼神は対峙する。
片方は余裕そうに、もう片方は体の傷を訴えながら。
その証拠に、先ほど砕かれた満月も元に戻っていた。
「……何をした?」
そう尋ねるのは霧から元に戻り全身に傷を負った萃香。
通常いかなる物理、魔法攻撃でも意味をなさないその鬼の霧を、何故か勇儀は破った。
その理由、おそらくはさっきの光なのだろうが、萃香にはそれが何なのか全く分からなかった。
「さあね、私にもよくわからない、ただ力を爆発させただけさ」
そう軽く質問に答える勇儀。
何の答えにもなってないはずのその回答は、しかし萃香には十分で。
「なるほど、自分にもわからない不可思議な力、か」
「悪いが、別にふざけてるわけじゃないんだ。この力は、本当に私にも何の力かわからないんだ。」
―――語られる怪力乱神
それが、彼女につけられた二つ名。
怪力乱神、それは、誰にも説明出来ない不可解な力の例え
「怪」、すなわち「怪異」は尋常でないこと
「力」、すなわち「勇力」は力が強いこと
「乱」、すなわち「悖乱」は道理に背くこと
「神」、すなわち「鬼神」は神妙不思議なこと
総じて「怪力乱神」。
彼女はそれの体現者、故に彼女は語られる。
「これはお前さんの力と同じく私の魂について離れないものでね、だけど悪いね、自分でも何の力かわからない。」
そう言って笑う勇儀。
「なるほど、つまりお前はそのなんだかよくわからない力で私の霧を薙ぎ払ったというわけだ」
「卑怯と言ってくれるなよ?」
そう言う勇儀に、やはり萃香は笑って返した。
「ははっ、まさか、誰が卑怯なんて言うものか。むしろ心の底から喜んでるよ。ここまでやって倒れなかったのは久方振りなんだ。」
萃香の顔には、はっきりと楽しみが見えた。
自分の力を上回ったことを悔しがることなく、なによりも―――
「ならば、こちらも全力で行こう。『本気』じゃない、『全力』でだ」
自分の力を全て出せるということに至上の喜びを感じていた。
そして―――
「これは……!」
全てが消えた。
そう、文字通り消え去ったのだ、勇儀の目の前から。
人も妖怪も建物も地も山も全て。
今勇儀の眼前に見えるものは、山脈が大きくくりぬかれ更地になっただけの大地と、その先に広がる大海のみ。
「私の能力は疎密を操る力。それは何も自分だけが対象じゃない!」
伊吹萃香の能力、疎密を操る程度の能力、その能力は自身に適用されるだけではない。
彼女はありとあらゆるものを砂にしたり巨大化させることが可能なのである。
つまり―――
「不味い……!」
勇儀の体が塵に変えられていくのは、至極当然のことといえた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
勇儀は、自分に掛けられた萃香の強力な能力を、自分に自分の能力をぶつけることで相殺。
萃香の能力は、単純な物理、魔法、妖術といった類のものでは解けぬ概念的な能力であり、それはつまり同種の概念的な能力をぶつけなければ抵抗すらできないことを意味する。
仮に自分が太古の力をもつものでなければ、今の一瞬で終わっていただろう。
だがしかし、萃香の能力はこれだけに留まらない。
「これだけじゃ終わらないよ!」
萃香がそう言い放つと同時、勇儀に強烈な虚脱感が襲った。
「ぐぁ!」
その対象は物理的なものだけではない。
妖力、生命力、精神さえも、万象全て散らして萃める。
そして萃めた力は全て己の妖力に変換、力も速さも回復速度も、全てが萃香の力となる。
だが―――
「金剛螺旋!」
相対するものもやはり鬼神。
薄められ、萃められた戦意と妖力を、強引に心の奥から捻り出して奮闘する。
平均的な陰陽師や兵士なら、一秒たたずに膝をつくほどの精神攻撃。
しかし、長年を闘いに費やした星熊の鬼はその遥か上をいっていた。
拳先に力を集中させ、大渦が生じ、太陽の如き鬼の火が地上を地獄に変えていく。
隕石の衝突を軽く超えるそのエネルギーは、萃香の能力範囲を強引に焼き払い、さらにその余波だけで山脈が崩れ落ちる。
地殻が叫び、天が轟く。
その熱を帯びた光線は螺旋を描きながらそのまま萃香に衝突。
勇儀の放つ光もやはり太古の力。
この光にはただの妖力じゃ意味をなさない、そう感じた萃香は「疎」の能力を全開放。
迫りくる怪力乱神を撥ね退け、さらに勇儀の「萃香を認識する」という意識を散らし自身をステルス状態にする。
しかし、
「甘い!」
それは確実に悪手だった。
なぜなら、鬼にとって数百メートル程度の単位の距離など意味をなさない。
その程度の距離なら、その鬼神の拳の余波だけで全てが破壊されるからだ。
もはや、戦いにおいて間合いというものが存在しない。
なれば、いくら自身の姿を隠そうが、周囲全てを攻撃対象にされたらそれは意味を失う。
勇儀を中心に球状に放たれた熱波は、確実に萃香を捉え―――
「……おいおい」
山より高く巨大化した萃香に、強引に海まで弾き飛ばされた。
「ふぅ……」
そう溜息を吐いたのは萃香だった。
彼女は、ようやく大きな攻撃を入れたかと、今までの戦いを振り返っていた。
極大の火力を持ち、圧倒的なスピードを誇る勇儀。
能力を使って弱体化を図ろうにも単純な力の総量が馬鹿高い上に、彼女の能力でこちらの能力をうまいこと相殺してくるのだから萃香としてはたまったものではない。
勝負をつけるはずだった敵の霧散化は無効化され、生命力、精神の吸収も向こうの余力を削りきるには値しない。
だからどうにかして強烈な一撃を与えたかったのだ。
そこで案として出たのが巨大化による一撃。
だが下手に巨大化しても隙を見せるだけ、だからどうにかして不意を突きたかった。
しかし―――
(ここまでやっても、まだ来るか……この分だと、単純な力の総量だけなら私より上かもしれないな……)
彼女はある種確信めいた予感を胸に抱いていた。
それは自身の経験によるものなのか、鬼としての直感なのか。
萃香は、あの程度で勇儀が倒れてくれるとは微塵も思っていなかった。
そして、彼女は勇儀に全力を以って闘うと宣誓した。
なれば、彼女は己が持てる力全てを振るうのみ―――
京都北部の海の底。
巨大化した拳に殴られた勇儀は、音速を遥かに超えるスピードで海面に叩きつけられ、そのまま海の底に沈んだ。
(なるほど、奴が自身の存在を薄めたのは巨大化の隙を狙わせないためか。)
しかしそれでも意識だけは失わない。
鬼の矜持に賭けて、絶対に倒れることができないというのが一つ。
もう一つは、あれほど強い敵に巡り合えたのだから、ここで倒れては意味がないということだ。
勇儀は傷だらけになった体で海の底から浮上し始める。
あれだけの戦いがあったにもかかわらず、小さな傷は回復している。
とはいえ、ところどころに受けた大打撃は流石にかばいきれないらしい。
その証拠に、身体の一部から血が流れているのが確認できる。
(一撃で山を崩す拳、霧散化、巨大化。あらゆるものを散らして萃め、物質を砂にし、妖力や生命力の吸収、それによる自身の強化、精神すら薄めて自身の存在を認識させなくなったり、戦意すら削いでくる……と。)
そして、勇儀は海から飛び出した。
その眼前には―――
「さらに物質の超高密度化によるブラックホールの作成、か。」
半径数十メートルほどの複数の黒い虚無の穴が、空間を穿っていた。
だが
「そりゃあ強いわけだ。まったく凄い奴だよお前は。」
そう溜息が混じりそうな台詞を吐いている勇儀は、笑ったままで。
「あんた本当に凄いよ、これだけやってもまだ力が溢れ出てくるんだから」
相対している萃香も、やはり笑ったままだった。
そして勇儀は賭けに出る。
彼我の距離は約五百メートルほど。
鬼ならばこの距離を一息もかからず駆け抜けることができる。
だが、現在海上に渦巻いているブラックホールが、勇儀の行く手を阻む。
光を閉じ込め、時空すら捻じ曲げる超重力の穴。
その数はすでに数十に達する。
すでに辺りの海域は水が大量に吸い上げられ、龍が暴れているかのように大荒れしている。
それどころか、数十km以上離れた陸地からも山が吸い上げられ、時間すら正常に流れてはいない。
それは、下手をすればこのまま何もしなくても体を持って行かれそうなほどに強い引力があった。
しかし、萃香に接近しなければ、こちらの負けは確定している。
なぜなら、遠距離攻撃という点において、萃香は勇儀よりも遥かに多彩な技を持っているからだ。
勇儀が自身の能力による熱線しか決定打がないのに対し、向こうは周囲の物を溶解して変形させ、ありとあらゆる手段で攻撃してくる。
その上光すら吸い込む虚無の穴まで飛んでくるのだ。
畢竟―――やることはただ一つ
「怪力乱神!」
万象を破壊し、水面を走り、獅子奮迅の勢いで一目散に萃香の下へ迫る。
ただの突進ではブラックホールに吸い込まれる。
逃げていれば消耗戦。
いずれ向こうの疎密に呑まれて終わる。
ならば攻撃を与えるためには近接戦しかない。
だから彼女は、己の力をその身に纏った。
太古の力には太古の力。
萃香の能力に対抗するためには、やはり自身の能力に頼るしかない。
こうしなければ、萃香の精神吸収や妖力吸収でいずれ自分が力尽きるのだから。
超重力の塊となった黒い穴を怪力乱神で破壊し、さらにその爆風を煙幕として一気に萃香の下へ到達する。
そして、そこから天を突き破るアッパーを放った。
「ふっ!」
しかし、萃香も勇儀が接近してくるだろうことは読めていたのか、自らの膂力と疎の力で大きく距離をとる。
だが、勇儀は毛ほどの躊躇すら見せずに萃香を追う。
(こいつに距離を取らせたら厄介だ。ここは絶対に引いちゃいけない!)
そうして始まった鬼ごっこ。
もっとも、この場合逃げる方も鬼という奇妙な鬼ごっこだったが。
勇儀が追い、萃香が避ける。
振るわれる怪力乱神を、萃香の経験、直感、己の能力全てを持って距離をあけ、そこにブラックホールや超高密度の熱線を放つ。
放たれたブラックホールは勇儀によって薙ぎ払われ、熱線は拳によって弾き飛ばされる。
それの繰り返しだった。
一方、萃香ただ逃げるだけかと思われた萃香の顔からも大粒の汗が流れる。
(どうしようかなぁ。向こうが力を纏った以上、私の能力の対象からはずれたと見た方がいい。さらにあいつの力は私よりも多い。下手に霧散化や精神吸収しようとしても能力が拮抗してるなら自力の少ないこっちが不利だ。だからといってこのままだといくら疎で避けて、周囲から密で力をもらってても、下手したらジリ貧で負ける……だったら……!)
km単位で行われる鬼ごっこは、その数度目の小競り合いの結果、すでに戦場は海上から京都上空へ移り変わっており―――
そしてついに、勇儀の拳が萃香を捉えた。
否、捉えられた。
「何!」
「悪いね、このままだとこっちが先にやられそうだったから、反撃に出させてもらったよ!」
萃香は己の持つ観察眼と経験、さらに今までの勇儀の攻撃の感触からで勇儀の拳の軌道を瞬時に予測、そしてその拳に合わせるように、爆発した。
「百万鬼夜行!!」
しかし、勇儀も負けてなどいない。
このままだと手がないということを感じているのは勇儀も同じだった。
だから自分が攻め続けていけばいつか向こうが違う行動を取ることは予測できていた。
よって、この萃香の爆発的な力の奔流とほぼ同時、繰り出した腕とは別の腕から光が漏れる。
「大江山颪!!」
そして、夜が爆ぜる―――
その後、その場に残っていたものは皆無。
それはすなわち、二匹の鬼神がそろってはじき飛ばされたということ。
二人は、大江山がつい先ほどまで存在していた場所にそろって着地した。
そのボロボロになった体を支えながら。
「お前さん、最後までやるねぇ。いい加減倒れて欲しいんだが」
そう呟く勇儀の双眸は、未だ揺るぎない戦意が燃えていて。
「その台詞、そっくりそのまま返すよ。一体どんな体してんだこの脳筋」
そう返す萃香の顔には昂揚のおさまらない嬉々とした笑みが広がっている。
すでに体の軋みは限界にきているだろうに、その心はいつまでも衰えない。
その拳はすでにひび割れているだろうに、その眼はいつまでも弱らない。
それは彼等が、鬼故に。
酔狂なまでに闘いを好む、鬼故に。
「なあ、ところで一つ提案なんだが」
互いの距離はわずか50m。
鬼ならば、この距離を詰めるのに刹那の時間もかからない。
再び構えを取った萃香を前に、しかし勇儀は彼女に話かけた。
「なんだい?」
勇儀の提案を聞こうとする萃香。
しかし彼女には、この鬼が次に何を言うか理解できたような気がしたのだ。
「次で最後にしよう」
それを言ったのは、勇儀ではなく萃香だった。
「そうだろう?星熊の鬼よ」
己の台詞を言われてしまった勇儀は、だがそれに驚くことなく言葉を綴った。
「その通りだ。伊吹の鬼よ。我らは共に満身創痍。なれば、このままいつまでもだらだらと勝負を続けてもきっとつまらないだろうさ。最後は鬼らしく、力と力で勝負しよう。」
そして―――勇儀は最後の言葉を吐く。
「ところで、結局なんでお前は私のところにやってきたんだ?お前がさせようとした約束ってのは結局何だったんだい?」
勇儀としては、勝負の根源としての理由をどうしても知っておきたかった。
なぜなら、ここまで自分を追いやった存在は生まれて初めてだったから。
その相手のことを、どうしても知っておきたかったのだ。
だが―――
「それは、私が勝ってからのお楽しみだね」
そう軽く挑発を交えてあしらわれてしまった。
何故か少し恥ずかしそうに。
だが勇儀は結局その萃香の様子には気付くことはなく―――
「ハッ!ぬかせ!そっちこそ自分が負けることを今から後悔しとくがいいさ!」
そうして、鬼神の戦いは終幕を迎える。
怪異、勇力、悖乱、鬼神
それは、人々の間に語られなかった四つの理。
人々の間で恐れられる、四つの化外。
尋常でなく、強大で、道理に背き、国さえ滅ぼす鬼の力。
故に彼女は語られる。
この世の不可思議を体現したものとして―――
「三歩……」
萃める力、散らす力。
太古より授かりしその神妙な力は、ついぞ誰にも受け入れられることがなかった。
人も獣も妖も神も、万象全てを捕えては離さないそれは、人々だけでなく妖怪にも忌避される。
故に彼女は鬼。
夢と幻と百鬼夜行を萃める不羈奔放の鬼神となった―――
「三歩……」
互いにやることは唯一つ。
相手に自身の全力をぶつけるのみ。
己が存在を賭けて、自身の誇りを以て。
ただ駆ける、何よりも速く、なによりも力強く。
この三歩の間に全てを込めて。
そして、駆け出した脚はついに雷の速さを超えて―――
声が重なる。
「必殺!!!」
「壊廃!!!」
そうして、近畿すべてを飲み込むほどの強大な力が激突した
ここは、どこだ―――
私は一体―――
……
もしかして、死んじゃったのかなぁ
あーあ、せっかく三人目の鬼と会えたのに
あいつ、強くて気も合いそうだったのになぁ……
あと少し私が強ければ、あいつともっと話せただろうに
それになにより、多分華扇が悲しんでるんだろうなぁ
あいつの泣き顔は、あんまり見たくないや……
……
…
それにしても、ここはどこだ?
あたりは暗いし、天国ってわけでもなさそうだけど……
ん?よく見ると遠くになにか見えるぞ?
あれはなんだ?海かな?
それに、反対側には都っぽいものが……?
「……都?!」
「痛っ!」
そうして萃香は跳び起きた。
体がボロボロだとは思えないような速さで、角を頭上にいた華扇に思い切りぶつけるような形で。
「あれ?華扇?どうしてここに?」
と、すでに素面なのにそんな呑気な質問をする萃香に対し、華扇が思い切り怒鳴った。
「どうして?じゃないでしょ?全く、いつまで酔っ払ってるのよもう!大江山周辺が吹き飛んだと思ったら、巨大な力がぶつかりあってたんだから!」
「え?だってここは周りを見れば大江山だってわかるし、別にどこも吹き飛んでなんか―――え?」
そして一拍の後、萃香はとあることに気がついた。
「あれ?華扇、ここ大江山だよね?」
「―――ああ、ここは間違いなく大江山さ。住んでた私が言うんだから間違いない。」
その質問に答えたのは華扇ではなく、同じく体に大きな傷跡がいくつもできてる勇儀だった。
「よう、伊吹の鬼。やっと目が覚めたか。」
「あ、星熊の……ってあれ?勝負は?もしかして私負けちゃった?」
ここにきて一番大事なことを思い出し、周囲に尋ねる。
「いんや、私の負けだよ。そこにいる鬼がそう言うんだから間違いない。」
「ほんと?華扇それほんとなの?」
「そうよ萃香。私が駆け付けた時には立っていたのは一人。あなただけだったのよ。それも気絶したまま立ってたんだからもうどうしようかと思ったわよ本当に」
「……!!!」
勝敗を伝えられた萃香は、嬉しさのあまり声にならない声を上げた。
「で、大江山が元に戻った件についてなんだけどね……」
そう。
それが現状何よりの疑問である。
ここは間違いなく大江山。
だがしかし、砂にすらなっておらず、さらに言うなら、萃香が炎で丸裸にした痕跡すら残ってない。
今の山は、緑生い茂る自然そのものだった。
「なあ伊吹の鬼よ。アレは本当にお前さんの友人なのか……?」
どうやら華扇と勇儀は大江山が元に戻った理由を知っているらしい。
そして、何故か自分の友人か?と問われ、しかし全く身に覚えがないので萃香は疑問に疑問で返すしかなかった。
「へ?アレ?アレってなんのこ―――」
そして突如、夜が降りてきた―――
「呼ばれて飛び出てゆかりん登場ー!」
訂正、夜がずり落ちてきた。
「……」
「……」
「……なあ紫、それは流石に痛いと思うんだ」
反応出来たのは萃香のみ。
謎の口上とともに空から降りてきた紫をみて、萃香は嘆く。
この三人の中では唯一萃香だけが紫の友人(友人とは思いたくないが)だったからだ。
「あら、ひどいこと言うじゃない。今回の件を丸く収めたのは私なのに。」
あまりにもあからさまな泣き真似を萃香は完全にスルーしつつ、合点がいかないように尋ねた。
「へ?丸く収めた?紫別に私たちの戦いに介入してないよね?というかなんで紫がこっちに来たのさ?」
「あら、私はそこの鬼のお嬢さんに頼まれたのよ?」
「お嬢っ……」
「へ?華扇?」
話を聞くに、どうやら紫がここにやってきたのは華扇が呼び寄せたかららしい。
萃香は華扇にどうしてかと尋ねる。
「……一番初めに言ったじゃないですか萃香。私は最悪の事態のことを考えて動くと。」
そう言う華扇は、しかし特別嫌がった様子もなく、
むしろしょうがないなぁという風に微笑んでいた。
「最悪?いやでも私生きてるし、って、あれ?」
どうやら萃香はとあることに思い至ったらしい。
「もしかして、大江山を元に戻したのは紫?」
「その通りよ。全く、あなた達二人が山を飛び越えて都の向こう側まで破壊しようとするものだから私が被害を抑えるのも苦労したのよねぇ。歳だし」
そう、先ほど萃香と勇儀が爆発した結果、その被害は近畿全てを飲み込むほどに大きかった。
そして、それだけの土地が破壊されたら当然自然が消える。
そうなれば当然、その土地に住んでいた妖や神が大量にいるわけで。
それらすべてが最悪結束を組んで鬼に報復しに来ていたのかもしれなかった。
それは闘い好きな鬼達はともかく、妖怪の賢者たる紫としては見過ごせないものであった。
また、華扇としてもそのようなことで萃香が傷つくのは見たくなかったのだ。
よって、華扇により二匹の強大な鬼がぶつかるかもしれないと知らされた紫は、即座にスキマで移動し結界を展開。
自身の能力により被害を抑え、さらには消えた人や山全てを元に戻し、夢と現の境界を操って今夜のことを当事者以外の記憶からは夢ということにしたのだ。
「あー、つまりまた私は華扇に助けられたわけか。はぁ、全く自分が情けなくってしょうがなくなってくるよ。ごめんね、華扇」
気恥しく謝る萃香に対し―――
「いいのよ。私は好きであなたの側にいるのだから」
笑って返す華扇。
一応二人の関係は対等なはずだが、これではいまいち立場が謎だ。
「さて、話もついたところで私は帰るわね。いつまでもここにいたら悪いだろうし」
その二人を見ている紫は、そそくさそうにそんなことを言い出した。
紫の口元は扇で隠れてるが、どうみても笑っている。
「あら?もう帰っちゃうの?せっかく来たのに」
「ええ、だってあなた当初の目的をまだ果たしてないでしょう?」
そして―――
「……そうだね。紫にこんなこと言うのはあれだけど、ありがとう。」
自分の友人に最大限の感謝と、わずかな皮肉を交えて。
「ええ、どういたしまして。次に会うときにあなたの夢が叶っているように、私も願っておきますわ」
夜は去った。
そして黄金の朝日が昇る。
「さて、と」
萃香は勇儀に向き直る。
「悪かったね。あいつ、結構な変人なんだ。いい奴なんだけどねぇ」
「いいや、まあ多少は驚きもしたが、大江山を直してくれたんだからむしろ感謝してるさ。
……それより―――」
急に勇儀の顔が真剣なそれに変わる。
「ああ、わかってるさ」
対照的に、萃香はどこか嬉しそうに、それでいて何故か気恥しさの混じる顔になる。
そうして、萃香は―――
「私と、友達になって欲しい。勇儀」
「は―――――?」
「え、ちょっと、は?ってことはないだろう?は?ってことは?」
勇儀は、少しばかり困惑の中に陥っていた。
そして、萃香は何故か物凄く恥ずかしそうにしている。
「え、いやだって。わざわざこっちに攻めてきたんだしてっきり配下になれだとか領地くれだとかそんなことばかり考えてたんだが……」
「誰がそんなこと考えるんだよこの脳筋!」
「あ、お前これで脳筋っつったの二度目だぞ二度目!」
「いや実際脳筋じゃないか!あれだけの力みせといて!」
「お前が人のこと言えた義理か!っていうかなんでおまえ照れてんだ!あれか、最初から酔っ払ってたのは素面だと人見知りだったからだろおまえ!」
「なんだよぅ!だって最初から友達になれだなんて言うのは恥ずかしいじゃんか!」
何故か口論を始める二人。
まあ華扇は止める気にはならなかったらしいが。
ただ、二人とも体力はすでに底についていたので、結局疲れて止めてしまった。
「……まあ、それはともかくだな。私もお前の友となることは全く構わないんだが―――」
勇儀の眼光が鋭くなる。
そして―――
「何故お前は私を求める。伊吹萃香よ」
最後の質問を萃香に投げかけた。
彼女は知りたくなったのだ。
自分を倒し、敵である自分の部下を守り、さらには友となれと言う萃香の本心に。
その問いに対し、萃香は答えた。
「私は―――鬼ヶ島を作りたいんだ」
とても、力強く。
それはさながら、自らに宣誓するように。
「鬼ヶ島?」
「そうさ、鬼が島だ。そこには、私たちと同じような鬼が大勢いてさ。毎日毎日、人間と勝負して、大好きな月を見て、大好きな酒を飲んで、それで宴会をするんだ。」
粛々と、それでいて堂々と萃香は語る。
「私は元々生まれたときから独りでさ。この力が、どうやらみんな私を避けてってしまうらしいんだ。人だけじゃない。動物も妖怪も、みんなみんな、私から離れていく。萃める力を持ってるのに、みんな遠くに行ってしまう。まあこれほど皮肉なこともないだろうさ。
私の力は、鬼のそれでしかありえなかったわけだ。でも華扇がやってきてくれて、私は独りじゃなくなった。だから気づいたんだ。仲間を増やそうって。それでみんなと一緒に笑いたいんだって。」
そう語る萃香の目は、とても輝いていて―――
「それはきっと御伽の国のような話で、そこにたどり着くまでは時間がかかると思うんだけどさ。私はそれを実現したいんだ。それが、私が萃める、私の夢」
その宣誓に近いような答えを聞いた勇儀の顔は、確かに笑っていた。
「御伽の国の鬼が島……か。いいね、いいよ。最高だね!よし、それ乗ったぞ萃香!今日この瞬間から、お前は私の友だ!」
「え……本当かい勇儀!?」
「ああ本当だ萃香!おまえは何も恥じることはない!私がその夢を一緒に萃めてやる!私は伊吹萃香の友、星熊勇儀だ!」
そして―――
この日、二人の鬼は契りを結んだ。
―――
来年の話をすれば鬼が笑う、とはよく言ったものだ
もしかしたら、その笑っている鬼自身が未来を語っていたかもしれない。
その諺の本当の意味は、壮大な夢にこの身よ届けと、どこまでも駆けていく鬼の姿。
そんな鬼に自身を重ね合わせて、鬼が笑うと伝えられるのだ。
そして、彼らがその果てに見たものは一体なんだったのか。
それは、誰にもわからない。
萃まる夢、幻、そして百鬼夜行――――――伊吹萃香
あ、そういやバトってる二人ってどっちも金髪だ。オラなんか納得しかけちまったぞ。
ん? 近畿在住の皆様&神龍、もとい紫様がなんか叫んでる気がする。なになに……。
「いい加減にしろ」
みたいなイメージ。俺がこの作品に抱くものは。
突っ込みどころは多々ある。あるんだけれども、ノリや勢いを筆先に込めて原稿用紙にたたきつける、
いやこの場合はキーボードか? している作者様を想像してしまうと些細なことだって感じてしまうんだな。
だって凄く気分良さそうな表情を浮かべているように俺なんかは思えるんだもの。
来年の話をすれば鬼が笑う、からのくだりは大好き。
萃香や勇儀をはじめとした鬼達の高揚が伝わってくるような洒落た表現だと思いました。
まあ、ここでごちゃごちゃ言おうとしていた口を塞がれた、とも言えるのだけど。
執筆お疲れ様でした。面白かったですよ。