ご注意!
この作品には少し(?)キャラ崩壊が起こってたりしますが根はいい人なので許したげてください。
「こんにちはー」
いまだ冬の寒さが残る肌寒い日の昼下がり過ぎ、寺小屋の玄関先にてここの主を呼ぶ声が聞こえる。
「はいはいどちら様…っと」
今日の授業は午前中で終わっていた。子供たちの答案の採点の為に持っていた筆を置き、誰が来たのかと寺小屋の先生であり主である慧音が、玄関まで早足で確かめに行く。
「おや、誰かと思えば。あなただったか」
「どうも」
玄関先で、見るものすべてを癒すような微笑みをうかべて立っていたのは命連寺の主である白蓮だった。
「どうしたのだ?なにか用事でもあったか?」
「用事がなければ来てはいけないのですか?」
「だいたいはそうであったはずではないかな?」
「まあ、確かにそうですね」
そんなやりとりをして二人はクスクスと笑う。互いに軽口をたたき合えるほどの仲のようだ。
「で、結局なんの用なんだ?」
「だから、ありませんよ」
「む?」
「近くまで用事――これは本当にお寺の用事で、お経をあげたんですよ――で、来たものですから、ついでに寄らせてもらったんです。おじゃまでしたか?」
「いや、私もそろそろ休憩しようと思っていたところで……」
かしこまって聞いてきた白蓮に対して返答しようとし、そういえば今何時だ?と、ほぼ無意識に時計を確認した。
「…あ」
時計の針はちょうど午後三時を指していた。
「…お上手だな…」
「なんのことでしょう?」
さっきよりも三割増しほどになったその微笑みがすべてを物語っとるわい。ツッコみたくはあったが流石は慧音先生、心の中で言うだけに留まった。
「…はぁ」
しかしため息は実際に出てしまった。納まらなかった。
「ため息をついては幸せが逃げますよ?」
「誰のせいだよ!…まったく…」
おもわずツッコんでしまったが白蓮は相も変わらず微笑んでいる。
「…ちょうどお茶にしようと思っていたんだ。聖殿、いっしょにどうかな?」
「ぜひとも、お呼ばれします」
「……」
今度はため息をこらえることができた。同じ失敗(?)は繰り返さないのが慧音先生である。
そうして白蓮はまんまとおやつ時に慧音のお宅への潜入に成功したのだ。
「私の生徒の親御さんからの差し入れだが、どうぞ」
「あら、おいしそうな豆大福ですね。いただきます」
机に着いた白蓮に慧音は豆大福とお茶を出す。今日の午前中の授業が終わった時に子どもを迎えに来た親が、昼食の後か三時のおやつにでも食べてくれと置いていってくれたものだ。ついさっきまで忘れていたが、結構な量があったから保存して何日かかけて食べようと思っていたので、助かったといえば助かった。のだが、やはり釈然としないようである。
「うん、ほんとにおいしいです。このあんこと餅と豆のバランスがなんとも…」
「アアハイハイ。ほれ、お茶」
「むぐ、どうも、んぐ、ぷはぁ」
なんとも美味そうに食べ、飲むのである。これには呆れや腹立たしいのを通り越して感嘆の意を示す他ない。示さないが。
「こんなおいしい豆大福がもらえるなんて、私も先生になってみましょうか」
「おいおい。だいたいそっちだって、参拝者から何かもらうこともあるだろう?」
「まぁ、そういうこともあるのですが…いや、職種云々ではなくこれはやはり」
「うん?」
「だれかに快くお茶を出してもらえることで、おいしくなるんですね!」
「…ほう?」
とてもいい笑顔の白蓮。確信犯である。そろそろ天誅下してもいいんじゃないかな。慧音はお得意の頭突きの準備に入っている
「こんにちはー!慧音せんせー、いますかー?」
「…いるよー、今行くー!」
ナイスタイミングでお客さんである。慧音は迎えるために席を立つ。愛の頭突きはまた今度のようだ。
そして白蓮も少し移動して、玄関のほうを覗き込む。
「む、なんだ君か。どうした?」
「えっと、回覧板、持ってきました」
「ああ、ありがとう。そうだ今ちょうどおやつを食べていたんだ。君もどうだい?」
「えっ、そんな、悪いですよ。ずうずうしいって…」
「大丈夫だよ。先客もいるしね。むしろそっちのほうがもっと…」
そんな会話が玄関から聞こえてくる。どうやら第二の訪問者は寺小屋の生徒の女の子のようである。
「慧音さん、私も構いませんよー?」
「…だそうだ。おいしい豆大福があるぞ」
「じゃあ、いただいちゃいます」
遠慮深い女の子もかんねんして豆大福をごちそうになるようだ。
「聖も少しは遠慮したらどうだ?」
「二個目もらっていいですか?」
「…ほら、どうぞ。お前キャラ変わってないか?」
「気のせいです。さあ、あなたもはやくお食べになってください」
「はぁ、いただきます」
おかしい。ここは私の家で、この豆大福は私がもらったもので、聖も最初会った頃はもっと奥ゆかしかったはずだ。慧音がまとわりつく疑問という負のスパイラルに足を取られそうになった時…。
「あの、先生…」
招き入れた少女が小声で話しかけてきた。さっきのタイミングといい、またもこの少女に助けられたのだ。空気の読める優秀な子だと通知表に書いてあげよう。
「なんだい?」
「あの、この人、誰ですか?」
ここで慧音ははたと気付く、そういえば紹介すらしていなかったと。
「あぁ、悪かった。この人は…おい、聖」
「そうだったわね、ごめんなさい。私は聖白蓮、命連寺の僧侶です。あなたは慧音さんの生徒さんでしょう?よろしくね」
「あっ、よろしくおねがいしますっ」
少女は白蓮に差し出された手を慌てて掴んだ。優しく微笑む白蓮に少女も警戒を解いてきたようだ。慧音はそれを横目で見ながら、先ほど受け取った回覧板に目を通す。
「おや、もう祭りを準備するような季節か」
「お祭りですか?」
慧音の言葉に少女にお茶を勧めていた白蓮が反応する。
「去年のこの祭りが終わってから来た聖達は知らないだろうな。ほら」
慧音から回覧板を渡され、中の《人里日和》という所を読む。
「春祭り、ですか」
「冬が終わりと、春の訪れを祝う祭りなんだ」
「あのっ、たっくさんの屋台やで店が並んで、とってもにぎやかなんですよ!」
さっきまでもくもくと豆大福をほおばっていた少女が急に反応した。これには白蓮も驚いたようだ。
「そういえば、君の家も毎年春祭りには店を出していたな」
「はい!あっ、すみません、いきなり大声出して…」
「いえいえ、大丈夫ですよ。好きなんですね、春祭り」
白蓮がまた笑顔で言うので、少女は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。
「…今年も屋台を出すのか?」
「お父さん、張切ってました。私も手伝うんです」
「そうか」
少女は力強くうんとうなずいた。
「えっと、聖さんもできたら来てくださいね。三玉団子っていうのを売ってるんです」
「三玉…? そうですね、ぜひとも、行かせてもらおうかしら。さてと…」
白蓮は少女にそう返すと席を立った。
「ん、帰るのか?」
「もっといて欲しかったですか?」
「気を付けて帰れよー」
「つれないですね。豆大福、ご馳走様でした。お嬢さん、またね?」
「あ、はい。お祭り、来てくださいね?」
答えの代わりに笑みを返して、白蓮は慧音宅を後にした。
「きれいないい人でしたね。慧音先生?」
「……」
慧音はまた、なんとも微妙な顔をしていた。
◇◆◇
「というわけで春祭りに行きましょう」
「「は?」」
ときところ変わって命連寺の食堂、と言っても身内で使うだけなのでダイニングルームと言ったほうが分かりやすい。そこで夕飯が終わり、ぬえを膝の上に拘束したところで白蓮がみんなに聞こえるようにいきなり口にした。
「って、いきなり何のことですか?」
同じく命連寺に住む星が、訳が分からないと白蓮に聞いた。他の面々も星と同じくである。
「あら、ごめんなさい。まだ話してなかったわね」
そう返して、照れたように笑いながら白蓮はおやつ時に慧音の家で聞いた内容をみんなに話した。
「ずるいじゃん白蓮。わたしも豆大福食べたかったー」
「え?そこなの?」
ぬえの反応にナズーリンが驚いたように反応した。
「ごめんなさいね。また今度一緒に食べに行きましょう?慧音さんの家へ」
「うーん、わかった!」
不憫な人だ…。この場の一部を除いた人は心の中で合掌した。
「と、とにかく、数日後に春祭りがあって、それに参加しようということですね?」
気を取り直すように一輪が問いかける。
「ええ、そういうこと。さすがに丸一日寺を空けるわけにはいかないから、午後からの参加ということになりそうだけれどね。響子ちゃんも行きたいわよね?」
「はいっ、行きたいです!」
少し前から命連寺の手伝いに来ている山彦妖怪である響子は元気に返事をした。それを聞いて白蓮は満足そうに笑う。
「ふふ、じゃあみんなも行けるわね?」
とりあえずといった感じに、白蓮は他のみんなにも問いかける。
「ええ、是非とも行かせてもらいますよ。ね、ナズーリン?」
「祭りがあるならどうせ命連寺にはあまり人も来ないだろうしね。ま、私はご主人についていくよ」
「お祭りかぁ、金魚すくいあるかな?」
「行く気満々ねムラサ…、まぁ、息抜きにはなるかな。私も行きますよ、姐さん」
「わたしもっ、お祭りってからには面白いことも起きそうだしね」
「騒ぎを起こしたらダメよ、ぬえ?」
これにて、満場一致で春祭りに命連寺総出で行くことが決定した。数日後の祭りを楽しむ為に、面倒な仕事は済ませておくようにと白蓮が注意をしたところで、みんなは食堂を後にした。
◆その翌々日◆
「で、またなんで私の家に来ているんだ?例によって三時に。しかも二人で」
「ごちそうになります」
「豆大福ちょうだい、慧音」
「しまいにゃへこますぞごらぁ!」
先日命連寺食堂でぬえに言った通り、白蓮とぬえはまたも慧音宅にお邪魔していた。ちなみに寺小屋の授業は今日は休みである。
「まあそう怒らずに、まだあったらでいいですから」
「あるって分かって言ってるよな、おい?」
「ダメ?白蓮がおいしいって言ってたから、楽しみにしてたのに」
目に見えて落ち込むぬえ。そのしぐさがわざとだとは分かっていても、楽しみだったというのは本当だろう。
「…はぁ、いいよ、ちょうど二人で食べるくらいには残ってるからな」
「やたっ、ありがと慧音」
「まったく…」
二人は客間へと通された。慧音が少ししてから全員分のお茶と、豆大福が二つ乗ったお皿を二つお盆に乗せて持ってきた。
「あ、慧音さん」
「うん?」
「私は一昨日ももらったので、一つもあれば十分ですよ」
「…でも一つはしっかりもらっておくんだな?」
「せっかくですから」
「はいはい、じゃあ残った一つは私がもらおうかな」
「いいの、白蓮?」
「私はぬえに食べさせてあげたかっただけだから。でもくれるんだったらぬえから一つもらおうかしら?」
「あげないっ」
ぬえは気持ち急いで、大福を食べ始めた。
「ん、おいしい」
「そういってもらえると、出したほうもうれしいな」
「やはり快く出してもらったお茶は、おいしいですね」
「はっはっは、とても腹立たしいな」
こめかみが引きつってますよ慧音先生。
「あー、ところで。結局聖のところも春祭りには行くのか?」
「ええ、みんなで行かせていただきます。良いお祭りになるといいですね」
「それなんだがな。里の予報士によるとどうやら、祭りの日あたりにまた冷え込むかもしれないとのことなんだ」
「あら、そうなんですか?せっかく暖かくなってきましたのに」
「もちろん、そんなことで祭りが中止にはならないがな。しかし、桜も見ることができるのはまだ少し先のようだ。いつも祭りの頃には咲いていたんだがな」
「それは、残念ですね」
慧音が難しい顔をして、白蓮もまた笑顔を曇らせていた。そして、それを見たぬえも。
「白蓮」
「ん、なんです、ぬえ?」
「半分なら、あげる」
「あら」
ぬえがまだ食べていなかった大福を、半分にちぎって白蓮に差し出していた。
「ありがとう、いただくわ」
「うん…」
「ぬえ?」
白蓮は大福を受け取り、ぬえの顔をうかがう。どうやらなにか考えているようだ。
「…そうだ!」
「ひゃっ!?」
ぬえが急に立ち上がるものだから、白蓮は驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。そしてぬえは急いで残りの大福を食べた。
「ちょっとぬえ、いきなり何を…」
「白蓮、わたしちょっと遊んでくるから先帰ってて」
「は、はぁ?」
「慧音、豆大福ごちそうさまっ、ありがとね!」
「あ、あぁ。って、おい!?」
言うが早いと、ぬえは早々に家の窓から出て、飛んでいってしまった。
「なんなんだ?」
「さぁ?」
意味が分からないといった顔をしている二人を残して。
その後、ぬえはちゃんと夕飯前に命連寺に帰ってきた。しかし寺の誰が聞いても何をしていたかは答えなかった。
◇春祭り当日◇
「いやはや、なんとも壮観というか、なんというか…」
「ああ、確かに壮観かもしれないねご主人。しかし春祭りにはふさわしくないな」
虎と鼠の主従は命連寺の縁側から外の空を見ていた。片方は苦笑いをしながら、もう片方は面倒くさそうに息を吐きながら。
「「…まさか雪が降るなんて」」
これでは、巫女がまた白玉楼に突っ込んでもおかしくはないだろう。
「これは里の予報士の方も予想外でしたでしょうねぇ」
「この時期に、ですものね。でもお祭りはやっているようですね、姐さん?」
「ええ、この程度で中止するようなことはないと、慧音さんもおっしゃってましたしね」
「それなら大丈夫ですね。みんなー、準備はできた?早いとこ行きましょう」
命連寺一行は人里へと出発する。幸いにも、雪は道に積もるほどには降っておらず、せいぜいが白い膜を張らせる程度だった。しかし寒くはある。
白蓮は道中、ぬえの方を覗き見たがムラサや響子とふざけてはしゃいだりしているだけだった。そんなこんなで少し歩けば一行はすぐに人里に着いてしまった。そこでは慧音の言葉通り、雪が降ってもなお活気のある春祭りが開かれていた。
「さて、それではここからは自由行動です。みんな好きに楽しんでいらっしゃい」
「「はーい」」
白蓮の言葉によって、みんなは祭りの中央へ向かっていく。ナズーリンはもちろん星と一緒に、そして響子も星たちについていった。一輪は早くも走り出したムラサの後をあわてて追っていった。
「それじゃあ一緒に回りましょうか、ぬえ?」
「ん、いいよ」
そしてぬえと白蓮も歩き出す。ぬえも淡泊に答えてはいるが今にも走り出さんばかりにうずうずしているのが傍目にもよく分かる。白蓮もそれを見て嬉しそうに笑った。
「ちょっ、手ぇ握らないでよ!」
「いいじゃありませんか、これぐらい」
「…もうっ」
◆◇◆
雪は細かいながらもいまだしっかりと降り続いている。しかし人々は、なおも活気強く、春祭りを楽しんでいた。
「それでも、やはり舞っているものが雪では、春祭りという感じがしないわね」
「ん、なんか言った?白蓮」
「いいえ、なんでもないわ。それよりそれ、食べちゃいなさい」
「あーい」
ぬえは先ほど屋台で買ってもらった、あまり馴染みないフライドポテトという食べ物の最後の一本を口に入れた。
「おーい、ひじりー」
「あら?」
そこで白蓮は自分の名を呼びながら近づいてくる人物に気が付いた。
「慧音さん」
「やはり来てたんだな。初めての春祭りが雪の降る中なんて災難だったな」
「いえ、これはこれで楽しいですよ」
「そうか、ぬえも楽しんでいるようだな、なによりだ」
「まあね」
慧音は二人がなんだかんだと祭りを堪能しているようで安心していた。この人もいい意味で気にしいなのだ。
「ところで、もうあの少女の家がやっている屋台には行ったか?」
「えっ…、ああ、そうでしたね」
「その様子ではまだ行ってないようだな。よしじゃあ行こうか」
「では道案内お願いしますね」
「まかせろ」
先を行く慧音に二人はついていく。白蓮は道中でぬえに少女のことについて話していた。
◆◇◆
ほどなくして三人は目当ての場所に着いた。屋台の横には大きな桜の木があり、しかし今は花を咲かせてはいなかった。
「あ、聖さんに慧音せんせー!」
「お久しぶり、お嬢さん」
前に会った少女は白蓮達を見て屋台から飛び出てきた。
「お待ちしてました!」
「ふふっ、ありがとう」
白蓮は少女の頭を撫でてあげた。少女はくすぐったそうに目を細める。ちなみにぬえは後ろで仏頂面だ。
「いらっしゃ…おや、聖さん!」
「あら、あなたは…」
少女の父らしき人が白蓮を見ると、驚いたように口を開けた。
「お父さん、聖さんのこと知ってたの?」
「えっと、私はこの方のお父様――つまりはあなたのおじい様ね――にお経をあげたことがあるのよ」
「そうだったんですか…」
「その節は、ありがとうございました」
少女は聖が自分の親と知り合いだったことに少なからず驚いたようだ。少女の父は白蓮に頭を下げる。白蓮は焦ったように、やめてくださいと言った。
「あー、親父さん。団子、三本くれないか?」
「ああはい。ちょいとお待ちを…はい、どうぞ」
慧音が頼むと、親父さんはすぐに用意して、三玉団子というものくれた。慧音はお代を払ってそれを受け取る。見た目は普通の三色団子だが、赤いのは桜餅、緑のは草餅、白いのにも中にあんこが入っている少し変わった三色団子だった。三人は屋台のすぐ傍に置いてある長椅子に座って団子を口にした。
「どうですか?お三方」
「うん、おいしいよ、ホントに。ね、白蓮?」
「ええ、それに団子に工夫が凝らしてあって、おもしろいですね」
「これなら去年までの物と比べても、十分においしいよ」
「わぁ、よかったねっ、お父さん」
「慧音先生がそこまで言うんなら、俺も大丈夫そうだな」
「? 話が見えないんだけど」
親父さんたちの会話の意味がよく分からず、ぬえが口をはさむ。白蓮も同様に首をかしげている。それに気づいて、親父さんが話し出した。
「む、すんません。実は去年までこの団子は俺の親父、あー、この子のおじいちゃんが作ってたんでさ。けども、年の暮れにポックリとね」
「私は以前からここの団子を食べていて、前の親父さんとも交流があったんだよ。で、どうなるか気にしてたんだが、いらぬ心配だったようだな。」
「そういうことでしたか…」
「慧音先生からの太鼓判ももらえたことだし、この春からは俺の三玉団子をよろしくお願いしまさあ」
「よろしくおねがいします!」
少女と親父さんは屈託のない笑顔で言った。白蓮やぬえも自然と笑顔になり、また一口、団子を頬張った。
「しかし、本当はこの桜の咲く下で食べてもらいたかったんですけどねぇ」
そういって親父さんは、残念そうに屋台の傍の桜に目をやる。桜は先ほどと変わらず、蕾の一つも付けてはいなかった。
「こんな天気では仕方がないさ。たまには雪を見ながらというのも、乙なものだ…うん?」
慧音は雪の降っているはずの空を見上げるが、いつの間にか雪は止んでいた。
「おぉ、止んだようですなぁ」
「乙なものが無くなってしまいましたねぇ」
「むぅ…」
白蓮は意地悪く慧音に言った、それに対して慧音は唸るしかできない。
そのとき南の方からひときわ強い風が人里に、幻想郷に吹き起こった。
「わっ…」
「これは……」
その風はとても力強く、しかし冷たいわけではなく、暖かく、そして優しさが感じられるような風だった。
「…春一番、というやつかな。そういえば今年はまだ吹いていなかったな」
「あっ、白蓮あれ!」
「ぬえ?一体どうし……これは…」
ぬえの声に春一番から意識を戻し、ぬえが指し示す上方を見上げて白蓮はまた驚嘆し、言葉を無くした。それにつられて慧音達も上を、桜を見上げて、大口を開けて固まってしまった。
「…桜が…咲いている…」
誰かが呟いた。先ほどまで蕾すら付けていなかった桜が、春一番に気を取られた一瞬のうちに満開になっていた。しかも白蓮達の見ている桜だけでなく、その他の、おそらくは人里にあるすべての桜が満開になっていた。
人里の人々の反応は多種多様だった。ある人は目を見開きすぎて涙を流し、酒に酔っていたある人はひとしきり驚いた後に大声で笑いだし、ある人は口を開けすぎて顎が外れた。
「…これでやっと、春祭りらしくなりましたね」
◆◇◆
この後、人里では例年以上に活気ある春祭りとなった。いつもなら日が落ちる頃にはみんなが片づけに入り、残るのは個人で夜の花見を楽しむ人だけだったが、今年はそれで終わるはずもない。夜中まで屋台が出ていたり、その賑やかさにつられた妖怪達も混ざってきて一緒に騒いだり、幻想郷最速のブン屋が取材に飛び回ったりしていた。そしてもちろん命連寺の面々も初めての春祭りで起きた奇跡を存分に楽しんだ。
桜と酒の勢いに任せて、人里では一晩中明かりが消えることは無かった。そして夜が明ける頃、桜の花は咲いた時と同じようにまたいつの間にかその姿を消していた。しかしその枝には、まだ小さくはあるがいくつものと蕾が付いていた。
◆◇◆
「『春の神の御力か!?人里の一夜限りの奇跡!!』ですって、ぬえ」
「あははっ、そりゃまた面白い記事を書いたもんだね、あの天狗」
白蓮が今朝方命連寺に放り込まれた文々。新聞の見出しをぬえに告げると、ぬえは腹を抱えて笑い出した。
「まったく、あなたなんでしょう?人里の桜に何か細工をしたのは」
「え…、バレてた?」
「ばればれよ」
白蓮は文々。新聞曰く神の力だとかいうものがぬえの仕業であると見抜いていたようだ。ぬえはばれるとは思っていなかったらしく冷や汗を垂らしている。
「えっと、怒ってたりとかは…」
「してないわよ。あなたがこれを思いついたのは、先日の慧音さんの家でしょう?」
「うん、当たり」
「あの時にいきなり出て行ったしね。最初はあなたが雪を降らしたとも思ったんだけど…、桜の方でよかったわ」
「あの雪は本当にアクシデントだったんだよ。あれのせいで咲かせるタイミングに迷ってたんだから」
「それで、あの春一番に合わせたわけね」
白蓮がぬえに向かって微笑むと、ぬえも安心したように力を抜いた。
「あ、じゃあもしあの雪がわたしの仕業だったら…」
「愛の頭突きぐらいはしていたかもね」
白蓮が笑顔で言い放つとぬえは顔を引きつらせた。
「でも、今回はありがとうね、ぬえ。とっても楽しい春祭りになったわ」
「わっ」
白蓮はぬえの近くに腰を下ろすと、そのままぬえを捕まえて後ろから抱きしめた。
「あら、今日は逃げないのね」
「…たまにはいいかなって」
「ふふっ、じゃあ遠慮なく」
白蓮はさらにぬえを抱く腕の力を強める。
「うぅ、ちょっ、苦しいよ…あ」
「ん、どうしたの?…あら」
白蓮はぬえを抱きながら、ぬえは抱かれて赤い顔のまま、寺の窓から見える咲きかけの桜の花を見つけた。
正真正銘の、春の桜を。
「またみんなで、花見にでも行きましょうか」
この作品には少し(?)キャラ崩壊が起こってたりしますが根はいい人なので許したげてください。
「こんにちはー」
いまだ冬の寒さが残る肌寒い日の昼下がり過ぎ、寺小屋の玄関先にてここの主を呼ぶ声が聞こえる。
「はいはいどちら様…っと」
今日の授業は午前中で終わっていた。子供たちの答案の採点の為に持っていた筆を置き、誰が来たのかと寺小屋の先生であり主である慧音が、玄関まで早足で確かめに行く。
「おや、誰かと思えば。あなただったか」
「どうも」
玄関先で、見るものすべてを癒すような微笑みをうかべて立っていたのは命連寺の主である白蓮だった。
「どうしたのだ?なにか用事でもあったか?」
「用事がなければ来てはいけないのですか?」
「だいたいはそうであったはずではないかな?」
「まあ、確かにそうですね」
そんなやりとりをして二人はクスクスと笑う。互いに軽口をたたき合えるほどの仲のようだ。
「で、結局なんの用なんだ?」
「だから、ありませんよ」
「む?」
「近くまで用事――これは本当にお寺の用事で、お経をあげたんですよ――で、来たものですから、ついでに寄らせてもらったんです。おじゃまでしたか?」
「いや、私もそろそろ休憩しようと思っていたところで……」
かしこまって聞いてきた白蓮に対して返答しようとし、そういえば今何時だ?と、ほぼ無意識に時計を確認した。
「…あ」
時計の針はちょうど午後三時を指していた。
「…お上手だな…」
「なんのことでしょう?」
さっきよりも三割増しほどになったその微笑みがすべてを物語っとるわい。ツッコみたくはあったが流石は慧音先生、心の中で言うだけに留まった。
「…はぁ」
しかしため息は実際に出てしまった。納まらなかった。
「ため息をついては幸せが逃げますよ?」
「誰のせいだよ!…まったく…」
おもわずツッコんでしまったが白蓮は相も変わらず微笑んでいる。
「…ちょうどお茶にしようと思っていたんだ。聖殿、いっしょにどうかな?」
「ぜひとも、お呼ばれします」
「……」
今度はため息をこらえることができた。同じ失敗(?)は繰り返さないのが慧音先生である。
そうして白蓮はまんまとおやつ時に慧音のお宅への潜入に成功したのだ。
「私の生徒の親御さんからの差し入れだが、どうぞ」
「あら、おいしそうな豆大福ですね。いただきます」
机に着いた白蓮に慧音は豆大福とお茶を出す。今日の午前中の授業が終わった時に子どもを迎えに来た親が、昼食の後か三時のおやつにでも食べてくれと置いていってくれたものだ。ついさっきまで忘れていたが、結構な量があったから保存して何日かかけて食べようと思っていたので、助かったといえば助かった。のだが、やはり釈然としないようである。
「うん、ほんとにおいしいです。このあんこと餅と豆のバランスがなんとも…」
「アアハイハイ。ほれ、お茶」
「むぐ、どうも、んぐ、ぷはぁ」
なんとも美味そうに食べ、飲むのである。これには呆れや腹立たしいのを通り越して感嘆の意を示す他ない。示さないが。
「こんなおいしい豆大福がもらえるなんて、私も先生になってみましょうか」
「おいおい。だいたいそっちだって、参拝者から何かもらうこともあるだろう?」
「まぁ、そういうこともあるのですが…いや、職種云々ではなくこれはやはり」
「うん?」
「だれかに快くお茶を出してもらえることで、おいしくなるんですね!」
「…ほう?」
とてもいい笑顔の白蓮。確信犯である。そろそろ天誅下してもいいんじゃないかな。慧音はお得意の頭突きの準備に入っている
「こんにちはー!慧音せんせー、いますかー?」
「…いるよー、今行くー!」
ナイスタイミングでお客さんである。慧音は迎えるために席を立つ。愛の頭突きはまた今度のようだ。
そして白蓮も少し移動して、玄関のほうを覗き込む。
「む、なんだ君か。どうした?」
「えっと、回覧板、持ってきました」
「ああ、ありがとう。そうだ今ちょうどおやつを食べていたんだ。君もどうだい?」
「えっ、そんな、悪いですよ。ずうずうしいって…」
「大丈夫だよ。先客もいるしね。むしろそっちのほうがもっと…」
そんな会話が玄関から聞こえてくる。どうやら第二の訪問者は寺小屋の生徒の女の子のようである。
「慧音さん、私も構いませんよー?」
「…だそうだ。おいしい豆大福があるぞ」
「じゃあ、いただいちゃいます」
遠慮深い女の子もかんねんして豆大福をごちそうになるようだ。
「聖も少しは遠慮したらどうだ?」
「二個目もらっていいですか?」
「…ほら、どうぞ。お前キャラ変わってないか?」
「気のせいです。さあ、あなたもはやくお食べになってください」
「はぁ、いただきます」
おかしい。ここは私の家で、この豆大福は私がもらったもので、聖も最初会った頃はもっと奥ゆかしかったはずだ。慧音がまとわりつく疑問という負のスパイラルに足を取られそうになった時…。
「あの、先生…」
招き入れた少女が小声で話しかけてきた。さっきのタイミングといい、またもこの少女に助けられたのだ。空気の読める優秀な子だと通知表に書いてあげよう。
「なんだい?」
「あの、この人、誰ですか?」
ここで慧音ははたと気付く、そういえば紹介すらしていなかったと。
「あぁ、悪かった。この人は…おい、聖」
「そうだったわね、ごめんなさい。私は聖白蓮、命連寺の僧侶です。あなたは慧音さんの生徒さんでしょう?よろしくね」
「あっ、よろしくおねがいしますっ」
少女は白蓮に差し出された手を慌てて掴んだ。優しく微笑む白蓮に少女も警戒を解いてきたようだ。慧音はそれを横目で見ながら、先ほど受け取った回覧板に目を通す。
「おや、もう祭りを準備するような季節か」
「お祭りですか?」
慧音の言葉に少女にお茶を勧めていた白蓮が反応する。
「去年のこの祭りが終わってから来た聖達は知らないだろうな。ほら」
慧音から回覧板を渡され、中の《人里日和》という所を読む。
「春祭り、ですか」
「冬が終わりと、春の訪れを祝う祭りなんだ」
「あのっ、たっくさんの屋台やで店が並んで、とってもにぎやかなんですよ!」
さっきまでもくもくと豆大福をほおばっていた少女が急に反応した。これには白蓮も驚いたようだ。
「そういえば、君の家も毎年春祭りには店を出していたな」
「はい!あっ、すみません、いきなり大声出して…」
「いえいえ、大丈夫ですよ。好きなんですね、春祭り」
白蓮がまた笑顔で言うので、少女は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。
「…今年も屋台を出すのか?」
「お父さん、張切ってました。私も手伝うんです」
「そうか」
少女は力強くうんとうなずいた。
「えっと、聖さんもできたら来てくださいね。三玉団子っていうのを売ってるんです」
「三玉…? そうですね、ぜひとも、行かせてもらおうかしら。さてと…」
白蓮は少女にそう返すと席を立った。
「ん、帰るのか?」
「もっといて欲しかったですか?」
「気を付けて帰れよー」
「つれないですね。豆大福、ご馳走様でした。お嬢さん、またね?」
「あ、はい。お祭り、来てくださいね?」
答えの代わりに笑みを返して、白蓮は慧音宅を後にした。
「きれいないい人でしたね。慧音先生?」
「……」
慧音はまた、なんとも微妙な顔をしていた。
◇◆◇
「というわけで春祭りに行きましょう」
「「は?」」
ときところ変わって命連寺の食堂、と言っても身内で使うだけなのでダイニングルームと言ったほうが分かりやすい。そこで夕飯が終わり、ぬえを膝の上に拘束したところで白蓮がみんなに聞こえるようにいきなり口にした。
「って、いきなり何のことですか?」
同じく命連寺に住む星が、訳が分からないと白蓮に聞いた。他の面々も星と同じくである。
「あら、ごめんなさい。まだ話してなかったわね」
そう返して、照れたように笑いながら白蓮はおやつ時に慧音の家で聞いた内容をみんなに話した。
「ずるいじゃん白蓮。わたしも豆大福食べたかったー」
「え?そこなの?」
ぬえの反応にナズーリンが驚いたように反応した。
「ごめんなさいね。また今度一緒に食べに行きましょう?慧音さんの家へ」
「うーん、わかった!」
不憫な人だ…。この場の一部を除いた人は心の中で合掌した。
「と、とにかく、数日後に春祭りがあって、それに参加しようということですね?」
気を取り直すように一輪が問いかける。
「ええ、そういうこと。さすがに丸一日寺を空けるわけにはいかないから、午後からの参加ということになりそうだけれどね。響子ちゃんも行きたいわよね?」
「はいっ、行きたいです!」
少し前から命連寺の手伝いに来ている山彦妖怪である響子は元気に返事をした。それを聞いて白蓮は満足そうに笑う。
「ふふ、じゃあみんなも行けるわね?」
とりあえずといった感じに、白蓮は他のみんなにも問いかける。
「ええ、是非とも行かせてもらいますよ。ね、ナズーリン?」
「祭りがあるならどうせ命連寺にはあまり人も来ないだろうしね。ま、私はご主人についていくよ」
「お祭りかぁ、金魚すくいあるかな?」
「行く気満々ねムラサ…、まぁ、息抜きにはなるかな。私も行きますよ、姐さん」
「わたしもっ、お祭りってからには面白いことも起きそうだしね」
「騒ぎを起こしたらダメよ、ぬえ?」
これにて、満場一致で春祭りに命連寺総出で行くことが決定した。数日後の祭りを楽しむ為に、面倒な仕事は済ませておくようにと白蓮が注意をしたところで、みんなは食堂を後にした。
◆その翌々日◆
「で、またなんで私の家に来ているんだ?例によって三時に。しかも二人で」
「ごちそうになります」
「豆大福ちょうだい、慧音」
「しまいにゃへこますぞごらぁ!」
先日命連寺食堂でぬえに言った通り、白蓮とぬえはまたも慧音宅にお邪魔していた。ちなみに寺小屋の授業は今日は休みである。
「まあそう怒らずに、まだあったらでいいですから」
「あるって分かって言ってるよな、おい?」
「ダメ?白蓮がおいしいって言ってたから、楽しみにしてたのに」
目に見えて落ち込むぬえ。そのしぐさがわざとだとは分かっていても、楽しみだったというのは本当だろう。
「…はぁ、いいよ、ちょうど二人で食べるくらいには残ってるからな」
「やたっ、ありがと慧音」
「まったく…」
二人は客間へと通された。慧音が少ししてから全員分のお茶と、豆大福が二つ乗ったお皿を二つお盆に乗せて持ってきた。
「あ、慧音さん」
「うん?」
「私は一昨日ももらったので、一つもあれば十分ですよ」
「…でも一つはしっかりもらっておくんだな?」
「せっかくですから」
「はいはい、じゃあ残った一つは私がもらおうかな」
「いいの、白蓮?」
「私はぬえに食べさせてあげたかっただけだから。でもくれるんだったらぬえから一つもらおうかしら?」
「あげないっ」
ぬえは気持ち急いで、大福を食べ始めた。
「ん、おいしい」
「そういってもらえると、出したほうもうれしいな」
「やはり快く出してもらったお茶は、おいしいですね」
「はっはっは、とても腹立たしいな」
こめかみが引きつってますよ慧音先生。
「あー、ところで。結局聖のところも春祭りには行くのか?」
「ええ、みんなで行かせていただきます。良いお祭りになるといいですね」
「それなんだがな。里の予報士によるとどうやら、祭りの日あたりにまた冷え込むかもしれないとのことなんだ」
「あら、そうなんですか?せっかく暖かくなってきましたのに」
「もちろん、そんなことで祭りが中止にはならないがな。しかし、桜も見ることができるのはまだ少し先のようだ。いつも祭りの頃には咲いていたんだがな」
「それは、残念ですね」
慧音が難しい顔をして、白蓮もまた笑顔を曇らせていた。そして、それを見たぬえも。
「白蓮」
「ん、なんです、ぬえ?」
「半分なら、あげる」
「あら」
ぬえがまだ食べていなかった大福を、半分にちぎって白蓮に差し出していた。
「ありがとう、いただくわ」
「うん…」
「ぬえ?」
白蓮は大福を受け取り、ぬえの顔をうかがう。どうやらなにか考えているようだ。
「…そうだ!」
「ひゃっ!?」
ぬえが急に立ち上がるものだから、白蓮は驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。そしてぬえは急いで残りの大福を食べた。
「ちょっとぬえ、いきなり何を…」
「白蓮、わたしちょっと遊んでくるから先帰ってて」
「は、はぁ?」
「慧音、豆大福ごちそうさまっ、ありがとね!」
「あ、あぁ。って、おい!?」
言うが早いと、ぬえは早々に家の窓から出て、飛んでいってしまった。
「なんなんだ?」
「さぁ?」
意味が分からないといった顔をしている二人を残して。
その後、ぬえはちゃんと夕飯前に命連寺に帰ってきた。しかし寺の誰が聞いても何をしていたかは答えなかった。
◇春祭り当日◇
「いやはや、なんとも壮観というか、なんというか…」
「ああ、確かに壮観かもしれないねご主人。しかし春祭りにはふさわしくないな」
虎と鼠の主従は命連寺の縁側から外の空を見ていた。片方は苦笑いをしながら、もう片方は面倒くさそうに息を吐きながら。
「「…まさか雪が降るなんて」」
これでは、巫女がまた白玉楼に突っ込んでもおかしくはないだろう。
「これは里の予報士の方も予想外でしたでしょうねぇ」
「この時期に、ですものね。でもお祭りはやっているようですね、姐さん?」
「ええ、この程度で中止するようなことはないと、慧音さんもおっしゃってましたしね」
「それなら大丈夫ですね。みんなー、準備はできた?早いとこ行きましょう」
命連寺一行は人里へと出発する。幸いにも、雪は道に積もるほどには降っておらず、せいぜいが白い膜を張らせる程度だった。しかし寒くはある。
白蓮は道中、ぬえの方を覗き見たがムラサや響子とふざけてはしゃいだりしているだけだった。そんなこんなで少し歩けば一行はすぐに人里に着いてしまった。そこでは慧音の言葉通り、雪が降ってもなお活気のある春祭りが開かれていた。
「さて、それではここからは自由行動です。みんな好きに楽しんでいらっしゃい」
「「はーい」」
白蓮の言葉によって、みんなは祭りの中央へ向かっていく。ナズーリンはもちろん星と一緒に、そして響子も星たちについていった。一輪は早くも走り出したムラサの後をあわてて追っていった。
「それじゃあ一緒に回りましょうか、ぬえ?」
「ん、いいよ」
そしてぬえと白蓮も歩き出す。ぬえも淡泊に答えてはいるが今にも走り出さんばかりにうずうずしているのが傍目にもよく分かる。白蓮もそれを見て嬉しそうに笑った。
「ちょっ、手ぇ握らないでよ!」
「いいじゃありませんか、これぐらい」
「…もうっ」
◆◇◆
雪は細かいながらもいまだしっかりと降り続いている。しかし人々は、なおも活気強く、春祭りを楽しんでいた。
「それでも、やはり舞っているものが雪では、春祭りという感じがしないわね」
「ん、なんか言った?白蓮」
「いいえ、なんでもないわ。それよりそれ、食べちゃいなさい」
「あーい」
ぬえは先ほど屋台で買ってもらった、あまり馴染みないフライドポテトという食べ物の最後の一本を口に入れた。
「おーい、ひじりー」
「あら?」
そこで白蓮は自分の名を呼びながら近づいてくる人物に気が付いた。
「慧音さん」
「やはり来てたんだな。初めての春祭りが雪の降る中なんて災難だったな」
「いえ、これはこれで楽しいですよ」
「そうか、ぬえも楽しんでいるようだな、なによりだ」
「まあね」
慧音は二人がなんだかんだと祭りを堪能しているようで安心していた。この人もいい意味で気にしいなのだ。
「ところで、もうあの少女の家がやっている屋台には行ったか?」
「えっ…、ああ、そうでしたね」
「その様子ではまだ行ってないようだな。よしじゃあ行こうか」
「では道案内お願いしますね」
「まかせろ」
先を行く慧音に二人はついていく。白蓮は道中でぬえに少女のことについて話していた。
◆◇◆
ほどなくして三人は目当ての場所に着いた。屋台の横には大きな桜の木があり、しかし今は花を咲かせてはいなかった。
「あ、聖さんに慧音せんせー!」
「お久しぶり、お嬢さん」
前に会った少女は白蓮達を見て屋台から飛び出てきた。
「お待ちしてました!」
「ふふっ、ありがとう」
白蓮は少女の頭を撫でてあげた。少女はくすぐったそうに目を細める。ちなみにぬえは後ろで仏頂面だ。
「いらっしゃ…おや、聖さん!」
「あら、あなたは…」
少女の父らしき人が白蓮を見ると、驚いたように口を開けた。
「お父さん、聖さんのこと知ってたの?」
「えっと、私はこの方のお父様――つまりはあなたのおじい様ね――にお経をあげたことがあるのよ」
「そうだったんですか…」
「その節は、ありがとうございました」
少女は聖が自分の親と知り合いだったことに少なからず驚いたようだ。少女の父は白蓮に頭を下げる。白蓮は焦ったように、やめてくださいと言った。
「あー、親父さん。団子、三本くれないか?」
「ああはい。ちょいとお待ちを…はい、どうぞ」
慧音が頼むと、親父さんはすぐに用意して、三玉団子というものくれた。慧音はお代を払ってそれを受け取る。見た目は普通の三色団子だが、赤いのは桜餅、緑のは草餅、白いのにも中にあんこが入っている少し変わった三色団子だった。三人は屋台のすぐ傍に置いてある長椅子に座って団子を口にした。
「どうですか?お三方」
「うん、おいしいよ、ホントに。ね、白蓮?」
「ええ、それに団子に工夫が凝らしてあって、おもしろいですね」
「これなら去年までの物と比べても、十分においしいよ」
「わぁ、よかったねっ、お父さん」
「慧音先生がそこまで言うんなら、俺も大丈夫そうだな」
「? 話が見えないんだけど」
親父さんたちの会話の意味がよく分からず、ぬえが口をはさむ。白蓮も同様に首をかしげている。それに気づいて、親父さんが話し出した。
「む、すんません。実は去年までこの団子は俺の親父、あー、この子のおじいちゃんが作ってたんでさ。けども、年の暮れにポックリとね」
「私は以前からここの団子を食べていて、前の親父さんとも交流があったんだよ。で、どうなるか気にしてたんだが、いらぬ心配だったようだな。」
「そういうことでしたか…」
「慧音先生からの太鼓判ももらえたことだし、この春からは俺の三玉団子をよろしくお願いしまさあ」
「よろしくおねがいします!」
少女と親父さんは屈託のない笑顔で言った。白蓮やぬえも自然と笑顔になり、また一口、団子を頬張った。
「しかし、本当はこの桜の咲く下で食べてもらいたかったんですけどねぇ」
そういって親父さんは、残念そうに屋台の傍の桜に目をやる。桜は先ほどと変わらず、蕾の一つも付けてはいなかった。
「こんな天気では仕方がないさ。たまには雪を見ながらというのも、乙なものだ…うん?」
慧音は雪の降っているはずの空を見上げるが、いつの間にか雪は止んでいた。
「おぉ、止んだようですなぁ」
「乙なものが無くなってしまいましたねぇ」
「むぅ…」
白蓮は意地悪く慧音に言った、それに対して慧音は唸るしかできない。
そのとき南の方からひときわ強い風が人里に、幻想郷に吹き起こった。
「わっ…」
「これは……」
その風はとても力強く、しかし冷たいわけではなく、暖かく、そして優しさが感じられるような風だった。
「…春一番、というやつかな。そういえば今年はまだ吹いていなかったな」
「あっ、白蓮あれ!」
「ぬえ?一体どうし……これは…」
ぬえの声に春一番から意識を戻し、ぬえが指し示す上方を見上げて白蓮はまた驚嘆し、言葉を無くした。それにつられて慧音達も上を、桜を見上げて、大口を開けて固まってしまった。
「…桜が…咲いている…」
誰かが呟いた。先ほどまで蕾すら付けていなかった桜が、春一番に気を取られた一瞬のうちに満開になっていた。しかも白蓮達の見ている桜だけでなく、その他の、おそらくは人里にあるすべての桜が満開になっていた。
人里の人々の反応は多種多様だった。ある人は目を見開きすぎて涙を流し、酒に酔っていたある人はひとしきり驚いた後に大声で笑いだし、ある人は口を開けすぎて顎が外れた。
「…これでやっと、春祭りらしくなりましたね」
◆◇◆
この後、人里では例年以上に活気ある春祭りとなった。いつもなら日が落ちる頃にはみんなが片づけに入り、残るのは個人で夜の花見を楽しむ人だけだったが、今年はそれで終わるはずもない。夜中まで屋台が出ていたり、その賑やかさにつられた妖怪達も混ざってきて一緒に騒いだり、幻想郷最速のブン屋が取材に飛び回ったりしていた。そしてもちろん命連寺の面々も初めての春祭りで起きた奇跡を存分に楽しんだ。
桜と酒の勢いに任せて、人里では一晩中明かりが消えることは無かった。そして夜が明ける頃、桜の花は咲いた時と同じようにまたいつの間にかその姿を消していた。しかしその枝には、まだ小さくはあるがいくつものと蕾が付いていた。
◆◇◆
「『春の神の御力か!?人里の一夜限りの奇跡!!』ですって、ぬえ」
「あははっ、そりゃまた面白い記事を書いたもんだね、あの天狗」
白蓮が今朝方命連寺に放り込まれた文々。新聞の見出しをぬえに告げると、ぬえは腹を抱えて笑い出した。
「まったく、あなたなんでしょう?人里の桜に何か細工をしたのは」
「え…、バレてた?」
「ばればれよ」
白蓮は文々。新聞曰く神の力だとかいうものがぬえの仕業であると見抜いていたようだ。ぬえはばれるとは思っていなかったらしく冷や汗を垂らしている。
「えっと、怒ってたりとかは…」
「してないわよ。あなたがこれを思いついたのは、先日の慧音さんの家でしょう?」
「うん、当たり」
「あの時にいきなり出て行ったしね。最初はあなたが雪を降らしたとも思ったんだけど…、桜の方でよかったわ」
「あの雪は本当にアクシデントだったんだよ。あれのせいで咲かせるタイミングに迷ってたんだから」
「それで、あの春一番に合わせたわけね」
白蓮がぬえに向かって微笑むと、ぬえも安心したように力を抜いた。
「あ、じゃあもしあの雪がわたしの仕業だったら…」
「愛の頭突きぐらいはしていたかもね」
白蓮が笑顔で言い放つとぬえは顔を引きつらせた。
「でも、今回はありがとうね、ぬえ。とっても楽しい春祭りになったわ」
「わっ」
白蓮はぬえの近くに腰を下ろすと、そのままぬえを捕まえて後ろから抱きしめた。
「あら、今日は逃げないのね」
「…たまにはいいかなって」
「ふふっ、じゃあ遠慮なく」
白蓮はさらにぬえを抱く腕の力を強める。
「うぅ、ちょっ、苦しいよ…あ」
「ん、どうしたの?…あら」
白蓮はぬえを抱きながら、ぬえは抱かれて赤い顔のまま、寺の窓から見える咲きかけの桜の花を見つけた。
正真正銘の、春の桜を。
「またみんなで、花見にでも行きましょうか」
祭りらしい雰囲気が伝わってきました