Coolier - 新生・東方創想話

都会派ストレートティー

2012/03/22 05:06:07
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 いつも通りの本を携えた午後のティータイムに当然の如く居座った妖怪は私の記憶違いでなければ八雲紫と言う名前だった。














 上海人形に二杯分の紅茶を出すよう指示を出したは良いがその気になれば紫は隙間経由で紅茶でも何でも出せるのだろう、彼女がその行動を選択するかどうかは別問題として。

「賢人と愚者の違いって何だか分かるかしら」

 穏やかな声がしっとりと聞こえてきたのは活字が書かれた本の向こう側の紅茶の湯気のその向こう側。
 例えばそれは霧のように様々な物をぼやかしたように聞こえて、実際彼女は何もかもを隠しているのだった。

 何をそんなに隠したがっているのかは分からない
 そもそも私が隠したがりの彼女について知っている事と言えばこうして一緒に紅茶を嗜む事が出来る、それぐらいなのだから。
 しかしだ、魔法使いと言うのは元来知りたがりであって。そこだけ考えると彼女と私の相性はすこぶる悪いと言う事になると活字の樹海の中で思案した。

「ねえ」

 今度聞こえた声は不満げだった
 そう言えば彼女について知っている事がもう一つ、彼女は放っておかれるのが嫌いなのだ。
 特にこうして相手が思考の海に浸ってしまうのが、自分は良くやる癖に自分勝手極まりないことだ。
 あんまり黙りこくっているとどんどん向こう側からのいやあな視線が痛くなってくるのでさっさと相手をしてやることにする。機嫌を損ねられると何をされるか分かったものでは無い、子供か。

「賢者は頭で考える、愚者は活字で考える」
「あら、それだとアリスは愚者になっちゃうわよ?」
「そうね」
「そっけない事」

 相手してやるのはこれぐらいで良いだろう、今日の私は内向的だから本の虫にでもなっていたい気分なのだ。
 活字に夢中になっている時は、ただひたすら列から列へと辿っていくのが気分良い。点から点へ、列から列へ。
 ところが厄介な事にここでちょっかいを出す存在が約一名、対面で猫を見る子供のようにうずうずと何とかしてこちらの気を引きたがっている。
 ご愁傷様だが私は都会派の魔術師だから猫じゃない、餌でも梃子でも動きはしない。

 紅魔館から人形と交換で貰ったダージリンの茶葉は良い働きをする、すっきりとした香りは頭の働きを活性化させるものだ。
 ところでこの茶葉はどこから入手しているのだろうか、あのメイドに聞いたら「企業秘密ですわ」とか言っていたが、大方また人形が入り用になった時に餌にするつもりだろう。

「犬よね、犬」
「何がよ」
「紅魔館のメイドさん」
「ああ、犬ね」

 あれは忠犬だろう、レミリアも良い犬を手に入れたものだ。
 格好良くて、理解が速くて、いざという時には傍にいる。まさに理想の犬だ。
 そういえば幻想郷で犬と言えば猟犬だが可愛らしい犬はいないものだろうか、居ないだろうな。

「犬も良いけどね、私はどちらかと言うと猫が好きなのよ」
「猫?あんたの式は犬科じゃない」
「藍は犬科だけど、要は雰囲気よ」
「雰囲気ねえ」

 猫みたいな雰囲気とは如何にや、そんな疑問を紅茶と共に飲み込もうとしたらカップの中が空である事に気が付いた。
 困った事に茶葉はもう切れてしまったようで上海が困ったようにこちらを見ている、今すぐ紅茶を飲みたいのにもどかしい。
 まあ、外に出向くのも悪くは無い話だ。今は雪が降っているがそれもまた悪くは無いだろう。
それに最近は家に閉じこもってきりだったから外に出るのも悪くは無いだろう、そう思って外套を取りに行こうとしたら頭の上にぼふんと柔らかい感触、これでは立ち上がれない。
 正面の紫がにこにこしながらスキマに腕を突っ込んでいるから私を席に縛りつけようとしているこれは紫のものなのだろう、どさくさにまぎれて髪の毛撫でるな。

「ふわふわしていて良い感触、手入れが行き届いているわね」
「別にそのままで咎めないけど、いつの間にか腕が無くなっているかもしれないわね」
「あらあら、怖い子猫ちゃんだこと」

 飄々とした、掴み所のない声だ
 聞いているとなんだか対抗する気だとか、そんな物が一切合財下らない事この上ない様に思えてくるような。
 溜息を一つ、それで私がお手上げだと言う事を表現するのが何度目になるのかもう数える気も失せてしまっていた。

「よしよし、いい子ね」
「私は昔ほど子供じゃないのよ」
「昔って、まだ神綺の膝の上から離れたがらなかった時の事かしら、それともここに来たばかりの頃?」
「どっちも」
「あの頃は可愛かったわね、うん。角見ただけで悲鳴あげちゃうんだもの」
「止めなさいって」
「あの頃のアリスはどこ行っちゃったのかしら、藍もアリスも小さい頃は可愛げあるのにね」
「いつまでも子供のままではいないのよ」
「成長?」
「都会派は学ぶ事が多いのよ」

 成長ねえ、紫の残った方の手から生えた五指がくるくると虚空を撫でた。くるくるくるくる
 紫が考え事している時にいつもこうして指を動かす癖がある事を知っているのは一体何人ほどいるのだろうか、紫について知っている事がまた一つ。

「そうそう、さっきの話よ」
「エントロピーを維持させるにはいかにするって話?」
「それは三日前の話でしょ、さっきとは言わないわ」
「妖怪にとって一年なんて昨日の話なのです」
「それもそうね」

 そんな事より私はこの空いてしまったカップの中をいかにして埋めようか、そればっかしを考えているのだが。
 紫がこちらの話を如何なる時も聞かないのはいつもの話なのでいつの間にか慣れてしまった様だ、そう言えば戸 棚の上から二番目にまだ未開封の緑茶の袋があった気がする。霊夢から何かを貰う事なんて珍しいから何ともなしに取っておいたが使わないでどうするつもりだったのだろう。

「賢者って何なんでしょうね」
「確かその話ってさっきしてなかったっけ」
「してたわね」
「まだ結論出てないじゃない」
「世の中の八割は結論の出そうも無い世迷言で出来ているのです」
「残りの二割は?」
「隠しておきたい事、もしくはもっと不明確ななにか」
「それじゃ、アリスの中でこの世は靄に包まれているのね」
「そうね、まるで紫みたい」
「つまり、アリスの世界は私で出来ているのかしら」
「それは無いわね」

 だったらいったいこの世は何で構成されているのだろう、紫と話しているといつも話があちらこちらに混線迷走してしまう。それが確信犯なのか気質なのかは分からないが、どっちもか。

「それで、賢者の話かしら」
「戻って来たわね」
「紫と話していると話題が迷子になるから」
「まるで犬みたいに?」
「猫の様でもあるわね」
「ちょっと違うわね、犬は迷子になるのよ」
「じゃ、猫は?」
「自分で迷子になるの」
「自分で、ね」
「行先も、目的も決まった迷子なのよ」

 それは迷子とは言わないのだろうか、そんな質問をしているようでは紫とまともに話す事は出来ない。
 小さい物が少々厄介で、大きい物が大した事でない事で、いつの間にかなんとなく分かっている気分になる。知識人と言う言葉に対義語があるならそれは八雲紫と言う妖怪なのだろう。

「例えば自分で考える事、例えば成長する事、例えば行き着く先が分かっている事、そういう存在を賢者と言うのかもしれないわね」
「そうね」
「けど、それって結構疲れると思わない?」
「そうかしらね、私は賢者じゃないから分からないわ」
「じゃ、アリスの目指しているのは何なのかしら」
「一人前の魔法使い」
「それだけ?」
「都会派は高すぎる目標は持たないのよ、まずはこつこつと認められる事から」
「ねえ、一人前ってどこからが一人前なのかしら、認められるって誰からで、何の為に認められたいのかしら」
「それは、それはね」

 質問攻めは嫌いだ、理詰めで考えるのが魔法使いだけどせめて日常には持ち込まないでほしい。
 虫を捨てて、食を捨てればそれは一人前の魔法使いと言う事になるのだろう。
 けど、そんな事で“人形遣い”でもある自分は満足できるのだろうか、まだ自立人形もできていないのに一人前なのだろうか。
 そもそも自立人形は半端な内で成し遂げられる事なのだろうか、一人前のそのはるか先の話なのではないだろうか。

「分からないわ」

 ぐるぐると延々に回り続ける思考を止める
 紫は相変わらずよく分からない笑みを浮かべていて、私には目的も結論も分からないままだった。
 まあ、紫と付き合っているとそんな事は日常茶飯事なのだが。

「さて、魔法の国で迷ってしまった小さなアリスちゃんにプレゼントよ」

 声と共にぽふと手が除けられる
 重さの感じられなくなった頭が物寂しいと感じるのは気の所為として、私はすでに紫の贈り物が何かをうっすらと理解していた。経験則である、またの名を慣れ、成長とも言う。
重圧の無くなった頭を恐る恐る撫でてみるとそこにはもふもふの毛が生えたぴこぴこと震える物体が、神経が通っている手の込みようだ。全くこんな事に妙な拘りを持たんでも良いだろうに。

「うん、アリスに猫耳は似合うわね」
「精一杯妨害の呪術をかけておいたのに…」
「流石の私も気が付かれ無い様に生やすのには解除の必要があったわね、予想より時間が掛っちゃった」
「むぅ、油断したわ」
「でもこの前より格段に強くなってるわね、偉い偉い」

 また隙間から伸びてきた手が頭のてっぺんに生えた物体を弄る
 耳裏を絶妙な手つきでこすったり、輪郭を指の先でなぞったり。式で遊んで身に付けたと豪語するだけあって実力は本物だ。なんだか負けた気がする

「そうだ、アリスに飲んで欲しいものがあるんだった」

 ぱっと弾けた様に驚いていそいそと隙間に手を差し込むその姿は賢者と言うよりもまるで面白い事思いついた子供の様だとは絶対に指摘できない、そんな紫を見るのが何ともなしに気に入っているとは勿論の事だが。

 ごそごそと暫く隙間を探索していた紫の手の平はやがてお目当ての物を掴んだらしくゆっくりと慎重に裂け目から白い、素人がはた目から見ても上等な一品とわかるロンググローブが引き抜かれていく。
 その手の上にはお盆と、どこで入れられたのか分からないが湯気の立つ黒い液体の入ったカップが二つ。
 真っ黒な液体はそれこそ鏡のように真っ黒で不気味極まりないが、どこか満足げな紫はそれを優雅に啜っては頷いている。いちいち行動が様になるのは紫だからだろうか、それとも胡散臭いからだろうか。

「珈琲って言うのよ、外の世界では主に亜米利加で飲まれているの」
「国の名前かしら、倫敦人形はあるけど亜米利加人形は無いわね。今度作ってみようかしら」
「それならまた資料を持ってきてあげましょうか、民族人形やらなんやら望む物を」
「ありがとう、助かるわ」
「いいのよ、それより珈琲を飲んでみなさいな。冷めちゃうわ」

 勧められるままに黒い液体を手に取る、取ったは良いがこの透明度の感じられない液体を飲むのは多少勇気がいる。いかに目の前にそれを美味しそうに啜る妖怪が居ようと。
 しかし知らない事があると言うのは魔法使いとしての性が許さないので大人しく一口、恐る恐る口に含んでみる。

 まずは、形容しがたい酸味
 そしてその後から後引く苦味
 不味い

「誰でも初めて飲むと決まってそんな反応するのよね」
「形容しがたいわね」
「飲んでいると美味しく感じるようになるのよ、勿論合わないのも居るけど」

 試しにもう一口、不味い

「口直しが必要かしら」
「珈琲がどんなに美味しく感じようとやっぱり紅茶が飲みたいわ、都会派にはストレートの紅茶が合うのよ」
「あら、最初はミルクと砂糖が無ければ飲めなかった癖して」

 無言の威圧が通じる相手ではないけれど、それでもその話はぶり返されたくはない。
 なんというか、何と言うよりも恥ずかしい。
 諦めて紅茶を買いに行こう、何と言うよりも今日は外出してみたい気分だ。
 そこでようやく頭に邪魔なのが二つ乗っかっている事を思い出す、今日は頭が休養を要求しているらしい。
 何を言われるか分からない文や魔理沙に見つかりたくはないが恐らくそれは無理だろうあの二人のそういう事を察知する能力は頭一つぬきんでている。
 どうするか、紅茶は飲みたいし外出したいが紫が猫耳を引っ込めるとは思えない。しかしもしもと言う事があるから試しに頼んでみるとするか。

「駄目ね」

 先手を取られた、では外出は諦めて茶葉を出してもらう事にしようか。

「それも駄目」

 困った
 では、どうしようか








 多分、紫はこちらの困り顔を笑い顔を見ているのだろう
 それが見せかけだけの物である事も分かって笑っているのだろう
 そうして暫く経ったら決まって手を差し伸べるのだ
 その後ろに彼女の象徴ともいえる裂け目を従えながら

 にっこりと胡散臭い笑みを浮かべるのは昔からの事で、このやり取りはそっくりそのまま昔のままで。
 私と紫の関係も昔からは変わりっこないしこれからも変わらないのだろう。












 悪い事じゃない
 悪い事じゃないが
 子供扱いはもうそろそろ止めてくれないだろうか。
















.
まあ、今でも紅茶はストレートで飲めないけれど








(2012/4/12 コメント返信)

>>2さん
実はよく分かっていなかったりします
すみません

>>3さん
ゆかアリ好きな人が少なくない訳無いと思います
多分ですが

>>コチドリさんさん
これ以上無い程にこの作品を言い表されました…なんだか恥ずかしいです
私には勿体ない言葉有難うございます
精進します

>>奇声を発する程度の能力さん
のんびりゆかアリを目指しました
日常の一コマの様な

>>12さん
ゆかアリをかくとアリスが幼くなります
多分紫があんまりにも大人だからだと思いますが

>>とーなすさん
創想話はまるで大海の様だとは時々思いますが、ゆかアリが少ないです
猫耳アリスは可愛いですよね、多分紫に遮られて見れませんが

>>18さん
えっ
おかわりを要求するならば、書いて見せよと魔王風に言ってみましょう

>>19さん
ゆかアリいいですよね
でも、なぜ無いんでしょう

>>20さん
親子とか姉妹とか友人とか
愛情のあるゆかアリを目指してみました

>>21さん
あんまり見ないですがいいもんですよ
紫様は両手を広げてディフェンスをしております

>>23さん
Mo…Motto?
I can't wright now.

>>24さん
大人っぽいけど子供な人を見た時はほっこりします
実は可愛いキャラを書きたいけど書けないのでそう言っていただけるととても嬉しい

>>39さん
アリスの姿をロリスと置き換えると幸せになれるかも でも大きくなってもまだまだなアリスも良し
紫に対するアリスの反抗計画は始まったばかりだ!


それでは

かしこ
芒野探険隊
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コメント



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2.無評価名前が無い程度の能力削除
タグがなんで必要だかわかってる?
3.100名前が無い程度の能力削除
こんな紫アリを待ってた
8.90コチドリ削除
どういう繋がりかはわからないけれど母の昔からの友人。
会えば可愛がってくれる、否ちょっかいをかけてくる。親愛の情は抱いてくれているみたいだけど。
小母様などと呼ぶと「お姉さんか名前で呼びなさい」などとイイ笑顔で釘を刺す。
いつまでも気が若いから時々目上の人って感じがしなくなるんだよね、なんかちょっと可愛いし。的な紫様。

幼少時を知られている、ということは巨大なアドバンテージを握られているに等しい。
負けを覚悟の戦など愚の骨頂、今は微妙なバランスの上で成り立つこの関係を維持すべし。
実力を磨いていれば隙は必ず見えてくる、反撃の狼煙をあげるその時を私は待つ。
なんだけど、相手はそれこそを期待しているようにも見えるんだよね。本当やりにくいったらありゃしない。的なアリス。

イマジネーションを刺激してくれる作品に出会えた時はいつも幸せな気分になる。
素敵な二人の関係を描き出してくれた作者様に感謝。
10.90奇声を発する程度の能力削除
こういう紫アリは良いですね
12.80名前が無い程度の能力削除
かわいい、死ぬ
16.90とーなす削除
紫アリ……そんなのもあるのか。創想話は広い。
洒脱でありながら、温かみのある会話が素敵でした。確かにアリスには猫耳が似合いそうだ。性格的に。
18.100名前が無い程度の能力削除
おかわり
19.100名前が無い程度の能力削除
いいゆかアリやね
20.100名前が無い程度の能力削除
姉のようで友達のようでいいゆかアリ
21.100名前が無い程度の能力削除
あまりみない組み合わせだけど、面白かったです。
猫耳アリスは見てみたいなぁw
23.100名前が無い程度の能力削除
motto!!motto!!
24.90名前が無い程度の能力削除
可愛いとしか言いようがない
39.100名前が無い程度の能力削除
精一杯背伸びをして見せるアリスが可愛くてたまらんです
紫はいつまでたっても子ども扱いするんでしょうね