妹紅がこたつに入って二週間前の新聞を読んでいると、向かいに座って編み物をしていた慧音が、「唐突ですまないが」と話を切り出した。
「平安時代の貴族たちは、下膨れで細目の女性が好きだったというのは本当なのか?」
「なんでいきなり?」
妹紅は起き上がって伸びをする。「昼下がりの暇つぶしか」
「その新聞はいつのだ?」と慧音は聞き返す。
「二週間前のだよ」と妹紅は答える。
「まだそんなに前か」と慧音はため息を付いた。「読みに来るなら来るで、もっとこまめに来ればいいんだ」
「不可抗力だ」と妹紅は言う。「あっという間に一ヶ月ぐらい過ぎてしまうから。私は時間の感覚がズレてるからね。次から気をつける」
「そうしてくれ」慧音は編み物を膝の上に置いて、こたつの上の急須でお茶を注ぎながら、話を続けた。
「三日前の新聞に、永遠亭の連中がまた博覧会を計画していると書かれていてな」
「ふうん」妹紅は興味なさげに肘をつく。「まったく、全然、これっぽっちも、興味がないな」
「ムキになるな」と慧音は笑った。「それで、前の博覧会の時のことを思い出したのだよ。少し意外に思ったんだ。かぐや姫が、どちらかというと現代的な美人だったことを」
「……あぁ、なるほど」と妹紅はしかめ面をした。「あいつの話はやめよう。お茶がまずくなるぞ」
「そう言うな」慧音は取り合わずに話を続ける。
「歴史の通説では、平安時代の上流階級の女性美は、下膨れに細目の女性ほど麗しく、髪は長ければ長いほどよいということになっている。だがかぐや姫は小顔だし、目はぱっちりとしている。髪はずいぶん長いがな。神話の衣通姫のようにうっすら輝いて見えて、なるほどこれなら後世まで評判になるはずだと思ったよ。――だが、その印象は私の持っている歴史認識と合わない。せっかく平安時代の人間が目の前にいることだし、実際はどうだったのか、訊いてみようと思ったんだ」
慧音はそう言うと、お茶をすすりながら、妹紅を目で促した。
「ちょっとめんどくさいな」と妹紅は渋る。「あまり品のいい話でもないし」
「構わないぞ」と言って、慧音はじっとりと妹紅を見つめる。
しばらくチラチラと視線に抵抗していた妹紅だったが、やがてため息をつくと、「じゃあ手短に」と話を始めた。
「私が生まれて、輝夜が月からやってきたのは、平安の初期の頃だった。まだ遣唐使も廃止されてなくて、貴族の芸術、嗜好品と言えば、唐物(からもの)でしかありえなかった。――こういう予備知識は余計か?」
「いや、それが話に必要なら、続けてくれ」と慧音は言った。
「なら続けよう。――唐からは様々な芸術品が渡ってきたが、その中にはもちろん、見事な人物画もあった。写実的な坊主や詩人の絵も人気があったが、それにも増して人気があったのが、のっぺりした顔つきをした狐目の女性像だった」
「ほう、ルーツは唐だったのか」と慧音はすまし顔でお茶をすする。
何処まで知ってるか分からないから、やりにくいなと妹紅は思った。
「つまりは大陸で生まれた美意識だったんだよ。私も暇つぶしに何度も渡ったことがあるが、あの時代の漢民族の美人はみな絵の通りの厚ぼったい化粧をして、コロコロと機嫌よく笑っていた。それに、中国では美人と言えば狐、狐と言えば美人だからな」
「そういう伝統があるみたいだな」と慧音は頷く。「いつぞや聊斎志異を読んだ時は驚いたよ。美人の正体が必ず狐だからな。日本なら多様な妖怪が出てくるのだが。あちらでは化けるのは狐と決まっているようだった」
「殷の妲姫が何千年も尾を引いてるのさ。長々し尾のしだり尾の」と言って、妹紅はあくびをした。
「……あぁ、眠いな。もういいんじゃないか?」
「ダメだ。きちんと最後まで話してくれ」と慧音は頑固に目で訴える。
「……分かった。分かったって、そんな目で見るなよ」
妹紅は覚悟を決めて話をお終いまですることにした。
「当時の貴族たちは、唐の物や文化ならなんでもありがたがっていた。唐で狐目のふっくらした美人が流行っていたら、ああ、そういうものが美人と呼ぶべきものなんだなと学習した。そして、それまであまりいい目を見なかったような容姿の女に入れあげて、夜な夜な渡るようになった」
「通説は正しかったのか?」
「輝夜が現れるまではな」と言って、妹紅はしかめ面をした。
○
「竹取物語は、史実を元にした物語であって、史実そのものじゃない。輝夜は竹の中から生まれたのを爺さんに拾われたんじゃなくて、はなっからあの大きさで、偉そうに都を闊歩していたよ」と妹紅は憎々しげに言った。
「ほう、そうだったのか」
外の世界じゃ、史実を元にしているとすら思われていないだろうなと慧音は思った。
「出歩くたびに行列ができるんだ。わっざとらしく小袖姿に絹傘なんか持ちやがって、傘の裏から透けて見える黒髪に、男が付いていくんだな。都の端から端まで練り歩き、行列が百人にも千人にもなったところで、いきなりふっと姿を消す。――そういうことをして、人間をからかって、楽しんでいたんだよ」
「なかなか愉快な光景じゃないか」と慧音は笑ってしまった。
「笑い事じゃない」と妹紅はため息を付いた。
「そういう遊びをしていれば、嫌でも貴族の目に止まる。市井を歩く身分の女であれど、それほどまでに美しいなら一目見てみようではないか、ってわけで、あいつは次々と貴族の家に招かれることになった」
「なるほど、そうだろう」と慧音は相槌を打つ。「しかし、当時の庶民と貴族では、美意識を共有していないんだろう? 唐物の女趣味は人口に膾炙していたのか?」
「貴族の真似をしたがる連中はいたが、一般的な庶民の美意識は、今とそう変わらないよ」と妹紅は答えた。
「では、庶民の間で美人と評判だということは……」
「貴族にとっては、筆舌に尽くしがたい不細工、ということだ。唐物の美を知らない野蛮な連中が、いったい何を崇めているのやら。哀れよ哀れと、父上も申されていたよ」妹紅は愉快気に笑った。
「ふむ……。しかし、かぐや姫は、男なら誰でも惚れるような美姫だと記されているぞ。当時の貴族にしてみれば、唐物の美に則さない女であったはずなのに」
「あぁ、だから輝夜は、ぶち壊したんだよ」
妹紅は憎々しげにこたつをパンと叩いた。
「ぶち壊しやがったんだ。ただ屋敷に呼ばれてそっと顔を見せただけで。唐物の美意識も、貴族たちの価値観も、根こそぎにしやがったんだ」
輝夜を美しいと思うとは、どういうことか。
当時の貴族が、決して下膨れでも狐目でもない輝夜に惚れるということは、唐物の明確な否定であり、野蛮人のすることであり、伝統文化を無視した倒錯であった。
日々研鑽を積んだ教養や、昨日まで集めていた図画の全てが何の価値もなくなってしまうということだった。
だが、目の前の、素性も分からぬ市井の女は、それまで集めた何よりも美しかった。本来ありえないような美貌が、歴とした事実として目の前にあった。
輝夜を目にした貴族たちは、ほんの一瞬視線を交わしただけで、あるいは絹傘の向こうから微笑みかけられただけで、惚れざるを得なかった。
惚れて、しかし輝夜は捕まらずに、いつの間にか消えてしまうのだ。そうして次の日にはまた市井を歩くか、他の屋敷に呼ばれている。
――忍び寄ってくる寂寥感。
昨日までの一切を無駄にしてしまったのではないかという、途方もない後悔。
あんなに愛を語り合った妻たちが、今夜はタダの下膨れた狐目の女に見えてくる。
「父上は、狂った」
妹紅はこらえきれないと言った表情で、小さく首を振った。
「父上だけじゃない。父上を含めた五人の貴公子は狂ってしまったんだ。貴族が市井の女に求婚を申し込むことがどれほどのことか……。一夜限りのお情けじゃない。正室として迎えようというんだぞ」妹紅は目の端に涙を浮かべながら訴えかける。
「……そうだな。大変なことだ」
と相槌を打ちながら、半泣きの妹紅は可愛いなと慧音は思った。
「父上たちは自分に正直過ぎたんだ。ほとんどの連中が、輝夜を見知った後もうつろな瞳で唐物唐物と呟いていた中で、立場も恥もかなぐり捨てて求婚をするということの重さ……。宇宙人には分かるまい。だからあんな仕打ちができたんだ……」
「……ふむ」
あんな仕打ちというのは、竹取物語に出てくる五つの難題のことなのだろうなと慧音は思った。
しかし、あれにもそれなりに物語として虚構が混ざっているはずだ。
実際のところはどうだったのだろうと疑問に思ったが、妹紅はすっかり取り乱してこたつに突っ伏し、ぶつぶつと恨み言を呟いている。真実の追求ができる状態ではなかった。
薄々こうなるかなぁと思っていた慧音は、予想通りに可愛くなった妹紅に満足しながらまた編み物に取り掛かった。
「くそうくそう……。輝夜め。あの性悪め。腸(はらわた)が腐っているとはああいう奴のことを言うんだ。聞いてるのか慧音!」
「よしよし、聞こえているとも。今夜は一緒にお酒を飲もうな」
「飲むぞ。飲まずにはいられない」妹紅は涙を拭って、ふて寝をする。
うまくいったと慧音は澄ました顔で思った。
ふらりといなくなってしまう妹紅と一夜を明かすには、それなりの工夫が必要なのだ。
○
翌朝、慧音の家を出た妹紅の頭には、二日酔いと後悔が残っていた。
また一つ恥を積み重ねてしまったような気がした。
「自分の感受性が恨めしい……」
脳細胞が永遠なせいか、千年以上も生きているというのに、感受性が少女のままなのだ。些細なことで泣いたり笑ったりしたくなってしまう。
しかも年々ひどくなる。積もり積もった昔の思い出が、ふとした瞬間に蘇って、ところ構わず襲ってくるせいだ。記憶はいつまで経っても鮮やかで、目を閉じてしまえば、まるで昔に戻ったような気持ちで、いついつまでも思い出せる。再び目を開けた時には追憶の涙が流れでて、知らぬ間に数日経っている。
不老不死になって長くもなると、そうしようと強く思った時でなければ寝食のことなど忘れてしまう。暑さも寒さも二百年までで、うんざりするような熱帯夜や、氷点下の霜が凍りつく明け方も苦にならない。
「雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ってもだな……」
あんまりいいことがないぞと詩人に教えてやりたかった。
思考を中断してくれる刺激がないので、回想が止まらなくなるのだ。
不死の薬を飲む前の貴族の暮らしや、尼になって諸国を放浪した頃のこと。
それすら嫌になって山伏になり、山賊退治をしながら捨て子の世話をしていたこと。世話をしていた子供たちが成長して、今度は口減らしのために姥捨てられた時は大笑いをして、死ぬまで見とってやったこと。
小汚い武士に混ざって元寇を防ごうとしたこと。応仁の乱にうんざりして日本を脱出し、大陸を隅から隅までを旅したこと。帰ろうとしたら鎖国が始まっていて、密入国に苦労したこと。旅をする度に関所を破るのが面倒くさすぎて、地図を作りながら諸国を巡っていた爺さんのお供を申し出たこと。
幕末明治、大正昭和。思い出していけば切りがない。本当に切りがなくて、一ヶ月などあっという間に過ぎてしまう。
どうにかしなければならないと、妹紅は思った。
勝手気ままに生きていた幾つもの時代と今とでは、状況が違う。
手の届くところに輝夜がいるのに、ぼんやりしている場合ではないのだ。
――復讐。
「ぼんやりしている場合じゃない。それは……そうなんだが」
永遠に感受性が若く、そのくせ本能が鈍った妹紅の中で、輝夜への憎悪は何処か分裂してしまっていた。
いったい、輝夜を憎く思っているのは、今のこの私なのだろうか。
それとも、千年よりも昔に飲んではならない薬を飲んだ、幼き日の私なのだろうか。
回想の中で、一人の傍観者として幾度も眺めているうちに。憎しみが純粋なものではなく、もっと別の感情に変化していくような、そんな恐れが、幻想郷に来てから加速していた。
○
いつの間にか竹林の中の、ねぐらにしている自作の庵に着いていたので、妹紅は気合を入れるべく、瞑想をすることにした。
今度こそもっと完璧に、憎悪の記憶を思い出す。
そうすれば、何を悩むこともない。死なない相手といついつまでも殺しあうことに、迷わなくてすむ。
合理性のなさは憎悪一つで補えるはずだ。人間はそういう生き物じゃないかと妹紅は思った。
そうして思い出すうちに、見慣れた貴族の屋敷にいた。
――私は庭で毬をついて遊んでいる。
父は私を柱に持たれて見守りながら、
「不思議なものだ」と静かな声で語りかける。
父はずいぶんと大きく見えた。色白で、今思い出しても美形だ。
「何が不思議なのでしょうか、父上」
「私はな、輝夜という女性を通して、初めて気がついたよ」
父は妹紅の頭を撫でながら言った。
「お前の可愛さにな……」
私はそれを聞いて嬉しく思った。
「お前は母さんには似なかったろう?」という父の問いに、
ただ「はい」と、何を考えるでもなく、正直に答えた。
あぁ、今なら、意味が分かるとも。
貴方は唐物が好きだったから、下膨れでも狐目でもない私のことは、さほど好きでもなかったのだろう?
そして好みが変わったから、頭を撫でるというのだろう。
――違う、この場面じゃないと、妹紅は小さく頭を振った。
こんな場面じゃ憎めない。
再び集中しようとした妹紅の耳に、パシュンパシュンと、耳慣れた弾の発射音が聞こえてきた。
こんな竹林の奥深くで、誰かが弾幕ごっこをやっているらしい。
「邪魔だな……」
いくら自然の全てに慣れたとは言っても、いや、それだからこそなおのこと。生き物たちの喧騒だけが強調されて、意識に浮かび上がってくる。
鬱陶しいから文句を言って、そのまま戦ってる両方とも潰してやろうと妹紅は思い立った。
簾(すだれ)を上げると、その目の前を大きな白と黒のずんぐりした獣が走り抜けていった。
「……パンダ?」
妹紅が首を傾げると、ヒュンヒュンと風を切ってお札が飛んできた。見ると、今度は紅と白の巫女が飛んでくる。
「あ、もこたん! あんたもパンダ捕まえて!」
「もこたん言うな」と突っ込むうちに、霊夢は妹紅の前を素通りして、パンダを追って竹林のさらに奥に紛れていった。
「なんだってんだ……?」
すると、今度はだいぶ遅れて、兎たちがぴょこぴょことやってきた。すっかり疲れているらしく、動きに精彩がない。妹紅はそのうちの一匹をむんずと捕まえると、首と耳をしっかりと持って、庵の中に引きずり込んだ。
「ひぃ、殺さないで」
兎は妹紅の腕から逃れるべく人型に化けるが、今度は関節を極められて、事態は余計に悪くなった。
「なんの騒ぎか言わないと鍋にするぞ」
「わ、分かりました分かりました」
兎は恐れ入って、早口でぺちゃくちゃまくし立てた。
「竹林にすごく足の速い快速パンダが現れたんです。おもしろがって兎みんなで追いかけてたんですけど、全然捕まらなくて。そしたら噂を聞きつけた霊夢さんが何処からか現れて、一緒になって追いかけ始めたんです」
「……快速パンダに、暇な巫女」
死ぬほどどうでもいいな、死なないけどと妹紅は思った。
「はしゃぐのはいいが、もう少し遠くでやってもらえないか。私は瞑想がしたいんだ」
「で、でもでも」と兎は瞳をうるうるさせる。「パンダが何処に逃げるか分からないですし」
「なら追いかけるのをやめろ。餌場で罠を張るとか、後日改めて工夫しろよ。狩りってそういうものだろう」
「で、でもでも、霊夢さん、罠を張るから待ってって言っても、聞いてくれないだろうし……」
「……あー、くそ。もういい」
妹紅が放してやると、兎は脱兎の如く逃げ出した。
「……集中だ、集中」
妹紅は座りなおして神経を研ぎすませる。
今度こそ、輝夜を憎んだ決定的な場面を思い出すんだ。
だが、一度気になってしまった外の喧騒は、いつまで経っても止む気配がなかった。
メキメキとあちらこちらで笹が倒れる音がする。鳥も騒ぐし霊夢も騒ぐ。あるいはパンダを捕まえてやれば静かになるのかもしれなかったが、若々しい連中と一緒になってはしゃぐ気分でもない。
「……場所を変えるか」
妹紅は庵を後にして、人里の方角へ向かった。
三週間ほど前の新聞に、人里の傍に命蓮寺という寺が出来たと書かれていたことを思い出したのだ。
どんな寺かは知らないが、寺ならきっと静かなことだろう。瞑想がしたいと言えば、邪見にはされないに違いない。
○
父は求婚に失敗した。
蓬莱の玉の枝が本物だったのか、それとも偽物だったのか。その場にいなかった私には確かめようのない話だった。顛末を知ったのは後のこと。父が最後に屋敷を訪れた日のことだった。
いつもなら寝所に挨拶に来てくれる父が、その日に限って来なかったので、私は寂しく思いながら、朝早くに起きだして、門の前で父を待っていた。
父は私の姿を見ても、何も言わずに、挨拶すらせず牛車に乗った。
「父上、もうお帰りになられるのですか?」
車輪に取りすがる私に向かって、迷惑そうに父は言った。
「すまないが、お前の顔はもう見たくない」
泣きながら母のところに戻ると、母が説明してくれた。かぐや姫の難題に応え、父は確かに蓬莱に行き、玉の枝を取ってきたのだと。
だが、他の貴公子か、あるいは結婚したくなかったかぐや姫自身に嵌められて、サクラの商人に嘘の証言をされてしまい、断られる口実を作られてしまったということを。
「蓬莱の玉の枝が本物か偽物か、誰も見たことのない宝物ならば、そもそも誰にも判断できないことなのです。だから、せめて私たちだけでも、お父上を信じてあげなくてはなりませんよ」
「はい、母上」
父を信じることは当然に思えた。
だが、私は納得がいかなかった。
かぐや姫に袖にされたからといって、どうして私までもが嫌われなければならないのだろう。
「それはね、妹紅」狐目をさらに細くして、母は言った。
「貴方はきっと、かぐや姫に似ているのよ。私に似て、もっときちんとした美人に生まれてくればよかったのにね」
「母上……?」
○
「おはようございまーす」
歩きながらのぼんやりした回想は、元気のいい挨拶に打ち壊された。
いかにも新築らしい小奇麗な寺の正門を、群青の髪に犬のような耳をした妖怪が掃除していた。
掃除ぐらいいくらでもすればいいと思ったが、今の大声での挨拶は、いったいどうしたことだろうと妹紅は首を傾げた。
「ここは、寺じゃないのか」
「寺ですよ? おはようございまーす」
「……うるさい」
妹紅は無性にイライラした。「なんだここは、妖怪寺だったのか」
「そうですよ? 私は幽谷響子と言って、ここで手習いをしています」
「ふうん」
「あなたのお名前はーなんですかー」
「だからうるさい」
一発かましてやろうかと妹紅は思ったが、やっぱりそういう気分でもなかった。
「うるさいところに用はないんだ。邪魔したな」
「あぁ、ちょっと! せっかくだから弾幕勝負しましょうよー!」
無遠慮な大声が後ろから追いかけてきたが、妹紅は無視をして、何処か静かな場所はないかと考えた。
静かで、誰にも邪魔されない場所がいい。
そう思いながらしばらく歩いても、さっぱりいい場所を思いつけない。
静けさという点で言うなら、竹林の庵が一番なのだ。霊夢がパンダと追いかけっこを始めなければ、今頃もっと集中できていたに違いないのに。
「霊夢め……やっぱり二三発ぶち込んどいてやればよかったな」
ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると、いつの間にか道なりに、博麗神社の近くまでたどり着いていた。
「そうだ。霊夢が竹林でパンダと追いかけっこしてるってことは、神社は静かなんじゃないか」
静かであってくれと祈るような気持ちで、妹紅は神社に続く階段を登った。
ひたすらに続く階段も、冬の名残の冷たい風も、苦にはならない。
自然はいい。いつまで経っても慣れないのは、人間と妖怪ぐらいなものだ。
胸中に懐かしい気持ちがよぎった。思えば人生のある時点から、静かな場所ばかり求めてさまよい歩いていたような気がした。
世界には、思い出すべきことが多すぎる。
○
こっそり屋敷を抜けだして、市井に出てみたことがあった。
小汚い人間がたくさん通りを歩いていた。怖かったけど、なんだかとてもウキウキした。世の中にはこんなにたくさん人が居るんだと思った。それ以上の言葉は、全部眼の前の鮮やかな光景にかき消された。そう、ただの小汚い大通りを、鮮やかだと思ったのだ。
やがてその直感を保証してくれるかのように、橋の向こうから行列がやってきた。
聞き取れないほどの喧騒の海の中を、見知らぬ女が歩いてくる。小袖姿に絹傘を差し、上品に口元を隠しているかと思えば、時折くるりと、子供じみた足取りで振り返る。
その度に、祭ばやしように、群衆が湧く。
私はそれを見て、なんだかとても、楽しくなって。
あれは誰かと人に尋ねた。
かぐや姫だと人は答えて、そうして私に驚いた。
「おや、子供なのに髪が白いのかい」
私は答えもせずに、かぐや姫と口の中で繰り返して、いったい何処のお姫様だろうと考えた。
考えているうちに、かぐや姫は忽然と消えてしまった。
群衆は、ざわめきながら少しずつ散っていって。
後には何も残らなくって。
それが本当に口惜しくて――。
腹立たしくてたまらなくて……。
○
博麗神社は静けさに満ちていた。
木立が風にざわめく音が、砂浜の擦れる音と似ていて、海が懐かしくなってしまった。
「……また海岸巡りもいいかもしれないな」
しかしそれも、輝夜との決着をつけてからだと思い直す。
開けっ放しで無用心な母屋の縁側に座って、そのまま寝そべり、目を閉じる。
「何処で歯車が狂ったんだっけ」
――巡り合わせというものは、いったい誰が決めるのだろう。
父は唐物を好み、かぐや姫を好んだ。――綺麗なものが大好きで、その時々の自分の心に正直な、それだけの人だった。
私はあまりに幼すぎ、掛けられた言葉の意味も分からずに、父の心を代弁しているつもりで、かぐや姫を殺そうとした。どうやって殺せばいいのかも分からないままに。
父が好きだった。
でも、いくら頭で覚えていても、当時と同じ感性を持っていても、あまりにも、あまりにも繰り返し思い出してしまったせいで、気持ちが濁ってしまっている。
輝夜が憎かった。
――今も憎いと思いながら、憎いはずだと思いながら、少しずつ濁っていく純粋さにうんざりしている。
「愚かな自分は……守れないのか?」
愚かさも、その愚かさに根付いた気持ちも、永遠ではありえない。
鮮烈であればあるほど、愚かさに気づいた後の自分に見下されてしまう。
そんなことにも気づかずに、ムキになって、死なない薬に手を出して。
「私は何がしたかったんだっけ……」
「えい!」
額をペシンと叩かれた。霊夢がもう帰って来たのだろうか。とことん間の悪い奴だなと思いながら目を開けると。
妹紅を見下ろしていたのは、千年前から見覚えのある顔だった。
「か、輝夜……?」
寝ぼけているのかと思った妹紅は、起き上がって輝夜の頬をつねってみた。
「痛い」
輝夜はその手を平手打ちして、不満げにつねられた側の頬をさする。
「つねるなら自分の頬をつねりなさいな」
「なんでお前がここにいるんだ」
妹紅は顔を赤くして、輝夜から少し距離を取って座り直した。
輝夜は桜色のブラウスに飾り気のないロングスカートを履いて、縁側のふちで足をぶらぶらさせている。
「私は博覧会の下見に来たの。ここも会場の候補だから」と言い、首をかしげて、小さく笑う。
「妹紅は黄昏に来たのよね? ほんと、おセンチなんだから」
「私はお前を倒すべく精神統一を図っていたんだ」
妹紅はバシンと縁側を掌で叩いて、大声を出す。
「せっかく二人揃ってるんだ。いつも通り殺し合いをしようじゃないか」
「べつにいいけど」
輝夜は上半身をぺたりと倒す。
「その前に、精神統一しましょうよ。そのために来たんでしょう?」
妹紅はしばらく輝夜を睨みつけていたが、やがて目線を切り、同じように縁側に寝転んだ。
「……まあ、それは……そうだな」
○
不死の薬の入った壺を抱えて、見知らぬ草原の中にぽつりと、私は座っていた。
都からは遠く離れた、地名すらも分からない小高い丘の上から、広くて虚しい青空を眺めていた。
よく見ると、青空には月がうっすら映っていた。綺麗に満ちた満月だった。
昼なのに月が出るなんて、普通じゃないと思った。よくある現象だと知ったのは、それから何年も後だった。
初めて空に目を凝らしたのが、その日その時だったのだ。
だから、あの青くて薄っぺらい月は、私のためにあるのだと思ってしまった。
壺の紐を解いて、布を剥ぎ取る。
銀に光る半透明の液体を、そっと両手で掬いとる。
どうやって行けばいいのか分からないけれど。
永遠に生きてさえいれば、きっといつかは行けるだろうと、そう思った。
「貴方はきっと、かぐや姫に似ているのよ」
都合のいいところだけ思い出し。
「すまないが、お前の顔はもう見たくない」
思い出したくないことも、思い出してしまいながら。
「かぐや姫を殺さなきゃ」
ありったけの憎しみを込めて、私は銀色の薬を啜った。
――うん、ようやく、はっきり分かった。
私は、自分が何に怒っているのか、よく分かっていなかったのだ。
○
「なあ」
妹紅は、いくらか快活な気持ちと共に、回想から目覚めた。
「パンダに妙な薬使ったの、輝夜だろ」
「あら、どうして分かったの?」
輝夜は目を丸くして驚いた。
「誰にもバレてないつもりだったのに」
「直感だ。お前は昔からいたずらばっかりしてただろ」
「昔って?」
「平安の昔だよ。男引き連れて練り歩いて、ぱっと消えてはうろたえさせて。そんなことばっかりしてただろ」
「そんなこと、していたかしら」と輝夜は口元に手を当てて笑った。
「なあ、あのいきなり消えるの、どうやったんだ」
「いろいろと、秘密の道具があるのよ」と輝夜は言った。「博覧会で、ちょびっとだけ見せてあげようかしらね」
「博覧会なんか死んでも行かない」と妹紅は答えて、身を起こした。
「さあ、もういいだろ。心も温まったことだし、そろそろ殺し合おうじゃないか」
懐から取り出したスペルカードを握りしめて、妹紅は軽く宙に浮かぶ。
「一向に構わないわよ」
輝夜はそう言いつつも、小さくあくびをして、妹紅をじっと見つめるばかりだった。
「……何待ちだよ」
「セリフ待ち」と輝夜ははにかむ。「何かしらの、ステキな答えが出たんでしょう?」
「茶化すなよ。ほんと性格悪いな」
妹紅は頬を掻いたが、それでも輝夜が待ち続けるので、仕方なくポツポツと呟いた。
「つまり、あれだ。何が美しいか、どうしたいかは自分で決めるって、それだけのことだ」
「えぇ? どういう意味?」
「聞き返すな」と喚いて、妹紅はもう輝夜の態度には構わずに、縁側に向かって弾幕を撃ち放った。
――父のため、幼かった私のために戦うのは、どうやらそろそろ限界らしい。
思い出をいくら探っても、出てくる答えはそれぐらいなものだった。
けれど、それでも、いざ輝夜の顔を見てしまうと、戦いたくてたまらない。
この訳の分からない、むやみに綺麗な生物を、地に這いつくばらせてしまいたい。
幼い日の輝夜への殺意と憧れは、妙な具合に混ざってしまって、今の私にも受け継がれているらしかった。
「正直者の死!」
妹紅と輝夜はそれから一刻ほど、ほとんどろくに息継ぎもせずに、神社の境内で戦い続けた。
血まみれになっていく体も、全身を走る痛みも、きっと永遠に忘れない。
この一瞬の快楽が、今度こそ永遠になりますようにと、妹紅は祈った。
「平安時代の貴族たちは、下膨れで細目の女性が好きだったというのは本当なのか?」
「なんでいきなり?」
妹紅は起き上がって伸びをする。「昼下がりの暇つぶしか」
「その新聞はいつのだ?」と慧音は聞き返す。
「二週間前のだよ」と妹紅は答える。
「まだそんなに前か」と慧音はため息を付いた。「読みに来るなら来るで、もっとこまめに来ればいいんだ」
「不可抗力だ」と妹紅は言う。「あっという間に一ヶ月ぐらい過ぎてしまうから。私は時間の感覚がズレてるからね。次から気をつける」
「そうしてくれ」慧音は編み物を膝の上に置いて、こたつの上の急須でお茶を注ぎながら、話を続けた。
「三日前の新聞に、永遠亭の連中がまた博覧会を計画していると書かれていてな」
「ふうん」妹紅は興味なさげに肘をつく。「まったく、全然、これっぽっちも、興味がないな」
「ムキになるな」と慧音は笑った。「それで、前の博覧会の時のことを思い出したのだよ。少し意外に思ったんだ。かぐや姫が、どちらかというと現代的な美人だったことを」
「……あぁ、なるほど」と妹紅はしかめ面をした。「あいつの話はやめよう。お茶がまずくなるぞ」
「そう言うな」慧音は取り合わずに話を続ける。
「歴史の通説では、平安時代の上流階級の女性美は、下膨れに細目の女性ほど麗しく、髪は長ければ長いほどよいということになっている。だがかぐや姫は小顔だし、目はぱっちりとしている。髪はずいぶん長いがな。神話の衣通姫のようにうっすら輝いて見えて、なるほどこれなら後世まで評判になるはずだと思ったよ。――だが、その印象は私の持っている歴史認識と合わない。せっかく平安時代の人間が目の前にいることだし、実際はどうだったのか、訊いてみようと思ったんだ」
慧音はそう言うと、お茶をすすりながら、妹紅を目で促した。
「ちょっとめんどくさいな」と妹紅は渋る。「あまり品のいい話でもないし」
「構わないぞ」と言って、慧音はじっとりと妹紅を見つめる。
しばらくチラチラと視線に抵抗していた妹紅だったが、やがてため息をつくと、「じゃあ手短に」と話を始めた。
「私が生まれて、輝夜が月からやってきたのは、平安の初期の頃だった。まだ遣唐使も廃止されてなくて、貴族の芸術、嗜好品と言えば、唐物(からもの)でしかありえなかった。――こういう予備知識は余計か?」
「いや、それが話に必要なら、続けてくれ」と慧音は言った。
「なら続けよう。――唐からは様々な芸術品が渡ってきたが、その中にはもちろん、見事な人物画もあった。写実的な坊主や詩人の絵も人気があったが、それにも増して人気があったのが、のっぺりした顔つきをした狐目の女性像だった」
「ほう、ルーツは唐だったのか」と慧音はすまし顔でお茶をすする。
何処まで知ってるか分からないから、やりにくいなと妹紅は思った。
「つまりは大陸で生まれた美意識だったんだよ。私も暇つぶしに何度も渡ったことがあるが、あの時代の漢民族の美人はみな絵の通りの厚ぼったい化粧をして、コロコロと機嫌よく笑っていた。それに、中国では美人と言えば狐、狐と言えば美人だからな」
「そういう伝統があるみたいだな」と慧音は頷く。「いつぞや聊斎志異を読んだ時は驚いたよ。美人の正体が必ず狐だからな。日本なら多様な妖怪が出てくるのだが。あちらでは化けるのは狐と決まっているようだった」
「殷の妲姫が何千年も尾を引いてるのさ。長々し尾のしだり尾の」と言って、妹紅はあくびをした。
「……あぁ、眠いな。もういいんじゃないか?」
「ダメだ。きちんと最後まで話してくれ」と慧音は頑固に目で訴える。
「……分かった。分かったって、そんな目で見るなよ」
妹紅は覚悟を決めて話をお終いまですることにした。
「当時の貴族たちは、唐の物や文化ならなんでもありがたがっていた。唐で狐目のふっくらした美人が流行っていたら、ああ、そういうものが美人と呼ぶべきものなんだなと学習した。そして、それまであまりいい目を見なかったような容姿の女に入れあげて、夜な夜な渡るようになった」
「通説は正しかったのか?」
「輝夜が現れるまではな」と言って、妹紅はしかめ面をした。
○
「竹取物語は、史実を元にした物語であって、史実そのものじゃない。輝夜は竹の中から生まれたのを爺さんに拾われたんじゃなくて、はなっからあの大きさで、偉そうに都を闊歩していたよ」と妹紅は憎々しげに言った。
「ほう、そうだったのか」
外の世界じゃ、史実を元にしているとすら思われていないだろうなと慧音は思った。
「出歩くたびに行列ができるんだ。わっざとらしく小袖姿に絹傘なんか持ちやがって、傘の裏から透けて見える黒髪に、男が付いていくんだな。都の端から端まで練り歩き、行列が百人にも千人にもなったところで、いきなりふっと姿を消す。――そういうことをして、人間をからかって、楽しんでいたんだよ」
「なかなか愉快な光景じゃないか」と慧音は笑ってしまった。
「笑い事じゃない」と妹紅はため息を付いた。
「そういう遊びをしていれば、嫌でも貴族の目に止まる。市井を歩く身分の女であれど、それほどまでに美しいなら一目見てみようではないか、ってわけで、あいつは次々と貴族の家に招かれることになった」
「なるほど、そうだろう」と慧音は相槌を打つ。「しかし、当時の庶民と貴族では、美意識を共有していないんだろう? 唐物の女趣味は人口に膾炙していたのか?」
「貴族の真似をしたがる連中はいたが、一般的な庶民の美意識は、今とそう変わらないよ」と妹紅は答えた。
「では、庶民の間で美人と評判だということは……」
「貴族にとっては、筆舌に尽くしがたい不細工、ということだ。唐物の美を知らない野蛮な連中が、いったい何を崇めているのやら。哀れよ哀れと、父上も申されていたよ」妹紅は愉快気に笑った。
「ふむ……。しかし、かぐや姫は、男なら誰でも惚れるような美姫だと記されているぞ。当時の貴族にしてみれば、唐物の美に則さない女であったはずなのに」
「あぁ、だから輝夜は、ぶち壊したんだよ」
妹紅は憎々しげにこたつをパンと叩いた。
「ぶち壊しやがったんだ。ただ屋敷に呼ばれてそっと顔を見せただけで。唐物の美意識も、貴族たちの価値観も、根こそぎにしやがったんだ」
輝夜を美しいと思うとは、どういうことか。
当時の貴族が、決して下膨れでも狐目でもない輝夜に惚れるということは、唐物の明確な否定であり、野蛮人のすることであり、伝統文化を無視した倒錯であった。
日々研鑽を積んだ教養や、昨日まで集めていた図画の全てが何の価値もなくなってしまうということだった。
だが、目の前の、素性も分からぬ市井の女は、それまで集めた何よりも美しかった。本来ありえないような美貌が、歴とした事実として目の前にあった。
輝夜を目にした貴族たちは、ほんの一瞬視線を交わしただけで、あるいは絹傘の向こうから微笑みかけられただけで、惚れざるを得なかった。
惚れて、しかし輝夜は捕まらずに、いつの間にか消えてしまうのだ。そうして次の日にはまた市井を歩くか、他の屋敷に呼ばれている。
――忍び寄ってくる寂寥感。
昨日までの一切を無駄にしてしまったのではないかという、途方もない後悔。
あんなに愛を語り合った妻たちが、今夜はタダの下膨れた狐目の女に見えてくる。
「父上は、狂った」
妹紅はこらえきれないと言った表情で、小さく首を振った。
「父上だけじゃない。父上を含めた五人の貴公子は狂ってしまったんだ。貴族が市井の女に求婚を申し込むことがどれほどのことか……。一夜限りのお情けじゃない。正室として迎えようというんだぞ」妹紅は目の端に涙を浮かべながら訴えかける。
「……そうだな。大変なことだ」
と相槌を打ちながら、半泣きの妹紅は可愛いなと慧音は思った。
「父上たちは自分に正直過ぎたんだ。ほとんどの連中が、輝夜を見知った後もうつろな瞳で唐物唐物と呟いていた中で、立場も恥もかなぐり捨てて求婚をするということの重さ……。宇宙人には分かるまい。だからあんな仕打ちができたんだ……」
「……ふむ」
あんな仕打ちというのは、竹取物語に出てくる五つの難題のことなのだろうなと慧音は思った。
しかし、あれにもそれなりに物語として虚構が混ざっているはずだ。
実際のところはどうだったのだろうと疑問に思ったが、妹紅はすっかり取り乱してこたつに突っ伏し、ぶつぶつと恨み言を呟いている。真実の追求ができる状態ではなかった。
薄々こうなるかなぁと思っていた慧音は、予想通りに可愛くなった妹紅に満足しながらまた編み物に取り掛かった。
「くそうくそう……。輝夜め。あの性悪め。腸(はらわた)が腐っているとはああいう奴のことを言うんだ。聞いてるのか慧音!」
「よしよし、聞こえているとも。今夜は一緒にお酒を飲もうな」
「飲むぞ。飲まずにはいられない」妹紅は涙を拭って、ふて寝をする。
うまくいったと慧音は澄ました顔で思った。
ふらりといなくなってしまう妹紅と一夜を明かすには、それなりの工夫が必要なのだ。
○
翌朝、慧音の家を出た妹紅の頭には、二日酔いと後悔が残っていた。
また一つ恥を積み重ねてしまったような気がした。
「自分の感受性が恨めしい……」
脳細胞が永遠なせいか、千年以上も生きているというのに、感受性が少女のままなのだ。些細なことで泣いたり笑ったりしたくなってしまう。
しかも年々ひどくなる。積もり積もった昔の思い出が、ふとした瞬間に蘇って、ところ構わず襲ってくるせいだ。記憶はいつまで経っても鮮やかで、目を閉じてしまえば、まるで昔に戻ったような気持ちで、いついつまでも思い出せる。再び目を開けた時には追憶の涙が流れでて、知らぬ間に数日経っている。
不老不死になって長くもなると、そうしようと強く思った時でなければ寝食のことなど忘れてしまう。暑さも寒さも二百年までで、うんざりするような熱帯夜や、氷点下の霜が凍りつく明け方も苦にならない。
「雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ってもだな……」
あんまりいいことがないぞと詩人に教えてやりたかった。
思考を中断してくれる刺激がないので、回想が止まらなくなるのだ。
不死の薬を飲む前の貴族の暮らしや、尼になって諸国を放浪した頃のこと。
それすら嫌になって山伏になり、山賊退治をしながら捨て子の世話をしていたこと。世話をしていた子供たちが成長して、今度は口減らしのために姥捨てられた時は大笑いをして、死ぬまで見とってやったこと。
小汚い武士に混ざって元寇を防ごうとしたこと。応仁の乱にうんざりして日本を脱出し、大陸を隅から隅までを旅したこと。帰ろうとしたら鎖国が始まっていて、密入国に苦労したこと。旅をする度に関所を破るのが面倒くさすぎて、地図を作りながら諸国を巡っていた爺さんのお供を申し出たこと。
幕末明治、大正昭和。思い出していけば切りがない。本当に切りがなくて、一ヶ月などあっという間に過ぎてしまう。
どうにかしなければならないと、妹紅は思った。
勝手気ままに生きていた幾つもの時代と今とでは、状況が違う。
手の届くところに輝夜がいるのに、ぼんやりしている場合ではないのだ。
――復讐。
「ぼんやりしている場合じゃない。それは……そうなんだが」
永遠に感受性が若く、そのくせ本能が鈍った妹紅の中で、輝夜への憎悪は何処か分裂してしまっていた。
いったい、輝夜を憎く思っているのは、今のこの私なのだろうか。
それとも、千年よりも昔に飲んではならない薬を飲んだ、幼き日の私なのだろうか。
回想の中で、一人の傍観者として幾度も眺めているうちに。憎しみが純粋なものではなく、もっと別の感情に変化していくような、そんな恐れが、幻想郷に来てから加速していた。
○
いつの間にか竹林の中の、ねぐらにしている自作の庵に着いていたので、妹紅は気合を入れるべく、瞑想をすることにした。
今度こそもっと完璧に、憎悪の記憶を思い出す。
そうすれば、何を悩むこともない。死なない相手といついつまでも殺しあうことに、迷わなくてすむ。
合理性のなさは憎悪一つで補えるはずだ。人間はそういう生き物じゃないかと妹紅は思った。
そうして思い出すうちに、見慣れた貴族の屋敷にいた。
――私は庭で毬をついて遊んでいる。
父は私を柱に持たれて見守りながら、
「不思議なものだ」と静かな声で語りかける。
父はずいぶんと大きく見えた。色白で、今思い出しても美形だ。
「何が不思議なのでしょうか、父上」
「私はな、輝夜という女性を通して、初めて気がついたよ」
父は妹紅の頭を撫でながら言った。
「お前の可愛さにな……」
私はそれを聞いて嬉しく思った。
「お前は母さんには似なかったろう?」という父の問いに、
ただ「はい」と、何を考えるでもなく、正直に答えた。
あぁ、今なら、意味が分かるとも。
貴方は唐物が好きだったから、下膨れでも狐目でもない私のことは、さほど好きでもなかったのだろう?
そして好みが変わったから、頭を撫でるというのだろう。
――違う、この場面じゃないと、妹紅は小さく頭を振った。
こんな場面じゃ憎めない。
再び集中しようとした妹紅の耳に、パシュンパシュンと、耳慣れた弾の発射音が聞こえてきた。
こんな竹林の奥深くで、誰かが弾幕ごっこをやっているらしい。
「邪魔だな……」
いくら自然の全てに慣れたとは言っても、いや、それだからこそなおのこと。生き物たちの喧騒だけが強調されて、意識に浮かび上がってくる。
鬱陶しいから文句を言って、そのまま戦ってる両方とも潰してやろうと妹紅は思い立った。
簾(すだれ)を上げると、その目の前を大きな白と黒のずんぐりした獣が走り抜けていった。
「……パンダ?」
妹紅が首を傾げると、ヒュンヒュンと風を切ってお札が飛んできた。見ると、今度は紅と白の巫女が飛んでくる。
「あ、もこたん! あんたもパンダ捕まえて!」
「もこたん言うな」と突っ込むうちに、霊夢は妹紅の前を素通りして、パンダを追って竹林のさらに奥に紛れていった。
「なんだってんだ……?」
すると、今度はだいぶ遅れて、兎たちがぴょこぴょことやってきた。すっかり疲れているらしく、動きに精彩がない。妹紅はそのうちの一匹をむんずと捕まえると、首と耳をしっかりと持って、庵の中に引きずり込んだ。
「ひぃ、殺さないで」
兎は妹紅の腕から逃れるべく人型に化けるが、今度は関節を極められて、事態は余計に悪くなった。
「なんの騒ぎか言わないと鍋にするぞ」
「わ、分かりました分かりました」
兎は恐れ入って、早口でぺちゃくちゃまくし立てた。
「竹林にすごく足の速い快速パンダが現れたんです。おもしろがって兎みんなで追いかけてたんですけど、全然捕まらなくて。そしたら噂を聞きつけた霊夢さんが何処からか現れて、一緒になって追いかけ始めたんです」
「……快速パンダに、暇な巫女」
死ぬほどどうでもいいな、死なないけどと妹紅は思った。
「はしゃぐのはいいが、もう少し遠くでやってもらえないか。私は瞑想がしたいんだ」
「で、でもでも」と兎は瞳をうるうるさせる。「パンダが何処に逃げるか分からないですし」
「なら追いかけるのをやめろ。餌場で罠を張るとか、後日改めて工夫しろよ。狩りってそういうものだろう」
「で、でもでも、霊夢さん、罠を張るから待ってって言っても、聞いてくれないだろうし……」
「……あー、くそ。もういい」
妹紅が放してやると、兎は脱兎の如く逃げ出した。
「……集中だ、集中」
妹紅は座りなおして神経を研ぎすませる。
今度こそ、輝夜を憎んだ決定的な場面を思い出すんだ。
だが、一度気になってしまった外の喧騒は、いつまで経っても止む気配がなかった。
メキメキとあちらこちらで笹が倒れる音がする。鳥も騒ぐし霊夢も騒ぐ。あるいはパンダを捕まえてやれば静かになるのかもしれなかったが、若々しい連中と一緒になってはしゃぐ気分でもない。
「……場所を変えるか」
妹紅は庵を後にして、人里の方角へ向かった。
三週間ほど前の新聞に、人里の傍に命蓮寺という寺が出来たと書かれていたことを思い出したのだ。
どんな寺かは知らないが、寺ならきっと静かなことだろう。瞑想がしたいと言えば、邪見にはされないに違いない。
○
父は求婚に失敗した。
蓬莱の玉の枝が本物だったのか、それとも偽物だったのか。その場にいなかった私には確かめようのない話だった。顛末を知ったのは後のこと。父が最後に屋敷を訪れた日のことだった。
いつもなら寝所に挨拶に来てくれる父が、その日に限って来なかったので、私は寂しく思いながら、朝早くに起きだして、門の前で父を待っていた。
父は私の姿を見ても、何も言わずに、挨拶すらせず牛車に乗った。
「父上、もうお帰りになられるのですか?」
車輪に取りすがる私に向かって、迷惑そうに父は言った。
「すまないが、お前の顔はもう見たくない」
泣きながら母のところに戻ると、母が説明してくれた。かぐや姫の難題に応え、父は確かに蓬莱に行き、玉の枝を取ってきたのだと。
だが、他の貴公子か、あるいは結婚したくなかったかぐや姫自身に嵌められて、サクラの商人に嘘の証言をされてしまい、断られる口実を作られてしまったということを。
「蓬莱の玉の枝が本物か偽物か、誰も見たことのない宝物ならば、そもそも誰にも判断できないことなのです。だから、せめて私たちだけでも、お父上を信じてあげなくてはなりませんよ」
「はい、母上」
父を信じることは当然に思えた。
だが、私は納得がいかなかった。
かぐや姫に袖にされたからといって、どうして私までもが嫌われなければならないのだろう。
「それはね、妹紅」狐目をさらに細くして、母は言った。
「貴方はきっと、かぐや姫に似ているのよ。私に似て、もっときちんとした美人に生まれてくればよかったのにね」
「母上……?」
○
「おはようございまーす」
歩きながらのぼんやりした回想は、元気のいい挨拶に打ち壊された。
いかにも新築らしい小奇麗な寺の正門を、群青の髪に犬のような耳をした妖怪が掃除していた。
掃除ぐらいいくらでもすればいいと思ったが、今の大声での挨拶は、いったいどうしたことだろうと妹紅は首を傾げた。
「ここは、寺じゃないのか」
「寺ですよ? おはようございまーす」
「……うるさい」
妹紅は無性にイライラした。「なんだここは、妖怪寺だったのか」
「そうですよ? 私は幽谷響子と言って、ここで手習いをしています」
「ふうん」
「あなたのお名前はーなんですかー」
「だからうるさい」
一発かましてやろうかと妹紅は思ったが、やっぱりそういう気分でもなかった。
「うるさいところに用はないんだ。邪魔したな」
「あぁ、ちょっと! せっかくだから弾幕勝負しましょうよー!」
無遠慮な大声が後ろから追いかけてきたが、妹紅は無視をして、何処か静かな場所はないかと考えた。
静かで、誰にも邪魔されない場所がいい。
そう思いながらしばらく歩いても、さっぱりいい場所を思いつけない。
静けさという点で言うなら、竹林の庵が一番なのだ。霊夢がパンダと追いかけっこを始めなければ、今頃もっと集中できていたに違いないのに。
「霊夢め……やっぱり二三発ぶち込んどいてやればよかったな」
ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると、いつの間にか道なりに、博麗神社の近くまでたどり着いていた。
「そうだ。霊夢が竹林でパンダと追いかけっこしてるってことは、神社は静かなんじゃないか」
静かであってくれと祈るような気持ちで、妹紅は神社に続く階段を登った。
ひたすらに続く階段も、冬の名残の冷たい風も、苦にはならない。
自然はいい。いつまで経っても慣れないのは、人間と妖怪ぐらいなものだ。
胸中に懐かしい気持ちがよぎった。思えば人生のある時点から、静かな場所ばかり求めてさまよい歩いていたような気がした。
世界には、思い出すべきことが多すぎる。
○
こっそり屋敷を抜けだして、市井に出てみたことがあった。
小汚い人間がたくさん通りを歩いていた。怖かったけど、なんだかとてもウキウキした。世の中にはこんなにたくさん人が居るんだと思った。それ以上の言葉は、全部眼の前の鮮やかな光景にかき消された。そう、ただの小汚い大通りを、鮮やかだと思ったのだ。
やがてその直感を保証してくれるかのように、橋の向こうから行列がやってきた。
聞き取れないほどの喧騒の海の中を、見知らぬ女が歩いてくる。小袖姿に絹傘を差し、上品に口元を隠しているかと思えば、時折くるりと、子供じみた足取りで振り返る。
その度に、祭ばやしように、群衆が湧く。
私はそれを見て、なんだかとても、楽しくなって。
あれは誰かと人に尋ねた。
かぐや姫だと人は答えて、そうして私に驚いた。
「おや、子供なのに髪が白いのかい」
私は答えもせずに、かぐや姫と口の中で繰り返して、いったい何処のお姫様だろうと考えた。
考えているうちに、かぐや姫は忽然と消えてしまった。
群衆は、ざわめきながら少しずつ散っていって。
後には何も残らなくって。
それが本当に口惜しくて――。
腹立たしくてたまらなくて……。
○
博麗神社は静けさに満ちていた。
木立が風にざわめく音が、砂浜の擦れる音と似ていて、海が懐かしくなってしまった。
「……また海岸巡りもいいかもしれないな」
しかしそれも、輝夜との決着をつけてからだと思い直す。
開けっ放しで無用心な母屋の縁側に座って、そのまま寝そべり、目を閉じる。
「何処で歯車が狂ったんだっけ」
――巡り合わせというものは、いったい誰が決めるのだろう。
父は唐物を好み、かぐや姫を好んだ。――綺麗なものが大好きで、その時々の自分の心に正直な、それだけの人だった。
私はあまりに幼すぎ、掛けられた言葉の意味も分からずに、父の心を代弁しているつもりで、かぐや姫を殺そうとした。どうやって殺せばいいのかも分からないままに。
父が好きだった。
でも、いくら頭で覚えていても、当時と同じ感性を持っていても、あまりにも、あまりにも繰り返し思い出してしまったせいで、気持ちが濁ってしまっている。
輝夜が憎かった。
――今も憎いと思いながら、憎いはずだと思いながら、少しずつ濁っていく純粋さにうんざりしている。
「愚かな自分は……守れないのか?」
愚かさも、その愚かさに根付いた気持ちも、永遠ではありえない。
鮮烈であればあるほど、愚かさに気づいた後の自分に見下されてしまう。
そんなことにも気づかずに、ムキになって、死なない薬に手を出して。
「私は何がしたかったんだっけ……」
「えい!」
額をペシンと叩かれた。霊夢がもう帰って来たのだろうか。とことん間の悪い奴だなと思いながら目を開けると。
妹紅を見下ろしていたのは、千年前から見覚えのある顔だった。
「か、輝夜……?」
寝ぼけているのかと思った妹紅は、起き上がって輝夜の頬をつねってみた。
「痛い」
輝夜はその手を平手打ちして、不満げにつねられた側の頬をさする。
「つねるなら自分の頬をつねりなさいな」
「なんでお前がここにいるんだ」
妹紅は顔を赤くして、輝夜から少し距離を取って座り直した。
輝夜は桜色のブラウスに飾り気のないロングスカートを履いて、縁側のふちで足をぶらぶらさせている。
「私は博覧会の下見に来たの。ここも会場の候補だから」と言い、首をかしげて、小さく笑う。
「妹紅は黄昏に来たのよね? ほんと、おセンチなんだから」
「私はお前を倒すべく精神統一を図っていたんだ」
妹紅はバシンと縁側を掌で叩いて、大声を出す。
「せっかく二人揃ってるんだ。いつも通り殺し合いをしようじゃないか」
「べつにいいけど」
輝夜は上半身をぺたりと倒す。
「その前に、精神統一しましょうよ。そのために来たんでしょう?」
妹紅はしばらく輝夜を睨みつけていたが、やがて目線を切り、同じように縁側に寝転んだ。
「……まあ、それは……そうだな」
○
不死の薬の入った壺を抱えて、見知らぬ草原の中にぽつりと、私は座っていた。
都からは遠く離れた、地名すらも分からない小高い丘の上から、広くて虚しい青空を眺めていた。
よく見ると、青空には月がうっすら映っていた。綺麗に満ちた満月だった。
昼なのに月が出るなんて、普通じゃないと思った。よくある現象だと知ったのは、それから何年も後だった。
初めて空に目を凝らしたのが、その日その時だったのだ。
だから、あの青くて薄っぺらい月は、私のためにあるのだと思ってしまった。
壺の紐を解いて、布を剥ぎ取る。
銀に光る半透明の液体を、そっと両手で掬いとる。
どうやって行けばいいのか分からないけれど。
永遠に生きてさえいれば、きっといつかは行けるだろうと、そう思った。
「貴方はきっと、かぐや姫に似ているのよ」
都合のいいところだけ思い出し。
「すまないが、お前の顔はもう見たくない」
思い出したくないことも、思い出してしまいながら。
「かぐや姫を殺さなきゃ」
ありったけの憎しみを込めて、私は銀色の薬を啜った。
――うん、ようやく、はっきり分かった。
私は、自分が何に怒っているのか、よく分かっていなかったのだ。
○
「なあ」
妹紅は、いくらか快活な気持ちと共に、回想から目覚めた。
「パンダに妙な薬使ったの、輝夜だろ」
「あら、どうして分かったの?」
輝夜は目を丸くして驚いた。
「誰にもバレてないつもりだったのに」
「直感だ。お前は昔からいたずらばっかりしてただろ」
「昔って?」
「平安の昔だよ。男引き連れて練り歩いて、ぱっと消えてはうろたえさせて。そんなことばっかりしてただろ」
「そんなこと、していたかしら」と輝夜は口元に手を当てて笑った。
「なあ、あのいきなり消えるの、どうやったんだ」
「いろいろと、秘密の道具があるのよ」と輝夜は言った。「博覧会で、ちょびっとだけ見せてあげようかしらね」
「博覧会なんか死んでも行かない」と妹紅は答えて、身を起こした。
「さあ、もういいだろ。心も温まったことだし、そろそろ殺し合おうじゃないか」
懐から取り出したスペルカードを握りしめて、妹紅は軽く宙に浮かぶ。
「一向に構わないわよ」
輝夜はそう言いつつも、小さくあくびをして、妹紅をじっと見つめるばかりだった。
「……何待ちだよ」
「セリフ待ち」と輝夜ははにかむ。「何かしらの、ステキな答えが出たんでしょう?」
「茶化すなよ。ほんと性格悪いな」
妹紅は頬を掻いたが、それでも輝夜が待ち続けるので、仕方なくポツポツと呟いた。
「つまり、あれだ。何が美しいか、どうしたいかは自分で決めるって、それだけのことだ」
「えぇ? どういう意味?」
「聞き返すな」と喚いて、妹紅はもう輝夜の態度には構わずに、縁側に向かって弾幕を撃ち放った。
――父のため、幼かった私のために戦うのは、どうやらそろそろ限界らしい。
思い出をいくら探っても、出てくる答えはそれぐらいなものだった。
けれど、それでも、いざ輝夜の顔を見てしまうと、戦いたくてたまらない。
この訳の分からない、むやみに綺麗な生物を、地に這いつくばらせてしまいたい。
幼い日の輝夜への殺意と憧れは、妙な具合に混ざってしまって、今の私にも受け継がれているらしかった。
「正直者の死!」
妹紅と輝夜はそれから一刻ほど、ほとんどろくに息継ぎもせずに、神社の境内で戦い続けた。
血まみれになっていく体も、全身を走る痛みも、きっと永遠に忘れない。
この一瞬の快楽が、今度こそ永遠になりますようにと、妹紅は祈った。
作品を書くならそれくらい把握しておいて欲しかったです
昔の美人観、という軽快な話題を発端に、そこに切り込んでいく流れの独創性が、なんとも心地よかったです。
奈良平安の当時でも一応美人と認識はされていたが、真っ当な美人でなくいわゆる「魔性」として認識されていて
そういう女性に深入りするのは良くないとされていた、なんて話もどこかで読んだ覚えがありますが
それはそれでこの話の輝夜にふさわしい感じでもありますね
あまり本筋に関係ない部分で申し訳ないんですが
もこたんの回想の拾ったみなし子が姥捨てされたのをもう一度拾って最後を看取ってやった下りがものすごくグッときました
もこたんイイ女やなあ
最後のスペカが意味深に思えてならない。
永夜組も大好き