言葉より声を、声より唄を―――
明かりを潜めた夜に、響く声があった。静かな夜に、一つの声が反響する。
人里少し離れた、荒地の道のりにそれはあった。
ポツンと、小さな明かりを照らす、小さな屋台。
そこから聞こえる、柔らかな唄声。
ミスティアローレライが歌っている。
「うまい、うまい」
屋台の客席から、それに拍手を送る少女がいた。
白髪の長い髪を腰まで落としたそれは、枝毛も感じさせないほど綺麗なストレート。柔和な顔つきをし、すこし童顔な彼女。白のカッターシャツに赤のモンペという、髪も相まって、そこには赤と白を印象つけると見るものは思うだろう。
「ありがとう 妹紅」
藤原 妹紅は飲みかけのお猪口を煽り、拍手を送った相手に気分をよくした。
「昔に比べてずいぶんうまくなったじゃないか」
その言葉に、ミスティアは視線を外し、顔を赤くする。
「わっ私は前からこんなんだったよ!」
「いやいや、昔のお前は音程もリズムもなかったじゃないか」
「私のうまさに音程が追いつかなかっただけよ」
「じゃあ音程に足並みをそろえてやる、優しさを持ったって事だ」
軽快な笑いを浮かべる妹紅。
里外れに構えた、妖怪が営む屋台にこの人間はよく訪れた。
里から離れている事もあり、常連の客というのは彼女除いてほとんどいない。
元々、行商などで人里を出歩く人間や妖怪の客層を目的にしているのだから。常連としてつく人間も稀だろう。
そんな所に彼女はよく来てくれた。
雨の日も、雪の日も、
今日みたいなお客の居ない、静かな夜にも。
『私は藤原 妹紅、ただの人間だ』
彼女は変わった人間だった。
その白い髪の見た目だけじゃなく。
その口調もどこか男勝りで、初めてあう者には少し圧迫感を感じるかもしれない。
だけど、話してみると抱擁感に似た優しい気持ちを彼女に抱く。
それは、彼女が妖怪も恐れない強さを持った故か、どことなくあの博霊の巫女と同じ、
雰囲気を感じた。
彼女は、人間でありながら妖怪であるミスティアよりも強い力を持っている。直接と戦ったことは無い、だけど彼女が人でありながら、人の範疇を超えた存在である事は一緒に過ごした年月で感じ取った。そういう貫禄が些細な物事で分かっていった。
昔、酒の席で妹紅に本当に人間なのかと尋ねたことがある。
それに返ってきた答えは、『死なない意外はいたって人間だよ』と彼女がポツリと零した事を覚えている。
死なない以外は人間。
その言葉に最初、ミスティアは軽いジョークだと思った。
死なない人間などこの世にいない。
妖怪にしろ、
人間にしろ、
神にしろ、
生まれた瞬間に、その体には命が刻まれる。
それが、永いか短いか、生きるものには絶対の時間が与えられる。
それを時に伸ばしたり、止めたりするものもいるが、彼女もその口なのかとミスティアは思ったが、その話題に触れると、妹紅の表情に形容し難い、負の感情を見て以来。この話を振ったことは無い。
だけど、一ついえることがある。
「妹紅がこうして来てくれるから歌も上達するのよ。人間のお客で聞いてくれるのなんて妹紅くらいしかいないし、色々人間の唄教えてくれるし。感謝しているは。」
藤原 妹紅が自身の事を人間というのなら、私もまた彼女は人間なんだと信じている。
妖怪と人間の差異なんて、今の幻想郷ではあやふやな者だ。
人外の姿をした妖怪がいても、人里で普通に生活する姿が見られる。
そんな中で、妹紅が自身を強く人間というのには、何か理由があるのか、あいにく夜雀の妖怪であるミスティアには、そこら辺の種族の違いに対する偏見は深く理解できなかった。
そんな違いだけで、妹紅を嫌うことなど、ミスティアには考えもつかない。
かつて人が、妹紅を異端と蔑んだ事があろうと、ミスティアは気にしない。
個で生きる妖怪が、群れで生きる人の気持ちが分からないように、
それが人間と妖怪である彼女達の違い。
そしてそんな異端の眼を向けぬ、ミスティアに救われる人間がいた。
「ありがとな」
「?」
お礼を言ったはずが、なぜかお礼を返されてしまった。
理由を聞こうとするも、妹紅が酒とつまみの追加を申し出た。
変わりに、
「なあ、ミスティアはなんで唄を歌うんだ?」
「好きだからだけど…、どうして?」
「いや、私がお前と始めて会ったときは、なんかつまらなそうに歌っているなって思ったからさ、今は楽しそうに歌っているけど。なんで歌うことを始めたのかって」
歌い始めた理由――――
「私の能力が声に依存したものだったから、自然と歌うモノになったと思う…かな……?」
歌で人を狂わす程度の能力。
それは言葉の通り、ある一定のリズムを刻み、声を出すことで、聞く者の判断能力を鈍らせる力だ。
始めはただ、人を驚かせることだけにこの能力を使っていた。妖怪として扱える力を最大限に―――妖として自身の存在を伝える手段として。
妖怪であるからにはミスティアは人を襲う。
それは、悪戯にしろ、悪意にしろ、人の想いからできた妖である以上。その根源には人との繋がりを求める。
そして自身の存在を叫ぶ。
恐がられても、
嫌われても、
声を出し、言葉を繋ぐ。
自身の存在を、
自身の意味を、
だけど―――
「綺麗って……言われたから頑張ってみたの」
「綺麗?」
「うん、ずっと前にそういってくれた人間がいたの、驚かすだけに唄を歌った私に、驚くこともなく、綺麗ってそういった人がいたの」
それはミスティアにとって思いもしなかった事。
―――その人間は視界が徐々に薄暗く、見えなくなったはずだった。
私の能力で視覚を乱し、自身の思いとは違う、闇が広がったはずなのだ。
何も見えなくなるのは恐怖のはずだ。
妖怪が現れる獣道、見えなくなる視界、どこからか聞こえる歌声、命の危機を感じた者はそれに恐怖する。
そんな人間の恐怖や驚き、強い感情を露にする姿がミスティアには滑稽で笑え妖怪の本質なのだと思った。
だから、そんな中、幸せそうに、見えない視界を閉じて、その声に聞き入る人間が言った『綺麗』の一言は彼女の心に深く刻まれた。
「歌なんて、ただ適当なリズム、適当な言葉を紡いだモノだと思っていたけど、違ったんだ。歌にも言葉の一つ一つに意味があって、それを誰かに伝えたい思いや、優しさや、悲しさ、楽しさ、そんなモノが込められてる事をその時に気付いたんだ。」
歌は誰かを幸せにさせる。
「その人間は、その後、視界が戻ると幸せそうにどっか行っちゃったけど、その時に自分の歌で誰かが喜んでくれることがなんだかすごく嬉しくて、また誰かに聞いてもらいたいと思ったの。」
歌で人を幸せにする楽しさ。それは誰かに認めてもらえた証。自身の存在を歌で表し、それに共感をもってくれる者。
そんな人たちの表情を見る度に、ミスティアの心は熱くなる。なんでもないありがとうの一言が、世界を変える様に心を豊かにする。くすぐったい心地よさ。
「だから上手くなって、もっと多くの人に聞いてもらいたいな、歌ってるときは本当に気持ちよくて、その歌詞の意味を理解して歌うとすごく楽しかったり、切なかったり、するんだ。それで聞いてくれる人もそれを分かってくれてるともう、なんていうんだろう…心臓がバクバクするというか……うん、とにかく、うれしいんだ」
「なるほど」
饒舌に語り始めた彼女の笑顔はまるで夢の宝石箱を詰め込んだようにキラキラと輝いて妹紅には見えた。
「歌もうまくて、酒もうまい、そして店主も可愛いとくれば場所に構わず、店は繁盛してくだろう」
「なっ―――!?」
「歌ってる時のお前は輝いてるぞ」
「はっ恥ずかしいこと言わないでよ!」
「本心さ、歌は人の心を満たしてくれる。それを自分の為に歌ってくれてる者がいる。これほど幸せな事はそうそうないさ」
「――――わっ私は自分の為に歌ってるだけだって!まったく……なんでそんな歯がゆい事をベラベラ言うんだか…」
妹紅はその言葉に酒の匂いを染み込ませた笑いを上げる。
「もう……」
だけど、その言葉とは裏腹に、うれしいと思う気持ちがミスティアにはあった。
妹紅が可愛いといってくれた一言に、心がそわそわする。
言われ慣れない事だからだろうか?
恥ずかしいけど嬉しい。
「顔が赤いぞ」
「妹紅も真っ赤よ!お酒の飲みすぎなのよ!バカ!」
妹紅に指摘されたことで心音がより高まる。その感情を抑えるために「バカ…」ともう一つ付け加える。だけど彼女はそれに気付かない。
「今日はいい夜だ」とふいに視線を月に向けた。
満月の月光が柔らかく降りそそぐ。
二人だけのステージが彩られる。
笑い、叫び、歌う、賑やかな夜が作られていく。
「飲まないなんて嘘じゃないか、歌わないなんて夢なんじゃないか、今日の夜を現にするために、飲み、歌い、笑おうじゃないか」
「何を言ってるのやら」
「んっ?ミスティアの歌をもっと聴きたいって事だよ」
「また歯がゆい事を…」
「いいじゃないか、正直な気持ちが一番相手に伝わるんだ。」
歌い手がいるのに、酒だけの夜なんて無粋だろ?とシニカルな笑みを彼女は浮かべる。
そんな彼女の笑みをみるとミスティアも自然歌いたいと思えてくる。
求められて歌わないわけは無い。
歌い手が人を幸せにするのなら、聞き手が歌い手を幸せにするのだ。
気付けばミスティアも自然と笑みを向け、月のスポットライトへ立ち上がる。
「じゃあ――――、一曲」
彼女は笑うように、告げる。
二人だけの夜を唄おう。
覚めない夢を唄おう。
ミスティアはそんな歌を唄いたいと思った。
妹紅はそんな歌を聴きたいと思った。
妖怪と人間が過ごすこの今に、彼女が浮かべる歌は、優しい―――勇気の歌。
妹紅と過ごし、もらった温かさ
ミスティアと過ごし、もらった暖かさ
二人のもらったモノは違うけど、それはどこか同じモノ。
妹紅が人として生きる中、どこかで感じていた孤独と、自身の存在を唱える隣で、
ミスティアは人に好かれる術を見つけ。妹紅と会いその術を教えてもらった。彼女の優しさと一緒に。
そして彼女もそこに、人としての自分を見つけられた。ミスティアを通して自身を写せた。人として生きる、自分の姿を―――
そんな二人だから紡がれる歌がある。
言葉がある。
――――唄から心を、心の言葉を
「聞いてください―――――」
私たちの唄を。
angel fall
明かりを潜めた夜に、響く声があった。静かな夜に、一つの声が反響する。
人里少し離れた、荒地の道のりにそれはあった。
ポツンと、小さな明かりを照らす、小さな屋台。
そこから聞こえる、柔らかな唄声。
ミスティアローレライが歌っている。
「うまい、うまい」
屋台の客席から、それに拍手を送る少女がいた。
白髪の長い髪を腰まで落としたそれは、枝毛も感じさせないほど綺麗なストレート。柔和な顔つきをし、すこし童顔な彼女。白のカッターシャツに赤のモンペという、髪も相まって、そこには赤と白を印象つけると見るものは思うだろう。
「ありがとう 妹紅」
藤原 妹紅は飲みかけのお猪口を煽り、拍手を送った相手に気分をよくした。
「昔に比べてずいぶんうまくなったじゃないか」
その言葉に、ミスティアは視線を外し、顔を赤くする。
「わっ私は前からこんなんだったよ!」
「いやいや、昔のお前は音程もリズムもなかったじゃないか」
「私のうまさに音程が追いつかなかっただけよ」
「じゃあ音程に足並みをそろえてやる、優しさを持ったって事だ」
軽快な笑いを浮かべる妹紅。
里外れに構えた、妖怪が営む屋台にこの人間はよく訪れた。
里から離れている事もあり、常連の客というのは彼女除いてほとんどいない。
元々、行商などで人里を出歩く人間や妖怪の客層を目的にしているのだから。常連としてつく人間も稀だろう。
そんな所に彼女はよく来てくれた。
雨の日も、雪の日も、
今日みたいなお客の居ない、静かな夜にも。
『私は藤原 妹紅、ただの人間だ』
彼女は変わった人間だった。
その白い髪の見た目だけじゃなく。
その口調もどこか男勝りで、初めてあう者には少し圧迫感を感じるかもしれない。
だけど、話してみると抱擁感に似た優しい気持ちを彼女に抱く。
それは、彼女が妖怪も恐れない強さを持った故か、どことなくあの博霊の巫女と同じ、
雰囲気を感じた。
彼女は、人間でありながら妖怪であるミスティアよりも強い力を持っている。直接と戦ったことは無い、だけど彼女が人でありながら、人の範疇を超えた存在である事は一緒に過ごした年月で感じ取った。そういう貫禄が些細な物事で分かっていった。
昔、酒の席で妹紅に本当に人間なのかと尋ねたことがある。
それに返ってきた答えは、『死なない意外はいたって人間だよ』と彼女がポツリと零した事を覚えている。
死なない以外は人間。
その言葉に最初、ミスティアは軽いジョークだと思った。
死なない人間などこの世にいない。
妖怪にしろ、
人間にしろ、
神にしろ、
生まれた瞬間に、その体には命が刻まれる。
それが、永いか短いか、生きるものには絶対の時間が与えられる。
それを時に伸ばしたり、止めたりするものもいるが、彼女もその口なのかとミスティアは思ったが、その話題に触れると、妹紅の表情に形容し難い、負の感情を見て以来。この話を振ったことは無い。
だけど、一ついえることがある。
「妹紅がこうして来てくれるから歌も上達するのよ。人間のお客で聞いてくれるのなんて妹紅くらいしかいないし、色々人間の唄教えてくれるし。感謝しているは。」
藤原 妹紅が自身の事を人間というのなら、私もまた彼女は人間なんだと信じている。
妖怪と人間の差異なんて、今の幻想郷ではあやふやな者だ。
人外の姿をした妖怪がいても、人里で普通に生活する姿が見られる。
そんな中で、妹紅が自身を強く人間というのには、何か理由があるのか、あいにく夜雀の妖怪であるミスティアには、そこら辺の種族の違いに対する偏見は深く理解できなかった。
そんな違いだけで、妹紅を嫌うことなど、ミスティアには考えもつかない。
かつて人が、妹紅を異端と蔑んだ事があろうと、ミスティアは気にしない。
個で生きる妖怪が、群れで生きる人の気持ちが分からないように、
それが人間と妖怪である彼女達の違い。
そしてそんな異端の眼を向けぬ、ミスティアに救われる人間がいた。
「ありがとな」
「?」
お礼を言ったはずが、なぜかお礼を返されてしまった。
理由を聞こうとするも、妹紅が酒とつまみの追加を申し出た。
変わりに、
「なあ、ミスティアはなんで唄を歌うんだ?」
「好きだからだけど…、どうして?」
「いや、私がお前と始めて会ったときは、なんかつまらなそうに歌っているなって思ったからさ、今は楽しそうに歌っているけど。なんで歌うことを始めたのかって」
歌い始めた理由――――
「私の能力が声に依存したものだったから、自然と歌うモノになったと思う…かな……?」
歌で人を狂わす程度の能力。
それは言葉の通り、ある一定のリズムを刻み、声を出すことで、聞く者の判断能力を鈍らせる力だ。
始めはただ、人を驚かせることだけにこの能力を使っていた。妖怪として扱える力を最大限に―――妖として自身の存在を伝える手段として。
妖怪であるからにはミスティアは人を襲う。
それは、悪戯にしろ、悪意にしろ、人の想いからできた妖である以上。その根源には人との繋がりを求める。
そして自身の存在を叫ぶ。
恐がられても、
嫌われても、
声を出し、言葉を繋ぐ。
自身の存在を、
自身の意味を、
だけど―――
「綺麗って……言われたから頑張ってみたの」
「綺麗?」
「うん、ずっと前にそういってくれた人間がいたの、驚かすだけに唄を歌った私に、驚くこともなく、綺麗ってそういった人がいたの」
それはミスティアにとって思いもしなかった事。
―――その人間は視界が徐々に薄暗く、見えなくなったはずだった。
私の能力で視覚を乱し、自身の思いとは違う、闇が広がったはずなのだ。
何も見えなくなるのは恐怖のはずだ。
妖怪が現れる獣道、見えなくなる視界、どこからか聞こえる歌声、命の危機を感じた者はそれに恐怖する。
そんな人間の恐怖や驚き、強い感情を露にする姿がミスティアには滑稽で笑え妖怪の本質なのだと思った。
だから、そんな中、幸せそうに、見えない視界を閉じて、その声に聞き入る人間が言った『綺麗』の一言は彼女の心に深く刻まれた。
「歌なんて、ただ適当なリズム、適当な言葉を紡いだモノだと思っていたけど、違ったんだ。歌にも言葉の一つ一つに意味があって、それを誰かに伝えたい思いや、優しさや、悲しさ、楽しさ、そんなモノが込められてる事をその時に気付いたんだ。」
歌は誰かを幸せにさせる。
「その人間は、その後、視界が戻ると幸せそうにどっか行っちゃったけど、その時に自分の歌で誰かが喜んでくれることがなんだかすごく嬉しくて、また誰かに聞いてもらいたいと思ったの。」
歌で人を幸せにする楽しさ。それは誰かに認めてもらえた証。自身の存在を歌で表し、それに共感をもってくれる者。
そんな人たちの表情を見る度に、ミスティアの心は熱くなる。なんでもないありがとうの一言が、世界を変える様に心を豊かにする。くすぐったい心地よさ。
「だから上手くなって、もっと多くの人に聞いてもらいたいな、歌ってるときは本当に気持ちよくて、その歌詞の意味を理解して歌うとすごく楽しかったり、切なかったり、するんだ。それで聞いてくれる人もそれを分かってくれてるともう、なんていうんだろう…心臓がバクバクするというか……うん、とにかく、うれしいんだ」
「なるほど」
饒舌に語り始めた彼女の笑顔はまるで夢の宝石箱を詰め込んだようにキラキラと輝いて妹紅には見えた。
「歌もうまくて、酒もうまい、そして店主も可愛いとくれば場所に構わず、店は繁盛してくだろう」
「なっ―――!?」
「歌ってる時のお前は輝いてるぞ」
「はっ恥ずかしいこと言わないでよ!」
「本心さ、歌は人の心を満たしてくれる。それを自分の為に歌ってくれてる者がいる。これほど幸せな事はそうそうないさ」
「――――わっ私は自分の為に歌ってるだけだって!まったく……なんでそんな歯がゆい事をベラベラ言うんだか…」
妹紅はその言葉に酒の匂いを染み込ませた笑いを上げる。
「もう……」
だけど、その言葉とは裏腹に、うれしいと思う気持ちがミスティアにはあった。
妹紅が可愛いといってくれた一言に、心がそわそわする。
言われ慣れない事だからだろうか?
恥ずかしいけど嬉しい。
「顔が赤いぞ」
「妹紅も真っ赤よ!お酒の飲みすぎなのよ!バカ!」
妹紅に指摘されたことで心音がより高まる。その感情を抑えるために「バカ…」ともう一つ付け加える。だけど彼女はそれに気付かない。
「今日はいい夜だ」とふいに視線を月に向けた。
満月の月光が柔らかく降りそそぐ。
二人だけのステージが彩られる。
笑い、叫び、歌う、賑やかな夜が作られていく。
「飲まないなんて嘘じゃないか、歌わないなんて夢なんじゃないか、今日の夜を現にするために、飲み、歌い、笑おうじゃないか」
「何を言ってるのやら」
「んっ?ミスティアの歌をもっと聴きたいって事だよ」
「また歯がゆい事を…」
「いいじゃないか、正直な気持ちが一番相手に伝わるんだ。」
歌い手がいるのに、酒だけの夜なんて無粋だろ?とシニカルな笑みを彼女は浮かべる。
そんな彼女の笑みをみるとミスティアも自然歌いたいと思えてくる。
求められて歌わないわけは無い。
歌い手が人を幸せにするのなら、聞き手が歌い手を幸せにするのだ。
気付けばミスティアも自然と笑みを向け、月のスポットライトへ立ち上がる。
「じゃあ――――、一曲」
彼女は笑うように、告げる。
二人だけの夜を唄おう。
覚めない夢を唄おう。
ミスティアはそんな歌を唄いたいと思った。
妹紅はそんな歌を聴きたいと思った。
妖怪と人間が過ごすこの今に、彼女が浮かべる歌は、優しい―――勇気の歌。
妹紅と過ごし、もらった温かさ
ミスティアと過ごし、もらった暖かさ
二人のもらったモノは違うけど、それはどこか同じモノ。
妹紅が人として生きる中、どこかで感じていた孤独と、自身の存在を唱える隣で、
ミスティアは人に好かれる術を見つけ。妹紅と会いその術を教えてもらった。彼女の優しさと一緒に。
そして彼女もそこに、人としての自分を見つけられた。ミスティアを通して自身を写せた。人として生きる、自分の姿を―――
そんな二人だから紡がれる歌がある。
言葉がある。
――――唄から心を、心の言葉を
「聞いてください―――――」
私たちの唄を。
angel fall
博麗
静かで素敵な雰囲気でした