「はぁ? お見合い?」
頭がどうかしたんじゃないのか、といわんばかりの霊夢の口調。
紫はそれに無言で笑みを返した。
「……。」
コタツをはさんで二人、黙して見つめあう。
` 部屋の障子が風に吹かれてガタゴトと音を立てた。
とある冬の夜、母屋の外は吹雪である。
「紫がまた変なこと言いってる」
コタツに顎を乗せ、霊夢はうめいた。下半身はコタツ布団につっこんで、上半身には毛布をかぶっている。どことなく、丸まった猫のような気だるさを醸し出している。
その対面で同じく半身をコタツにうずめた紫。年がら年中同じの導士服がなんとなくコタツにはそぐわない気がした。
「霊夢はもう年頃でしょう?」
「年頃だとか、知ったこっちゃないし」
「外の世界では、あなたくらいの年にはもう、だんな様がいてもおかしくないのよ?」
「いやだから、結婚とか、そういうの、興味ない」
「だけどねぇ、霊夢だって、ちゃんと子供を生んで、新しい巫女を育てなきゃね?」
「いいかげんにしてよ……」
霊夢はうんざりして、コタツに顔を突っ伏した。
「この会話、何かめんどくさい。もうやだ」
「霊夢ったらぜんぜん男っ気が無いんだものねぇ。里の長に言って、相手を見繕ってもらわなくちゃね」
「はあああああ?」
その言葉は妙に生生しく、霊夢は胸の奥に嫌な圧迫感を覚えた。
「いや、ちょっと……紫……」
霊夢はだんだん本当に不安になってきた。
いつものおふざけにしてはしつこ過ぎる。
霊夢はとうとう声を荒げた。
「冗談じゃない! お見合いなんて」
けれど霊夢がいくら文句を言っても紫の表情は変わらない。生徒に宿題を強要する教師のよう。がんとして聞かないというオーラに満ち溢れている。
「何で私がわざわざ子供を産まなきゃいけないの。巫女なんてアンタがどっかからひろってくればいいでしょ。私の時みたいに」
「だめよ。あなたの血は、絶やすにおしい。幻想郷のために、霊夢には絶対に子供を産んでもらうわよ」
霊夢は絶句した。紫は本気だ、本気で見合いをさせようとしている。
紫は冷徹な目をして、じっと霊夢の瞳を見据えた。たいていのことには酷く適当な紫だが、こと幻想郷に関することになると、何にも譲らない。
「勘弁してよ!」
霊夢は後ろ手にひっくり返った。それからもぞもぞと動いて、コタツに肩まで潜り込む。
カタカタ、と風に押されて障子が揺れる。
紫の様子はコタツに遮られて見えないが、何となくみかんをついばんでいるような気配がしている。紫が何も言わないことが余計に霊夢の居心地を悪くした。
霊夢はしばらくの間、思いつめたような顔をして、時折障子がふるえるのを眺めていた。
「あのね紫」
寝ころんだままのその霊夢の声は、いつになく、弱々しかった。
「なぁに?」
「私、さ」
短くつぶやいて、霊夢はしばしの間黙り込んだ。
紫は一言も発さず、その言葉の続きを待っていた。
霊夢は、言った。
「私ね、レズなの」
紫の返事はすぐには無かった。
霊夢は起き上がって、紫と向かい合う。
紫は、みかんの皮をむく姿勢で、硬直していた。
すこしして、紫はようやく間抜けな声を上げた。
「はあ?」
霊夢は思いつめた様子のまま、しかし視線はしっかりと紫にむけ、続けた。
「レズなの、レズ。男に興味がないの」
紫は怪訝な顔のまま、霊夢を凝視している。
「それで、それでね、私、えっと」
何度かの深呼吸の後、霊夢は告げた。
「私は、紫が好き。あんたが、好きなの」
「はあ?」
紫は再び間抜けな声をあげた。
無言でふたり、見つめあう。障子の音がいくつぶん強くなった。明日の朝は境内の雪かきをしなければいいけないだろう、と霊夢は思った。
「……まったく、あなたったら」
しばしののち、紫が、乾いたようなあきれたような失笑を漏らした。
「いくらお見合いが嫌だからって、もう少しましな言い訳を考えなさいな」
紫はやれやれと頭をふり、再びみかんをむく。
霊夢は
「ちぇっ」
と、悪巧みに失敗した子供みたいに口を尖らせた。紫をじとめでにらんで、ぼそりという。
「世話焼きババァ」
「お黙り」
紫がみかんをひとかけら、ぽいと霊夢の顔に向かってなげた。
霊夢は頭をひょいと動かしてそれをよける。
みかんは放物線を描いて畳に落下してゆき――畳に落ちようかという瞬間、畳の表面にふよよんと隙間が開いて、みかんはその中に消えていった。そして、霊夢の頭上でまたまたふよよんと音がしたかと思うと、ぽとりとみかんが落ちてきた。
霊夢はいまいましそうな顔をして、そのみかんをつまんだ。
「けどさ、本当にそうだったらどうする?」
くちゃくちゃと皮を咀嚼しながら、霊夢が何気ない調子で問う。
「何が?」
「だから、私があんたを好きだったら」
紫は、はん、と鼻で笑った。
「霊夢に私を満足させられるのかしら?」
「バカ、意味わかんない!」
霊夢はふてくされた顔をして、またコタツにペタンと顔を突っ伏した。
紫は、と妖しげな笑みを浮かべた後、
「あなたこそ馬鹿なことを言ってないで、お見合い、ちゃんと考えておいてね」
霊夢は顔を伏せたまま、何の返事もしなかった。
夜更けには風はやんでいた。
それでも雪は相変わらずハラハラと、音も無く振ってくる。この雪はどこからやってくるのだろう。目を凝らしても夜空はどこまでも暗い。
霊夢はかれこれ半刻ほど、縁側から夜空を見上げて続けている。白い寝巻を一枚まとっただけの、寒々しい、冬の夜には似つかわしくない姿。そんな恰好で、闇夜の雪を眺めている。指先が小刻みに震える。身体が寒さに凍えている。表情は無いが、頬はこわばっている。その表情は、内なる苦痛を凍てつく冷気で打ち消そうとしているようでもあった。
それから、さらに半刻。
見ているものがあれば心配になるほどの寒い半刻。
何の前触れもなく、廊下の天井から、紫色のちゃんちゃんこがふってきた。ハサリと、霊夢の肩にかけられた。
霊夢はハッとして、けれどもあたりを見回すことはしなかった。それ以降は、何も起こらなかった。
霊夢は切なげな顔と声で、つぶやいた。
「のぞいてんじゃないわよ、ばか」
ちゃんちゃんこのえりもとに鼻をやり、霊夢はスゥと深く香りをかいだ。
表情がいくらかやわらぐ。一方で、瞳の奥のせつなさはむしろ深まったようでもある。
霊夢はくるりと雪夜に背を向け、寝室に入り、そのまま後ろ手に障子を閉じた。
翌朝、空は果てしなく群青であった。昨晩の吹雪が嘘のようだった。空を覆っていた分厚い雲は、夜のうちに雪となってすべて地上に降りそそいだのだ。博麗神社の境内は、一面真っ白の雪だった。石畳も砂利道もなく、真っ白な雪田の中に、霊夢は立っている。いつもの紅白の上に、いつもとは違う紫のちゃんちゃんこを羽おり、せっせと雪を掻いている。拝殿から鳥居までの道を、すでに半分ほど掘り進んでいる。ほり進んだ道の両脇には、腰のたかさほどにまで雪が積み上げられていた。
「はぁー」
冬朝の空気は冷たいが、雪かきを続ける霊夢の額には汗があった。
と、霊夢のそのすぐそばの中空が、ふよよん、と音を立てて開いた。宙に浮くその裂け目から、紫が、派手な日よけ傘を片手に現れた。紫は、霊夢の羽織っているちゃんちゃんこにちらりと目をやった。
「寒いわね。おはよう霊夢」
霊夢はしばし何かいいたげな目つきで紫をにらんだあと、ふい、と背を向けてまた雪かきをはじめた。
「おはよう。こんなクソ寒い朝に、あんたが起きてるなんてね」
「すこし用事があったから」
「なんの用事よ」
「里へ行って、お見合いの件、さっそくお話をしてきましたの」
「……!」
霊夢は振り返り、紫をにらみつけた。
「昨日の今日で、せわしないわね。私はお見合いは嫌っていったでしょ」
霊夢は、羽織っていたちゃんちゃんこを乱暴に引きはがし、それを紫に突き出した。
「これ、返す」
だが、紫は、それを受け取らなかった。
「それは貴方にあげる。霊夢ったら、ろくに防寒着を持っていないのだから」
「いらない! あんたの匂いの染み付いたちゃんちゃんこなんて、いらない」
霊夢は強引に押しつけて、ちゃんちゃんこを紫に受け取らせた。
が、
「風邪をひいたらどうするの」
紫はちゃんちゃんこを受け取りはするものの、またすぐそれを霊夢の肩にかけようとする。
霊夢はいじけたような顔をしながら、けれど結局、だまってうつむき、紫のするがままに任せてしまった。
「あのねぇ、霊夢」
紫が、どこか戸惑いを含んだ声で呼びかける。
霊夢は答えずに、視線だけを返す。二人の視線が、無言のまましばし交差する。
紫は、目をそらした。
「――寝るときも、もっと暖かくしなさいな」
「……」
「お見合いの日が決まったら、また伝えにきます。ちゃんと受けてちょうだいね」
紫はそう言いつけると、隙間をふよよんと開いて、さっさとその中に消えていった。
「……」
隙間の消えた中空を霊夢がみつめている。
けれどもう、隙間が現れることはなかった。
見合いの日取りが決まったのは、それから一週間後のことだった。
年は20と1つ。村で唯一の、退魔の力をもつ家の、その長男。普通の人間にしては力があるほうで、村を襲った雑魚妖怪を慧音とともに退けたこともあるという。慧音も、彼ならば、と見合いを推したそうだ。背はそれほど高くなく、霖之助より頭一つ低いか。術者特有の落ち着いた雰囲気と声をしていた。
「霊夢さんはふだんは神社で、何をされているのですか」
裏庭を望む居間で、質素な茶机に向かい合って二人。霊夢は居心地わるそうに、正座したお尻をときおりもぞつかせている。男は、いくらかは緊張している様子もあるが、博麗の巫女と交わす初めて会話を、それなりに楽しんでいるようだった。
「ええと……境内の掃除をしたり、お茶を飲んだり、ですかね」
「一人で?」
「たいていは……。まぁ、気楽です」
「わかります。私もどちらかというと一人でのんびりとしているのが好きですよ」
男が笑いかける。霊夢もつられて、多少ぎこちなくはあったが、微笑んだ。
「けれど、時にはさびしくはありませんか。これほど人里から離れた場所で、ずっと一人というのは」
「そうですね……けど、なんだかんだで、やかましい連中がよく顔をだしてくれるので。それほど寂しいという感じは、しないです。時には迷惑ですけど。……ううん、迷惑なのはいつもかな」
霊夢が苦笑すると、男もゆるやかに笑う。ひとしきり笑みを共有して、それが落ち着いてから、霊夢は言った。
「あの、ごめんなさい。突然こんな妙な話になってしまって」
「とんでもない。私はむしろ、博麗様に会えるのを楽しみにしていましたよ」
「そ、そう、ですか?」
「一応、私も退魔の家のものです。術者として、一度お話してみたかった。博麗の巫女たるお方と、ね。まぁ……こういう言い方は、この場にはふさわしくないかもしれませんが」
「……」
霊夢はしばし口ごもったあと、おずおずと、申し訳なさそうに言った。
「ご迷惑をかけて申し訳ないと思ってます」
「いや、私はそんな風には――」
「こんなバカな話は、やめたほうがいいと思います。それに、あなただって、危険だもの。私のそばにいると……」
男は、霊夢の真意をさぐるように、しばし瞳を伏せた。それから落ち着いた口調で、答えた。
「あなたが尋常ならざる世界に身をおいていることは、私も理解しているつもりです。私が霊夢さんを――霊夢さんと呼ばせてください――守れるだなんて、そんなだいそれた風にはもちろん考えていない。ただ……霊夢さんのそばにいるために、自分の身を守ることくらいは、できるつもりです。それにバカな話だなんて私はけして――」
と、男がわずかに身を乗り出したとその時だった。
突然庭先で、爆音とともに土が吹き飛びあたりに煙が立ち込めた。
「なんだ!?」
霊夢と男がいるあたりにまで、煙が漂ってくる。視界が遮られ、あたりが見通せなくなる。
男はたてになるように、霊夢の前に立った。
二人は息をひそめて、煙のむこうに注意を払っている。男は、煙の中からいったい何が飛び出してくるのかと、身構えた。
すると、煙のむこうから、人を小ばかにしたような甲高い声が響いてきた。
二人分の声だった。
「うけけけけー! たーべちゃーうぞーっ霊夢ーっ!」
「た、たべちゃう……ぞおー……」
片方はいやにノリノリで、もう片方は、なにか恥じらいとためらいを含んだような声だった。
「誰だ!」
男が叫ぶと同時、都合よくびゅうと風がふいて、煙が晴れる。そして煙のはれた後に庭にいるのは――
「……な、なんだお前ら」
男の怪訝な視線の先にいたのは、一言でいえば、二体のかぼちゃお化けだった。もう少し詳しくいうと、特大かぼちゃをくりぬいて作ったお面をかぶって、ハロウィンの悪ふざけをしている馬鹿二人。
片方のかぼちゃは、まるで魔女のように、黒いドレスに腰エプロンをまき、手には箒を握っている。表情はわからないが妙に堂々とした態度である。もう片方の(モジモジしている)かぼちゃは、青いドレスに白のケープかぶり、そして周囲には何体かのミニかぼちゃお化け――まるで赤子サイズの人形の頭にミニかぼちゃをかぶせたような――たちを従えている。
「霊夢さん、こいつらは、お知り合いですか?」
男は警戒はしたまま、肩越しに霊夢に問いかける。
霊夢はじゃっかん目をおよがせながら、どことなくわざとらしい口調で答えた。
「えーと……と、ときどき神社を襲う、悪い妖怪……か、な」
「むぅ」
男は額の汗をぬぐい、庭先でガオーガオーと腕を振り上げている二人に、鋭い視線を送った。
「霊夢さん、ここは私に任せてください」
「え?」
「自分の身は守ると言った先ほどの言葉、証明してみせます。みたところ、それほど強そうな連中には見えませんし――」
その言葉に、箒をもったほうのかぼちゃが、ぴくりと反応したが、男は気ずいていないようだった。
「貴様ら! 私が相手になろう! 境内へ回れ!」
男が言うと、ノリノリな方のかぼちゃが楽し気に応じた。
「おう!」
そしてご丁寧に自分たちから境内のほうへ駆け出していく。男も、その後を追った。
「ね、ねぇ、あんまり無茶しないでよね」
霊夢の発したその言葉を、自分へのものだと思った男は、振り返りながら、霊夢に勝気な笑顔を投げてよこした。
数分後、男はクロコゲになって霊夢の腕に抱かれていた。境内の雪は、今しがたにはなたれた熱線とそれにともなう爆風でずいぶんと減ってしまっていた。
石畳の上に膝をついて、霊夢は男の顔を膝にだく。
「うう……情けない」
あちらこちらが焦げてはいるが、命に別状はなさそうだった。
「霊夢さん……霊夢さんは、無事ですか」
「え、ええ、あいつらならおっぱらいました」
「さすが、です……」
男は苦笑し、そして静かに泣いた。
「あんなふざけた連中に、わたしは手も足もでなかった。村で一番の退魔士と、自分をおごっていたのかもしれない……」
「ま、まぁ……き、気にすることないと思うけど……」
「あなたのそばにいる資格が自分にはあると、思っていましたが……思い違いだったようです……あぁ、悔し、い……」
がくり、と男は気を失った。
そっと男の頭を石畳の上に寝かせる。
「ごめんなさいね、本当に……」
少しかわいそうに思い、霊夢は男の涙をぬぐってやった。
そのそばに、先ほどのかぼちゃお化け二人が空から降りてきた。
「おーい、うまくいったか?」
「ああ、恥ずかしかった……こんなの道化よ。上海たちにまで……」
それぞれ頭にかぶっていたかぼちゃをはずす。魔理沙と、アリスだった。
「魔理沙、あんたちょっとやりすぎよ」
「いやー。ちょいとカチンときてさ。開幕マスパ余裕でした」
「もう」
「ちゃんと威力は最弱だぜ?」
魔理沙は男の顔をそっと覗き込む。
「けど、いいのか。こいつ、一応まともなそうなやつだったじゃないか。もったいなかったんじゃないのか?」
けけけ、と魔理沙が笑う。
霊夢は、なんともいえない表情で、男の頬のススをはらってやっていた。アリスはその二人の後ろで、人形達にはめたかぼちゃマスクをせっせと取って、顔を拭いてやっている。
そんな三人のそばに、
「あなた達……どういうつもり?」
いつのまにか紫が立っていた。
額に眉をよせ、険しい表情。
魔理沙とアリスは、特に驚いた様子もなくあっけらかんと答えた。
「霊夢に頼まれたんでな」
「同じく」
「……霊夢」
紫は、子を咎めるような苦々しい目つきを、霊夢に向ける。
霊夢はぷいっとそっぽを向いた。
「お見合いなんて嫌だって、私は最初から言ってたでしょ」
「……ハァ」
紫はため息をつくと、ぱちんと指をはじいた。ふよよん、とすきまが開いて、怪我をした男を飲み込んだ。
あ、と霊夢が声をあげる。
「治療、してあげてよね」
おずおずとした霊夢の口調に、紫は余計いまいましそうに答えた。
「当たり前でしょ。見合いにいった男がクロコゲになって帰ってきたりなんかしたら、次のお見合いなんて二度となくなるわよ」
魔理沙が口を挟む。
「次の相手、ね。まだやる気か?」
アリスも続く。
「紫のことだから、どうせ私や魔理沙が邪魔に入るのも知ってたんでしょ? けど、止めなかったのね」
「だよなー。紫にしちゃ、めずらしく中途半端な対応だよなぁ?」
二人は攻め立てるでもなく、かといって意味なさげでもなく、紫に言葉をぶつける。そんな二人を、しかし紫は真正面には睨みつけず、ただ渋い顔をしているばかりで、確かにどことなく中途半端な態度だった。
「ま、用は済んだし、帰ろうぜアリス」
「そうね。じゃあね霊夢」
そういって、二人は霊夢の返事もまたず、さっさとそのばから立ち去ってしまった。邪魔者はさっさと消えよう、という気配が感じられたのだった。
二人はしばらく無言でいたが、紫がようやく言った。
「霊夢、あなた卑怯ね」
いらだたしげに、霊夢をとがめる。
返事をする霊夢の声もまた、とげとげしかった。
「何がよ」
「こんなやりかたをして。そんなに嫌だったなら、私にちゃんと――」
霊夢の目つきが、いよいよ険しくなった。
「私がどれだけ嫌といっても、どうせ紫は聞かないでしょ。紫は幻想郷のことしか考えてない」
「私が幻想郷のことを想うのは当たり前でしょう? でも、霊夢のことをないがしろにするつもりもない」
「じゃあなんでっ――」
霊夢は突然の発作におそわれたように、一瞬声を荒らげる。が、そんな自分を恥じたのか、その続きの言葉をつむげず、ぐっと下唇をかんだ。
紫は、冷めたような目つきで、問う。
「何よ?」
「……」
霊夢はしばしぎゅっと拳をにぎって紫をにらみ、そしてそのばでかぶりをふった。
「……もういい」
そして勝手に紫に背をむけ、乱暴な足取りでその場から歩き出す。
「霊夢」
紫の呼びかけにも無視して、母屋の玄関にすたすたと歩いていく。
紫は、すぐにその後を追いかけた。
「待ちなさい」
「待たない」
霊夢は玄関でつっかけを脱ぎ捨て、薄暗い廊下をドスドスと歩いていく。
紫がしびれを切らし、その手をつかんだ。
「待ちなさい霊夢」
霊夢は無言でその腕を振りほどこうとする。
「駄々をこねないの」
紫はわずかに声を荒げながら、両手で今度は霊夢の肩をつかんだ。紫のほうが霊夢よりもいくらか背丈が大きい。がっちりとつかまれて、霊夢はもう逃げ出せそうにはなかった。
「離してよ」
「霊夢がちゃんと話を聞くまで、離さないわ」
「話って、なんの話よ」
「霊夢の将来の話、お見合いの話よ」
「――っ!」
霊夢の身体に突然霊力がみなぎった。紫が反応するまもなく、霊夢は紫の手を払いのけ、そして、自分から、紫の身体に抱きついていった。抱き着いたというよりも、つかみかかって押し倒したというほうが正しい。
「っ!?」
紫はバランスを崩し、霊夢に抱きつかれたまま廊下に倒れこんだ。
どすんっ、という鈍い音が、薄暗い廊下に響く。
紫は何がおこったのかという顔で、廊下の天井を見上げていた。それから、顎を引いて、自分の胸に顔をうずめる霊夢をみやった。その霊夢が、叫んだ。
「ばか!あんたわかってんでしょ!」
やけくそ気味に、ぶちまけるように、
「私が、あんたのこと好きだって、もうわかってんでしょ!?」
霊夢が顔を上げて、紫をにらみ上げる。頬は高潮し、感情の高ぶりか、目じりにはうっすらと涙が浮かんでいる。幻想郷の住人達が知っているいつもの霊夢の様子とは、全然違っていた。
「わかってるくせに、なんで私に見合いしろだなんていうのよっ! なんでっ、なんでっ、ひどいじゃないの……」
「……霊夢……」
紫は、己の胸に顔を押し当てている霊夢を、抱いた。そうして、背中をなでてやる。脆い飴細工を扱うように、そっとそっと、やさしくなでた。
はじめは呼吸のあらぶっていた霊夢の肩が、次第に収まってくる。
二人はしばらくそのまま、廊下の床で抱き合った。
風にそよがれて、紫が顔を横に向けると、そこはちょうど畳部屋の入り口で、開け放たれた障子の向こうに、裏手の林の緑が見えた。
「霊夢、落ち着いた?」
霊夢はこくんと小さくうなずいた。意外なほど、素直な反応だった。
紫は、子供に語りかけるように、ゆっくりと、丁寧に語りかけた。
「霊夢。擬似恋愛って、知ってる?」
霊夢の返事はない。
「あなたの年頃の女の子にはね、ときどきあるの。身近で親しい人間や友達への感情を、恋だと錯覚してしまうことがね」
「何よ、それ」
霊夢は顔を上げて、不機嫌そうに紫を見つめる。
紫はそんな霊夢の顔をやんわり抑えて、自分の胸に頬を当てさせる。霊夢の頭をなでながら、視線は天井に向けたまま、またそっと語りかける。
「ねぇ霊夢。聞いて。あなたはとっても可愛い女の子よ。ガサツでいい加減で出不精だけど、とても繊細なところもある。素敵な女の子」
紫の身体に回された霊夢の腕に、きゅ、と力がこもる。
「だから、ね、霊夢はとても素敵なお嫁さんになれる。人間の優しい旦那さんと一緒になって、必ず幸せになれるわ」
とたんに霊夢の腕から力が抜ける。変わりに紫は、もっとぎゅっと、霊夢を抱いた。
「だから私の言うことを聞いてちょうだい。お願い。お見合いをしましょう。そうすれば、きっと、自分の自然な感情に気がつくときがくる。人間らしい幸せを得られる日が必ずくる」
「勝手なこといわないでよ」
霊夢は、紫の腕を振りほどいた。そして身体を起こし、馬乗りの姿勢で、騎上位の姿勢で、鋭い視線を紫に向ける。
「私はあんたに拾われて、あんたに育てられて、気づいたらあんたのそばで博麗の巫女なんかになってたの」
口調は静かだが、搾り出されるような声の調子にはその奥でうずめく感情の熱が、見え隠れする。
「毎日毎日妖怪や魔女っ娘とくっちゃべって、それが私の日常。いまさら人間らいしとかそんなこと、どうでもいいわよっ」
「いまさらだなんて」
「いまさらよっ」
霊夢は身体を前に倒して、紫の顔の両脇に、ダンと手をつく。長い黒髪が流れ落ちて、霊夢と紫の顔を、つなぐ。互いの瞳に、互いを映しあう。
「私はあんたのおかげで人生狂わされたんだからね! だったら、あんたが……紫が私を幸せにしてよ!」
「しようとしているわ。あなたのために、霊夢が人間らしい幸せをえられるように――」
「そんなのどうだっていいって言ってるでしょ!」
霊夢は怒鳴った。だけど、目は泣いている。
「責任取れっていってんのよ! 紫が私を幸せにしてよ!」
こんなときでも、紫の瞳は揺るがなかった。大きな岩がずっしりと海底に横たわるように、深い色で、霊夢を見つめる。
そして紫が突然笑った。バカにした笑いだった。ふん、っと鼻で笑って、それから口元をゆがめて、言った。
「霊夢、あなたはそれでも博麗の巫女? 責任ですって? 妖怪に責任をとれだなんて、なんて間抜けなの」
「何よ」
「霊夢を幸せにする責任? そんなこと私の知ったことじゃないわよ。幸せになりたきゃ自分で勝手に幸せになりなさいな」
「……あんたバカ? 自分がさっき言ったことと、矛盾してるでしょ」
霊夢がジト目になりつつ言う。
「……あー……」
一瞬およいだ、紫の瞳。
「ふ、ふん。霊夢には元気な巫女を生んでもらわなければね。そのためなら、口先八丁、どんな事だって言うわ。矛盾してるから何?」
紫は口元をいやつかせながら、陰気ないやらしい目で霊夢をあざ笑った。
そして霊夢はそんな紫をいぶかしげに凝視したあと――
――びこんっ
と、でこピンをした。
「痛っ、なにするのよ」
でこをおさえながら、紫が涙目でにらむ。
霊夢は、大きなアッカンベーをして見せた。
「嘘つき。くさい演技してんじゃないわよ」
「なんのことかしら」
「バカにしないでよね。紫が本当に私のことを考えてくれていたことぐらい、私だってわかってるわよ」
「……」
「だから、よけいに腹がたつの。何で私の気持ちを理解してくれないのよ」
紫はしばし、困り果てた様子で霊夢を見つめた後、
「はぁぁぁ」
と大きなため息をついて、霊夢の身体を再び強く抱き寄せた。霊夢は騎上位の姿勢から、再びぺたんとうつぶせに紫にくっついた。
「ああもう誰か教えて! 私はどうしたらいいの? どうしたらこのきかん娘は素直に私の言うことを聞いてくれるの?」
紫は霊夢の頭に頬擦りをしながら、演技がかった大げさな口調でそうなげいた。
霊夢もそれに合わせて、忌々しそうにうめいた。
「私だって教えてほしいわよ。どうしたらこの頭の固い妖怪が、私の気持ちをまっすぐにみてくれるのか」
「ああ霊夢、霊夢、聞いてちょうだい。あなたはまだ子供なんだから、まだ時間はたっぷりある。時間がへるにつれ、いつか自分の自然な感情に気がつくはず」
「私くらいの年齢には結婚してるとか言ってたくせに。それに言ってるでしょ。これが私の自然な感情なんだって。私は素直に紫のことが――」
「あーききたくなーい。もーききたくなーい」
「このクソババァ」
霊夢が拳を固めて、わなわなと肩を震わせた、その時だった。
「あっ」
突然、霊夢は身を強張らせる。
「え」
と、紫も、霊夢の様子がおかしいことに気づく。
「どうしたの?」
「んっと、ごめん、離して」
「え、ええ……」
紫が腕を離すと、霊夢はそそくさとその場に立ち上がった。
するとその足を伝って、紅い筋が一本、袴の裾からくるぶしに、すっと垂れ落ちた。そのまま白い足袋に紅い染がにじむ。
「あちゃあ……汚しちゃった」
「あぁ」
霊夢はあわてて厠へ――向かわなかった。
霊夢はその場でじっと、己の足を伝う紅を、じっと見下ろしている。
紫がいぶかしげに、問いかける。
「霊夢?」
すると霊夢は、ゆっくりと顔を上げて、妙に明るい笑顔で、紫にこう言ったのだった。
「私……紫の子供を生むことだって、できるんだからねっ」
「はぁ!?」
紫は大口を開けてしばし呆然として、その後、がっくりと盛大にあきれて肩を落としたのだった。
博麗の巫女と八雲の紫がどうもおかしな雰囲気になっている――
紅魔館から命蓮寺まで、誰もがその噂を耳にしていた。
おかしな雰囲気というか、まずもって距離感が妙に近い。二人が縁側に並んで座ると、それが顕著にあらわれる。霊夢が紫にぐいぐいせまり、紫は霊夢からじりじりと遠ざかる。いつのまにか、縁側の端から端までを移動していたりする。
そして、霊夢はすきあらば紫にちゅうをしようとする。紫が神社の母屋で寝転んでいようものなら、獲物に急降下する鷹のように、唇で襲い掛かる。だが今のところ紫の防御率は10割だ。
霊夢がせまり、紫が逃げる――そのような構図がしばしば博麗神社で目撃されている。文によって、何度も。
しかしながら紫はどうも迷惑がっているというわけではないようであった。証拠に紫はそれまでよりもあししげく博麗神社に姿を現している。
それでいて、霊夢のお見合いをあきらめたわけではないらしい。
つい先日も、とある山彦が、幻想郷中に響いた。
――yahoo! 博麗の婿募集中! 人間の男限定! 興味のある人は里の村長まで!
けれども紫のそんな努力もむなしく、お見合い相手は見つからなかった。霊夢と紫の妙な雰囲気は、そのころには文々。新聞によって幻想郷のたいていの住人の知るところとなっていたのである。そのような状況で、霊夢の近辺に首を突っ込んでみようという変わり者は、いなかったのだ。
少しだけ寒さが冬に逆戻りして、チルノは喜びリリーホワイトは泣く、そんなある日のこと。
霊夢はいまだ出しっぱなしのこたつに足を突っ込み、対面の紫をにらんでいる。紫は、持参したみかんをつついている。閉じきった部屋で、二人きり。
「ねぇ紫。あんた私のこと嫌いなの?」
霊夢のやぶにらみを、紫はおっくうそうに手で払い落とした。
「ソンナコトナイワ。ダイスキヨレイムチャン」
カタコトの発音で、ふざける。
「もー……」
「逆に聞くけど、霊夢は私のどこがそんなに好きなのよ」
霊夢は、ぐ、と頬を染めて口ごもる。
「……顔、とかって言ってほしいの?」
「そりゃ、言ってくれれば嬉しいけど。なに、そんな理由なの?」
「……別に、好きになるのに理由なんかいらないでしょ」
霊夢はもそもそと、ふてくされたように言った。
「たしかに、別に理由はいらない。ただ、私は知りたいの。それだって普通のことでしょう」
「……」
「ずっと一緒にいるから、とか?」
「……そういうのだけじゃ、ないわよ」
「じゃあ、聞きたい」
霊夢は丸まっただんご虫みたいに背中を曲げて、こたつで小さくなる。こたつ机に顎をのせて、しばし、アンニュイな顔で、うー、と呻いた。それから、ぽそぽそと語り始めた。
「そりゃ紫は美人だし、賢いし、そういうところだって魅力的よ。――性格は時々クソだけど」
紫はもぐもぐとみかんをついばみながら、霊夢を真顔で見つめている。霊夢の照れ隠しの悪口にもいっさい反応せず、じっと霊夢の言葉を待っている。
霊夢は、そんな紫のまっすぐな視線にたじろぎつつも、告白を続けた。
「最初に紫っていいなって思ったのは、いつかの異変のとき。永遠亭の連中と一緒にたたかったでしょう」
「あったわね、そういうことも」
「あのときからからかな……紫と一緒にいると、すごく安心する」
「もうちょっと、詳しく」
「むー……あんたになら、安心して背中を預けられるって意味よ!」
「……それが好きっていう気持ちとどう関係あるのかしら」
「ああもう、ニブイわね!」
「霊夢の説明が悪いのよ」
「むかつくなぁっ。……私は、博麗の巫女じゃん」
「ええ」
「だからやっぱり、妖怪と戦うわけだし、狙われることもあるのよ。いろいろと危ないわけよ」
「うん」
「でも紫はさ、ぶっちゃけ下手したら私より強いでしょ。だから……安心してそばにいられる」
「……うむ?」
「ああもう! あんたのそばにいるときは、私はぼーっとしてられるって言ってんの! 紫のそばにいるときが一番のんびりできるの! 紫はすごく頼りになるのっ!」
霊夢は顔を真っ赤にしながら、バンバンと机を叩いた。
紫はみかんを口にくわえたまま、ぽかんとした顔で、しばらく視線を泳がせていた。
「えっと、つまり――ぼけーっとしてられるから、私が好きと」
「んな言い方すんな!」
「うーん……」
紫はしばし顎にてをあてて、考える。
「霊夢」
「何よ」
「あなた、博麗の巫女を辞めてもいいのよ?」
「……はぁ?」
「霊夢はいままで十分にがんばってくれた。今すぐにとはいかないけれど、新しい巫女が生まれれば、貴方はもう、ゆっくりと平穏にくらせるの。霊夢が今いったように、のんびりぼけーっとした暮らしを――」
紫が最後まで言い終えないうちに、それはさえぎられた。
霊夢が拳を机に叩きつけ、ダンっという大きな音が、部屋に響いたのだ。
「ああもう! なんであんたはわかってくれないの! いいかげん泣くわよ!?」
「……もう泣いてるじゃない」
紫が真顔で指摘する視線の先で、霊夢は確かに泣いていた。顔を真っ赤にし、歯を食いしばりながら、目から涙をぽろぽろとこぼしていた。
「何であんたはそう的はずれなの! 私が博麗の巫女をやめたいなんて、一度でもいった!?」
「……だって、今の話を考えればそういうことでしょう。霊夢はぼーっとのんびり暮らしたいと――」
「そうじゃない! そうだけどそうじゃないわよ!」
「落ち着きなさいな」
「私は巫女をやめようだなんて考えたことない! だって私は物心ついたときから巫女なのよ、それ以外の生き方なんて、考えたこともない! 私はただ――紫に一緒にいてほしいの! 紫がそばにいると落ち着くの! それだけよ! なんでそれがわからないの! ……もういやよこの馬鹿ぁ」
紫は目を丸くした。あの霊夢が、駄々っ子みたいにめそめそと泣きべそをかき始めたのだ。
べそべそとした泣き声が、部屋に響く。
紫は困ったような顔をして、みかんを2きれ3きれと口に放り込む。そしてそれからもうしばらくの間泣いている霊夢を観察し、ようやく立ち上がったのだった。
「困ったわねぇ」
コタツを回り込み、霊夢の後ろに腰をおろす。少しまたを開いて、霊夢に背中からぴったりとくっつき、ぎゅっと抱きしめた。
「霊夢をこんな風にしてしまったのは、やっぱり私の責任なのでしょうね」
霊夢は両手で顔をかくし、泣きじゃくっている。紫はむりやり、その手をほどかせた。ぺそぺそになった霊夢の顔が、あらわになる。ふぇぇ、と霊夢は恥ずかしそうにぐずった。
紫は肩ごと、霊夢を抱きしめる。そして自分の指で、霊夢の涙をふいてやる。
「巫女以外の生き方を知らないだなんて、そんな風に、私が霊夢をしてしまった。もっといろんな幸せが、霊夢にはあったはずなのに。私といるのなんかより、もっともっと幸せなことが」
「ぐすっ……えぐっ……あんたの愚痴なんか、聞く気はないわよ。私の言いたいことは一つ、もう取り返しはつかないんだから、せめてあんたが私を幸せにしなさい、責任とれってことよっ」
「なら、教えて霊夢? 私は霊夢に何をしてあげればいいの?」
「紫はどこまで馬鹿なの。さっきから言ってるじゃない。紫にずっと私のそばにいてほしいって、いってるじゃない」
霊夢の後頭部に唇をふれ、ふぅ、と紫はあたたかいため息を吐きかけた。
「今のあなたにとっては、それが一番の幸せなのね」
いつくしむように、哀れむように、紫は霊夢に頬ずりをする。
「……ねぇ紫、教えてよ」
「ん?」
「もし、紫が私をお嫁さんにしてくれて、私に赤ちゃんを産ませてくれて――それからいつか私がおばあちゃんになったとき、紫が私を見送ってくれたら、私はそれで幸せに死ねるのよ? それじゃだめなの? 私がそれでいいって、いってるのよ?」
紫は何度も何度も霊夢に頬ずりをした。
「霊夢。あなたは子供を生んでただ老いさらばえるためだけに生まれてきたんじゃないのよ。もっと、この世界にはいろいろな楽しいことがあるの。霊夢がそれを知らないのは、貴方を巫女にしたてあげた私の責任でもあるけれど。だからこそ、霊夢にはもっと大きな自由を見せてあげたい」
「……あんたはね、賢すぎるからか知らないけれど、大げさに考えすぎよ。少なくとも私はね、何も知らなくてもいい。ただ好きな人がそばにいて、ただそれだけの幸せがあれば、私はそれでいいの。あんたの言ってることなんか――ただの大きなお世話よ」
紫はそれ以上はもう何も言わなかった。まるで、子供には物を言ってもしかたないとでも言うように。しかし、霊夢を抱くその腕には、偽りのない愛情が、こめられているように思える。
――霊夢は普通の少女に戻った。博麗神社を離れ、村の片隅に、小さな家を持った。飯屋で店員として働き、そこそこ評判の看板娘として、そこそこ楽しい生活を送った。村の外のことはあまり知らない。時折妖怪達が弾幕合戦を繰り広げているという噂も聞くし、空を飛ぶ少女達の噂を聞く。けれどそれらは、もはや霊夢の日常には関係のないことだ。何年かたって、村の青年と結婚した。半年ほどして、無事に子供も生まれた。鏡を見るときにふと、顔に刻まれた皺の数が少しづつ増えていることに気づく。皺のなかったころの自分の顔はもう思い出せなかった。だが今やそんなことはどうでもよかった、日々成長していく子供達の姿を記憶に刻み付けるほうが、ずっと大切だったから――
灯りの消えた暗い部屋で、霊夢はハタと目を覚ました。ぱちりと両の眼が開き、それから二度三度、瞬きをする。布団から腕をだし、おでこを押さえると、大きくため息をはいた。
「夢か。変な夢」
横向けになって、霊夢は再び目を瞑った。そして忌々しそうにつぶやいた。
「紫のせいだわ。バカっ」
翌日の昼。
霊夢が境内の箒がけをしているときだ。
客があった。
その時霊夢はちょうど鳥居に背を向けていた。
「――霊夢」
背中になげかけられたのは、不気味に沈んだ声だった。その声を聞いたとき霊夢はドキリとした。人里で何度か聞いた声だった。霊夢はゆっくりと振り向く。知らず知らずに、額に冷や汗が浮かんでいる。そして鳥居の方を向いて、そこにいる知人の顔を認めたとき、霊夢の顔から血の気が引いた。
「慧音」
ゆっくりと石畳を慧音が霊夢に近づいていく。どこか思いつめたような、浮かない顔をしている。
霊夢の脳裏に、昨夜みた夢がフラッシュバックする。
「ちょっと――嘘でしょ」
のどの奥が乾いている。
慧音が無言でまた一歩、近づいてくる。霊夢は後ずさりをする。箒を握る手に汗がにじむ。
――こないで!
霊夢が、そう悲鳴を上げようとしたときだ。
「すまん、霊夢、お前のため――だそうだ」
霊夢は見た。慧音の青みがかった髪が、かすかに緑色をおびはじめ、放出される霊力に反応して、まとった衣類の色もまた青から緑へと色が変わり始める。
それに気づいた瞬間、霊夢は悲鳴の変わりに全力で叫んでいた。
――夢想封印
爆音が、あたりの山々にこだました。
その爆音と、続いて吹き上がった土煙を、魔理沙が捕らえていた。ちょうど博麗神社へ向かっている途中、あと数キロというところであった。
「うお! 何だ!?」
魔理沙は箒のつかをぎゅっと握りしめ、姿勢を低くして風の抵抗を軽減させると、一気に加速した。
境内に降り立つと、魔理沙は鳥居のそばに倒れている慧音の姿を認めた。服のあちこちが破れ、気を失っているようだった。まだ近辺には土煙が立ち込め、石畳も何枚かがめくれている。砕けているものもある。魔理沙はあたりを見回し――。
「霊夢、どうした!」
本殿のそばに、霊夢がいた。腰が抜けたように座り込んで、呆然としている。
魔理沙は駆け寄ると、霊夢の顔を覗き込んだ。
「魔理沙……」
「おい、何があったんだ? 慧音とドンパチやらかしたのか……って、お、おい霊夢!?」
魔理沙の見つめる先で、霊夢の形相が醜くゆがみ始める。目はつりあがり、犬歯はむき出しになり、顔の皺という皺が、これまででもっとも深く刻まれた。あふれ出した霊力が、飽和して風となる。霊夢は激怒していた。
「あの……バカっ!!!」
「な、なんなんだよぉ!?」
魔理沙は帽子が飛ばされぬように、そしてスカートがめくれあがらないよう、霊夢のそばで必死の両手で抑えていた。
「はぁ!? 紫がお前の巫女の歴史消そうとした!?」
縁側に隣がけてすわり、魔理沙は霊夢につばを飛ばした。
白湯のはいった湯のみを握り締めながら、霊夢はうなずいた。
「たぶんね。私のカンだけど」
「……なんてこった」
「ほんと、冗談もいいかげんにしてほしい」
霊夢はずずっといらだたしげに白湯を飲む。湯気はおだやかに立ち上るが、その湯気をおう霊夢の視線はまだ鋭かった。
ちなみに慧音は魔理沙がすでに永遠亭に連れて行った。
「あいつ、なんでそんな事……お前らここ最近ちょっとおかしかったけど、それでも仲よかったじゃないか」
「そうね」
霊夢がふっと、寂しそうにわらった。裏庭の向こうの、神社裏手の林をじっと見つめる。
「あいつ、これも私のためだって……ほんとバカ……」
「霊夢、おまえと紫、どうなってんだよ」
「……紫は、私のこと――」
「れ、霊夢……」
魔理沙は言葉を失った。博麗霊夢が泣いている。今しがたまであんなに怒っていた霊夢が、今度は瞳から大粒の涙を流している。ぽたりぽたりと、膝に紅いしみを作る。
魔理沙はぎりっと爪をかんだ。
「あいつ、今度あったらぶっ飛ばしてやる」
霊夢はそのとなりで、さめざめと泣いた。
「大丈夫か、ほんとに一人で」
魔理沙は何度も残ろうとしたが、霊夢は礼を言いながら、それを断った。
「紫と二人きりで話したいの。多分、今夜、来るから」
魔理沙はしぶしぶ、帰っていった。
そして、深夜。
霊夢は布団には入らず、縁側に座っていた。裏庭――というより裏の敷地――とその先の林が、月明かりを淡く反射している。時折風がふいて木々の葉がざわめく以外は、虫の音もなかった。
霊夢は無言で、ただじっとそこにあった。
そして、
――ふよよん
聞きなれた音が、霊夢の背後で起こる。かすかな気配が、そこに現れた。
「紫」
霊夢は呼びかけながら、ゆっくりと後ろを振り向く。最初、顔には怒りの色がにじみ出ていたが、
「え? なんであんたが――」
振り返った後に、小さな驚きに変わっていた。
――――――。
翌朝早く、魔理沙が博麗神社にやってきたのは、まだ日があけて間もない頃であった。
「うー。眠みぃ。結局気になってほとんど眠れなかったぜ」
境内に降り立ち、あたりを見回す。晴れた朝の清冽な光が、周りの林や本殿を鮮やかに照らしている。透き通る朝の空気に、どこかでスズメのなく声がする。砂を踏みしめながら、魔理沙は裏庭へ向かう。いつも霊夢が茶を飲んでいる縁側がそちらにある。玄関は閉じられているが、裏庭はろくに戸締りもされていないのだ。忍び込むときは、いつもこちら側からだった。
「……また泣いてたらどうすっかな……ったく、目に焼きついてるぜ」
じゃりじゃりと砂を蹴りながら、魔理沙は縁側へ回り込んだ。母屋のかどを回り込めば、その先が裏庭である。
「……」
魔理沙はそのかどで、一度立ち止まった。
「なんて声かけようかね。……ま、普段どおりでいいか」
ふぅ、と深呼吸を一度、そして魔理沙は裏庭への一歩を踏み出した。
そしてぎょっとした。
霊夢が縁側に寝ている、いや、倒れていた。昨日わかれたときと同じ、いつもの巫女装束で、両手を床になげだして、仰向けに倒れていた。足は、縁側のふちから垂れ下がっている。
魔理沙は、あわてて霊夢に駆け寄った。
「お、おい、霊夢!?」
霊夢の肩を揺らす。だが魔理沙がいくら声をかけても、霊夢は瞳を閉じたまま、目を覚まさなかった。
「……霊夢?」
魔理沙の表情が、いぶかしげなものに変わっていく。霊夢の肌は、夜明けの空の白さだけでは説明がつかないほど、白い。そしてまるで糸の切れた人形にように、まったく身動きというものをしない。
「お、い」
かすかに震える手が、霊夢の胸に触れる。魔理沙の手は、まったく上下しなかった。
魔理沙は箒を放り投げ、霊夢の手首、そして首筋に指を当てる。ほどなくして、魔理沙はその場にぺたんとしりもちをついた。
息があらい、ハッハッ、短く、細い呼吸を繰り返す。
「なんで、うそ、だろ」
声が震えていた。
魔理沙は庭にへたりこんだまま、袴からのぞく霊夢の白い足先を呆然と凝視する。
と、その時、じゃり、と砂を踏む音とともに、魔理沙の背後に気配が現れる。
魔理沙はぎょッとして振り向いた。その視線の先には、
「紫」
いつものドレスを身にまとった八雲紫が、底に立っていた。魔理沙はわけがわからないという顔で、紫の顔をみやる。そして、その顔が真っ青であることに、すぐに気づいたようだ。
「何、これ。どういうことなの……」
その声が、震えていた。声だけではない、全身ががたがたと震えている。魔理沙のようにその場にへたりこまないのが不思議なくらいだ。
スズメのなきごえが、無情なほどさわやかに、三人を包んでいる。
紫は隙間を通じて、霊夢を永遠亭に運んだ。永遠亭の誰もが言葉を失った。あの永琳までもが、動揺を隠せずにいる。永琳と優曇華院が、霊夢の治療にあたった。それが治療ではないことは、誰の目にもあきらかだった。だが、誰も何も言わなかった。
処置室の前で、紫と魔理沙はソファーに浅く腰掛け、待った。重苦しい空気があたりに満ちている。魔理沙は脊髄をうしなったようにうなだれ、カスれた声で言った。
「紫」
「……何」
「おまえ、霊夢に何をした」
「……何も」
「昨日、慧音が神社にいた」
「……」
「お前がよこしたんだろ」
「……それが、何よ」
「……あいつ、泣いてたぞ」
「……」
「泣いてたんだぞ」
「……」
「……」
「お前、何してんだよ」
「……」
「何してんだよ」
「……」
「答えろよ」
「……」
それきり、二人は黙り込んだ。
あたりの空気は硬質化し、二人は透明なガラスの中に埋もれているように、身動きをしなかった。
半時ほどして、検査室のドアが開いた。ガチャリと、心臓が飛び跳ねそうな音が、あたりに響いた。
顔の青い鈴仙と、感情をおしころした、人形のような顔の永琳が現れた。
魔理沙がふらりと立ち上がる。
「……永琳、霊夢は――」
それからなんと言葉を続ければいいのか、魔理沙はわからないようだった。
永琳は、たんたんとした声で、告げた。
「……自殺ね」
その場にいた誰もの時間が、止まった。
「じ……さつ……?」
震えた声は、紫のものだった。
永琳が、かすかにうなずく。
「外傷は特に無いけれど、自分で自分の霊脈を破壊したあとがある」
「なんで霊夢が、そんなこと……」
紫が呆然とそうつぶやいた瞬間だった。
魔理沙が、獣のように叫びながら、紫につかみかかった。
「うああああああ!」
永琳、鈴仙がぎょっとする。紫は、焦点をうしなったまま、反応しない。
「お前が! お前があんなことしたからだろ! 霊夢は泣いてた! 泣いてたんだぞ! お前が殺したんだ! 恋は乙女の命なんだ! お前がそれをふみにじったんだぁー!」
「魔理沙やめなさい! うどんげ! 魔理沙に鎮静剤を!」
「は、はい!」
「うおおあああ!」
「――おい、どうしたんだ? なんの騒ぎだ?」
廊下のかどから、慧音が現れた。病院着を着て、キョトンとした顔をしている。昨日魔理沙につれてこられて、そのまま治療入院をしていたのだ。
「慧音……」
魔理沙は少しの間瞳孔の開いた瞳で慧音を見つめ、
「け、慧音! 助けてくれ! 霊夢が、霊夢が!」
紫をほうり捨てると、こんどは慧音につかみかかった。
「な、なんだいったい? 霊夢がどうしたんだ?」
「霊夢が……霊夢が死んだ」
「な……」
慧音は魔理沙につかまれながら、永琳、鈴仙、そして廊下にしりもちをついて呆然としている紫へと目をやる。そして、魔理沙の言葉が真実であると、理解したようだ。
「そんな、なぜ」
慧音はへたりこんでいる紫を凝視した。
魔理沙は、涙を流しながら、慧音に哀願する。
「理由なんかどうだっていい。はやく、はやく霊夢を生き返らせてくれよ。お前の能力で、歴史を、はやく戻してくれよぉ」
「……できない」
「はぁ! 何いってんだよお前!」
「できないんだよ! 私の能力は過去の歴史を変えるわけじゃない! ただ隠すだけだ! 霊夢が……本当に死んだのなら、その事実はもう変えられるわけがない。お前の記憶から、霊夢の歴史を隠すことしかできない」
「……そん、な」
魔理沙の、糸がきれた。
魔理沙はその場にへたり込むと、がっくりとうなだれて、そしてあとはもう、人間の言葉を忘れて、ただ嗚咽をくりかえした。
その場にいた誰もが、目の前の現実を受け止められずにいた。
『霊夢が死んだ』
『霊夢が死んだ!』
『霊夢が死んだ?』
『霊夢が死んだ!?』
幻想郷のその事実が知れわたるのには、数日とかからなかった。
――自殺。
という事実は、伏せられた。八雲紫によって、その隠蔽は行われた。事実を知るものは、あの日、永遠亭に居合わせた者達だけだ。
皆、霊夢は食あたりで死んだと知らされていた。
最初の一日、みな大いに悲しんだ。二日目は、霊夢との思い出を振り返り、懐かしんだ。三日目は、皆の思い出を語り合い、笑った。
幻想郷は死を受け入れる。
数日後にせまった葬式の日を、皆は祭りにそなえるように、待った。『騒いで、送ってやろう――』。それは、長い時を生きてきた住人達の、彼らなりの弔い方なのかもしれない。
そしてそんな幻想郷の片隅で、復讐の刃を研ぐ一人の少女がいる。
「――私は絶対に紫を許さない。あいつが霊夢を殺したんだ」
魔理沙は何日もねていないような暗い目を、血走らせていた。
自宅のリビングで、ソファーに腰をおろし、怒気をあたりに撒き散らしている。
「……魔理沙」
傍らには、アリスがいた。アリスだけは、魔理沙から真相を直接に聞かされている。
「けど……紫も、悲しんでいるのよ」
「アリス!」
「……」
「あいつはな! 霊夢の気持ちを知りながら! 何もかも無理やりに忘れさせようとしたんだ! あいつのせいで霊夢は!」
「……紫、あれからずっとふさぎこんでるそうよ。お葬式の準備やそのほかもろもろだって、式神にやらせて。それだけ紫も、本当に霊夢のことを大切に思っていたのよ」
「――だからなんだよ」
「魔理沙……」
「私はあいつをゆるさねぇ。――それに、あの晩やっぱり私はそばにいてやるべきだったんだ。そうすれば、霊夢は、霊夢は死なずに――」
魔理沙は膝を抱えて、泣きじゃくり始める。アリスはそんな魔理沙の肩をそっと抱いてやった。
アリスが霊夢の死を知って魔理沙の家へやってきたとき、そこでアリスが見たのは魔理沙の姿は。信じられないほどに酷い有様だった。顔中を涙と目やにだらけにし、ぼさぼさの髪で、そこら中のものをけちらしまくったリビングの片隅で、中空をにらみつけながらぶつぶつと呪詛の念を唱えている魔理沙の姿だった。それから数日、アリスは付きっ切りで魔理沙を慰めている。散らかったリビングを整え、魔理沙を風呂にいれ、飯を食わせた。
葬式の当日のその朝まで、二人はそうして過ごしていた。
葬式の日、博麗神社はかつてないほどの妖怪であふれかえっていた。空は暗く、雲に覆われている。霊夢の顔を知る妖怪達が皆、一目別れを言ってやろうと萃まったのだ。皆まるで宴会でもおこなうかのように、わいわいがやがやと騒いでいる。
「この神社がこれだけにぎわうのは、今日が最後だろうね」
「そうだろうね。まさに一世一代の大繁盛さ」
笑顔で語り合いながらも、言葉の端には寂しさが見え隠れしていた。
そんな賑わいの一角で、異様に暗い空気をかもしだしている者もある。
紫や、魔理沙達だ。
「紫お前――よく顔をだせたな」
「……」
「魔理沙、やめましょう」
「しかもてめぇ、霊夢が食あたりでだなんて……わがみ可愛さに嘘つきやがった」
「……霊夢が自殺だなんて知れば、幻想郷は混乱する。そんなことには――」
「……っ!」
魔理沙が紫の胸倉をつかみあげる。紫は、視線をそらし、けして魔理沙と目を合わせなかった。目は、いまだに赤くはれている。
「お前はいつだってそうだ! そうやって霊夢の気持ちをないがしろにして……!」
「魔理沙っ!」
アリスが、必死に魔理沙の腕をつかむ。
魔理沙は何度も何度も歯軋りをした後、ようやく紫から手を離した。
「――もう、二度と私の前に姿を現すな」
そう言い捨てて、魔理沙は紫に背を向けた。その背は、永遠の拒絶のように思われた。
葬式は多種多様な形式で行われた。
皆にとってこれが霊夢との最後のわかれである。皆それぞれの方法で、霊夢を弔いたがった。
まずは守矢神社の神道形式から始まり、次に命蓮寺の仏教形式、それが終わると青娥たちによる道教形式の葬式が始まり、最後には紅魔館によるなんだかよくわからない洋風スタイルの式が行われた。
そして最後に、今日一番の驚きが待っていた。
『えー。皆様、それでは長時間にわたりごくろうさまでした』
本殿の入り口戸で橙が司会を務める。そのかたわらには幽谷響子がいて、橙の言葉を、大声で山彦させている。今日まで準備を取り仕切っていた藍は、撤収の計画を準備しているということである。境内には数多の妖怪がひしめき、魔理沙はその一番端にいる。紫はその反対の、端にいる。
『それでは最後に――』
ざわついていた妖怪達が、静まり返る。葬式は、霊夢とのお別れはこれでおしまいなのだと、皆の顔に、思い思いの感情があらわらえる。
『最後に――霊夢さんの遺書を読み上げたいともいます』
「!?」
魔理沙とアリスは群集の端で仰天していた。妖怪達もまた、おのおの顔を見合わせてざわついている。山彦をした響子も、目をひん剥いている。そして紫は――。
魔理沙が群集のむこうにいる紫の顔をうかがうと、紫もまた、驚愕に目を見開いていた。
その紫に、橙が頭を下げた。
『紫様、ごめんなさい』
――どういう意味だ?
魔理沙や紫も含め、そこにいるもの全員の顔にはてなマークが浮かんだ。
そして橙は、懐から小さな紙封筒を取り出した。
遺書
と達筆な字で記されているのが、遠め目にも見える。
橙はその包みをあけ、中から折りたたまれた紙を取り出した。となりにいる響子など、興味しんしんで首を伸ばして覗き込んでいる。その場にいた誰もが、同じ気持ちであったろう。
『じゃあ、読みます』
響子があわてて山彦を返す。
そして――
『ええと、どうも、博麗霊夢です』
皆がどよめいた。響子の機転であろうか、橙の声は、明らかに博麗霊夢の声として山彦されているのだ。
『遺書なんて書いたことないからよくわからないんだけど――ええと私、今からちょっと自殺します』
一瞬の間をおいて、境内は嵐のようなどよめきにつつまれた。というより大騒ぎになったといってよい。だが、響子がそれに勝る大声量で遺書を読み上げると、とにかくひとまず、皆は静まった。
そんな中、魔理沙は遠めに、紫の顔を観察している。
「アリス見ろよ。紫のやつ顔が真っ青になってるぜ」
魔理沙が危険な笑みを浮かべた。
『一応理由を言うと、紫にありえないふられ方をしたからです。ああ、えと、その前に言っとかなきゃいけないか、私は紫のことが大好きです』
皆があたりを見回し、紫の姿を探す。
『それで紫に告白したんだけど、紫にはふられてしまいました。それどころか紫は、私のためだ、とかいって、私の記憶を消そうとしました。それに協力したやつがいるんだけど――まあ、そいつには恨みはないので
、名前はふせる。そいつも頭のかたそうなやつだから、おおかた紫に丸め込まれたんでしょうね。まぁ、とにかく、紫は酷いやつです。人の気持ちをなんだと思っているんでしょうね。そんなわけで私は傷ついたので、復讐として自殺します』
その頃にはもう、境内には怒声が飛び交っていた。
「どこだ紫は!」
「あのクソババア! ぶち殺してやる!」
何人かはすでに紫を見つけていて、襲いかかろうととしている。紫は、結界をはってそれを防いでいた。
『けどまぁ、あまり紫を責めないでやってください。むかつくけど――あいつが私のことを本当に真剣に考えてくれているってことだけは、わかります。ちょっと、ズレれてるけどね。付き合えないなら付き合えないと、はっきり言えばいいのに。いつもいつも中途半端な態度で』
霊夢のそのフォローが全員の耳に届いているかは、すでに怪しかった。レミリア他、とくに霊夢をしたっていた何名かは、完全に頭に血が上って紫に攻撃をしかけている。
『さて、そろそろじゃあ死にますか……ちなみに、死んでから1ヶ月くらいは、まだ冥界に魂が残るそうです。あんたんとこの藍から聞いた自殺方法なんだけど――1ヶ月の間なら、まだ私には生き返るチャンスがあるそうです』
なぬ? と皆が静まり返った。
そしてまた紫も『藍』の名前を聞いて、仰天しているようだった。紫が、突き刺すような視線を橙に向ける。橙が「ごめんなさい」と紫に向けて頭を下げているのに気づいたのは、ごくわずかだった。
「おい橙! 早く読め! どうすれば、どうすれば霊夢は生き返るんだ!?」
魔理沙が群集の先頭から飛び出して橙に怒鳴った。そして皆も異口同音に怒鳴る。
橙は、あわてて遺書の続きを読んだ。
『その方法とは――紫が私を式神にしてくれることです』
シィン、と境内は静まり返った。
『私は間違いなく一度死ぬ。だから、自力では二度とよみがえれない。けれど、霊的中枢の致命的な欠損を防ぐ自殺だとかなんだとかで、式神としてなら――生きながらえることができるそうです。これも藍のうけうりだけれど』
誰も、紫に視線を向けた。紫は脂汗を大量にながしながら、硬直している。
『可能性は五分五分ね。紫が私を式神にしてくれれば私は生き返る。また巫女をやれるかもね。けれど、紫にその気がなければ――私は本当にハイそれまで』
橙はそこで一度、読み上げるのを区切る。橙はあきらかに、事前に遺書の内容を知っていた。
『紫、もう一度言うわよ。私はあんたと一緒にいられればそれで幸せ。人間としての幸せだとか、そんなのどうだっていい。ていうかもう、別に巫女じゃなくたっていい。どう私が本気だってこと、少しはわかったかしら? ――じゃあね。その気があるなら、幽々子のところで待ってる』
言い終えると、橙は紙を懐にしまい。コホンと、咳払いをした。そういえば、幽々子と妖夢の姿が無い、と何人かがあたりを見回してた。
「――以上です。ご清聴ありがとうございます」
静まり返った境内に、橙の小さな声がわたった。
そして皆の注目は、境内の端にいた紫ただ一人に向けられた。
紫は、呆然とした顔でうつむいている。
つと、紫のそばに魔理沙があらわれた。魔理沙は、不適に笑っていた。
「おい――どうすんだよ、紫」
口の端を歪ませながら、といかける。
紫の返事は、無い。
「ったく……」
魔理沙は髪をかきむしる。そして懐から、八卦炉を取り出した。それを紫の胸元に、どんと突き当てた。
「まぁ、答えは一つしかないわな。お前、恋する乙女にあそこまで言わせて、まさか、断ったりしないよな?」
八卦炉に魔力が集積されていく。八卦炉を中心に大気が鳴動をはじめ、かつて無いほどの大魔力が集積されていく。まわりの妖怪達の何人かが、
『私の魔力も使え』
と八卦炉にさらなる魔力を注いだ。紫の胸元には今、核爆発にも匹敵しそうなほどの威力を秘めた八卦炉が、突きつけられている。
だが、紫は、相変わらず無反応だ。
「まぁ、お前さんもたいそうに動揺してるんだろうが――霊夢の前で、そんな顔するんじゃないぜ?」
魔理沙がにやりと笑った。
そして――八卦炉は限界に達した。
「私が冥界まで飛ばしてやろう! きっちり霊夢と話をつけてきやがれ!」
魔理沙がそう叫んだ瞬間だった。八卦炉から、空間そのものを切り裂いたような激しい光の奔流があふれ出す。それは一瞬にして紫をはるかかなたの空に吹き飛ばし、それでもなお威力は衰えることなく、紫をはるかな高みへと押し上げ続ける。地上からはなたれた巨大な光の柱は、雲をもなぎ払った。空を覆っていたくらい雲は吹き飛ばされ、抜けるような青が、幻想郷に降り注ぐ。
その青空のなかへ星となって消えていく紫を見上げ、皆が歓声を上げた。
「よっしゃ! 宴会するぞ!」
そして誰ともなく言うと、それはすぐさま皆に広がり、陽に照らされた境内では昼間からドンちゃん騒ぎが始まるのだった。
霧の立ち込める冥界。その一角にある白玉楼の縁側で、霊夢は団子を食べていた。神社の母屋の縁側にいるときと、まったく変わらない様子だった。
その隣には、藍がいる。
「けどあんた、こんなことして怒られるんじゃないの? 紫に」
藍が、ふふん、と不適に笑った。
「今回の件では、私と紫様はすでにちょいと喧嘩をしているからね。かまわん」
「へえ?」
「ハクタクにたのんで霊夢の巫女としての歴史を隠す……あれには、私は反対だ。紫様は……わかっちゃいないよ」
「そうだそうだ。もっといえいえー」
「紫様は、昔からそうだ。ちょっと、ずれてるんだ」
「うんうん」
「私達は本当に心から紫様を愛しているのに――なぜそれをまっすぐ受け止めてくれないのか」
「……そういう風にいわれると、ちょっと恥ずかしいけど」
「だが、そうだろう?」
霊夢はぐむ、とうめいた後、しぶしぶ認めた。
かかか、と藍が笑う。
「けど、紫はくるかしら。もし紫がこなかたら、私、死に損だわ」
「大丈夫さ」
そういって藍は、遠い目をして微笑んだ。
「私のときも、紫様はちゃんと迎えにきてくださった」
「あいつ、昔から変わってないのねぇ」
霊夢がやれやれとため息をはいた。
「まぁ、そういうな。紫様の愛は……とても大きなものに向けられているのさ。だから、一人一人に焦点を向けるのが、なかなか難しいんだ」
「愛、ねぇ……」
「だから本当に紫様のそばにいたいと思うなら、私達のほうから身をささげるしかないのさ。私の場合は、紫様の目の前で自分の胸を一突きしてやったのだが」
「ふうん、よくわかんないけど」
「式神になれば、お前もいつかわかるさ。紫様がその腕にだいている、世界の大きさがね」
ひょい、と霊夢は肩をすくめた。
と、廊下の向こうから二人のほうへ、ふわふわと飛んでくるものがある。幽々子だ。
「二人とも、紫がきたみたいよ」
幽々子が、縁側の外のとある方向を指し示す。
霧の向こうに、緑と紫色の人影が、ぼんやりと見えた。
「さて」
と霊夢が縁側から立ち上がる。その背中に、藍が声を朗らかに声をかける。
「――私のときもそうだったが、まず紫様は、泣きながらお前をぽかぽかと叩くだろうね。どうしてこんな酷い事をするのだ、とね。それはおとなしく受けてやれ。実際、私らのしてることは大概ひどい。むちゃくちゃだ」
「……まぁね。皆からも、随分と怒られるだろうなぁ」
「だろうね」
霊夢は苦笑いをした。
霧のむこうの人影は、もう、はっきりとその輪郭がわかるほどに近づいている。
その影が、だっと駆け出した。
そして気がつけば霊夢は、紫の豊かな胸元にぎゅっと抱き寄せられていた。
霊夢は久しぶりに紫が自分を呼ぶ声を聞いた。懐かしい紫の声は、今まで聞いたことも無いぐらいに歪んでいた。
頭がどうかしたんじゃないのか、といわんばかりの霊夢の口調。
紫はそれに無言で笑みを返した。
「……。」
コタツをはさんで二人、黙して見つめあう。
` 部屋の障子が風に吹かれてガタゴトと音を立てた。
とある冬の夜、母屋の外は吹雪である。
「紫がまた変なこと言いってる」
コタツに顎を乗せ、霊夢はうめいた。下半身はコタツ布団につっこんで、上半身には毛布をかぶっている。どことなく、丸まった猫のような気だるさを醸し出している。
その対面で同じく半身をコタツにうずめた紫。年がら年中同じの導士服がなんとなくコタツにはそぐわない気がした。
「霊夢はもう年頃でしょう?」
「年頃だとか、知ったこっちゃないし」
「外の世界では、あなたくらいの年にはもう、だんな様がいてもおかしくないのよ?」
「いやだから、結婚とか、そういうの、興味ない」
「だけどねぇ、霊夢だって、ちゃんと子供を生んで、新しい巫女を育てなきゃね?」
「いいかげんにしてよ……」
霊夢はうんざりして、コタツに顔を突っ伏した。
「この会話、何かめんどくさい。もうやだ」
「霊夢ったらぜんぜん男っ気が無いんだものねぇ。里の長に言って、相手を見繕ってもらわなくちゃね」
「はあああああ?」
その言葉は妙に生生しく、霊夢は胸の奥に嫌な圧迫感を覚えた。
「いや、ちょっと……紫……」
霊夢はだんだん本当に不安になってきた。
いつものおふざけにしてはしつこ過ぎる。
霊夢はとうとう声を荒げた。
「冗談じゃない! お見合いなんて」
けれど霊夢がいくら文句を言っても紫の表情は変わらない。生徒に宿題を強要する教師のよう。がんとして聞かないというオーラに満ち溢れている。
「何で私がわざわざ子供を産まなきゃいけないの。巫女なんてアンタがどっかからひろってくればいいでしょ。私の時みたいに」
「だめよ。あなたの血は、絶やすにおしい。幻想郷のために、霊夢には絶対に子供を産んでもらうわよ」
霊夢は絶句した。紫は本気だ、本気で見合いをさせようとしている。
紫は冷徹な目をして、じっと霊夢の瞳を見据えた。たいていのことには酷く適当な紫だが、こと幻想郷に関することになると、何にも譲らない。
「勘弁してよ!」
霊夢は後ろ手にひっくり返った。それからもぞもぞと動いて、コタツに肩まで潜り込む。
カタカタ、と風に押されて障子が揺れる。
紫の様子はコタツに遮られて見えないが、何となくみかんをついばんでいるような気配がしている。紫が何も言わないことが余計に霊夢の居心地を悪くした。
霊夢はしばらくの間、思いつめたような顔をして、時折障子がふるえるのを眺めていた。
「あのね紫」
寝ころんだままのその霊夢の声は、いつになく、弱々しかった。
「なぁに?」
「私、さ」
短くつぶやいて、霊夢はしばしの間黙り込んだ。
紫は一言も発さず、その言葉の続きを待っていた。
霊夢は、言った。
「私ね、レズなの」
紫の返事はすぐには無かった。
霊夢は起き上がって、紫と向かい合う。
紫は、みかんの皮をむく姿勢で、硬直していた。
すこしして、紫はようやく間抜けな声を上げた。
「はあ?」
霊夢は思いつめた様子のまま、しかし視線はしっかりと紫にむけ、続けた。
「レズなの、レズ。男に興味がないの」
紫は怪訝な顔のまま、霊夢を凝視している。
「それで、それでね、私、えっと」
何度かの深呼吸の後、霊夢は告げた。
「私は、紫が好き。あんたが、好きなの」
「はあ?」
紫は再び間抜けな声をあげた。
無言でふたり、見つめあう。障子の音がいくつぶん強くなった。明日の朝は境内の雪かきをしなければいいけないだろう、と霊夢は思った。
「……まったく、あなたったら」
しばしののち、紫が、乾いたようなあきれたような失笑を漏らした。
「いくらお見合いが嫌だからって、もう少しましな言い訳を考えなさいな」
紫はやれやれと頭をふり、再びみかんをむく。
霊夢は
「ちぇっ」
と、悪巧みに失敗した子供みたいに口を尖らせた。紫をじとめでにらんで、ぼそりという。
「世話焼きババァ」
「お黙り」
紫がみかんをひとかけら、ぽいと霊夢の顔に向かってなげた。
霊夢は頭をひょいと動かしてそれをよける。
みかんは放物線を描いて畳に落下してゆき――畳に落ちようかという瞬間、畳の表面にふよよんと隙間が開いて、みかんはその中に消えていった。そして、霊夢の頭上でまたまたふよよんと音がしたかと思うと、ぽとりとみかんが落ちてきた。
霊夢はいまいましそうな顔をして、そのみかんをつまんだ。
「けどさ、本当にそうだったらどうする?」
くちゃくちゃと皮を咀嚼しながら、霊夢が何気ない調子で問う。
「何が?」
「だから、私があんたを好きだったら」
紫は、はん、と鼻で笑った。
「霊夢に私を満足させられるのかしら?」
「バカ、意味わかんない!」
霊夢はふてくされた顔をして、またコタツにペタンと顔を突っ伏した。
紫は、と妖しげな笑みを浮かべた後、
「あなたこそ馬鹿なことを言ってないで、お見合い、ちゃんと考えておいてね」
霊夢は顔を伏せたまま、何の返事もしなかった。
夜更けには風はやんでいた。
それでも雪は相変わらずハラハラと、音も無く振ってくる。この雪はどこからやってくるのだろう。目を凝らしても夜空はどこまでも暗い。
霊夢はかれこれ半刻ほど、縁側から夜空を見上げて続けている。白い寝巻を一枚まとっただけの、寒々しい、冬の夜には似つかわしくない姿。そんな恰好で、闇夜の雪を眺めている。指先が小刻みに震える。身体が寒さに凍えている。表情は無いが、頬はこわばっている。その表情は、内なる苦痛を凍てつく冷気で打ち消そうとしているようでもあった。
それから、さらに半刻。
見ているものがあれば心配になるほどの寒い半刻。
何の前触れもなく、廊下の天井から、紫色のちゃんちゃんこがふってきた。ハサリと、霊夢の肩にかけられた。
霊夢はハッとして、けれどもあたりを見回すことはしなかった。それ以降は、何も起こらなかった。
霊夢は切なげな顔と声で、つぶやいた。
「のぞいてんじゃないわよ、ばか」
ちゃんちゃんこのえりもとに鼻をやり、霊夢はスゥと深く香りをかいだ。
表情がいくらかやわらぐ。一方で、瞳の奥のせつなさはむしろ深まったようでもある。
霊夢はくるりと雪夜に背を向け、寝室に入り、そのまま後ろ手に障子を閉じた。
翌朝、空は果てしなく群青であった。昨晩の吹雪が嘘のようだった。空を覆っていた分厚い雲は、夜のうちに雪となってすべて地上に降りそそいだのだ。博麗神社の境内は、一面真っ白の雪だった。石畳も砂利道もなく、真っ白な雪田の中に、霊夢は立っている。いつもの紅白の上に、いつもとは違う紫のちゃんちゃんこを羽おり、せっせと雪を掻いている。拝殿から鳥居までの道を、すでに半分ほど掘り進んでいる。ほり進んだ道の両脇には、腰のたかさほどにまで雪が積み上げられていた。
「はぁー」
冬朝の空気は冷たいが、雪かきを続ける霊夢の額には汗があった。
と、霊夢のそのすぐそばの中空が、ふよよん、と音を立てて開いた。宙に浮くその裂け目から、紫が、派手な日よけ傘を片手に現れた。紫は、霊夢の羽織っているちゃんちゃんこにちらりと目をやった。
「寒いわね。おはよう霊夢」
霊夢はしばし何かいいたげな目つきで紫をにらんだあと、ふい、と背を向けてまた雪かきをはじめた。
「おはよう。こんなクソ寒い朝に、あんたが起きてるなんてね」
「すこし用事があったから」
「なんの用事よ」
「里へ行って、お見合いの件、さっそくお話をしてきましたの」
「……!」
霊夢は振り返り、紫をにらみつけた。
「昨日の今日で、せわしないわね。私はお見合いは嫌っていったでしょ」
霊夢は、羽織っていたちゃんちゃんこを乱暴に引きはがし、それを紫に突き出した。
「これ、返す」
だが、紫は、それを受け取らなかった。
「それは貴方にあげる。霊夢ったら、ろくに防寒着を持っていないのだから」
「いらない! あんたの匂いの染み付いたちゃんちゃんこなんて、いらない」
霊夢は強引に押しつけて、ちゃんちゃんこを紫に受け取らせた。
が、
「風邪をひいたらどうするの」
紫はちゃんちゃんこを受け取りはするものの、またすぐそれを霊夢の肩にかけようとする。
霊夢はいじけたような顔をしながら、けれど結局、だまってうつむき、紫のするがままに任せてしまった。
「あのねぇ、霊夢」
紫が、どこか戸惑いを含んだ声で呼びかける。
霊夢は答えずに、視線だけを返す。二人の視線が、無言のまましばし交差する。
紫は、目をそらした。
「――寝るときも、もっと暖かくしなさいな」
「……」
「お見合いの日が決まったら、また伝えにきます。ちゃんと受けてちょうだいね」
紫はそう言いつけると、隙間をふよよんと開いて、さっさとその中に消えていった。
「……」
隙間の消えた中空を霊夢がみつめている。
けれどもう、隙間が現れることはなかった。
見合いの日取りが決まったのは、それから一週間後のことだった。
年は20と1つ。村で唯一の、退魔の力をもつ家の、その長男。普通の人間にしては力があるほうで、村を襲った雑魚妖怪を慧音とともに退けたこともあるという。慧音も、彼ならば、と見合いを推したそうだ。背はそれほど高くなく、霖之助より頭一つ低いか。術者特有の落ち着いた雰囲気と声をしていた。
「霊夢さんはふだんは神社で、何をされているのですか」
裏庭を望む居間で、質素な茶机に向かい合って二人。霊夢は居心地わるそうに、正座したお尻をときおりもぞつかせている。男は、いくらかは緊張している様子もあるが、博麗の巫女と交わす初めて会話を、それなりに楽しんでいるようだった。
「ええと……境内の掃除をしたり、お茶を飲んだり、ですかね」
「一人で?」
「たいていは……。まぁ、気楽です」
「わかります。私もどちらかというと一人でのんびりとしているのが好きですよ」
男が笑いかける。霊夢もつられて、多少ぎこちなくはあったが、微笑んだ。
「けれど、時にはさびしくはありませんか。これほど人里から離れた場所で、ずっと一人というのは」
「そうですね……けど、なんだかんだで、やかましい連中がよく顔をだしてくれるので。それほど寂しいという感じは、しないです。時には迷惑ですけど。……ううん、迷惑なのはいつもかな」
霊夢が苦笑すると、男もゆるやかに笑う。ひとしきり笑みを共有して、それが落ち着いてから、霊夢は言った。
「あの、ごめんなさい。突然こんな妙な話になってしまって」
「とんでもない。私はむしろ、博麗様に会えるのを楽しみにしていましたよ」
「そ、そう、ですか?」
「一応、私も退魔の家のものです。術者として、一度お話してみたかった。博麗の巫女たるお方と、ね。まぁ……こういう言い方は、この場にはふさわしくないかもしれませんが」
「……」
霊夢はしばし口ごもったあと、おずおずと、申し訳なさそうに言った。
「ご迷惑をかけて申し訳ないと思ってます」
「いや、私はそんな風には――」
「こんなバカな話は、やめたほうがいいと思います。それに、あなただって、危険だもの。私のそばにいると……」
男は、霊夢の真意をさぐるように、しばし瞳を伏せた。それから落ち着いた口調で、答えた。
「あなたが尋常ならざる世界に身をおいていることは、私も理解しているつもりです。私が霊夢さんを――霊夢さんと呼ばせてください――守れるだなんて、そんなだいそれた風にはもちろん考えていない。ただ……霊夢さんのそばにいるために、自分の身を守ることくらいは、できるつもりです。それにバカな話だなんて私はけして――」
と、男がわずかに身を乗り出したとその時だった。
突然庭先で、爆音とともに土が吹き飛びあたりに煙が立ち込めた。
「なんだ!?」
霊夢と男がいるあたりにまで、煙が漂ってくる。視界が遮られ、あたりが見通せなくなる。
男はたてになるように、霊夢の前に立った。
二人は息をひそめて、煙のむこうに注意を払っている。男は、煙の中からいったい何が飛び出してくるのかと、身構えた。
すると、煙のむこうから、人を小ばかにしたような甲高い声が響いてきた。
二人分の声だった。
「うけけけけー! たーべちゃーうぞーっ霊夢ーっ!」
「た、たべちゃう……ぞおー……」
片方はいやにノリノリで、もう片方は、なにか恥じらいとためらいを含んだような声だった。
「誰だ!」
男が叫ぶと同時、都合よくびゅうと風がふいて、煙が晴れる。そして煙のはれた後に庭にいるのは――
「……な、なんだお前ら」
男の怪訝な視線の先にいたのは、一言でいえば、二体のかぼちゃお化けだった。もう少し詳しくいうと、特大かぼちゃをくりぬいて作ったお面をかぶって、ハロウィンの悪ふざけをしている馬鹿二人。
片方のかぼちゃは、まるで魔女のように、黒いドレスに腰エプロンをまき、手には箒を握っている。表情はわからないが妙に堂々とした態度である。もう片方の(モジモジしている)かぼちゃは、青いドレスに白のケープかぶり、そして周囲には何体かのミニかぼちゃお化け――まるで赤子サイズの人形の頭にミニかぼちゃをかぶせたような――たちを従えている。
「霊夢さん、こいつらは、お知り合いですか?」
男は警戒はしたまま、肩越しに霊夢に問いかける。
霊夢はじゃっかん目をおよがせながら、どことなくわざとらしい口調で答えた。
「えーと……と、ときどき神社を襲う、悪い妖怪……か、な」
「むぅ」
男は額の汗をぬぐい、庭先でガオーガオーと腕を振り上げている二人に、鋭い視線を送った。
「霊夢さん、ここは私に任せてください」
「え?」
「自分の身は守ると言った先ほどの言葉、証明してみせます。みたところ、それほど強そうな連中には見えませんし――」
その言葉に、箒をもったほうのかぼちゃが、ぴくりと反応したが、男は気ずいていないようだった。
「貴様ら! 私が相手になろう! 境内へ回れ!」
男が言うと、ノリノリな方のかぼちゃが楽し気に応じた。
「おう!」
そしてご丁寧に自分たちから境内のほうへ駆け出していく。男も、その後を追った。
「ね、ねぇ、あんまり無茶しないでよね」
霊夢の発したその言葉を、自分へのものだと思った男は、振り返りながら、霊夢に勝気な笑顔を投げてよこした。
数分後、男はクロコゲになって霊夢の腕に抱かれていた。境内の雪は、今しがたにはなたれた熱線とそれにともなう爆風でずいぶんと減ってしまっていた。
石畳の上に膝をついて、霊夢は男の顔を膝にだく。
「うう……情けない」
あちらこちらが焦げてはいるが、命に別状はなさそうだった。
「霊夢さん……霊夢さんは、無事ですか」
「え、ええ、あいつらならおっぱらいました」
「さすが、です……」
男は苦笑し、そして静かに泣いた。
「あんなふざけた連中に、わたしは手も足もでなかった。村で一番の退魔士と、自分をおごっていたのかもしれない……」
「ま、まぁ……き、気にすることないと思うけど……」
「あなたのそばにいる資格が自分にはあると、思っていましたが……思い違いだったようです……あぁ、悔し、い……」
がくり、と男は気を失った。
そっと男の頭を石畳の上に寝かせる。
「ごめんなさいね、本当に……」
少しかわいそうに思い、霊夢は男の涙をぬぐってやった。
そのそばに、先ほどのかぼちゃお化け二人が空から降りてきた。
「おーい、うまくいったか?」
「ああ、恥ずかしかった……こんなの道化よ。上海たちにまで……」
それぞれ頭にかぶっていたかぼちゃをはずす。魔理沙と、アリスだった。
「魔理沙、あんたちょっとやりすぎよ」
「いやー。ちょいとカチンときてさ。開幕マスパ余裕でした」
「もう」
「ちゃんと威力は最弱だぜ?」
魔理沙は男の顔をそっと覗き込む。
「けど、いいのか。こいつ、一応まともなそうなやつだったじゃないか。もったいなかったんじゃないのか?」
けけけ、と魔理沙が笑う。
霊夢は、なんともいえない表情で、男の頬のススをはらってやっていた。アリスはその二人の後ろで、人形達にはめたかぼちゃマスクをせっせと取って、顔を拭いてやっている。
そんな三人のそばに、
「あなた達……どういうつもり?」
いつのまにか紫が立っていた。
額に眉をよせ、険しい表情。
魔理沙とアリスは、特に驚いた様子もなくあっけらかんと答えた。
「霊夢に頼まれたんでな」
「同じく」
「……霊夢」
紫は、子を咎めるような苦々しい目つきを、霊夢に向ける。
霊夢はぷいっとそっぽを向いた。
「お見合いなんて嫌だって、私は最初から言ってたでしょ」
「……ハァ」
紫はため息をつくと、ぱちんと指をはじいた。ふよよん、とすきまが開いて、怪我をした男を飲み込んだ。
あ、と霊夢が声をあげる。
「治療、してあげてよね」
おずおずとした霊夢の口調に、紫は余計いまいましそうに答えた。
「当たり前でしょ。見合いにいった男がクロコゲになって帰ってきたりなんかしたら、次のお見合いなんて二度となくなるわよ」
魔理沙が口を挟む。
「次の相手、ね。まだやる気か?」
アリスも続く。
「紫のことだから、どうせ私や魔理沙が邪魔に入るのも知ってたんでしょ? けど、止めなかったのね」
「だよなー。紫にしちゃ、めずらしく中途半端な対応だよなぁ?」
二人は攻め立てるでもなく、かといって意味なさげでもなく、紫に言葉をぶつける。そんな二人を、しかし紫は真正面には睨みつけず、ただ渋い顔をしているばかりで、確かにどことなく中途半端な態度だった。
「ま、用は済んだし、帰ろうぜアリス」
「そうね。じゃあね霊夢」
そういって、二人は霊夢の返事もまたず、さっさとそのばから立ち去ってしまった。邪魔者はさっさと消えよう、という気配が感じられたのだった。
二人はしばらく無言でいたが、紫がようやく言った。
「霊夢、あなた卑怯ね」
いらだたしげに、霊夢をとがめる。
返事をする霊夢の声もまた、とげとげしかった。
「何がよ」
「こんなやりかたをして。そんなに嫌だったなら、私にちゃんと――」
霊夢の目つきが、いよいよ険しくなった。
「私がどれだけ嫌といっても、どうせ紫は聞かないでしょ。紫は幻想郷のことしか考えてない」
「私が幻想郷のことを想うのは当たり前でしょう? でも、霊夢のことをないがしろにするつもりもない」
「じゃあなんでっ――」
霊夢は突然の発作におそわれたように、一瞬声を荒らげる。が、そんな自分を恥じたのか、その続きの言葉をつむげず、ぐっと下唇をかんだ。
紫は、冷めたような目つきで、問う。
「何よ?」
「……」
霊夢はしばしぎゅっと拳をにぎって紫をにらみ、そしてそのばでかぶりをふった。
「……もういい」
そして勝手に紫に背をむけ、乱暴な足取りでその場から歩き出す。
「霊夢」
紫の呼びかけにも無視して、母屋の玄関にすたすたと歩いていく。
紫は、すぐにその後を追いかけた。
「待ちなさい」
「待たない」
霊夢は玄関でつっかけを脱ぎ捨て、薄暗い廊下をドスドスと歩いていく。
紫がしびれを切らし、その手をつかんだ。
「待ちなさい霊夢」
霊夢は無言でその腕を振りほどこうとする。
「駄々をこねないの」
紫はわずかに声を荒げながら、両手で今度は霊夢の肩をつかんだ。紫のほうが霊夢よりもいくらか背丈が大きい。がっちりとつかまれて、霊夢はもう逃げ出せそうにはなかった。
「離してよ」
「霊夢がちゃんと話を聞くまで、離さないわ」
「話って、なんの話よ」
「霊夢の将来の話、お見合いの話よ」
「――っ!」
霊夢の身体に突然霊力がみなぎった。紫が反応するまもなく、霊夢は紫の手を払いのけ、そして、自分から、紫の身体に抱きついていった。抱き着いたというよりも、つかみかかって押し倒したというほうが正しい。
「っ!?」
紫はバランスを崩し、霊夢に抱きつかれたまま廊下に倒れこんだ。
どすんっ、という鈍い音が、薄暗い廊下に響く。
紫は何がおこったのかという顔で、廊下の天井を見上げていた。それから、顎を引いて、自分の胸に顔をうずめる霊夢をみやった。その霊夢が、叫んだ。
「ばか!あんたわかってんでしょ!」
やけくそ気味に、ぶちまけるように、
「私が、あんたのこと好きだって、もうわかってんでしょ!?」
霊夢が顔を上げて、紫をにらみ上げる。頬は高潮し、感情の高ぶりか、目じりにはうっすらと涙が浮かんでいる。幻想郷の住人達が知っているいつもの霊夢の様子とは、全然違っていた。
「わかってるくせに、なんで私に見合いしろだなんていうのよっ! なんでっ、なんでっ、ひどいじゃないの……」
「……霊夢……」
紫は、己の胸に顔を押し当てている霊夢を、抱いた。そうして、背中をなでてやる。脆い飴細工を扱うように、そっとそっと、やさしくなでた。
はじめは呼吸のあらぶっていた霊夢の肩が、次第に収まってくる。
二人はしばらくそのまま、廊下の床で抱き合った。
風にそよがれて、紫が顔を横に向けると、そこはちょうど畳部屋の入り口で、開け放たれた障子の向こうに、裏手の林の緑が見えた。
「霊夢、落ち着いた?」
霊夢はこくんと小さくうなずいた。意外なほど、素直な反応だった。
紫は、子供に語りかけるように、ゆっくりと、丁寧に語りかけた。
「霊夢。擬似恋愛って、知ってる?」
霊夢の返事はない。
「あなたの年頃の女の子にはね、ときどきあるの。身近で親しい人間や友達への感情を、恋だと錯覚してしまうことがね」
「何よ、それ」
霊夢は顔を上げて、不機嫌そうに紫を見つめる。
紫はそんな霊夢の顔をやんわり抑えて、自分の胸に頬を当てさせる。霊夢の頭をなでながら、視線は天井に向けたまま、またそっと語りかける。
「ねぇ霊夢。聞いて。あなたはとっても可愛い女の子よ。ガサツでいい加減で出不精だけど、とても繊細なところもある。素敵な女の子」
紫の身体に回された霊夢の腕に、きゅ、と力がこもる。
「だから、ね、霊夢はとても素敵なお嫁さんになれる。人間の優しい旦那さんと一緒になって、必ず幸せになれるわ」
とたんに霊夢の腕から力が抜ける。変わりに紫は、もっとぎゅっと、霊夢を抱いた。
「だから私の言うことを聞いてちょうだい。お願い。お見合いをしましょう。そうすれば、きっと、自分の自然な感情に気がつくときがくる。人間らしい幸せを得られる日が必ずくる」
「勝手なこといわないでよ」
霊夢は、紫の腕を振りほどいた。そして身体を起こし、馬乗りの姿勢で、騎上位の姿勢で、鋭い視線を紫に向ける。
「私はあんたに拾われて、あんたに育てられて、気づいたらあんたのそばで博麗の巫女なんかになってたの」
口調は静かだが、搾り出されるような声の調子にはその奥でうずめく感情の熱が、見え隠れする。
「毎日毎日妖怪や魔女っ娘とくっちゃべって、それが私の日常。いまさら人間らいしとかそんなこと、どうでもいいわよっ」
「いまさらだなんて」
「いまさらよっ」
霊夢は身体を前に倒して、紫の顔の両脇に、ダンと手をつく。長い黒髪が流れ落ちて、霊夢と紫の顔を、つなぐ。互いの瞳に、互いを映しあう。
「私はあんたのおかげで人生狂わされたんだからね! だったら、あんたが……紫が私を幸せにしてよ!」
「しようとしているわ。あなたのために、霊夢が人間らしい幸せをえられるように――」
「そんなのどうだっていいって言ってるでしょ!」
霊夢は怒鳴った。だけど、目は泣いている。
「責任取れっていってんのよ! 紫が私を幸せにしてよ!」
こんなときでも、紫の瞳は揺るがなかった。大きな岩がずっしりと海底に横たわるように、深い色で、霊夢を見つめる。
そして紫が突然笑った。バカにした笑いだった。ふん、っと鼻で笑って、それから口元をゆがめて、言った。
「霊夢、あなたはそれでも博麗の巫女? 責任ですって? 妖怪に責任をとれだなんて、なんて間抜けなの」
「何よ」
「霊夢を幸せにする責任? そんなこと私の知ったことじゃないわよ。幸せになりたきゃ自分で勝手に幸せになりなさいな」
「……あんたバカ? 自分がさっき言ったことと、矛盾してるでしょ」
霊夢がジト目になりつつ言う。
「……あー……」
一瞬およいだ、紫の瞳。
「ふ、ふん。霊夢には元気な巫女を生んでもらわなければね。そのためなら、口先八丁、どんな事だって言うわ。矛盾してるから何?」
紫は口元をいやつかせながら、陰気ないやらしい目で霊夢をあざ笑った。
そして霊夢はそんな紫をいぶかしげに凝視したあと――
――びこんっ
と、でこピンをした。
「痛っ、なにするのよ」
でこをおさえながら、紫が涙目でにらむ。
霊夢は、大きなアッカンベーをして見せた。
「嘘つき。くさい演技してんじゃないわよ」
「なんのことかしら」
「バカにしないでよね。紫が本当に私のことを考えてくれていたことぐらい、私だってわかってるわよ」
「……」
「だから、よけいに腹がたつの。何で私の気持ちを理解してくれないのよ」
紫はしばし、困り果てた様子で霊夢を見つめた後、
「はぁぁぁ」
と大きなため息をついて、霊夢の身体を再び強く抱き寄せた。霊夢は騎上位の姿勢から、再びぺたんとうつぶせに紫にくっついた。
「ああもう誰か教えて! 私はどうしたらいいの? どうしたらこのきかん娘は素直に私の言うことを聞いてくれるの?」
紫は霊夢の頭に頬擦りをしながら、演技がかった大げさな口調でそうなげいた。
霊夢もそれに合わせて、忌々しそうにうめいた。
「私だって教えてほしいわよ。どうしたらこの頭の固い妖怪が、私の気持ちをまっすぐにみてくれるのか」
「ああ霊夢、霊夢、聞いてちょうだい。あなたはまだ子供なんだから、まだ時間はたっぷりある。時間がへるにつれ、いつか自分の自然な感情に気がつくはず」
「私くらいの年齢には結婚してるとか言ってたくせに。それに言ってるでしょ。これが私の自然な感情なんだって。私は素直に紫のことが――」
「あーききたくなーい。もーききたくなーい」
「このクソババァ」
霊夢が拳を固めて、わなわなと肩を震わせた、その時だった。
「あっ」
突然、霊夢は身を強張らせる。
「え」
と、紫も、霊夢の様子がおかしいことに気づく。
「どうしたの?」
「んっと、ごめん、離して」
「え、ええ……」
紫が腕を離すと、霊夢はそそくさとその場に立ち上がった。
するとその足を伝って、紅い筋が一本、袴の裾からくるぶしに、すっと垂れ落ちた。そのまま白い足袋に紅い染がにじむ。
「あちゃあ……汚しちゃった」
「あぁ」
霊夢はあわてて厠へ――向かわなかった。
霊夢はその場でじっと、己の足を伝う紅を、じっと見下ろしている。
紫がいぶかしげに、問いかける。
「霊夢?」
すると霊夢は、ゆっくりと顔を上げて、妙に明るい笑顔で、紫にこう言ったのだった。
「私……紫の子供を生むことだって、できるんだからねっ」
「はぁ!?」
紫は大口を開けてしばし呆然として、その後、がっくりと盛大にあきれて肩を落としたのだった。
博麗の巫女と八雲の紫がどうもおかしな雰囲気になっている――
紅魔館から命蓮寺まで、誰もがその噂を耳にしていた。
おかしな雰囲気というか、まずもって距離感が妙に近い。二人が縁側に並んで座ると、それが顕著にあらわれる。霊夢が紫にぐいぐいせまり、紫は霊夢からじりじりと遠ざかる。いつのまにか、縁側の端から端までを移動していたりする。
そして、霊夢はすきあらば紫にちゅうをしようとする。紫が神社の母屋で寝転んでいようものなら、獲物に急降下する鷹のように、唇で襲い掛かる。だが今のところ紫の防御率は10割だ。
霊夢がせまり、紫が逃げる――そのような構図がしばしば博麗神社で目撃されている。文によって、何度も。
しかしながら紫はどうも迷惑がっているというわけではないようであった。証拠に紫はそれまでよりもあししげく博麗神社に姿を現している。
それでいて、霊夢のお見合いをあきらめたわけではないらしい。
つい先日も、とある山彦が、幻想郷中に響いた。
――yahoo! 博麗の婿募集中! 人間の男限定! 興味のある人は里の村長まで!
けれども紫のそんな努力もむなしく、お見合い相手は見つからなかった。霊夢と紫の妙な雰囲気は、そのころには文々。新聞によって幻想郷のたいていの住人の知るところとなっていたのである。そのような状況で、霊夢の近辺に首を突っ込んでみようという変わり者は、いなかったのだ。
少しだけ寒さが冬に逆戻りして、チルノは喜びリリーホワイトは泣く、そんなある日のこと。
霊夢はいまだ出しっぱなしのこたつに足を突っ込み、対面の紫をにらんでいる。紫は、持参したみかんをつついている。閉じきった部屋で、二人きり。
「ねぇ紫。あんた私のこと嫌いなの?」
霊夢のやぶにらみを、紫はおっくうそうに手で払い落とした。
「ソンナコトナイワ。ダイスキヨレイムチャン」
カタコトの発音で、ふざける。
「もー……」
「逆に聞くけど、霊夢は私のどこがそんなに好きなのよ」
霊夢は、ぐ、と頬を染めて口ごもる。
「……顔、とかって言ってほしいの?」
「そりゃ、言ってくれれば嬉しいけど。なに、そんな理由なの?」
「……別に、好きになるのに理由なんかいらないでしょ」
霊夢はもそもそと、ふてくされたように言った。
「たしかに、別に理由はいらない。ただ、私は知りたいの。それだって普通のことでしょう」
「……」
「ずっと一緒にいるから、とか?」
「……そういうのだけじゃ、ないわよ」
「じゃあ、聞きたい」
霊夢は丸まっただんご虫みたいに背中を曲げて、こたつで小さくなる。こたつ机に顎をのせて、しばし、アンニュイな顔で、うー、と呻いた。それから、ぽそぽそと語り始めた。
「そりゃ紫は美人だし、賢いし、そういうところだって魅力的よ。――性格は時々クソだけど」
紫はもぐもぐとみかんをついばみながら、霊夢を真顔で見つめている。霊夢の照れ隠しの悪口にもいっさい反応せず、じっと霊夢の言葉を待っている。
霊夢は、そんな紫のまっすぐな視線にたじろぎつつも、告白を続けた。
「最初に紫っていいなって思ったのは、いつかの異変のとき。永遠亭の連中と一緒にたたかったでしょう」
「あったわね、そういうことも」
「あのときからからかな……紫と一緒にいると、すごく安心する」
「もうちょっと、詳しく」
「むー……あんたになら、安心して背中を預けられるって意味よ!」
「……それが好きっていう気持ちとどう関係あるのかしら」
「ああもう、ニブイわね!」
「霊夢の説明が悪いのよ」
「むかつくなぁっ。……私は、博麗の巫女じゃん」
「ええ」
「だからやっぱり、妖怪と戦うわけだし、狙われることもあるのよ。いろいろと危ないわけよ」
「うん」
「でも紫はさ、ぶっちゃけ下手したら私より強いでしょ。だから……安心してそばにいられる」
「……うむ?」
「ああもう! あんたのそばにいるときは、私はぼーっとしてられるって言ってんの! 紫のそばにいるときが一番のんびりできるの! 紫はすごく頼りになるのっ!」
霊夢は顔を真っ赤にしながら、バンバンと机を叩いた。
紫はみかんを口にくわえたまま、ぽかんとした顔で、しばらく視線を泳がせていた。
「えっと、つまり――ぼけーっとしてられるから、私が好きと」
「んな言い方すんな!」
「うーん……」
紫はしばし顎にてをあてて、考える。
「霊夢」
「何よ」
「あなた、博麗の巫女を辞めてもいいのよ?」
「……はぁ?」
「霊夢はいままで十分にがんばってくれた。今すぐにとはいかないけれど、新しい巫女が生まれれば、貴方はもう、ゆっくりと平穏にくらせるの。霊夢が今いったように、のんびりぼけーっとした暮らしを――」
紫が最後まで言い終えないうちに、それはさえぎられた。
霊夢が拳を机に叩きつけ、ダンっという大きな音が、部屋に響いたのだ。
「ああもう! なんであんたはわかってくれないの! いいかげん泣くわよ!?」
「……もう泣いてるじゃない」
紫が真顔で指摘する視線の先で、霊夢は確かに泣いていた。顔を真っ赤にし、歯を食いしばりながら、目から涙をぽろぽろとこぼしていた。
「何であんたはそう的はずれなの! 私が博麗の巫女をやめたいなんて、一度でもいった!?」
「……だって、今の話を考えればそういうことでしょう。霊夢はぼーっとのんびり暮らしたいと――」
「そうじゃない! そうだけどそうじゃないわよ!」
「落ち着きなさいな」
「私は巫女をやめようだなんて考えたことない! だって私は物心ついたときから巫女なのよ、それ以外の生き方なんて、考えたこともない! 私はただ――紫に一緒にいてほしいの! 紫がそばにいると落ち着くの! それだけよ! なんでそれがわからないの! ……もういやよこの馬鹿ぁ」
紫は目を丸くした。あの霊夢が、駄々っ子みたいにめそめそと泣きべそをかき始めたのだ。
べそべそとした泣き声が、部屋に響く。
紫は困ったような顔をして、みかんを2きれ3きれと口に放り込む。そしてそれからもうしばらくの間泣いている霊夢を観察し、ようやく立ち上がったのだった。
「困ったわねぇ」
コタツを回り込み、霊夢の後ろに腰をおろす。少しまたを開いて、霊夢に背中からぴったりとくっつき、ぎゅっと抱きしめた。
「霊夢をこんな風にしてしまったのは、やっぱり私の責任なのでしょうね」
霊夢は両手で顔をかくし、泣きじゃくっている。紫はむりやり、その手をほどかせた。ぺそぺそになった霊夢の顔が、あらわになる。ふぇぇ、と霊夢は恥ずかしそうにぐずった。
紫は肩ごと、霊夢を抱きしめる。そして自分の指で、霊夢の涙をふいてやる。
「巫女以外の生き方を知らないだなんて、そんな風に、私が霊夢をしてしまった。もっといろんな幸せが、霊夢にはあったはずなのに。私といるのなんかより、もっともっと幸せなことが」
「ぐすっ……えぐっ……あんたの愚痴なんか、聞く気はないわよ。私の言いたいことは一つ、もう取り返しはつかないんだから、せめてあんたが私を幸せにしなさい、責任とれってことよっ」
「なら、教えて霊夢? 私は霊夢に何をしてあげればいいの?」
「紫はどこまで馬鹿なの。さっきから言ってるじゃない。紫にずっと私のそばにいてほしいって、いってるじゃない」
霊夢の後頭部に唇をふれ、ふぅ、と紫はあたたかいため息を吐きかけた。
「今のあなたにとっては、それが一番の幸せなのね」
いつくしむように、哀れむように、紫は霊夢に頬ずりをする。
「……ねぇ紫、教えてよ」
「ん?」
「もし、紫が私をお嫁さんにしてくれて、私に赤ちゃんを産ませてくれて――それからいつか私がおばあちゃんになったとき、紫が私を見送ってくれたら、私はそれで幸せに死ねるのよ? それじゃだめなの? 私がそれでいいって、いってるのよ?」
紫は何度も何度も霊夢に頬ずりをした。
「霊夢。あなたは子供を生んでただ老いさらばえるためだけに生まれてきたんじゃないのよ。もっと、この世界にはいろいろな楽しいことがあるの。霊夢がそれを知らないのは、貴方を巫女にしたてあげた私の責任でもあるけれど。だからこそ、霊夢にはもっと大きな自由を見せてあげたい」
「……あんたはね、賢すぎるからか知らないけれど、大げさに考えすぎよ。少なくとも私はね、何も知らなくてもいい。ただ好きな人がそばにいて、ただそれだけの幸せがあれば、私はそれでいいの。あんたの言ってることなんか――ただの大きなお世話よ」
紫はそれ以上はもう何も言わなかった。まるで、子供には物を言ってもしかたないとでも言うように。しかし、霊夢を抱くその腕には、偽りのない愛情が、こめられているように思える。
――霊夢は普通の少女に戻った。博麗神社を離れ、村の片隅に、小さな家を持った。飯屋で店員として働き、そこそこ評判の看板娘として、そこそこ楽しい生活を送った。村の外のことはあまり知らない。時折妖怪達が弾幕合戦を繰り広げているという噂も聞くし、空を飛ぶ少女達の噂を聞く。けれどそれらは、もはや霊夢の日常には関係のないことだ。何年かたって、村の青年と結婚した。半年ほどして、無事に子供も生まれた。鏡を見るときにふと、顔に刻まれた皺の数が少しづつ増えていることに気づく。皺のなかったころの自分の顔はもう思い出せなかった。だが今やそんなことはどうでもよかった、日々成長していく子供達の姿を記憶に刻み付けるほうが、ずっと大切だったから――
灯りの消えた暗い部屋で、霊夢はハタと目を覚ました。ぱちりと両の眼が開き、それから二度三度、瞬きをする。布団から腕をだし、おでこを押さえると、大きくため息をはいた。
「夢か。変な夢」
横向けになって、霊夢は再び目を瞑った。そして忌々しそうにつぶやいた。
「紫のせいだわ。バカっ」
翌日の昼。
霊夢が境内の箒がけをしているときだ。
客があった。
その時霊夢はちょうど鳥居に背を向けていた。
「――霊夢」
背中になげかけられたのは、不気味に沈んだ声だった。その声を聞いたとき霊夢はドキリとした。人里で何度か聞いた声だった。霊夢はゆっくりと振り向く。知らず知らずに、額に冷や汗が浮かんでいる。そして鳥居の方を向いて、そこにいる知人の顔を認めたとき、霊夢の顔から血の気が引いた。
「慧音」
ゆっくりと石畳を慧音が霊夢に近づいていく。どこか思いつめたような、浮かない顔をしている。
霊夢の脳裏に、昨夜みた夢がフラッシュバックする。
「ちょっと――嘘でしょ」
のどの奥が乾いている。
慧音が無言でまた一歩、近づいてくる。霊夢は後ずさりをする。箒を握る手に汗がにじむ。
――こないで!
霊夢が、そう悲鳴を上げようとしたときだ。
「すまん、霊夢、お前のため――だそうだ」
霊夢は見た。慧音の青みがかった髪が、かすかに緑色をおびはじめ、放出される霊力に反応して、まとった衣類の色もまた青から緑へと色が変わり始める。
それに気づいた瞬間、霊夢は悲鳴の変わりに全力で叫んでいた。
――夢想封印
爆音が、あたりの山々にこだました。
その爆音と、続いて吹き上がった土煙を、魔理沙が捕らえていた。ちょうど博麗神社へ向かっている途中、あと数キロというところであった。
「うお! 何だ!?」
魔理沙は箒のつかをぎゅっと握りしめ、姿勢を低くして風の抵抗を軽減させると、一気に加速した。
境内に降り立つと、魔理沙は鳥居のそばに倒れている慧音の姿を認めた。服のあちこちが破れ、気を失っているようだった。まだ近辺には土煙が立ち込め、石畳も何枚かがめくれている。砕けているものもある。魔理沙はあたりを見回し――。
「霊夢、どうした!」
本殿のそばに、霊夢がいた。腰が抜けたように座り込んで、呆然としている。
魔理沙は駆け寄ると、霊夢の顔を覗き込んだ。
「魔理沙……」
「おい、何があったんだ? 慧音とドンパチやらかしたのか……って、お、おい霊夢!?」
魔理沙の見つめる先で、霊夢の形相が醜くゆがみ始める。目はつりあがり、犬歯はむき出しになり、顔の皺という皺が、これまででもっとも深く刻まれた。あふれ出した霊力が、飽和して風となる。霊夢は激怒していた。
「あの……バカっ!!!」
「な、なんなんだよぉ!?」
魔理沙は帽子が飛ばされぬように、そしてスカートがめくれあがらないよう、霊夢のそばで必死の両手で抑えていた。
「はぁ!? 紫がお前の巫女の歴史消そうとした!?」
縁側に隣がけてすわり、魔理沙は霊夢につばを飛ばした。
白湯のはいった湯のみを握り締めながら、霊夢はうなずいた。
「たぶんね。私のカンだけど」
「……なんてこった」
「ほんと、冗談もいいかげんにしてほしい」
霊夢はずずっといらだたしげに白湯を飲む。湯気はおだやかに立ち上るが、その湯気をおう霊夢の視線はまだ鋭かった。
ちなみに慧音は魔理沙がすでに永遠亭に連れて行った。
「あいつ、なんでそんな事……お前らここ最近ちょっとおかしかったけど、それでも仲よかったじゃないか」
「そうね」
霊夢がふっと、寂しそうにわらった。裏庭の向こうの、神社裏手の林をじっと見つめる。
「あいつ、これも私のためだって……ほんとバカ……」
「霊夢、おまえと紫、どうなってんだよ」
「……紫は、私のこと――」
「れ、霊夢……」
魔理沙は言葉を失った。博麗霊夢が泣いている。今しがたまであんなに怒っていた霊夢が、今度は瞳から大粒の涙を流している。ぽたりぽたりと、膝に紅いしみを作る。
魔理沙はぎりっと爪をかんだ。
「あいつ、今度あったらぶっ飛ばしてやる」
霊夢はそのとなりで、さめざめと泣いた。
「大丈夫か、ほんとに一人で」
魔理沙は何度も残ろうとしたが、霊夢は礼を言いながら、それを断った。
「紫と二人きりで話したいの。多分、今夜、来るから」
魔理沙はしぶしぶ、帰っていった。
そして、深夜。
霊夢は布団には入らず、縁側に座っていた。裏庭――というより裏の敷地――とその先の林が、月明かりを淡く反射している。時折風がふいて木々の葉がざわめく以外は、虫の音もなかった。
霊夢は無言で、ただじっとそこにあった。
そして、
――ふよよん
聞きなれた音が、霊夢の背後で起こる。かすかな気配が、そこに現れた。
「紫」
霊夢は呼びかけながら、ゆっくりと後ろを振り向く。最初、顔には怒りの色がにじみ出ていたが、
「え? なんであんたが――」
振り返った後に、小さな驚きに変わっていた。
――――――。
翌朝早く、魔理沙が博麗神社にやってきたのは、まだ日があけて間もない頃であった。
「うー。眠みぃ。結局気になってほとんど眠れなかったぜ」
境内に降り立ち、あたりを見回す。晴れた朝の清冽な光が、周りの林や本殿を鮮やかに照らしている。透き通る朝の空気に、どこかでスズメのなく声がする。砂を踏みしめながら、魔理沙は裏庭へ向かう。いつも霊夢が茶を飲んでいる縁側がそちらにある。玄関は閉じられているが、裏庭はろくに戸締りもされていないのだ。忍び込むときは、いつもこちら側からだった。
「……また泣いてたらどうすっかな……ったく、目に焼きついてるぜ」
じゃりじゃりと砂を蹴りながら、魔理沙は縁側へ回り込んだ。母屋のかどを回り込めば、その先が裏庭である。
「……」
魔理沙はそのかどで、一度立ち止まった。
「なんて声かけようかね。……ま、普段どおりでいいか」
ふぅ、と深呼吸を一度、そして魔理沙は裏庭への一歩を踏み出した。
そしてぎょっとした。
霊夢が縁側に寝ている、いや、倒れていた。昨日わかれたときと同じ、いつもの巫女装束で、両手を床になげだして、仰向けに倒れていた。足は、縁側のふちから垂れ下がっている。
魔理沙は、あわてて霊夢に駆け寄った。
「お、おい、霊夢!?」
霊夢の肩を揺らす。だが魔理沙がいくら声をかけても、霊夢は瞳を閉じたまま、目を覚まさなかった。
「……霊夢?」
魔理沙の表情が、いぶかしげなものに変わっていく。霊夢の肌は、夜明けの空の白さだけでは説明がつかないほど、白い。そしてまるで糸の切れた人形にように、まったく身動きというものをしない。
「お、い」
かすかに震える手が、霊夢の胸に触れる。魔理沙の手は、まったく上下しなかった。
魔理沙は箒を放り投げ、霊夢の手首、そして首筋に指を当てる。ほどなくして、魔理沙はその場にぺたんとしりもちをついた。
息があらい、ハッハッ、短く、細い呼吸を繰り返す。
「なんで、うそ、だろ」
声が震えていた。
魔理沙は庭にへたりこんだまま、袴からのぞく霊夢の白い足先を呆然と凝視する。
と、その時、じゃり、と砂を踏む音とともに、魔理沙の背後に気配が現れる。
魔理沙はぎょッとして振り向いた。その視線の先には、
「紫」
いつものドレスを身にまとった八雲紫が、底に立っていた。魔理沙はわけがわからないという顔で、紫の顔をみやる。そして、その顔が真っ青であることに、すぐに気づいたようだ。
「何、これ。どういうことなの……」
その声が、震えていた。声だけではない、全身ががたがたと震えている。魔理沙のようにその場にへたりこまないのが不思議なくらいだ。
スズメのなきごえが、無情なほどさわやかに、三人を包んでいる。
紫は隙間を通じて、霊夢を永遠亭に運んだ。永遠亭の誰もが言葉を失った。あの永琳までもが、動揺を隠せずにいる。永琳と優曇華院が、霊夢の治療にあたった。それが治療ではないことは、誰の目にもあきらかだった。だが、誰も何も言わなかった。
処置室の前で、紫と魔理沙はソファーに浅く腰掛け、待った。重苦しい空気があたりに満ちている。魔理沙は脊髄をうしなったようにうなだれ、カスれた声で言った。
「紫」
「……何」
「おまえ、霊夢に何をした」
「……何も」
「昨日、慧音が神社にいた」
「……」
「お前がよこしたんだろ」
「……それが、何よ」
「……あいつ、泣いてたぞ」
「……」
「泣いてたんだぞ」
「……」
「……」
「お前、何してんだよ」
「……」
「何してんだよ」
「……」
「答えろよ」
「……」
それきり、二人は黙り込んだ。
あたりの空気は硬質化し、二人は透明なガラスの中に埋もれているように、身動きをしなかった。
半時ほどして、検査室のドアが開いた。ガチャリと、心臓が飛び跳ねそうな音が、あたりに響いた。
顔の青い鈴仙と、感情をおしころした、人形のような顔の永琳が現れた。
魔理沙がふらりと立ち上がる。
「……永琳、霊夢は――」
それからなんと言葉を続ければいいのか、魔理沙はわからないようだった。
永琳は、たんたんとした声で、告げた。
「……自殺ね」
その場にいた誰もの時間が、止まった。
「じ……さつ……?」
震えた声は、紫のものだった。
永琳が、かすかにうなずく。
「外傷は特に無いけれど、自分で自分の霊脈を破壊したあとがある」
「なんで霊夢が、そんなこと……」
紫が呆然とそうつぶやいた瞬間だった。
魔理沙が、獣のように叫びながら、紫につかみかかった。
「うああああああ!」
永琳、鈴仙がぎょっとする。紫は、焦点をうしなったまま、反応しない。
「お前が! お前があんなことしたからだろ! 霊夢は泣いてた! 泣いてたんだぞ! お前が殺したんだ! 恋は乙女の命なんだ! お前がそれをふみにじったんだぁー!」
「魔理沙やめなさい! うどんげ! 魔理沙に鎮静剤を!」
「は、はい!」
「うおおあああ!」
「――おい、どうしたんだ? なんの騒ぎだ?」
廊下のかどから、慧音が現れた。病院着を着て、キョトンとした顔をしている。昨日魔理沙につれてこられて、そのまま治療入院をしていたのだ。
「慧音……」
魔理沙は少しの間瞳孔の開いた瞳で慧音を見つめ、
「け、慧音! 助けてくれ! 霊夢が、霊夢が!」
紫をほうり捨てると、こんどは慧音につかみかかった。
「な、なんだいったい? 霊夢がどうしたんだ?」
「霊夢が……霊夢が死んだ」
「な……」
慧音は魔理沙につかまれながら、永琳、鈴仙、そして廊下にしりもちをついて呆然としている紫へと目をやる。そして、魔理沙の言葉が真実であると、理解したようだ。
「そんな、なぜ」
慧音はへたりこんでいる紫を凝視した。
魔理沙は、涙を流しながら、慧音に哀願する。
「理由なんかどうだっていい。はやく、はやく霊夢を生き返らせてくれよ。お前の能力で、歴史を、はやく戻してくれよぉ」
「……できない」
「はぁ! 何いってんだよお前!」
「できないんだよ! 私の能力は過去の歴史を変えるわけじゃない! ただ隠すだけだ! 霊夢が……本当に死んだのなら、その事実はもう変えられるわけがない。お前の記憶から、霊夢の歴史を隠すことしかできない」
「……そん、な」
魔理沙の、糸がきれた。
魔理沙はその場にへたり込むと、がっくりとうなだれて、そしてあとはもう、人間の言葉を忘れて、ただ嗚咽をくりかえした。
その場にいた誰もが、目の前の現実を受け止められずにいた。
『霊夢が死んだ』
『霊夢が死んだ!』
『霊夢が死んだ?』
『霊夢が死んだ!?』
幻想郷のその事実が知れわたるのには、数日とかからなかった。
――自殺。
という事実は、伏せられた。八雲紫によって、その隠蔽は行われた。事実を知るものは、あの日、永遠亭に居合わせた者達だけだ。
皆、霊夢は食あたりで死んだと知らされていた。
最初の一日、みな大いに悲しんだ。二日目は、霊夢との思い出を振り返り、懐かしんだ。三日目は、皆の思い出を語り合い、笑った。
幻想郷は死を受け入れる。
数日後にせまった葬式の日を、皆は祭りにそなえるように、待った。『騒いで、送ってやろう――』。それは、長い時を生きてきた住人達の、彼らなりの弔い方なのかもしれない。
そしてそんな幻想郷の片隅で、復讐の刃を研ぐ一人の少女がいる。
「――私は絶対に紫を許さない。あいつが霊夢を殺したんだ」
魔理沙は何日もねていないような暗い目を、血走らせていた。
自宅のリビングで、ソファーに腰をおろし、怒気をあたりに撒き散らしている。
「……魔理沙」
傍らには、アリスがいた。アリスだけは、魔理沙から真相を直接に聞かされている。
「けど……紫も、悲しんでいるのよ」
「アリス!」
「……」
「あいつはな! 霊夢の気持ちを知りながら! 何もかも無理やりに忘れさせようとしたんだ! あいつのせいで霊夢は!」
「……紫、あれからずっとふさぎこんでるそうよ。お葬式の準備やそのほかもろもろだって、式神にやらせて。それだけ紫も、本当に霊夢のことを大切に思っていたのよ」
「――だからなんだよ」
「魔理沙……」
「私はあいつをゆるさねぇ。――それに、あの晩やっぱり私はそばにいてやるべきだったんだ。そうすれば、霊夢は、霊夢は死なずに――」
魔理沙は膝を抱えて、泣きじゃくり始める。アリスはそんな魔理沙の肩をそっと抱いてやった。
アリスが霊夢の死を知って魔理沙の家へやってきたとき、そこでアリスが見たのは魔理沙の姿は。信じられないほどに酷い有様だった。顔中を涙と目やにだらけにし、ぼさぼさの髪で、そこら中のものをけちらしまくったリビングの片隅で、中空をにらみつけながらぶつぶつと呪詛の念を唱えている魔理沙の姿だった。それから数日、アリスは付きっ切りで魔理沙を慰めている。散らかったリビングを整え、魔理沙を風呂にいれ、飯を食わせた。
葬式の当日のその朝まで、二人はそうして過ごしていた。
葬式の日、博麗神社はかつてないほどの妖怪であふれかえっていた。空は暗く、雲に覆われている。霊夢の顔を知る妖怪達が皆、一目別れを言ってやろうと萃まったのだ。皆まるで宴会でもおこなうかのように、わいわいがやがやと騒いでいる。
「この神社がこれだけにぎわうのは、今日が最後だろうね」
「そうだろうね。まさに一世一代の大繁盛さ」
笑顔で語り合いながらも、言葉の端には寂しさが見え隠れしていた。
そんな賑わいの一角で、異様に暗い空気をかもしだしている者もある。
紫や、魔理沙達だ。
「紫お前――よく顔をだせたな」
「……」
「魔理沙、やめましょう」
「しかもてめぇ、霊夢が食あたりでだなんて……わがみ可愛さに嘘つきやがった」
「……霊夢が自殺だなんて知れば、幻想郷は混乱する。そんなことには――」
「……っ!」
魔理沙が紫の胸倉をつかみあげる。紫は、視線をそらし、けして魔理沙と目を合わせなかった。目は、いまだに赤くはれている。
「お前はいつだってそうだ! そうやって霊夢の気持ちをないがしろにして……!」
「魔理沙っ!」
アリスが、必死に魔理沙の腕をつかむ。
魔理沙は何度も何度も歯軋りをした後、ようやく紫から手を離した。
「――もう、二度と私の前に姿を現すな」
そう言い捨てて、魔理沙は紫に背を向けた。その背は、永遠の拒絶のように思われた。
葬式は多種多様な形式で行われた。
皆にとってこれが霊夢との最後のわかれである。皆それぞれの方法で、霊夢を弔いたがった。
まずは守矢神社の神道形式から始まり、次に命蓮寺の仏教形式、それが終わると青娥たちによる道教形式の葬式が始まり、最後には紅魔館によるなんだかよくわからない洋風スタイルの式が行われた。
そして最後に、今日一番の驚きが待っていた。
『えー。皆様、それでは長時間にわたりごくろうさまでした』
本殿の入り口戸で橙が司会を務める。そのかたわらには幽谷響子がいて、橙の言葉を、大声で山彦させている。今日まで準備を取り仕切っていた藍は、撤収の計画を準備しているということである。境内には数多の妖怪がひしめき、魔理沙はその一番端にいる。紫はその反対の、端にいる。
『それでは最後に――』
ざわついていた妖怪達が、静まり返る。葬式は、霊夢とのお別れはこれでおしまいなのだと、皆の顔に、思い思いの感情があらわらえる。
『最後に――霊夢さんの遺書を読み上げたいともいます』
「!?」
魔理沙とアリスは群集の端で仰天していた。妖怪達もまた、おのおの顔を見合わせてざわついている。山彦をした響子も、目をひん剥いている。そして紫は――。
魔理沙が群集のむこうにいる紫の顔をうかがうと、紫もまた、驚愕に目を見開いていた。
その紫に、橙が頭を下げた。
『紫様、ごめんなさい』
――どういう意味だ?
魔理沙や紫も含め、そこにいるもの全員の顔にはてなマークが浮かんだ。
そして橙は、懐から小さな紙封筒を取り出した。
遺書
と達筆な字で記されているのが、遠め目にも見える。
橙はその包みをあけ、中から折りたたまれた紙を取り出した。となりにいる響子など、興味しんしんで首を伸ばして覗き込んでいる。その場にいた誰もが、同じ気持ちであったろう。
『じゃあ、読みます』
響子があわてて山彦を返す。
そして――
『ええと、どうも、博麗霊夢です』
皆がどよめいた。響子の機転であろうか、橙の声は、明らかに博麗霊夢の声として山彦されているのだ。
『遺書なんて書いたことないからよくわからないんだけど――ええと私、今からちょっと自殺します』
一瞬の間をおいて、境内は嵐のようなどよめきにつつまれた。というより大騒ぎになったといってよい。だが、響子がそれに勝る大声量で遺書を読み上げると、とにかくひとまず、皆は静まった。
そんな中、魔理沙は遠めに、紫の顔を観察している。
「アリス見ろよ。紫のやつ顔が真っ青になってるぜ」
魔理沙が危険な笑みを浮かべた。
『一応理由を言うと、紫にありえないふられ方をしたからです。ああ、えと、その前に言っとかなきゃいけないか、私は紫のことが大好きです』
皆があたりを見回し、紫の姿を探す。
『それで紫に告白したんだけど、紫にはふられてしまいました。それどころか紫は、私のためだ、とかいって、私の記憶を消そうとしました。それに協力したやつがいるんだけど――まあ、そいつには恨みはないので
、名前はふせる。そいつも頭のかたそうなやつだから、おおかた紫に丸め込まれたんでしょうね。まぁ、とにかく、紫は酷いやつです。人の気持ちをなんだと思っているんでしょうね。そんなわけで私は傷ついたので、復讐として自殺します』
その頃にはもう、境内には怒声が飛び交っていた。
「どこだ紫は!」
「あのクソババア! ぶち殺してやる!」
何人かはすでに紫を見つけていて、襲いかかろうととしている。紫は、結界をはってそれを防いでいた。
『けどまぁ、あまり紫を責めないでやってください。むかつくけど――あいつが私のことを本当に真剣に考えてくれているってことだけは、わかります。ちょっと、ズレれてるけどね。付き合えないなら付き合えないと、はっきり言えばいいのに。いつもいつも中途半端な態度で』
霊夢のそのフォローが全員の耳に届いているかは、すでに怪しかった。レミリア他、とくに霊夢をしたっていた何名かは、完全に頭に血が上って紫に攻撃をしかけている。
『さて、そろそろじゃあ死にますか……ちなみに、死んでから1ヶ月くらいは、まだ冥界に魂が残るそうです。あんたんとこの藍から聞いた自殺方法なんだけど――1ヶ月の間なら、まだ私には生き返るチャンスがあるそうです』
なぬ? と皆が静まり返った。
そしてまた紫も『藍』の名前を聞いて、仰天しているようだった。紫が、突き刺すような視線を橙に向ける。橙が「ごめんなさい」と紫に向けて頭を下げているのに気づいたのは、ごくわずかだった。
「おい橙! 早く読め! どうすれば、どうすれば霊夢は生き返るんだ!?」
魔理沙が群集の先頭から飛び出して橙に怒鳴った。そして皆も異口同音に怒鳴る。
橙は、あわてて遺書の続きを読んだ。
『その方法とは――紫が私を式神にしてくれることです』
シィン、と境内は静まり返った。
『私は間違いなく一度死ぬ。だから、自力では二度とよみがえれない。けれど、霊的中枢の致命的な欠損を防ぐ自殺だとかなんだとかで、式神としてなら――生きながらえることができるそうです。これも藍のうけうりだけれど』
誰も、紫に視線を向けた。紫は脂汗を大量にながしながら、硬直している。
『可能性は五分五分ね。紫が私を式神にしてくれれば私は生き返る。また巫女をやれるかもね。けれど、紫にその気がなければ――私は本当にハイそれまで』
橙はそこで一度、読み上げるのを区切る。橙はあきらかに、事前に遺書の内容を知っていた。
『紫、もう一度言うわよ。私はあんたと一緒にいられればそれで幸せ。人間としての幸せだとか、そんなのどうだっていい。ていうかもう、別に巫女じゃなくたっていい。どう私が本気だってこと、少しはわかったかしら? ――じゃあね。その気があるなら、幽々子のところで待ってる』
言い終えると、橙は紙を懐にしまい。コホンと、咳払いをした。そういえば、幽々子と妖夢の姿が無い、と何人かがあたりを見回してた。
「――以上です。ご清聴ありがとうございます」
静まり返った境内に、橙の小さな声がわたった。
そして皆の注目は、境内の端にいた紫ただ一人に向けられた。
紫は、呆然とした顔でうつむいている。
つと、紫のそばに魔理沙があらわれた。魔理沙は、不適に笑っていた。
「おい――どうすんだよ、紫」
口の端を歪ませながら、といかける。
紫の返事は、無い。
「ったく……」
魔理沙は髪をかきむしる。そして懐から、八卦炉を取り出した。それを紫の胸元に、どんと突き当てた。
「まぁ、答えは一つしかないわな。お前、恋する乙女にあそこまで言わせて、まさか、断ったりしないよな?」
八卦炉に魔力が集積されていく。八卦炉を中心に大気が鳴動をはじめ、かつて無いほどの大魔力が集積されていく。まわりの妖怪達の何人かが、
『私の魔力も使え』
と八卦炉にさらなる魔力を注いだ。紫の胸元には今、核爆発にも匹敵しそうなほどの威力を秘めた八卦炉が、突きつけられている。
だが、紫は、相変わらず無反応だ。
「まぁ、お前さんもたいそうに動揺してるんだろうが――霊夢の前で、そんな顔するんじゃないぜ?」
魔理沙がにやりと笑った。
そして――八卦炉は限界に達した。
「私が冥界まで飛ばしてやろう! きっちり霊夢と話をつけてきやがれ!」
魔理沙がそう叫んだ瞬間だった。八卦炉から、空間そのものを切り裂いたような激しい光の奔流があふれ出す。それは一瞬にして紫をはるかかなたの空に吹き飛ばし、それでもなお威力は衰えることなく、紫をはるかな高みへと押し上げ続ける。地上からはなたれた巨大な光の柱は、雲をもなぎ払った。空を覆っていたくらい雲は吹き飛ばされ、抜けるような青が、幻想郷に降り注ぐ。
その青空のなかへ星となって消えていく紫を見上げ、皆が歓声を上げた。
「よっしゃ! 宴会するぞ!」
そして誰ともなく言うと、それはすぐさま皆に広がり、陽に照らされた境内では昼間からドンちゃん騒ぎが始まるのだった。
霧の立ち込める冥界。その一角にある白玉楼の縁側で、霊夢は団子を食べていた。神社の母屋の縁側にいるときと、まったく変わらない様子だった。
その隣には、藍がいる。
「けどあんた、こんなことして怒られるんじゃないの? 紫に」
藍が、ふふん、と不適に笑った。
「今回の件では、私と紫様はすでにちょいと喧嘩をしているからね。かまわん」
「へえ?」
「ハクタクにたのんで霊夢の巫女としての歴史を隠す……あれには、私は反対だ。紫様は……わかっちゃいないよ」
「そうだそうだ。もっといえいえー」
「紫様は、昔からそうだ。ちょっと、ずれてるんだ」
「うんうん」
「私達は本当に心から紫様を愛しているのに――なぜそれをまっすぐ受け止めてくれないのか」
「……そういう風にいわれると、ちょっと恥ずかしいけど」
「だが、そうだろう?」
霊夢はぐむ、とうめいた後、しぶしぶ認めた。
かかか、と藍が笑う。
「けど、紫はくるかしら。もし紫がこなかたら、私、死に損だわ」
「大丈夫さ」
そういって藍は、遠い目をして微笑んだ。
「私のときも、紫様はちゃんと迎えにきてくださった」
「あいつ、昔から変わってないのねぇ」
霊夢がやれやれとため息をはいた。
「まぁ、そういうな。紫様の愛は……とても大きなものに向けられているのさ。だから、一人一人に焦点を向けるのが、なかなか難しいんだ」
「愛、ねぇ……」
「だから本当に紫様のそばにいたいと思うなら、私達のほうから身をささげるしかないのさ。私の場合は、紫様の目の前で自分の胸を一突きしてやったのだが」
「ふうん、よくわかんないけど」
「式神になれば、お前もいつかわかるさ。紫様がその腕にだいている、世界の大きさがね」
ひょい、と霊夢は肩をすくめた。
と、廊下の向こうから二人のほうへ、ふわふわと飛んでくるものがある。幽々子だ。
「二人とも、紫がきたみたいよ」
幽々子が、縁側の外のとある方向を指し示す。
霧の向こうに、緑と紫色の人影が、ぼんやりと見えた。
「さて」
と霊夢が縁側から立ち上がる。その背中に、藍が声を朗らかに声をかける。
「――私のときもそうだったが、まず紫様は、泣きながらお前をぽかぽかと叩くだろうね。どうしてこんな酷い事をするのだ、とね。それはおとなしく受けてやれ。実際、私らのしてることは大概ひどい。むちゃくちゃだ」
「……まぁね。皆からも、随分と怒られるだろうなぁ」
「だろうね」
霊夢は苦笑いをした。
霧のむこうの人影は、もう、はっきりとその輪郭がわかるほどに近づいている。
その影が、だっと駆け出した。
そして気がつけば霊夢は、紫の豊かな胸元にぎゅっと抱き寄せられていた。
霊夢は久しぶりに紫が自分を呼ぶ声を聞いた。懐かしい紫の声は、今まで聞いたことも無いぐらいに歪んでいた。
誤字報告
「けど、紫はくるかしら。もし紫がこなかたら、私、死に損だわ」
こなかったら
>人間らいしとかそんなこと……どうでもいいわよっ」
らしい
いや真面目な話、今回乗っからせていただきましたが、くらべるとずいぶんちがうもので、
僕のはなんか気取りがあって、芯を外している気がします。勉強になりもうす。
それにしても超展開……霊夢さんがゆかりんの式になるなんて、はじめてみたよ!
はい、ヤンデレです
ヤンデレ…言われてみるとそう思えるけど特に感じなかったなあ
誤字報告を
》忌々しそう煮うめいた。
煮→に
》霧の無効に、緑と紫色の人影が、
無効→向こう
ひとつ確信を持てたことがあるので、+10点してこの点数で。よいゆかれいむでした。
すっごい良い気分だから起訴は取り下げだ! これからも応援させて頂きますぞ
ところで魔理沙とアリスは脈ありなんですかどうなんすかねえ
霊夢と紫、それをとりまく面々の行動も、感情も、反応も、すべてが素晴らしく愛らしかったです。
誤字報告です。
≫すねまで雪にいうまりながら、
すねまで雪に埋まりながら、
≫腰のたかさほどにまで雪が積み上げられ得ていた。
腰のたかさほどにまで雪が積み上げられていた。
≫困り果てた顔で視線をあちらこちらへさ迷わせた。
困り果てた顔で視線をあちらこちらへさまよわせた。
または
困り果てた顔で視線をあちらこちらへ彷徨わせた。
≫そんな自分の恥じたのか、その続きの言葉をつむげず、
そんな自分を恥じたのか、その続きの言葉をつむげず、
または
そんな自分の態度を恥じたのか、その続きの言葉をつむげず、
≫紫はわずかに声を荒げながら、両でで今度は
紫はわずかに声を荒げながら、両手で今度は
≫薄い雨細工を扱うように、そっとそっと、やさしくなでた。
薄い飴細工を扱うように、そっとそっと、やさしくなでた。
または
脆い飴細工を扱うように、そっとそっと、やさしくなでた。
≫紫は霊夢の頭に頬釣りをしながら、
紫は霊夢の頭に頬擦りをしながら、
≫砂を踏み目ながら、魔理沙は裏庭へ向かう。
砂を踏みしめながら、魔理沙は裏庭へ向かう。
≫魔理沙の言葉真実であると
魔理沙の言葉が真実であると
≫すでに妖しかった。
すでに怪しかった。(たぶん)
≫八卦炉に魔力が集積さらえていく。
八卦炉に魔力が集積されていく。
違う意味合いで前作も好きですがwww
誤字報告
『その方法とは――私が紫の式神にしてくれることです』
>> 『その方法とは――私を紫の式神にしてくれることです』
だと思われます
もっと読んでいたかったです。
どこに着地するのかなと思ったらまさかこんなところに!
でもある意味ではとても人間らしいのかもしれませんな。
藍様は押しかけ女房だったのだろうか
ブラボー!ブラボー!ブラボー!
ゆかれいむ万歳!ゆかれいむ最高!ゆかれいむイヤッッホォォォオオォオウ!
ああ、子作りだ…
↓
互いの瞳に、互いを映しあう。
霊夢もそれに合わせて、忌々しそう煮うめいた。
↓
霊夢もそれに合わせて、忌々しそうにうめいた。
今のところ紫の防御率は10割りだ
↓
今のところ紫の防御率は10割だ
あしげく博麗神社に姿を現している。
↓
あししげく博麗神社に姿を現している。
ただ好きな人がそばにいれて、
↓
ただ好きな人がそばにいて、
あの永琳までもが、動揺の隠せずにいる
↓
あの永琳までもが、動揺を隠せずにいる
お前がそれをふみにじったんだぁー!
↓
お前がそれをふみにじったんだぁー!」
そして、魔理沙の言葉真実であると、
↓
そして、魔理沙の言葉が真実であると、
消して魔理沙と目を合わせなかった
↓
決して魔理沙と目を合わせなかった
空を覆っていらくらい雲は吹き飛ばされ
↓
空を覆っていたくらい雲は吹き飛ばされ
霧の無効に、緑と紫色の人影が、
↓
霧の向こうに、緑と紫色の人影が、
なかなかどうして面白かったですw
ただ、一度死んでいるのに、式神としてなら蘇らせることが出来るってどんだけだ。
もう治療の施しようのない瀕死とかなら、式神として力を与えたら蘇生できるとかならわかるんだけど、一度完全に死んでいるものをとなると強引過ぎる気がしました。
これは予測できない
面白かったですよ
でも実際のところ、ゆかりんが一番の被害者の様な?
選択肢の無い選択を迫られているし。あまりにも理不尽なので、50点で。
脱字?報告
>あなたのそばにいる自分にはあると、思っていましたが
あなたのそばにいる”資格が”自分にはあると、思っていましたが
あ、こじれるって言ってもいい意味ですよ(汗)
オチの着地もお見事でした。好きです、この作品。
作品自体はとても良いから単体で投下されれば素直に評価できるのに、変なバイアスが掛かってしまって残念。
ヤンデレはすげぇいい。これはいいヤンデレ。ちょっと紫が可哀そうすぎるけどしかし良いヤンデレ。
上にも書いてらっしゃる方がいますが、単品で出てきたならもっと面白く読めただろうなぁというあたりが悔しいです。
投げやり?次の作品も楽しみにしてます。
同性愛者総じてゲイというのは勿論知っていますが女性の同性愛者は滅多な事じゃない限り使いません。
拘りなのかもしれませんが残念ながら違和感しか覚えない。何か理由があるなら教えていただけると嬉しいです。
これは好みの別れる作風なんで賛否両論なのは当たり前です。
ギャグのようにいくか、シリアスにいくか、ちょっとぶれている感じがあるので他の小説を読んだり自分で書いたりしてこれからも頑張ってください。
上から目線でごめんなさい
面白かったよ!!!
上でも既に言われていますが、冒頭のゲイ云々の部分が無ければ100点突っ込んでました。
>>遠め目
遠目
そう感じさせない書き方もで出来るだろうに、ネタに落ちてしまっててもったいない。
霊夢が自殺で復讐とかw なんて途中では思いましたが、これ以上ない復讐ですね。
紫の押し付けというか我儘から起ったことなのだから、これは受け止めてあげるべきだなw
式にすることで生き返らせることができるってのがまた斬新で良かった。
紫様が終始困ってばかりいてかわいそうでしたが
単純なラブラブ展開にならなかったというのも
それはそれでよかったと思います