「あうー、頭痛いぃ…」
「おはよう御座います。紫様。」
その日、妖怪の賢者八雲紫は昼過ぎに目を覚ました。
「頭ががんがんするわ…。」
「あんな飲み方するからですよ。なんでまた鬼と飲み比べなんかしたんですか。」
「うう…後悔先に立たずとはこの事ね…。」
「とりあえずご飯が出来ていますが…。」
「ダメよー。今何か食べたらゆかりん袋が弾幕結界してマスタースパークしちゃうわ…。」
「訳のわかんない冗談を言わないで下さい。ついでに人のスペカをラーニングしないで下さい。」
紫はのろのろと布団から出て着替えると、そのまま外に出ていこうとした。
「何処にいらっしゃるのですか?」
「散歩よ、散歩。外を歩けば、少しは気分も良くなるでしょう。」
~~~~~~~
「あら…あれは…」
幻想郷の端に八雲紫の家、通称ゆかりんハウス(マヨヒガともいう)は存在する。
家の裏はちょうど博麗神社の境内ぐらいの空き地になっているのだが、
紫はそこで見慣れない物体を見つけた。
「これ、電車じゃない…」
そう、それは電車であった。車体が深いオレンジ色で塗られている。
二日酔いの不快感など何処かに行ってしまった紫はその電車の周りをゆっくりと歩いた。
「後ろの車を置き去りにしてここまで走ってきちゃったのかしら?ふふ。」
そうしてドアの前に経つと優雅な仕草でスキマを開き、車内に入って、手近な席に腰掛けた。
車内は昨日まで、誰かがきちんと整備していたかのように綺麗で、手すりやつり革も定期的に
磨いてあるような光沢を放っていたが、ところどころにある磨いても消えない汚れや
金属部分の凹みはこの電車が長く使用されたことを語っていた。
「ねえ、ここにはなんで来たの?皆貴方の事を忘れちゃったの?」
紫は手すりを撫でながら電車に話しかけた。
――――――――ふむ、多分私の事を覚えている人はいないだろうな。
すると、まるで電車が答えてくれるように紫は感じた。
「どれくらい走ったのかしら?」
――――――――大体、30年くらいか。ずっと同じ所を行ったり来たりしていたが。
「…そう。一杯お客さんを乗せたのね。」
――――――――うむ。
付喪神がつくには100年を要するという。この電車が意思を持っているとは
考えられないが、紫には電車の気持ちが判る気がした。
「もう一度、走りたい?お客さんを乗せたい?」
――――――――無論だ。だが…無理だろう。まあ、私の後輩が私の仕事を引き継いでくれている。心残りはないよ。
「…そう。」
紫はいつになく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「少し待ってなさい。……貴方をもう一度走らせてあげるわ。」
そう言って、スキマに飛び込んだ。
~~~~~~~
「藍!とりあえずここに書いてあるものを人里に行って買って来なさい!
あと、河童を連れてくるのよ!」
----------------------------ぶらりゆかりん列車の旅----------------------------
さて、紫が電車を見つけてしばらく経ったある日のことである。
その日、咲夜がいつものように洗濯物をテラスで干していると、
門番の美鈴が血相を変えて走ってきた。
「さ、さ、咲夜さん!大変です!も、門の前に…」
「どうしたの、騒々しいわね。」
「門の前に大きな鉄のお化けが現れたんです!!」
「鉄のお化け?どういうこと?」
「急にですね、大きなスキマがぱかって開いて、中から鉄のお化けがにゅって出てきたんです!
「意味がわからないわ…。」
「とにかく来てください!早く!」
「ちょ、痛いわよ美鈴…。」
美鈴に手を引っ張られ、門の前まで来た咲夜は、門の前に鎮座する巨大な鉄の箱(咲夜と美鈴にはそう見える)を目の当たりにした。
全体がオレンジ色で、箱の上の部分には四角い針金のようなものがいくつも付いていた。
箱の正面には「八雲線」というプレートが貼っており、プレートの上にまるで目玉の
ようなものが二つ付いていた。
「これは…」
「ね、鉄のお化けでしょう?大人しいらしくて、妙なことはしないんですが…」
「いや、確か図書館の本でこれと似たようなものを見たような…」
その時、プシューという音がして箱の側面に穴が開き、中から、紺色の帽子
と紺色のパリッとした服を来た八雲紫が降りてきた。
「わ、わ、紫さん?どうしたんですかその格好は?あとこの箱はなんですか?」
「うふふ、これはね、列車よ。一両しか無いけどね。」
「思い出したわ!そう。これは外の世界で使われてる電車よ!
図書館の図鑑でこれを見たことがあったわ!」
「列車?列車って、煙突がついてて、石炭で動くやつですか?これが?
でもこの列車には煙突がついてませんよ?」
咲夜が、ポンと手を叩いて合点がいったといわんばかりにしているのを
尻目に、美鈴は目を白黒させている。
「まあ、そうなんだけどね…ともかく、私はお嬢様と妹様を呼んでくるわ。」
そう言って咲夜は消えてしまった。
「外の世界では科学が進んで、石炭を使わなくても列車が動かせるようになったのよ。」
「すごいですね…へぇ…。これも列車なんだ…」
「ええ、電気で動くから電車というのよ。まあ、幻想郷には
レールも配電施設もないから私がスキマに入れて運んでるんだけど。」
「なるほど。電車ごとスキマで動かせば何処でもいけるし、
レールもいらないですね。」
そういって美鈴は電車の表面をぺたぺた触る。
そうこうしているうちに、フランとレミリアをつれて咲夜が戻ってきた。
「わあ!大きい!お姉様、これなあに?」
「え、えとだな、これは…いや、知らないわけではないんだよ?ただ、その、ど忘れってやつ…」」
「電車、という乗り物らしいですわ。」
「乗り物?乗りたい!私乗ってみたいわ!」
「うー、咲夜、なんで先に言っちゃうの…」
レミリアの姿を見ると、紫は優雅な動作でゆっくりと頭を下げた。
「これは紅魔館のご当主様、御機嫌麗しゅう。」
「ふん、挨拶はいい。しかしなんの真似だい?うちの前に電車を乗り付けるなんて。」
「実は、本日より『幻想郷鉄道 八雲線』が開通しましたの。ですから、そのご挨拶にと。」
「鉄道?ふーん。」
「ねぇお姉様!私、この電車に乗ってみたい!いいでしょ!?」
「…うーん。そうだな。おい!美鈴!」
「はえ?なんですか?」
レミリアは電車の周りをぐるぐるまわっていた美鈴を呼んだ。
「お前に一日休暇を与えるから、フランを連れてこの電車に乗ってこい。」
「え!?私ですか!?」
「わあ!お姉様ありがとう!ほら美鈴。早く乗ろうよ!」
「で、でもですね、その間の門番とか…」
「別に一日くらい門番がいなくても困らんさ。」
「ひどいですよ~。あ、それにお嬢様は乗りたくないんですか?お嬢様と咲夜さんがむしろ行ったほうが…」
「私はそこまで子供じゃないぞ。とにかく行ってこい。」
「美鈴!早く!」
「わ、わかりました!誠心誠意、妹様をお守りします!」
「じゃあね、お姉様!行ってくる!」
美鈴とフランは手をつないで、電車に乗っていった。
紫もレミリアと咲夜に一礼すると、二人に続いた。
電車はプシューという音を立て、扉を閉めた。
そしてその電車を巨大なスキマが口を開けて飲み込むのをレミリアと咲夜は見守った。
「お嬢様も本当は乗りたかったんじゃないですか?」
「うー。」
~~~~~~~~
がたん、ごとん。
電車はフランと美鈴を揺らして走っていた。
外には田んぼやあぜ道が見える。
「本日は幻想郷鉄道「八雲線」をご利用いただきありがとうございます。
それでは、切符を拝見してよろしいでしょうか?」
「え、切符ですか?わ、私は…」
「めーりん、切符ってなあに?」
「えっとですね、電車に乗るのに必要なものなんですが…
私持ってませんよ…どうしましょう…」
「いえいえ、お客様のポケットのなかに入っているのではないですか?」
「え…?」
「あ、美鈴、あったわ!これね。」
二人がポケットを探ると、確かに「八雲線 紅魔館~」と書かれた
手書きの切符が出てきた。紫は二人から切符を受け取ると、改札鋏でパチン、パチンと
二人分の切符に切り込みを入れた。
「ふう…全く紫さんもお人が悪いですね…」
「うふふ、『八雲線』らしくていいと思うんだけど。」
「あはは、確かにそうですね。」
「ね、めーりん、わたし、外がみたいわ!」
「あ、ちょっと待ってくださいね。」
そういって美鈴はフランの靴を脱がせ、身体を抱えると、そのまま
後ろ向きに座席に上げた。
外は相変わらず田んぼや小山といった長閑な風景が広がっていた。
田んぼに光が反射し、きらきらと光っている。
「わぁ…」
「へぇ…これは…。紫さん、この電車はスキマの中にあるんですよね?
なんで外が見えるんですか?」
「うふふ、ちょっと窓に細工をね。あと、ことがたんごとんっていう
音とか、揺れとかも結構再現するのに苦労したのよ?」
そういって紫は悪戯っぽく笑った。
「子供のころから私の夢だったのよ。電車の運転手さんになるのがね。」
「あはは、紫さんが子供のころ電車なんてなかったでしょう。」
「失礼ね!み、南満州鉄道くらいはあったわよ…」
「ちょっとごまかしすぎじゃないですか?歳。」
フランは窓の外の景色を夢中になって見ている。外が珍しい事もあるだろうが
純粋に電車の中から流れる窓の景色を見たことがないからだろう。
美鈴はフランが座席から落ちないように背中に腕を回しながら、
一緒に外の景色を見ていた。
がたん、ごとん。
電車は三人を揺らして走る。
~~~~~~~
妖怪の山の頂上の、御柱が並ぶ湖のほとりに
スキマが開いて、中から電車が現れた。
「守矢神社、守矢神社です。お忘れ物にご注意下さい。本日も
幻想郷鉄道「八雲線」をご利用いただきありがとうございます。」
「ありがとう!また乗せてね!」
「ありがとうございます。妹様、何処へ行きましょうか?」
「めーりん!湖があるわ!行きましょう!」
「わ、待って下さいよ~。」
紫は走っていく二人を見送った。
そうして電車によりかかる。
「楽しかった?人を乗せて。」
――――――――無論だ。君には感謝したい。ありがとう。
「まだお礼を言うには早いわよ。まだまだ働いてもらうんだから。
…ほら!」
紫はなにか見つけたらしい。見るとこちらに走ってくる二人組がいた。
「わ、わ、これなに?私の仲間…じゃないみたいだけど…」
「で、電車です!なんで電車が幻想郷にあるんですか!?」
守矢神社の東風谷早苗と化け傘の多々良小傘だった。
「ご機嫌麗しゅう、早苗さん、小傘さん。」
「ゆ、紫さん!貴方が電車を持ってきたんですか!?」
「ふえー、これ電車っていうの?ふーん。」
小傘はしげしげと電車を眺めた。
一方早苗は、昔の友人にあったような、卒業アルバムを眺めるような
複雑な表情をしている。
「実は、本日より『幻想郷鉄道 八雲線』が開通しましたの。ですから、そのご挨拶にと。」
「開通?この電車走れるんですか?」
「ええ、勿論。」
「…紫さん、あの…」
「ええ、どうしました?」
「私を、この電車に乗せて頂けませんか…?」
「あらあら、貴方はこの電車に乗るお積りで
ここまでいらっしゃったのではないのですか?」
「…え?」
「かくしの中を、探してみなさいな。」
「…あっ!」
言われて早苗は巫女服のかくしを探ると、中には「八雲線 守矢神社~」
と書かれた手書きの切符があった。
「早苗!私も!ほら!」
小傘もスカートのポケットの中から同じものを見つけた。
「では、お客様、幻想郷鉄道の旅をどうぞお楽しみください。」
そういって紫は悪戯っぽく笑った。
~~~~~~~~~
がたん、ごとん。
電車は小傘と早苗を揺らして走っていた。
外には田んぼやあぜ道が見える。
「なんか、変な感じ。この電車って言うの、
ものみたいだけど、ものじゃないみたい。」
「……」
「忘れられて幻想郷にきたんだろうけど…って早苗?
どうしたの?」
「……」
「早苗?」
「…あっ!ごめんなさい!ちょっと、ぼーっとしちゃって…」
「早苗、なんだかなんだか変だよ?電車を見つけてからさ。」
「そ、そうですか?」
「そうだよ!朝までは元気だったのに、この電車を見つけてから
急にぼーっとしたり、なんか悲しそうな顔したり…」
「あ…」
「この電車にいやな思い出でもあるの?せっかく早苗と一緒にいるのに
そんな顔してちゃ悲しいよ…。」
小傘は早苗の顔を覗き込んだ。その色違いの二つの瞳は悲しそうな色を
湛えて早苗を見つめている。
早苗はしばらく驚いたような顔をしていたが、やがて
電車の天井を見上げながらぽつり、ぽつりと話を始めた。
「あの……小傘さん。」
「…なあに?」
「私が外の世界から来た…っていうのはお話しましたよね?」
「うん…早苗は外では『がくせい』をしてたんだよね?」
「ええ…。」
「それで、どうしたの?」
小傘は早苗の手を握った。なんだか早苗が遠くに行ってしまいそうだったからだ。
早苗は電車の天井を眺めながら続けた。
「そのとき、いつも電車を使ってたんですよ。」
「…そうなんだ。」
「いつも朝は『あー、眠いな、学校行かないで寝てられないかなー』って思って。
でもだんだん目が覚めてくると、『ああ、昨日のドラマ、面白かったな。みんなと
その話したいな。』とか『部活は今日は練習試合だったよね、楽しみだな』とか
思って『早く学校に着かないかな』って思うんですよ。」
「……」
早苗は、学校の話になると急に楽しそうになった。
小傘はそんな早苗を見ているとなぜか心臓を細い糸で縛られたようなきゅうっとした
感じに襲われ、早苗の手をいっそう強く握った。
いつもは、楽しそうな早苗を見ていると、小傘まで楽しくなるのに。
「で、帰りも電車に乗るんですが、そのときも『あーっ、学校終わっちゃったなー。
早く明日にならないかなー。』って思うんですよ。」
「……そうなんだ。楽しい思い出があるんだね…」
そこまで楽しそうに喋っていた早苗だったが、急に表情が暗くなった。
「だからこの電車を見たら、懐かしくなって。乗りたくなって。」
「……」
「でも、こうも思うんです。私はもうむこうには戻れない。
だから幻想郷に来た時、向こうの世界を捨てちゃったんだって。」
早苗も、小傘の手をぎゅっと握って、まるで痛みに耐えて涙をこらえる
子供のような顔をして続けた。
「…友達も、楽しい思いでも、捨てちゃったんだって。」
「早苗…。」
「幻想郷にいるのが嫌で、むこうに帰りたいんじゃないんですよ?
ただ、もう友達とおしゃべりすることもできないし、
電車に乗って学校に行くこともできないんですよ。
そういうことを全部捨てちゃったんです。
電車に乗ったら、そんなこと考えちゃいまして。」
早苗はそこまで一気にまくし立てるように喋った後、黙ってしまった。
いや、喋れなくなったのかもしれない。しばらく小傘は掛ける言葉が見つからず
しばらく早苗の横顔を見つめていた。その顔は笑っているような、泣いているような顔だった。
そうしてお互いしばらく黙っていた。
先に口を開いたのは早苗だった。
「…うふふ、そんな顔しないで下さい。」」
「え…?」
「だから、もう捨てたくないんですよ。
こうやって小傘さんとお出かけしたり、一緒にご飯を食べたり…
もうこういうことを捨てちゃって別の世界に行くなんて御免ですよ。」
「早苗…」
「だからそんな私がどっかいっちゃうなんてことはありませんよ。」
「ふえっ!早苗、私の考えてることが判るの!?」
「うふふ、わかりますよ。小傘さんはわかりやすいですから。」
そういって笑った早苗は、もう何時もの早苗だった。
がたん、ごとん。
電車は二人を揺らして走る。
「電車を止めるタイミングが見つからないわ…」
~~~~~~~~~
「実は、本日より『幻想郷鉄道 八雲線』が開通しましたの。ですから、そのご挨拶にと。」
「ふむ、これが電車というものか…。後学のために乗ってみてもいいだろうか?」
「ははは。素直に乗りたいって言えばいいのに。慧音は。」
「本日より『幻想郷鉄道 八雲線』が開通しました。ご利用の方は、私に切符をくださいね」
「大ちゃん大ちゃん!あたいのってみたい!大ちゃんも一緒に乗ろうよ!」
「え、あ、待ってよチルノちゃん!」
「『幻想郷鉄道 八雲線』が開通しました。ぜひ、新聞に載せてくださいな。」
「あやややや、こちらこそ取材をさせていただいてありがとうございます。
早速あしたの朝刊に載せますね。」
そうして紫と電車は幻想郷を走り回った。たっぷり半日は走りまわったので、さすがに疲れを
おぼえた紫は、白玉楼に電車を停めた。
「ほら、すごく綺麗な庭でしょう?もう少し経てば桜がとても綺麗に咲くのよ。」
――――――――ふむ。少々季節が早かったか。
「あら~、紫じゃない。随分と大きなお友達ねぇ。」
すると、白玉楼の主、西行寺幽々子が姿を現した。
「こんにちは、幽々子。」
「こんにちは、そしてこちらは…。電車さんっていうのかしら?こんにちは。」
「あら、知ってたの?」
「ううん、教えてくれたの。」
「…?変な幽々子。いや、幽々子は何時も変だったわね。」
「ひどいわ~。で、この電車さんと一緒に幻想郷を回ってたのね。」
「よく知ってるわね。うふふ。私、一度電車の運転手さんになってみたかったの。」
「夢が叶ってよかったわねぇ。うふふ。」
「で、ちょっと疲れたから寄らせてもらったのよ。お茶か何か頂けないかしら?」
「中に妖夢がいるから、頼めばお茶とお菓子を用意してくれるわよ。ついでに
私の分も頼んでおいてね。」
「貴方が用意してくれるんじゃないの?」
「私はちょっと電車さんとお喋りするのよ~」
「やっぱり変な幽々子ねぇ。」
そう言って紫は白玉楼のなかに入っていった。
紫が妖夢とお盆を持って電車のところに戻ってくると
幽々子は電車と楽しそうにしゃべっていた。
「全く…幽々子も惚けたのかしら?ものとお話するなんて。」
「もの…ですか?あれは…」
「え?どうかしたの妖夢?」
「いえ、なんでもありません。」
~~~~~~~~~~
白玉楼を出発した紫と電車は日が暮れるまで幻想郷を走りまわった。
そして太陽が山の向こうに隠れかけたころ、紫は河童に作らせた
車庫に電車を停めた。
「ふぃ…今日も一日ご苦労様。でも明日からもっと
忙しくなるわよ。もっと駅をきちっときめて、切符ももっと
ちゃんと作って…」
『いや、その必要は無い。』
「え?」
紫は振り返ったがそこには電車があるだけだった。
「…?誰かいるの?」
『明日まで、ここには多分いられない。』
「…え?まさか…」
まるで頭に直接語りかけるような声。
「で、電車がしゃべるなんて…まだ付喪神がつくには早いわよね…?」
『私は付喪神じゃない。あと、君が考えているように、ただ忘れられて
ここに来たわけでもないんだ。』
「ど、どういうことよ?意味がわからないわよ!…じゃなくて!
明日までここにはいられないって何よ!?」
『私の未練は、人を乗せて走ることだったからな…。だから、もうここには
いられない。本来いるべき場所じゃないからな。』
「?」
『私は”幽霊”なんだよ。まあ、ものの幽霊なんて自分でも珍しいと思うがね…。』
電車がとたんに色を失っていった。まるで、カラーの写真がセピアに、そしてモノクロに
なっていくように。
「と、とにかく!私が今…」
『いや…やめ給え…。未練もないのに留まる幽霊なんて
しまらないじゃないか。』
紫は境界を操ってなんとか電車を維持しようとしたが、電車は色を失い、やがて輪郭
を失い…まるで夕空に溶けていくようだった。
・
・
・
・
・
そうして電車は、消えてしまった。はじめから無かったように。
紫はその場にへたり込んだ。
「どうしてよ…まだ走りたいでしょうに…!まだ人を乗せたいでしょうに…!」
そう言って紫は地面を叩いた。土で車掌の服や手袋が汚れたが
そんなことは気にならなかった。
――――――――『さようなら。運転手さん』
「!?」
声が聞こえた気がして、紫は顔を上げたが、そこには夕焼けで綺麗に赤く染まった
空が見えるだけだった。
~~~~~~~~~~
幾日か経って…
しばらく紫は縁側でぼうっとしていることが多くなった。
普段と何処か違う様子に心配した霊夢(食べ物を貰いに来た)が幽々子に事情を聞こうとしたが
「失恋でもしたんじゃないの?しばらくそっとしてあげなさいな。」と本気なのか
わからない助言を受けただけだった。
さて、また幾日か経って、紫は筆と紙を前にして、楽しそうに何かを書いていた。
家事をしていた藍は、久々に機嫌の良い主を見て声をかけた。
「紫様、何をなさってるのですか?」
「うっふっふー。新しいスペカを作ってるのよ。」
「へぇ…これは…。名前はもう決まってるんですか?」
「そうねぇ…」
「ぶらり幽霊列車の旅、なんてどうかしら。」
>7.奇声を発する程度の能力様
個人的にはもうちょっと話をふくらませたかったのですが…
>12. 名前が無い程度の能力様
ということで次回はヒャッハーなSSを…
>14.名前が無い程度の能力様
ありがとうございます。もう少し盛り込んでもよいかな?なんて思いました。
>27.名前が無い程度の能力様
そのまま遭難しないように気をつけてくださいね。
今回もコメント、評価してくださった方、ありがとうございました。
余談ですが、お話の中の電車は昔の中央線の車両をイメージしています。