連続投稿失礼します。
この作品は前中後編の後編に当たりますので、どうぞ順番にお読み下さい。
小説版・儚月抄の表紙を見てムネキュンさせられた人は、
どうぞ姫様をよろしくお願いします。(CM)
***
【Chapter.7 三ヶ月と一週間目】
『A man does not have himself killed for a half-pence a day or for a petty distinction.
You must speak to the soul in order to electrify him.
人は勲章や一日半ペンスの給金のために命を捨てたりしない。魂を揺さぶる言葉が無くてはな - ナポレオン・ボ』
井戸から水を汲み上げて、手を浸す。
春夏秋冬常に変わらず一定の温度を保つ井戸水は冷たく、まるで私の手を氷の刃で切り落とそうとするような恐ろしさを感じさせた。
その水を肩から浴びると、心臓がキュウと締まるような感覚と共に身が引き締まり、体に染み付いた穢れが流れ落ちて行くような気がする。
もちろん、それは錯覚だ。地上に暮らしている限り、穢れからは逃れられない。
それも、私自身が穢れの塊のようなものなのだから、何をや言わんやなんやかんや、と言った所だ。
濡れた白装束が肌に張り付いて少し気持ち悪いが、それも何度か水を浴びているうちに感覚が無くなり、気にならなくなった。
穢れを祓うと言う本来の役目は果たしていないが、それでも水垢離は気持ちを引き締めるには最適だ。
震える体をおして、もう一度水を浴びる。
今日は、今までの活動の全てが試される特別な日なのだ。
これくらいしっかりと気合いを入れなければ、バチが当たるだろう。
メイド長との決闘のために(形だけだけど)代理闘士を探していた私の元に、一通の手紙が届いたのはつい先日の事だ。
どこか懐かしい、青竹の瑞々しい匂いが漂うその封筒の差出人は、『八意永琳』。
中身は至ってシンプルなもので、簡単に纏めると『弟子がお世話になったお礼として、お竹様を宴会に招待したい』というものだった。
出演料は破格で、普段の稼ぎの一ヶ月分くらいにはなるだろうか。文章も丁寧で手が込んでいる。
個人によって見解は異なるかもしれないが、私の見聞きした限りでは永遠亭は里の一部として認識されているらしい。
異変の首謀者が住む場所ではあるが、世間一般ではあの異変と永遠亭の関係性は知られていないため、
少なくとも有力妖怪の住処などとは一緒にされないでいる。
つまり、これを受けてもレミリアに対しての不義理にはならないだろう。そんな言い訳が立つ。
まあ、それはそれは大した問題では無い。
レミリアは私の正体を知っている様子なため、怒りはしないだろう。
それよりも問題なのは、永琳からのこの誘いに少々……いや、かなり嫌な雰囲気を感じる点だ。
しかし、私はそれを受ける事にした。
適度に水を浴びたところで、次に私が取り出したのは上質の火山灰だ。
水っ気を切った手を試しに差し入れてみると、兎の毛皮のようにフワフワした触感と、僅かな暖かみを感じた。
きっと、あの富士山のように雄大な力を秘めた山から産出されたのだろう。
大地の漲る力がこの灰に篭められているようだ。
その灰を、髪にまぶして行く。
頭皮から毛先まで、刷り込むように丹念にまぶされた灰は、髪の湿気と一緒に脂質汚れを吸い取って流してくれる。
外の世界では髪用の洗剤もあるらしいが、私にとっての洗髪はこんな感じだ。
一度その洗剤を使ってみたが、髪が荒れて大変な事になった覚えがある。二度とごめんだ。
髪から脂が十分に取れた所で、今度は頭から冷水を浴びる。冷たい。
我慢して櫛を丹念に通し、もう一度水を浴びる。めちゃくちゃ冷たい。
そうしてしばらく櫛を通していると、髪から汚れと灰が全て洗い流されて、自慢の黒髪が露わになる。
手入れはとても大変だけど、それに見合う美しいを醸し出してくれている。永琳がそう言ってたから間違い無い。
……私個人としては短く切ってもいいのだけれども、勝手に切ったらどんな反応をされるかしら?
まぁ、それはどうでもいい。
身綺麗にした次は、出掛ける準備をしなければならない。
髪に手を通して、遮るもの無く艶やかに流れてくれるのを確認した私は、井戸の周りを軽く片付けてから、自分の家へと戻って行った。
そうして漸く、里の喧騒が戻って来る。
私が須臾を集めるのを止めたため、時の流れが元に戻ったのだ。
今までの洗髪は、私だけの時間。
目撃者はおろか、私の時間に入って来られる人はいない。
そもそも、本来この洗髪は一日がかりで行うもの。
私だけの歴史を作って作業していたからいいようなものの、そんなに長い間井戸の前を占拠はできないし、私は私の肌を家族以外に見せるつもりは無い。
妹紅辺りは殺し合いの時に勝手に見るけど、あれは例外。一緒に温泉に入った時も見せたけど、温泉は無礼講だ。
濡れた髪が乾くまでは、少し時間がかかる。
永遠亭から持ち出したバスタオルを髪に巻き付けた私は、保存しておいた朝食を片付ける事にした。
今日のメニューは、食堂で包んで貰ったおにぎりと、帰り道で気紛れに買った揚げ饅頭だ。
どちらも作ってから時間が経っているが、作りたての時点で永遠の魔法をかけてあるから暖かいまま。いつでも美味しく頂ける。
一人暮らしには有り難いスキルだと我ながら感心するが、おかしい事は無い。
そんな適当な事を考えながら、まぐまぐと食べ終わる。美味しかった。
手を軽く洗う頃には、髪から水気がある程度切れていた。
バスタオルを外してもう一度櫛を通すと、サラサラと音を立てて流れ落ちてくれた。完璧だ。
乾いた髪には、永琳特製の髪油をたっぷりとつけておいた。
「ん……。やっぱり、普通にやると時間が経つのが早いわね。急がないと」
歯を磨きながら時計を見ると、もうそろそろ昼を過ぎる。そろそろ出なければ。
化粧と身支度は儀式だ。
香木で髪を撫でて薄く匂いをつけ、白粉(おしろい)を顔にまぶし、紅を引くことにより、
永遠と須臾の罪人・蓬莱山輝夜は身を潜め、流れの講談師・お竹が姿を現して行く。
紅が服に付かないように注意しながら衣装に着替えた私は、儀式の仕上げとして市笠を取り上げた。
この市笠は、私とお竹を区別する大切なアイテムだ。
西洋文化で言えば、ピエロの仮面辺りが相当するだろうか。
市笠は、必要な役割を演じるためのペルソナなのだ。
強く念じて、市笠を身に付ける。
すると、私の纏う雰囲気や霊質が僅かに変わり、『お竹』のものへと成った。
その代わりとして、普段身に着けている着物を家に置いて行く。
こうする事で、私の霊質をここに擬似的に置いて行く事ができ、仮面はより強固なものになる。
今なら、市笠無しの素顔を見られても私と分かる人は少ないだろう。
永琳相手でも、顔を直接見られなければ大丈夫。あの人は鈍いから。
「さて。いざ鎌倉、参りましょうか」
全ての準備は終わりました。
後は、永琳様に答えを聞きに行くだけになります。
家を出た私(わたくし)は、永遠亭に向けて歩き始めます。
「こんにちは。道案内は要るかい?」
「あら、こんにちは。そうですね、お願いできますか?」
その永遠亭に差し掛かる途中、竹林の入り口の辺り。
そこで私を待っていて下さったのは、藤原妹紅さん。
互いに付き合いの長い、腐れ縁の関係にある方にございまして、私の変装が効かない数少ない相手にございます。
有り難い事に、私一人では迷いの竹林を抜けて永遠亭まで辿り着く事はできない……事になっております。
それを察した妹紅さんが、気を利かせてくれたのでしょう。本当に……
「本当に、暇なお方」
「知っての通り、時間は持て余しておりますので。では参りましょうか、お竹さん」
「はい。よろしくお願いします」
道案内とは申しますが、道が分からないと言うのは建て前ですので、二人並んで歩いても問題はありません。
更に、妹紅さんが『気』を周囲に放ちながら進んでいるため、妖怪や妖獣も寄ってくる気配もありませんでした。
やはり、竹林の案内人と言うだけはあって手慣れています。
「さすがですね。いつもは妖獣が跋扈する迷いの竹林が、まるで広い公園のようです」
「まあ、このくらいは。それで?」
「それで、とは?」
「とぼけるなよ。永琳と話をして、それからどうするつもりだ?」
「成り行きに任せようかと思っております。結果がどうなろうと、知った事ではございませんので」
「薄情だね。どうしたんだい?」
「だって、ほら。これをご覧下さい妹紅様。これは八意様から届いた今回の招待状です」
「どれどれ……ああ、これは酷いな。文章がまともなだけにより腹が立つ。まるで督促状だ。
人を招待しようって言うのに、情熱が足りないよ。情熱が」
妹紅さんに書状をお見せしたところ、彼女も私の言わんとしている事を理解してくれたようです。
軽く眉をしかめられた後、苦笑して書状を返してくれました。
「もしも紅魔館に行く事になったら、一緒に行ってやるよ」
「それは……マネージャーとしてですか?」
「プロデューサー稼業も、楽しそうじゃないか?」
「楽しそうですね。張りぼてでも護衛が欲しいと思っていましたので有り難い限りですが……よろしいのですか?」
「なぁに、長い人生の余興さ。混ぜろよ」
「……もう、わがままなお方」
「どっちが」
妹紅さんが突き出して来た拳に拳を合わせて、互いにクスクスと笑い合いました。
腐れ縁は、楽しいものです。
「さて。そろそろ着く頃合いですね」
「ああ。そうだな」
話しながら歩いているうちに、永遠亭の門が見える場所までやって参りました。
ああ、懐かしき我が家! ……なのですがしかし、私は帰って来たわけではありませんから、感慨も今一つでございました。
「あれ、お客さんかな? すみません、今日はお休みの日なんですよ。急患じゃなければまた後日で……あれ?」
「こんにちは」
「よっ!」
門の前まで辿り着いてノッカーを叩くと、鈴仙様が門の内側から顔を覗かせました。
最初はキョトンとしていた鈴仙様でしたが、私達の事を認めるや否や顔を白黒させて門を開け放ち、
平伏せんばかりに頭を下げてしまわれました。
「も、ももも、申し訳ありません!
こちらがお呼びしたと言うのに、案内の者も寄越さずにご足労頂いてしまったようで!」
あら。待たせるのも悪いかと思って早く出て来たのですが、まさかそれが裏目に出るとは。
ここら辺の感覚は、市井に交わった後でも未だにずれているようですね。下手に出過ぎてもよろしくないようです。
「鈴仙様、お顔を上げて下さいませ。時間を守らないご無礼を働きましたのは、私の方なのですから」
「いえ、そんな事はありませんよ! こちらも気が回りませんで……」
「どっちが何でもいいけどさ。ここで押し問答をするより、奥に通した方がいいんじゃないかな?」
「あ! それもそうですね! どうぞ中にお入り下さい」
「はい、ありがとうございます。妹紅さんもありがとうございました」
「なんもさ。それじゃ、またよろしく」
「あの、よろしければ妹紅さんも宴会に参加されませんか? 日頃、患者さんを案内してくれているお礼と言う事で」
「いや、いいよ。輝夜がいない宴会は張り合いが無いからね。私は帰るよ」
「分かりました。お気をつけて~」
私を鈴仙様に引き渡した妹紅様は、手を軽くヒラヒラとさせながら颯爽と去って行かれました。
そんな彼女を見送っていると、中からまた一人別の女性が出て参りました。八意様です。
「鈴仙、お客様が見えたの?」
「はい。こちらの方がお竹さんです」
「遠路遥々ご足労頂きありがとうございます。私は八意永琳と申します。本日はよろしくお願いします」
「八意様ですね。御噂はかねがね伺っております。こちらこそよろしくお願いします」
しれっとした顔で……顔は見せていないのですけどね……八意様に挨拶をして、頭を下げます。
「本日の宴会はお月見の宴会ですので、本番は夜からの予定になります。
部屋を用意してありますので、どうぞそちらでお寛ぎ下さいませ」
「お心遣いに感謝いたします。……ところで八意様。少しよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
どうやら、私の正体を悟られてはいないようですね。
ですが、確認のために少しだけ探りを入れます。
これでバレたならば、それも一興と言うものです。
「本日の宴会には、蓬莱山様も出席なさるのでしょうか? それでしたら、宴会が始まる前にご挨拶を申し上げたいのですが」
「……主人は、ただいま留守にしております。ですので、その必要はありませんよ。それより、姫様の事をご存知なので?」
「ええ。存じております。実は、八意様や鈴仙様の事も蓬莱山様から聞いているのですよ?」
「……姫様は、何と?」
「それは……」
「それは?」
「……秘密です」
軽く肩をすくめて、上半身を前に傾け、指をチッチッチと左右に振るのがこの台詞を言う時のお約束です。
それと一緒にコケティッシュにウインクを致しますが、相手に見えないので無駄な演出です。
が、雰囲気は伝わったようで八意様の表情が眼に見えて険悪になりました。
「……ふざけていらっしゃるのですか?」
「いいえ。私は蓬莱山様との約定を果たしているだけでございます。
八意様には、自分の事は話さないようにと強く言い渡されております故」
「……輝夜ったら、何を考えているのかしら……」
「さぁ。私には分かりかねます」
八意様は頭の回りは素晴らしく良い方なのですが、表情に焦りや戸惑いが全部出てしまうため、腹芸が苦手と言う致命的な弱点を持っております。
少なくとも私から見れば、表情をコロコロとすぐに変える、子供のようなお方。
愛おしくてたまりません。
いつぞやか、レミリア様が月に行くために準備をしていた時のパーティー会場にて、
自分から霊夢達に話を振っておきながら口を滑らせてしまった八意様が、咄嗟に言い訳をした時のお顔は……ふふ。
思い出すだけで笑えてしまいます。しどろもどろと顔を紅くする永琳様の可愛らしさといったら、もう。
今も私と鈴仙様の手前笑顔を取り繕ってはおりますが、ここ数ヶ月の間一切の連絡を寄越さない『姫様』に苛立っているようですね。
そんな八意様の様子に鈴仙様は気が気でないようです。
「ただ、輝夜様はもうしばらくしましたら、一度ここを訪れると申されておりました。その時には、八意様から答えを頂くと」
「答えを……? 何のことでしょう?」
「さぁ。私には分かりかねます。私はもののついでのメッセンジャーですので」
「……そうですか。わざわざありがとうございます。鈴仙、お竹様をお部屋にお通しして」
「はい、分かりました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
言うべき事は言いましたので、ここは素直に鈴仙様に案内されましょう。
本当はもう少し八意様で遊びたかったのですが、致し方ありませんね。
「あのー……」
「はい、何でしょうか?」
「お竹様は、どうしてお師匠……永琳様にあのような事を仰ったのですか?」
「あのような事、とは?」
「惚けないで下さいよ。どうしてあんな、挑発するような事を?」
「あら。あの程度、幻想郷では普通の挨拶でございましょう?」
「そうかもしれませんけど、何もわざわざ……何か、ご不満な点でもございましたか?」
「不満も不満、大不満でございます。だって、八意様は私を知らないのですから」
「……はぁ」
「私は八意様を存じておりますが、八意様は私を知りません。
鈴仙様からのありがたいご推薦なのでしょうが、それでもどうして私を呼んだのでしょう。全く分かりません」
「……ふぇ」
「それに比べて、レミリア様のお誘いには情熱と興味がふんだんに篭められておりました。
しかし、八意様はそうではないようですね。例えるならば、1000年の恋も冷めるような思いにございます。
鈴仙様が出迎えて下さらなければ、妹紅様にお願いしてすぐに帰る所でしたよ」
「えっと……。私にはよく分かりませんが、申し訳ありません」
「鈴仙様は謝って下さらなくても結構ですよ。悪いのは八意様です。どうぞ『よろしく』お伝え下さいませ!」
「は、はい!」
部屋の外を目線と意識で示しながら『よろしく』の部分を強く強調する事で、鈴仙様には退出して頂きました。
少し間を置いて、私は深いため息をつきました。
「私は我が儘なのでしょうね。気が付かないように配慮したと言うのに、気が付いて貰えないとこんなにも苛立たしい。
それ以上に、思った以上に腑抜けている八意様が実に腹立たしい。
合わせて加えて、八意様の天然の不心得が本当に憎らしい。もう!
……まあ、いいでしょう。私が彼女に伝えねばならない事に、変わりはありませんからね」
ひとしきり独り言を終えた私は、担いでいた三味線を降ろして弦を張り直しました。
宴会は日が暮れてからとの事ですが、時刻は既に夕方の気配がちらつき始める頃合いです。
調律を早く始めるに越した事は無いでしょう。
「でも、その前に」
そっと立ち上がり、入り口の襖を開け放ちます。
するとそこには、部屋の外からこちらの様子を窺っていた子兎達との姿がありました。
お二人は興味深々と言った風情でこちらを見上げておりました。
「こんにちは」
『こんにちは~』
『こんにちは~』
「そんな所で耳をそばだてていないで、中にお入りなられてはいかがですか?」
『いいんですか~?』
『いいの~?』
「もちろんです。さぁどうぞ」
『わーい! 姫様~』
『姫様姫様~』
「……あらあら。どうして分かったの?」
『姫様でしょー? 抱っこー』
『姫様じゃないのー? お耳撫でてー』
「はいはい。まったく、甘えん坊さんなんだから」
子兎達は、すぐに私に気が付いてくれました。
理由を聞いても判然としないため、恐らく『何となく』分かってしまったのでしょう。
子供は理で考えない分、こう言った事にはとても敏感なものですから。
「仕方の無い子達ね。みんなには内緒よ?」
『はーい』
『はーい』
「そちらの方も、よろしいですね?」
「むぅ……。やはり気がつかれてしまわれましたか」
私が通路の影に意識と声を向けますと、そこから一人の男性が姿を現しました。
戦士として鍛えられた素晴らしい体格と、ハンサムではありませんが、とても実直そうなお顔をされているその方は、
この永遠亭における戦士隊の副隊長・土蘭様にございます。
「この子達のお守りですか?」
「左様にございます。桔梗が手一杯なため、私がこの子達の世話をしています。いや、しかし……」
「しかし、どうしましたか?」
「この子達が姫様だと言うので様子だけ見に参ったのですが、まさか本当に姫様だとは夢にも思いませんでした。不覚にございます」
「ふふ。それより、こんな所で話していては秘密にできる事も露見してしまいます。さあさあ、どうぞ中へ」
「はっ! 失礼致します!」
『お邪魔します~』
『わぁい♪』
おチビちゃん達と土蘭様を部屋に招き入れた私は、入り口の襖を閉めて、元の席に戻りました。
その際、襖は僅かに開いたままにしておきます。
「この程度の小細工は嗜みと言うもの。さあ、準備をしましょうか」
***
「……との事です。お竹様は、お師匠様の対応が不満であると……」
「……そう。分かったわ」
「あの……その、何と言ったら良いでしょうか。とにかくすみません」
「あなたが謝る事じゃないわ。それより、自分のお仕事に戻りなさいな」
「はい。準備ができましたらお呼びしますね」
「よろしくね」
優曇華が退出するのを待って、私は深く溜め息をついた。
芸人を呼ぶのは一向に構わない。
例えばプリズムリバー三姉妹は定番の音楽グループだし、宴会の招待客が弾幕ごっこで遊ぶのも座興の一つだ。
しかし、それがまさかあんな珍妙な人物だったとは……。
「私が彼女を知らない、か。下調べの話……じゃないわよね。どう言う事かしら……」
ブツブツと呟きながら、手元にある資料を眺める。
一応、永遠亭に招くにあたって身辺調査くらいはしてあるのだが、
そこに書かれた情報は、推論の材料としてはあまりにも量が少なかった。
「外来人の講談師で、名前はお竹。
竹取物語の斬新な解釈と多様な芸で人気を博し、一躍時の人に。
一週間後に紅魔館のメイド長と決闘の予定があり、負けたら紅魔館で芸を披露する約束になっている。
素顔は不明。誰も見た事が無い……怪しい経歴ねぇ」
私も直接対面したわけだが、どうにも表情が読めない。
それは市笠がどうのこうのと言う話ではなく、本心や意識の向け先を逸らすのが恐ろしく上手いのだ。
正面から対面しているだけだと言うのに、まるでこちらの考えを熟知しているかのようにすら感じられる。
「あのメイド長に喧嘩を売ったのは、パフォーマンスの一種かしらね。腕に覚えがあるようにも見えないし。
それより気になるのは、この竹取物語についてかしらね。……竹取物語ねぇ」
私にとって、竹取物語とは故郷を捨てる話だ。
地球に墜とされた輝夜の後を追い、自身も穢れを身に纏い、月から逃げ出した。
そんな苦い思い出の象徴だと考えているため、あまり良い感情は抱いていない。
「まぁ、優曇華は聞きたがるかもしれないわね。拒否するのも何だし、流れに身を任せましょうか」
「あ、いたいた。お師匠様、ちょっといいですか~?」
「どうしたのてゐ?」
「調理班から連絡があってさ。お味噌がちょっと足りないみたいなんだよ。
お師匠様、確か貯めてたよね。分けて貰えないかな?」
「ああ、いいわよ。案内しましょうか」
「よろしく~」
「ついでに、客間の様子も見ておきましょうか。
既にゲストさんは来てるから、粗相の無いよう兎達に周知しておいてね」
「あいあいさ~」
てゐを連れて客間へと向かうと、お竹さんが居る方から音楽が聞こえて来た。
この永遠亭では、音楽を嗜むのが輝夜と一部の趣味人……兎だけど……しかいないため、
かなり久しぶりにまともな音楽を聞いたような気がした。
てゐも同じ事を考えていたらしく、心なしか歩調が弾んでいるように見えた。
「……あら、襖が少し開いてるね。優曇華が閉め忘れたのかしら?」
「かもね。どれどれ……お?」
流れるような動作で覗き込むてゐ。
「こら、はしたないわよ」
「お師匠様も見てみなよ。面白いものが見えるよ」
「面白いもの? ……あら」
釣られて私も部屋を覗き込むと、そこには確かに面白い光景が広がっていた。
まず目に付くのは、部屋の中心に座っているお竹さんと、その周囲でゴロゴロとしている兎達だ。
警戒心が強く、初対面の人には隙を見せない兎達が、
みんな一様にリラックスした様子でゴロンとお腹を見せて寝転がっている姿は、何とも微笑ましい。
膝の上にも子兎が寝そべっており、時折耳や顎の下を撫でられては嬉しそうにヒゲをピクピクさせている。
それはさておき。
てゐが言った『面白いもの』とは、そのお竹さんの前に畏まった様子で正座する戦闘部隊の副隊長・土蘭だろう。
大の男が、顔を真っ赤にさせながら女性に頭を下げる構図は、古今東西どこに行っても面白いものだ。
どうやら、彼はお竹さんに何かを教わっているらしい。
「よ、よろしくお願い致します!」
「そう硬くならないで下さい。お手を拝借致しますので、どうぞこちらに」
「は、はいっ!」
(「くっくっく……」)
(「ダメよてゐ、笑ったらダメ……ぷっ」)
何をしているのかは二人の体が邪魔をして見えないが、お竹さんが土蘭の手を取ると、彼が強く動揺したのが良く分かった。
てゐのそれに似た、ポフポフの兎耳が軽く跳ねているのだ。
見た目のゴツさに見合わず、純情な人だ。兎だけど。
「緊張なさっているようですが、どうぞ落ち着いて下さいませ。そんな調子では、何事も成せませんよ」
「そう言われましても、無骨者の身には中々難しく……」
「それでしたら、あたかも戦場(いくさば)に居るかのように思ってくださいませ。
戦場なれば、緊張はされても心と体は自在に動きますでしょう?」
「そう言われましても、そのような想像で己を鼓舞する事は苦手でして」
「慣れが必要ですからね。でしたら、少しお待ち下さい。ただいま、相応しい相手を用意致しますので」
「相応しい相手……?」
「実は私、イタコのように冥界に住まう霊を呼び出す事ができるのです。
その力を利用して、ここに古の猛将をお呼び致しましょう。誰かリクエストはございますか?」
「では……関羽雲長で」
「呂布奉先ですね。承りました」
わざとか。わざとなのか。そう突っ込みたくなるようなスルー力を発揮したお竹さんは、
困惑する土蘭を尻目に、目を瞑って……多分瞑っている……瞑想をし始める。
私とてゐも含めたみんなが固唾を飲んで見守っていると、突如として彼女の気質が荒々しく変化した!
膝に寝ていた兎達が部屋の隅に逃げ出し、土蘭が腰を浮かせて刀に手をかけ、てゐの目つきが鋭いものに変わる。
私も手に霊力を集め、何かあればすぐに飛び込めるように身構えた。
『抜け! この俺が直々に相手をしてやろう!』
目を見開いた彼女から発せられた言葉は、まるで別人の口から飛び出したかのように暴力的な色を帯びていた!
傍から覗き見ているだけの私達ですら、背筋に冷たい汗が流れるほどの強い圧力はどうだ! 古の猛将と呼ぶに相応しい圧倒的なパワーを感じさせた。
土蘭が相手の言葉に応じて刀を抜き放つと、お竹さんも唇をニヤリと歪め、手に持っていた棒状の何か突きつけた。
武器としては頼りないように見えるそれは……
「竹の、笛……?」
どう見ても、竹製の笛だった。
作りはしっかりしているようだが、そんな楽器では刀には敵わないはずだ。
しかし、土蘭にはそうは見えていないらしい。一切の油断をせず、じっと隙を伺っている。
まるで彫像のように動かなかった二人だったが、その均衡を壊したのはやはりお竹さんだった。
『ダンッ!』
細い女の足から発せられたとは思えないほど鋭い踏み込みで、竹の笛が土蘭の喉元へと突き出される。
それを軽いサイドステップで回避した土蘭は、刀を片手に持ち替えて手刀を作ると、そのまま相手の脳天へと振り下ろした!
「てやっ」
「あいたっ」
土蘭のチョップがお竹さんの市笠に当たり、ポコンと間抜けな音を立てる。
鋭いのは踏み込みと気迫だけで、その他はてんでヘッポコだったのだ。
「うぅ……。やはり、本職の方には敵いませんね。演技だけではどうしようもありません」
「お戯れはお止し下さい。うっかりと本気で対応してしまう所でした」
「大丈夫ですよ。その程度の事でどうにかなるような食生活は送っておりませんので。それよりも、緊張は解れましたね?」
「ええ、まあ、確かに。素晴らしい気迫でした。さすがは……」
「おっと、そこまでにございます。では始めましょう、無駄な時間を食ってしまいました」
「はっ!」
「おチビちゃん達も、こちらに戻ってらっしゃい。脅かしてしまってごめんさないね」
『大丈夫~』
『平気~』
緊張が解けて気合十分の彼が取り出したのは、お竹さんが持っているのと同じ竹の笛だった。
どうやら笛の指導を頼んでいたようで、時折つっかえて顔を真っ赤にしながらも、お竹さんの指導を受けて真面目に笛の稽古を始めた。
意外な事に、彼の笛の腕前は中々のものだった。これなら、普段の宴会でも前座くらいは任せていいかもしれない。
「中々上手にございますね。独学で勉強なさったのですか?」
「はい。基礎こそ姫様……人に教わりましたが、それからは暇を見つけては笛を吹いていました。
野暮な話ではありますが、斥候として竹林を駆け回る際にも呼び笛として利用しております」
「遊びと戦い、すなわち虚と実が混ざり合って一つになる。遊びの中に戦いがあり、戦いの中に遊びがある。これはとても大事な事です。
どちらがどちらと区別はつけず、常に両方を意識して下さいね。
あなたが訓練で剣を振るうかのように、笛を吹くのです」
「目的意識をしっかり持て、と言う事ですね。
しっかりと意識しながら行う一日の訓練は、惰性で続ける一月の訓練に勝るものです」
「そうです。そして、もう一つ。こうして一度教えを請うならば、私自身を貴方自身とするかのようにして下さい。
誰かを懐に入れるとは、そういう事です。私を貴方にして下さい。分かりますか?」
最後の言葉は、目の前の彼ではなく覗き見ている私に向けられた言葉だ。
その証拠として、お竹さんは目線はそのままに、意識の欠片だけを襖の隙間を通して私の胸へと突き刺して来たではないか!
その冷たさと熱さに、私は思わず一歩引いて生唾を飲み込んでしまった。
「はい、心に刻んでおきます」
「よろしゅうございます。思い人様へのプロポーズ、頑張って下さいね」
「な、な、な……何を仰いますか!?」
『おじちゃん頑張れ~』
『頑張れ頑張れ~』
「応援しておりますよ。きっと上手く行きます、安心して下さい」
「は、はい……貴女様がそう仰るのでしたら……」
(「ぷーくすくす。そっか、土蘭の奴は桔梗の事が好きだったのか。これは確かにお似合いだねぇ」)
部屋の中からは相変わらず楽しそうな会話が聞こえてきて、てゐもそれを横から眺めて楽しんでいる。
しかし、私はそれどころでは無かった。
「……ん? お師匠様?」
「彼女が最初に言っていた不満とは、この事だったのね……」
「お師匠様、どうしたのー?」
「何でもないわ」
そうだ、そうだった。
彼女は優曇華の紹介と言う形で招いた客だが、それでも私の客である事に変わりは無い。
それはつまり、永遠亭と言う私のテリトリーに呼び寄せ、懐に入れる事を意味している。
お竹さんは、身柄を私に預けるつもりでやって来た筈なのだ。
それなのに、肝心の私は無関心。情熱も興味もまるでなく、ただ呼んだだけ。
私が彼女に送った招待状の文面を思い出してみると、丁寧な文体ではあるものの、
そのような相手の心に訴えかける魂の篭った言葉は入っていなかった気がする。
1000年の恋も冷める思いと表現されたが、なるほど。あの時点で帰らなかったのは、偏に優曇華への義理だろう。
「……輝夜だったらどうしていたのかしら。あの子、そういう人の機微には聡い子だから……」
永遠亭における輝夜の役割とは、一体何だったのだろうか。
輝夜がいなくなって三ヶ月と少々が経った今更、私は漸くその事を考え始めていた。
「お師匠様、どうしたのん?」
「何でもないわ。お竹さんの演技力も音楽能力も垣間見れたし、後は楽しみに取っておいて行きましょうか。私達は私達の目的を果たさないとね」
「あ、そうだ。お味噌お味噌」
「そう、お味噌お味噌。行きましょうか」
***
「『音楽が恋の糧なら、続けてくれ』……」
「『そうすればいつかは聞き飽きて、胸につかえて食欲が無くなるだろう』……シェイクスピアですよね。それがどうかしましたか?」
「いいえ、独り言にございます。これからの事に自戒を篭めまして」
副隊長さんに稽古をつけてあげてから、数時間後。
真ん丸満月のお月様が天に昇り、幻想郷を薄く照らし出す時間になって漸く、私が宴会場へと呼ばれました。
宴会の会場は、普段ではあまり使用される事がない母屋の外れにある大宴会場で、
襖と天窓を開ける事によって月の運行が全て見渡す事ができ、庭にも通じているとても風流な部屋にございます。
部屋の西側にはやや高くなった舞台が設けられていて、左右両端に剥製となった熊と狐の頭部が鎮座しております。
それがまるで、私を取り囲んでいるような、あるいは私を守ってくれているような、何とも言えない感じになっております。
とりあえず、鬼瓦としては一級品でしょう。迫力はございます。
その舞台をグルリと半円を描くように座っていらっしゃるのが、本日のお客様です。
上座に当たる場所に八意様がお座りになられ、てゐ様がその横に、そして各部署の長となる兎が、その側近が、後は年若い順に適当にと、
舞台の上から眺める座りの順列は、綺麗なグラデーションが書かれているように見えますので中々に面白くございます。
まあ、宴会が始まれば皆さん適当に動き回りますので、あまり関係がない配置ではあるのですが。
現在は、配膳係の兎達が料理やお酒などをせっせと運んでいる最中にございまして、
それが終わり、全ての兎が席についてたら直ぐに乾杯の音頭が取られる予定となっております。
待機中の私の横には、特別にと言う事で鈴仙様が配膳をして下さっておりまして、
先ほどの独り言に反応して下さったのも彼女です。
「皆さん、仲がよろしいのですね。鈴仙様もあちらに行かなくてよろしいのですか?」
「ええ。お竹さんを招待したのは私ですし、お師匠様からもこちらに居て良いと言ってもらっています。
せめて宴が始まるまでは、ここに居させて下さい」
「……もう、可愛らしい人ですこと。つい先日までは妙な病気を患っていたといいますのに」
「病気……ですか? 私は健康体のつもりなのですけど」
「自覚が無いのが心の病にございます。どうぞ、ご自身の感覚ではなく八意様の判断を仰いで下さいませ?」
「……分かりました。私も医術を学ぶ者ですから、医者の不養生と言う言葉くらいは知っていますので」
「それでようございます。では、そろそろお戻りになられてはいかがです?」
「え?」
客席の方を見てみれば、ようやっと配膳が終わり、八意様が杯を手にとって立ち上がるところでした。
鈴仙様も慌てて立ち上がり、杯を取りに席へと戻って行かれます。
そして、彼女が席についたのを確認して、八意様がよく響く美しいお声で乾杯の挨拶を述べられました。
「私は、今日と言う日を迎えられた事を嬉しく思います。
かつては知性を持たず、その日その日を暮らしていた貴方達地上の兎達が、
武勇と智恵を持って外敵を無事に討ち果たした日なのですから。
戦士達の弛まぬ努力と、勤勉な精神に敬意を表して。
そして、それを支える者達の強き心に感謝を篭めて。乾杯!」
『乾杯!』
八意様のスピーチに合わせて、兎達も杯を高く突き出し、一気に飲み干しました。
誰も彼も楽しそうに、そして誇らしそうに互いの肩を叩き、話に花を咲かせ始めます。
私もそれに合わせて酒杯を掲げますが、飲みはしません。私の仕事はこれからなのですから。
八意様と鈴仙様からの目配せを受けて、今度は私がすっくと立ち上がります。
「お集まりの皆様、始めまして。私は『お竹』と申します。
このような誉れ高い宴にお招き頂き、誠にありがく思っております。
ささやかではありますが、この場をお借りして皆様の労を労わせて頂きたく存じます。
どうぞ、最後までお付き合い下さいませ」
深々と頭を下げますれば、あちこちから拍手が飛んでまいりますが、
大半の兎達は食事と酒に夢中でこちらに意識を向ける事ができていないようですね。
花より団子とはよく言ったもので、私という花に興味が無いのでしょう。
それならば、まずは彼らを振り向かせなければなりません。
「てゐ様、こちらにお越し下さいませんか?」
「私? はーい!」
流石に自分達の群れ長が壇上に上がったのは無視できないのか、
兎達が袖をチョンチョンとつつきあって互いに注意を促しています。
しかし、このような姑息な手段をとるために呼んだわけではありませんよ。
「てゐ様、始めまして。本日は戦いの後の祝賀会と言う事ですので、幾らかお話を伺いたく存じます。
まず、この度の戦いで一番の大手柄を上げたのはどなたでしょうか?」
「それはもちろん、土蘭副隊長様さ。緊急事態にも冷静に対処して部下に指示を出して、
武に逸らず私にキッチリと報告をして、私の不確かな憶測にも文句を言わずに行動してくれたんだ。
みんなも、異論は無いだろう?」
『オォー!』
酒を飲んでいた兎達が、手や足を使って囃し立てながら同意の声を上げます。
苦笑して酒を飲んでいる副隊長さんですが、満更でも無いようです。
「それでは、副隊長さんも壇上にお上がり下さい。一緒に戦われた方々もどうぞご一緒に。
皆様、拍手をよろしくお願い致します」
副隊長さんと、その部下の方々が壇上に上がります。
皆様既にお酒を飲まれているようですが、顔がやや赤いのはそのせいだけではないでしょう。
ここまでは誰でもできる事。私の仕事はここからにございます。
「本日の座興として、私が皆様の武勇伝を歌に致しましょう。
そして、私が生きている限り語り継ぎます。如何でしょうか?」
「戦士としてこの上ない名誉です。よろしくお願い致します。ほれ、お前らも」
『よろしくお願いします!』
副隊長さんが頭を下げ、部下の方々も続いて頭を下げます。
他の兎達を見てみると、私の言葉に興味津々と言った様子。
どうやら、皆様の気を引く事には成功したようです。
「それでは、詳しく話して下さいませ。最初に熊を見つけたのはどなた?」
「俺です! 俺が見つけました!」
「元気な方ですね。お名前は?」
「蒙明(もうめい)です! よろしくお願いします!」
声を上げたのは、壇上に居る兎達の中でも特別体の小さい、まだあどけなさを残す少年兎でした。
私の記憶が確かなら、私が家を出る少し前に訓練を終えた新兵君だった筈。
それがどうでしょう。『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』と申しますように、
少し見ない間に立派な男になっているではありませんか。将来有望な子です。
「あなたが見つけた時、相手はどのような様子でしたか?」
「頭にかっかかっか血が上っていて、涎や殺気を振り回しながら走り回ってたんだよ。
行く道を遮る竹や岩をぶち割って一直線にね。こう、両腕をブンブン振り回して、当たるを幸いに暴れてたんだ」
「恐ろしいですね。怖くなかったのですか?」
「もちろん! こんな奴にビビッてたら、剣なんて持てやしないからね!」
置いてある熊の頭部を軽く蹴り飛ばす蒙明様。
少し調子に乗っているようですが、若い子はそれくらいがいいのです。
「『深き竹林の奥に響く、戦慄の咆哮を聞け!
かの者は黒き暴風、竹林を荒らし乱暴狼藉を働く者である。
情け容赦なく全てを薙ぎ倒す彼の者は、『黒兜』。
人が見上げるほどの巨躯を誇る強大な熊の妖獣であった』
三味線を軽く弾き鳴らしながら、時折手振り身振りを交えて敵を描写します。
手にした逆持ちの扇を天高く掲げると、兎達の視線がそちらへと集まりました。
それを素早く振り下ろして小さな戦士を指し示せば、今度は彼に視線が集まりました。
『奴が進む先には、無力な同胞達がいる。行かせてなるものか!
小さな体に強き心を携えて立ち塞がるのは若き戦士、名を蒙明!
彼は眼前に迫る死の風を睨みつけると、スラリと刀を抜き放ち黒兜へと踊りかかりました!』
……まずはこんな感じでしょうか? 敵はある程度強く描写せねば、お話になりませんからね」
『おおー!』
兎達が拍手と共に感嘆の声を上げて下さいます。
即興なので韻も何も踏んでいない稚拙な文章なのですが、それでも喜んで貰えるのは嬉しい事です。
「でも、黒兜って何です?」
「この熊の頭部をご覧下さい。暴れに暴れた末に頭の毛が激しく逆立ち、まるで兜のように凝り固まっているではないですか。
それゆえ、勝手に名付けました。皆様よろしいでしょうか?」
特に考えは無かったらしく、副隊長さんも含めて皆様頷いて下さいました。
「では、こちらの狐の名前はいかが致しましょうか?」
「そうですねぇ……。では、八意様、何か考えはございますか?」
ぼうっとこちらを見ていた八意様に、急に話を振ります。
何か考え事があるようですが、許しませんよ。
「え? んー……では、考えを休むと書いて休考(きゅうこう)でどうでしょうか。
策士策に溺れた狐だから、『馬鹿の考え休むに似たり』と言う事で」
「とてもようございます。彼はこの物語の取りを飾る役を引き受ける方ですからね。
それくらい間の抜けたお名前の方が盛り上がると言うものです。ね、てゐ様?」
「そうだね! お竹さんにも見せたかったよ、私の必殺の一撃をさ!」
「見えないものを見せるのが講談師の仕事にございます。さて、続いて参りますよ。
黒兜に立ち向かう若き戦士様。その後はどうなりましたか?」
「えっと。その後すぐに副隊長達が駆けつけてくれて……」
宴は始まったばかり。
さあ、皆様ご一緒に。
***
宴会は、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
「『追い詰められた休考の叫びが広場に木霊します。
口から飛び出す怨嗟の声と暴力への欲望は、女子供の足を竦ませるには十分な強さがありました。
ガアッ! と雄叫びを上げ、ヒョウ! と地を駆ける休考。小さく纏まり身を守る同胞まで、あと僅か。我が弓では倒しきれぬ!
追う彼はそう悟りますが、それでも悲観は致しません。卑しい狐の前に、最後の砦が立ち塞がったのです!』」
大袈裟な身振りでお竹さんがてゐを指し示せば、てゐもてゐで得意げな顔を観客に見せ付ける。
やっと回ってきた群れ長の出番に、兎達のボルテージが最高潮に達したのが手に取るように分かった。
壇上では兎達が舞い踊り、歌うように物語を作り出すお竹さんの周りで、自分達の功績を実に楽しそうに語り続けていた。
熊の毛皮を頭から被った蒙明が、大仰な動作で両手を広げて『グァー!』と子供達を脅かせば、
それに負けじと子供達は手にしたお箸や竹の筒で彼の脇腹や太股をチクチクと突いて対抗している。
そんな風に馬鹿騒ぎをしているかと思えば、土蘭副隊長はお竹さんの横で隠し芸の笛の伴奏を披露し、部下の兎達の目を白黒させていた。
みんな、楽しそうだ。
「即興ですので粗い部分も多くございますが、それは語り続けているうちに洗練されて行く事でしょう。
皆様も、忘れないでいて下さいね!」
『はーい!』
観客として見ている兎達も、ひょうきんに騒ぎ続ける戦士達を見ているだけで笑いが止まらない。
楽しく明るい雰囲気に、台所と宴会場を行ったり来たりする給仕の兎達も仕事の甲斐があると張り切っていた。
正直に言って、私は驚いていた。
まさか、気紛れで呼び寄せた流れの講談師が、ここまでの腕前を持っているとは。変人なだけはある。
普通、芸人や音楽家と呼ばれる人達は他の人間が同じ舞台に上がってくるのを嫌がるものだ。
それもそのはずで、芸や講談と言った他人に聞かせるタイプの演劇は、どれだけその作者が作り出す世界観に観客を引きずりこめるかが重要になってくる。
だから舞台と客席は明確に分かれているのだし、こうして座って見ていられるようにしてあるのだ。
それだと言うのに、お竹さんは最初からその定石を無視し、てゐや戦士達を壇上に呼び寄せた。
これは、例えば話の途中で客に話を振ったり、ゲストとして壇上で話を聞いたりするのとはわけが違う。
まるで、流れや行き先を定めないで始める即興劇のようなもの。制御を離れた瞬間、すぐに置いて行かれる事だろう。
並大抵の技量ではできない芸当だ。私にはそう見えた。
「講談師と言うよりは、もはやバラエティーの司会ね。どれだけ芸の引き出しがあるのだか……」
「司会って、実際にやってみると難しいんですよね。参加者も酒が入っていますし、声が大きいですし」
「そうねぇ。キッチリと手綱を取ればできるんでしょうけど……」
「お師匠様がそれをやったら、粛々と飲む会になっちゃうかもしれませんね~」
「あ、言ったわね。この、この」
生意気な口を効いた弟子の頬をプニプニと弄びつつ、再び視線を壇上に戻す。
そちらでは既にクライマックス・シーンの演出に入っていて、
てゐがシュッシュッとシャドウボクシングをするかのように拳を振り回していた。
あなた、止めを刺したのは蹴りでしょ。
「『スペルカードを発動させた群れ長の脚が力強く地を蹴り、休考の懐へと肉薄致します!
その時彼の脳裏に過ぎったものは如何なるものか。憤怒か、驚きか、はたまた諦念か。
しかし、彼がそれを意識する事は永遠にありません。その腹に、てゐ様の右足が叩き込まれたのです!
正しく鎧袖一触。喧嘩を売る相手を間違えた哀れな狐は、血反吐を吐きながら大地に沈みました』
……はい、一先ずはこれにて完成にございます。皆様、ご協力ありがとうございました」
『わぁー!』
話が一段落付くのを待って、私はそっと宴会場を抜け出す事にした。
話はとても面白いし、酒もどんどん進むのだが、どうにもそんな気分にはなれなかったのだ。
縁側に出て見ると、雲一つ無い満点の夜空に燦然と輝く満月が天頂を目指して昇っているところだった。
それを見上げながら、手にした清酒の杯を一気に飲み干した私は、よろよろと縁側に座り込んで顎に手を当てた。
「……私は、何をしているのかしら」
輝夜が居なくなってからの永遠亭は、どうも様子がおかしい。
いや、おかしいのは私だけだ。他のみんなは既に自分で解決をしてしまっているようで、
この宴会はその長い不調期間の終わりを祝うものなのだろう。
私は気が付かなかったが、優曇華とてゐは喧嘩をしていたらしい。
その原因は私が少々強く優曇華に当たりすぎたせいで、私がそのようにイライラしていたせいで、
てゐの部下の兎達も不安な日々を送っていたらしい。
では、どうして私はこんなにイライラしているのだろうか。
「輝夜の料理が再現できないから? 輝夜がいない日常に適応できていないため?
少し実験を張り切り過ぎた? 夜更かし? ……全部違う気がするわ。もっと、根本的な……分からないわ」
手にした杯を再び呷る。が、中身は既に空だった。さっき飲んだのだ。こんな事も失念するなんて。
グルグルと思考が回り、よく分からない。何が月の頭脳だ、自分の思考の迷宮に迷い込むなんて、お笑い種もいいところだ。
ため息と共に手を降ろすと、横合いから手が伸びてきて、杯に酒を注いでくれた。
「輝夜!?」
「えっと……すみません、私です」
誰かと思って振り返ってみると、そこにいたのは申し訳なさそうな顔をした優曇華だった。
酌の礼を言って視線を前に戻すと、彼女が横に座る気配を感じた。
「お師匠様、いかがなされたんですか? 何も言わずに抜け出したりして……」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと夜風に当たりたかったのよ。すぐに戻るから、あなたは先に戻っていて頂戴」
「……あの、お師匠様。ちょっといいですか?」
「何かし……ぶほっ!?」
「うひゃあ!?」
思わず酒を噴き出してしまった。
優曇華の呼びかけに反応してそちらを向くと、そこにはまるでストッキングを頭から被ったような変な顔をした優曇華がいた。
両手で頬と目元の皮膚を両端に思いっきり引っ張っているのだが、そんな冷静な分析はどうでもいい。
まさかこのタイミングで顔芸を食らうとは思っていなかった私は、酒を気管に詰まらせて咳き込みながら笑い転げてしまった。
「くっ……くっくっくっ……何をするのよ、ふふ、ふははははは……」
「それはこっちの台詞ですよお師匠様! 顔中酒塗れですよ!」
「げほっ、げほっ、げふっ……あなたねぇ。給食の時に他人を笑わせたら、牛乳塗れになるの当たり前でしょう?
むしろ、お酒で良かったじゃない。顔に白いミルクをぶっかけられなくて済んだんだから!」
「うわ、それって地味にセクハラ発言ですよお師匠様! 訴えますよ!」
「訴えられるものなら訴えてみなさい。返り討ちにしてあげるわ」
「……ああ、良かった。笑ってもらえて」
「……え?」
顔をお酒塗れにさせながらも、優曇華は笑顔だった。
私が差し出したハンカチで顔を拭いながら、うんうんと軽く頷いている。
「お師匠様ったら、折角の宴会なのに全然笑ってくれないんですもの。
お竹さんのお話も面白いし、戦士達も体を張って笑いを取っているのに、何か考えている様子でずっとぼーっとしていて。
お竹さんに挑発されたのが、そんなに気にくわなかったんですか?」
「……そんな風にしていた?」
「していました。今日のお師匠様、変ですよ! と言うか、今日だけじゃなくてずっと変です!
何か心配事でもあるんですか? もしもそうなら、私がチョチョイと解決してみせますよ!」
「……大口を叩いちゃって。ダメだったらどうするの?」
「成り行きに任せます! ダメだったらダメだったで、ゴメンナサイしてお師匠様に泣き付きますから!」
「ぷっ、何よそれは。全くダメダメじゃない」
「ダメダメでもいいんですよ。私は私、お師匠様はお師匠様なんですから。『Let it be』ですよ!」
「懐かしい曲ね。それをお竹さんに聞かせてもらったの?」
「はい。……じゃ、私は宴会に戻りますので。あんまり夜風に当たり過ぎると、体に毒ですよ」
「ええ。ありがとう」
「それじゃ、お師匠様も早く戻ってきて下さいね!」
宴会場へと戻って行く優曇華を見送ると、もう一度笑いが込み上げてきてしまった。
「ふふふ。まさか、弟子に元気付けられるなんてね。私も焼きが回ったかもしれないわ。
……そうね、私もそろそろどうにかしないとね」
優曇華も、てゐも、兎達も、何かしらの問題が発生していたようだが、それを無事に乗り越えたらしい。
本来はそのようなトラブルを解決したり、解決への道標を示すのは、永遠亭の管理者たる私の役割だ。
輝夜が居なくなったからと言って、それに変わりは無い。
「……細かい事に拘って、本質から目を逸らすのは止めにしましょうか。
今度輝夜が戻って来る時には、何らかの答えが出せるよう……に……」
料理の味が再現できない事など、実際は大した問題ではない。
薬師としての腕だとか、誇りだとか、そんな些細な事に拘泥する事で、考えを先送りにしていたに過ぎないのだ。
だからイライラするし、無駄な閉塞感に襲われる。
それは理解したものの、自分は何故そのように考える事を拒否していたのだろうか。
「……答え? 私が出すべき答えって、何なのかしら。この永遠亭と、輝夜と、私。その関係。
関係を変えるって……どんな風に?」
『月とのいざこざの心配も無くなったわけだし、永遠亭も役目を変えて行くべき時なのかな、とは思っていたのよ』
三ヶ月ほど前に、私が優曇華に対して何気なく言った言葉だ。
その時は漠然と『何かを変えるべきかもしれない』程度の意味しか無かったのだけれど、私はその事をずっと考えないでいた。
いや、もしかしたら考えたくなかったのかもしれない。
永遠に変わる筈が無かった事が、変わってしまう事を。
輝夜の事なら何でも知っている。
産まれたばかりの小さな手の平を知っている。始めて歩き始めた頃のヨチヨチ歩きを知っている。
舌っ足らずの口で『えーりん』と呼んでくれた時の感動を覚えている。
成人して、始めて化粧を施した時の、少し照れるようにこちらを見る輝夜の可愛らしさと言ったら……!
産まれた時からいままで、ずっと一緒に過ごして来たのだ。輝夜の事で知らないことなど無い。
無い……筈だ。
「……何だか、寒いわね。少し夜風に当たりすぎたかしら」
優曇華が持ってきてくれたお酒を改めて注いで、また一気に煽る。
度数がやや高いお酒は私の体を温めてくれる。が、それでも漠然と感じる寒さは消えなかった。
宴会場を振り返ってみると、あの講談師さんが次の出し物の用意をしている所が見えた。
その楽しそうな横顔が、輝夜の横顔のように思えて、私は咄嗟に立ち上がった。
「……違うわよね。輝夜の気配なら、例え千里離れていても分かるもの。
輝夜の気配は、里から動いていない。いくら背格好が似ているからって、他人に輝夜を投影しちゃあダメよね」
苦笑しながらも、私はそのまま宴会場へと戻る事にした。
優曇華の言う通り、夜風に当たり過ぎるのはよくないだろうし、今は少しでも暖かい場所に行きたかった。
「考えるのもそうだけど、今は輝夜がいない分楽しまないとね。じゃないと、また怒られちゃうわ」
***
「過去へと続く~♪ 列車に跨って~♪ 無くした日々を拾い集めた~♪」
「こちらにおいででしたか。本日はお疲れさまでした」
宴会の後、お竹が縁側に座って月を眺めていると、後ろから声がかかった。
お竹がそちらを振り向くと、そこには柔和な笑顔をたたえた永琳の姿があり、深々と頭を下げるところだった。
宴会が始まってから随分と時間が経ち、月は既に天頂を越えて稜線の彼方へと沈む準備を始めているように見えた。
それに伴い、宴会も折り返しと言った雰囲気が漂い始めており、ポツポツと酒瓶を枕に眠るものが出始めている様子だった。
しかし、それでも元気な兎達の宴はまだまだ終わらない。全員が楽しそうに騒ぎ、飲み、歌い、踊っていた。
少し前まではお竹もその輪の中心で芸を披露していたのだが、少し疲れたと断って縁側に出てきていたのだ。
「もうそろそろ夜半も過ぎようとしています。私達は慣れておりますが、人間のお竹様にはそろそろお辛い時間でしょう。
お部屋の準備ができましたので、ご案内致しますわ」
「ありがとうございます。ですが、あの宴会の熱気に当てられてしまい、体が火照っております。
ですので、もう少しだけ、ここで夜風に当たりとう思います。よろしいでしょうか?」
「もちろんです。兎達に聞いて頂ければ部屋の場所は分かる筈ですので、好きにお過ごし下さい。
ただ、あちらの方には行かないようにお願い致します」
永琳が指差した先には母屋があり、その更に先には輝夜の寝室がある。
そちらを向いて何かを確認していたお竹は、永琳に問い返した。
「あちらには、何が?」
「主人の部屋がございます。そこは家人以外の立ち入りを禁じておりますゆえ、何卒ご理解下さい」
「それはつまり、私では入れない部屋なのですね?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「……そうですか。分かりました」
「ご理解頂き、誠にありがとうございます。……ところで、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう」
「本日の演目についてです。私の聞くところによりますと、お竹様が得意とされているのは、『竹取物語』の語りであるとか。
てっきり今日もそれを公演なさると思っていたのですが、どうしてされなかったのでしょうか?」
最初のように武勇伝を物語として形作った後も、お竹は様々な物語を語って場を盛り上げた。
それは例えば『狂言附子』のような定番喜劇だったり、『ロミオとジュリエット』のような悲しい恋話だったり、
『関羽千里行』のように痛快な話だったりと、聴衆のリクエストとその場の空気に応じて語りに語りつくした。
しかし、メインになると目されていた『竹取物語』は、結局語られることは無かった。
「ああ、その事でございますか。残念ながら、私の知る『竹取物語』は、八意様にお聞かせするようなお話ではございませんので。
期待されていたのでしたら申し訳ありませんが、ご遠慮させて頂きました」
「私に……ですか?」
「はい。これは蓬莱山様からのお願いにも関わることにございますので、どうぞご理解下さいませ。
どうしてもと申されるのでしたら……そうですね。私からのお願いを聞いて頂きとう存じます」
「お願い、ですか?」
「はい。実は私、一週間の後に決闘を行う事になっておりまして。その代理闘士を探している最中なのです。
……私としましては、そのまま負けて紅魔館へと赴く事も吝か(やぶさか)ではありませんが、形式とはとても大事なものですから」
「その代理闘士を、私にと?」
「その通りにございます。それで八意様が十六夜咲夜様に勝たれましたら、再びここに戻ってお話をさせて頂きましょう」
「それは……」
もちろん、永琳とはしてはそこまでの義理は無い。
お竹の方も冗談として言っているだけなのだろうと判断した永琳は、軽く頭を下げて『申し訳ありません』と返事をした。
「残念ながら、私がその代理闘士を勤めるのは筋違いかと。もっと相応しい者がおりましょう」
「まあ、そうでしょうね。仕方ありません」
「はい。それでは、どうぞごゆっくり」
「……お待ち下さい」
「? まだ何か?」
「私は八意様の質問にお答え致しました。ならば、今度はこちらからも質問を返すのが道理と言うものでございます。
どうか一時をお与えいただけませんか?」
「それは構いませんが……そうですね、少々お待ちください」
一度中座した永琳は、一度宴会場の中に戻って鈴仙に一声をかけると、そのまま座布団とお茶のセットを持って戻って来た。
湯飲みに暖かいお茶を注いでお竹と自分の前に置くと、お竹と対面するように少し離れた場所に座り直した。
「お茶をどうぞ。夜風は冷えますので」
「ありがとうございます。八意様は優しいのですね」
「いえいえ。それで、一体どのようなご用件でしょうか?」
「お聞きしたい事とは、他でもありません。今宵の宴会についてです。八意様から見て、如何でしたでしょうか?」
「はい、見事なものでした。様々な楽器を使いこなす技法もそうですが、場を盛り上げる話術がとてもお上手で、私も年甲斐無く聞き入ってしまいました。
その腕でしたら我々以外の、より耳の肥えた方々に招かれても大丈夫でしょう」
「つまり、私の演奏は八意様のお耳に叶った、と見てよろしいのでしょうか?」
「はい」
「そうですか。それは一安心です。つまらない事をお聞きして申し訳ありませんでした」
「いえいえ、この程度。しかし、なぜこのような質問を?」
「……誓いです」
「誓い?」
「はい。少し長くなってしまいますが、お話してもよろしいですか?」
「もちろん。お聞かせ願えますか?」
お茶を軽く啜り、ほぅと一息をついたお竹は、降り行く月を眺めるように遠くを見つめ、永琳に語り始めた。
「私には、とても大切な家族達がいます。
とても頭が良くて、格好良くて、みんなが頼りにするお父さん。
頑張り屋さんで、良くも悪くも生真面目なお姉ちゃん。
悪戯好きで狡賢いけど、誰よりも家族想いの妹ちゃん。
その3人を中心にして、他にも色んな家族がいます。みんな、可愛い子供達です」
「大家族なのですね」
「ええ。とっても暖かい家族です。末っ子達はまだまだ甘えん坊さんで、隙あらば遊んで遊んでと元気一杯。
もう少し大きな子供達も、リーダー格の妹ちゃんに付き従ってあっちに行ったりこっちに行ったり。
見ている側はハラハラしっぱなしです」
「……ん?……うん」
「そして、私はおばあちゃん。遠くからみんながニコニコ笑う様子を眺めて、私もニコニコ笑うんです。
みんな、私の大好きな家族です。でも……」
ここで軽く言葉を止めて、もう一度夜空に浮かぶ月を眺めるお竹。
相変わらず表情は隠れて見えないが、永琳には本当に言葉にするべきか否かを少しだけ迷っているように見えた。
「でも、何でしょうか?」
「私の存在が、みんなの重荷になっていはしないだろうか。たまに、そう思う事があるのです」
「それは……こう言っては何ですが、少々自虐が過ぎる考えではありませんか?」
「そうかもしれませんね。恐らくは私の妄想なのでしょう。
しかし、こう言いますと八意様は驚かれるかもしれませんが、私は外の世界で大罪を犯した罪人にございます。
そのせいで外にいられなくなり、こうして幻想の世界へと落ち延びてきたのです。
本当は、家族面などできはしない筈の立場なのに……」
「それは……」
『私も同じです』。咄嗟にそう言おうとしてしまった永琳は、思い止まって口を噤んだ。
「私は家族に守られて生きてきました。お父さんも、お姉ちゃんも、妹ちゃんも、それ以外のオチビちゃん達も。
みんな私につくしてくれます。本来許されざる大罪を犯した身には、有り余る幸せ。幸福な日々でした。
しかし、最近になって私は守られる理由が無くなりました。
罪が赦される事はありませんが、私を追う者の存在が幻であると判明したのです。
家族達は私に縛られる理由が無くなりました。もう私を守らなくても良いのです」
「……まるで私と輝夜のよう……え?」
小さく呟いて、永琳ははっと気が付いた。
目の前の女性が語っている話は、まるで自分達の事を言っているようではないか、と。
永琳の心の内に猛烈な不安が湧き上がるが、お竹はそれに拘泥せず話を続けた。
「そこに至って、私は考えました。
私がいなければ、家族達にはより相応しい人生があるのではないか? と。
例えばお父さんは、もっと自分の趣味を追求したり、弟子の育成に心血を注いだりできるはず。
例えばお姉ちゃんは、私のわがままに心を乱される事無く、勉学に集中できるでしょう。
妹ちゃんは……自由な子だし、あんまり変わらないかもしれませんね。
でも、私が居なければ、もっと自由に駆け回れるのではないか、とも見えます。
いずれにしても、私が居てはいつまでたっても何も変わらないでしょう。例え幾星霜の月日が流れたとしても……です」
深くため息をつくお竹。
軽快な語り口とは裏腹に、その吐息はとても重いものだった。
「もしも、もしもです。家族の生きる選択肢を狭めているのが、私だとしたら。
家族達が、私という檻に閉じ込められているのだとしたら。
……それは、到底耐えられない事です」
「あの……」
「先日、私はこの疑惑を調べるのに絶好の機会を得ました。
偶然に便乗することで、家族に無用な心配をかける事無く、後腐れ無く、家を出る事に成功したのです。
家族達も、生暖かく送り出してくれました。誰も私を引き止める事無くです。
そして、三ヶ月の月日が流れました。全てを見つめ直すには、十分な時間です」
「お、お竹様。まさか、あなたは……」
「市井に交わり、家族から距離を置き、自己を振り返りました。そして、私は考えを纏めるに至ったのです」
永琳の視線を遮り、架空の人物『お竹』のペルソナとして利用していた市笠を取り、素顔を晒す輝夜。
演技を止めた輝夜は、凛とした鋭い目線で永琳を射抜いた。
「永琳。私がいない間の事は知っているわ。率直に、どうだった?」
「えっと、その……」
永琳はその眼光を受け止める事ができず、思わず視線を泳がせてしまった。
確かにこの三ヶ月の間は、随分と好き勝手にやっていたような気がする。
普段は輝夜の事を考えて実行しないような実験を、これを幸いと幾つか立ち上げたのは紛れもない事実だ。
その事を思い出し、バツが悪くなってしまうのも無理からぬ事だった。
「はっきりと答えてちょうだい。私は永琳の本音を確認したいの」
「……はい。確かに、普段はできないような事に色々と手を出してみました。楽しかったです」
「それが答えよ。永琳、あなたは私に縛られるべき人では無いわ。もっと自由に、自分自身の魂が命じるままに生きるべきだわ」
「輝夜……? 一体何を仰っているのです?」
「永琳。今日からあなたが永遠亭の主となりなさい」
「ま、待って下さい! それはどう言う……」
「八意永琳。いえ、××××!」
「は、はい!」
輝夜はそれまでの柔らかな口調から一転させて、夜陰を震わせる力強い言葉で永琳に語りかけた。
久しく聞く事の無かった本名で呼ばれた永琳は、咄嗟に膝をつき、頭を垂れた。
猛烈に嫌な予感が永琳の脳裏を掠めるが、その予感の意味を考える隙も無く、輝夜の言葉は続いて行く。
「あなたがずっと一人で悔やんでいた事を、私は知っています。
私が蓬莱の薬を飲み、穢れを身に帯び、罪人としてこの地に流されたあの日からずっと、悔やみ、悩み、自分を責め続けていましたね。
薬を作るようあなたを唆したのは私だと言うのに。
勝手に薬を飲んだのは私だと言うのに。
そして、墜ちて行く私の事など放っておけば良かったのに。本当に、優しい人」
「も、勿体無いお言葉です……」
「あれから千を千回数えるほどの時が流れましたが、あなたはずっと私の傍にいてくれましたね。
ただの罪人である私を、変わらず姫として扱ってくれましたね。とても、嬉しかった……。
でも、もういいのですよ。あなたは充分にやってくれました。もう『檻』から解放されても良いはずです」
「……嫌です。聞きたくありません……」
「お聞きなさい。耳を塞ぐ事は許しません」
「嫌です、嫌です……」
「八意永琳。蓬莱山輝夜の名において、あなたの罪は私が全て許します。
そして、今日限りで従者の任を解くこととします。
あなたを縛り付ける呪いはもうありません。あなたの思うがままに、自由にお生きなさい」
「……嫌ぁ……」
「この永遠亭は、貴女が作り上げたもの。今までは私が主となっていましたが、それも返上しましょう。
餞別として、今まで通り好きにお使いなさい。千年の忠誠ご苦労様でした」
深々と礼をして、話を切り上げる輝夜。
そのまま立ち上がり客間に向かおうとするが、永琳の横を通ろうとした時、何か小さな力を感じて動きを止めた。
何事かと見てみると、輝夜の服の端を永琳が力無く握り締めていた。
「輝夜は……輝夜は、どうされるのですか?」
「また出て行くわ。またここに住んでも良いのだけど、『私が居ないように振る舞って』とか、
『私の事は気にしないで』と言っても無理でしょう?」
「……はい、無理です」
「だから、私が出て行くわ。大丈夫。私が1人でも生きて行ける事は証明したでしょう?」
「はい。見せて頂きました……」
「私は大丈夫。今永琳が感じている寂しさも、きっと一時的なもの。
私が居ない生活に慣れれば、自然と良い状態に戻れる筈よ。
現に、ここしばらくの間にちょっと大きなトラブルがあったみたいだけど、乗り切ったのでしょう?」
「……私はまだ、乗り切っていません」
「大丈夫。時間が解決してくれるわ。永琳は賢くて強い人だから、これからどんな事があっても平気。
それでも手に余るような時は、周りのみんなを頼りなさい。みんなあなたの味方だから。
里まで足を伸ばせば慧音や妹紅だっているし、更に行けばもっともっと沢山の人達がいるわ。
もちろん私だって、影から応援している。だから、大丈夫よ」
項垂れている永琳の肩を強く叩き、立ち上がる輝夜。
「今日は、この事を伝えるためにここに来たの。変装をしたのは意識させないためよ。
私は大事な用事があるから、明日には里へ帰らないといけないわ。
その後どうするかは決まってないけど、今度いつ遊びに来れるかは分からない。
だからみんな、どうか末永く元気でいてね」
輝夜は永琳の手をそっと振り解くと、今度は優しく肩を叩いてから背を向けて客間へと足を向けた。
咄嗟に再び手を伸ばす永琳だったが、その手が輝夜の服を掴む事は無かった。
「永琳。それ以上手を伸ばしたら絶交よ」
「!」
「別れは常に辛いもの。でも、いずれは慣れるわ。
私達の関係を変えなければならないと言ったのは、誰だったかしら?」
「わ、わた、私で……」
「私は答えを出したの。次は永琳が答えを出す番よ。分かったわね?」
手を伸ばした姿勢のまま、一切身動きが取れなくなった永琳。
その横を、小さな影が通り過ぎて行った。
『姫様~』
『姫様~ お話終わった~?』
「あら、おチビちゃん達。どうしたの?」
『一緒に寝よう~』
『お話しして~』
『頭撫でて~』
『遊ぼう~』
「もう、貴方達は甘えん坊さんなんだから。いいわよ、久し振りに遊んであげる。ちょっとだけよ?」
『わ~い!』
輝夜の周りをピョンピョンと飛び回りながら、全身で喜びを表現する子兎達。
輝夜はそんな子供達を抱きかかえると、チラリと一度だけ永琳に視線を向けた後、今度こそ客間へと消えて行った。
後に残された永琳は、伸ばした手をゆるゆると降ろして、その場にガックリと膝をついた。
「お師匠様~ どちらに行かれたの……お師匠様!?」
後からやって来た鈴仙が見つけたのは、力無く項垂れる永琳の姿だった。
慌てて駆け寄るが、永琳の目は眼前の鈴仙すらも写す事無く、茫然自失の体をなして何も見ていなかった。
「お師匠様……?」
「優曇華……輝夜が、輝夜がぁ……ぐすっ、ぐすっ……」
「姫様? 姫様がどうかされたんですか?」
「輝夜が、かぐ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
堰が切れたように滂沱の涙を流す永琳は、形も振りも構わずに弟子の懐に飛び込み、嗚咽を上げながら泣き声を上げた。
それを聞きつけた兎達が集まって唖然とした表情で固まるが、それでも永琳が泣き止む事は無かった。
「……お師匠様、失礼します!」
これ以上は忍びないと、鈴仙は永琳の目を直視して精神の波長を引き伸ばし、眠りに誘った。
普段は鈴仙の能力は永琳の抵抗力に阻まれて一切効かないのだが、この時ばかりはアッサリとそれにかかり、永琳の瞼は急速に重くなっていった。
「かぐやぁ……」
「鈴仙ちゃん、お師匠様はどうしたの?」
「分からないわ。確かお竹さんと話していた筈だから、彼女に話を聞いてみてくれないかしら?
私はお師匠様を寝室に寝かせてくるわ」
「了解!」
眠りについてもなお、ぐすぐすと童女のように泣き続ける永琳を抱えて、鈴仙は何とか永琳の部屋へと歩き始めた。
翌朝、永琳が気が付いた時には、輝夜の姿はどこにも残っていなかった。
***
【Chapter.7 三ヶ月と二週間目】
『I just want to say one word to you. Just one word: plastics.
一言でいい。一言いわせてくれ。「プラスチック」だ - カルダー・ウィリンガム』
アレが永遠亭にお呼ばれしてから一週間が経過した。
あれから永遠亭は一切の営業を停止していて、患者も受け付けていないし、誰も出てこないらしい。
そう聞いた私は、『やっぱりなぁ』と言う思いを抱きながらも永遠亭へと脚を運んだ。
到着してみると、なるほど。
門の前には堂々と『休診中』と大書された張り紙が張られていて、中も静かなものだった。
そこかしこで兎達が遊んでいるため、決して活動していないわけではないのだろうが。
「ま、とりあえず入ってみるか。勝手知ったるライバルの家っとくれば~っと」
「ちょっと待った! 何を普通に入って来ようとしているんですか!?」
「お、目標発見。らっきぃ」
門を開けるのが面倒くさかったため、塀を軽く飛び越えて永遠亭の中に侵入すると、
その向こう側では丁度鈴仙の奴が通りがかるところだった。
これは僥倖とばかりに中に入ると、警戒したような目を向けられてしまった。失敬な。
「……一応、侵入者撃退用の結界は貼ってあるんですけど……」
「あの程度効くかっての。それより、永琳はどうしてるんだ?」
「事情をご存知なのですか? ……そうですよね。そう言えば妹紅さん、姫様と一緒に商売されていましたし」
「まあね。それで、永琳はやっぱり塞ぎこんでいるのかい?」
「ええ、そうなんですよ。姫様にさようならを言われたのが相当ショックだったみたいで、完全に寝込んじゃって。
部屋からも出てこないですし、お食事も取られないんですよ……」
事の顛末は輝夜から聞いている。
宴会の席を利用して永琳に近付き、半ば奇襲するように自分の考えを告げて、そのまま帰ってきたらしい。
その際に、兎達にも事情を『軽く』話して来たらしいが……ワザとなのか何なのかは知らないが、
あいつは物事の肝心なところを話さない癖がある。
永夜異変の時に私の所に刺客を送り込んだのも、『肝試し』と言う名目だったらしいしね。
まあ、確かに蓬莱人の肝は不老不死の妙薬の材料になるって言う都市伝説が……って、話が逸れてるな。
要するに、この場合の『軽く』は『言葉足らず』とほぼ同義語だと言う事だ。
が、それは気にせず私は永琳の現状を笑い飛ばした。
「はっはっは! まるで永琳が引き篭もりになったみたいだな。あの噂がブーメランになって帰ってきてる感じか!」
「笑い事じゃないですよ! どうしてそんな事が言えるんですか!」
「お前には悪いけど、私にとって永琳は敵の身内だからね。不調を喜びこそすれど、労わる事は無いよ」
「……じゃあ、何で来たんですか? 返答次第では容赦しませんよ」
「労わりはしないけど、知り合いが塞ぎ込んでるのを黙って見ているほど世を捨ててもいないんだよね。
だから、アドバイスをしに来たんだ」
「アドバイス……ですか?」
「そう、ちょっとしたアドバイスさ。お師匠様を助けて差し上げたいんだろう?」
私がそう提案すると、鈴仙は少し悩んだ後に軽く頷いた。
たぶん、彼女も八方塞りで困っているのだろう。そんな様子がありありと伺える。
「それで、アドバイスと言うのは?」
「直接言った方がいいだろう。案内頼めるかな?」
「……はい、分かりました」
鈴仙に案内されて、永遠亭の中を歩いて行く。
外でもそうだったが、永琳の調子とは裏腹に兎達の様子はとても暢気で、
暇を持て余しているらしい兎達が、日向でぬくぬくと暖まっているのが見えた。
里の噂ではお通夜状態との事だったが、当てにはならないものだ。
「薄情ってわけじゃないんだろうけど、永琳もアレも居ないのに兎達は随分と平和だね。どうしたんだい?」
「この前宴会をしたんですけど、そこで団結したんですよ。
姫様が居なくても、お師匠様が不調でも、私達で永遠亭とお師匠様を支えて行こうって。
その宴会の後で、お竹さん……姫様ですね。姫様からも『後はよろしく!』って託されちゃいましたし、
少なくとも姫様が安心して戻ってこれるような環境は作っておかないとなって」
「そーかそーか。ふふ、それは楽しそうだ」
「? 何がですか?」
「いや、気にしないで。ところで、アレは永琳に何て言ったの?」
「『自由に生きろ!』みたいな事を仰ったそうです。でも、お師匠様はそれを受け入れられないようで……」
「それで塞ぎ込んじゃってるの? 馬鹿じゃないの?」
「……妹紅さん、それ以上の暴言は赦しませんよ?」
「知らないって言ってるでしょ。……お、ここが永琳の部屋?」
案内されるままにしばらく進むと、『えーりん』と書かれたネームプレートのかかった扉があった。
そちらの方に意識を向けてみると、輝夜ほどでは無いが付き合いの長い気配が漂ってきているのが分かる。
ただ、その気配はドンヨリドヨドヨと曇りきっていて、中にいる人間の精神状態が手に取るように察せられる様子だった。
部屋の中も酷い有様で、室内の畳の上には衣服や酒瓶などが散乱していて、
机の上には様々な書類や乾いた薬剤などがぶちまけられていた。
部屋の奥を見てみると、ボサボサの銀髪をベッドの上で乱れさせて、すすり泣くように不貞寝をする永琳の姿があった。
更に布団を捲ってみると、未だに枯れない涙をポロポロと流しながら、
手作りらしい小さな輝夜のぬいぐるみを抱き締めて泣いている月の頭脳(笑)がそこにいた。
髪はボサボサですこぶる酒臭かったが、蓬莱人の特製故か辛うじて変なにおいはしなかった。
「ぐすっ、ぐすっ……かぐやぁ……ふぇぇ……」
「……なに、これ? 幼児退行起こしてるんだけど?」
「一昨日辺りからずっとそんな調子で…………ん?」
「とりあえず、写真でも撮っておくか。外の世界を放浪している時に買った貴重品さ~」
「って、妹紅さん止めて下さい! そもそも何をしれっと部屋の中に入っているんですか! デリカシーとかプライバシーとかを知らないんですか!?」
「知ってるけど、気にしない。だってこうもしないと話が進まないでしょう?」
「……何の用なのよ、藤原の娘。私にはあなたに用なんて無いわよ」
「お、喋った。そんな風にうだうだしてると、輝夜に嫌われるぞ」
「……いいもん。どうせ輝夜は帰ってこないんだもん。知らないもん」
ぷいっとこちらに背中を向けた永琳は、布団を奪い取って頭から被り布団に中へと逃げた。
ベッドの縁に座り、永琳の様子を確かめようと覗き込むと、永琳はお布団を頭から被って隠れてしまう。
その様は正しくでっかいイモ虫で、布団に入りきらずにだらしなく露出している長い髪が何とも間抜けだった。
「起きてるんなら話は早いな。輝夜に具体的に何を言われたかは知らないけど、そこまで落ち込まなくてもいいだろうに」
「あの、妹紅さん……」
「悪いけど、少し黙ってて欲しいな。私は永琳に用があるんだから」
「……何の用なの、藤原の娘。私にはあなたに用は無いわよ」
「ちょっと見るに見かねてね。アドバイスをしようかと思ってやって来たんだけど……聞く耳は無いかな?」
「余計なお世話よ。帰って頂戴……」
「そっか。じゃあ助言は無しだ。代わりに報告をしておこう。
明日から、私は輝夜と一緒に紅魔館に旅立つ。二人旅だ」
「!」
そう言った瞬間、永琳の肩がピクリと震えるのが見えた。面白い。
「ちょっと前からアプローチはしていたんだけど、向こうも乗り気でさ。
ほら、形だけだけど変装している時のあいつは戦えないって扱いだし、
私みたいな『優秀』で『力が強く』て『長く付き合え』る相方が欲しかったらしいんだよ。
その点、私ならそれを十分に満たしているだろう?」
『』の部分を強調して話すと、その度に永琳の肩が、注いで体が、そしてベッドがモゾモゾと動き始める。めちゃくちゃ面白い。
「私としても、オフの時なら好きに戦えるから願ったり叶ったりさ。
紅魔館の後は分からないけど、地底か山にでも行くんじゃないかな?
変な奴らに会うのが楽しみだって言ってたよ」
「わ、私は……」
「ん?」
布団の中でふるふると震えていた永琳は、半ば搾り出すように細い声を上げた。
「私は……。私はどうしたら良いのですか輝夜。私を置いてどこに行かれるのですか。
私の事が嫌いになられたのですか? 何故このような酷い仕打ちを……」
「私に聞かれてもね。そればっかりは本人に直接聞いて欲しいな」
「わ、私は、私の、私は、輝夜、どこへ行くのです、私も、私も……私も、どこへ?」
「お、お師匠様、どうか落ち着いて下さい……」
「落ち着いてなどいられないわよ! 私にとって、輝夜は全てよ。人生そのものよ。私の宝よ。
その輝夜から離れて、どうして生きて行けると言うの!」
布団を跳ね除けて憔悴しきった顔を晒した永琳は、錯乱して乱れる思考のままヒステリックに声を荒げた。
しかしその怒りも長続きはせず、またヘナヘナと座り込んで涙を流す。
まるで転んで怪我をした童女のように、その姿は弱弱しかった。
「自由などいりません。私をあなたの檻の中に戻して下さい……」
「そう言うのを嫌って、あいつは出て行ったんだと思うんだけどな。
自由に生きろ。縛られるな。貴女に楽しい人生を! ってな。不満なのか?」
「あなたには分からないわよ。分かってたまるものですか……」
「まあ、分からないね。……さて、私はもう行くよ。そろそろ決闘が始まる時間だから観戦しないとね」
永琳の布団をツンツンと突いてから、憮然とした表情の鈴仙の頭を一撫でし、軽く手招きをして退出した。
「何なんですか妹紅さん! 引っ掻き回すだけ引っ掻き回して! そんなに他人の不幸で飯が美味いんですか!?」
「そんな悪趣味は無いよ。で、アレはずっとあんな調子なの?」
「……そうですよ」
「随分とげっそりしてたけど、何でああなるまで放っておいたんだい?」
「解決できるなら、とっくにしてますよ! でも、結局はお師匠様の問題ですので……
私達は、お師匠様が立ち直ってくれるまで永遠亭を支える事にしたんです。
姫様は『時間が解決してくれる』って仰っていましたので、それに従うことにしました」
「なるほど、それも一つの解決策だ。でも、あの調子だと立ち直るまで何年かかるものやら」
「そうなんですよねぇ。まるで奥さんが実家に帰ってしまった旦那さんみたいで、こっちとしては見ていられないんですよ……」
「……なんだ、分かってるんじゃないか。おい、兎詐欺ちゃんもいるんだろう? 出ておいでよ」
指をパチンと鳴らして廊下の角を示すと、そこから小さな影が一つ現れる。てゐだ。
どうやら出てくるタイミングを見計らっていたらしく、ちらちらと耳がワザとらしく見えていたのですぐに分かった。
「やっぱりばれてたか。それで、分かってるってどう言う事?」
「今、鈴仙が言ったじゃないか。そう言う事だよ」
顎に手を当てて虚空を睨むてゐと、腕を組んで小首を傾げる鈴仙。
しばらく唸っていた二人だったが、ほぼ同時に『あっ』と声を上げて、互いに何とも微妙な表情で顔を見合わせた。
「ねぇ、てゐ。妹紅さんの話が本当だとすると……」
「……これってそう言う話なの?」
「そう言う話じゃないの? 私はそう認識しているんだけど」
「うわぁ、すっごい馬鹿馬鹿しい! 鈴仙ちゃん、私はお風呂手配してくる!」
「急いでね! 私はお師匠様をどうにかするから!」
「私は帰るよ。早く行かないと、いい席が無くなっちゃうからね」
「はい! ありがとうございました!」
「気にしなさんな」
文字通り脱兎の勢いで駆け出したてゐと、袖を捲り上げて永琳の部屋へと向かう鈴仙。
二人とも気合は十分だから、もう大丈夫だろう。
「二人旅もキャンセルかなぁ。ほんじゃ、予定通り慧音に声をかけに行こうかな~♪」
***
「輝夜……私は、あなたの保護者であるつもりでした。
保護者であり、従者であり、永遠の連れ添いのつもりでした。
あなたの事なら、何でも知っている。そう思っていたのに……それは、幻想だったのですね」
妹紅が退出した後部屋の扉を封印した永琳だったが、ベッドまで戻る気力も沸かず、
そのまま椅子に座りガックリと項垂れてしまった。
普段被っている帽子の代わりに輝夜のぬいぐるみを頭に乗せ、両手で顔を覆ってすすり泣いていると、
外からノックの音が届いてきた。
「お師匠様~ いい加減出て来て下さいよ~」
「……放っておいて頂戴。今は何もする気が起きないのよ……」
「いいから出て来て下さいよ。今てゐがお風呂を沸かせてますので、それだけでも入ってくださいよ。今のお師匠様、少し臭いですよ」
「……うるさいわねぇ。放っておいてって言ってるでしょう……」
「そんなわけには行きませんよ。いいから機嫌を直してください」
「鈴仙ちゃん、お風呂の準備指示してきたよ~ みんな総出でやってるから、すぐにできるはずだよ」
「ありがとう。……今姫様が帰宅なされたらどうするつもりなんですか。
姫様の前に、そんなゲッソリした涙顔をお見せするつもりなのですか?」
「輝夜は帰ってこないのよ。もう帰って……ぐすっ、ぐすっ……」
「……てゐ。実はお師匠様って、意外とダメな人だよね」
「まあ、普段はしっかりとしたいい人なんだけど、その反動かな? 天才は逆境に弱いって言うけどこれもそうかな?」
「そうかもね。あと、簡単な事ほど気が付かないのよね」
「考え過ぎちゃうんだろうね。じゃ、鈴仙ちゃんからどうぞ」
「ん。お師匠様?」
扉を開けて部屋に入った鈴仙は、トントンと永琳の肩を叩いて、永琳の注意を引きつけた。
永琳はまだ啜り泣きを続けていたが、意識だけは鈴仙に向けたような気配がする。
それを確認して、鈴仙は
「いい加減にしろ!」
『ゴッ!』
永琳の顎を拳でかち上げた!
「げふっ!?」
「私も……ふんっ!」
『ガツンッ!』
「きゃん!」
激しく上に振られた頭に、てゐの踵落としが炸裂!
これには永琳もたまらず、肺の空気を絞り出されながら床に叩きつけられるはめになった。
「鈴仙ちゃん、ナイスアッパーカット!」
「てゐもやるじゃない! ナイスネリチャギ!」
「はっはー! 地上の兎の脚力を舐めちゃいけないぜよ!」
「マーシャルアーツやってて良かったわ~ 依姫様に感謝しないとね~」
「……あなた達、どうやら死にたいようね!」
2人がハイタッチで互いの一撃を称えていると、顔を上げた永琳が伝説のメデューサもかくや、と言わんばかりの眼力で見つめられる。
しかし、下手人2人は至って冷静だった。
「お師匠様こそ、何ですか! そんな風にうろたえていては、せっかくの姫様のご厚意が無駄になるではありませんか! もっとシャキッとして下さい!」
「そウサ! 折角自由にしていいって言われたのに、何でそんなグダグダと! 未練たらしい!」
「そ、そこまで言わなくても……」
永琳の怒りは、怒鳴り返されるだけであっさりと雲散霧消してしまった。
今の永琳は、背中に筋が通っていない。そう確信した鈴仙は、語気を更に強くして永琳へと詰め寄る。
「お師匠様は、どうお考えなのですか! 姫様が出て行かれると言われて嬉しかったのですか!」
「そ、そんな事あるわけないでしょう!」
「妹紅さんが襲撃をかけて来たり、日向ぼっこに捕まって1日が潰れたり、気紛れや奇行に振り回されたり、
ちょっと倫理的にアウトな実験に苦言を呈されて断念したりしなくて済むんですよ!」
「いや、鈴仙ちゃん。最後のは私も止めて欲しいと思ってるんだけど?」
「とにかく! 世話しないといけない、頭の上がらない穀潰しが一人減って楽になるんですよ! それが嬉しくは無いんですか!?」
「嬉しいわけないでしょう!
この永遠亭を作ったのも、あなた達を弟子に取ったのも、地上に降りてきたのも、全部全部輝夜のためを思っての事よ!
それなのに、肝心の輝夜がいなくなっては、本末転倒でしょうが! 私の全ては、輝夜のためにあったのよ!」
「姫様はそのしがらみを取っ払い、お師匠様に好きなように生きろと申されました! そのお気持ちを無為にされるのですか!」
「私の望みは千年前からずっと同じ、輝夜と一緒に過ごす事よ! それが成し得ない自由など、何になると言うのよ……」
「え? 何で成し得ないのですか?」
全くわけが分からない、と言った風情で首を傾げる鈴仙。
横に並んでいるてゐも同じように首を傾げて、疑問を体で表している。
「何でって……姫様は出て行くと仰っておいでだし、永遠亭を任されたからには私まで出て行くわけにもいかないでしょう!」
「……鈴仙ちゃん。やっぱりお師匠様は考え過ぎていたみたいだよ」
「そうみたいね。ねえ師匠、姫様は何て仰っていましたか?」
「だから、私を捨てて出て行くと……」
「そこじゃなくて。姫様は、師匠に『素直になりなさい』と申しておりました。『好きな事をしなさい』とも。そうですよね?」
「そうだけど……あなた達、一体何が言いたいの?」
顔一杯に疑問符を浮かべて、混乱しきった表情で鈴仙達を見つめる永琳。
その様子をじっと見つめていたてゐが、わざとらしく大声をあげた。
「あーあ、話してたら馬鹿馬鹿しくなって来ちゃった。私も姫様と一緒に紅魔館に行こうかな~」
「!」
「てゐも? 折角だし一緒に行きましょうよ。永遠亭は兎達がいれば平気だし、旅先でお世話をする代わりに髪とか梳いて貰うんだ~」
「!!」
「鈴仙ちゃんは贅沢だね。私は謙虚に、姫の胸元をお借りして抱っこしてもらいながら寝るだけで我慢するよ」
「!!!」
「寝る前に頬にキスなんてしちゃったりしてね。それじゃあお師匠様、お先に……わぁお」
「早い、もう行ったのか!」
二人が猿芝居を切り上げるよりも早く、既に永琳の姿は消えていた。
どこに行ったか、等とは考える必要は無いだろう。お風呂場で身支度をしているはずだ。
「やれやれ、これで万事解決かな。私達もお手伝いに行こうか」
「そうね。それじゃあ、私達も行きますか」
「うん、行こう行こう。姫様の懐はお師匠様に取られちゃっただろうけど、隣は空いてる筈だしね♪」
「じゃあ、そのてゐを私が抱き枕にすればいいのね。もっふもふで暖かそうな枕だわ」
「……よっし!」
「? どうしたのよ、急にガッツポーズなんて取って」
「何でも無いよ。これからもよろしくね、鈴仙ちゃん」
「? うん、よろしくねてゐ」
鈴仙とのちゃんとした仲直りを確認して、本当の意味で肩の荷を降ろしたてゐであった。
***
「……結局、代理闘士は見つからなかったみたいですね」
「ええ、そうなのですよ。男気を見せて下さる方は何人かいらしたのですが、
お相手が十六夜様だと聞かされた瞬間、皆様お腹が痛くなってしまわれたようで……」
「だらしない男達ですね。うちのコック長の方がまだ気概があると言うものです」
「そのコック長さんは存じませんが、比べるものでもないでしょう」
人里の外れ、廃棄された耕地後に建てられた大きな公園にて。
お竹と咲夜の両者はノンビリと話をして決闘の時間を待っていた。
公園とは言っても、昨今は弾幕ごっこに使われるのが主な目的になっていて、
それを観戦するための観客席(弾幕無効結界のおまけつき)が設えてある、ある意味で競技場のような場所だ。
その観客席にもボチボチと人が集まり始めていて、楽しそうに二人を見つめていた。
「後半刻(15分・幻想郷基準)ほどで決闘のお時間ですね。
私が勝ったら、約束通り紅魔館にお越し頂いて芸を披露して頂きますよ」
「はい、もちろんです。散々引っ張ったのですから、皆様が楽しめますようよ趣向を凝らしてみたいと思います。
その代わり、私 (わたくし)が勝ちましたら……そう言えば、私が勝ったら何かありましたっけ?」
「そう言えば、取り決めをしていませんでしたね。では……」
「咲夜が負けたら、咲夜をしばらく貸し出そう」
「お嬢様!?」
「これはレミリア様。ご機嫌麗しゅう」
「うむ、ご機嫌よう」
お竹と咲夜の会話に割り込んだのは、レミリア・スカーレットその人だった。
観客席を見てみれば、そこにはレジャーシートを広げて決闘場を眺めている紅魔館ご一行様がそこにいて、
美鈴がパラソルを地面に刺し、その下でフランドールとパチュリーが暇潰しの読書をしていて、小悪魔が咲夜の代わりに給仕をしていた。
彼女達が来るとは思っていなかったらしく、咲夜は目を丸くして驚いていた。
そのレミリアはと言えば、機嫌が良いらしく、愛用の日傘をクルクルと回しながら咲夜の後ろに立ち、そのお尻をポンッと音がするほど強く叩いた。
「ひゃぅ!? 何をするんですかお嬢様!」
「お竹と言ったな。できれば、この駄メイドをコテンパンにのしてしまってくれないか?」
「あら、何故です?」
「咲夜には、とある事情でお仕置きをしなきゃいけなくてな。
折角だから、衆人環視の前で思いっきり赤っ恥をかかせてやって欲しいわけだ」
「……できればお断りしたいのですけど……」
「では、今回の決闘で勝てば、お仕置きは勘弁してあげよう。喜べ!」
レミリアはドヤッとした顔で咲夜に言い放ち、咲夜は微妙に途方に暮れた。
「それはいいのですけど、私は咲夜様をお借りしても特に何と言う事も無いのですが?」
「では、勝負に勝ったら私のポケットマネーの範囲で何かしてやろう。それでどうだ?」
「お嬢様、態々そのような事をされなくても……」
「いいんだよ。一度招くと決めた相手は、すなわち私の腹心も同然だ。
懐に入れるとは、そう言う事だ。まさか異論があるとは言わないよな、咲夜?」
「……はい」
「不貞腐れるな右腕。勝ったらご褒美をあげるから、元気を見せてくれよ?」
「右腕……分かりました!」
「あらあら、尻尾があったら振りそうな勢いですね。……そろそろ、お時間でしょうか?」
お竹が天を仰ぐと、太陽が天頂に届く頃合いだった。
観客も集まり終わったらしく、遠目に妹紅がまた何かを売り歩いているのが見える。
それを確かめたお竹は、軽く三味線をかき鳴らして観客に合図を送りながら、開始線の書いてある場所へと下がっていった。
「お集まりの皆様、本日はこの特別公演にようこそおいで下さいました!
これからお見せしますは、人と人、人と妖を繋ぐ精神と美の戦い、弾幕ごっこにございます。
かく言う『私』も、弾幕ごっこは始めての経験になりますので、楽しみにしております。
どうぞ、安全な場所からごゆるりとご観戦下さいますよう、よろしくお願い致します!」
お竹が口上を述べると、観客席からワッと歓声が上がった。
もちろん、これもデモンストレーションだ。
「観客には悪いけど、一瞬で勝負をつけさせて貰うわよ。お嬢様、それでよろしいですか?」
「構わないよ咲夜。実力を全部出して挑みなさい」
レミリアが観客席に戻り、美鈴の膝の上に腰をかけるのを見届けた咲夜は、やる気満々と言った表情で腕を組んだ。
お竹もそれに応じて着物にたすきをかけ、重心をさりげなく下へと移動させる。
俄かに漂う緊張感に、今までお気楽な観戦ムードだった観客も息を呑んだ。
「スペルカードは何枚にします?」
「そうですねぇ。では、少し多めに五枚くらいでどうでしょう?」
「分かりました。……それでは、始めましょうか。
あなたの時間も私のもの。古風な芸人に勝ち目は、ない」
「今まで、何人もの挑戦者が敗れ去っていった五つの問題。
……今度は、私が出される番。この難題を私はクリア出来るのかしら?」
「「いざ、尋常に……」」
「その勝負、少し待った! 待って下さい! お願いします!」
咲夜がナイフを取り出し、投擲しようと身構えた瞬間、広場の端から声が上がった。
またこのタイミングか、と咲夜がうんざりしながらそちらに目をやると、
声の主が肩で息をしながら膝に手をついて息を整えているところだった。
「あなたは……八意永琳、よね? 本物?」
結ばれていない長い銀髪を振り乱し、赤と青の衣装を着崩させて、全力で駆けて来たと思しきその人は、八意永琳だ。
しかしぜいぜいと息を荒げているその姿にはまるで余裕が見られず、咲夜はそれが本当に永琳なのかどうか一瞬考えてしまった。
咲夜のイメージでは、この人はもっとクールな感じの人だった筈なのだが。化粧もしていないし、一体どうしたのだろうか?
「はぁ、はぁ、間に合った……十六夜咲夜! あなたの相手は私よ!」
「……はい?」
「私がお竹さんの代理闘士になります! いいですね!」
「いいも何も……」
「八意様、どうしてここに?」
頭の上に『?』を三つほど浮かべて首を捻る咲夜を置いてけぼりにして、永琳は声を大きく張り上げる。
その視線の先には、もちろんお竹がいる。
「貴女を連れ戻しに来ました! 私には貴女が必要なのです!」
「八意様。私は自由に生きろ、と申し上げた筈ですよね。
もう私に縛られる事無く、好きにして構わないのです。無理に連れ戻さなくても良いのですよ?」
「私は、気が付いたのです! 私は……私の願いは、あなたと一緒に居ることです! 未来永劫、宇宙が終わるまでずっと!」
「ダメです。それ以上はいけません。それ以上言っては絶交ですよ?」
「知りません! 私には貴女が必要なのです! かぐ……」
不意に、お竹の姿が消えて永琳の前に現れ、その唇から零れそうになった言葉を人差し指で引き止めた。
それは時間を操る咲夜にも感知できないほどの早業で、
あたかも赤毛の死神のように、数十メートルの距離を一瞬にしてゼロにした瞬間移動のように見えた。
もちろん、永琳にもそれは感知できない。
感知できないまま人差し指を唇に添えられて、目を白黒させた。
「ダメですよ。今の私は『お竹』なのですから。それ以上はいけません」
「……ふぁい……」
「ふふ、可愛い人。もう一度言ってくれますか?」
「……私のために、ずっと、ご飯を作って下さい」
「もう一声」
「ずっと一緒に居てください!」
「もっともっと」
「貴女を放したくないのです。私の作る籠の中に入ってきて下さい!」
「はい、喜んで!」
それはとても情熱的な感情が篭められた言葉で、お竹の心に直接響き渡った。
そんな魂の慟哭を聞いて、急展開に着いて行けずポカンとしていた観客達も、訳が分からないなりに拍手を送った。
「でも、それには邪魔な方が一人おられますわ」
「……はい?」
完全にスルーされたまま、ナイフを弄んで暇を潰していた咲夜に、いきなり話が振り分けられる。
永琳を見ると、いつかの異変の時などとは比べ物にならないほどに充実したやる気……殺る気?……に満ちた表情をしており、
咲夜は思わず心の中で『\(^o^)/』と両手をあげてしまった。
「……手合わせをするのは異変の時以来かしら。あの時は遊びだったけど、ちょっと本気を出そうかしらねぇ……」
「え? いやぁ、それはちょっと困ると言うか……と言うか、まさかお竹さんの正体って……」
「おーい咲夜。負けたらお仕置きだからな。むしろ代理闘士に負けたら更にお仕置きだからな!」
「お、お嬢様!?」
「八意様。勝って下さいね」
「もちろんです!」
高台に上ったところで梯子を外された咲夜に対して、何やら燃料と一緒に起爆剤まで与えられた永琳。
どう言う話の流れかは分からないが、咲夜にも一つだけ確実に判る事があった。
「……私、噛ませ犬?」
実はそう言う役回りだったのだ。
***
【LastChapter その後】
『The future will be better tomorrow.
明日になればより素晴らしい未来が待っているだろう - ダン・クエール』
決闘という名のフルボッコの翌朝。
目を覚ますと、一緒に寝ていた筈の輝夜の姿は既に無かった。
外の様子を見てみると、まだ日の出も迎えていないような時間で、肌を切り裂くような鋭い寒さが身に染みた。
それでも部屋の中が暖かいと感じられるのは、部屋にひしめく兎達の体温ゆえだろうか。
昨日は永遠亭中の兎と言う兎が集まり、みんなで寝たのだ。
ふわふわのモコモコで、とても気持ち良く眠れたのを覚えている。
まだ眠い目を軽くこすりながらも、彼らを踏まないようにして部屋を出ると、私は真っ直ぐ厨房へと足を向けた。
この角を曲がると厨房が見えてくる。そんな感じの所に来たところで、私は体内の霊力を強く保ち気合を入れた。
そうする事によりこの空間に集まっている須臾を知覚し、意識的に無視する事ができる。
こうでもしないと、異なる歴史を生み出してその中でこっそり動いている輝夜を捕らえる事はできないのだ。
「……いや、しれっとナレーションで流さないでよ。どうやってるの?」
「慣れているからね」
「慣れで対処できるものなのかしら? まあ、永琳だからいいんだけどー」
厨房の入り口にかかっている暖簾を潜るとやはり、予想通りの相手が料理を作っていた。
私がしれっと須臾の中に入ったのに驚いた様子だったが、すぐに呆れ顔になりながらも能力を解除してくれた。
「おはよう、輝夜」
「おはよう。今日は早いのね」
「輝夜の顔が見たくて早起きしちゃったわ。ここで見ててもいい?」
「もう、そんな恥ずかしい事を言って……別にいいけど、期待したような事は何も無いわよ?」
照れたような笑いを浮かべて、お鍋に向き直る輝夜。
普段着の着物の上に、割烹着を重ねた姿は不思議とよく似合っている。
ポニーテールに結んだ髪と、その狭間から見えるうなじがとても魅力的で、私も思わずニコニコと笑みを浮かべてしまう。
「永琳、何を見ているのかしら?」
「輝夜を。それより、美味しい料理を作るコツを知りたいのだけど、教えてもらえないかしら?」
「あら、私が永琳に物を教えるの? 逆じゃなくて?」
「私は料理が下手なのでしょう? それはどうして?」
「ああ。覚えていたのね。
料理は心って言うけどね。そんな小難しい事は考えなくていいのよ。
ただ単に、食べる相手の事を思って工夫を凝らせってだけ。
永琳、ちょっとこのお味噌汁飲んでみて?」
「ゑ? いや、お味噌汁はちょっと……。それに、食欲は無いのよ……」
「なによ、私の手料理が食べられないって言うの?」
「うっ……!」
「ああ、私は悲しいわ! 私はこんなに永琳に尽くしているのに、
その永琳と来たら私が何でこんな事をしているのかすら忘れて、私の手料理が食べられないなんて言って!
もう、妹紅の家にでも居候しちゃおうかしら!」
「それはダメ! 頂きます!」
覚悟を決めて、私はお味噌汁を口に含んだ!
「……あ、美味しい……。そうそう、この味が出したかったのよ!」
嫌がっていたのも忘れて、パクパクとお味噌汁とその具を口に放り込む。
無作法なのは分かっているのだが、一気にかき込んでしまう美味しさだ。
「そんなにガッツイちゃって、まるで兎ね。……兎を飼ってるからって、飼い主まで兎に似なくても……」
「ん? ふぁひはひはふぁぶや?」
「いや、もうこれハムスターよね。兎ですらないわ。
もー、そんなにがっつかないの! 話すか食べるかどっちかにしなさい」
「……(もぐもぐ) 」
「食べるのね。お代わり食べる?」
「(ごっくん) 食べる!」
元気良く返事をして、器を差し出す。
輝夜が『永琳が子供に戻ってる……』などと失礼っぽいような事を言っているが、よく分かんない。
輝夜のご飯美味しい。
「どう、美味しい?」
「うん、美味しいわ輝夜! 私じゃあこの味は出せないのよねぇ……」
「あら、私だって同じ味を再現しろって言われたら無理よ。そんな考えて作ってるわけじゃないんだから」
「……そうなの?」
「そうなの。ただ単に、料理の基本を押さえているだけよ」
「基本?」
「愛情よ。永琳が作る料理には、愛情が足りないの」
「『料理は愛情』……ね。確かに基本だとは聞いた事があるけど、ちょっとショックだわ……」
何だか、『自分は料理に愛情を篭める事ができない』と宣言されたみたいで、少し悲しかった。
しかし、それでは愛情を篭めるとは一体どうやればいいのだろうか。
三ヶ月悩み続けた結果が精神論では、何となく納得が行かない。
「永琳、何か難しい事を考えていない?」
「はい……。私には、その『愛情を篭める』と言う言葉の意味が理解できないのよ。
教えてちょうだい輝夜。一体どうすれば良いの?」
「やっぱり難しい事を考えてた。そんな哲学みたいな事はどうでもいいのよ」
「哲学みたい……って?」
「『愛情とは何か?』みたいに考えているなら、的外れもいいところね。
愛情を篭めるって言うのはね。『相手の事を強く想う』って事なの」
輝夜はそう言って私の手の中からお椀を取り上げた。
「例えばこのお味噌汁はね。
宴会で沢山お酒を飲んで、その後ご飯をろくに食べてない永琳が食べ易いようにって考えて作ったの。
少しだけ塩分は濃い目にして、葱は入れる前に軽く焼いて、お豆腐は少な目に……ってね。濃い味の方が食欲が湧くでしょう?」
「そう……だったの?」
言われて見れば、食欲が無かった筈なのにお代わりまでしてしまっている。
これは、輝夜の料理が食べられる事が嬉しかったからだけではなかったのか。
「逆に、卵焼きは少し甘めにしてあるわ。永琳の舌を優しく癒してくれるようにってね。
いつもはお砂糖は入れないんだけど、今日は特別。
ご飯は少し柔らかく炊いて、お米の甘みがお味噌汁と卵焼きの丁度真ん中くらいになるようにって配慮したわ。
全部全部、永琳が美味しく食べてくれますようにってお願いしながら作ったの。
これが『料理は愛情』よ。特別な技法なんて何にも使ってないんだから」
それが本当だとすれば、私が繰り返しやって来た実験が全くの無駄だった原因がよく分かる。
味や風味など、二の次なのだ。延々と、誰のためにでもなく、淡々と作り続ける料理に、一体どんな味が宿ると言うのだろうか。
もちろん、厳密に言えば『私が望む味』を想像して調整するだけの技量が必要になるのだが、
それは慣れと練習でどうにかなる話……なのだろう。それが一番難しそうだが。
「私は、輝夜の愛情を食べていたのね……」
「そんな大袈裟な事じゃないわよ。普通の事。お代わり、いる?」
「もちろん!」
輝夜にお椀を渡してご飯のお代わりをよそって貰い、また食べる。
いつもならもうお腹一杯になっている頃なのだが、体が輝夜を欲して止まってくれない。もぐもぐ。
「……ねぇ、永琳。これからもずっと私のご飯を食べたい?」
「食べたいです。いつまでもお願いしたいです」
「もう一声! 昨日に続いてもう一回!」
「これからずっと、宇宙が終わるまで私のためにご飯を作って下さい!」
「そうそう、そう言う言葉が欲しかったのよ! 苦労した甲斐があったわぁ……」
「……もしかして、それだけのために家を出たのですか?」
「そうよ。私は一度も永琳の愛情を疑ったことは無いけど、たまには言葉で欲しい時もあるのよ。
ついでに昔っから言いたかった事と、不満だった事を片付けようと思ってね」
「不満だった事?」
「永琳ったら、『竹取物語』の事を嫌っていたでしょう?
嫌っていたと直接的に言わなくても、避けていたのは確かよね。
それが私にとっては凄く不満だったの」
「何故です?」
「だって、あれは私の成長記録なのよ。永琳に読んで欲しいじゃない」
「……ああ、そっか。そうですね」
輝夜が産まれた時から教育係をしていた私にとって、輝夜の事で知らない事は何も無い。
流石に能力を使って隠蔽されると分からないが、それでも一度気が付けばこのように須臾の中に入る事ができるため、改めて知る事はできる。
その私が知らない、輝夜の歴史。
それは月の監視を離れて地上に降りた、輝夜の独り立ちの話だ。
「この料理はおばあさんに教わったのよ。
おじいさんには竹細工や物作りを教わったし、元々裕福な家では無かったから私も一緒に家業を手伝ったのよ。
あの二人は残念ながら蓬莱の薬を飲んではくれなかったけど、私の中でずっと生きている。
……そんな私の物語、聞きたくない?」
「是非とも聞かせて下さい。輝夜が地上で何を見て、何をして、何に感動し、どんな苦難を味わったのか。全部聞きたいです!」
「よろしい! ……人里での活動は続けるからね。地底や山にも行ってみたいわ」
「その時は必ず同行しますよ。永遠亭は兎達に任せておけば大丈夫でしょう」
「ありがとう、永琳」
感情の赴くままに強く頷くと、輝夜は幸せそうに微笑んで下さった。これだ、これが欲しかったのだ。
「あ、そうだ。もしも……もしも、あの時私が引き止めなかったら、どうしていたのですか?」
「そのまま10から1000年くらい適当に出奔して、永琳が私の顔を忘れた頃に戻ってくるつもりだったわ。
そうすれば、また新しい関係を始められたかもしれないでしょう?」
「危なかった……。本当に危なかった……」
どうやら、優曇華達のお陰で本当に済んでのところで踏み留まる事ができたらしい。
あのまま自室で泣き寝入りをしていたらと思うと、背筋が凍りついて嫌な汗が止まらない感じだ。
天国と地獄を分けたのは、私の意思だった。そう言う事にしておこう。
「でも、こうやって引き止めてくれたからね。
これからも今まで通り、お互いに足りない物を補いながらくらして行きましょう。
あなたは兎達に知恵と知識を。私はそれ以外の細々とした事を。ね?」
「はい。よろしくお願いします!」
そうして恐ろしくも幸せな時間を過ごしていると、困惑顔の優曇華が食堂へと入ってきた。
「あのー……お師匠様、姫様、ちょっとよろしいですか?」
「どうしたの優曇華?」
「先ほど表門の掃除をしようとしたらですね。門の前にこんなものが……」
優曇華が持ってきたのは、大きなずた袋だった。
その表面には『先払い』と大書された紙が貼られていて、受け取って見るとズッシリと重い。
危険物のように雰囲気は無いため慎重に中を検めてみると、中には金貨・銀貨が詰め込まれていた。
これだけあれば、里でお屋敷が一軒建つだろう。そう思わせるほどの大金だ。
これは尋常ではない。でも、何だこれ。
「お、来たわね」
「輝夜、これに心当たりが?」
「うん。そろそろ派手に……」
『ドゴーン!』
「何事!?」
「……来る頃じゃないかしら?」
『敵襲! 敵襲! 総員配置に付けー! 焼き討ちだー!』
『鈴仙隊長をお呼びしろ! それまでは我々で迎撃するぞ!』
『Sir,Yes sir! 我々の力を見せて……うわぁー!』
『工作兵! 消火急げー!』
『衛生兵、衛生兵ー!』
「本当に何事!?」
「妹紅よ」
『かぁぐやぁぁぁぁぁ! 出てこーい!』
『今日は私も一緒だ! さぁさぁ頭突きをされたい悪い子はどこだぁ!』
炎が爆ぜる轟音、巨大な羽ばたき音、ゴッツン頭突きの音……襲撃者・妹紅&慧音の発する轟音が聞こえてくる。
このずた袋の中身は、先払いの修繕費か!
妹紅と慧音の叫びを聞いた輝夜は、『やっぱり来たか』と言わんばかりの表情でにんまりと笑うと、
調理場の片付けもそこそこに表に出て行こうとして……こちらを振り返った。
「永琳、あなたはここで……」
「行くわよ輝夜。あの子には恥ずかしいところを見られた借りがあるから、ボコボコにして記憶を奪って、ネガも取り戻さないと!」
「……あら?」
「どうしたの? ほら、手を出して」
何か言われる前にこっちから誘ってやり、手を差し出して表へと誘う。
一瞬驚いたような表情を見せた輝夜だったが、すぐに笑顔になって私の手を取ると、淑やかに私の後ろについてくれた。
微笑ましい物を見るような優曇華の表情が少し気になるが、気にしない事とする。
「ねぇ永琳。人生楽しんでる?」
「あなたと一緒なら、何でも楽しいですよ。輪廻の果てまでお付き合い致しますからね!」
***
【おまけ 約1400年前】
月の使者を皆殺しにして、都から脱出したすぐ後の事。
『永琳は料理が下手ね!』
『そうかしら? ちゃんと美味しくできていると思うのだけど』
『ダメダメ、全然ダメだわ。今度からは私が作ってあげるから、覚悟しておきなさい』
月の都に居た時は分からなかったけど、意外とこの人は駄目な人だった。
頭が良すぎるからか、強すぎるからか、月人としての生活からか……あるいは全部かな?
とにかく、地上で人と触れ合ってきた私から見れば、ここほどまでかと驚いてしまうほど冷淡で、
他人の事を考えられないような人だった。
私の事は特別扱いしてくれているみたいだけど、それも多分教育係としての義務感からだろう。
彼女の性格を評するなら……司令官向けとでも言えばいいのだろうか?
月の都を建造したように、民やら何やらを率いて一つの事をさせるとガッチリはまるのだろうが、どうにも指導者向けではない。
俗に言うカリスマはあるのだが、包容力が足りないのだ。彼女には。
つまり、ここは私の出番。彼女の角を取ってやればいいんだ。
100年、1000年かかろうと問題ではない。
永琳は魅力的な人なんだから、このままなんて勿体無さ過ぎる!
『……輝夜が? あなた、料理できたの?』
『失礼ね。地上で20年近く過ごしたんだから、それくらいできるに決まってるでしょう。
「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」って言葉を知らないの?』
『知っているけど……』
『永琳の料理は、硬いのよ。食べられたものではないわ。だから永琳の食事は私が作ってあげる。毎日よ。いいわね?』
『はいはい。お姫様の仰るとおりに』
とりあえず、この『鈍い』人を振り向かせる事から始めよう。
いつか、私無しでは生きられないように。
そしていつか、それを通り越して私無しでも生きていけるように。
かつて永琳に教わったように、私も地上の流儀を教えてあげよう。
『永琳が望む限り、私はずっと一緒に居るからね。これからよろしくね』
『はい。よろしくお願いします』
この時から、私はこの人を支えて行こうと決めたのよ。
永遠の時を一緒に生きるんだから、その選択肢を選んだ事を後悔させないためにもね。
この作品は前中後編の後編に当たりますので、どうぞ順番にお読み下さい。
小説版・儚月抄の表紙を見てムネキュンさせられた人は、
どうぞ姫様をよろしくお願いします。(CM)
***
【Chapter.7 三ヶ月と一週間目】
『A man does not have himself killed for a half-pence a day or for a petty distinction.
You must speak to the soul in order to electrify him.
人は勲章や一日半ペンスの給金のために命を捨てたりしない。魂を揺さぶる言葉が無くてはな - ナポレオン・ボ』
井戸から水を汲み上げて、手を浸す。
春夏秋冬常に変わらず一定の温度を保つ井戸水は冷たく、まるで私の手を氷の刃で切り落とそうとするような恐ろしさを感じさせた。
その水を肩から浴びると、心臓がキュウと締まるような感覚と共に身が引き締まり、体に染み付いた穢れが流れ落ちて行くような気がする。
もちろん、それは錯覚だ。地上に暮らしている限り、穢れからは逃れられない。
それも、私自身が穢れの塊のようなものなのだから、何をや言わんやなんやかんや、と言った所だ。
濡れた白装束が肌に張り付いて少し気持ち悪いが、それも何度か水を浴びているうちに感覚が無くなり、気にならなくなった。
穢れを祓うと言う本来の役目は果たしていないが、それでも水垢離は気持ちを引き締めるには最適だ。
震える体をおして、もう一度水を浴びる。
今日は、今までの活動の全てが試される特別な日なのだ。
これくらいしっかりと気合いを入れなければ、バチが当たるだろう。
メイド長との決闘のために(形だけだけど)代理闘士を探していた私の元に、一通の手紙が届いたのはつい先日の事だ。
どこか懐かしい、青竹の瑞々しい匂いが漂うその封筒の差出人は、『八意永琳』。
中身は至ってシンプルなもので、簡単に纏めると『弟子がお世話になったお礼として、お竹様を宴会に招待したい』というものだった。
出演料は破格で、普段の稼ぎの一ヶ月分くらいにはなるだろうか。文章も丁寧で手が込んでいる。
個人によって見解は異なるかもしれないが、私の見聞きした限りでは永遠亭は里の一部として認識されているらしい。
異変の首謀者が住む場所ではあるが、世間一般ではあの異変と永遠亭の関係性は知られていないため、
少なくとも有力妖怪の住処などとは一緒にされないでいる。
つまり、これを受けてもレミリアに対しての不義理にはならないだろう。そんな言い訳が立つ。
まあ、それはそれは大した問題では無い。
レミリアは私の正体を知っている様子なため、怒りはしないだろう。
それよりも問題なのは、永琳からのこの誘いに少々……いや、かなり嫌な雰囲気を感じる点だ。
しかし、私はそれを受ける事にした。
適度に水を浴びたところで、次に私が取り出したのは上質の火山灰だ。
水っ気を切った手を試しに差し入れてみると、兎の毛皮のようにフワフワした触感と、僅かな暖かみを感じた。
きっと、あの富士山のように雄大な力を秘めた山から産出されたのだろう。
大地の漲る力がこの灰に篭められているようだ。
その灰を、髪にまぶして行く。
頭皮から毛先まで、刷り込むように丹念にまぶされた灰は、髪の湿気と一緒に脂質汚れを吸い取って流してくれる。
外の世界では髪用の洗剤もあるらしいが、私にとっての洗髪はこんな感じだ。
一度その洗剤を使ってみたが、髪が荒れて大変な事になった覚えがある。二度とごめんだ。
髪から脂が十分に取れた所で、今度は頭から冷水を浴びる。冷たい。
我慢して櫛を丹念に通し、もう一度水を浴びる。めちゃくちゃ冷たい。
そうしてしばらく櫛を通していると、髪から汚れと灰が全て洗い流されて、自慢の黒髪が露わになる。
手入れはとても大変だけど、それに見合う美しいを醸し出してくれている。永琳がそう言ってたから間違い無い。
……私個人としては短く切ってもいいのだけれども、勝手に切ったらどんな反応をされるかしら?
まぁ、それはどうでもいい。
身綺麗にした次は、出掛ける準備をしなければならない。
髪に手を通して、遮るもの無く艶やかに流れてくれるのを確認した私は、井戸の周りを軽く片付けてから、自分の家へと戻って行った。
そうして漸く、里の喧騒が戻って来る。
私が須臾を集めるのを止めたため、時の流れが元に戻ったのだ。
今までの洗髪は、私だけの時間。
目撃者はおろか、私の時間に入って来られる人はいない。
そもそも、本来この洗髪は一日がかりで行うもの。
私だけの歴史を作って作業していたからいいようなものの、そんなに長い間井戸の前を占拠はできないし、私は私の肌を家族以外に見せるつもりは無い。
妹紅辺りは殺し合いの時に勝手に見るけど、あれは例外。一緒に温泉に入った時も見せたけど、温泉は無礼講だ。
濡れた髪が乾くまでは、少し時間がかかる。
永遠亭から持ち出したバスタオルを髪に巻き付けた私は、保存しておいた朝食を片付ける事にした。
今日のメニューは、食堂で包んで貰ったおにぎりと、帰り道で気紛れに買った揚げ饅頭だ。
どちらも作ってから時間が経っているが、作りたての時点で永遠の魔法をかけてあるから暖かいまま。いつでも美味しく頂ける。
一人暮らしには有り難いスキルだと我ながら感心するが、おかしい事は無い。
そんな適当な事を考えながら、まぐまぐと食べ終わる。美味しかった。
手を軽く洗う頃には、髪から水気がある程度切れていた。
バスタオルを外してもう一度櫛を通すと、サラサラと音を立てて流れ落ちてくれた。完璧だ。
乾いた髪には、永琳特製の髪油をたっぷりとつけておいた。
「ん……。やっぱり、普通にやると時間が経つのが早いわね。急がないと」
歯を磨きながら時計を見ると、もうそろそろ昼を過ぎる。そろそろ出なければ。
化粧と身支度は儀式だ。
香木で髪を撫でて薄く匂いをつけ、白粉(おしろい)を顔にまぶし、紅を引くことにより、
永遠と須臾の罪人・蓬莱山輝夜は身を潜め、流れの講談師・お竹が姿を現して行く。
紅が服に付かないように注意しながら衣装に着替えた私は、儀式の仕上げとして市笠を取り上げた。
この市笠は、私とお竹を区別する大切なアイテムだ。
西洋文化で言えば、ピエロの仮面辺りが相当するだろうか。
市笠は、必要な役割を演じるためのペルソナなのだ。
強く念じて、市笠を身に付ける。
すると、私の纏う雰囲気や霊質が僅かに変わり、『お竹』のものへと成った。
その代わりとして、普段身に着けている着物を家に置いて行く。
こうする事で、私の霊質をここに擬似的に置いて行く事ができ、仮面はより強固なものになる。
今なら、市笠無しの素顔を見られても私と分かる人は少ないだろう。
永琳相手でも、顔を直接見られなければ大丈夫。あの人は鈍いから。
「さて。いざ鎌倉、参りましょうか」
全ての準備は終わりました。
後は、永琳様に答えを聞きに行くだけになります。
家を出た私(わたくし)は、永遠亭に向けて歩き始めます。
「こんにちは。道案内は要るかい?」
「あら、こんにちは。そうですね、お願いできますか?」
その永遠亭に差し掛かる途中、竹林の入り口の辺り。
そこで私を待っていて下さったのは、藤原妹紅さん。
互いに付き合いの長い、腐れ縁の関係にある方にございまして、私の変装が効かない数少ない相手にございます。
有り難い事に、私一人では迷いの竹林を抜けて永遠亭まで辿り着く事はできない……事になっております。
それを察した妹紅さんが、気を利かせてくれたのでしょう。本当に……
「本当に、暇なお方」
「知っての通り、時間は持て余しておりますので。では参りましょうか、お竹さん」
「はい。よろしくお願いします」
道案内とは申しますが、道が分からないと言うのは建て前ですので、二人並んで歩いても問題はありません。
更に、妹紅さんが『気』を周囲に放ちながら進んでいるため、妖怪や妖獣も寄ってくる気配もありませんでした。
やはり、竹林の案内人と言うだけはあって手慣れています。
「さすがですね。いつもは妖獣が跋扈する迷いの竹林が、まるで広い公園のようです」
「まあ、このくらいは。それで?」
「それで、とは?」
「とぼけるなよ。永琳と話をして、それからどうするつもりだ?」
「成り行きに任せようかと思っております。結果がどうなろうと、知った事ではございませんので」
「薄情だね。どうしたんだい?」
「だって、ほら。これをご覧下さい妹紅様。これは八意様から届いた今回の招待状です」
「どれどれ……ああ、これは酷いな。文章がまともなだけにより腹が立つ。まるで督促状だ。
人を招待しようって言うのに、情熱が足りないよ。情熱が」
妹紅さんに書状をお見せしたところ、彼女も私の言わんとしている事を理解してくれたようです。
軽く眉をしかめられた後、苦笑して書状を返してくれました。
「もしも紅魔館に行く事になったら、一緒に行ってやるよ」
「それは……マネージャーとしてですか?」
「プロデューサー稼業も、楽しそうじゃないか?」
「楽しそうですね。張りぼてでも護衛が欲しいと思っていましたので有り難い限りですが……よろしいのですか?」
「なぁに、長い人生の余興さ。混ぜろよ」
「……もう、わがままなお方」
「どっちが」
妹紅さんが突き出して来た拳に拳を合わせて、互いにクスクスと笑い合いました。
腐れ縁は、楽しいものです。
「さて。そろそろ着く頃合いですね」
「ああ。そうだな」
話しながら歩いているうちに、永遠亭の門が見える場所までやって参りました。
ああ、懐かしき我が家! ……なのですがしかし、私は帰って来たわけではありませんから、感慨も今一つでございました。
「あれ、お客さんかな? すみません、今日はお休みの日なんですよ。急患じゃなければまた後日で……あれ?」
「こんにちは」
「よっ!」
門の前まで辿り着いてノッカーを叩くと、鈴仙様が門の内側から顔を覗かせました。
最初はキョトンとしていた鈴仙様でしたが、私達の事を認めるや否や顔を白黒させて門を開け放ち、
平伏せんばかりに頭を下げてしまわれました。
「も、ももも、申し訳ありません!
こちらがお呼びしたと言うのに、案内の者も寄越さずにご足労頂いてしまったようで!」
あら。待たせるのも悪いかと思って早く出て来たのですが、まさかそれが裏目に出るとは。
ここら辺の感覚は、市井に交わった後でも未だにずれているようですね。下手に出過ぎてもよろしくないようです。
「鈴仙様、お顔を上げて下さいませ。時間を守らないご無礼を働きましたのは、私の方なのですから」
「いえ、そんな事はありませんよ! こちらも気が回りませんで……」
「どっちが何でもいいけどさ。ここで押し問答をするより、奥に通した方がいいんじゃないかな?」
「あ! それもそうですね! どうぞ中にお入り下さい」
「はい、ありがとうございます。妹紅さんもありがとうございました」
「なんもさ。それじゃ、またよろしく」
「あの、よろしければ妹紅さんも宴会に参加されませんか? 日頃、患者さんを案内してくれているお礼と言う事で」
「いや、いいよ。輝夜がいない宴会は張り合いが無いからね。私は帰るよ」
「分かりました。お気をつけて~」
私を鈴仙様に引き渡した妹紅様は、手を軽くヒラヒラとさせながら颯爽と去って行かれました。
そんな彼女を見送っていると、中からまた一人別の女性が出て参りました。八意様です。
「鈴仙、お客様が見えたの?」
「はい。こちらの方がお竹さんです」
「遠路遥々ご足労頂きありがとうございます。私は八意永琳と申します。本日はよろしくお願いします」
「八意様ですね。御噂はかねがね伺っております。こちらこそよろしくお願いします」
しれっとした顔で……顔は見せていないのですけどね……八意様に挨拶をして、頭を下げます。
「本日の宴会はお月見の宴会ですので、本番は夜からの予定になります。
部屋を用意してありますので、どうぞそちらでお寛ぎ下さいませ」
「お心遣いに感謝いたします。……ところで八意様。少しよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
どうやら、私の正体を悟られてはいないようですね。
ですが、確認のために少しだけ探りを入れます。
これでバレたならば、それも一興と言うものです。
「本日の宴会には、蓬莱山様も出席なさるのでしょうか? それでしたら、宴会が始まる前にご挨拶を申し上げたいのですが」
「……主人は、ただいま留守にしております。ですので、その必要はありませんよ。それより、姫様の事をご存知なので?」
「ええ。存じております。実は、八意様や鈴仙様の事も蓬莱山様から聞いているのですよ?」
「……姫様は、何と?」
「それは……」
「それは?」
「……秘密です」
軽く肩をすくめて、上半身を前に傾け、指をチッチッチと左右に振るのがこの台詞を言う時のお約束です。
それと一緒にコケティッシュにウインクを致しますが、相手に見えないので無駄な演出です。
が、雰囲気は伝わったようで八意様の表情が眼に見えて険悪になりました。
「……ふざけていらっしゃるのですか?」
「いいえ。私は蓬莱山様との約定を果たしているだけでございます。
八意様には、自分の事は話さないようにと強く言い渡されております故」
「……輝夜ったら、何を考えているのかしら……」
「さぁ。私には分かりかねます」
八意様は頭の回りは素晴らしく良い方なのですが、表情に焦りや戸惑いが全部出てしまうため、腹芸が苦手と言う致命的な弱点を持っております。
少なくとも私から見れば、表情をコロコロとすぐに変える、子供のようなお方。
愛おしくてたまりません。
いつぞやか、レミリア様が月に行くために準備をしていた時のパーティー会場にて、
自分から霊夢達に話を振っておきながら口を滑らせてしまった八意様が、咄嗟に言い訳をした時のお顔は……ふふ。
思い出すだけで笑えてしまいます。しどろもどろと顔を紅くする永琳様の可愛らしさといったら、もう。
今も私と鈴仙様の手前笑顔を取り繕ってはおりますが、ここ数ヶ月の間一切の連絡を寄越さない『姫様』に苛立っているようですね。
そんな八意様の様子に鈴仙様は気が気でないようです。
「ただ、輝夜様はもうしばらくしましたら、一度ここを訪れると申されておりました。その時には、八意様から答えを頂くと」
「答えを……? 何のことでしょう?」
「さぁ。私には分かりかねます。私はもののついでのメッセンジャーですので」
「……そうですか。わざわざありがとうございます。鈴仙、お竹様をお部屋にお通しして」
「はい、分かりました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
言うべき事は言いましたので、ここは素直に鈴仙様に案内されましょう。
本当はもう少し八意様で遊びたかったのですが、致し方ありませんね。
「あのー……」
「はい、何でしょうか?」
「お竹様は、どうしてお師匠……永琳様にあのような事を仰ったのですか?」
「あのような事、とは?」
「惚けないで下さいよ。どうしてあんな、挑発するような事を?」
「あら。あの程度、幻想郷では普通の挨拶でございましょう?」
「そうかもしれませんけど、何もわざわざ……何か、ご不満な点でもございましたか?」
「不満も不満、大不満でございます。だって、八意様は私を知らないのですから」
「……はぁ」
「私は八意様を存じておりますが、八意様は私を知りません。
鈴仙様からのありがたいご推薦なのでしょうが、それでもどうして私を呼んだのでしょう。全く分かりません」
「……ふぇ」
「それに比べて、レミリア様のお誘いには情熱と興味がふんだんに篭められておりました。
しかし、八意様はそうではないようですね。例えるならば、1000年の恋も冷めるような思いにございます。
鈴仙様が出迎えて下さらなければ、妹紅様にお願いしてすぐに帰る所でしたよ」
「えっと……。私にはよく分かりませんが、申し訳ありません」
「鈴仙様は謝って下さらなくても結構ですよ。悪いのは八意様です。どうぞ『よろしく』お伝え下さいませ!」
「は、はい!」
部屋の外を目線と意識で示しながら『よろしく』の部分を強く強調する事で、鈴仙様には退出して頂きました。
少し間を置いて、私は深いため息をつきました。
「私は我が儘なのでしょうね。気が付かないように配慮したと言うのに、気が付いて貰えないとこんなにも苛立たしい。
それ以上に、思った以上に腑抜けている八意様が実に腹立たしい。
合わせて加えて、八意様の天然の不心得が本当に憎らしい。もう!
……まあ、いいでしょう。私が彼女に伝えねばならない事に、変わりはありませんからね」
ひとしきり独り言を終えた私は、担いでいた三味線を降ろして弦を張り直しました。
宴会は日が暮れてからとの事ですが、時刻は既に夕方の気配がちらつき始める頃合いです。
調律を早く始めるに越した事は無いでしょう。
「でも、その前に」
そっと立ち上がり、入り口の襖を開け放ちます。
するとそこには、部屋の外からこちらの様子を窺っていた子兎達との姿がありました。
お二人は興味深々と言った風情でこちらを見上げておりました。
「こんにちは」
『こんにちは~』
『こんにちは~』
「そんな所で耳をそばだてていないで、中にお入りなられてはいかがですか?」
『いいんですか~?』
『いいの~?』
「もちろんです。さぁどうぞ」
『わーい! 姫様~』
『姫様姫様~』
「……あらあら。どうして分かったの?」
『姫様でしょー? 抱っこー』
『姫様じゃないのー? お耳撫でてー』
「はいはい。まったく、甘えん坊さんなんだから」
子兎達は、すぐに私に気が付いてくれました。
理由を聞いても判然としないため、恐らく『何となく』分かってしまったのでしょう。
子供は理で考えない分、こう言った事にはとても敏感なものですから。
「仕方の無い子達ね。みんなには内緒よ?」
『はーい』
『はーい』
「そちらの方も、よろしいですね?」
「むぅ……。やはり気がつかれてしまわれましたか」
私が通路の影に意識と声を向けますと、そこから一人の男性が姿を現しました。
戦士として鍛えられた素晴らしい体格と、ハンサムではありませんが、とても実直そうなお顔をされているその方は、
この永遠亭における戦士隊の副隊長・土蘭様にございます。
「この子達のお守りですか?」
「左様にございます。桔梗が手一杯なため、私がこの子達の世話をしています。いや、しかし……」
「しかし、どうしましたか?」
「この子達が姫様だと言うので様子だけ見に参ったのですが、まさか本当に姫様だとは夢にも思いませんでした。不覚にございます」
「ふふ。それより、こんな所で話していては秘密にできる事も露見してしまいます。さあさあ、どうぞ中へ」
「はっ! 失礼致します!」
『お邪魔します~』
『わぁい♪』
おチビちゃん達と土蘭様を部屋に招き入れた私は、入り口の襖を閉めて、元の席に戻りました。
その際、襖は僅かに開いたままにしておきます。
「この程度の小細工は嗜みと言うもの。さあ、準備をしましょうか」
***
「……との事です。お竹様は、お師匠様の対応が不満であると……」
「……そう。分かったわ」
「あの……その、何と言ったら良いでしょうか。とにかくすみません」
「あなたが謝る事じゃないわ。それより、自分のお仕事に戻りなさいな」
「はい。準備ができましたらお呼びしますね」
「よろしくね」
優曇華が退出するのを待って、私は深く溜め息をついた。
芸人を呼ぶのは一向に構わない。
例えばプリズムリバー三姉妹は定番の音楽グループだし、宴会の招待客が弾幕ごっこで遊ぶのも座興の一つだ。
しかし、それがまさかあんな珍妙な人物だったとは……。
「私が彼女を知らない、か。下調べの話……じゃないわよね。どう言う事かしら……」
ブツブツと呟きながら、手元にある資料を眺める。
一応、永遠亭に招くにあたって身辺調査くらいはしてあるのだが、
そこに書かれた情報は、推論の材料としてはあまりにも量が少なかった。
「外来人の講談師で、名前はお竹。
竹取物語の斬新な解釈と多様な芸で人気を博し、一躍時の人に。
一週間後に紅魔館のメイド長と決闘の予定があり、負けたら紅魔館で芸を披露する約束になっている。
素顔は不明。誰も見た事が無い……怪しい経歴ねぇ」
私も直接対面したわけだが、どうにも表情が読めない。
それは市笠がどうのこうのと言う話ではなく、本心や意識の向け先を逸らすのが恐ろしく上手いのだ。
正面から対面しているだけだと言うのに、まるでこちらの考えを熟知しているかのようにすら感じられる。
「あのメイド長に喧嘩を売ったのは、パフォーマンスの一種かしらね。腕に覚えがあるようにも見えないし。
それより気になるのは、この竹取物語についてかしらね。……竹取物語ねぇ」
私にとって、竹取物語とは故郷を捨てる話だ。
地球に墜とされた輝夜の後を追い、自身も穢れを身に纏い、月から逃げ出した。
そんな苦い思い出の象徴だと考えているため、あまり良い感情は抱いていない。
「まぁ、優曇華は聞きたがるかもしれないわね。拒否するのも何だし、流れに身を任せましょうか」
「あ、いたいた。お師匠様、ちょっといいですか~?」
「どうしたのてゐ?」
「調理班から連絡があってさ。お味噌がちょっと足りないみたいなんだよ。
お師匠様、確か貯めてたよね。分けて貰えないかな?」
「ああ、いいわよ。案内しましょうか」
「よろしく~」
「ついでに、客間の様子も見ておきましょうか。
既にゲストさんは来てるから、粗相の無いよう兎達に周知しておいてね」
「あいあいさ~」
てゐを連れて客間へと向かうと、お竹さんが居る方から音楽が聞こえて来た。
この永遠亭では、音楽を嗜むのが輝夜と一部の趣味人……兎だけど……しかいないため、
かなり久しぶりにまともな音楽を聞いたような気がした。
てゐも同じ事を考えていたらしく、心なしか歩調が弾んでいるように見えた。
「……あら、襖が少し開いてるね。優曇華が閉め忘れたのかしら?」
「かもね。どれどれ……お?」
流れるような動作で覗き込むてゐ。
「こら、はしたないわよ」
「お師匠様も見てみなよ。面白いものが見えるよ」
「面白いもの? ……あら」
釣られて私も部屋を覗き込むと、そこには確かに面白い光景が広がっていた。
まず目に付くのは、部屋の中心に座っているお竹さんと、その周囲でゴロゴロとしている兎達だ。
警戒心が強く、初対面の人には隙を見せない兎達が、
みんな一様にリラックスした様子でゴロンとお腹を見せて寝転がっている姿は、何とも微笑ましい。
膝の上にも子兎が寝そべっており、時折耳や顎の下を撫でられては嬉しそうにヒゲをピクピクさせている。
それはさておき。
てゐが言った『面白いもの』とは、そのお竹さんの前に畏まった様子で正座する戦闘部隊の副隊長・土蘭だろう。
大の男が、顔を真っ赤にさせながら女性に頭を下げる構図は、古今東西どこに行っても面白いものだ。
どうやら、彼はお竹さんに何かを教わっているらしい。
「よ、よろしくお願い致します!」
「そう硬くならないで下さい。お手を拝借致しますので、どうぞこちらに」
「は、はいっ!」
(「くっくっく……」)
(「ダメよてゐ、笑ったらダメ……ぷっ」)
何をしているのかは二人の体が邪魔をして見えないが、お竹さんが土蘭の手を取ると、彼が強く動揺したのが良く分かった。
てゐのそれに似た、ポフポフの兎耳が軽く跳ねているのだ。
見た目のゴツさに見合わず、純情な人だ。兎だけど。
「緊張なさっているようですが、どうぞ落ち着いて下さいませ。そんな調子では、何事も成せませんよ」
「そう言われましても、無骨者の身には中々難しく……」
「それでしたら、あたかも戦場(いくさば)に居るかのように思ってくださいませ。
戦場なれば、緊張はされても心と体は自在に動きますでしょう?」
「そう言われましても、そのような想像で己を鼓舞する事は苦手でして」
「慣れが必要ですからね。でしたら、少しお待ち下さい。ただいま、相応しい相手を用意致しますので」
「相応しい相手……?」
「実は私、イタコのように冥界に住まう霊を呼び出す事ができるのです。
その力を利用して、ここに古の猛将をお呼び致しましょう。誰かリクエストはございますか?」
「では……関羽雲長で」
「呂布奉先ですね。承りました」
わざとか。わざとなのか。そう突っ込みたくなるようなスルー力を発揮したお竹さんは、
困惑する土蘭を尻目に、目を瞑って……多分瞑っている……瞑想をし始める。
私とてゐも含めたみんなが固唾を飲んで見守っていると、突如として彼女の気質が荒々しく変化した!
膝に寝ていた兎達が部屋の隅に逃げ出し、土蘭が腰を浮かせて刀に手をかけ、てゐの目つきが鋭いものに変わる。
私も手に霊力を集め、何かあればすぐに飛び込めるように身構えた。
『抜け! この俺が直々に相手をしてやろう!』
目を見開いた彼女から発せられた言葉は、まるで別人の口から飛び出したかのように暴力的な色を帯びていた!
傍から覗き見ているだけの私達ですら、背筋に冷たい汗が流れるほどの強い圧力はどうだ! 古の猛将と呼ぶに相応しい圧倒的なパワーを感じさせた。
土蘭が相手の言葉に応じて刀を抜き放つと、お竹さんも唇をニヤリと歪め、手に持っていた棒状の何か突きつけた。
武器としては頼りないように見えるそれは……
「竹の、笛……?」
どう見ても、竹製の笛だった。
作りはしっかりしているようだが、そんな楽器では刀には敵わないはずだ。
しかし、土蘭にはそうは見えていないらしい。一切の油断をせず、じっと隙を伺っている。
まるで彫像のように動かなかった二人だったが、その均衡を壊したのはやはりお竹さんだった。
『ダンッ!』
細い女の足から発せられたとは思えないほど鋭い踏み込みで、竹の笛が土蘭の喉元へと突き出される。
それを軽いサイドステップで回避した土蘭は、刀を片手に持ち替えて手刀を作ると、そのまま相手の脳天へと振り下ろした!
「てやっ」
「あいたっ」
土蘭のチョップがお竹さんの市笠に当たり、ポコンと間抜けな音を立てる。
鋭いのは踏み込みと気迫だけで、その他はてんでヘッポコだったのだ。
「うぅ……。やはり、本職の方には敵いませんね。演技だけではどうしようもありません」
「お戯れはお止し下さい。うっかりと本気で対応してしまう所でした」
「大丈夫ですよ。その程度の事でどうにかなるような食生活は送っておりませんので。それよりも、緊張は解れましたね?」
「ええ、まあ、確かに。素晴らしい気迫でした。さすがは……」
「おっと、そこまでにございます。では始めましょう、無駄な時間を食ってしまいました」
「はっ!」
「おチビちゃん達も、こちらに戻ってらっしゃい。脅かしてしまってごめんさないね」
『大丈夫~』
『平気~』
緊張が解けて気合十分の彼が取り出したのは、お竹さんが持っているのと同じ竹の笛だった。
どうやら笛の指導を頼んでいたようで、時折つっかえて顔を真っ赤にしながらも、お竹さんの指導を受けて真面目に笛の稽古を始めた。
意外な事に、彼の笛の腕前は中々のものだった。これなら、普段の宴会でも前座くらいは任せていいかもしれない。
「中々上手にございますね。独学で勉強なさったのですか?」
「はい。基礎こそ姫様……人に教わりましたが、それからは暇を見つけては笛を吹いていました。
野暮な話ではありますが、斥候として竹林を駆け回る際にも呼び笛として利用しております」
「遊びと戦い、すなわち虚と実が混ざり合って一つになる。遊びの中に戦いがあり、戦いの中に遊びがある。これはとても大事な事です。
どちらがどちらと区別はつけず、常に両方を意識して下さいね。
あなたが訓練で剣を振るうかのように、笛を吹くのです」
「目的意識をしっかり持て、と言う事ですね。
しっかりと意識しながら行う一日の訓練は、惰性で続ける一月の訓練に勝るものです」
「そうです。そして、もう一つ。こうして一度教えを請うならば、私自身を貴方自身とするかのようにして下さい。
誰かを懐に入れるとは、そういう事です。私を貴方にして下さい。分かりますか?」
最後の言葉は、目の前の彼ではなく覗き見ている私に向けられた言葉だ。
その証拠として、お竹さんは目線はそのままに、意識の欠片だけを襖の隙間を通して私の胸へと突き刺して来たではないか!
その冷たさと熱さに、私は思わず一歩引いて生唾を飲み込んでしまった。
「はい、心に刻んでおきます」
「よろしゅうございます。思い人様へのプロポーズ、頑張って下さいね」
「な、な、な……何を仰いますか!?」
『おじちゃん頑張れ~』
『頑張れ頑張れ~』
「応援しておりますよ。きっと上手く行きます、安心して下さい」
「は、はい……貴女様がそう仰るのでしたら……」
(「ぷーくすくす。そっか、土蘭の奴は桔梗の事が好きだったのか。これは確かにお似合いだねぇ」)
部屋の中からは相変わらず楽しそうな会話が聞こえてきて、てゐもそれを横から眺めて楽しんでいる。
しかし、私はそれどころでは無かった。
「……ん? お師匠様?」
「彼女が最初に言っていた不満とは、この事だったのね……」
「お師匠様、どうしたのー?」
「何でもないわ」
そうだ、そうだった。
彼女は優曇華の紹介と言う形で招いた客だが、それでも私の客である事に変わりは無い。
それはつまり、永遠亭と言う私のテリトリーに呼び寄せ、懐に入れる事を意味している。
お竹さんは、身柄を私に預けるつもりでやって来た筈なのだ。
それなのに、肝心の私は無関心。情熱も興味もまるでなく、ただ呼んだだけ。
私が彼女に送った招待状の文面を思い出してみると、丁寧な文体ではあるものの、
そのような相手の心に訴えかける魂の篭った言葉は入っていなかった気がする。
1000年の恋も冷める思いと表現されたが、なるほど。あの時点で帰らなかったのは、偏に優曇華への義理だろう。
「……輝夜だったらどうしていたのかしら。あの子、そういう人の機微には聡い子だから……」
永遠亭における輝夜の役割とは、一体何だったのだろうか。
輝夜がいなくなって三ヶ月と少々が経った今更、私は漸くその事を考え始めていた。
「お師匠様、どうしたのん?」
「何でもないわ。お竹さんの演技力も音楽能力も垣間見れたし、後は楽しみに取っておいて行きましょうか。私達は私達の目的を果たさないとね」
「あ、そうだ。お味噌お味噌」
「そう、お味噌お味噌。行きましょうか」
***
「『音楽が恋の糧なら、続けてくれ』……」
「『そうすればいつかは聞き飽きて、胸につかえて食欲が無くなるだろう』……シェイクスピアですよね。それがどうかしましたか?」
「いいえ、独り言にございます。これからの事に自戒を篭めまして」
副隊長さんに稽古をつけてあげてから、数時間後。
真ん丸満月のお月様が天に昇り、幻想郷を薄く照らし出す時間になって漸く、私が宴会場へと呼ばれました。
宴会の会場は、普段ではあまり使用される事がない母屋の外れにある大宴会場で、
襖と天窓を開ける事によって月の運行が全て見渡す事ができ、庭にも通じているとても風流な部屋にございます。
部屋の西側にはやや高くなった舞台が設けられていて、左右両端に剥製となった熊と狐の頭部が鎮座しております。
それがまるで、私を取り囲んでいるような、あるいは私を守ってくれているような、何とも言えない感じになっております。
とりあえず、鬼瓦としては一級品でしょう。迫力はございます。
その舞台をグルリと半円を描くように座っていらっしゃるのが、本日のお客様です。
上座に当たる場所に八意様がお座りになられ、てゐ様がその横に、そして各部署の長となる兎が、その側近が、後は年若い順に適当にと、
舞台の上から眺める座りの順列は、綺麗なグラデーションが書かれているように見えますので中々に面白くございます。
まあ、宴会が始まれば皆さん適当に動き回りますので、あまり関係がない配置ではあるのですが。
現在は、配膳係の兎達が料理やお酒などをせっせと運んでいる最中にございまして、
それが終わり、全ての兎が席についてたら直ぐに乾杯の音頭が取られる予定となっております。
待機中の私の横には、特別にと言う事で鈴仙様が配膳をして下さっておりまして、
先ほどの独り言に反応して下さったのも彼女です。
「皆さん、仲がよろしいのですね。鈴仙様もあちらに行かなくてよろしいのですか?」
「ええ。お竹さんを招待したのは私ですし、お師匠様からもこちらに居て良いと言ってもらっています。
せめて宴が始まるまでは、ここに居させて下さい」
「……もう、可愛らしい人ですこと。つい先日までは妙な病気を患っていたといいますのに」
「病気……ですか? 私は健康体のつもりなのですけど」
「自覚が無いのが心の病にございます。どうぞ、ご自身の感覚ではなく八意様の判断を仰いで下さいませ?」
「……分かりました。私も医術を学ぶ者ですから、医者の不養生と言う言葉くらいは知っていますので」
「それでようございます。では、そろそろお戻りになられてはいかがです?」
「え?」
客席の方を見てみれば、ようやっと配膳が終わり、八意様が杯を手にとって立ち上がるところでした。
鈴仙様も慌てて立ち上がり、杯を取りに席へと戻って行かれます。
そして、彼女が席についたのを確認して、八意様がよく響く美しいお声で乾杯の挨拶を述べられました。
「私は、今日と言う日を迎えられた事を嬉しく思います。
かつては知性を持たず、その日その日を暮らしていた貴方達地上の兎達が、
武勇と智恵を持って外敵を無事に討ち果たした日なのですから。
戦士達の弛まぬ努力と、勤勉な精神に敬意を表して。
そして、それを支える者達の強き心に感謝を篭めて。乾杯!」
『乾杯!』
八意様のスピーチに合わせて、兎達も杯を高く突き出し、一気に飲み干しました。
誰も彼も楽しそうに、そして誇らしそうに互いの肩を叩き、話に花を咲かせ始めます。
私もそれに合わせて酒杯を掲げますが、飲みはしません。私の仕事はこれからなのですから。
八意様と鈴仙様からの目配せを受けて、今度は私がすっくと立ち上がります。
「お集まりの皆様、始めまして。私は『お竹』と申します。
このような誉れ高い宴にお招き頂き、誠にありがく思っております。
ささやかではありますが、この場をお借りして皆様の労を労わせて頂きたく存じます。
どうぞ、最後までお付き合い下さいませ」
深々と頭を下げますれば、あちこちから拍手が飛んでまいりますが、
大半の兎達は食事と酒に夢中でこちらに意識を向ける事ができていないようですね。
花より団子とはよく言ったもので、私という花に興味が無いのでしょう。
それならば、まずは彼らを振り向かせなければなりません。
「てゐ様、こちらにお越し下さいませんか?」
「私? はーい!」
流石に自分達の群れ長が壇上に上がったのは無視できないのか、
兎達が袖をチョンチョンとつつきあって互いに注意を促しています。
しかし、このような姑息な手段をとるために呼んだわけではありませんよ。
「てゐ様、始めまして。本日は戦いの後の祝賀会と言う事ですので、幾らかお話を伺いたく存じます。
まず、この度の戦いで一番の大手柄を上げたのはどなたでしょうか?」
「それはもちろん、土蘭副隊長様さ。緊急事態にも冷静に対処して部下に指示を出して、
武に逸らず私にキッチリと報告をして、私の不確かな憶測にも文句を言わずに行動してくれたんだ。
みんなも、異論は無いだろう?」
『オォー!』
酒を飲んでいた兎達が、手や足を使って囃し立てながら同意の声を上げます。
苦笑して酒を飲んでいる副隊長さんですが、満更でも無いようです。
「それでは、副隊長さんも壇上にお上がり下さい。一緒に戦われた方々もどうぞご一緒に。
皆様、拍手をよろしくお願い致します」
副隊長さんと、その部下の方々が壇上に上がります。
皆様既にお酒を飲まれているようですが、顔がやや赤いのはそのせいだけではないでしょう。
ここまでは誰でもできる事。私の仕事はここからにございます。
「本日の座興として、私が皆様の武勇伝を歌に致しましょう。
そして、私が生きている限り語り継ぎます。如何でしょうか?」
「戦士としてこの上ない名誉です。よろしくお願い致します。ほれ、お前らも」
『よろしくお願いします!』
副隊長さんが頭を下げ、部下の方々も続いて頭を下げます。
他の兎達を見てみると、私の言葉に興味津々と言った様子。
どうやら、皆様の気を引く事には成功したようです。
「それでは、詳しく話して下さいませ。最初に熊を見つけたのはどなた?」
「俺です! 俺が見つけました!」
「元気な方ですね。お名前は?」
「蒙明(もうめい)です! よろしくお願いします!」
声を上げたのは、壇上に居る兎達の中でも特別体の小さい、まだあどけなさを残す少年兎でした。
私の記憶が確かなら、私が家を出る少し前に訓練を終えた新兵君だった筈。
それがどうでしょう。『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』と申しますように、
少し見ない間に立派な男になっているではありませんか。将来有望な子です。
「あなたが見つけた時、相手はどのような様子でしたか?」
「頭にかっかかっか血が上っていて、涎や殺気を振り回しながら走り回ってたんだよ。
行く道を遮る竹や岩をぶち割って一直線にね。こう、両腕をブンブン振り回して、当たるを幸いに暴れてたんだ」
「恐ろしいですね。怖くなかったのですか?」
「もちろん! こんな奴にビビッてたら、剣なんて持てやしないからね!」
置いてある熊の頭部を軽く蹴り飛ばす蒙明様。
少し調子に乗っているようですが、若い子はそれくらいがいいのです。
「『深き竹林の奥に響く、戦慄の咆哮を聞け!
かの者は黒き暴風、竹林を荒らし乱暴狼藉を働く者である。
情け容赦なく全てを薙ぎ倒す彼の者は、『黒兜』。
人が見上げるほどの巨躯を誇る強大な熊の妖獣であった』
三味線を軽く弾き鳴らしながら、時折手振り身振りを交えて敵を描写します。
手にした逆持ちの扇を天高く掲げると、兎達の視線がそちらへと集まりました。
それを素早く振り下ろして小さな戦士を指し示せば、今度は彼に視線が集まりました。
『奴が進む先には、無力な同胞達がいる。行かせてなるものか!
小さな体に強き心を携えて立ち塞がるのは若き戦士、名を蒙明!
彼は眼前に迫る死の風を睨みつけると、スラリと刀を抜き放ち黒兜へと踊りかかりました!』
……まずはこんな感じでしょうか? 敵はある程度強く描写せねば、お話になりませんからね」
『おおー!』
兎達が拍手と共に感嘆の声を上げて下さいます。
即興なので韻も何も踏んでいない稚拙な文章なのですが、それでも喜んで貰えるのは嬉しい事です。
「でも、黒兜って何です?」
「この熊の頭部をご覧下さい。暴れに暴れた末に頭の毛が激しく逆立ち、まるで兜のように凝り固まっているではないですか。
それゆえ、勝手に名付けました。皆様よろしいでしょうか?」
特に考えは無かったらしく、副隊長さんも含めて皆様頷いて下さいました。
「では、こちらの狐の名前はいかが致しましょうか?」
「そうですねぇ……。では、八意様、何か考えはございますか?」
ぼうっとこちらを見ていた八意様に、急に話を振ります。
何か考え事があるようですが、許しませんよ。
「え? んー……では、考えを休むと書いて休考(きゅうこう)でどうでしょうか。
策士策に溺れた狐だから、『馬鹿の考え休むに似たり』と言う事で」
「とてもようございます。彼はこの物語の取りを飾る役を引き受ける方ですからね。
それくらい間の抜けたお名前の方が盛り上がると言うものです。ね、てゐ様?」
「そうだね! お竹さんにも見せたかったよ、私の必殺の一撃をさ!」
「見えないものを見せるのが講談師の仕事にございます。さて、続いて参りますよ。
黒兜に立ち向かう若き戦士様。その後はどうなりましたか?」
「えっと。その後すぐに副隊長達が駆けつけてくれて……」
宴は始まったばかり。
さあ、皆様ご一緒に。
***
宴会は、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
「『追い詰められた休考の叫びが広場に木霊します。
口から飛び出す怨嗟の声と暴力への欲望は、女子供の足を竦ませるには十分な強さがありました。
ガアッ! と雄叫びを上げ、ヒョウ! と地を駆ける休考。小さく纏まり身を守る同胞まで、あと僅か。我が弓では倒しきれぬ!
追う彼はそう悟りますが、それでも悲観は致しません。卑しい狐の前に、最後の砦が立ち塞がったのです!』」
大袈裟な身振りでお竹さんがてゐを指し示せば、てゐもてゐで得意げな顔を観客に見せ付ける。
やっと回ってきた群れ長の出番に、兎達のボルテージが最高潮に達したのが手に取るように分かった。
壇上では兎達が舞い踊り、歌うように物語を作り出すお竹さんの周りで、自分達の功績を実に楽しそうに語り続けていた。
熊の毛皮を頭から被った蒙明が、大仰な動作で両手を広げて『グァー!』と子供達を脅かせば、
それに負けじと子供達は手にしたお箸や竹の筒で彼の脇腹や太股をチクチクと突いて対抗している。
そんな風に馬鹿騒ぎをしているかと思えば、土蘭副隊長はお竹さんの横で隠し芸の笛の伴奏を披露し、部下の兎達の目を白黒させていた。
みんな、楽しそうだ。
「即興ですので粗い部分も多くございますが、それは語り続けているうちに洗練されて行く事でしょう。
皆様も、忘れないでいて下さいね!」
『はーい!』
観客として見ている兎達も、ひょうきんに騒ぎ続ける戦士達を見ているだけで笑いが止まらない。
楽しく明るい雰囲気に、台所と宴会場を行ったり来たりする給仕の兎達も仕事の甲斐があると張り切っていた。
正直に言って、私は驚いていた。
まさか、気紛れで呼び寄せた流れの講談師が、ここまでの腕前を持っているとは。変人なだけはある。
普通、芸人や音楽家と呼ばれる人達は他の人間が同じ舞台に上がってくるのを嫌がるものだ。
それもそのはずで、芸や講談と言った他人に聞かせるタイプの演劇は、どれだけその作者が作り出す世界観に観客を引きずりこめるかが重要になってくる。
だから舞台と客席は明確に分かれているのだし、こうして座って見ていられるようにしてあるのだ。
それだと言うのに、お竹さんは最初からその定石を無視し、てゐや戦士達を壇上に呼び寄せた。
これは、例えば話の途中で客に話を振ったり、ゲストとして壇上で話を聞いたりするのとはわけが違う。
まるで、流れや行き先を定めないで始める即興劇のようなもの。制御を離れた瞬間、すぐに置いて行かれる事だろう。
並大抵の技量ではできない芸当だ。私にはそう見えた。
「講談師と言うよりは、もはやバラエティーの司会ね。どれだけ芸の引き出しがあるのだか……」
「司会って、実際にやってみると難しいんですよね。参加者も酒が入っていますし、声が大きいですし」
「そうねぇ。キッチリと手綱を取ればできるんでしょうけど……」
「お師匠様がそれをやったら、粛々と飲む会になっちゃうかもしれませんね~」
「あ、言ったわね。この、この」
生意気な口を効いた弟子の頬をプニプニと弄びつつ、再び視線を壇上に戻す。
そちらでは既にクライマックス・シーンの演出に入っていて、
てゐがシュッシュッとシャドウボクシングをするかのように拳を振り回していた。
あなた、止めを刺したのは蹴りでしょ。
「『スペルカードを発動させた群れ長の脚が力強く地を蹴り、休考の懐へと肉薄致します!
その時彼の脳裏に過ぎったものは如何なるものか。憤怒か、驚きか、はたまた諦念か。
しかし、彼がそれを意識する事は永遠にありません。その腹に、てゐ様の右足が叩き込まれたのです!
正しく鎧袖一触。喧嘩を売る相手を間違えた哀れな狐は、血反吐を吐きながら大地に沈みました』
……はい、一先ずはこれにて完成にございます。皆様、ご協力ありがとうございました」
『わぁー!』
話が一段落付くのを待って、私はそっと宴会場を抜け出す事にした。
話はとても面白いし、酒もどんどん進むのだが、どうにもそんな気分にはなれなかったのだ。
縁側に出て見ると、雲一つ無い満点の夜空に燦然と輝く満月が天頂を目指して昇っているところだった。
それを見上げながら、手にした清酒の杯を一気に飲み干した私は、よろよろと縁側に座り込んで顎に手を当てた。
「……私は、何をしているのかしら」
輝夜が居なくなってからの永遠亭は、どうも様子がおかしい。
いや、おかしいのは私だけだ。他のみんなは既に自分で解決をしてしまっているようで、
この宴会はその長い不調期間の終わりを祝うものなのだろう。
私は気が付かなかったが、優曇華とてゐは喧嘩をしていたらしい。
その原因は私が少々強く優曇華に当たりすぎたせいで、私がそのようにイライラしていたせいで、
てゐの部下の兎達も不安な日々を送っていたらしい。
では、どうして私はこんなにイライラしているのだろうか。
「輝夜の料理が再現できないから? 輝夜がいない日常に適応できていないため?
少し実験を張り切り過ぎた? 夜更かし? ……全部違う気がするわ。もっと、根本的な……分からないわ」
手にした杯を再び呷る。が、中身は既に空だった。さっき飲んだのだ。こんな事も失念するなんて。
グルグルと思考が回り、よく分からない。何が月の頭脳だ、自分の思考の迷宮に迷い込むなんて、お笑い種もいいところだ。
ため息と共に手を降ろすと、横合いから手が伸びてきて、杯に酒を注いでくれた。
「輝夜!?」
「えっと……すみません、私です」
誰かと思って振り返ってみると、そこにいたのは申し訳なさそうな顔をした優曇華だった。
酌の礼を言って視線を前に戻すと、彼女が横に座る気配を感じた。
「お師匠様、いかがなされたんですか? 何も言わずに抜け出したりして……」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと夜風に当たりたかったのよ。すぐに戻るから、あなたは先に戻っていて頂戴」
「……あの、お師匠様。ちょっといいですか?」
「何かし……ぶほっ!?」
「うひゃあ!?」
思わず酒を噴き出してしまった。
優曇華の呼びかけに反応してそちらを向くと、そこにはまるでストッキングを頭から被ったような変な顔をした優曇華がいた。
両手で頬と目元の皮膚を両端に思いっきり引っ張っているのだが、そんな冷静な分析はどうでもいい。
まさかこのタイミングで顔芸を食らうとは思っていなかった私は、酒を気管に詰まらせて咳き込みながら笑い転げてしまった。
「くっ……くっくっくっ……何をするのよ、ふふ、ふははははは……」
「それはこっちの台詞ですよお師匠様! 顔中酒塗れですよ!」
「げほっ、げほっ、げふっ……あなたねぇ。給食の時に他人を笑わせたら、牛乳塗れになるの当たり前でしょう?
むしろ、お酒で良かったじゃない。顔に白いミルクをぶっかけられなくて済んだんだから!」
「うわ、それって地味にセクハラ発言ですよお師匠様! 訴えますよ!」
「訴えられるものなら訴えてみなさい。返り討ちにしてあげるわ」
「……ああ、良かった。笑ってもらえて」
「……え?」
顔をお酒塗れにさせながらも、優曇華は笑顔だった。
私が差し出したハンカチで顔を拭いながら、うんうんと軽く頷いている。
「お師匠様ったら、折角の宴会なのに全然笑ってくれないんですもの。
お竹さんのお話も面白いし、戦士達も体を張って笑いを取っているのに、何か考えている様子でずっとぼーっとしていて。
お竹さんに挑発されたのが、そんなに気にくわなかったんですか?」
「……そんな風にしていた?」
「していました。今日のお師匠様、変ですよ! と言うか、今日だけじゃなくてずっと変です!
何か心配事でもあるんですか? もしもそうなら、私がチョチョイと解決してみせますよ!」
「……大口を叩いちゃって。ダメだったらどうするの?」
「成り行きに任せます! ダメだったらダメだったで、ゴメンナサイしてお師匠様に泣き付きますから!」
「ぷっ、何よそれは。全くダメダメじゃない」
「ダメダメでもいいんですよ。私は私、お師匠様はお師匠様なんですから。『Let it be』ですよ!」
「懐かしい曲ね。それをお竹さんに聞かせてもらったの?」
「はい。……じゃ、私は宴会に戻りますので。あんまり夜風に当たり過ぎると、体に毒ですよ」
「ええ。ありがとう」
「それじゃ、お師匠様も早く戻ってきて下さいね!」
宴会場へと戻って行く優曇華を見送ると、もう一度笑いが込み上げてきてしまった。
「ふふふ。まさか、弟子に元気付けられるなんてね。私も焼きが回ったかもしれないわ。
……そうね、私もそろそろどうにかしないとね」
優曇華も、てゐも、兎達も、何かしらの問題が発生していたようだが、それを無事に乗り越えたらしい。
本来はそのようなトラブルを解決したり、解決への道標を示すのは、永遠亭の管理者たる私の役割だ。
輝夜が居なくなったからと言って、それに変わりは無い。
「……細かい事に拘って、本質から目を逸らすのは止めにしましょうか。
今度輝夜が戻って来る時には、何らかの答えが出せるよう……に……」
料理の味が再現できない事など、実際は大した問題ではない。
薬師としての腕だとか、誇りだとか、そんな些細な事に拘泥する事で、考えを先送りにしていたに過ぎないのだ。
だからイライラするし、無駄な閉塞感に襲われる。
それは理解したものの、自分は何故そのように考える事を拒否していたのだろうか。
「……答え? 私が出すべき答えって、何なのかしら。この永遠亭と、輝夜と、私。その関係。
関係を変えるって……どんな風に?」
『月とのいざこざの心配も無くなったわけだし、永遠亭も役目を変えて行くべき時なのかな、とは思っていたのよ』
三ヶ月ほど前に、私が優曇華に対して何気なく言った言葉だ。
その時は漠然と『何かを変えるべきかもしれない』程度の意味しか無かったのだけれど、私はその事をずっと考えないでいた。
いや、もしかしたら考えたくなかったのかもしれない。
永遠に変わる筈が無かった事が、変わってしまう事を。
輝夜の事なら何でも知っている。
産まれたばかりの小さな手の平を知っている。始めて歩き始めた頃のヨチヨチ歩きを知っている。
舌っ足らずの口で『えーりん』と呼んでくれた時の感動を覚えている。
成人して、始めて化粧を施した時の、少し照れるようにこちらを見る輝夜の可愛らしさと言ったら……!
産まれた時からいままで、ずっと一緒に過ごして来たのだ。輝夜の事で知らないことなど無い。
無い……筈だ。
「……何だか、寒いわね。少し夜風に当たりすぎたかしら」
優曇華が持ってきてくれたお酒を改めて注いで、また一気に煽る。
度数がやや高いお酒は私の体を温めてくれる。が、それでも漠然と感じる寒さは消えなかった。
宴会場を振り返ってみると、あの講談師さんが次の出し物の用意をしている所が見えた。
その楽しそうな横顔が、輝夜の横顔のように思えて、私は咄嗟に立ち上がった。
「……違うわよね。輝夜の気配なら、例え千里離れていても分かるもの。
輝夜の気配は、里から動いていない。いくら背格好が似ているからって、他人に輝夜を投影しちゃあダメよね」
苦笑しながらも、私はそのまま宴会場へと戻る事にした。
優曇華の言う通り、夜風に当たり過ぎるのはよくないだろうし、今は少しでも暖かい場所に行きたかった。
「考えるのもそうだけど、今は輝夜がいない分楽しまないとね。じゃないと、また怒られちゃうわ」
***
「過去へと続く~♪ 列車に跨って~♪ 無くした日々を拾い集めた~♪」
「こちらにおいででしたか。本日はお疲れさまでした」
宴会の後、お竹が縁側に座って月を眺めていると、後ろから声がかかった。
お竹がそちらを振り向くと、そこには柔和な笑顔をたたえた永琳の姿があり、深々と頭を下げるところだった。
宴会が始まってから随分と時間が経ち、月は既に天頂を越えて稜線の彼方へと沈む準備を始めているように見えた。
それに伴い、宴会も折り返しと言った雰囲気が漂い始めており、ポツポツと酒瓶を枕に眠るものが出始めている様子だった。
しかし、それでも元気な兎達の宴はまだまだ終わらない。全員が楽しそうに騒ぎ、飲み、歌い、踊っていた。
少し前まではお竹もその輪の中心で芸を披露していたのだが、少し疲れたと断って縁側に出てきていたのだ。
「もうそろそろ夜半も過ぎようとしています。私達は慣れておりますが、人間のお竹様にはそろそろお辛い時間でしょう。
お部屋の準備ができましたので、ご案内致しますわ」
「ありがとうございます。ですが、あの宴会の熱気に当てられてしまい、体が火照っております。
ですので、もう少しだけ、ここで夜風に当たりとう思います。よろしいでしょうか?」
「もちろんです。兎達に聞いて頂ければ部屋の場所は分かる筈ですので、好きにお過ごし下さい。
ただ、あちらの方には行かないようにお願い致します」
永琳が指差した先には母屋があり、その更に先には輝夜の寝室がある。
そちらを向いて何かを確認していたお竹は、永琳に問い返した。
「あちらには、何が?」
「主人の部屋がございます。そこは家人以外の立ち入りを禁じておりますゆえ、何卒ご理解下さい」
「それはつまり、私では入れない部屋なのですね?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「……そうですか。分かりました」
「ご理解頂き、誠にありがとうございます。……ところで、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう」
「本日の演目についてです。私の聞くところによりますと、お竹様が得意とされているのは、『竹取物語』の語りであるとか。
てっきり今日もそれを公演なさると思っていたのですが、どうしてされなかったのでしょうか?」
最初のように武勇伝を物語として形作った後も、お竹は様々な物語を語って場を盛り上げた。
それは例えば『狂言附子』のような定番喜劇だったり、『ロミオとジュリエット』のような悲しい恋話だったり、
『関羽千里行』のように痛快な話だったりと、聴衆のリクエストとその場の空気に応じて語りに語りつくした。
しかし、メインになると目されていた『竹取物語』は、結局語られることは無かった。
「ああ、その事でございますか。残念ながら、私の知る『竹取物語』は、八意様にお聞かせするようなお話ではございませんので。
期待されていたのでしたら申し訳ありませんが、ご遠慮させて頂きました」
「私に……ですか?」
「はい。これは蓬莱山様からのお願いにも関わることにございますので、どうぞご理解下さいませ。
どうしてもと申されるのでしたら……そうですね。私からのお願いを聞いて頂きとう存じます」
「お願い、ですか?」
「はい。実は私、一週間の後に決闘を行う事になっておりまして。その代理闘士を探している最中なのです。
……私としましては、そのまま負けて紅魔館へと赴く事も吝か(やぶさか)ではありませんが、形式とはとても大事なものですから」
「その代理闘士を、私にと?」
「その通りにございます。それで八意様が十六夜咲夜様に勝たれましたら、再びここに戻ってお話をさせて頂きましょう」
「それは……」
もちろん、永琳とはしてはそこまでの義理は無い。
お竹の方も冗談として言っているだけなのだろうと判断した永琳は、軽く頭を下げて『申し訳ありません』と返事をした。
「残念ながら、私がその代理闘士を勤めるのは筋違いかと。もっと相応しい者がおりましょう」
「まあ、そうでしょうね。仕方ありません」
「はい。それでは、どうぞごゆっくり」
「……お待ち下さい」
「? まだ何か?」
「私は八意様の質問にお答え致しました。ならば、今度はこちらからも質問を返すのが道理と言うものでございます。
どうか一時をお与えいただけませんか?」
「それは構いませんが……そうですね、少々お待ちください」
一度中座した永琳は、一度宴会場の中に戻って鈴仙に一声をかけると、そのまま座布団とお茶のセットを持って戻って来た。
湯飲みに暖かいお茶を注いでお竹と自分の前に置くと、お竹と対面するように少し離れた場所に座り直した。
「お茶をどうぞ。夜風は冷えますので」
「ありがとうございます。八意様は優しいのですね」
「いえいえ。それで、一体どのようなご用件でしょうか?」
「お聞きしたい事とは、他でもありません。今宵の宴会についてです。八意様から見て、如何でしたでしょうか?」
「はい、見事なものでした。様々な楽器を使いこなす技法もそうですが、場を盛り上げる話術がとてもお上手で、私も年甲斐無く聞き入ってしまいました。
その腕でしたら我々以外の、より耳の肥えた方々に招かれても大丈夫でしょう」
「つまり、私の演奏は八意様のお耳に叶った、と見てよろしいのでしょうか?」
「はい」
「そうですか。それは一安心です。つまらない事をお聞きして申し訳ありませんでした」
「いえいえ、この程度。しかし、なぜこのような質問を?」
「……誓いです」
「誓い?」
「はい。少し長くなってしまいますが、お話してもよろしいですか?」
「もちろん。お聞かせ願えますか?」
お茶を軽く啜り、ほぅと一息をついたお竹は、降り行く月を眺めるように遠くを見つめ、永琳に語り始めた。
「私には、とても大切な家族達がいます。
とても頭が良くて、格好良くて、みんなが頼りにするお父さん。
頑張り屋さんで、良くも悪くも生真面目なお姉ちゃん。
悪戯好きで狡賢いけど、誰よりも家族想いの妹ちゃん。
その3人を中心にして、他にも色んな家族がいます。みんな、可愛い子供達です」
「大家族なのですね」
「ええ。とっても暖かい家族です。末っ子達はまだまだ甘えん坊さんで、隙あらば遊んで遊んでと元気一杯。
もう少し大きな子供達も、リーダー格の妹ちゃんに付き従ってあっちに行ったりこっちに行ったり。
見ている側はハラハラしっぱなしです」
「……ん?……うん」
「そして、私はおばあちゃん。遠くからみんながニコニコ笑う様子を眺めて、私もニコニコ笑うんです。
みんな、私の大好きな家族です。でも……」
ここで軽く言葉を止めて、もう一度夜空に浮かぶ月を眺めるお竹。
相変わらず表情は隠れて見えないが、永琳には本当に言葉にするべきか否かを少しだけ迷っているように見えた。
「でも、何でしょうか?」
「私の存在が、みんなの重荷になっていはしないだろうか。たまに、そう思う事があるのです」
「それは……こう言っては何ですが、少々自虐が過ぎる考えではありませんか?」
「そうかもしれませんね。恐らくは私の妄想なのでしょう。
しかし、こう言いますと八意様は驚かれるかもしれませんが、私は外の世界で大罪を犯した罪人にございます。
そのせいで外にいられなくなり、こうして幻想の世界へと落ち延びてきたのです。
本当は、家族面などできはしない筈の立場なのに……」
「それは……」
『私も同じです』。咄嗟にそう言おうとしてしまった永琳は、思い止まって口を噤んだ。
「私は家族に守られて生きてきました。お父さんも、お姉ちゃんも、妹ちゃんも、それ以外のオチビちゃん達も。
みんな私につくしてくれます。本来許されざる大罪を犯した身には、有り余る幸せ。幸福な日々でした。
しかし、最近になって私は守られる理由が無くなりました。
罪が赦される事はありませんが、私を追う者の存在が幻であると判明したのです。
家族達は私に縛られる理由が無くなりました。もう私を守らなくても良いのです」
「……まるで私と輝夜のよう……え?」
小さく呟いて、永琳ははっと気が付いた。
目の前の女性が語っている話は、まるで自分達の事を言っているようではないか、と。
永琳の心の内に猛烈な不安が湧き上がるが、お竹はそれに拘泥せず話を続けた。
「そこに至って、私は考えました。
私がいなければ、家族達にはより相応しい人生があるのではないか? と。
例えばお父さんは、もっと自分の趣味を追求したり、弟子の育成に心血を注いだりできるはず。
例えばお姉ちゃんは、私のわがままに心を乱される事無く、勉学に集中できるでしょう。
妹ちゃんは……自由な子だし、あんまり変わらないかもしれませんね。
でも、私が居なければ、もっと自由に駆け回れるのではないか、とも見えます。
いずれにしても、私が居てはいつまでたっても何も変わらないでしょう。例え幾星霜の月日が流れたとしても……です」
深くため息をつくお竹。
軽快な語り口とは裏腹に、その吐息はとても重いものだった。
「もしも、もしもです。家族の生きる選択肢を狭めているのが、私だとしたら。
家族達が、私という檻に閉じ込められているのだとしたら。
……それは、到底耐えられない事です」
「あの……」
「先日、私はこの疑惑を調べるのに絶好の機会を得ました。
偶然に便乗することで、家族に無用な心配をかける事無く、後腐れ無く、家を出る事に成功したのです。
家族達も、生暖かく送り出してくれました。誰も私を引き止める事無くです。
そして、三ヶ月の月日が流れました。全てを見つめ直すには、十分な時間です」
「お、お竹様。まさか、あなたは……」
「市井に交わり、家族から距離を置き、自己を振り返りました。そして、私は考えを纏めるに至ったのです」
永琳の視線を遮り、架空の人物『お竹』のペルソナとして利用していた市笠を取り、素顔を晒す輝夜。
演技を止めた輝夜は、凛とした鋭い目線で永琳を射抜いた。
「永琳。私がいない間の事は知っているわ。率直に、どうだった?」
「えっと、その……」
永琳はその眼光を受け止める事ができず、思わず視線を泳がせてしまった。
確かにこの三ヶ月の間は、随分と好き勝手にやっていたような気がする。
普段は輝夜の事を考えて実行しないような実験を、これを幸いと幾つか立ち上げたのは紛れもない事実だ。
その事を思い出し、バツが悪くなってしまうのも無理からぬ事だった。
「はっきりと答えてちょうだい。私は永琳の本音を確認したいの」
「……はい。確かに、普段はできないような事に色々と手を出してみました。楽しかったです」
「それが答えよ。永琳、あなたは私に縛られるべき人では無いわ。もっと自由に、自分自身の魂が命じるままに生きるべきだわ」
「輝夜……? 一体何を仰っているのです?」
「永琳。今日からあなたが永遠亭の主となりなさい」
「ま、待って下さい! それはどう言う……」
「八意永琳。いえ、××××!」
「は、はい!」
輝夜はそれまでの柔らかな口調から一転させて、夜陰を震わせる力強い言葉で永琳に語りかけた。
久しく聞く事の無かった本名で呼ばれた永琳は、咄嗟に膝をつき、頭を垂れた。
猛烈に嫌な予感が永琳の脳裏を掠めるが、その予感の意味を考える隙も無く、輝夜の言葉は続いて行く。
「あなたがずっと一人で悔やんでいた事を、私は知っています。
私が蓬莱の薬を飲み、穢れを身に帯び、罪人としてこの地に流されたあの日からずっと、悔やみ、悩み、自分を責め続けていましたね。
薬を作るようあなたを唆したのは私だと言うのに。
勝手に薬を飲んだのは私だと言うのに。
そして、墜ちて行く私の事など放っておけば良かったのに。本当に、優しい人」
「も、勿体無いお言葉です……」
「あれから千を千回数えるほどの時が流れましたが、あなたはずっと私の傍にいてくれましたね。
ただの罪人である私を、変わらず姫として扱ってくれましたね。とても、嬉しかった……。
でも、もういいのですよ。あなたは充分にやってくれました。もう『檻』から解放されても良いはずです」
「……嫌です。聞きたくありません……」
「お聞きなさい。耳を塞ぐ事は許しません」
「嫌です、嫌です……」
「八意永琳。蓬莱山輝夜の名において、あなたの罪は私が全て許します。
そして、今日限りで従者の任を解くこととします。
あなたを縛り付ける呪いはもうありません。あなたの思うがままに、自由にお生きなさい」
「……嫌ぁ……」
「この永遠亭は、貴女が作り上げたもの。今までは私が主となっていましたが、それも返上しましょう。
餞別として、今まで通り好きにお使いなさい。千年の忠誠ご苦労様でした」
深々と礼をして、話を切り上げる輝夜。
そのまま立ち上がり客間に向かおうとするが、永琳の横を通ろうとした時、何か小さな力を感じて動きを止めた。
何事かと見てみると、輝夜の服の端を永琳が力無く握り締めていた。
「輝夜は……輝夜は、どうされるのですか?」
「また出て行くわ。またここに住んでも良いのだけど、『私が居ないように振る舞って』とか、
『私の事は気にしないで』と言っても無理でしょう?」
「……はい、無理です」
「だから、私が出て行くわ。大丈夫。私が1人でも生きて行ける事は証明したでしょう?」
「はい。見せて頂きました……」
「私は大丈夫。今永琳が感じている寂しさも、きっと一時的なもの。
私が居ない生活に慣れれば、自然と良い状態に戻れる筈よ。
現に、ここしばらくの間にちょっと大きなトラブルがあったみたいだけど、乗り切ったのでしょう?」
「……私はまだ、乗り切っていません」
「大丈夫。時間が解決してくれるわ。永琳は賢くて強い人だから、これからどんな事があっても平気。
それでも手に余るような時は、周りのみんなを頼りなさい。みんなあなたの味方だから。
里まで足を伸ばせば慧音や妹紅だっているし、更に行けばもっともっと沢山の人達がいるわ。
もちろん私だって、影から応援している。だから、大丈夫よ」
項垂れている永琳の肩を強く叩き、立ち上がる輝夜。
「今日は、この事を伝えるためにここに来たの。変装をしたのは意識させないためよ。
私は大事な用事があるから、明日には里へ帰らないといけないわ。
その後どうするかは決まってないけど、今度いつ遊びに来れるかは分からない。
だからみんな、どうか末永く元気でいてね」
輝夜は永琳の手をそっと振り解くと、今度は優しく肩を叩いてから背を向けて客間へと足を向けた。
咄嗟に再び手を伸ばす永琳だったが、その手が輝夜の服を掴む事は無かった。
「永琳。それ以上手を伸ばしたら絶交よ」
「!」
「別れは常に辛いもの。でも、いずれは慣れるわ。
私達の関係を変えなければならないと言ったのは、誰だったかしら?」
「わ、わた、私で……」
「私は答えを出したの。次は永琳が答えを出す番よ。分かったわね?」
手を伸ばした姿勢のまま、一切身動きが取れなくなった永琳。
その横を、小さな影が通り過ぎて行った。
『姫様~』
『姫様~ お話終わった~?』
「あら、おチビちゃん達。どうしたの?」
『一緒に寝よう~』
『お話しして~』
『頭撫でて~』
『遊ぼう~』
「もう、貴方達は甘えん坊さんなんだから。いいわよ、久し振りに遊んであげる。ちょっとだけよ?」
『わ~い!』
輝夜の周りをピョンピョンと飛び回りながら、全身で喜びを表現する子兎達。
輝夜はそんな子供達を抱きかかえると、チラリと一度だけ永琳に視線を向けた後、今度こそ客間へと消えて行った。
後に残された永琳は、伸ばした手をゆるゆると降ろして、その場にガックリと膝をついた。
「お師匠様~ どちらに行かれたの……お師匠様!?」
後からやって来た鈴仙が見つけたのは、力無く項垂れる永琳の姿だった。
慌てて駆け寄るが、永琳の目は眼前の鈴仙すらも写す事無く、茫然自失の体をなして何も見ていなかった。
「お師匠様……?」
「優曇華……輝夜が、輝夜がぁ……ぐすっ、ぐすっ……」
「姫様? 姫様がどうかされたんですか?」
「輝夜が、かぐ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
堰が切れたように滂沱の涙を流す永琳は、形も振りも構わずに弟子の懐に飛び込み、嗚咽を上げながら泣き声を上げた。
それを聞きつけた兎達が集まって唖然とした表情で固まるが、それでも永琳が泣き止む事は無かった。
「……お師匠様、失礼します!」
これ以上は忍びないと、鈴仙は永琳の目を直視して精神の波長を引き伸ばし、眠りに誘った。
普段は鈴仙の能力は永琳の抵抗力に阻まれて一切効かないのだが、この時ばかりはアッサリとそれにかかり、永琳の瞼は急速に重くなっていった。
「かぐやぁ……」
「鈴仙ちゃん、お師匠様はどうしたの?」
「分からないわ。確かお竹さんと話していた筈だから、彼女に話を聞いてみてくれないかしら?
私はお師匠様を寝室に寝かせてくるわ」
「了解!」
眠りについてもなお、ぐすぐすと童女のように泣き続ける永琳を抱えて、鈴仙は何とか永琳の部屋へと歩き始めた。
翌朝、永琳が気が付いた時には、輝夜の姿はどこにも残っていなかった。
***
【Chapter.7 三ヶ月と二週間目】
『I just want to say one word to you. Just one word: plastics.
一言でいい。一言いわせてくれ。「プラスチック」だ - カルダー・ウィリンガム』
アレが永遠亭にお呼ばれしてから一週間が経過した。
あれから永遠亭は一切の営業を停止していて、患者も受け付けていないし、誰も出てこないらしい。
そう聞いた私は、『やっぱりなぁ』と言う思いを抱きながらも永遠亭へと脚を運んだ。
到着してみると、なるほど。
門の前には堂々と『休診中』と大書された張り紙が張られていて、中も静かなものだった。
そこかしこで兎達が遊んでいるため、決して活動していないわけではないのだろうが。
「ま、とりあえず入ってみるか。勝手知ったるライバルの家っとくれば~っと」
「ちょっと待った! 何を普通に入って来ようとしているんですか!?」
「お、目標発見。らっきぃ」
門を開けるのが面倒くさかったため、塀を軽く飛び越えて永遠亭の中に侵入すると、
その向こう側では丁度鈴仙の奴が通りがかるところだった。
これは僥倖とばかりに中に入ると、警戒したような目を向けられてしまった。失敬な。
「……一応、侵入者撃退用の結界は貼ってあるんですけど……」
「あの程度効くかっての。それより、永琳はどうしてるんだ?」
「事情をご存知なのですか? ……そうですよね。そう言えば妹紅さん、姫様と一緒に商売されていましたし」
「まあね。それで、永琳はやっぱり塞ぎこんでいるのかい?」
「ええ、そうなんですよ。姫様にさようならを言われたのが相当ショックだったみたいで、完全に寝込んじゃって。
部屋からも出てこないですし、お食事も取られないんですよ……」
事の顛末は輝夜から聞いている。
宴会の席を利用して永琳に近付き、半ば奇襲するように自分の考えを告げて、そのまま帰ってきたらしい。
その際に、兎達にも事情を『軽く』話して来たらしいが……ワザとなのか何なのかは知らないが、
あいつは物事の肝心なところを話さない癖がある。
永夜異変の時に私の所に刺客を送り込んだのも、『肝試し』と言う名目だったらしいしね。
まあ、確かに蓬莱人の肝は不老不死の妙薬の材料になるって言う都市伝説が……って、話が逸れてるな。
要するに、この場合の『軽く』は『言葉足らず』とほぼ同義語だと言う事だ。
が、それは気にせず私は永琳の現状を笑い飛ばした。
「はっはっは! まるで永琳が引き篭もりになったみたいだな。あの噂がブーメランになって帰ってきてる感じか!」
「笑い事じゃないですよ! どうしてそんな事が言えるんですか!」
「お前には悪いけど、私にとって永琳は敵の身内だからね。不調を喜びこそすれど、労わる事は無いよ」
「……じゃあ、何で来たんですか? 返答次第では容赦しませんよ」
「労わりはしないけど、知り合いが塞ぎ込んでるのを黙って見ているほど世を捨ててもいないんだよね。
だから、アドバイスをしに来たんだ」
「アドバイス……ですか?」
「そう、ちょっとしたアドバイスさ。お師匠様を助けて差し上げたいんだろう?」
私がそう提案すると、鈴仙は少し悩んだ後に軽く頷いた。
たぶん、彼女も八方塞りで困っているのだろう。そんな様子がありありと伺える。
「それで、アドバイスと言うのは?」
「直接言った方がいいだろう。案内頼めるかな?」
「……はい、分かりました」
鈴仙に案内されて、永遠亭の中を歩いて行く。
外でもそうだったが、永琳の調子とは裏腹に兎達の様子はとても暢気で、
暇を持て余しているらしい兎達が、日向でぬくぬくと暖まっているのが見えた。
里の噂ではお通夜状態との事だったが、当てにはならないものだ。
「薄情ってわけじゃないんだろうけど、永琳もアレも居ないのに兎達は随分と平和だね。どうしたんだい?」
「この前宴会をしたんですけど、そこで団結したんですよ。
姫様が居なくても、お師匠様が不調でも、私達で永遠亭とお師匠様を支えて行こうって。
その宴会の後で、お竹さん……姫様ですね。姫様からも『後はよろしく!』って託されちゃいましたし、
少なくとも姫様が安心して戻ってこれるような環境は作っておかないとなって」
「そーかそーか。ふふ、それは楽しそうだ」
「? 何がですか?」
「いや、気にしないで。ところで、アレは永琳に何て言ったの?」
「『自由に生きろ!』みたいな事を仰ったそうです。でも、お師匠様はそれを受け入れられないようで……」
「それで塞ぎ込んじゃってるの? 馬鹿じゃないの?」
「……妹紅さん、それ以上の暴言は赦しませんよ?」
「知らないって言ってるでしょ。……お、ここが永琳の部屋?」
案内されるままにしばらく進むと、『えーりん』と書かれたネームプレートのかかった扉があった。
そちらの方に意識を向けてみると、輝夜ほどでは無いが付き合いの長い気配が漂ってきているのが分かる。
ただ、その気配はドンヨリドヨドヨと曇りきっていて、中にいる人間の精神状態が手に取るように察せられる様子だった。
部屋の中も酷い有様で、室内の畳の上には衣服や酒瓶などが散乱していて、
机の上には様々な書類や乾いた薬剤などがぶちまけられていた。
部屋の奥を見てみると、ボサボサの銀髪をベッドの上で乱れさせて、すすり泣くように不貞寝をする永琳の姿があった。
更に布団を捲ってみると、未だに枯れない涙をポロポロと流しながら、
手作りらしい小さな輝夜のぬいぐるみを抱き締めて泣いている月の頭脳(笑)がそこにいた。
髪はボサボサですこぶる酒臭かったが、蓬莱人の特製故か辛うじて変なにおいはしなかった。
「ぐすっ、ぐすっ……かぐやぁ……ふぇぇ……」
「……なに、これ? 幼児退行起こしてるんだけど?」
「一昨日辺りからずっとそんな調子で…………ん?」
「とりあえず、写真でも撮っておくか。外の世界を放浪している時に買った貴重品さ~」
「って、妹紅さん止めて下さい! そもそも何をしれっと部屋の中に入っているんですか! デリカシーとかプライバシーとかを知らないんですか!?」
「知ってるけど、気にしない。だってこうもしないと話が進まないでしょう?」
「……何の用なのよ、藤原の娘。私にはあなたに用なんて無いわよ」
「お、喋った。そんな風にうだうだしてると、輝夜に嫌われるぞ」
「……いいもん。どうせ輝夜は帰ってこないんだもん。知らないもん」
ぷいっとこちらに背中を向けた永琳は、布団を奪い取って頭から被り布団に中へと逃げた。
ベッドの縁に座り、永琳の様子を確かめようと覗き込むと、永琳はお布団を頭から被って隠れてしまう。
その様は正しくでっかいイモ虫で、布団に入りきらずにだらしなく露出している長い髪が何とも間抜けだった。
「起きてるんなら話は早いな。輝夜に具体的に何を言われたかは知らないけど、そこまで落ち込まなくてもいいだろうに」
「あの、妹紅さん……」
「悪いけど、少し黙ってて欲しいな。私は永琳に用があるんだから」
「……何の用なの、藤原の娘。私にはあなたに用は無いわよ」
「ちょっと見るに見かねてね。アドバイスをしようかと思ってやって来たんだけど……聞く耳は無いかな?」
「余計なお世話よ。帰って頂戴……」
「そっか。じゃあ助言は無しだ。代わりに報告をしておこう。
明日から、私は輝夜と一緒に紅魔館に旅立つ。二人旅だ」
「!」
そう言った瞬間、永琳の肩がピクリと震えるのが見えた。面白い。
「ちょっと前からアプローチはしていたんだけど、向こうも乗り気でさ。
ほら、形だけだけど変装している時のあいつは戦えないって扱いだし、
私みたいな『優秀』で『力が強く』て『長く付き合え』る相方が欲しかったらしいんだよ。
その点、私ならそれを十分に満たしているだろう?」
『』の部分を強調して話すと、その度に永琳の肩が、注いで体が、そしてベッドがモゾモゾと動き始める。めちゃくちゃ面白い。
「私としても、オフの時なら好きに戦えるから願ったり叶ったりさ。
紅魔館の後は分からないけど、地底か山にでも行くんじゃないかな?
変な奴らに会うのが楽しみだって言ってたよ」
「わ、私は……」
「ん?」
布団の中でふるふると震えていた永琳は、半ば搾り出すように細い声を上げた。
「私は……。私はどうしたら良いのですか輝夜。私を置いてどこに行かれるのですか。
私の事が嫌いになられたのですか? 何故このような酷い仕打ちを……」
「私に聞かれてもね。そればっかりは本人に直接聞いて欲しいな」
「わ、私は、私の、私は、輝夜、どこへ行くのです、私も、私も……私も、どこへ?」
「お、お師匠様、どうか落ち着いて下さい……」
「落ち着いてなどいられないわよ! 私にとって、輝夜は全てよ。人生そのものよ。私の宝よ。
その輝夜から離れて、どうして生きて行けると言うの!」
布団を跳ね除けて憔悴しきった顔を晒した永琳は、錯乱して乱れる思考のままヒステリックに声を荒げた。
しかしその怒りも長続きはせず、またヘナヘナと座り込んで涙を流す。
まるで転んで怪我をした童女のように、その姿は弱弱しかった。
「自由などいりません。私をあなたの檻の中に戻して下さい……」
「そう言うのを嫌って、あいつは出て行ったんだと思うんだけどな。
自由に生きろ。縛られるな。貴女に楽しい人生を! ってな。不満なのか?」
「あなたには分からないわよ。分かってたまるものですか……」
「まあ、分からないね。……さて、私はもう行くよ。そろそろ決闘が始まる時間だから観戦しないとね」
永琳の布団をツンツンと突いてから、憮然とした表情の鈴仙の頭を一撫でし、軽く手招きをして退出した。
「何なんですか妹紅さん! 引っ掻き回すだけ引っ掻き回して! そんなに他人の不幸で飯が美味いんですか!?」
「そんな悪趣味は無いよ。で、アレはずっとあんな調子なの?」
「……そうですよ」
「随分とげっそりしてたけど、何でああなるまで放っておいたんだい?」
「解決できるなら、とっくにしてますよ! でも、結局はお師匠様の問題ですので……
私達は、お師匠様が立ち直ってくれるまで永遠亭を支える事にしたんです。
姫様は『時間が解決してくれる』って仰っていましたので、それに従うことにしました」
「なるほど、それも一つの解決策だ。でも、あの調子だと立ち直るまで何年かかるものやら」
「そうなんですよねぇ。まるで奥さんが実家に帰ってしまった旦那さんみたいで、こっちとしては見ていられないんですよ……」
「……なんだ、分かってるんじゃないか。おい、兎詐欺ちゃんもいるんだろう? 出ておいでよ」
指をパチンと鳴らして廊下の角を示すと、そこから小さな影が一つ現れる。てゐだ。
どうやら出てくるタイミングを見計らっていたらしく、ちらちらと耳がワザとらしく見えていたのですぐに分かった。
「やっぱりばれてたか。それで、分かってるってどう言う事?」
「今、鈴仙が言ったじゃないか。そう言う事だよ」
顎に手を当てて虚空を睨むてゐと、腕を組んで小首を傾げる鈴仙。
しばらく唸っていた二人だったが、ほぼ同時に『あっ』と声を上げて、互いに何とも微妙な表情で顔を見合わせた。
「ねぇ、てゐ。妹紅さんの話が本当だとすると……」
「……これってそう言う話なの?」
「そう言う話じゃないの? 私はそう認識しているんだけど」
「うわぁ、すっごい馬鹿馬鹿しい! 鈴仙ちゃん、私はお風呂手配してくる!」
「急いでね! 私はお師匠様をどうにかするから!」
「私は帰るよ。早く行かないと、いい席が無くなっちゃうからね」
「はい! ありがとうございました!」
「気にしなさんな」
文字通り脱兎の勢いで駆け出したてゐと、袖を捲り上げて永琳の部屋へと向かう鈴仙。
二人とも気合は十分だから、もう大丈夫だろう。
「二人旅もキャンセルかなぁ。ほんじゃ、予定通り慧音に声をかけに行こうかな~♪」
***
「輝夜……私は、あなたの保護者であるつもりでした。
保護者であり、従者であり、永遠の連れ添いのつもりでした。
あなたの事なら、何でも知っている。そう思っていたのに……それは、幻想だったのですね」
妹紅が退出した後部屋の扉を封印した永琳だったが、ベッドまで戻る気力も沸かず、
そのまま椅子に座りガックリと項垂れてしまった。
普段被っている帽子の代わりに輝夜のぬいぐるみを頭に乗せ、両手で顔を覆ってすすり泣いていると、
外からノックの音が届いてきた。
「お師匠様~ いい加減出て来て下さいよ~」
「……放っておいて頂戴。今は何もする気が起きないのよ……」
「いいから出て来て下さいよ。今てゐがお風呂を沸かせてますので、それだけでも入ってくださいよ。今のお師匠様、少し臭いですよ」
「……うるさいわねぇ。放っておいてって言ってるでしょう……」
「そんなわけには行きませんよ。いいから機嫌を直してください」
「鈴仙ちゃん、お風呂の準備指示してきたよ~ みんな総出でやってるから、すぐにできるはずだよ」
「ありがとう。……今姫様が帰宅なされたらどうするつもりなんですか。
姫様の前に、そんなゲッソリした涙顔をお見せするつもりなのですか?」
「輝夜は帰ってこないのよ。もう帰って……ぐすっ、ぐすっ……」
「……てゐ。実はお師匠様って、意外とダメな人だよね」
「まあ、普段はしっかりとしたいい人なんだけど、その反動かな? 天才は逆境に弱いって言うけどこれもそうかな?」
「そうかもね。あと、簡単な事ほど気が付かないのよね」
「考え過ぎちゃうんだろうね。じゃ、鈴仙ちゃんからどうぞ」
「ん。お師匠様?」
扉を開けて部屋に入った鈴仙は、トントンと永琳の肩を叩いて、永琳の注意を引きつけた。
永琳はまだ啜り泣きを続けていたが、意識だけは鈴仙に向けたような気配がする。
それを確認して、鈴仙は
「いい加減にしろ!」
『ゴッ!』
永琳の顎を拳でかち上げた!
「げふっ!?」
「私も……ふんっ!」
『ガツンッ!』
「きゃん!」
激しく上に振られた頭に、てゐの踵落としが炸裂!
これには永琳もたまらず、肺の空気を絞り出されながら床に叩きつけられるはめになった。
「鈴仙ちゃん、ナイスアッパーカット!」
「てゐもやるじゃない! ナイスネリチャギ!」
「はっはー! 地上の兎の脚力を舐めちゃいけないぜよ!」
「マーシャルアーツやってて良かったわ~ 依姫様に感謝しないとね~」
「……あなた達、どうやら死にたいようね!」
2人がハイタッチで互いの一撃を称えていると、顔を上げた永琳が伝説のメデューサもかくや、と言わんばかりの眼力で見つめられる。
しかし、下手人2人は至って冷静だった。
「お師匠様こそ、何ですか! そんな風にうろたえていては、せっかくの姫様のご厚意が無駄になるではありませんか! もっとシャキッとして下さい!」
「そウサ! 折角自由にしていいって言われたのに、何でそんなグダグダと! 未練たらしい!」
「そ、そこまで言わなくても……」
永琳の怒りは、怒鳴り返されるだけであっさりと雲散霧消してしまった。
今の永琳は、背中に筋が通っていない。そう確信した鈴仙は、語気を更に強くして永琳へと詰め寄る。
「お師匠様は、どうお考えなのですか! 姫様が出て行かれると言われて嬉しかったのですか!」
「そ、そんな事あるわけないでしょう!」
「妹紅さんが襲撃をかけて来たり、日向ぼっこに捕まって1日が潰れたり、気紛れや奇行に振り回されたり、
ちょっと倫理的にアウトな実験に苦言を呈されて断念したりしなくて済むんですよ!」
「いや、鈴仙ちゃん。最後のは私も止めて欲しいと思ってるんだけど?」
「とにかく! 世話しないといけない、頭の上がらない穀潰しが一人減って楽になるんですよ! それが嬉しくは無いんですか!?」
「嬉しいわけないでしょう!
この永遠亭を作ったのも、あなた達を弟子に取ったのも、地上に降りてきたのも、全部全部輝夜のためを思っての事よ!
それなのに、肝心の輝夜がいなくなっては、本末転倒でしょうが! 私の全ては、輝夜のためにあったのよ!」
「姫様はそのしがらみを取っ払い、お師匠様に好きなように生きろと申されました! そのお気持ちを無為にされるのですか!」
「私の望みは千年前からずっと同じ、輝夜と一緒に過ごす事よ! それが成し得ない自由など、何になると言うのよ……」
「え? 何で成し得ないのですか?」
全くわけが分からない、と言った風情で首を傾げる鈴仙。
横に並んでいるてゐも同じように首を傾げて、疑問を体で表している。
「何でって……姫様は出て行くと仰っておいでだし、永遠亭を任されたからには私まで出て行くわけにもいかないでしょう!」
「……鈴仙ちゃん。やっぱりお師匠様は考え過ぎていたみたいだよ」
「そうみたいね。ねえ師匠、姫様は何て仰っていましたか?」
「だから、私を捨てて出て行くと……」
「そこじゃなくて。姫様は、師匠に『素直になりなさい』と申しておりました。『好きな事をしなさい』とも。そうですよね?」
「そうだけど……あなた達、一体何が言いたいの?」
顔一杯に疑問符を浮かべて、混乱しきった表情で鈴仙達を見つめる永琳。
その様子をじっと見つめていたてゐが、わざとらしく大声をあげた。
「あーあ、話してたら馬鹿馬鹿しくなって来ちゃった。私も姫様と一緒に紅魔館に行こうかな~」
「!」
「てゐも? 折角だし一緒に行きましょうよ。永遠亭は兎達がいれば平気だし、旅先でお世話をする代わりに髪とか梳いて貰うんだ~」
「!!」
「鈴仙ちゃんは贅沢だね。私は謙虚に、姫の胸元をお借りして抱っこしてもらいながら寝るだけで我慢するよ」
「!!!」
「寝る前に頬にキスなんてしちゃったりしてね。それじゃあお師匠様、お先に……わぁお」
「早い、もう行ったのか!」
二人が猿芝居を切り上げるよりも早く、既に永琳の姿は消えていた。
どこに行ったか、等とは考える必要は無いだろう。お風呂場で身支度をしているはずだ。
「やれやれ、これで万事解決かな。私達もお手伝いに行こうか」
「そうね。それじゃあ、私達も行きますか」
「うん、行こう行こう。姫様の懐はお師匠様に取られちゃっただろうけど、隣は空いてる筈だしね♪」
「じゃあ、そのてゐを私が抱き枕にすればいいのね。もっふもふで暖かそうな枕だわ」
「……よっし!」
「? どうしたのよ、急にガッツポーズなんて取って」
「何でも無いよ。これからもよろしくね、鈴仙ちゃん」
「? うん、よろしくねてゐ」
鈴仙とのちゃんとした仲直りを確認して、本当の意味で肩の荷を降ろしたてゐであった。
***
「……結局、代理闘士は見つからなかったみたいですね」
「ええ、そうなのですよ。男気を見せて下さる方は何人かいらしたのですが、
お相手が十六夜様だと聞かされた瞬間、皆様お腹が痛くなってしまわれたようで……」
「だらしない男達ですね。うちのコック長の方がまだ気概があると言うものです」
「そのコック長さんは存じませんが、比べるものでもないでしょう」
人里の外れ、廃棄された耕地後に建てられた大きな公園にて。
お竹と咲夜の両者はノンビリと話をして決闘の時間を待っていた。
公園とは言っても、昨今は弾幕ごっこに使われるのが主な目的になっていて、
それを観戦するための観客席(弾幕無効結界のおまけつき)が設えてある、ある意味で競技場のような場所だ。
その観客席にもボチボチと人が集まり始めていて、楽しそうに二人を見つめていた。
「後半刻(15分・幻想郷基準)ほどで決闘のお時間ですね。
私が勝ったら、約束通り紅魔館にお越し頂いて芸を披露して頂きますよ」
「はい、もちろんです。散々引っ張ったのですから、皆様が楽しめますようよ趣向を凝らしてみたいと思います。
その代わり、私 (わたくし)が勝ちましたら……そう言えば、私が勝ったら何かありましたっけ?」
「そう言えば、取り決めをしていませんでしたね。では……」
「咲夜が負けたら、咲夜をしばらく貸し出そう」
「お嬢様!?」
「これはレミリア様。ご機嫌麗しゅう」
「うむ、ご機嫌よう」
お竹と咲夜の会話に割り込んだのは、レミリア・スカーレットその人だった。
観客席を見てみれば、そこにはレジャーシートを広げて決闘場を眺めている紅魔館ご一行様がそこにいて、
美鈴がパラソルを地面に刺し、その下でフランドールとパチュリーが暇潰しの読書をしていて、小悪魔が咲夜の代わりに給仕をしていた。
彼女達が来るとは思っていなかったらしく、咲夜は目を丸くして驚いていた。
そのレミリアはと言えば、機嫌が良いらしく、愛用の日傘をクルクルと回しながら咲夜の後ろに立ち、そのお尻をポンッと音がするほど強く叩いた。
「ひゃぅ!? 何をするんですかお嬢様!」
「お竹と言ったな。できれば、この駄メイドをコテンパンにのしてしまってくれないか?」
「あら、何故です?」
「咲夜には、とある事情でお仕置きをしなきゃいけなくてな。
折角だから、衆人環視の前で思いっきり赤っ恥をかかせてやって欲しいわけだ」
「……できればお断りしたいのですけど……」
「では、今回の決闘で勝てば、お仕置きは勘弁してあげよう。喜べ!」
レミリアはドヤッとした顔で咲夜に言い放ち、咲夜は微妙に途方に暮れた。
「それはいいのですけど、私は咲夜様をお借りしても特に何と言う事も無いのですが?」
「では、勝負に勝ったら私のポケットマネーの範囲で何かしてやろう。それでどうだ?」
「お嬢様、態々そのような事をされなくても……」
「いいんだよ。一度招くと決めた相手は、すなわち私の腹心も同然だ。
懐に入れるとは、そう言う事だ。まさか異論があるとは言わないよな、咲夜?」
「……はい」
「不貞腐れるな右腕。勝ったらご褒美をあげるから、元気を見せてくれよ?」
「右腕……分かりました!」
「あらあら、尻尾があったら振りそうな勢いですね。……そろそろ、お時間でしょうか?」
お竹が天を仰ぐと、太陽が天頂に届く頃合いだった。
観客も集まり終わったらしく、遠目に妹紅がまた何かを売り歩いているのが見える。
それを確かめたお竹は、軽く三味線をかき鳴らして観客に合図を送りながら、開始線の書いてある場所へと下がっていった。
「お集まりの皆様、本日はこの特別公演にようこそおいで下さいました!
これからお見せしますは、人と人、人と妖を繋ぐ精神と美の戦い、弾幕ごっこにございます。
かく言う『私』も、弾幕ごっこは始めての経験になりますので、楽しみにしております。
どうぞ、安全な場所からごゆるりとご観戦下さいますよう、よろしくお願い致します!」
お竹が口上を述べると、観客席からワッと歓声が上がった。
もちろん、これもデモンストレーションだ。
「観客には悪いけど、一瞬で勝負をつけさせて貰うわよ。お嬢様、それでよろしいですか?」
「構わないよ咲夜。実力を全部出して挑みなさい」
レミリアが観客席に戻り、美鈴の膝の上に腰をかけるのを見届けた咲夜は、やる気満々と言った表情で腕を組んだ。
お竹もそれに応じて着物にたすきをかけ、重心をさりげなく下へと移動させる。
俄かに漂う緊張感に、今までお気楽な観戦ムードだった観客も息を呑んだ。
「スペルカードは何枚にします?」
「そうですねぇ。では、少し多めに五枚くらいでどうでしょう?」
「分かりました。……それでは、始めましょうか。
あなたの時間も私のもの。古風な芸人に勝ち目は、ない」
「今まで、何人もの挑戦者が敗れ去っていった五つの問題。
……今度は、私が出される番。この難題を私はクリア出来るのかしら?」
「「いざ、尋常に……」」
「その勝負、少し待った! 待って下さい! お願いします!」
咲夜がナイフを取り出し、投擲しようと身構えた瞬間、広場の端から声が上がった。
またこのタイミングか、と咲夜がうんざりしながらそちらに目をやると、
声の主が肩で息をしながら膝に手をついて息を整えているところだった。
「あなたは……八意永琳、よね? 本物?」
結ばれていない長い銀髪を振り乱し、赤と青の衣装を着崩させて、全力で駆けて来たと思しきその人は、八意永琳だ。
しかしぜいぜいと息を荒げているその姿にはまるで余裕が見られず、咲夜はそれが本当に永琳なのかどうか一瞬考えてしまった。
咲夜のイメージでは、この人はもっとクールな感じの人だった筈なのだが。化粧もしていないし、一体どうしたのだろうか?
「はぁ、はぁ、間に合った……十六夜咲夜! あなたの相手は私よ!」
「……はい?」
「私がお竹さんの代理闘士になります! いいですね!」
「いいも何も……」
「八意様、どうしてここに?」
頭の上に『?』を三つほど浮かべて首を捻る咲夜を置いてけぼりにして、永琳は声を大きく張り上げる。
その視線の先には、もちろんお竹がいる。
「貴女を連れ戻しに来ました! 私には貴女が必要なのです!」
「八意様。私は自由に生きろ、と申し上げた筈ですよね。
もう私に縛られる事無く、好きにして構わないのです。無理に連れ戻さなくても良いのですよ?」
「私は、気が付いたのです! 私は……私の願いは、あなたと一緒に居ることです! 未来永劫、宇宙が終わるまでずっと!」
「ダメです。それ以上はいけません。それ以上言っては絶交ですよ?」
「知りません! 私には貴女が必要なのです! かぐ……」
不意に、お竹の姿が消えて永琳の前に現れ、その唇から零れそうになった言葉を人差し指で引き止めた。
それは時間を操る咲夜にも感知できないほどの早業で、
あたかも赤毛の死神のように、数十メートルの距離を一瞬にしてゼロにした瞬間移動のように見えた。
もちろん、永琳にもそれは感知できない。
感知できないまま人差し指を唇に添えられて、目を白黒させた。
「ダメですよ。今の私は『お竹』なのですから。それ以上はいけません」
「……ふぁい……」
「ふふ、可愛い人。もう一度言ってくれますか?」
「……私のために、ずっと、ご飯を作って下さい」
「もう一声」
「ずっと一緒に居てください!」
「もっともっと」
「貴女を放したくないのです。私の作る籠の中に入ってきて下さい!」
「はい、喜んで!」
それはとても情熱的な感情が篭められた言葉で、お竹の心に直接響き渡った。
そんな魂の慟哭を聞いて、急展開に着いて行けずポカンとしていた観客達も、訳が分からないなりに拍手を送った。
「でも、それには邪魔な方が一人おられますわ」
「……はい?」
完全にスルーされたまま、ナイフを弄んで暇を潰していた咲夜に、いきなり話が振り分けられる。
永琳を見ると、いつかの異変の時などとは比べ物にならないほどに充実したやる気……殺る気?……に満ちた表情をしており、
咲夜は思わず心の中で『\(^o^)/』と両手をあげてしまった。
「……手合わせをするのは異変の時以来かしら。あの時は遊びだったけど、ちょっと本気を出そうかしらねぇ……」
「え? いやぁ、それはちょっと困ると言うか……と言うか、まさかお竹さんの正体って……」
「おーい咲夜。負けたらお仕置きだからな。むしろ代理闘士に負けたら更にお仕置きだからな!」
「お、お嬢様!?」
「八意様。勝って下さいね」
「もちろんです!」
高台に上ったところで梯子を外された咲夜に対して、何やら燃料と一緒に起爆剤まで与えられた永琳。
どう言う話の流れかは分からないが、咲夜にも一つだけ確実に判る事があった。
「……私、噛ませ犬?」
実はそう言う役回りだったのだ。
***
【LastChapter その後】
『The future will be better tomorrow.
明日になればより素晴らしい未来が待っているだろう - ダン・クエール』
決闘という名のフルボッコの翌朝。
目を覚ますと、一緒に寝ていた筈の輝夜の姿は既に無かった。
外の様子を見てみると、まだ日の出も迎えていないような時間で、肌を切り裂くような鋭い寒さが身に染みた。
それでも部屋の中が暖かいと感じられるのは、部屋にひしめく兎達の体温ゆえだろうか。
昨日は永遠亭中の兎と言う兎が集まり、みんなで寝たのだ。
ふわふわのモコモコで、とても気持ち良く眠れたのを覚えている。
まだ眠い目を軽くこすりながらも、彼らを踏まないようにして部屋を出ると、私は真っ直ぐ厨房へと足を向けた。
この角を曲がると厨房が見えてくる。そんな感じの所に来たところで、私は体内の霊力を強く保ち気合を入れた。
そうする事によりこの空間に集まっている須臾を知覚し、意識的に無視する事ができる。
こうでもしないと、異なる歴史を生み出してその中でこっそり動いている輝夜を捕らえる事はできないのだ。
「……いや、しれっとナレーションで流さないでよ。どうやってるの?」
「慣れているからね」
「慣れで対処できるものなのかしら? まあ、永琳だからいいんだけどー」
厨房の入り口にかかっている暖簾を潜るとやはり、予想通りの相手が料理を作っていた。
私がしれっと須臾の中に入ったのに驚いた様子だったが、すぐに呆れ顔になりながらも能力を解除してくれた。
「おはよう、輝夜」
「おはよう。今日は早いのね」
「輝夜の顔が見たくて早起きしちゃったわ。ここで見ててもいい?」
「もう、そんな恥ずかしい事を言って……別にいいけど、期待したような事は何も無いわよ?」
照れたような笑いを浮かべて、お鍋に向き直る輝夜。
普段着の着物の上に、割烹着を重ねた姿は不思議とよく似合っている。
ポニーテールに結んだ髪と、その狭間から見えるうなじがとても魅力的で、私も思わずニコニコと笑みを浮かべてしまう。
「永琳、何を見ているのかしら?」
「輝夜を。それより、美味しい料理を作るコツを知りたいのだけど、教えてもらえないかしら?」
「あら、私が永琳に物を教えるの? 逆じゃなくて?」
「私は料理が下手なのでしょう? それはどうして?」
「ああ。覚えていたのね。
料理は心って言うけどね。そんな小難しい事は考えなくていいのよ。
ただ単に、食べる相手の事を思って工夫を凝らせってだけ。
永琳、ちょっとこのお味噌汁飲んでみて?」
「ゑ? いや、お味噌汁はちょっと……。それに、食欲は無いのよ……」
「なによ、私の手料理が食べられないって言うの?」
「うっ……!」
「ああ、私は悲しいわ! 私はこんなに永琳に尽くしているのに、
その永琳と来たら私が何でこんな事をしているのかすら忘れて、私の手料理が食べられないなんて言って!
もう、妹紅の家にでも居候しちゃおうかしら!」
「それはダメ! 頂きます!」
覚悟を決めて、私はお味噌汁を口に含んだ!
「……あ、美味しい……。そうそう、この味が出したかったのよ!」
嫌がっていたのも忘れて、パクパクとお味噌汁とその具を口に放り込む。
無作法なのは分かっているのだが、一気にかき込んでしまう美味しさだ。
「そんなにガッツイちゃって、まるで兎ね。……兎を飼ってるからって、飼い主まで兎に似なくても……」
「ん? ふぁひはひはふぁぶや?」
「いや、もうこれハムスターよね。兎ですらないわ。
もー、そんなにがっつかないの! 話すか食べるかどっちかにしなさい」
「……(もぐもぐ) 」
「食べるのね。お代わり食べる?」
「(ごっくん) 食べる!」
元気良く返事をして、器を差し出す。
輝夜が『永琳が子供に戻ってる……』などと失礼っぽいような事を言っているが、よく分かんない。
輝夜のご飯美味しい。
「どう、美味しい?」
「うん、美味しいわ輝夜! 私じゃあこの味は出せないのよねぇ……」
「あら、私だって同じ味を再現しろって言われたら無理よ。そんな考えて作ってるわけじゃないんだから」
「……そうなの?」
「そうなの。ただ単に、料理の基本を押さえているだけよ」
「基本?」
「愛情よ。永琳が作る料理には、愛情が足りないの」
「『料理は愛情』……ね。確かに基本だとは聞いた事があるけど、ちょっとショックだわ……」
何だか、『自分は料理に愛情を篭める事ができない』と宣言されたみたいで、少し悲しかった。
しかし、それでは愛情を篭めるとは一体どうやればいいのだろうか。
三ヶ月悩み続けた結果が精神論では、何となく納得が行かない。
「永琳、何か難しい事を考えていない?」
「はい……。私には、その『愛情を篭める』と言う言葉の意味が理解できないのよ。
教えてちょうだい輝夜。一体どうすれば良いの?」
「やっぱり難しい事を考えてた。そんな哲学みたいな事はどうでもいいのよ」
「哲学みたい……って?」
「『愛情とは何か?』みたいに考えているなら、的外れもいいところね。
愛情を篭めるって言うのはね。『相手の事を強く想う』って事なの」
輝夜はそう言って私の手の中からお椀を取り上げた。
「例えばこのお味噌汁はね。
宴会で沢山お酒を飲んで、その後ご飯をろくに食べてない永琳が食べ易いようにって考えて作ったの。
少しだけ塩分は濃い目にして、葱は入れる前に軽く焼いて、お豆腐は少な目に……ってね。濃い味の方が食欲が湧くでしょう?」
「そう……だったの?」
言われて見れば、食欲が無かった筈なのにお代わりまでしてしまっている。
これは、輝夜の料理が食べられる事が嬉しかったからだけではなかったのか。
「逆に、卵焼きは少し甘めにしてあるわ。永琳の舌を優しく癒してくれるようにってね。
いつもはお砂糖は入れないんだけど、今日は特別。
ご飯は少し柔らかく炊いて、お米の甘みがお味噌汁と卵焼きの丁度真ん中くらいになるようにって配慮したわ。
全部全部、永琳が美味しく食べてくれますようにってお願いしながら作ったの。
これが『料理は愛情』よ。特別な技法なんて何にも使ってないんだから」
それが本当だとすれば、私が繰り返しやって来た実験が全くの無駄だった原因がよく分かる。
味や風味など、二の次なのだ。延々と、誰のためにでもなく、淡々と作り続ける料理に、一体どんな味が宿ると言うのだろうか。
もちろん、厳密に言えば『私が望む味』を想像して調整するだけの技量が必要になるのだが、
それは慣れと練習でどうにかなる話……なのだろう。それが一番難しそうだが。
「私は、輝夜の愛情を食べていたのね……」
「そんな大袈裟な事じゃないわよ。普通の事。お代わり、いる?」
「もちろん!」
輝夜にお椀を渡してご飯のお代わりをよそって貰い、また食べる。
いつもならもうお腹一杯になっている頃なのだが、体が輝夜を欲して止まってくれない。もぐもぐ。
「……ねぇ、永琳。これからもずっと私のご飯を食べたい?」
「食べたいです。いつまでもお願いしたいです」
「もう一声! 昨日に続いてもう一回!」
「これからずっと、宇宙が終わるまで私のためにご飯を作って下さい!」
「そうそう、そう言う言葉が欲しかったのよ! 苦労した甲斐があったわぁ……」
「……もしかして、それだけのために家を出たのですか?」
「そうよ。私は一度も永琳の愛情を疑ったことは無いけど、たまには言葉で欲しい時もあるのよ。
ついでに昔っから言いたかった事と、不満だった事を片付けようと思ってね」
「不満だった事?」
「永琳ったら、『竹取物語』の事を嫌っていたでしょう?
嫌っていたと直接的に言わなくても、避けていたのは確かよね。
それが私にとっては凄く不満だったの」
「何故です?」
「だって、あれは私の成長記録なのよ。永琳に読んで欲しいじゃない」
「……ああ、そっか。そうですね」
輝夜が産まれた時から教育係をしていた私にとって、輝夜の事で知らない事は何も無い。
流石に能力を使って隠蔽されると分からないが、それでも一度気が付けばこのように須臾の中に入る事ができるため、改めて知る事はできる。
その私が知らない、輝夜の歴史。
それは月の監視を離れて地上に降りた、輝夜の独り立ちの話だ。
「この料理はおばあさんに教わったのよ。
おじいさんには竹細工や物作りを教わったし、元々裕福な家では無かったから私も一緒に家業を手伝ったのよ。
あの二人は残念ながら蓬莱の薬を飲んではくれなかったけど、私の中でずっと生きている。
……そんな私の物語、聞きたくない?」
「是非とも聞かせて下さい。輝夜が地上で何を見て、何をして、何に感動し、どんな苦難を味わったのか。全部聞きたいです!」
「よろしい! ……人里での活動は続けるからね。地底や山にも行ってみたいわ」
「その時は必ず同行しますよ。永遠亭は兎達に任せておけば大丈夫でしょう」
「ありがとう、永琳」
感情の赴くままに強く頷くと、輝夜は幸せそうに微笑んで下さった。これだ、これが欲しかったのだ。
「あ、そうだ。もしも……もしも、あの時私が引き止めなかったら、どうしていたのですか?」
「そのまま10から1000年くらい適当に出奔して、永琳が私の顔を忘れた頃に戻ってくるつもりだったわ。
そうすれば、また新しい関係を始められたかもしれないでしょう?」
「危なかった……。本当に危なかった……」
どうやら、優曇華達のお陰で本当に済んでのところで踏み留まる事ができたらしい。
あのまま自室で泣き寝入りをしていたらと思うと、背筋が凍りついて嫌な汗が止まらない感じだ。
天国と地獄を分けたのは、私の意思だった。そう言う事にしておこう。
「でも、こうやって引き止めてくれたからね。
これからも今まで通り、お互いに足りない物を補いながらくらして行きましょう。
あなたは兎達に知恵と知識を。私はそれ以外の細々とした事を。ね?」
「はい。よろしくお願いします!」
そうして恐ろしくも幸せな時間を過ごしていると、困惑顔の優曇華が食堂へと入ってきた。
「あのー……お師匠様、姫様、ちょっとよろしいですか?」
「どうしたの優曇華?」
「先ほど表門の掃除をしようとしたらですね。門の前にこんなものが……」
優曇華が持ってきたのは、大きなずた袋だった。
その表面には『先払い』と大書された紙が貼られていて、受け取って見るとズッシリと重い。
危険物のように雰囲気は無いため慎重に中を検めてみると、中には金貨・銀貨が詰め込まれていた。
これだけあれば、里でお屋敷が一軒建つだろう。そう思わせるほどの大金だ。
これは尋常ではない。でも、何だこれ。
「お、来たわね」
「輝夜、これに心当たりが?」
「うん。そろそろ派手に……」
『ドゴーン!』
「何事!?」
「……来る頃じゃないかしら?」
『敵襲! 敵襲! 総員配置に付けー! 焼き討ちだー!』
『鈴仙隊長をお呼びしろ! それまでは我々で迎撃するぞ!』
『Sir,Yes sir! 我々の力を見せて……うわぁー!』
『工作兵! 消火急げー!』
『衛生兵、衛生兵ー!』
「本当に何事!?」
「妹紅よ」
『かぁぐやぁぁぁぁぁ! 出てこーい!』
『今日は私も一緒だ! さぁさぁ頭突きをされたい悪い子はどこだぁ!』
炎が爆ぜる轟音、巨大な羽ばたき音、ゴッツン頭突きの音……襲撃者・妹紅&慧音の発する轟音が聞こえてくる。
このずた袋の中身は、先払いの修繕費か!
妹紅と慧音の叫びを聞いた輝夜は、『やっぱり来たか』と言わんばかりの表情でにんまりと笑うと、
調理場の片付けもそこそこに表に出て行こうとして……こちらを振り返った。
「永琳、あなたはここで……」
「行くわよ輝夜。あの子には恥ずかしいところを見られた借りがあるから、ボコボコにして記憶を奪って、ネガも取り戻さないと!」
「……あら?」
「どうしたの? ほら、手を出して」
何か言われる前にこっちから誘ってやり、手を差し出して表へと誘う。
一瞬驚いたような表情を見せた輝夜だったが、すぐに笑顔になって私の手を取ると、淑やかに私の後ろについてくれた。
微笑ましい物を見るような優曇華の表情が少し気になるが、気にしない事とする。
「ねぇ永琳。人生楽しんでる?」
「あなたと一緒なら、何でも楽しいですよ。輪廻の果てまでお付き合い致しますからね!」
***
【おまけ 約1400年前】
月の使者を皆殺しにして、都から脱出したすぐ後の事。
『永琳は料理が下手ね!』
『そうかしら? ちゃんと美味しくできていると思うのだけど』
『ダメダメ、全然ダメだわ。今度からは私が作ってあげるから、覚悟しておきなさい』
月の都に居た時は分からなかったけど、意外とこの人は駄目な人だった。
頭が良すぎるからか、強すぎるからか、月人としての生活からか……あるいは全部かな?
とにかく、地上で人と触れ合ってきた私から見れば、ここほどまでかと驚いてしまうほど冷淡で、
他人の事を考えられないような人だった。
私の事は特別扱いしてくれているみたいだけど、それも多分教育係としての義務感からだろう。
彼女の性格を評するなら……司令官向けとでも言えばいいのだろうか?
月の都を建造したように、民やら何やらを率いて一つの事をさせるとガッチリはまるのだろうが、どうにも指導者向けではない。
俗に言うカリスマはあるのだが、包容力が足りないのだ。彼女には。
つまり、ここは私の出番。彼女の角を取ってやればいいんだ。
100年、1000年かかろうと問題ではない。
永琳は魅力的な人なんだから、このままなんて勿体無さ過ぎる!
『……輝夜が? あなた、料理できたの?』
『失礼ね。地上で20年近く過ごしたんだから、それくらいできるに決まってるでしょう。
「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」って言葉を知らないの?』
『知っているけど……』
『永琳の料理は、硬いのよ。食べられたものではないわ。だから永琳の食事は私が作ってあげる。毎日よ。いいわね?』
『はいはい。お姫様の仰るとおりに』
とりあえず、この『鈍い』人を振り向かせる事から始めよう。
いつか、私無しでは生きられないように。
そしていつか、それを通り越して私無しでも生きていけるように。
かつて永琳に教わったように、私も地上の流儀を教えてあげよう。
『永琳が望む限り、私はずっと一緒に居るからね。これからよろしくね』
『はい。よろしくお願いします』
この時から、私はこの人を支えて行こうと決めたのよ。
永遠の時を一緒に生きるんだから、その選択肢を選んだ事を後悔させないためにもね。
(こんなにもキャラへの愛がつまっている作品って素晴らしいよね!続編、すっごく楽しみに待ってます!)
永琳の幼児退行がツボに入って…何か新しい世界が見えましたwwww
前編、中篇もかなり濃密でしたが、後編はもう輝夜への愛で出来ていると言っても過言ではないのでしょうね。
何はともあれお疲れ様でした……と思ったら、まさかのお嬢様視点とは!
期待させていただきます。
仕事はバリバリこなすけど家庭のことはダメダメな永琳パパが新鮮でした
作者の画く姫様は魅力に溢れています。
誤字
前編Case2
冷仙
→鈴(二カ所)
後編Chapter7
ナポレオン・ボ』
ボ?
素敵な永遠亭です、本当に
えーてるの良さはもちろんだけど、もこけねやいなばーずやウサギたち/人里の人間たちもいいなぁ。
咲夜さんは……ドンマイ!