※この作品は月の涙の欠片 ~三日月~ の続編です。
先にそちらを読むようお願いいたします。
突然の不快感。
まるで異物が体内に無理矢理侵入してくるかのような。
その表現は決して間違ってはいないのだけれど。
「誰!?…なんて聞くまでもないわよね」
イナバ達に気付かれずにこの永遠亭に侵入できる奴なんてこの幻想郷でもそうはいない。
自身の身体を粒子状にまで変化させることの出来るレミィや伊吹萃香。
気配をほぼゼロにまで消すことのできる亡霊、西行寺幽々子。
しかし、この不快感は彼女たちとも違う。
まあ当然よね。
レミィだったら不快感なんて感じる訳ないもの。
むしろ大歓迎よ。
「ごきげんよう、月の姫君」
「見たくなかったわね、貴女の顔だけは」
そして最後に残る選択肢。
それは目の前に存在する妖怪。
「あら、それはお互い様よ」
スキマと呼ばれる穴から上半身だけ覗かせた紫色の服を着た侵入者。
幻想郷の管理者でありながら妖怪の賢者とも呼ばれるスキマ妖怪。
八雲紫だった。
「姫!御無事ですか!?」
永琳が私の部屋へ駆け込んでくる。
当然よね。
永琳が永遠亭への侵入者に気付かない訳ないもの。
「永琳、私のことは大丈夫。貴女は下がりなさい」
私は余裕のある態度で永琳に命じる。
主人が慌てては従者に不安を与えるだけだもの。
上に立つ者としては当然のことよね。
「わかりました。姫にお任せいたします」
永琳は私に向かって一礼をして退室をする。
ここまで気の効く従者を持てて私は幸せね。
まあ、紫が私をどうこう出来る訳じゃないのは分かっているしね。
「お話を伺おうかしら。八雲紫」
「貴女、最近レミリア・スカーレットと密会しているらしいわね」
この妖怪にしては随分と直接的だ。
もっと回りくどい言い方をしてくると思ったのだけれど。
きっと紫にも余裕がないのね。
まあ、私と直接一対一で戦えば勝算はほぼ無いからでしょうけれど。
「私がいつどこで誰と会おうと私の勝手でしょう?」
私は間違いなく正論を言っている。
いくら管理者であろうとも、住民のプライバシーに関与できる筈がない。
「単刀直入に言うわ。レミリアを誑かすのはやめなさい」
「…へぇ」
誑かす。
随分な事を言ってくれるじゃない。
まあ、他にも事情があることは素直に認めてやるけれどね。
レミィに対する感情だけは本物だ。
これは誰にだって否定なんかさせたりはしない。
「誑かしてなんていないわ。貴女が小鬼や亡霊とお友達なのと一緒よ。それとも月人は吸血鬼とお友達になれないとでも言う訳?」
私の言っていることは至極正論の筈だ。
力のある存在は孤独でなければいけない。
そんなことを正当化なんて出来ない筈。
例え管理者であっても。
「あの子は…レミリアは自分の存在価値がまるでわかっていないのよ。まだ子供ですから」
紫が呆れたように言う。
確かにレミィの存在価値は私の中で非常に大きくなっている。
この妖怪が言っている意味とは違うでしょうけど。
「あの子は幻想郷のパワーバランスの一角。幻想郷にとって失う訳にはいかない存在なのよ」
「失う…とは随分人聞きの悪いわね。私がレミィに何かをする訳ないじゃないの」
そう。
少なくとも今は。
レミィが子供である間は。
今はまだレミィとの幸せな時間を過ごしていたい。
その後のことは保証できないけれどね。
「お生憎様。私は宇宙人の言う事など信じていないの」
「あら、それは残念」
私は残念そうに肩を竦める…振りをする。
こちらの言い分が理解してもらえるとは最初から思ってはいない。
この妖怪の月人嫌いは異常だから。
「もしレミリアに何かあれば…理解っているわね?」
「それは脅迫かしら?」
「忠告よ。善意のね」
どこが。
明らかな脅迫でしょうに。
レミィに手を出せば妖怪をかき集めて大戦争を起こすぞ、と言っている風にしか聞こえないわね。
「善意の忠告痛み入るわ。八雲紫」
これからは狐や猫の監視もあるかもしれない。
永琳に相談して結界でも張ってみようかしら。
永遠亭の空間をまた永遠にするのは…出来れば避けたいのだけれどね。
「…それにしても、貴女はレミィのことが嫌いなのではなかったの?」
「私はあの子が嫌い。あの子は私が嫌い。お互い様よね」
嘘ばっかり。
紫はどこまでも真っ直ぐな博麗の巫女を気に入っている。
ならば、同じくどこまでも真っ直ぐなレミィを嫌いだ、なんてとても信用できる訳ないじゃない。
「ああ、そうそう。もう一つ言わなければいけない事があったわ」
「まだ何か用があるのかしら?」
紫が悲しそうな瞳で私を見る。
何よその瞳。
憐れんでいるの?
気に入らないわね。
「レミリアでも…いえ、誰も貴女を救えはしない。…決してね」
私は反射的に正拳を突き出していた。
忌々しいスキマ妖怪の顔へと向かって。
しかし、スキマ妖怪の顔は私の拳が届く直前にスキマの中へと引っ込んでしまった。
「アハハハハハハハハ…」
後に残るはスキマ妖怪の笑い声と拳を握りしめて悔しがる私だけ。
しかし、何故私は手を出してしまったのか。
これじゃあの妖怪の言っていることを認めているようなものじゃない。
「くっ…」
何だろう。
胸が苦しい。
とても悲しい。
なにこの気持ち。
「レミィ…」
無性にレミィに会いたかった。
気が付くと私は紅魔館にいた。
無意識のうちに能力を使ってしまったのだろうか。
私にもわからなかった。
「…輝夜?いつの間にそこにいたのさ」
レミィが心配そうに私の顔を見てくれる。
貴女は本当に優しいのね。
こんなにも私の事を気に掛けてくれる。
「れ…れみぃ…」
「輝夜、一体どうしたのさ」
何だろう。
声が震える。
真っすぐ歩けない。
フラフラする。
どうして?
「れみぃ…」
でも。
それでも。
それでも。
それでもレミィに会いたかった。
触れたい。
抱きしめたい。
私は本能のままレミィを求めていた。
「わっ…輝夜!?」
私はレミィの胸に顔を押し付ける。
まるで子供が母親に泣き縋るかのように。
仮にも一勢力の主がこんな真似をするなんて。
恥も外聞もあったもんじゃない、そう思う筈なのに。
「レミィ…」
「輝夜…泣いているの?」
「な…なびで…なんで…」
声が鼻声となってる。
何でだろう。
どうして私は涙を流しているんだろう。
「あで…どうじで…ないでいるの…がじら…」
「輝夜…」
何に対して泣きたかったのか。
紫に言われた言葉に対してなのか。
レミィに会えて安心できたからなのか。
私にもわからなかった。
「れみぃ…レミィ…」
「…輝夜。何があったのか知らないけれど、大丈夫だよ」
レミィが私の背中を撫でてくれる。
いつか私がレミィに対してやったように。
そっと。
気持ちが良い。
とても安らかな気持ち。
胸が暖かくなってくる。
どうしてこんなにも簡単に癒されるのだろう。
どうしてこの子はこんなにも簡単に私を癒してくれるのだろう。
「レミィ…」
「私が付いているから」
レミィの言葉一つ一つに安心をする。
本当にこの子はミステリアスで魅力的。
普段は子供っぽいくせにこういう大人っぽい仕草も出来る。
「私はいつだってお前の味方だから」
大好きよ、レミィ。
例えこの魂が消滅したとしても。
この想いだけは決して消えないから。
正座して待ちます。
それにしても、この仕事の速さには驚きを隠せません。体調が心配になるレベルです。……もっとゆっくりしてもいいのよ?