Coolier - 新生・東方創想話

蝋で出来た吸血鬼の翼について

2012/03/13 07:44:23
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渦巻いた失念と憎念が囲んでいるのかも知れないのに、幻想郷は平和だ。もしかしたならば“平和”という概念すらも幻想入りしたのかもしれないな、とも思ってしまった。それだけ空が澄んで、日の光のさわやかな昼なのだ。
どこまでも自由にさんさんと降る日の光というものは残酷なもので、その存在だけでも忌むべきものであるのに、けれども咲夜はそれが好きだった。手のひらで捕まえて雅な硝子細工でも見せるみたいに主人の目に入れたいとも思った。主人が喜ぶのかどうかは知らないけれども、唯一主人の持てない特権だ。子供じみた優越感をひらひらと振りかざしたくなるときもある。
仮にも女中の真似事をしているのだから、瀟洒を演じることが美徳と言うのは知っている。それならば『十六夜咲夜』はそうであるのが正しいと言うことなのだろう。
そのようなことは理解している。勿論、そのように振舞っているつもりだ。けれども規定された『十六夜咲夜』になりきれない“何か”があるのだ。かすかな、けれども明らかな利己を持つ何かが、咲夜の中に巣食っている。――咲夜にはそれが酷く恐ろしいものに思えた。
『十六夜咲夜』に求められるのは、お嬢さまに奉仕する従順な犬であることであり、常として冷静な瀟洒な女中であることであり、中に備わる冷たい刃を悟らせないための整った笑顔を浮かべ続けることでしかないのだ。
はぁ――とため息をついて芝の上に寝転ぶ。瀟洒さも忘れて、まるで少女のように。
目蓋を貫こうとする陽光と戦う。昼寝ばかりする門番の気持ちも分からないでもない。だからと言って容赦はしないけれども。


そろそろお嬢さまが起きる頃だろうか。最近はお嬢さまもよく外に出るようになった。しかも夜ではなく昼に。日の光は吸血鬼にとって天敵であると言うのに日傘一本に頼ってどこにでも行く。博麗神社が最近のお気に入りのようだ。彼女の何者にも過度な興味を持たない性が好ましいのだろう。つまりそれは、何者をも拒まないことに等しい。彼女は誰に対しても安定しているのだ。それが『博麗霊夢』に求められたあり方だから。

――個人と言うのは常として他者が規定するものであると咲夜は考えていた。

『十六夜咲夜』は瀟洒であること。
『博麗霊夢』は平等であること。
存在として、役割としてそうであることを求められている。或いは、そうであるように他者に認識させることを自ら求めている。
『パチュリー・ノーレッジ』は孤独の中に聳える知識人であることを。『紅美鈴』は侵入者を許さぬ番人であることを。『フランドール・スカーレット』は暗闇の中ひとりぼっちで幽閉される絶望そのものであることを。そうして、『レミリア・スカーレット』もまた。
運命を操る吸血鬼。その余りに強大な力を、人々の“たったひとつ”が縛り付けている。
“太陽の下に生きられない”。それが自然。それが正しい。そうであると望まれ、そのまま幻想入りしたからこそ彼女は今も太陽に縛り付けられている。

たとえ日傘があるとはいえ、日の光が吸血鬼を即座に灰にしないとはいえ、けれども毒であるには違いが無い。それはある種の自殺と言っても過言ではないのだと思う。とはいえ御主人様の寿命がどれだけ縮まるのか。千年か百年か一年か、もしくは一日程度かもしれないけれど、それを知る術は咲夜には無いのだけれど。咲夜は主人の自殺の傍に佇み続ける。止めることもなく、主人の意のままに。咲夜の意志などは関係のないことだ。なぜならば、咲夜の意志は『レミリア・スカーレット』に従い続けること、それだけなのだから――。





「蝋で出来た翼の話をご存知ですか」

咲夜は主人の上着のボタンを留めながら、戯れに聞く。ちょっとした意地の悪さを見せ付けてやるつもりだった。瀟洒には程遠い咲夜の姿を小さな雇い主にだけは知っていて欲しいと、そんな子供じみた思いもあったのだと思う。まるで恋する乙女のような、小さな小さな自己主張。

「聞いたことはあるだろうけれど、忘れたね」
「イカロスという男がいて、その男はどうしてか太陽を求めたのです。けれども地上からではどうにも手が届かない。そこで男は蝋で翼を作りました。空をも飛べる、立派な翼を」

男にとって翼とは、太陽、つまりは希望に至る為の手段に過ぎなかった。結果に至る為の過程でしかないのだ――。
咲夜は(その度にいけないとは思うのだが)自分よりもずっとずっと永い時を生きてきたレミリアに、まるでこどもに説くかのように話しかけてしまうときがある。今だってまるで夜に御伽噺を聞かせるみたいに、また。それに気が付かないほどレミリアも愚かではない。けれども、あからさまに咲夜を責めるほどの不恰好さもまた、持ち合わせてはいない。ただの主従には無い何かが、二人の間には存在するのだ。

「なるほどね、そうして太陽に向かって飛んで行った。そうしたなら、いつの間にか翼は溶けてしまう」
「全く、覚えていらっしゃるのに、人が悪い」
「本当に、今の今まで忘れていたさ。胸糞悪い神様の話だ」

レミリアはどうしてか神様の話を嫌う。それは神の名において迫害されてきた過去があるからかも知れない。神様は悪魔を残忍なものとして扱う。けれども彼のほうが余程残忍だ。少なくとも悪魔は、人間の選択の中からその命を吸い取るではないか。ただ突然と命だけを奪っていく神様は人間に選択の余地を与えない。
――太陽は、男の希望を嘲笑うが如く、彼の翼を奪い去った。それは、希望を持つことの愚かしさを嘲るようにも思える。太陽は、きっと神様だ。否、違っていても関係は無い。絶対を表す存在として、レミリアにとっては同一であるのだから。

「それで、咲夜はその男と私が同じだとでも言いたいのか」
「いいえ、いいえ。けれどもお嬢様。酷く滑稽だと思いませんか」
「その男が」
「そうではなく、太陽が、です」
「……どうして」

レミリアは酷く怪訝そうに聞く。彼女は太陽の“絶対”を信じてしまっているから。

「太陽は自ら近づこうとする男を空から落とす。自ら孤独に進んでいる。だのに届くはずの無い月を、彼は追い続けているではありませんか。自らも希望を抱き続けているくせに、同じように希望を抱いた男に罰を与えるだなんて、滑稽以外の何と言えましょう」
「それは……まあ、そうかな」

そうであるならば、太陽は自らにも罰を与えなければならないではないか。余りに矛盾に満ちた物語だ。とどのつまり、太陽も男も、持った愚かさは同じで、言い換えるのであれば神様も人間も、同じだけの浅ましさを持っていて。この物語を教訓めいた何かとして人間に押し付けるのは、己の矛盾を自ら示してしまっているのと同じではないか。

レミリアはイカロスと同じだ。そうして、レミリアは神様と同じだ。
レミリアはあらゆる愚か者と同じであり、あらゆる理不尽なものと同じである。神様に裁かれる悪でありながらも、神様しか持ち得ない運命の糸を操るだけの力を持っている。

「つまり、人間も神様も、同じだけの愚かさを持っていると」
「ええ、きっとそうですわ。或いは、咲夜もお嬢様も太陽も、そう変わりはないのやも」
「雇主を愚か者呼ばわりする女中は、果たして正しいのかね」
「ふふ、だから言ったではありませんか。咲夜も愚か者であると」

咲夜はレミリアに、お前はイカロスなのだと言ったも同じだった。その上で、お前はお前自身が忌む太陽、神様とも同じだけの愚かさを持ち合わせているとも続けた。

「クックッ……。確かに、私は太陽を求めているのかもしれないな」

レミリアは笑う。悪魔のように笑う。
しかし、咲夜は思う。レミリアほど悪魔らしくも無い悪魔も居ない。或いは、妹君、『フランドール・スカーレット』の方が余程悪魔らしい。悪を成すという呵責も無く、ほんの小さな引き金で人も妖怪も、神様だって殺すことも出来るかもしれない。けれどもレミリアにはそれが出来ない。例えば、このように不敬をはたらく咲夜を、そう攻め立てない。もしもこれが他の悪魔ならば、弾き飛ばされても不思議は無いこと。我侭か我侭でないか、そういうことではないだろう。レミリアの持つある一点は、咲夜と酷く似ている。


お嬢様は、寂しがりなのだ。
そうして、十六夜咲夜もまた。






「……で、どうしてウチに来るの」
「いやはや、暇だったからに違いない」
「どうせ暇でしょう、貴方も」
「あんた達と一緒にするな! この引き篭もり軍団!」

そうして、今日も今日とて、博麗神社に訪れた次第。
博麗の巫女である博麗霊夢は、今日も神社と自らの暮らしぶりのことにしか関心が無い。
境内への入場料を請求される神社なんて聞いたことがあるだろうか、いや無い。これは賽銭が全く集まらず、妖怪と暇人ばかりが集まることに憤った霊夢の措置だ。何度も思うが、浅ましいこの女の性がこの神社への信仰を落としている原因ではないだろうか。

「咲夜、茶を淹れてやれ」
「かしこまりました」
「あんたの家じゃないわよ、ここは……。緑茶ね! 紅茶なんて甘くて飲めないから」

はあ、と霊夢が息を吐く。日頃は紅茶ばかり淹れている咲夜だが、緑茶の知識が無い訳でもない。恐らくそこらの人間たちよりはずっとうまく淹れることが出来るだろう。薬缶に火を入れる。そうして湯気が出てきて少しして火を離す。熱湯は茶の甘みを殺してしまう。大体七十度ほどがちょうど良い茶葉だろうと推測を立てたのだ。
じょぼじょぼ……。三つの茶碗に少しずつ注いでいく。博麗の神社にある設備はどれも貧相なものだが、こうした茶の道具だけは立派なものを使っているのだから不思議なものだ。

「どうぞ」

まず、レミリアに、それから霊夢に。順番が違うというような視線をこちらに向けてくる霊夢であるが、そんなことは気にもしない。
ずずっ――二人が茶を飲む。少し遅れて咲夜。うん、甘い。そう胸の内で笑う。甘さが出ているということは、咲夜の予想が当たっていた証だ。猫舌の咲夜には熱すぎないのもちょうど良い。霊夢も咲夜の茶の淹れ方を褒めた。レミリアだけが苦い顔をしていた。

「……どうにも、緑茶の甘みは好きになれないなぁ」
「お子様め」
「何をう、私はお前の何十倍も生きているんだ」
「はいはい、ご立派な五百歳児様ね」
「うぐぐぐぐぐ」

人間でレミリアにこう軽口を叩けるのは女中の咲夜とこの霊夢、それから霧雨魔理沙ぐらいなものだ。そもそも殆ど紅魔館から出ることも無かったレミリアに、人間の知り合いが多いわけも無い。妖怪もまた同じ。
咲夜もまた、紅魔館で女中をしているために、普通の人間からはまず避けられる。悪魔の奴隷、という風に認識されているのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。咲夜もそれを憂いている訳ではなかった。霊夢や魔理沙のような物好きもいる。
唸りながらもレミリアが茶を飲み干す。霊夢も咲夜ももう飲み終わってしまっていた。一服の間の余計な会話など、まさに無粋なことだ。

「掃除、行き届いているわね」
「まあ、それくらいしかすることないからね」
「やっぱり暇なのね」
「……はいはい、どうせ私は暇人よ!」

仕事も入ってこないから仕方が無い、と霊夢は言う。大結界の操作をしているだけでも大仕事だと思うのだけれども。あの年寄り賢者は真っ当な手当てもしていないらしい。多少は霊夢に同情する。お嬢様はまだ苦い顔をしている。
ああ、それでもね。と霊夢が続ける。

「この前、結界に干渉しようとした奴らがいてね、それを倒したら紫が珍しく駄賃をくれたっけ」
「へぇ、どんな妖怪」
「それが妖怪じゃなくて、人間だったの」

大事になる前に倒せたし、人間相手だったから楽なものだった。
霊夢は簡単に言うけれど、この言葉は大きな意味を持っている。霊夢にとっては妖怪だけでなく人間も敵に成り得るということ。現に、里の人間からは時折、霊夢も気味悪がられることがあるらしい。妖怪に味方する、人間の敵と。

霊夢は妖怪の傍にも、人間の傍にも進めない。どちら側にも立てない。魔理沙だって人里からはとっくに離れているし、人間をいずれ捨てるだろう。“物好き”な人間たちは、皆ひとりぼっちで、寂しがりなのかもしれない。
そうして咲夜は、そうであって欲しいのだ。自分だけが弱い訳でないと信じていたかった。孤独は怖いものだ。だから、形振り構わず逃げようとする。悪魔の下に下ったのも、元々の理由はそれだ。そこには瀟洒さも何も無く、弱い咲夜の性だけが存在している。






境内を出るときも賽銭を要求された。守銭奴神社に改名したらどう、と聞けばそれもいいかもしれないと返ってきた。可哀想なものだから十銭を放り込んでやった。

陽は傾き、そろそろ吸血鬼の時間が来る。
空の色にそぐわない日傘を主人に差して歩く。
西の山は燃えている。燃えながら、まばゆき珠をその身に沈める。主人をその光から守りながら、咲夜は横目でちらと見る。――あんなものが、レミリアを忌むべきものと定義するだなんて。たったあれだけの浅ましい存在が、尊大なる吸血鬼を縛り付けるだなんて。

「いつだったか、夢を見たことが、あるよ」

レミリアがこちらを見もせずに口を開く。どこか遠いところを見ていて、その表情を伺うことが出来ない。それでいいのだと思う。きっと、誰も知らなくていいことだってある。

「どんな夢で」

いつだって、レミリアの言葉を受けるのは咲夜だ。そうでなくてはならない。その尊大な言葉を、その影の、弱々しい言葉を。そうして、返すのも咲夜。レミリアの弱さに気が付かないフリをしながら、ずっと傍に寄り添い続ける。

「冷え冷えとした夜の中に、たったひとり、私だけがいる夢さ。どれだけ待っても月も太陽も昇らなかったから、きっと世界は壊れているんだろう。どれだけ歩いても、飛んでも、誰一人としていることも無い。だから私はたったひとりで、王様だった。壊れた世界の王様だ」

咲夜は何も答えない。答えてはならないような気がした。そのまま、主人が言葉を続けるのを待つべきなのだと、咲夜の中の何かがそう告げていた。けれども、レミリアも言葉を続ける気は無いらしかった。沈黙が続く。続く。続く。
咲夜は無理にでも言葉を返さなければならないようだった。けれども、何を言えというのか。何をレミリアが望んでいるのか。嘲って欲しいのか、同情して欲しいのか。

「何もかにも、完璧を求めるのはお前の悪い癖だ、咲夜」
「……お嬢様」
「何にも差障りのないようになんて、傲慢な願いだ。それこそ、さっきのイカロスのように」

はあ、とレミリアが息を吐く。その顔には悲しみも何も存在してはいなかった。やけにあっさりとしていて、逆に不自然だと思う。

「私には自前の翼がある。それこそ、蝋で出来たわけでもない立派な翼が。太陽がそれを溶かすというのなら、溶かせばいい。翼が無ければ飛べないわけじゃない。私を絶望させるには、太陽では足りないさ」

確かに、レミリア・スカーレットを絶望させるには太陽では足りないだろう。そんなものは彼女の生きてきた五百年ずっと、彼女の上に居座り続けてきた。今更絶望も何も無い。
けれども、太陽が月を追い続けるように、イカロスが太陽を手にしようとしたように、レミリアにはレミリアの愚かさがある。咲夜にもまた同じだけの愚かさがある。

「霊夢は、」

咲夜は口を開かずにはいられなかった。先程までは全く言う言葉も考え付かなかったのに、今は思考よりも理性よりも先に衝動が優先されていた。

「霊夢は、いつか死んでしまうでしょう。それも、そう遠くない未来に」
「ああ」
「そのとき、お嬢様はどうされますか」

確認しておきたかった。人間の死を、主人はどう感じるのか。
同じ寂しがりの、弱さを暴いてみたかった。

「別にどうもしないさ。悼みはするだろう、けれども、それだけだ」
「本当に」
「ああ、本当だよ。他に何をすることがある」
「例えば、泣くだとか」
「はっ、まさか。この私が人間のためにそんなことするわけ無いだろうに」

その通りだ。
それが正しい。それが当たり前。少なくとも、悪魔のレミリアにしては。
けれども、その中に虚勢を見出せないほど咲夜は盲目ではなかった。それに気が付かないだけの愚直さを持っていたかった。けれども、それは叶わない。同じだけ、咲夜は弱く、臆病者だから。――本当は、レミリアは夢を恐ろしいと感じたはずなのだ。たったひとりの王様だなんて、どう足掻いたところで取り残された愚か者と同じだ。
太陽は既に隠れる間際だった。あと数分もすれば空に青と黒が混じり始めるだろう。彼も孤独に走っている。誰一人として彼に寄り添ってはいない。月を求めるのは、寂しいからだろうか。

「それに、吸血鬼に涙は似合わんさ」
「あら、その姿には良くお似合いですよ」
「随分な物言いじゃないか」

たったっ――。レミリアが日傘の下を抜ける。途端、レミリアの身体は毒に蝕まれ始める。けれども、そんなことも気にしてはいないのだろう。ふっと笑う少女の笑顔。

「こうして陽の光に当たっていたなら、いつか壊れてしまうだろうな」
「まさかお嬢様は、死んでしまいたいのですか」
「いやいや、まさか。それほど人生に絶望してもいないさ」


「それならば、どうして」


言って、そうして咲夜は気が付いた。主人の歪む口元に。咲夜もまた、答えを知ってしまっていることに。咲夜もレミリアも、同じ愚か者であるということに。


『十六夜咲夜』になりきれない、“何か”。
それを、『レミリア・スカーレット』も持っているとしたなら。


「……いいえ、お嬢様は感傷的です。私よりも、ずっと」
「そうかな」
「そうですわ」

ゆったりとした自殺の中で、レミリアはレミリアの思い通りにならない自分自身を殺そうとしている。或いは、縊死にも満たない、思い切りの無い苦しみの中で。ずっとずっと。
“それ”は、吸血鬼としての、悪魔としての弱さ。孤独を嘆く心、ありったけの優しさ。勿論レミリアは、“それ”を切り離そうとする大きすぎる自尊心そのものがいちばんの寂しがりであるとも気が付いている。切り離した瞬間に、形だけの王様に、尊大なる機械に成り代わることにも気が付いている。
けれども、自尊心が自尊心である限り、“それ”を認めるわけにはいかない。そうした矛盾を、ひとつひとつ紐解いて、最後に何が残るのか。



吸血鬼は余りに悲しすぎる。
悪魔であることは、余りに酷すぎる。

『レミリア・スカーレット』は太陽にしか滅ぼすことの出来ない、強さを持っていなければならなかった。その役割を、全うしなければならなかった。彼女の心を蝕むのは、間違いなく彼女自身だ。或いは、捨てなければならないあらゆる弱さたちだ。
霊夢が死んで、魔理沙が死んで、それから美鈴が死んで、パチュリーが死んで、フランドールが死んで。それでも彼女は笑っていなければならない。孤高の悪魔として。笑っていなければならない。それこそ、彼女の最も嫌う神様のように。

この主人のために、何かをしてやらなければならない。
それが女中『十六夜咲夜』としての義務だ。そう思う。けれども、何が出来る。側に寄り沿うでもなく、たった今しなければならないこと。探していた。そうすると、昼間の言葉が引っ掛かっていた。太陽を求めているのかもしれない、レミリアの本質。


「……お嬢様は、まだ太陽の色をご存じ無い」
「そうだね、まともに見たことはないさ」
「咲夜が、きっといつか、時の流れに閉じ込めてご覧に入れましょう、きっといつか」
「馬鹿だね。出来るわけ無いだろうに」
「いいえ、出来ますわ。時はあらゆるものを閉じ込めることが出来る。ならば、きっと」


約束ですよ、と咲夜。指を切るには背が少し高すぎた。レミリアの目の前に右手の小指を出す。子ども扱いするなよ、主人が言うのも留めずに、無理やりに指を切った。

もう何度目になったかも分からない、二人の約束だ。

最初は、咲夜の弱さからの、約束。レミリアが永い永い命を持つ吸血鬼であるから結べた、約束。ひとりぼっちが寂しいからと、レミリアの命が尽きるまで傍にいると誓った。その代わりの『十六夜咲夜』の名。それから何十年も時が経って、今咲夜はレミリアの弱さを知ってしまっている。思い返せば名を与えられたこともまた、レミリアにとっては首輪の代わりだったのかもしれないと思う。咲夜がひとり何処かに行ってしまわない様に。

ふたりにとって約束は、目に見えない鎖だ。互いを束縛し合い、締め付け合う。何処にも行かないように、利己だけで結ばれた共依存の関係。けれども、それ以上に心地の良いものをふたりは知らないし、それでふたりの世界が完結できるのであれば、それに越したことは無い。

霊夢の死、魔理沙の死、それから、紅魔館の面々の死。彼らは有限なのだから、それは等しく訪れるだろう。勿論、レミリアも咲夜もいずれ死んでしまう。けれども、沢山の大切な者の死を見るだけは間違いないから。その度に壊れてしまいそうになるのも、目に見えているから。狂気に身を任せないための、たったひとつの冴えたやり方。
そうして、これからも約束は積み重なっていくだろう。二人が壊れそうになる度に、鎖は雁字搦めになっていく。そこには瀟洒さも尊大さもない。弱さだけが甘え合って、この先の何百、何千年を支える根拠になるのだ。


絡めた指を放して、立ち上がる。空を見上げると色は紫に変わっていた。咲夜の好きな陽の光はもう何処かに消えてしまったけれども、冷え冷えとした夜だって嫌いではない。そこには、吸血鬼のための夜が待っているから。――いつか太陽を閉じ込めて、主人に見せつけるための算段を建てながら、咲夜は主人のゆっくりとした自殺に付き合い続ける。
初のレミ咲です。
余所で一回最強過ぎるお嬢様書いたので、偶には弱いお嬢様書いてもいいじゃないと思って書きました。後悔はしていない。
カルマ
https://twitter.com/#!/ark11karma
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コメント



0.680簡易評価
3.80奇声を発する程度の能力削除
全体的な雰囲気がとても好みでした
8.80名前が無い程度の能力削除
寂しがりやのお嬢さまかわいい!
少し回りくどいかなとは思った
10.70名前が無い程度の能力削除
地の文での理屈が、若干先行しすぎかなあと。わかり易いのはいいですが。
「愚か者」「毒」「ゆっくりした自殺」……どれも印象的ですが、物語に溶け込ませる方向に、もうちょっとだけ舵を切ってもよかったんじゃないかと。
私の好みだというだけですけどね。
>吸血鬼は余りに悲しすぎる。
このくだりはは、深く胸にきました。
15.100名前が無い程度の能力削除
とても好きですよこのお話。
19.70金之助削除
全体的な雰囲気、あとがきで言う「弱いお嬢様」などが非常に好みでした。
>指を切るには背が少し高すぎた。
>ゆっくりとした自殺
など、印象に残る文、フレーズなどもあり、よかったと思います。
けれど地の文の中に唐突さが感じられる部分、読んでいて「あれ?いきなりだな」と感じるような部分もいくらか見受けられました。
それがこの作品の雰囲気を作る要素になっている、という部分もあると思うので、すべてを直すべきとは言えないのですが……。
20.100名前が無い程度の能力削除
こんなレミィもありか