※月の涙の欠片 ~新月~の続編です。
先にそちらを読むようお願いいたします。
「まだ拗ねてるの?貴女らしくもない」
「…うるさいな」
月から帰ってきて以来、レミィは私を避ける。
当然と言えば当然かもしれないけど。
それにしても、レミィが無事に帰ってきてくれてよかった。
永琳がロケットに細工をしてくれたお陰でレミィ達は無事に月に到着出来たらしい。
ロケットの不備でレミィが死んだとなってはあの魔女を死よりも苦しい罰を与えてやらなければ気が済まなかった。
蓬莱の薬をあの魔女に飲ませて永遠に生死を繰り返してもらう…とかね。
レミィが落ち込んでないなんて嘘。
八雲紫の力も借りずに月に辿り着いただけで満足なんて嘘。
レミィは自分が負けた事に間違いなく衝撃を受けている。
そんなことに気付かないなんてどうかしているわ。
レミィは自分が一番強いと思っていたのだから。
「…レミィ、私は今の貴女を放っておけないわ」
「輝夜、しつこいよ。今は一人にさせて」
レミィは私の顔を見てくれない。
ずっと虚空ばかりを見ている。
本当はこういう時、そっとしておいてあげた方が良いのかもしれない。
でも、今がレミィを強くする最大のチャンスなの。
この機を逃してはレミィは私の思った通りに強くならないかもしれない。
レミィは綿月姉妹程度に負けていたらダメなんだから。
「レミィ、貴女の弱点を教えてあげましょうか」
「…そんなの皆知ってるだろう?日光に流水に炒った豆とかさ」
レミィはわかっていない。
そんなのは弱点にもなっていない。
私は知っているのよ。
レミィが日光を嫌って紅霧を出した事を。
直射日光じゃなければ日光は平気だって事を。
どうして戦いの際に紅霧を使わないのかしら。
流水も同じことよ。
雨の中では吸血鬼は動けない。
だったら、レミィの魔力で雨を蒸発させてしまえば良い。
本来、こんなの簡単な話なのよ。
別に流水自体を当てたからってレミィが痛がるわけじゃないしね。
炒った豆?
そんなのは本当に話にもならない。
レミィのスピードは幻想郷でもトップクラスだ。
綿月姉妹は愚か私よりもきっと速いんじゃないのかしら。
まあ、私自身に単純なスピードは通用しないんだけどね。
それはともかく、レミィが本気を出せば炒った豆など当たる訳がないの。
豆鉄砲がヒコーキ(外の世界の乗り物らしい)に当てられるかしら?という話なのよ。
「ううん、レミィの弱点はそんなものじゃない。そんなのはレミィが本気を出せばどれも弱点になっていないのよ」
「…何だって?」
レミィがようやく私の顔を見てくれる。
とても驚いた顔で。
そう、貴女も気付いていない貴女の最大の弱点。
「慢心よ」
「…慢心だって?」
レミィは本気を出せば強い。
それは間違いない。
逆に言おう、今のレミィはまだまだ弱い。
それはどういうことかわかるかしら?
そう。
「レミィ、貴女は本気を出したことないわね?」
レミィは本気で戦わない。
だから八雲紫にも負ける。
まあ、八雲紫も八雲紫でインチキみたいな能力を持つから仕方ないんだけど。
「吸血鬼の最大の強み。それは何でもできることじゃないのかしら?」
吸血鬼の最大の特徴。
それは汎用性の高さ。
驚異的な身体能力と魔力を持ち、一声掛けるだけで大量の悪魔を召喚し、自らを蝙蝠もしくは霧状にまで分解することが出来る。
さらにレミィ特有の能力として運命を操る事が出来る…らしい。
何よこれ、チートなんてレベルじゃないわ。
「貴女は魔力なんてほとんど使わない。身体能力だけで相手を圧倒しようとする」
それは恐らくレミィのプライドの高さの問題。
レミィは自分が一番強いと思っている。
その考え方自体は別に構わない。
ただ、問題は本気を出さなくても勝てると思っている点。
だから本気で戦わない。
相手を見下しながら戦うから慢心をして負ける。
「貴女は自分で自分の力を制限している」
…まあ、他にも事情はあるのかもしれないけどね。
レミィの妹は力を制御できていないと言う話だし。
もしかしたらレミィ自身も完全に力を制御できないのかもしれない。
だから本気を出さないのかもしれない。
しかし、それでは困るのだ。
私が。
「レミィ、はっきり言ってあげるわ」
これを言ったらレミィに嫌われてしまうかもしれない。
それでも私はレミィに言わなければならない。
レミィにはもっともっと強くなってもらわないと困るのだから。
「貴女は井の中の蛙なのよ」
「…何だって…」
レミィは信じられないような瞳で私の顔を見る。
そりゃ信じられないでしょうね。
こんなこと言われたの初めてでしょうから。
「貴女より強い奴なんて沢山いる。例えば永琳とかね」
「…ッ」
レミィは悔しそうに唇を噛む。
恐らくレミィにだってそれは理解できている筈だ。
そこまで彼女は愚かではない。
ただ、見ない振りをしていただけなのだ。
そう、永琳は誰よりも強い。
八雲紫や綿月姉妹や私なんかよりもずっとずっと。
「レミィ、貴女は自身の才能に溺れかけているのよ」
レミィはとんでもない才能を持っている。
だがこのまま慢心していてはそのとんでもない才能も腐って行くだけ。
私の為にもその才能を十二分に発揮してもらわないと困るのよ。
「認めなさい。悔しがりなさい。貴女が弱い事を。貴女が負けた事を」
レミィは自分が弱いなんて認められない。
しかし認めてもらわないとレミィは強くなれない。
自身の力を見つめ直してこそ、向上心と言うものが生まれるから。
「わ、私は…」
レミィは顔を紅潮させている。
恐らく怒りと悲しみと悔しさと恥ずかしさ…そんな感情が心を占めているのでしょう。
「私は…誰よりも強くなくてはならない…。そうじゃなければ…パチェや咲夜や美鈴に…」
恐らく、彼女の従者達に申し訳ない、そう思っているのでしょう。
自身に付いてきてくれる従者達の為に彼女は誰よりも強くなくてはならない、そう思っているのでしょう。
どこまでも部下想いの少女だ。
本当に可愛い。
心からそう思う。
「でも…でも…私は勝てなかった」
その言葉をレミィから聞きたかった。
レミィは心のタガが外れたのか、その深紅の瞳から滴がぽろぽろと落ちてきている。
「わ、私は…夜の王として生きてきた…。だから…だから…」
「だから貴女は弱みなんて誰にも見せたことはない。誰よりも強くなくてはならない。そうなのね?」
可愛い。
なんて可愛いんだろうこの少女は。
私はレミィを抱きしめる。
今だけでも可愛いレミィを独占したかったから。
レミィの泣き顔を誰にも見せたくなかったから。
「レミィ…泣いていいの。貴女は私に弱さを見せていいのよ」
「か、かぐや…う、うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
レミィの心のタガが完全に外れた。
とめどなくあふれ出る涙。
誰にも弱さを吐くことが出来なかった哀れな少女。
永琳がいてくれた私とは大違いだった。
だったら今だけでも私が彼女にとっての永琳になってあげよう。
「レミィ、貴女はきっと強くなれる。絶対に強くなれる」
「…うん…うん…!」
「だから今は全部吐いてしまいましょう。貴女の悲しみを悔しさを慢心を」
私はレミィの背中をそっと撫でる。
悲しい時に永琳にこうしてもらったら何だか安心した記憶があったから。
そして、これはレミィよりも強くレミィに近い私だけの特権。
こればかりは永琳にも渡せない権利だった。
「レミィ…一緒に強くなりましょう。私が付いていてあげるから」
「うん…うん…!」
これできっとレミィは強くなれる。
そう、レミィは強くならなくてはならない。
アナタハワタシヲコロサナクテハナラナイノダカラ…。
素直にそう感じた
自分で思っていた以上に俺は中学生のままだったらしい
このコメント書いてて恥ずかしいわ