「持つべきものは友達ね」
私は満面の笑みでパチェを見つめる。
「Fuck」
パチェは心底嫌そうに目を逸らした。
◆
魔法とは便利なもので、離れた場所にでも呪文1つで瞬間移動ができる。
それこそ日本国内くらいならどこへでも。
だからこんな贅沢も簡単にできてしまう。
「~♪」
日付も変わろうかという時刻。
紅魔館の庭に1人たたずむ。
手には七輪、足元には椅子。
カゴの中には魚介類。
ホッカイドーまで行って、買ってきた。
シュボッ
マッチに火をつけ、七輪に投げ入れる。
うちわでパタパタと扇げば、火も大きくなってくる。
十分に熱せられた頃を見計らい、カゴから1つ目を取り出した。
ホタテ。
貝の膨らんだ側を下にして、ナイフを入れる。
丁寧に貝柱を外したら、てこを使って貝を開けてしまう。
貝を開かずにそのまま焼く方法もあるが、私の流儀ではない。
ベキリと完全に貝を2つに分断し、身のついている方だけを七輪に乗せる。
後は待つ。
1度にいくつも焼くことはしない。
1つずつゆっくり焼くのが粋というもの。
はやる気持ちを抑え、熱燗の準備に取り掛かる。
小型のガスコンロに鍋を載せ、水を張る。
その中にとっくりを入れ湯煎を始めた。
程なくして熱されたホタテからグチュグチュと沸騰するような音が聞こえてくる。
『ヒモ』の部分が縮み、貝から剥離しているのだ。
頃合だろう。
私はカゴからバターを取り出すと、一切れ分をホタテに乗せる。
バターは見る見るうちに溶けていき、貝柱に薄黄色の彩を添えていく。
追撃のしょうゆ。
黒い染料に侵されていく姿を眺めながら、その香りを堪能する。
沸騰によって弾けた出汁が、網に付着してじゅうじゅうと音を立てた。
なんと食欲をそそる音色だろうか。
どれほど高名なオーケストラ集団でも、この音に勝る音色は作り出せない。
ホタテを見ながらお猪口を取り出す。
いい具合に温まったとっくりから、吟醸酒を注いだ。
まずは月を見ながら、一献。
「あー……」
熱燗をグイと飲み干し、お猪口をとっくりにかぶせた。
コンロの火を弱めるのも忘れない。
いよいよホタテに取り掛かる。
貝全体に完全に火が通り、絶え間なく湯気が立ち上っていた。
ハシを片手に身をほぐす。
日本に来てから幾年月、この木の棒にも慣れたもの。
貝から離れた身に、付着したバターが糸を引く。
茶色く染みた香りを堪能しつつ、口へと運ぶ。
熱い!
ホフホフと口の中で身を冷まし、よく噛んで食感を楽しむ。
絶妙に繊維質なホタテの身は、噛めば噛むほど味が染み出てくる。
まず最初にしょうゆの香り、そしてバターの力強い風味。
それが薄れてくる頃、ホタテ本来の海の味に舌全体を舐め回される。
よく味わい、飲み込む。
「グッド!」
思わず叫んでいた。
素晴らしい。
一度に3つの味が楽しめるなんて。
気がついたら胸の前で手を組み、祈っていた。
主よ、御恵みに感謝します。
◆
ホタテを全て平らげた私は、カゴから新たな食材を取り出す。
次はこれ、馬糞ウニだ。
塩水に浸けていたからまだ生きている。
ウニャウニャと蠢くウニを1つ取り上げると、口にあたる部分に親指を突っ込んだ。
みかんを剥くのと同じ要領でウニの殻を破る。
中では黒っぽいスジと一緒に黄金色の身が輝いている。
月明かりに照らされてヌラヌラと光沢を放つそれは、こうして見ると妙に艶めかしい。
黒い部分を丁寧に取り除き、身の部分を1度紙皿にあける。
1切れ生で食べてみた。
うまい。
だが弱い。
文句なしにおいしいのだけども、ホタテを食したことで変に小慣れてしまった舌にこれでは弱すぎる。
そういう時は、舌と上あごでウニの身を押しつぶす。
瞬間、あの独特の風味が口の中で炸裂する。
新鮮なウニは、それだけで他のあらゆる魚介類に勝る何かを持っている。
そう実感させる何かがあった。
ウニの殻ごと直接焼いてもいいのだが、それだと均一な焼き加減にならない。
そこで、さっき食べていたホタテの殻を利用する。
貝殻を鉄板代わりに使い、上にウニの身を乗せていく。
ホタテより少し時間がかかるため、この間に他のウニの身も剥いておく。
4匹分のウニが全て剥けた頃には、香ばしい匂いが七輪から漂ってきた。
良い。
火の通ったウニは若干色が濃くなり、黄色が強くなる。
そして身のあちこちに僅かなコゲがつき始めた。
すかさず私はバーナーを取り出し、至近距離から軽く炙る。
これで完成だ。
貝殻に乗ったウニをハシで掬う。
持ち上げても身は崩れない。
そこらの安物とはモノが違う。
これに調味料をかけるのは野暮というもの、そのままいただくことにした。
「ファンタスティック!!」
私の声が庭に響いた。
じわりじわりと効いてくる味のパンチに酔いそうになる。
飲み込むのが惜しい。
しかし飲み込まなければ次が来ない。
贅沢な葛藤に身を焦がしていても、いずれ別れの時はやってくる。
私はウニの身を飲み込むと、後味が消えないうちに熱燗を注いだ。
喉を焼くアルコールの感触が、いつも私をパライソへと導いてくれる。
ツマミは極上。
これ以上の美味がこの世にあるのだろうか。
◆
ウニを貪りしばし放心状態だった私は、いよいよ締めの一品に取り掛かる。
カゴから取り出したのは大きめのコンブ。
七輪に練炭を追加し、これを網の上に乗せる。
サイズこそ網全体を覆うほどだが、薄めの奴を選んでいる。
コンブを食べる訳ではない。
メインはこっち、牡蠣だ。
牡蠣の殻をナイフでこじ開け、中身を軽く塩水で洗う。
1つ1つ丁寧に取り分け、昆布の上に乗せる。
牡蠣の松前焼き。
誰が考えたのか知らないが、日本人の食への執念は凄まじいものがある。
これもまたその至高の一品。
熱を喰らい、ぷっくりと膨れた牡蠣をひっくり返す。
乳白色だった肌が無粋に変色している。
火が通り、コンブのうまみを吸収した証だ。
焦ってはいけない。
火は通っていなくてはならない。
しかし焼きすぎるとしぼんでしまう。
最高のタイミングを逃し、涙を呑んだことが何度あったか。
だが忘れてはならない。
私には、私だけに許された必殺技があるのだ。
「―――運命よ」
言葉と同時に爆発的な妖力を開放した。
全神経を集中し、牡蠣の行く末を操作する。
宇宙の全ては繋がっている。
それをほんの少し覗けばいい。
「ここ!」
ベストタイミング。
昆布の上で淫らに私を誘う牡蠣たちにしょうゆを垂らし、即座に紙皿へと引き上げる。
完璧。
その2文字が脳裏をよぎった。
焼きたての牡蠣は生のときよりの少し硬くなっているが、それでもプルプルとした感触は健在だ。
私がハシで身をほぐすと、感動的なまでの芳香が沸き立ってくる。
水分が程よく飛んでいるのだろう、湯気までもが早く早くと私を急かしているように思えた。
私は牡蠣に、海に、命に、牡蠣をとってくれた漁師に、いつも自分を支えてくれる仲間たちに、自分を取り巻く全てに対して、無限の感謝を捧げた。
そして、牡蠣を食す。
「ジャポニア・ミィラコゥ!!!」
思わず母国語で叫んでいた。
何事かと出てきた妖精メイドたちを追い払い、牡蠣の食感を堪能する。
牡蠣特有のくにゃくにゃとした食感を残しつつ、それでいてやわらかすぎない完璧な焼き加減。
しょうゆと牡蠣の味に潜むコンブのやさしい風味。
それら全てが合わさって奏でられるハーモニーは、少しほろ苦い大人の味。
ガキんちょにはこの価値は分かるまい。
私は歓喜の渦に身を任せ、欲望のままに牡蠣を食べつくした。
◆
食事を終え、一息ついたところで空を見上げる。
夜空には満月。
薄く雲がかかっているが、月光を遮るには至らない。
館のみんなは寝ている時間。
起きているのは私とフランとパチェくらい。
フランは私といると嫌がるし、パチェはそもそも食事をしない。
いつか、3人でこの享楽を味わえる日が来るのだろうか。
そんな日を夢見ながら、持ってきたものを片付ける。
忘れ物がないか確認すると、私は静かにその場を後にした。
◆
「パチェ、ホッカイドーに行きたいの」
「私を便利屋か何かと勘違いしてない?」
「あなたこの間私に黙って魔法の触媒を経費で買ったでしょ」
「ヤー・マスター! ハコダテでしょうか? サッポロでしょうか?」
「あなたは話が早いから好きよ」
願わくば、この日々が末永く続かんことを。
了
私は満面の笑みでパチェを見つめる。
「Fuck」
パチェは心底嫌そうに目を逸らした。
◆
魔法とは便利なもので、離れた場所にでも呪文1つで瞬間移動ができる。
それこそ日本国内くらいならどこへでも。
だからこんな贅沢も簡単にできてしまう。
「~♪」
日付も変わろうかという時刻。
紅魔館の庭に1人たたずむ。
手には七輪、足元には椅子。
カゴの中には魚介類。
ホッカイドーまで行って、買ってきた。
シュボッ
マッチに火をつけ、七輪に投げ入れる。
うちわでパタパタと扇げば、火も大きくなってくる。
十分に熱せられた頃を見計らい、カゴから1つ目を取り出した。
ホタテ。
貝の膨らんだ側を下にして、ナイフを入れる。
丁寧に貝柱を外したら、てこを使って貝を開けてしまう。
貝を開かずにそのまま焼く方法もあるが、私の流儀ではない。
ベキリと完全に貝を2つに分断し、身のついている方だけを七輪に乗せる。
後は待つ。
1度にいくつも焼くことはしない。
1つずつゆっくり焼くのが粋というもの。
はやる気持ちを抑え、熱燗の準備に取り掛かる。
小型のガスコンロに鍋を載せ、水を張る。
その中にとっくりを入れ湯煎を始めた。
程なくして熱されたホタテからグチュグチュと沸騰するような音が聞こえてくる。
『ヒモ』の部分が縮み、貝から剥離しているのだ。
頃合だろう。
私はカゴからバターを取り出すと、一切れ分をホタテに乗せる。
バターは見る見るうちに溶けていき、貝柱に薄黄色の彩を添えていく。
追撃のしょうゆ。
黒い染料に侵されていく姿を眺めながら、その香りを堪能する。
沸騰によって弾けた出汁が、網に付着してじゅうじゅうと音を立てた。
なんと食欲をそそる音色だろうか。
どれほど高名なオーケストラ集団でも、この音に勝る音色は作り出せない。
ホタテを見ながらお猪口を取り出す。
いい具合に温まったとっくりから、吟醸酒を注いだ。
まずは月を見ながら、一献。
「あー……」
熱燗をグイと飲み干し、お猪口をとっくりにかぶせた。
コンロの火を弱めるのも忘れない。
いよいよホタテに取り掛かる。
貝全体に完全に火が通り、絶え間なく湯気が立ち上っていた。
ハシを片手に身をほぐす。
日本に来てから幾年月、この木の棒にも慣れたもの。
貝から離れた身に、付着したバターが糸を引く。
茶色く染みた香りを堪能しつつ、口へと運ぶ。
熱い!
ホフホフと口の中で身を冷まし、よく噛んで食感を楽しむ。
絶妙に繊維質なホタテの身は、噛めば噛むほど味が染み出てくる。
まず最初にしょうゆの香り、そしてバターの力強い風味。
それが薄れてくる頃、ホタテ本来の海の味に舌全体を舐め回される。
よく味わい、飲み込む。
「グッド!」
思わず叫んでいた。
素晴らしい。
一度に3つの味が楽しめるなんて。
気がついたら胸の前で手を組み、祈っていた。
主よ、御恵みに感謝します。
◆
ホタテを全て平らげた私は、カゴから新たな食材を取り出す。
次はこれ、馬糞ウニだ。
塩水に浸けていたからまだ生きている。
ウニャウニャと蠢くウニを1つ取り上げると、口にあたる部分に親指を突っ込んだ。
みかんを剥くのと同じ要領でウニの殻を破る。
中では黒っぽいスジと一緒に黄金色の身が輝いている。
月明かりに照らされてヌラヌラと光沢を放つそれは、こうして見ると妙に艶めかしい。
黒い部分を丁寧に取り除き、身の部分を1度紙皿にあける。
1切れ生で食べてみた。
うまい。
だが弱い。
文句なしにおいしいのだけども、ホタテを食したことで変に小慣れてしまった舌にこれでは弱すぎる。
そういう時は、舌と上あごでウニの身を押しつぶす。
瞬間、あの独特の風味が口の中で炸裂する。
新鮮なウニは、それだけで他のあらゆる魚介類に勝る何かを持っている。
そう実感させる何かがあった。
ウニの殻ごと直接焼いてもいいのだが、それだと均一な焼き加減にならない。
そこで、さっき食べていたホタテの殻を利用する。
貝殻を鉄板代わりに使い、上にウニの身を乗せていく。
ホタテより少し時間がかかるため、この間に他のウニの身も剥いておく。
4匹分のウニが全て剥けた頃には、香ばしい匂いが七輪から漂ってきた。
良い。
火の通ったウニは若干色が濃くなり、黄色が強くなる。
そして身のあちこちに僅かなコゲがつき始めた。
すかさず私はバーナーを取り出し、至近距離から軽く炙る。
これで完成だ。
貝殻に乗ったウニをハシで掬う。
持ち上げても身は崩れない。
そこらの安物とはモノが違う。
これに調味料をかけるのは野暮というもの、そのままいただくことにした。
「ファンタスティック!!」
私の声が庭に響いた。
じわりじわりと効いてくる味のパンチに酔いそうになる。
飲み込むのが惜しい。
しかし飲み込まなければ次が来ない。
贅沢な葛藤に身を焦がしていても、いずれ別れの時はやってくる。
私はウニの身を飲み込むと、後味が消えないうちに熱燗を注いだ。
喉を焼くアルコールの感触が、いつも私をパライソへと導いてくれる。
ツマミは極上。
これ以上の美味がこの世にあるのだろうか。
◆
ウニを貪りしばし放心状態だった私は、いよいよ締めの一品に取り掛かる。
カゴから取り出したのは大きめのコンブ。
七輪に練炭を追加し、これを網の上に乗せる。
サイズこそ網全体を覆うほどだが、薄めの奴を選んでいる。
コンブを食べる訳ではない。
メインはこっち、牡蠣だ。
牡蠣の殻をナイフでこじ開け、中身を軽く塩水で洗う。
1つ1つ丁寧に取り分け、昆布の上に乗せる。
牡蠣の松前焼き。
誰が考えたのか知らないが、日本人の食への執念は凄まじいものがある。
これもまたその至高の一品。
熱を喰らい、ぷっくりと膨れた牡蠣をひっくり返す。
乳白色だった肌が無粋に変色している。
火が通り、コンブのうまみを吸収した証だ。
焦ってはいけない。
火は通っていなくてはならない。
しかし焼きすぎるとしぼんでしまう。
最高のタイミングを逃し、涙を呑んだことが何度あったか。
だが忘れてはならない。
私には、私だけに許された必殺技があるのだ。
「―――運命よ」
言葉と同時に爆発的な妖力を開放した。
全神経を集中し、牡蠣の行く末を操作する。
宇宙の全ては繋がっている。
それをほんの少し覗けばいい。
「ここ!」
ベストタイミング。
昆布の上で淫らに私を誘う牡蠣たちにしょうゆを垂らし、即座に紙皿へと引き上げる。
完璧。
その2文字が脳裏をよぎった。
焼きたての牡蠣は生のときよりの少し硬くなっているが、それでもプルプルとした感触は健在だ。
私がハシで身をほぐすと、感動的なまでの芳香が沸き立ってくる。
水分が程よく飛んでいるのだろう、湯気までもが早く早くと私を急かしているように思えた。
私は牡蠣に、海に、命に、牡蠣をとってくれた漁師に、いつも自分を支えてくれる仲間たちに、自分を取り巻く全てに対して、無限の感謝を捧げた。
そして、牡蠣を食す。
「ジャポニア・ミィラコゥ!!!」
思わず母国語で叫んでいた。
何事かと出てきた妖精メイドたちを追い払い、牡蠣の食感を堪能する。
牡蠣特有のくにゃくにゃとした食感を残しつつ、それでいてやわらかすぎない完璧な焼き加減。
しょうゆと牡蠣の味に潜むコンブのやさしい風味。
それら全てが合わさって奏でられるハーモニーは、少しほろ苦い大人の味。
ガキんちょにはこの価値は分かるまい。
私は歓喜の渦に身を任せ、欲望のままに牡蠣を食べつくした。
◆
食事を終え、一息ついたところで空を見上げる。
夜空には満月。
薄く雲がかかっているが、月光を遮るには至らない。
館のみんなは寝ている時間。
起きているのは私とフランとパチェくらい。
フランは私といると嫌がるし、パチェはそもそも食事をしない。
いつか、3人でこの享楽を味わえる日が来るのだろうか。
そんな日を夢見ながら、持ってきたものを片付ける。
忘れ物がないか確認すると、私は静かにその場を後にした。
◆
「パチェ、ホッカイドーに行きたいの」
「私を便利屋か何かと勘違いしてない?」
「あなたこの間私に黙って魔法の触媒を経費で買ったでしょ」
「ヤー・マスター! ハコダテでしょうか? サッポロでしょうか?」
「あなたは話が早いから好きよ」
願わくば、この日々が末永く続かんことを。
了
後、一度宣言したことを覆しメインとも言える箇所にほたてちゃんを出したのは……。
いや、それにしても腹減ったな、さてカップヌードルシーフードはっと………。
なのでわたしは好きですよ
ただ失礼ながら100は付かないかな
パチュが経費をちょろまかすのはいつものことだったのかw