電光掲示板に映る文字は半分以上が英語、時折フランス語なども表示されている。
この掲示板を見るのも久しぶりだ。
前回来たときは大量の荷物を自分で持ってきたものだったが今回は違う。
「ぐ……あまりの重さに潰れそうだぜ……」
なぜなら助手のちゆりに全部持たせたから。
私、岡崎夢美とちゆりはさる大物科学者に招待されてアメリカにやってきたのだ。
なんかの学会発表が行われるとか聞いたけど詳細が書かれたEメールを見ていないので詳しくは知らない。
「それにしてもよくご主人様を招待する気になったな。事実上の追放状態だったのに」
「そうね。まあ招待主は『あの人』だしそんなに深く考えることはないと思うけど?」
私は以前学会で宗教の観点から現在の統一理論以外の可能性を指摘したことがある。
その前から魔法やオカルトの研究に没頭していて科学者の間で笑いものにされていた私の説は無論受け入れられることはなかった。
それどころか他の分野の研究もまともに相手をされなくなり、私が開発した原子力アンドロイドの研究も打ち切り。
愛想をつかされてしまったわけで、ちょうど教授職のオファーがあった日本の大学に研究の場を移すこととなったのだ。
すでに院を卒業していた私はそれでよかったのだが、当時から助手をしていたちゆりは在学中ということもあってアメリカに残っていた。
しかし昨年ちゆりが院を出たので大学に無理を言って助教授として採ってもらいコンビ復活を果たしたわけだ。
機械音痴で口も悪いちゆりだが、案外役に立つものだ。
気後れせずにミスを指摘してくれるし荷物持ちになる。
殴った時の感触がいいし反応も面白い。
あとは……ごめん思いつかなかった。
「どうしたんだ?そんなにジロジロ見たりして」
「いや、あんたの胸がいつになったら成長するのかなと思って」
「余計なお世話だぜ」
日本ではアメリカの牛乳には牛の乳の出が良くなるようにと投与された女性ホルモンが含まれていると言われている。
でも実際に渡米してわかった。
牛乳に限った話じゃなく、食い物全般が違う。
大学の同期の連中の食生活には呆れ返ったものだ。
まず野菜を食べる。
ベジタリアンなんじゃねえのと錯覚するレベルで野菜ばっか食べる。
その後が問題だ。
「体にいい野菜いっぱい食べたし、ちょっとくらい肉食べても大丈夫だよね」
そう言って半分以上脂身に見えるやけにでかいステーキやらなんやらを食う。
ちょっととかそういう次元じゃない量を食う。
もちろん食事中にはコーラがぶ飲み。
そらガタイ違うわ。
食事の量が日本とまるで違うもの。
あと信じられないことに豆腐はアメリカではデザート感覚だ。
フルーツ風味の豆腐とか普通に売ってる。
苺味のものを買ってみたが、苺の味がしなかった。
「和食は健康にいいね。半年日本に留学したら20キロ痩せたよ」
と100キロくらいは軽くありそうな先輩に言われたことがある。
日本にいる間何食ってたか聞いてみたら、カツ丼と牛丼が気に入って週に3回は必ず食ってたそうだ。
アメリカンフード恐るべし。
私もかなり食事に気をつけていたつもりだったがアメリカにいた数年で体重が人に言えないくらい増えた。
見た目そこまで太っているように見えなかったがウエスト測ったら悶絶した。
ついでに胸が結構大きくなった。
でも周りはもっと大きかった。
今思うと私は飛び入学で圧倒的に年下だったから当然の結果だったが。
日本に戻ったら体重が一気に減った。
ウエストは減ったけどバストとヒップは高い水準で維持できた。
アメリカと日本万歳。
しかしちゆりは背は伸びないし胸も膨らまない。
まだ15歳だからと虚勢を張るが正直今後も成長しない気がする。
「な、なんだよさっきからジロジロと」
「いや、このままちっちゃいままのちゆりも素敵ねって」
「……ふんだ」
あ、拗ねた。
こういうところも子どもっぽい。
まあそこが可愛いんだけど。
「ところでさ、ちゆり」
「今度はなんなんだ?」
「あんたもあのメイドさんみたいな格好してくんない?」
「ん?どんな格好……ってあれは御免被るぜ」
ふと視界に入るは赤い髪に白い肌、メイド服を細身の体にまとった少女。
そのまま誰かを探すようにウロウロしていたが、私と目が合うとこちらへ駆け寄ってきた。
なんだ?私にメイドのアンドロイドはいても知り合いはいないぞ?
「えーっと、岡崎教授でいらっしゃいますか?」
「え、ええ。私が岡崎だけど」
「お待ちしてました。私、カクタスカンパニーのエーリッヒのメイドであるVIVITと言います」
「……ああ、エーリッヒ翁の案内か。本人はどうしたのかしら?」
「ご主人様は今手が離せないとのことなので、私がお出迎えに参りました。早速ですがカクタスカンパニーにご案内しますね」
私をはるばるアメリカまで呼び出した張本人、エーリッヒ翁のメイドと名乗る少女に導かれビル街へと移動する私とちゆり。
大学時代に研究協力で彼にはだいぶ世話になったが元気にしているだろうか。
それにしてもこの少女、VIVITと言ったか?
こうしてよく観察してみると、どこかで昔見かけたような気がする。
あれは……数十年前に刊行された科学雑誌を図書館で読んでいた時だったろうか。
この少女とよく似た人物の写真を見たような……。
「はい、着きましたよ。応接室にお通ししますのでくつろいでお待ちください。」
「ん……ああ、ありがとね」
考え事をしていたらいつの間にか到着していたようだ。
だが、さっきの少女に感じた既視感、おそらく気のせいなのだろう。
数十年前に少女だった人間が今こうして同じ姿をしているはずがない。
他人の空似に決まってる。
いや、もしくはクローンか何かだろうか?
それはそれで素敵なことだが。
技術的に可能であるとはいえ、人類のクローンなど実際に見たことがない。
最新の科学に触れられるのは素敵だ。
「お茶が入りまし……きゃっ!?」
「ちょっと、大丈夫?」
「失敗しちゃいました、にゃはは……」
盛大にティーカップをひっくり返した。
あと笑い方が素敵。
メイドとしての経験は浅いのだろうか、なんとなく動きがぎこちない。
あわてて割れたカップの破片を箒で片付ける手際もどうも雑に見える。
ちゆりと大差ないのではないか?
馬鹿にされた気配を感じ取ったかちゆりが視線を向けてくるが気にかけることもなくVIVITの観察を続ける。
身長は平均的、細身で胸もさほど大きくないし体重は軽そうだ。
そして見るものを惹きつける綺麗な赤い髪に白い肌。
壊してしまいたくなるほどの儚い美貌を備えているこの少女は一体何者なのだろうか。
「よかったら手伝おうかしら」
「い、いえお構いなく!私の仕事ですから!」
あんまり手際が悪いもんだから見かねて助け舟を出したがあっさり断られてしまった。
なかなかに真面目なようだ。
ちゆりも見習って欲しい。
私の開発したメイド型アンドロイドのる~ことも仕事好きだが手際が悪い。
メイドというのは手際が悪いものなのだろうか?
先日数年ぶりに最新刊が発売されたラノベのメイド服を着せられている少女もドジっ娘だったな確か。
本来の目的からしてドジっ娘にメイドは向かないと思うがかわいいから許すことにしよう。
VIVITはようやく割れたカップを片付け終え、いそいそと新しいカップに紅茶を注いでいた。
お茶請けは苺のミルフィーユ、私の嗜好を知ってのことかは知らないが素直に喜んでおこう。
「素敵ね」
「どうも。ではお待たせしました。ただいま呼び出してきますので少々お待ち下さいね」
ぺこり、と音がしそうな感じに一礼してそそくさと立ち去るVIVIT。
ぱたりと閉じるドアにてとてとと歩くVIVIT。
擬音語を多用したくなる動きの数々を見てちゆりがようやく口を開いた。
「なんか生まれたての動物みたいなやつだな。危なっかしくて見ちゃいられないぜ」
「あんたも借りてきた猫みたいよ」
「う、うるさいな」
「まあちゆりの言うとおりなかなかのドジっ娘メイドね。うちの研究室に欲しいわ。素敵だし」
「ま○ちやる~ことで事足りてるぜ」
別に何人いても困ることはあるまい。
研究室はいくら片付けても散らかるし、毎日帰りが遅くなるから自炊するのも面倒だ。
あ、でもうちは狭いしあんまり人が入ると邪魔になりそうだ。
仕方ない、引き抜きは諦めるとするか……。
「ガチャ、ご主人様、こちらです」
「ああ、ありがとうVIV」
VIVITが自分でドアの開閉音を口にして入ってきた。
続いてエーリッヒ翁が入室してくる。
数年ぶりだがあまり変わった様子はない。
元気そうで何よりだ。
「お久しぶりですエーリッヒ翁」
「夢美、久しぶりですね。そちらの方は?」
「助手のちゆりです。ほらちゆり、カクタスカンパニーのエーリッヒ翁よ」
「は、はじめまして……」
「はじめまして。それと夢美、翁はやめてもらえませんか?」
じゃあどう呼べばいいのだろうか。
まあ彼は口ではそう言うがそこまで気にしない人間なのは知っている。
大学時代からそう言い続け、言われ続けているのだからもはや挨拶のようなものだ。
そこまで続けた私もどうかと思うが。
「今回はわざわざこんなところまでご足労ありがとうございます」
「歩いてませんけどね。それで、学会発表という名目でしたが一体どんな用事で私を?」
あれが建前なのはわかっている。
いくら彼が変わり者といっても事実上の追放状態にあり人間を学会に呼んだりはするまい。
エーリッヒ翁も「やはりわかっていたか」と言いたげな表情で話を続ける。
「ええ、君を呼び出した用事はこの娘のことなんですよ」
「この娘って……VIVITのことですか?」
「そう、VIVのことです」
なんのことだかさっぱり見えてこない。
愛称がVIVであること以外は。
この少女にわざわざ異国から私を呼び出すほどの何かがあるというのだろうか。
「口で説明するのも面倒ですね。ついてきてください」
「あ……はい。行くわよちゆり」
「お、おう……」
エーリッヒ翁に連れられて研究室と思しきところに入る。
様々な形状のエンジンを動かしていて、その出力具合を機械で読み取っているようだが……。
「これ、本当の数値ですか?並の動力源じゃありえないと思うんですが」
「本当の数値ですよ。これが我々が研究し続け、ついに実用化に至った新エネルギー『サボテンエネルギー』を使ったエンジンです」
「サボテンエネルギー……?」
随分と間抜けなネーミングだが、最近流行りのバイオエネルギーの一種だろうか。
しかしディスプレイに映し出された数値は原子力エネルギーで動くもののそれを上回っている。
名前通りに解釈するならばサボテンにそれほどのエネルギーが秘められているということだろうか。
実に素敵だ。
素敵なのだが。
「これとVIVITに何の関係があるんですか?」
「まだ説明の途中ですよ。これから私の家に来てもらいます。お茶でもしながらゆっくり話しましょう」
「はあ……」
今度は車に乗せられてエーリッヒ翁の家へ。
それにしてもこの車、ほとんどエンジン音がしないがハイブリッド車なのだろうか。
そう聞いてみたところ笑いながら返された。
「この車もサボテンエネルギーを利用してるんですよ。軍用の戦闘機にも採用が検討されてます」
「万能で素敵ですね、サボテンエネルギー」
「ええ、このエネルギーを持ってすれば超巨大飛行型空母や飛行戦艦を動かすことも可能です」
「よくSFに登場するようなアレですか」
「それです。しかし、このエネルギーが実用化されるには大きな困難がありましてね……」
それきりエーリッヒ翁は口を閉ざしてしまった。
それを見て私の脳内である仮説が生まれたのだが……ここで口にしてしまうほど私は無粋な人間ではない。
先程からいろいろ圧倒され続けてすっかり放心状態になっているちゆりはそんなことは思いつきもしないだろうが。
とにかく救いようのないアニメ最終回を迎えた十万馬力の少年や金髪ツインテールで百合趣味の魔法少女のことが思い出されて仕方なかった。
「着きましたよ。今鍵を開けますからどうぞ上がってください。」
邸宅、という表現が似合うだろうか。
メイドを雇っていても違和感が微塵もないアメリカンホームを目にするのも久しぶりだ。
VIVITが鍵を開け、ドアを大きく開いた。
「あ、おかえりなさーい。あらお客さんね。いらっしゃい」
「……どういうことなんですかエーリッヒ翁?」
「そういうことです」
なんというか……私の仮説は半分合っていたが残りの半分はいい意味で裏切られた。
なぜなら、我々を出迎えた少女はVIVITと瓜二つの容貌であり、
「お嬢様!?あまり出歩かれるとお体に障りますよ!?」
「もうすっかり元気よ。動かないでいるほうが体に悪いわ」
私の予想に反してめっちゃ元気だったからである。
「どうしたんだ?宝くじが下一桁だけ一等と違っていたような顔してるぜ」
「ほんとにそんな気分よ……」
「で、きっちり説明してもらいますよ!?」
「そうですね、君たちにすべてを話すことにしましょう」
数分後、我々はエーリッヒ邸で紅茶を片手に私とちゆりを呼び出した理由を聞いていた。
エーリッヒ翁が一枚の古びた写真を取り出して私達に渡してくる。
「これは……」
「数十年前に撮った、私とその娘ビビットの写真です」
間違いない。
私が以前図書館で見た雑誌にも同じ写真が載せられていた。
そして数十年前に撮られたものであるにもかかわらずビビットは、
我々を出迎えた少女と、そしてVIVITと全く同じ顔をしている。
「当時、私達親子は共同でサボテンエネルギーの研究をしていました」
「当時からカクタスカンパニーで?」
「ええ、しかし当時のサボテンエネルギーはまだまだ不安定なものでした」
紅茶を一口飲んで一呼吸置くエーリッヒ翁。
ちゆりはというとまだ状況が飲み込めないようで写真と2人の少女を見比べている。
「エネルギーが暴走する事故が起き、娘は機械にとらわれてしまったのです」
「機械に……?機械が意思を持ったかのように娘さんを?」
「その通りです。私は様々な手を尽くして娘を助けだそうとしましたが、軍隊ですらそれを成し遂げるのは不可能でした」
それもまた興味深い。
まあ私の作ったメイド型アンドロイドも人工知能を有してはいるのだが、自然に意思を持つというのは聞いたことがない。
「それから何十年も、私は娘を助け出すことのできる、そのために機械を倒すことのできる戦闘ロボットを作ることに没頭し続けました」
ロボットの開発は大学時代私も学んでいた。
そこでエーリッヒ翁に出会ったのだ。
彼の研究協力のお陰でる~こと達を作ることができた。
彼女たちは厳密に言うとアンドロイドだが。
「そしてついに、サボテンエネルギーで動く戦闘ロボットを作ることができたのです」
「サボテンエネルギーに対抗するためにサボテンエネルギーを使った」
「その通り。彼女……VIVは見事に娘を機械から救い出しました」
「……やっぱりVIVITは娘さんに似せて作ったロボット、厳密にはアンドロイドだったんですね」
日本人はこういう話が結構好きだ。
先程私が思い浮かべていた鉄腕ア○ムやフェ○ト・テスタ○ッサはその一例であるわけだが。
しかし彼らは「成長しない」「オリジナルとはどこか違う」という理由で創造主には冷たくあしらわれてしまう。
こうしたところも話の核になってくることが多いのだがVIVITの場合はそうでもなさそうだ。
「ところで、なんでVIVITはメイドとして置いているんですか?別に普通に生活させてもよさそうですけど」
「ああ、この娘は『メイド型戦闘ロボット』なんですよ。だから事が済んでからは正式にメイドとしたんです」
「……実の娘に瓜二つなのにメイド服を着せて戦わせたあげく正式なメイドにしたんですか?」
それはちょっと変人の一言じゃすまないような気がしてくる。
呆れ顔で娘のビビットであろう少女も口を挟んできた。
「しかも、VIVのメイド服は相手の攻撃にかすることでエネルギーを得る仕様だったのよ。破けるの前提の」
「本当に何考えてんですか」
しかしそれはちょっと見てみたかったかもしれない。
白い肌が破けたメイド服によって所々あらわになっている光景とは素敵だ。
「ま、まあいいじゃないですか。話を進めますよ」
「その前に、娘さんは何十年間も機械にとらわれていたのに姿が変わらなかったんですよね?なんでだかわかったんですか?」
「それですか?おそらくサボテンエネルギーの強い影響下にあったからだと思いますよ」
老化防止の効力もあるのかサボテンエネルギー。
ますます素敵じゃないか。
軍事用レベルだけでなくもっと一般に広まればいろんな分野に応用が効きそうだ。
「それでですね、ここからが本題です」
「前置きへのツッコミにまだ答えてもらってませんが、続けてください」
「VIVを、メイド文化の最先端である日本でしばらく修行させてもらえませんか?」
「……はい!?」
日本のメイド文化って萌えを前提にしたものであってあまり実用的でない気がするのだが、それでいいのだろうか。
「どうもこの娘はアメリカンスタイルのメイドにはあまり向いていないようです」
「それはなんとなくわかります」
「なので、日本流の『萌え』を身につけることでカバーして欲しいなと思いまして」
「あなたの口から萌えなんて言葉を聞く日が来るとは夢にも思いませんでしたよ」
それに萌えを身につけた所でエーリッヒ翁が望む方向に行くのかはわからないのだが。
加えて私の作ったメイド型アンドロイド達はあまりそういう方向に特化して……
「特化してた……めっちゃ特化してたわ……」
「ではお願いしますね」
「はい……」
なんだかんだで引き受けることになってしまった。
「よかったじゃないか。来て欲しかったんだろ?」
「そうなんだけどなんか悔しいわ……」
「岡崎教授、よろしくおねがいしますね!私、精一杯頑張らせて頂きますっ!」
「え、ええ。こちらこそよろしくね」
やる気充分のVIVITを見ているとそこまで心配はなさそうだが……。
戸惑う私にビビットが声をかけてきた。
「岡崎さん、VIVをお願いね。私に似てそそっかしいから迷惑をかけちゃうだろうけど」
「いえいえ、私は研究で忙しいから人手が増えるのは大助かりですよ」
「私にはそんな堅苦しくなく普通に接してもらっていいわよ。ビビットって呼んでちょうだい」
「わかったわビビット。私も夢美でいいわよ」
「ええ。よろしくね夢美」
エーリッヒ翁と共同でサボテンエネルギーの研究をしていたそうだし、研究のいい相談相手になりそうだ。
後でゆっくりとサボテンエネルギーについて聞かせてもらおう。
「さて……話もまとまったところで、どこか行きましょうか。せっかく来てもらったんですから楽しんでもらわないと」
「ご主人様、お嬢様のお身体が……」
「大丈夫よ、大丈夫。夢美にちゆり、どっか希望はある?」
ビビットの問いに間髪入れずにちゆりが即答する。
「私はディ○ニーランドがいいぜ」
「そうねえ……今日はフットボールのNYGの試合はやるのかしら?」
ちゆりに軽くげんこつを入れ、日本では余り見る機会のないアメフトの観戦を提案する。
いくら大丈夫と言っていても遊園地はビビットが心配だ。
かといって静かなところを提案してビビットに気を悪くされても困るし、スポーツ観戦で程々にエキサイトしようというチョイスをしてみた。
幾重にも区切られた攻撃を重ね、少しずつ前進するこのスポーツはフロンティアスピリットを体現していると謳われる。
今もアメリカで最も人気のスポーツであるのは、現在もアメリカ人に開拓者精神が残っているからなのだろうか。
実に素敵だ。
あまりアメフトに詳しくはないが、ぜひ一度見てみたい……のだが。
「フットボールよりベースボールにしましょうよ!私A-L○Dのサイン欲しいです!」
「それいいな!賛成だぜ!」
現役最多の通算本塁打数を誇るスターの前では開拓者精神は無力だった。
まあいいか。
時折研究室に遊びに来るヤマメに自慢してやることにしよう。
彼もスタメンを若手にゆずる日はそう遠くあるまい。
代打屋になる前に一度生で見ておくのも話の種になるだろう。
「仕方ないわね。じゃあ……私を野球につれてって?」
「さっすが!話がわかるぜ」
「あんたはもう少し話がわかるようになりなさいよ」
セブンス・イニング・ストレッチとも呼ばれる例の曲の内容は野球狂の女性が彼氏の演劇の誘いも断って野球に連れてってと頼むというものだったか。
ホームゲームの応援でお金を使い果たし、ピーナッツとクラッカー・ジャックを買ってもらえばもう家に帰れなくても構わない。
大した野球狂じゃないか。
もう何度も耳にした曲だが、改めて気に入った。
「……素敵ね」
「え?」
「何でもないわ、ほら行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください教授~!」
この掲示板を見るのも久しぶりだ。
前回来たときは大量の荷物を自分で持ってきたものだったが今回は違う。
「ぐ……あまりの重さに潰れそうだぜ……」
なぜなら助手のちゆりに全部持たせたから。
私、岡崎夢美とちゆりはさる大物科学者に招待されてアメリカにやってきたのだ。
なんかの学会発表が行われるとか聞いたけど詳細が書かれたEメールを見ていないので詳しくは知らない。
「それにしてもよくご主人様を招待する気になったな。事実上の追放状態だったのに」
「そうね。まあ招待主は『あの人』だしそんなに深く考えることはないと思うけど?」
私は以前学会で宗教の観点から現在の統一理論以外の可能性を指摘したことがある。
その前から魔法やオカルトの研究に没頭していて科学者の間で笑いものにされていた私の説は無論受け入れられることはなかった。
それどころか他の分野の研究もまともに相手をされなくなり、私が開発した原子力アンドロイドの研究も打ち切り。
愛想をつかされてしまったわけで、ちょうど教授職のオファーがあった日本の大学に研究の場を移すこととなったのだ。
すでに院を卒業していた私はそれでよかったのだが、当時から助手をしていたちゆりは在学中ということもあってアメリカに残っていた。
しかし昨年ちゆりが院を出たので大学に無理を言って助教授として採ってもらいコンビ復活を果たしたわけだ。
機械音痴で口も悪いちゆりだが、案外役に立つものだ。
気後れせずにミスを指摘してくれるし荷物持ちになる。
殴った時の感触がいいし反応も面白い。
あとは……ごめん思いつかなかった。
「どうしたんだ?そんなにジロジロ見たりして」
「いや、あんたの胸がいつになったら成長するのかなと思って」
「余計なお世話だぜ」
日本ではアメリカの牛乳には牛の乳の出が良くなるようにと投与された女性ホルモンが含まれていると言われている。
でも実際に渡米してわかった。
牛乳に限った話じゃなく、食い物全般が違う。
大学の同期の連中の食生活には呆れ返ったものだ。
まず野菜を食べる。
ベジタリアンなんじゃねえのと錯覚するレベルで野菜ばっか食べる。
その後が問題だ。
「体にいい野菜いっぱい食べたし、ちょっとくらい肉食べても大丈夫だよね」
そう言って半分以上脂身に見えるやけにでかいステーキやらなんやらを食う。
ちょっととかそういう次元じゃない量を食う。
もちろん食事中にはコーラがぶ飲み。
そらガタイ違うわ。
食事の量が日本とまるで違うもの。
あと信じられないことに豆腐はアメリカではデザート感覚だ。
フルーツ風味の豆腐とか普通に売ってる。
苺味のものを買ってみたが、苺の味がしなかった。
「和食は健康にいいね。半年日本に留学したら20キロ痩せたよ」
と100キロくらいは軽くありそうな先輩に言われたことがある。
日本にいる間何食ってたか聞いてみたら、カツ丼と牛丼が気に入って週に3回は必ず食ってたそうだ。
アメリカンフード恐るべし。
私もかなり食事に気をつけていたつもりだったがアメリカにいた数年で体重が人に言えないくらい増えた。
見た目そこまで太っているように見えなかったがウエスト測ったら悶絶した。
ついでに胸が結構大きくなった。
でも周りはもっと大きかった。
今思うと私は飛び入学で圧倒的に年下だったから当然の結果だったが。
日本に戻ったら体重が一気に減った。
ウエストは減ったけどバストとヒップは高い水準で維持できた。
アメリカと日本万歳。
しかしちゆりは背は伸びないし胸も膨らまない。
まだ15歳だからと虚勢を張るが正直今後も成長しない気がする。
「な、なんだよさっきからジロジロと」
「いや、このままちっちゃいままのちゆりも素敵ねって」
「……ふんだ」
あ、拗ねた。
こういうところも子どもっぽい。
まあそこが可愛いんだけど。
「ところでさ、ちゆり」
「今度はなんなんだ?」
「あんたもあのメイドさんみたいな格好してくんない?」
「ん?どんな格好……ってあれは御免被るぜ」
ふと視界に入るは赤い髪に白い肌、メイド服を細身の体にまとった少女。
そのまま誰かを探すようにウロウロしていたが、私と目が合うとこちらへ駆け寄ってきた。
なんだ?私にメイドのアンドロイドはいても知り合いはいないぞ?
「えーっと、岡崎教授でいらっしゃいますか?」
「え、ええ。私が岡崎だけど」
「お待ちしてました。私、カクタスカンパニーのエーリッヒのメイドであるVIVITと言います」
「……ああ、エーリッヒ翁の案内か。本人はどうしたのかしら?」
「ご主人様は今手が離せないとのことなので、私がお出迎えに参りました。早速ですがカクタスカンパニーにご案内しますね」
私をはるばるアメリカまで呼び出した張本人、エーリッヒ翁のメイドと名乗る少女に導かれビル街へと移動する私とちゆり。
大学時代に研究協力で彼にはだいぶ世話になったが元気にしているだろうか。
それにしてもこの少女、VIVITと言ったか?
こうしてよく観察してみると、どこかで昔見かけたような気がする。
あれは……数十年前に刊行された科学雑誌を図書館で読んでいた時だったろうか。
この少女とよく似た人物の写真を見たような……。
「はい、着きましたよ。応接室にお通ししますのでくつろいでお待ちください。」
「ん……ああ、ありがとね」
考え事をしていたらいつの間にか到着していたようだ。
だが、さっきの少女に感じた既視感、おそらく気のせいなのだろう。
数十年前に少女だった人間が今こうして同じ姿をしているはずがない。
他人の空似に決まってる。
いや、もしくはクローンか何かだろうか?
それはそれで素敵なことだが。
技術的に可能であるとはいえ、人類のクローンなど実際に見たことがない。
最新の科学に触れられるのは素敵だ。
「お茶が入りまし……きゃっ!?」
「ちょっと、大丈夫?」
「失敗しちゃいました、にゃはは……」
盛大にティーカップをひっくり返した。
あと笑い方が素敵。
メイドとしての経験は浅いのだろうか、なんとなく動きがぎこちない。
あわてて割れたカップの破片を箒で片付ける手際もどうも雑に見える。
ちゆりと大差ないのではないか?
馬鹿にされた気配を感じ取ったかちゆりが視線を向けてくるが気にかけることもなくVIVITの観察を続ける。
身長は平均的、細身で胸もさほど大きくないし体重は軽そうだ。
そして見るものを惹きつける綺麗な赤い髪に白い肌。
壊してしまいたくなるほどの儚い美貌を備えているこの少女は一体何者なのだろうか。
「よかったら手伝おうかしら」
「い、いえお構いなく!私の仕事ですから!」
あんまり手際が悪いもんだから見かねて助け舟を出したがあっさり断られてしまった。
なかなかに真面目なようだ。
ちゆりも見習って欲しい。
私の開発したメイド型アンドロイドのる~ことも仕事好きだが手際が悪い。
メイドというのは手際が悪いものなのだろうか?
先日数年ぶりに最新刊が発売されたラノベのメイド服を着せられている少女もドジっ娘だったな確か。
本来の目的からしてドジっ娘にメイドは向かないと思うがかわいいから許すことにしよう。
VIVITはようやく割れたカップを片付け終え、いそいそと新しいカップに紅茶を注いでいた。
お茶請けは苺のミルフィーユ、私の嗜好を知ってのことかは知らないが素直に喜んでおこう。
「素敵ね」
「どうも。ではお待たせしました。ただいま呼び出してきますので少々お待ち下さいね」
ぺこり、と音がしそうな感じに一礼してそそくさと立ち去るVIVIT。
ぱたりと閉じるドアにてとてとと歩くVIVIT。
擬音語を多用したくなる動きの数々を見てちゆりがようやく口を開いた。
「なんか生まれたての動物みたいなやつだな。危なっかしくて見ちゃいられないぜ」
「あんたも借りてきた猫みたいよ」
「う、うるさいな」
「まあちゆりの言うとおりなかなかのドジっ娘メイドね。うちの研究室に欲しいわ。素敵だし」
「ま○ちやる~ことで事足りてるぜ」
別に何人いても困ることはあるまい。
研究室はいくら片付けても散らかるし、毎日帰りが遅くなるから自炊するのも面倒だ。
あ、でもうちは狭いしあんまり人が入ると邪魔になりそうだ。
仕方ない、引き抜きは諦めるとするか……。
「ガチャ、ご主人様、こちらです」
「ああ、ありがとうVIV」
VIVITが自分でドアの開閉音を口にして入ってきた。
続いてエーリッヒ翁が入室してくる。
数年ぶりだがあまり変わった様子はない。
元気そうで何よりだ。
「お久しぶりですエーリッヒ翁」
「夢美、久しぶりですね。そちらの方は?」
「助手のちゆりです。ほらちゆり、カクタスカンパニーのエーリッヒ翁よ」
「は、はじめまして……」
「はじめまして。それと夢美、翁はやめてもらえませんか?」
じゃあどう呼べばいいのだろうか。
まあ彼は口ではそう言うがそこまで気にしない人間なのは知っている。
大学時代からそう言い続け、言われ続けているのだからもはや挨拶のようなものだ。
そこまで続けた私もどうかと思うが。
「今回はわざわざこんなところまでご足労ありがとうございます」
「歩いてませんけどね。それで、学会発表という名目でしたが一体どんな用事で私を?」
あれが建前なのはわかっている。
いくら彼が変わり者といっても事実上の追放状態にあり人間を学会に呼んだりはするまい。
エーリッヒ翁も「やはりわかっていたか」と言いたげな表情で話を続ける。
「ええ、君を呼び出した用事はこの娘のことなんですよ」
「この娘って……VIVITのことですか?」
「そう、VIVのことです」
なんのことだかさっぱり見えてこない。
愛称がVIVであること以外は。
この少女にわざわざ異国から私を呼び出すほどの何かがあるというのだろうか。
「口で説明するのも面倒ですね。ついてきてください」
「あ……はい。行くわよちゆり」
「お、おう……」
エーリッヒ翁に連れられて研究室と思しきところに入る。
様々な形状のエンジンを動かしていて、その出力具合を機械で読み取っているようだが……。
「これ、本当の数値ですか?並の動力源じゃありえないと思うんですが」
「本当の数値ですよ。これが我々が研究し続け、ついに実用化に至った新エネルギー『サボテンエネルギー』を使ったエンジンです」
「サボテンエネルギー……?」
随分と間抜けなネーミングだが、最近流行りのバイオエネルギーの一種だろうか。
しかしディスプレイに映し出された数値は原子力エネルギーで動くもののそれを上回っている。
名前通りに解釈するならばサボテンにそれほどのエネルギーが秘められているということだろうか。
実に素敵だ。
素敵なのだが。
「これとVIVITに何の関係があるんですか?」
「まだ説明の途中ですよ。これから私の家に来てもらいます。お茶でもしながらゆっくり話しましょう」
「はあ……」
今度は車に乗せられてエーリッヒ翁の家へ。
それにしてもこの車、ほとんどエンジン音がしないがハイブリッド車なのだろうか。
そう聞いてみたところ笑いながら返された。
「この車もサボテンエネルギーを利用してるんですよ。軍用の戦闘機にも採用が検討されてます」
「万能で素敵ですね、サボテンエネルギー」
「ええ、このエネルギーを持ってすれば超巨大飛行型空母や飛行戦艦を動かすことも可能です」
「よくSFに登場するようなアレですか」
「それです。しかし、このエネルギーが実用化されるには大きな困難がありましてね……」
それきりエーリッヒ翁は口を閉ざしてしまった。
それを見て私の脳内である仮説が生まれたのだが……ここで口にしてしまうほど私は無粋な人間ではない。
先程からいろいろ圧倒され続けてすっかり放心状態になっているちゆりはそんなことは思いつきもしないだろうが。
とにかく救いようのないアニメ最終回を迎えた十万馬力の少年や金髪ツインテールで百合趣味の魔法少女のことが思い出されて仕方なかった。
「着きましたよ。今鍵を開けますからどうぞ上がってください。」
邸宅、という表現が似合うだろうか。
メイドを雇っていても違和感が微塵もないアメリカンホームを目にするのも久しぶりだ。
VIVITが鍵を開け、ドアを大きく開いた。
「あ、おかえりなさーい。あらお客さんね。いらっしゃい」
「……どういうことなんですかエーリッヒ翁?」
「そういうことです」
なんというか……私の仮説は半分合っていたが残りの半分はいい意味で裏切られた。
なぜなら、我々を出迎えた少女はVIVITと瓜二つの容貌であり、
「お嬢様!?あまり出歩かれるとお体に障りますよ!?」
「もうすっかり元気よ。動かないでいるほうが体に悪いわ」
私の予想に反してめっちゃ元気だったからである。
「どうしたんだ?宝くじが下一桁だけ一等と違っていたような顔してるぜ」
「ほんとにそんな気分よ……」
「で、きっちり説明してもらいますよ!?」
「そうですね、君たちにすべてを話すことにしましょう」
数分後、我々はエーリッヒ邸で紅茶を片手に私とちゆりを呼び出した理由を聞いていた。
エーリッヒ翁が一枚の古びた写真を取り出して私達に渡してくる。
「これは……」
「数十年前に撮った、私とその娘ビビットの写真です」
間違いない。
私が以前図書館で見た雑誌にも同じ写真が載せられていた。
そして数十年前に撮られたものであるにもかかわらずビビットは、
我々を出迎えた少女と、そしてVIVITと全く同じ顔をしている。
「当時、私達親子は共同でサボテンエネルギーの研究をしていました」
「当時からカクタスカンパニーで?」
「ええ、しかし当時のサボテンエネルギーはまだまだ不安定なものでした」
紅茶を一口飲んで一呼吸置くエーリッヒ翁。
ちゆりはというとまだ状況が飲み込めないようで写真と2人の少女を見比べている。
「エネルギーが暴走する事故が起き、娘は機械にとらわれてしまったのです」
「機械に……?機械が意思を持ったかのように娘さんを?」
「その通りです。私は様々な手を尽くして娘を助けだそうとしましたが、軍隊ですらそれを成し遂げるのは不可能でした」
それもまた興味深い。
まあ私の作ったメイド型アンドロイドも人工知能を有してはいるのだが、自然に意思を持つというのは聞いたことがない。
「それから何十年も、私は娘を助け出すことのできる、そのために機械を倒すことのできる戦闘ロボットを作ることに没頭し続けました」
ロボットの開発は大学時代私も学んでいた。
そこでエーリッヒ翁に出会ったのだ。
彼の研究協力のお陰でる~こと達を作ることができた。
彼女たちは厳密に言うとアンドロイドだが。
「そしてついに、サボテンエネルギーで動く戦闘ロボットを作ることができたのです」
「サボテンエネルギーに対抗するためにサボテンエネルギーを使った」
「その通り。彼女……VIVは見事に娘を機械から救い出しました」
「……やっぱりVIVITは娘さんに似せて作ったロボット、厳密にはアンドロイドだったんですね」
日本人はこういう話が結構好きだ。
先程私が思い浮かべていた鉄腕ア○ムやフェ○ト・テスタ○ッサはその一例であるわけだが。
しかし彼らは「成長しない」「オリジナルとはどこか違う」という理由で創造主には冷たくあしらわれてしまう。
こうしたところも話の核になってくることが多いのだがVIVITの場合はそうでもなさそうだ。
「ところで、なんでVIVITはメイドとして置いているんですか?別に普通に生活させてもよさそうですけど」
「ああ、この娘は『メイド型戦闘ロボット』なんですよ。だから事が済んでからは正式にメイドとしたんです」
「……実の娘に瓜二つなのにメイド服を着せて戦わせたあげく正式なメイドにしたんですか?」
それはちょっと変人の一言じゃすまないような気がしてくる。
呆れ顔で娘のビビットであろう少女も口を挟んできた。
「しかも、VIVのメイド服は相手の攻撃にかすることでエネルギーを得る仕様だったのよ。破けるの前提の」
「本当に何考えてんですか」
しかしそれはちょっと見てみたかったかもしれない。
白い肌が破けたメイド服によって所々あらわになっている光景とは素敵だ。
「ま、まあいいじゃないですか。話を進めますよ」
「その前に、娘さんは何十年間も機械にとらわれていたのに姿が変わらなかったんですよね?なんでだかわかったんですか?」
「それですか?おそらくサボテンエネルギーの強い影響下にあったからだと思いますよ」
老化防止の効力もあるのかサボテンエネルギー。
ますます素敵じゃないか。
軍事用レベルだけでなくもっと一般に広まればいろんな分野に応用が効きそうだ。
「それでですね、ここからが本題です」
「前置きへのツッコミにまだ答えてもらってませんが、続けてください」
「VIVを、メイド文化の最先端である日本でしばらく修行させてもらえませんか?」
「……はい!?」
日本のメイド文化って萌えを前提にしたものであってあまり実用的でない気がするのだが、それでいいのだろうか。
「どうもこの娘はアメリカンスタイルのメイドにはあまり向いていないようです」
「それはなんとなくわかります」
「なので、日本流の『萌え』を身につけることでカバーして欲しいなと思いまして」
「あなたの口から萌えなんて言葉を聞く日が来るとは夢にも思いませんでしたよ」
それに萌えを身につけた所でエーリッヒ翁が望む方向に行くのかはわからないのだが。
加えて私の作ったメイド型アンドロイド達はあまりそういう方向に特化して……
「特化してた……めっちゃ特化してたわ……」
「ではお願いしますね」
「はい……」
なんだかんだで引き受けることになってしまった。
「よかったじゃないか。来て欲しかったんだろ?」
「そうなんだけどなんか悔しいわ……」
「岡崎教授、よろしくおねがいしますね!私、精一杯頑張らせて頂きますっ!」
「え、ええ。こちらこそよろしくね」
やる気充分のVIVITを見ているとそこまで心配はなさそうだが……。
戸惑う私にビビットが声をかけてきた。
「岡崎さん、VIVをお願いね。私に似てそそっかしいから迷惑をかけちゃうだろうけど」
「いえいえ、私は研究で忙しいから人手が増えるのは大助かりですよ」
「私にはそんな堅苦しくなく普通に接してもらっていいわよ。ビビットって呼んでちょうだい」
「わかったわビビット。私も夢美でいいわよ」
「ええ。よろしくね夢美」
エーリッヒ翁と共同でサボテンエネルギーの研究をしていたそうだし、研究のいい相談相手になりそうだ。
後でゆっくりとサボテンエネルギーについて聞かせてもらおう。
「さて……話もまとまったところで、どこか行きましょうか。せっかく来てもらったんですから楽しんでもらわないと」
「ご主人様、お嬢様のお身体が……」
「大丈夫よ、大丈夫。夢美にちゆり、どっか希望はある?」
ビビットの問いに間髪入れずにちゆりが即答する。
「私はディ○ニーランドがいいぜ」
「そうねえ……今日はフットボールのNYGの試合はやるのかしら?」
ちゆりに軽くげんこつを入れ、日本では余り見る機会のないアメフトの観戦を提案する。
いくら大丈夫と言っていても遊園地はビビットが心配だ。
かといって静かなところを提案してビビットに気を悪くされても困るし、スポーツ観戦で程々にエキサイトしようというチョイスをしてみた。
幾重にも区切られた攻撃を重ね、少しずつ前進するこのスポーツはフロンティアスピリットを体現していると謳われる。
今もアメリカで最も人気のスポーツであるのは、現在もアメリカ人に開拓者精神が残っているからなのだろうか。
実に素敵だ。
あまりアメフトに詳しくはないが、ぜひ一度見てみたい……のだが。
「フットボールよりベースボールにしましょうよ!私A-L○Dのサイン欲しいです!」
「それいいな!賛成だぜ!」
現役最多の通算本塁打数を誇るスターの前では開拓者精神は無力だった。
まあいいか。
時折研究室に遊びに来るヤマメに自慢してやることにしよう。
彼もスタメンを若手にゆずる日はそう遠くあるまい。
代打屋になる前に一度生で見ておくのも話の種になるだろう。
「仕方ないわね。じゃあ……私を野球につれてって?」
「さっすが!話がわかるぜ」
「あんたはもう少し話がわかるようになりなさいよ」
セブンス・イニング・ストレッチとも呼ばれる例の曲の内容は野球狂の女性が彼氏の演劇の誘いも断って野球に連れてってと頼むというものだったか。
ホームゲームの応援でお金を使い果たし、ピーナッツとクラッカー・ジャックを買ってもらえばもう家に帰れなくても構わない。
大した野球狂じゃないか。
もう何度も耳にした曲だが、改めて気に入った。
「……素敵ね」
「え?」
「何でもないわ、ほら行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください教授~!」
面白かったです。
番外編とはいえもう少しヤマメちゃんを絡ませた(会話の中などで)作品のほうが
タイトル的にもいい気がしますが、面白かったです。
次回を首を長くして待っております。