「へえ、なかなかいい感じじゃない」
丁寧に管理された花畑を見回しながら、花を愛する妖怪、風見幽香は機嫌良くそう呟いた。
「あの……、すみません……」
そんな彼女に恐る恐る声をかけるのは、ここ紅魔館の門番であり庭の花畑の管理も任されている妖怪、紅美鈴である。
「何かしら?」
「その……、ここの門を任されている身としては、勝手に庭に入られるのは困るのですが……」
「あら、声ならかけたはずだけど」
それは確かに間違いではなかった。
とはいっても、突然門の前に降りてきたと思ったら、
「邪魔するわね」
と、一言だけ言うとそのままずかずかと中に入っていったという、まるで押し入りのような形であったが。
「それとも、私を無理矢理にでも追い出してやろうというつもりかしら」
幽香がそう言って不敵に笑うと、反射的に美鈴は身構える。その顔には緊張が走り、冷たい汗が頬を伝った。
「……ふふ、冗談よ。別にここに攻め込んで来たわけではないわ。ちょっと花を見に来ただけよ。それが終わったらすぐ帰るわ」
幽香はそう言うと、花畑を見て回り始めた。
本来ならばそんなの問答無用と追い返すのが常なのだが、美鈴は幽香の行動を眺めているだけであった。
彼女が目の前にやってきて言葉を交わした時に見せた笑顔、美鈴はそこから感じ取った彼女の強さに対する恐怖で体が強張り、身動き一つ取れなかった。
強い者は大抵笑顔である。その言葉を心底実感させるほどの実力差を美鈴は感じ取っていた。
おそらく戦ってもまず勝ち目は無い。それに幸いなことに相手には今の所戦意は無い。ならばここは相手の意を汲み取った行動でやり過ごすのが最善だ。それは美鈴が長い経験の中で身につけた処世術の一つであった。
「さて、そろそろ頃合かしら」
しばらくの間花畑を見回っていた幽香が美鈴の前まで歩いてくる。
「なかなか良かったわよ。あなた、いい仕事しているわね。」
幽香はそう言って満足げな笑顔を見せた。そこには先ほど感じたような恐怖は感じない。
「……これなら次も期待できるかしら」
幽香が門の方へと足を向け歩き出した。それを確認した美鈴が声をかける。
「あ、お帰りですか?」
「いいえ、少し場所を変えるだけよ。ここだと花が傷ついてしまうもの」
「え……?」
幽香の言葉の意味がいまいちピンとこない美鈴であったが、幽香が途中で立ち止まり、こっちにきなさいと言うような目配せをするのを見て、あわてて後を追いかけた。
まだ幽香が何をするのかわからない状態であったし、何より彼女が機嫌を損ねて暴れたりしてしまってはたまらない。
美鈴が幽香に追いつくと、彼女は門の外で美鈴を待ち構えるように立っていた。
美鈴は周りを見渡すが、花を見に来たと言っていた彼女の周りに彼女が見て回るような花は見当たらない。
「あれ?」
「どうしたのかしら?」
「いえ、あなたは花を見に来たんですよね? それなのにここにそのような花は見当たらなかったので……」
「ええそうね、今は無いわ。だって、これから見せてもらうんだもの」
「え……と……、それはどういう……」
要領を得ない幽香との会話に戸惑う美鈴を見て、幽香は不敵に笑う。
「少し前に幻想郷が紅い霧に包まれた異変を覚えているかしら?」
「……はい、覚えています」
美鈴にとってそれは当然のことだ。何せ自分の主こそがその主犯であったのだから。
「あの時は大変だったわ。だって太陽の光がほとんど届かなくて、花達の元気が無くなっていたんだから。それはもう、霧を出している奴をふっ飛ばしてやろうかと思ったくらい」
その言葉を聞き、美鈴に緊張が走る。だが幽香はそれを意に介さないといったように話を続けた。
「言ったはずよ、攻め込みに来たわけじゃないって。……まあ、あのまま霧が晴れないままだったらそれも考えていたけど、その前にどっかの巫女が解決してしまったしね」
そう言いながらも幽香は残念そうに溜め息をついた。どうやら先を越されたこと自体は悔しかったらしい。
「だから霧のこと自体は今はもうどうでもいい。でもただ気になったことが一つあってね。今日はそれを確かめに来たの」
幽香は当時を思い出すように遠くを見つめた。
「あの霧が晴れる直前に、虹色の花を見たの……。そう、紅い空に咲き誇った美しい虹色の花……。とても綺麗だったわ。それはもう霧で気分を害されたことを忘れられる位に。そしてこう思った。あの花を霧なんかに邪魔されていない綺麗な空の下で見てみたいと……」
遠くを見つめていた幽香の焦点が美鈴に合わさる。
「妖気ですぐに判ったわ。あの虹色の花を咲かせたのはあなたなのでしょう? その美しい弾幕の花、私の目の前で見せてくれないかしら?」
美鈴に向けた笑顔が再び威圧感を放つ。それを感じた美鈴は意を決したように戦闘の構えを取った。
「……もう、結局戦うことになるんじゃないですか!」
「あら、これはただの遊びじゃない。本気で攻め込んできた私と戦うのに比べたらよっぽどましよ」
泣き言を言う美鈴に幽香はそう言い放つ。本来ならフォローでもなんでもない言葉だが、妙に説得力があるのが、幽香という妖怪の恐ろしさだろうか。
「さあ、あなたもガーデニングのプロのプライドがあるなら、私が納得するような最高の花を咲かせてみせなさい! そしてその花を枯らさないように必死になって頑張りなさい!」
幽香はそう言うと日傘を美鈴に向けて構える。
幽香の周りの空気が震えたように美鈴は感じた。
結果を先に言えば、幽香の圧勝だった。
美鈴は幽香が虹色の花のようだと比喩した弾幕を全力で繰り出したが、幽香はそれを涼しい顔でいなす。
そして「花を見る」の言葉どおり、その美しさをただ楽しむかのように眺め、それどころか時には自分の弾幕をまるで生け花をするかのように混ぜ込み、その光景を楽しむという余裕すら見せた。
やがて美鈴が疲れで限界を見せると、幽香は美鈴の周りを花の形をした弾幕で囲み逃げ道を封じ、彼女に狙いをつけて巨大な光撃を放つ。それは霧雨魔理沙のマスタースパークに似ていたが、その威力は段違いで、それを受け慣れていたはずの美鈴ですら堪え切れずあっさりと撃沈する。
それで決着だった。
「大丈夫? 死んでいたりしないかしら?」
「……ええ、おかげさまで……」
「そう、それは良かったわ。あの弾幕が見られなくなるのは困るもの。」
おかげさまというのは半分皮肉だったのだが幽香には全く通じていないようだった。とはいえ手加減のおかげで美鈴がこの程度の傷で済んでいるのも事実である。
「あいたたた……」
よろよろと美鈴が立ち上がる。流石にこのときばかりは自分の丈夫さに感謝する。
「あら、もう立ち上がれるんだ……。あなた、意外と強いのね」
「あなたに言われても皮肉にしか感じませんよ」
「そんなつもりはないんだけどね。実際素質はあると思うわよ」
幽香は先ほどの勝負を思い出しながら、考え事をしている様に首を傾ける。
「目の前で見させてもらったけどあなたの弾幕は本当に綺麗。正に虹色の花と呼ぶに相応しいわ。でもほぼ決まったパターンでばら撒いている感じだから、目が慣れると簡単に避けられるわ。弾幕に複雑なパターンが見られないあたり、もしかして弾幕はあまり得意じゃなかったりするのかしら?」
図星だといった感じで美鈴は「うっ」と言葉を漏らすと申し訳なさそうにうつむく。
「ふふ、何なら次は肉弾戦でやってみる?」
「いえ、それはお断りします!」
「あら、残念」
幽香がこぶしを握るのを見て、美鈴はあわてて断りの返事を返す。簡単な見立てではあるが幽香の力は鬼や吸血鬼に匹敵するのではないかというのが美鈴の見解だ。
「もっと力任せだけではなく弾幕のコントロールも身につけられれば、あなたはきっと化けるわよ。……ああでも、あまり凝り過ぎて花のような弾幕が見られなくなってしまうのは困るかも。あなたの今の弾幕、本当に綺麗だもの」
「お世辞を言っても何も出せませんよ」
「お世辞じゃないわ。私、あなたのこと気に入ったもの。虹色の弾幕は本当に綺麗だし、花の世話だって完璧と言っていいくらい。私が言うんだから間違いないわ。誇っていいくらいよ」
完全に上から目線の言葉だが、実際実力も花の知識も幽香の方が間違いなく上だろうし、花のことに関しては美鈴も誇りを持って取り組んでいただけに褒められるのは素直に嬉しかった。
「それにね……」
突然幽香が美鈴の肩を抱き、引き寄せる。息がかかるのが感じられる位に二人の距離は近づいていた。
「花の世話をしているせいかしら、あなたからは花のようないい香りがするわ。それとも本当はあなた自身が花だったりするのかしら?」
じっと自分の目を見つめる幽香の目に、美鈴は思わず吸い込まれそうになる。いや、どちらかといえば蛇に睨まれた蛙と言った方が近いだろうか。
「私ね、綺麗な花を見ると自分の物にしたくなるの。あなたの育てた花も、あなたの持つ虹色の花も、そしてあなた自身という花も。ここであなたの唇を奪ったら、それが全部手に入ったりするのかしら?」
幽香が腕にさらに力を込めて引き寄せる。美鈴は体を離すことも顔をそらすこともできぬまま、二人の顔が、そして唇が徐々に近づいていく。
恐怖のせいなのか、キスへの緊張のせいなのか自分でも判らなくなるくらい、美鈴の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
そして唇があと少しで触れそうになるまで近づいた時、美鈴は耐え切れずに目を閉じる。
唇に息がかかっているのを感じる。しかし、いくら時間が経っても唇が触れる様子はない。
美鈴が恐る恐る目を開けると、目を閉じる前より少し離れた所に、悪戯っぽく笑う幽香の笑顔があった。
「ふふ、冗談よ。花を無理矢理摘む趣味は無いわ。……それとも、あのまま最後までいった方が良かったかしら?」
美鈴は答えられなかった。心臓はまだ激しく脈打ち続けている。ただ固まったように幽香を見続けることしか出来なかった。
そんな美鈴を見て、幽香はまるで悪戯が成功してはしゃぐ子どもの様に無邪気に笑った。
「それじゃあ、またね。次に会う日を楽しみにしているわ」
予想以上の収穫に満足したのか、幽香は上機嫌で紅魔館を去っていく。
それを彼女が見えなくなくなるまで見届けると、美鈴はその場にへたり込んだ。
「はぁぁぁ……」
ようやく肩の荷が下りたといった感じで大きく溜め息をつく。
「ずいぶんとこっぴどくやられたようね」
「……咲夜さん」
気がつくとメイド長の十六夜咲夜が隣に立っていた。尤も、時を止められる彼女にとってそれはいつもどおりのことなので美鈴も特に驚いたりはしない。
「さて、手当てをしてあげるからこっち向いて」
用意していた救急箱を美鈴に見せながら、咲夜はそう言った。
「すみません、咲夜さん……」
咲夜に手当てされながら美鈴は呟く。
「それは何に謝っているのかしら? 手当てのことならこれは私が自分からやっているだけだし、もしさっきの勝負のことなら、あなたは格上の相手を見事に追い返したじゃない。よくやったわよ」
「でもボロ負けでした」
「あいつ相手なら仕方ないわ。それにあなた、あいつに認められていたじゃない。めったにないことよ。私だってあいつには認められていないんだから。……正直少し妬けちゃうわ」
「咲夜さん……」
「はい、終わりよ。妖怪のあなたには必要なかったかもしれないけど、何もしないよりは早く治るはずよ」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方よ。本当はね、あなた達が勝負を始めるずっと前からあいつのことは気づいていたの。でもあいつの機嫌が悪くなると面倒だから手を出さないでいた。異変のことを蒸し返すわけにもいかないからお嬢様も出れなかったしね。それで全部あなたに任せきりになってしまった。だからね、本当にお疲れ様」
美鈴の頭を撫でる様に手を当て咲夜は微笑む。それは感謝と労いのこもった最大限の笑顔だった。
「……それじゃあ、そろそろ私は仕事に戻るわね」
片付け終わった救急箱を持って咲夜は立ち上がる。
「今度あいつが来た時は私も一緒に相手するわ。あなただけに負担はかけられないしね」
「ふふ、ありがとうございます」
「いいのよ、このままあいつの好きなようにされるのも癪だし、それに……」
咲夜が言葉を止める。その目は美鈴の目を真っ直ぐに見つめていた。
「あいつに奪われたくないもの。私も虹色の花は大好きだもの……」
「え……、あの、咲夜さんそれって……?」
その問いかけには答えず、咲夜は館の方へ足早に駆けていく。
春の陽気があふれる紅魔館の庭先で、無数に咲き誇る花達だけがその様子をほほえましそうに眺めていた。
丁寧に管理された花畑を見回しながら、花を愛する妖怪、風見幽香は機嫌良くそう呟いた。
「あの……、すみません……」
そんな彼女に恐る恐る声をかけるのは、ここ紅魔館の門番であり庭の花畑の管理も任されている妖怪、紅美鈴である。
「何かしら?」
「その……、ここの門を任されている身としては、勝手に庭に入られるのは困るのですが……」
「あら、声ならかけたはずだけど」
それは確かに間違いではなかった。
とはいっても、突然門の前に降りてきたと思ったら、
「邪魔するわね」
と、一言だけ言うとそのままずかずかと中に入っていったという、まるで押し入りのような形であったが。
「それとも、私を無理矢理にでも追い出してやろうというつもりかしら」
幽香がそう言って不敵に笑うと、反射的に美鈴は身構える。その顔には緊張が走り、冷たい汗が頬を伝った。
「……ふふ、冗談よ。別にここに攻め込んで来たわけではないわ。ちょっと花を見に来ただけよ。それが終わったらすぐ帰るわ」
幽香はそう言うと、花畑を見て回り始めた。
本来ならばそんなの問答無用と追い返すのが常なのだが、美鈴は幽香の行動を眺めているだけであった。
彼女が目の前にやってきて言葉を交わした時に見せた笑顔、美鈴はそこから感じ取った彼女の強さに対する恐怖で体が強張り、身動き一つ取れなかった。
強い者は大抵笑顔である。その言葉を心底実感させるほどの実力差を美鈴は感じ取っていた。
おそらく戦ってもまず勝ち目は無い。それに幸いなことに相手には今の所戦意は無い。ならばここは相手の意を汲み取った行動でやり過ごすのが最善だ。それは美鈴が長い経験の中で身につけた処世術の一つであった。
「さて、そろそろ頃合かしら」
しばらくの間花畑を見回っていた幽香が美鈴の前まで歩いてくる。
「なかなか良かったわよ。あなた、いい仕事しているわね。」
幽香はそう言って満足げな笑顔を見せた。そこには先ほど感じたような恐怖は感じない。
「……これなら次も期待できるかしら」
幽香が門の方へと足を向け歩き出した。それを確認した美鈴が声をかける。
「あ、お帰りですか?」
「いいえ、少し場所を変えるだけよ。ここだと花が傷ついてしまうもの」
「え……?」
幽香の言葉の意味がいまいちピンとこない美鈴であったが、幽香が途中で立ち止まり、こっちにきなさいと言うような目配せをするのを見て、あわてて後を追いかけた。
まだ幽香が何をするのかわからない状態であったし、何より彼女が機嫌を損ねて暴れたりしてしまってはたまらない。
美鈴が幽香に追いつくと、彼女は門の外で美鈴を待ち構えるように立っていた。
美鈴は周りを見渡すが、花を見に来たと言っていた彼女の周りに彼女が見て回るような花は見当たらない。
「あれ?」
「どうしたのかしら?」
「いえ、あなたは花を見に来たんですよね? それなのにここにそのような花は見当たらなかったので……」
「ええそうね、今は無いわ。だって、これから見せてもらうんだもの」
「え……と……、それはどういう……」
要領を得ない幽香との会話に戸惑う美鈴を見て、幽香は不敵に笑う。
「少し前に幻想郷が紅い霧に包まれた異変を覚えているかしら?」
「……はい、覚えています」
美鈴にとってそれは当然のことだ。何せ自分の主こそがその主犯であったのだから。
「あの時は大変だったわ。だって太陽の光がほとんど届かなくて、花達の元気が無くなっていたんだから。それはもう、霧を出している奴をふっ飛ばしてやろうかと思ったくらい」
その言葉を聞き、美鈴に緊張が走る。だが幽香はそれを意に介さないといったように話を続けた。
「言ったはずよ、攻め込みに来たわけじゃないって。……まあ、あのまま霧が晴れないままだったらそれも考えていたけど、その前にどっかの巫女が解決してしまったしね」
そう言いながらも幽香は残念そうに溜め息をついた。どうやら先を越されたこと自体は悔しかったらしい。
「だから霧のこと自体は今はもうどうでもいい。でもただ気になったことが一つあってね。今日はそれを確かめに来たの」
幽香は当時を思い出すように遠くを見つめた。
「あの霧が晴れる直前に、虹色の花を見たの……。そう、紅い空に咲き誇った美しい虹色の花……。とても綺麗だったわ。それはもう霧で気分を害されたことを忘れられる位に。そしてこう思った。あの花を霧なんかに邪魔されていない綺麗な空の下で見てみたいと……」
遠くを見つめていた幽香の焦点が美鈴に合わさる。
「妖気ですぐに判ったわ。あの虹色の花を咲かせたのはあなたなのでしょう? その美しい弾幕の花、私の目の前で見せてくれないかしら?」
美鈴に向けた笑顔が再び威圧感を放つ。それを感じた美鈴は意を決したように戦闘の構えを取った。
「……もう、結局戦うことになるんじゃないですか!」
「あら、これはただの遊びじゃない。本気で攻め込んできた私と戦うのに比べたらよっぽどましよ」
泣き言を言う美鈴に幽香はそう言い放つ。本来ならフォローでもなんでもない言葉だが、妙に説得力があるのが、幽香という妖怪の恐ろしさだろうか。
「さあ、あなたもガーデニングのプロのプライドがあるなら、私が納得するような最高の花を咲かせてみせなさい! そしてその花を枯らさないように必死になって頑張りなさい!」
幽香はそう言うと日傘を美鈴に向けて構える。
幽香の周りの空気が震えたように美鈴は感じた。
結果を先に言えば、幽香の圧勝だった。
美鈴は幽香が虹色の花のようだと比喩した弾幕を全力で繰り出したが、幽香はそれを涼しい顔でいなす。
そして「花を見る」の言葉どおり、その美しさをただ楽しむかのように眺め、それどころか時には自分の弾幕をまるで生け花をするかのように混ぜ込み、その光景を楽しむという余裕すら見せた。
やがて美鈴が疲れで限界を見せると、幽香は美鈴の周りを花の形をした弾幕で囲み逃げ道を封じ、彼女に狙いをつけて巨大な光撃を放つ。それは霧雨魔理沙のマスタースパークに似ていたが、その威力は段違いで、それを受け慣れていたはずの美鈴ですら堪え切れずあっさりと撃沈する。
それで決着だった。
「大丈夫? 死んでいたりしないかしら?」
「……ええ、おかげさまで……」
「そう、それは良かったわ。あの弾幕が見られなくなるのは困るもの。」
おかげさまというのは半分皮肉だったのだが幽香には全く通じていないようだった。とはいえ手加減のおかげで美鈴がこの程度の傷で済んでいるのも事実である。
「あいたたた……」
よろよろと美鈴が立ち上がる。流石にこのときばかりは自分の丈夫さに感謝する。
「あら、もう立ち上がれるんだ……。あなた、意外と強いのね」
「あなたに言われても皮肉にしか感じませんよ」
「そんなつもりはないんだけどね。実際素質はあると思うわよ」
幽香は先ほどの勝負を思い出しながら、考え事をしている様に首を傾ける。
「目の前で見させてもらったけどあなたの弾幕は本当に綺麗。正に虹色の花と呼ぶに相応しいわ。でもほぼ決まったパターンでばら撒いている感じだから、目が慣れると簡単に避けられるわ。弾幕に複雑なパターンが見られないあたり、もしかして弾幕はあまり得意じゃなかったりするのかしら?」
図星だといった感じで美鈴は「うっ」と言葉を漏らすと申し訳なさそうにうつむく。
「ふふ、何なら次は肉弾戦でやってみる?」
「いえ、それはお断りします!」
「あら、残念」
幽香がこぶしを握るのを見て、美鈴はあわてて断りの返事を返す。簡単な見立てではあるが幽香の力は鬼や吸血鬼に匹敵するのではないかというのが美鈴の見解だ。
「もっと力任せだけではなく弾幕のコントロールも身につけられれば、あなたはきっと化けるわよ。……ああでも、あまり凝り過ぎて花のような弾幕が見られなくなってしまうのは困るかも。あなたの今の弾幕、本当に綺麗だもの」
「お世辞を言っても何も出せませんよ」
「お世辞じゃないわ。私、あなたのこと気に入ったもの。虹色の弾幕は本当に綺麗だし、花の世話だって完璧と言っていいくらい。私が言うんだから間違いないわ。誇っていいくらいよ」
完全に上から目線の言葉だが、実際実力も花の知識も幽香の方が間違いなく上だろうし、花のことに関しては美鈴も誇りを持って取り組んでいただけに褒められるのは素直に嬉しかった。
「それにね……」
突然幽香が美鈴の肩を抱き、引き寄せる。息がかかるのが感じられる位に二人の距離は近づいていた。
「花の世話をしているせいかしら、あなたからは花のようないい香りがするわ。それとも本当はあなた自身が花だったりするのかしら?」
じっと自分の目を見つめる幽香の目に、美鈴は思わず吸い込まれそうになる。いや、どちらかといえば蛇に睨まれた蛙と言った方が近いだろうか。
「私ね、綺麗な花を見ると自分の物にしたくなるの。あなたの育てた花も、あなたの持つ虹色の花も、そしてあなた自身という花も。ここであなたの唇を奪ったら、それが全部手に入ったりするのかしら?」
幽香が腕にさらに力を込めて引き寄せる。美鈴は体を離すことも顔をそらすこともできぬまま、二人の顔が、そして唇が徐々に近づいていく。
恐怖のせいなのか、キスへの緊張のせいなのか自分でも判らなくなるくらい、美鈴の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
そして唇があと少しで触れそうになるまで近づいた時、美鈴は耐え切れずに目を閉じる。
唇に息がかかっているのを感じる。しかし、いくら時間が経っても唇が触れる様子はない。
美鈴が恐る恐る目を開けると、目を閉じる前より少し離れた所に、悪戯っぽく笑う幽香の笑顔があった。
「ふふ、冗談よ。花を無理矢理摘む趣味は無いわ。……それとも、あのまま最後までいった方が良かったかしら?」
美鈴は答えられなかった。心臓はまだ激しく脈打ち続けている。ただ固まったように幽香を見続けることしか出来なかった。
そんな美鈴を見て、幽香はまるで悪戯が成功してはしゃぐ子どもの様に無邪気に笑った。
「それじゃあ、またね。次に会う日を楽しみにしているわ」
予想以上の収穫に満足したのか、幽香は上機嫌で紅魔館を去っていく。
それを彼女が見えなくなくなるまで見届けると、美鈴はその場にへたり込んだ。
「はぁぁぁ……」
ようやく肩の荷が下りたといった感じで大きく溜め息をつく。
「ずいぶんとこっぴどくやられたようね」
「……咲夜さん」
気がつくとメイド長の十六夜咲夜が隣に立っていた。尤も、時を止められる彼女にとってそれはいつもどおりのことなので美鈴も特に驚いたりはしない。
「さて、手当てをしてあげるからこっち向いて」
用意していた救急箱を美鈴に見せながら、咲夜はそう言った。
「すみません、咲夜さん……」
咲夜に手当てされながら美鈴は呟く。
「それは何に謝っているのかしら? 手当てのことならこれは私が自分からやっているだけだし、もしさっきの勝負のことなら、あなたは格上の相手を見事に追い返したじゃない。よくやったわよ」
「でもボロ負けでした」
「あいつ相手なら仕方ないわ。それにあなた、あいつに認められていたじゃない。めったにないことよ。私だってあいつには認められていないんだから。……正直少し妬けちゃうわ」
「咲夜さん……」
「はい、終わりよ。妖怪のあなたには必要なかったかもしれないけど、何もしないよりは早く治るはずよ」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方よ。本当はね、あなた達が勝負を始めるずっと前からあいつのことは気づいていたの。でもあいつの機嫌が悪くなると面倒だから手を出さないでいた。異変のことを蒸し返すわけにもいかないからお嬢様も出れなかったしね。それで全部あなたに任せきりになってしまった。だからね、本当にお疲れ様」
美鈴の頭を撫でる様に手を当て咲夜は微笑む。それは感謝と労いのこもった最大限の笑顔だった。
「……それじゃあ、そろそろ私は仕事に戻るわね」
片付け終わった救急箱を持って咲夜は立ち上がる。
「今度あいつが来た時は私も一緒に相手するわ。あなただけに負担はかけられないしね」
「ふふ、ありがとうございます」
「いいのよ、このままあいつの好きなようにされるのも癪だし、それに……」
咲夜が言葉を止める。その目は美鈴の目を真っ直ぐに見つめていた。
「あいつに奪われたくないもの。私も虹色の花は大好きだもの……」
「え……、あの、咲夜さんそれって……?」
その問いかけには答えず、咲夜は館の方へ足早に駆けていく。
春の陽気があふれる紅魔館の庭先で、無数に咲き誇る花達だけがその様子をほほえましそうに眺めていた。
めーさくもいいけど、花つながりで幽香との絡み合いも好きです。
むしろ此方のほうが好物ですかなー。
幽美はもっと流行ってもイイと思います。まる