*前作『はじめての本格的♀ガチレズパンツレンスリング』のキャラ置換バージョンです。
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「ねぇ衣玖。わたし実は衣玖のことが好きなのよね」
天子の衣玖への告白は、まったく唐突に行われた。
天子が衣玖の家に無理やり泊まりこんで、迷惑がる衣玖に無理やり飯を作らせている。告白は、そんなさなかにおこなわれた。
「は?」
台所に立つ衣玖がきょとんとした顔で振り向いた。
天子はソファーに寝そべったまま、ごく何気ない口調で続けた。
「ずっと前から好きだったの私。衣玖が。今まで黙ってたけど」
「……えっと、ジョークですか?」
「いやいや、マジ告白ですよ。私のお嫁さんになってよ、衣玖」
「はぁ?」
衣玖はしげしげと天子の表情を見つめた。天子は頭の後ろで腕枕をし、天井に向かって唇をぴるぴるとつばを飛ばしている。上着もスカートもぬいで、ラフな姿でくつろいでいる。ちなみに衣玖はエプロンすがた。どこをどうみても、告白には数百里も程遠い雰囲気だった。
「……えっと、すみません意味がわかりません」
「あはは。そっか」
ほんの一瞬、天子の表情がゆがんだ。が、すぐにそれは消えた。天子はまた、軽く笑い飛ばすような声色で言った。
「まぁいきなりの告白じゃあ、相手がいかなこの私であろうと、ふつう驚くでしょうけど」
「驚くっていうか……え? 本気ですか?」
「もう。そうだって言ってるじゃない」
天子はのんきそうな表情で衣玖に笑いかける。が、どことなく視線が熱い。
「つまりさ、喜べ永江衣玖よ、お前を天人の嫁にしてやろうーってことだよ」
衣玖はなんとも迷惑そうな顔つきでしばし視線を泳がせた後、さらりと答えた。
「えっと、それはもちろんNOですけど。私はあまり総領娘様のことが好きではありませんし……ていうかむしろうざいですし……今だって早く帰ってほしいですし……」
「……。そ、そっかー」
天子の表情は一見なにも変わらないようだった。が、あるいは表情を見せないようにロウの仮面をつけているようにも感じられる。どことなく強張っている。
天子は置物の向きをそっと変えるようにゆっくりと、再び天井を見上げた。
衣玖は何が起こったのか理解できていないようすだった。
「……え、ちょっと待ってください。なんだったんですか今の」
天子は答えなかった。
いつのまにか天子は手元に下界で買った絵巻本を開いており、それをぺらぺらとめくっている。
「あはは」
絵巻本を読んで天子けらけらと笑った。まるで今までの会話はなかったかのようだった。
「あの、ちょっと」
衣玖は完全に置いてけぼりにされた。
「さー、明日は天気がいいはずだし、霊夢のとこにでも遊びにいきましょ。衣玖もついてきなさいよね」
「一人でいってくださいよ……」
部屋の明かりを消して。それぞれ毛布にもぐる。衣玖はソファーで、天子はベッド。天人をさしおいて竜宮の使いごときがベッドを使うなということらしい。
天子はよく、衣玖の家に転がり込んでくる。家にいると父親がうるさいのだ。
灯りを消し。カーテンも閉じきった。夜の天界は、昼間にもまして静かだ。カーテンにしみ込む月明かりに、ふと光の音を想像してしまうほどに。
「あの、総領娘様?」
「んー?」
「……結局、さっきの話は、なんだったんですか?」
しばしの間をおいてから、天子が答えた。
「ふん、天人のジョークは竜宮の使いにはちょっと高尚すぎたのね」
どこか白々しい言い方であった。
「ええと、じゃあやっぱり冗談だったってことですか」
「頭のかたいこと。もっと笑いなさいよ」
それきり天子は何もいわなかった。寝返りを打って、衣玖に背を向けた。なにか会話がかみ合わないぎこちなさが、沈黙を呼んだ。
「……。冗談でよかったですよ。本気かと思ってぞっとしました。おやすみなさい」
天子のえらそうな言い方が気に入らなかったのか、衣玖はそう言い捨てた。
深夜のどこかで、衣玖はふと目を覚ました。
目覚めた理由を探してか、衣玖はあたりの暗闇を見回す。
「あれ?」
ベッドで寝ているはずの天子の姿がなかった。
「桃を盗み食いでもしてるのかしら」
衣玖は顔をしかめながら、あたりに耳を済ませた。
「……ん?」
――すん、すん。うぇぇん。うぇぇん。
暗がりのどこかから、すすり泣きをする声が聞こえる。押し殺しきれずに漏れ出している、そんな様子の泣き声。
「……総領娘様?」
衣玖はソファーから立ち上がると、足音を殺して、音の元をたどった。それほど広い家ではないから、音のでどころはすぐに特定できた。部屋を出てすぐ、トイレのドアの隙間から、灯りがもれている。天人も竜宮の使いもちゃんとうんこする。
衣玖は忍び足でドアの前に近づくと、肩耳をそっとドアに押し当てた。
――うっ、ぐすっ、ぐすっ、衣玖のばかぁ。
その泣き声は、間違いなく天子のものだった。
あまりに似つかわしくないその女の子らしい鳴き声に、衣玖は己の背中にさぶいぼがたつのを感じた。衣玖はただじっと、その声に耳を澄ませている。
「……」
すこししてから、衣玖は音をたてぬようそろりとドアから離れた。そしてゆっくりと、自分の寝ていたソファーへ戻る。
泣き声はまだ聞こえている。衣玖はソファーに座ると、しばし何かを思いつめ、小さく息を吐いた。
「なんてことでしょう……あれは本気だったんだわ」
衣玖はそううめいてソファーに倒れこむと、耳をふさぐように頭まで毛布をかぶった。
それでも泣き声はまだ耳に届いてくる。
翌朝。
衣玖の顔はこわばっていた。
「そ、総領娘様? 桃の焼き加減は半熟でよろしいですか?」
「あいよ~」
天子は寝起きのぬぼっとした顔をしている。それ以上でも、それ以下でもない。
衣玖は部屋の隅にそなえつけられた粗末なキッチンで朝食の準備をする。その合間にちらちらと後ろを振り返り、天子の様子を伺う。
「き、今日は、とても良い天気ですね」
「そうねー」
天子はいつもの様子と何も変わらないように見える。寝巻きのまま、眠そうな目でソファーにぐだり、寝癖のついた髪をぼりぼりとかきむしっている。昨夜の涙の影は、どれだけ衣玖が目をこらしても、どこにも見当たらなかった。
「さ、最近どうなん?」
「は?」
「い、いえ、今朝のお気分はどうでしょうか」
「んー、まぁ天気も良いし、桃の良いにおいもするし~、おおむね良いぞよ」
あくびまじりにふざけた調子でそう答える天子。
「そ、そうですか……」
衣玖はテーブルに焼いた桃、天水のくべられたコップを並べていく。そして自分もカーペットにペタンとお尻をおろした。
それらの間も、衣玖は奇妙なものを見る目つきで、時折天子をうかがっている。
「い、いただきましょうか……」
「ういー」
二人で手を合わせる。
衣玖は桃にマーガリンをぬり、それを齧りながら天界テレビのリモコンに手を伸ばす。
お天気お天人さんの元気な声が部屋に流れ始める。
衣玖はテレビをみながら、ちらちらと天子の顔色をうかがっている。あるべきはずの涙の後を、なんとか見つけようと躍起になっているようだった。
「あの、総領娘様」
「ん?」
「昨日の夜の話なのですが……」
「へ?」
天子は何のことだという様子で、きょとんとした顔をした。
衣玖はそんな天子におちょくられているように感じたのか、少しげんなりしたような顔を見せた。
「へ、じゃないですよ。ほら、総領娘が私を好きだって話です」
衣玖は再びキョトンとした顔したあと、
「ぷっ」
と噴出した。
「あっははははっ、やだ衣玖。あれは冗談だって言ったじゃない。まさか本気にしたんじゃないでしょうね?」
けたけたと笑う衣玖をうっとしそうに眺めながら、衣玖は言うかいうまいかを迷ってかしばしの間口ごもった。
「ああそうですよね私ったら馬鹿ですね――ということで忘れたいのですがね」
「……?」
怪訝な顔をする天子。うんざりとした顔で、衣玖は言った。
「総領娘様、昨日の夜、トイレで泣いてましたよね」
「へ……」
天子の目が泳ぐ。
「……起きてたの」
「はい。というか泣き声で目が覚めたのかと」
「……ふ、ふん。だから何よ。腹が痛くて泣いてただけよ」
「衣玖の馬鹿、とおっしゃっていました」
「そ、それは……衣玖の料理のせいで腹を壊したからよっ」
天子は顔を真っ赤にして、机をたたいた。目じりに涙が浮いている。
そんな天子の顔をみつめる衣玖の顔が、引きつる。
「総領娘様は昔から嘘が下手ですね……」
「はぁ!? な、何が嘘だって言うのよっ! な、何が言いたいのよ!」
ばんばんばんっと、天子がさらに机をたたく。その顔はトマトのように真っ赤だ。
衣玖は耐えられなくなって、机に身を乗り出して聞いた。必死に聞いた。
「ならば今一度確認させてください。お願いだからハッキリさせてください。あれは本当に冗談だったのですよね? ね? 総領娘様が私を好きなどと、あれはたんに私をからかったのですよね!?」
その時の天子の顔はヒソウの剣のごとく真っ赤に燃え上がっていた。しかしそのくせ、目は泣いているのだ。なきながら、天子は怒っている。いや、怒るのとは違うのかもしれない。感情を制御しきれずにただ爆発させているのだ。
「あ、あったりまえじゃない! 馬鹿じゃないの!? この天子様が竜宮の使いごときを好きですって!? うぬぼれるのもいいかげんにしなさいよねっ」
けれど衣玖は、激しく否定してみせる天子の本音を何もかも見透かしているようであった。そして、
「……うう、どうしましょう」
と、衣玖は頭を抱えた。
天子は、はぁはぁはぁ、と肩を激しく上下させている。
「衣玖の勘違いだって、いってるでしょ……衣玖のことなんか……衣玖のことなんか」
だがある瞬間天子はふと唇を噛み、うつむいた。そうしてしばらく苦々しそうに床にうなだれた。それから再び顔を上げたとき、天子の目には、観念したような、すがるような色が、あった。
「――衣玖、私ね……」
天子が何事かを言おうとしたそのとたんだった。
「あいやしばらくっ、総領娘様しばらくっ」
やけに時代がかった口調とともに、右の手の平大きく前に突き出し、天子を静止した。
「何よ」
「そ、その話は後にしましょう……」
「……なんでよ」
「せ、せっかくこんなにいいお天気なのですから……今日は良い気分ですごさせてください……」
「よくわかんないけど…・…まぁいいわ」
天子は少し頬を膨らませながら、うなずいた。会話は終わり、二人は言葉少なげに桃をつついた。
新鮮な美味しい桃のはずだが、衣玖はまるで変色して腐りかけた桃をかじっているような表情をしていた。
夕日にそまる空の中を、衣玖と天子が逆流れの星となって駆け上っていく。すべての地上世界は眼下にくだり、ふと視線を横にむければ、はるかな地平の果てに燃え尽きかけた日がしずんでいく。太陽の反対側を眺めれば、すでに夜が始まっている。
「今日は、楽しかったわねぇ衣玖」
「そりゃあれだけ暴れればさぞ楽しかったでしょう」
今日二人が訪れたのは博麗神社。暇そうに縁側で茶を飲んでいた霊夢とくだらないおしゃべりをして、その後魔理沙がやってきて、天子は魔理沙と弾幕ごっこをした。
「衣玖ったら、一緒に遊ぼうっていってるのに、ずーっと霊夢と一緒にお茶をのんでいるのだから」
「私は、お父君から総領娘様のお目付けをおおせつかっているのです。一緒になって遊ぶわけには」
「一緒に遊んだほうが、近くにいられるし楽しいしで一石二鳥でしょうに」
「あまり近づきすぎて騒動に巻き込まれたくありませんので。安全な距離から眺めていたいです」
「けれど、私が騒動をおこしたら衣玖もお父様にしかられるのでしょ」
「まこと理不尽ですがその通りです……」
ケタケタと悪びれもせず天子が笑った。
衣玖はやれやれとため息を吐き、地平に輝く夕日に再び視線を向ける。
夕日をうけて黄金色に輝く雲が、はるかかなたまで連なっている。そのまたさらに遠くへ、陽は沈もうとしている。ふと衣玖が隣をみると、めずらしく、天子も夕日に目をやっていた。こういった情緒さには、常日頃一切関心を払わない天子なのだが。
「――衣玖。私ね」
やけに改まった天子の声色。
「正直あまり聞きたくありませんが、何でしょう」
衣玖は、生意気な悪がきの世話役をおしつけられていやいや相手をしてやっている親戚のお姉さんのような顔をした。
「私ね――好きよ。衣玖のこと」
「……うっぷす」
ひゅう、と赤い風が二人をそよぐ。
衣玖は顔を引きつらせ、天子に視線を向けた。天子はにまにまとしつつも、ちょっぴり恥ずかしそうな顔をしている。
「お父様は今まで何人もの召使を私によこしたわ。けれど皆、すぐに逃げ出した。こんな長くに一緒にいてくれるのは……衣玖だけよ」
「――なぜ皆が逃げ出したか、考えてみたことはありますか……。ていうか総領娘様ご存知にとおり、お父君とてもえらいかたなのです。そんなお方に命令されれば、私はそれを断る度胸がないのです」
「それに、私をちゃんと叱ってくれるのは衣玖だけだわ。皆、腫れ物をあつかうみたいに私に接してきた」
「――正直なところ私もあまりかかわりたくないのですが、立場上叱らないわけにはいきませんし……」
「いつだったか、衣玖は本気で怒って、ものすごい稲妻で私の手と足を炭化させたことがあったわよね。あの時私は思ったの、衣玖は本気で私を見てくれる、叱ってくれるんだって……嬉しかった」
「――そりゃ口で言っても総領娘様は聞く耳もたないのですもの。時には堪忍袋の尾も切れますよ……」
「その後、私の手足が生え治るまで、衣玖は付きっ切りで看護してくれたわね」
「――お父君にご息女の手足を吹っ飛ばしたなんて知られたら、どんな罰を受けるかわかったものではありませんからね……」
「……衣玖!」
天子が、唐突に衣玖の胸に抱きついた。
「そ、総領娘様!?」
衣玖は震撼した。
「もうっ、真面目に聞いてよ! 私は本気でいってるんだからね!」
「冗談だと思いたいのです!」
「天界にいると何もかもが息苦しい。見えない何かが私を押し付けるの。でも、衣玖といるときだけは私、自然な気持ちでいられるの」
「そりゃ私は基本、なんでも総領娘様の言うことには従いますし……さぞ気分は良いでしょう」
「そういうことじゃないんだってば!」
天子は衣玖から離れると、衣玖をにらみつけた。
顔が赤いのは夕日に照らされるせいだけではなかった。目じりには、涙が浮かんでいる。
「もお! 腹立つわね! この私が好きっていってあげてるのよ? 本気でよ!? ちゃんと聞いてよ! 喜びなさいよ!」
「……」
衣玖は、小さくため息を吐いた。
「総領娘様は、世の中はなんでも自分の思い通りになると思っているのですものね」
冷たさを感じさせるほどのさめた目つきで、衣玖は天子の想いを切る。
天子は、まるでおびえたように、その視線から目をそらす。
「お説教なんか聴きたくないわ!」
「たしかに総領娘様は天人で、その上お父君はたいそうに偉いお方です。実際、たいていのことは思い通りになるでしょう」
「……」
「ですけどね、人の気持ちは、権威や威光だけでは、動かないのですよ。好きになれといわれて、好きになれるものではありません」
「……なによ、何がいいたいのよっ」
天子はうつむいて、肩を振るさせた。深い翡翠色の髪が、風に吹かれてもいないのに、ふわりと逆立ちはじめる。天子はかんしゃくを起こしそうになっている。
「私が好きだっていってるのに……衣玖は私を好きじゃないのっ……?」
「総領娘様は天衣無縫――しょせん龍宮の使いでしかない私には、ついていけないところがあります」
「……」
「次から次へと厄介ごとを起こされる。わがままは言いたいほうだい。正直、そばにいるとしんどいです」
衣玖がたんたんと述べる。
天子はうつむきながら、顔を歪ませて、歯を食いしばった。食いしばった歯の間から、悔し涙の声が漏れた。髪がふわりと逆立ちはじめる。天子は、癇癪を起こしかけている。周囲の意思を無視してすき放題生きてきた天子は、望まぬ現実を受け入れるすべを持たない。
「うーっ、うううーっ、何よぉっ、衣玖だけはずっと私と一緒にいてくれると思ったのに」
「私はね、総領娘様、穏やかに雲海を漂っているのがすきなのです。けれど総領娘様のおそばにいると、まるで嵐の中を翻弄されているよう」
「うううーっ! うううーっ!」
まさに怒髪天を衝くというありさまで、天子の癇癪は今にも爆発するかと思われた、が、
「……うっ、えぐっ、ひっくっ」
ある頂点を越えると、天子の怒りは急速にしぼんでいった。そしてその代わりに、飽和した感情は涙となって一気にあふれ、天子は、幼子のように泣きじゃくり始めた。
「うっ、ぐぅっ、衣玖の馬鹿ぁ、なによぉ、好きっていってるのに……」
その泣き声は、昨晩に衣玖が聞いたものとよく似通っていた。
衣玖はそんな天子をさめた表情でながめている。だがあるときふと瞳の奥に、何かゆれるような動きがあったかと思うと、衣玖はふいに微笑んだ。それは複雑な笑みだった。自分自身にあきれ、苦笑しているような笑み。
「ですが――」
囁くようにそういうと、衣玖はそっと、己の羽衣で、泣きじゃくる天子を包んだ。ふわりと、山のいただきを雲が包むように、天子を胸に抱き寄せた。
「ですがときには、そんなでも総領娘様をお可愛らしいと思ってしまうこともあります。今みたいに……。不遜をお許しいただきたいのですが、こうやっていじめてしまいたくなります。こんなことを言うと、総領娘様がまた調子にのるとわかっているのに。私は馬鹿です。総領娘様には一度徹底的に熱いお灸をすえるべきなのに」
衣玖は、震えている天子の頭にそっと頬ずりをした。
「お願いです総領娘様。私に時間をください。あなたを受け入れる時間を……。今すぐには、人生を棒にふる覚悟はつきません」
天子は衣玖の胸のなかでうつむいて、衣玖の胸に顔をこすり付けている。
ひっ、ひっ、と肩を震わせる間に、天子は言った。
「許す」
天子の瞳から滴った小さな涙の粒が、一滴の雨となって、はるか足元の地上へと落ちていった。
かなたの地平に夕日が沈みきるまで、衣玖はそのゆたかな衣で天子をつつみ、よしよしと頬ずりで頭をなでてやった。
数ヶ月がたつと、二人が逢引をはじめたという噂が幻想郷のそこかしこで声高に語られるようになった。
二人にはそれだけの話題性がある。特に、天子には。
かつて大規模な異変を引き起こした、天界屈指のわがまま不良娘。そんな天子の色恋話には、彼女を知る誰もが驚いた。
そしてもちろん、そのお相手にも関心は向けられる。
『幻想郷屈指の物好きだな』
衣玖は行く先々で、異口同音に何度もそうからかわれるハメになった。聞くところによると、稗田の求聞史紀の衣玖についての記述に『物好き』との一文が追記されたという。
うわさの出所は明らかだった。天子自身があちらこちらで声高に吹聴しているのである。衣玖が恥ずかしいからやめてくれといっても、天子は聞かない。
『――飛行中の聖輦船の甲板で日向ぼっこをしていた時だけど、雲海の上を浮遊するあの二人を見たよご主人。手をつないでのんびりと、仲よさそうだったね』
『あの二人? 誰のことですかナズーリン』
『にぶいなぁご主人。あの二人といえば、天人と竜宮の使いのことに決まってるだろう』
『おお、聞いたことがありますよ。身分の差を越えた純愛カップルだとかなんとか』
宴会中の博麗神社の一角でそんな会話がわいた。境内にはそこかしこに妖怪幽霊仙人妖精吸血鬼魔女宇宙人etc達がゴザを引いて、酒を片手に騒いでいる。
その喧騒の合間を縫って、境内の隅で酒をくべあっている衣玖と天子の元へ、そんな会話が流れてきた。
「……」
団子をつまもうとしていた衣玖の手がとまる。眉間にちょっぴり皺がよる。
「うふふ。衣玖、気にしないの」
天子は酒を傾けながら、きゃー噂になってる恥ずかしいなぁーという感じでござに腰掛けている尻をくねくねさせた。
また別のところから、
『しかし、どっちが先に告白したんだぜ?』
『河童仲間から聞いた話だと、竜宮の使いのほうからだって』
『ほお、衣玖のほうからか……あいつ天子のどこにほれたんだ?』
衣玖の眉間に更なる皺が刻まれた。
「今明らかな嘘が聞こえましたよ……」
「い、衣玖、怒ることないわ。ただのうわさ話よ。多少話しが捻じ曲がることもある」
「その噂話を流しているのは総領娘様でしょう」
「んーだってー、私のほうから告白しただなんて……恥ずかしいし」
「まったく総領娘様は……」
『なー青娥様? 恋人ってなに?』
『うふふ。私と芳香みたいな関係に、ちょっと似てるかしら』
『ほおー。じゃああの二人も一緒に風呂はいったり、寝たりするのか?』
『んー、多分そうでしょうし、これからそうなるでしょうね~うふふ』
『あややや、お二人ともちょっと失礼、天子さんを見ませんでしたか? 取材をさせてもらおうと思うのですが』
『たしか隅のほうでお二人でお酒を飲んでいたような……』
ガシっ、と衣玖は天子の手つかむと、無理やり立ち上がらせてその場から逃げ出した。裏手の森に駆け込み、姿を隠しながら博麗神社から離れていく。
「ちょっと衣玖、まだお酒が」
「飲んでる場合ですかっ」
「天狗が取材してくれるって言ってたのに」
「だから逃げるのでしょうが! 絶対だめですよ! あれに取材なんかされたらあることないこと言いふらされるに決まってます!」
「わたしは別にいいけどー」
「勘弁してください! 私は静かに暮らしたいのです」
空からみつからないように、森をつたって、博麗神社のある丘を下る。境内続く階段とは裏手の方向へ、二人は出た。林が終わると、目の前には丘を囲む細い農道が右から左へとのびている。道の向こうは草原。空をさえぎるものは何も無い。開けた場所ではあるが、すでに夜である。人気はまったくなかった。
衣玖はしばらく林のふちで空を警戒した。だが天狗が二人を探しに来る様子はなかった。
二人は農道へでると、博麗神社へ向かう道とは反対へと進み、分かれ道をなんどか曲がり、野原へとでた。
「静かですねぇ……」
夜風に草が鳴いている。真円に近い月明かりがあたりの闇をぼんやりと色めかせている。あたりはほとんど背の低い草原に追われて、その遠くに森や小高い山が黒々と見えるのみ。人気はまったくなかった。
「お酒……」
衣玖の隣を歩きながら、天子が名残惜しそうにつぶやいた。
苦笑いしながら、衣玖はそっと天子の肩を抱き寄せる。
「あ……」
天子は一寸驚いたものの、そのまま肩を寄せた。
しゃり、しゃり、と農道の土を踏みしめる静かな音が、あたりに響いた。
「良い夜ですね」
「ほんと衣玖は、こういうのが好きね」
「ええ、そうですよ」
「まぁ、付き合ってあげる」
「どうも」
しばらくのあいだ、口数少なく、二人は夜を散歩した。
告白の日から、衣玖はこういう時間をもてるよう、天子との仲をはぐくんできたのだ。
「……」
衣玖がちらりと、天子の顔に目をやる。
天子は、つまらないのか楽しいのかよく見通せない、すぅっとした表情で、前方に目をやっている。衣玖もまた、色の薄い表情でそんな天子を見つめている。
ふと月が雲にさえぎられ、あたりの野原が暗くなった。
衣玖は、天子の体をきゅっと抱き寄せた。
頭一つ背の低い天子の顔が、衣玖の鎖骨のあたりに埋もれる。衣玖の羽衣がふわりと、天子の体をくるんだ。
「衣玖?」
「最近、こうして静かに一緒にいると、ふとある瞬間に、総領娘様を愛おしいと感じることがあるのです」
「……えへへ」
「総領娘様、キス、いいですか?」
天子の前髪の付け根に鼻をうずめながら、衣玖が言った。
天子はうろたえた。
「え、ええー……やだ」
衣玖はげんなりとした顔をした。
「もう、総領娘様はどうしてそうわけのわからないところで淑女なのですか」
「だ、だってー、口と口を合わせるとか、む、むちゃくちゃよっ」
「何がですか」
「口と、口、だんて……ひゃぁ」
衣玖の胸のなかで、天子はうろたえた。
「もう……やっとそういう気分になれたと思ったら、こんどはお預けですか。ほんとうに総領娘様の我侭にはうんざりさせられます……」
衣玖がハァァと特大のため息で天子の頭を暖めたときであった。
「あっ」
衣玖の体が、ぴくりと痙攣した。
「え?」
天子がキョトンとする。
衣玖は天子の体を離すと、少しあわてていった。
「総領娘様、アレを、もっていませんか」
「あれ?」
「おし布です」
「……ありゃ、きたの」
「はい。そろそろ満月だというのに、油断していました」
「んー……予備はないのだけど……私が今つけてるのを貸したげる。私もそろそろだから一応つけといたけど、まだきてないし」
「すみません」
「しゃーない」
天子は衣玖に背を向けると、スカートをごそごそとした。そして手のひらほどの大きさの、厚めの素布を取り出した。背を向けたまま、肩越しにそれを衣玖にわたした。
普通は当然他人とこんな貸し借りをしない。
けれど二人にはできるのだ。
衣玖がごそごそとしていると、背を向けたままの天子がふと呟いた。
「やれやれ、しばらくはあんまし衣玖をからかえないわねぇ」
生理中の衣玖は、ちょっと凶暴になるのだ。
以前、生理中に衣玖を怒らせた天子は、激しい雷撃に両の手足を炭化されるハメになった。
さすがにそれ以降、衣玖の生理中だけは天子もおとなしくなったのである。
「口でわからなければ尻をたたけ……その典型ですね」
自宅で一人、衣玖は苦笑した。このごろは天子がいつもそばにいたが、ここ数日は一人である。生理中なので天子も遠慮しているのだろう。
「もちろん総領娘様はほんとうは賢いお方なのですが……ま、ちょっとお馬鹿なのです」
くすくす、と衣玖がわらった。
こんこん、と誰かが家のドアをたたいた。
おや、と衣玖は玄関に向かう。
「……さびしくなって、会いにきたのかも」
そういうことは、今までにも何度かあったのだ。
が、玄関を開けた先にいたのは、まったく予想していなかった妖怪であった。
「どもー」
「おや、射命丸さん」
衣玖の目が据わった。
「私の会いたくない妖怪ナンバー1の天狗様が、わざわざ天界まで何のようですか」
ドスのきいた声で出迎えられ、文は乾いた笑い声を上げた。そして弁解した。
「いやいや、取材に訪れたとかそういうわけではありません。ちょいとお渡ししておかねばと思うものがありまして」
何かされるまえにそそくさと、という感じで、文は肩掛け鞄から新聞を取り出した。
「文々。新聞ですか? あなたの新聞を購買するつもりは毛頭ありませんが」
「いえいえ。これは進呈させていただきます」
「いりません」
「まぁまぁ」
強引に新聞を手にとらせられ、衣玖はしぶしぶ一面を広げた。
そして硬直した。
「なっ……」
口からヒキガエルのような声がもれた。衣玖の眼球は激しく動き、飛び込んでくる文字を必死に追いかけた。
『――独占インタビュー・比那名居天子――』
『――竜宮の使いとの、許されぬ恋――』
『――「衣玖はさびしがりや。いつも私がそばにいてあげなければいけないの。でもそんなところも彼女の魅力」――』
新聞を持つ衣玖の手が震えた。
「な、なんですかこの記事はっ」
「いやぁ、先日、地上で一人暇そうにしていた天子さんをお見掛けしまして、インタビューを持ちかけたらあっさりと了承してくださって」
「あの……馬鹿娘っ」
「皆さん気になっていた件ですから、いやぁ、おかげさまで本日発行分すべて完売いたしました」
「か、完売」
「もちろん天子さんにも一部進呈させていただきましたが、やはり、衣玖さんにもと、そういうわけで……って、きいてます?」
衣玖の視線は新聞にくぎづけにされたまま焦点を失っていた。新聞を持つ両手にずいぶんと力がこもっている。新聞は今にも左右に引き裂かれてしまいそうになっている。
文はそんな衣玖の様子をみるにつけ、あらたなネタを見つけたようないやらしい顔をし始めた。
「……ははぁ、天子さんいわく、衣玖さんにも許可はとってあるということでしたが……」
何事か伺おうとして、ペンととメモ帳を取り出した。
が、
「……どけ。から揚げにしますよ、鳥」
「……お……っと」
衣玖の殺意がこめられた視線ににらまれ、文はそそくさとそれらをポケットにしまった。
衣玖は文を肩で押しのけ、玄関から外へむけ怒気のこもった一歩を踏み出した。
「お出かけですか」
文がにやにやとしながら聞いてくる。衣玖はそれを睨み返す。
「散歩です。……言ってをきますが、後をつけてきたりしたら、冗談ぬきでから揚げにしますから」
「は、は、これは怖い」
掛け値なしに本気の衣玖の声に、さすがに文も顔を引きつらせる。二人の頭上には、いつのまにか小さな雷雲が発生していて、時折まばゆい稲妻をびりびりと表面に這わせている。
衣玖は地をけって天界の空に飛び立った。
視線はするどく、表情は岩のように無機質で固い。
「どうしてくれましょう。手足を焼くぐらいではすませませんよ」
衣玖の声は本気だった。
「待て! 待ちなさい総領娘様!」
衣玖の怒声がとどろくと同時に、前に突き出されたその指さきから激しい稲妻がほとばしった。
青空に浮かぶ白亜の雲々の間を、稲妻が突き進んでいく。晴天にとどろく奇妙な稲妻。その稲妻の向かう先には、必死に逃げ回る天子の姿があった。
「誰が待つもんですか! 私を殺す気!?」
「殺す気はありません。ですがしばらくのあいだ身動きもおしゃべりもできない状態になっていただきます!」
「半殺しにする気じゃない!」
天子は悲鳴を上げながら、雲海の間を高速で逃げ飛び回る。衣玖はその後ろにぴったりと暗いつきながら、電撃を放ち続ける。後ろめたいのか、天子からの反撃はない。
「ええい!」
このままではまずいと悟ったか、天子は急激に高度をさげた。衣玖もそれに追従する。
雲はあというまにはるか上方へと遠のき、幻想郷の緑が眼下に広がり始める。
魔法の森、妖怪の山、紅魔館のほとりの湖、名も無い山々、二人のレースは稲妻をとどろかせながら、幻想郷のあらゆる空で行われた。
そして天子が最後に向かった先は――
「総領娘様め、人里に下りるつもりですね」
衣玖は舌打ちをした。人里付近では、さすがに暴れることができない。そんなことをすれば面倒な連中がでてくる。すでに人里は家の形を認識できるほどに近づいていた。
天子は人里に一直線に飛んでいく。ふと後ろを振り向くと、衣玖に向かって
「あっかんべー」
をした。
「このっ!」
衣玖の額に青筋が浮かぶ。
が、
「……やりようはいくらでもあります。もう容赦しませんよ」
衣玖は黒い笑みを浮かべた。
天子はわざわざ人里の中央広場に降り立った。そこは村の憩いの場になっているところで、この幻想郷でゆいいつ夜でもぽつりぽつりと人気が絶えないところである。
お昼時の今も、少なくない数の人間達がそこにいた。遊びまわる子供あり、腰掛で飯を食らうものもあり、また広場を囲む店にも、何人もの人間がいる。村人達は、突然空から降りてきた少女に、なんだなんだと視線を向け、警戒した。
すぐに村人の耳ざとい何人かが、降りてきた二人が、近頃幻想郷で噂になっている妖怪達だと気づいた。その情報がざわざわと広がるにつれ、いくらかはあった村人達の危機感もそれで薄れ、皆、どうしたどうしたと二人を遠巻きに眺めはじめる。
「そう怒らなくてもいいじゃない衣玖。ちょっと、おもしろおかしく大げさに、天狗の質問に答えただけよ」
村人がかこむなか、二人は数メートルの距離を保って対峙した。天子は、ここならば衣玖も手出しはできまいと、気を抜いている。そんな天子を、目が据わった衣玖がにらんでいる。
「言い訳をきくつもりは、もはや一切ありません」
衣玖がじゃりっと一歩天子に近づいた。天子は思わず後ずさりしそうになりつつも、不適な笑みを浮かべて、なんとかとどまった。
じゃり、じゃり、と二人の距離が縮まっていく。
「……い、言っとくけど、こんなところで暴れたら霊夢や紫みたいな連中が黙ってないんだからねっ」
「暴れる気はありませんよ……ただ、お仕置きをするだけです」
「な、なによ」
「総領娘様には精神的に半殺しになっていただきます……」
どういことだ、と天子が顔をしかめたその時だった、
――バチィ!
と、地面をむいていた衣玖の指さきから突然小さな稲妻がほとばしった。それは一瞬のうちに天子をうちぬいた。油断していた天子はそれをもろに喰らった。
おお!?
と、驚いた村人達がわずかに後ずさる。そんな中、天子は、
「がぴっ」
と悲鳴をあげて、体をこわばらせた。電撃により、数瞬の間からだの自由を失ったのだ。
衣玖はその隙にだっとかけて急接近し、足払いをかけた。天子の体はバランスを失い、ぐらりと後ろに傾く。そこを衣玖が、抱きとめた。
そして自身はひざまずき肩肘をたて、天子を腹ばいに寝かせた。
「ぐぇ」
と天子がうめく。
そして衣玖の眼前には、天子のでん部が、さぁどうぞといわんばかりに差し出されている。スカートの上からでも、その小ぶりなお尻がありありと想像できる。
天子は上半身をだらりとたれさげながら、
「ま、まひゃか」
とろれつの回りきらない声でうめいた。
「総領娘様、お覚悟」
衣玖が冷断な声でそういった、直後、天子の長スカートを、べろりと捲り上げた。質素で控えめな薄水色の綿パンがあらわになる。
――おお!?
村人達が再びざわめいた。
天子は一瞬何が起こったかわからないようであったが、自身の下半身に感じる風通しのよさを理解したのか、悲鳴をあげた。
「い、衣玖! なにしてんの!?」
「悪い子には、決まっているでしょう……尻たたきです」
「ちょっ!」
天子が抗議するまもなくである。衣玖は天子の控えめな綿パンに手をかけると、そのままズルリと膝上まで引きずりおとした。
天子の形のよいでん部が、あるはれた日の昼下がり、衆人観衆のもとにさらけだされた。
――うおお!
村人の(とくに男衆の)奇妙に力のこもった声がとどろく。
「ぎゃー! ぎゃー! 衣玖! 何してんのよー!」
当然天子は狂ったようにあばれる。が、衣玖はそのたびに、
――バチィ!
と弱めの電流を発し、天子の体の自由を奪った。そして、天子が騒ぐのがうるさいのか、自身のまとた長い衣の一部を天子にくわえさせ、さるぐつわにした。
「むがー! むがー!」
うめく天子に、衣玖はびしりと言った。
「さぁおしおきです。総領娘様は注目されるのがほんとうにお好きなようですね。皆に注目されて、さぞ幸せでしょう――」
そして衣玖は右手の手をふりあげる。チチチチとその手のひらが帯電している。そして、天子の尻へ、思い切り振り下ろされる。
――パチィン!
「うー! うー!」
――パチィン!
天子がいくら身をよじろうと、衣玖の尻たたきはとまらなかった。
村人達は、次第に紅くなっていく天子の尻を、言葉を失って見詰めている。
衣玖は、天子の尻をたたくためだけに生まれてきたマシーンのようになって、ひたすらに尻をたたいた。
天子は涙におぼれた瞳の奥で、自分の尻に向けられる村人達の好奇の視線をうつろに眺めている。
「おい、お前ら! 何をしているんだ!」
村人の輪の一部から、慧音が首を突き出した。恥辱に犯され瞳の色を失いつつある天子と、無表情にただ尻をうち続ける衣玖をみて、慧音の顔を青くなった。
「やめないかお前達! 痴話喧嘩か!? と、とにかく私の家へ行こう! 何もこんなところで――」
慧音が輪を飛び出して、二人のもとへ駆け寄ろうとしたそのときだった。
輪の別のところから、突然に文とはたて飛び出してきた。そして慧音を両脇から羽交い絞めにした。
「なんだお前ら! 離さないか!」
「慧音さん慧音さん、いけません。二人の邪魔をしてはいけませんよ」
「そうだそうだ」
天狗に両脇から腕をつかまれては、さすがに慧音も振りほどくことができない。
「私達は偶然たまたまここに通りすがっただけのですが――」
と、文が妙に声高く、衣玖にもはっきりと聞き取れるような声で、そう言った。
「なんとやらは犬も食わないと言うではありませんか。邪魔立てはいけません」
「いかんいかんよ」
「馬鹿を言うな! まっぴるまからこんなところで尻をたたくなんて――うおー! 離せ、離さんかー!」
慧音の怒声は、次第に遠ざかっていた。
そしてあとには、
――パチィン! パチィン!
という痛々しくも卑猥なを発し続ける二人と、その折檻を固唾を呑んでみつめる村人達だけが残った。
『 ――白昼の熱愛スパンキング!! 天人様は激しいのがお好き!?――』
『――愛の下克上!? 禁断の公開ラブ&スパーキン!!――』
翌日の文々。新聞、そして 花果子念報にはそんなセンセーショナルな文字がでかでかと一面を飾った。
天子は衣玖の家に引きこもった。
もう誰にも顔を合わせられない、とめそめそと泣き続けた。噂は天子父の耳にも届いていたようだったが、二人の問題だ、と関知しないつもりらしかった。一通、「慎め」という手紙は届いていたが。
天子は衣玖のベッドで三日三晩しくしくと泣き続け、衣玖はそんな天子をベッドの中で抱いてやった。少しは、やりすぎたという念があるようだった。もう、生理も終わっている。
「数日前にはあんなに恥ずかしいインタビューを得意げにのせてたくせに。今回のははずかしがるのですか?」
「尻をたたかれる記事をのせられたのよ! あたりまえでしょ!」
「私には違いがわかりませんねぇ……」
天子は寝返りをうって衣玖にぷいと背中を向けてしまった。
「衣玖と私は仲良しなんだって、新聞にのせてもらえたら、嬉しいに決まってるじゃない」
「気持ちは嬉しいですが……私はそういうことが嫌なのです。わかっているでしょう? 私にとっては、お尻をたたかれる記事と同じくらい、嫌だったのです」
「……うるさいっ、私はのせてほしかたのっ」
ふぅ、と衣玖はため息をついた。
「あいかわらず、総領娘様は我侭ばかり」
天子はもう何も答えなかった。
衣玖はその背中にそと身を寄せると、おなかに腕をまわして、天子の身体を抱き寄せた。その豊かな髪の毛に、顔をうもれさせる。
衣玖は、そのまま耳元にそっとつぶやいた。
「少しだけ、私のことを嫌いになりましたか?」
ぴくりと、天子の肩が揺れる。そして天子は再び寝返りをうつと、鼻と鼻とがぶつかるくらいの距離で、衣玖をにらんだ。
すう、すう、という天子の鼻息が、衣玖の人中にあたる。
「……」
天子はただ黙って、じっと衣玖をにらんだ。
衣玖がクスリとわらった。
「そうだ、時には私の我侭もきいてくださいな」
「……?」
天子がけげんそうな顔をした。
衣玖が少しだけ顎を前にやった。
二人の唇と唇が、ちゅっ、と触れ合った。
天子が、その場で垂直に一メートル飛び上がった。
てんこに萌えた(笑)
あと最初の方名前が天子じゃない部分が
ゆかれいむとか(チラッ
ゆかれいむとか(チラッチラッ
あとゆかれいむとか(チラッチラッチラッ
シリーズ化期待していいんですかこれ
誤字報告を
》蓮子の表情は一見なにも
》蓮子は置物の向きを
蓮子→天子
》そう起こらなくてもいいじゃない衣玖。
起こら→怒ら
》目が据わったいくがにらんでいる。
いく→衣玖
他の方が言うように、他のカップリングでも期待できそうで嬉しいです(チラッ
ほとばしる百合百合しさ
止まらぬにやけ
読む場所には気をつけようと思いました
難しいとは思いますが他の面々verも見てみたいですね
>>言ってをきますが
おきますが
需要なんか知ったことか!
それにしても流れはほぼ同じなのに改変後が完全にギャグになっているとか、その柔軟さが妬ましいですw
>ていうか総領娘様ご存知のとおり ?(御存じorご存知かはグレーなので割愛)
衣玖はその後ろにぴったりと暗いつきながら
>衣玖はその後ろにぴったりと食らいつきながら
雲はあというまに
>雲はあっというまに
自身のまとた長い衣の一部を
>自身のまとった長い衣の一部を
「……うるさいっ、私はのせてほしかたのっ」
>「……うるさいっ、私はのせてほしかったのっ」 (ここは舌足らずな喋り方という事で間違いでは無いのかも?)
いくてんが豊作で感無量。
天子攻めかと思いきや衣久さん攻めだった、いいぞもっと(ry