「てめえら、ファッションパンクだ」
見ず知らずの亡霊にいきなりそんな事を言われた場合、どのように返答するのがベストなのだろうか。
プリズムリバー三姉妹はパンクバンドじゃないとか、そもそもお前は何者だとか、言いたい事は山ほどあるのだが、何から言っていいものやら見当もつかない。
「……ふん、やっぱりファッションパンクかよ。まあピストルズ亡き今ホンモノのパンクを名乗れるのは、私たち『豪族乱舞』だけなんだけどな」
私が何も言わないのをいいことに、このオツムの足りなそうな亡霊は勝手に話を進めてしまいやがった。
そもそもピストルズって何だ。豪族乱舞とは何者だ。
「一週間後、人里で豪族乱舞の復活記念ライブをやる。文句があるならてめえらを対バンとして招いてやんよ。豪族乱舞のモットーは喧嘩上等、以和為貴だクソッタレー!」
亡霊は私に向かってアホ顔ダブルファックポーズをキメた後、上機嫌でどこかへ去っていってしまった。
さて、訳の分からないまま喧嘩を売られてしまったわけだが、我々プリズムリバーとしてはどう対処すべきだろうか?
もちろん三女である私の一存では決められないため、ここは一度洋館に帰って姉さんたちと相談しなければなるまい。
「駄目じゃないリリカ。そういう時は『あァ? クソが、てめえらこそファッションパンクだろうが』って返さなきゃ」
まさかルナサ姉さんの口から「クソ」などという単語を聞く日がこようとは。
長生きはしてみるものだね。いや、騒霊だから生きてはいないんだけどさ。
「そうそう。どうせならキーボードでガツンと一発ブン殴ってやるくらいの事をしないと。このギョーカイ、ナメられたらそこで試合終了よぉ?」
メルラン姉さんは相変わらず楽しそうでなにより……しかし、それはちょっと野蛮すぎるのではなかろうか?
どちらか一人を連れ歩いていたら、今頃血で血を洗う真昼の惨劇にまで発展していたかもしれないね。
「おうおう何だいこのクソでっけえお屋敷はよう……このブルジョワどもが」
げげっ、さっきのイカレ亡霊! 噂をすればなんとやらってヤツ?
厄介な奴に住所を知られてしまったものだ。嫌がらせとかされなきゃいいけど。
「あなたにブルジョワとか言われたくないものねえ、古代日本のアッパークラスである蘇我屠自古さん?」
「ほう、そっちの白いのは私の事を知ってるようだな。だったら話が早い」
「まあ二人とも落ち着きなさい。あなたには妹が随分お世話になったみたいじゃないの、このクサレファッションパンクが」
「あァ? 口の利き方には気ィつけた方がいいぞ? ただでさえ黒いアンタが、私の稲妻でもっと黒くコゲちまう前にな」
なんていうか……もうね。この人たちのノリにはついていけないわ。
コイツの対応は姉さんたちに任せて、私は大人しくしていようかしら。
何かあった時巻き込まれるのは嫌だからね。
「業務連絡だクソッタレども。我々の復活ライブは人里で行う予定だったが……上白沢とかいうクサレビッチの猛反対に遭ってやむなく変更となった」
「彼女は堅物だからねえ。復活そのものが無かった事にされなかっただけ幸運と思いなさい」
「余計なお世話だ根暗ゴス女。現在代わりの場所を探してるって事だけ伝えに来た。それじゃあアバヨ、クソッタレー!」
彼女は再びアホ顔ダブルファックポーズをキメた後、唾を吐き捨てて去っていった。
それにしても律儀なやつ。わざわざそんな事を言うためにここまでやって来るとはね。
「面白い事になってきたわね、メルラン」
「ええ。まさかあの豪族乱舞とやりあえる日が来るとは。長生きはしてみるものね」
いやいや私たち生きてないし……っていうか姉さんたち、あいつらの事知ってるの?
何だろう、なんだかすっごく悲しい気分になってきた。
私だけ仲間はずれにされた気分だわ。まあ慣れっこと言えば慣れっこなんだけどさ。
「一週間で出来るだけの事をしておかないと。姉さん、早速準備にかかりましょう」
「そうね。なんたって相手はあの豪族乱舞なんだもの。一筋縄で勝てる相手ではないわ」
そう言って姉さんたちは奥の部屋へと引っ込んでしまった……やっぱり仲間はずれじゃないか。
まあいいさ。あんなイカレ野郎どもの相手なんて、姉さんたちで勝手にやればいい。
私には関わりのねえことでござんす……ぐすん。
「九品寺の夜景を背にム~ド~♪ 高め高ぶる君セミヌ~ド~♪」
嫌な事があった時やハートに傷がついた時、私はミスティア・ローレライの屋台を訪れることにしている。
彼女の歌は相変わらず騒がしい上に意味不明だが、酒を飲みながら聞く分には丁度いい。
「気だるい会話抜きにしてキュ~ト~なニュ~ボ~にチュ~を~♪」
前言撤回。こりゃひどい。
彼女は歌詞の意味を理解しているのだろうか? 理解しているなら尚の事ひどい。
「どうしましたお嬢さん。なにやら浮かない顔をされているようですが」
いつの間にか私の隣に座っていた客が、私の手に指を絡めながら囁いてきた。
重力への反抗心を窺わせる逆立った頭髪と、いささか大き過ぎるように見えるヘッドホン。
こいつも音楽関係者か何かかしら? パンクロッカーとかじゃなければいいのだけど。
「ああ、私とした事が失礼致しました。何分目覚めてから日が浅いもので、まだ判断力が鈍っているようなのですよ」
ツンツン髪の女は、豊聡耳神子と名乗った。
私に言わせれば随分とエキセントリックな名前の持ち主だが、まあ幻想郷じゃあ珍しくもないのかもしれない。
それにしてもこの人の声、やたらと頭の中で響くなあ。エコーがかかってるというか何というか……。
「君はとても深い悲しみを背負っているようだ。どうでしょう? 私でよければ相談に乗ってさしあげますよ」
こちらを覗き込んで来る彼女の瞳、とても澄んでいて綺麗だ……。
イケない事とは分かっていても、ついつい誘惑に甘えたくなってしまう。
だがそれも仕方の無い事だろう。私のような除け者を受け入れてくれるのなら、彼女が何者であろうと構わない。
「ふふふ……そうです。安心して私に身を委ねなさい。そして君が持つ全ての欲望を、この私が全身の毛穴で受け止めてあげましょう!」
彼女はぐっと体を押しつけてきて、そして……ああもう、言えるかこんな事。
もう好きにして。我ながら情けない話だけど、こんなに優しくされたらもう耐えられない。
知り合いにも見られてるのに……いや、店の主であるミスティアはと言えば、澄ました顔で余所見なんかをしていらっしゃるよ。
こういう状況には慣れっこなのかもしれないね。でも、後で言い触らされたりしたら嫌だなあ。
「いいぞ……! さあ、もっと欲望を解放するのです! さあ、さあ、さあ!」
「チェストオオオオオオオオオオオオォッ!」
あと少し、あと少しで私の全てが解放されてしまいそうなところで、突然何者かの奇声が轟き、神子の居た席が爆発した。
いや、爆発ではない。斬撃だ。私の足元から僅か数センチの場所に、見覚えのある刀が突き刺さっている。
そしてこれまた見覚えのある少女がその刀を引き抜いて、数間先に飛び退いた神子と対峙した。
「魂魄妖夢……人の恋路を邪魔立てするとは感心しませんね」
「何が恋路よこのナンパ野郎が。リリカ! こいつはあなたの敵、豪族乱舞のリーダーよ!」
えっ。何なのこの状況。
色々と急展開過ぎて頭が上手く回らないっていうか、まあさっきまで色々とアレな事をされていた所為もあるんでしょうけど、えーっと、何だろう。
それにしてもミスティアはまだ知らん振りしてるよ。こんな状況も慣れっこなのかねえ。慣れすぎるのもどうかと思うわ。うん。
「勝負の前に対バンを潰しにかかるとは……どこまでも汚い連中だこと。もう斬り潰す以外に解決の道は無いわ!」
「まあ待ちなさい。君はなにか思い違いをしているようね」
「御意見問答一切無用! 十億万土になりなさいっ!」
殺意バリバリの妖夢と違って、神子に戦闘の意志は無いらしい。
彼女は最初の数撃を適当にあしらうと、そのまま異空間へと姿を眩ましてしまった。
「チッ、逃がしたか」
妖夢が刀を納めた時の、チンッという小気味良い音が響き渡った。おいミスティア、なぜ反応した。
しかし……何故彼女が私の味方をするのだろうか?
白玉楼と我々の関係はあくまでビジネスライクなものであり、今回の勝負とは一切無関係のはずなのだが。
「私としても連中には色々と思うところがあってね……って、そんな事はどうでもいいわ! えーっと、義憤よ義憤! 勝負というものは常に正々堂々とあらねばならない訳であって……」
「そういえば妖夢、あなた仙人になったって本当なの?」
ミスティアの何気ない質問に、妖夢が彫像の如く固まってしまった。
そういや少し前に西行寺幽々子がそんな事言い触らしてたっけか。そりゃあもう幻想郷のあっちこっちで大袈裟に。
仙人になると血の気が多くなるのかしら……いやいや、妖夢は前からこんな感じだったっけ。
「……するな」
「えっ?」
「もう仙人の話はするなって言ったじゃないですかアアアアアアァッ!」
「ええええええぇ私聞いてないいいいいいいいぃっ!」
妖夢がキレました。今のところ理由は不明。
しっかしミスティアも災難だねえ。せっかくさっきまで華麗にスルーを決め込んでたのに、ちょっとでも口を開けばご覧の有様だよ。
それにしても妖夢よ、お前一体何故キレた?
「ぜえーっ、ぜえーっ……これは罠よ! 私と幽々子様を仲違いさせようとする、豪族乱舞の卑劣極まりないワナなのよっ!」
「うーっ♪ ワナっ!」
「まだ生きてやがったかこの夜雀があああああああああああああぁ!」
「ビッグファイト派手にやられたって心は折れないの♪ チンギス・ハンだって私から勝利を奪えないの♪」
「なんだそりゃラップじゃねえか歌はどうしたああああああぁっ!?」
うーむ、よくわからんがつまりこういう事だろうか?
豪族乱舞が流したニセの情報に幽々子が引っ掛かり、妖夢についての荒唐無稽な噂が流れてしまった、と。
詳しい話は妖夢に聞いてみなけりゃ分からないけど、この分じゃとても聞けそうにないなあ。
あ、でもルナサ姉さんが居れば少しはマシになるかもね。花の異変の時みたいに後ろにいてくれればなあ……いや、それも困るか。
よりにもよって敵のリーダーにあんなことも! こんなことも! されちゃってる姿なんか姉さんたちには見せられないよう。ぐすん。
「日本中が聞き耳を立てるワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツー♪」
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!」
あっ、これは珍しい。
ミスティア勝った! ミスティア・ローレライ勝ちました!
だからどうしたって話よね。もう。
「ぐうぅ……腕を上げたな夜雀め……」
「ちんちーん! いつまでも被捕食者やってると思ったら大間違いよー!」
「その腕を見込んで頼みがあります。今度の勝負で、あなたにプリズムリバーのボーカルを務めていただきたいのですが如何でしょうかッッッ」
「ええっ!? いきなり何の話!?」
さっきまで殺しあってた相手にいきなり土下座なんかされたら、ミスティアじゃなくてもそりゃ驚くわ。
っていうか妖夢キャラ変わりすぎでしょ。ホント安定しないわねこいつのキャラ。
まあいつも通りって言えばいつも通り……かな?
「プリズムリバーには勝っていただかないと困るんですッ。私の無念を晴らしていただかねばならんのですッ」
「いやいや、リリカ超困ってるよ!? 大体プリズムリバーにボーカルなんて要らないと思うし!」
「莫迦な事を……ボーカルも無しにパンク対決に挑むなんて、武器を持たずに戦場に赴くようなものではないかッッッ」
何ていうかその……余計なお世話ってカンジよね。
つーかさっきから何なのよコイツのテンションは。ルナサ姉さんとメルラン姉さんの演奏をステレオで聴いたってここまで酷くはならないでしょ。
そもそもパンク対決なんざするつもりは無いし。何が悲しくて相手の土俵で勝負しなけりゃならんのさ。まったく。
「……イヤならいいんですよ? 歌も歌えない夜雀なんて、幽々子様のおゆはんにするより他に使い道がありませんからねえ」
「西行寺幽々子の名前を出せば私が怯むとでも思ってるの!? バッカみたい!」
「おやおや……いいんですか? 幽々子様呼んじゃいますよ?」
「いいから呼びなさいよ! 好きなだけ呼べばいいじゃない! 1ボスに降格した幽々子が何人束になってかかってこようと私は絶対、絶対ッ……!」
ああ待ってミスティア! その先は、その先は絶対に言ってはいけない気がする!
「絶対幽々子なんかに負けたりしないッ!」
ん? その後ミスティアがどうなったかって? ああ、やっぱり幽々子には勝てなかったよ……。
そんなわけで彼女はプリズムリバーのボーカルを務める事となり、現在洋館で姉さんたちにパンクロッカーとしての特訓を受けています。
私は除け者、除け者~♪ ……ぐすん。
それから数日後。
相変わらずハブられっぱなしの私は、やるせない思いを抱えたまま人里を徘徊していた。
屋台での一件以来、豊聡耳神子の顔が頭から離れずに困っている。
あーいかんなぁ……こんな……いかん、いかん……。
「ごきげんようリリカ。あなたっていつも一人でブラブラしてるのねえ」
……いかんなぁ。
よりによってこんな気分の時に、“あの”風見幽香に捕捉されてしまうなんて。
「出来のいい姉妹の中で埋没したくないのか、でなければ単に一匹狼を気取っているだけなのか。いずれにせよ、そんなあなたの姿……嫌いじゃないわ!」
へえ、そうですか。
それじゃあ私は帰りますのでさようなぐふっ!?
「まあお待ちなさいな。ライブ会場を探しているのでしょう? だったら私が所有する『太陽の畑』を使うといいわ」
さーて、どこから突っ込んでやったらよいものか……。
まずひとつ、何ゆえライブの話を知ってやがりますか貴様は。そういえば妖夢も知ってたみたいだけど何でだろうね。
それと太陽の畑ってあんたの所有物じゃないでしょ。確か勝手に居ついてるだけじゃなかったっけぐげげげげ。
あと傘! ヒトの首に傘の持つとこ引っ掛けるのやめてくれないかなあマジで死んじゃう死んじゃうあっ私騒霊だから死なないっけじゃあ苦しいだけだあがががが。
「もうリリカったら。そんなに照れなくてもいいじゃないの。ほら、みんながこっちを見てるわよ?」
見てねえよ! 誰一人として見てねえよ! みんな露骨に目ェ逸らして去って行ってるよ!
まあ関わりたくないだろうしね。私だってあっち側に居たら見なかったフリするもん。絶対に。
「あれを見なさい。幻想郷中があなたたちの勝負にホットな視線を注いでいるわ」
彼女が指差した方を見てみると……何だアレ。
ポスターじゃんか! プリズムリバーVS豪族乱舞のポスターじゃんか!
一体誰が、何時の間に!?
“幻想郷爆殺パンクまつり ~そして、オレたちは伝説となる……~”
私も「オレたち」に含まれてしまっているのだろうか。一体全体誰が考えたんだよこのキャッチコピー。
しかも不恰好なことに、開催地のところだけ空欄になってやんの。ダッセー。
「私が手塩にかけて育てたプリズムリバーと、伝説のパンクバンド豪族乱舞の一騎打ちか……長生きはしてみるものね」
ちょっと待て、オマエに育ててもらった覚えはないぞ。せいぜい太陽の畑を何回か使わせてもらっただけだろうが。
それとアンタは長く生き過ぎだろ。もう死んでもいい頃だって閻魔様が言ってた気がするぞ。よく知らないけど。
「そうそう、太陽の畑はシーズンオフだから好きに暴れてくれて構わないわ。せいぜい派手にやってちょうだいな。楽しみに待ってるわね」
何だってあんなに楽しそうなのかは分からないが、とにかく彼女が去ってくれた事で私は一命を取り留める事ができた。
いやまあ、死なないんだけどさ。少なくとも物理的にはね。
しかし精神の疲労は如何ともし難く、私はしばらくその場にへたり込んで回復を待つ事にする。
「アルティメット親切な妖怪さんの御協力により、豪族乱舞の復活ライブは太陽の畑で開催決定! さあさあ芳香、これから全部のポスターを手直しに行くわよ!」
「ぬあーにぃー!? あれを全部手直しに行こうと言うのかぁ!?」
「気合よ気合、根性よ根性! 敏腕マネージャーには一秒たりとも休息の時間は無いのであった……!?」
うわっ、何か妙にテンションの高い二人組と目が合っちゃったよ。
ポスターを手直しするとか言ってるけど、アレを貼ったのってもしかしなくてもコイツらなんだろうなあ。
嫌だなあ、絡まれたくないなあ……ああダメっぽい。こっち来た、こっち来んな!
「あら? あらあらあらぁ!? あなたひょっとしてあの有名なプリズムリバー三姉妹のソロ担当、リリカ・プリズムリバー様では御座いませんこと!? なんたる偶然! なんたる僥倖!」
ああ、思った通り面倒臭そうなヤツだったよ。
しかしソロ担当ねえ……私の世間での評価ってのはそういう形に落ち着いてるのかい。
レイラ……世界の悪意が見えるようだよ……。
「何を隠そう私どもは、あなた方のグルーピーになりたい一心でこのようなポスターまで作ってしまった、ただの善良なる一ファンでして……ほらほら芳香、あなたも御挨拶して!」
「私の名前は宮古芳香! 崇高なるパンクバンド、豪族乱舞のドラマーを務める戦士である!」
「ちょっ!? ちょっちょっちょっ芳香ちゃん!?」
「そしてコイツは霍青娥! 我が主であると同時に、お前たちプリズムリバーを滅殺すべく策略を巡らす、豪族乱舞のマネージャーだ! 気軽に青娥娘々と呼ぶがいい!」
「いやあああああああぁ芳香ちゃああああああああああんどうしてバラしちゃうのおおおおおおおおおおぉっ!?」
うん。まあ、わかってはいたよ。敏腕マネージャーがどうとか言ってたもんね。
お前らが豪族乱舞の関係者だって事くらい賢い私には全部まるっとお見通しでおいおいちょっと待てコイツら敵じゃん!
やばい! 今の私じゃタイマン張るのもキツいってのに、二対一とか絶対勝ち目ないだろ!
このままじゃ良くてこいつらの奴隷、下手すりゃ消滅も有り得るかもね。レイラ、もうすぐそっちに行く事になりそうだよ……。
「ふッ……わたくし共の素性が知られてしまったからには仕方ありません。かくなる上はあなたにも……」
青娥とかいう女はいきなり落ち着きを取り戻すと、一枚の紙を取り出しながら私に迫ってきた。
あれは何だ? サイズは少し大きいけど、そっちの動く死体っぽい奴の額に貼ってあるのと同じ様なものか?
ああそうか、きっとあの紙切れで操ってるんだ。そんでもって死体が操れるなら騒霊もイケるだろうって、そういう理屈かい。
「この中傷ビラをバラ撒くのを手伝っていただきましょうッ!」
違ったよ!
つーか何だと中傷ビラだと!? どうせ私たち姉妹について有る事無い事書きまくった怪文書だろう!
そんなもん配らされるくらいなら、腹の中に爆弾でも詰め込まれた挙句、姉さんたちの所まで歩かされた方がまだマシよ。
ていうかそれ位の事されるもんだと思ってたのになあ。そういう事好きそうな顔してるもん、この青娥娘々ってやつ。
「……あなた、何かものすごく物騒で失礼な想像してませんこと!? ええい、芳香! この娘に事情を説明しておやりなさい!」
「まーかーせーろー! このビラに書かれているのはなぁ……お前たちではなく我々豪族乱舞に対するネガティブキャンペーンなのだぁ!」
ネガティブキャンペーンが書かれているって、ちょっと言い方おかしくない?
いやいやそうじゃくて、こいつら自分たちに対してネガキャン張るつもりなのか?
それもわざわざこの私に手伝わせてまで……君たち豪族乱舞は、わけがわからないよ。
「これは単なるネガティブキャンペーンではありません。ここに書かれているのは偏見と誤解と傲慢さに溢れた、一方的な言いがかりに等しい文章なのです!」
「そのとーり! そして読んだ者は皆こう思うであろう。『これ書いたヤツなんとなくだけどムカつくなあ。折角だから俺はこの豪族乱舞ってバンドを応援するぜ!』となぁー!」
「さらに! 文中に反社会的で禍々しいセンテンスをふんだんに盛り込む事で、豪族乱舞がパンクなバンドであるという事を印象付け、ファンのハートまでもガッチリ掴んでしまうのよ!」
「どうだぁー! まいったか! まいったと言えー! イエー!」
参った。降参だよ。降参するからもう私に構うのはやめてくれ。
何かもう疲れたよ。お前ら豪族乱舞も姉さんたちも、もう何もかもがどうだっていいよ。
今の気分を一言で表すなら、そう……。
「『勝手にしやがれ』……だな?」
……また変なのが湧いてきやがった。
確かに、今の私の気分を如実に表した一言ではあるのだけど、こいつのドヤ顔を見てると、素直に認めたくなくなってしまうなあ。
「その言葉は我らパンクロッカーにとって聖句であり金言。すなわちお主も我らが強敵(とも)にして朋友(ポンヨウ)であり北斗天帰掌」
「わけのわからねえ事言ってんじゃねえよ。私は認めねえぞ、こんなファッションパンク野郎の事なんてな」
ドヤ顔野郎の蔭から出てきたのは……蘇我屠自古、貴様か!
すなわちこのドヤ顔野郎も豪族乱舞のメンバーにして……やばい。この喋り方、気をつけないと感染るわ。
「しかし、随分といい面構えになったものです。流石は私たちが見込んだだけの事はありますね、君は!」
うわっ! とうとう豊聡耳神子まで現れやがった!
屋台での一件を思い出すと、今でも顔から火が出る思いがするっ!
やめて! 見ないで、その目で私を見ないでえっ!
「おいおい、コイツ何赤くなってやがるんよ……太子様、あなたまさかコイツに手ェ出したんじゃ!?」
「おおっと、嫉妬はいけませんよ屠自古。第十四条を思い出すのです。無有嫉妬、無有嫉妬……」
「復活したら女遊びはやめるって言ったじゃないですかクソッタレー!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
……すげえ雷撃だ。弾幕とは違うみたいだけど、必殺技かなにかだろうか?
あえて名前をつけるなら「キレ顔ダブルサイクロン」ってところかな。
しかし神子さんマンガみたいに骨まで見えちゃってもう……ザマーミロ。
「この場に留まらば巻き込まれて死あるのみ。さあ青娥娘々、ここは我におまかせを!」
「ああっ、布都さまっ! どさくさに紛れて私の胸を揉みしだかないでくださいましっ!」
「うおぉ、なんというエロい表情をしているのだぁ! たーまーらーんー!」
「いやあああぁ! 見ないで! 芳香ちゃんお願いだから私を見ないでえええええぇっ!?」
見ないでえ……か。
うん、なんだかアホくさくなってきた。帰ろう。
「君との対決、我々は楽しみにしていますよおおおぉ……ッ!」
神子の断末魔をBGMに、私は一人寂しくその場を立ち去った。
アディオス、私の恋心……ぐすん。
「ゴッドセーイヴザユーエッスェー♪」
「こらミスティア。そこはUSAじゃなくてクイーンでしょうが。これじゃ他のパンクバンドになっちゃうじゃないの」
……二日酔いの頭には、ホールから響くミスティアの歌声がいつも以上にやかましく聞こえる。
メルラン姉さんも細かい事言ってないで、酒でも飲んで寝ちまえばいいのにねえ。
つーか、もうどうでもいいっしょ。あんなクソ連中とのパンク勝負なんざ。
「だって~今時ピストルズの歌なんて遅くてトロくてやってられないわ~♪ せめてゼロ年代あたりの曲じゃないとね~♪」
「生意気な事言わないの。速ければいいってものでもないし、古くたっていいものはあるのよ?」
いいものもあれば、悪いものもあるってか。若い山彦かなにかだっけ?
大体ゼロ年代ったってもう十年くらい前じゃん。もう十分古いっつーの。
「リリカ、入るわよ……」
よう、ルナサ姉さん。私の哀愁漂う背中でも見に来たってかい。
おっと、気ィ付けなよ。今の私の部屋は、空になった酒瓶と食いかけのジャンクフードで足の踏み場も無いんだからさ。
唯一残された聖域はベッドの上のみ。サンクチュアリに入られた日にゃあイッツアリトルシングでキレちまいそうだよ。
はて、こりゃあパンクっつーよりグラム・ロックだったっけか? どーでもいーや。ピエロに食われちまえ。
「いい具合にやさぐれてしまったものね。これなら明日のパンク対決にも間に合いそうだわ」
へえ、もうそんなに日が経ってたのかい。
クソ豪族乱舞のフルメンバーとご対面したのがいつだったっけか……もう何年も前の事みたいに感じられるわ。
いっその事このまま安らかな眠りにでも就いちゃおうかねえ。どうせ私はいらない子だし。
姉さんたちはパンクでもラウドでも好きにやっとくれ。わたしゃもう疲れたよ……。
「姉さん、リリカの調子はどう? ……って、聞くまでもなかったみたいね」
「極めて順調よ。リアルパンクロッカーの精神は、確かにリリカの中に宿りつつある」
おやおやメルラン姉さん、もうミスティアの調教は終わったのかい?
っていうか何だいリアルパンクロッカーって。わたしゃしがねえファッションパンクですよーだ。
あのコジコジだかトッポジージョだかいうビリビリ亡霊だってそう言って……?
(身の程をわきまえろ、このファッションパンクが! てめえなんざなぁ、太子様にとっちゃ単なる遊び相手に過ぎなかったのさ。ファファファ……!)
ガッデム!
「リリカ!? リリカお願いだから落ち着いて! くっ……!」
「ね、姉さん……!」
「あっ! ねえねえ二人とも、リリカがお目覚めみたいよ~♪」
……はて? 私はいつの間に眠りこけてしまったんだ?
蘇我屠自古の顔が頭に浮かんできたと思ったら、なんかもう訳がわからなくなって、それで……。
しかし体中が痛い。そういえば殴ったり殴られたりしたような記憶が、薄っすらながらもあるような無いような。
……殴った? 私が? 誰を?
「おはようリリカ……気分はどう? 少しは落ち着いた?」
ルナサ姉さん……随分と痛々しい姿になってしまったもんだねえ。弾幕ごっこでもここまで酷くはやられないだろうに。
それにこの周囲の惨状。真っ二つに折れたギターに、ゲロまみれで拉げてるベース。ドラムなんか元々何セットあったか分からないくらいホール全体に散らばってるじゃん。
どんだけ性質の悪いポルターガイストが暴れたんだよ、って話よね。まあ私なんだろうけど。
「大変だったのよぉ? 私と姉さんとミスティアの三人がかりでもこの有様なんだから」
あーあ、メルラン姉さんもボロボロじゃないか。ミスティアは割と軽傷みたいだけど。
どうやら私が暴れてしまったのはもう確定らしい。楽器もほぼ全滅だし、これじゃあパンク対決なんて夢のまた夢だ。
ごめんね姉さんたち。あんなに楽しそうに準備してたのに、出来の悪い妹の所為で台無しになっちゃってさあ。
「謝るのは私たちの方よ。豪族乱舞との勝負に勝つためとはいえ、あなたには随分辛い思いをさせてしまったわ」
「わ、私は反対したのよ~!? リリカをハブるのはやめようって! でもルナサとメルランが『リアルパンクロッカーを復活させるため』とか何とか言って……!」
「ミスティアは黙ってなさい……ごめんねリリカ。きっとあなたを利用しようとした罰が当たったのね」
うーむ……どうにも話が見えない。
私を除け者にしてやさぐれさせる事と、リアルパンクロッカーとやらを復活させる事が、一体どう関係しているというのか?
「そもそもパンクという音楽は、不況に喘ぐ1970年代の英国において、若者たちが不満や怒りを表現するために始めたものなの」
「そのパンク・ムーブメントの主役と呼ぶべき存在が、『セックス・ピストルズ』ってバンドなのよ。あの豪族乱舞の連中もピストルズをお手本にしているみたいね」
まさかメルラン姉さんの口から「セックス」などという言葉を聞く日がこようとは。いや、別に来て欲しくなかったけどさ。
しかし……それでは辻褄が合わないのでは? 長いこと封印されていたはずの連中が、どうして外の世界の、それも70年代のパンクバンドを知っているのだろうか?
「伝説などと謳ってはいるけれど、パンクバンド『豪族乱舞』は彼女たちが復活した後に結成したものなのよ」
「熱心な宣伝活動の賜物か、あるいは怪しげな妖術でも使ったか……上白沢慧音に確認してもらうまで、私も姉さんもすっかり騙されてしまっていたわぁ」
「とにかく、豊聡耳神子は既存の体制を打ち壊して権力を掴むために、パンクの持つ莫大なエネルギーを利用するつもりなの」
「そのためには、ピストルズの終焉と共に幻想の音楽となってしまった、ホンモノのパンクを復活させなければならない……あなたを利用してね、リリカ!」
ええっ!? そこで私が出てくるのかよ!?
そりゃあ幻想の音楽といえば私の得意分野ではあるのだけれど、幾らなんでもジャンル一つを復活させるなんてやった事ないよ。
そうか、それで姉さんたちは私をあえて除け者にして、私の精神をパンクに相応しい状態へと追い込もうとしたってわけかい。腹立つ。
「豪族乱舞……いえ、豊聡耳神子もそれが狙いだったようね。彼女がいつどこでパンクを知ったのかは分からないけど、考える事は同じだったみたい」
「だから彼女は、ミスティアの屋台であなたとの接触を図り、あわよくば仲間に引き入れようとしたのねぇ。ひとの妹を何だと思ってるのかしら。まったく」
ああ……あの時のアレやソレやコレやらは、ぜーんぶその為の手段でしかなかったって事なのね。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
そうだろ? ええ? お喋りなミスティア・ローレライさんよお!?
「ひい~っ!? な、なんで私を睨むのよ~っ!?」
「落ち着いてリリカ。彼女は何も喋ってはいないわ」
「そうそう。あの夜の事を教えてくれたのは白玉楼の魂魄妖夢。豪族乱舞と対決するって言ったら、彼女喜んで協力を買って出てくれたわぁ」
「それでミスティアの勧誘をお願いしたら、たまたまあなたが豊聡耳神子に、その……されてる場面に出くわしたってわけ」
「で、でもまあ仕方ないんじゃない? 落ち込んでる時に優しくされたら、誰でもコロッといっちゃうもんでしょ? 気にしない気にしない!」
うあー……なんつうかもう、死にてえ。
変に優しくされるよりも、ビッチだの尻軽だの罵られた方がまだ気が楽ってもんよ。
とりあえずあの情緒不安定な人斬りには、後で何かしらの制裁を加えてやらねばなるまい。そうでなけりゃ私の気がおさまらん。
「とにかく、豊聡耳神子の計画は絶対に阻止しなければならない。幻想郷を、何より音楽を愛する者としてね」
「出来る事なら、正面から対バン張ってブッ潰してやりたかったんだけど……楽器はメチャクチャだし、私も姉さんも明日までに立ち直れそうもないわ」
「ど、ど、どうするの~? 私とリリカだけであの連中の相手なんてムリよ~!?」
「心配ないわミスティア。リアルパンクロッカー・リリカは私たちと共にある。豪族乱舞のようなファッションパンクごときに引けは取らないはずよ」
ルナサ姉さんも無茶言ってくれるねえ。私一人でどうしろっていうんだい。
そもそもリアルパンクロッカーってのは一体全体何なのさ。今までの話を聞く限りじゃあ、ロクな代物じゃなさそうだけど。
「己の内側から湧き起こる、パンクの衝動に身を委ねればいいのよ。リリカ……パンクと共にあらん事を……うっ」
「あらら~……姉さんもそろそろ限界だったみたいねぇ。ミスティア、悪いんだけど私と姉さんを永遠亭まで運んでくれない? あそこなら騒霊相手でも面倒みてくれるでしょうから」
「そ、それはいいんだけど、リリカ一人で大丈夫なの~? いや、私としては勝負に参加しなくて済むなら問題ないんだけれど」
「リリカなら大丈夫よ。なんてったって私たちの妹なんだから。あんな奴らに負けたら承知しないわよ~……きゅう」
「ああもう、メルランまで! そ、それじゃ私は二人を連れて行くから、あとヨロシクね~!」
姉さんたちを担いだミスティアが去り、屋敷には私一人が残された。
パンクの衝動に身を委ねろと言われても、何をしていいのやら全くわからん。とりあえず酒でも飲んで寝ちゃいたいなあ、切実に。
あれ、待てよ?
豪族乱舞の狙いが私の中のリアルパンクロッカーとやらにあるとしたら、そもそも連中と戦わなければいいんじゃないの?
そうよ! そうすれば連中はパンクの力を手にする事が出来ず、幻想郷も救われるじゃない! 笛吹けど踊らずとはまさにこの事ね!
そうと決まれば、明日の対決なんざ気にする必要は無い。私は屋敷に残った酒をかき集めて、盛大に酔い潰れてしまう事に決めた。
ざまあみやがれクソ豪族乱舞め。せいぜい相手の居ないステージで、幻想郷中に大恥を晒すがいいわ。
レイラの夢を見た。
まだ彼女が生きていた頃、この屋敷で、姉妹四人で楽しく暮らしていた頃の夢を。
バルコニーから身を乗り出して、夜空に向かって叫び続ける彼女を、私たち三人は静かに見守っている。
「私は誰の指図も受けねえし、誰の世話にもならねえ! 文句があんならかかってきやがれ、クソッタレー!」
……あれ? レイラってこんなにパンクな娘だったっけ?
まあ私たち三人の原型である姉たちと違って、彼女には何かこう、反骨心のようなものがあったのかもしれない。
でなければ彼女も他所の家に引き取られてしまい、私たちが生み出される事もなかっただろうねえ。
「ええ、それにこの屋敷も幻想郷には送られなかったでしょうね。そして何より……」
背後から響く声。私たち姉妹以外の誰かが、この屋敷に入り込んでいるというのか。
両脇を見て、思わず声を上げそうになる。ルナサ姉さんやメルラン姉さんだと思っていた人影は、豪族乱舞の屠自古と布都とかいう奴だったのだ。
そして振り向いてみれば、そこには神子の姿があった。
「私たちがこうして出逢う事も無かったでしょう。リリカ・プリズムリバー」
視界が回る。耳鳴りがひどい。頭が割れそうだ。
何がパンクだ。何が幻想の音楽だ。結局のところ私は、こいつらにいいように利用されるためだけに幻想郷へ送られたというのか。
「リリカ姉さん」
やめてくれレイラ。私はお前の姉なんかじゃない。ただの幻影、ニセモノなんだ。
ニセモノはどう頑張ってもリアルにはなれない。リアルパンクロッカーが聞いて笑わせる。そんなもの、始めから何処にも居やしなかったのさ。
「Prismriver No.1」
夢は、そこで終わった。
レイラは私に何を伝えたかったのだろうか。isが抜けていたのはわざとなのか、それとも――。
私の眠りを妨げたのは、右手に加わえられた強い衝撃だった。
薄目を開けて見てみれば、未開封の日本酒の瓶がしっかりとその手に握られている。
これを開けて飲もうとして、そのまま寝てしまったって事だろうか? いやそれよりも、今の感触は一体……?
「んむむむむむ……私とした事が、迂闊でしたよ」
額を擦りながら立ち上がる豊聡耳神子を見ても、私はそれほど驚かない。
さっきまで夢の中で会ってたもんね。そうか、レイラはきっと警告してくれてたんだ。うん、そうに決まってる。
でも、プリズムリバーナンバーワンってのは何だったんだろう?
「おはようリリカ。早く仕度しないとライブに遅れてしまいますよ?」
仰向けでベッドに横たわる私に対し、神子は覗き込むように顔を近づけて囁いてくる。
自慢のパンクな髪の毛に、ジャンクフードのゴミがくっ付いてるようだが、それはあえて教えないでおこう。
勝ち誇ったようなその笑みとの対比が笑えるからね。
「……もっとも、今頃太陽の畑では、我々豪族乱舞のライブが最高潮を迎えている頃でしょうけどね」
……なに? じゃあ何でこいつがここに居るんだ?
ああそうか、狙いはあくまで私ってわけかい。しかしリーダー自らライブをほったらかしてお出ましとは、よほどパンクの力とやらにご執心とみえる。
「パンクの力……? ふふふ、何か勘違いしているようね。パンクの力は既に幻想郷全体に行き渡っている。いや、幻想郷そのものがパンクと言うべきか……」
何だそりゃ、意味わからん。
姉さんたちの推理は、まったくの的外れだったって事なのか? なら何でこいつは私の元に……?
「君と二人っきりになれる状況……それこそ私が所望していたもの。パンクなどその為の目くらましに過ぎない。まあ、役には立ってくれましたよ。おかげで双方の邪魔者が片付いたからね」
そう言うと奴は跳び上がり、私にのしかかってきた。
もう一発酒瓶を食らわせてやろうとしたものの、両手を押さえられてしまったためそれも叶わない。
「君という楽器を掻き鳴らしたい……そして、君のアヘ顔ラブ&ピースの音色でもって、世界に和の精神をあまねく広めたい! 今日という日はそのためにあるのですよ、リリカァ!」
ふ……ふ、ふ、ふざけんなあああああああぁ!
何がラブ&ピースだ! 結局オマエも欲望まみれじゃないか!
「想像してみなさい。これから君と私で創り上げる、愛と平和に満ち溢れた世界を! 私たちはここでひとつとなるのです! そして、世に平穏のあらんことを……」
ゆるせん。こいつだけは絶対に許せん。そう思うと不思議と力が湧いてくる。
とっとと失せろファッションパンクのタコ野郎め。何が平穏だよ軽音楽でもやってろオラアアアアアアアアアアァ!
「ぐぐっ……! この期に及んでまだ抵抗するとは、これがリアルパンクロッカーとやらの力というものか……むっ!?」
「リリカそのまま! チェストオオオオオオオオオオオオォッ!」
私と組み合っていた神子の手が消え、私の両手スレスレのところを白刃が横切っていった。
身に覚えのあるシチュエーションだ。もしかしてこれってデジャヴってやつ?
「また君か! 厄介な奴だよ君は! あってはならない存在だというのに!」
「アンタは私が斬る! 今日! ここで!」
何はともあれ、サンキュー妖夢。お喋りの件はこれでチャラにしといてあげるわ。
でも私の部屋でチャンバラするのはやめてほしいなあ。もっとも、既に十分散らかってるんだけどね。
「リリカ、まだライブは始まっていないわ! 今から行けば間に合うはずよ!」
「……なんですって!? そんな馬鹿な! 私のパンクに対する認識が甘かったというのか……?」
「オラァ隙ありっ!」
「くっ……!」
妖夢の斬撃を受け流しつつも、神子の表情には動揺の色がアリアリと見える。
どうやら妖夢の言う事は正しいようだ。理由はわからないが、私の中のリアルパンクロッカーがそう言っている……ような気がする。
「さあ急いで! このクサレファッションパンクは、私が責任を持って八つ裂きにしておいてあげるから!」
「おのれ魂魄妖夢! 君のおかげで折角のプランが台無しだ! 代償は払ってもらうわよっ!」
「代償なら大小で嫌という程払ってやるわ! 死ね、死ねっ、死ねエエエエエエエエエエエェッ!」
とりあえず、この場にいたら危なくてしょうがない。
私は酒瓶を握り締めたまま、剣戟の合間を這うようにして部屋を後にした。
玄関まで辿り着いた私は、急に眩暈と吐き気を感じて立ち止まってしまった。
このドス黒い気分は何だ? 単なる二日酔いとは思えない。これがリアルパンクロッカーの覚醒というやつか? いや、もっと邪悪な何かのせいだ。
その時、私の目の前で玄関の扉が大きな円に刳り貫かれ、向こう側に見覚えのある顔が現れた。
「まったく豊聡耳様も人が悪い。パンクの力を独り占めしたいのなら、この私にそう仰ってくださればよかったのに……あらぁ?」
「どーした青娥?」
「待って芳香……はて? これは一体どうしたこと……?」
覚醒じゃなくて霍青娥だったよ。いや、駄洒落てる場合じゃないね。
私は扉に開けられた穴に飛び込み、困惑気味の青娥にむかって酒瓶を突き出してやった。
「あっぶな……! 芳香ちゃん気を付けて! パンクよ! 騒霊リアルパンクロッカーが一体現れたわッ!」
「なんだと!? よーし、ここは私にまかせろー! コマンド?」
「『かみくだく』よッ!」
前のめりに転がった私に、芳香とかいう動く死体が跳びかかってくる。
弾幕で対処するには距離が足りないし、こいつに酒瓶を使うのはもったいない。
よろしい、ならばキーボードだ。その大口でしっかり味わいな! 食いしん坊爆砕ッ!
「うごぅぐっ!? あが、あがが……!」
「負けちゃ駄目よ芳香! 噛むのよ! よく噛んで食べるのよっ!」
ははは、馬鹿な主従も居たもんだ。
そのキーボードは私と同じ霊体さ。いくら噛んだって食えやしないよ。
「はぐ……はぐ……んむっ」
……食えるはずがない。うん、食えるばずなんて……。
「……白から黒へ、黒から白へ。白黒白黒、そしてまた黒から白へと繰り返す味の波状攻撃! まさしく世紀のマジカルキーボード!」
おいいいいいいいいいいいいぃ!?
食われてるよ! 私の大事なキーボードが思いっきり食われてるよ!
これ以上食われたら取り返しがつかない! ここは不本意だが、戻れキーボード!
「おっ、消えちゃった……?」
「チャンスよ芳香! その娘を羽交い絞めにしなさい!」
「りょーかいだぁー!」
しまった! ……などと言う間もなく、後ろに回った芳香が私の両腋に腕を滑り込ませて、そのまま締め付けてきた。
もっとも奴の腕は前に伸びたままなので、羽交い絞めと呼ぶにはいささか変則的なものだったが。
そして、正面からは満面の笑みを湛えた青娥が近づいてくる。禍々しい、禍々しいにも程がある!
「どうやら豊聡耳様は失敗なさった様子……という事は、私があなたの力を頂戴してもいいって事よねえ? 芳香はどう思う?」
「うおー! 腹が減ったら食う! 腹が減らなきゃ腹が減る! だから食う!」
「よしよし。芳香はホントに賢いわねえ。さぁてリリカさん、お覚悟の程はよろしいかしら?」
いいわけねえだろ! つーか何なんだよ今の会話! 異次元過ぎて理解がとても追いつかんわ!
しかし、このままじゃ非常にマズい! マズいってのに、リアルパンクロッカーの力とやらは肝心な時に湧いてこない。
どうするよ、私!?
「あら、いいモノをお持ちですこと。折角だから末期の酒と洒落込みましょうか」
私が持っていた酒に目を付けた青娥は、私の手から瓶を取り上げて封を切る。
そして、その中身を私の頭へと注ぎかけた。その間奴は笑顔のままだ。怖っ!
こいつを末期の酒と呼ぶには、ちと無粋すぎるんじゃないかね? おかげで下着までぐっしょりだよ。ぐすん。
「これで思い残す事も無いでしょう。安心なさい。痛みは一瞬よ……もっとも、終わりがあればの話だけどねえッ!」
青娥は青白く光った右手を、私の下腹部へと勢いよく突き出し――ギリギリのところで止めた。
何故だ、何故一思いにやらない……?
「……笑い声? いや、この笑い声には聞き覚えがあるわ。これはまさか……“あの歌”の!?」
「あ~いあまぁ~あんちくらいすとっ♪ あ~いあまぁ~あなーきすとっ♪」
「間違いない! この下品なコックニー訛り、ジョニー・ロットンのものに違いないわッ!」
ああ、確かに聞こえてくるねえ。この声には私も聞き覚えがあるよ。ジョニーとかいう奴は知らないけどね。
何にせよ、青娥が動揺している今がチャンスだ。私は己が内に秘めたパンクを奮い立たせ、芳香を一本背負いの要領で青娥に叩き付けてやった。
「ぐおぉっ!?」
「ぎゃふん!」
「わ~な~びぃ~♪ イェイ♪ あ~な~きぃ~♪ ……ナイスよリリカ! かっこいー!」
アンタもなかなか様になってたじゃん、ミスティア!
メルラン姉さんの特訓も無駄じゃなかったみたいね。よかったよかった。
しかしお前さん、どうしてここに?
「ルナサたちに行けって言われたのよ~! リリカが寝坊しないようにって! そしたらこの有様だもん、参っちゃうわ~!」
流石は姉さんたちだ。私の事なんてお見通しってワケか。
「ここは私が食い止めるから、リリカはライブ会場に急ぐのよ~!」
別に行きたかぁ無いんだけどねえ。どうしてもパンクの神様ってやつは、私を会場に向かわせたいらしい。
もうこうなったら行くしかないか。そんでもって思う存分リアルパンクロッカーとやらの力をぶちまけ、この馬鹿騒ぎを終わりにしてやるさ。
「ロットンロットン私もロットン……青娥よ、暗くて何にも見えないぞぉ。早く何とかしてー」
「残念だけど、私の視界も真っ暗なのよ~……あと芳香ちゃん、それはロットン違いというものよ」
「あ~なきぃ~ふぉ~ざゆ~うけいよっ♪」
楽しげに歌うミスティアと、ひっくり返ったままの二人を背に、私は太陽の畑へと向けて飛び立った。
それにしても酒臭ぇ。このまま行ったら顰蹙を買ってしまうかもしれないね。まあそこは、酒も滴るイイ女ってことでひとつ。
幻想郷中の人妖が、この太陽の畑に集まっている。
誰かにそう言われたとしても、今なら信じてしまいそうだ。
プリズムリバーのライブの時にも、これくらいお客さんが来てくれればいいのにねえ。
「ライブってまだ始まらないのかしら」
「あー? 待ってりゃその内始まるだろ。それより酒が足りなくなってきたぜ、クソッタレー!」
「ファッションパンクは十字架に磔られました」
「え~、パンクなグッズはいらんかね~。カミソリ、南京錠、それに欠かしちゃいけない安全ピン。安いよ安いよ~」
「これだけの規模のライブなら、きっと何かネタになるような事件が起きるはず!」
「ええい! ルナ姉は、ルナ姉の出番はまだなのか! 地上の者たちは時間にルーズで困る!」
「月夜見様、少し落ち着いてください」
まあこいつらの大半はお祭り騒ぎが目的なのであって、音楽を聴きに来たわけじゃないんだろうけどね。
私はなるべく目立たぬよう、観衆の端を迂回する形でステージ裏の控え室――風見幽香邸へと向かった。
「ふざけんじゃねえぞクソッタレ! 太子様がファッションパンクだって言うのかよ!?」
「ちょっと二人とも、私の家で暴れないで頂戴」
「てめえは黙ってろこのクサレヒッピーが。おい布都! 今度ふざけたことぬかしやがったら、黒焦げじゃ済まさねえからな! クソッタレー!」
あらあら……中では何やら揉めている様子ね。
あまり気がすすまないけど、とりあえず中に入ってみるとしよう。
あとは、出たとこ勝負だ。
「ク、クソッタレ!? てめえ今更何しにノコノコ現れやがった! それにそのカッコは……」
「見るがよい屠自古。あれこそがリアルパンクロッカーとしてのあるべき姿というものだ。所詮我らなど、付け焼刃のファッションパンクに過ぎなかったという事よ」
「開演時間など歯牙にもかけない遅刻っぷりと、全身から醸し出される酒と暴力の香り……リリカ、今のあなたって物凄くパンクだわ。ステキよ!」
遅刻の件で怒られるかと思ったら、どういうわけか褒められちゃったよ。
それに格好がどうとか言ってたけど、良く見たら相当ヒドイ事になってるねえ、私。
酒でずぶ濡れなのはわかってたけど、チャンバラに巻き込まれた時の切り傷が至るところについてるじゃん。
なるほど、これがリアルパンクロッカーとしての正しい姿というものか。やっぱりロクデナシじゃないか。
「時間通りにここへ赴いた時点で、我らの負けは既に確定していたのだ……屠自古よ、いい加減目を覚ますがよい」
「まだ言うかクソッタレ! いずれ太子様や青娥娘々も戻ってくる! どっちがリアルパンクロッカーかその時決着をつけてやんよ!」
来やしないよ。
あいつらは……いや、お前ら豪族乱舞はファッションパンクだ。
会場に集まってる客たちは知らないだろうけど、私たちにはそれがよく分かってるはずじゃないか。
「み……認めねえ! 私は絶対に認めねえぞっ! ええい、こうなりゃサシで勝負だ! 得物を抜きなクソッタレー!」
「少し頭を冷やしなさいな。それじゃあライブにならないでしょう? うーん、どうしたものかしらねえ……」
「我に提案があるのだが……皆の者、少し聞いてはもらえぬか?」
布都とかいうやつ……こいつも何故かボロボロだな。
それでも相変わらずのイイ表情で、私たちに何やら伝えたいらしい。
「プリズムリバーと豪族乱舞……互いに面子が足りないのなら、我々がここで戦っても仕方あるまい」
「じゃあどうするんだよ!? このまま負けを認めちまうってのかクソッタレ!?」
「二つのパンクが手を組むのだ。ここ、太陽の畑(ザ・ディバイド)で」
「なるほどねえ。VSと銘打っておきながら、結局は共闘するなんて王道中の王道だもの。悪い提案ではないわね」
「……そうであろう? リリカ・プリズムリバーのキーボードに、屠自古のベース、そして我のベースがあれば、最低限バンドとしての面目も保てるというもの」
おいちょっと待て! お前ら二人ともベースかよ!
確かあの芳香ってやつがドラムだったっけか? じゃあ神子は何をやってたんだろうね。なんとなくだけどボーカルが似合いそうだな。いい声してたし。
しかしキーボード一人にベース二人って、いくらなんでもパンク過ぎるだろ。聞いた事ねえよそんな編成。
「仕方が無いわね……残りのギターとボーカルは、この私が務めてあげるとしようかしらっ!」
幽香はいきなり上着を脱ぎ捨てると、そのままの勢いでブラウスのボタンを引き千切り、私たちに肌を晒した。
よく見ると、胸の谷間のあたりに赤いマジックか何かで「USC」と書かれている。何の呪いだか知らないが、とてもファッションパンクな感じがするね。
「こう見えても昔はちょっとしたモンだったのよ? 昔はね。え~っと確かこのへんに……」
おもむろにクローゼットを漁り始めた幽香は、やがて一本のアコースティックギターを取り出し、私たちに向かってとてもイイ表情で振り向いた。
間違っている。上手く言葉にできないけれど、とにかく何かが間違っている。
「おいヒッピー、そんな楽器で大丈夫かクソッタレ?」
「大丈夫よ、問題ないわ。あとそのヒッピーっていうのやめなさい」
「元より楽器など問題ではない。我々は音楽を聴かせるためではなく、パンクをするためにここに居るのだ……違うか? リリカ・プリズムリバーよ」
パンクか……パンクって一体何なんだろうねえ。
未だに私にはよく分からないものの、ステージに立った時何をすべきなのかは、おぼろげながら分かる気がする。
確かに楽器なんて関係ない。今日の私は音楽家でも騒霊キーボーディストでもなく、ただのリアルパンクロッカーなのだから。
「おい……マジでやるのか? 私たち四人であの大観衆を相手にするなんて、正気の沙汰とは思えないぜクソッタレ……」
「あらあら、今更になってそんな弱音を吐くなんてね。蘇我のお嬢さんは心までファッションパンクになってしまったのかしら?」
「屠自古、なんならお主はここに残っても構わん。比類なき豪族乱舞としての責務は、我一人でも十分に果たせようぞ」
「ふ、ふざけんじゃねえクソッタレ! やるよ、やってやんよ! 私こそが真のリアルパンクロッカーだって事を見せ付けてやんよ、クソッタレー!」
屠自古、布都、幽香、そして私。即席のパンクバンドの結成だ。
そういえば、元々私たちプリズムリバーは、ミスティアを加えた四人で演るつもりだったんだっけ。
そんでもってこいつら豪族乱舞も、マネージャーの青娥を除いた四人で演る予定だったんだろうねえ。
ひょっとしたら、あのなんたらピストルズとかいうバンドも、四人一組だったのかもしれないね。だとしたら、何か因縁のようなものを感じるよ。
「さて、そろそろステージに上がるとしましょうか。あまりお客さんを待たせるのもよくないからねえ」
「比類なきパンクバンド、プリズム乱舞のお披露目である。諸君、派手にいこう」
「やってやんよ! やってやんよクソッタレー!」
チューニングも曲順表も必要ない。なぜなら私たちはパンクだから。
楽器は肩に担ぐもの。なぜなら私たちはパンクだから。
パンクというものがようやく理解できた気がする。頭ではなく、魂で。
そしてその思いは、今こうしてステージに立ち、野次と罵倒の混じった大歓声を受けたとき、確信へと変わった。
「遅い! あんたら何時間待たせるつもりよクソッタレー!」
「そうだそうだ! お前ら一体何様のつもりだクソッタレー!」
「おい見ろベースが二人居るぞ! なんだあいつらファッションパンクかよクソッタレー!」
「それよりメンバー足りなくないか? 怖気ついて逃げたのかよクソッタレー!」
「アコギ持ってるお姉さんが滅茶苦茶怖いんですけどクソッタレー!」
「俺が、俺たちがクソッタレだ!」
「ルナ姉はどこだあああああああああああぁクソッタレー!」
「だから月夜見様落ち着いてくださいってクソッタレー!」
ステージに向かって容赦なく投げつけられる酒瓶の数々。殆どの客は既に出来上がっているらしい。
よく見れば、客席のいたるところで客同士の喧嘩が始まっている。
いつもの私たちのライブでは、到底お目にかかれない光景がそこには広がっていた。
「私の雌しべもビショ濡れよ」
珍しく興奮した様子の幽香が、ポツリとそう呟いた。
そうだ、これがパンクのライブだ。そしてこれこそが、幻想郷の本当の姿というものなのだ。
“とにかくコードをひとつ弾いて、ビーンと鳴らせばそれが音楽だ”
今、私の中のリアルパンクロッカーが、確かにそう教えてくれた。
これで全てが揃った。ようやくパンクの意味が分かったよ。
酒と暴力と、そして音楽。
パンクとは、幻想郷そのものだったのだ。
「さあ、始めましょう!」
幽香の掛け声を合図に、私たちは各々の楽器を力強く掻き鳴らした。
観衆はほんの一瞬だけ静まり返り、再び天地を揺るがすような大歓声をぶつけてくる。
私は足元に転がる酒瓶を拾い上げ、僅かに残った中身を飲み干し、我が分身とも呼ぶべきキーボードを振り上げて、荒れ狂う客席へと飛び込んだ。
「私たちもリリカに続くのよっ!」
「承知! 物部の秘術とパンクの融合、この場で試させて貰おう!」
「うおおおおおおおおおおおおおぉやってやんよクソッタレエエエエエエエエエエエエェッ!」
己が内側から湧き起こるパンクの衝動に身を任せ、ただひたすらに暴れまわってやった。その後はもう、何がどうなったのかよく覚えていない。
目についた妖怪を二、三十匹ほど殴り倒し、見知らぬオッサンのケツにキーボードをブチ込んだ時点で、私の記憶は途切れている。
私たちが巻き起こしたパンクの嵐は、その後数日間に亘って幻想郷を席捲し続けたらしい。
あらゆる人と妖怪、そして神様までもがパンクの衝動に呑み込まれ、大変な騒ぎになったと新聞に書かれている。
「もうあれから一週間か……皆ようやく落ち着きを取り戻したみたいね」
ルナサ姉さんとメルラン姉さんは、騒ぎが治まるまでの数日間、慧音や永遠亭の人たちと一緒に人里の守護に当たった。
慧音が事前に行った啓蒙活動により、里の中での混乱は最小限に留まったそうだが、それでもパンクに浮かれた妖怪どもが時折襲撃してきたりして、それなりに大変だったみたいね。
「でも、ちょっとだけリリカが羨ましいわぁ。私たちもハッピーに大暴れしてやりたかったものねえ、姉さん?」
今回の騒ぎは“幻想パンク異変”なる名で異変と認定され、後の世に伝えられる事となったそうな。
もっとも、にわかパンクスたちの中で最後まで立っていたのが、毎度おなじみ博麗の巫女だったというだけの話であり、あくまで特例として扱われるようだ。
幽香との最後の一騎打ちに見事勝利を収めた彼女は、「てめえら全員ファッションパンクだクソッタレー!」と叫んだ後、そのままぶっ倒れて三日三晩爆睡し続けたとか。
「なんだかんだ言っても楽しかったわ。またパンクな気分になった時は、私も誘って頂戴ね」
暴れるだけ暴れて満足した様子の幽香は、ズタボロになったアコースティックギターを拾い上げ、何処へともなく去って行ったという。
できる事なら、そんな機会には訪れてもらいたくないものだ。次に会う時に、彼女がリアルパンクロッカーになっていない事を祈りたい。
「もうパンクなんて懲り懲りよ~♪ どうせならもっとデストローイ! な歌が……あーん! 身に染み付いたパンクが抜けない~♪」
勇敢なるミスティア・ローレライは、屋敷から飛び出してきた神子と妖夢を目撃するまでの間、あの厄介な主従の足止めを務め上げてくれた。
彼女はその後、幻想郷の各地で湧き起こった暴力の場に現れては、自己流にアレンジしたピストルズのナンバーを歌いまくったらしい。
「豊聡耳神子……いずれ奴とは雌雄を決する日が来るだろう。その時まで精進せねば!」
妖夢の豪族乱舞に対する怒りは、彼女自身の勘違いに端を発していたのだと、後日幽々子から聞いた話で判明した。
なんとも人騒がせな話だが、何度も助けてもらった身である以上、私に文句を言う資格は無いだろう。
そうそう、ライブ当日に妖夢が私のところへ来たのも、あの幽々子の指示によるものだったらしい。
ひょっとしてアイツ、最初から全部お見通しだったんじゃないか? いやいや、そんなワケ無いよね。馬鹿馬鹿しい。
「ぬおぉー!? よく考えたら私は一度もドラムを叩いていないぞぉー!? せーいーがぁー!」
ああそうだ、豪族乱舞がその後どうなったかについても触れておかなければなるまい。
幻想パンク異変が終結したその翌日、連中は「音楽性の違い」を理由に解散を宣言した。
とは言うものの、別に奴らが離れ離れになったわけではない。
「パンクの力は手に入らなかったけれど、色々と面白いものが見れてよかったわぁ。さ~て、今度は何をしようかしらっ♪」
神子にパンクの何たるかを教えたのは、あの青娥娘々だったらしい。
二人の思惑は途中まで合致していたみたいだけど、神子の本当の目的までは見抜くことができなかったようね。
まあ、こいつには酷い目に合わされそうになったし、これからもその動きには注意が必要かな。
「ふっふっふ……私はまだ諦めたわけではありませんよ? リリカ・プリズムリバー。いつの日か必ず、君を思うさま奏でてあげましょう! ふははははは……!」
神子の当初の目的は、概ね姉さんたちが推測した通りのものだった……私の存在を知るまでは。
彼女は身内にも悟られぬよう計画を変更し、私の能力を利用して、パンクとは別の音楽を復活させようとしていたみたい。
それが何なのかは彼女のみぞ知る、といったところだが……とりあえず、アヘ顔ラブ&ピースだけは御免被りたい。
「今回の件で皆の結束が強まったため、本日の我はピースな気分。すなわち雨降ってジゴワットであり、屠自古がデロリアンを作動させてBTTF。むむ、やはり何かが間違っておるが気にするな」
豪族乱舞が私たちプリズムリバーにパンク対決を挑んできた本当の理由……それを知っていたのは、物部布都ただ一人だったのかもしれない。
神子や青娥はパンクの力を利用するために動いていたが、彼女は逆に、幻想郷に漂うパンクの気を発散させようとしていたみたいね。
その目論見は見事成功を収めたらしく、あれほど荒れ狂っていた人妖たちは、まるで憑き物が落ちたかのように以前の暢気さを取り戻している……無論、この私も含めて。
そして、ここにも正気に戻った者が一人……。
「ねえねえリリカ。このキーボード、弾かせてもらってもいいかな?」
屈託の無い笑顔を向けてくる屠自古に対し、私は力無く頷いてやる。
両手の人差し指で恐る恐る鍵盤を叩く彼女の姿に、以前の荒くれたパンクロッカーの影は全くと言っていいほど見て取れない。
布都曰く、今の彼女こそが本来の蘇我屠自古なんだとか。いくらパンクの力に呑まれていたとは言え、流石にギャップが大きすぎるよ。
「最近なんだか気分がいいの。悪い夢から覚めたような、そんな感じがするんだ」
幻想郷に現れて以来、彼女はずっとパンクの影響下にあったのだと聞いた。
神子たちがパンクの力に興味を持ち始めたのも、この屠自古の変貌ぶりに大層面食らったのが原因だったとか。
どうも霊体というやつはパンクに毒されやすいらしい。豪族乱舞が暗躍を始めて以降、その傾向は一層強さを増していったようだ。
その事は彼女や姉さんたちだけでなく、あの半霊の妖夢を見ても頷けるというもの……私は比較的マトモだったでしょ? 普段から姉さんたちの音の纏め役をやってたからかしらね。
「あんまりよく覚えてないんだけど、私とリリカって前から友達だったよね? 一緒にバンドとかやったりしたような記憶が、あるような無いような……」
……さーて、どう返答してやったらよいものか。
非常に都合のいい話だが、彼女は自分がパンクに染まっていた頃の記憶が、かなり曖昧になっているらしい。
その反動だかなんだか知らないけど、どういう訳か私は彼女に懐かれてしまったようで、非常に複雑な気分だよ。
今までツンツンしていたヤツに、急にデレデレされてもなあ……なるほど、これが世間一般で言うところのツンデレというものか。違ったらゴメン。
「ねえリリカ、よかったら一曲弾いてみてくれない? 私、リリカの演奏が聞きたいな」
おずおずとキーボードを差し出してきた屠自古に対し、私は出来る限りの笑顔で応えてやった。
パンク以外の音楽を知らないであろう彼女には、聞かせてやりたい曲が沢山ある。まずは私たちのテーマ曲でもある「幽霊楽団」から始めるとしようか。
期待に胸を膨らませる屠自古の前で、私はそっと鍵盤に指を走らせ始めた。
パンクにまつわる騒動の話は、これでおしまい。
でも幻想郷がパンクで成り立っている以上、同じ事がまた起こるかもしれない。いや、起こり続けるでしょうね。
幻想郷が変わらないのなら、私たちだって変わらずに居てやるさ。いつまでもね。
“Prismriver No.1”
決して過去形にはならない。いつだって私たちが最高なんだ。
そうでしょ? レイラ。
見ず知らずの亡霊にいきなりそんな事を言われた場合、どのように返答するのがベストなのだろうか。
プリズムリバー三姉妹はパンクバンドじゃないとか、そもそもお前は何者だとか、言いたい事は山ほどあるのだが、何から言っていいものやら見当もつかない。
「……ふん、やっぱりファッションパンクかよ。まあピストルズ亡き今ホンモノのパンクを名乗れるのは、私たち『豪族乱舞』だけなんだけどな」
私が何も言わないのをいいことに、このオツムの足りなそうな亡霊は勝手に話を進めてしまいやがった。
そもそもピストルズって何だ。豪族乱舞とは何者だ。
「一週間後、人里で豪族乱舞の復活記念ライブをやる。文句があるならてめえらを対バンとして招いてやんよ。豪族乱舞のモットーは喧嘩上等、以和為貴だクソッタレー!」
亡霊は私に向かってアホ顔ダブルファックポーズをキメた後、上機嫌でどこかへ去っていってしまった。
さて、訳の分からないまま喧嘩を売られてしまったわけだが、我々プリズムリバーとしてはどう対処すべきだろうか?
もちろん三女である私の一存では決められないため、ここは一度洋館に帰って姉さんたちと相談しなければなるまい。
「駄目じゃないリリカ。そういう時は『あァ? クソが、てめえらこそファッションパンクだろうが』って返さなきゃ」
まさかルナサ姉さんの口から「クソ」などという単語を聞く日がこようとは。
長生きはしてみるものだね。いや、騒霊だから生きてはいないんだけどさ。
「そうそう。どうせならキーボードでガツンと一発ブン殴ってやるくらいの事をしないと。このギョーカイ、ナメられたらそこで試合終了よぉ?」
メルラン姉さんは相変わらず楽しそうでなにより……しかし、それはちょっと野蛮すぎるのではなかろうか?
どちらか一人を連れ歩いていたら、今頃血で血を洗う真昼の惨劇にまで発展していたかもしれないね。
「おうおう何だいこのクソでっけえお屋敷はよう……このブルジョワどもが」
げげっ、さっきのイカレ亡霊! 噂をすればなんとやらってヤツ?
厄介な奴に住所を知られてしまったものだ。嫌がらせとかされなきゃいいけど。
「あなたにブルジョワとか言われたくないものねえ、古代日本のアッパークラスである蘇我屠自古さん?」
「ほう、そっちの白いのは私の事を知ってるようだな。だったら話が早い」
「まあ二人とも落ち着きなさい。あなたには妹が随分お世話になったみたいじゃないの、このクサレファッションパンクが」
「あァ? 口の利き方には気ィつけた方がいいぞ? ただでさえ黒いアンタが、私の稲妻でもっと黒くコゲちまう前にな」
なんていうか……もうね。この人たちのノリにはついていけないわ。
コイツの対応は姉さんたちに任せて、私は大人しくしていようかしら。
何かあった時巻き込まれるのは嫌だからね。
「業務連絡だクソッタレども。我々の復活ライブは人里で行う予定だったが……上白沢とかいうクサレビッチの猛反対に遭ってやむなく変更となった」
「彼女は堅物だからねえ。復活そのものが無かった事にされなかっただけ幸運と思いなさい」
「余計なお世話だ根暗ゴス女。現在代わりの場所を探してるって事だけ伝えに来た。それじゃあアバヨ、クソッタレー!」
彼女は再びアホ顔ダブルファックポーズをキメた後、唾を吐き捨てて去っていった。
それにしても律儀なやつ。わざわざそんな事を言うためにここまでやって来るとはね。
「面白い事になってきたわね、メルラン」
「ええ。まさかあの豪族乱舞とやりあえる日が来るとは。長生きはしてみるものね」
いやいや私たち生きてないし……っていうか姉さんたち、あいつらの事知ってるの?
何だろう、なんだかすっごく悲しい気分になってきた。
私だけ仲間はずれにされた気分だわ。まあ慣れっこと言えば慣れっこなんだけどさ。
「一週間で出来るだけの事をしておかないと。姉さん、早速準備にかかりましょう」
「そうね。なんたって相手はあの豪族乱舞なんだもの。一筋縄で勝てる相手ではないわ」
そう言って姉さんたちは奥の部屋へと引っ込んでしまった……やっぱり仲間はずれじゃないか。
まあいいさ。あんなイカレ野郎どもの相手なんて、姉さんたちで勝手にやればいい。
私には関わりのねえことでござんす……ぐすん。
「九品寺の夜景を背にム~ド~♪ 高め高ぶる君セミヌ~ド~♪」
嫌な事があった時やハートに傷がついた時、私はミスティア・ローレライの屋台を訪れることにしている。
彼女の歌は相変わらず騒がしい上に意味不明だが、酒を飲みながら聞く分には丁度いい。
「気だるい会話抜きにしてキュ~ト~なニュ~ボ~にチュ~を~♪」
前言撤回。こりゃひどい。
彼女は歌詞の意味を理解しているのだろうか? 理解しているなら尚の事ひどい。
「どうしましたお嬢さん。なにやら浮かない顔をされているようですが」
いつの間にか私の隣に座っていた客が、私の手に指を絡めながら囁いてきた。
重力への反抗心を窺わせる逆立った頭髪と、いささか大き過ぎるように見えるヘッドホン。
こいつも音楽関係者か何かかしら? パンクロッカーとかじゃなければいいのだけど。
「ああ、私とした事が失礼致しました。何分目覚めてから日が浅いもので、まだ判断力が鈍っているようなのですよ」
ツンツン髪の女は、豊聡耳神子と名乗った。
私に言わせれば随分とエキセントリックな名前の持ち主だが、まあ幻想郷じゃあ珍しくもないのかもしれない。
それにしてもこの人の声、やたらと頭の中で響くなあ。エコーがかかってるというか何というか……。
「君はとても深い悲しみを背負っているようだ。どうでしょう? 私でよければ相談に乗ってさしあげますよ」
こちらを覗き込んで来る彼女の瞳、とても澄んでいて綺麗だ……。
イケない事とは分かっていても、ついつい誘惑に甘えたくなってしまう。
だがそれも仕方の無い事だろう。私のような除け者を受け入れてくれるのなら、彼女が何者であろうと構わない。
「ふふふ……そうです。安心して私に身を委ねなさい。そして君が持つ全ての欲望を、この私が全身の毛穴で受け止めてあげましょう!」
彼女はぐっと体を押しつけてきて、そして……ああもう、言えるかこんな事。
もう好きにして。我ながら情けない話だけど、こんなに優しくされたらもう耐えられない。
知り合いにも見られてるのに……いや、店の主であるミスティアはと言えば、澄ました顔で余所見なんかをしていらっしゃるよ。
こういう状況には慣れっこなのかもしれないね。でも、後で言い触らされたりしたら嫌だなあ。
「いいぞ……! さあ、もっと欲望を解放するのです! さあ、さあ、さあ!」
「チェストオオオオオオオオオオオオォッ!」
あと少し、あと少しで私の全てが解放されてしまいそうなところで、突然何者かの奇声が轟き、神子の居た席が爆発した。
いや、爆発ではない。斬撃だ。私の足元から僅か数センチの場所に、見覚えのある刀が突き刺さっている。
そしてこれまた見覚えのある少女がその刀を引き抜いて、数間先に飛び退いた神子と対峙した。
「魂魄妖夢……人の恋路を邪魔立てするとは感心しませんね」
「何が恋路よこのナンパ野郎が。リリカ! こいつはあなたの敵、豪族乱舞のリーダーよ!」
えっ。何なのこの状況。
色々と急展開過ぎて頭が上手く回らないっていうか、まあさっきまで色々とアレな事をされていた所為もあるんでしょうけど、えーっと、何だろう。
それにしてもミスティアはまだ知らん振りしてるよ。こんな状況も慣れっこなのかねえ。慣れすぎるのもどうかと思うわ。うん。
「勝負の前に対バンを潰しにかかるとは……どこまでも汚い連中だこと。もう斬り潰す以外に解決の道は無いわ!」
「まあ待ちなさい。君はなにか思い違いをしているようね」
「御意見問答一切無用! 十億万土になりなさいっ!」
殺意バリバリの妖夢と違って、神子に戦闘の意志は無いらしい。
彼女は最初の数撃を適当にあしらうと、そのまま異空間へと姿を眩ましてしまった。
「チッ、逃がしたか」
妖夢が刀を納めた時の、チンッという小気味良い音が響き渡った。おいミスティア、なぜ反応した。
しかし……何故彼女が私の味方をするのだろうか?
白玉楼と我々の関係はあくまでビジネスライクなものであり、今回の勝負とは一切無関係のはずなのだが。
「私としても連中には色々と思うところがあってね……って、そんな事はどうでもいいわ! えーっと、義憤よ義憤! 勝負というものは常に正々堂々とあらねばならない訳であって……」
「そういえば妖夢、あなた仙人になったって本当なの?」
ミスティアの何気ない質問に、妖夢が彫像の如く固まってしまった。
そういや少し前に西行寺幽々子がそんな事言い触らしてたっけか。そりゃあもう幻想郷のあっちこっちで大袈裟に。
仙人になると血の気が多くなるのかしら……いやいや、妖夢は前からこんな感じだったっけ。
「……するな」
「えっ?」
「もう仙人の話はするなって言ったじゃないですかアアアアアアァッ!」
「ええええええぇ私聞いてないいいいいいいいぃっ!」
妖夢がキレました。今のところ理由は不明。
しっかしミスティアも災難だねえ。せっかくさっきまで華麗にスルーを決め込んでたのに、ちょっとでも口を開けばご覧の有様だよ。
それにしても妖夢よ、お前一体何故キレた?
「ぜえーっ、ぜえーっ……これは罠よ! 私と幽々子様を仲違いさせようとする、豪族乱舞の卑劣極まりないワナなのよっ!」
「うーっ♪ ワナっ!」
「まだ生きてやがったかこの夜雀があああああああああああああぁ!」
「ビッグファイト派手にやられたって心は折れないの♪ チンギス・ハンだって私から勝利を奪えないの♪」
「なんだそりゃラップじゃねえか歌はどうしたああああああぁっ!?」
うーむ、よくわからんがつまりこういう事だろうか?
豪族乱舞が流したニセの情報に幽々子が引っ掛かり、妖夢についての荒唐無稽な噂が流れてしまった、と。
詳しい話は妖夢に聞いてみなけりゃ分からないけど、この分じゃとても聞けそうにないなあ。
あ、でもルナサ姉さんが居れば少しはマシになるかもね。花の異変の時みたいに後ろにいてくれればなあ……いや、それも困るか。
よりにもよって敵のリーダーにあんなことも! こんなことも! されちゃってる姿なんか姉さんたちには見せられないよう。ぐすん。
「日本中が聞き耳を立てるワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツーワンツー♪」
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!」
あっ、これは珍しい。
ミスティア勝った! ミスティア・ローレライ勝ちました!
だからどうしたって話よね。もう。
「ぐうぅ……腕を上げたな夜雀め……」
「ちんちーん! いつまでも被捕食者やってると思ったら大間違いよー!」
「その腕を見込んで頼みがあります。今度の勝負で、あなたにプリズムリバーのボーカルを務めていただきたいのですが如何でしょうかッッッ」
「ええっ!? いきなり何の話!?」
さっきまで殺しあってた相手にいきなり土下座なんかされたら、ミスティアじゃなくてもそりゃ驚くわ。
っていうか妖夢キャラ変わりすぎでしょ。ホント安定しないわねこいつのキャラ。
まあいつも通りって言えばいつも通り……かな?
「プリズムリバーには勝っていただかないと困るんですッ。私の無念を晴らしていただかねばならんのですッ」
「いやいや、リリカ超困ってるよ!? 大体プリズムリバーにボーカルなんて要らないと思うし!」
「莫迦な事を……ボーカルも無しにパンク対決に挑むなんて、武器を持たずに戦場に赴くようなものではないかッッッ」
何ていうかその……余計なお世話ってカンジよね。
つーかさっきから何なのよコイツのテンションは。ルナサ姉さんとメルラン姉さんの演奏をステレオで聴いたってここまで酷くはならないでしょ。
そもそもパンク対決なんざするつもりは無いし。何が悲しくて相手の土俵で勝負しなけりゃならんのさ。まったく。
「……イヤならいいんですよ? 歌も歌えない夜雀なんて、幽々子様のおゆはんにするより他に使い道がありませんからねえ」
「西行寺幽々子の名前を出せば私が怯むとでも思ってるの!? バッカみたい!」
「おやおや……いいんですか? 幽々子様呼んじゃいますよ?」
「いいから呼びなさいよ! 好きなだけ呼べばいいじゃない! 1ボスに降格した幽々子が何人束になってかかってこようと私は絶対、絶対ッ……!」
ああ待ってミスティア! その先は、その先は絶対に言ってはいけない気がする!
「絶対幽々子なんかに負けたりしないッ!」
ん? その後ミスティアがどうなったかって? ああ、やっぱり幽々子には勝てなかったよ……。
そんなわけで彼女はプリズムリバーのボーカルを務める事となり、現在洋館で姉さんたちにパンクロッカーとしての特訓を受けています。
私は除け者、除け者~♪ ……ぐすん。
それから数日後。
相変わらずハブられっぱなしの私は、やるせない思いを抱えたまま人里を徘徊していた。
屋台での一件以来、豊聡耳神子の顔が頭から離れずに困っている。
あーいかんなぁ……こんな……いかん、いかん……。
「ごきげんようリリカ。あなたっていつも一人でブラブラしてるのねえ」
……いかんなぁ。
よりによってこんな気分の時に、“あの”風見幽香に捕捉されてしまうなんて。
「出来のいい姉妹の中で埋没したくないのか、でなければ単に一匹狼を気取っているだけなのか。いずれにせよ、そんなあなたの姿……嫌いじゃないわ!」
へえ、そうですか。
それじゃあ私は帰りますのでさようなぐふっ!?
「まあお待ちなさいな。ライブ会場を探しているのでしょう? だったら私が所有する『太陽の畑』を使うといいわ」
さーて、どこから突っ込んでやったらよいものか……。
まずひとつ、何ゆえライブの話を知ってやがりますか貴様は。そういえば妖夢も知ってたみたいだけど何でだろうね。
それと太陽の畑ってあんたの所有物じゃないでしょ。確か勝手に居ついてるだけじゃなかったっけぐげげげげ。
あと傘! ヒトの首に傘の持つとこ引っ掛けるのやめてくれないかなあマジで死んじゃう死んじゃうあっ私騒霊だから死なないっけじゃあ苦しいだけだあがががが。
「もうリリカったら。そんなに照れなくてもいいじゃないの。ほら、みんながこっちを見てるわよ?」
見てねえよ! 誰一人として見てねえよ! みんな露骨に目ェ逸らして去って行ってるよ!
まあ関わりたくないだろうしね。私だってあっち側に居たら見なかったフリするもん。絶対に。
「あれを見なさい。幻想郷中があなたたちの勝負にホットな視線を注いでいるわ」
彼女が指差した方を見てみると……何だアレ。
ポスターじゃんか! プリズムリバーVS豪族乱舞のポスターじゃんか!
一体誰が、何時の間に!?
“幻想郷爆殺パンクまつり ~そして、オレたちは伝説となる……~”
私も「オレたち」に含まれてしまっているのだろうか。一体全体誰が考えたんだよこのキャッチコピー。
しかも不恰好なことに、開催地のところだけ空欄になってやんの。ダッセー。
「私が手塩にかけて育てたプリズムリバーと、伝説のパンクバンド豪族乱舞の一騎打ちか……長生きはしてみるものね」
ちょっと待て、オマエに育ててもらった覚えはないぞ。せいぜい太陽の畑を何回か使わせてもらっただけだろうが。
それとアンタは長く生き過ぎだろ。もう死んでもいい頃だって閻魔様が言ってた気がするぞ。よく知らないけど。
「そうそう、太陽の畑はシーズンオフだから好きに暴れてくれて構わないわ。せいぜい派手にやってちょうだいな。楽しみに待ってるわね」
何だってあんなに楽しそうなのかは分からないが、とにかく彼女が去ってくれた事で私は一命を取り留める事ができた。
いやまあ、死なないんだけどさ。少なくとも物理的にはね。
しかし精神の疲労は如何ともし難く、私はしばらくその場にへたり込んで回復を待つ事にする。
「アルティメット親切な妖怪さんの御協力により、豪族乱舞の復活ライブは太陽の畑で開催決定! さあさあ芳香、これから全部のポスターを手直しに行くわよ!」
「ぬあーにぃー!? あれを全部手直しに行こうと言うのかぁ!?」
「気合よ気合、根性よ根性! 敏腕マネージャーには一秒たりとも休息の時間は無いのであった……!?」
うわっ、何か妙にテンションの高い二人組と目が合っちゃったよ。
ポスターを手直しするとか言ってるけど、アレを貼ったのってもしかしなくてもコイツらなんだろうなあ。
嫌だなあ、絡まれたくないなあ……ああダメっぽい。こっち来た、こっち来んな!
「あら? あらあらあらぁ!? あなたひょっとしてあの有名なプリズムリバー三姉妹のソロ担当、リリカ・プリズムリバー様では御座いませんこと!? なんたる偶然! なんたる僥倖!」
ああ、思った通り面倒臭そうなヤツだったよ。
しかしソロ担当ねえ……私の世間での評価ってのはそういう形に落ち着いてるのかい。
レイラ……世界の悪意が見えるようだよ……。
「何を隠そう私どもは、あなた方のグルーピーになりたい一心でこのようなポスターまで作ってしまった、ただの善良なる一ファンでして……ほらほら芳香、あなたも御挨拶して!」
「私の名前は宮古芳香! 崇高なるパンクバンド、豪族乱舞のドラマーを務める戦士である!」
「ちょっ!? ちょっちょっちょっ芳香ちゃん!?」
「そしてコイツは霍青娥! 我が主であると同時に、お前たちプリズムリバーを滅殺すべく策略を巡らす、豪族乱舞のマネージャーだ! 気軽に青娥娘々と呼ぶがいい!」
「いやあああああああぁ芳香ちゃああああああああああんどうしてバラしちゃうのおおおおおおおおおおぉっ!?」
うん。まあ、わかってはいたよ。敏腕マネージャーがどうとか言ってたもんね。
お前らが豪族乱舞の関係者だって事くらい賢い私には全部まるっとお見通しでおいおいちょっと待てコイツら敵じゃん!
やばい! 今の私じゃタイマン張るのもキツいってのに、二対一とか絶対勝ち目ないだろ!
このままじゃ良くてこいつらの奴隷、下手すりゃ消滅も有り得るかもね。レイラ、もうすぐそっちに行く事になりそうだよ……。
「ふッ……わたくし共の素性が知られてしまったからには仕方ありません。かくなる上はあなたにも……」
青娥とかいう女はいきなり落ち着きを取り戻すと、一枚の紙を取り出しながら私に迫ってきた。
あれは何だ? サイズは少し大きいけど、そっちの動く死体っぽい奴の額に貼ってあるのと同じ様なものか?
ああそうか、きっとあの紙切れで操ってるんだ。そんでもって死体が操れるなら騒霊もイケるだろうって、そういう理屈かい。
「この中傷ビラをバラ撒くのを手伝っていただきましょうッ!」
違ったよ!
つーか何だと中傷ビラだと!? どうせ私たち姉妹について有る事無い事書きまくった怪文書だろう!
そんなもん配らされるくらいなら、腹の中に爆弾でも詰め込まれた挙句、姉さんたちの所まで歩かされた方がまだマシよ。
ていうかそれ位の事されるもんだと思ってたのになあ。そういう事好きそうな顔してるもん、この青娥娘々ってやつ。
「……あなた、何かものすごく物騒で失礼な想像してませんこと!? ええい、芳香! この娘に事情を説明しておやりなさい!」
「まーかーせーろー! このビラに書かれているのはなぁ……お前たちではなく我々豪族乱舞に対するネガティブキャンペーンなのだぁ!」
ネガティブキャンペーンが書かれているって、ちょっと言い方おかしくない?
いやいやそうじゃくて、こいつら自分たちに対してネガキャン張るつもりなのか?
それもわざわざこの私に手伝わせてまで……君たち豪族乱舞は、わけがわからないよ。
「これは単なるネガティブキャンペーンではありません。ここに書かれているのは偏見と誤解と傲慢さに溢れた、一方的な言いがかりに等しい文章なのです!」
「そのとーり! そして読んだ者は皆こう思うであろう。『これ書いたヤツなんとなくだけどムカつくなあ。折角だから俺はこの豪族乱舞ってバンドを応援するぜ!』となぁー!」
「さらに! 文中に反社会的で禍々しいセンテンスをふんだんに盛り込む事で、豪族乱舞がパンクなバンドであるという事を印象付け、ファンのハートまでもガッチリ掴んでしまうのよ!」
「どうだぁー! まいったか! まいったと言えー! イエー!」
参った。降参だよ。降参するからもう私に構うのはやめてくれ。
何かもう疲れたよ。お前ら豪族乱舞も姉さんたちも、もう何もかもがどうだっていいよ。
今の気分を一言で表すなら、そう……。
「『勝手にしやがれ』……だな?」
……また変なのが湧いてきやがった。
確かに、今の私の気分を如実に表した一言ではあるのだけど、こいつのドヤ顔を見てると、素直に認めたくなくなってしまうなあ。
「その言葉は我らパンクロッカーにとって聖句であり金言。すなわちお主も我らが強敵(とも)にして朋友(ポンヨウ)であり北斗天帰掌」
「わけのわからねえ事言ってんじゃねえよ。私は認めねえぞ、こんなファッションパンク野郎の事なんてな」
ドヤ顔野郎の蔭から出てきたのは……蘇我屠自古、貴様か!
すなわちこのドヤ顔野郎も豪族乱舞のメンバーにして……やばい。この喋り方、気をつけないと感染るわ。
「しかし、随分といい面構えになったものです。流石は私たちが見込んだだけの事はありますね、君は!」
うわっ! とうとう豊聡耳神子まで現れやがった!
屋台での一件を思い出すと、今でも顔から火が出る思いがするっ!
やめて! 見ないで、その目で私を見ないでえっ!
「おいおい、コイツ何赤くなってやがるんよ……太子様、あなたまさかコイツに手ェ出したんじゃ!?」
「おおっと、嫉妬はいけませんよ屠自古。第十四条を思い出すのです。無有嫉妬、無有嫉妬……」
「復活したら女遊びはやめるって言ったじゃないですかクソッタレー!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
……すげえ雷撃だ。弾幕とは違うみたいだけど、必殺技かなにかだろうか?
あえて名前をつけるなら「キレ顔ダブルサイクロン」ってところかな。
しかし神子さんマンガみたいに骨まで見えちゃってもう……ザマーミロ。
「この場に留まらば巻き込まれて死あるのみ。さあ青娥娘々、ここは我におまかせを!」
「ああっ、布都さまっ! どさくさに紛れて私の胸を揉みしだかないでくださいましっ!」
「うおぉ、なんというエロい表情をしているのだぁ! たーまーらーんー!」
「いやあああぁ! 見ないで! 芳香ちゃんお願いだから私を見ないでえええええぇっ!?」
見ないでえ……か。
うん、なんだかアホくさくなってきた。帰ろう。
「君との対決、我々は楽しみにしていますよおおおぉ……ッ!」
神子の断末魔をBGMに、私は一人寂しくその場を立ち去った。
アディオス、私の恋心……ぐすん。
「ゴッドセーイヴザユーエッスェー♪」
「こらミスティア。そこはUSAじゃなくてクイーンでしょうが。これじゃ他のパンクバンドになっちゃうじゃないの」
……二日酔いの頭には、ホールから響くミスティアの歌声がいつも以上にやかましく聞こえる。
メルラン姉さんも細かい事言ってないで、酒でも飲んで寝ちまえばいいのにねえ。
つーか、もうどうでもいいっしょ。あんなクソ連中とのパンク勝負なんざ。
「だって~今時ピストルズの歌なんて遅くてトロくてやってられないわ~♪ せめてゼロ年代あたりの曲じゃないとね~♪」
「生意気な事言わないの。速ければいいってものでもないし、古くたっていいものはあるのよ?」
いいものもあれば、悪いものもあるってか。若い山彦かなにかだっけ?
大体ゼロ年代ったってもう十年くらい前じゃん。もう十分古いっつーの。
「リリカ、入るわよ……」
よう、ルナサ姉さん。私の哀愁漂う背中でも見に来たってかい。
おっと、気ィ付けなよ。今の私の部屋は、空になった酒瓶と食いかけのジャンクフードで足の踏み場も無いんだからさ。
唯一残された聖域はベッドの上のみ。サンクチュアリに入られた日にゃあイッツアリトルシングでキレちまいそうだよ。
はて、こりゃあパンクっつーよりグラム・ロックだったっけか? どーでもいーや。ピエロに食われちまえ。
「いい具合にやさぐれてしまったものね。これなら明日のパンク対決にも間に合いそうだわ」
へえ、もうそんなに日が経ってたのかい。
クソ豪族乱舞のフルメンバーとご対面したのがいつだったっけか……もう何年も前の事みたいに感じられるわ。
いっその事このまま安らかな眠りにでも就いちゃおうかねえ。どうせ私はいらない子だし。
姉さんたちはパンクでもラウドでも好きにやっとくれ。わたしゃもう疲れたよ……。
「姉さん、リリカの調子はどう? ……って、聞くまでもなかったみたいね」
「極めて順調よ。リアルパンクロッカーの精神は、確かにリリカの中に宿りつつある」
おやおやメルラン姉さん、もうミスティアの調教は終わったのかい?
っていうか何だいリアルパンクロッカーって。わたしゃしがねえファッションパンクですよーだ。
あのコジコジだかトッポジージョだかいうビリビリ亡霊だってそう言って……?
(身の程をわきまえろ、このファッションパンクが! てめえなんざなぁ、太子様にとっちゃ単なる遊び相手に過ぎなかったのさ。ファファファ……!)
ガッデム!
「リリカ!? リリカお願いだから落ち着いて! くっ……!」
「ね、姉さん……!」
「あっ! ねえねえ二人とも、リリカがお目覚めみたいよ~♪」
……はて? 私はいつの間に眠りこけてしまったんだ?
蘇我屠自古の顔が頭に浮かんできたと思ったら、なんかもう訳がわからなくなって、それで……。
しかし体中が痛い。そういえば殴ったり殴られたりしたような記憶が、薄っすらながらもあるような無いような。
……殴った? 私が? 誰を?
「おはようリリカ……気分はどう? 少しは落ち着いた?」
ルナサ姉さん……随分と痛々しい姿になってしまったもんだねえ。弾幕ごっこでもここまで酷くはやられないだろうに。
それにこの周囲の惨状。真っ二つに折れたギターに、ゲロまみれで拉げてるベース。ドラムなんか元々何セットあったか分からないくらいホール全体に散らばってるじゃん。
どんだけ性質の悪いポルターガイストが暴れたんだよ、って話よね。まあ私なんだろうけど。
「大変だったのよぉ? 私と姉さんとミスティアの三人がかりでもこの有様なんだから」
あーあ、メルラン姉さんもボロボロじゃないか。ミスティアは割と軽傷みたいだけど。
どうやら私が暴れてしまったのはもう確定らしい。楽器もほぼ全滅だし、これじゃあパンク対決なんて夢のまた夢だ。
ごめんね姉さんたち。あんなに楽しそうに準備してたのに、出来の悪い妹の所為で台無しになっちゃってさあ。
「謝るのは私たちの方よ。豪族乱舞との勝負に勝つためとはいえ、あなたには随分辛い思いをさせてしまったわ」
「わ、私は反対したのよ~!? リリカをハブるのはやめようって! でもルナサとメルランが『リアルパンクロッカーを復活させるため』とか何とか言って……!」
「ミスティアは黙ってなさい……ごめんねリリカ。きっとあなたを利用しようとした罰が当たったのね」
うーむ……どうにも話が見えない。
私を除け者にしてやさぐれさせる事と、リアルパンクロッカーとやらを復活させる事が、一体どう関係しているというのか?
「そもそもパンクという音楽は、不況に喘ぐ1970年代の英国において、若者たちが不満や怒りを表現するために始めたものなの」
「そのパンク・ムーブメントの主役と呼ぶべき存在が、『セックス・ピストルズ』ってバンドなのよ。あの豪族乱舞の連中もピストルズをお手本にしているみたいね」
まさかメルラン姉さんの口から「セックス」などという言葉を聞く日がこようとは。いや、別に来て欲しくなかったけどさ。
しかし……それでは辻褄が合わないのでは? 長いこと封印されていたはずの連中が、どうして外の世界の、それも70年代のパンクバンドを知っているのだろうか?
「伝説などと謳ってはいるけれど、パンクバンド『豪族乱舞』は彼女たちが復活した後に結成したものなのよ」
「熱心な宣伝活動の賜物か、あるいは怪しげな妖術でも使ったか……上白沢慧音に確認してもらうまで、私も姉さんもすっかり騙されてしまっていたわぁ」
「とにかく、豊聡耳神子は既存の体制を打ち壊して権力を掴むために、パンクの持つ莫大なエネルギーを利用するつもりなの」
「そのためには、ピストルズの終焉と共に幻想の音楽となってしまった、ホンモノのパンクを復活させなければならない……あなたを利用してね、リリカ!」
ええっ!? そこで私が出てくるのかよ!?
そりゃあ幻想の音楽といえば私の得意分野ではあるのだけれど、幾らなんでもジャンル一つを復活させるなんてやった事ないよ。
そうか、それで姉さんたちは私をあえて除け者にして、私の精神をパンクに相応しい状態へと追い込もうとしたってわけかい。腹立つ。
「豪族乱舞……いえ、豊聡耳神子もそれが狙いだったようね。彼女がいつどこでパンクを知ったのかは分からないけど、考える事は同じだったみたい」
「だから彼女は、ミスティアの屋台であなたとの接触を図り、あわよくば仲間に引き入れようとしたのねぇ。ひとの妹を何だと思ってるのかしら。まったく」
ああ……あの時のアレやソレやコレやらは、ぜーんぶその為の手段でしかなかったって事なのね。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
そうだろ? ええ? お喋りなミスティア・ローレライさんよお!?
「ひい~っ!? な、なんで私を睨むのよ~っ!?」
「落ち着いてリリカ。彼女は何も喋ってはいないわ」
「そうそう。あの夜の事を教えてくれたのは白玉楼の魂魄妖夢。豪族乱舞と対決するって言ったら、彼女喜んで協力を買って出てくれたわぁ」
「それでミスティアの勧誘をお願いしたら、たまたまあなたが豊聡耳神子に、その……されてる場面に出くわしたってわけ」
「で、でもまあ仕方ないんじゃない? 落ち込んでる時に優しくされたら、誰でもコロッといっちゃうもんでしょ? 気にしない気にしない!」
うあー……なんつうかもう、死にてえ。
変に優しくされるよりも、ビッチだの尻軽だの罵られた方がまだ気が楽ってもんよ。
とりあえずあの情緒不安定な人斬りには、後で何かしらの制裁を加えてやらねばなるまい。そうでなけりゃ私の気がおさまらん。
「とにかく、豊聡耳神子の計画は絶対に阻止しなければならない。幻想郷を、何より音楽を愛する者としてね」
「出来る事なら、正面から対バン張ってブッ潰してやりたかったんだけど……楽器はメチャクチャだし、私も姉さんも明日までに立ち直れそうもないわ」
「ど、ど、どうするの~? 私とリリカだけであの連中の相手なんてムリよ~!?」
「心配ないわミスティア。リアルパンクロッカー・リリカは私たちと共にある。豪族乱舞のようなファッションパンクごときに引けは取らないはずよ」
ルナサ姉さんも無茶言ってくれるねえ。私一人でどうしろっていうんだい。
そもそもリアルパンクロッカーってのは一体全体何なのさ。今までの話を聞く限りじゃあ、ロクな代物じゃなさそうだけど。
「己の内側から湧き起こる、パンクの衝動に身を委ねればいいのよ。リリカ……パンクと共にあらん事を……うっ」
「あらら~……姉さんもそろそろ限界だったみたいねぇ。ミスティア、悪いんだけど私と姉さんを永遠亭まで運んでくれない? あそこなら騒霊相手でも面倒みてくれるでしょうから」
「そ、それはいいんだけど、リリカ一人で大丈夫なの~? いや、私としては勝負に参加しなくて済むなら問題ないんだけれど」
「リリカなら大丈夫よ。なんてったって私たちの妹なんだから。あんな奴らに負けたら承知しないわよ~……きゅう」
「ああもう、メルランまで! そ、それじゃ私は二人を連れて行くから、あとヨロシクね~!」
姉さんたちを担いだミスティアが去り、屋敷には私一人が残された。
パンクの衝動に身を委ねろと言われても、何をしていいのやら全くわからん。とりあえず酒でも飲んで寝ちゃいたいなあ、切実に。
あれ、待てよ?
豪族乱舞の狙いが私の中のリアルパンクロッカーとやらにあるとしたら、そもそも連中と戦わなければいいんじゃないの?
そうよ! そうすれば連中はパンクの力を手にする事が出来ず、幻想郷も救われるじゃない! 笛吹けど踊らずとはまさにこの事ね!
そうと決まれば、明日の対決なんざ気にする必要は無い。私は屋敷に残った酒をかき集めて、盛大に酔い潰れてしまう事に決めた。
ざまあみやがれクソ豪族乱舞め。せいぜい相手の居ないステージで、幻想郷中に大恥を晒すがいいわ。
レイラの夢を見た。
まだ彼女が生きていた頃、この屋敷で、姉妹四人で楽しく暮らしていた頃の夢を。
バルコニーから身を乗り出して、夜空に向かって叫び続ける彼女を、私たち三人は静かに見守っている。
「私は誰の指図も受けねえし、誰の世話にもならねえ! 文句があんならかかってきやがれ、クソッタレー!」
……あれ? レイラってこんなにパンクな娘だったっけ?
まあ私たち三人の原型である姉たちと違って、彼女には何かこう、反骨心のようなものがあったのかもしれない。
でなければ彼女も他所の家に引き取られてしまい、私たちが生み出される事もなかっただろうねえ。
「ええ、それにこの屋敷も幻想郷には送られなかったでしょうね。そして何より……」
背後から響く声。私たち姉妹以外の誰かが、この屋敷に入り込んでいるというのか。
両脇を見て、思わず声を上げそうになる。ルナサ姉さんやメルラン姉さんだと思っていた人影は、豪族乱舞の屠自古と布都とかいう奴だったのだ。
そして振り向いてみれば、そこには神子の姿があった。
「私たちがこうして出逢う事も無かったでしょう。リリカ・プリズムリバー」
視界が回る。耳鳴りがひどい。頭が割れそうだ。
何がパンクだ。何が幻想の音楽だ。結局のところ私は、こいつらにいいように利用されるためだけに幻想郷へ送られたというのか。
「リリカ姉さん」
やめてくれレイラ。私はお前の姉なんかじゃない。ただの幻影、ニセモノなんだ。
ニセモノはどう頑張ってもリアルにはなれない。リアルパンクロッカーが聞いて笑わせる。そんなもの、始めから何処にも居やしなかったのさ。
「Prismriver No.1」
夢は、そこで終わった。
レイラは私に何を伝えたかったのだろうか。isが抜けていたのはわざとなのか、それとも――。
私の眠りを妨げたのは、右手に加わえられた強い衝撃だった。
薄目を開けて見てみれば、未開封の日本酒の瓶がしっかりとその手に握られている。
これを開けて飲もうとして、そのまま寝てしまったって事だろうか? いやそれよりも、今の感触は一体……?
「んむむむむむ……私とした事が、迂闊でしたよ」
額を擦りながら立ち上がる豊聡耳神子を見ても、私はそれほど驚かない。
さっきまで夢の中で会ってたもんね。そうか、レイラはきっと警告してくれてたんだ。うん、そうに決まってる。
でも、プリズムリバーナンバーワンってのは何だったんだろう?
「おはようリリカ。早く仕度しないとライブに遅れてしまいますよ?」
仰向けでベッドに横たわる私に対し、神子は覗き込むように顔を近づけて囁いてくる。
自慢のパンクな髪の毛に、ジャンクフードのゴミがくっ付いてるようだが、それはあえて教えないでおこう。
勝ち誇ったようなその笑みとの対比が笑えるからね。
「……もっとも、今頃太陽の畑では、我々豪族乱舞のライブが最高潮を迎えている頃でしょうけどね」
……なに? じゃあ何でこいつがここに居るんだ?
ああそうか、狙いはあくまで私ってわけかい。しかしリーダー自らライブをほったらかしてお出ましとは、よほどパンクの力とやらにご執心とみえる。
「パンクの力……? ふふふ、何か勘違いしているようね。パンクの力は既に幻想郷全体に行き渡っている。いや、幻想郷そのものがパンクと言うべきか……」
何だそりゃ、意味わからん。
姉さんたちの推理は、まったくの的外れだったって事なのか? なら何でこいつは私の元に……?
「君と二人っきりになれる状況……それこそ私が所望していたもの。パンクなどその為の目くらましに過ぎない。まあ、役には立ってくれましたよ。おかげで双方の邪魔者が片付いたからね」
そう言うと奴は跳び上がり、私にのしかかってきた。
もう一発酒瓶を食らわせてやろうとしたものの、両手を押さえられてしまったためそれも叶わない。
「君という楽器を掻き鳴らしたい……そして、君のアヘ顔ラブ&ピースの音色でもって、世界に和の精神をあまねく広めたい! 今日という日はそのためにあるのですよ、リリカァ!」
ふ……ふ、ふ、ふざけんなあああああああぁ!
何がラブ&ピースだ! 結局オマエも欲望まみれじゃないか!
「想像してみなさい。これから君と私で創り上げる、愛と平和に満ち溢れた世界を! 私たちはここでひとつとなるのです! そして、世に平穏のあらんことを……」
ゆるせん。こいつだけは絶対に許せん。そう思うと不思議と力が湧いてくる。
とっとと失せろファッションパンクのタコ野郎め。何が平穏だよ軽音楽でもやってろオラアアアアアアアアアアァ!
「ぐぐっ……! この期に及んでまだ抵抗するとは、これがリアルパンクロッカーとやらの力というものか……むっ!?」
「リリカそのまま! チェストオオオオオオオオオオオオォッ!」
私と組み合っていた神子の手が消え、私の両手スレスレのところを白刃が横切っていった。
身に覚えのあるシチュエーションだ。もしかしてこれってデジャヴってやつ?
「また君か! 厄介な奴だよ君は! あってはならない存在だというのに!」
「アンタは私が斬る! 今日! ここで!」
何はともあれ、サンキュー妖夢。お喋りの件はこれでチャラにしといてあげるわ。
でも私の部屋でチャンバラするのはやめてほしいなあ。もっとも、既に十分散らかってるんだけどね。
「リリカ、まだライブは始まっていないわ! 今から行けば間に合うはずよ!」
「……なんですって!? そんな馬鹿な! 私のパンクに対する認識が甘かったというのか……?」
「オラァ隙ありっ!」
「くっ……!」
妖夢の斬撃を受け流しつつも、神子の表情には動揺の色がアリアリと見える。
どうやら妖夢の言う事は正しいようだ。理由はわからないが、私の中のリアルパンクロッカーがそう言っている……ような気がする。
「さあ急いで! このクサレファッションパンクは、私が責任を持って八つ裂きにしておいてあげるから!」
「おのれ魂魄妖夢! 君のおかげで折角のプランが台無しだ! 代償は払ってもらうわよっ!」
「代償なら大小で嫌という程払ってやるわ! 死ね、死ねっ、死ねエエエエエエエエエエエェッ!」
とりあえず、この場にいたら危なくてしょうがない。
私は酒瓶を握り締めたまま、剣戟の合間を這うようにして部屋を後にした。
玄関まで辿り着いた私は、急に眩暈と吐き気を感じて立ち止まってしまった。
このドス黒い気分は何だ? 単なる二日酔いとは思えない。これがリアルパンクロッカーの覚醒というやつか? いや、もっと邪悪な何かのせいだ。
その時、私の目の前で玄関の扉が大きな円に刳り貫かれ、向こう側に見覚えのある顔が現れた。
「まったく豊聡耳様も人が悪い。パンクの力を独り占めしたいのなら、この私にそう仰ってくださればよかったのに……あらぁ?」
「どーした青娥?」
「待って芳香……はて? これは一体どうしたこと……?」
覚醒じゃなくて霍青娥だったよ。いや、駄洒落てる場合じゃないね。
私は扉に開けられた穴に飛び込み、困惑気味の青娥にむかって酒瓶を突き出してやった。
「あっぶな……! 芳香ちゃん気を付けて! パンクよ! 騒霊リアルパンクロッカーが一体現れたわッ!」
「なんだと!? よーし、ここは私にまかせろー! コマンド?」
「『かみくだく』よッ!」
前のめりに転がった私に、芳香とかいう動く死体が跳びかかってくる。
弾幕で対処するには距離が足りないし、こいつに酒瓶を使うのはもったいない。
よろしい、ならばキーボードだ。その大口でしっかり味わいな! 食いしん坊爆砕ッ!
「うごぅぐっ!? あが、あがが……!」
「負けちゃ駄目よ芳香! 噛むのよ! よく噛んで食べるのよっ!」
ははは、馬鹿な主従も居たもんだ。
そのキーボードは私と同じ霊体さ。いくら噛んだって食えやしないよ。
「はぐ……はぐ……んむっ」
……食えるはずがない。うん、食えるばずなんて……。
「……白から黒へ、黒から白へ。白黒白黒、そしてまた黒から白へと繰り返す味の波状攻撃! まさしく世紀のマジカルキーボード!」
おいいいいいいいいいいいいぃ!?
食われてるよ! 私の大事なキーボードが思いっきり食われてるよ!
これ以上食われたら取り返しがつかない! ここは不本意だが、戻れキーボード!
「おっ、消えちゃった……?」
「チャンスよ芳香! その娘を羽交い絞めにしなさい!」
「りょーかいだぁー!」
しまった! ……などと言う間もなく、後ろに回った芳香が私の両腋に腕を滑り込ませて、そのまま締め付けてきた。
もっとも奴の腕は前に伸びたままなので、羽交い絞めと呼ぶにはいささか変則的なものだったが。
そして、正面からは満面の笑みを湛えた青娥が近づいてくる。禍々しい、禍々しいにも程がある!
「どうやら豊聡耳様は失敗なさった様子……という事は、私があなたの力を頂戴してもいいって事よねえ? 芳香はどう思う?」
「うおー! 腹が減ったら食う! 腹が減らなきゃ腹が減る! だから食う!」
「よしよし。芳香はホントに賢いわねえ。さぁてリリカさん、お覚悟の程はよろしいかしら?」
いいわけねえだろ! つーか何なんだよ今の会話! 異次元過ぎて理解がとても追いつかんわ!
しかし、このままじゃ非常にマズい! マズいってのに、リアルパンクロッカーの力とやらは肝心な時に湧いてこない。
どうするよ、私!?
「あら、いいモノをお持ちですこと。折角だから末期の酒と洒落込みましょうか」
私が持っていた酒に目を付けた青娥は、私の手から瓶を取り上げて封を切る。
そして、その中身を私の頭へと注ぎかけた。その間奴は笑顔のままだ。怖っ!
こいつを末期の酒と呼ぶには、ちと無粋すぎるんじゃないかね? おかげで下着までぐっしょりだよ。ぐすん。
「これで思い残す事も無いでしょう。安心なさい。痛みは一瞬よ……もっとも、終わりがあればの話だけどねえッ!」
青娥は青白く光った右手を、私の下腹部へと勢いよく突き出し――ギリギリのところで止めた。
何故だ、何故一思いにやらない……?
「……笑い声? いや、この笑い声には聞き覚えがあるわ。これはまさか……“あの歌”の!?」
「あ~いあまぁ~あんちくらいすとっ♪ あ~いあまぁ~あなーきすとっ♪」
「間違いない! この下品なコックニー訛り、ジョニー・ロットンのものに違いないわッ!」
ああ、確かに聞こえてくるねえ。この声には私も聞き覚えがあるよ。ジョニーとかいう奴は知らないけどね。
何にせよ、青娥が動揺している今がチャンスだ。私は己が内に秘めたパンクを奮い立たせ、芳香を一本背負いの要領で青娥に叩き付けてやった。
「ぐおぉっ!?」
「ぎゃふん!」
「わ~な~びぃ~♪ イェイ♪ あ~な~きぃ~♪ ……ナイスよリリカ! かっこいー!」
アンタもなかなか様になってたじゃん、ミスティア!
メルラン姉さんの特訓も無駄じゃなかったみたいね。よかったよかった。
しかしお前さん、どうしてここに?
「ルナサたちに行けって言われたのよ~! リリカが寝坊しないようにって! そしたらこの有様だもん、参っちゃうわ~!」
流石は姉さんたちだ。私の事なんてお見通しってワケか。
「ここは私が食い止めるから、リリカはライブ会場に急ぐのよ~!」
別に行きたかぁ無いんだけどねえ。どうしてもパンクの神様ってやつは、私を会場に向かわせたいらしい。
もうこうなったら行くしかないか。そんでもって思う存分リアルパンクロッカーとやらの力をぶちまけ、この馬鹿騒ぎを終わりにしてやるさ。
「ロットンロットン私もロットン……青娥よ、暗くて何にも見えないぞぉ。早く何とかしてー」
「残念だけど、私の視界も真っ暗なのよ~……あと芳香ちゃん、それはロットン違いというものよ」
「あ~なきぃ~ふぉ~ざゆ~うけいよっ♪」
楽しげに歌うミスティアと、ひっくり返ったままの二人を背に、私は太陽の畑へと向けて飛び立った。
それにしても酒臭ぇ。このまま行ったら顰蹙を買ってしまうかもしれないね。まあそこは、酒も滴るイイ女ってことでひとつ。
幻想郷中の人妖が、この太陽の畑に集まっている。
誰かにそう言われたとしても、今なら信じてしまいそうだ。
プリズムリバーのライブの時にも、これくらいお客さんが来てくれればいいのにねえ。
「ライブってまだ始まらないのかしら」
「あー? 待ってりゃその内始まるだろ。それより酒が足りなくなってきたぜ、クソッタレー!」
「ファッションパンクは十字架に磔られました」
「え~、パンクなグッズはいらんかね~。カミソリ、南京錠、それに欠かしちゃいけない安全ピン。安いよ安いよ~」
「これだけの規模のライブなら、きっと何かネタになるような事件が起きるはず!」
「ええい! ルナ姉は、ルナ姉の出番はまだなのか! 地上の者たちは時間にルーズで困る!」
「月夜見様、少し落ち着いてください」
まあこいつらの大半はお祭り騒ぎが目的なのであって、音楽を聴きに来たわけじゃないんだろうけどね。
私はなるべく目立たぬよう、観衆の端を迂回する形でステージ裏の控え室――風見幽香邸へと向かった。
「ふざけんじゃねえぞクソッタレ! 太子様がファッションパンクだって言うのかよ!?」
「ちょっと二人とも、私の家で暴れないで頂戴」
「てめえは黙ってろこのクサレヒッピーが。おい布都! 今度ふざけたことぬかしやがったら、黒焦げじゃ済まさねえからな! クソッタレー!」
あらあら……中では何やら揉めている様子ね。
あまり気がすすまないけど、とりあえず中に入ってみるとしよう。
あとは、出たとこ勝負だ。
「ク、クソッタレ!? てめえ今更何しにノコノコ現れやがった! それにそのカッコは……」
「見るがよい屠自古。あれこそがリアルパンクロッカーとしてのあるべき姿というものだ。所詮我らなど、付け焼刃のファッションパンクに過ぎなかったという事よ」
「開演時間など歯牙にもかけない遅刻っぷりと、全身から醸し出される酒と暴力の香り……リリカ、今のあなたって物凄くパンクだわ。ステキよ!」
遅刻の件で怒られるかと思ったら、どういうわけか褒められちゃったよ。
それに格好がどうとか言ってたけど、良く見たら相当ヒドイ事になってるねえ、私。
酒でずぶ濡れなのはわかってたけど、チャンバラに巻き込まれた時の切り傷が至るところについてるじゃん。
なるほど、これがリアルパンクロッカーとしての正しい姿というものか。やっぱりロクデナシじゃないか。
「時間通りにここへ赴いた時点で、我らの負けは既に確定していたのだ……屠自古よ、いい加減目を覚ますがよい」
「まだ言うかクソッタレ! いずれ太子様や青娥娘々も戻ってくる! どっちがリアルパンクロッカーかその時決着をつけてやんよ!」
来やしないよ。
あいつらは……いや、お前ら豪族乱舞はファッションパンクだ。
会場に集まってる客たちは知らないだろうけど、私たちにはそれがよく分かってるはずじゃないか。
「み……認めねえ! 私は絶対に認めねえぞっ! ええい、こうなりゃサシで勝負だ! 得物を抜きなクソッタレー!」
「少し頭を冷やしなさいな。それじゃあライブにならないでしょう? うーん、どうしたものかしらねえ……」
「我に提案があるのだが……皆の者、少し聞いてはもらえぬか?」
布都とかいうやつ……こいつも何故かボロボロだな。
それでも相変わらずのイイ表情で、私たちに何やら伝えたいらしい。
「プリズムリバーと豪族乱舞……互いに面子が足りないのなら、我々がここで戦っても仕方あるまい」
「じゃあどうするんだよ!? このまま負けを認めちまうってのかクソッタレ!?」
「二つのパンクが手を組むのだ。ここ、太陽の畑(ザ・ディバイド)で」
「なるほどねえ。VSと銘打っておきながら、結局は共闘するなんて王道中の王道だもの。悪い提案ではないわね」
「……そうであろう? リリカ・プリズムリバーのキーボードに、屠自古のベース、そして我のベースがあれば、最低限バンドとしての面目も保てるというもの」
おいちょっと待て! お前ら二人ともベースかよ!
確かあの芳香ってやつがドラムだったっけか? じゃあ神子は何をやってたんだろうね。なんとなくだけどボーカルが似合いそうだな。いい声してたし。
しかしキーボード一人にベース二人って、いくらなんでもパンク過ぎるだろ。聞いた事ねえよそんな編成。
「仕方が無いわね……残りのギターとボーカルは、この私が務めてあげるとしようかしらっ!」
幽香はいきなり上着を脱ぎ捨てると、そのままの勢いでブラウスのボタンを引き千切り、私たちに肌を晒した。
よく見ると、胸の谷間のあたりに赤いマジックか何かで「USC」と書かれている。何の呪いだか知らないが、とてもファッションパンクな感じがするね。
「こう見えても昔はちょっとしたモンだったのよ? 昔はね。え~っと確かこのへんに……」
おもむろにクローゼットを漁り始めた幽香は、やがて一本のアコースティックギターを取り出し、私たちに向かってとてもイイ表情で振り向いた。
間違っている。上手く言葉にできないけれど、とにかく何かが間違っている。
「おいヒッピー、そんな楽器で大丈夫かクソッタレ?」
「大丈夫よ、問題ないわ。あとそのヒッピーっていうのやめなさい」
「元より楽器など問題ではない。我々は音楽を聴かせるためではなく、パンクをするためにここに居るのだ……違うか? リリカ・プリズムリバーよ」
パンクか……パンクって一体何なんだろうねえ。
未だに私にはよく分からないものの、ステージに立った時何をすべきなのかは、おぼろげながら分かる気がする。
確かに楽器なんて関係ない。今日の私は音楽家でも騒霊キーボーディストでもなく、ただのリアルパンクロッカーなのだから。
「おい……マジでやるのか? 私たち四人であの大観衆を相手にするなんて、正気の沙汰とは思えないぜクソッタレ……」
「あらあら、今更になってそんな弱音を吐くなんてね。蘇我のお嬢さんは心までファッションパンクになってしまったのかしら?」
「屠自古、なんならお主はここに残っても構わん。比類なき豪族乱舞としての責務は、我一人でも十分に果たせようぞ」
「ふ、ふざけんじゃねえクソッタレ! やるよ、やってやんよ! 私こそが真のリアルパンクロッカーだって事を見せ付けてやんよ、クソッタレー!」
屠自古、布都、幽香、そして私。即席のパンクバンドの結成だ。
そういえば、元々私たちプリズムリバーは、ミスティアを加えた四人で演るつもりだったんだっけ。
そんでもってこいつら豪族乱舞も、マネージャーの青娥を除いた四人で演る予定だったんだろうねえ。
ひょっとしたら、あのなんたらピストルズとかいうバンドも、四人一組だったのかもしれないね。だとしたら、何か因縁のようなものを感じるよ。
「さて、そろそろステージに上がるとしましょうか。あまりお客さんを待たせるのもよくないからねえ」
「比類なきパンクバンド、プリズム乱舞のお披露目である。諸君、派手にいこう」
「やってやんよ! やってやんよクソッタレー!」
チューニングも曲順表も必要ない。なぜなら私たちはパンクだから。
楽器は肩に担ぐもの。なぜなら私たちはパンクだから。
パンクというものがようやく理解できた気がする。頭ではなく、魂で。
そしてその思いは、今こうしてステージに立ち、野次と罵倒の混じった大歓声を受けたとき、確信へと変わった。
「遅い! あんたら何時間待たせるつもりよクソッタレー!」
「そうだそうだ! お前ら一体何様のつもりだクソッタレー!」
「おい見ろベースが二人居るぞ! なんだあいつらファッションパンクかよクソッタレー!」
「それよりメンバー足りなくないか? 怖気ついて逃げたのかよクソッタレー!」
「アコギ持ってるお姉さんが滅茶苦茶怖いんですけどクソッタレー!」
「俺が、俺たちがクソッタレだ!」
「ルナ姉はどこだあああああああああああぁクソッタレー!」
「だから月夜見様落ち着いてくださいってクソッタレー!」
ステージに向かって容赦なく投げつけられる酒瓶の数々。殆どの客は既に出来上がっているらしい。
よく見れば、客席のいたるところで客同士の喧嘩が始まっている。
いつもの私たちのライブでは、到底お目にかかれない光景がそこには広がっていた。
「私の雌しべもビショ濡れよ」
珍しく興奮した様子の幽香が、ポツリとそう呟いた。
そうだ、これがパンクのライブだ。そしてこれこそが、幻想郷の本当の姿というものなのだ。
“とにかくコードをひとつ弾いて、ビーンと鳴らせばそれが音楽だ”
今、私の中のリアルパンクロッカーが、確かにそう教えてくれた。
これで全てが揃った。ようやくパンクの意味が分かったよ。
酒と暴力と、そして音楽。
パンクとは、幻想郷そのものだったのだ。
「さあ、始めましょう!」
幽香の掛け声を合図に、私たちは各々の楽器を力強く掻き鳴らした。
観衆はほんの一瞬だけ静まり返り、再び天地を揺るがすような大歓声をぶつけてくる。
私は足元に転がる酒瓶を拾い上げ、僅かに残った中身を飲み干し、我が分身とも呼ぶべきキーボードを振り上げて、荒れ狂う客席へと飛び込んだ。
「私たちもリリカに続くのよっ!」
「承知! 物部の秘術とパンクの融合、この場で試させて貰おう!」
「うおおおおおおおおおおおおおぉやってやんよクソッタレエエエエエエエエエエエエェッ!」
己が内側から湧き起こるパンクの衝動に身を任せ、ただひたすらに暴れまわってやった。その後はもう、何がどうなったのかよく覚えていない。
目についた妖怪を二、三十匹ほど殴り倒し、見知らぬオッサンのケツにキーボードをブチ込んだ時点で、私の記憶は途切れている。
私たちが巻き起こしたパンクの嵐は、その後数日間に亘って幻想郷を席捲し続けたらしい。
あらゆる人と妖怪、そして神様までもがパンクの衝動に呑み込まれ、大変な騒ぎになったと新聞に書かれている。
「もうあれから一週間か……皆ようやく落ち着きを取り戻したみたいね」
ルナサ姉さんとメルラン姉さんは、騒ぎが治まるまでの数日間、慧音や永遠亭の人たちと一緒に人里の守護に当たった。
慧音が事前に行った啓蒙活動により、里の中での混乱は最小限に留まったそうだが、それでもパンクに浮かれた妖怪どもが時折襲撃してきたりして、それなりに大変だったみたいね。
「でも、ちょっとだけリリカが羨ましいわぁ。私たちもハッピーに大暴れしてやりたかったものねえ、姉さん?」
今回の騒ぎは“幻想パンク異変”なる名で異変と認定され、後の世に伝えられる事となったそうな。
もっとも、にわかパンクスたちの中で最後まで立っていたのが、毎度おなじみ博麗の巫女だったというだけの話であり、あくまで特例として扱われるようだ。
幽香との最後の一騎打ちに見事勝利を収めた彼女は、「てめえら全員ファッションパンクだクソッタレー!」と叫んだ後、そのままぶっ倒れて三日三晩爆睡し続けたとか。
「なんだかんだ言っても楽しかったわ。またパンクな気分になった時は、私も誘って頂戴ね」
暴れるだけ暴れて満足した様子の幽香は、ズタボロになったアコースティックギターを拾い上げ、何処へともなく去って行ったという。
できる事なら、そんな機会には訪れてもらいたくないものだ。次に会う時に、彼女がリアルパンクロッカーになっていない事を祈りたい。
「もうパンクなんて懲り懲りよ~♪ どうせならもっとデストローイ! な歌が……あーん! 身に染み付いたパンクが抜けない~♪」
勇敢なるミスティア・ローレライは、屋敷から飛び出してきた神子と妖夢を目撃するまでの間、あの厄介な主従の足止めを務め上げてくれた。
彼女はその後、幻想郷の各地で湧き起こった暴力の場に現れては、自己流にアレンジしたピストルズのナンバーを歌いまくったらしい。
「豊聡耳神子……いずれ奴とは雌雄を決する日が来るだろう。その時まで精進せねば!」
妖夢の豪族乱舞に対する怒りは、彼女自身の勘違いに端を発していたのだと、後日幽々子から聞いた話で判明した。
なんとも人騒がせな話だが、何度も助けてもらった身である以上、私に文句を言う資格は無いだろう。
そうそう、ライブ当日に妖夢が私のところへ来たのも、あの幽々子の指示によるものだったらしい。
ひょっとしてアイツ、最初から全部お見通しだったんじゃないか? いやいや、そんなワケ無いよね。馬鹿馬鹿しい。
「ぬおぉー!? よく考えたら私は一度もドラムを叩いていないぞぉー!? せーいーがぁー!」
ああそうだ、豪族乱舞がその後どうなったかについても触れておかなければなるまい。
幻想パンク異変が終結したその翌日、連中は「音楽性の違い」を理由に解散を宣言した。
とは言うものの、別に奴らが離れ離れになったわけではない。
「パンクの力は手に入らなかったけれど、色々と面白いものが見れてよかったわぁ。さ~て、今度は何をしようかしらっ♪」
神子にパンクの何たるかを教えたのは、あの青娥娘々だったらしい。
二人の思惑は途中まで合致していたみたいだけど、神子の本当の目的までは見抜くことができなかったようね。
まあ、こいつには酷い目に合わされそうになったし、これからもその動きには注意が必要かな。
「ふっふっふ……私はまだ諦めたわけではありませんよ? リリカ・プリズムリバー。いつの日か必ず、君を思うさま奏でてあげましょう! ふははははは……!」
神子の当初の目的は、概ね姉さんたちが推測した通りのものだった……私の存在を知るまでは。
彼女は身内にも悟られぬよう計画を変更し、私の能力を利用して、パンクとは別の音楽を復活させようとしていたみたい。
それが何なのかは彼女のみぞ知る、といったところだが……とりあえず、アヘ顔ラブ&ピースだけは御免被りたい。
「今回の件で皆の結束が強まったため、本日の我はピースな気分。すなわち雨降ってジゴワットであり、屠自古がデロリアンを作動させてBTTF。むむ、やはり何かが間違っておるが気にするな」
豪族乱舞が私たちプリズムリバーにパンク対決を挑んできた本当の理由……それを知っていたのは、物部布都ただ一人だったのかもしれない。
神子や青娥はパンクの力を利用するために動いていたが、彼女は逆に、幻想郷に漂うパンクの気を発散させようとしていたみたいね。
その目論見は見事成功を収めたらしく、あれほど荒れ狂っていた人妖たちは、まるで憑き物が落ちたかのように以前の暢気さを取り戻している……無論、この私も含めて。
そして、ここにも正気に戻った者が一人……。
「ねえねえリリカ。このキーボード、弾かせてもらってもいいかな?」
屈託の無い笑顔を向けてくる屠自古に対し、私は力無く頷いてやる。
両手の人差し指で恐る恐る鍵盤を叩く彼女の姿に、以前の荒くれたパンクロッカーの影は全くと言っていいほど見て取れない。
布都曰く、今の彼女こそが本来の蘇我屠自古なんだとか。いくらパンクの力に呑まれていたとは言え、流石にギャップが大きすぎるよ。
「最近なんだか気分がいいの。悪い夢から覚めたような、そんな感じがするんだ」
幻想郷に現れて以来、彼女はずっとパンクの影響下にあったのだと聞いた。
神子たちがパンクの力に興味を持ち始めたのも、この屠自古の変貌ぶりに大層面食らったのが原因だったとか。
どうも霊体というやつはパンクに毒されやすいらしい。豪族乱舞が暗躍を始めて以降、その傾向は一層強さを増していったようだ。
その事は彼女や姉さんたちだけでなく、あの半霊の妖夢を見ても頷けるというもの……私は比較的マトモだったでしょ? 普段から姉さんたちの音の纏め役をやってたからかしらね。
「あんまりよく覚えてないんだけど、私とリリカって前から友達だったよね? 一緒にバンドとかやったりしたような記憶が、あるような無いような……」
……さーて、どう返答してやったらよいものか。
非常に都合のいい話だが、彼女は自分がパンクに染まっていた頃の記憶が、かなり曖昧になっているらしい。
その反動だかなんだか知らないけど、どういう訳か私は彼女に懐かれてしまったようで、非常に複雑な気分だよ。
今までツンツンしていたヤツに、急にデレデレされてもなあ……なるほど、これが世間一般で言うところのツンデレというものか。違ったらゴメン。
「ねえリリカ、よかったら一曲弾いてみてくれない? 私、リリカの演奏が聞きたいな」
おずおずとキーボードを差し出してきた屠自古に対し、私は出来る限りの笑顔で応えてやった。
パンク以外の音楽を知らないであろう彼女には、聞かせてやりたい曲が沢山ある。まずは私たちのテーマ曲でもある「幽霊楽団」から始めるとしようか。
期待に胸を膨らませる屠自古の前で、私はそっと鍵盤に指を走らせ始めた。
パンクにまつわる騒動の話は、これでおしまい。
でも幻想郷がパンクで成り立っている以上、同じ事がまた起こるかもしれない。いや、起こり続けるでしょうね。
幻想郷が変わらないのなら、私たちだって変わらずに居てやるさ。いつまでもね。
“Prismriver No.1”
決して過去形にはならない。いつだって私たちが最高なんだ。
そうでしょ? レイラ。
ピクッ
勢いがあって面白かったです
落ち着きと妖怪性(暴力性)が調和した幽香さん素敵!
テンポの良いストーリーと怒涛のギャグに、終始大笑いしながら一気に読ませて頂きました。
アナーキーでデストロイでちょっぴり切ないパンクの世界と、本来の幻想郷とがうまくブレンドされていてファッキングレート!
草葉の陰でシドやストラマーも酒瓶片手にニヤリと笑みを浮かべていることでしょう。
GENSOKYO IS BURNING!!
しかしパンクにしては冗長だったように感じます。
もっと破壊するように駆け抜けて欲しかったです。
それにつけても、内容はむしろプログレである。
そして、ペニーワイズが入ってるのは素晴らしい。ペニワイとBR様こそは新のメリケンパンク也。
90年代Epitaphこそ真髄。カルフォルニアこそ至高。
よしかちゃん、ドラマーっていいなぁ。かわいいなぁ。よしかちゃんかわかわ。
けど面白かったぜ
この表現に痺れましたね、ビリビリと。
狡猾をもって鳴るリリカも、周囲に暴走されると翻弄されてしまうようで、その姿がちょっと可哀想な可愛いような。