地面の下の遺跡より、指を鳴らしてやって来る。
地獄の薄闇を切り裂いて、いなせなアイツがやって来る――。
―― あたいはリン。オリンと呼んでくれると嬉しいね。
こっちは助手のウツホ。オクウと呼んでやっておくれ。
―― で、あんたが今日の依頼人かい?こんな所まで、物好きだね。
まあいいさ。せっかくあたいを頼って来てくれたからには、きっちり仕事はしてやるよ。
さて、と。この何でも屋へ、何の用だい――?
「―― お燐、何をぶつぶつ言ってるの?」
「ひゃわあああっ!?」
ハードボイルドな雰囲気を叩き割る、怪訝そうな声で火焔猫燐は現実へと戻された。
瞬時に景色が暗転し、変な絵画や鎧やショーケース内のショットガン(レプリカ)が飾られた西洋風な応接間から、地霊殿の洗面所へ。
声の主は古明地さとり。洗面所からぶつぶつと妙な呟きが聞こえたら気になるのは当然である。
「さ、さ、さとり様! 別になんでも」
「まあ、きちんと挨拶とかを練習しておくのはいいコトだけど……ちょっと気が早いというか、役にのめり込み過ぎね」
くすり、と微笑ましそうに笑うさとりの顔は、思春期の娘を見守る母親そのもの。
彼女には他人の思考を読むという特殊能力が存在する。当然ながら、燐が練習していたハードボイルド劇場は全て筒抜け。
真っ赤に染まる頬を両手で押さえながら、彼女はさとりの後に続いて洗面所を出る。
「それにしても、面白い事を考えるのね」
「えへへ、前からいっぺんやってみたかったんですよ。憧れてたんです、こういうの」
廊下を歩きながらの会話。その途中で燐が立ち止まる。
彼女の自室の隣部屋。今までは特に使用されておらず、倉庫代わりとなっていた。
だが今は――
「どうですか?」
「いい部屋じゃない。気合い十分って感じ?」
燐の思い描いていた応接間に近い、テーブルやソファが置かれた小奇麗な空間。さとりも感心したように頷いている。
入ってすぐの所に置いてあるラックの上から、平べったい板のような物を取り出す燐。
「まあ、カタチだけでもってヤツですよ。今日から……」
「おりーん!」
しみじみとした語りを途中で断ち割るような、元気な声が廊下に響く。ぱたぱたと足音を弾ませてやって来たのは地獄鴉、霊烏路空だ。
「あ、お空。やっと来たね」
「ごめ~ん。ゆで卵食べてたら遅くなっちゃった」
「またかい? まあいいや、今日からあたい達の新しい仕事の始まりだよ。気合い入れな!」
「うん!」
改めて燐が言うと、空は満面の笑みと共に頷いた。
それに頷き返し、彼女はその部屋のドアに取り付けられたフックに、今しがた取り出した板―― 掛け看板をぶら下げた。
可愛らしくデフォルメされた猫と鴉のイラストに挟まれるように、こう記されている。
―― ”地獄の何でも屋 Missing Cat”
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――事の発端は、師走を目前に控えた初冬のある日。さとりが上げた悲鳴であった。
『このままじゃ、今年のおせちはかまぼこオンリーよ!!』
『かまぼこオンリー!?』
『そうよ、それも白い方だけ!』
『赤いのないの!? やだぁー!』
ステルスシスター・古明地こいしも駄々をこねる、そんな残酷な宣言。
度重なる宴会やかさむ食費、旧地獄跡の管理・維持費に地霊殿の修繕費―― 積もり積もった家計の圧迫に、重い能力を背負いながらも閉ざされる事の無かったさとりの強い心がとうとう悲鳴を上げたのだ。
要は、財政破綻寸前という事である。
『せめてかまぼこは二色揃えてよ!』
『じゃあ明日からこいしのご飯は、ご飯におかかをかけるだけになるけど……』
『キャットフードじゃない!』
『猫まんまを英訳しないで下さいこいし様! あたい傷付きましたよ!』
猫まんま生活を危惧した地霊殿の住民達により、家計を持ち直す為の対策が成された。
宴会における酒代の節約、不用品を地上で売却し換金、知り合いの伝で地霊殿の改修をなるべく安く。
地底に住むその他妖怪達の協力も得て、どうにか財政破綻は免れた地霊殿。今年のおせちもきっと重箱。
しかし、これで良しとしなかったのは燐だった。
『せっかく努力して持ち直したんですし、この際何か新たな資金調達源も作っちゃいましょうよ』
と言い出した。再び同じ危機に立たされぬよう、財政に余裕が欲しいとの事。
ゆで卵や温泉卵を売ってみたり、バーを経営してみたりと色々やる中、燐は自分でも何かしたいと言い出す。
さとりは少し考え、燐に任せてみる事に。その結果が――
『何でも屋?』
『はい。依頼を受ければ猫探しから暗殺まで何でもこなす、何でも屋です。あたいがそれをやります。
資本はカラダ一つ。依頼人からの報酬で、少しくらいは助けになりますよ』
『うにゅ、なんか面白そう!』
『お、分かるか。じゃあ、お空も一緒にやるかい? あたいの助手で』
『いいの!? ありがとお燐!』
そんな流れで開業準備を進め、年も明け―― おせちは重箱だった―― 冬も終わりに近付きつつあるこの日、とうとう開業。
空き部屋を事務所へと改装し、看板まで作って準備万端だ。
依頼は地底だけで無く地上からも受け付ける。数日前、空に頼んで地上にもビラを配って貰った。
「さあ、最初の依頼人は誰かな?」
「ドキドキするね、お燐!」
緊張の面持ちでソファに腰掛け、依頼人の来訪を待つ燐と空。その初々しさ溢れる光景に、思わず笑みをこぼすさとり。
しかし、昼を過ぎてもまだ訪問者はいない。
「まあ、そんなすぐには来ないよね」
「あ、お燐。食べないならそのタマゴちょうだい」
「だーめ、あたいは好物は取っとく派なの」
「うにゅー」
ソファに並んで座り、ずぞぞぞーと音を立てながら月見そばをすする二人。真新しいガラステーブルに汁が飛び散る。
空が未練がましく丼に残った汁をぺろぺろ舐めて燐に叱られたり、おやつにゆで卵をもぐもぐやっている間に定めた閉店時間。
しょげた顔を見せる空に対し、『誰も困ってないってコトなんだから』と、燐は笑顔。
変化が起こったのはその翌日、”Missing Cat”開業二日目の事であった。
昼食を終え、ぼけーっと依頼人を待つ二人。と――
「きゃああああ!」
がらがらがら、というけたたましいローラー音と少女の悲鳴が交錯し、地霊殿の廊下に響き渡った。
二人のいる事務所へとどんどん近付いてきて、どがっ、という衝突音と共に止まる。
「ふぎゅん!」
もう一度短い悲鳴。それに合わせるように、燐は勢い良くソファから立ち上がった。
「お、お空! 来たよ!」
地上からの依頼人が迷わずここまで来れるように、直通のトロッコを部屋の前まで引いておいたのだ。レールは出し入れ可能な優れもの。
計算が少々違って、依頼人がドアに衝突したのは予想外だったが。
「だ、誰だろ……」
息を呑んで待つ。ぎぃ、と軋んだ音と共にドアが開かれた。
「う~……お燐、ちょっと荒っぽすぎるよぉ」
ふらぁり、と頭頂部を押えながら入って来たのは土蜘蛛妖怪黒谷ヤマメ。トロッコ用レールも彼女の作品だ。
「おめでとー! ヤマメがお客さん第一号だよ!」
「うにゅー!」
ぱんぱんぱん、とクラッカーを鳴らす空。ヤマメは随分と面食らった様子で降り注ぐ紙テープを浴びる。
髪にかかった、火薬の匂いがするテープを指でつまみながら彼女は苦笑い。
「なんかのパーティみたい……まあいいや、まずは開業おめでとう。でね……」
しかし続きの言葉は、この部屋への初の来訪者にハイテンション極まる燐によって遮られた。
「はいはいはい! ま、とりあえず座りなって。焦って立ち話なんかしなくたって時間はたっぷりあるんだから。
依頼については根掘り葉掘り茎堀り花掘りおしべ掘りめしべ掘り葉緑素ん中のクロロフィルまで掘って、ばっちり聞いてあげるさ。
お空、コーヒー入れてやんな! ホイップクリームたっぷり積んでやれ!」
「うにゅ! 20センチくらいでいい? 足りない?」
「もっとだ!」
「りょーかい!」
ルンルン気分でコーヒーを沸かす空と、にこにこ笑みの燐を前にして、ヤマメは言い難そうに切り出す。
「えっとぉ……実はさ、私別に依頼があるワケじゃなくて……」
「はいはいはいはい! 大丈夫だって、依頼があるワケじゃないくら……んあ?」
「つまり、私がここへ来たのは別件なの。ゴメンね」
「あ、え……」
夕立に煙るバーベキューの炭火のように、みるみるテンションが落ちていく燐。顔に無数の縦線が入り、力無く俯く。
「……あはは、そっか。困ってる友達なんて存在しなかったんだな。
ならいいさ……とりあえず座んな、せっかくだからコーヒーでも飲んでいくといいよ……」
「うにゅー! お待たせ……あれ、どうしたの?」
備え付けの台所から帰ってきた空は、どんよりした空気に首を傾げる。
ヤマメより再度の説明を受けると、彼女もまたしょぼん。ぺしゃんこにされそうなくらい重たい空気が場を支配する。
流石に申し訳無くなり、ヤマメは深く頭を下げていた。
「その、ごめんね……」
「いやいいんだ、何も悪くない。気を取り直して……っと。ヤマメは何の用で来たんだい?」
燐が顔を上げると、彼女はポケットから折り畳まれた紙片を取り出す。
「そうそう。んとね、これなんだけど」
言いながら紙片を広げると、折り目はついていても燐にしてみれば一目で正体が分かった。
「あれ、これはあたいのチラシじゃないか」
数日前、空が地底及び地上に配った”Missing Cat”開業のチラシ。
一緒に載せた謳い文句にはいくつかパターンがあり、『猫探しから暗殺まで』が地底向け、『分娩から介錯まで』が地上と地底両方。
そして――
「およ?『ハッキングから夜のおかずまで』……これは、地上向けに作ったチラシじゃないか。どっから持ってきたんだ?」
「まちがえたの?お燐」
「いや、そんなハズは……」
細かい事だが、彼女にとってはちょっとしたこだわりポイント。すると、ヤマメは苦笑いを浮かべた。
「そのね、地底の入口辺りをお散歩してたら落ちてたのを見つけたの。なんでここにあるんだろうって、気になって少し地上に出てみたら……」
「出てみたら?」
「地底の入口の所に、これが散乱してたの」
彼女が立ち上がり、独特の丸っこいスカートをばさばさとやる。と、大量のチラシがばらばら落ちてきた。
全て地上向けに作ったもの。
「入口に散乱?」
「うん、辺りに適当にバラ撒いたって感じ」
「……オチが読めてきたぞ」
ヤマメの話を聞き、燐は横目で隣に座る”オチ”の仕掛け人を睨む。
「うにゅ? お燐、そんなに見つめられたら照れるよぉ」
空は燐が何故見つめてくるのか分かっていないようで、頬を染めて恥らった。
そんな彼女に不覚にもキュンとしつつ、それを表に出さぬよう平静を保って燐は尋ねる。
「……お空。こないだ、あたいがチラシを渡した時に何て言ったか覚えてるかい?」
「え? うん、覚えてるよ!『地上からも依頼を受けたいから、地上の方にも適当にバラまいてきておくれ』だよね!」
きっちり燐の口真似をして答える空。燐は頷きつつ続ける。
「ああ、その通りだ。モノマネは微妙だけどね。で、お空はこれをどうした?」
「もちろん、お燐に言われた通りにまいてきたよ!」
「なるほどなるほど……って、本当にそこらに撒き散らしてどうすんだいこのバカ鴉!!」
燐の平手が脳天へと落ち、ぱかん、と空っぽの缶を叩いたような小気味良い音が鳴り響く。
えっへん、と胸を張っていた空は涙目になり反論。
「いたぁい! ヒドイよお燐!」
「まったく、まさか本当に撒くとはな……」
「ま、まあまあ。お空だって悪気があったんじゃないんだし」
「この場合、むしろ無い事のが問題なような……」
フォローに入るヤマメに肩を竦める燐。空はぶたれた頭頂部をさすりながら、くすんくすんとべそをかく。
「うにゅぅ……」
庇護の念を掻き立てて止まないその泣き顔に、燐の心を罪悪感が支配していく。ぐぬぬ、と唸ったその時であった。
「―― あのぅ、何でも屋さんっていうのはココでいいんでしょうか……」
こんこん、という軽いノックと共に、小さな声が事務所内へ転がった。
はたと顔を上げ、燐は猫生活で鍛えた素早い身のこなしでドアへ取りつく。
「へ、へい! こちら地獄の何でも屋”Missing Cat”、絶賛営業中でさぁ! さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「お燐、何でそんな時代劇調なの?」
「そ、そんなつもりは……えっと、さあさあ御用とお急ぎでない方はどうぞご覧下さいませ!」
「うにゅ、でもお高いんでしょう?」
モノホンのお客さん第一号に、動転した燐の言動は迷走を極める。思わず合いの手を挟む空だが、何が高いのか。
「えっとぉ……」
ドアの向こうから、どうして良いか分からない客の声。頭をガリガリと掻きつつ燐はドアノブに手を掛けた。
「あー、こりゃ申し訳ない。とりあえずどうぞ」
開かれるドア。何よりも最初に部屋へと入って来たのは、依頼人の手でも無く、足でも無く、触覚であった。
依頼人が、部屋へと足を踏み入れる前に頭を下げた為だ。
「こ、こんにちは」
「おや、誰かと思えば」
妖怪蛍、リグル・ナイトバグ。知った顔に、燐は少々驚いた顔。声を聞いただけでは分からなかった。
というより、普段の彼女とはどこか声が違う。まるで風邪を引いたかのように、しゃがれた感じだ。
「うにゅ、いらっしゃい!」
「こんにちは。お空、相変わらず元気だね。それにヤマメまで」
「あ、私はちょっと別件でね」
あはは、と笑うヤマメに笑い返すリグルだが、その笑みにはどこか力が無い。
何か悩みを抱えているのは間違い無いだろう―― すぐに見抜いた燐は、とりあえず彼女にソファを勧める。
「とりあえず座んなよ。今コーヒーいれるからさ」
「ありがとう、お構いなく」
「はいお待たせー」
「早いね……ってなんじゃこりゃあ!?」
リグルの前に置かれる、コーヒーカップに山と盛られた純白の山。空が気合いを入れて40cm程積んだホイップクリームだ。
「ウインナコーヒー、地獄鴉スペシャルだよ」
「ソフトクリームの間違いじゃなくて?」
茫然と眺めつつ、彼女はティースプーンを手に取る。どうやって飲めばいいか見当もつかず、結局クリームを直接食べ始めた。
10cm程山が縮んだ所で、燐が切り出す。
「さてと。お前さんがお客様第一号さ。この何でも屋に、どんなご依頼で?」
飽きる事無く懸命にスプーンを動かすリグルに問うと、彼女は手を止めつつも視線をカップから逸らさぬまま。
押し黙り、暫しの沈黙。
「うにゅ? ねぇ、どうし……」
「しっ、お空。あちらさんのペースってモンがある」
痺れを切らした空が尋ねようとするのを、燐が手で制した。隣に座るヤマメも、明らかに思い悩んだ様子の彼女に戸惑いの色を浮かべ始めた。
部屋中の視線を集めたリグルは、迷うように動かしていたティースプーンを再びクリームの山に突き刺し、一気に5cm程削り取って口に押し込む。
もむもむと口を動かして味わい、飲み込んだ所でようやく彼女は顔を上げた。
「……ごめんなさい。実は、依頼っていうのは……その……」
まだ少々言い辛そうなその様子を見て、燐が安心させるような笑みを浮かべて言った。
「なんだい? こちとら何でも屋だ、何だってする。
それにあたいは普段、死体を運んだりもするんだ。今更、どんな内容だって引きやしないさ。言ってごらんよ」
「わたしも、えっとぉ……核使っていろいろやってるよ! だからだいじょーぶ! なんでも言って!」
空も何とか燐に合わせようと言葉を掛ける。そんな彼女の背伸び具合に、思わず笑みがこぼれていた。
「えへへ、ありがとうね二人とも。今ちゃんと言うから」
ちょっぴり恥ずかしげな笑みと共にリグルは再びクリームの山を削り取って口に運び、それを溶かしてから改めて切り出す。
「んと。依頼っていうのはね……な、仲直りを、仲介して欲しいっていうか……」
「仲直り?」
オウム返しに燐が尋ねると、小さく頷いた。
「誰かがケンカでもしたの?」
「誰かっていうか、その、私のコトなんだけど」
次いで尋ねた空に、彼女はそう言ってやや俯き加減。
なるほど、と手を打って燐が続ける。
「誰かと喧嘩しちまったけど、反省してるし何とか仲直りしたいから協力して欲しいってコトか。相手は?」
「……みすちー。ミスティア・ローレライ」
「マジか」
燐は驚いた。夜雀ミスティア・ローレライと言えばリグルの大親友ではないか。
地上でどちらかに会いに行けば、大抵は二人で一緒にいる所に遭遇する。それ程までに仲の良い二人が目下喧嘩中。
「どしたの、お燐? みすちーとリグルが仲良しってのは知ってるけどさ……」
「だから驚いてるんだよ。言わば、あたいとお空がケンカしてるってのと同じさ」
「えぇっ!? な、なんでそんな……」
身近過ぎる例を出され、ようやく空も事の重大さを認識した様子。
一瞬笑ってしまってから、リグルは再びその顔に影を落とす。
「ケンカの理由なんて、もうよく覚えてない。みすちーとケンカしちゃった、っていうその事実が重すぎてさ、他に何にも思い出せないくらい」
「だろうなぁ。胸にどでかい穴を穿たれたせいで、そっから何もかも流れ出しちまってるんだろうね」
「だ、大丈夫なの!? 救急箱取ってくる!」
「あーこら、たとえ話だよ。本当に穴が開いてたら今頃大変だろ……」
せっかくハードボイルドな比喩表現をキメたというのに、天然極まる空に邪魔をされてしょぼくれる燐。
しかし空は一応納得しつつ、自分の目で確かめようとテーブルの向こうへ手を伸ばし、リグルの来ているブラウスの裾を掴んだ。
「そ、そうだよね……どれどれ」
ぺろーん。
「きゃあっ!」
「おいコラやめんかこのバカ鴉!」
「いたぁい!」
急にブラウスをぐいっと胸付近までめくり上げられ、リグルから驚きと羞恥の悲鳴が上がる。次いで燐のゲンコツが飛び、最後に空がまた悲鳴。
華麗なる3Hit Comboも決まり、一同はやれやれと―― 空は涙目で頭頂部をさすりながら―― 席に戻った。
場をリセットし、改めて燐が口を開く。
「まあ、依頼についてはよく分かったよ。ミスティア・ローレライとの復縁だな。それでいいかい?」
リグルが頷こうとしたその時、不意に空が手を上げた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「あのさ、仲直りしたいんだったら素直に『ごめんなさい』って言えばいいのに。なんで言わないの?」
「お空、あんまりそういうのはさ……」
「だって、それが普通だと思うのに……」
ストレートな物言い。燐は止めようとしたが、彼女は食い下がる。子供心に、腑に落ちないものがあったのだろうか。
するとリグルの方もゆっくりと頷いた。
「……お空の言う通りだよ。本当は私がちゃんと言うべきなんだ。分かってはいるよ……けど」
「けど?」
「いざ謝ろうと思って、みすちーを前にすると……急に、思ってもいない言葉が次々溢れてきてさ。
上手く言えないまんま……気付いたらまた口ゲンカになってて。こんなに謝りたいのに、顔を見るとどうしても言えなくて……」
顔を暗くする彼女の様子に、空も黙りこくってしまった。
内心で燐も、なるほど、と頷く。彼女の声がしゃがれていたのは、喉が枯れるまで何度も口喧嘩を繰り返したからなのだと。
「ごめんね……」
「ううん、いいんだ。ありがとう」
「一度こうなっちゃったら、お互い引くに引けない面があるのかも。意地の張り合いだよね。仕方ないと言えばそうなんだけど……」
ずっと聞き手に回っていたヤマメがぽつり。燐はそれに頷き、立ち上がった。
「そうさな。でもこのままじゃ良くない。分かった、確かに依頼は受けたよ。
責任を持って、仲直りを実現させてみせる。このあたいに任せておくれ」
胸を張り、力強くきっぱりと言い切る燐。その様子はきっと、依頼人の不安をほんの少しでも和らげられる筈だと信じての物言いだ。
だがその時、くいくい、とスカートの裾を引っ張られる。横を見れば、雨に打たれた捨て犬のような目で見上げてくる空。
「どうしたの、お空」
「うにゅぅ……」
尋ね返しても、悲しげに鳴く(?)だけで自分からは言わない。数秒考え、燐はポンと手を打った。
「訂正するよ。このあたいと、お空に任せておくれ」
「うにゅ!」
空は、瞬時にぱぁっと顔を華やげた。えっへん、と胸を張るその様子がどうしてもおかしくて、室内はどっと笑いに包まれた。
・
・
・
・
リグルには二日後にもう一度来るよう伝え、その日はお開き。ヤマメも『頑張ってね』と言い残して去って行った。
本来なら依頼の話は一応部外者である彼女に聞かせるべきでは無かったのだろうが、双方気にしていないようなので目を瞑った。
「よし、出掛けるよ」
「まってー」
そして翌日、燐は簡単な出掛け支度をして地霊殿を出る。ぱたぱたとついていく空が、小走りでようやくそれに並んだ。
暫し地底を歩き、途中から飛び、ぽっかり空いた穴から地上へ出る。
「こんな時間からやってるっけ?」
「あたいの調査に抜かりはないよ」
時刻は何とか夕刻、と言える微妙な午後四時。
とは言え冬場なのでもう太陽は段々と陰りを見せ始めている。
二人は一度空中で止まる。燐が辺りを軽く見渡して、方向を確かめると再び動き出した。目指すのは森の方角。
「えっと、森の入り口に近い……木々に囲まれたスペースに、っと」
「あ、なんかいいにおいしてきたよ」
彼女の言う通り森の中、入り口付近に穴が空いたかのようなスペースが見える。同時に空の鼻が何とも香ばしい匂いをキャッチ。
ほぼ確信し、燐が先立ってそのスペースに降り立つ。と――
「あれー、二人とも久しぶり! いらっしゃい!」
そこには立派な移動式の屋台が鎮座しており、目を丸くしたミスティア・ローレライが嬉しそうな―― しかし少々しゃがれた―― 声色で二人を出迎えた。
彼女が幻想郷においてうなぎの蒲焼き屋台をやっている、というのは知り合いにしてみれば周知の事実。燐も空も、居合わせた地上の人妖と共に何度も世話になっている。
普段のひらひらした服からぴしっとした和装に着替え、今まさに開店準備中。
「無性に食べたくなってね。今日やってるかい?」
「もちろん! ちょうど開けようとしてたトコロだからさ……ささ、座ってよ。最初のお客さんだし、色々サービスしてあげる」
「やった!よいしょっと」
もうすぐにでも調理出来る状態なのか、パチパチと弾ける炭火の音や匂いがイヤでもテンションを上げてくれる。昼食を少なくした事もあって早くも腹の虫が疼きだした。
空は早くもカウンター状の席に座って準備万端。こうこうと燃え盛る炭火を眺める。
秘伝のタレが立てる、その食欲をガンガン叩き起こしてくる香りにヨダレを堪えつつ、燐は少し声色を変えて尋ねた。
「ありがとね。ところで、何か声がおかしいけどどうかしたのかい?」
「えっ!? そ、そう?」
「うん。しゃがれてる感じがするんだけど……風邪か何か?」
「そ、そうなの。最近まだ寒いしさ……でも大したことはないから大丈夫だよ。ほら早く座ってったら!」
燐の質問に、ミスティアは明らかな動揺の色を見せた。彼女の誤魔化しを真に受ける形で頷き、空の横に座る。
無論、二人がこの日屋台を訪れたのは――食べたくなった、というのも本心ではあるのだが―― リグルとの関係について『探り』を入れる為だ。
今の質問もその一環だが、とりあえず普通に楽しもうかと燐はメニューを眺める。
「注文いいかい? やってくれるのは嬉しいけど、無理はするなよ」
「ありがと、でも大丈夫だってば。さ、何にする?」
「んーとね、んーとね」
「お空、メニュー逆さまだよ」
興奮した面持ちの空を落ち着かせながら、燐は適当に注文。何は無くともうなぎの蒲焼き。
二つずつ頼み、それから日本酒。せっかくなのだから酒が無ければ締まらない。
特に銘柄に拘りは無いので、『おいしそうなの頼むよ』と言ってみたら小瓶とグラスを二つずつ出してくれた。
「グラスコップも置いてるんだね」
「そそ、この方が一度にいっぱい飲めるって好評だから。里でも普及してるし」
「お燐、乾杯しよーよ」
「待ちなよ、肴もナシに呑む気かい? 他になんかオススメある?」
「そうだね、最近は煮物とかにも凝っててさ」
「お、いいね。どんな?」
「今日は煮卵とこんにゃくがメイン」
「それちょーだい!」
卵大好き霊烏路空。目をキラキラさせる彼女にミスティアは笑みを見せ、先にと串に刺したうなぎを焼き始める。
当然すぐには焼けないので、その間に傍らの大きな鍋から煮物を深めの皿によそい、出してやる。
蓋を取った瞬間の、醤油と味醂ベースのダシの香りがますます胃袋を締め上げてきて、流石の燐もそろそろ限界。
「はい、お空は卵多めだね」
「ありがとー!」
瓶の蓋を緩めている間に、空は早くも煮卵へと箸を突き刺していた。あまり行儀は良くないが目を瞑る。
ふぅふぅ、とすっかり煮汁が染みて深い茶色になった表面に息を吹きかけて冷まし、かぶりつく。
「んふっ、あふい……んむむ」
口の中で更に冷ましながらも何とか味わおうとする空に笑っていたら、燐の分も用意されていた。
「焼けるまではこっち食べてね。結構自信あるんだから」
えへん、と胸を張るミスティアの言葉が無くとも、目の前の皿に盛られたそれは空腹を抱える燐にしてみればあまりに魅力的。
それなりに長時間煮込まれたであろう、すっかり染まった煮卵に切れ目からダシ汁が染みだすこんにゃく、今にもとろけそうな大根。
人参の赤色が茶色の中で良いアクセントになっており、素朴な見た目が目に優しい。
「んー! すっごいおいしいよコレ! 中までちゃんと味があってね、んと……とにかくおいしいよ! えとね、味の核融合じゃー!」
「えへへ、ありがと! そう言ってもらえると、ダシとか研究した甲斐があるかな……ちょっとその例えはお鍋が爆発しそうで怖いけどね」
空は必死にその感動を伝えようとするも語彙が追い付かず、どこで覚えたのか妙に危ないグルメレポーターへと変貌を遂げている。
箸に突き刺さったままの煮卵。かじった口からは少しだけ深い色になった黄身が覗いており、茶色、白、黄色の対比がとても美しい。
燐も辛抱たまらず箸を取り、程良い大きさのこんにゃくに噛り付いた。柔らかい歯応えと共に、じゅわりと溢れ出す煮汁は少々熱い。
その一瞬の熱さに耐えれば、やや甘辛く煮付けたその味わいが舌の上に広がって―― なるほど、酒にも合いそうだ。
「ありがと、お燐」
「んく……うん? あたいはまだ何も言ってないぞ」
「顔で分かるもん。おいしいよ、って」
燐は思わず感心した。目の前にいる、自分より背も精神年齢も低いであろうその少女は、もう立派な料理人だ。
隣では夢中で卵をもぐもぐやっている空。思わず笑いつつ、もう半分のこんにゃくを口へ放り込み、噛み締めた。まるで肉類のように、じわりと煮汁が染み出す。
視線を戻せば、ミスティアは本来の”メイン”を用意しにかかっていた。
「へっへー、そろそろ焼けるよ? こっちもよろしくね」
言いながらニヤリと笑ってうなぎをひっくり返し、炭火の上でじゅうじゅう音を立てるうなぎの表面に刷毛でタレを塗りつけていく。
タレの焦げる香りに、お楽しみはまだまだこれからだと自然と気分が高揚していくのが自分でも分かる燐だった。まだ酒も呑んでいないのに。
二人は暫し、ここへ来た目的の半分を忘れて小さな宴を楽しんだ。
・
・
・
―― 冬の寒さは堪えるが、それ以上にこの場所がとても温かい。酒と温かい料理のお陰で冷たい風も気にならない。
辺りはすっかり暗いが、時間としてはまだ午後五時半を回るかという程度。
途中、『晩のおかずに』と八雲藍が蒲焼きをいくつかテイクアウトで買って行ったくらいで、この日は燐と空以外に客の姿は無い。
ミスティアは『二人とその分ゆっくりお話ができるからいいよ』と笑顔だが、これは燐にとっても好都合だった。
いい加減に本来の目的―― リグルとの喧嘩について―― を思い出したのだ。デリケートな話題故、他者にはあまり聞かれたくない。
依頼を受けた者としてのプライドでもあり、エチケットでもある。
「蒲焼き追加してもらってもいいかい? お空も食べるだろ?」
「もっちろーん!」
それなりには食べたが酒に合わせて少しずつだったし、食べるよりミスティアとの世間話が大半だったまだまだ腹は満たされていない。
途中で仕事を思い出した燐は酒も控えめだが、完全に忘却している空はすっかり出来上がっているようでハイテンション。
帰り道が大変そうだ、と内心で苦笑いを浮かべつつ、手慣れた様子でうなぎを焼き始めるミスティアの手元を見ていた燐であったが――
(……ん?あの手……)
あまり気にしていなかったが、よく見てみると彼女の手は妙に荒れていて、あかぎれが所々に見える。
冬場、それに飲食業なのだから珍しい光景では無いが、過去に訪れた際には全く分からなかった。
あったのに気付かなかった、というより―― 今日この日の彼女の手がやたらと荒れていると見るべきかも知れない。
(些細な事だし、たまたまかも知れんけど……)
気になったら尋ねるのが解決への近道。怪しまれぬよう、あくまで何となく、を装って自然に燐は尋ねてみた。
「なあ、お前さんの手……随分荒れてるみたいだけど大丈夫かい?」
「あ、分かっちゃう?」
くるりと串を返しながら、意外な事にミスティアは素直にそれを認める口ぶりだ。
「冬場だからねぇ。洗い物とかきつくってさ……おかげでおにぎりも出せないや」
「あ、これ? いつの間にメニューにあったんだ」
燐が手元のメニューを見やると、確かにおにぎりの文字。
「そそ。かば焼き食べてるとごはんが欲しくなるって要望が多くて始めたんだ。でも今はこの手だから、普通にごはん盛って出してあげてるの」
「そっか、あんまり無理しないことだ。ついでにご飯一つ」
「うにゅー、わたしもー」
「二つね」
「あいよー」
串をもう一度返し、彼女はカウンターの下から茶碗を取り出して白飯を二つ盛って出してやる。すぐ出てくる辺り、人気は高いらしい。
受け取った傍から一口、箸で口いっぱいに頬張って目を細める燐。少々行儀が悪い気もするが気にする者なんかいやしない。
「客のニーズに応えられるのは良いコトだね。でも本当に無理はするなよ。前見た時はそんなに手、荒れてなかったぞ」
「ありがと。でもホラ、これはたまたまだから。いつもはさ……」
のんびりとした会話が一瞬、途切れた。はた、と口を押えるミスティア。
「―― っとぉ。ま、まあ、大丈夫だから心配しないで」
「……ああ、わかった」
口では普通に答えても、勘の鋭さには自信がある。燐はその一瞬、空気が凍るのを確かに感じた。
痛みが治まってきた傷口に、つい気が緩んで触れてしまった―― そんな感触。
(……そういや、普段はよく手伝いに来てたな……)
手荒れの理由は、お手伝い常連のリグルがいないせいで彼女の洗い物なんかの負担が増えているから。
燐もそれに敢えて触れる真似はしない。ミスティアは誤魔化し半分で、焼けた蒲焼きを皿に乗せる。
「はいはい、焼けましたよーっと」
「ほいよ、待ってました」
気を取り直したらしいミスティアから、皿に乗せた焼きたての蒲焼きを受け取る。
未だ表面がじゅうじゅうと音を立てて焦げる、その見た目だけで胃袋が無理矢理隙間を作るのを感じる。
表面を軽く吹いて冷まし、思い切りかぶりついてやろうかと口を開きかけた燐。と、
「おりーん! えへへぇ~」
「わひゃあ!」
いきなり横合いからぶつかられ、手にした串を取り落しかける。
何事かと見やるまでも無く、すっかり顔を真っ赤にした空に抱きつかれていると分かった。
「お空、飲み過ぎだよ。大丈夫かい?」
「らいじょーぶらよぉ……お燐、いつもありがとぉねぇ。えへへー」
腕にしがみ付いたまま、ごろごろとすり寄ってくる空。これではどちらが猫か分からない。
どう見ても大丈夫では無いのは明白だが、それ以上に少々恥ずかしくて燐も顔を赤らめる。
「こら、離れなって」
「やらぁー。お燐、わたしがキライなの?」
「バカ言うんじゃないよ、そんなワケないだろ」
酔っぱらいの相手は疲れる。少しばかり戸惑いつつそう言ってやると空は安心したように笑って、ぎゅう、と燐に抱き付く腕に力を込めた。
「よかったぁ! うにゅ、お燐だいすきー!」
「恥ずかしいからやめなって……ごめんね、酔っぱらいが迷惑かけちゃって」
流石に店主の目の前でこれは恥ずかしいと、燐は前を向いて軽く頭を下げる。だが、反応は無い。
「………」
不審に思って顔を上げると、ミスティアはどこか虚ろとも言える目で二人の方を見たまま、硬直している。
かと思えば徐々に俯いていく。まるで、それ以上見ているのが辛いと言わんばかり。
「……おーい、大丈夫か」
「ふへっ!? あっ、その……ごめんね、なに?」
「お前さん、よっぽど疲れてるみたいだよ。今日はもう休んだらどうだい」
「そんなぁ、私はまだ全然……」
「そう見えるならこんな事言わないよ、あたいだって本当はまだまだ呑み足りない。
とりあえず出してくれたのは全部食べちゃうから、そうしたらもう今日は店仕舞いした方がいいよ。続きはまた今度さ」
「……ありがとう、お燐。そうするね」
「ん」
素直に頷くミスティアに笑顔を向け、燐は先程食べ損ねた蒲焼きの串をもう一度手に取る。
そっと歯を立てると、ほぐれるように噛み千切れる柔らかさ。程良く冷めていて、猫舌にも優しい温度だった。
「うにゅー、お燐のおみみおいひぃ……はむ」
「ふにゃぁっ! な、何すんだこのバカお空!」
「いたいよぉ!」
その味わいに想いを馳せようとしても、急に耳を甘噛みされて引き戻される。ぱっかん、と脳天を平手で一発。
同じ鳥の妖怪なのにどうしてこうも違うのか―― いそいそと片付けに入るミスティアと頭頂部を擦って涙目の空を交互に見て、燐はため息をついた。
・
・
・
・
―― 明くる日の昼過ぎ、地霊殿の事務所に場所は戻る。
不安げな面持ちを隠せぬまま再び訪れたリグルに、今度は普通のコーヒーを出してやる燐。ただしソーサーには角砂糖が五つ。
その横で、ソファの背もたれと同化しそうなくらいにべっちょりとだらけた空。時折、うー、とかあー、とかにゅー、とか呻いている。
「お空はどうしたの? 大丈夫?」
「うにゅぁ……あたまいたい……きもちわるい……」
「ごめんね、ちょっと酒呑み過ぎたらしいんだ。あたいは大丈夫だから」
「はぁ」
戸惑うリグルに苦笑いを向け、燐は背筋を正した。昨夜、すっかり酔っぱらった空を引きずりながらの帰り道があまりに壮絶だった事は一旦忘れる。
本当は布団で寝かせておきたいのだが、本人が仕事を休みたくないと言い張るので連れてきた。見ての通り仕事にはなりそうに無いが。
さて、と前置いて彼女は切り出した。
「昨日、ちょいと調査してきたんだ。色々とね。そして早速だが、確信したよ」
「な、何を?」
はっきりとした物言いに、思わずリグルは前のめりになって続きを促す。燐は深く頷いて続けた。
「ミスティア・ローレライ……彼女もまた、お前さんとの仲直りを望んでいる。それは間違いない」
―― 彼女の言葉に一瞬、室内の時が止まる。
昨夜見た、ミスティアのあの顔―― 仲睦まじげな燐と空を前に見せた、言い知れぬ表情。
自分が失ってしまった、なかなか取り戻せない、もう取り戻せないかも知れない大切な物。それを持っている目の前の二人が、羨ましくてしょうがないのだ。
戸惑った顔、荒れた手、羨望の眼差し。乱痴気騒ぎの最中で見つけた、いくつものピース。一つ一つを繋ぎ合わせた燐は、その確証を得るに至った。
「ほ……ホントに!?」
「あたいを信じてくれるならね」
信じられない、といった面持ち―― 無論、良い意味でだ―― で荒い呼吸をする彼女の様子に、燐は内心でニヤリと笑み。
ミスティアの名前をフルネームで言った事といい、先程から展開しまくっている理想のハードボイルド劇場が完璧に上手くいっている。
今なら空に邪魔される事も無い。完全に燐が主役の空間。おりんりんランド絶賛営業中だ。
「おかげで大分仕事がしやすくなったよ。とりあえずプランは考えてみたけど……やるかい?」
「そ、そりゃもちろん! お願いするよ!」
「だろうな……よっしゃ、あたいに任せな。ただ……」
と、燐は一度言葉を切る。不審に思ったリグルが尋ねると、彼女は少しだけ言い辛そうに続けた。
「ただ?」
「いや、その……あたいも、流石にタダでやってやる訳にはいかないんだ。商売として始めたからね。
お前さんには、相応の報酬を払ってもらう事になるけど……持ち合わせはあるかい?」
元よりそのつもりで始めた何でも屋。だがいざ請求となると、人の弱みに付け込んでいるような後ろめたさを感じてしまう。別に間違ってなんかいない筈なのだが。
初めてだからなぁ、と内心で渋い顔をする燐をよそに、リグルははっきりと頷いた。
「うん……仲直りさせてくれるなら、いくらでも。
私だってお金持ちってワケじゃないし、今は……その、普段のお金を稼ぐ手段がなくなってるから、分割になるかも知れないけど」
手段とは勿論、ミスティアの屋台でのアルバイトだろう。
それが分かっている燐は、それに頷きつつも渋面を隠し切るのに苦労する。支払期限など設けるつもりは無いが、二束三文でも意味が無くなってしまう。
誤魔化そうと、少し視線を下げて―― ふと、リグルの手元を見た彼女は何かに気付いた。
「ん? そういやお前さん、さっきから持ってるそれは何だい?」
すると彼女は一瞬狼狽の色を見せ、それを後ろ手に隠そうとしたが―― 観念したのか、目の前のガラステーブルにそれを差し出すように置いた。
そうされてみると、燐にもその正体はすぐに分かった。
「……手紙、か?」
「うん……やっぱり、頼りっきりじゃいけないと思って、昨日書いたんだ。上手く言葉が見つからなくて、丸一日かかっちゃったけど。
ごめんなさい、って何回書いたか分かんないや。一応持ってきたんだけど、いらないよね……」
「そんな事ないよ。むしろ本人からのメッセージが一番重要だとあたいは思う。それを伝えようとする意志だけでもね」
「……そう、かな。ありがとう」
少しだけ笑顔を見せたリグルに頷き返しつつも、燐の視線はテーブルの上の手紙に注がれている。
「………」
暫しの沈黙。と、その時。
「う、にゅぅ……きもちわりゅい……うぐぐぐぐ」
「ちょ、わぁっ!? お空大丈夫!?」
「んぐっ、う……おーっぷ……」
「わわわわわ! お、お燐!」
「だぁぁ、まったくしょうがないね……ほらコレ」
小康状態だったかは定かでは無いが、静かだった空がとうとう決壊。燐から受け取ったゴミ箱を素早くリグルが差し出して間一髪、出来立ての事務所で波乗りジョニーの危機は去った。
母音で言えば『O』のつく音しか出せない空の背中をリグルが擦ってやり、少しずつ落ち着いてきた所で、燐は不意に何かを思い付く。
「! ……ありがとうね。これ以上お空の世話させるのもアレだし、見苦しいだろうから一旦外に出てておくれよ。後はあたいがやるから」
「え? で、でも」
「いいからいいから。お客さんにこんな仕事させるワケにゃいかないよ。大丈夫、すぐ終わるし廊下にも旧地獄の熱を使った暖房を効かせてるから寒くはないよ」
「わ、わかった」
燐に背中を押される形でリグルは事務所を出て廊下へ。そのドアが閉じられると、燐は深く息をついた。
(手癖が悪いと言われても構わんさ)
小さく肩を竦め、まずは、と顔をゴミ箱に突っ伏したまま動かない空の背中を擦ってやった。
・
・
・
部屋の前で待ち続けるリグル。廊下を歩いていくさとりに挨拶したり、気付いたらすぐ横にこいしがいたりして飽きない。
十分も待った頃、不意にドアが開かれる。部屋に呼ばれるとばかり思っていたのだが、どういう訳か燐の方が出てきた。
更に、彼女の横にはすっかり顔色の良くなった空が。
「さっきはごめんね」
「お空、もう大丈夫なの?」
「うん! 出すモノ出してたわわになったからだいじょーぶ!」
「本物の恋はお空にゃまだ早いけどね……というワケで心配かけてごめんよ。本当はあんま無理させたくないけど、本人が大丈夫って言ってるし」
呆れ顔の燐。やれやれ、と呟くと彼女は事務所のドアを施錠し、続けて口を開いた。
「さてと。出てもらったついでに行こうか」
「え……ど、どこへ?」
リグルは当然尋ね返す。すると彼女はニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「当然だろ、ミスティアの下へ行くのさ。善は急がなきゃね」
「い、今から!? ちょ、まだ心の準備が……」
「長い付き合いなんだろ、だったらきっと通じる。恐れるこたぁないさ」
「そーそー、わたしもついてるから!」
途端に呼吸を荒くし、胸元を押さえる彼女の背中をバシンと叩く。空も笑いながら彼女の触覚をくいくい引っ張る。
どちらに対して言ったのかは分からないが、いてて、と呟いてからリグルも頷いた。
「わ、わかったよぉ……大丈夫かなぁ」
「あたいの計画にぬかりはないよ。さ、行くぞ」
「うにゅ、しゅっぱーつ!」
不安げな面持ちのまま、なかなか歩の進まない彼女の背中を押すようにして地霊殿を後にする一行。
一路地上へ向かい、地底の入り口付近で作戦会議。その間もリグルはそわそわと落ち着かない。
これからの不安も当然あるだろうが、この場所が彼女達の活動範囲である森に近いものだから、ミスティアがひょっこり出て来やしないかと気が気で無いのだ。
「……随分とベタというか、古典的というか」
「なーに言ってんだ、むしろこのくらいの方がいいんだ。しっかりやっとくれよ」
「うにゅ!」
燐から『作戦』を聞いたリグルは目が点になったが、燐も空も自信満々な様子。
任せたのは自分だし、きっと大丈夫だろう―― 彼女も納得した所で、一行はがさごそと移動を開始する。
森の入り口。湖に程近いこの場所で止まり、茂みに身を伏せる。
「この辺で間違いないかい?」
「う、うん……みすちーはこの時間にいつも買い出しに行くから、この辺を通るはず……」
「よく知ってるね」
「………」
空の感心したような言葉に、リグルは黙って頷いた。無二の親友なのだから当然なのだろうが、今は―― そう思うと、言葉で返す気にどうしてもなれない。
その後も会話はあまり無く、まだ冷たい風が木々を揺らしていく音だけをBGMに、異様なくらいゆっくりと時が流れていく。
十数分は経った頃か。静かな中で唯一と言っていいくらい、うにゅうにゅと言葉を発し続けていた空が不意に、口を閉じた。ふい、と顔を上げて森の方角へ視線を向ける。
「……お燐」
「来たのかい?」
「たぶん」
動物の勘のようなものがあるのか、それとも同じ鳥だから分かるのか。いち早くターゲットの接近に気付いたのは彼女だった。
瞬時に顔を強張らせるリグルとは対照的に、燐は待ってましたと言わんばかりの表情。
「それじゃ、打ち合わせ通りに頼むよ」
「ね、ねぇ」
「大丈夫だって」
最早不安を拭おうともしないその声色。少しでも落ち着かせようと、燐は彼女の背中をポンと優しく叩く。
「きたみたい」
空の呟きに合わせ、リグルの背筋がびくりと震える。仕方無い、と燐も苦笑いしつつ森の入り口を注視。
程無くして、燐と空にとっては昨日会ったばかりのミスティアが確かに森を抜けて来たではないか。服装は普段のものだ。
買い出しに行くというのはその通りのようで、その手にはぺたんこの手提げ袋。
びゅーん、と飛んで行かれたらどうしようかとも話し合っていたのだが、幸い彼女はのんびりと徒歩。
「じゃ、行くよ。お空」
「うにゅ」
燐はそっと茂みから抜け出して彼女を尾行。空もそれに倣う。
森から少し離れた所で早足になって距離を詰め、ミスティアの肩を唐突に掴んだ。
「わっ、なになに?」
いきなり背後から肩を掴まれれば驚くのは当たり前。
くるりと振り返ったミスティアが見たもの。それは、真っ黒なフード付きのマントに身を包み、おまけでほっかむりまで被って顔を念入りに隠した謎の二人組。
茫然とする彼女に向かい、ちょっと頭の上が出っ張っている方―― 燐が口を開いた。
「へっへっへー。お嬢ちゃん、随分といいモモ肉持ってるじゃないのー。あた……じゃない、俺様のスパイスでタンドリーチキンでも作らないかい?」
「うはははー、今なら卵をからめてピカタでもいいよー」
よく分からない文句と共に、硬直したミスティアの太ももを撫で回す燐。確かに柔らかく、程良い肉付きだ。
背中が妙に膨らんだ方―― 空も、これまた微妙な文句で彼女に詰め寄る。
「よーしパパそのやわらかーいムネ肉をよく揉んでから揚げにしちゃうぞー」
「レモンもしぼっちゃうぞー」
相変わらず太ももを撫で回しつつ密着しそうな距離まで迫り、セクシャルハラスメントな手付きで手をワキワキと動かす燐。ねっとりした声色に、空が柑橘系の香りを添える。
燐が考えた『プラン』とは、まあつまりは『不良や変態の類に絡まれている所を助けられ、仲直りするついでに惚れ直す』という物であった。彼女曰く『Mr.トレインマン大作戦』。
リグルの目が点になったのも頷ける所であるが―― と、その時。ずっと茫然としていたミスティアが不意に、ぷっ、と噴き出した。
「もぉ、いきなり驚かせないでよ。お燐ったら、こんな昼間から酔っぱらってるの?」
「んがっ!? な、な、何を仰るマドモワゼル。俺様は単なる通りがかりの変態おぢさんであって……」
「そっちはお空でしょ? 昨日あんなに飲んだのに。ていうかお酒だったらウチに来てよー」
「うにゅっ!? ち、ちがいますよマドレーヌ。わたしはただのゆでたまごマニアつーでぃーえっくすだよぉ」
完璧にバレていた。燐としてはそれなりに変態っぽい声色を作ろうと努力した所なのだが、まるで効果は無かったようで。
大慌てで弁解の言葉を紡ぐも、ミスティアは完全に二人を燐と空だと決め付け、当初の怪訝そうな顔はどこへやら、けらけら笑っている。
それもその筈。鳥頭と馬鹿にされた事もあるミスティアだが、彼女は自分の客の顔や声を絶対に忘れない。プライベートの付き合いの深さに関係無く、だ。
多く親交のある二人ともなれば、顔を隠した程度では隠蔽など到底不可能なのである。
「ぬぬぬぬ、だからあたいは燐じゃないって言ってるだろうに。撤回しないと手羽元ぺろぺろしちゃうぞぅ」
「ほらー、あたいって言った。やっぱりお燐じゃん! なになに、今日のはどんなネタ? 新しい落語でも教えてくれるの?」
屋台に顔を出した燐が、時々面白い小噺や漫談のネタなんかを面白おかしく語ってくれるので、ミスティアはすっかりその類だと思っている様子。
目を輝かせる彼女を見て、どう修正したものかと考える間も無く空が慌てて口を開く。
「んもー! みすちー、ダメだよぉ! リグルが来るまでちゃんと怖がってくれなきゃ!」
「え?」
「うおおおおいっ!?」
「それ言っちゃダメだって!!」
怪訝そうな顔をしたミスティアの呟きを掻き消すような大声でのツッコミが、横と上から飛んできた。
片方は当然、燐だ。となればもう片方は――
「……あ」
一同が見上げると、上空十メートル程の高さでずっとライダーキック待機をしていたリグルの姿。
バレては仕方無いと彼女はばつの悪そうな顔で地上へ降り立つ。
ミスティアの顔を直視出来ず、俯き加減で目を逸らす。空はしまった、と口元を押えた。燐は何も言わない。
と――
「……何の用? 今度は何をダシにして私をバカにするつもりなの?」
帰って来たその声は、まるで製氷機の中をかき回したような声色だった。無機質で、冷たい。
とうとう顔を上げたリグルの表情は険しかった。
「まだ何も言ってないでしょ」
「でもそうに決まってる。お燐とお空にこんなヘンな恰好までさせてさ。何企んでんだか知らないけど、もういい加減にしてよ」
「まだ何も言ってないって言ってるだろ! 早とちりするのも、そっちこそいい加減にしてよ!!」
「そんな事言われる筋合いない! そっちが付き纏ってるくせに!!」
「決め付けるな!!」
「なによ!!」
「なにさ!!」
怒号のキャッチボールは激しさを増していく。むしろキャッチすらせず、全力で相手に叩き込んでいる。
びりびりとした、不快な緊張感が辺りを包み込む。互いに睨みあったまま動かず、吹き抜ける風だけが異様に爽やかだ。
その時、沈黙を押し破ったのは空。
「や、やめてよぉ!! なんでそんなにケンカするの!? そんなの見たくないよ!」
険しいままだった二人の顔が、若干だが緩んだ。視線を集めた空は、涙を浮かべながら尚も続けようと――
「二人ともあんなに仲良しだったじゃない! わたしのせいだったなら、あやまるか……う、うぐぐ」
そこで途切れ、口元を押さえた。意図せず、目下喧嘩中だった二人が同時に尋ねる。
「お、お空?」
「うう、にゅ……また、きぼちわりゅい……おぐぐ」
「わあああ!! ちょ、大丈夫!?」
いつの間にか真っ青な顔で、ふらふらと地面に崩れ落ちた。どうやら二日酔いの波が再来したようだ。
流石の二人も慌てた顔になり、どうすればいいかと辺りをきょろきょろ。
今にも限界を迎えそうな空に取り縋り、リグルは唯一と言って良い助け―― 燐を見やる。
判断を仰ごうとしたのだが――
「お燐、どうし……」
「―― でぇぇぇーいっ!! 辛気臭いッ!!」
「うわぁ!」
燐は唐突に叫ぶなり、思いっ切りその場で足を踏み鳴らす。すると次の瞬間、地面を突き破って愛用の一輪車が出現。
驚きの声を上げるリグルと顔の青い空をまとめてその上に放り込み、びしっ、とミスティアへ向けて敬礼。
「んじゃ、しつれーしましたっ!!」
挨拶もそこそこに、一輪車のタイヤが土を噛む。唸りを上げ、人力とは思えぬスピードで燐は車を押し去って行った。
舞い上がった土煙が晴れた頃、三度茫然とさせられる羽目になったミスティアはようやく我に返る。
「なんだったんだろ……」
そう呟く事で今の状況に区切りをつける。そうしてみると、今度は今しがたの口喧嘩が脳裏に浮かぶ。
ごたごたしていたから忘れそうになるが、時間にすれば一分も経っていない。
「………」
(なんで、また……)
心を締め上げられるような胸の痛み。忘れようと、無理矢理に頭を振って追い出そうと試みる。
それが上手くいかないまま、彼女は出てきた理由も忘れて森の方へと再び帰って行った。
―― そのスカートのポケットが、微かに膨らんでいる事に気付かぬままで。
・
・
・
・
どうにか地霊殿まで帰り着いた一行。驚異的な走行技術で揺れを最小限に抑えた為、空はどうにか帰り道を耐え切った。
彼女が落ち着いてきた所で、燐は改めてリグルへ頭を下げる。
「ごめんよ、失敗しちまった」
「ううん、いいんだ。私だって……」
「それ以上は言いっこなしだ。とりあえず、報酬はまだ貰えそうにない。
まだあたいを頼ってくれるなら、今度はもっといいのを考えるけど……」
「……うん。お願いして、いいかな……私一人じゃ、また……」
その言葉の続きは、言わずとも分かっていた。燐は頷き、息をつく。
「分かった、今度こそちゃんとやってみせる。とりあえずそれが決まったら知らせるから、今日はお開きだ。
帰って休むといいよ。あんまり悩むのも良くない」
「そうする……ありがとう、お燐」
「礼は依頼が成功するまで取っといておくれよ。封切りが早いと腐っちまう」
ハードボイルドな言い回しを忘れないその様子に、リグルの顔に少しだけ笑顔が戻った。
彼女が去り、静かになった事務所。見やると、ソファに背を預けて休んでいた空がむくりと起き上がる。
「お空、大丈夫かい」
「……ごめんね、お燐」
「何で謝るんだ」
「だ、だって……わたしの、せいで……」
自分の失言が、今回の仲直りの失敗に繋がったと思い込む空は今にも泣きそうな顔で、燐に縋るような視線を向ける。
ふぅ、と一つ息を吐くと、燐は彼女の横に座って背中を優しく叩いた。
「何言ってるんだ、お空のせいなんかじゃない。きちんとあたいの言った通りにやってたじゃないか。名演技だったよ」
「で、でもぉ」
「大丈夫だよ。あの二人の絆はこんな程度で壊れたりしない。本当は、あたい達が手伝うまでも無いくらいさ。
幸い、まだこの何でも屋を頼ってくれるみたいだからね……今日の失敗は、明日跳ね返してみせればいい」
「……うん!」
よしよしと頭を撫でてやると、空はちょっぴり頬を染めてはにかんだ。
安堵しながら、燐は立ち上がりざまにぽつり。
「―― それに、成功してもらっちゃ困るんでね」
「へ?」
上手く聞き取れなかった空が尋ね返すが、彼女は曖昧に笑って誤魔化した。
そのまま燐は部屋のドアへ向かう。
「さて、あたいはちょっと出掛けてくるよ。留守番お願いね。つーか無理しないで寝てな」
「え、あ、うん。気をつけてね」
空に手を振り、燐は廊下へ。探しに行くまでも無く、丁度さとりが廊下の向こうから歩いて来た。
「さとり様、ちょっとお出掛けしてきます」
「ええ、いいけど……永遠亭に?」
燐の顔を見、行き先を『読んだ』さとりが尋ねる。
「はい、ちょっとお空の二日酔いに効きそうな薬を貰ってこようかなと。あとちょっとした野暮用が」
「………」
暫し、燐の顔を見つめていたさとり。不意に、にっこりと笑った。
「……優しいのね、お燐。行ってらっしゃい、気を付けてね」
「にゃっ!? こ、ココロを読まないで下さい!」
「私相手にそれは無理な相談ね」
みるみる顔を赤くする燐に、さとりは尚も穏やかな笑みで答える。母と娘を思わせるその雰囲気に、廊下の端で覗いていたこいしがくすくすと笑っていた。
・
・
・
・
・
「はぁ……」
ため息の重さを測る重量計があるのなら、結構な数値を叩き出すに違いない。
そんな事をぼんやりと考えながら、リグルはベッドの上で膝を抱える。
帰宅してから何をする気にもなれず、ぼーっとするまま早数時間。
(結局、今日も……)
顔を見れば口喧嘩。こんなにも仲直りしたい筈なのに、何故だろう。
考えても分からないし、分からないから余計に不安になる。誰に訊けば教えてもらえるのだろう。
自分が何を思っていても、相手はどう思っているのか分からない。
(もう、私の事なんか……)
そんな考えを無理矢理に否定してきたけれど、そろそろそんな元気も無くなりそう。
のっそりと身体を持ち上げて、ベッドの横にある本棚に手を伸ばす。
小さなアルバム。開くと、天狗の写真屋に撮ってもらった写真がぎっしり。
十枚の写真を見れば、九枚には確実にその姿がある。どれもこれも、心からの―― そう信じたい―― 笑顔を見せている。
「………」
この顔を見る事は、もう叶わないのかも知れない。そう思うだけで、心臓を引き千切られそうな錯覚を覚える。
ばたん、と音を立ててアルバムを閉じた。それ以上の直視が出来なかった。今、ほんのちょっとでも刺激を加えられたらきっと泣いてしまう。
だから――
「!?」
こん、こん、と優しい音でドアをいきなりノックされたその拍子に、ぽろりと涙が一粒こぼれ落ちてしまった。
慌ててそれを拭い、深呼吸。みっともない顔は見せられない。鏡で顔をチェックし、涙が目元に残っていない事を確かめる。
「は、はい!」
そうしてから玄関に向かって声を掛け、土間に下りる。
適当な靴を突っ掛け、ドアを開いて―― 固まった。
「……こんばん、は」
直視出来ない、したくないってさっきあれだけ思ったのに。
ミスティア・ローレライのその姿が、今何よりも近くにあった。
俯き加減で、宵闇に霞むその表情は見えない。
「……あ、え……」
意味のある言葉を発する間も無く。憎まれ口が口を突く隙も与えず。
「ま、待って! お願い、話を聞いて!!」
聞き慣れた筈なのに新鮮なその声が鼓膜を突き刺す。夜雀の能力かも知れない、目が覚めたような感覚。
少しだけ、冷静な判断が出来そうな気がした。
「き、聞く、よ。うん、聞く」
自分自身の言葉を検める余裕も無いまま、リグルはそう返していた。
ほっ、と安堵の息をつくのが聞こえた。
「……その……ね……」
もじもじと身体を揺らし、ミスティアはなかなか言葉を見つけられない。
だが意を決したかのように顔を上げると、ポケットから何かを引きずり出した。くしゃり、と小さな音。
「……これ、読んだの」
「……え……ちょ、えぇっ!?」
リグルは最早、天地が返ったかのような心地だった。夜の暗さの中でもはっきり分かる、己の筆跡。
それは、昨日書いたばかりの―― 目の前の相手への心からの謝罪を綴った、小さな手紙。
何度も読み返したのだろう、すっかりくしゃくしゃになったその紙は、所々に水滴を垂らしたような跡が見える。
「今日、お燐たちと一緒にいたのって……これ、渡すため?」
「え、だ、だって、それは……」
彼女の驚く理由。自分自身が、ミスティアにそれを渡した覚えが無い事。
思い返す。家で書いて、地霊殿へ一旦向かった際にも持って行って、燐にそれを見せて――
「……あっ!?」
意図せずとも、驚きを一文字で表す言葉が口を突いて出る。
いきなり体調を悪化させた空。燐がその世話をすると言って、リグルを廊下へ出した。
その時、テーブルの上に残された手紙は――
(あのまま、お燐は出掛けるって言って……)
リグルにその手紙を取りに戻らせる事無く、外へと引っ張り出した。後の顛末は互いが知る通り。
燐がやたらとミスティアに触れるようにして絡んでいたのは。
(手紙を……)
分からない。自分はその現場を、何一つ見ていないのだから。
ただ言える事実。それは、ミスティアが自分の書いた手紙を読んだ事。
こうして目の前にいるという事。
「……わ、私ね……私も、ずっとホントは……また、一緒にお散歩したり、遊んだり、お店やったり、できるかなって。
でも、会うたびにケンカしちゃって……それが悔しくて、また次に会ったら余計にひどい事を言っちゃったりして」
ミスティアの言葉は、リグルにもそのまま当てはまる。
「も、もう……ゆるして、もらえないのかなって、お、おもって……」
声が濁りだした。時々鼻をすすりながら、嗚咽を隠そうともせず、掠れた声で彼女は続ける。
「り、リグルはもう、私のこと、なんて、どうだっていいんじゃないかなって……。
だから、わ、私と会うたびに、あんなふうに、言うんじゃないかなって。
そんなのぜったい、みとめたくなくて……そしたらまた、わ、私のほうから……っ!?」
それ以上の言葉は、続かなかった。リグルが無理矢理に、その身を抱き締める事で塞いだ。
自分と変わらない背格好。彼女の匂いが、途方も無く懐かしく感じられた。
「……もう、やめようよ……そんな言葉、みすちーらしくもないよ。
こうやって来てくれたってだけで、分かるの。私もおんなじ気持ちだから」
「………」
「………」
静寂。その間に、ミスティアもそっと腕を回して力を込める。
何物にも代え難い、温かさ。ずっと欲しかったものが、伝わってくる。
と、リグルが不意に口を開いた。
「ごめん、私から言うね」
「あ、うん……」
ミスティアが頷くと、彼女は少し恥ずかしそうにしながらも、しっかりと目を合わせて続けた。
「……ごめんね」
「うん、ごめんね」
何だか気恥ずかしいと同時に、とても可笑しかった。どっちが先に言ったって変わらない。
喧嘩の原因すら忘れた二人なのに。くすり、と笑ってリグルの身体が離れる。正直、名残惜しい。
「あ、そうだ……ちょっといい?」
「なに?」
「んと……手」
「手?」
「うん、手」
言われるがまま、ミスティアは右手を差し出す。リグルはそっと、両手でそれを包み込む。
少女のものとは思えないくらい、くたびれた右手。ざらざらとした感触。どう考えたって荒れている。
「お燐が言ってた通りだ。すっごく荒れちゃってる」
「そういえば、そう言われたような……」
「ごめん。私が手伝わなかったからだよね」
「そんな」
否定しようとした彼女の唇に、そっと離した右手の人差し指を当てて、リグルは柔らかく笑み。
「……もう大丈夫だよ。当分の間、水仕事は私が引き受けるからさ」
「………」
再び右手を包み込むその温かさが、泣きそうなくらいに愛おしい。
「……ありがとっ!」
―― 月光に照らされる二つの影が、もう一度重なった。
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明くる日の、地霊殿。
「むにゅぅ……おりーん、おひおとっふぇ」
「食べるか喋るか、どっちかにしておくれよ」
薬が効いたのか、すっかり体調の良くなったらしい空は昼間からゆで卵を大量にもぐもぐ。
彼女の座るソファには卵の殻が点在しており、それを見た燐はテーブルに食卓塩を置きながらため息をつく。
「ったく、出来立ての事務所を汚さないで欲しいんだけどな」
「んぐ……お燐もたべる?」
「買収か?」
苦笑いしながらも、燐は素直にゆで卵を受け取った。
今しがた差し出したばかりの塩をかけ、ぱくり。シンプル故の美味しさというのがあるのだ。
と、その時である。
「おわああああ!」
「きゃああああ!」
がらがらがら、というけたたましいローラー音と共に、廊下からデュエットの悲鳴が響き渡って来るではないか。
段々大きくなり、彼女達がいる事務所の前で、がたんっ、と音を立てて止まる。
地上からの直通トロッコ。ヤマメに頼んで少し改修してもらった為、ドアへの衝突は避けられた模様。つまり、客人である。
「おっと、出なきゃ」
「まってー」
「お空、それどかしなって」
残りの卵を口に放り込んで飲み下し、口元を拭ってから燐はドアの前へ。その間に空がガラステーブルの上に盛られた卵と殻を片付ける。
それが済んだ辺りの丁度良いタイミングでドアがノックされ、燐はノブに手を掛けた。
「はいはーい」
ドアを開けると、自分より背の低い二つの陰。
一度は驚きつつも二つの顔を交互に見て、燐は目を細めた。
「……そっか。良かったな、二人とも」
どこか恥ずかしそうにしながら、リグルとミスティアが並んで立っていた。二人の距離は近い。
言葉は用いずとも、それだけで燐には分かった。
「お燐、どうしたの……あっ、二人とも! もしかして」
「う、うん。おかげさまで」
「よかったぁ!」
ミスティアが答えると、後からやって来た空は心の底から安堵したような笑顔。
当事者でも無いのにここまで喜んでくれる、彼女の純粋さが嬉しかった。
「一応次の案も考えてたけど、いらないね。本当に良かった。
もう二度と無いとは思うけれど、これからも仲良くな」
「ありがとう……えっと、それと」
「ん? まだ何かあったかい」
続けて何か言いたげな様子。燐が応じると、リグルがポケットから少し厚みのある封筒を取り出した。
「その、これ……」
「なんだい? そりゃ」
「何って、ほら。お燐への依頼の報酬っていうか、お礼っていうか……少なくてごめん。足りなかったら後からちゃんと払うよ」
彼女の言う通り、その封筒の中には現金が、それも彼女達にしてみれば大金と言える金額が収められている。
リグルの所持金は勿論、ミスティアにも少し借りて工面したものだ。
聞こえは少々悪いが、これを受け取る為に燐は何でも屋を始めた。だが、燐は――
「……何を言ってるんだい? あたいがそれを受け取る筋合いはないよ」
首を振り、受け取ろうとしない。驚き、リグルはもう少し封筒を彼女に近付ける。
「な、なんで? 私、確かにお燐に依頼を」
「受けたよ。だけど、あたいの作戦は失敗してしまった。結果的には、二人は仲直り出来たけど。
今そこにある現実がどうあれ、依頼人からの依頼を達成出来なかったんだ。報酬は受け取れないね」
「で、でも! じゃあ、この手紙は――」
ポケットに手を突っ込んだリグル。次の瞬間、燐は素早く右手を突き出し、それを静止していた。
「!!」
しん、とした空気が流れ、地霊殿の時が一瞬だけ止まる。
「お、お燐……」
硬直してしまったリグルに代わり、ミスティアが震える唇でその名を呼ぶ。と、それに応じるかのように燐は笑ってみせた。
「―― その手紙は、誰が書いたんだ? 誰の想いが詰まっているんだ?」
口を開けず、リグルは代わりにそっと頷く。
「だろ? それが伝わった、それだけの事さ。お前さん達ならきっとこうなるって信じてたよ。
最初からあたい達が介入する必要なんかなかったんじゃないか? でも頼られるのは嬉しかったかな。
そのお金で、二人で何か美味しい物でも食べに行けばいいさ……っと。お空、あれを」
「うん!」
不意に呼ばれた空は一旦部屋の奥へ。戻って来た時、彼女は一つの紙袋を手にしていた。
「みすちー、手だして!」
「?」
空に言われるがまま、ミスティアは両手を受け皿のように差し出す。
それを確認すると、空は紙袋から引き抜いた手をそこに乗せた。
ずしりと少し重たい、金属の感触。
「これ……」
ミスティアのみならず、横で見ていたリグルも目を丸くした。
彼女に手渡されたのは、小さな金属缶に入ったハンドクリーム。
「お燐がね、永遠亭まで行って買ってきてくれたんだよ! 手は女の子のイノチだから大切にしなきゃって!」
「ばっ、お空! 何言って……」
どうやら燐は、空が買ってきた事にしたかったらしい。躊躇無くバラされ、彼女は恥ずかしそうに真っ赤に染まった頬を掻く。
「……また、お世話になるからね。今度はおにぎりが食べたいな」
照れ隠しの意味合いも含めて、そう呟くのが精一杯。
暫し茫然と、手の上の缶を見つめていた二人。やがて、リグルがゆっくりと顔を上げた。
「……お燐……」
「ん?」
燐が答えると、彼女は同じように頬を染めながら、浮かぶだけの笑みを掻き集めて言った。
「―― ありがとう。私……お燐に頼んで、本当によかった」
「……そっか」
恥ずかしさを上乗せされ、燐はそう呟くだけで限界だった。だが、二人もそれは分かっていた。
「もちろん、お空もね。ありがとう」
「う、うにゅ!」
ミスティアがそう付け足すと、空もしゃきっと背を伸ばす。どうしようもなく顔が熱かった。
本人は真面目なつもりでも、その様子はどこか笑いを誘う。気が付いたら、四人で一緒に笑っていた。
そのまま暫しの立ち話を経て、気付けば夕刻。ミスティアは屋台の仕込みがあるらしく、そろそろ帰らねばならない。
「本当にありがとう、二人とも。それじゃ、またよろしくね!」
手伝いのリグルと一緒に、事務所を後にしようとする彼女であったが。
「ちょ、ちょっと待った! 一つ、頼みがあるんだ」
「どうしたの?」
頼みを引き受ける立場だった燐が、逆に何やら頼み事。
ミスティアが聞く態度を見せると、彼女は深く頭を下げて――
「その、実は……」
「えっ?」
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―― 数日後の夕刻。
ほんの少しずつだが、春らしい暖かさも見え隠れする地上。
「久しぶりだなぁ。なんか新しいメニューあるかな」
湖面を滑ってくる、少し温かな風を胸一杯に吸い込みながら、ヤマメはうきうきと弾んだ声で呟いた。
「そんなに様変わりするかしら」
その横には橋姫、水橋パルスィもいる。湿っぽい表情をしている姿が目立つ彼女も、今は明るい顔だ。
「聞いた話だと、サイドメニューに力を入れてるって聞いたよ」
「屋台なのに、随分と気合入ってるのね」
彼女達は今まさに、ミスティアの屋台にちょっくら飲みに行こうかという最中だ。
せっかく地上なのだから、と森の近くをわざわざ歩いて目指している。
「あっ、ほらパルスィ! いい匂いしてきたよ!」
「分かってるわよ。まったく、お腹空いちゃうじゃないの」
食欲を呼び起こすその香りをキャッチし、待ち切れないヤマメはパルスィの服の袖をぐいぐいと引っ張る。
口はぶっきらぼうでも、パルスィは嬉しそうだ。
「ほら、あそこ」
森の入り口に程近いスペース。以前、燐と空が行った際と同じ場所だ。
先客が数名いるが、二人が座るスペースはありそうだ。
ばっ、と勢い良く暖簾をくぐって――
「どもー!」
「へいらっしゃ……あっ、ヤマメ!」
「うにゅ、パルスィもいるー!」
「ちょ、えっ!」
「な、何で二人が?」
聞き慣れた声の挨拶に驚き、揃って目を見開いた。
カウンターの向こうには店主のミスティアとお手伝いのリグルは勿論だが、何故か燐と空の姿があった。
ばっちりとエプロンに三角巾まで付けている。
「あ、その……アルバイトさせてもらってるんだ」
「うん、楽しいよ!」
「二人ともすごく頑張ってくれるから大助かりだよ。お燐は手先が器用だし、お空はみんなを楽しませてくれるし」
ミスティアは感心した表情で二人を褒め称える。リグルもうんうんと頷いた。
「ほら二人とも座った座った!」
「せっかく来たんですもの、立ってちゃ時間がもったいないわよ?」
「そーそー。あ、かば焼きひとつおねがーい!」
燐と、二人の隣に座っていた先客―― さとりに促されて、ヤマメとパルスィも着席。こいしも同意しながら追加注文。
二人がミスティアに向けた『お願い』とは、屋台で少しの間アルバイトとして雇って欲しいというもの。
さとりには『報酬で生活費を入れる』と言っておきながら、その報酬をフイにしてしまった燐。
流石に少し責任を感じ、せっかくだからとこうしてバイトによる収入を代わりに入れる事にしたのだ。
(普通に報酬を貰うのと、あんま変わらん気はするけど……)
ちらりとそんな事も考えたが、ミスティアもリグルも快く了承してくれたし、自分達が手伝う事で二人にとってのプラスになるならそれで大丈夫だろう。
何より、この二人が共に働く姿をきちんと傍で見てみたいと思った。
「それじゃ、えっと……なんかずいぶんと、卵が多いね」
「あはは、お空のアイディアでね」
「うにゅ! オススメはゆで卵だよ!」
「せめて煮卵とか」
メニューを見て思わず呟いたヤマメに、空は胸を張る。パルスィは苦笑いだ。
後から来た二人の下にも料理が届けられ、いよいよ森の夜は騒がしくなる。
「あ、じゃあ煮物追加で。大根多めだと嬉しいな」
「はいはーい! じゃ、このお皿下げちゃうね」
「ありがとー」
ヤマメの注文に応えつつ、空になった皿を下げるミスティア。それをリグルが受け取り、裏手で洗う。
洗い物は彼女が一手に引き受けている。燐と空も申し出たが、彼女は丁重にそれを断った。
その理由は分かっていたので、燐もそれ以上仕事を奪おうとはしなかった。
「そしたら、またあいつらがさぁ……ヤマメぇ~、聞いてるぅ? うえぇぇぇーん……」
「だいじょぶだよパルスィ、聞いてるって」
泣き上戸なのか、泣きながら愚痴っぽい語りをこぼすパルスィの頭をよしよしと撫でながら、ヤマメは蒲焼きをかじる。
「もー、泣いてる子もいるじゃない。お燐、なんか面白いお話でもして笑わせてあげなよぉ」
「ちょ、こいし様」
「楽しみね」
すっかり酔っぱらったこいしの無茶振りにさとりも乗っかり、多くの視線を集めた燐はたじろいだ。
「んもぅ、さとり様まで……わっかりました! それじゃあ皆様お待ちかね……」
「うにゅ、まってましたー!」
「創作落語、『ゆで卵こわい』」
「うにゅー!! だめぇぇぇ!!」
囃し立てていた筈の空がいきなり彼女の口を塞ぎにかかる。どうやらトホホな実体験に基づいた落語らしい。
落語から一転、スラップスティックコメディの様相を呈するカウンター内。直前まで泣いていたパルスィを含め、爆笑が巻き起こる。
その笑い声には、少し手を休めたミスティアと、洗い物から帰って来たリグルのものも含まれていた。
「おでこにぶつけて割ってみれば、中から白身がどろーり。あらあら素敵なお化粧ですこと……」
「やめてよぉ、やめてったらぁ!」
「空ちゃんは言いました。こんなのゆで卵じゃない、茹でてないタマゴよ!」
「うっにゅぅぅぅ!!」
「だったら茹でればいいだろ! と、こうして始まる第三次片手鍋大戦……」
―― この宴会、どうやらまだまだ終わりそうに無い。
・
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二人がバイトの度に着ていた服。気を使って毎回同じ服を着て行ったのだが、すっかりタレと炭火の匂いが染み付いてしまった。
「これ、取り出すたびにお腹すいちゃうんだよね」
呟くと同時に腹の虫を鳴かせる空に、燐はウィンクして笑った。
「これは、あの二人の友情の香りだよ」
お燐格好いいじゃないか。お空も一生懸命で可愛いかったです。
この2人の活躍もっと見てみたいですね。
素晴らしいです
なるほど、そういう意味も含んでるのか!
話もまとまっててとても楽しく読めました!
ハードボイルドには程遠い茹でてない卵な二人の話、楽しませていただきました
お燐が予想以上に格好良くて、でもお空と組むと成り切れない感じがして可愛い。
リグミスも相変わらず仲良しで安心。というか料理描写がいつも以上に力はいってるような気がしてダメージが!?
これ、Missing Catは廃業しちゃうなんて、そんな勿体無いことはありませんよね!
これからもG59の何でも屋・おりんくうの活躍に期待です。
さとり様、かまぼこだけは危険なんでせめて別のメニューに……。
こういう凸凹コンビは昭和から平成初期の独特な様式美を彷彿とさせますね。
名コンビの次なる活躍を期待せずにはいられません。
ちょびっとでてくるさとりが、とてもいい味を出してました!
単純にほのぼのだけでない、妙にかっこよくてほろりとした人情な感じ、好きですわー。
屋台と地底にはこういう空気、合っているなー。
>>奇声を発する程度の能力様
面白くなきゃつまらない!とは当たり前ですが、やっぱり読んで頂くなら面白いものを。
まだまだヒヨッ子ですが、皆様の琴線に少しでもタッチ出来るお話を目指します。
>>6様
幻想郷でもトップクラスでドヤ顔が似合うキャラだと思います、お燐。この二人は本当に鉄板コンビです。
個人的にもまだ書きたいなぁと思うので、また宜しければ。
>>8様
よくぞ気付いた!これだけでこのお話を書いた甲斐があったというものです。
>>9様
まだ開業したばっかなのに店じまいは早すぎる。ご期待……して頂けるのかなぁ。頑張って書きます。
>>10様
笑って泣いてどっさり具沢山。ぜいたく。でもまあ煮物も具沢山の方がおいしいですよネ。次のお話も食べ応え抜群になるよう頑張らなきゃ。
>>15様
うつほちゃんはともかく、お燐は固ゆで派じゃないかなぁという勝手な妄想。既視感を覚えられようと、こういう真っ直ぐストーリーが好みなので皆様にも受け入れられて何よりです。
>>17様
秀でた文章力も奇抜な発想も無いので、とにかく読んでて安心出来るお話を書きたい所存。常に直球です。
>>20様
ありがとう!('(゚∀゚∩ 界隈の終わりまで称えられる傑作より、あなたの仰ってくれたような感想をたくさん頂ける作家になりたい。
>>21様
子供から大金はせびれねェ!というBJ的はーどぼいるど。まあその為のバイトなんですけどネ。チト描写不足だったでしょうか、ごめんなさい。精進します。
>>22様
生卵系女子……新しい。まあせめて半熟かしら。いつかは煮卵、味のあるいなせな妖怪へ。
>>28様
頭の中がスクランブルエッグ、とはよく言ったものですが何だかんだで活躍しちゃう辺りがこう、ニクいヤツらです。
ゲスト二人も含め、キャラを結構理想的に描けたかなぁと自画自賛です。もっと頑張ります。
お料理描写は下手の横好きと言いますか、目下勉強中。かまぼこだけはアレなのでちくわぶとはんぺんもつけましょう。
>>29様
いつもカッコいいより、たまにカッコいい方がカッコいい!とは以前の大ちゃん話でも書いたかも知れませんが。
様式美が様式美たる所以はやはりそこに魅力があるからなのであって、その魅力を改めて皆様にお届け出来る作家になりたいと願っております。
>>32様
おおん、恐縮してしまいます。続編は是非書きたいので宜しければ次の依頼人到着まで暫しお待ちを。
>>名前が正体不明である程度の能力様
ほんのちょっとの出番でも、きっちり印象に残れるキャラは押し並べて名キャラ。さとりんもその内活躍予定です。
>>37様
半熟卵系?上手く形容出来ないみょんなお話ですが、面白いと思って頂けたのなら大成功。ジャンル区分なんて二の次さ。
>>飛び入り魚様
みすち&りぐるん書きの方にみとめてもらえたよ!('(゚∀゚∩
屋台という舞台だとか、お燐のキャラだとかはこんな感じの『コテコテ感』溢れるお話が合うと個人的に思いまする。こってこて。
>>43様
良い意味での『ダサカッコ良さ』のようなものを目指した節もあるので伝わったようでとっても嬉しいのデス。
>>46様
明日になればすっかり忘れて仲良しに。今回のお話ではもう少しこじれちゃいましたが、大人の世界もそれくらい純粋で単純になれたらきっとみんなもう少し幸せになれるんだろうなァ。
お燐がイケメンすぎる