初めに天地が創造されたとき、地は混沌で、闇が深淵の面にあった。
世界を不明瞭が支配し、他とも己とも区別がつかない。自分は今目を開けているのか瞑っているのか、はたまた目なんて最初から存在していないのか。まったく分からない。
でもルーミアにとってそれはどうでもいいことだった。ただ闇の中をふわふわと飛び続けるだけ。それだけで十分だった。
そんなとき、誰かの声を聞いた。やけに重々しい声だった。
「光あれ」
声の主はそう言うと、光と闇を分け、光を昼、闇を夜とした。
するとどうだろう。
今まで不明確だった世界は昼の内に明確さを手に入れた。ルーミアはそのとき初めて自分の手足を見た。闇に生きてきて、他と区別されることのなかった自分の体。意外と小さいのだなと思った。
でもルーミアにとってそれはどうでもいいことだった。特に感動もない。それよりむしろ、誰かが造った光のうっとうしさが気になった。いやに眩しい。ルーミアは昼になると、自分の周りに闇を廻らして凌いだ。
夕べがあり、朝があった。第一の日である。
また誰かの声がした。
「水の中に大空あれ。水と水を分けよ」
大空が造られ、大空の下と大空の上に水が分けられた。声の主は大空を天と呼んだ。
その大空を、ルーミアはふよふよ飛んでいた。興味本位に、うっとうしい光を我慢して下を向くと青、上を向いても青。下の青には何かが写る。たぶんこれが自分なんだろうとルーミアは直感した。
初めて自分の顔を見た。あれが目で、あれが口で、あれが鼻で、あれが耳だろう。それと、あんまり闇に似つかわしくない、明るい色の頭だなと思った。
夕べがあり、朝があった。第二の日である。
聞こえてきた、また同じ声。相変わらず重くて、偉そうな声。
「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ」
たちまちそうなった。声の主は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼んで良しとした。
そしてまた言う。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ」
言った通りになった。
地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を芽生えさせた。
ルーミアは面白半分で天に浮かぶのをやめて地に降り立ってみた。初めて何かを踏みしめる感覚を味わった。だが、バランスが上手くとれずに倒れてしまう。慣れるのには時間がかかりそうだ。
寝ころぶと、草のふかふか具合が心地よかった。どこの誰かは知らないが、いいものを造ってくれたなと思う。でも草はいいが果樹はあんまりいただけない。闇を廻らし飛ぶうちに、何度頭をぶつけたことか。痛い痛い。
夕べがあり、朝があった。第三の日である。
また声は聞こえるのかなとルーミアが思っていると、案の定だった。
「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ」
二つの大きな光る物と星が造られ、大きな方が昼を治め、小さな方が夜を治めた。それらは天の大空に置かれ、昼と夜を治め、光と闇を分けた。
ルーミアは二つの大きな光る物のうち、小さい方が好きだ。柔らかな光で心が落ち着く。昨日初めて味わった草の感触とも等しいくらいだ。小さい方と一緒に見える星たちも賑やかで楽しいな。
大きな方は大嫌いだった。ただでさえ昼の光は嫌いなのに、それを治める存在なんて到底許せるものではないのだ。ちらっと顔を向ければ容赦なく光をぶつけてくるなんて、性格が悪いに違いない。
夕べがあり、朝があった。第四の日である。
きっと今日も来るだろうなーとぼんやり考えていたら、やっぱり来た偉そうな声。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ」
水に群がる物、すなわち大きな怪物、うごめく生き物がそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれが創造された。声の主はそれらを良しとしたようで、祝福して言った。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」
光の強い昼に、天に置かれた大きな物にはそっぽを向いて、周囲の闇を解いてみた。
自分の姿を写すしかしなかった海の中には、何やら黒い影がうごめいている。そして自分の周りには、何やらバタバタしながら飛んでいる鳥たちがいる。
初めて、自分以外の動物に出会った。草木よりも動きが大きくて、見ていて退屈しなかった。
夕べがあり、朝があった。第五の日である。
さてさて今度はどんなのだろうとルーミアが待ち構えると、聞こえてきました重い声。
「地はそれぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれ産み出せ」
それぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものが造られて、声の主は続けて言った。
「我々をかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地を這うものすべてを支配させよう」
声の主の姿をかたどったという人が造られた。男と女に造られた。
声の主は彼らを祝福して言った。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」
言葉はまだ続く。今回はやけに長いなとルーミアは思った。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」
言葉はそれで切れて、そして世界はそのようになった。人は他の動物を支配し、種を持つ草や種を持つ実を食べるようになった。
ルーミアは不満だった。人に対して不満だった。
自分より後に生まれた後輩たちのくせに、全てを支配しようとするなんて何事か。海の中に見えた影も、自分と一緒に飛んだ鳥たちも勝手に支配してしまうなんて横暴だ。
そして決めた。悪い人は食べてしまおう。特に、本来ルーミアの世界である夜を出歩くような悪い奴は絶対に食べてやる。
夕べがあり、朝があった。第六の日である。
今日も聞こえてくるはずの声の主に抗議してやろうと、ルーミアは待っていた。
わたしという存在がありながら勝手に人に全てを支配させるなんて絶対におかしいと、かなり意気込んでいた。
しかし声は聞こえてこなかった。
天地万物は完成されたのだ。第七の日に、声の主は自分の仕事を離れ、安息したのである。
ルーミアはそんなこと知らない。だから余計にむかっ腹が立ってきて口を大きく開けて言い放った。
「そーなのかー!」
いつも聞こえてくる、今日は聞こえてこない声の代わりに言ってやった。第七の日に言ってやった。
初めて紡いだその声は、想像していたそれよりもずいぶんと軽い声だなと思った。
そんなルーミアが丘の上で聖者が十字架に磔にされるのを見るのは、まだずっと先のお話。
世界を不明瞭が支配し、他とも己とも区別がつかない。自分は今目を開けているのか瞑っているのか、はたまた目なんて最初から存在していないのか。まったく分からない。
でもルーミアにとってそれはどうでもいいことだった。ただ闇の中をふわふわと飛び続けるだけ。それだけで十分だった。
そんなとき、誰かの声を聞いた。やけに重々しい声だった。
「光あれ」
声の主はそう言うと、光と闇を分け、光を昼、闇を夜とした。
するとどうだろう。
今まで不明確だった世界は昼の内に明確さを手に入れた。ルーミアはそのとき初めて自分の手足を見た。闇に生きてきて、他と区別されることのなかった自分の体。意外と小さいのだなと思った。
でもルーミアにとってそれはどうでもいいことだった。特に感動もない。それよりむしろ、誰かが造った光のうっとうしさが気になった。いやに眩しい。ルーミアは昼になると、自分の周りに闇を廻らして凌いだ。
夕べがあり、朝があった。第一の日である。
また誰かの声がした。
「水の中に大空あれ。水と水を分けよ」
大空が造られ、大空の下と大空の上に水が分けられた。声の主は大空を天と呼んだ。
その大空を、ルーミアはふよふよ飛んでいた。興味本位に、うっとうしい光を我慢して下を向くと青、上を向いても青。下の青には何かが写る。たぶんこれが自分なんだろうとルーミアは直感した。
初めて自分の顔を見た。あれが目で、あれが口で、あれが鼻で、あれが耳だろう。それと、あんまり闇に似つかわしくない、明るい色の頭だなと思った。
夕べがあり、朝があった。第二の日である。
聞こえてきた、また同じ声。相変わらず重くて、偉そうな声。
「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ」
たちまちそうなった。声の主は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼んで良しとした。
そしてまた言う。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ」
言った通りになった。
地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を芽生えさせた。
ルーミアは面白半分で天に浮かぶのをやめて地に降り立ってみた。初めて何かを踏みしめる感覚を味わった。だが、バランスが上手くとれずに倒れてしまう。慣れるのには時間がかかりそうだ。
寝ころぶと、草のふかふか具合が心地よかった。どこの誰かは知らないが、いいものを造ってくれたなと思う。でも草はいいが果樹はあんまりいただけない。闇を廻らし飛ぶうちに、何度頭をぶつけたことか。痛い痛い。
夕べがあり、朝があった。第三の日である。
また声は聞こえるのかなとルーミアが思っていると、案の定だった。
「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ」
二つの大きな光る物と星が造られ、大きな方が昼を治め、小さな方が夜を治めた。それらは天の大空に置かれ、昼と夜を治め、光と闇を分けた。
ルーミアは二つの大きな光る物のうち、小さい方が好きだ。柔らかな光で心が落ち着く。昨日初めて味わった草の感触とも等しいくらいだ。小さい方と一緒に見える星たちも賑やかで楽しいな。
大きな方は大嫌いだった。ただでさえ昼の光は嫌いなのに、それを治める存在なんて到底許せるものではないのだ。ちらっと顔を向ければ容赦なく光をぶつけてくるなんて、性格が悪いに違いない。
夕べがあり、朝があった。第四の日である。
きっと今日も来るだろうなーとぼんやり考えていたら、やっぱり来た偉そうな声。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ」
水に群がる物、すなわち大きな怪物、うごめく生き物がそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれが創造された。声の主はそれらを良しとしたようで、祝福して言った。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」
光の強い昼に、天に置かれた大きな物にはそっぽを向いて、周囲の闇を解いてみた。
自分の姿を写すしかしなかった海の中には、何やら黒い影がうごめいている。そして自分の周りには、何やらバタバタしながら飛んでいる鳥たちがいる。
初めて、自分以外の動物に出会った。草木よりも動きが大きくて、見ていて退屈しなかった。
夕べがあり、朝があった。第五の日である。
さてさて今度はどんなのだろうとルーミアが待ち構えると、聞こえてきました重い声。
「地はそれぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれ産み出せ」
それぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものが造られて、声の主は続けて言った。
「我々をかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地を這うものすべてを支配させよう」
声の主の姿をかたどったという人が造られた。男と女に造られた。
声の主は彼らを祝福して言った。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」
言葉はまだ続く。今回はやけに長いなとルーミアは思った。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」
言葉はそれで切れて、そして世界はそのようになった。人は他の動物を支配し、種を持つ草や種を持つ実を食べるようになった。
ルーミアは不満だった。人に対して不満だった。
自分より後に生まれた後輩たちのくせに、全てを支配しようとするなんて何事か。海の中に見えた影も、自分と一緒に飛んだ鳥たちも勝手に支配してしまうなんて横暴だ。
そして決めた。悪い人は食べてしまおう。特に、本来ルーミアの世界である夜を出歩くような悪い奴は絶対に食べてやる。
夕べがあり、朝があった。第六の日である。
今日も聞こえてくるはずの声の主に抗議してやろうと、ルーミアは待っていた。
わたしという存在がありながら勝手に人に全てを支配させるなんて絶対におかしいと、かなり意気込んでいた。
しかし声は聞こえてこなかった。
天地万物は完成されたのだ。第七の日に、声の主は自分の仕事を離れ、安息したのである。
ルーミアはそんなこと知らない。だから余計にむかっ腹が立ってきて口を大きく開けて言い放った。
「そーなのかー!」
いつも聞こえてくる、今日は聞こえてこない声の代わりに言ってやった。第七の日に言ってやった。
初めて紡いだその声は、想像していたそれよりもずいぶんと軽い声だなと思った。
そんなルーミアが丘の上で聖者が十字架に磔にされるのを見るのは、まだずっと先のお話。
もうすこしなにか欲しかったところ