<シリーズ各話リンク>
「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
「命蓮寺のスープカレー」(作品集162)
「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163)
「中有の道出店のモダン焼き」(ここ)
「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164)
「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)
中有の道は、いつ来てもお祭りのように賑やかだ。
三途の川へ通じる死者の通り道、出店を開いているのも地獄の罪人だが、ここには人里にはない、独特の活気が溢れている。どこか浮き世離れしているというか――死者の道なのだから当たり前か。良い意味で地に足の着かない、浮ついた雰囲気。毎日来たいとは思わないが、たまにこういうところに来ると、わけもなく胸が騒ぐのは、私も同じだ。
わたがし、ラヂオ焼き、りんご飴。射的に輪投げに金魚すくい。ここでは毎日が縁日だ。三途の川に向かう幽霊の他にも、人間や妖怪の姿も多い。この陽気さに惹かれるのは、生者も死者も変わらないのだ。
「橙も連れてくれば良かったかな」
そろそろ夕刻の迫る頃合い。私――八雲藍がここに来たのは、もちろん単に縁日を楽しみに来たわけでもない。ここの出店には、人里では手に入らないようなものを売っている店もあるので、その買い出しに来たのだ。とはいえ、この活気に触れると、ついつい遊びに来たような気分になってしまう。
綿菓子を頬張る橙と手を繋いで、金魚すくいや射的に興じて、狙ったものを取れない橙に、主としての威厳を見せて。『ありがとうございます、藍様っ』と満面の笑みで橙は景品や金魚を大事そうに手にして、それからお面を買ってあげて。ラヂオ焼き、りんご飴、チョコバナナ、好きなものを何でも買ってあげて、『楽しいかい? 橙』『はいっ、藍様っ』ああ、橙は可愛いなあ……。
「はっ」
いかんいかん。それはまた今度だ。今は買い出しである。私は人混みの中に歩き出す。
ええと、あの店はどこだったかな……。
「ラヂオ焼きー、ラヂオ焼きいかがっすかー」
混沌とした匂いが立ちこめる通りに、そんな声が響く。ラヂオ焼き。はたと足が止まる。いや、買い出しが先だ、買い出し……ラヂオ焼き……いや買い出し……。
「ありがとうございましたー」
一分後、私の手の中には八個入りパックのラヂオ焼きが湯気を立てていた。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ
「中有の道出店のモダン焼き」
「……いただきます」
たっぷりのマヨネーズのかかった、丸いラヂオ焼きを爪楊枝で刺して、口に運ぶ。ほふ、ほふ。香ばしい表面が破れると、ふわりと柔らかい中が露わになる。口の中が火傷しそうに熱い。舌の上で姿を現す、とろけるような牛スジと、一味入りこんにゃく。はふはふ、うーん、牛スジが実に溶け美味い。一味唐辛子と紅しょうが、そしてソースとマヨネーズの、猥雑なようで絶妙なハーモニー。はふ、はふ、なんだか笑えてくる美味さだ。できたて、あつあつに勝る調味料無しとはこのことだな。
吐く息が、口の中のラヂオ焼きの熱で白くなる。ああ、晩秋の夕暮れに、白く溶けていくラヂオ焼きの熱さは、そのままこの商店街の活気のようにも思える。
やっぱり、橙も連れてくるべきだったか。ああ、でも橙は猫舌だからな。はふ、はふ。お土産に、もう一パックあとで買っていこうか。ほふ、ほふ。マヨヒガに着く頃には、橙でも食べられるぐらいには冷めてくれるだろう。はふ。ううん、美味い。幸せだ。
ラヂオ焼きを頬張りながら、ぼんやり歩く。クレープも美味そうだな。お、焼き鳥の屋台もある。何を食べようか、目移りしてしまうな。
「って、違う。私は買い出しに来たんだ」
ぶるぶると首を振って、私はラヂオ焼きの最後の一つを頬張ると、パックを近くのゴミ箱に放って足を速めた。紫様はどうせ夜にならないと起きてこないのだから、別にここで夕食にしてしまってもいいのだが、まずはやることを済ませないといけない。
私がここに来たのは式神としての仕事、公のこと。しかしお腹がすいたのは私事。公私混同は褒められた話ではない。私事は公の仕事を先に済ませてからだ。
周囲からの誘惑を無理矢理断ち斬って、私は目当ての店へ急いだ。
「毎度ありがとうございましたー」
無事、目当ての店は見つかり、必要なものも手に入った。買い物袋を提げて、私は店を出る。
とりあえず、これでここに来た目的は完了。公の仕事は片付いた。あとは、紫様が目覚める前に戻ればいい。即ち、今この時間はオフタイム。私の時間だ。
「さて、何を食べるかな」
周囲を見回す。さっきのラヂオ焼きだけでは、空腹を満たすには物足りない。夕食なら、もっとどすんといきたいところだ。座って食べられる店は、さて、どこかな。色々店があるから、迷うところだ。
「ん? あれは……」
ふと、視界に見覚えのある顔がよぎって、私は目をしばたたかせた。
向こうの出店の店先に、大きな刀を背負った半人半霊の少女と、長い耳を揺らした兎の少女がいた。あれは、白玉楼の従者じゃないか。隣にいるのは、永遠亭の兎――ああ、いや、今は白玉楼の兎だったな。
「ねえ妖夢、どっちがいいと思う?」
「え、えーと、うーん……」
ふたりは何かを見比べているらしい。困り顔で首を傾げる少女に、私は離れた場所から小さく笑みを漏らす。少女よ、迷ったときは両方だ。ふたりで分け合えばいい。
仲睦まじげな様子だし、声は掛けないでおこう。私は視線を切って歩き出す。
――あのふたりがいるということは、幽々子様もいらっしゃるのだろうか? あの冥界の姫様のことだ、今頃どこかの店でメニューの全制覇にでも挑戦しているのかもしれない。幽々子様なら、迷うことなど無いだろう。あのひとは迷ったら全部なのだから。
さりとて、私は人並み以上の食欲はあれど、そこまでの健啖ではない。何を食べるかは、どこかで決断しなければならないのだ。とにかく自分をどこかの店に押し込まないと。
視線を彷徨わせながら歩くうちに、ひとつの看板が目に入った。
お好み焼き。
「その手があったか」
いいじゃないか、お好み焼き。この出店の雑多な猥雑さにぴったりだ。
ここはひとつ、分厚いのをどすんと焼いてもらおう。私は暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませー」
店の中では、鉄板の上で誰かのお好み焼きが音をたてて焼けている。ソースの匂いに空腹を刺激されて、いそいそと私は席についた。メニューが手渡される。
お好み焼き……おっと、焼きそばもあるのか。焼きそばもいいな。しかしお好み焼きも……。ああ、いかんいかん。せっかく店を決めたのにまた迷ってどうする。
「ん、モダン焼きもあるのか」
そうだ、迷ったときは両方だ。モダン焼き、決定。
「すみません。モダン焼き、豚、大盛りで」
「はーい」
よしよし、上出来だ。私はひとつ息をつく。
目の前の鉄板に、焼きそばとキャベツ、豚肉が焼かれ始める。ソースを注がれて茶色くなった焼きそばの匂い、豚肉の跳ねる油、キャベツの水分がたてる音、ううん、目の前で焼かれるのは見ていて楽しいが、どんどん空腹感が増してくるな。なかなか辛い。
「いらっしゃいませ」
と、また新しい客が姿を現す。なんとなくそちらに目をやると、これまた見覚えのある顔だった。先ほど見かけた、白玉楼の面々ではない。
向こうも、こちらの姿に目を留めて、「おや」と声をあげる。
「八雲の式神じゃないか。あ、いつものね」
「毎度ー」
現れたのは、三途の川の船頭をしている死神だった。以前、紫様がちらっとやり合った関係で顔見知りである。小野塚小町といったか。
小町は私からひとつ間を開けた席に腰を下ろす。いつもの、と頼んでいたということは、常連なのだろう。ここは三途の川の近くだから、全く不思議な話ではない。
「へえ、あんたもこんなところに来るんだねえ」
「ちょっと買い出しでな。そっちこそ仕事はいいのか」
「腹が減っては戦はできぬ。あたいは食わねど高楊枝でいられるほどご立派にはなれやせんよ」
その言い方だと、仕事をサボって食いに来たように聞こえるが。まあ、私の関知するところではない。私は鉄板の上で焼けるモダン焼きに視線を戻す。広げられた生地の上で、別々に焼かれていた肉と焼きそばとキャベツが合体しようとしていた。全てがあるべきところに収まっていくようなこの感覚、見ていてたまらないものがある。
生地、キャベツ、焼きそば、肉。四段に重ねられたものが脇に寄せられ、今度は鉄板に卵がふたつ落とされた。へらが黄身を割って、卵を生地のように広げていく。どうするのかと思ったら、先ほどの四段重ねがその卵の上にひっくり返された。しばらくそのまま焼かれて、もう一度ひっくり返される。下の生地と上の卵で具材をサンドイッチしたような格好だ。
こんがり香ばしい焦げ目のついたモダン焼きの上に、たっぷりと塗られていくソースと、大量の鰹節、ぱらりと青のり。ああ、このライブ感がやはりお好み焼きの醍醐味だ。手際のいいそのヘラ捌きに、頭の中で大歓声がわき上がるようだ。そう――鉄板はステージだ。舞台だ。
「はい、おまちどおさま。ソース、足りなかったら言ってくださいね。マヨネーズとからしはこちらからお好みでどうぞ」
すっと鉄板の上をモダン焼きが滑らされてくる。待ってましたとも。
「お、あんたもモダン焼きか。ここのモダンは美味いんだよねえ」
小町が横からそんな声を掛けてくるが、私はそれどころではない。もう我慢の限界だ。
「いただきます」
ヘラを手に取り、ざくざくと力任せにモダン焼きを切り開く。広げた断面から、たっぷりのキャベツと焼きそばがのぞいた。皿に運んで、箸で切り崩し、口に運ぶ。
はふはふ。おお、美味い美味い。できたて、あつあつはやはり、最高の調味料だ。
お好み焼きと、焼きそば。両方混ぜて一緒に食べてしまおうという、この発想が嬉しいじゃないか。迷う余地が無くていい。口の中で、生地とキャベツと肉と焼きそばが大混雑だ。それをたっぷりのソースとマヨネーズの味で、まとめて咀嚼してしまう、その豪快さが縁日によく似合う。
ふと横を見やれば、小町もモダン焼きが焼けていく様に見入っているようだった。勤勉さのかけらもないこの死神にはあまり同調はできないが、今の彼女の気持ちはよく解る。
「うん、美味い。……んっ」
ちょっと喉に詰まった。慌てて水で流し込む。落ち着け。ここはマヨネーズを投入して味に変化をつけ、自分のペースを取り戻すんだ。
マヨネーズをたっぷり乗せ、溶きからしもアクセントで加える。たっぷりソースとマヨネーズ、この身体に悪そうな下品な味つけ! ああ、童心に帰りたくなる味だ。
「はふ、はふ」
横では小町が幸せそうな顔でモダン焼きを頬張り始めていた。既に会話は無いが、なんとなく、奇妙な連帯感を感じる。私も彼女も一匹狼だが、この中有の道の空気を、モダン焼きという形で楽しんでいるのは一緒だろう。
しかし、誰がモダン焼きなんて名付けたんだろうな。この絶妙な野暮ったさにぴったりのネーミングだ。そこがいいんだよ、そこが。
「ふう……美味かった。ごちそうさま」
望んだとおり、どすんと分厚い食べ応えだった。モダン焼き、満足。
一息ついて立ち上がろうとしたとき、また店の中に入ってくる客の姿がある。「いらっしゃいませー」と店員の声。私も小町もなんとなくそちらを振り返り、
「うえ」
小町がそんな変な声をあげて固まった。現れたのは小柄な少女。是非曲直庁の閻魔だった。
「し、四季様、なんでここに?」
「私も夕飯ぐらい食べに来ます。あ、お好み焼きをひとつ」
しれっと小町の隣に腰を下ろして、閻魔はそう注文する。私は苦笑して、その脇を通り抜けて代金を支払った。値段も安い。財布も満足だ。
「四季様、ここはモダン焼きが美味いんですけどね」
「お好み焼きと焼きそばは別の食べ物。白黒はっきりつけるべきです」
「これだもんなあ……」
やれやれと溜息をつきながらモダン焼きを頬張る小町。と、閻魔が「ところで」と振り向く。
「終業時間は、まだのはずですが?」
「――ああ、いや、休憩時間ってことで、はい」
「貴方の休憩時間は昼でしょう。食べ終わったらすぐ仕事に戻りなさい、全く」
「きゃん。へ、へぇ~い」
悔悟棒で叩かれた死神の情けない悲鳴を聞きながら、私は店の暖簾をくぐって外に出た。
太陽はいつの間にか、山の端に沈もうとしている。黄昏時。昼と夜の境界の時間。通りに長く伸びる影。死者と生者が行き交う、中有の道。
「ほらほら妖夢、あそこも美味しそうよ~」
「ゆ、幽々子様、まだ食べるんですか? 鈴仙、ほら、こっちこっち」
「あ、う、うん」
目の前を、見慣れた亡霊の姫とその従者、それと兎が横切っていく。従者は兎の手をしっかりと握りしめていた。
亡霊と、半人半霊と、兎が一緒に歩いている。それもまた、この中有の道に相応しい。
昼と夜、生者と死者、公と私、日常と非日常。ここでは全てが渾然一体だ。迷ったら両方、お好み焼きと焼きそばは混ぜてモダン焼きになる。
そういえば、紫様はあの閻魔を苦手としていた。私も同感だ。世の中、ごちゃごちゃと混ざり合っているからこそ良いものはある。たとえば、この中有の道のように。
「白黒はっきりつけなくてもいいじゃないか、モダン焼き」
生者と死者が行き交う道には、曖昧な混沌がよく似合う。私は笑みを漏らして、曖昧な黄昏の光の中に歩き出した。
インスタントでない焼きソバもたまには食いたいなぁ
昼飯はモダン焼きに決定かな。
お好み焼きも焼そばも美味しいけど、モダン焼きは別格だよね。
うん、お好み焼き食べたくなった。そば肉玉イカ天チーズの広島風を。
で、このシリーズ、霧雨書店系の流れだったんですね
今作の小町&映姫の関係はちょっと物足りなかったです
さりげなく挿入されたうどみょん描写?はよかったです
モダン焼きか……近所だかにお好み焼き専門店があったような。今度行ってみようかな……
やっぱりこの手の話を読むのは食後にするべきだった・・・
露店が軒を連ねる祭囃子を歩く昂揚感、最高です!
個人的にはモダン焼きはイマイチ馴染みがないのですが、この作品を読むと食べたくなってくる不思議。縁日の雰囲気もご無沙汰なので、それらと併せて堪能したくなりますね。
さりげないうみょんげや安定の小町、屋台ごと食い尽くしかねない幽々子様など、色々な味で楽しませてもらえる作品でした。ご馳走様です。
……次回は温泉たまごということはおりんくうですね。wktkしながら待ってます。
店で食べると美味いが量が物足りなかったりするので、やっぱり家で焼くのがいい。
しかし、時には店自慢のオススメを賞味したくもなる。
個人的にはモダン焼きもいいが、ラヂオ焼きの方ををたらふく食べたい。
出店がいっぱいある場所だといつもよりいっぱい食べてしまう不思議