――初めはただ、一人が寂しかったから。
「うー?なんだここ?」
「こんばんは」
「ん?誰だお前、食べていいか?」
「こらこら、ダメですよ。まずはお互い、自己紹介」
「んぁ?事故がなんだって?」
「お友達になる第一歩です」
「よくわからないな」
「じゃあ、まずは私から。青娥って言います。呼び捨てで構いませんよ」
「せいが?」
「はい、そうです」
「じゃあ、私は何だ?」
「貴方は芳香、宮古芳香です。ほら、言ってごらん」
「よしか?…うん、なんかそんな気がしてきた。芳香。うん。私は芳香」
「はい、それじゃあよろしくお願いしますね、芳香」
気まぐれにこの子を作ったんだ――。
――***
――夢を見ていた。
芳香が青娥と出会った最初の記憶。
体を起こす。どうやらまだ昼過ぎらしい。
特に何かあるわけでも無い。
あるのはただ重たい自分の体。
目の冴えた芳香はゆっくり墓場を歩きはじめた。
目的地も無い。ただフラフラと歩をすすめる。
墓の外れに立つ背の高い桜の木を見て、芳香は不意に懐かしさを覚える。
あの木は。
春には青娥と花見をして。
夏には暑さを避ける為に青娥と木陰に逃げ込んで。
秋には青娥と月見のお供に散る葉を眺めて。
冬には眠る青娥を起こすために一日中起きていた場所だ。
そしてまた、春には青娥と桜を見に行ったんだ。
懐かしいそれをただ愛でるように撫でた。
桜の葉を散らして、緑が生い茂るそれは、風に揺れてざわめいた。
撫でる芳香に返事をするように、桜は揺れる。
「うん、ちょっと行ってくるよ」
誰に言う訳でもなく、芳香は一つ目的地を決めた。
ここからそう遠くはない、見晴らしの良い高台へと歩をすすめる。
風の通り道になるそこは、きっと気持ちが良いだろう
――***
思いの外時間がかかった。
気付けば辺りはほんのり暗くなっている。
でも辿り着いた。
ただ広がる草原と、芳香の頭上に広がる空に挟まれたのは
今この瞬間においては芳香だけだ。
背の伸びた雑草に寝転んで芳香は空を見上げる。
宵闇に顔を出した一番星を芳香は真っ直ぐ見つめた。
周りに何も無いその星は、孤独を謠うようで悲しくて、でも大きく光るそれは大丈夫だと言ってるように見えた。
まるで今の私だと、芳香は自嘲した。
伸びきった関節と、腐りきった体と。空っぽの心と。
思えば死後にしては随分と長い時間を世界にしがみついたものだと
我ながら芳香は感心した。
――終わりは近い。
他の誰に解らなくても、本人である芳香自身は良くわかっていた。
術の効力が限界を迎えたか、そもそも私の魂ってやつが限界を迎えたのか。
詳しいことは解らない。
だがそれなりにこの世界を楽しめた。
でも一つ心配がある。
青娥の事だ。
それもこれも、世話焼きの癖に目の離せない青娥のせいだとも思う。
人の事ばかり心配して、自分を蔑ろにしてる辺りはもう見ていられない。
あーだこーだ色々考えてたら、言いたいことがたくさん積もってきた。
人の気配を感じた。
だけど振り返らない。
振り返れない。
だから、その人が誰であろうと、文句を聞かせてやろうと思った。
――***
――青娥は人の事ばっかなんだ。
人のことばっか心配しといて、青娥はちっとも自分のことを考えてないんだ
青娥はすぐ笑うんだ。
私は凄く真面目なのに、いつもいつも。そんな楽しそうに笑われたら、怒るに怒れないじゃないか。
青娥はもっとワガママで良いんだ。
私がいつもあれしたい、これしたいって言って、それに付き合って。たまには青娥のワガママも聞きたいんだ。じゃなきゃ私が不安になるじゃないか
言いたい事はまだまだたくさんあるんだ。
でも、色々言ったらきっと青娥は困って笑うから。
これ以上は言わないで置く。
でも一つ心配なんだ。
青娥はきっと沢山泣くんだろうなって思う。
そのくらい可愛がられてたことくらい、私には解るよ。
でもそれ、やめて欲しいんだ。私は青娥の泣き顔って見たことないけど
多分とっても痛いんだ。体じゃなくて、胸のもっと奥のほうに刺さるんだ。
だって、ちょっと想像しただけでそうなんだ。
だからどうか泣かないで。
これが最後の私のワガママ。
――***
「本当に、言いたいことだけ言うんですから」
――だから…泣かないでって言ったじゃないか。
術は弱まり、もう青娥自身にもどうしようも無い程だった。
崩れる体をただ抱きとめるしか、青娥には出来ない。
大粒の涙を浮かべながら、
それでも必死に堪えるのは青娥なりの最後の抵抗だった。
まぶたは閉じない。
その瞬間涙がこぼれそうで。
その一瞬が芳香を何処かに連れていってしまいそうで。ただ只管に堪える。
芳香はそんな顔を見たくなかった。
夏の向日葵のように笑う青娥が、何よりも芳香は好きだったから。
動かない体を少しでも動かして。
血反吐吐きそうになりながら言葉を紡ぐ。
――最後くらい、いつものように笑ってよ
「…無理ですよ」
――どうして?
「だって私は、こんなに、苦しくて、胸が、張り裂け、張り裂け…そうで、でもどうしようも、無くて。何も、出来な、出来ない、自分が、悔しいんです。こんな、こんなので、笑えなんて、私は出来ない」
――私は、大丈夫だから。
「私が、大丈夫じゃ、ないんです。ワガママ、言って良いん、でしょう?だから、いつものように、嘘だと言って、ください。私を、困ら、困らせてください。お願い、お願いですから…。私を、私を一人にしないで」
嗚咽を殺して、もはや焦点の合わない芳香の目をみて、
青娥は唇を噛み締めた。
そのまま芳香の胸に顔を深く埋めて、湧き上がる涙を必死に堪えた。湧き上がる悲しみを、ただ必死に堪えて、
何かにすがるようにして芳香を抱きしめる。
それでも。何が変わるわけでもなく。
落ちた視線をそのままに青娥は顔をあげる。
必死に歯の奥を噛み締めて。
震える体を抑えつけて。
それでも芳香の最後のワガママに答えようと必死に。
顔は強張って、どうしても上手く笑えない。
――ねぇ、青娥、この術ってさ。もう一度私にかけたらどうなるの?
「……」
――きっと、私はまた、私になるんだろうね。
「でも、それは貴方じゃない、貴方じゃ…ないんです…」
――うん、それでもさ。こんな泣き虫、ほっとけないから。
「私は…こんな思いをするなら、私は…」
――大丈夫だよ。きっと違う私でも。何度繰り返しても。また青娥を好きになるよ。だって、私だから。こんなにも青娥が大好きな私だからさ
芳香は手を伸ばした。
視力はもはやない。
それでも確かめるように芳香は青娥の頬に手を当てる。
その手に。手を重ねて。
芳香という存在を青娥は確認した。
そして小さく頷いてから、笑う。
「大好きですよ、芳香」
「うん、私も」
――だから、ほんのちょっぴりだけ、さよなら
切ない雰囲気が出てて良かったです。
青娥が持つ芳香への思い入れがまったくわかりませんでした。なぜ泣くほどの事なのか、どういう関係だったのか、
どんな体験をしてきたのか、そういったことがほとんど描写されてないので共感しづらかった。
Clairさんの前作2つを既に読んでいるので、世話焼き青娥さんのキャラクターは自然に受け入れられました。
>張り裂け、張り裂け…そうで、でもどうしようも、無くて。何も、出来な、出来ない、
むせび泣いているのをうまく表現できていたと思います。
頑張ってくださいね!Clairさんの青娥のキャラクターは、とても私のツボに入っていますし!