最後の帰り道
紅色の夕焼けが残酷なまでに美しかった。
今はもうコンクリートで舗装されてしまった堤防だが、
子供の頃は砂と石が露出していた。よく転んで泣いたものだ。
そんな昔の思い出が今になって浮かんでは消えて行く。
やはり寂しいのだろうか、この世界との別れが。
「さよなら・・・世界」
鞄の中には色紙が入っている。
「さようなら」「元気でね」「今までありがとう」なんて文字の書かれた色紙が。
隙間だらけの色紙。 修正だらけの色紙。
もう学校に行かなくても良い、それは今まで何度も願った事の筈だった。
それなのに今になって心が痛むのは何故だろうか。
「ケロケロ~ ケロケロ ケロロ~ ケロケロ~♪」
少し口ずさんでみて、止めた。 立ち止まった。
犬を連れたおばさんや自転車に乗った子供が通り過ぎて行く。
ああ、本当にこれで良かったのだろうか?
始めは髪の色だった。
他のみんなとは違う、緑色の髪。
小学校、中学校の頃はなんて事無かった、個性として受け入れられていた髪。
世界中探しても私しかない色、大好きな緑色。
「早苗ちゃんは遠くに居ても直ぐに分かるね!」
それが、認められなかった。個性として、自分らしさとして。
始めの内の奇怪な視線は仕方ないと思っていた。
一ヶ月、二ヶ月と月日は経った。
中学校の友達は皆、それぞれグループを見つけ仲良くなっていた。
早苗は気づくといつも一人だった。
それどころか、明らかに避けられていた。
クラス全体に。
「何読んでるの?」
「アガサクリスティーの『そして誰も居なくなった』」
「なにそれ、キモっ」
別に相手にする気は無かった、馬鹿と友情ごっこするぐらいなら一人の方が良い。
そう考えるようになった、そう考えたかった。思いたかった。
ある日、声をかけたら無視された。
ある日、落とした消しゴムを蹴飛ばされた。
ある日、読んでた本を奪われた。
ある日、机が教室の角に押しやられていた。
ある日、ノートが滅茶苦茶に落書きされていた。
ある日、教室に入れて貰えなかった。
ある日、靴が無くなっていた。
ある日、花が置かれていた。
ある日、殴られた。
ある日、出席で名前を呼ばれなかった。
数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程に、毎日が辛かった。
涙を堪え、一人だった。悲しみではなく憎しみだった。
涙の数だけ強くなる、そんな歌詞に苛立ちを覚えた。
「早苗は良い子だから、きっとみんな分かってくれるよ。」
神様はそう言った。
私は隠れて大泣きした、どれだけ泣いたか、涙が枯れるのではないか、
そう思う程に泣いた。
私は学校に行った。
机を元の場所に戻し、中の物を箒で履きだし、ゴミ箱の捨てる。
今日は何かが染み込んだ雑巾と石が数個、あと蛙の死体。
落書きも消さなきゃな、雑巾を取ってこよう。
「先生! 私の雑巾を東風谷さんに捨てられました!」
「私も見ました!」「私も!」
ああ、そういう事か、言い逃れはできない。
何を言っても無駄だった、私に味方なんて居ないんだから。
私はいらない人間だから。
死に方を考えるのは楽しかった。
気持ちが楽になった。
どうやったら奴らにショックを与えられるだろう、
そんな事ばかり考えていた。
朝礼の時に全校生徒の前で飛び降りてやろうか?
教室で遺書を残して首を吊ってやろうか?
ナイフで奴らを刺し殺して、自分も死んでやろうか?
しかし、そんな勇気は無かった。
私は風祝の早苗、現代神。
百年に一度の天才の筈だった。
子供の頃からその力を褒められていた。うれしかった。
自分は何だってできると思っていた。 優越感を感じていた。
それなのに、余にも無力だった。
何も出来なかった。自分は弱い唯の人間だった。
「ああ、神様・・・」
言った所で無意味だった。
私の神様は遠に力を無くしていた。何もできやしないのだ。
そして、私も。
「幻想郷?」
「そうだ、この世界にはもうウンザリだ。」
「全く別の世界に行くんだよ、私達は。」
「私もですか?」
うれしいような、悲しいような。
別の世界よりは、昔に戻りたかった、何もかも楽しかった昔に。
それでも、もう変えようのない事実だった。
私はカレンダーの引越しの日を大きく丸して、
それまでの日を良い物にしようと考えた。
引越し、それだけで皆の接し方は変わった。
謝りにくる者、話しかけてくれる者、お菓子をくれた者。
少し無理しているような気がしないでもないが、どうでも良かった。
初めて、学校が楽しいと思えた。
こんな日がいつまでも続いて欲しい、そう思えた。
そして、最後の一日。
私が、世界にさよならする日。
「忘れ物は無い? 早苗。」
「大丈夫ですよ諏訪子様。」
一人、堤防を歩く。
二度と見る事の出来ない景色を目に焼きつけながら。
何度も見た筈の陸橋の落書きも、初めて見るような感覚がした。
堤防から見える浅い青と緑の世界は、何年も昔の記憶のようだった。
ああ、最後なんだな。
授業が終わり、終HRでお別れ会が行われた。
色紙が渡され、思い思いに声をかけた。
最も、言葉をかけたのはクラスの半分も居なかったが。
「東風谷!」
いじめが止まったのは引越しが知らされてからのほんの数日だった。
もう二度とあんな事は無いと確信していただけにショックも大きかった。
下駄箱にある筈の靴は中庭に投げ出されており、黒板には「東風谷死ね」の文字。
「おい無視してんじゃねぇ!」
椅子が、飛んできた。教室がざわめいた。
痛かった。涙が出そうになった。
ああ、やっぱり駄目なんだ。
最後ぐらい、なんて考えは甘かったんだ。
鞄からビンを取り出した。緑色のペンキの入ったビンを。
それを頭にぶっ掛けてやった。
後の事はよく覚えていない。
声を上げて教室を走り出て、ここまで来た。
涙で視界が霞んでいたから。覚えてない。
「ごめんください、早苗さん、運動着学校に忘れてたんで。」
「留守・・・ですか?」
紅色の夕焼けが残酷なまでに美しかった。
今はもうコンクリートで舗装されてしまった堤防だが、
子供の頃は砂と石が露出していた。よく転んで泣いたものだ。
そんな昔の思い出が今になって浮かんでは消えて行く。
やはり寂しいのだろうか、この世界との別れが。
「さよなら・・・世界」
鞄の中には色紙が入っている。
「さようなら」「元気でね」「今までありがとう」なんて文字の書かれた色紙が。
隙間だらけの色紙。 修正だらけの色紙。
もう学校に行かなくても良い、それは今まで何度も願った事の筈だった。
それなのに今になって心が痛むのは何故だろうか。
「ケロケロ~ ケロケロ ケロロ~ ケロケロ~♪」
少し口ずさんでみて、止めた。 立ち止まった。
犬を連れたおばさんや自転車に乗った子供が通り過ぎて行く。
ああ、本当にこれで良かったのだろうか?
始めは髪の色だった。
他のみんなとは違う、緑色の髪。
小学校、中学校の頃はなんて事無かった、個性として受け入れられていた髪。
世界中探しても私しかない色、大好きな緑色。
「早苗ちゃんは遠くに居ても直ぐに分かるね!」
それが、認められなかった。個性として、自分らしさとして。
始めの内の奇怪な視線は仕方ないと思っていた。
一ヶ月、二ヶ月と月日は経った。
中学校の友達は皆、それぞれグループを見つけ仲良くなっていた。
早苗は気づくといつも一人だった。
それどころか、明らかに避けられていた。
クラス全体に。
「何読んでるの?」
「アガサクリスティーの『そして誰も居なくなった』」
「なにそれ、キモっ」
別に相手にする気は無かった、馬鹿と友情ごっこするぐらいなら一人の方が良い。
そう考えるようになった、そう考えたかった。思いたかった。
ある日、声をかけたら無視された。
ある日、落とした消しゴムを蹴飛ばされた。
ある日、読んでた本を奪われた。
ある日、机が教室の角に押しやられていた。
ある日、ノートが滅茶苦茶に落書きされていた。
ある日、教室に入れて貰えなかった。
ある日、靴が無くなっていた。
ある日、花が置かれていた。
ある日、殴られた。
ある日、出席で名前を呼ばれなかった。
数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程に、毎日が辛かった。
涙を堪え、一人だった。悲しみではなく憎しみだった。
涙の数だけ強くなる、そんな歌詞に苛立ちを覚えた。
「早苗は良い子だから、きっとみんな分かってくれるよ。」
神様はそう言った。
私は隠れて大泣きした、どれだけ泣いたか、涙が枯れるのではないか、
そう思う程に泣いた。
私は学校に行った。
机を元の場所に戻し、中の物を箒で履きだし、ゴミ箱の捨てる。
今日は何かが染み込んだ雑巾と石が数個、あと蛙の死体。
落書きも消さなきゃな、雑巾を取ってこよう。
「先生! 私の雑巾を東風谷さんに捨てられました!」
「私も見ました!」「私も!」
ああ、そういう事か、言い逃れはできない。
何を言っても無駄だった、私に味方なんて居ないんだから。
私はいらない人間だから。
死に方を考えるのは楽しかった。
気持ちが楽になった。
どうやったら奴らにショックを与えられるだろう、
そんな事ばかり考えていた。
朝礼の時に全校生徒の前で飛び降りてやろうか?
教室で遺書を残して首を吊ってやろうか?
ナイフで奴らを刺し殺して、自分も死んでやろうか?
しかし、そんな勇気は無かった。
私は風祝の早苗、現代神。
百年に一度の天才の筈だった。
子供の頃からその力を褒められていた。うれしかった。
自分は何だってできると思っていた。 優越感を感じていた。
それなのに、余にも無力だった。
何も出来なかった。自分は弱い唯の人間だった。
「ああ、神様・・・」
言った所で無意味だった。
私の神様は遠に力を無くしていた。何もできやしないのだ。
そして、私も。
「幻想郷?」
「そうだ、この世界にはもうウンザリだ。」
「全く別の世界に行くんだよ、私達は。」
「私もですか?」
うれしいような、悲しいような。
別の世界よりは、昔に戻りたかった、何もかも楽しかった昔に。
それでも、もう変えようのない事実だった。
私はカレンダーの引越しの日を大きく丸して、
それまでの日を良い物にしようと考えた。
引越し、それだけで皆の接し方は変わった。
謝りにくる者、話しかけてくれる者、お菓子をくれた者。
少し無理しているような気がしないでもないが、どうでも良かった。
初めて、学校が楽しいと思えた。
こんな日がいつまでも続いて欲しい、そう思えた。
そして、最後の一日。
私が、世界にさよならする日。
「忘れ物は無い? 早苗。」
「大丈夫ですよ諏訪子様。」
一人、堤防を歩く。
二度と見る事の出来ない景色を目に焼きつけながら。
何度も見た筈の陸橋の落書きも、初めて見るような感覚がした。
堤防から見える浅い青と緑の世界は、何年も昔の記憶のようだった。
ああ、最後なんだな。
授業が終わり、終HRでお別れ会が行われた。
色紙が渡され、思い思いに声をかけた。
最も、言葉をかけたのはクラスの半分も居なかったが。
「東風谷!」
いじめが止まったのは引越しが知らされてからのほんの数日だった。
もう二度とあんな事は無いと確信していただけにショックも大きかった。
下駄箱にある筈の靴は中庭に投げ出されており、黒板には「東風谷死ね」の文字。
「おい無視してんじゃねぇ!」
椅子が、飛んできた。教室がざわめいた。
痛かった。涙が出そうになった。
ああ、やっぱり駄目なんだ。
最後ぐらい、なんて考えは甘かったんだ。
鞄からビンを取り出した。緑色のペンキの入ったビンを。
それを頭にぶっ掛けてやった。
後の事はよく覚えていない。
声を上げて教室を走り出て、ここまで来た。
涙で視界が霞んでいたから。覚えてない。
「ごめんください、早苗さん、運動着学校に忘れてたんで。」
「留守・・・ですか?」
ただ、読み終わったあと少しの間、心が真っ白な状態になりました。
ただ最後の唯一の良心ということでよかったのでしょうか。
ただ原作の少し壊れた早苗さんの原因がこれだったら……
ぞっとする話ですね
そういう、早苗にとってのマイナス、現代の嫌いな部分に注視し、時に露悪的に表現したことについては新鮮な驚きと賛同を伝えたい。(実を言うと、僕も似たような話を書いたことがあるので、個人的なシンパシーを感じたのです)
作品の評価としては、あまり物語的でないのと、あまり早苗の感情が、早苗の語りでしか表されていないので、あまり伝わってこなかったので、百点から少し引いて。