神子の朝は早い。
早いがしかし、自分から起きだす訳ではなく、屠自古に起こされて目を覚ますのだ。
「太子様ー、朝ですよー、起きてくださーい」
「ん…うぅん……もう少しだけ…」
「それもう二回目じゃないですか、いい加減起きてください」
「うぅぅ…」
このようなやり取りをしばらく繰り返して、ようやく神子は目を覚ますのである。
尸解仙となる前は普通に起きていた筈なのだが、蘇ってから現在に至るまでずっとこの調子だった。
「なんで太子様が、こんなに朝に弱くなってしまったのか…復活して間もない所為かしら」
「んー…おはようございます、屠自古…」
「おはようございます、太子様。すぐ朝食の用意しますから、着替えは済ませておいてくださいね」
こうなった原因が何なのかを考えていると、神子がようやく身体を起こしていた。
その事を確認した屠自古は挨拶を返して、朝食を作る為に部屋を後にする。
「あ、それと二度寝しないでくださいよ。それでは失礼します」
「だ、大丈夫ですよ、もぅ…えっと、着替えはどこでしたっけ…」
まだ完全に目覚めきっていない頭で、服を収納している箪笥から下着と服一式を取り出す。
「この下着にも慣れないといけませんね…えっと、これをこうして…」
自分が生きていた時代の物とは大きく異なる下着に苦戦しながら、何とかブラジャーのホックを留めようとする。
これらは屠自古が持って来たものなのだが、黒や赤と言った派手な色が多く、それが苦手と思う原因になっていた。
「そもそも、どうして後ろにあるのかしら…留めにくいとは思わないのでしょうか…?」
「はぁ…太子様は今日も素敵だ…」
着替えに苦戦する神子の様子をこっそり覗いていた屠自古が、鼻を抑えながらそんな言葉を漏らす。
寝起きかつ、着替えに集中している神子は、そんな事などまったく気付いていないようだった。
「何をしているのだ、屠自古よ。太子様はまだ寝ておられるのか?」
「げっ、布都…」
中々戻ってこない屠自古の様子を見に来た布都に声を掛けられ、慌てて鼻血を拭いながら振り向いた。
さすがに覗きの現場を見られるのはマズイと思い、気付かれる前に立ち去ろうとする。
「早く起こさねば、太子様も困られるであろうに。仕方ない、ここは我が…」
「だ、大丈夫よ、もう起こしたから。ちゃんと起きてるかどうか確認してただけよ」
まだ寝ているのだろうと思った布都が部屋に入ろうとするのを阻止しながら、取って付けた説明で誤魔化す。
「む、そうであったか。なら良いのだ」
「そうそう。さぁて、朝御飯作らないとね」
「太子様が来られる前に、用意を済ませるのだぞ」
咄嗟に思いついた言い訳だったが、どうやら信じたようなので、
屠自古は布都を引き連れてさっさと朝食を作りに戻っていく。
そんなやり取りがあった事など露知らず、神子は苦戦しつつも着替えを続けるのだった。
着替えと身支度を済ませて神子が食卓にやって来ると、既に朝食が出来上がっていた。
「少し遅れてしまいましたか、申し訳ありません」
「気にしないでください、丁度出来たばかりですし」
「そうです、太子様。冷めぬ内に頂きましょう」
すまなそうに言う神子に、気にしないように言いながら席に着くのを待つ。
「ありがとうございます。それでは、いただきます」
『いただきます』
三人で囲む食卓は賑やかで、その光景や雰囲気は仙人であっても、人間と変わらない普通の家族そのものだった。
「そういえば、青娥殿と芳香殿は今頃何をしているのでしょうね」
そうして談笑している最中、唐突に思い出したように布都が呟いた。
道場を仙界に移して以来、神子達にとって道教の師である青娥は、
たまに顔を出す程度になっていて道場にほとんどいない状態が続いているのだ。
「確かに…芳香は墓の方にいそうだけど、青娥殿は何してるんでしょう?」
「そういえばこの前、霊夢さんが青娥殿につきまとわれて困っている、何とかしてくれと仰っていましたね」
「む、では青娥殿は神社におられるのですね。我らの道場ではなく神社とは…確かにあの巫女も見所はありますが」
「らしいと言えばらしいですね…」
以前、道場に霊夢を招待した時に零していた発言を思い出した神子が、その事を話した。
それを聞いて少し不満そうにしている布都に対し、屠自古は青娥なら無理もない、と言った様子で納得している。
「青娥殿にも何か考えがあるのでしょう。用が済めば、またこちらに住んでくれますよ」
「割と気まぐれな所もありますしね」
「それなら良いのです、我もまだまだ教えていただきたい事はありますし」
特に心配はしていないのか、神子がそう言うと二人も同意していた。
そんな事を話しながら食事を終えると、今度は食後の運動を兼ねて神子と布都は道場で修業に打ち込む。
これも神子達の日常のうちの1つで、主に体術を鍛える為の修業を行うのである。
「毎度の事ながら、二人ともよくやるわね…布都も悪くないんだけど、やっぱり汗を流す太子様が一番ね」
亡霊である屠自古は加わる事もなく、飲み物の用意などをしながら二人の姿を眺めていた。
やはりその視線は神子の方に向く事が多く、煩悩もほとんど隠せていないのだが、特に咎められる事はない。
人の欲を知ることができる神子は気付いていても、わざわざ咎める必要は無いと思っているからである。
「ふぅ…そろそろ休憩を取りましょう、太子様」
「そうですね、激しすぎる運動もよくありませんし」
暫くの間休む事無く打ち合っていた二人は、一段落した所で休憩を取る事にした。
「はっ…飲み物の用意はできてますよー」
「おぉ、すまぬな、助かるぞ」
「ありがとうございます、屠自古」
少しの間惚けていた屠自古は、休憩を取りにきた事に気づいて我に返ると飲み物とタオルを差し出す。
二人は礼を言いながらそれらを受け取って、その場に座り込むと淹れられた水を一気に飲み干した。
「いやしかし、ようやく我も身体が慣れてきました。復活したばかりの時より、身体が軽いですし」
「えぇ、私も大分調子が戻ってきました。後は朝も起きられるようになれば完璧ですが…」
「今のままでも…じゃなくて、そうですね。朝に弱いままでは、周りに示しがつきませんし」
ようやく身体の調子が戻ってきた様子の二人に、思わず本音を漏らしかけたのを慌てて引っ込めて、
何事もなかったかのように振舞いながら同意していた。
「では太子様、早く本調子になれるよう、修行を再開しましょうぞ!」
「ん、そうですね。十分休めましたし…ありがとうございます、屠自古」
タオルで汗を拭き、水分も補給した二人は再び修業へと戻って行く。
戻り際に笑顔で礼を言われて、屠自古が恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「は、はい…が、頑張ってくださいね」
修業に戻る二人に声援を飛ばしながら、なくなった飲み物の用意をする為に道場を後にした。
朝の修業は基本的にこれの繰り返しとなるため、すぐに水分を補給できる状態を保つのは重要な事なのである。
そうして今日もまたいつも通り、道場の朝が過ぎていくのだった。
昼食を終えた後は、特にする事が決まっているという事は無いので、
外に出かけたり、修行をしたり、掃除をしたりと、思い思いに過ごしている。
今日は布都が外に出掛けている為、道場には神子と屠自古の二人が残っていた。
「太子様と二人きり…これは絶好の機会では…!」
この都合の良い状況を利用しない手は無いと思い、早速何をするか考え始める。
だが、神子の近くだと欲を聞かれてバレる可能性が高いので、外に出て掃除をしながら考える事にした。
「屠自古、どこか行くのですか?」
書物に目を通していた神子が、立ち上がった屠自古に気付いて声を掛ける。
「あぁいえ、外の掃除にでも行こうかなと思いまして…」
「そうでしたか。よろしくお願いしますね」
本当は掃除の方がついでなのだが、それを言う筈も無くあくまで掃除をすると言う理由で外に出ると、
道場の周辺を竹箒で掃きながら何をすべきか思案する。
「あんまり露骨だと引かれるだろうけど…かと言って、微妙な事をするのは…うぅーん…」
とにかく神子の可愛い姿が見たいのだが、どうやってそれを引き出すかを悩んでいた。
と言ったものの、屠自古は神子の一挙手一投足全てが可愛いと感じているので、何でも良いといえば良いのだが。
「はぁい、お久しぶりね。元気にしてるかしら?」
「にょわぁっ!?」
考え事に夢中になっていた屠自古は、誰かが近付いてきていた事にも気付いておらず、
突然声を掛けられて間抜けな声を上げながら驚愕していた。
「もう、いくらなんでも驚きすぎじゃない?」
「な、なんだ、青娥殿ですか…驚かさないでくださいよ…」
驚かれた事に少し不満を覚えながら言うと、屠自古は申し訳無さそうに謝った。
「大方、豊聡耳様に、何かしようと考えていたんでしょうけど…」
「いやまぁ、それはその」
「うふふ、皆まで言わなくても良いわ。そんな貴女の為に、また良さそうな物を見つけてきたのよ」
青娥は唯一、屠自古の趣味を知っている人物であり、青娥自身もその趣味に賛同している立場なので、
このように人間界で見つけた面白そうなものを屠自古に提供しているのである。
神子が着けている下着も、元々は青娥が屠自古に渡したものだった。
「良さそうな物?」
「そうよ…芳香、持って来なさい」
「もう持ってきてるぞうぅ、青娥ー」
今度は何を持ってきたのだろう、と期待しながら、芳香の持ってくる物に視線を向ける。
箱に詰まっている為、中に何が入っているのかはまったく分からなかったが、
青娥が持ってきたものなら外れはないだろうと思い、箱の中身に期待を膨らませていた。
芳香から箱を受け取り、青娥に促されて早速箱を開けると中身を確認する。
「これは…また下着ですか?」
箱の中には先日と同じ、下着と思われるものが入っていた。
「そう思うでしょう?けど違うのよ…これは水着と言って、水中で活動する為の服よ」
「水中で?」
「えぇ、そうよ。更に、覆う面積は下着と変わらないのに、下着ではなく服として扱われるのよ」
屠自古が下着だと思ったそれは水着であり、数種類の水着が用意されていた。
説明を聞いても半信半疑ではあったが、水着を眺めていると着せてみたいという思いが膨らんでいく。
「でも、さすがにこれを太子様に着てもらうのは…」
だがいくらなんでも、このような服を着てもらうのは難しいだろうとも思ってしまう。
「ちゃんと説明すれば大丈夫よ。泳ぎに行く時に着るから、サイズの確認がしたいとか言って」
「な、なるほど…本当に泳ぎに行くのも良いですし、それなら何とか…」
それをすかさず察知した青娥が、水着を着せる為の口実を提案すると、感心したように屠自古が頷いた。
暑い時期などは水に入って涼みたくなる事も多いので、この理由なら無理なく着てもらえるだろう。
「今回は布都の分も用意しておいたわよ。必要になるでしょうからね」
「そちらは一種類だけなんですね」
「問題なく似合うであろう一着だから、問題はないのよ」
下着の時と違って、先程の理由で着てもらうのなら、当然布都の分も用意しておく必要があるのだが、
そこは青娥もしっかり分かっているようで、あらかじめ用意しておいたのである。
「とにかく、そうと決まれば早速…」
「青娥ー、お腹空いたぞうぅ」
「あらあら、しょうがないわね。頼んだわ、屠自古」
「…あ、やっぱりそうなるんですか…分かりました、何か作ってきます」
早速神子に水着を着せに行こうとした屠自古だったが、それを遮るように芳香が空腹を訴えてくる。
青娥からも何か食べさせるように言われてしまい、水着の事もあって断る訳にも行かない為、
出鼻を挫かれながらも仕方ないと言った様子で了承した。
「よろしくねー。さて、それじゃあお邪魔するとしましょう」
「おぉ、御飯、御飯ー」
掃除を中断して食事を作りに行った屠自古の後に続いて、青娥と芳香も道場に入っていった。
久しぶりに道場に帰ってきた青娥と芳香に驚きながらも、神子は二人が帰ってきた事を喜んでいた。
「お久しぶりですね、青娥殿。外はいかがでしたか?」
「意外と退屈はしなかったわ。情報も結構集められたし」
興味深そうに尋ねてくる神子に対し、具体的な事は余り言わずに答えを返す。
今の時代に関する様々な情報を集めていたのも事実だが、実際は博麗神社に行っていた事の方が多かったのである。
「うおぉー、お腹が空いて死にそうだー…」
「もう死んでるでしょうに」
机に突っ伏して空腹を主張する芳香と、それに突っ込みを入れる青娥を、神子は微笑ましく思いながら見守っていた。
「うーん…できれば自然に切り出したいけど…布都の分もあるし、一緒にいる時の方が良いんじゃ…」
そんなやり取りを他所に、屠自古は料理をしながらどうやって話を切り出すか考えていた。
意識しだすと益々どうすれば良いのか分からなくなってしまい、結局最後にはなるようになる、という結論に達するのだが。
思慮が浅い訳ではなく、面倒くさがりな性格の所為で、妥協したり勢いで決めたりするのは珍しい事ではなかった。
「そうと決まれば、早く料理を運ばないと…芳香に机を齧られたりでもしたら困るし」
考え事をしながら作っていたので少し時間が掛かってしまい、芳香には悪い事をしたと思いながら、
手際よく盛り付けると居間の方へと料理を運ぶ。
「出来ましたよー。これぐらいあれば足りるわよね」
「御飯!御飯!お腹が減りすぎて死ぬかと思ったぞぉ…いただきまーす」
「あら、こんなに用意してもらって悪いわね。ありがとう」
料理の乗った皿が置かれた瞬間、芳香が物凄い勢いで食べ始める。
思っていた以上の量を用意していたので、青娥は少し驚いているようだった。
「簡単な物ですし、これ位は別に…そ、そうだ、ところで太子様、話しがあるんですけど…」
礼を言われて少し照れながら、誤魔化すような形で神子に話を振る。
この繋ぎ方は中々上手いのではないだろうか、などと少し自画自賛しながら、勢いに任せて話を続けた。
「暑い季節になったら、湖辺りに泳ぎに行きたいなー、と思いまして…その時に着る服を用意してもらったんですが…」
「水浴びですか…確かに暑さを凌ぐには丁度良さそうですね。でも、服というのはどういう?」
良い考えだと思い同意はするが、水浴びの為の服と言うのがよく分からず、不思議そうに尋ね返す。
「それについては、私から説明しましょう。水着と言って、水中での動き易さを追求した服ですわ。
可愛らしいデザインの物も多いので、きっと気に入ると思いますよ」
「なるほど、そのような物が…確かに、外なら着るものは必要ですしね」
その問い掛けに青娥が代わりに答えると、今はそれが普通なのだろうと思い納得していた。
自分が生きていた時代よりもずっと進んでいる事もあり、早く慣れないといけないと思っていた為、
このように実際に試して学ぶ事ができるのはありがたく思っているのだ。
「それで、これがその水着なんですけど…サイズが合うか分かりませんし、実際に着てみて貰えませんか?」
意外と乗り気な神子の反応を見て、青娥に感謝しながら用意していた水着を見せた。
「こ、これが水着?何と言うか…この前の下着と、見た目が変わらないような…」
「そういうものですわ、豊聡耳様」
実物を目の当たりにして屠自古と同じ様な感想を漏らすと、青娥は笑顔でそう言いきった。
これを着て人前に出るというのは些か恥ずかしいが、今の時代で普通の事だとすれば、
恥ずかしがる方がおかしいと言う事になってしまうだろう。
「…分かりました、では試しに着てみましょう。せっかく用意してくれたのですし…」
「うふふ、豊聡耳様ならそう言ってくれると思ったわ」
多少の下心は感じていたが、屠自古の提案であり青娥もわざわざ用意してくれた事を考えると、
断るのは悪いと思って着替える為に居間から出て行った。
神子にとって、生前は気軽に遊びに行ったり出来るような立場ではなかったので、
皆で遊びに行けるのが魅力的だった事も、恥ずかしさを我慢してでも承諾した理由の一つだった。
暫く待っていると、着替えを終えた神子が屠自古達の前に現れた。
「き、着てみましたけど…どうでしょうか…?」
芳香以外の視線が集中し、赤くなった顔を俯かせながら、恥ずかしそうに反応を伺っている。
最初の水着はビキニタイプの物で、胸の谷間や太股を強調する露出が高めのデザインだが、
清楚さをイメージさせる白色の為アダルトな雰囲気は感じさせず、
綺麗な肌と柔らかな四肢が目立っていて神子の持つ魅力を一層引き立てていた。
「くはぁっ…さ、最高ですっ、太子様!すごくお似合いです!!」
「こらこら、興奮し過ぎよ。それにしても、我ながら良い物を用意したわね」
鼻血を噴出して、神子の手を握りながら力説する屠自古を落ち着かせながら、青娥も満足そうに頷いていた。
まだ少し恥ずかしそうにしている神子だったが、褒められたのが嬉しいらしく、不安そうな表情が笑顔に変わる。
「あ、ありがとうございます…でも、さすがにこうも露出が多いと恥ずかしいですね…」
「そこが良いんですよ、そこが!」
「屠自古の意見はともかく、水着と言うのはそういう物ですよ。種類はありますから、色々試してみてはどうでしょう」
放っておくと襲いかかりそうな屠自古を制止しながら、箱の中から別の水着を取り出した。
「たくさんありますね…では、この中から良さそうなものを探してきます」
自分に合う露出が少なめの水着を探す為、箱ごと受け取ると神子が再び着替えに行く。
それと入れ違うようなタイミングで、布都が外出から帰って来た。
「あ、おかえりー」
屠自古が声を掛けると、青娥も布都に気付いて視線を向ける。
芳香は食べるのに夢中のようで、周りの事など一切お構い無しのようだった。
「ただいまだ…おぉ、青娥殿に芳香殿ではないか。帰っておられたのだな」
「えぇ、ちゃんとお土産もあるわよ。ほら、これ」
青娥と芳香がいる事に喜んでいると、青娥が布都用の水着が入った箱を取り出す。
それを見て、子供の様に顔を輝かせながら箱を受け取った。
「なんと、ありがとうございます!開けても良いでしょうか?」
「構わないわよ、ついでに着てみてくれたらなおよしね」
許可が下りたので、早速箱を開けて中身を確認する。
箱の中には、神子の為に用意していた物とは別の水着が収められていた。
「これは見慣れない服ですね…では、早速試着してきましょう」
「迷いがないな…もうちょっと恥ずかしがったりすればいいのに」
用意されていたワンピースの水着を見て、特に抵抗も無い様子で着替えに向かう。
もう少し恥ずかしがる事を期待していた屠自古は、少し物足りなそうだった。
神子はまだ着替えが終わっていないらしく、後から着替えに行った布都が先に戻ってきた。
「どうじゃ、中々似合っているのではないかっ!?」
意外にも気に入っているらしく、勢い良く襖を開けて自身満々の様子で現れる。
布都の水着は水玉模様とレースが特徴的なデザインで、ぱっと見た感じでは少し子供っぽい印象を与えるが、
出るべき所はしっかり出ており、スタイルの良さのお陰なのか実際に着ている姿は、
子供と大人の中間といういかにも布都らしい雰囲気を出していて、よく似合っていた。
「おぉ…こういうの、馬子にも衣装って言うのかな。似合ってるじゃない」
「馬子は言葉だけなら豊聡耳様の方が…ってそうじゃなくて。本当に良いわねぇ、可愛いわ」
思っていた以上の布都の姿に、二人は感心しながら口々に褒める。
布都は気持ち良さそうにその言葉を聞きながら、得意気に胸を張っていた。
「ふふん、我なら当然であるな。これも青娥殿が選んでくれたお陰でしょう、ありがとうございます」
「いえいえ、良い物見れたし、喜んで貰えたなら持って来た甲斐があるわ」
調子に乗りながらも、しっかりと感謝の言葉を述べると青娥も嬉しそうに答える。
「そういえば、太子様はどちらへ行かれたのだ?我のこの姿、太子様にも見てもらいたいのだが」
「あぁ、今は着替えに…って、随分とかかってるな。よほど迷ってるのかしら…」
神子に見てもらおうと思い布都が姿を探していると、屠自古も戻りが遅いのを気にしているようだった。
「種類が多いからね、無理もないわ。それよりも…ほらこれ、ちゃんと屠自古の分もあるのよ」
「へ?」
心配そうにしている屠自古にそう言いながら、青娥が新たに水着を取り出していた。
まさか自分の分まであるとは思っていなかった為、間の抜けた声を漏らしながらそれを確認する。
「うむ、確かに屠自古も着てみるべきであろう。我も着たのだからな」
「とっておきのを用意したんだから、ねぇ?」
「い、いや私はそういうのは…ほ、ほら、亡霊ですし」
他人に着せる割に自分が着るのは抵抗があるのか、何とか逃れようと後ずさって行く。
普段はあまりそういう素振りを見せないが、実は神子以上に肌を露出させる事を苦手としているのだ。
「そうは行かないわ、皆で泳ぎに行くんだから。当然、屠自古も水着にならなきゃダメでしょう」
「いやいやいや、どう見てもそれは、水着じゃなくてただの紐ですよ!?」
黒い笑みを浮かべて楽しそうに、手に持っている水着を見せ付けながら青娥が屠自古に迫る。
水着はスリングショットと呼ばれる種類で、用意したのはその中でも露出が控え目な方なのだが、
それでも身体を覆う面積はかなり少なく、そもそも泳ぐ為に着るとは思えないデザインだった。
「気のせい気のせい。せっかく用意したんだし、ちゃんと着てくれなきゃ困るわ」
「いやです!せめて他の水着にしてください!」
「仕方ないわね…じゃあ、この二つから好きな方を選ばせてあげるわ」
全力で拒否してくる屠自古に、新たな選択肢を提示する。
続いて取り出した水着はビキニタイプの物だったが、覆う面積は先程神子が着ていた物よりも小さく、
ほとんど最低限の部分しか覆えそうになかった。
「どう考えても一つに一つですよ!?そ、そんなのを着るのは、死んでも御免ですっ!」
「もう死んでいるではないか」
「こらっ、待ちなさい、逃げても無駄よ!」
慌てて逃げ出した屠自古に布都が突っ込みを入れながら見送ると、その後を青娥が追いかけていった。
「えぇっと、これは一体何の騒ぎですか…?」
「おぉ、太子様、そちらにおられたのですね。あの二人は気にせずとも大丈夫でしょう」
ようやく着替えを終えてやってきた神子が、その光景を見て何事かと困惑する。
それに気付いた布都が、声を掛けながら簡単に事情を説明していた。
「なるほど…おや、布都も水着に着替えていたのですね。可愛らしくて、よく似合っていますよ」
「あ、ありがとうございます。太子様こそよくお似合いで…」
特に気にする必要も無さそうだと分かり、二人の事は置いておいて布都の水着姿を褒めると、
顔を赤くして嬉しそうにしながら布都も神子の水着姿の感想を言った。
神子が着ている水着は競泳水着で、前の露出は少なめだが背中側が大きく開いたデザインになっており、
泳ぎやすい様に肌にフィットしている事もあって、身体のラインが強調されてビキニとは違った魅力を引き出していた。
屠自古が見ていたら興奮して迫っていただろうが、その本人は青娥から逃げている真っ最中である。
「観念しなさい、屠自古!どうせ最後は着る事になるんだから!」
「絶っ対に、イヤですからね!着るとしても、もっと露出の少ない奴です!」
遠くの方から、二人の言い合う声が聞こえてくる。
二人とも浮いていて、足音は聞こえないのでどこにいるのかはよく分からなかった。
「とりあえず、着替えてきましょうか…」
「…そうしましょう、太子様」
当分は終わりそうにないと思った神子と布都は、少し飽きれながら、他に見せる相手もいないので着替えに戻って行く。
「雷まで持ち出すなんて、どれだけ嫌なのよ!」
「そっちだって壁抜けしてるじゃないですか!」
青娥と屠自古の二人が繰り広げる不毛な追いかけっこは、当分終わる気配はないようだった。