何も無い場所、という特徴を持つ場所がある。
遠くに森、遠くに山、遠くに空。それらを見渡す事が出来る原。
春は生まれたての緑ヶ原へ。
夏は空のように青々と。
秋は夕日に照らされ橙に染まり。
冬は――冬は、ただ見渡す限り白銀の原へと姿を変える。
季節の移り変わりをそのまま投影するこの原は、ある意味として幻想の象徴かもしれない。ただただ何も無いその場所を。
諸々の者は『無何有の郷』と呼んでいる。
◇
無何有。何も無い場所。
その郷では今現在、所々に白が点在させながらも緑の原へと生まれ変わろうとしている。
冬から春への移り変わり。芽吹く春、枯れる冬。
さく、さく、と敢えて点在する白を踏みしめながら歩く者が現れた。薄い青と白を基調とした、部屋着に見える程の薄着。頭の上には側面に突き立つ三角が特徴の帽子。いずれにせよ、冬の終わりとはいえ未だ肌寒いこの頃にする装いではない。
その、少女。儚さを伴いながら同時に生を謳歌する者特有の……気配、とでも言えば良いだろうか。そのような、生きていると断言できるくらいには少女は存在を主張していた。
微かに何かしらの音が聞こえる。鼻歌だ、少女が歌っている。相当にご機嫌の様子で、時折ステップを交えながら原を横切っている。しかし、たまにピタリと立ち止り空を見上げ、儚げに微笑む姿は死者、いやさ死を悟った者特有の気配の『無さ』、何かが抜けているような脆さを感じさせた。どちらが本当の少女なのか、それともどちらもか。
と。山の方角。いや森と山の間の方角、やや山側である。その空から何かが飛来してきているではないか。青白い少女もそれに気づいたのか、ふと見上げてまた微笑んだ。その笑みは負の感情を一切感じさせぬ、安心と嬉々に富んだ笑みである。何か見た事があるような……そう、懐かしい友と出会った時の笑みだ。
飛来してきたのはこれまた少女。青白い少女のように青と白を基調にしたワンピースのような服を着ているが、挙動とその色の濃さからどちらかと言えば元気な子供を印象付けた。淡い少女とはまるで違う。
その、少女とも言い難い程の幼さを持った、そう幼子。幼子は少女の手前の空中で、なんと急停止した。慣性はきちんと働くようで、ききぃっと摩擦の音がする。熱が発生して靴が溶けたりはしないのか不思議なものであるが……まぁ、良い。
その場でふよふよと浮かんでいた幼子は幾許か微笑む少女を見つめていたが、突然不安げに顔を歪めて少女の懐へと飛び込んだ。少女は困ったように、だが笑みは絶やさずに幼子をあやす。
「なぁに、どうしたのチルノ。いきなり飛び込んじゃって」
「レティ……! どうしたじゃないよ。冬が、終わっちゃうよっ。早く…」
『早く…』、何であろう。しかし幼子、チルノと呼ばれていた彼女は、それ以上喋る事は出来なかった。
レティ、そう呼ばれた少女が強く抱きしめたからである。
「チルノ。冬は終わるのではなく、去るのよ。また来るわ」
「……むが、ぷはっ!」
変わらず、慈しむかのような笑みを絶やさない少女レティ。語りかける為に緩めた腕の中から無理矢理顔を出したチルノは、納得できない顔で反論する。
「そんなの、きべんじゃん! 慧音が言ってたよ、『妖怪は何もかもから忘れ去られることで死ぬ』。……レティは、レティを知ってるのはあたいだけだよ! レティの怖さも、レティの優しさも! ……でも皆と会わないから、皆知らないんだ、レティのこと。知らないんじゃない、忘れてるんだ!」
「あの巫女達みんな『そんなのいたね』としか言わない。リグルもミスティアもルーミアも、大ちゃんにだってレティは会ってくれない。人間なんか『知らない』って言うんだよ! ひどい。なんてひどい。ここにいるのに。レティ、ここだよって。……言いたいのに」
反論ではなかった。叫びだ、訴えだ。小さな少女が、世の理不尽へ糾弾している。小さな少女が、大切な者を失うまいと叫んでいる。いかないで、それだけ言葉の為に。
レティは、微笑んでいる。
「冬はみんな知ってる。わすれない! ……でもね、レティのことはみーんな知らないんだ。じゃぁ、冬が来るまでの間にレティが忘れられたら、どうなるの?」
「もしかしてさ。レティって冬の妖怪だったよね、あたい知ってる。じゃぁ、冬を忘れなかったらレティも死なないんだよね。ううん絶対そう!」
チルノは、ただただ自分の言いたいことや思いを必死で伝えようとしている。
レティを誰も知らない。レティが忘れられる。レティが忘れられたら、いや、きっと忘れないだろう。
レティは、微笑んでいる。
「そうだ! あたい良いこと思いついた。聞いて聞いてレティっ!」
「ほら、冬が長くなった時があったよね。あれ、あたいよくわかんないけど、春を捕まえたら冬が長くなったんだよね。じゃぁ、冬以外の季節はみんな捕まえちゃおうよ。そしたらっ」
「……そしたら。ずっと冬だ。レティも消えない。あたいも、……仲間外れにされないし。寒いのは好きだし…さ」
「だから、冬じゃない季節なんてみーんな」
「チルノ」
レティは、微笑むのを止めた。
冬であった原。『無何有の郷』から、白が段々と抜けていく
「……レティ?」
「チルノ。私が『冬の妖怪』として生まれたのは、何でだと思う?」
「え、えーと、冬が怖かったから? うん。慧音が『妖怪は怖いって人が思うから生まれる』って言ってた」
「そうね。じゃぁチルノが生まれたのは何でだと思う?」
「え? うーん、……分かんない」
チルノが、首を傾げる。
その姿からは、先ほどまでの悲壮さ、必死さが消えていた。幼い少女の悲痛な叫びは、大切な者からの問答によって原の白に吸い込まれた。
「正解はね。『寒いから』、『冷たいから』私たちが生まれたのよ」
「寒くて、冷たいから? 当然じゃん!」
「そうね、当然。じゃぁ」
「なんで『寒い』とか、『冷たい』なんて思うのかしら」
「え?」
問答は続いている。この問答にあまり意味はないだろう。レティからすればチルノがその叫びを止めてほしかったから苦手な問答を始めたのもあるようだから。
ただ、伝えたいこともあったのも事実だろう。もう、原の白は緑と混じり合いかけている。
「寒い。冷たい。これはね、『暖かい』『熱い』があるから、あるの」
「熱い、あったかい……」
「そうよ、『春はあったかいね』、『ああ、夏が暑い』、『秋は涼しいなあ』。この三つがあるから、『冬は寒い、死にそうで怖い』と思う。『こんな寒い日は何か出そうだ』と人間が感じる。だから、私がいるのよチルノ」
「貴方たち妖精は私たち妖怪とは違う、自然の化身。『熱い』から、『冷たい』あるように。あったかいのが好きな妖精がいるから、冷たいのが好きな妖精がいるの」
「貴方はね、なくてはならないのよチルノ。誇りなさい、そして妖精たちに『私が居るからお前達もいるんだぞ』って自慢してやりなさいな」
「…………レティ……うん、あたいは、凄いんだね」
「そうよ、貴方は凄いの」
「さいきょーだねっ!」
「さぁ、どうかしら。さいきょーかもしれないわねぇ」
「……じゃぁじゃぁ、レティは?」
「レティは、凄いの?」
恐る恐る。そう表現するのが正しいと思える尋ね方をするチルノ。
その不安を払拭させるように、レティは力強く頷いた。
「えぇ、凄いわよー」
「レティは死なない?」
「えぇ死なない。『季節』がある限り、私は死なないわチルノ。安心しなさいな」
「じゃぁ、また……会えるんだねレティっ!」
「えぇそうよ。次の冬に……また、チルノのお話を聞かせてね。私、春と夏と秋は全然動かないから」
「任せて! そんなの簡単じゃん。友達増やして待ってるね!」
「えぇ待っててね、任せたわチルノ」
ゆーびきーりげんまーんうっそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!
何も無い原に少女達の声が透き通る。空は悠々とそれを受け止め、日は二人を見守った。
無何有の郷は、春になった。
「じゃぁ、ね。チルノ、また『冬』に」
「じゃぁねレティっ、また『冬』に!」
遠くに森、遠くに山、遠くに空。それらを見渡す事が出来る原。
春は生まれたての緑ヶ原へ。
夏は空のように青々と。
秋は夕日に照らされ橙に染まり。
冬は――冬は、ただ見渡す限り白銀の原へと姿を変える。
季節の移り変わりをそのまま投影するこの原は、ある意味として幻想の象徴かもしれない。ただただ何も無いその場所を。
諸々の者は『無何有の郷』と呼んでいる。
◇
無何有。何も無い場所。
その郷では今現在、所々に白が点在させながらも緑の原へと生まれ変わろうとしている。
冬から春への移り変わり。芽吹く春、枯れる冬。
さく、さく、と敢えて点在する白を踏みしめながら歩く者が現れた。薄い青と白を基調とした、部屋着に見える程の薄着。頭の上には側面に突き立つ三角が特徴の帽子。いずれにせよ、冬の終わりとはいえ未だ肌寒いこの頃にする装いではない。
その、少女。儚さを伴いながら同時に生を謳歌する者特有の……気配、とでも言えば良いだろうか。そのような、生きていると断言できるくらいには少女は存在を主張していた。
微かに何かしらの音が聞こえる。鼻歌だ、少女が歌っている。相当にご機嫌の様子で、時折ステップを交えながら原を横切っている。しかし、たまにピタリと立ち止り空を見上げ、儚げに微笑む姿は死者、いやさ死を悟った者特有の気配の『無さ』、何かが抜けているような脆さを感じさせた。どちらが本当の少女なのか、それともどちらもか。
と。山の方角。いや森と山の間の方角、やや山側である。その空から何かが飛来してきているではないか。青白い少女もそれに気づいたのか、ふと見上げてまた微笑んだ。その笑みは負の感情を一切感じさせぬ、安心と嬉々に富んだ笑みである。何か見た事があるような……そう、懐かしい友と出会った時の笑みだ。
飛来してきたのはこれまた少女。青白い少女のように青と白を基調にしたワンピースのような服を着ているが、挙動とその色の濃さからどちらかと言えば元気な子供を印象付けた。淡い少女とはまるで違う。
その、少女とも言い難い程の幼さを持った、そう幼子。幼子は少女の手前の空中で、なんと急停止した。慣性はきちんと働くようで、ききぃっと摩擦の音がする。熱が発生して靴が溶けたりはしないのか不思議なものであるが……まぁ、良い。
その場でふよふよと浮かんでいた幼子は幾許か微笑む少女を見つめていたが、突然不安げに顔を歪めて少女の懐へと飛び込んだ。少女は困ったように、だが笑みは絶やさずに幼子をあやす。
「なぁに、どうしたのチルノ。いきなり飛び込んじゃって」
「レティ……! どうしたじゃないよ。冬が、終わっちゃうよっ。早く…」
『早く…』、何であろう。しかし幼子、チルノと呼ばれていた彼女は、それ以上喋る事は出来なかった。
レティ、そう呼ばれた少女が強く抱きしめたからである。
「チルノ。冬は終わるのではなく、去るのよ。また来るわ」
「……むが、ぷはっ!」
変わらず、慈しむかのような笑みを絶やさない少女レティ。語りかける為に緩めた腕の中から無理矢理顔を出したチルノは、納得できない顔で反論する。
「そんなの、きべんじゃん! 慧音が言ってたよ、『妖怪は何もかもから忘れ去られることで死ぬ』。……レティは、レティを知ってるのはあたいだけだよ! レティの怖さも、レティの優しさも! ……でも皆と会わないから、皆知らないんだ、レティのこと。知らないんじゃない、忘れてるんだ!」
「あの巫女達みんな『そんなのいたね』としか言わない。リグルもミスティアもルーミアも、大ちゃんにだってレティは会ってくれない。人間なんか『知らない』って言うんだよ! ひどい。なんてひどい。ここにいるのに。レティ、ここだよって。……言いたいのに」
反論ではなかった。叫びだ、訴えだ。小さな少女が、世の理不尽へ糾弾している。小さな少女が、大切な者を失うまいと叫んでいる。いかないで、それだけ言葉の為に。
レティは、微笑んでいる。
「冬はみんな知ってる。わすれない! ……でもね、レティのことはみーんな知らないんだ。じゃぁ、冬が来るまでの間にレティが忘れられたら、どうなるの?」
「もしかしてさ。レティって冬の妖怪だったよね、あたい知ってる。じゃぁ、冬を忘れなかったらレティも死なないんだよね。ううん絶対そう!」
チルノは、ただただ自分の言いたいことや思いを必死で伝えようとしている。
レティを誰も知らない。レティが忘れられる。レティが忘れられたら、いや、きっと忘れないだろう。
レティは、微笑んでいる。
「そうだ! あたい良いこと思いついた。聞いて聞いてレティっ!」
「ほら、冬が長くなった時があったよね。あれ、あたいよくわかんないけど、春を捕まえたら冬が長くなったんだよね。じゃぁ、冬以外の季節はみんな捕まえちゃおうよ。そしたらっ」
「……そしたら。ずっと冬だ。レティも消えない。あたいも、……仲間外れにされないし。寒いのは好きだし…さ」
「だから、冬じゃない季節なんてみーんな」
「チルノ」
レティは、微笑むのを止めた。
冬であった原。『無何有の郷』から、白が段々と抜けていく
「……レティ?」
「チルノ。私が『冬の妖怪』として生まれたのは、何でだと思う?」
「え、えーと、冬が怖かったから? うん。慧音が『妖怪は怖いって人が思うから生まれる』って言ってた」
「そうね。じゃぁチルノが生まれたのは何でだと思う?」
「え? うーん、……分かんない」
チルノが、首を傾げる。
その姿からは、先ほどまでの悲壮さ、必死さが消えていた。幼い少女の悲痛な叫びは、大切な者からの問答によって原の白に吸い込まれた。
「正解はね。『寒いから』、『冷たいから』私たちが生まれたのよ」
「寒くて、冷たいから? 当然じゃん!」
「そうね、当然。じゃぁ」
「なんで『寒い』とか、『冷たい』なんて思うのかしら」
「え?」
問答は続いている。この問答にあまり意味はないだろう。レティからすればチルノがその叫びを止めてほしかったから苦手な問答を始めたのもあるようだから。
ただ、伝えたいこともあったのも事実だろう。もう、原の白は緑と混じり合いかけている。
「寒い。冷たい。これはね、『暖かい』『熱い』があるから、あるの」
「熱い、あったかい……」
「そうよ、『春はあったかいね』、『ああ、夏が暑い』、『秋は涼しいなあ』。この三つがあるから、『冬は寒い、死にそうで怖い』と思う。『こんな寒い日は何か出そうだ』と人間が感じる。だから、私がいるのよチルノ」
「貴方たち妖精は私たち妖怪とは違う、自然の化身。『熱い』から、『冷たい』あるように。あったかいのが好きな妖精がいるから、冷たいのが好きな妖精がいるの」
「貴方はね、なくてはならないのよチルノ。誇りなさい、そして妖精たちに『私が居るからお前達もいるんだぞ』って自慢してやりなさいな」
「…………レティ……うん、あたいは、凄いんだね」
「そうよ、貴方は凄いの」
「さいきょーだねっ!」
「さぁ、どうかしら。さいきょーかもしれないわねぇ」
「……じゃぁじゃぁ、レティは?」
「レティは、凄いの?」
恐る恐る。そう表現するのが正しいと思える尋ね方をするチルノ。
その不安を払拭させるように、レティは力強く頷いた。
「えぇ、凄いわよー」
「レティは死なない?」
「えぇ死なない。『季節』がある限り、私は死なないわチルノ。安心しなさいな」
「じゃぁ、また……会えるんだねレティっ!」
「えぇそうよ。次の冬に……また、チルノのお話を聞かせてね。私、春と夏と秋は全然動かないから」
「任せて! そんなの簡単じゃん。友達増やして待ってるね!」
「えぇ待っててね、任せたわチルノ」
ゆーびきーりげんまーんうっそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!
何も無い原に少女達の声が透き通る。空は悠々とそれを受け止め、日は二人を見守った。
無何有の郷は、春になった。
「じゃぁ、ね。チルノ、また『冬』に」
「じゃぁねレティっ、また『冬』に!」
四季のある国に生まれた喜びを再確認させてくれるお話。
夏になるとバブルスライムのようにべったりぐったりする俺は当然チルノの味方。
あらゆる手段を講じてレティの足止めをしたいところではあるのだけど……、
確かにな。他の性質が異なる季節があるからこそ冬は輝くし、それはどの季節にもあてはまるのでしょうね。
ここは一つチルノを見習って「じゃあ、またね」と大人な態度で美しくしめましょうか。
なんて思ってたら。
やってくれましたなぁ、この後書きにはマジで一本とられた。
レティとチルノのゆびきりげんまんをリリカルに描いた素敵ストーリーを、
紫様の愛情溢れる語りに感動することを目的としたお話に変換させるとは。
自称一級ユカリストの俺としてはマッハで再読せざるを得ないでしょ。
────再読完了。二度目の感想、いきます。
いや、感想ではなく妄想をたれ流す。二度も読ませたんだ、付き合ってもらうぜ作者様。
まずあれですね。紫様はチルノの背後、斜め後方の上空にいらっしゃいますね。
スキマからは上半身だけが見える、所謂バストショットの状態。両腕頬杖がデフォルトに決まっている。
唇はどうだろうな、ちょっと皮肉っぽく歪んでいる可能性が高い。
けれどもその瞳は。そう、その瞳はあくまでも真摯に、そして無限の慈愛を湛えているに違いないのだ。
冬眠明けという状態を考慮すれば、全体的にちょっとぽやんとした雰囲気がオプションとして付加されていることも追記せねばなるまい。
……どうですか、とても気持ち悪いでしょう? 俺が。
一粒で二度おいしい。
まことに味わい深い作品でございました。
最初、会話文がちょっと読み辛いかなとも思いましたが、慣れればそうでもないと思う自分がいる。
互いに想いあっているレティとチルノが大変綺麗でした。
そしてまさかの紫様登場に、なるほど、と納得させられた。楽しかったです。