Coolier - 新生・東方創想話

ずんずんズンボウクラゲ

2012/03/07 00:52:55
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紅魔館の地下の、静かな魔法図書館。
主のパチュリー=ノーレッジは今日もいつも通り、読書に余念がなかった。
傍らでメイド長の十六夜咲夜が静かに掃除をしている。
パチュリーは別に掃除など必要ないと言ったのだが、咲夜は埃はぜん息持ちの人に悪いと言って聞かず、しょうがなく掃除を許したのだ。
でも読書を邪魔するわけでもないので、これもこれで良いとも思っている。
パチュリーは気分転換に、ふと目の前のおせっかいメイドに声をかけた。

「ねえ咲夜」
「はいなんでしょう」 咲夜は作業しながら聞いている、結構フランクなのが紅魔館の特徴なのだ。
「レミィの正体って、知ってる?」
「お嬢様の正体、ですか。そりゃまた唐突な」
「そうよ、知りたくないの?」
「私にとってのお嬢様は、私の大切な主人であると同時に、恥ずかしながら母親代わりのようなお人、そしてパチュリー様のご友人。正体が何であれ、本質は変わりませんわ」

チリトリの中身を、外界から仕入れたビニール袋に捨てながら、でも、と付け加えた。

「お嬢様の正体が吸血鬼でないなら、興味をそそられますわね」
「そうでしょう、これは私の仮説なんだけどね」
「はあ、パチュリー様の仮説ですか……」

かすかに咲夜の眉が歪むのを、パチュリーは見逃さなかった。

「むぅ、そんなに私の言っている事が信用ならないのかしら」
「いえ、ただ……」
「ただ?」 先を促す。
「あまりにも独創的過ぎるので、理解が難しいのです」
「オブラートに包んだわね、まあいいわ、貴方、ベニクラゲという海の生き物を知っているかしら」
「ただのクラゲなら、見た事はありませんが知っています」
「そのベニクラゲもクラゲの仲間でね、他のクラゲと同じように、卵を産み、受精すると、ポリプという名の……まあ小さな木のようなものに変化するの、そして、樹木に果実がなるように、ポリプからクラゲの幼生がいくつも出てきて、それがやがて成長してクラゲになっていくわけ。そして子孫を生んで、海に溶けて消えていく。これが普通のクラゲのサイクルよ」
「そして、そのベニクラゲは違うのですか?」
「そう、ベニクラゲの一部の個体は、年老いていくと、その個体自身がポリプに変化して、また生まれ直すの。だから不老不死なのよ」
「はあ、オチが見えてきました。で、お嬢様がそのベニクラゲの妖怪だと?」
「似たような存在だと思うのよ。だってレミィの通り名が『永遠に紅い幼き月』だもの、ある程度年をとると、若返って子供からやり直しているのじゃないかしら」

咲夜はパチュリーの言った事を脳内で噛み砕き、確かに、とうなずいてみせた。

「お嬢様が一向に心身ともに成長しないのも、パチュリー様の仮説の通りとすれば説明が行きますわ」
「さらっときつい事を言うわね。まあ冗談よ」
「パチュリー様がほざくと、いやおっしゃると冗談に聞こえません」
「あら、さっきまで信用できなさそうな顔をしていたのに」




ここで咲夜の言う『冗談に聞こえない』とはもちろん、
『パチュリー様の言っている事が真実に思える』という事ではなく、
『ああ、このお方はガチで信じちゃっているんだなあ』という感覚である。 




「ちょうど満月ね、そろそろ頃合いかしら」

その日の夜、レミリアは食事の後咲夜を呼び出し、テラスに出て、彼女の目の前で帽子を脱ぎ、それを天高く放り投げて見せた。
その光景を見ていた咲夜が何故かと問うと、レミリアは驚くべき事実を告げた。

「帽子を増やしているのよ」
「帽子を、ですか」
「幻想郷で流行っている帽子はね、実は生き物なの」
「生き物?」
「咲夜は『また妙な事を……』と思っているわね」
「ええ、かなり」 咲夜は正直者だった。
「百聞は一見にしかめっ面に蜂を追う者は一兎も得ず、とこの国のことわざで言うように……」
「いや、全然言いませんが」
「とにかく、見ていてごらんなさい」

風に舞うだけだった帽子は、やがて月の光を受けてひとりでに布地を波打たせ、夜空にゆったりと漂い出した。その様はまるで海中を泳ぐ水母のよう。

「ほら、月の光の妖力で、仮死状態からよみがえるの」

その姿は幻想郷においてもなお幻想的と言えた。
帽子は再びこちらに戻ってきて、紅魔館の塀に着地する。

「見ていて咲夜。結構神秘的よ」

やがて帽子は丸い水晶玉のような形に変化し、月の光を反射してきらきらと輝いている。
咲夜が見とれていると、水晶玉は色素のない小さな皿を何枚も縦に重ねた形状に変化し、その帽子の幼生たちは思い思いの方向へ飛んで行った。

レミリアは近くに漂ってきた帽子幼生の一つを手に取り、そっと頭に載せる。

「これで私の妖力を分けてやれば、小一時間ほどでちょうどよいサイズになるわ。何故か被った本人の頭にフィットするよう生長するみたい」
「それで、再び仮死状態になるのですね」
「そうよ、おまけにある程度の加工もこの子たちは許してくれるし、この帽子をかぶっていると不思議と力が湧いてくるのよ。毎月満月の晩にこの子を解放すればまた増えてくれるの」
「私もここへきて長いと思っていましたが、こんな生き物がいたとは」

レミリアは胸を張る。

「ほら、私、妙な事はなにも言ってないでしょう」
「確かに、本物を見せられたら信じるしかありませんわ」
「幻想の世界なのに、やけに現実的な事を言うのね」

帽子型の水母達は、いずれだれかの頭を飾るのだろう。少女たちの装身具になるのと引き換えに、エネルギーを分けてもらい、大事にしてもらう。何とも奇特な生存前略だ。咲夜がそう考えていると、レミリアが尋ねる。

「さて咲夜、私がこの事を教えたのは、単に幻想郷の神秘を見せたかっただけだと思う?」
「違うのですか」
「命令よ。今夜、この帽子水母達を可能な限り集めてきなさい。今すぐよ」
「かしこまりました」

彼女はこの手の主人のワガママに慣れている。散歩がてらの遊びと割り切ればけっこう楽しめる。
咲夜は躊躇せず応じ、一礼してその場から瞬時に消え去った。






翌日、紅魔館の庭に、数メートルの帽子水母の山が築かれた。

「何なんですかこれは、うわあっ」
「ああ、美鈴さん! 美鈴さん」

帽子の山を調べようとして崩落に巻き込まれた美鈴を、小悪魔が必死に助けようとしている。

「よくやったわ咲夜、これで幻想郷の帽子はぜ~んぶ紅魔館のもの」
「どうなさるおつもりなのですか、お嬢様」
「素敵な帽子が欲しかったら、皆私にひれ伏すしかないのよ」
「帽子ぐらいで、皆がそうなるでしょうか」
「だって、異変を起こしたかったんだもん。食べ物とか水とか日の光を独占しちゃうと、シャレで済まない被害になるでしょう? 帽子程度なら命に別条はないし、それでいて厄介な異変だと皆が感じるし、これぐらいがちょうどいいのよ」
「さすがですわお嬢様」

レミリアなりに、人間との友好と緊張の釣り合いを考えているのだろう。
咲夜は改めてレミリアを尊敬し直すのだった。
そのそばで、ようやく美鈴が救助されていた。






「霊夢、お洒落な帽子の値段が急騰しているわ、これは異変よ」

ある日、霊夢が井戸水を汲もうと釣瓶桶を引っ張り上げたところ、桶から帽子のない紫がにゅっと顔を出し、そう告げた。

「……」

霊夢は一瞬目を丸くし、それからため息をついて、釣瓶桶を自由落下させる。

「あ~れ~」

もう一度釣瓶桶を引き上げると、また紫がいた。

「もう、霊夢の意地悪」
「そんな所に居るのが悪い」

今度は釣瓶桶を落とす事はなく、紫が出るのを待ってやる。

「よっこらしょ」
「年寄りじみた言い方ね」
「失礼な子」

紫が出た後、釣瓶桶の中で、キスメがなにか言いたそうに上目遣いでこちらを覗いている。
が、今回の異変には特に関係無い。
紫は縁側に座り、霊夢から湯呑を受け取り、ゆっくり茶を味わい、ふうとため息をついた。

「霊夢のいれるお茶は美味しいわ」

「帽子が無くなることのどこが異変なのよ」
「私たちの被っている帽子、実はあれは幻想郷の不思議生物なのよ」
「知ってるわ、頭に寄生していろんな帽子に変化する奴」
「話が早いわね。で、それを紅魔のお嬢様が独占してしまって、値段が高騰しているの」
「じゃあ、普通の帽子を買えばいいじゃない」
「そうもいかないのよ、何故なら……」

紫が霊夢から視線を反らす。

「何故なら?」
「良い帽子を作る人がいないのよ」
「たったそれだけで、私にレミリアを退治しに行けって?」

紫は口を栗のように尖らせた。

「だってえ、私も帽子を作ってみようとした事あったけど、ぜんぜん可愛く作れないし、藍にやらせてみてもダメよ。あの可愛らしさ、あの不思議な水母じゃなきゃ再現できないのよ。それに、あの可愛らしい帽子が無いと、どうも力が抜ける感じがして……」
「そんなものかしら、私はそんな物無くても大丈夫だけど。まあ、気が向いたら出掛けてみるわ」

しかし霊夢はなかなか乗り気にならない。直感で動く巫女が動きたがらないと言う事は、べつに放っておいても害はないと言う事なのだろう。
紫はそれでも帽子が無いのは寂しく思い、仕方なく隙間空間に設置した無機の式神、コンピューターを起動させ、外界の銀行にある藍の口座をハッキングし、複雑な計算を解いて暗証番号を探り当て、お金を自分の口座に入れ、自分と式たちの帽子を買ってあげた。

「ふう、久しぶりの大仕事だった」

紫は帽子の入った箱をちゃぶ台に置き、式たちの帰りを待つ。

「藍や橙の為でもあるんだし、これくらい許されるわよね」
「何がですか」
「げげっ藍」

紫がびくりと震え、おそるおそる背後を振り向く。怒り顔で腕を組んだ藍がいた。

「ちょっと、お金を借りただけよ」
「またやりましたね。どうやって私の公開鍵から秘密鍵を作成したんです?」
「そりゃあもう精神と時の部屋にこもって、私の境界操作能力と根性で……」

藍はため息をつく、知らない者が見れば、どっちが上司で部下だか分からない。

「その根気と能力、もっと別な事に使ったらどうですか?」

紫は式に怒られる事になるが、それはまた別の話。






パチュリーの魔法により飼育された帽子水母たちは、ドアノブカバーのような形を基本形に、それぞれ個性的な色や形に変化して休眠状態に入った。その帽子は満月の晩の翌日、人里で借りた店で妖精メイド達が売る。
値段も気軽に買えるようなものではなく、かと言って生活を削らなければならない程の額でもない、微妙な金額に設定した。これが功を奏し、かなりの収益となった。
なかでも、慧音の帽子のようなレアな形状に変化したものはかなりの値段が付き、商売は軌道に乗った。
おまけに可憐な笑顔を振りまく妖精メイド目当てに来る者も多く、ある男は無理して沢山買おうとして、危うく妻に無限回休みにされるところだった。






そして次の満月の晩。魔法の森の自宅にて、霧雨魔理沙は帽子を空に解き放とうかと迷っていた。

「高い値で買った物を手放すのは惜しいぜ、でも定期的に満月の光を浴びせて繁殖させてやらないとだし」

もし帽子をずっとそのままにしておくと、だんだん帽子水母の力が弱まってしまい、弾幕少女達(べつに弾幕少女以外もかぶれるが)に力を分けてくれなくなってしまう。
魔理沙の場合、帽子なしでも魔法の森で生きていくだけの力はあるが、弾幕ごっこの時、弾幕の模様やホーミングを美しく制御する事が、何故かできなくなってしまうのだ。
弾幕ごっこが美しく行えないのは、社交上恥ずかしい事だと魔理沙は思っているらしい。

「しょうがないな、そらよ」

仕方なく帽子を空に放す、帽子は満月光線を浴びて生気を取り戻すが、あっという間に捕虫網を持った妖精メイドがわらわらとやってきて、帽子水母達をかっ攫っていってしまう。

「いつもいつも来るんじゃない、泥棒め」

魔理沙はスペルカードを取り出し、ブレイジングスターを起動させる。

「今日こそは!」

こちらは帽子が無いので上手く弾幕を制御できず、下手をすると帽子水母達に当たってしまう。向こうはパチュリーが特別に培養した帽子をかぶって力が強まっているので、いつもあと一歩のところで後れをとり、紅魔館から高値で買うはめになっている。

今夜、またしても一つの帽子も獲得できなかった。
翌朝、家の周囲を探しまわっても、いつもならいくつか見つかる帽子水母の幼生が見つからない。
月夜に魔理沙の怒号が響き渡り、狼たちもちょっと引いた。

「根こそぎ持っていきやがって。ちくしょー」

このような怨嗟の声が、弾幕少女たちの間で高まりつつあった。






紅魔館のレミリアの部屋にて。

「咲夜、パチェ、かなりの収益を上げているわ、大成功ね」
「さすがでございます、お嬢様」
「今のところはレミィの想定通りね」
「価格を決めるのに、ちょっと能力を奮発した甲斐があったわ」
「最近夜中うーうー唸っていたのはそれだったのですね」
「聞いていたの……まあいいわ」

レミリアは満面の笑みで、咲夜にワインボトルを持ってこさせ、琥珀色の液体を手に持ったグラスに注がせた。

「咲夜の作った『即席』ビンテージワインではない、『本物』よ。これこそ王者のグフッ」

レミリアはグラスに口をつけたとたん、いきなりその液体を吐く。

「ぶっ、何よこれ」
「ビネガーです。ラベルに書いてあるのですが」
「じゃあどうして教えてくれなかったの?」
「お店でお嬢様がこれを飲みたいとおっしゃった時、変だと思ったのですが、吸血鬼の味覚は違うのかなあと……」
「私は、レミィの考えた健康法か何かだと思ったのだけど」
「勝手に解釈しないの!」
「申し訳ございません。ただちにいつもの物をお持ちします」

その時、いつの間にか部屋にいたフランドールが姉を冷やかした。

「姉さま、お金で品性は買えないわよ~」
「フ、フラン、姉に向かってずいぶんな事を」
「だって本当の事じゃないかしら☆」と悪戯っぽくウインクする。
「うぬぬぬ、姉を馬鹿にして」 

レミリアが作った握りこぶしを、咲夜がそっと押さえた。

「まあまあ、お二人とも、今別のワインをお持ちしますので」

咲夜はどうにか主をなだめ、部屋を去った。

「フラン、他に言いたい事があるんじゃないの?」
「そうだった、姉さま、帽子の水母、みんなに返してあげようよ。みんなも水母も可哀想だよ」
「そうね、結構儲かったし、このくらいが潮時じゃない?」パチュリーも同意する。
「だめよ、紅魔館の威信が折角高まったのよ。このまま人妖どもをひれ伏させるのも悪くないと思わないかしら」
「姉さま……」

妖しく微笑む姉は、なんだかんだ言ってカリスマを感じさせる。
フランはたじろいだが、気を振り絞って反論する。

「思えないよ。私は、みんなを怖がらせたり、宝物を独占したりしないで、親しまれる紅魔館にすべきだと思う。紅魔館だけでは生きていけないじゃない」
「大丈夫、これを足掛かりに、幻想郷に一大帝国を築くのよ。これは運命。フランは臆病ねえ、こんな時こそ『姉さま、さすがだわ』って、私の片腕になってくれればいいのに」
「でも、こんな事は長続きしないと思うけどなあ」

フランは咲夜のワインを待たずに自分の部屋に戻った。

「姉さま、やっぱり大昔に八雲紫や私にボコボコにされた事を恨んでいるのかしら? 

帽子を取って、そっと撫でてみる。

「この帽子さんも生き物だったとはね」

メイドがいつも取り替えてくれているので、フランもこの事を知らなかった。

「ありがとうね」

窓を開け、帽子を空に返してやる。

「それにしても、こんな事続けたら、姉さま嫌われるぞ」

後にレミリアは、自分と妹、どちらが運命を正確に見通していたかを知る。






「さあさあ、今日も売れるわね」

翌朝、レミリアは咲夜を伴い、人里の店に視察に出かけようとした。
空を飛んでいると、あちこちから何かがレミリアの方へ向かってふわふわと飛んでくる。

「毛玉どもかしら?」

それらが帽子水母達だと気付いた時には、レミリア自身の帽子も彼女の頭を離れ、帽子達に合流する。

「お嬢様、満月の晩にしか動かないはずでは?」

帽子達は融合し、半透明な薄桃色の巨大な帽子に変化した。
その大きさは直径20メートルほど。
そしてその巨大帽子は、咲夜が反応するより速くレミリアを飲み込んでしまう。

「咲夜、何とかしなさい」
「は、はいっ」

咲夜はナイフを投げつけるが、巨大帽子水母は柔軟に受け止め、はじき返してしまう。
ナイフで切りつけても、すぐに切った部分が元通りに再生してしまった。

やがて水母の体内で、レミリアに向かって弾幕のシャワーが浴びせられた。
まるで体内に取り込んだ餌を消化しようとするかの如く。

「このおっ、帽子のくせに生意気な」

弾幕シャワーは次第に濃くなっていく。
最初は結界を張り、ガード出来ていたものの、しだいに死角からの被弾で魔力が奪われていく。

「咲夜、助けなさい」 レミリアの声に次第に焦りが混じってゆく。
「い、今やっているのですが、私の力では……パチュリー様を呼んで参ります」
「早くしてよ!」

レミリアの心に、何者かの声が響く。

(同胞達を自由にしろ)

「帽子達の声? ふっ下等生物風情が」

(自由にすると約束せよ。拒否すればお前を消化する。抵抗は無意味だ)

弾幕はさらに激しくなり、レミリアを苦しめる。

「ぐっ、認めるもんか、幻想郷征服のチャンスをむざむざと」

(どこまでも強情な奴め)

箒に乗った魔理沙が通りかかる。弾幕に耐えながらレミリアは叫んだ。

「ま、魔理沙、マスタースパークでこいつに穴を開けなさい」
「ようレミリア、新しい帽子か?」
「これが帽子に見えるか! さっさと助けなさい」 
「やなこった! 大好きな帽子の中でずっとそうしてろよ」
「ちょっと、洒落にならないのよ」
「まあ、消化されてウンチになったら出してもらえるんじゃないか」

魔理沙はにやにや笑って去っていく。

「ぐぬぬ、どいつもこいつも」

レミリアは鬼のような形相で、いや西洋の鬼なのだが、渾身の力を振り絞り、被弾をものともせず、翼を広げ、巨大帽子を押し上げた。

(何をするつもりだ)

そのまま急速に上昇し、やがて半球状の博麗大結界の天井に突き刺さり、巨大帽子に降伏を迫った。

「私を解放しろ。そして従え」

(帽子達はお前だけのものではない。帽子の誇りにかけて断る)

「ならばこれでどうだ」

レミリアはさらに全精力を注ぎ、やがて不可視の結界にひびが入り、とうとう貫通してさらに天高く、音速の壁を超えて天を目指した。
凄まじい熱と衝撃波が巨大帽子水母を襲い、薄桃色の帽子は真紅に光っている。
しかしまだその膜は破れない。

「これでも私を縛り続けるか!」

(ぐぬぬぬ絶対に認めんッ、認めんぞォ)

「ならば持久戦だ。私が消化されるのが早いか、お前が屈服するのが早いか、勝負よ」

スピードが次第に地球の引力からの脱出速度、秒速11kmに近づいてくる。
真っ暗な空に、月が浮かんでいた。






「パチュリー様、敵は強力です、早く!」

強力な魔道書を携えたパチュリーを連れて、咲夜がレミリアのいた空間に現われた。
同時に魔理沙も、魔法アイテムで完全武装して同じ空域に駆け付ける。

「あんな奴でも、見殺しにするワケにも行かんからな」

しかし3人が見たのは、巨大な火球が轟音と共に空へ昇っていく光景だった。

「あれは……」
「お嬢様!」
「レミィ!」

ただ茫然とその光景を見守る3人であった。
やがてパチュリーがぼそりとこぼす。

「ロケット要らないじゃん」と。






地球の引力圏を離脱し、二日半ほどで月の引力に掴まり、隕石ならぬ隕妖怪となって月の都から離れた場所に激突し、半径500メートルのクレーターが出現した。
クレーターの中心で、何かが起き上がる。擦り傷だらけのレミリアだった。

「はあ……はあ……どうだ、参ったか」

しかし彼女はいまだに、分厚いゼリー状の巨大帽子水母の中にいた。

(これしき……の事……自由を奪われ……同胞の…苦し……に比……れば)

「まだ息があるのか」

レミリアは再び翼を広げ、地球よりは弱い重力圏を抜け出し、宇宙を駆ける。
帽子水母を纏ったまま。
これほどの騒ぎである、月の民が動かないはずはない。

「レイセン! 姉さまと、全玉兎を直ちにここへ呼びなさい」

月の使者のリーダー、綿月依姫は剣を腰に差し、かつてのレミリア達との戦いにも身につけなかった甲冑を着こみ、鉢巻を締めた。ただならぬ主の後姿に、レイセンと呼ばれた玉兎が不安そうに問いかける。

「依姫様、一体何が始まるんです?」

依姫は振り向き、答えた。

「第3次月面戦争よ」

(あっ、ちょっとカッコいいかも)

頬が赤くなるレイセン。






また二日半ほど漆黒の空間を飛び、地球の大気圏に再突入した。
青い海と緑の陸地が美しい。このような事態でさえなければ、この絶景を楽しめるのにとレミリアは残念に思う。

(ぬおおおおおおおおおおおおおお)

「ハハッ、貴様のおかげで再突入時の熱も衝撃も感じないぞ」

(貴様には、貴様だけには負けぬ)

「ならば、これならどうだ」

翼を動かし、レミリアは水母を自分ごと回転させた。

(何をするつもりだ)

高度が下がると同時に、回転も早まっていく。
日本列島は次第に大きさを増し、ついに博麗大結界の防壁がレミリアの目に映った。
神社、人里、山、森、川、湖、そして我が家が見え、次第に輪郭が鮮明になっていく。
全てが懐かしい、5日程だと言うのに、何千年も旅をしていたような気がする。
軽く体を振って落下地点を修正し、そこを目指して突っ込んだ。

「パチュリー様、大変です、お嬢様が戻ってきます」

咲夜の報告を受けたパチュリーがテラスへ出ると、回転する真っ赤な火球が魔法の森の地面をえぐり、爆音とともに周囲の木々を放射状になぎ倒す光景を確認した。紅魔館にも突風が吹きつけ、ガラスがびりびりと震えた。
吹き飛んだ土や木や岩の中に、ばらばらになった屋台の残骸や、眠っていた蛍妖怪や夜雀、意地でも十字のポーズを取ったまま吹き飛ぶ宵闇妖怪の姿があった。爆心地から必死に逃げる鳥や獣や妖怪たち。

「パチュリー様、捜索に行って参ります」
「人里に落ちなかったのが不幸中の幸いね」






レミリアが月旅行をしていた頃、地底にて地上と地下の妖怪間の話し合いが進み、そしてちょうどレミリア帰還時に平和条約が締結され、その記念式典が行われていた。

式たちと地底の妖怪たちに見守られながらスピーチをする八雲紫。
先日高額で帽子を買ったのは、このセレモニー用のお洒落でもあった。

「私たちは不幸な時代を乗り越え、平和共存、交流拡大、相互不可侵、人間保護の4大原則に則り、ここに平和条約の締結を……ん?」

地鳴りがした。一同が不思議に周りを見回していると、岩で覆われた地底世界の天蓋が震え、次第に音が増していく。

やがて天蓋を突き破り、回転する真紅の火球が地霊殿に迫る。
目が合う八雲紫とレミリア=スカーレット。

「レミリア、どうして?」
「あっ、八雲紫。これには深いわけが……ちょっ、ブレーキ!」

岩盤を掘り進んで到達した火球は案の定地霊殿を直撃し、館は消滅し、メタ的に言うなら、妖々夢3面・EX・Phボスと地霊殿1~6面のボスを全て吹き飛ばした。なお、たまたま地上に遊びに出かけていたこいしと、博麗神社の井戸に何故か住み着いたキスメは無事だった模様。

(ぐっ、無念。貴様の力と欲望、これほどまでだったとは)

帽子水母はとうとう巨大な姿を維持できなくなり、無数の肉片となって爆ぜた。
薄桃色の半透明の花弁が、粉塵に混じって地底じゅうに舞い散っていく。

余談だが、いくらか生命力の残っていた花弁はそのまま帽子として再生し、誰かの頭を飾ったり、地底の熱エネルギーを受けたりして、地上とは別の進化の道を歩んでゆく。

残骸の中から、紫と地底代表の古明地さとりが煤だらけの顔を出した。
さとりの読心能力で謀略ではない事は分かっていたものの、それでも声に出して問い正さずには居られなかった。
冷静さを装うが、握りこぶしの震えが止まらない。紫のメンツも丸つぶれである。

「八雲さん、これは」
「レミリア、何て事を」






その後、レミリアは蝙蝠になって逃げようとしたところを、黒谷ヤマメのキャプチャーウェブで捕獲され、八雲紫にこっぴどく叱られ、屈辱のお尻ペンペンを受け、二人で地底の民に土下座し、地霊殿再建の約束をする事でどうにか平和条約は流れずに済んだ。
さとりはレミリアにこう命じた。

「これより一カ月ほど、吸血鬼特有の怪力を生かして再建作業に従事してもらいます」

レミリアはさすがに観念したのか、従う事にした。

紫がようやく地上に戻ると、今度は月の軍勢が幻想郷に迫っていた。
立ち向かおうとしていた霊夢や魔理沙を制止し、軍勢を率いる綿月依姫に、自らが責任を負うと誓った。

「では、あなたを月に連行します」

式たちが紫を必死に止める。

「紫様、あの吸血鬼を引き渡せば済む事です」
「紫様、行かないで」
「藍、橙、私の事は大丈夫よ、幻想郷をお願い」

「さあ紫殿、こちらへ」

紫は幻想郷の総責任者として月に連行された。






レミリアは吸血鬼の怪力を生かし、地底の鬼と一緒に重機代わりの作業を命じられた。
最初のうちは、言われた作業をいやいやこなすだけだったが、次第に仕事に面白みを見つける余裕も生まれた。

「お疲れさん、今日の労働はここまでだ」

『少女さとり』をアレンジした午後5時のチャイムが鳴ると、現場監督の星熊勇儀は皆に作業終了を告げた。
レミリアが仕事を覚えたので、わずか3週間ほどで地霊殿は8割がた完成していた。

「レミリア、これ飲みな」と缶ジュースを渡す。
「ありがと」

ただの缶ジュースでも、仕事の後は格別に美味しく思えるから不思議である。咲夜の紅茶すら霞むほどに。
これが懲罰とは思えないほど、みんな丁寧に仕事を教えてくれていた。

「しっかしお前さんも見かけによらず働き者だねえ」
「まあね、私も一応鬼だし」
「地霊殿が完成したら、お前さんも晴れて自由の身だが、たまには遊びに来てくれよ」
「考えとくわ。あーあ、この私ともあろう者がすっかり庶民の労働に慣れちゃった」

いつの間にかそばにさとりがいた。

「でも、満更でもないようですね」 
「出たわね、気持ち悪い幼稚園児」
「そこまで言うとは、かえって好きですよ」 静かに笑うさとり。

その後もレミリアは働き続け、ついに新地霊殿完成の日、彼女は今までの労賃を受け取り、晴れて地上への帰途についたのである。






紫は月の民が作ったテレビカメラ(に相当する道具)の前で、月世界同時生土下座を披露する羽目に陥った。断ろうとすると綿月豊姫が暑い暑いと言って例の扇子を仰ごうとするので逆らうわけにもいかなかった。

「わかりました、それで許していただけるのなら」

意外と質素でもない食事の後、体を清め、撮影機材一式がそろった中華風の広間に案内された。中央に和風の畳の床が3畳ほど設置され、ひどくミスマッチな印象を受ける。

「さあ始まります。精一杯の謝罪の言葉と共に、ゲザって下さい」 豊姫が命じる。

紫は月の全住民に対して謝罪の言葉を述べ、青畳の床で土下座し、その姿は撮影係の月の門番A氏とB氏(オリキャラではない)によって色々なアングルから撮影され、月じゅうの受像機械に送信された。

紫の土下座姿はあまりにも洗練されていて美しく、同時生中継で土下座を見ていた月の民は男女玉兎問わず魅了された。
月の門番B氏が、紫の腰を横や後ろからアップで写し、下着のラインまで露わになった時、館の外からうおおおという民たちの声が響いた。生土下座番組の瞬間視聴率は99.97%に達した。
次の日、寛大な処置を望む嘆願書の山で月の立法、司法、行政機関は一斉にマヒし、どうにか紫は許しを得た。

どちらの件も、一人の死者も出していない事が幸いしたようだ。






「2大勢力に同時にテロを仕掛けたようなものじゃない、よく助かったわね」

いつもの博麗神社の午後、ぬるめの茶をすすりながら霊夢がつぶやく。
紫は答える前に一切れの羊羹を口に入れ、しみじみと味う。

「ああ美味しい。いろいろと説得が大変だったのよ。さすがに疲れたわ」
「で土下座もさせられたと?」
「それは言わないで」

紫が恥ずかしそうにしていたので、霊夢もそれ以上は追及しない。

「紫、帽子、元に戻ったのね」
「そう、あれからあの子、帽子水母の独占をすぱっと止めて、捕まえた帽子達もみな解放してくれた。さすがにあの子も反省したみたい」
「どうかしら、次はもっと上手くやる、なんて思っているかも知れないわ。いっそ灰に還してやろうかしらね」
「その時はお仕置きだけすればいいのよ。何度でも」
「冗談よ。あんな奴でも、幻想郷の構成要素だしね」

霊夢は茶を飲み干し、改めて紫の瞳を見つめる。

「どうしたの?」

いつになく優しい口調の霊夢。

「改めて礼を言うわ。幻想郷を守ってくれて、ありがとう」
「当然の事をしたまでよ」

二人は静かに笑う。
もともと異変の原因はレミリアの我儘だ。それでいくつかの勢力と戦争になりかけた。
紫は恥を忍んでその窮地を救ったのだ。
感謝しこそすれ、大妖怪が土下座させられた、などと嘲るのはとんでもない侮辱であろう。






次の満月の晩、紅魔館のバルコニーで、吸血鬼と親友の魔女は茶会を楽しんでいた。
月の光が、久々に地上に現われた夜の王を妖しく照らしている。

「あー久々の月を見たわ、癒されるみたい」

レミリアは腕をぐるんぐるんと回し、久々に娑婆の夜空を堪能する。

「ふふふ、そうとう厳しかったようね。お務め御苦労様」
「もう、あんな悪戯もしっぺ返しもこりごりだよ」
「でも、その割には楽しそうだったじゃない」
「まあね、人を殺さない襲わないルールの範疇内じゃ、霊夢達と戦った時以来の充実感だったのは否定しないわ」
「それに、地底の連中が言っていたんだけど、作業中のレミィは真摯そのものだったって」
「な、何を言い出すのよ」

レミリアは視線をパチュリーから逸らし、紅茶を一気に飲み干した。

「意外とまじめで、だんだん作業員のゾンビ妖精への指示までこなすようになって、しかも的確。地霊殿を最初に造った時に比べて、事故で一回休みするゾンビ妖精が格段に減ったそうよ。鬼も一目置いていたとか」
「単に手間を減らそうとしただけよ」
「それも立派な才能。疑ってごめんなさい、やはり貴方は当主の器だわ」
「それはそうとパチェ、休みも込みで一カ月働いて、これだけの賃金を受け取ったのだけど、これでえ普通の人間は生活していけるのかしら」

レミリアはそろばんを弾き、受け取った賃金の額を見せた。
パチュリーは少し考えてから、手をあごに当てて答える。

「人間の生活はよく知らないけれど、まあそこそこな額じゃないかしら」
「何人の?」
「両親と、子供2人ぐらいの」

レミリアはもう一度そろばんを弾く。

「で、これが私が売った帽子の平均の値段よ。これを引いたら……」
「相当厳しいわね。まあ貯金とかもあるでしょうけれど」
「働いてみて分かった。私、そうとうぼったくっていたのね」

レミリアは目を伏せる、紅魔館の面々の頭には、いつもの帽子がそろっていたが、レミリアは今も帽子がない。

「帽子水母は私を許してくれるかしら」

夜空に、毛玉や妖怪に混じって、帽子水母が漂っている。
二人が眺めていると、そのうちの1匹がふよふよと漂ってきて、レミリアの頭にそっと乗った。
彼女の頭部に合わせ、ゆっくり形を変えていく。

「だ、そうよ」
「ふん、懐柔しようたってそうはいかないんだから」

レミリアは口には出さないものの、幻想郷の優しさが身にしみていた。
そして八雲紫に思いを馳せる。
レミリア自身のわがままでみんなのお洒落を邪魔し、無暗に生命と金を搾取したにも関わらず、彼女は自分の罪を被り、屈辱に耐えて幻想郷を月と地底の報復から守ってくれた。
本来なら自分が滅ぼされても文句は言えなかったのだ。地底と月を同時に相手にするのは、さすがの吸血鬼にも荷が重すぎる。それを彼女は……。
レミリアの唇がかすかに動いた。

「八雲…………」
「どうしたの?」
「なんでもないわ」
「フフ、貴方も成長したようね、咲夜にも言っとかないと」
「ばかね」

レミリアは心の中で認めざるを得ない。

(八雲紫、貴方こそ真のカリスマ。私の負けね)

「お嬢様、失礼いたします」

咲夜が来た。後ろにフランもいる。二人とも料理の載ったお盆を持っている。

「さあ、今夜は姉さま出所祝いだ」
「誰が出所よ!」

夜は更けてゆく、人外と、幾人かの人間が遊ぶいつもの夜。
これだけの事が起きても、幻想郷は壊れないのだ。



おわり
東方変な生き物三部作の最後に、ベニクラゲのSSを書こうと思ったのですが、
話が短くなりすぎて思いついたネタを付け加えているうちにこうなりました。
とらねこ
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コメント



0.820簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
その発想はなかった
4.70名前が無い程度の能力削除
紫さま寛容すぎわらた
5.70奇声を発する程度の能力削除
この発想は凄いな…
6.100名前が無い程度の能力削除
話が飛躍しすぎてwww
9.100名前が無い程度の能力削除
>気持ち悪い幼稚園児
違うぞレミィ!その人は小五だ!
11.100愚迂多良童子削除
月の民がダメ過ぎるw
>>これでえ普通の人間は生活していけるのかしら
「え」が余計?
12.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー

いやはや、ギャグかと思ったらラストで感動させられました。すばらしいこの幻想郷
16.100名前が無い程度の能力削除
ZUN帽=クラゲの発想も後半の展開も奇抜で面白かったです。
17.100名前が無い程度の能力削除
月の民穢れまみれじゃねえかwww自重しろwww
20.100名前が無い程度の能力削除
その土下座映像言い値で買おう!