――――夢を見ている。
夢の中で幼子の自分が懸命に前を行く少女の背中を追いかけている。
「待って、待ってよ。お姉ちゃん!」
そう言って、必死になって少女に手を伸ばす。
――――ああ、この光景を憶えている。
――――その結末が忘れられない。
永遠に封じ込めておきたい記憶だから。
決して思い出したくない想いだから。
なるほど、これは確かに夢に違いなかった。
夢でなければ――――いったい誰が好き好んでこんな光景(モノ)を見たいと思うものか――――
そんなことを考えている間にも、夢の方はクライマックスに向けて絶賛進行中らしい。
幼子の――もとい、自分の手が少女の背中、正確には、その腰まで伸びた彼女の種族を象徴する翼と同じ色をした美しい黒髪に、まさに触れようとした瞬間。今まで、こちらの呼びかけに対して一度も振り向くことの無かった少女が振り向いた。
パンッ
少女が振り向くと同時に周囲に響いた乾いた音は、少女が自分に向けて伸ばされた手を振り払った音だった。
そして少女は呆然としている(呆然としていた。と思う、この時は)僕に向かってこう言ったのだ。
ああ、もう十分だ。もうやめてくれ。一度体験したからこそ、もう、この苦しみは経験したくないのだ。
そんな僕の請願も空しく、ついにその瞬間は訪れた。
「触るな! 汚らわしい。何がお姉ちゃんだ。この…………○○○!!」
「お姉ちゃん……」
「うるさい! お姉ちゃんなんて呼ぶな。お前なんか……お前なんか私の弟じゃない!!」
…………これは、ただの夢だ。
しょせんは過ぎ去った遠い日の残滓に過ぎないものだ。
けれども、それがこんなにも僕を苦しめる。
胸が裂かれたような苦痛と息苦しさ。
夢の中だと言うのに、僕にはまるでそれが現実のように感じられた。
胸が……苦しい。息ができない。
ますます強くなってくる息苦しさから逃れようと僕は目を覚ました――はずである。
はずなのだが、視界は相変わらず真っ黒だ。これは、先ほどから顔に押し付けられている何かのせいで、目蓋が開かないからである。
その何かは、とても柔らかくて、弾力があるものだ。とりあえず、枕に顔を埋めているわけでもなさそうだ。僕の枕はこんなに心地良い感触はしない。これで、あと少し、スムーズに呼吸ができる隙間があれば文句無しであるのが悔やまれる。本当に感触は良いのだから。
本格的に酸欠気味になってきた僕は、この危機的状況を回避するため、とりあえずじたばたしてみることにした。
その甲斐あってか、僕の頭を押さえつけてる力が緩む。
こうして、ようやく真に目覚める事が出来たわけだが、問題は僕の安眠と快適な目覚めを妨害していたのは何かと言うことだ。
その原因を探るべく辺りを見回す――までもなく、あっさりとそれは見つかった。
僕の隣りで安らかな寝息を立てている少女。明らかに昨夜布団に入ったときには無かった物体である。
しばらくの間僕がその少女の寝顔を見ていると僕の視線に気付いたからかは不明だが、少女が目を覚ました。
「ふわ~~~。よく寝ました」
そう言って大きく背筋を伸ばす少女。そして、一息ついたところで目の前に居る僕に気付いた少女は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「おはようございます。凛」
この少女のことを僕はよく知っている。
彼女の名前は射命丸文。妖怪の山に住む鴉天狗で、『文々。新聞』を発行している記者。
そして――――
「おはよう。姉さん」
僕の姉さんだ。
申し遅れたが、僕の名前は森近霖之助。
魔法の森の入り口で、道具屋『香霖堂』を営む半人半妖だ。
半人半妖と言えば分かるだろうが、僕の母親は人間だった。
つまり、姉の文とは腹違いの姉弟になるわけだ。
博麗大結界が敷かれるよりも前、まだ妖怪たちが人里の人間を襲ったり、攫ったりしていた時代があった。
僕の母親もそんな時代に天狗によって攫われた一人である。
とは言え、僕を産んですぐに亡くなったらしく、顔も憶えていないが、姉さんによると僕は母親似らしい。
だからか、姉弟と言っても、僕と姉さんは外見上はあまり似ていない。
髪の色も、目の色も違う…………。
僕は、鴉天狗の成り損ない。
空を自由に飛ぶ為の翼も無ければ、風を自在に操る術も持たない。
そんな訳で、僕はあまり自分の出自を他者に語ったりはしないし、姉さんもそうだ。
姉さんの場合は、僕達が姉弟だと知った人達が必ずと言っていいほど「似てないね」と言うのが我慢ならないらしい。
だから、僕達の関係を知っているのは、山の連中か、里で修行してた頃に世話になった中でも極近しい人達に限られる。
「そう言えば、どうして姉さんが僕の布団で寝てるんだい?」
そうそう、僕のことなんかより、こっちの問題の方がよほど重要だ。
家の中に入っているのは合鍵を持っているからで説明が付くが、問題はその後だ。
何故、僕の布団で一緒に寝ていたのか? それが問題だ。
「いえね、ちょっと凛に用事があって来たんですが、凛が気持ちよさそうに寝てたもんですから、起こすのも可哀相かなと思ってしばらく寝顔を眺めてたんですけど、そのうち私も眠くなった来ちゃって、目の前にある愛しい弟の人肌で暖められた布団に侵入したと言う訳です」
まあ、まだ二月だしね。寒いんだからしょうがない。
ところで、さっきから姉さんが僕のことを凛と呼んでいるが、あれは僕の昔の名前だ。
魔法の森の入り口で香霖堂を開いた時に今の名前である『森近霖之助』に改めたが、それ以前は『射命丸凛』と名乗っていた。
凛という文字には冬の厳しい寒さを表す意味もあって、実際に僕が産まれたのはそんな寒い冬の日だったらしい。
とは言え、僕は寒いのは苦手だ。だからこの時期はストーブが欠かせない。
「僕に用事?じゃあ、詳しい話は店の方で聞くよ。あそこならストーブがあるからね」
働き者のストーブのおかげで、暖まった香霖堂の店内で、カウンター越しに姉さんと向かい合う。
カウンターには空になった湯飲みが二つ。まだ仄かに湯気がたっていた。
「それで姉さん。僕に用事って……」
何?と聞こうとしたところで、姉さんに遮られる。
「ところで、凛。香霖堂には素敵な枕がありますね」
「枕?」
「ええ、と言っても抱き枕なんですけどね。試しに抱いて寝てみたんですが、これがなかなかの抱き心地で、とてもよく眠れたんです」
そう言って、じっと僕を見つめる姉さん。
なるほど、あの寝苦しさは抱き枕にされていたからか。じゃあ、僕の顔に当たってたあの感触は……。
ふと、姉さんの方を見る。
顔の下、胸の辺りで服の下から激しい自己主張をしている二つの膨らみが目に入った。
そうか、これが僕の命を奪いかけた凶器か…………あやうく溺死するところだった。
昔はもっと控えめだったのに、最近はますます自己主張が激しくワガママになっている気がする。
おかげで、目のやり場には苦労してます。
「あれがあれば私の快眠生活は保障されたも同然。どうでしょう店主さん、私に枕を売ってくださいませんか」
「残念ながら非売品です」
「そうですか…………それは残念」
冗談かと思いきや、結構本気で言っていたらしく、見るからにしょげてしまった姉さん。
そんな姉さんに対して罪悪感が沸いてしまった僕はつい――――
「でも、貸すぐらいだったら良いよ」
などと甘いことを言ってしまうのだった。
「そうですか! それなら毎晩借りに来ますね」
なんだか大変なことになった気がするけど、姉さんがとっても嬉しそうに、幸せそうに笑っているから。
まあ、良いかと思ってしまう僕なのだった。
「それで結局、僕への用事ってなんだったんだい?」
「ああ、実は凛に渡したいものがありまして」
そう言って、いつもは新聞を入れている肩下げ鞄からきれいにラッピングされた小さな箱を取り出すと僕に手渡した。
「ふうん、チョコレートか」
僕の能力は『道具の名前と用途が分かる』というものであるため、姉さんが取り出した箱を見た時には中身がチョコレートであることや、それが『最愛の者へのプレゼント』であることも分かっていた。
道具屋をやっていく上ではなかなか重宝する能力であるが、こういった時には合わない、無粋な能力である。
ある意味『サプライズを台無しにする程度の能力』かもしれない。
ちなみに、この能力を身に付けられたのは、人里の霧雨道具店で修行した結果、僕の道具への愛が増幅されたからだろう。
つまりは後天的に身に付けたものであり、『鴉天狗と人間のハーフ』として持って生まれた能力は別にある。
まあ、あまり大したものではないので、黙っておくことにする。
「あやややや、ばれてしまいましたか、ええそうです。今日は『バレンタインデー』と言って、外の世界では女性が愛する男性にチョコを送る日なんです…………って、守矢神社の巫女さんが言ってまして。知ってますか? 守矢神社。昨年、外の世界から神社ごと引っ越してきた方々なんですけどね」
守矢神社の事なら、姉さんの発行している文々。新聞にも取り上げられていたし、霊夢や魔理沙からも話を聞いているので、多少は知っている。
そこの巫女(正確には巫女ではないらしいのだが、巫女らしいものではあるので、巫女で良いだろう)は幻想郷に来るなり、霊夢に向かって博麗神社の営業停止を迫ったそうで、その話を聞いた僕はなんと怖いもの知らずなのだろうと感心したものである。
「まあ、新参者ですからね。こちらのルールに疎いのは仕方ないところですが、あの時は大変でしたね。山の妖怪達と新参の神様とで一触即発の緊張状態が続いていましたし、なにより、凛の顔が見られない日が続いたのが一番堪えましたね」
そう言ってため息をつく姉さん。
なるほど、そう言えば確かにあの頃は姉さんが店に顔を出さない日が続いていたが…………なるほど、そう言う事だったのか。
これは新聞には書かれていない裏事情というやつだろう。
山は昔から排他的で秘密主義だ。自分達のごたごたをわざわざ記事にするわけは無い。
「霊夢さん達の尽力のおかげで、無事和解も済みましたし、私もこうして一新聞記者に戻れましたしね」
大団円で万々歳ですよ。と、おどけて言う姉さん。
僕としても、また、こうして姉さんと毎日顔を合わせる事が出来るようになったのだから、確かに大団円ではある。
「そう言えば、バレンタインデーのことは守矢神社の巫女から聞いたんだったよね?」
「ええ、何度か取材に行って話してるうちに仲良くなりましてね。良い記事のネタになるかもと言う事で教えてもらったんですが、話を聞くうちに自分でやってみたくなりましてね。経験者である巫女さんに協力してもらって今に至ると言う訳です」
なるほど、それが今朝早くに僕の家を襲撃し、結果的に寝起きドッキリをした理由か。
姉さんの心遣いは素直に嬉しいし、チョコレートは幻想郷では珍しいものの部類に入るものだから、もちろんありがたくもらっておくことにするけどね。
「そう言えば、山の話題が出たから聞くけど、椛姉さんとはたて姉さんは元気かい?」
二人共、僕にとっては姉のような存在だが、僕が山を出てからは一度も会っていない。
そのため、二人の近況は姉さんに聞く以外に知る術は無いのだが、二人の名前を出すと姉さんの機嫌が悪くなるのであまり聞けないのが現状だったりする。
それは例えるなら「姉(わたし)と話しているのに他の姉(おんな)の話をするなんて…………」と言った感じなので、正直なところ『あまり聞けない』どころか『聞けない』が正しい。
けれども、今回はよほど機嫌がいいのか、それとも今日と言う日が特別な日だからか、僕の質問に嫌そうにしながらも答えてくれた。
「…………椛なら相変わらずですよ。真面目に任務をこなしていますね。ああ、そう言えば例の一件で霊夢さん達が山にやって来た時にはぼろ負けしたみたいですけどね」
ああ、霊夢が話していた武勇伝にあった「襲い来る河童や天狗を蹴散らして」の天狗に含まれていたのか椛姉さん。
椛姉さんこと、犬走椛の種族である白狼天狗は、山の警備担当であり、侵入者があった場合、真っ先に迎撃にあたる天狗である。
だから、霊夢達の進行ルートを警備していた椛姉さんは、不運であったとしか言いようが無い。
この流れで行くと、案外河童はにとりかもしれないな。
にとりもまた、僕にとっては姉さんのようなものだが、本人曰く「嫌じゃないけど、なんだかむず痒くて落ち着かないから勘弁して欲しい」そうなので、にとりのことを姉さんと呼ぶことは無いが、代わりに河城にとりは僕の親友になった。
ちなみに、僕が道具に並ならぬ愛情を持つようになったのは、幼い頃から、にとりが作った素晴らしい道具の数々を目の当たりにしてきたからに違いないだろう。
「まあ、弾幕ごっこだからねえ……姉さんだって、あの遊びで霊夢達に勝つのは難しいんじゃないかな?」
「いや、私の場合は手加減してますから、本気出してないですから」
傍から聞く分には、ただの負け惜しみの域を出ないものだが、天狗のあり方としては正しいのかもしれない。
なにせ、天狗というのは大変プライドの高い種族だ。
例え遊びでも、人間風情に本気を出した時点で負けも同然だし、まして本気を出して負けたとなるとこれはもう、大変な屈辱だ。
それに弾幕ごっこはあくまでごっこ遊びだ。
遊びは楽しむために本気を出すものであって、勝つために本気を出すものではない。
「姉さんが本気だったかはともかくとして、はたて姉さんはどうしたんだい?」
姫海棠はたては、姉さんと同じ鴉天狗で、僕にとっては姉さんみたいなものだ。
文姉さんに対してライバル意識を持っていて、文姉さんもそんなはたて姉さんの態度に思うところがあるのか、二人は顔を合わせる度に互いに罵り合ったりしていたけども、それは『喧嘩するほど仲が良い』と言う事なんだと僕は思っている。
昔から事ある毎に文姉さんと張り合ってきたはたて姉さんのことだから、文姉さん達のように霊夢達と一戦交えたのだろうか。
「ともかくって…………はたては、すっかり引きこもりになっちゃいましてね。今じゃ、忘年会や新年会にも顔を出さないありさまですよ」
困ったものですと言わんばかりに肩をすくめる姉さん。
「え、引きこもったって……一体いつからそんな事になってるんだい?」
「そうですね……大体、凛が山を出てすぐくらいですかね」
僕が山を出てからすぐって……ええと、香霖堂を開いたのが魔理沙が産まれるより前で、霧雨店で働き始めたのが……って、最低でも二十年は前だな。人間だったら赤ん坊がすっかり大人になってしまうほどの時間だが、僕にとっては、ほんの数ヶ月前くらいの感覚だ。
この辺に明らかな人間との差異を感じてしまう。
「引きこもったって、どうしてそんなことに……」
「心当たりありませんか?凛」
心当たりと言われても、僕にはそんなものは無い…………ハズだ。
とは言え、僕が出て行ってすぐにはたて姉さんが引きこもったと言うなら、そこになんの因果関係も無いと言うのは不自然で、むしろ僕が山を出て行った所為ではたて姉さんが引きこもりになってしまったと言う方がしっくりくる。
「僕の所為……なんだろうね」
「まあ、それでまず間違い無いでしょうね。はたてはあれで、かなり凛のことを気に入ってたみたいですし」
そんなに気に入られてたとは、正直驚きである。なにせ、昔からはたて姉さんは僕に対して酷い…………と言う程では無いが、なにかと、刺々しいと言うか、ツンツンしていると言うか、とにかく、あまり友好的な態度では無かった。
実際、僕が山を出る時も「ふんだ、出て行くなら好きにすれば! 別にあんたなんて居なくたって、私は全然平気なんだからね!!」とか言ってたしなあ…………。
あれは、寂しさの裏返しと言うやつだったんだろうか?
だとすると、今までの僕に対する言動も自分の気持ちを素直に表現できなかっただけで実際は…………。
思わず僕は、はあ、とため息をついた。
なんとも面倒臭いヒトだなあ。まあ、今まで気付かなかった僕も相当なものだが。
「はたて姉さんには、悪いことしちゃったかな」
あの時、もっとじっくり話し合えてたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
ちなみに、椛姉さんに僕が山を出て行くことを話した時は「そうか、ついにお前にも巣立ちの時が来たか」とか「しっかり男を磨いて来るのだぞ」とか嬉し泣きしながら言われたものだ。
椛姉さんには、子供の頃から厳しく鍛えられてきたものだ。少しでも弱音を吐こうものなら「それでも男か。この軟弱者」と怒鳴られた。今にして思えばかなりのスパルタ教育だったが、頑張って、課題を達成した時は大いに褒めてくれた。
だから、もっと頑張ろうと、前向きな気持ちが持てたのだろう。
にとりの場合はさっぱりしたもので「凛が山に戻ってくるまでに、凄い道具を作っておくよ」と言って、笑ってた。
霊夢が会った河童は姿を消す不思議な道具を使っていたらしいが、それがにとりが作ると言っていた凄い道具なのかもしれない。
文姉さんは…………説得するのが大変だった。詳しく説明すると長くなるので、言わないが、とにかく『大変だった』のだ。
なんとか、説得して、僕は山を出たのだが、姉さんは、僕が人里の霧雨道具店で働いている間ずっと取材と称して毎日僕の様子を見に来ていた。
今みたいに、割と自由に妖怪が里に出入りしていた訳でなく、さらに、姉さんが天狗だった所為で、かなり目立っていた。
この時のこともあってか、姉さんは『里に最も近い天狗』などと呼ばれるようになった。
「……凛。山に戻って来る気はありませんか」
「…………へ?」
我ながらずいぶんと間の抜けた声が出たものだ。
はたて姉さんの事等で、頭が一杯であったせいだろう。
「ずいぶん急な話だね」
「別に、話の流れ的にはおかしくないと思いますし、これまで何度も言ってきたじゃないですか」
確かに、人里で修行している時は何度も戻って来いと言われたが、僕が自分の店を持ってからはあまり言わなくなったのに、何故?
「こんなところに一人で居たら、何時悪い狼に食べられてしまうか分かったものじゃないですからね。ですが、山なら私がずっと一緒に居られますから、凛を守ってあげられます」
姉さんの言う『悪い狼』とは、文字通りの狼などの獣では無い。
『女の子』のことである。
僕は、半妖と言う、特殊な体質からか、妖怪に襲われにくい。
だから、とりわけ姉さんが注意を促してきたのは女の子についてのことだった。
姉さん曰く「女の子はみんな狼(姉は除く)」で、僕みたいな子供が少しでも隙を見せると、頭からガブリと行かれるらしい。
幼い頃からそう言われて育って来たし、山を出る時も散々言われたので、人里で暮らしていた時は、必要以上の女性との接触を避けていた気がする。
近頃は、霊夢や魔理沙に加え、紅魔館のメイドに白玉楼の庭師や胡散臭いスキマ妖怪まで出入りするようになって、なるほど、女性の来店が増えてるな。
…………もしかして、それが原因か?
「大丈夫だよ、姉さん。ここには、客と客じゃないのしか来ないからね」
「客と言っても女の子は女の子ですし、客じゃないのなら尚更です」
まあ、霊夢や魔理沙も女の子ではあるが、彼女達が僕のことを食べてしまうとは考えにくい。…………別の意味で食い物にされてはいるが。
「まあ、はたて姉さんのことも心配だし、久し振りに他のみんなにも会いたいから、山に帰るのも良いと思うけど、ここでの商売をやめるつもりはないよ」
「何故です? だって、ここの仕事は道楽でやっているんでしょう」
…………そういえば、前に姉さんの取材を受けた時もそんな事を言われたな。確か水煙草を紹介した時だったか。
「よく言われるよ「商売する気があるのか」ってね。確かに、道楽も少しはあるし、客は滅多に来ないし、来たとしても殆どが冷やかしだ。これじゃ、まともに商売なんて出来やしない」
「だったら――――」
「でもね」
姉さんの言葉を遮って話を続ける。
「僕はとても充実しているよ。大好きな道具達に、僕にしか扱えない商品に囲まれてる今の暮らしに満足してる。確かに客は少ないけれど、暇なときは本を読んで教養を高めてるから問題無いし、それに――――あの子達には僕が付いていてあげないといけないからね」
霊夢や魔理沙は余計なお世話だと言うだろが、あの子達はまだまだ子供だ。僕のような大人には彼女達を見守る責任がある。
少なくとも僕はそう思っている。
「だから僕は――――って、姉さん…………泣いてるのかい」
僕の話を黙って聞いていた姉さんの頬にはいつの間にか涙で濡れていた。
「凛は…………そんなに『今』が良いんですか? 私と一緒に居るよりも、ここで、あの子達と家族みたいに暮らす方が良いんですか」
「なっ…………なに馬鹿なこと言ってるんだい。僕は…………」
僕のセリフは「だって!!」と言う姉さんの悲痛な叫びに遮られた。
「凛は山を出て行っちゃって…………名前も変えちゃったし…………だから本当は山が…………私のことが嫌いなんじゃないかって…………」
「僕は、山も姉さんも嫌ってなんか無いよ」
姉さんを安心させようと言う僕の言葉を、姉さんはゆっくりと首を振って否定する。
「だって、嫌われたって仕方が無い。いえ、むしろ嫌われて当然なんです。私はそれだけの事をした…………わたしはっ……凛に酷い事を――――」
その先を言わせたくなくて、僕は姉さんをおもいきり抱きしめた。
「――――くるしいです。凛」
「ごめん、姉さん。でも、もう少しの間このままで、僕の話しを聞いて欲しい」
こくり、と僕の胸の中で姉さんがわずかに頭を縦に動かしたのが分かった。
「ありがとう姉さん」
姉さんに感謝しつつ僕は話を続ける。
「確かに、山には嫌な思い出がたくさんあるよ。思い出したくないくらいのがね」
そう言った時、姉さんの体が硬くなるのを感じた。だから、その硬さを解そうと、僕は話を続ける。
「でもね、それと同じくらい、いや、それ以上に、かけがえの無い姉さん達との楽しい思い出が数え切れないほどあるんだ」
そうだ、最初は多くの者達から嫌われてつらい思いもした。でも、その内、人間好きの河童のにとりと出会って、彼女の将棋仲間だった椛姉さんを紹介されて、少しづつ僕を取り巻く環境は変わってきた。
その後、ふとした切欠ではたて姉さんと知り合って、さらにいろいろあって姉さんと和解して本当の意味での姉弟になれた。
その後の記憶は本当にきれいで、暖かくて、楽しいもので満ちている。
「それにね、僕には帰れる場所がある。そこで、僕を待っていてくれる人が居る。そう思えたから人里での修行も頑張れたんだよ」
それは偽ることの無い僕の本心だ。
「でも……それじゃあ、ますます何故凛が山を出て、名前を変えたのか分からないのですが」
「それは、僕も男だからね。いつまでも姉さん達の世話になってるだけじゃいけないって思ったんだよ。だから山を出て、一人でも生きていける一人前の男になったんだって事を証明したかったんだ」
「でも、名前は? 名前を変える必要は無かったじゃないですか」
う~ん。それは出来れば言いたくなかったのだが仕方ない。言わなければ収まりがつきそうもないしね。
「僕が人里で修行してた時さ、僕達が姉弟だって知った人達が決まって言ってただろう「似てない」って、そう言われるの嫌だからさ…………」
そう、姉さんだけでなく、僕も嫌だったのだ。
大好きな姉さんと似てないって言われるのは、僕達、姉弟の関係を否定されてるみたいで…………。
「それにね、たとえ、住む場所や名前が変わっても、僕と姉さんが姉弟だって事実はかわらないんだから」
確かに名前は大事だ。
けれど、それよりも大事なものはある。
『射命丸凛』が『森近霖之助』になったからと言って、射命丸凛だった頃の僕が消えてなくなることは無い。
そう、名前が変わろうが、住む場所が変わろうが僕は僕、森近霖之助であり、射命丸文の弟、射命丸凛なのだ。
だから、この先何があろうと、僕と姉さんの関係は変わらない。
僕達は、この世で最も強い縁である血縁によって結ばれている姉弟。
それだけは、誰が否定しようが変えようの無い事実なのだから。
「ずっと、怖かったんです」
ようやく落ち着いたのか、姉さんがぽつりぽつりと語りだした。
「私と凛が本当の姉弟になったあの日から、それはありました。何度も何度も、そんなことあるはずが無いと自分に言い聞かせてきましたが、それは私の中から消えることは無かった」
「それってなんだい?」
本当は聞かなくても分かっていた。
なぜなら、僕も姉さんと同じ気持ちを持ち続けていたから…………あの、山を出て自立しようと決心した時まで。
いや、今も、だな。でなければ今朝見た悪夢は説明がつかない。
「怖れです。いつか凛が私の事を嫌いになって、私の手の届かない、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって…………だから、凛が山を出て行くって、言い出したときは怖くてたまらなかった。必死に否定しようとしたけど、凛が山を出て行くのは、本当は私の事が嫌いになったからじゃないかって、疑念は消えるどころか、時が経つにつれ、少しづつ大きくなっていった」
僕も、姉さんがいつかまた、昔のように僕のことを嫌いになったらどうしようと怖れて、必死にそんなことは無いと自分に言い聞かせ、考えないようにしてきた。
「本当は、ずっと凛に聞いてみたかった。『山を出たのは私の事が嫌いになったからですか』って。でも、そんなこと聞けなかった。否定してくれれば良い……でも、もし肯定されたら、て思うと、怖くて…………」
「じゃあ、今はどうなんだい? まだ、怖いかな?」
僕は、もう、怖くは無い。
全くと言ったら嘘になるけど、姉さんが僕と同じ気持ちを抱いていたと知ったから、もう、以前ほどは怖くなくなった。
「正直なところ、まだ少し怖いですけど……凛に私の正直な気持ちを……ずっと言いたくて言えなかったことを言えたから、少し、気持ちが楽になりました」
「それは良かった。この際だから言うけど、僕もずっと怖かったんだ。姉さんが僕を嫌いだったら、嫌いになったらどうしようって……」
僕の突然の告白を聞いて、しばらくポカンとしていた姉さんだったが、
「な、何を馬鹿な事を言ってるんです! 私が凛のことを嫌いだなんて、嫌いになるなんて、あるわけないでしょう!!」
僕の長年の懊悩を木っ端微塵にするほどの力強い調子で断言してくれた。
「ありがとう、姉さん。おかげで救われたよ」
「もう、まさか凛がそんな気持ちをずっと抱えていたなんて……もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「ふふふ、そうだね。そう思うよ。でも、言えなかったんだ、否定してくれれば良いけど、もし肯定されたら、てね」
似てないとよく言われた僕達姉弟も、こうしてみると結構似たもの姉弟なんじゃないかと思う――――そう思うとうれしくなった。
「うふふ、私達って、似たもの姉弟ですね」
そう言って笑う姉さん。
僕も、姉さんが僕と同じことを思ってたんだと思うとさらに嬉しくなって、いつの間にか笑っていた。
笑いはさらなる笑いを呼び、遂には二人揃って、腹を抱えあって大笑い。
そうだ、こんな悩みは、こうして笑い飛ばしてしまえる程度のものでしかなかったんだ。
今回、今まで互いに抱えていた悩みの片方は解決した。
僕も姉さんも、互いのことが嫌いじゃない。
けれど、先のことは分からない。
今は嫌いじゃなくても、この先何かの切欠で嫌いになってしまうかもしれない。
でも、僕はそれを昔のように不安に思ったりはしない。
もし、僕達が喧嘩をしても、今日のように本音を言い合えたなら、きっと今日のように笑って仲直りできると信じている。
だって僕達は、どんなに喧嘩して、嫌いあっても、決して切れることの無い、姉弟と言う絆で結ばれているのだから。
「ああ、笑った、笑った。こんなに笑ったのは何時以来でしょう。今の私は絶好調です! だから凛、そんな絶好調のお姉ちゃんと、どこかに出かけましょう。人里に新しくオープンしたカフェなんかどうですか? 取材で一度行ったんですが、おしゃれで、明るい雰囲気の良い店ですよ」
「それってデートのお誘いかな?」
「ええ、そうですが、なにか不都合なことでも?」
「だって、姉さんが昔からよく言ってたじゃないか「凛は子供だから女の子とデートするのは百年早い」て」
そんな訳で、僕は今まで、異性との御付き合いなるものを経験したことが無いのだ。
「あー、確かに言いましたね。でも、大丈夫ですよ凛」
「大丈夫って、何がだい」
きょとんとする僕に対して、まるで花のような笑顔の姉さんが言う。
「確かに私も女の子ですが、それ以前に――――――――」
「お姉ちゃんですから!」
夢の中で幼子の自分が懸命に前を行く少女の背中を追いかけている。
「待って、待ってよ。お姉ちゃん!」
そう言って、必死になって少女に手を伸ばす。
――――ああ、この光景を憶えている。
――――その結末が忘れられない。
永遠に封じ込めておきたい記憶だから。
決して思い出したくない想いだから。
なるほど、これは確かに夢に違いなかった。
夢でなければ――――いったい誰が好き好んでこんな光景(モノ)を見たいと思うものか――――
そんなことを考えている間にも、夢の方はクライマックスに向けて絶賛進行中らしい。
幼子の――もとい、自分の手が少女の背中、正確には、その腰まで伸びた彼女の種族を象徴する翼と同じ色をした美しい黒髪に、まさに触れようとした瞬間。今まで、こちらの呼びかけに対して一度も振り向くことの無かった少女が振り向いた。
パンッ
少女が振り向くと同時に周囲に響いた乾いた音は、少女が自分に向けて伸ばされた手を振り払った音だった。
そして少女は呆然としている(呆然としていた。と思う、この時は)僕に向かってこう言ったのだ。
ああ、もう十分だ。もうやめてくれ。一度体験したからこそ、もう、この苦しみは経験したくないのだ。
そんな僕の請願も空しく、ついにその瞬間は訪れた。
「触るな! 汚らわしい。何がお姉ちゃんだ。この…………○○○!!」
「お姉ちゃん……」
「うるさい! お姉ちゃんなんて呼ぶな。お前なんか……お前なんか私の弟じゃない!!」
…………これは、ただの夢だ。
しょせんは過ぎ去った遠い日の残滓に過ぎないものだ。
けれども、それがこんなにも僕を苦しめる。
胸が裂かれたような苦痛と息苦しさ。
夢の中だと言うのに、僕にはまるでそれが現実のように感じられた。
胸が……苦しい。息ができない。
ますます強くなってくる息苦しさから逃れようと僕は目を覚ました――はずである。
はずなのだが、視界は相変わらず真っ黒だ。これは、先ほどから顔に押し付けられている何かのせいで、目蓋が開かないからである。
その何かは、とても柔らかくて、弾力があるものだ。とりあえず、枕に顔を埋めているわけでもなさそうだ。僕の枕はこんなに心地良い感触はしない。これで、あと少し、スムーズに呼吸ができる隙間があれば文句無しであるのが悔やまれる。本当に感触は良いのだから。
本格的に酸欠気味になってきた僕は、この危機的状況を回避するため、とりあえずじたばたしてみることにした。
その甲斐あってか、僕の頭を押さえつけてる力が緩む。
こうして、ようやく真に目覚める事が出来たわけだが、問題は僕の安眠と快適な目覚めを妨害していたのは何かと言うことだ。
その原因を探るべく辺りを見回す――までもなく、あっさりとそれは見つかった。
僕の隣りで安らかな寝息を立てている少女。明らかに昨夜布団に入ったときには無かった物体である。
しばらくの間僕がその少女の寝顔を見ていると僕の視線に気付いたからかは不明だが、少女が目を覚ました。
「ふわ~~~。よく寝ました」
そう言って大きく背筋を伸ばす少女。そして、一息ついたところで目の前に居る僕に気付いた少女は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「おはようございます。凛」
この少女のことを僕はよく知っている。
彼女の名前は射命丸文。妖怪の山に住む鴉天狗で、『文々。新聞』を発行している記者。
そして――――
「おはよう。姉さん」
僕の姉さんだ。
申し遅れたが、僕の名前は森近霖之助。
魔法の森の入り口で、道具屋『香霖堂』を営む半人半妖だ。
半人半妖と言えば分かるだろうが、僕の母親は人間だった。
つまり、姉の文とは腹違いの姉弟になるわけだ。
博麗大結界が敷かれるよりも前、まだ妖怪たちが人里の人間を襲ったり、攫ったりしていた時代があった。
僕の母親もそんな時代に天狗によって攫われた一人である。
とは言え、僕を産んですぐに亡くなったらしく、顔も憶えていないが、姉さんによると僕は母親似らしい。
だからか、姉弟と言っても、僕と姉さんは外見上はあまり似ていない。
髪の色も、目の色も違う…………。
僕は、鴉天狗の成り損ない。
空を自由に飛ぶ為の翼も無ければ、風を自在に操る術も持たない。
そんな訳で、僕はあまり自分の出自を他者に語ったりはしないし、姉さんもそうだ。
姉さんの場合は、僕達が姉弟だと知った人達が必ずと言っていいほど「似てないね」と言うのが我慢ならないらしい。
だから、僕達の関係を知っているのは、山の連中か、里で修行してた頃に世話になった中でも極近しい人達に限られる。
「そう言えば、どうして姉さんが僕の布団で寝てるんだい?」
そうそう、僕のことなんかより、こっちの問題の方がよほど重要だ。
家の中に入っているのは合鍵を持っているからで説明が付くが、問題はその後だ。
何故、僕の布団で一緒に寝ていたのか? それが問題だ。
「いえね、ちょっと凛に用事があって来たんですが、凛が気持ちよさそうに寝てたもんですから、起こすのも可哀相かなと思ってしばらく寝顔を眺めてたんですけど、そのうち私も眠くなった来ちゃって、目の前にある愛しい弟の人肌で暖められた布団に侵入したと言う訳です」
まあ、まだ二月だしね。寒いんだからしょうがない。
ところで、さっきから姉さんが僕のことを凛と呼んでいるが、あれは僕の昔の名前だ。
魔法の森の入り口で香霖堂を開いた時に今の名前である『森近霖之助』に改めたが、それ以前は『射命丸凛』と名乗っていた。
凛という文字には冬の厳しい寒さを表す意味もあって、実際に僕が産まれたのはそんな寒い冬の日だったらしい。
とは言え、僕は寒いのは苦手だ。だからこの時期はストーブが欠かせない。
「僕に用事?じゃあ、詳しい話は店の方で聞くよ。あそこならストーブがあるからね」
働き者のストーブのおかげで、暖まった香霖堂の店内で、カウンター越しに姉さんと向かい合う。
カウンターには空になった湯飲みが二つ。まだ仄かに湯気がたっていた。
「それで姉さん。僕に用事って……」
何?と聞こうとしたところで、姉さんに遮られる。
「ところで、凛。香霖堂には素敵な枕がありますね」
「枕?」
「ええ、と言っても抱き枕なんですけどね。試しに抱いて寝てみたんですが、これがなかなかの抱き心地で、とてもよく眠れたんです」
そう言って、じっと僕を見つめる姉さん。
なるほど、あの寝苦しさは抱き枕にされていたからか。じゃあ、僕の顔に当たってたあの感触は……。
ふと、姉さんの方を見る。
顔の下、胸の辺りで服の下から激しい自己主張をしている二つの膨らみが目に入った。
そうか、これが僕の命を奪いかけた凶器か…………あやうく溺死するところだった。
昔はもっと控えめだったのに、最近はますます自己主張が激しくワガママになっている気がする。
おかげで、目のやり場には苦労してます。
「あれがあれば私の快眠生活は保障されたも同然。どうでしょう店主さん、私に枕を売ってくださいませんか」
「残念ながら非売品です」
「そうですか…………それは残念」
冗談かと思いきや、結構本気で言っていたらしく、見るからにしょげてしまった姉さん。
そんな姉さんに対して罪悪感が沸いてしまった僕はつい――――
「でも、貸すぐらいだったら良いよ」
などと甘いことを言ってしまうのだった。
「そうですか! それなら毎晩借りに来ますね」
なんだか大変なことになった気がするけど、姉さんがとっても嬉しそうに、幸せそうに笑っているから。
まあ、良いかと思ってしまう僕なのだった。
「それで結局、僕への用事ってなんだったんだい?」
「ああ、実は凛に渡したいものがありまして」
そう言って、いつもは新聞を入れている肩下げ鞄からきれいにラッピングされた小さな箱を取り出すと僕に手渡した。
「ふうん、チョコレートか」
僕の能力は『道具の名前と用途が分かる』というものであるため、姉さんが取り出した箱を見た時には中身がチョコレートであることや、それが『最愛の者へのプレゼント』であることも分かっていた。
道具屋をやっていく上ではなかなか重宝する能力であるが、こういった時には合わない、無粋な能力である。
ある意味『サプライズを台無しにする程度の能力』かもしれない。
ちなみに、この能力を身に付けられたのは、人里の霧雨道具店で修行した結果、僕の道具への愛が増幅されたからだろう。
つまりは後天的に身に付けたものであり、『鴉天狗と人間のハーフ』として持って生まれた能力は別にある。
まあ、あまり大したものではないので、黙っておくことにする。
「あやややや、ばれてしまいましたか、ええそうです。今日は『バレンタインデー』と言って、外の世界では女性が愛する男性にチョコを送る日なんです…………って、守矢神社の巫女さんが言ってまして。知ってますか? 守矢神社。昨年、外の世界から神社ごと引っ越してきた方々なんですけどね」
守矢神社の事なら、姉さんの発行している文々。新聞にも取り上げられていたし、霊夢や魔理沙からも話を聞いているので、多少は知っている。
そこの巫女(正確には巫女ではないらしいのだが、巫女らしいものではあるので、巫女で良いだろう)は幻想郷に来るなり、霊夢に向かって博麗神社の営業停止を迫ったそうで、その話を聞いた僕はなんと怖いもの知らずなのだろうと感心したものである。
「まあ、新参者ですからね。こちらのルールに疎いのは仕方ないところですが、あの時は大変でしたね。山の妖怪達と新参の神様とで一触即発の緊張状態が続いていましたし、なにより、凛の顔が見られない日が続いたのが一番堪えましたね」
そう言ってため息をつく姉さん。
なるほど、そう言えば確かにあの頃は姉さんが店に顔を出さない日が続いていたが…………なるほど、そう言う事だったのか。
これは新聞には書かれていない裏事情というやつだろう。
山は昔から排他的で秘密主義だ。自分達のごたごたをわざわざ記事にするわけは無い。
「霊夢さん達の尽力のおかげで、無事和解も済みましたし、私もこうして一新聞記者に戻れましたしね」
大団円で万々歳ですよ。と、おどけて言う姉さん。
僕としても、また、こうして姉さんと毎日顔を合わせる事が出来るようになったのだから、確かに大団円ではある。
「そう言えば、バレンタインデーのことは守矢神社の巫女から聞いたんだったよね?」
「ええ、何度か取材に行って話してるうちに仲良くなりましてね。良い記事のネタになるかもと言う事で教えてもらったんですが、話を聞くうちに自分でやってみたくなりましてね。経験者である巫女さんに協力してもらって今に至ると言う訳です」
なるほど、それが今朝早くに僕の家を襲撃し、結果的に寝起きドッキリをした理由か。
姉さんの心遣いは素直に嬉しいし、チョコレートは幻想郷では珍しいものの部類に入るものだから、もちろんありがたくもらっておくことにするけどね。
「そう言えば、山の話題が出たから聞くけど、椛姉さんとはたて姉さんは元気かい?」
二人共、僕にとっては姉のような存在だが、僕が山を出てからは一度も会っていない。
そのため、二人の近況は姉さんに聞く以外に知る術は無いのだが、二人の名前を出すと姉さんの機嫌が悪くなるのであまり聞けないのが現状だったりする。
それは例えるなら「姉(わたし)と話しているのに他の姉(おんな)の話をするなんて…………」と言った感じなので、正直なところ『あまり聞けない』どころか『聞けない』が正しい。
けれども、今回はよほど機嫌がいいのか、それとも今日と言う日が特別な日だからか、僕の質問に嫌そうにしながらも答えてくれた。
「…………椛なら相変わらずですよ。真面目に任務をこなしていますね。ああ、そう言えば例の一件で霊夢さん達が山にやって来た時にはぼろ負けしたみたいですけどね」
ああ、霊夢が話していた武勇伝にあった「襲い来る河童や天狗を蹴散らして」の天狗に含まれていたのか椛姉さん。
椛姉さんこと、犬走椛の種族である白狼天狗は、山の警備担当であり、侵入者があった場合、真っ先に迎撃にあたる天狗である。
だから、霊夢達の進行ルートを警備していた椛姉さんは、不運であったとしか言いようが無い。
この流れで行くと、案外河童はにとりかもしれないな。
にとりもまた、僕にとっては姉さんのようなものだが、本人曰く「嫌じゃないけど、なんだかむず痒くて落ち着かないから勘弁して欲しい」そうなので、にとりのことを姉さんと呼ぶことは無いが、代わりに河城にとりは僕の親友になった。
ちなみに、僕が道具に並ならぬ愛情を持つようになったのは、幼い頃から、にとりが作った素晴らしい道具の数々を目の当たりにしてきたからに違いないだろう。
「まあ、弾幕ごっこだからねえ……姉さんだって、あの遊びで霊夢達に勝つのは難しいんじゃないかな?」
「いや、私の場合は手加減してますから、本気出してないですから」
傍から聞く分には、ただの負け惜しみの域を出ないものだが、天狗のあり方としては正しいのかもしれない。
なにせ、天狗というのは大変プライドの高い種族だ。
例え遊びでも、人間風情に本気を出した時点で負けも同然だし、まして本気を出して負けたとなるとこれはもう、大変な屈辱だ。
それに弾幕ごっこはあくまでごっこ遊びだ。
遊びは楽しむために本気を出すものであって、勝つために本気を出すものではない。
「姉さんが本気だったかはともかくとして、はたて姉さんはどうしたんだい?」
姫海棠はたては、姉さんと同じ鴉天狗で、僕にとっては姉さんみたいなものだ。
文姉さんに対してライバル意識を持っていて、文姉さんもそんなはたて姉さんの態度に思うところがあるのか、二人は顔を合わせる度に互いに罵り合ったりしていたけども、それは『喧嘩するほど仲が良い』と言う事なんだと僕は思っている。
昔から事ある毎に文姉さんと張り合ってきたはたて姉さんのことだから、文姉さん達のように霊夢達と一戦交えたのだろうか。
「ともかくって…………はたては、すっかり引きこもりになっちゃいましてね。今じゃ、忘年会や新年会にも顔を出さないありさまですよ」
困ったものですと言わんばかりに肩をすくめる姉さん。
「え、引きこもったって……一体いつからそんな事になってるんだい?」
「そうですね……大体、凛が山を出てすぐくらいですかね」
僕が山を出てからすぐって……ええと、香霖堂を開いたのが魔理沙が産まれるより前で、霧雨店で働き始めたのが……って、最低でも二十年は前だな。人間だったら赤ん坊がすっかり大人になってしまうほどの時間だが、僕にとっては、ほんの数ヶ月前くらいの感覚だ。
この辺に明らかな人間との差異を感じてしまう。
「引きこもったって、どうしてそんなことに……」
「心当たりありませんか?凛」
心当たりと言われても、僕にはそんなものは無い…………ハズだ。
とは言え、僕が出て行ってすぐにはたて姉さんが引きこもったと言うなら、そこになんの因果関係も無いと言うのは不自然で、むしろ僕が山を出て行った所為ではたて姉さんが引きこもりになってしまったと言う方がしっくりくる。
「僕の所為……なんだろうね」
「まあ、それでまず間違い無いでしょうね。はたてはあれで、かなり凛のことを気に入ってたみたいですし」
そんなに気に入られてたとは、正直驚きである。なにせ、昔からはたて姉さんは僕に対して酷い…………と言う程では無いが、なにかと、刺々しいと言うか、ツンツンしていると言うか、とにかく、あまり友好的な態度では無かった。
実際、僕が山を出る時も「ふんだ、出て行くなら好きにすれば! 別にあんたなんて居なくたって、私は全然平気なんだからね!!」とか言ってたしなあ…………。
あれは、寂しさの裏返しと言うやつだったんだろうか?
だとすると、今までの僕に対する言動も自分の気持ちを素直に表現できなかっただけで実際は…………。
思わず僕は、はあ、とため息をついた。
なんとも面倒臭いヒトだなあ。まあ、今まで気付かなかった僕も相当なものだが。
「はたて姉さんには、悪いことしちゃったかな」
あの時、もっとじっくり話し合えてたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
ちなみに、椛姉さんに僕が山を出て行くことを話した時は「そうか、ついにお前にも巣立ちの時が来たか」とか「しっかり男を磨いて来るのだぞ」とか嬉し泣きしながら言われたものだ。
椛姉さんには、子供の頃から厳しく鍛えられてきたものだ。少しでも弱音を吐こうものなら「それでも男か。この軟弱者」と怒鳴られた。今にして思えばかなりのスパルタ教育だったが、頑張って、課題を達成した時は大いに褒めてくれた。
だから、もっと頑張ろうと、前向きな気持ちが持てたのだろう。
にとりの場合はさっぱりしたもので「凛が山に戻ってくるまでに、凄い道具を作っておくよ」と言って、笑ってた。
霊夢が会った河童は姿を消す不思議な道具を使っていたらしいが、それがにとりが作ると言っていた凄い道具なのかもしれない。
文姉さんは…………説得するのが大変だった。詳しく説明すると長くなるので、言わないが、とにかく『大変だった』のだ。
なんとか、説得して、僕は山を出たのだが、姉さんは、僕が人里の霧雨道具店で働いている間ずっと取材と称して毎日僕の様子を見に来ていた。
今みたいに、割と自由に妖怪が里に出入りしていた訳でなく、さらに、姉さんが天狗だった所為で、かなり目立っていた。
この時のこともあってか、姉さんは『里に最も近い天狗』などと呼ばれるようになった。
「……凛。山に戻って来る気はありませんか」
「…………へ?」
我ながらずいぶんと間の抜けた声が出たものだ。
はたて姉さんの事等で、頭が一杯であったせいだろう。
「ずいぶん急な話だね」
「別に、話の流れ的にはおかしくないと思いますし、これまで何度も言ってきたじゃないですか」
確かに、人里で修行している時は何度も戻って来いと言われたが、僕が自分の店を持ってからはあまり言わなくなったのに、何故?
「こんなところに一人で居たら、何時悪い狼に食べられてしまうか分かったものじゃないですからね。ですが、山なら私がずっと一緒に居られますから、凛を守ってあげられます」
姉さんの言う『悪い狼』とは、文字通りの狼などの獣では無い。
『女の子』のことである。
僕は、半妖と言う、特殊な体質からか、妖怪に襲われにくい。
だから、とりわけ姉さんが注意を促してきたのは女の子についてのことだった。
姉さん曰く「女の子はみんな狼(姉は除く)」で、僕みたいな子供が少しでも隙を見せると、頭からガブリと行かれるらしい。
幼い頃からそう言われて育って来たし、山を出る時も散々言われたので、人里で暮らしていた時は、必要以上の女性との接触を避けていた気がする。
近頃は、霊夢や魔理沙に加え、紅魔館のメイドに白玉楼の庭師や胡散臭いスキマ妖怪まで出入りするようになって、なるほど、女性の来店が増えてるな。
…………もしかして、それが原因か?
「大丈夫だよ、姉さん。ここには、客と客じゃないのしか来ないからね」
「客と言っても女の子は女の子ですし、客じゃないのなら尚更です」
まあ、霊夢や魔理沙も女の子ではあるが、彼女達が僕のことを食べてしまうとは考えにくい。…………別の意味で食い物にされてはいるが。
「まあ、はたて姉さんのことも心配だし、久し振りに他のみんなにも会いたいから、山に帰るのも良いと思うけど、ここでの商売をやめるつもりはないよ」
「何故です? だって、ここの仕事は道楽でやっているんでしょう」
…………そういえば、前に姉さんの取材を受けた時もそんな事を言われたな。確か水煙草を紹介した時だったか。
「よく言われるよ「商売する気があるのか」ってね。確かに、道楽も少しはあるし、客は滅多に来ないし、来たとしても殆どが冷やかしだ。これじゃ、まともに商売なんて出来やしない」
「だったら――――」
「でもね」
姉さんの言葉を遮って話を続ける。
「僕はとても充実しているよ。大好きな道具達に、僕にしか扱えない商品に囲まれてる今の暮らしに満足してる。確かに客は少ないけれど、暇なときは本を読んで教養を高めてるから問題無いし、それに――――あの子達には僕が付いていてあげないといけないからね」
霊夢や魔理沙は余計なお世話だと言うだろが、あの子達はまだまだ子供だ。僕のような大人には彼女達を見守る責任がある。
少なくとも僕はそう思っている。
「だから僕は――――って、姉さん…………泣いてるのかい」
僕の話を黙って聞いていた姉さんの頬にはいつの間にか涙で濡れていた。
「凛は…………そんなに『今』が良いんですか? 私と一緒に居るよりも、ここで、あの子達と家族みたいに暮らす方が良いんですか」
「なっ…………なに馬鹿なこと言ってるんだい。僕は…………」
僕のセリフは「だって!!」と言う姉さんの悲痛な叫びに遮られた。
「凛は山を出て行っちゃって…………名前も変えちゃったし…………だから本当は山が…………私のことが嫌いなんじゃないかって…………」
「僕は、山も姉さんも嫌ってなんか無いよ」
姉さんを安心させようと言う僕の言葉を、姉さんはゆっくりと首を振って否定する。
「だって、嫌われたって仕方が無い。いえ、むしろ嫌われて当然なんです。私はそれだけの事をした…………わたしはっ……凛に酷い事を――――」
その先を言わせたくなくて、僕は姉さんをおもいきり抱きしめた。
「――――くるしいです。凛」
「ごめん、姉さん。でも、もう少しの間このままで、僕の話しを聞いて欲しい」
こくり、と僕の胸の中で姉さんがわずかに頭を縦に動かしたのが分かった。
「ありがとう姉さん」
姉さんに感謝しつつ僕は話を続ける。
「確かに、山には嫌な思い出がたくさんあるよ。思い出したくないくらいのがね」
そう言った時、姉さんの体が硬くなるのを感じた。だから、その硬さを解そうと、僕は話を続ける。
「でもね、それと同じくらい、いや、それ以上に、かけがえの無い姉さん達との楽しい思い出が数え切れないほどあるんだ」
そうだ、最初は多くの者達から嫌われてつらい思いもした。でも、その内、人間好きの河童のにとりと出会って、彼女の将棋仲間だった椛姉さんを紹介されて、少しづつ僕を取り巻く環境は変わってきた。
その後、ふとした切欠ではたて姉さんと知り合って、さらにいろいろあって姉さんと和解して本当の意味での姉弟になれた。
その後の記憶は本当にきれいで、暖かくて、楽しいもので満ちている。
「それにね、僕には帰れる場所がある。そこで、僕を待っていてくれる人が居る。そう思えたから人里での修行も頑張れたんだよ」
それは偽ることの無い僕の本心だ。
「でも……それじゃあ、ますます何故凛が山を出て、名前を変えたのか分からないのですが」
「それは、僕も男だからね。いつまでも姉さん達の世話になってるだけじゃいけないって思ったんだよ。だから山を出て、一人でも生きていける一人前の男になったんだって事を証明したかったんだ」
「でも、名前は? 名前を変える必要は無かったじゃないですか」
う~ん。それは出来れば言いたくなかったのだが仕方ない。言わなければ収まりがつきそうもないしね。
「僕が人里で修行してた時さ、僕達が姉弟だって知った人達が決まって言ってただろう「似てない」って、そう言われるの嫌だからさ…………」
そう、姉さんだけでなく、僕も嫌だったのだ。
大好きな姉さんと似てないって言われるのは、僕達、姉弟の関係を否定されてるみたいで…………。
「それにね、たとえ、住む場所や名前が変わっても、僕と姉さんが姉弟だって事実はかわらないんだから」
確かに名前は大事だ。
けれど、それよりも大事なものはある。
『射命丸凛』が『森近霖之助』になったからと言って、射命丸凛だった頃の僕が消えてなくなることは無い。
そう、名前が変わろうが、住む場所が変わろうが僕は僕、森近霖之助であり、射命丸文の弟、射命丸凛なのだ。
だから、この先何があろうと、僕と姉さんの関係は変わらない。
僕達は、この世で最も強い縁である血縁によって結ばれている姉弟。
それだけは、誰が否定しようが変えようの無い事実なのだから。
「ずっと、怖かったんです」
ようやく落ち着いたのか、姉さんがぽつりぽつりと語りだした。
「私と凛が本当の姉弟になったあの日から、それはありました。何度も何度も、そんなことあるはずが無いと自分に言い聞かせてきましたが、それは私の中から消えることは無かった」
「それってなんだい?」
本当は聞かなくても分かっていた。
なぜなら、僕も姉さんと同じ気持ちを持ち続けていたから…………あの、山を出て自立しようと決心した時まで。
いや、今も、だな。でなければ今朝見た悪夢は説明がつかない。
「怖れです。いつか凛が私の事を嫌いになって、私の手の届かない、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって…………だから、凛が山を出て行くって、言い出したときは怖くてたまらなかった。必死に否定しようとしたけど、凛が山を出て行くのは、本当は私の事が嫌いになったからじゃないかって、疑念は消えるどころか、時が経つにつれ、少しづつ大きくなっていった」
僕も、姉さんがいつかまた、昔のように僕のことを嫌いになったらどうしようと怖れて、必死にそんなことは無いと自分に言い聞かせ、考えないようにしてきた。
「本当は、ずっと凛に聞いてみたかった。『山を出たのは私の事が嫌いになったからですか』って。でも、そんなこと聞けなかった。否定してくれれば良い……でも、もし肯定されたら、て思うと、怖くて…………」
「じゃあ、今はどうなんだい? まだ、怖いかな?」
僕は、もう、怖くは無い。
全くと言ったら嘘になるけど、姉さんが僕と同じ気持ちを抱いていたと知ったから、もう、以前ほどは怖くなくなった。
「正直なところ、まだ少し怖いですけど……凛に私の正直な気持ちを……ずっと言いたくて言えなかったことを言えたから、少し、気持ちが楽になりました」
「それは良かった。この際だから言うけど、僕もずっと怖かったんだ。姉さんが僕を嫌いだったら、嫌いになったらどうしようって……」
僕の突然の告白を聞いて、しばらくポカンとしていた姉さんだったが、
「な、何を馬鹿な事を言ってるんです! 私が凛のことを嫌いだなんて、嫌いになるなんて、あるわけないでしょう!!」
僕の長年の懊悩を木っ端微塵にするほどの力強い調子で断言してくれた。
「ありがとう、姉さん。おかげで救われたよ」
「もう、まさか凛がそんな気持ちをずっと抱えていたなんて……もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「ふふふ、そうだね。そう思うよ。でも、言えなかったんだ、否定してくれれば良いけど、もし肯定されたら、てね」
似てないとよく言われた僕達姉弟も、こうしてみると結構似たもの姉弟なんじゃないかと思う――――そう思うとうれしくなった。
「うふふ、私達って、似たもの姉弟ですね」
そう言って笑う姉さん。
僕も、姉さんが僕と同じことを思ってたんだと思うとさらに嬉しくなって、いつの間にか笑っていた。
笑いはさらなる笑いを呼び、遂には二人揃って、腹を抱えあって大笑い。
そうだ、こんな悩みは、こうして笑い飛ばしてしまえる程度のものでしかなかったんだ。
今回、今まで互いに抱えていた悩みの片方は解決した。
僕も姉さんも、互いのことが嫌いじゃない。
けれど、先のことは分からない。
今は嫌いじゃなくても、この先何かの切欠で嫌いになってしまうかもしれない。
でも、僕はそれを昔のように不安に思ったりはしない。
もし、僕達が喧嘩をしても、今日のように本音を言い合えたなら、きっと今日のように笑って仲直りできると信じている。
だって僕達は、どんなに喧嘩して、嫌いあっても、決して切れることの無い、姉弟と言う絆で結ばれているのだから。
「ああ、笑った、笑った。こんなに笑ったのは何時以来でしょう。今の私は絶好調です! だから凛、そんな絶好調のお姉ちゃんと、どこかに出かけましょう。人里に新しくオープンしたカフェなんかどうですか? 取材で一度行ったんですが、おしゃれで、明るい雰囲気の良い店ですよ」
「それってデートのお誘いかな?」
「ええ、そうですが、なにか不都合なことでも?」
「だって、姉さんが昔からよく言ってたじゃないか「凛は子供だから女の子とデートするのは百年早い」て」
そんな訳で、僕は今まで、異性との御付き合いなるものを経験したことが無いのだ。
「あー、確かに言いましたね。でも、大丈夫ですよ凛」
「大丈夫って、何がだい」
きょとんとする僕に対して、まるで花のような笑顔の姉さんが言う。
「確かに私も女の子ですが、それ以前に――――――――」
「お姉ちゃんですから!」
でも私も姉弟は好きなので、すんなり読めました
続編の予定があるなら霖之助が山にいた頃の過去話を希望します。
取り敢えずはたての引きこもり治す為に帰ってやれw
実に斬新な設定で楽しく読ませていただきました
この作品の霖之助はへそないのかなー、とか。
文と霖之助が姉弟って最高です
良いSSでした
個人的にはタイトルにはちょっと捻りが欲しかったです