Coolier - 新生・東方創想話

大ちゃん in the wall

2012/03/04 13:41:48
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「…………へくちゅん! 」

温かな春の風が私の意識を覚醒させます。

瞳を開けると若葉の萌える魔法の森です。どうやら先程鼻を擽ったのは桜の花びらのようです。

うつ伏せになったお腹に硬い感触、どうやら昨日は木の枝かなんかに身体を引っ掛けて眠ってしまったようです。

暫く蚊の鳴くような大きさの唸り声を出しながら昨日の事を思い出していました。

「う~~~~~~ん……………………………三妖精、チルノちゃん、お酒、キノコスープ、花見…………」

そう、昨日は待ちに待っていた春がようやくやってきたから、特に親しい妖精同士で集まって宴会なんか開いていたのです。
サニーさんの思いつきで一発芸大会にまで発展した覚えがあります。けれども、まだ記憶が曖昧で結局誰が優勝したのか分かりません。
ふと、気が置けない友人の事を思い出します。日の登り具合から察するに、もう昼時です。いつもならば小鳥が囀りはじめるもっと早い時間に起こしに行っています。一緒に蜂蜜のたっぷり塗られた食パンと牛乳でお腹を満たながら昨日の思い出と、今日出掛ける場所について語り合って、それから陽だまりの中を飛び回っている筈だったのです。家事とかそういう事に無頓着な彼女は今日きちんと起きれただろうか。昔みたいに蛙を生で食べてお腹を壊したりしていないだろうか。段々と、不安になってきました。

羽を少し動かします。それから自然の力で浮遊して氷で出来た立派なお家に一っ飛び。

そしてお寝坊さんの肩を揺すって何時もの予定を遅れて楽しむのです。

それだけなんです。

けれども、現実は折角の陽気な気持ちに水を差しました。

「は? …………へぇ? ………………………………………ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 」

羽が動かない。

ああ、なるほど……所謂二日酔いと言う奴ですね。

こんな所をチルノちゃんに見られたら何時ものお返しとばかりにからかわれてしまうに違いない。

そして唯でさえ頭の残念なチルノちゃんが今の私を指さしてなんと言うだろうか?

『うききい、ききききききききききききき。うきききききうきいききき』

絶対に阻止しなければなりません。せめて蛙はジェノヴァ風のソテーで食す程度には文明的できちんとした生活を維持して貰わないと困ります。

それに、慧音先生にべた褒めされる学級委員長なんです。こんな所で何時までもだらしなく引っ掛かっていたら皆さんに示しがつきません。

飛べないのなら歩いて行けばいい。今直ぐ地面に降りて落ち葉なんかを踏みしめながらのんびりと…………腰なんかもがっちりと固定されています。

私は理解しました。

私は壁に埋まっていると。

首を動かして確認すると、赤い煉瓦の壁が確認できました。

手で、自分の身体を改めてみると綺麗に壁に嵌っています。

どおりで一発芸大会の勝敗を覚えていないわけです。そもそも見ていなかったのです。

「とほほ…………酔っ払った勢いでお外までワーップしちゃったんだ。うぅぅ…………なんだか晒し物にされている泥棒さんみたいでお間抜けです…………」

多分、あの立派な木のお家には、私の腰と同じぐらいの煉瓦が代りに転がってるんじゃないのかな。

ならば、もう一度…………そう、自分を奮い立たせてから、今日が何の日だか思い出して気持ちが萎えてしまいました。

「なにやってんのさ」

彼女は不思議な小動物を見る様な視線を投げかけています。よかった、これでチルノちゃんのとこまですぐに飛んでける。

「てゐさん、助けて~~~~~」

手足をぱたぱた振って、すっかり嵌り込んで出られない事をアピールします。暫し、怪訝な表情で様子を窺っていましたが、直ぐに合点がいったようです。
その辺で拾ったと思しき鉄のバケツを地面に置いて、私の両手を掴んで引っ張ります。お医者さんの所に住んでいると話が早くて助かります。

「う――――ん…………全然駄目うさ。…………911に電話するうさ? 」

諦めたてゐさんは暫く両手を組んで考え事をしていました。

やがて何か閃いたのか、彼女はメモ帳に何かをしたためました。

「ちょっと待ってるうさ。誰か呼んでくるうさ」

彼女は紙をバケツに張り付けて駆け出しました。あっという間に花吹雪の中へ消えて見えなくなりました。

「行ってしまった……………………魔法の森って事は魔理沙さんかしら? それともアリスさんなのかしら? 」 

魔理沙さんだったらちょっぴり嫌です。壁ごと薙ぎ払われそうだから。

そもそも、こんな姿誰かに見られちゃうなんて…………女の子としてどうなんでしょう。

身動きが取れない事に加えて、助けに来てくれた誰かに恥ずかしいことを見られてしまう不安、その二つに今にも押し潰されそうです。

お願い、誰か早く助けに来て…………いや、こないで欲しいです。けれども助けが無ければ出られない。ああ、やっぱり恥ずかしい……だから来ないで…………。

「あら、桜の木の下に妖精が埋まってるわ」

頭の中で独り相撲していたら、てゐさんが戻るよりも速く助けは来ました。淡い水色の空に霊夢さんが浮いています。

「桜とどっちが風流かな? 」

隣で魔理沙さんが箒に跨っています。穴にはもう入っているのでお家に引き籠りたくなりました。

「死体なんかよりも桜の方が綺麗だわ。死を美化している人は何か別の感情と勘違いしているだけよ」
「つまりは春の狂気にあてられた。そういう事か? 」

「陽気よ、よ・う・き。永遠亭の因幡じゃないんだから」
「陽気じゃ狂わないぜ。きょ・う・き……だぜ」

「ひぃ~~~~~~ん。助けて~~~~~~! 」

何時まで経っても会話が終わらないので手足をぱたぱた振って脱出できないアピールをします。そうしたら二人とも会話を中断して降りてきました。

「これまた…………随分と綺麗に埋まってるわね」
そう言って、紅白の巫女さんは私の両手を引っ張ります。やっぱり抜けません。
あっさりと諦めて彼女は白黒にバトンタッチしました。

「魔理沙、後は任せたわ」
「何でさ?  札でも陰陽玉でも腕力でも…………なんでも使って発破しちまえばイイじゃないか?」

魔理沙さんはめんどくさそうに霊夢さんに再びバトンタッチしました。

「駄目よ。私がやったんじゃこの娘ごと粉みじんよ」
「へいへい、これだから天才さんは…………今度の時までにもうっちと日用レベルでの力の使い方覚えておいてくれ」

何やら物騒な会話を中断して魔理沙さんは八卦炉を取り出します。震える私のことなんか気にせず火を入れました。
予想と反して香炉から噴き出す光は、いつものような勇ましいものではなく、短くも力強いものでした。
それを私の背中から少し上のあたりに押し付けます。

「あちっ…………熱いです! 魔理沙さん、熱いです! 」

飛び散る火花に情けない声で抗議していると、魔理沙さんは作業を中断しました。

「ふむ、この程度の火力では駄目だな」

魔理沙さんは顎に手を当てて物思いに耽り始めました。正直ほっとしました。私ごと吹き飛ばされるなんて惨事は起こりませんでした。

「あっ、そうだった。すっかり忘れていたぜ! 」

すると唐突にバケツの中に何か放り込みました。硬い物が鉄を震わせる音が響きます。

霊夢さんが慌てて品物を確認しようとバケツを覗き込みます。

「ちょと、魔理沙何て勿体無いことするのよ! 」

霊夢さんは金ぴかに光る綺麗な石を嬉しそうに弄んでいます。

それを見て何だか可笑しそうに魔理沙さんが噴き出します。

気付いた霊夢さんは黄鉄鉱を魔理沙さんに投げつけます。愚か者の黄金と呼ばれる石です。

「ま~り~さぁ~~~~~~…………」

こめかみを引くつかせながら、耳のあたりまで赤くなった霊夢さんが魔理沙さんに迫ります。必死な様子の巫女さんが、なんだか段々と可哀想な生き物に見えてきました。

「いや、だってさ……一回、一〇〇円だなんてそこの紙に書いてあるからさ…………にしても霊夢……賽銭箱じゃないのに……もう、習性になって……ぶっ、ぷぷぷぷぷっ…………」

魔理沙さんは大声で笑い出しました。

「ははははは…………つーかさ、大妖精……なんでそんな事になってるんだ? 何時もみたいに瞬間移動すればいいじゃないか」

拳骨を貰った頭を摩りながら魔理沙さんが尋ねてきました。
途端に、頭のてっぺんから爪先まで、羞恥心が私を染め上げました。

だって、あんな恥ずかしい事……言える訳が無い。

「おいおい、そんなに恥ずかしくて言えない事なのか? 」

俯いた私の顔をしゃがんで覗きこんで来ます。

見ないでください。

今、泣きそうなんですから。

「なぁ、よくわからんけど…………とっとと言っちまえよ。どうせ此処には男なんていないんだからさ」

魔理沙さんは尚もしつこく覗き込みながら問い質してきます。絶対、面白がってやっています。いじわるです。

「ああ、どうしよう。そもそもの原因が分からないと解決のしようがないな~~~~~~。なぁ霊夢、もう諦めて花見にしようぜ」
「魔理沙、人にはどうしても言えない事の一つや二つぐらいあるのよ。意地悪しないではやく…………」

「今日は……………………」

「んんん? なにか言ったか。よく聞こえないんだが? 」

「今日は……………………です」

「もっと、大きな声で! 」

このまま見捨てられたくない。そんな思いが私に口を無理やり開かせました。

「今日は、ワープの日なんです!!!!!!!! 」

言ってしまいました。ああ、とても恥ずかしい。洞窟があったら入り口を閉ざして引き籠りたいです。だって、女の子が口を大きく開けて…………こんなにもはしたないことを堂々と喚いてしまうなんて。もっと、遠まわしな言い回しなんて幾らでもあるのに…………綿毛の日だとか、アレの日だとか、羽の日だとか…………そう、羽の日と言えば良かったんです。ああ、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、このままころっと死んでしまいたい。

「ああ…………その、なんだ。ええっと……その、悪かったな。だから泣きやんでくれ」

微妙な苦笑いとも困り顔ともつかない表情を浮かべながら、魔理沙さんは私の背中を摩り始めました。

「へ~~、あっそうなんだ。すっかり忘れていたわ」
「へぇ……霊夢は分かるのか? 」

「まったく、もう…………デリカシーの欠片もないんだから」
「ええ!? でも霊夢、普通ワープがどうとか分かる訳…………」

「魔理沙は裏がどうなってるのか見てきて…………魔理沙? ちゃんと私の話し聞いてる? 」
「…………へい」

剣幕に押されて渋々、といった感じに魔理沙さんは壁を乗り越えて裏側に回りました。霊夢さんが優しく抱きしめて頭を撫でてきました。

「よしよし…………頑張ったわね。私もすごく小さい頃は何度かあったわ」
「え、霊夢さんもですか? 」

意外でした。あの天才肌の霊夢さんもこんなにつらい思いをした事があったなんて。

「うん、紫なんかも年齢が二桁の時に偶にあったんだって。だからそんなに珍しい事じゃないのよ? 」
「そうなんだ…………」

気が付けばすっかり落ち着いていて、腹の虫なんかもか細く鳴き声を上げています。うぅ、やっぱり恥ずかしいです。

「ふふ、あんたひょっとして昨日の夜からずっとこのままだったりするの? 」
「はい…………」

霊夢さんは岩の上に置いた買い物袋から紙袋を取り出しました。中には美味しそうな肉まんが二つ入っていました。

「手、使える? 」
「あ、はい…………大丈夫です。…………………………あの、何か飲み物も貰えませんか? 」

霊夢さんは肉まんを押し付けると袋から今度は見た事のない入れ物に入った緑茶を取り出しました。蓋の開けられたそれを受取ります。

「ありがとうございます。あの、この入れ物なんですか? 」
「ペットボトルって言うらしいわ。不思議ね、瓶みたいなのに軽くて割れないなんて」

「あっ、それ聞いた事あります。確か原料に暑いところでしか採れない……えーと、セキユがいるんですよね」
「早苗が言うには、生ごみ由来のバイオマスらしいわ。多分、錬金術か何かで用意したんじゃないの? 」

どうでもよさそうに応えて、霊夢さんは肉まんを頬張りました。私もそれに倣って齧り付くと、閉じ込められていた肉汁が口いっぱいに広がりました。緑茶もちびちびと飲んでみました。思ったよりも濃厚です。お子様舌の私にはあんまり口に合わなかったけど、折角の好意を無駄にしたくないのでそのまま飲みました。

「おい、霊夢。まさか、勝手にコンビニ食開けてるんじゃないだろうな!? 」

壁の向こうから不安の混じった怒鳴り声が聞こえてきました。

「ちゃんと調べないとあんたの分も開けるわよ! 」
「絶対食うなよ。折角、初詣の守矢神社みたいな行列に並んで買ったんだからな! 」

それだけ言うと、また静かになりました。

霊夢さんは急に何事かをぶつぶつと呟きながら考え事を始めました。

「ええ!? ……守矢ってそんなにお賽銭が…………ていうか魔理沙、最近羽振りが悪いと思ったら浮気してたのね…………今度、お茶と煎餅に永遠亭」

なんだか怖いです。

「あの、霊夢さん? 桜が綺麗ですね」
「え? …………ああ、うん……そうね。とても綺麗ね」

壁の向こうの踏み込んでは行けなそうな世界から戻ってきてくれました。慧音先生も、アリスさんも時たま今の霊夢さんみたいになんだか大人っぽい雰囲気になりますが、私はこうやってにこにこ笑っている時の方が好きです。

そして話題を振ったのはいいのだけれども、レミリアさんみたいな詩人でないのでこれ以上桜について何て語ったら良いのか分かりません。

「…………」
「…………」

「…………」
「…………」

桜なんか眺めながら二人でぼーとしてました。慧音先生のよく分からない自慢話を延々と聞いている時みたいに退屈です。残りのお茶を飲み干します。

「…………」
「…………」

「…………地に埋没する幾重もの骸の山よりも、私は花の様な貴女を愉しみたい」
「…………ぶっ!! 」

霊夢さんは少し辛そうに咽ています。

「えっほ、げほっ…………あんた、突然何を言い出すのよ!? 」
「レミリアさんの真似です。私ばっかり子どもっぽいのは嫌なんです! 」

「いいのよ。妖精なんて毎日楽しそうに同じ所飛び回ってれば」
「ずるいです。さっきから霊夢さんと魔理沙さんばっかり楽しそうじゃないですか! 」

「ああ、成程ね。なら、好きにしてみれば? ……ていうかあんた、今この上なく愉快な状態じゃない? 」
「動けないんです。ちっとも楽しくないんです! ぅぷぷ……」

息が出来ません。霊夢さんに脇を弄られてくすぐったいです。水揚げされた岩魚みたいに口をパクパクさせながら身体を強張らせます。

「ほらほら、笑いなさい。スマイル、スマイル…………」

ケラケラ綺麗に笑いながら霊夢さんは私の脇で両手をぐにゃぐにゃ動かします。

「お? …………むぅ~~~~~、妖精なのに生意気なっ! 」

あれ? 霊夢さんの表情が段々と大人っぽく…………なんだか呼吸が先程より湿っぽいです。身体を揺すって脇を通り越した腕に待ったを掛けます。

「何よ? 大人に成りたいんじゃないの? 」
「ひぃ……ふぅ………………なんだか身の危険を感じたので」

「あっそ、ところで何時もくっ付いている氷精は如何したのよ? あいつも薄情ね」
「う~ん、多分紅魔館の方へ捜しに行ってるんじゃないかと……」

それとも私のことなんて忘れてしまって遊び回ってるんだろうか? まあ、偶にはそんな日があっても良いのかもしれない。ここ最近ずっとべったりくっ付いていたから。

「流石⑨、赤レンガの建物なんて里にも幾らでもあるじゃない。単純ね…………」
「そもそもこんな辺鄙な所の廃屋に埋まってるなんて……誰も考えませんよ」

身体の力が抜けたのに加え、春の麗らかな陽気が私を眠りに誘います。

「寝ちゃえば? まだまだかかるし…………」
「う~ん…………変な事しないでくださいよ? 」

「変なことってどんなことだぜ? 」
「おやすみなさい…………」

お言葉に甘えて眠ってしまうことにしました。魔理沙さんが何か言っていたような気がしますが気のせいです。





「…………へくちゅん! 」

また、花びらさんに叩き起こされました。

「おはよう、よく眠れた? 」

敷物の上でお花見なんかしていた霊夢さんが軽く欠伸なんかをしながら身体を伸ばしました。空を見上げると少し日が傾いています。

「さてと、大妖精……魔理沙に良く調べてもらったけど、ここのレンガは……えーと、ボーガカスポルの法則に基づいた配列で積み上げられているらしいわ。なんでも、この廃墟はそこそこの実力の魔法使いが住んでいた痕跡があるそうよ。位相をずらして有難い言葉の刻まれているウォビニウム合金とタングステンのブロックが均一にみ上げてあるらしいわ。普通の物理攻撃じゃそんな簡単には壊れないってさ」
「……ええ? いやちょっと、そんなに一度に喋られても判りません」

「うん、私も言われた事をそのまま喋っているだけだから、きちんと理解していないわ。難しそうな説明だったけど要は壊れ難い壁なのよ」
「まぁ、こんな仰々しい壁も、ヴワルの外壁なんかと比べると紙屑みたいなもんだがな」

箒に家から持って来たであろう袋を縛りつけた魔理沙さんが上から降りてきます。八卦炉を私に向けました。

「一回休みの覚悟は出来たか? 」
「嫌です。そんなの絶対、何にも感じていない空白の時間がどれ程怖い物か分からないからそんなこと言えるんです! 」

文句を言ったら諦めたのか八卦炉を仕舞いました。魔理沙さんはごそごそと袋を漁って中から口の部分が尖ったチューブを取り出します。

「そんじゃ、アイディア一号、始めるぞ。グリス注入! 」
「ひゃっ! 」

チューブの口が壁と私の背中隙間に無理やり捻じ込まれました。続いてなんだかぬるぬるとしていて気持ちの悪い感触が壁に挟まれている部分に広がりました。

「痛い、痛い、ストップです。骨盤が引っ掛かっています! 」

残念ながら、ただ滑り易くしたところで女の子身体は通る事を拒否しました。なんだか羽がぬるりとしていてとても不快です。少し破れようが直ぐに治りますがあれが傷付くと飛びにくくなるので心配です。魔理沙さんはグリスを袋に戻して次の道具を漁ります。霊夢さんが興味深そうに彼女の手元を覗き込んでいます。そんな好奇心を刺激する袋の中身が恐ろしくてしょうがないです。

「アイディア二号、プチアーティフルサクリファイス」

わぁ、水晶みたいなパッチリお目目とか向日葵色のサラサラヘアーがとても素敵です。素材不明の赤ちゃんの様なスベスベミルクスキン、薄らと色付いている桜色の小さな唇、フリルだらけのエプロンドレスは緻密な刺繍が施されていて、ボタンは何かの貝殻から削り出したと思しき拘りの一品です。靴なんかも編上げの凝ったもので綺麗に磨かれています。

「オオエドオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――――! 」

そんな究極の人形美を追求した美術品は無情にも私を紅蓮の炎とマジックベアリングの大群で包みこみました。
バケツ一杯分の水をぶっ掛けられました。少し色がくすんだ萌黄色の自らの髪に花びらが付いた事で今日が春であるこを思い出しました。
こんな人間から低級妖怪向けの火力じゃこの壁は何とも無いようです。

「大丈夫? …………うん、案外何とも無さそうね。妖精も妖怪の一種だし」

タオルでわしゃわしゃ霊夢さんに拭かれながら少しだけめそめそと泣いていました。

「次だ、アイディア三号! 」

黒くてごつごつした機械を抱えながら取り出しました。ああ、確かあれは以前宴の席に鈴仙さんが持ちこんだ外界の鉄砲だとか。緑色の箱を黒塗りの本体に差しこんでベルトを接続、蓋を閉じました。バイポットとかいうなんだかカッコいい名前の付いた二本の足で地面に安定させて魔理沙さんは敷物の上に横になります。隣で霊夢さんがのんびりお茶なんか飲んでいます。壁ではなくて泣きべそかいている私の頭をばっちり狙っているように見えるのは多分気のせいです。絶対に気のせいです。私の気のせいですよね?

「行くぜ。弾幕はパワーだぜえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!! 」
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!! 」

途中で筒を交換しながら全部撃ち尽くしました。一回休みになっていません。奇跡です。ひょっとしたら現人神さんが守ってくれたのかもしれません。途中で交代した霊夢さんもなんだか凄く楽しそうで最悪です。壁は相も変わらず私を拉致しています。

「今度こそ、アイディア四号! 」
「待った。魔理沙、それは駄目! 」

扇子を振ろうとした魔理沙さんを慌てて霊夢さんが静止します。とてもお洒落で上品な扇子です。あれで煽ったら私は如何なっていたんでしょうか? グリスでべたべたの背中を冷たい物が撫でまわして、とてもじゃないけど想像する気も起きませんでした。渋々といった感じに魔理沙さんはそれを袋に戻して他の道具を物色し始めました。

「そんじゃ、アイディ…………」
「霊夢さん! 」

霊夢さんが何か取りすところでツッコミます。とても重要なことです。

「何よ、折角良いもの見つけたのに…………」
「手段が目的に成ってませんか? まあ、それは置いておいて」

右手をぶんぶん振ります。暫く霊夢さんは怪訝そうに様子を窺っていましたが得心した、といった表情を浮かべて此方にとことこ歩いてきます。

「初めに断っておくと、あんたが考えているようなことは無理よ」
「霊夢さんなら大丈夫です」

握った霊夢さんの掌は丸っこいだけの私の物よりも繊細で綺麗でした。唐突に持ち上げられた直後に、高いところから急に落とされた様な違和感が全身の神経を塗りつぶします。霊夢さんの其れと私のそれが全く本質的に違うものである事を思い知らされました。心の中に渦巻く複雑な味を吟味する暇もなく風景は変わりました。霧が薄らと立ち込める馴染みの湖です。

「ほらね、言った通りでしょ? 」

私は壁に埋もれたままです。壁ごとワープしたようでがっちり固まった壁は岩やら木やらを薙ぎ倒して遠くまで伸びています。霊夢さんは呆れながらも理由を話してくれました。何に呆れているのか、それは自身に対してか、それとも期待を抱いた私に対してなのかはよく分かりませんでした。

「生き物だけ飛ばしたんじゃすっぽんぽんよ。だからそれに接触する諸々の物体も私の場合は飛ばさないといけないの。あんた今、がっちりと壁に抱きこまれているでしょ? 」

なるほど、今壁はお洋服と同じ扱いなのですね。だからと言って、数十メートルある壁を丸ごと何の苦もなく転送してしまう力技はどうなのかと思います。

「霊夢さんて、人間ですよね? 」
「うん、人間よ。さ、戻りましょう」

また、気持ちの悪い違和感の後に風景が桜吹雪く魔法の森に戻りました。顔を合わせるなり、すぐさま魔理沙さんは霊夢さんにつっかかてきました。なんだか不機嫌そうです。

「なあ、何も壁を丸ごと持ってくことないだろ? 」
「仕方ないじゃない、あんまり器用な使い方は出来ないのよ」

「だから、日用レベルでの使い方覚えろってちょくちょく言ってんの。家事も捗るし、何よりもお前の才能が勿体無い」
「めんどくさ。台所から茶舞台に湯呑を飛ばせるようになったところでお賽銭は増えないわ」

魔理沙さんが霊夢さんに嫉妬と羨望が複雑に入り混じった感情で暫く掴み掛っていると、

「此方で小さな女の子が壁に嵌って困ってると、兎から聞いて来たのだけれど…………」

とても瀟洒に腕なんて組みながら紅魔館のメイド長が空から降りてきました。

「大丈夫? 」

降りて来て風の噂なんかと全然違う優しい笑顔で彼女は語りかけます。

「助けてください。私、このままじゃ明日を迎える前に一回休みに成ってしまします」

視線の先のアイディア五号もといエンジンカッターと、アイディア六号・油圧切断機……を見て彼女は優雅に苦笑しました。そして暫くの間、壁に手を触れていました。一〇分ぐらいそうしていて、手を離すと恐怖の布袋へと向かいました。

「万物は時と共に移ろい変わり往く………… 」

柄の長いハンマーを取り出して、両手で持ったそれで壁を打ち壊しに掛りました。

「壁の時間だけ五〇〇年程進めましたわ」

あんなに強固だった壁は何の苦もなくボロボロと崩れて行きます。霊夢さんと魔理沙さんもきゃんきゃん喧嘩するのを止めて此方に注目しています。
大体崩したところでノミと金槌で彫刻家みたいに腰回りを削り取って私は引っ張り出されました。

「ほら、もう泣かないの。頑張ったんだから、笑いなさい」

力一杯抱きついて離れません。だって、今顔を上げたら恥ずかしすぎて本当に死んでしまいそうです。

魔理沙さんが肩をぽんぽん叩いてきます。あんまりにもしつこく叩くもんだから仕方が無く振り向きました。

「ほれ、破きそうだったから預かっておいた」

私のスカートが目に入りました。

「か、返してください! 」

飛びかかろうとしたらすっ転びました。お尻を霊夢さんの方向へ突き出すように地面に倒れます。もう、色々とどうでもよくなりました。開き直りの境地です。のろのろと起き上がります。

「あ……」

ドロワーズが濡れています。小股の辺りがバケツでもひっくり返したように。けれども涙は在庫切れで、喉は乾いていて、羞恥心はとうの昔に破裂しました。咲夜さんがハンカチをくれたので、それで無感動に湿り気を吸いっとったらいそいそとスカートを履きます。
そしたら咲夜さんにもう一度抱きつきます。ぎゅううううっと抱き締めます。適度な力で抱きしめ返してくれて心地いいです。

「ありがとうございます。…………その、今日の事忘れません」
「いいのよ。そんなに畏まらなくても」

それだけ言って咲夜さんが微笑みます。とても瀟洒です。

「妖精なんです。今更、子供って年齢じゃないんです」
「じゃあ、おばあさん? 」

拳をぐるぐる回しながら咲夜さんに不満を述べます。彼女は妖精よりも軽やかに逃げ回ります。なんだか自分の特技を横取りされたみたいで、それがちょっぴり悔しくて追いかけ続けます。それでもやっぱり咲夜さんは綺麗に笑いながら軽やかに私を弄んだりします。

風なんて吹いていないのにスカートが大きく靡きました。

「おい、咲夜。今時間止めなかったか? 」
「ええ、本当に大丈夫なのか確認しましたわ」

「そのドローワーズはなんだぜ? 」
「新しいものとお取り換え致しましたわ。メイド長たるもの事件もパーフェクトに解決しなければなりません」

はしたなくも自らのスカートを捲りあげて下着を確かめます。清潔でちょっぴり高そうなドロワーズを履いていました。突き詰めて考えると碌な事にならなそうなので考えることを止めて身体なんか伸ばします。自由って素晴らしいです。
ふと、霊夢さんに向き直ります。ガーゼと絆創膏まみれのチルノちゃんのもちもちほっぺをぺちぺちと叩いています。

「チルノちゃん!! 」
「寝てるだけ、大丈夫よ。………………それにしても本当に紅魔館に行ってたのね。ほら、⑨起きなさい」

チルノちゃんは完全に爆睡モードになっていて明日まで起きなさそうです。溜め息をついて、霊夢さんは彼女を荷物置き代りの岩に寄り掛からせます。

「……本当の所、お前は何をしに来たんだぜ? 」
「お嬢様への劣情を発散すべく女の子を買いに…………じゃなくて、助けを求める声が聞こえたからマジカル咲夜ちゃんは参上したのです」

「ああ、成程。春を買いに来たのか」
「ええ、春を眺めに来たのよ」

咲夜さんは何処からともなく酒瓶を取り出しました。凄いです。手品です。



それから、沈み往く夕陽を眺めながら皆でお花見しました。日が暮れても参加人数を増員して、夜桜を眺めながら一発芸大会なんかで騒いでいました。
*かべのなかにいる*
orosiwasabi
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コメント



0.750簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
やり取りが面白く良かったです
6.70名前が無い程度の能力削除
ちょっと語尾が揺れすぎかな……特に序盤
11.90名前が無い程度の能力削除
後書きはひょっとしてまたやったんですか?
17.90名前が無い程度の能力削除
読んでて楽しかったです。大ちゃんがいいキャラしてますね。