――思うに。誰かに何かをするっていうのは難しい。
どんなものにもセンスが存在するように、人を驚かせるにしても向き不向きがあると思うのだ。
小傘は一人空を飛びながらそんな事を考えていた。
目的地はある。小傘が驚かせるという一点で見つけ出した原石。
「芳香か…」
そもそもの存在が反則だと小傘は傘を不機嫌に揺らした。
芳香はキョンシーだ。簡単にいえばゾンビ。その存在だけで人は恐怖するだろう。
――例えば同じ驚かせ方でも。
私がバァと飛び出せば「あらなんて可愛い」と言われる場面でも。
しかし芳香が飛び出したらどうだ。肌は土気色で関節は伸びきっていて。それはもう新鮮な叫び声が幻想郷を包むだろう。
恨むべきは愛らしく生まれた自分か。
一人自問自答を繰り返しながら小傘は墓地へと向かう。
目的地に到着するとすぐに小傘は芳香を見つけだした。
「ぐぅ…」
見たところ芳香は寝ているようだ。これはチャンス。これから先輩になるものとして此処は一つ驚かせてやろう。
そーっと。そーっと。
小傘は立ったまま寝る芳香にゆっくり近づく。
「ギャオッォォォ!!」
「キャアアアア!!」
叫んだのは芳香だった。ダイナミックな寝言といえば話は早い。
夢の中で食べものでも見つけたのか次の瞬間にはよだれを垂らしながらニヤニヤと笑っていた。
驚かせようとしていた小傘は逆に虚を突かれヘナヘナと地面に尻餅をついてしまった。
「なんて恐ろしい子…!」
小傘はゆっくり立ち上がり目の前で笑う芳香を見た。
なるほど、たしかに恐ろしいというか不気味なフェイスだ。よだれを垂らして寝ながら笑っているなんて誰が見たってホラーだ。
――さすがは私が認めた人材ね。
見抜いた自分を褒めてやりたいくらいだと小傘は静かに笑った。
「起きて起きて、芳香~。ほら、約束したでしょ」
「ぐぅ」
ペチペチと体温の失せた芳香の頬を叩く。だが芳香はただ唸るだけで起きやしない。
「芳香~起きてよ~」
「ぐぅ」
何をやってもどうしても、芳香は起きてはくれなかった。
ついには傘で軽く脳天に決めてやっても帰ってくる言葉は「ムニャムニャ」という言葉だけである。此処まで図太いともはやどうしたらいいかわからない。
困り果てた小傘はもうどうして良いか判らずに半ば涙目になりつつある。
「あら…貴方は確か」
「あ、にゃんにゃん…ちょうど良かったよ助けてよ~」
舞い降りた天女に小傘は藁をも掴む気持ちで抱きついた。
「芳香が何かしました?」
「うぅ…」
答えない小傘を肯定と見た青娥はやれやれと首を振ってため息をついた。
「ほら、小傘ちゃん泣かないで。いいこいいこ」
頭を軽く撫でてやると小傘は落ち着いたのか、涙目をそのままに上目遣いで青娥を見つめる。
小傘を落ち着かせる為か青娥はニコりと笑いかけてから芳香に近づいていく。
ペチペチと、頬を2回軽く叩いて。
「芳香、起きてください」
と一言。 するとどうだろうか、先程脳天に決めても起きやしなかった芳香がパチリと目を開けた。
「おぉぅ、おはよう青娥」
「はい、おはようございます。」
ニコっと笑いかけてはいるものの、目は笑っていない。圧倒的プレッシャーの前に思わず芳香もすぐに目を覚まし体を強張らせた。
「な、なんだ?青娥、なんか機嫌悪くないか?」
「まったく、小傘ちゃんを泣かせたらダメでしょう?」
「えぇ?」
ほら、と青娥の後ろに隠れた小傘を脇に出す。見ると若干の涙目をしているが、芳香自身には全く見に覚えも無い。
「おはよう小傘」
とりあえず挨拶。これが基本。状況が飲み込めない以上芳香は向こうの出方を伺う他無い。
「で、何をしたんですか?」
再びのプレッシャー。物腰は柔らかい口調でも、青娥の目が、目が笑ってない。そんな青娥を見て額に冷や汗をかくのを芳香は感じた。
「うぅ?何もしてない」
「でも小傘ちゃんは貴方の前で泣いてました」
さぁどう言い訳するんですか?と言わんばかりに青娥は芳香に近づく。だが、彼女にはまったくもって見に覚えが無い。
「だから、何もしてないんだ青娥」
こうも頑なに否定されると、青娥もムムと唸り始める。
そもそも芳香が嘘をつける程器用な子では無いという事を誰よりも知っているのは青娥だ。
しかし小傘が目の前で泣いていたのも事実。これはつまりどういうことなのか。
「…ごめんなさいね、小傘ちゃん。芳香が何をしたんですか?」
「起きてくれなかった。今日は約束してたのに」
「起きなかった……あぁ、なるほど、そう言う事ですか」
ポンと手を当て青娥は納得した。その後申し訳なさそうに頬に手を当てて小傘に向き直る。
「ごめんなさい、この子私が起こさないと起きないのです。だから今度この子に用がある時は私を訪ねて来てくださいね」
ごめんなさいね、ともう一言謝ってから小傘の頭を撫でる。傍から見れば仲の良い姉妹だ。小傘も小傘で、撫でられる事自体嫌ではないらしく気持ちよさそうに目を細めている。
横でそれを見ていた芳香は少しムスっとしつつも、特に何かするわけでも無く、居場所なさそうに足で地面にただただ円を書いていた。
「それで、お二人は何か約束をしていたのではありませんか?」
「うん、一緒に人間を驚かしに行くって約束したんだよ」
すっかり泣き止んだ小傘は楽しそうに目を輝かせていた。
「待って。そんな約束したか?」
こちらも先ほどと同じく、芳香には全く心当たりがないもので少し困惑の色を顔に浮かべていた。だが小傘はそんなのお構いなしに話しを続ける
「ううん、してないよ」
「えぇ?」
「してない」
「小傘、それって約束したって言わないよ」
思いついただけでしょ?と芳香は苦笑を浮かべている。
「細かい事を気にしてほしくないな~」
何故だか怒らせてしまったらしい。プイとそっぽ向いて小傘は頬を膨らませていた。
怒ってやりたいのはこっちだと芳香は思いつつも、青娥の手前大きく出れず、ため息を付いた。
「良いじゃないですか、楽しいですよきっと」
沈黙を破ったのは青娥だった。ニコニコして芳香に笑いかけていた。そんな顔されていては、もう断ることもできないだろうなと芳香は観念した。
「わかった、それでどうすればいいんだ小傘」
「うん!じゃあまずは張り込みに行こ!」
全くもって切り替えの早い子だと青娥も芳香も只々感心した。
「それじゃあいってらっしゃいな、芳香は足元に気を付けなさいよ」
「うん、わかった」
「おー行ってくるよ。土産話期待しててよね、にゃんにゃん!」
「えぇ、期待してますよ」
ニコっと笑いかけてから二人を見送った。
若干の不安はあるものの、芳香にとっても小傘にとってもいい経験になるだろうと青娥は一人頷いた。
――それにしても
元々此処は青娥と芳香の二人しか居ない場所で、訪れる人間も少ない。静けさが辺りを包み込んでから青娥は深くため息を付いた。芳香が居ないと何をするにしてもやる気が起きない。ただボーっとして青娥は体を揺らしていた。昔は一人で居ることにどうも考えはしなかったのに、いつからか静けさが少し物悲しいものだと青娥は思うようになっていた。
――***
「それで、どうするんだ小傘」
二人は博麗神社の隅に陣取っていた。気配を隠しただ獲物を待つ…が。
「此処じゃ人、来ないんじゃないのか?」
人気を全く失ったこの神社に来るのはおよそ一般人からは程遠い人間ばかりだった。
妖怪に魔法使いに地底人に鬼まで。およそ虚を突いた所で驚いてくれるような相手ではない。ごく稀に、本当に稀にだが参拝者も来る。が、余りの寂れ具合にそう長居することもなく帰っていくのが通常だ。そんな神社で驚かすべき相手を待つなど、芳香には考えられなかった。
「もう少し人気のある所でも良いんじゃないのか」
当然の疑問をぶつける。だがチッチッと小傘は人差し指を振った。
「甘いよ芳香。まさにそれが盲点なんだ」
「そうなのか」
「だって、芳香こんなところで驚かされるなんて思う?」
「まぁ思わないな」
「そう、まさにそれ。物事の“ありえない”を着くのがこの驚かせるという事については重要なのよ」
「へぇ、頭いいんだな小傘」
「だろー?」
胸を逸らして小傘は自慢気に鼻を鳴らした。
およそ小傘の言うことは間違っていない。驚かせるという事については虚を付き人が油断しきった所を狙うのが至極当然だ。ただ一つ、たった一つ彼女の計算の外にあることといえば、彼女はこの博麗神社を舐めすぎていたことである。
時間は過ぎいくもので、戻ることは無い。日もまた同じで昇り、そして降ろうとしている。
辺りはほのかに赤く染まり、幻想的な雰囲気を醸し出す。年季の入った博麗神社が夕焼けに照らされ何処か綺麗に見えた―――。
「…だれひとり来ないなんて…」
小傘はうなだれた。一日といっていいだろう長い時間を此処に潜みまったが、結果一人を大いに驚かせれればそれでいいと小傘は考えていた。だが、その一人が、一人位は来るだろうという甘えが。小傘の予想を大きく上回ったのだ。
「ん、終わりか小傘」
「だってもうこれから夜…。人が来るわけもないじゃない」
「それもそうか…ん、小傘。誰か来たぞ」
「えっ!ホント!」
「ほら」
この際誰でもいい。小傘はそう思い身を潜め準備をし始めた。
「ねぇ、私は何すれば良いんだ?」
「こう、ガバッ!と出てガバッ!っと後ろについてギャオー!って言ってれば良いよ」
「うん、わかった」
「見てなさいよー!私のとっておきを見せてやるんだから」
――***
どうしたものだろう。と青娥は内心焦っていた。
暇を持て余した結果、神社の巫女にお茶でもご馳走になろうかと思い来た博麗神社だったが、どうも聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。
多分、隠れているつもりなんだろうが、茂みに体を隠すまではいいが、化け傘のそれが茂みの上から顔をのぞかせている。頭かくして尻隠さずとはこの事だろう。化け傘と目があった時、そっと目を逸らしてやったのは青娥なりの優しさだ。
驚いて見せるにしても、うまく出来るだろうかと青娥は焦っていた。自然に、ごく自然に居ようとするほど、その動きはぎこちなさを増していく。
「ギャオー!」
「バァ!」
考えているうちに二人が飛び出てきた。
考え事をしていたせいか、特に驚くこともなく「あ」とマヌケな声を青娥は出してしまった。
「わ、わぁ驚きマシタ。お二人が居たとは気づきませんデシタ」
ワンテンポ遅れてからのこれである。我ながらド下手。声も上ずっているし、何より棒読みすぎた。
やってしまった、と青娥は項垂れた。
「アハハ!やった、驚いた?にゃんにゃんとは思わなかったけど成功だよ芳香」
「うん、練習しといてよかった」
だが二人は飛び跳ねて喜んでいた。どうやらあの演技にも二人は気が付きはしなかったらしい。内心ホッとして青娥は胸をなで下ろした。
夕焼け落ちる神社の前。強く日を浴びたせいか芳香の足元は何処かフラついていた。
「大丈夫ですか、芳香。おんぶしてあげましょうか」
「ん、どうかしたのか芳香?」
二人は心配そうに芳香の顔を覗き込んだ。
「うん、ちょっと日に当たるとなんとなくだけど力が出ないんだ」
「そうなんだ、じゃあ私の傘に入りなよ」
「うん、ちょっとお邪魔する」
何処かフラついた足で小傘と肩を並べた
「あぁ、これは良いな。これなら何とか大丈夫」
「そんな大きい傘じゃないからもう少し寄ってよ」
「うーん、余り体を寄せるのは好きじゃないんだけど」
「もう、ワガママ言わないでよ私だって狭いんだから」
「うん、わかった」
小さな傘の中身を寄せ合う二人の中睦まじい姿を見て、青娥はにっこり微笑んだ。
「私は博麗の巫女に会ってきますが、お二人はどうしますか?」
「これから芳香にお墓を案内してもらうんだ、あそこなら驚かせやすそうだし」
「うん、案内する」
コクリと芳香は頷いた。青娥もまたそれを見て優しく二人の頭を撫でた。理由は特にないが、なんとなく撫でたくなったのだ。芳香も小傘も嫌がる事は無く、気持ちよさそうに目を細めていた。
「それじゃあ気をつけて帰るんですよ。私もすぐに戻りますから」
「うん、それじゃあまたあとでな、にゃんにゃん」
――***
夕日の中、相傘二人、晴れた日の晴れた雨を二人で避けながら、ゆっくりと空を行く。
「芳香、芳香」
「ん、どうした?」
「楽しかった?」
「うん、小傘は?」
「とっても!」
「そっか、良かったな」
「うん、それでね…」
小傘は何処か言いにくそうにモジモジしていた。夕焼けに照らされてか、何処か顔も紅潮している。
「どうした?」
「よ、良かったらなんだけど、またやろう?」
何だそんなことかと芳香は小さく笑った。
「うん、いいぞ」
「ホント!?やったー!じゃあ次は何処で待ち伏せしよう?」
「うーん、任せるけど、もう少し人が通る所がいいんじゃないか?」
「うん、やっぱりそうだよね!」
積もる話を道中に、時間を加速させたような時を感じる。
気づけばすぐに墓にまで着いていた。
「あぁ、いい忘れたけどさ、小傘」
「うん?何?」
「次はちゃんと、教えてほしいな」
「うん、気が向いたらね!」
やれやれ、と芳香は肩を竦めた。
どんなものにもセンスが存在するように、人を驚かせるにしても向き不向きがあると思うのだ。
小傘は一人空を飛びながらそんな事を考えていた。
目的地はある。小傘が驚かせるという一点で見つけ出した原石。
「芳香か…」
そもそもの存在が反則だと小傘は傘を不機嫌に揺らした。
芳香はキョンシーだ。簡単にいえばゾンビ。その存在だけで人は恐怖するだろう。
――例えば同じ驚かせ方でも。
私がバァと飛び出せば「あらなんて可愛い」と言われる場面でも。
しかし芳香が飛び出したらどうだ。肌は土気色で関節は伸びきっていて。それはもう新鮮な叫び声が幻想郷を包むだろう。
恨むべきは愛らしく生まれた自分か。
一人自問自答を繰り返しながら小傘は墓地へと向かう。
目的地に到着するとすぐに小傘は芳香を見つけだした。
「ぐぅ…」
見たところ芳香は寝ているようだ。これはチャンス。これから先輩になるものとして此処は一つ驚かせてやろう。
そーっと。そーっと。
小傘は立ったまま寝る芳香にゆっくり近づく。
「ギャオッォォォ!!」
「キャアアアア!!」
叫んだのは芳香だった。ダイナミックな寝言といえば話は早い。
夢の中で食べものでも見つけたのか次の瞬間にはよだれを垂らしながらニヤニヤと笑っていた。
驚かせようとしていた小傘は逆に虚を突かれヘナヘナと地面に尻餅をついてしまった。
「なんて恐ろしい子…!」
小傘はゆっくり立ち上がり目の前で笑う芳香を見た。
なるほど、たしかに恐ろしいというか不気味なフェイスだ。よだれを垂らして寝ながら笑っているなんて誰が見たってホラーだ。
――さすがは私が認めた人材ね。
見抜いた自分を褒めてやりたいくらいだと小傘は静かに笑った。
「起きて起きて、芳香~。ほら、約束したでしょ」
「ぐぅ」
ペチペチと体温の失せた芳香の頬を叩く。だが芳香はただ唸るだけで起きやしない。
「芳香~起きてよ~」
「ぐぅ」
何をやってもどうしても、芳香は起きてはくれなかった。
ついには傘で軽く脳天に決めてやっても帰ってくる言葉は「ムニャムニャ」という言葉だけである。此処まで図太いともはやどうしたらいいかわからない。
困り果てた小傘はもうどうして良いか判らずに半ば涙目になりつつある。
「あら…貴方は確か」
「あ、にゃんにゃん…ちょうど良かったよ助けてよ~」
舞い降りた天女に小傘は藁をも掴む気持ちで抱きついた。
「芳香が何かしました?」
「うぅ…」
答えない小傘を肯定と見た青娥はやれやれと首を振ってため息をついた。
「ほら、小傘ちゃん泣かないで。いいこいいこ」
頭を軽く撫でてやると小傘は落ち着いたのか、涙目をそのままに上目遣いで青娥を見つめる。
小傘を落ち着かせる為か青娥はニコりと笑いかけてから芳香に近づいていく。
ペチペチと、頬を2回軽く叩いて。
「芳香、起きてください」
と一言。 するとどうだろうか、先程脳天に決めても起きやしなかった芳香がパチリと目を開けた。
「おぉぅ、おはよう青娥」
「はい、おはようございます。」
ニコっと笑いかけてはいるものの、目は笑っていない。圧倒的プレッシャーの前に思わず芳香もすぐに目を覚まし体を強張らせた。
「な、なんだ?青娥、なんか機嫌悪くないか?」
「まったく、小傘ちゃんを泣かせたらダメでしょう?」
「えぇ?」
ほら、と青娥の後ろに隠れた小傘を脇に出す。見ると若干の涙目をしているが、芳香自身には全く見に覚えも無い。
「おはよう小傘」
とりあえず挨拶。これが基本。状況が飲み込めない以上芳香は向こうの出方を伺う他無い。
「で、何をしたんですか?」
再びのプレッシャー。物腰は柔らかい口調でも、青娥の目が、目が笑ってない。そんな青娥を見て額に冷や汗をかくのを芳香は感じた。
「うぅ?何もしてない」
「でも小傘ちゃんは貴方の前で泣いてました」
さぁどう言い訳するんですか?と言わんばかりに青娥は芳香に近づく。だが、彼女にはまったくもって見に覚えが無い。
「だから、何もしてないんだ青娥」
こうも頑なに否定されると、青娥もムムと唸り始める。
そもそも芳香が嘘をつける程器用な子では無いという事を誰よりも知っているのは青娥だ。
しかし小傘が目の前で泣いていたのも事実。これはつまりどういうことなのか。
「…ごめんなさいね、小傘ちゃん。芳香が何をしたんですか?」
「起きてくれなかった。今日は約束してたのに」
「起きなかった……あぁ、なるほど、そう言う事ですか」
ポンと手を当て青娥は納得した。その後申し訳なさそうに頬に手を当てて小傘に向き直る。
「ごめんなさい、この子私が起こさないと起きないのです。だから今度この子に用がある時は私を訪ねて来てくださいね」
ごめんなさいね、ともう一言謝ってから小傘の頭を撫でる。傍から見れば仲の良い姉妹だ。小傘も小傘で、撫でられる事自体嫌ではないらしく気持ちよさそうに目を細めている。
横でそれを見ていた芳香は少しムスっとしつつも、特に何かするわけでも無く、居場所なさそうに足で地面にただただ円を書いていた。
「それで、お二人は何か約束をしていたのではありませんか?」
「うん、一緒に人間を驚かしに行くって約束したんだよ」
すっかり泣き止んだ小傘は楽しそうに目を輝かせていた。
「待って。そんな約束したか?」
こちらも先ほどと同じく、芳香には全く心当たりがないもので少し困惑の色を顔に浮かべていた。だが小傘はそんなのお構いなしに話しを続ける
「ううん、してないよ」
「えぇ?」
「してない」
「小傘、それって約束したって言わないよ」
思いついただけでしょ?と芳香は苦笑を浮かべている。
「細かい事を気にしてほしくないな~」
何故だか怒らせてしまったらしい。プイとそっぽ向いて小傘は頬を膨らませていた。
怒ってやりたいのはこっちだと芳香は思いつつも、青娥の手前大きく出れず、ため息を付いた。
「良いじゃないですか、楽しいですよきっと」
沈黙を破ったのは青娥だった。ニコニコして芳香に笑いかけていた。そんな顔されていては、もう断ることもできないだろうなと芳香は観念した。
「わかった、それでどうすればいいんだ小傘」
「うん!じゃあまずは張り込みに行こ!」
全くもって切り替えの早い子だと青娥も芳香も只々感心した。
「それじゃあいってらっしゃいな、芳香は足元に気を付けなさいよ」
「うん、わかった」
「おー行ってくるよ。土産話期待しててよね、にゃんにゃん!」
「えぇ、期待してますよ」
ニコっと笑いかけてから二人を見送った。
若干の不安はあるものの、芳香にとっても小傘にとってもいい経験になるだろうと青娥は一人頷いた。
――それにしても
元々此処は青娥と芳香の二人しか居ない場所で、訪れる人間も少ない。静けさが辺りを包み込んでから青娥は深くため息を付いた。芳香が居ないと何をするにしてもやる気が起きない。ただボーっとして青娥は体を揺らしていた。昔は一人で居ることにどうも考えはしなかったのに、いつからか静けさが少し物悲しいものだと青娥は思うようになっていた。
――***
「それで、どうするんだ小傘」
二人は博麗神社の隅に陣取っていた。気配を隠しただ獲物を待つ…が。
「此処じゃ人、来ないんじゃないのか?」
人気を全く失ったこの神社に来るのはおよそ一般人からは程遠い人間ばかりだった。
妖怪に魔法使いに地底人に鬼まで。およそ虚を突いた所で驚いてくれるような相手ではない。ごく稀に、本当に稀にだが参拝者も来る。が、余りの寂れ具合にそう長居することもなく帰っていくのが通常だ。そんな神社で驚かすべき相手を待つなど、芳香には考えられなかった。
「もう少し人気のある所でも良いんじゃないのか」
当然の疑問をぶつける。だがチッチッと小傘は人差し指を振った。
「甘いよ芳香。まさにそれが盲点なんだ」
「そうなのか」
「だって、芳香こんなところで驚かされるなんて思う?」
「まぁ思わないな」
「そう、まさにそれ。物事の“ありえない”を着くのがこの驚かせるという事については重要なのよ」
「へぇ、頭いいんだな小傘」
「だろー?」
胸を逸らして小傘は自慢気に鼻を鳴らした。
およそ小傘の言うことは間違っていない。驚かせるという事については虚を付き人が油断しきった所を狙うのが至極当然だ。ただ一つ、たった一つ彼女の計算の外にあることといえば、彼女はこの博麗神社を舐めすぎていたことである。
時間は過ぎいくもので、戻ることは無い。日もまた同じで昇り、そして降ろうとしている。
辺りはほのかに赤く染まり、幻想的な雰囲気を醸し出す。年季の入った博麗神社が夕焼けに照らされ何処か綺麗に見えた―――。
「…だれひとり来ないなんて…」
小傘はうなだれた。一日といっていいだろう長い時間を此処に潜みまったが、結果一人を大いに驚かせれればそれでいいと小傘は考えていた。だが、その一人が、一人位は来るだろうという甘えが。小傘の予想を大きく上回ったのだ。
「ん、終わりか小傘」
「だってもうこれから夜…。人が来るわけもないじゃない」
「それもそうか…ん、小傘。誰か来たぞ」
「えっ!ホント!」
「ほら」
この際誰でもいい。小傘はそう思い身を潜め準備をし始めた。
「ねぇ、私は何すれば良いんだ?」
「こう、ガバッ!と出てガバッ!っと後ろについてギャオー!って言ってれば良いよ」
「うん、わかった」
「見てなさいよー!私のとっておきを見せてやるんだから」
――***
どうしたものだろう。と青娥は内心焦っていた。
暇を持て余した結果、神社の巫女にお茶でもご馳走になろうかと思い来た博麗神社だったが、どうも聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。
多分、隠れているつもりなんだろうが、茂みに体を隠すまではいいが、化け傘のそれが茂みの上から顔をのぞかせている。頭かくして尻隠さずとはこの事だろう。化け傘と目があった時、そっと目を逸らしてやったのは青娥なりの優しさだ。
驚いて見せるにしても、うまく出来るだろうかと青娥は焦っていた。自然に、ごく自然に居ようとするほど、その動きはぎこちなさを増していく。
「ギャオー!」
「バァ!」
考えているうちに二人が飛び出てきた。
考え事をしていたせいか、特に驚くこともなく「あ」とマヌケな声を青娥は出してしまった。
「わ、わぁ驚きマシタ。お二人が居たとは気づきませんデシタ」
ワンテンポ遅れてからのこれである。我ながらド下手。声も上ずっているし、何より棒読みすぎた。
やってしまった、と青娥は項垂れた。
「アハハ!やった、驚いた?にゃんにゃんとは思わなかったけど成功だよ芳香」
「うん、練習しといてよかった」
だが二人は飛び跳ねて喜んでいた。どうやらあの演技にも二人は気が付きはしなかったらしい。内心ホッとして青娥は胸をなで下ろした。
夕焼け落ちる神社の前。強く日を浴びたせいか芳香の足元は何処かフラついていた。
「大丈夫ですか、芳香。おんぶしてあげましょうか」
「ん、どうかしたのか芳香?」
二人は心配そうに芳香の顔を覗き込んだ。
「うん、ちょっと日に当たるとなんとなくだけど力が出ないんだ」
「そうなんだ、じゃあ私の傘に入りなよ」
「うん、ちょっとお邪魔する」
何処かフラついた足で小傘と肩を並べた
「あぁ、これは良いな。これなら何とか大丈夫」
「そんな大きい傘じゃないからもう少し寄ってよ」
「うーん、余り体を寄せるのは好きじゃないんだけど」
「もう、ワガママ言わないでよ私だって狭いんだから」
「うん、わかった」
小さな傘の中身を寄せ合う二人の中睦まじい姿を見て、青娥はにっこり微笑んだ。
「私は博麗の巫女に会ってきますが、お二人はどうしますか?」
「これから芳香にお墓を案内してもらうんだ、あそこなら驚かせやすそうだし」
「うん、案内する」
コクリと芳香は頷いた。青娥もまたそれを見て優しく二人の頭を撫でた。理由は特にないが、なんとなく撫でたくなったのだ。芳香も小傘も嫌がる事は無く、気持ちよさそうに目を細めていた。
「それじゃあ気をつけて帰るんですよ。私もすぐに戻りますから」
「うん、それじゃあまたあとでな、にゃんにゃん」
――***
夕日の中、相傘二人、晴れた日の晴れた雨を二人で避けながら、ゆっくりと空を行く。
「芳香、芳香」
「ん、どうした?」
「楽しかった?」
「うん、小傘は?」
「とっても!」
「そっか、良かったな」
「うん、それでね…」
小傘は何処か言いにくそうにモジモジしていた。夕焼けに照らされてか、何処か顔も紅潮している。
「どうした?」
「よ、良かったらなんだけど、またやろう?」
何だそんなことかと芳香は小さく笑った。
「うん、いいぞ」
「ホント!?やったー!じゃあ次は何処で待ち伏せしよう?」
「うーん、任せるけど、もう少し人が通る所がいいんじゃないか?」
「うん、やっぱりそうだよね!」
積もる話を道中に、時間を加速させたような時を感じる。
気づけばすぐに墓にまで着いていた。
「あぁ、いい忘れたけどさ、小傘」
「うん?何?」
「次はちゃんと、教えてほしいな」
「うん、気が向いたらね!」
やれやれ、と芳香は肩を竦めた。
小傘も芳香も、いいこいいこされるのが似合いますね。
このキャラクター設定がツボに入りました。このキャラクター設定での3人のやり取りが最高です!