「ウドンゲ、悪いのだけど今日は薬を持って紅魔館まで行ってちょうだい」
「え、紅魔館にですか…?」
鈴仙・優曇華院・イナバは師匠である八意永琳の突然の言葉に紅い瞳をぱちくりとさせる。
彼女の主な仕事は人里で販売している置き薬を補充することだ。
薬をどこかに販売するという仕事はこれまでにはなかった。
永琳も鈴仙の表情を察してか、困った表情を見せた。
「レミリア・スカーレットが薬を直接販売してほしいって言ってきたらしいのよね」
「らしい、とは…?」
「姫様が対応したのよ。私も丁度出払っててね」
「ああ、なるほど…で、姫様はそれを了承したということですか」
鈴仙は突然の仕事に納得する。
「あら、貴方達は反対だったかしら?永琳、イナバ」
永琳と鈴仙は声のした方向へ視線を送る。
そこには彼女達が仕える主である蓬莱山輝夜が立っていた。
「向こうの主がわざわざやってきたのよ。余程の事じゃない限り断るべきではないわ。そうじゃないと失礼に当たる」
輝夜は鈴仙と永琳の顔を交互に見遣る。
「それに、恩は売れる時に売っておくものよ。後々の為にもね」
そう言って、輝夜はにっこりと笑った。
「仰る通りでございますわ、姫」
「私も元々断る気なんかありませんでしたよ、姫様」
「よろしい」
永琳と鈴仙は了承の姿勢を見せる。
そんな二人の顔を見て、輝夜は満足そうに笑った。
「じゃあ支度しなさい、イナバ。三十分後には行くわよ」
「…姫も行くつもりなんですか?」
いぶかしげな永琳の表情に、輝夜は笑顔で返す。
「あら、私が受けた仕事だもの。本来は私が果たすべき仕事ではないかしら?」
「ひ、姫様がやられることではありませんって!」
鈴仙は思わず慌てる。
薬売りの仕事は本来彼女の仕事である。
それを仕えている主にやらせるなど、彼女にとっては非常に恐れ多い事であった。
「永琳、イナバ、私は労働の美しさに目覚めたのよ。汗水たらして働いてこそ食べる御飯が美味しいのではないのかしら?」
「…姫、本音は?」
「面白そうだからに決まってるじゃない」
永琳の質問に、あっけらかんとした表情で輝夜が答えた。
「よく来たね、輝夜、鈴仙」
ここは紅魔館の客間。
テーブルに挟んで中央の大きな椅子にどっかりと座るレミリア・スカーレット、そして脇に立つ十六夜咲夜と妖精メイド達が輝夜と鈴仙を出迎えた。
「お久しぶりね、レミリア」
「お、お邪魔してま~す…」
輝夜が堂々とした姿勢でいる一方、鈴仙は引きつった表情を見せる。
声も上ずっていた。
「どうしたのよ、イナバ。いつも通りにしていればいいのよ」
「す、すみません…」
鈴仙は輝夜とレミリアが醸し出す雰囲気に圧倒されてしまっていた。
レミリアはそんな鈴仙の表情に苦笑する。
「鈴仙は人が多いのが苦手かい?メイド達を下がらせようか?」
「いえ、お構いなく。この娘はちょっと紅魔館の雰囲気に飲まれちゃったのよ、ごめんなさいね」
「ひ、姫様…」
鈴仙は堂々とした輝夜の振る舞いに感動する。
やっぱり姫様なんだなあ、と思わず納得させられたのだ。
「まあいいや。じゃあ早速だけど薬を見せてくれるかい?」
「そうね。イナバ、薬を出してちょうだい」
「は、はい!」
これ以上醜態を晒せるか、と言わんばかりに鈴仙は気合を入れる。
そして鈴仙は持ってきた薬箱を紅魔館のテーブルの上に置いた。
「じゃあ、最初は…これは消毒薬です。傷口にシュッと掛けるだけで消毒できますよ。直接傷口に触らなくてもいいのもポイントですね。それから…」
「ちょっと良いかい、鈴仙」
「はい?」
レミリアが鈴仙の説明を中断させる。
そして面倒くさそうに口を開いた。
「面白くない」
「そうね。面白くないわ、イナバ。そんなありきたりな商品じゃ誰も満足しないわよ」
組織の主二人にダメ出しされる鈴仙・優曇華院・イナバ。
思わず涙目になってしまう。
「もっとさあ、こうパーッと凄い物って無いの?」
「そうよイナバ。お客様のニーズに応えるのが私達商人の使命よ。もっとハデな物って無いのかしら?」
いつから商人になったんだ、あんたは。
そう輝夜に突っ込む者はその場には誰もいなかった。
「じゃ、じゃあ…これは凄いですよ!師匠が新開発した鎮痛剤です!これを飲めばどんな痛みも和らぎますよ!」
これならどうだ、と言わんばかりの気合を入れた説明をする鈴仙。
しかし、この場はそう甘くは無かった。
「それを飲めば体の半分が木っ端微塵になっても痛くないの?」
「それがあれば土手っ腹に穴が開いても痛くないのかしら?」
「そ、それは…」
主二人の無茶振りに思わず口ごもる鈴仙。
その鈴仙の表情を見て呆れた表情を見せるレミリアと輝夜。
「使えないねぇ」
「そうね、役立たずも良いところだわ」
またもダメ出しを受ける鈴仙。
さすがの彼女も挫けそうになって来た。
「ほらイナバ。もっとハデな物って無いの?一歩間違ったら幻想郷もろとも爆発してしまう薬とか」
「吸血鬼が日中外に出ても太陽に焼かれないようにする薬とか」
「月を木っ端微塵にする薬とか」
「忌々しい晴天を一瞬で曇り空に変える薬とか」
「不老不死の人間を一瞬で消滅させる薬とか」
「スキマ妖怪の見た目を実年齢通りにする薬とか」
「「そういう薬はないのかしら?」」
主二人の無茶振りの集中砲火を受ける鈴仙。
元々彼女の強くない精神はすでに限界にまで達していた。
そして、ついに鈴仙は意識を手放した。
「あ、鈴仙が死んだ」
「この人でなし!って叫ぶ場面かしら?」
実際は鈴仙は気絶しただけであったのだが。
ツッコミを入れる者は誰もいなかった。
「咲夜、鈴仙を適当な客間に運んでおいて。そのまま看てやっててよ」
「かしこまりました、お嬢様」
咲夜はそう言って気絶した鈴仙と共に姿を消す。
後に残ったのはレミリアと輝夜と妖精メイド達だ。
「さて、輝夜は薬の説明は出来るのかい?」
「出来る訳ないわよ。永琳でも呼びましょうか?」
「ふーむ…」
レミリアはしばし難しい顔をして考えていたが、急にニヤリと笑いだした。
凄く悪い顔で。
「私達で色々と試してみるってのはどうだい?」
「あら、それは面白そうね」
輝夜も凄く悪い顔をしてニヤリと笑う。
この場に二人を止める事が出来る者は誰もいなかった。
レミリアは手当たり次第に薬を手に取ってみる。
「これは…何だろう」
「酷使無想EX試作品?何だか凄い名前ね…」
レミリアが手に取った小瓶を輝夜はまじまじと見つめる。
「ふ~む…よし、買った!」
「あら、太っ腹ね」
「貴族の買い物は勢いが大事なんだよ」
「わかるわかる。とりあえず興味持った物は欲しくなるわよね。で、買った途端に興味を失くしたりね」
「そうそう。それも買い物の醍醐味って奴だね」
レミリアはちょいちょいと一人の妖精メイドを手で呼び寄せる。
そして、寄ってきた妖精メイドに小瓶を差し出して言った。
「飲め」
「そ~れ、イッキ!イッキ!」
輝夜は笑いながら手を叩く。
妖精メイドは迷いながらも小瓶を飲み干す。
輝夜はそれを見て満足そうに笑う。
「良い飲みっぷりね~」
「そうだろう?私のメイドは咲夜以外にも粒揃いなのさ」
「私もイナバ達にもっと教育した方が良いのかしら」
「そうだね、そうしたらそいつらも喜ぶんじゃないか」
「帰ったらやってみるわ」
二人がそう話していると、突然『酷使無想EX試作品』を飲んだ妖精メイドが苦しみ出す仕草を見せた。
「え、どうしたの?」
「大丈夫?」
さすがにレミリアと輝夜も心配そうな表情を見せる。
この二人は本来は部下想いの主人ではあるのだ。
ただ、ちょっと好奇心旺盛で面白い物が好きなだけなのだ。
突如、妖精メイドの腕が丸太のように太くなった。
いや、腕だけではない。
足から首から胸から、筋肉が盛り上がって行った。
「うわあ…」
「これは酷いわね…永琳ったらなんて物を…」
『酷使無想EX試作品』を飲んだ妖精メイドは筋肉の塊となってしまったのだ。
「これは輝夜的にはどうなのさ」
「う~ん…ビジュアル的にはアウトだけど…一気飲みした妖精メイドの勇気を讃えて10ポイント!」
「良かったね、10ポイントだよ」
微妙に嬉しそうな表情を見せる妖精メイドver筋肉。
実際の彼女の心中や如何に。
それはそうとして、楽しそうな表情を見せるレミリアと輝夜。
「これなら掘り出し物もあるかもしれないねぇ」
「そうね、もっと面白そうな薬って無いのかしら」
薬箱の中をしっちゃかめっちゃかに荒らすレミリアと輝夜。
そうこうしているうちに、レミリアは薬箱の奥底にある小瓶を見つけた。
「何かな、これ」
「うん?使用厳禁って書いてあるわね。永琳が書いたのかしら」
レミリアが手に取った小瓶に書いてある文字を輝夜が見つめる。
そうして、輝夜がニヤリと笑った。
「面白そうね、使用厳禁って」
「良い響きだねぇ」
使用厳禁と書かれたら逆に使用してみたくなるのが人(?)の性というものだ。
そして、この二人も例外ではなかった。
「どうする?」
「どうしましょうか?」
「私達が飲んでみるってのもアリじゃないか?」
「あら、良いわね。どっちが飲む?」
「弾幕は面倒だから、ジャンケン辺りで良いんじゃないか?」
「グー出す代わりにいきなりパンチしないわよね?」
「しないよ。最初はグーな」
「チョキ出す代わりにいきなり目潰ししたりしないわよね?」
「しないよ!普段からどれだけ殺伐なジャンケンしているんだ、お前は」
無駄にジャンケンに警戒する輝夜。
さすがのレミリアも突っ込まざるを得なかった。
「「最初はグー」」
「ジャ~ン」
「ケ~ン」
「「ポイッ!」」
「ふっ、運命は常に私に味方しているのさ…」
「く、悔しい…」
レミリアが勝ったようだ。
輝夜が悔しそうに自身の右手を睨んでいる。
「さあ飲め。今すぐ飲め」
「分かったわよ…ちょっと待ってなさい」
輝夜はレミリアから小瓶を受け取り、小瓶の蓋を開ける。
「こうやって見ると、意外と小さいわねえ」
「ちゃんと一気飲みだぞ?」
「わかってるわよ!」
輝夜はしばし小瓶を持ったまま硬直していたが、やがて覚悟を決めたように小瓶の中の液体を一気に飲み干した。
「いやあ、良い飲みっぷりだねえ」
「…なんか甘ったるい感じ。思ったより味は悪くないわね」
「へえ、薬なんてどれも苦いもんだと思っていたけどねえ」
「こういう味なら何度飲んでも…ん?」
輝夜の動きが突然止まる。
「どうしたのさ」
「なんか…体が熱いわ…」
「え、またマッチョになるの?」
「う…ううう…」
苦しみ出す輝夜。
さすがのレミリアも心配になる。
「おいおい、大丈夫かい?」
「う…ううう…」
「おい…?」
レミリアが輝夜の体に触れようとした瞬間。
「あつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅい!!!!」
輝夜が自身の服を脱ぎ捨てた!
「うわぁぁぁぁぁぁ!何をやっているんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
さすがの吸血鬼もこれには驚いた。
突然始まった月のお姫様のストリップショー。
これには妖精メイド達もざわめき始める。
「服を着ろ!何脱ぎ始めてるんだお前は!」
当然の抗議の声を上げるレミリア。
輝夜の反応はというと…
「…んふ」
妖絶に笑い始めた。
「お、おい…?」
「あら、レミリア…いえ、レミィ。貴女よく見たらすっごく可愛いわねぇ。今まで気付かなかったわぁ…」
「何を…言ってるのさ…?」
「ねえレミィ、私とイ・イ・コ・トしない?」
輝夜がレミリアの両手を握り、自身の胸元まで持って行く。
明らかに誘っていた。
何を…とは言わないが。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
またも驚くレミリア。
レミリアは輝夜に握られている両手を強引に外す。
「ねえレミィ…その貴女の美味しそうなカラダを覆っている衣服…邪魔じゃないかしら?」
「邪魔じゃないよ!うわっ、こら、服を剥ぎ取ろうとするな!」
「もうレミィったら…恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
「…お前キャラ変わりすぎだろう!」
さすがは絶世の美少女と言うべきなのか。
輝夜の妖絶な仕草はその容姿と奇妙な程にマッチしていた。
レミリアもそのような輝夜を前に焦る焦る。
「くそっ…さっきの薬の仕業か!?」
レミリアは現状をどうしようか考える。
薬の開発者は間違いなく八意永琳である。
やはり永琳にどうにかしてもらわなければいけないだろう。
それがレミリアの結論だった。
「お前達!咲夜を呼んできて!」
「「「「はいっ!!」」」」
レミリアが妖精メイド達の方を向いて指示を出す。
つまり、レミリアの注意が輝夜から逸れたのだ。
「…んふ」
それがいけなかった。
「…って、うわあああああああああああああああああ!!!」
三度驚くレミリア。
それはそうだろう、自身が纏っていた衣服が忽然と消えたのだから。
「うふふ…これでレミィも邪魔な衣服から解放されたわね…」
「お、お前…能力を使ったのか!?」
輝夜の能力は永遠と須臾を操る程度の能力である。
つまり、輝夜も十六夜咲夜同様、時間を操る事が出来るのだ。
輝夜は時間を操り、レミリアが感知出来ない一瞬の間にレミリアの服を脱がしたのだ。
「あら、レミィも本当は脱ぎたかったのでしょう…?」
「そ、そんな訳あるかあああああ!!!」
両手で自身の身体を隠すように覆いながら、顔を真っ赤にして叫ぶレミリア。
しかし、目の前の美少女にとってはそれは格好の餌でしかなかった。
「真っ赤になっちゃったレミィも可愛いわねぇ…」
「よ、寄るなぁ!この淫乱娘ぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「うふふ…たっぷり可愛がってあげるわぁ…」
輝夜はレミリアに迫り、そして…。
「…あら?」
輝夜が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの中だった。
「…って、どうして私裸なの!?」
自身の現状に気付くと、思わず赤面して辺りを見渡す。
そこには一人の人間が立っていた。
「あら、姫。ようやく目を覚まされましたか?」
「え、永琳!早く私の服を持ってきて!」
永琳は輝夜の指示にも従わずににっこりと笑い続けている。
笑い続けているのだ。
「え、永琳…?」
さすがの輝夜もこれには恐れを抱く。
そう、永琳は間違いなく怒っていたのだから。
「姫。ウドンゲから聞きましたよ。無理難題を言ってウドンゲを困らせた挙句、使用厳禁って書いてある薬を飲んでしまったんですってねぇ…」
「わ、私そんなことしてないわ!それに使用厳禁の薬を薬箱に入れたのは永琳じゃ…」
「シャラップ」
怒られた。
しかも何故か英語で。
天才には語学の壁と言うものは存在しないという事だ。
「さあ姫。少しくらいお仕置きを受けても罰は当たりませんよねぇ?」
「だ、誰か助けてぇ!レミリアー!イナバー!」
輝夜の叫びは虚しく紅魔館中に響き渡った…。
「お嬢様の体…綺麗だった…生えてなかった…」
「ねえ咲夜。助けてもらったのにこんなこと言うのは何なんだけど…殴って良いかい?」
「是非お願いします!お嬢様のお仕置きを私の卑しい体に叩きこんでください!さあさあさあ!」
「…やっぱいいや」
「(がーん)」