「儂が漢娘塾塾長の江田島平八である」
紅魔館の当主であるレミリア・スカーレットは厳かに宣言した。
「儂が江田島平八である!」
彼女の足元には「魁!!男塾」というタイトルの単行本がうず高く積まれていた。
~ 君必ず死にたまふこと勿れ ~
「魁!!男塾」が幻想入り
注意書き
この時点で色々と分からない方はブラウザをバックして下さいませ。
お幸せに。
*
ついに気が触れたのだ、妹でもない癖に。
「あの、お嬢様?」
紅魔館のメイド長十六夜咲夜は主であるレミリア・スカーレットの唐突な改名宣言に戸惑うばかりであった。
その奇行の原因が彼女の足元にある薄汚い本の塊にあるのかと思うと心底うんざりする。
「儂が江田島平八である」
「はあ」
江田島平八と名乗ったレミリア・スカーレットは何処から仕入れたのか紋付袴を着用していた。
それはそれで可愛らしいと思うのだが、その江田島平八とは何者だろうか。
「お嬢様お戯れを」
「儂が江田島平八である!」
話にならない。
一体全体どうしたというのであろうか。
数日前に外の世界の本を八雲から取り寄せたと言ったパチュリー様と一緒に、
お嬢様は図書館に篭りきりで、今朝方その本を読み終えたらしい。
そしてこの有様なのである。
「この古ぼけた漫画本が諸悪の根源なのかしら」
江田島平八と名乗るレミリア・スカーレットは常時ドヤ顔を崩さぬまま無駄に胸を反り、
ひたすら改名したと思われる己の名前を名乗り続けている、かれこれ一時間近く。
大概の思いつきや遊びや戯れも30分もすれば飽きるお嬢様にしては珍しく長続きしている。
あるいは私も従者として同調するべきなのだろうか。
でもどうやって?
そんな逡巡をしている私を江田島平八いやレミリア・スカーレットは超然と見つめ続けていた。
相変わらず名前を連呼しながら。
この状況が長く続くのならば時を止め彼女の足元にある漫画本を処分しようと思っていた。
今はまだ良いが万が一外部の者にこの醜態を知られる事になれば、
どんな面倒事が押し寄せてくるか想像するだけで怖気が走った為だ。
しかし、そんな僅かな逡巡が事態を更に悪化させる事になるとは思いもよらなかったであろう。
不意に背後から殺気を感じ、反射的に身を屈める。
直後、凄まじい連続蹴りが後頭部を目掛けて空を切った。
殺気を感じられず、この鋭い蹴りがもしも直撃していたら確実に絶命していたであろう。
紅魔館にてこのような体術を使いこなす者は一人しかいない筈だった。
「美鈴、貴方正気なの!?」
「美鈴ではない、雷電だ!」
「はあ?」
「大往生流飛翔鶴足回拳を躱すとは見事なり。しかしながら大往生流と相対した時既に遅し。これにて貴殿の大往生間違い無し!」
私は躊躇なく時を止めると紅美鈴だと思われる雷電なる女の息の根を止めた。
こんな茶番に付き合う理由は何処にも無いはずだ。
「あの雷電を一瞬で仕留めるとは十六夜見事なり!」
「お嬢様いい加減にして下さい」
「儂が江田島平八である!」
「それはもうわかりましたから!」
疲れる・・・
なんという事だ。
レミリア・スカーレットを唯一無二の主として敬い紅魔館に身を寄せて以来、
彼女のありとあらゆる我侭に付き合ってきた。
口では色々文句を言いつつも、それは酷く充実した時間であった。
けれども、今回ばかりは参っている。
付き合い方が全く判らないのだ。
いや、勿論分かっている。
お嬢様の足元にある薄汚い単行本を全て読めば、
彼女と同じテンションで付き合える事は重々承知しているが、
けれども、それは完璧で瀟洒な従者である私のプライドが許さなかった。
あんな下品で低俗そうな漫画を読むなど正気の沙汰とは思えなかった。
しかし、そんな従者の健気な思いも知らず江田島平八は更なる追い打ちを加え始めるのであった。
「これより漢娘塾名物、禁忌鎮守直廊を開催する!」
「?」
「禁忌鎮守直廊!?」
何処から湧いて出てきたのかパチュリー・ノーレッジが、
いや、パチュリー・ノーレッジであろう女が驚愕の表情で固まっている。
何故か彼女はズタボロとしか表現できない男物の学ランを身に纏っていた。
「むぅ禁忌鎮守直廊・・・だと」
何故か息の根を止めたはずの紅美鈴がしたり顔で呟いた。
心臓がある筈の箇所をナイフで確実に刺突したので生きている筈はないのだが。
「知っているのか雷電!」
パチュリー・ノーレッジが渾身の力を振り絞り叫ぶ。
しかしその代償により猛烈に咳き込んだ。
お願いだから黙っていて欲しい。
「ちょっと美鈴貴方死んだ筈じゃ」
「何この程度、漢娘として気合が入っていればなんの事もない」
「・・・」
もうついて行けないと思っていると何処からともなく声が聞こえてきた。
その声は喜色満面で解説を始めたのである。
『禁忌鎮守直廊
中国清代、東の大林寺に並ぶ西の空嵐寺に学ぶ拳法家達がその修行を極めた者としての証として最後に挑戦した。本殿まで一直線状に延びた直廊の中はいくつかの房に区切られ、そのひとつひとつに仕掛けや番人がおり、そこを通り抜けた者だけに修行証が授けられたという。特に禁忌の名をつける場合番人は大概人間ではないという。 民明書房刊「幻想における中国武術大覧」』
よくみるとパチュリー・ノーレッジが何やら怪しげな本を魔法を使って朗読していた。
こんな下らないことに様々な魔法を駆使するとは、この人の精神年齢は実は相当低いのかもしれない。
ああ、そうか。
だから紅魔館に入り浸っているんだ。
知りたくもない真相を知ってしまった。
*
「要は地下の妹様に会いに行けば良いのですね?」
「儂が江田島平八である!」
禁忌鎮守直廊。
紅魔館の地下に昨日作られた私に対する嫌がらせの為の特設会場である。
こうなっては致し方がない。
お嬢様が全てに飽きるまでこの催しに付き合うしかなさそうだ。
「禁忌鎮守直廊・・・恐ろしい一体何人が死ぬというのだ」
「美鈴、お願いだから黙っていてちょうだい」
紅魔館の地下は元々特殊な場所である。
頭のおかしい悪魔の妹を幽閉する為に設計されており、
地下に通じる扉には封印が施され、通常立ち入る事など出来はしない。
まあ最近はわりと来客も増えたのだけれど、
悪魔の妹の能力を考えるに妄りに封印を解くことが良い事とは到底思えなかった。
地下通路自体は一本道である。
妹様の部屋に辿り着くために幾つかの扉があり、それぞれに違った趣向の封印が施されている。
肝心の妹様はその第一の扉の前で待ち構えていた。
何故か廊下の一部は針山地獄に改装されていたけれど。
「漢娘とはなんぞや!命とはなんぞや!」
妹様は何故か針山地獄のうえで胡座をかいており、可愛らしい声で絶叫していた。
「さあ答えんか!漢娘とはなんぞや!!」
ああ、妹様も駄目だったと思っていると、
突然パチュリー・ノーレッジが針山地獄に突撃を開始した。
「これが富樫源次の男じゃ~!」
もはや富樫源次なる人物が何者かという突っ込みをする気力もなかった私は事態を静観するしかなかった。
富樫源次は針山地獄に到達する前に咳き込み力尽きた。
「富樫~!!」
雷電なる女が血の涙を流しながら絶叫する。
「むう、これが富樫源次の生き様か・・・」
江田島平八も静かに涙を流していた。
そしてまたもや何処から声が聞こえるのであった。
それは悲しい歌声であった。
『漢娘の生き様は 色無し 恋無し 情有り 漢娘の道をひたすらに 歩みて明日を魁る 嗚呼漢娘塾 漢娘意気 己の道を魁よ~』
美鈴とお嬢様は喉も裂けよと絶唱した。
よく見れば妹様も熱い涙を流し絶唱していた。
全てが嫌になった私は時を止め諸悪の根源である漫画本を八つ裂きにした。
返す刀で妹様に峰打ちを食らわせ、お嬢様を元の格好に戻し、美鈴に再び止めを刺した。
「ふう、こんな漫画の何処が面白いのかしら」
全て八つ裂きにしたと思っていた漫画本だが最初の一巻だけ残っていた。
私は興味本位でページを捲る。
本当の地獄はこれからだった。
(了)
なんてマイナーなネタをwww
楽しめて驚きです。挑戦的な作品の投稿おつかれさまでした。