私はかなり長く生きた妖怪だ。
神とか蓬莱人とかそういう良く分からない概念のものはともかく、そこらじゅうに溢れている生き物と比べれば格段に長く妖怪として存在してきた。
長く生きているから、大抵のことは経験している。
大抵のことは経験しているから、例えばいきなり遭遇した相手がどんなことを言ってこようが冷静に対処できる。
「大妖怪風見幽香!貴様を倒して名を挙げてやる!」とか、「多分あんたが異変の元凶ね!」とか、「ゆ、幽香さん!踏んでください!」とか、「きゃあああ!アルティメット・サディスティック・クリーチャよおおお!」とか。
そんな諸々の頭の悪い生き物たちに、時には無慈悲な一撃を浴びせ、時には弾幕ごっこに付き合ってやり、時には二度と立ち直れないくらいのトラウマを刻みつけ、時にはとびっきりの笑顔で相手の『期待』にこたえてやったりもするのだ。
だから、その時私が咄嗟に返す言葉を失ったということに、私自身が驚いた。
この風見幽香をして絶句させるような、そんな言葉が、まだ幻想郷にはあったのだ、と。
「おめでとうございます!二代目八雲紫はあなたに決まりました!」
その女は、八雲紫は、満面の笑みだった。皮肉だとか悪意だとかそういうものは一切嗅ぎとれなかった。
もしそこに私を陥れようとするものが一かけらでもあったのなら、私の意識は一瞬で覚醒したのだろう。
「・・・・・・・・・う?」
混乱の極みにあった私が発せたのは、うめき声とも疑問の声ともつかぬ音だけだった。
「あら?寝起きだから頭が回っていないのかしら?もう一度言いますわね。二代目八雲紫はあなたです!」
そう言って、目の前の女は両手を広げる。精一杯の祝福を私に捧げる。
言葉の意味はまったく分からない。しかし、状況は少しずつ掴めてきた。
私はベッドに寝そべっている。今は寝起き。目の前にいる胡散臭いスキマ妖怪。そしてその胡散臭い女を除けば普段通りの私の部屋。
そうだ。私は眠っていたんだ。ここは私の寝室。八雲紫はどこにでも現れるスキマ使い。
つまり・・・これは夢でもなんでもなく、この女が睡眠中の私の寝室に侵入してきている、と。
そこまで認識できたところで、私はゆっくりとベッドから起き上がる。窓を見る。外はうららかな午後の明かりが満ちている。
断っておくが、別に意味もなく惰眠を貪っていたわけではない。
私の愛する木々たちは、未来へ命を繋ぎたいという欲望に純粋なあまり、実をつけすぎるということがある。それでは支えるべき根も土ももたない。
だから、彼ら一本一本と『対話』し、体のどの部分を切ってやって次の季節に備えればいいかを聞かなければいけないし、彼らの実を預かるためにせっせと収穫もしてやらなければならない。
身体的な疲れはともかく、彼らの要求を逃さず聞きとることは案外疲れるものなのだ。
最近外に出てきたという聖人は10人の声を一度に聞けるという羨ましい情報を耳にし、私も聞きたいけどこの子たちは10や20の単位では済まないわね、と諦めつつしばしの休憩を兼ねた午睡を楽しんでいた最中だと言うのに。
この女は何を言った?私の有意義な睡眠を邪魔をして、勝手に人の部屋に上がり込んで。
あまりにも唐突。あまりに脈絡がない。
「・・・・・・・・・」
「どうしました?嬉しそうじゃありませんね。八雲紫ですよ八雲紫!よっ幻想郷の賢者!」
「・・・・・・・・・とりあえず、黙りなさい。」
まだ少し朦朧としているけれど、とりあえず睨みを利かせた。
紫はといえば、まったく動じず堂々と立ってはいるが、とりあえずは意味不明な言葉は発さなくなった。
額に手を当て、少し考えてみる。状況を整理しよう。
ここ、太陽の畑に隣接する私のお家は、別に厳重な警備を敷いているとかそういうことはない。人里の大工にいくらかの代金を支払って建てさせた、ごく普通の家だ。
罠や結界があるわけでもなし、ほぼ全員が自分勝手な連中で占められている幻想郷の住人ならば、命が惜しくないのならば、入ってきてもおかしくはない。
それが境界を操るという八雲紫ならなおさらだ。こいつはどこでも入ってくる。不思議なことではない。
ならば、何がおかしいのか?そう、先ほど私に投げかけられた言葉がおかしい。
「それで?人にそのみすぼらしい名前を押し付けようとする意図は何なのかしら?落ち葉でも肥やしになる分その名前よりはマシというもの。」
この際、失礼だとか唐突だとかそういう追及はしないことにして、真意だけ問いただすことにした。もちろん、幾ばくかの悪意を込めるのは忘れない。
「あら、ご不満とは悲しいですわ。でも、そうね。落ち葉、というのも今の私では否定できないのかもしれません。
後継者というものを欲する時というのは、古今東西理由は一つでしょう?
簡単よ。力が落ちているのです。妖怪『八雲紫』を構築し支えるための力がね。」
紫は、意外にも真面目な顔で答えてきた。なるほど、簡単な理由だ。最初からそういう態度で話してほしいものだ・・・。
勝手に侵入してきた時点で、どういう態度を取ろうと私が取る行動は変わらないけれど。少しきつめに殴ってもこの女は死にはしまい。
早々に行動に移ってもいいが、私はまだ少しだけ気だるかったので、会話に付き合ってやることにした。
「ふぅん。さして興味もないのだけれど、貴方永久機関とか作れなかった?消滅と発生の境でも操って、さっさと力を発生させて補充すればいいんじゃないかしら?」
「それは詰まる所表象に過ぎません。『八雲紫』という現象が起こす二次的な結果に過ぎないわ。
『八雲紫』を構成する本質的な力は、簡単に補えるものではないのです。」
穏やかな声で話す紫。まぁ、寿命というところだろうか?それもさして珍しい話でもない。
弱った妖怪に興味などない。必要最小限の力でお帰りになっていただきましょう。
そう考え、私が紫に手をかざしたところで
「かといって、幻想郷を管理する賢者の一人である『八雲紫』が消失したら、それは即ち私の愛する幻想郷の危機なのです。
そこで!私は広く幻想郷全土に二代目八雲紫の称号を受け継いでくれる意思と力のある妖怪を募集したのです!」
いきなり気合を入れて腕を天に振り上げる紫。なんなの、そのテンション。
「まず一人目の応募者。紅魔館の門番をしている紅美鈴。」
「こんにちはーーー!!!」
いきなり紫の真横の空間が裂けて、中国衣装の女が姿を現した。
なんなの。この展開。私こういうの初めてなんだけど。どうやって止めたらいいのかしら?
茫然としている私を置き去りに、侵入者二人は会話を続ける。
「鴉天狗に依頼して、募集要項を配布した結果、一番に名乗りを挙げてくれたのが彼女でした。」
「私は幻想郷を愛する妖怪ですからね!幻想郷の危機とあっては、この身を張らないわけにはいけません!」
グッとガッツポーズをする美鈴。知らない。貴方の行動理由なんてどうでもいい。
「素晴らしい志望動機ですわ。素晴らしい。妖力は物足りないですが、大陸で長く生きた妖怪だけあって、身につけた術の種類は豊富です。
器用さを生かして、結界操作を行うことも不可能ではないかもしれません。
出身地を考えれば藍との相性も良好ね。ですが・・・」
「あと、勤務体系もすごく魅力的ですよね!
好きなだけ寝て好きな時に出勤できるとか!すごく私向きじゃないでしょうか!」
残念そうに顔を歪める紫の横で、美鈴は眼をキラキラ輝かせている。
「業務を理解していただけなかったわ。ゆかりんは自宅警備員じゃないんです。今回はご縁がなかったということで。」
「アイヤー!」
中国妖怪は大げさに叫ぶと、涙目になりながら壁に激突した。激突する意味は、多分ない。そういうポーズを取りたい趣味なのだろう。
これは、その・・・なんだろう。おかしい。何かがズレている。
この女、シリアスとのん気の境界でも操ったのだろうか?
「・・・一つ気になったのだけれど、結界がどうとか幻想郷の管理がどうとかいうなら、霊夢にやらせればいいんじゃないの?
木端妖怪連れてくるより確実でしょう。」
なんとかして状況を打開しようとした私が発したのは、ひどく生真面目な質問だった。
「あら、この世界のことをよく分かっていただけてなかったのね。
博麗の巫女は博麗の巫女。霊夢を妖怪にして二代目八雲紫にさせたら、今度は次代の博麗の巫女を探さなくてはいけないでしょう?迂遠だわ。」
とくとくと語る。まるで出来の悪い寺小屋の子供に語る教師のようだ。
そんなことも覚えてなかったの?復習が足りません、と言いたげな顔に、とてつもない理不尽を感じる。
そこではたと気がついた。私は一体何をおとなしく聞いているのだろうか?
目の前の胡散臭い女の言うことにしかめっ面して聞きいって、おまけに説教までされて。
そう、私は妖怪だ。風見幽香だ。滅ぼそう。満面の笑顔で、滅ぼそう。
ゆっくりとベッドから足を降ろし、紫の目の前に立った私は、右手に魔力を握りしめて
「次に応募してきたのはこの方です。」
「三食ついてサボりっぱなしの職場があると聞いて!」
目の前にまたスキマが出現し、今にも餌に飛びつきそうな顔をした赤毛の死神が姿を現す。
全力で職務放棄を宣言した小野塚小町の発言に気が抜けて、集めた魔力が雲散霧消する。畜生。私の家が真剣な空気からかけ離れて行く。
「はぁもうゆかりん悲しくなっちゃう・・・みんな管理者の苦労なんて何一つ分ろうとはしてくれないの。
ここ幻想郷に住むのは誰もかれもが制約など考えたこともない自由人・・・残酷なことですわ。
もちろん、彼女も不採用です。距離を操れる能力というのは実に惜しいのだけれど。」
「いやー、あたいも運がなかったねぇ。」
頭に手を回しかんらかんらと笑う死神。どう考えても運の問題ではない。
いつの間にか、私の部屋の中には胡散臭い妖怪が3人も増えている。
いけない。流されているわ。止めるのよ幽香・・・。
しかし、誰も私を待ってはくれなかった。スキマは開く。
「次の方は、こちらから目を付けていた後継者候補です。命蓮寺の住職、聖白蓮。
魔力、法力等の多種多様な力を操り、毘沙門天にもコネがあるとのことで是非にとお願いいたしました。」
「申し訳ありませんが、私には幻想郷の妖怪全てに救済をもたらすという尊い使命があるのです。
幻想郷の管理という大きな役目との兼務をするには、修行が余りにも不足しています。南無三!」
「大変残念ですわ。」
現れた僧侶は、なぜかエア巻物を広げた気合全開の状態でお断りしていた。
もう、もう勘弁してほしい。ねぇ何で増やすの?ここは私の家なのよ?
言葉にならない。余りにも予想外の展開に体から力が抜ける。
「こちらの方も私が後継者足りうると思って声をかけさせていただきました。竜宮の使い、永江衣玖ね。
龍神と接触できること、幻想郷中に危機を伝えて回る役目、後パッツンパッツンなボディ等、将来有望な方なのですが。」
「残念ですが私には今のお役目が性に合っておりますので。
というか私は龍神様のところにお伺いしにいく途中だったので、早く帰していただきたいんですけどね。
最近は上司の娘の相手までさせられて自分の時間が持てないところですし、無駄使いはしたくないのです。」
もう、スキマから何が出てきても驚けない。乗り気がしないと言っている竜宮の使いが天を指さすポーズを決めていても、つっこむ気力すら起きない。
気付いたら、私は口をあけっぱなしにしていた。
さっきまで気持ちよく眠っていた私の前に、有象無象が5人もいる。どいつもこいつも自分の思い思いのポーズを取っている。
「このように、幻想郷中に募集を出し、こちらからピンポイントでお願いにも参りましたが、貴方以上の適任者は見当たらないということが判明いたしました。よって、二代目八雲紫の称号は貴方に受け取っていただくことになりました!」
「おめでとうございます幽香さん!」
「やー、よかったねぇ。うらやましいよ。」
「おめでとうございます。大役がんばってください!」
「おめでとうございます。時間もないですが空気を読んで祝福しますね。」
パチパチパチパチ、と拍手する面々。一応それぞれなりの祝いの気持ちが込められているであろう。
だが私には関係ない。祝うな。帰れ。さして広くもない部屋に5人も勝手に入りこんでくるだけでも暴挙だというのに。
「コホン、念のため貴方が二代目八雲紫に選ばれた選考理由についても説明させていただくわね。」
暴挙の張本人が、口に手を当てわざとらしい咳払いをした後説明に入りだす。
「まず力量。これについては申し分ありません。幻想郷の中でもトップクラスに位置する莫大な妖力をお持ちですから、藍のサポートがあれば早晩結界管理をこなすことができる可能性が高いと言えます。優れた身体能力に裏打ちされた圧倒的な物理攻撃力で、式を力で従えさせることができるのもポイント高いわ。目指せトップブリーダー!」
八雲紫はビシッと私に指を突きつける。その指を粉々に砕いてやりたい。
「次に容姿。八雲紫ですもの、通りがかる人妖を端から魅了するような貴婦人であることは欠かせない条件です。貴方は・・・そう、服装のセンスはこちらの要求するレベルに届いているとは言い難い・・・ですが、持って生まれたものは満たしています。こちらでコーディネーターは用意させていただきますから、一日でも早く八雲紫としての美しさを発揮できるよう頑張っていただきたいですわ。」
八雲紫はふぅ、と私にため息をふきかける。この部屋の中で呼吸することを許した覚えはない。
「最後に、適度に暇であること。サボマイスタで日々の業務を怠る人では務まりませんし、かといって生涯をかけた仕事を既にお持ちの方に片手間でお任せするわけには参りませんわ。その点、貴方は太陽の畑の手入れや新たな品種の選定に手を抜きませんし、『四季の花を見に行く』という理由で幻想郷中を回るという、足マメなのか究極の暇人なのか判断つけがたい趣味もお持ちです。これは『幻想郷の結界の綻びを常に繕う』という私の高尚な目的にもレベル差があるとはいえ似通ったところがあるとも言えます。」
八雲紫は・・・。いや、もういい。もういいの。ぜーんぶ無くなっちゃえばこの不愉快な事態からも解放される。
私はスペルカードを胸元から取り出す。いつだって戦闘態勢でいるのが幻想郷の淑女の嗜み。
紫はまだ目を閉じて何か語ろうとしているが、私はもう耳を傾ける気などなかった。
「そういうわけでこの栄誉ある八雲紫の称号を貴方に受け継いでいただきたい、と」
「ゆかりぃ!」
スペルカード宣言をしよう、としたところで、バタン!と木製のドアが思いっきり外側から開けられた。
そうそう、訪問者って普通そうやってドアを開けて入ってくるものよね。
ひどく場違いな感想を浮かべた私は、スペカを使うのも忘れて、訪問者に見入っていた。
紅白の巫女服。・・・博麗霊夢?
「あら、霊夢。何の御用かしら?」
主の私が聞くより前に、紫が問いかけていた。そうよ。何でここで霊夢が出てくるのだろう。
もしかしたらこの混沌とした異変を解決しにきてくれたのだろうか?きっとそうだ。そうであってほしい。
「二代目八雲紫って何のこと!?あんたまさか、消えてなくなるとか言うんじゃないでしょうね!」
「・・・ええ、そうよ。私は消えてなくなる。だから後継者となる妖怪を探していたの。」
「そんな・・・そんなこと・・・何で笑顔なのよ・・・何で何も言ってくれなかったの・・・」
「あら?貴方にとって私はお仕置きをしてくる程度の存在に過ぎないんじゃなかったのかしら?
私ごときに取り乱すなんて、貴方らしくもないわねぇ。」
霊夢は、今にも泣きそうな顔で紫に詰め寄っている。
こんな霊夢は見たことがない。誰かを愛おしそうに見つめる紫の顔も見たことがない。
「だって・・・だって、いなくなるなら私の方だと思ってたから・・・。紫が私より先にいなくなるなんて、考えたこともなかったから!
私がお茶を飲んでたら、あんたが勝手に現れて・・・そんな風にずっと続くと思ってたのに、なのに!!」
「ふふ・・・あの博麗霊夢にここまで言わせることができるなんてね。ここでお別れなんて、私も少し・・・寂しいですわ。」
「紫・・・!」
そして、勝手に入ってきた霊夢は、勝手に紫に抱きついて、勝手に二人の世界に入ってしまった。
多分、地下にいるという橋姫がこの場にいたら、頭の血管の一本や二本が破裂する程度では済まないだろう。
ただでさえ人口密度がひどいことになっている私の部屋の中で、あろうことか紫と霊夢は立ったまま互いの体を押し付け合って・・・
あ、竜宮の使いがその場を譲った。こういう空気も読めるのか。
白蓮に至っては合掌している。門番は涙を流しながら見入っている。なんなのよアンタら・・・。
もう、倒れ込みたい。『一緒に夢幻の世界に戻りましょう』なんて幻聴も聞こえた気がする。
その声に素直に従おうとベッドに腰掛けたところで、死神の大女が私のベッドで眠りこんでいるのに気がついた。
流石サボマイスタ。この状況、この短時間でもサボるのね。見上げた根性だと言ってあげたい。
「ふ、ふふふ・・・うふふふふ・・・!」
ああ、もう余裕など私にはない。笑顔を作ろうにも変な笑いしか出てこない。もう駄目だ。限界だ。やってしまおう。
そう思うと、詠唱せずとも背中から魔力の顕現である羽が生えたし、力を二倍振るうための『二人目の私』も召喚できた。
次の一撃で目の前の全部を虚空の彼方に消し飛ばそうという意思が、私の体をいきなりトップギアまで押し上げたようだ。寝起きでこの力を出せたのは初めてのことかもしれない。
さっさと力を解放して楽になろう・・・と思ったところで、八雲紫が巫女から視線を外して私の方を向いた。
まだ何か言いたいことがあるのだろうか。命乞いだろうか。多分違うだろうけど。
「このように、博霊の巫女との切ないラヴ・ロマンスを展開するのもまた八雲紫の役目の一つであって」
「『実なんて全部もぎ取るダブルスパーク』!!」
今この場で考えた適当なスペルカードに乗せて、私は全魔力を解放した。
神とか蓬莱人とかそういう良く分からない概念のものはともかく、そこらじゅうに溢れている生き物と比べれば格段に長く妖怪として存在してきた。
長く生きているから、大抵のことは経験している。
大抵のことは経験しているから、例えばいきなり遭遇した相手がどんなことを言ってこようが冷静に対処できる。
「大妖怪風見幽香!貴様を倒して名を挙げてやる!」とか、「多分あんたが異変の元凶ね!」とか、「ゆ、幽香さん!踏んでください!」とか、「きゃあああ!アルティメット・サディスティック・クリーチャよおおお!」とか。
そんな諸々の頭の悪い生き物たちに、時には無慈悲な一撃を浴びせ、時には弾幕ごっこに付き合ってやり、時には二度と立ち直れないくらいのトラウマを刻みつけ、時にはとびっきりの笑顔で相手の『期待』にこたえてやったりもするのだ。
だから、その時私が咄嗟に返す言葉を失ったということに、私自身が驚いた。
この風見幽香をして絶句させるような、そんな言葉が、まだ幻想郷にはあったのだ、と。
「おめでとうございます!二代目八雲紫はあなたに決まりました!」
その女は、八雲紫は、満面の笑みだった。皮肉だとか悪意だとかそういうものは一切嗅ぎとれなかった。
もしそこに私を陥れようとするものが一かけらでもあったのなら、私の意識は一瞬で覚醒したのだろう。
「・・・・・・・・・う?」
混乱の極みにあった私が発せたのは、うめき声とも疑問の声ともつかぬ音だけだった。
「あら?寝起きだから頭が回っていないのかしら?もう一度言いますわね。二代目八雲紫はあなたです!」
そう言って、目の前の女は両手を広げる。精一杯の祝福を私に捧げる。
言葉の意味はまったく分からない。しかし、状況は少しずつ掴めてきた。
私はベッドに寝そべっている。今は寝起き。目の前にいる胡散臭いスキマ妖怪。そしてその胡散臭い女を除けば普段通りの私の部屋。
そうだ。私は眠っていたんだ。ここは私の寝室。八雲紫はどこにでも現れるスキマ使い。
つまり・・・これは夢でもなんでもなく、この女が睡眠中の私の寝室に侵入してきている、と。
そこまで認識できたところで、私はゆっくりとベッドから起き上がる。窓を見る。外はうららかな午後の明かりが満ちている。
断っておくが、別に意味もなく惰眠を貪っていたわけではない。
私の愛する木々たちは、未来へ命を繋ぎたいという欲望に純粋なあまり、実をつけすぎるということがある。それでは支えるべき根も土ももたない。
だから、彼ら一本一本と『対話』し、体のどの部分を切ってやって次の季節に備えればいいかを聞かなければいけないし、彼らの実を預かるためにせっせと収穫もしてやらなければならない。
身体的な疲れはともかく、彼らの要求を逃さず聞きとることは案外疲れるものなのだ。
最近外に出てきたという聖人は10人の声を一度に聞けるという羨ましい情報を耳にし、私も聞きたいけどこの子たちは10や20の単位では済まないわね、と諦めつつしばしの休憩を兼ねた午睡を楽しんでいた最中だと言うのに。
この女は何を言った?私の有意義な睡眠を邪魔をして、勝手に人の部屋に上がり込んで。
あまりにも唐突。あまりに脈絡がない。
「・・・・・・・・・」
「どうしました?嬉しそうじゃありませんね。八雲紫ですよ八雲紫!よっ幻想郷の賢者!」
「・・・・・・・・・とりあえず、黙りなさい。」
まだ少し朦朧としているけれど、とりあえず睨みを利かせた。
紫はといえば、まったく動じず堂々と立ってはいるが、とりあえずは意味不明な言葉は発さなくなった。
額に手を当て、少し考えてみる。状況を整理しよう。
ここ、太陽の畑に隣接する私のお家は、別に厳重な警備を敷いているとかそういうことはない。人里の大工にいくらかの代金を支払って建てさせた、ごく普通の家だ。
罠や結界があるわけでもなし、ほぼ全員が自分勝手な連中で占められている幻想郷の住人ならば、命が惜しくないのならば、入ってきてもおかしくはない。
それが境界を操るという八雲紫ならなおさらだ。こいつはどこでも入ってくる。不思議なことではない。
ならば、何がおかしいのか?そう、先ほど私に投げかけられた言葉がおかしい。
「それで?人にそのみすぼらしい名前を押し付けようとする意図は何なのかしら?落ち葉でも肥やしになる分その名前よりはマシというもの。」
この際、失礼だとか唐突だとかそういう追及はしないことにして、真意だけ問いただすことにした。もちろん、幾ばくかの悪意を込めるのは忘れない。
「あら、ご不満とは悲しいですわ。でも、そうね。落ち葉、というのも今の私では否定できないのかもしれません。
後継者というものを欲する時というのは、古今東西理由は一つでしょう?
簡単よ。力が落ちているのです。妖怪『八雲紫』を構築し支えるための力がね。」
紫は、意外にも真面目な顔で答えてきた。なるほど、簡単な理由だ。最初からそういう態度で話してほしいものだ・・・。
勝手に侵入してきた時点で、どういう態度を取ろうと私が取る行動は変わらないけれど。少しきつめに殴ってもこの女は死にはしまい。
早々に行動に移ってもいいが、私はまだ少しだけ気だるかったので、会話に付き合ってやることにした。
「ふぅん。さして興味もないのだけれど、貴方永久機関とか作れなかった?消滅と発生の境でも操って、さっさと力を発生させて補充すればいいんじゃないかしら?」
「それは詰まる所表象に過ぎません。『八雲紫』という現象が起こす二次的な結果に過ぎないわ。
『八雲紫』を構成する本質的な力は、簡単に補えるものではないのです。」
穏やかな声で話す紫。まぁ、寿命というところだろうか?それもさして珍しい話でもない。
弱った妖怪に興味などない。必要最小限の力でお帰りになっていただきましょう。
そう考え、私が紫に手をかざしたところで
「かといって、幻想郷を管理する賢者の一人である『八雲紫』が消失したら、それは即ち私の愛する幻想郷の危機なのです。
そこで!私は広く幻想郷全土に二代目八雲紫の称号を受け継いでくれる意思と力のある妖怪を募集したのです!」
いきなり気合を入れて腕を天に振り上げる紫。なんなの、そのテンション。
「まず一人目の応募者。紅魔館の門番をしている紅美鈴。」
「こんにちはーーー!!!」
いきなり紫の真横の空間が裂けて、中国衣装の女が姿を現した。
なんなの。この展開。私こういうの初めてなんだけど。どうやって止めたらいいのかしら?
茫然としている私を置き去りに、侵入者二人は会話を続ける。
「鴉天狗に依頼して、募集要項を配布した結果、一番に名乗りを挙げてくれたのが彼女でした。」
「私は幻想郷を愛する妖怪ですからね!幻想郷の危機とあっては、この身を張らないわけにはいけません!」
グッとガッツポーズをする美鈴。知らない。貴方の行動理由なんてどうでもいい。
「素晴らしい志望動機ですわ。素晴らしい。妖力は物足りないですが、大陸で長く生きた妖怪だけあって、身につけた術の種類は豊富です。
器用さを生かして、結界操作を行うことも不可能ではないかもしれません。
出身地を考えれば藍との相性も良好ね。ですが・・・」
「あと、勤務体系もすごく魅力的ですよね!
好きなだけ寝て好きな時に出勤できるとか!すごく私向きじゃないでしょうか!」
残念そうに顔を歪める紫の横で、美鈴は眼をキラキラ輝かせている。
「業務を理解していただけなかったわ。ゆかりんは自宅警備員じゃないんです。今回はご縁がなかったということで。」
「アイヤー!」
中国妖怪は大げさに叫ぶと、涙目になりながら壁に激突した。激突する意味は、多分ない。そういうポーズを取りたい趣味なのだろう。
これは、その・・・なんだろう。おかしい。何かがズレている。
この女、シリアスとのん気の境界でも操ったのだろうか?
「・・・一つ気になったのだけれど、結界がどうとか幻想郷の管理がどうとかいうなら、霊夢にやらせればいいんじゃないの?
木端妖怪連れてくるより確実でしょう。」
なんとかして状況を打開しようとした私が発したのは、ひどく生真面目な質問だった。
「あら、この世界のことをよく分かっていただけてなかったのね。
博麗の巫女は博麗の巫女。霊夢を妖怪にして二代目八雲紫にさせたら、今度は次代の博麗の巫女を探さなくてはいけないでしょう?迂遠だわ。」
とくとくと語る。まるで出来の悪い寺小屋の子供に語る教師のようだ。
そんなことも覚えてなかったの?復習が足りません、と言いたげな顔に、とてつもない理不尽を感じる。
そこではたと気がついた。私は一体何をおとなしく聞いているのだろうか?
目の前の胡散臭い女の言うことにしかめっ面して聞きいって、おまけに説教までされて。
そう、私は妖怪だ。風見幽香だ。滅ぼそう。満面の笑顔で、滅ぼそう。
ゆっくりとベッドから足を降ろし、紫の目の前に立った私は、右手に魔力を握りしめて
「次に応募してきたのはこの方です。」
「三食ついてサボりっぱなしの職場があると聞いて!」
目の前にまたスキマが出現し、今にも餌に飛びつきそうな顔をした赤毛の死神が姿を現す。
全力で職務放棄を宣言した小野塚小町の発言に気が抜けて、集めた魔力が雲散霧消する。畜生。私の家が真剣な空気からかけ離れて行く。
「はぁもうゆかりん悲しくなっちゃう・・・みんな管理者の苦労なんて何一つ分ろうとはしてくれないの。
ここ幻想郷に住むのは誰もかれもが制約など考えたこともない自由人・・・残酷なことですわ。
もちろん、彼女も不採用です。距離を操れる能力というのは実に惜しいのだけれど。」
「いやー、あたいも運がなかったねぇ。」
頭に手を回しかんらかんらと笑う死神。どう考えても運の問題ではない。
いつの間にか、私の部屋の中には胡散臭い妖怪が3人も増えている。
いけない。流されているわ。止めるのよ幽香・・・。
しかし、誰も私を待ってはくれなかった。スキマは開く。
「次の方は、こちらから目を付けていた後継者候補です。命蓮寺の住職、聖白蓮。
魔力、法力等の多種多様な力を操り、毘沙門天にもコネがあるとのことで是非にとお願いいたしました。」
「申し訳ありませんが、私には幻想郷の妖怪全てに救済をもたらすという尊い使命があるのです。
幻想郷の管理という大きな役目との兼務をするには、修行が余りにも不足しています。南無三!」
「大変残念ですわ。」
現れた僧侶は、なぜかエア巻物を広げた気合全開の状態でお断りしていた。
もう、もう勘弁してほしい。ねぇ何で増やすの?ここは私の家なのよ?
言葉にならない。余りにも予想外の展開に体から力が抜ける。
「こちらの方も私が後継者足りうると思って声をかけさせていただきました。竜宮の使い、永江衣玖ね。
龍神と接触できること、幻想郷中に危機を伝えて回る役目、後パッツンパッツンなボディ等、将来有望な方なのですが。」
「残念ですが私には今のお役目が性に合っておりますので。
というか私は龍神様のところにお伺いしにいく途中だったので、早く帰していただきたいんですけどね。
最近は上司の娘の相手までさせられて自分の時間が持てないところですし、無駄使いはしたくないのです。」
もう、スキマから何が出てきても驚けない。乗り気がしないと言っている竜宮の使いが天を指さすポーズを決めていても、つっこむ気力すら起きない。
気付いたら、私は口をあけっぱなしにしていた。
さっきまで気持ちよく眠っていた私の前に、有象無象が5人もいる。どいつもこいつも自分の思い思いのポーズを取っている。
「このように、幻想郷中に募集を出し、こちらからピンポイントでお願いにも参りましたが、貴方以上の適任者は見当たらないということが判明いたしました。よって、二代目八雲紫の称号は貴方に受け取っていただくことになりました!」
「おめでとうございます幽香さん!」
「やー、よかったねぇ。うらやましいよ。」
「おめでとうございます。大役がんばってください!」
「おめでとうございます。時間もないですが空気を読んで祝福しますね。」
パチパチパチパチ、と拍手する面々。一応それぞれなりの祝いの気持ちが込められているであろう。
だが私には関係ない。祝うな。帰れ。さして広くもない部屋に5人も勝手に入りこんでくるだけでも暴挙だというのに。
「コホン、念のため貴方が二代目八雲紫に選ばれた選考理由についても説明させていただくわね。」
暴挙の張本人が、口に手を当てわざとらしい咳払いをした後説明に入りだす。
「まず力量。これについては申し分ありません。幻想郷の中でもトップクラスに位置する莫大な妖力をお持ちですから、藍のサポートがあれば早晩結界管理をこなすことができる可能性が高いと言えます。優れた身体能力に裏打ちされた圧倒的な物理攻撃力で、式を力で従えさせることができるのもポイント高いわ。目指せトップブリーダー!」
八雲紫はビシッと私に指を突きつける。その指を粉々に砕いてやりたい。
「次に容姿。八雲紫ですもの、通りがかる人妖を端から魅了するような貴婦人であることは欠かせない条件です。貴方は・・・そう、服装のセンスはこちらの要求するレベルに届いているとは言い難い・・・ですが、持って生まれたものは満たしています。こちらでコーディネーターは用意させていただきますから、一日でも早く八雲紫としての美しさを発揮できるよう頑張っていただきたいですわ。」
八雲紫はふぅ、と私にため息をふきかける。この部屋の中で呼吸することを許した覚えはない。
「最後に、適度に暇であること。サボマイスタで日々の業務を怠る人では務まりませんし、かといって生涯をかけた仕事を既にお持ちの方に片手間でお任せするわけには参りませんわ。その点、貴方は太陽の畑の手入れや新たな品種の選定に手を抜きませんし、『四季の花を見に行く』という理由で幻想郷中を回るという、足マメなのか究極の暇人なのか判断つけがたい趣味もお持ちです。これは『幻想郷の結界の綻びを常に繕う』という私の高尚な目的にもレベル差があるとはいえ似通ったところがあるとも言えます。」
八雲紫は・・・。いや、もういい。もういいの。ぜーんぶ無くなっちゃえばこの不愉快な事態からも解放される。
私はスペルカードを胸元から取り出す。いつだって戦闘態勢でいるのが幻想郷の淑女の嗜み。
紫はまだ目を閉じて何か語ろうとしているが、私はもう耳を傾ける気などなかった。
「そういうわけでこの栄誉ある八雲紫の称号を貴方に受け継いでいただきたい、と」
「ゆかりぃ!」
スペルカード宣言をしよう、としたところで、バタン!と木製のドアが思いっきり外側から開けられた。
そうそう、訪問者って普通そうやってドアを開けて入ってくるものよね。
ひどく場違いな感想を浮かべた私は、スペカを使うのも忘れて、訪問者に見入っていた。
紅白の巫女服。・・・博麗霊夢?
「あら、霊夢。何の御用かしら?」
主の私が聞くより前に、紫が問いかけていた。そうよ。何でここで霊夢が出てくるのだろう。
もしかしたらこの混沌とした異変を解決しにきてくれたのだろうか?きっとそうだ。そうであってほしい。
「二代目八雲紫って何のこと!?あんたまさか、消えてなくなるとか言うんじゃないでしょうね!」
「・・・ええ、そうよ。私は消えてなくなる。だから後継者となる妖怪を探していたの。」
「そんな・・・そんなこと・・・何で笑顔なのよ・・・何で何も言ってくれなかったの・・・」
「あら?貴方にとって私はお仕置きをしてくる程度の存在に過ぎないんじゃなかったのかしら?
私ごときに取り乱すなんて、貴方らしくもないわねぇ。」
霊夢は、今にも泣きそうな顔で紫に詰め寄っている。
こんな霊夢は見たことがない。誰かを愛おしそうに見つめる紫の顔も見たことがない。
「だって・・・だって、いなくなるなら私の方だと思ってたから・・・。紫が私より先にいなくなるなんて、考えたこともなかったから!
私がお茶を飲んでたら、あんたが勝手に現れて・・・そんな風にずっと続くと思ってたのに、なのに!!」
「ふふ・・・あの博麗霊夢にここまで言わせることができるなんてね。ここでお別れなんて、私も少し・・・寂しいですわ。」
「紫・・・!」
そして、勝手に入ってきた霊夢は、勝手に紫に抱きついて、勝手に二人の世界に入ってしまった。
多分、地下にいるという橋姫がこの場にいたら、頭の血管の一本や二本が破裂する程度では済まないだろう。
ただでさえ人口密度がひどいことになっている私の部屋の中で、あろうことか紫と霊夢は立ったまま互いの体を押し付け合って・・・
あ、竜宮の使いがその場を譲った。こういう空気も読めるのか。
白蓮に至っては合掌している。門番は涙を流しながら見入っている。なんなのよアンタら・・・。
もう、倒れ込みたい。『一緒に夢幻の世界に戻りましょう』なんて幻聴も聞こえた気がする。
その声に素直に従おうとベッドに腰掛けたところで、死神の大女が私のベッドで眠りこんでいるのに気がついた。
流石サボマイスタ。この状況、この短時間でもサボるのね。見上げた根性だと言ってあげたい。
「ふ、ふふふ・・・うふふふふ・・・!」
ああ、もう余裕など私にはない。笑顔を作ろうにも変な笑いしか出てこない。もう駄目だ。限界だ。やってしまおう。
そう思うと、詠唱せずとも背中から魔力の顕現である羽が生えたし、力を二倍振るうための『二人目の私』も召喚できた。
次の一撃で目の前の全部を虚空の彼方に消し飛ばそうという意思が、私の体をいきなりトップギアまで押し上げたようだ。寝起きでこの力を出せたのは初めてのことかもしれない。
さっさと力を解放して楽になろう・・・と思ったところで、八雲紫が巫女から視線を外して私の方を向いた。
まだ何か言いたいことがあるのだろうか。命乞いだろうか。多分違うだろうけど。
「このように、博霊の巫女との切ないラヴ・ロマンスを展開するのもまた八雲紫の役目の一つであって」
「『実なんて全部もぎ取るダブルスパーク』!!」
今この場で考えた適当なスペルカードに乗せて、私は全魔力を解放した。
でも確かに寝てばかりなイメージがあるから美鈴に小町が惹かれるのも説得力ありますね
オチなんて無くても面白ければOK!
幽香がオーフェンで、紫がキースで、霊夢がコギーと考えると驚くほど違和感が仕事しない。
地人兄弟ポジは……天子とリグル?
何となく懐かしい気分になったためポイント甘めで。
オチは少し弱かったかもですが、面白かったと思います。