――0――
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……お願い蓮子、無事でいてっ」
びっくりして固まるおじいさん。厳しい目で注意をする看護師さん。慌ててひっくり返るお医者さん。そんなものを気にしている余裕は生憎と無くて、私はひたすら走る。最寄りの駅から飛び出して、病院までおよそ十分。千五百メートル測定するときだって、こんなには頑張らなかった。
何度も足が縺れそうになって、それでも、倒れるなら前のめり。ううん、まだ倒れてなんかやれない。連絡が来て、メール受信箱を開きっぱなしの携帯電話。蓮子のアドレスから届いた、他人行儀で無機質な、まるでほんとうに他の人が打ったようなメッセージ。
『宇佐見蓮子が倒れ、○○病院に搬送されました。病室は四○六号室です』
気がついたら、待ち合わせのカフェで珈琲代をレジに叩きつけて、走っていた。蓮子が倒れたなんて、あの元気な蓮子が真っ白な部屋に閉じ込められて居るだなんて、信じられない。
それでも、息を切らして病室の前に立つと、そこに蓮子のネームプレートがあって唇を噛む。なによ、これ。もう、「メリー」って言って、私の手を取ってくれないの? そんなの、ずるい。
握りしめた携帯電話が、たった一度だけ震動する。開くと、購読しているメールマガジンが新しい着信メロディの情報を、きらびやかな文字と一緒に自己主張していた。それで、なんとか、落ち着く。
今、一番辛いのは蓮子なんだ。ここで私が辛そうな顔をして入って来たら、蓮子はきっと無理して私に笑ってしまう。無理して無理して、自分のこころを閉じ込めて、厳重に鍵を掛けて沈めてしまう。そんなのは、いやだ。私だって、蓮子を受け止めたい。
「蓮子、入るわよ」
震える手で、ノックを二回。落ち着かせた手で、ノックを一回。目尻に溜まった涙を拭い去って、私は病室の扉を引いた。
――がんっ
……こほん。リテイク。
さっきのはなかったことにして、私は病室の扉をスライドさせた。形を見れば一目でわかるのに、どうにも、落ち着ききれてなかったみたいだ。でもおかげで、今度こそ落ち着いた心持ちで蓮子に会うことができる。
「ぁ――蓮子」
広めにとった、五人部屋。その右奥、窓側一等席に、求める姿はあった。パステルグリーンの患者服に身を包み、膝には真っ白なシーツが被せられている。上半身を起こして窓の外を見る蓮子の後ろ頭は、どこか憂いげで。なんだか今にも眠ってしまいそうな、そんな途方もない不安が私の足をその場に縫い付けた。
いつもの元気な様子の、快活で元気溌剌で、どこまでも私を引っ張って行ってしまう蓮子はいったいどこへ行ってしまったの? 私は、そんな蓮子を見ていたくなんかないのに、でも、見捨てて帰ってしまうことなんか出来ない。
気合いを入れろ、マエリベリー。私は、蓮子を笑顔にするために来たんだ。
「蓮子、どうしたの? びっくりしたじゃない。何があったの? 大丈夫?」
蓮子は答えない。どうしよう、もしかしらちっとも慌ててない私に愛想が尽きたのかも知れない。でもでもそれは、蓮子が心配するかも知れないから――そうだ、だった愛想尽きたって言われて、当たられても、それで元気になるならそれでいい。
壁に立てかけてあったパイプ椅子を引っ掴んで、蓮子の傍まで歩いて行く。枕元の果物は、蓮子のお母さんからの差し入れかな。それから、栞も挟んでない小説が三冊。散らばってる。まだ、手をつけてはいないのね。腕から伸びる点滴が、妙に痛々しい。出来ることなら、代わってあげたい、のに。
「蓮子……ねぇ、せめて返事を――ん?」
どんな目だって良い。私に向けて。そう、蓮子の肩に手を置くと……蓮子はそのままベッドに倒れ込んだ。人形みたいに軽く、ぱたん、とベッドに沈み込む。
そうね、今日は良い天気だものね。燦々と降り注ぐ陽光に当てられて気持ちが和らぐのは、すごくよくわかるわ。でもね、蓮子。私はすごく心配したの。貴女が傷ついているんじゃないか、貴女が苦しんでいるんじゃないかって、ねぇ、蓮子。
握りしめた手がぷるぷると震えて、携帯電話から聞いてはならない音――ばきっ、とか、ぎりりっ、とか――が響く。あんな、如何にも急患ですってメールを送ったわりに妙に健やかで可愛らしくて憎らしくて間抜けな表情を晒して、そう、よりによって“眠りこける”親友の姿に、私はせり上がってくるものを吐き出した。
「蓮子」
私は今、きっと良い笑顔を浮かべていることだろう。楽園で愛を嘯く女神は、どんな気持ちで美少年を眠らせて囲ってしまったのだろう。それを考えたときは起こしてあげたいなどと乙女チックなことを考えたものだが、ふふ、今は少し感触が違う。
安らかに眠る蓮子の、時折涎を垂らしてむにゃむにゃと寝言を零しやがってる蓮子の鼻を、優しく摘む。
「ふごっ」
それから私は、カンダタが群がる罪人たちを鼻で笑って糸を断ち切るかのように、そっと、口元を手で覆って、固定した。
ホスピタル蓮子
――1――
「し、しぬかと思った」
「大げさよ、もう」
死んでるかもとか、死にそうなのかもとか不安を募らせて走ってきたのは私の方だというのに、蓮子はそんなことを零した。私を見て戦々恐々とする前に、蓮子は私に言うべき事があるように思える。例えば、そう――
「あ、そうだ、メリー」
「なに?」
「心配かけて、ごめんね。お母さんに代打ちして貰ったら、へんなメールになっちゃったんだ」
――なんて。なんて、欲しいときに欲しい言葉が零れるから、蓮子はまったくもって油断ならない。少しも悪びれてない、アスファルトからずんっと突き抜けてきた野花みたいに、図太くって力強くて、でも綺麗で楽しげで明るい笑顔。そんなにじっと見つめられていたら、私の方がどうにかなってしまいそうになる。
なんだろう、さっきまで胸の奥がもやもやとして、暗くて淀んでいたはずなのに、こんな些細なことでもうもやもやが晴れてしまっている。私はなんて、現金なんだろう。
「メリー?」
「ひゃいっ」
「ひゃい?」
「にゃ、んでもにわ」
覗き込まれて、思わず仰け反る。いつの間に上目遣いなんていう高等スキルを身につけたのかしら。私は裏返った声を隠すように、頭を振る。
「そう? あ、そうだ。ねぇねぇメリー」
「なに?」
何を思いついたのか、蓮子は目を輝かせて私の袖を引く。意識が先程の私の醜態から離れるのならばちょうど良い。ここは、彼女の思惑に乗せて貰おう。
「お母さんが間違えて持って来ちゃって、せっかくだからメリーに切って貰おうかなって」
蓮子が指さしたのは、枕元のフルーツバスケットだった。メロン、林檎、グレープフルーツ。色とりどりの果物がぎゅっと詰まった小さめのバスケットの傍には、ケースに収められた果物ナイフが置かれている。私はそれで、蓮子が妙に嬉しそうな顔――頭に犬耳、お尻に犬尻尾が見える気がする――で私に“おねだり”する理由がわかってしまった。
「はいはい。貴女、不器用だものね。で、どれが良いの?」
「やったっ。えっと、ここはやっぱり王道で――」
「林檎ね。ウサギさん?」
「――うんっ! 流石メリー、以心伝心ね!」
子供みたいにはしゃぐ蓮子を宥めて、林檎を手に取る。フルーツバスケットの直ぐ側にあった使い捨て紙皿の上に皮を落しながら、林檎を剥いていく。お皿に落ちていく皮を見る蓮子の目が期待に溢れていて、それが面白くっていつもよりも細目に、長く剥いているのは内緒だ。
「ところで、何で入院したの?」
「えっ」
蓮子が目を瞠り、私は半ばまで剥いた林檎をぴたりと止める。この驚き方は、深刻な何かが起ったときのものではない。蓮子が年次必修科目を受講し忘れたまま履修期間が過ぎたときは、もっとすごい顔をしていた。この世の終わりみたいな。
結局あの時は選択必修だったから別科目を受講していた蓮子は難を逃れたんだっけなとか思い出しながら、蓮子の黒い目をじっと見つめる。こういう時の目は、何かしら気まずい、それでいて後ろめたさのある隠し事があるときの目だ。私が貸した小説に涎の後を残してこっそり返してきたときも、こんな顔をしていた。
「え、ええっと」
「うん」
「その、ね」
「うん」
「だから」
「うん」
「……うぅ」
がっくりと項垂れて、それから恥ずかしそうに俯いて、ぼそりと零す。
「――――く」
「え?」
「だから、その――しょくちゅうどく」
「食中毒?」
蓮子は私の言葉に頷くと、蚊の鳴くような声でぼそりぼそりと説明をくれた。気恥ずかしさからか要領を得ないその説明を纏めると、ようは、冷蔵庫に収まっていたショートケーキを食べたら期限が切れていました、なんていうひどく杜撰で恥ずかしい理由だった。確かに、私もこんな理由だったら隠す。
ひとつ、ため息を零して、それから少し安心した。だって、これでもっと重大な病気だったーなんて言われたら、私はどうしていいかわからなかった。照れて、顔を真っ赤にさせて言い訳を募る蓮子の姿を見てると、なんだかそれだけで嬉しい。
「もう、心配したのよ。蓮子」
「うぅ、ごめん。ありがとう、メリー」
しおらしく謝り、それからはにかむ蓮子を横目に、紙皿にウサギ林檎を並べていく。そうやって謝らせたかった訳じゃないけれど、可愛い蓮子が見られたのだから細かいことには気にしないよう――に?
いやいや、ちょっと待つのよマエリベリー。確か蓮子のお母さんは“間違えて”フルーツバスケットを持ってきて、置いていったのよね。どのみち、不器用な蓮子じゃ皮むきなんか出来ないから、慌ててお仕事に戻るときに安心して置いていったのだろう。よくよく見れば、皮むきが必要な果物しか入ってないし。グレープフルーツは、蓮子、苦手だし。
「ねぇ、蓮子」
「なに? って、それより林檎を――」
「食中毒で入院したのよね? 食べて、良いの?」
「――ぎくっ」
なんて、わかりやすい。
ノリ良く肩を跳ねさせた蓮子は、慌てて自分の口元を抑える。やっぱり、そうだ。妙に気まずげだったと思ったら、なにも、食中毒の原因が恥ずかしいと言うことだけが理由ではなかったのだ。
なるほど。この点滴は食事代わりなのだろう。本人はもう大丈夫だと思っていても、検査の為とか諸々の理由で食事をとっちゃいけなくて、それで私を共犯者にして美味しい思い――文字どおり――をしようとしたということか。
聞かれて直ぐに反応してしまったのは、罪悪感からだろう。そう思うなら止めておけばいいのに、もう。
「はぁ、これはお預けです」
「えぇっ」
「当たり前でしょうに、もう!」
項垂れる蓮子を前に、林檎を抓む。目の前で齧り付いてやると、恨めしげに林檎を睨み付けてきた。そんな顔をしても駄目よ。罰なんだから。
小気味良い咀嚼音が響く度に、蓮子の肩が小さく揺れる。伸びてきた手を軽くはたき、お皿を遠ざけ、蓮子の額に手を置いて動けないようにする。はじめはじたばたと悪あがきを繰り返していたが、私が最後の一口を嚥下する頃にはすっかり大人しくなっていた。
「うぅ、メリーのいじわる」
ただし、涙目、上目遣いという、こちらの罪悪感と良心を揺さぶる表情で。
「あ、ええっと、ほら! 蓮子だって騙そうとしたし」
「いじわる」
「それにやっぱり、そんな状態なのに食べさせる訳にはいかないし」
「いじわる」
「あの、蓮子?」
「……いじわる」
頬を膨らませていじけてしまった蓮子を見て、思わずため息を吐く。彼女はたまに、こんな幼さを見せる事がある。それは他の人、どころかご両親にすら見せたりはしない彼女の一面で、私の前だけで見せる心を許した姿だ。
そのこと自体は嬉しいのだけれど……うぅ、やっぱり困るわね。そうされると、どうしても――甘やかしたくなってしまう。
「はぁ……それで? その意地悪なメリーさんにどうして欲しいのかしら?」
「お腹空いた……とは、もう言わないから、それ」
言って、蓮子が指さしたのは、私の右手だった。更に言うなら、右手の人差し指だ。
「さっき、林檎の果汁がメリーの指にかかってたじゃない」
「そうなの?」
「うん。だから、メリーの指で良いよ」
――――この子は、何を言っているのだろうか?
ぽかんと口を開ける私の態度を、肯定と見たのか、蓮子は笑顔で私の右手を取る。それに少しだけ身体が反応して掌を開いたら、つんと尖った私の人差し指に、蓮子がしゃぶりついた。
「ひゃ、ちょっ、ちょっと」
「は、んむ、おいひい」
「く、咥えながら喋らないでっ」
ちょ、くすぐったい! 思わず身を捩ってみても、蓮子は私の指を離さない。ほんの僅かにかかった林檎の果汁を余すことなく舐め取るつもりなのか、舌使いが妙に丹念で、その、恥ずかしい。
更に言えば、思い切り手を引けば蓮子から離れることが出来るはずなのに、身体がそう動いてくれないのが問題だ。餌を貰う小動物みたいに眼を細める蓮子を見ていたら、なんだかそれだけで力が抜けて、どうでも良くなる。もういっそこのまま――
「いい加減にしなさい!」
「あだっ?!」
――って、よく頑張ったわ、私の理性!
蓮子から素早く手を引いて、彼女の額を思い切り叩く。そうしたら、べしんっという音と一緒に、蓮子の頭が枕に沈んだ。まずい、やり過ぎたかもしれない。ああでも蓮子だし、きっと何事もなかったように起き上がってくれるはず!
「……いたい」
「蓮子?」
「う、うぐ」
「れれれ、蓮子、大丈夫?!」
予想が外れて、蓮子は仰向けに倒れたまま、目尻にじわりと涙を溜める。どうやら想定していたよりも力を込めてしまったようで、彼女の額は真っ赤になっていた。
飛び上がって額をさすって、顔を窺って見れば、とどまることを知らない涙。入院中の女の子を布団に沈めて、泣かせていたなんて広まったら、色んな意味で生きていけない。うぅ、ど、どうしよう。元はといえば蓮子が悪いんだけど、でも。
「うぐ、ひっく、あぅ」
「ああ……もう!」
本格的に目頭を押さえ始めた蓮子を見て、決心する。私はお皿の上に残っていた林檎の果汁を人差し指で掬うと、それを半開きになった蓮子の口に突っ込んだ。
「んむ!? あむ、む」
「っ……もう、蓮子、赤ちゃんみたいよ」
「らっへ、めりーがいりめるんらもん」
「なんて言っているのかわからないわ。はぁ」
こんなところまで子供っぽくならなくてもいい、なんて思わないこともない。けれど、なんだかんだで入院という事態になって不安だったのかも知れないって考えると、こうしてあげるのも悪くないのかも知れない、なんて。
「ん、れろ」
「ひゃっ、くすぐったいって言ってるでしょう! もう!」
「は、ほめん」
――前言撤回。
あんまり甘やかしても、駄目……みたい。
――2――
夕方になって、面会時間が終わった。検査入院だからか明日には退院出来ると言う蓮子と別れてマンションに戻ると、いつもと変わらないはずの風景が心なしか寂しいような気がしてくる。
真っ暗なリビング、人気のないキッチン、温かさのないダイニング。別に誰かと一緒に住んでいる訳じゃないのだから、当たり前の風景――なのに、そんな風に感じる理由なんか一つしか無くて、私はリモコンで電気を点けてからソファーに身体を投げる。
「はぁ……らしくないわ」
大学に入る前なんか、ひとりで居ることが当たり前だった。お父さんもお母さんも海外を飛び回っていて滅多に帰ってこないし、それで寂しいだとか思ったことはそんなにない。それなのに、いつの間にか、ひとりで居ると心にぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな錯覚に囚われてしまう。
いつからだったか。そう、最初は確か、電車だ。終電を過ぎてしまい、帰れなくなった。そう言った蓮子は、徒歩で帰れる私の家に来て、泊まっていった。それから道を覚えたのか事ある事に来ては宅呑みにパーティ。気がつけば、蓮子と一緒に帰ってくるのが当たり前になっていたんだ。
「ふふ、あの頃は、振り回されてばかりだったわね」
今も、というのは敢えて言わない。今はたまーに、私が振り回すことだってあるんだ。
ソファーに体重を預けると、身体が少し沈む。行儀が悪い、なんて思っても止めようとしないのは、私が蓮子に毒されているからだろうか。ちょっと悔しいから、皿まで喰ってやろう。
――Pipipipipipipipi
なんて、考えていたら、ポケットの中からシンプルな電子音が響いた。明滅するイルミネーションカラーは青。蓮子、という意味で設定してある色。
病院から、電話だろうか。良いのかしら。携帯電話の使用は――いや、ベッドからで歩く許可が下りれば、外に出てかけられるか。無茶、してないと良いのだけれど。
「もしもし」
『もしもーし、元気ー?』
「元気よ。蓮子と違って」
『元気そうね。私と違って』
そんな風に言う割りには、蓮子も元気そうだ。軽口を叩き合いながら、電話の向こうに感づかれないように小さく笑う。あんな声を聞いてしまったら、寂しい、だなんてセンチメンタルに浸っていたのが馬鹿みたいに思えてきた。
「それで? どうしたの?」
『ふっ……メリーの声が、聞きたくなったのよ』
「はいはい、あー、嬉しい嬉しい」
『もう、もっと感情を込める所よ! そこは!』
声を弾ませて、言葉を交わす。電車で言うと三駅分は離れているはずなのに、なんだか蓮子と一緒に居る気がして、そう感じたら途端に部屋が明るくなったような気がした。
「うん、そうね」
だから――お礼に、少しからかってあげようかしら。
「私も蓮子の声が聞きたかったわ。だから、ええ、嬉しいわ。蓮子」
『ふぇっ?』
「蓮子は? 私の声が聞けて……嬉しい?」
トーンを下げて、声色を柔らかく。本気の本気、だけれど、心は軽く。からかう、だなんて大義名分がないと小っ恥ずかしい、だなんて理由は永遠に内緒だ。
『え、ええっと、うぁ、うう、うううう、あの、その、うん』
「あ、ええっとね、蓮子、これは――」
けれど、蓮子が予想以上に照れるから、なんだか釣られてすごく恥ずかしくなってきた。なによ、そこは“棒読み”で返す所じゃないの?!
『わ、わた、私も! ……メリーの声が聞けて、すごく、嬉しい』
――ああ、今、絶対、顔が赤い。
火照った頬に、携帯電話のマイクが触れる。そうしたら、さっきまでとは比べものにもならないほどに冷たかった。なんで、ええっと、どうして私はこんなに動揺しているんだろう。
「――ええっと、あ、ありがとう」
『どう、いたし、まして』
蓮子もきっと、電話の向こうで顔を真っ赤にしているんだろうなぁなんて、そんなことを考えて現実逃避。付き合ったばかりのカップルが初めて愛を語らうような、そんな甘ったるい空気を頭の片隅に押しやると、後にはただ沈黙だけが残った。
ここから、何を続けて良いのかわからない。普通に会話に戻す? この雰囲気を継続する? なんだか、戻すには不自然だし継続したら深みに嵌りそうで、どうすることもできない。
「ああ、あのねっ」
『ああ、あのさっ』
…………。
「ええっと、その!」
『ああっと、あれ!』
……………………。
「だから、ねっ」
『だから、そう』
…………………………。
「ふふっ」
『ぷっ、ははっ』
……なによこれ、本当に、もう。
「ふふ、あはははははっ」
『ちょ、笑わないで、くっ、あははははっ』
さっきまでの妙な空気はどこへやら。二人で揃って笑い出す。私と蓮子の間に、甘ったるい時間なんて似合わない。少し間の抜けたことをして、気楽に笑い出す。なんだかそれで良いんだって、そんな気がする。
どうしてだろう。たったこれだけのことで、なんだか色々吹っ切れた気がするのだ。思えば今日一日、あのメールが来てから私の調子は狂いっぱなしだった。いつもの蓮子といつもみたいに笑い合えていなかったから、なんだろうか。だったらちょっと、悔しいかもしれない。
笑い合って、一息吐いて、それから私たちはくだらない話をした。
売店に不健全な雑誌が置いてあった。同室の患者さんが食事をするときの音が、美味しそうで羨ましい。夕飯の時間は、匂いだけ漂ってきて地獄だった。少しくらい食べた方が良いんじゃないかと言ったら、点滴を“お代わり”された。お母さんが差し入れてくれた小説が、全て読んだことがあるものだった。
そんな、くだらない話。なのに、楽しくて仕方のない話。
『それでそれで、隣のお婆ちゃんが――っと、そろそろだ』
「あ、時間?」
『うん。血圧測る時間。あと、ごはんの“お代わり”かな』
「ふふ。そう、頑張って」
『私が頑張ることはありませんっ。それじゃ、また明日ね。メリー』
「ええ、また明日。蓮子」
『――うん』
それきり、電話が切れる。私は切断中と表示されたディスプレイを少しの間眺めると、そっと、それを閉じた。
今日はなんだか、夕飯を作る気が起きない。出前でも頼んでお茶を濁してしまおう。ぐっと大きく背伸びをして、一息吐いて立ち上がる。確か電話帳と一緒に近くの中華料理屋の出前表が置いてあったはずだ。チンジャオロースでも、食べようかしら。
色々考えながら、携帯電話を拾い上げる。それから、背面ディスプレイを軽くなぞった。
「おやすみ……蓮子」
――本当、調子狂うわ。もう。
――3――
夕飯もシャワーも終わって、課題もやって明日の講義の予習も終了。そうなると、途端に暇になる。普段だったら蓮子から電話か、若しくは直接ここに来るかして、大抵こんな余裕のある時間は生まれず、明日の朝になってから焦る事になる。だから、余裕のある時にやっておこうと思ったのだけれど、結局あれから電話の一本も来ることなく暇になってしまった。
こちらから電話をかけようにも、相手が入院中となると、迷惑を掛けてしまうかも知れない。そう考えたら、最初の一桁も打ち込むことが出来ずに、蓮子と肩を組んだ待ち受け画像が淡く光るディスプレイを眺めていた。
――Pipipipipipi
「っ」
意を決して指を動かそうとしたら、突然、発信音が鳴り出した。ディスプレイに表示される“蓮子”の文字を一瞥すると、慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもしっ」
『おわっ! で、出るの早いね』
「え、ええ、ちょっとメールフォルダの整理をしてたのよ。おほほほ」
『えっ、なのその笑い方』
「……忘れて」
『う、うん』
い、今のはらしくなさすぎるわね。というか、こんなときだけ大まじめに返さなくても良いのに……いえ、そもそも変に誤魔化す必要もなかったわね。
マイクから顔を離して、大きく深呼吸。それから直ぐに耳を傾けて、けれど蓮子の声は聞こえない。電話を掛けたら即マシンガントークで、自分の要件すら忘れて雑談を楽しむ蓮子が無言というのは、珍しいを通り越して違和感がある。
「蓮子?」
『ぁ……あのさ! 今日の夕飯なんにしたの?!』
「いつもの中華料理屋さん。娘々軒の、チンジャオロースと杏仁豆腐」
『そっか! こっちは、点滴二種類!』
「……おいしかった?」
『……ふつう、それ、聞くかなぁ』
最初は少し可笑しかったのだけれど、一度話し始めたら止まらない。あの看護師さんは注射が下手だ。隣の患者さんの歯ぎしりがすごい。同室のお婆ちゃんのお孫さんが可愛らしい。見舞いに来る人は居ないけれど、やたらと友達を増やしていくおばちゃんがいる。
声を弾ませて臨場感たっぷりに話す蓮子に、釣られて、その世界に入り込んでいく。こんな話を聞いていると、なんだか入院も悪くないような気がするから不思議だ。ううん、違うな。きっと蓮子が話すから、蓮子のいる場所は全部心躍る楽しい場所のような、そんな気がしてくるのね。
『あっ、そろそろ切らないと』
「あー、そっか。病院の消灯時間、早いもんね」
『ぁ、あはは、そうなんだよね』
「……蓮子?」
『そ、それじゃあまた明日! メリー!』
「え、ええ、また明日。蓮子」
慌てて切られた電話。切断中と表示されたディスプレイ。蓮子の声を耳に残したまま、携帯電話を閉じて机に置く。
大きく背を伸ばすと、ぽきぽきと小気味の良い音が伝わってきた。電話の時間は三十分程度だったというのに、体勢を変えることなく聞き入っていたから、身体が固まってしまったみたいだ。
「はぁ……それにしても」
気がつかない、はずがない。
電話に出たときも、電話を切るときも。蓮子の様子が、おかしかった。ワンテンポ遅れるなんて蓮子らしくないし、切るときも蓮子ならさっさと切り上げて、気になったら直ぐにもう一回かけてくるはずだ。なのに、うん、やっぱり変だ。
「なんだろう、寂しかった――とか?」
言って、少し笑って……止まる。
私は、蓮子の居ない時間をどう思っていた? 蓮子の居ない部屋で、どんな感情を抱いた? がらんとした部屋、真っ暗で、寂しげな空気。蓮子との電話がなければ、どんな感情を抱いていたことだろう。
それに、こちらは自分の家だから、寂しさを一時的に紛らわすものなんていくらでもある。小説、映画、テレビ、ゲーム、課題や予習だってそうだ。けれど蓮子はどうだろう。読み終わった小説と食べることもできない果実に囲まれて、ひとりでぽつんと、あの真っ白な部屋に――。
「っ」
立ち上がって、コートを羽織って、ポケットに財布と携帯電話を突っ込む。面会時間はとっくに終わってる、とか、もう就寝の時間だ、とか、そんなのは関係ない。ううん、関係はあるけれど、それだけでは、進まない理由にはならなかった。
適当に靴を引っかけて、マンションから飛び出す。時刻は十時半。さすがに、終電にはまだ時間があった。
マンションから走って五分の駅。ICカードを改札に叩きつけて、エスカレーターを駆け下りる。ちょうど来た電車に乗り込むと、帰宅ラッシュですし詰め状態だった。吊革を掴む余裕もないほどの電車を三駅。乗った方とは反対側のドアが開いて、人混みを分けてつき進む。おかしい、こんなに余裕を持たずに動き回る事なんて、今までそんなに無かったのに、足が止まらない。
「はぁ、はぁっ、はぁっ」
そうやって病院に着いた頃には、真冬なのに大汗を掻いて、肩で息をしていた。脇腹は痛いし、汗が冷えて寒いし、足首もじんじんと痛むし、酸素が足りなくて苦しい。こんな目に遭って、それでも足を進める原動力って、いったいなんなんだろう。
「はぁっ、はぁっ、なん、て、ふぅ、考えるまでも、ないわよね」
まだ診察時間は終わってないから、真正面から病院に入る。入院棟は、一般診察をやっている建物、ここの四階から上になる。面会時間は終わっているからエレベーターで行くと、簡単に見つかって追い出されてしまうだろう。だから、非常階段を使って登っていって、三階まではエレベーターを使えば良かったと気がつくころには到着していた。
「ええっと、六号室、六号室」
見回りの看護師さんに見つからないように、抜き足差し足――疲れのせいで、たまに千鳥足――で部屋を探す。暗闇に目が慣れるまで少し時間が必要だったのだけれど、一度慣れてさえしまえば見つけるのは簡単だった。
今度は押したり引いたりせずに、ゆっくりとスライドさせる。寝息と歯ぎしりの中、誰も起こさないようにゆっくり進んで、私は蓮子のベッドの隣に置きっぱなしだったパイプ椅子に座った。
「――蓮子」
寝息を立てる蓮子の、頬。涙が伝った跡。初めての入院だなんて誰でも心細くなるし、寂しくもなる。普段が騒がしかったら、それもひとしおだろう。涙の跡を指で拭って、冷たい頬に手を当てる。そうしたら、蓮子は小さく身じろぎをした。
「メ、リー……?」
私が触れたせいか、蓮子は薄く目を開く。それから、途切れ途切れの言葉で私の名前を呟いた。
「はいはい、貴女の親友のメリーですよ」
「来て、くれたんだ。えへへ、夢、かなぁ。夢でもいいや」
へにゃ、っと笑い、私の手を強く握る。その手が思っていたよりもずっと温かくて、なんだか心が切なくなった。真っ白な病室で、見慣れぬひとたちに囲まれて、蓮子はどんな風に思っていたんだろう。なにもかもが冷たくて、だから自分が暖かくなっていないと冷え込んでしまうと思ったのかしら。
そう思うと、蓮子の手を離したくなくなる。胸に抱え込んで、ぎゅっと抱き締めたくなる。照れくさい、だなんて甘酸っぱい感情に悶えるのは後回しにしておこう。今はただ、蓮子に寂しい思いをさせないようにこうして、手を握っていたい――なんて、流石にくさすぎるかしらね。
「メリー?」
「なぁに」
「メリーが居るはず無いもんね。良い夢」
「夢でも良いわ。それで蓮子が良いのなら」
「そっかぁ。私、夢じゃない方が良い……良い?」
光の灯っていなかった蓮子の瞳が、徐々に徐々に輝きを増していく。私の手を二度三度と強く握り返して、瞼も一緒にぱちりぱちりと瞬き。それから、口をあんぐりと開けて固まった。
「え……え、へ? あれ、あれ? ほ、ほ……………………本物のメリー?」
「……偽物に見えるの? 心外だわ」
「ななな、なんっ」
「静かにっ」
身体を跳ねさせて叫ぼうとした蓮子の口に、慌てて振り払われた手を置く。こっそり侵入しているのがばれたら、叩き出されるだけでは済まないだろう。もう、こういう役目は蓮子の方だっていうのに、仕方のない子だ。
「む……むぅ、なんで居るの?」
「悪い?」
じとりと私を見る蓮子に、胸を張ってやる。こうなったらもう、開き直ってやればいい。そうしたら、胸の奥に燻る気恥ずかしさとか、もしこれが蓮子の迷惑になっていたらという不安とか、全部紛れてどこかへ行ってしまうような気がしたから。
「悪くない、けどさぁ……怒られるよ?」
「ばれなきゃいいのよ。ばれなきゃ」
「メリーらしくないわ。なんだかそれ、どちらかというと――」
「“蓮子”らしい?」
「――はぁ、もういいよ。ふんだ」
そっぽを向く蓮子の耳は、月光だけの照明でもありありとわかるほどに、赤い。そんなに喜んでくれるのなら、開き直った甲斐があった、なんて。
「寂しかった?」
「いきなり聞いちゃうんだ」
「私は、寂しかったわ。蓮子は?」
きっと、先に言ってあげないと、意地を張って言えやしない。そういうところばかり私に似ているから、よくわかる。
「――……お腹痛くなって、救急車呼んで、緊急入院って言われて」
いくらかの逡巡のあと、蓮子はぽつりぽつりと語り出す。
「仕事の最中のお母さん喚び出しちゃって、お父さんから仕事抜けられなかったて謝られて」
「うん」
「お母さんがメリーにメールしてくれて、来てくれなかったらどうしようって思って」
「うん」
「メリーを待ってる間に、周りのひとたちは沢山お見舞いが来てて」
「うん」
「それ、見たくなくって」
最初に病室に入ったとき、蓮子は身体を起こしたまま寝ていた。きっと、目を逸らして、意識を遠ざけさせて周囲を見ないようにしていたのだろう。今なら、そうだってわかる。
「メリーが来てくれて、帰ったあと。私よりも長く入院してたひとたちは、みんなとっくに仲良しになってて」
「うん」
「明日退院するのに、輪に入るとか出来ないし、長引いたら仲良くなっておいた方がっていう風にも思ったけど、長引くの怖くて」
「うん」
「もし、このままずっと、ひとりで、ここに入院なんてことになったらって思ったら」
「うん」
「思った、ら、さ、寂し、くて、怖かった……っ!」
俯いて、シーツをぎゅっと握る蓮子。私はその力を込めすぎたせいで真っ白になってしまった手に、自分のそれを重ねた。
どれだけ、心細かったんだろう。想像に過ぎなかったそれが、蓮子の言葉で実像を持ち始める。大部屋で、けれど周りにはコミュニティが出来ていて、自分はひとりぼっち。静かで、寂しくて、不安ばかりが募っていく。それはなんだか、すごく怖い。
「ひとりで寂しかったのなら、ふたりで居ましょう」
「メリー……?」
「蓮子が寂しいと、私も寂しいの。蓮子が寂しくなくなれば、私もそう」
「…………」
「ふたりでひとつの秘封倶楽部。一緒に居れば、どんなものだって乗り越えられるの。違う? 蓮子」
「………………違わ、ない。違わないわ、メリーっ」
ふわりと、蓮子の黒髪が視界一杯に広がる。背中に回された手は、強くてちょっとだけ苦しい。やられっぱなしも癪だから、私も強く抱き締め返してやる。
「あのさ、メリー」
「なに? 蓮子」
胸元で喋るから、息が当たってくすぐったい。笑ってしまわないように、少しだけ我慢する。
「――ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
言葉を交わして、けれど蓮子は離れない。蓮子が手を緩めてくれないから、私も手を緩められない。
――今更気がついたのだけれど、これはすごくまずい体勢な気がしてきた。だって、蓮子は患者用の、緑色の薄い服だけしか着ていなくて、抱き締めただけでも身体の線がよくわかってしまう。意識しだしたら、途端に、蓮子の肩が華奢で肢体が柔らかくてシャンプーの清潔な香りがして…………私を見上げる瞳が、潤んでいて。
「ぁ」
「ぁ」
どちらからともなく零れた吐息が、言葉を奪う。奪って、要らなくしてしまう。
なにか、なにか言わないと。なにか言わないと手遅れになってしまう気がするのに、なのに、視線を逸らすことが出来なくて、頬ばっかりが熱を持って、ああ、もう!
「蓮、子」
蓮子は潤んだ瞳を、静かに閉じ――
「っメリー、隠れて!」
――ようとして、瞠った。
カツン、と響く足音。半開きになっていた扉の向こうに見える、懐中電灯の光。近づいていくにつれ大きくなっていく真ん丸の灯りの正体は、“見回り”に違いない。
「どどど、どうしよう!」
「ととと、とにかく、ええっと、ベッドの!」
慌てて、蓮子の指示どおりに動く。そうしたら、蓮子も慌ててベッドに身を沈めて狸寝入りに移行したようだ。
カツン、カツン、と静かに足音が伸びて、それから看護師さんは蓮子に手を伸ばす――
「風邪を引きますよー」
――のを、ベッドの下から見ていて、私は気がつかれないように息を吐いた。身体を屈めたであろうことしかわからなかったが、おそらく乱れた毛布を正してくれたのだろう。流石に、ベッドの下にひとひとり潜んでいることには気がつかなかったようね。
気がつかれていたら、色々終わっていたことだろうけれど。こう、世間体的な意味で。
「……もういいよ、メリー」
「ええ、そうみたいね」
ベッドの下からもぞもぞと這い出て、定位置になっていたパイプ椅子に座る。片付けられたらどうしようかと思っていたのだけれど、そのままにしてくれたみたいだ。
「はぁ、どうなることかと思った!」
「もう、こっちの台詞よ。蓮子」
ふたりで大げさに息を吐いて、そうしたらさっきの“へんな”空気は消えていた。その代わりに、なんだかくすぐったいような、可笑しさだけがむくむくと大きくなっていく。
『ぷっ』
それに耐えられなくなって、私と蓮子は同時に吹き出した。
「あはっ、あはははっ」
「ふふふ、あははっ」
一生懸命声を潜めて、笑い合う。そうしたら隣のお婆さんの歯ぎしりが大きく鳴って、慌てて笑うのを我慢する。直ぐに出来るものじゃなくてちょっと悶えてしまったけれど、それはご愛敬。
「ね、メリー」
「なに、蓮子」
「ええっと」
もう、その顔に寂しさはない。蓮子はただ“いつものように”快活に笑ってみせた。
「これからも、よろしくね」
「ええ、こちらこそ」
即答して、手を叩く。月明かりに響くのは、潜めた音のハイタッチ。私たちはそれに小さく笑い合って、もう一度だけ、手を叩き合った。
――4――
結局その日は丸一晩一緒に居て、起床の時間にこっそり抜けだし、二時間後の面会時間に私は何食わぬ顔で戻った。
それから軽く検査をして、蓮子と一緒に退院。急に食べると胃をびっくりさせてしまい病院に逆戻りだと言われたらしく、退院最初の食事はちょっとお預け。夜にはお粥だけ食べて、その翌日、つまり今日のお昼からは通常運行に戻れることとなった。
「メリー、メリー、なに食べよう!」
「食べ過ぎは駄目よ? お腹、壊したくないでしょう?」
「えー。でもでも、一日程度でも我慢するの辛かったのよ?!」
「それはわかるけれど、食べられない日が延びることになったらどうするの?」
「それは、でも!」
何を食べようか。私の家のリビングで食事処マップを広げる蓮子に、苦笑を零す。
「わかってるわ。もう。だったら量じゃなくて、質を取りましょう?」
「! さっすがメリー! そうよね、それならっ」
ここが良い。いや、やっぱりここだ。こっちも捨てがたい――だなんて目を輝かせる蓮子を、私は少しだけ眺める。
結局、一歩近づいてみても、私たちの関係は変わらない。それはそうだろう。だってそれは再認識に過ぎなくて、私たちの関係はずっと“こう”だったのだから。そこに、綻びがある筈なんか無いのだ。
「だったら、こっちが良いわ」
「おお、イタリアン! 良いわね、今日はパスタにしよう!」
蓮子は勢いよく立ち上がって、帽子掛けからお気に入りの帽子を取って被る。トレードマークのネクタイをぎゅっと締めると、そこにはいつもの蓮子が居た。
「さぁ、行くわよ! メリー!」
きっと、これから先も、何があっても私たちは変わったりしないだろう。大学を卒業しても、就職しても、互いにいい人が出来たって、きっと私たちの関係は変わらない。
「ええ、行きましょう。蓮子!」
満面の笑みを浮かべる蓮子の手を取って、マンションを出て、街へと繰り出す。そうしたら途端に胸が弾んで、心が躍った。
――きっと、私たちは変わらない。
だって私たちは……ふたりでひとつの、秘封倶楽部なのだから――。
――了――
鼻から原因不明の大量出血起こしたのよねぇ…一体何だったのかしら」
素晴らしいちゅっちゅだった
たぎる
サンキュー蓮メリ
まずい、悶えて眠れない……ッ!
蓮メリちゅっちゅ!
病院+秘封倶楽部=バッドエンド という自己概念があって途中までハラハラものでした。
上のひとと同様、病院ネタで最初ちょっと不安だったが・・・
読み終えたらこっちが糖分取りすぎで病院いきそうだよ!w
I・BさんのSSは本当に良い
いい人を見つける?なに言ってんだ。二人がくっつかなかったら、俺は気がおかしくなっちまうぞ!
誤字報告
長く向いているのは内緒だ→長く剥いているのは内緒だ
小説に涎の後→小説に涎の跡
蓮メリのタグに恥じない蓮メリだ!