<シリーズ各話リンク>
「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
「命蓮寺のスープカレー」(作品集162)
「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(ここ)
「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164)
「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164)
「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)
午後になっても、吐く息が白くなるほどの気温はいっこうに上がる気配を見せなかった。
まだ秋だというのに、一足飛びに冬が訪れてしまったような寒さだ。私は尻尾をマフラー代わりに首に巻き付けたまま、小さく身を竦める。空を見上げても、気詰まりな曇り空だ。
妖怪の山から吹き下ろしてくる風は冷たく、身体の芯まで凍らせてしまうかのようだ。どこかで冬妖怪が早めに目覚めて暴れているのかもしれない。博麗の巫女に注意を促しておくべきだろうか。真面目にそんなことを考えてしまう。
私――八雲藍が普段は足を踏み入れない山まで出向いてきたのは、例によって主の命だった。何かと騒がしい守矢神社の面々が、地底の連中や河童を使ってまた悪巧みをしていないか様子を見てくるように、とのことで、山の上まで出向いた帰り道である。
幸い、今のところは技術革命好きの神様も、河童たちも、地底の妖怪たちも大人しくしているようだった。まあ、この寒さでは悪巧みどころではないかもしれない。
ああ、しかし、寒い上に腹が減った。
妖怪の山は広い。午前中に出てきたが、守矢神社と河童の里を見回っているうちに、とっくに昼を過ぎてしまった。昼飯は食べ損ねたままだ。
「ひもじいと、余計に寒さが骨身に染みるな……」
口にするとますます切なくなる。また冷たい風が吹いて、私は尻尾の毛を逆立てた。
ダメだ、限界だ。せめて何かで暖を取らないとやっていられない。
とはいえ、妖怪の山の麓は、河童の里以外には八百万の神の暮らす家が点々とあるぐらいだ。河童の里まで戻れば茶店のひとつふたつあるだろうが、寒い中を引き返すのも気が進まない。人里まで急ぐにしても遠いし、いったいどうしたものか。
霧の湖まで行って、紅魔館の門番に頼めばお茶のひとつも出してもらえるだろうか。
いや、それは八雲の式としてあまりにみっともない。私は首を振る。
「ああ……あったかいお茶が飲みたいな……それか……焼き芋か……」
焼き芋。そうだ、この寒さには焼き芋だ。焼き芋が食べたい。猛烈に食べたくなってきた。
しかし、そんな都合良く焼き芋屋などあるはずもないし、もちろん芋畑もない。足元にはいくらでもたき火が出来そうなぐらい落ち葉が積もっているのに。……いや、さつまいも泥棒はさすがに九尾の狐としての沽券に関わりすぎる。いかんいかん。
ああ、焼き芋、焼き芋……熱々、ほかほかの焼き芋が……。
――目に入ったのは、場違いにはためく《やきいも》ののぼりだった。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ
「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」
「参ったな……空腹過ぎて、焼き芋屋の幻覚まで見えてきたぞ」
こんなところに都合良く焼き芋屋があるはずないだろう。しっかりしろ、私。
目を擦って、溜息とともに顔を上げる。――《やきいも》ののぼりは、まだそこにあった。
幻覚ではない? 焼き芋屋がこんなところに? 夢でも見ているようだ……。
私はたまらず走り出した。《やきいも》と書かれたのぼりははっきりとその輪郭を露わにし、そこに佇む店の姿も、また確かな実体として私の視界に立ち上がってきた。
「これは……」
その店の看板を見上げて、しかし私は目をしばたたかせる。やっぱり幻覚か、と思ったが、店の存在も、その前にはためく《やきいも》ののぼりも確かに実体だった。
「アクセサリーショップ・オータム……?」
確かに看板にはそう書かれている。しかしのぼりには《やきいも》の文字。さらに入口前に置かれたボードには、こうも書かれていた。
「スイートポテト、芋けんぴ、あります……」
焼き芋を食べようと思ったらアクセサリー屋で、おまけにスイートポテトと芋けんぴまでおいでなすった。なんだか話がややこしくなってきたぞ。
また強い風が吹いた。尻尾で防御していても、隙間から入り込む風が身体を冷やしていく。もうなんでもいい、とにかく店に入ろう。私は扉を開け、店の中に駆け込む。
からんからん、とドアベルが鳴る。店の中はほどほどに暖かかった。ほっとして尻尾を首元から離し、私は大きく息を吐き出す。
「いらっしゃいませー」
カウンターにいた少女が顔を上げ、にこやかに声をあげた。
見覚えのある顔だ。あのブドウの飾りのついた帽子は……確か、人里の収穫祭に呼ばれている豊穣の神様ではなかったか。豊穣神がアクセサリー屋を? いや、焼き芋屋なのか?
店の中を見回す。それほど広くない店内に、ところ狭しと小物が並べられていた。……本当にここで焼き芋を食べられるのだろうか。まさか焼き芋の形のアクセサリーとかそういうオチではないだろうな。言いしれぬ不安に襲われる。
「あの……焼き芋って、食べられる焼き芋ですか」
言ってみて、自分でも間抜けな質問だと思った。豊穣神の少女は目をしばたたかせて、それから笑って頷いた。
「はい、焼きたてで美味しいですよー」
「あ、じゃあ、焼き芋ひとつください」
「ありがとうございまーす」
元気よく少女は頷いて、店の奥に姿を消す。ほどなく新聞紙にくるまれた焼き芋を持って戻ってくると、紙袋に包んでこちらに差し出した。代金を払って、私は視線を巡らす。店の奥に二人掛けのテーブルがひとつちょこんと置かれていた。
「……ここで食べても?」
「どうぞどうぞ。今日は寒いですからねー」
それなら遠慮なく、そうさせてもらおう。幸い、他にお客さんの姿も無いようだし。
椅子のひとつに腰を下ろして、私は紙袋から新聞紙にくるまれた焼き芋を取り出す。
「はちち」
本当に熱々だ。新聞紙の中から顔を出したサツマイモを真ん中で折ると、湯気とともに輝くような黄金色が姿を現した。甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。これだよこれ。この食欲をそそる金色がたまらないんだ。
「いただきます」
ほどよく焦げ色のついた皮ごと、黄金色にかぶりつく。はふ、はふ。口の中に火傷しそうなほどの熱さ。その後に、素朴なサツマイモの甘みがじんわりと広がる。咀嚼するたびに、ほっと顔が緩みそうになる、優しい甘さ。ああ、無性に懐かしくなる味だ。
こういうのいいな、シンプルで。焼き芋の味って女の子だな。
なんとなくそんなことを思い、考えた自分自身に驚いた。焼き芋と女の子がなぜ結びつくのか、論理的な帰結が見つからない。ただ、実感として確かにそんな印象を受けるのだ。どこかに論理の飛躍があるが、今はそれより焼き芋だ。
「はふ、ほふ」
ああ、冷えた身体に焼き芋が美味い。ああ、でも、焼き芋だけ食べてると何か、この甘みに口の中の水分をどんどん奪われていくようだ。熱いお茶の一杯でもあれば……。
「お茶、いります?」
見計らったように声を掛けられた。顔を上げると、豊穣神の少女が湯飲みを差し出している。
「……どうも」
ありがたく受け取って、緑茶で口の中に水分を補給し、飽和した甘さも一旦中和する。思わず、幸福な安堵の息が漏れた。冷え込む秋の午後、空腹に焼き芋とお茶。幸せだ。
「外、相当寒かったみたいですね」
「ああ、この店があって助かったよ」
少女が苦笑して、私は思わず気安くそう答えていた。他にお客さんがいなくて退屈なのか、少女はそのままにこにこと私が食べるのを見守っている。これはちょっと居心地が悪いが、まあ文句を言うことでもないか。私は冷めないうちにと残った焼き芋にかぶりつく。
すっかり手の中から焼き芋が姿を消して、私はお茶を飲んで小さく唸った。ううん、いかんな、焼き芋ひとつでは物足りないぞ。……そういえば、店の入口にスイートポテトと芋けんぴと書いてあったな。よし、ここはひとつ。
「すみません、スイートポテトもここで食べられますか?」
「いいですよー。プレーン、クリーム、白あんとありますけど、どれにします? どれも五個入りからですが」
クリームに白あん。そうきたか。それなら……ここは白あんできめよう。
「じゃあ、白あんの五個。あと、お茶のおかわりもらえますか」
「はーい、少しお待ちください」
空になった湯飲みを受け取って、ぱたぱたと少女はカウンターの向こうに戻っていく。それを見送って、私はふと店内を見回した。ようやく他の売り物に意識を回す余裕ができたのだ。
並んでいるアクセサリーは、落ち葉を象った木彫りの髪飾りや、どんぐりのネックレスなど、素朴な味わいのあるものばかりだった。まるでさっきの焼き芋のような、あったかい手作り感がする。こういうのもまた、女の子だな、と思う。
橙は、こういうのを喜んでくれるだろうか? カエデの葉の形の髪飾りを手に私が唸っていると、不意にまたドアベルが鳴って、店の中に外の冷たい空気が流れ込む。
「ただいま、穣子」
「あ、お姉ちゃん、おかえりー」
お客さんかと思ったら、店員の少女の姉らしい。並んでいる売り物と同じような髪飾りをつけた赤いスカートの少女は、赤くなった指先に息を吐きかけながら、店の奥に消えていく。それと入れ替わりに、穣子と呼ばれた豊穣神の少女が箱と湯飲みを持って戻ってきた。私は髪飾りをいったん元の場所へ戻して、テーブルに戻る。
「お待たせしました、スイートポテトの白あん、五個。あとお茶どうぞ」
箱の中、綺麗に並んだ五つの素朴な黄金色。自慢の尻尾の毛並みのように艶やかだ。
さて、こちらはどんなスイートを感じさせてくれるだろう。ひとつをつまんで、口に放り込む。噛んだ途端、口の中いっぱいに強烈な甘さが広がった。……なるほど、白あんだ。これは複雑な甘さだ。いや……すごい甘さと言っていい。
まあ、焼き芋の素朴な甘さのあとには、このぐらい強烈なのでもいいか。腹には溜まるだろう。ズズゥ、とお茶を啜りながら、私はスイートポテトを口に運ぶ。うん、ちょっと甘すぎるけど、これはこれで美味い。これは紫様へのお土産にしようか。
「ひー、寒い寒い」
再び、ドアベルの音。今度入って来たのは、大きなリュックを背負った河童の少女だった。
「いらっしゃい、って、にとりじゃない。何か修理とか頼んでたっけ?」
「あー、いや、今日はお客だよー。アクセサリー屋の方の」
穣子に問われて、にとりと呼ばれた河童の少女はきょろきょろと店の中を見回す。ふと、私とも視線が交錯した。私は気にせず、スイートポテトを食べることにする。にとりの方はきょとんと首を傾げていた。
「……アクセサリー買いに来るなんて、珍しいね」
店の奥から、姉の方の少女が顔を出す。穣子はにやにやと笑みを浮かべてにとりに歩み寄る。
「なーに、いっちょまえに色気づいたの? それとも、厄神様へのプレゼント?」
「ち、違うよ! いや、微妙に違わないけど、でも違うの」
わたわたと、にとりはよく解らないことを言って首を振る。「何が違うのよ?」と穣子に頬をつつかれて、小さく唸ったにとりは、リュックの中から何かを取りだした。
「これをね、少し改良しようと思って」
最後の一個を食べ終えて、お茶を飲み干した私は、少女たちの会話を横目に見やる。
にとりが取り出したのは、台座の上に載った人形だった。キリキリとにとりがネジを巻くと、オルゴールの音色とともに台座がゆっくりと回転し、人形がぎこちなく踊り出す。
「人形と一緒に、落ち葉が舞い散るみたいにいくつか一緒に動かせないかなーと思って」
「……それ、いいと思う」
「ふうん。で、出来上がったら厄神様に贈るわけだ。ひゅーひゅー」
「や、やめてよ、もー」
顔を赤くして縮こまるにとりを、穣子がつつき、姉がそれを見て笑っている。
なんとも微笑ましい少女たちの姿に私は笑みを漏らしつつ、時計を見上げて立ち上がった。ちょっとゆっくりしすぎたか。そろそろ戻らないといけない。
と、先ほど手に取っていたカエデの葉の髪飾りが目に留まった。……紫様にはスイートポテト、橙にはこれかな。いや、橙もまだまだ色気より食い気かもしれないが。スイートポテト、三人分買っていけばいいか。
「すみません、これください。あと、スイートポテトの三種類五個ずつ、持ち帰りで」
「あっ、はーい、ありがとうございます」
私の声に、穣子が慌ててカウンターへ戻っていく。姉とにとりは、ひそひそと小声で話しながら人形と一緒に踊るアクセサリーの選別に入ったようだった。
「どうもありがとうございます」
スイートポテトの入った紙袋を受け取って、ふと私は気になっていたことを口にした。
「ところで、どうしてアクセサリー屋で焼き芋を?」
その問いに、穣子は目をしばたたかせて、それから姉の方を見やって苦笑した。
「いや、もともとこの店は焼き芋屋だったんですよ。移動販売がメインだったんですけど」
「そうなのか?」
「ええ。だけどお姉ちゃんが、自分も何かやりたいって言い出して。お姉ちゃんはああいう小物を作るのが得意だったから、最初は店の隅にちょこんと並べてたんです。そしたら意外と人気が出ちゃって、お姉ちゃんも調子に乗ってたくさん作るから、今ではこの有様で。すっかり焼き芋も出すアクセサリー屋になっちゃいました」
主従逆転か。頬を掻いて笑う穣子に、私も苦笑する。
「まあ、でも――姉妹ふたりで一緒に店をやるって、いいものですよ」
「……そうか」
「はい」
「こっちに来たときは、また寄らせてもらうよ」
「ありがとうございましたー!」
元気の良い声に見送られて、私は店を出る。いつの間にか、雲間から太陽が顔を出し、冷たい風もいくぶん収まっていた。少し、気温が上がっただろうか。いや、この店の焼き芋と店員のあたたかさに、身体の奥まで暖められたから、そう感じるだけかもしれない。
そういえば、庭で焼き芋なんて、もう何年も作っていないな……。
いつだったか、橙に焼き芋を作ってあげたことがある。皮を嫌がる橙に、剥いて食べさせてあげたっけ。ほふほふと白い息を吐いて焼き芋を頬張った橙、美味しいですと笑った橙、ああ、可愛かったなあ。今度、また作ってあげようか。
そうだな、庭でたき火と焼き芋をしよう。紫様が冬眠する前に、三人で一緒に。
「やっぱり、私も色気より食い気だな」
買った髪飾りを手のひらで転がして、私は歩き出す。
焼き芋のあたたかさを味わえるなら、冬のような寒さも悪くない。そんなことを思った。
そして安定のメシテロだ。
まったく作者は酷い、こんなに素敵な雰囲気の中で焼き芋なぞを美味しそうに食べられた日には、いっそ幻想入りしたくなってしまう。焼き芋食べたい。
いやはや、素晴らしい小説でした。
にと雛要素が入ってて歓喜。あと最後の「紫様が冬眠する前に、三人で一緒に」にじんわりくるものがあった。
そんな中にあってハッキリと秋の気配を五感で味わえる、良い雰囲気でございました。
全体の空気感の作り方が上手いと言いますか、過度な描写がないのに、足下にこんもりと積もった落ち葉や、ところ狭しと手彫りの小物が並ぶシックで落ち着いた店内がありありと思い浮かびます。
更には、書かれてもいないのに二人掛けのテーブルはニスが色濃く染みた木目浮き立つテーブルなんだろうな、なんて読み手が想像を発展していくことが出来たり。
話そのものはいつも通り面白いものでしたが、今回は特別情景の美しさが際だって良いと思いました。
正直今回は藍より、気ままに、ささやかに秋を過ごし秋姉妹がとても生き生きして見えて、頬が綻びました。
でも考えようによっては、元ネタの孤独のグルメからしてゴローちゃんはただのストーリーテラーで店ごとの個性を語ってるだけに過ぎないのかもしれませんね。
そういう意味では、この度もまた「らしさ」を見事に再現していたってことでしょうか。
あと、ちょびっとヨコハマ買い出し紀行のような魅力もあったかななんて。
原作付きなのに、それに甘えないどころか毎回ワンパターンになっていないこのシリーズは、本当に凄いと思うんです。
これからも応援してます。
焼き芋なんて最後に食べたのはいつでしょうねえ……私も食べたくなってきましたw 本当に安定の飯テロですねこのシリーズは!
にと雛分の補給もバッチリで、食べごたえのある作品でした。次回も楽しみにしてますね。
話を読んでるだけで店内で売ってる木彫りのアクセサリーのスベスベとかテーブルの表面のゴツゴツとか、そういうの全部が手の中に実際にあるような感じがしました。
食い物抜きでもこのリアリティは感動ですよ。
うちも秋に収穫したサツマイモを雪を利用した地下倉庫で冷蔵保存。甘味が驚くほど倍増した。
あぁ、でも豊穣の女神様の焼き芋なら金時芋すら裸足で逃げるほどの美味さに違いない。(^q^)
次回も期待しております
今回も良い雰囲気で面白かったです
子供の頃にありました
味って不思議ですよね、あのラーメン以上のラーメンに未だ出会ってません
(チャーシュー、海苔、メンマ、菠薐草、ナルト、ネギと具も完ぺきでした)