私はクラヤミゾクのルーミア。でもクラヤミゾクってなんなんだろう?
よくわからない。
誰かが言ってたけど、私みたいなのを分類してそう言うらしい。
だから私はクラヤミゾクなのだ。
「で、それってなんなのさ?」
「だからわかんないんだって」
ぐだー、と屋台の上に身体を伸ばす。近くなったお皿の上に乗ってる鰻も食べる。行儀が悪いとか言われてるけど、そんなことはカンケーないのだ。口の端から串を出したまま、上目遣いにミスティアを見る。口から串を抜き取られた。捨てられた。
「ホントに何しに来たのよあんたは」
「……さぁ?」
「営業妨害よ、これは」
「えーぎょーぼーがい?」
「お店へ迷惑をかけることだよ」
「でもいま、誰もいないよ?」
「いや、まあ暇だったんだけど」
「えへへー、じゃあいいじゃない」
もう一本を口に運んで、むぐむぐ噛む。串が上下に揺れる。なんだか楽しくなって、そのままゆらゆらしてたら串が折れた。残念。お茶を啜る。零れた。あちい。変な姿勢で飲むもんじゃないね、これ。起き上がりましょう。おきあがりこぼしじゃないよ。ぐらー。
椅子傾けて遊んでたら、また零した。あちい。もうやめよう。
「ホントに何しに来たのよ……」
「ご飯食べに。あとあれの意味が知りたくて」
「クラヤミゾク?」
「うん、それー」
「どっかで聞いたの?」
「んーん、なんとなく語呂がよかったの」
「今考えたの!?」
「ううん。思い出したの。でも意味がわからないからそーだん。語呂がよかったからなにかに使いたいかも」
「頭がこんがらがるような言い回しだね……」
「そーなの?」
「うん。でも、ま、わたしにゃわかんないね」
「そっか」
仕方がない。収穫はなかったと諦めよう。
椅子から立ち上がり、そこで「あ」と振り返る。
「でもね。クラヤミゾクって誰かが言ってたんだよ。それはホント。だから私はそれってなんなんだって思ったの。うん。付き合ってくれてありがと。美味しかったよ。ごちそうさま」
そう言った私にミスティアは笑って、
「お粗末さま」
と、言ってくれた。
森の奥へ行ってみよう。今は昼だけど、あそこは暗いから。
なんとなく、なんかのヒントが見つかるんじゃないかなって思ったのだ。
☆
私はクラヤミゾクのルーミア。どこかで誰かが言ってたその言葉の意味を探してる。
「ふうん。妙な感じの言葉だね。でもルーミアのこと言ってるのは確かじゃないかな」
などと言うのは蟲のリグル。夏でも蚊に言いつけて、寄り付かなくしてくれる頼れる妖怪だ。私は逆さまに木の枝にぶらさがって十字架ポーズ。はりつけー。
「私のこと?」
「うんそう。だってルーミアは闇を操るじゃないか」
「つまり暗闇属性」
「そういうことじゃないかな?」
なんてことだ。
なんということなんだ。
ヒントどころか答えが見つかってしまったじゃないか。
疑問が早々に解決してしまった。
これでは暇潰しにならないじゃないか。
「って暇潰しだったの?」
「そりゃそうだよ。だって夜になるまで暇じゃん」
「そりゃそうだけどさ……」
今日はなんでかしらないけど、相当な早起きをしてしまったのだから。
目が覚めると日が昇ってないなんて久々。でもそうすると、どう過ごしていいかわからなくなってしまう。
なので暇潰し。
クラヤミゾク。
終わってしまった。
終わってしまったのだ。
だがしかし、まだ終われないのだ。なんてったって、まだまだ夜まで時間はある。
ならばどうしたらいいのか。
新しい意味を考えればいいのだ。
「んじゃ、逆転の発想。クラヤミゾクとはなんなのか!」
「暗闇属性でしょ?」
「ちがくて、なんか意味を考えればいいじゃない」
「いや、新しく意味を作ってどうするのさ?」
「……どうするんだろ?」
「私に聞かないでよー……」
「とりあえず暗闇に潜ってみることからはじめてみるからどこかしらない?」
自分で闇を操ったりはやらない。
なんとなく、それは私が求めているものとは違う気がする。だっていつもやってることだもの。
「そこら辺の洞とかどう?」
指差された先には、丁度この身体くらいなら入りそうな、小さな洞があった。でっかい木に小さな洞が、どこかおかしくて、でもそれが嫌いじゃなかった。
「わっ、住処にしたい感じのところはっけん!」
「ただしそこは蟲たちのねぐらだから静かにね」
「なんだー。使われてたのかー」
それなら仕方がない。小さくおじゃましまーす、と侵入。
中はがらんどう。どうやらここの蟲は昼間はいないらしい。
あ、抜け殻発見。
夜目は利くほうだよ。
真っ暗暗闇。
森自体も暗いから、もう真っ黒黒。
まだ見える。
でも入り口を葉っぱで塞いだら、ほらもうなにも見えない。
………………。
「リグルー、いるー?」
「いるよー?」
いるようだ。不安は解消された。目を瞑ってみても変わらない暗さ。
寝転がってみる。背中がいたくなった。手を後ろで組んで枕にして、天井を見上げてみる。そこにはなにも見えなかった。
……なにかが違うと思った。だからこれはきっと私が求めている答えとは違うのだ。
なんという難題だろうか。
自分で作っておいてなんだけど。
でも落ち着くからしばらくこのままでいさせて。
リグルが入ってくるまでぼーっとしてみた。
答えは出なかった。
☆
私はクラヤミゾクのルーミア。現在人里で説教中。
絶賛正座中。
しかも地面で。
周りの人がすごい見てくる。すごい恥ずかしい。なんてことだ。お説教というのは、こういう恥を覚えさせるのと同時に、それが嫌だと思わせ、やりたくなくさせるのだ。なんて効率的。
でもまー私はやるけど。
お団子をくすねたのがいけなかったらしい。お金持ってないしね。しかしそれでも、影の中でお説教してくれるのだ。お説教してくれるのが知り合いでよかった。けーねせんせー。太陽の光なんてくそくらえだー。
「ふむ、まあいい。どうせお前はやめやしない……」
「よくわかってる。お金貸してー」
「図々しいな……まあでも、人を襲わないなら拳骨で勘弁してやろう」
「ごめんなさい」
即座に土下座した。プライドなんてなかった。
「顔を上げろ……」
許してくれた!?
顔を上げたら目の前で火花が散った。
痛かった。
まさかのだまし討ち!
なんてことだ。先生なのに!
「よし、勘弁してやろうか」
「痛いよ! 先生がだまし討ちなんてどういうことよ!」
「先生がだまし討ちしないとでも思っているのか?」
「わっ。おーぼーだ! 教育委員会に訴えてやる!」
「そんなものはない」
外の世界の新聞知識は役に立たなかった。
「それでまたどうして人里なんかに出没してるんだ?」
「ん、あ、そうそう。せんせーでいいや」
「なんだその、これでいいや、みたいな投げやりな言い草は」
「気にしない気にしない」
「そうすることにしよう。聞きたいこととは?」
「クラヤミゾクから連想されるものってなんかある?」
「クラヤミゾク? なんだそれ?」
「多分暗闇属性のこと」
「お前のことか」
「うん。でも、なんとなく語呂がよくって面白いから、これの意味を作るの。夜まで暇だし」
「お前は夜も暇だろうが。何か仕事でもやるか?」
「んーん、いいや。それよりふわふわしてるのが楽しいよ」
「プータローが……」
ぼそっと小さく呟かれた。別にいいじゃん。妖怪のお仕事って、人に恐怖を与えることだよ。最近めっきりそんな機会なくなったけど、それでも一月に一、二回くらいあるもん。
「クラヤミゾクだったな」
「うん」
「……何かの団体っぽい名前だな」
少し考える素振りを見せてから、せんせーはそう言った。
「団体?」
「そう。例えば、何々族、みたいな。もしくは山賊みたいな感じだ」
「おおー、なんかかっこいいかもしれない」
昔そんなのいた気がする。くーるびゅーてぃーなお姉さんが親分やってたの。そんな時代もあったなあ……なんてしみじみ考えてみたりしてみる。
気分は昔を思い出すおじいちゃん! ……あ、いや、おばあちゃん?
「だが山賊の一般的なイメージは、おっさんだぞ?」
「うー、それはなんか……」
自分がおっさんだったらと想像して一瞬で却下した。
それはダメだ。絶対にダメだ。考えちゃいけないことだったのだ。
「だったら族って言葉の方か?」
「そっちの方がましかなー?」
「だけどお前一人じゃないか」
「うわ、それを言われるとなんかへこむー」
なんか友達いなさそうじゃん。
「だったら、まあ仲間を探してみるのもいいんじゃないか?」
「んー、でもそうだったらそうだったらで面倒そうだからいいよ。一人が気楽だよ」
「それはそうかもしれないが……」
「うん、だからそれでいいの。それにたった一人の軍団ってのもかっこいいじゃない」
「そんなイメージだけじゃないか……」
「そういうわけでありがとねー」
「あ? ああ、なんだ? どこかに行くのか?」
「んー」
そこで私は少し考える。目的地はあるのだろうか?
いや、ないだろう。
だって私は、ただこの言葉について考えてるだけなのだ。
クラヤミゾク。
暗闇属性から派生して、クラヤミ族になった。
この言葉。私はどこか惹かれているように思う。なんでか知らないけどね。じゃなきゃこんなことしないからだ。
だから私は、なにかを求めて、あっちへいったりこっちへいったりふらふらしてみたりしてみるのだ。
案外楽しいしね。
「目的地なんてないよー」
「そうか」
「んじゃ、ばいばい」
「ああ」
手を振って、光の中へ。
眩しい! から早く闇へ。
さあ、次はどこいこっかなー。
☆
私はクラヤミゾクのルーミア、いまお寺の床下にいるの。
真っ暗で落ち着く。
ずっとこうしていたい気持ち。
……。
でもそうした幸福はいつまでも続かないのだ。
「こんにちはー!!」
「わひゃあ!?」
突然の大声。私は吃驚頭をぶつけた。痛い……。さっきの拳骨も相まって二重に痛い……。
「じゃないや、こんばんは?」
「……もう夕方だしこんばんはでいいんじゃない?」
空ももう茜色。結構時間経ったんだね。
「じゃあ改めまして、こんばんはー!!」
「うるさいよ!」
のそのそと這い出て文句を言ってやる。いや、言う筋合いなんてないけどね。私、勝手に床下にいたし。
目の前にいるのはしょぼくれた犬耳をぺたんとさせて、しょぼくれる山彦さんだった。結構有名だよ。だってうるさいしね。
「うう……挨拶は大切なのに……」
「だからってうるさいのはやなの」
「うーん、じゃあ、こんばんはー!」
囁くように言われた。ちょっとどきどき。いやそんなことはない。
「んで、あなたはなにしてたの?」
「ちょろっとクラヤミを探していたのさ」
「よくわからない子なんだね」
「ちょっとやめてその生暖かい視線」
逃げたくなった。でもそれをしたら負けた気がするのだ。多分。
まあでも自己満足。
自分でもそう思うのだ。だって私もお寺の床下に潜ってる子見つけたら、引く。ドン引くもん。だからこれで、いいさ。気にしない。
それでおっけい。
なので、真正面から向かい合う。
「ところで何をしていたの?」
「だからクラヤミを探していたの。潜ってみたらなんか見つかるかなって。なにも見つからなかったけど」
「やっぱりよくわからない子なんだね」
だからやめてそんな目で私を見ないでよ。
だってなにをしたらいいのかわからないんだもの。
でもま、これも今日限りで暇潰し。そんなわけで暇潰しにはなったのでよかったと思う。そろそろ夜だし、そろそろ帰って眠ろうかな?
「ん、そろそろ帰ろうと思う」
「そろそろも何も、いまここで私は会ったんだけど……」
「まあ、それもなにかの機会と言うことで」
そんなことくらい結構あるさ。
別れを告げて歩き出そう。
結局お寺の床下ではなにも見つからなかった。
そりゃそうだろうなんて、思ってしまう自分がいたりするのだけど。
だってお寺の床下にいたって、多分出てくるのは幽霊だけなのだ。そばに墓地があるしね。だからそこには自分が求めてるものなんてないのだ。床下には何もなかった。そろそろ疲れてきたし、どうしよう?
お散歩行こうかな?
んー、やっぱちょっと家帰って休もう。
こっからだと魔法の森を横断した方が早いかな?
そうしよう。
きっと最後の暇潰し。
なにか見つかると祈って。
でもまあきっとなにもないだろうなあという思いもあったりしちゃったり。
あ、ところでさ。
「あなたもクラヤミゾクに入らない?」
「だからそれって何なのよ? あと、もって、別にあなた一人じゃない」
「いまそれを考えてるの」
「ふうん……まあどんなのかしっかりわかったら考えてあげる」
「はぁい、頑張る」
偶々会ったから誘ってみたけどダメだった。
しかたないね。
だから私は、意味を探すのさ。
もやもやしてて気持ち悪いし。
☆
私はクラヤミゾクのルーミア。真っ暗闇になったけど、特になにも思いつかなかったりするよ。
魔法の森の中。
暗い。
すっかり日が落ちた。
もともと暗かったけれど、いまはさらに暗い。
そんな森の中で、きらきらした人に会った。
人間がこんなところにいるのはちょっとおかしいと思うけど、魔理沙なら納得だった。
偶々会ったから挨拶して聞いてみよう。
「魔理沙、魔理沙はクラヤミゾクってなんだと思う?」
「なんだいそりゃ、謎掛けかい?」
「ううん。違うの。ただ、どんな意味が作れるんだろうって考えてるの」
「ふうん? なんだから難しいこと考えてるんだな」
「暇だったんだ。でもいまはもう暇じゃないよ。夜だし眠いし。なんとなくね、考えてるの」
「どんな求めているんだよ?」
「んー、よくわからないの。って言うか、それがわかったら苦労しないよね?」
「まあそうだ」
からからと笑った。
「ふむ。まあ察するに、クラヤミを求める族ってことだな」
「それでいいと思う。でもなんで求めてるのかってのがわからないの」
自分で考えて、自分でわからないんだよ。
「私なら、簡単だな。私はいつも求めてる、暗いところにな」
なんて、にやりと笑う。
こんなに簡単に答えが見つかってしまうのか! みたいな?
私は吃驚した。
もしかして、彼女がこの疑問に終止符を打ってくれるんじゃないかってさ。
「とりあえず、真っ暗にしてみなよ、いつものようにさ。そしたら私が魔法を掛けてやるよ。それがきっとお前が求めてるものだ。それを求めてるから、お前はクラヤミを求めてるんだ、きっとな」
よくわからない。
でも言われたとおりにしてみよう。
えいや、と周囲を闇で覆う。
これで誰にも見えないよ。
私にも見えないよ。
「それじゃあいくぜ」
と魔理沙の声。
なにをするんだろう。
わからない。
だからわくわくして、どきどきするのが止められない。どきどきする。
ぱちんと指を弾く音。
こつんとなにかが闇の中に入ってくる。
星だ。
星型の魔法が、闇の中でいっとう輝いている。
ぱぁん。
と、頭にぶつかって、星が弾けた。
思わず目を瞑る。
きれいな光。
闇の中が、星で一杯になる。満天の星空が、目の前にある。
あ、
だから求めてたんだ。
夜になるのを。
夜の中のクラヤミを。
人里近くの夜は明るくなった。
だんだんと火が燈る時間が長くなった。
そしたら、だんだん星も見え難くなっていった。
だから、昔みたいな空がみたくて。
きらきらと星が瞬く。
きっと一瞬だけど、でもそれでいい。
いまこの光景を、心に留めておくように。
小さく鼻歌を歌った。
「すごいね、魔理沙は。でもどうしてそうだって思ったの?」
「おいおい。この私を誰だと思っているんだ? 恋と星の普通の魔法使いだぜ?」
そう言って、にやりと帽子を押さえた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私はクラヤミゾクのルーミア。
団員は私だけ。
でもそれでいいの。
だって、誰もがやってることだから。
私はクラヤミを求めるの。
だってそこには星空があるから。
真っ暗闇の先に、星空があるから。
だから私はそれを見たいし、きっと誰だってそう思っていることだろう。
だから明確な団員は私一人。あと、予定が一人。
でも一杯いるの。
そんなのがクラヤミゾク。
集団意識なんてなくって、やりたいことなんてただ一つ。
星がみたいだけなのさ。
ちらほら見える、人里の灯りが消えていく。
さあほら明かりを消そう。
そしたら星がよく見える。
そしたら皆クラヤミゾク。
私一人じゃないんだよ。
いちばん高い木を目指して飛ぶよ。
さぁ、星を見に行こうよ!
了
少しテンポが一定過ぎの感はあったものの、最後のシメでモヤモヤが吹き飛びました。
絵本のような世界観が素敵です。
ルミャのふわふわ感が良い感じの話だった。
穏やかで和やかな雰囲気がとてもよかったです。