―1―
20万円分の世界を買うことにした。
ドールハウスとソファー。2人がけのソファーを山ほど買った。
お店の在庫を全部出してくれてるみたいだけど、もっと欲しい。
ドールハウスの上に突き刺すドールハウスも買って、叩きつけて貫き、接着剤でとめる。
これが、わたしとおねえちゃんのおうち。
おねえちゃんのおうちの1階がわたしのおうちの屋根裏部屋だ。
古明地こいし、だなんて日本妖怪まるだしの名前が、あんまり可愛くない。
おねえちゃんの名前はさとり。
とってもおばあちゃんみたいだねって言ったら悪夢を見せられた事がある。
おねえちゃんはその事がコンプレックスだったのか、わたし達が実際に住んでいる地霊殿はハート柄のステンドグラスがいっぱい使われているし、おねえちゃんの技名はテリブルスーヴニールにブレインフィンガープリントにカメラシャイローズでまとめると恐怖催眠術だ。
わたしは、胎児の夢。
いつまでも母親が怖い。
人形遣いの家に行った事がある。
凄く飾り気がなくて、工房と一体になっているような少し人間味がある家だった。
外見だけじゃ、どんな人が住んでいるのかわからない。
おどろおどろしさも、呪われていそうな雰囲気も、殺人事件が起こる嵐の夜もなかったもの。
何故、わたしが中に人形がたくさん並べてあるのがわかったかというと、ばっちり覗いたからね。
たくさんの生きていない瞳と体が並べてあって、その中に1体だけ生きているような金髪のお人形があった。
紅いバレッタをしていて、ケープがお洒落で水色の服を着た、わたしより大きそうなお人形さん。
まるで生きているみたいだった。
こっちを向いて驚いた表情をして、叩き割ろうとしていた窓を開けてくれて、
「どうしたの、お嬢さん?」
って子供をあやすみたいな声で微笑んでくれた。
わたしは素直に、靴を脱いで窓から抱きかかえながらいれてもらった。
その時のグレープフルーツみたいな匂いまで綺麗だったから、へし折ってみたらどうなるかって考えも吹きとんじゃった。
そのぐらい、美しいって言葉が似合うお人形だった。
お人形は何かを作っている真っ最中で、わたしはお人形がいれてくれた紅茶とクッキーを食べながらそれを眺めていた。
ちゃんと飲めた。
おねえちゃんの作るクッキーにはかなわないけど、あんまり甘くなくてチョコチップの入ったクッキー。
凄く大人っぽい味が好きなお人形は、わたしの様子をたまに見ながら黙々と自分の部下を作っているみたい。
わたしはおねえちゃんの話や、おりんってペットが持ってくる死体の話をする。
けれども、お人形の表情は変わらなかった。
やっぱりそこまで色んな顔が出来ないのかな。
おしゃべりを止めると、逆にお人形は
「ちょっと待っていてね」
と言って手元の作りかけの部品をサイドボードの上にのせて、別の材料をもってきた。
ついでに、懐中時計をもってきていた。
お人形が目を瞑ってカッ! って音がしそうなぐらい見開いてからは凄かった。
手がピアノでトリルをずっと弾き続けるように動き、指揮者も同時に行うように振っている。
だんだん出来上がってくる形に驚いた。
「あ! おねえちゃんとわたしだ!」
親指と人差し指の間で持てそうな人形は、紫の髪や水色の寝巻きみたいなおねえちゃんの部屋着も、わたしの帽子やとってもお洒落な黄色い洋服も見事に作られていた。
最後に、2体の目が塗られた。
塗り終わるとお人形は懐中時計を見て「まだまだね」って呟く。何がまだまだだったのかな。
わたしがまじまじと見てうっとりしていると、どうぞって言って2体とも差し出してくれた。
この時に見せてくれた笑顔が、一番生き物に近かった。
わたしの部屋で、おねえちゃん人形とわたしの人形はしばらくベッドの上で絡み合っていた。
その間、床で寝る日々を過ごした。
冷たくて固い、心みたいな床の上。
ベッドの上から見下ろされている現実のわたし。
だからわたしは、人形達の世界を早く買わなくちゃならなかった。
風邪ひいちゃうもんね。
―2―
ある日、守矢神社というお気に入りの場所にたまたま着いた。
こっそり中に入る。
箱やタンスが幾つも置いてあったから、その中からお金を全てもらっていった。
いちばん金額が入っていたのが、化粧台の下の方に鍵をかけてあった棚。
力いっぱいひっこぬくと、紙幣が17枚入っていた。
人間達がこの紙切れでやり取りをしているらしい。
これなら、何が買えるかな?
他にもちょこちょこはさんであったり、貯金箱とかかれた豚の中からお金が出てきた。
それで20万貯まった。
いちばん大きな賽銭箱っていうのがまるで空箱みたいに少ししかメダルが入ってなくて、何だか疲れちゃった。
そのまま家に帰らずに、人里に行って家とタンスとソファーを買う。
勿論、人形用のもので、おもちゃ屋さんに売っていた。
丁度わたしの持っている人形にサイズがぴったりそうなのを選んで、持っている硬貨をたくさん渡す。
どこのお店にいっても、みんな困ってた。
なんとなく怯えているようにも見えた。
きっと、おねえちゃんも一緒に来ていたら理由がわかったのかもしれないけれど別にいいや。
わからないといえば、家の中にどれぐらいどんなものがあればいいのかも、チェックしていなかった。
覚えていたのはおねえちゃんがくつろぐ場所はソファーで、いつも読書をしたりペット達と戯れたりしていた。
わたしはおねえちゃんとくつろぎたかった。
わたしがお店に入って店員さんにお辞儀をしてお金を出して、
「買えるだけください」
っていうと、誰に言ってもお店にあるセットを全部渡してくれた。
それでも、お金はあったから、何日も何日も何日も何日も繰り返した。
次の日も、その次の日も、その次の次の日も……
人形遣いの家にはいかなかった。
あの家にまた行ったら、わたしは綺麗なお人形が欲しくてたまらなくなるから。
わたしに人形をくれた、あの優しいお人形はきっと20万円じゃ買えないだろうから。
そうしたら、わたしはきっと、壊してしまうから。
ある日、手元のお金が随分前から無くなっていた事に気が付いた。
ソファーはとにかく沢山買っておいたけど、今度は困ったことが出来ちゃった。
ソファーを置く場所がない。
―3―
部屋のなかは殆どソファーしか見えなくなった。
本物のテーブルも、タンスも、ベッドも……見渡す限りミニチュアソファーが使っている。
ソファーがミルフィーユみたいに何層にもなっている場所もある。
遥か上のほうから沢山の人だかりを見ているときのような。
色別にわけてあってお気に入りの緋色は、丸いテーブルだったもののうえで山を作るようにおいて、その上にわたしとおねえちゃんのドールハウスがある。
ヒマラヤのコテージで住むのが憧れだったから。
どこなのは知らないけどね。
積み上げるのは空を飛べるから簡単だと思ったけど、バランスを取って建たせるのは難しかった。
家を家が貫いている形だから、クリスマスツリーの絵みたいになっている。
わたしのおうちの屋根裏部屋が、おねえちゃんのおうちの一階。
一階でおねえちゃんはくつろぐためにソファーでずっと休んで、わたしはこっそりと屋根裏部屋にあがる。
屋根裏部屋でわたしはおねえちゃんの匂いや温かさが残ったソファーでねっころがるんだ。
二人で並んでは、きっと座れないだろう。
ベッドの面影をなくした黄色のソファー集合体の端っこに座らせた二対の人形を手に取る。
おねえちゃんとわたし。
グラグラと倒れそうなドールハウスに、視点を合わせるように飛ぶ。
実は、わたしとおねえちゃんのドールハウスの中には、ソファーがひとつしかない。
重さで傾いてしまうから、丁度真ん中の位置に、重たいピンクのハート柄したソファーだけ置いていた。
ソファーだけの家。広々とした二つのドールハウス。
ゆっくりと取り外しできる壁を引いて、断面図のようにする。
おねえちゃんを先に、ソファーに座らせよう。
音も立てずにおねえちゃんの人形はぐったりとして、ソファーに腰かけた。
天井をみるような状態でわたしと目があう。
おねえちゃんの人形は笑っている。
どうして笑っているのかな?
わたしの人形は何処に置くのがいいか……
とりあえず、自分の一階に横たわらせた。
力なく倒れた人形とも、わたしは目があった。
わたしは何を見て笑っているの?
ちっとも愉快じゃない。全然面白くない。
だって、さっきまでベッドの端で二人で座っていたのに。
今じゃ離れ離れで。
二人とも疲れたみたいで。
なぜ?
わたしはそっと、水色の服を着た人形をもう一度手に取った。
服にボタンがついていて、脱がせることが出来るようになっている。
ぷち。
ぷちぷち。
服もスカートもスリッパも全部落っこちて、ソファーの海に消えていった。
裸みたいになったおねえちゃん人形をソファーの上で横たわらせる。
寒そうだ。
すごくすごく冷たいのが伝わってきて、雪の中にいるみたいに思えて、わたしは手をこする。
少し温まった手で、自分にそっくりな人形に触れる。
両手ですくって、音がすると、黄色い洋服と黒いスカートがはだけた。
帽子はゆらゆらと流れていく。
何も着ていない人形は、生きていないのがハッキリわかった。
そっと、慎重に。
震えているのがわかるけれど。
おねえちゃんの人形のうえに、わたしを乗せたい。
近づいていく、わたしとおねえちゃん。
おねえちゃんの肌色とわたしの肌色。
同じ色していて、髪の色だけが違って。
ゆっくりと重ねようとした。
でも、遠ざかっちゃうんだよね?
ガラガラガラ……
ドールハウスは音をたてて倒れた。
伸ばした手の先には、もう何も無い。
崩れていくソファーの音がうるさい。
ガラガラガラガラ……
お姉ちゃんの人形がソファーの底でわたしを見て笑っている。
わたしは握っていた人形を放り投げた。
お姉ちゃんの遥か遠くに落ちたわたしは、ソファーに埋もれて潰されていく。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ……
わたしは笑ってた。
―4―
おねえちゃんの太股がとってもあたたかい。
気が付いたら、リビングのソファーで、おねえちゃんに膝枕されながら寝転んでいた。
ああ、これって、
「夢オチだぁ」
「貴方が落ちたのは、自分の部屋よ」
おねえちゃんはわたしの髪を日焼けしてない白くてかわいい手で撫でながら、わたしがソファーのミニチュアの上で倒れていたのを教えてくれた。
部屋に入ったとき、無数のソファー模型にもびっくりしたけど1番仰天したのは、わたしが全裸だった事だって。
タンスの中にもソファーの模型がびっしりつまっていて、服が取り出せなかったらしい。
少し窮屈なのはおねえちゃんの服を着ているからか。
「既にお空達にソファーは片付けさせていますからね。ソファー地獄の後は動物大集合よ」
「あーあ、いっぱい集めたのになぁ」
「あんなに沢山、どこかから盗ってきたんじゃないでしょうね?」
「ううん、全部ちゃんと買ったんだよ!」
「そう。お金はどこでもらったの?」
「守矢神社」
「そう……大騒ぎしてたアレか」
おねえちゃんはため息をつく。振動がわたしの頭にまで伝わる。
おねえちゃんの顔は怒っているんだか笑っているんだか良くわからないけれど、少しずつ動いている。
呼吸をしている胸、寝返りを打って耳を太股に当てると血の流れている音が聞こえて静動脈が見える。
生きているおねえちゃんだ。
「ねぇ、こうして二人でいるの、久しぶりだよね」
「そうだったかしら。珍しくないと思うけれど」
「地底に人間が来たり間欠泉が開いたりしてからさ、色んなモノに会ったり見たりしたもの。おねえちゃんだって、忙しくてわたしの事知らんぷりだもん」
「環境は変化しているけれど、そんなに一緒にいなかったかしら……それに貴方、私を避けているのかと思っていたわ」
そうだっけ?
すぐに首を振った。髪がおねえちゃんの股の側でジャリジャリと揺れる。
「ううん、ずっとこうしていたいぐらい、懐かしいキモチだよ」
「それは悲しい事なの?」
「え、どうしてそんな事聞くのかな」
「私は貴方の心は読めないもの」
「うん」
「だから、泣いている理由がわからないわ」
ポロポロと水が流れているのは、わたしの涙で、頬を伝っておねえちゃんの肌を濡らす。
濡れていくおねえちゃん。
おねえちゃんを濡らしちゃっているんだ、わたしが。
ぴったりと、近くにおねえちゃんがいるのね。
おねえちゃんが撫でてくれる手がシルクよりも柔らかい。
おねえちゃんの方に首をむけると、目をうっすらとさせて微笑んでくれていた。
わたしだって、おねえちゃんの微笑みの理由を知らない。
夕ご飯のマリネがしょっぱかった。
汗で作ったみたいな味で、おねえちゃんは塩加減を間違えたらしい。
今度、地上に出て美味しい料理を食べに行こうという話になって、お燐とお空が疲れた顔をほころばせて
「楽しみだなぁ」
と、同時に言った。わたしも楽しみ。
スキップなんて古風なものをしながら、自分の部屋に戻ると、まるでタイムスリップしたみたいに部屋が元通りになっていた。
ベッドも、タンスも間違いなくハッキリと確認。
ベッドシーツはついでに取り替えてくれたみたい。
もうひとつ変わっていたのは、テーブルの上に人形が2つ並んでソファーに座っていたことだ。
服も着せなおしてあったけれど、水色の服をわたしの人形が着ていて、おねえちゃんが黄色い服に帽子をかぶっていた。
あべこべだ。
わざとなのかしら?
人形は隣り合いながらニコニコとしている。
やっぱり、今度人形遣いの家にいこう。
お礼を言いたくなってきた。
それならきっと、何も壊さない。
じーっとしばらく眺めていたけれど、だんだんと睡魔が襲ってきた。
ベッドにもぞもぞと服を着たまま入って、人形達の後頭部とソファーを意識が無くなるまで見つめる。
わたしとおねえちゃん。おねえちゃんとわたし。
20万円があっても沢山のソファーが積み重なっても、この安眠にかなわない。
―Fin―
こいしちゃんの世界にそのまま引き込まれたというかそんな感じ。
うまく言えないけどなんかすげぇ。
こいしの瞳に映る世界はこうなのか……と、人間には見えない世界を楽しませていただきました。
無意識な感じがして凄く良かったです
下手したら全部夢オチで済ます無邪気さが最大の魅力だと思いますので、
彼女が生きている(視えている?)夢現の世界が良く表現されていると思いました。
正直よくわからなかったです。
でも嫌いじゃない。
人形を重ねることにどこか不安を感じて、服を着ることに安心するというか安らかそうにしているのは、やっぱり幼いというか、幼くなりたいというか。互いをただ嗜好するとはまた違うものを、本当は求めているんだろうなと思いました。
人形の服の入れ替わりにはさとりも同じことを意識的に求めている、そんな風に感じました。
地の文、こいしの語りにも魅力は満ちていました。掴みどころがないのにこいしの方から手を掴んで引っ張っていってくれる、そんな感覚になりました。
ありがとうございました。