Coolier - 新生・東方創想話

こいばな

2012/02/23 01:45:11
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「まあしかし、見事にガラクタばっかりだねぇ」
「ヴィンテージってやつだし。希少価値を理解できないあんたの感性が、最高に妬ましくないわ」
「古けりゃいいってもんじゃないと思うけどね。わたしん家の押し入れの奥にもいっぱいあるよ。いつか捨てようと思うけどめんどくて放置しっぱなしな焦げた鍋とかさびたノコギリとか、よくわかんない機械とか」
「面倒がらずに捨てなさいよそれは。いつも思うんだけど、あんたも一応は女の子なんだし、部屋くらい綺麗にしときなよ。そんなんだから土蜘蛛は不潔だって言われるんだって」
「大丈夫、外面は綺麗好きな黒谷さんで通ってるし。うっかりアパートの中見られちゃう事もたまにはあるけど大丈夫。まだ誰にも言いふらされたこと無い。きっと、プレゼントのエボラに詰め込んだ真心に、感動してくれたんじゃないかな」
「わーやだ。なにその露骨な口封じ」
「パルスィも欲しい? 友達だからおまけして、ペストと天然痘もつけたげるよ。やったね、毒ガール、流行るよこれは」
「流行らなくていいよ。地獄絵図じゃない。友人がクズすぎて私はかなしい」
「げぇげぇ言って苦しむパルスィとか絶対かわいいと思うんだけどなぁ。まあでも、クズって言うなら、パルスィも大概だと思うけどね。ヴィンテージって言うけど、ようするにタンスの奥でほこり被ってた、どうやって手に入れたのかも分かんないような物ばっかじゃん。これが売れるだなんて、どうやったらそんな発想に至ったのか、ヤマメおねーさんは知りたいよ」
「何、適当ないわくでも考えて付けときゃいいわよ。確かにガラクタばっかだけど、ぱっと見でなんとなく由緒正しい感じがすればどうにかなるのよ」
「いま、ガラクタって自分で認めたよね」
「ガラクタだからね。ヴィンテージのガラクタ」

 病毒を司る友人が、ふともらしたところによると、恋というのは、だいたいが結核を患うのと同じようなものらしいです。
 パルスィが、この言葉に、まるで救世主の聖句が、こころに真っ直ぐ突きささったかのような感銘を受けたということは、もちろんなく。
 先日は赤痢のようなものだと言っていた気がしますし、さらに昔はスペイン風邪のようだと言っておりました。

 こいこがれる事を、神が生けとし生きるものすべてに賜った、傷ひとつつかぬ大粒のダイヤモンドであると信じたがる、少女向けの価値観に触発されたわけでもなく、友人は持ち前の明け透けさのみで、それを言うのです。

 恋のやまい。

 そう言えば、友人は、この地底についても、ネズミが齧り尽くしたチーズの残りかすのような評論を記しておりました。梅毒と。太陽のない地底で、どうして我々は足元の小石に躓く事を恐れず、闊歩さえできてしまうのか。

 男と女。硬貨と紙幣。喧騒の中では、いささかの不誠実など、簡単にページの裏側へ隠れてしまうでしょう。
 楼閣、酒、くすり。地底の彼々が欲しがったすべてを詰め込んで、大通りはキュービックジルコニアの輝きをまとうのです。
 ぎらぎらと、粗暴に、でも、本物には到底かないっこないと分かっているから、切実に。諦観しつつ。

 ぽつんと彼岸花が咲いていたから、パルスィはその隣で荷物を広げました。
 海千山千の古物商めいた顔つきに、友人はおかしそうに笑っておりました。

 梅毒。報いが理不尽な事を知る我々に宛てる。

 どこかの建物から、目覚まし時計のベルが聞こえています。途切れる事なく。延々と。
 あれは、言うなれば抵抗なのだと思います。居座る停滞を蹴り飛ばそうとする、堕落を果敢に叱ってみせる。
 しかし、聞き慣れた音ではあったのです。あれは地底のすみずみまで、響きわたっているでしょう。
 あの音を聞くには素養がいります。地底に受け入れられるとは、きっとそういう事なのです。もう、叱られる事には、皆、もう飽いているのにです。
 
 パルスィのペリドットみたいな瞳は、川底から見た太陽と同じ色をしているように思います。
 傷のない、真新しい宝石です。でも、果たして昔もそうだったのか。

 鏡は、たった今、売れてしまいました。
 どうやって、あの鏡を手に入れたのか、もはやパルスィは気に留めもしませんが。しかし、あれがちらりとでも、自身の黒い瞳を映した事は、きっと知っているはずです。忘れるはずがないのです。橋姫。あの、川べりにて。

 目覚まし時計のベルに混じって、黒電話の呼び出し音が響いておりました。じりり、じりり、と。やはり途切れることなく。
 目覚まし時計が善意であるなら、黒電話は執念でありました。
 こいこがれる事に、こんなにも彼らは必死なのです。
 狭く暗い、こんな土地に追いやられてなお、必死で有らざるをえないのです。

 持ち主は、いまごろ部屋の中でこと切れているのかもしれない。誰にも顧みられず、ぐずぐずに腐敗して。
 友人の想像は、ずっと生々しく即物的で、地底らしいとも言えました。

 友人は何度も見た事があるのでした。おおよその原則として、梅毒には男女の褥が前提であります。
 彼と彼女が、蝋燭を削り取るような気楽さで欠損していくさまを、

 溶け落ちた鼻よりも、脳に毒がまわってから失う尊厳がより恐ろしい。いや、それは残されたものが身勝手に押し付ける恐れでありましょう。
 友人の信仰だと白痴は幸いです。少なくとも、引きすぎて手垢のついた辞書の中から、世界の真理を完全に表現するたった一言を見つけだすような、不毛を、もう、川の向こう側に置いてくる事ができたのですから。そして、まだ死にきってもいません。

 幸せなどという哲学を、もしはばからず謳歌できる者がいるとしたなら、それは死んでいるのと、生きているのとの、間に上手く転がりこめた者だけなのではないでしょうか。
 だから、ここの住人たちはこんなにも、つまらなそうに笑って歩くのではないでしょうか。

 おとこ。おとこがいたような、きがするのです。
 やさしいことばを、かけてくれた、きがするのです。ふたりで、ささやかな、しあわせをつかんだ、きがしたのです。

 梅毒。報いが理不尽な事を知る彼女に宛てる。
 全てが清算された、あの川の底をおまえは記憶したのですか?

 ペリドットは羨望の色なのです。見上げているのです。太陽がまぶしいだなんて事、言われなくとも、わざわざ、教えてもらわなくとも、知っているのです。誰よりも、おまえなんかよりも、ずっと。ずっと!
 やはりパルスィはどこまでも地底の住人でありました。

 川べりにつつましく咲いた、彼岸花を、ふたりで一緒に見た気がします。
 でも、あの川べりは、あたりまえのように、こんなにうるさくはありませんでした。

「全部売れちゃったねぇ。あのガラクタの山が。びっくりだよ」
「だから言ったじゃん、こういうのは、はったりかました方が勝つんだって」
「いやはや、すっかり脱帽ですよ。よっ! お姉さん、悪徳露天商っぷりが板に付いてるね! かっこいい!」
「わぁ、ヤマメが地味にうざい。せっかく高いお酒買ってきたのに。飲ませたげるの止めよかな」
「ごめんって、冗談だって。パルスィ様はまるで聖母のごとく慈悲と博愛に溢れたお方です!」
「はいはい。まあ、手伝ってもらったし。一人で飲んでも味気ないしね。でも、とりあえず飲みたけりゃ、部屋にちょっとスペース作りなよ。あの馬鹿鬼も呼んでやろうと思うから」
「もちろん! 可及的速やかに。なぁに、押し入れに放り込めば三人くつろげるくらいは余裕余裕」
「あと、ベッドの上も綺麗にしときなよ。どうせ酔い潰れてそのまんま眠りこけるのが目に見えてるんだし。ゴミ山の上で目覚めるとか私いやよ」
「はいはい善処しますよ。……ところでパルスィ。あのガラク……いや、今日売っ払った物ってさ」
「うん? 何かしら」
「……いや、やっぱいいや。うん、大したことじゃない。忘れてちょうだいな」

 かんざし。くし。短刀。喪服。
 思い出の切り売りであったなどとは、パルスィは考えもしないでしょう。
 何百年も燃え続ける蝋燭などこの世にありはしない。たったそれだけの、嘲笑されるほど単純な原理なのです。

 あの彼岸花は、そういえば、嫌われずに赤く色づく事ができたのでしょうか?
 パルスィが知っている事と言えば、花の命は、枯れてしまってからがむしろ長いという経験則だけでした。

 ぐずりと、欠損する、溶け落ちた、響きが、太陽のない空から聞こえた気がしますが。なにせ、目覚まし時計と電話のベルが、いまだ、やかましく鳴り止まないでいたものですから。

 どうか、あの川べりの日々が。淀んだ水底色の瞳でいられた、太陽を背にした影色の瞳でいられた、あの素晴らしき日々が、いつまでも、いつまでも、取り戻りませんように。
 祝杯を。そして懇願を。よろしければ、彼女に幸あらんことを。
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が合ってて良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
軽~いタイトルとは裏腹なドロリとした内容。
面白かったです。
7.100名前が正体不明である程度の能力削除
なんか凄いよね、この話。
12.100名前が無い程度の能力削除
いいなぁ 
これ
すごい文章
14.100名前が無い程度の能力削除
なんかすごいものを読んだ気がする
15.90名前が無い程度の能力削除
恋花だったか
とっくに枯れて腐ってるみたいだけど
17.100名前が無い程度の能力削除
素敵でした。
18.80名前が無い程度の能力削除
ああ、切ない。
23.90名前が無い程度の能力削除
いいですね、こういうそそるような文章。
27.100名前が無い程度の能力削除
危険な色気のある文章だ