<シリーズ各話リンク>
「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
「命蓮寺のスープカレー」(ここ)
「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163)
「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164)
「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164)
「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)
狐と狸といえば、古来より宿敵と相場は決まっている。
もちろん、九尾の妖狐ともあろう者が、そこらの木っ端化け狸ごときにいちいち目くじらなどたてはしない。しかし、相手がかの団三郎狸ともなれば、捨て置くわけにもいかなかった。幻想郷に住む狐は何も私だけではないのだ。団三郎狸の差し金によって、幻想郷の狐が迫害される可能性があるとなれば、同族として黙っておられるわけもない。
『外の世界から連れ込まれた妖怪が住み着いたそうだから、様子を見てきなさい』
紫様から命を受けたこともあり、私、八雲藍は姿を隠し、命蓮寺へと潜り込んでいた。
寺では説法会が行われているようで、寺の境内には多くの人間が集まっていた。掃除をしている山彦と、尼僧姿の入道使いが、人間たちの案内をしている。
その傍らでは、入道に子供たちがまとわりついている。説法会の最中の託児をしているらしい。一見する限り、どこまでも長閑な寺の光景だった。博麗神社と違って、人が多いが。
――さて、団三郎狸はどこだ。
姿を消したまま、私は境内を見渡す。私が傍らを通り過ぎたとき、山彦の少女が不思議そうに首を傾げた。そう容易く感づかれない自信はあったが、もう少し用心すべきか。
と、寺の方から歩いてくる影に気付き、私は物陰に身を伏せた。ゆらゆらと揺れる、無駄に大きく不格好な、下品な縞模様のあの尻尾。間違いない、団三郎狸だ。
「あ、マミゾウばーちゃんだ!」
「これこれ、婆ちゃんと呼ぶでない。儂のことはマミゾウおねーさんと呼ばんか」
団三郎狸――名はマミゾウというらしいが、入道にまとわりついていた子供たちがその姿に歓声をかけて駆け寄り、そのぶくぶくと膨れたタワシのような尻尾にしがみつく。
マミゾウは朗らかな顔で、尻尾を揺すって子供たちをはしゃがせていた。入道と一緒になって子供と戯れるその姿は、その口調と相まって近所のお婆ちゃんという風情である。
――成る程、寺では子供の世話を任されているのか。
子供たちの歓声に、知らず頬が少し緩んでいたことに気付いて、私は首を振る。いかんいかん、子供に好かれているからといって、相手は団三郎狸である。その腹は真っ黒と思わねばならない。
幻想郷の化け狐を束ねる長に話を聞いたところによれば、今のところマミゾウ本人は、幻想郷の狸と狐の抗争に関しては静観を決め込んでいるらしいが、さて、どのように探りを入れたものだろうか。狐を一匹けしかけてみるか?
「ん? ……んんー?」
と、不意にマミゾウがその鼻をひくつかせて周囲を見回す。
「どうしたの、マミゾウばー……おねーさん」
「いやなに、ちょいと嫌な匂いがしてのう。……ずるがしこい狐の匂いがするのう」
「きつね?」
さらに鼻を鳴らして、マミゾウはこちらに視線を向けた。私は思わず舌打ちする。狸のくせに、よく鼻の利くことだ。感づかれた以上、このまま見逃してはもらえまい。私はその場に姿を現す。突然現れた私に、子供たちがきょとんと目を見開いた。
「あ、藍せんせーだ!」
寺子屋で私が算術を教えている子が中にいたらしく、そんな声があがった。マミゾウは目をしばたたかせて、それから値踏みするようにこちらを意地の悪い顔で見つめる。
私は小さく肩を竦めて、目の前の宿敵に向き直った。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ
「命蓮寺のスープカレー」
「おお? そのへんの化け狐が悪さでもしに来たのかと思うたら……九尾の狐とは、また大物が出てきおったのう」
「それはこちらの台詞だ、団三郎狸。貴様の居場所はここではないだろう」
「なんじゃ、儂を佐渡に追い返しに来たのかえ? 生憎じゃが、儂はしばらくここにおるよ。この命蓮寺とやら、存外居心地が良くてのう。どうせ佐渡に帰ったところで隠居の身じゃしの」
――幻想郷は全てを受け入れるのよ、と紫様は言った。主の流儀に則るならば、ここで私がすべきことは、悔しいがマミゾウを佐渡に追い返すことではない。
「幻想郷は全てを受け入れる。貴様がそうするというなら、こちらに止める気はない」
「狐のくせにやけに物わかりがいいのう。気味が悪いわい」
「だが、幻想郷には幻想郷のルールがある。ついこの間まで外の世界にいた貴様が、それを犯していないか見張るのは、博麗大結界の管理者代行として当然のつとめだ。守れないとあれば、無論、実力行使も辞さない。今日はそのことを伝えに来た」
しばしマミゾウは、私の言葉を呻吟するように首を傾げ、
「……なんじゃ、要するに虎の威を借る狐ということかの」
「なっ――――」
よりにもよって、そんな聞き捨てならない台詞を吐いた。私は色めき立つ。
「そうじゃろう。話に聞いたが、大結界の管理者は確か妖怪の賢者と呼ばれるスキマ妖怪じゃろ? お主、九尾の狐にしては気配が妙じゃと思ったが、その妖怪の使いっ走りをしとるのか。おお、伝説の妖狐も落ちぶれたものじゃのう。たかだか一妖怪の手下となってせせこましく隠居した狸の見張りなんぞしとるとは、おお、あわれ、あわれ」
「貴様、紫様の侮辱は――」
思わずつかみかかりそうになるが、マミゾウにまとわりついていた子供たちに怯えた目で見上げられ、すんでのところで思いとどまる。
いかんいかん、安い挑発に乗っては狸のペースだ。私はひとつ咳払いする。
「今の私は誇り高き紫様の式だ。私への侮辱は即ち主への侮辱。次は無いぞ、団三郎狸」
「誇り。悪賢い狐が誇りとは、ほっほっほ、こりゃ傑作じゃの」
「色も性根も埃のように汚らしいの狸に言われたくは無いな。箒とちりとりでかき集めてどこかに捨ててきた方がやはり世のため人のためか」
「掃除ならその尻の立派な九本の箒で勝手にやっとればよかろ」
バチバチと火花が散るうちに、子供たちはすっかり入道の方に隠れてしまっていた。
――ああ、落ち着け。私はただこいつの様子を見に来ただけで、狐と狸の全面戦争を起こしに来たわけではないのだ。あまり私とこいつがいがみあっていては、幻想郷の狐と狸の抗争にも影響しかねない。もちろんだからといって、仲良しこよしといくわけもないが。
「ともかくだ。今後しばらく、貴様の様子はこちらから見張らせてもらう。目に余るようなことがあれば、縛って外の海に捨てるからな。運が良ければ佐渡に流れ着くだろう」
「おお、くわばら、くわばら。狐はおっとろしいことを言うのう」
と、マミゾウは子供たちの方を振り返る。見れば、子供たちはすっかり怯えきった目で私を見上げていた。寺子屋で見覚えのある子もだ。う、と私は唸る。
「ほれ、子供が怖がっとる。みんな、大丈夫じゃぞー。こわーい狐がみんなに意地悪をしてきても、マミゾウおねーさんが化け力で守ってやるぞい」
マミゾウはまたゆらゆらと尻尾を揺らして子供たちに見せびらかす。
子供たちはこちらへの警戒心を露わにしたまま、またその尻尾にじゃれついた。
――全く、慎みのない尻尾だ。嘆かわしい。
「藍せんせー、こわくないよ」
と、子供の中のひとりがそう声をあげた。見れば、寺子屋で見覚えのある子だ。おお、利発な子はちゃんとどちらの言い分に理があるか理解してくれている。喜ばしい。
「ああ、そうだ。私は怖くないぞ。ただ、この化け狸に聞き分けが無いだけだ。おいで、特別に先生の尻尾を触らせてあげよう」
私の言葉に、その子は目を輝かせて私のもとへ駆け寄ろうとする。――が。
「おっと、いかん、いかんぞ。狐はいかん」
その子の肩を、マミゾウが掴んで止めた。
「狐はの、『えきのこっくす』という怖ーい怖い寄生虫を身体に飼っておるんじゃ。その寄生虫が人間の身体についたら大変なことになるぞえ」
びくりと子供たちがまた怯えた顔で私を見上げた。思わず私は叫んだ。
「馬鹿なことを言うな! 私に寄生虫などいるものか! 全く、みんな! そこの狸に騙されちゃ駄目だぞ。ほら、先生の尻尾を好きにするといい、そこのタワシのような狸のごわごわの尻尾より、数百倍モフモフで、数千倍は気持ちいいぞ!」
子供たちに尻尾を向けて、私は誘うように九本同時に揺らす。
と、マミゾウが尻尾にむらがっていた子供たちを引き離して、「だ、そうじゃ」と言った。
「ほれ、そこの狐がそう言うておる。みんなでモフモフしてやるとええ。ほーれ、みんな、九尾の狐の先生の尻尾を好きにしてええそうじゃぞー、モフモフだそうじゃぞー」
「え――」
マミゾウがそんな声をあげると、マミゾウにまとわりついていた子供たちだけでなく、入道のところにいた子供たちまでも、こぞって私の方に駆け寄ってくる。想定を遙かに上回る人数の子供たちが、競うように私の尻尾に手を伸ばし、たちまち私はもみくちゃにされた。
「ちょっ、ちょっと、待――!?」
私の悲鳴は、子供たちの歓声に飲みこまれて消えていく。
「……酷い目に遭った」
散々子供たちに尻尾を弄られ倒すこと一時間ばかり。その間にマミゾウは誰かに呼び出されたのか姿を消してしまい、結局なぜか説法会が終わるまで私が入道とともに子供たちの面倒を見ることになってしまった。
子供の世話自体は寺子屋でもやっていることだから、さほど苦でもないのだが、とかく尻尾にまとわりつかれるのには参った。九尾の尻尾は妖狐の力の証、慎みのない狸の尻尾と違ってそうそう子供の玩具にしていいものではないのだ。
自慢の毛並みもぐしゃぐしゃである。帰ったら風呂に入ってブラッシングをしなければ。尻尾がこんな状態では橙のところにも行けない。乱れた尻尾の毛を自分の手で撫でつけながら、私は境内を出る。説法会は終わり、子供たちも皆帰った。賑わっていた命蓮寺も、今は静けさを取り戻している。
――ああ、それにしても腹が減った。
急いで帰りたいところだが、それ以上に腹が減っていた。尻尾の毛並みの乱れは気に掛かるが、思わず立ち止まってしまうほどの空腹には抗えない。命蓮寺から八雲の家は遠いのだ。
「参ったな……何か、さっと食って出られそうな店は……」
このあたりに私がちょっと飯を入れていくような店ってないのか?
私は視線を巡らす。と、不意に鼻腔をくすぐる匂いを感じて、私はふんふんと鼻を鳴らした。
カレーの匂いだ。カレー。そうだカレーだ。さっと食べてさっと出よう。
私は匂いに惹かれて足を向ける。店はすぐに見つかった。《カリーハウス・ムラサ》の文字。ドアを開けると、「いらっしゃいませー」と少女の声が迎えた。現れたのは、セーラー服にエプロンを身につけた、見覚えのある顔の少女。
「あれ、確か――」
向こうも私の姿を認めて、きょとんと目を見開いた。――命蓮寺がこの場所に居を構えた当時にも、私は様子を伺いに行ったことがある。そのときに顔を合わせた記憶があった。
「えーと、ツクモさん?」
「八雲だ」
「お一人様です?」
「……ああ」
「カウンターへどうぞー」
確か、あの子はムラサと呼ばれていた。そういえば店の名前もムラサだ。どういうわけかは知らないが、あれからここで店を開いたのか。しかし、なぜカレー?
カウンター席につく。さて、何を食べようか。メニューを広げる。無難にチキンカレーあたりにするか、それともここはどしんとカツカレーでも入れていくか。ハンバーグカレーなんてのもある。チーズハンバーグカレーも悪くないな……。
「……ん?」
メニューを下の方まで見て、ふと見慣れない文字に目が留まった。
――スープカレー(チキン)。新メニューと書いてある。
スープカレー? スープカレーとはいったいなんだ? カレーをスープにして食べるのか?
「ご注文は?」
水の入ったグラスを持って、ムラサが現れる。私はメニューから顔を上げた。
「この、スープカレーというのは一体何だ?」
「ああ、今月からの新メニュー。その名の通り、スープっぽいカレーですよ」
想像がつかない。確かに水っぽいカレーはスープっぽくはあるだろうが……。
解らないものを解らないままにしておくのは落ち着かない。ここはひとつ、頼むしかないか。
「じゃあ、スープカレーを」
「はい、スープカレー。スープの種類は?」
「スープの種類?」
私の問いに、ムラサはメニューを指さす。見ると、スープカレーの文字の下に「スープの種類と辛さをお選びください」と書かれていた。なになに、トマトスープと……トマト? トマトカレーなのか? いやむしろハヤシライスか?
よく解らない。もうひとつのスープは……ココナッツスープ。……ココナッツ?
カレーにココナッツ? 見れば「トマトベースにココナッツの甘みをプラス」と書かれている。トマトで、ココナッツで、カレー? ますますわけがわからない。
「……ええと、じゃあ、ココナッツスープで」
「はい、辛さは?」
辛さ……見れば、0番から30番まであるらしい。2番で普通のカレーの中辛と書いてある。2番で中辛なのに30番まであるのか? 「10番以降は挑戦者向け」……どんな辛さなのだろう。
「ええと、じゃあ……3番で」
「はい、ココナッツの辛さ3番」
「あ、あとライス大盛りで」
「かしこまりましたー。以上で?」
「はい」
「毎度ー」
注文してしまった。さて、鬼が出るか蛇が出るか。ただのカレーならそうそう失敗もないだろうが、スープカレーとかいう得体の知れない料理だ、どう転ぶかは神のみぞ知る、か。
少し落ち着いたので、水を口にしつつ軽く周囲を見回してみる。説法会帰りらしい人間の姿がちらほらあった。普通のカレーライスを食べている客もいれば、何か大きな器とライスが別になっているものを食べている客もいる。あれがスープカレーか? 気になったが、あまりじろじろ見るのも不作法なので、私はもう一度水を飲んで息をついた。
からんからん、とドアベルが鳴り、また客が入ってくる。
「いらっしゃいませー。お一人様? カウンターどうぞ」
「チキンカレーちょうだい」
「はーい」
私と間ひとつ開けて、入って来た男性はカウンター席に腰を下ろす。一分もしないうちに、カウンター越しに「はいチキンカレー」と皿が出てきた。なんだ、普通のカレーならあんなにすぐ出てきたのか。やっぱりそっちにすべきだったか……。
手持ちぶさたに視線を上げると、壁に今日行われていた説法会の告知ポスターが貼られていた。こんな命蓮寺のすぐ手前の店で告知する意味はあるのだろうか?
……それにしても、なかなか出てこないな。やっぱり失敗だったか……。
「はい、お待たせしました、スープカレーのココナッツ、3番。ライス大盛りね」
お、きたきたきましたよ。待ちくたびれたよ。
スープカレー(チキン)、ココナッツスープ。スープカップを大きくしたような器に、いかにもトマトという感じの赤いスープ、そこに白い切れ端のようなものが浮かんでいる。この白いのがココナッツだろうか。大きな骨付きチキンが、半分にカットされたゆで卵を従えてその中に沈んでいる。しかしそれ以上に目を惹くのが、ごろんと大ぶりな野菜たちだ。ジャガイモ、ニンジンは定番としても、ピーマン、ナス、レンコン。この細長いのは……揚げたゴボウか。普通カレーといえばタマネギ、ジャガイモ、ニンジンじゃないのか? そもそもこれはカレーなのか?
ライスは特に変哲もない白いご飯だが、大盛りの割にはごく普通の量に見える。大盛りを頼んでおいたのは正解だったのかもしれない。
「これが……スープカレーか」
なんというか、妙な食べ物だ。私が眉間に皺を寄せていると、ムラサがカウンターの向こうから小さく苦笑した。
「なんでも、外の世界で流行ってたらしいよ」
「外の世界?」
「マミゾウがこっちに来る前にハマってたんだって。それで、どうしても食べたいっていうから、私がマミゾウの証言をベースに自分なりに作ってみたのがこれ」
――あいつの仕業か。私は思わず深く溜息をつく。狸の好物、これは一気に期待値が下がる。
「あまり外の世界のものを持ち込まれても困るんだがな」
「いやいや、このスープカレーはキャプテン・ムラサオリジナル! 美味しいよ?」
やっぱり、もっと強く言って聞かせなければならないか。私は溜息を押し殺してスプーンを手に取る。団三郎狸の好物と聞いただけで食欲が七割近く減退していたが、頼んでしまったからには仕方ない。食べきるのが礼儀だ。
「いただきます」
さて、いったいどんな味がするのか。とりあえずはスープというからには、この赤いスープから味わってみよう。私はスプーンでココナッツの浮いたスープをすくい、口に運ぶ。
――なんだ、これは。
思わず、私は目を見開いていた。甘い……いや、辛い。油揚げの甘辛さとは違う、不思議に柔らかい甘みと、スパイスの辛みが別々に、しかし寄り添うように同居して、辛みが甘みを、甘みが辛みを引き立てている。不思議な味だ。
ライスの方を口に運ぶと、軽いとろみのあるスープがご飯と絡まり合った。――なるほど、これは確かにカレーだ。スープで、トマトで、ココナッツだが、カレー。変わった味だが、しかし……マズくない、決してマズくないぞ。
大きな骨付きチキンは、よく煮込まれていて柔らかく、スプーンを入れるとはらりと崩れた。ボリューム感もたっぷりだ。煮崩れていないジャガイモも、ほくほくで嬉しい。
「ん? カボチャも入ってるのか」
スープの底には、薄く切られたカボチャも沈んでいた。ジャガイモ、ニンジン、ピーマン、ナス、レンコン、ゴボウにカボチャ。まるで野菜の大名行列だ。
しかし、この大ぶりの野菜はスプーンでは食べづらいな。テーブルを見ると、スプーンの入っていた箱にフォークも入っていた。これはありがたい。フォークとスプーンでナスを切り分けで口にする。たっぷりとスープを吸ったナスに、思わず「ほっ、ほっ」と息が漏れた。
揚げたゴボウの衣も、スープとよく合う。半分に切っただけのようなピーマンの苦みは、甘みと辛みのスープの中でいいアクセントだ。
ああ、レンコンのことをすっかり忘れていたよ、悪い悪い。しゃきっとした食感が、野菜づくしの中ですっごく爽やかな存在だ。
「ほふ、ほふ」
辛みと熱さで口の中がよく解らなくなってきた頃に、ゆで卵の存在が嬉しい。口の中が中和されたところで、減ったスープの中から姿を露わにしたチキンに目が行った。スプーンとフォークだと、微妙に骨の周りの肉が取りづらい。……ええい、かぶりついてしまえ。
骨だけになったチキンをライスの皿の空いたスペースにどけ、残っていたカボチャとスープを片付けにかかる。カボチャの甘みは、ココナッツの中では少し余計かな……。まあ感じ感じ。ライスは少し足りないぐらいの量だった。やはり大盛りで正解だったか。
「はふう……」
空になった器を置いて、私は息を吐いた。――悔しいが、美味かった。最近はとんとご無沙汰だった、未知の味との遭遇だ。スープカレー、悪くないじゃないか。普通のカレーとは全く別の食べ物だが、これもアリだな。大アリだ。大アリクイだ。……いや、失礼。
トマトと、ココナッツと、スパイス。本来全く無関係のはずのそれが、絡まり合って不思議なカレーを導き出す。まるでオイラーの等式のようだ。
「ごちそうさま」
「毎度」
席を立ち、会計を済ませる。と、ムラサから二つ折りのカードを手渡された。
「こちらポイントカード。10個溜まるとカレー1杯無料サービスだから、また来てね」
ほう、なかなか太っ腹じゃないか。カードを開くと、《なめんじゃねえよ》と書かれたスタンプが押されていた。……なんだこれは。
「……美味かった。また来るよ」
「お、ありがとうございましたー!」
思わず、そう口にしていた。ムラサは満面の笑みで頭を下げる。
美味かったのは事実だし、作ったのはこの店長だ。美味かったものを、美味かったというぐらいは、狐も狸も関係はない。
「今度、橙向けに自分でも作ってみるか……」
辛みを抑えれば、ココナッツの甘みで橙も喜んでくれるだろう。そんなことを思う。
店を出ると、店長が外まで見送りに出てくれた。私は振り返って軽く手を振る。
「またよろしくお願いします、ヨクモさん!」
「八雲だ!」
――前言撤回。やっぱりこいつらも狸の手先か。
命蓮寺への監視、しばらくはしっかりつとめなければいけないな。
そんなことを思いながら、私は膨れた腹を軽くさすって、帰り道を急いだ。
村紗特製スープカレー食いてえええああああ
お腹減って胃がシクシクしてきたorz
続けろ
続けてください
読んでる途中でカレーを食べてる時に出てくる時特有の汗が出てきましたよ。
次回、待ってます!!
マミゾウさんプロデュースのスープカレーも食べてみたいなぁ
食べ物に関しての描写は、正直一話目の方がじっくり丁寧な感じがして、それと比べるとあっさり気味かなとも思います。
ただその前フリとも言うべきマミゾウとの応酬がなんとも小気味良くて、終いには一杯食わされる藍が人間くさくてとっても好みです。
つまりは今回は孤独のグルメ成分より、東方成分が多めと言う感じで、前回とはまた違った面白さを感じました。
とかく式としての役目や八雲家の一員としてのポジションが多い藍ですけど、いち妖怪としてのプライベートをかいま見れる本シリーズ、今後もとても楽しみしています。
それにつけても恨めしいのは、「ほっ、ほっ」で藍のあられもない表情が脳裏に思い浮かんだ己の頭よ……。
タイトル見ておっ?っとなって見てみたら続いてたのか!
藍様ががっつり食うのは結構絵になると思う
食事のとこの表現がたまらないですね!唾液とか汗とか色々出るよ
次回も続いてくれー!
熱いカレーをほふほふ言いながら食べてる藍さまとか、色気がたまらなさそうだ。
スープカレーはマジックスパイスで食べたことがあります。友人と一緒に。
……有無を言わさず虚空注文されて悶絶しながら食ってましたが(辛いもの苦手な人は涅槃以下推奨)。ムラサの店の30番の辛さは、アクエリアス級かそれ以上なのでしょうね……