Coolier - 新生・東方創想話

妖怪 すねこす燐

2012/02/22 22:22:22
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 古明地さとりは困っていた。
 地の底に静かに佇む地霊殿の主であるさとりは、今まで数々の苦難を乗り越えてきた。
 時には体に多くの生傷をつけ、また時には一人枕元で泣き伏し、最愛の妹とは未だに隔たりがある。
 しかし、今の生活はそんな苦労苦労の日々を経てようやく得た物だった。
 
 地霊殿。それはさとりにとって掛け替えのない財産の一つであり、数少ない安寧の地となっている。
 そんな、頭一つで生き抜いてきた彼女であるが、時たま分からないことがある。妹しかり、ペットしかり。
 さとりは自分の部屋で安価な朱のソファに座りながら、もう何度ついたか分からないため息をつく。
 そんな彼女の足元には。

「ごろごろ、ごろごろ」

 少女のすねを執拗に擦る、猫耳妖怪の姿があったのだった。



◆◆◆妖怪 すねこす燐◆◆◆



 すり、すりすり。
 
「燐。……お燐」

 さとりはそのまますねを擦られながら、彼女の名前を呼ぶ。
 お燐。地底の妖怪を代表する一人であり、火車である。
 姿形は省略するが、彼女は火焔猫である。有り体に言ってしまえば猫だ。
 さとりの考える猫とは全体的に気まぐれであり、主人である自分が呼んでも好き勝手するイメージがある。
 しかし、たまにではあるが構って構っての甘えたがりになる時がある。猫撫で声を鳴らし、ほらほら撫でれとばかりに頭を擦り付けてくるのだ。
 それだけならかわいいのだが、今回の場合ちょっとくすぐったい違和感ばかりである。
 さとりは、引き続き燐の名前を呼ぶ。

「お燐、あなたは何をどうしてほしいのですか?」
「すりすり、ふもふも」
「……えっと」

 しかし、期待した返事は得られなかった。先程からこんな調子である。
 お燐はまるですねにしか興味がない、と言わんばかりにさとりのすねを頬ずりしていた。猫特有の高い体温がさとりのすねに伝わっていく。
 もう一時間は座っているだろうか。
 さとりは残り少ない紅茶を飲みながら、足元の猫をどうにかしないとと考えていた。
 今はまだ大丈夫なのだが、何れ必ずやってくる生理現象が怖いのだった。
 なすがまま決壊は勘弁願いたいものだ。

「ほら、お燐。少しどいてくださいな」
「にゃーごろにゃーごろ。ごろにゃー」
「言葉遣いが苦しいですよ」

 さすがに猫はそんな鳴き方しないだろう、とさとりはぺんぺん燐の頭をはたく。
 もしかしたら聞こえていないのだろうか?
 とも考えたのだが、先程のさとりの突っ込みに燐ははっと顔を上げ、一言だけ呻いた。

「そ、そんなぁ!」
「一体どうしたんです? あれですか? 綿棒欲しいんですか?」
「ま、間に合ってます!」

 どうやらそっち方面は大丈夫だそうだ。
 彼女の慌てふためく様子を見る限りだが、理性は保っている様子。
 確かに感情の波こそ激しい燐ではあるが、さとりに忠実なことは変わっていないのだ。
 頼もしいペットを持ったものだ、さとりはそう思いながら、改めて目下の燐を見る。
 
「えっと、お燐?」
「しまったなあ……一体どうだったっけ。はあ」
「あの、お燐さん? またすねを擦らないでいただけますか?」

 頼も、しい……?
 再び柔らかく暖かい頬の感触を足で感じながら、さとりは再来した難題に頭を抱えることとなった。
 分からない。この子が分からない。
 普段そんなに働かない頭を鞭で走らせながら、さとりはそっと心を読むことに決めた。
 身内であり家族である燐にはあまりしたくなかったのだが、こればかりは仕方あるまい。
 ぴるぴる震える燐の猫耳を指先で撫でながら、そっと意識を集中させた。
 数秒もすれば、彼女の考えていることがさとりにも直接伝わってくる。そしてその理由の単純明快さに、あらと小さな声が漏れてしまった。

「(むしろ、どうして言わないのかしら)」

 とすら思う程度に、単純なものだった。
 後は言うタイミングの問題だったが、ふと部屋の外から一つの思念が近づくのを感じたので、さとりは彼女の協力を仰ぐことにした。
 少しも待てば扉がとんとんと叩かれたので、さとりはどうぞと一声かける。開いた扉から、にょきと見慣れた黒い翼が出てくた。
 そしてまた同時に、燐の姿が消えた。現金である。

「あのーさとりさまー、ってうわあああ!?」
「ごろごろもにゃもにゃ」
「ようこそおくう、にゃんにゃんハウスへ」
「にゃんにゃんハウス!?」

 入ってきた瞬間燐に襲われるとは思っていなかったのだろう彼女、霊烏路空は、親友のあまりの奇行に思わず飛び跳ねていた。
 彼女はまず足元で執拗にすねを擦ってくる燐を見て、次にやっと解放されたと座りながら姿勢を崩したさとりを見る。少なくとも二度見はした。
 そこから導き出された結論は、自然と空の言葉になって出て来るのだった。

「……ナニ、してるんです?」
「ああおくう、そんな哀れな人を見る目をしないでください! これはそう、陰謀なんです!」
「こんな状況で陰謀なんて言葉、私の辞書にありませんわ!」
「あなた本当は割と頭良いですよね?」

 さとりの疑問に、野生の「カン」が教えてくれたんです、と空は胸を張った。空自体大きいので、少しえっへんするのもどこか威風堂々に見える。
 それはさておき、一方の燐は空の足元でごろごろしていた。
 さとりとしては確かに解放されこそしたが、空が履いている靴に擦り寄って良いものだろうか。形的に体がちくちくしていたなら大問題である。
 そう考えたさとりは、引き離すようにそっと後ろから燐を持ち上げた。
 今は猫型ではないのだが、習性だろうかこうすれば自然と力が抜けるのだ。

「にゃあ」
「ほらお燐、おくうは別に迷惑そうにしてないけどやめておきなさい」
「さりげなくひどいですねさとりさま」
「にゃ、にゃーにゃー! やー!」
「……悪い子は縛り付けて目の前でみかんを剥き続けますよ」
「ご、ごめんなさいでしたっ!」

 なおも暴れる燐の耳元で、さとりは艶のある唇でそっと宣告する。すると途端に、燐は借りてきた猫のように大人しくなった。
 余談ではあるが、猫は柑橘系の香りを嫌う。これとみかんの汁と併用しさらに逃げられなくすることで、猫限定だが強力な仕置きとなるのだ。
 ただし、絶対に普通の猫で試してはいけない。人語を話せる猫のみである。
 話を戻すことにしよう。

「お燐、心を読ませてもらいました。随分今更な話題ですね」
「むう。あたいにとってはわりかし重要な話なんですよ」
「どういうことなの?」

 ただ燐を現実に引き戻すためだけに使われた空は、首を傾げるばかりである。
 まだ自分の役割に気づいていない空に苦笑いを浮かべつつ、さとりは空にも分かるように説明した。

「おくうは鴉ですよね」
「そうですよ! なんといっても私は地底最強の地獄鴉ですから!」
「ええ。つまり、お燐は自分が猫であることに疑問が生じているのです」
「えっと、つまり、……なるほど!」
「分かってませんよね?」

 しかし、空には伝わらなかった。むしろ伝わらない方が良かったのかもしれない。
 もし彼女が考え始めれば、愚直な空のことである。
 その言葉だけで三日三晩程頭を拗らせて、結局最後に飽きてしまうだろう。空には今のところ関わりがない話である。
 問題の燐はさとりに抱きかかえられながら、半ば諦めた声色で話し始めた。

「あたい、思うんですよ。あたいは確かに猫として生まれて、今では火車になりました」
「ええ、分かっていますよ」
「ですけど、猫であることはどうやっても覆せないんです。飾り物の猫耳とかを見ると、あたいはむずむずってするんです。本物の猫とかより、飾り物の耳付けた人の方がいいのかなって」
「うん」

 読心で分かっていたこととはいえ、さとりは一つ一つの言葉に頷いていく。
 燐は火車であり、怨霊使役や人型変化といった技は全て自分の努力で手にしてきた。
 しかし、自分の外見までは変えることは難しい。男は男で、女は女であるように。
 さとりはそこまで聞くと、自身の頭のハートの飾りをそっと外し、燐に手渡す。
 そして、微笑みを湛えながらはっきり述べた。

「縛られたいんですね?」
「え、誰もそんなこと言ってませんよ!?」
「だまらっしゃいこの自惚れ猫」
「ひどっ!?」

 燐の困惑した顔を呆れた顔で見ながら、燐の黒い猫耳をきゅっと摘む。
 びくっと恐怖と驚きに体を震わせた燐を見ながら、さとりは視線を外して呟いた。

「あなたが世の中を語るのは、速すぎます」
「え?」
「いえ。あなたがそんなことを言うなら、私だって種族を変えたかったですよ」
「あっ」
「分かりましたか? 私は説教するつもりはありません。ですが、そんな当たり前のことで頭を悩ませないでください」

 そう言い残し、さとりはぽんと燐の頭を撫でる。わがままな子供を宥める大人のように、優しい抱擁をしながら。
 自身の身の丈は結局自分では分からないと、さとりは考えている。
 燐はまだ妖怪になって日が浅い。彼女もまた、空と同じく悩んで悩んで悩み抜くタイプなのだ。
 しかし、空と違う点として、どうにかして何かしらの『答え』を導きだそうとするところがある。今回の問題はそれが形となった結果であろう。
 さとりにとって二人はまだまだ子供なのだ。例え背が伸びたとしても、離れて仕事をしていても、かわいい子供のままである。

「まあ、悩むのは悪いことではないですよ。ただ考えるのはもう少し学をつけてからにしなさい」
「む、む……言い返せないです」
「別にいいのです。あなた達がしっかり動ければ、後は私が全て考えてあげますよ」
「わー、さとりさまかっこいいです!」
「ふふふ。そういうわけで、早速あなたのことを考えてあげましょう、お燐」

 さとりが抱いたまま、じっと半分の目で燐を見据える。
 一方の燐は小さな彼女を控えめに抱き返しながら、二つの心境を抱えていた。
 一つは、主人がこんなにも近いという緊張感。
 もう一つは、どこか言いようも無い不安。しかも悲しいことに、こっちの方が圧倒的に優勢である。
 
「お燐。先程の猫らしからぬあなたの行動は、とある妖怪を思い出すんですよね」
「は、はあ」
「『すねこすり』ですか? ですか……ええ、その通りです」

 分かりきったことを心を読んで答える辺り、明らかにその類だと燐は直感で悟った。
 すねこすり。それは日本の妖怪の一つで、見た目が小動物でとてもかわいらしい妖怪のことだ。
 念を押しておくが、れっきとした妖怪である。
 その妖怪は雨が降る夜に現れ、夜道を歩く人間の足元に纏わりつく。
 当然すねこすりに纏わりつかれると歩きにくくなり、何より転んでしまう。しかしそれ以上のことはせず、妖怪としては安全な部類である。
 一説には雨の降る暗い夜には無暗に外に出ないようにしよう、ということを示した妖怪の象徴だとも言われているそうだ。
 そのことを示した上で、さとりは少しずつ体を潜らせていく。体重を燐に預け、ねえと真上の燐に問いた。

「さながら、すねこす燐です。くすぐったかったですけど、かわいかったですよ」
「さ、さとり様? その、それが何か」
「ですが、一つ間違いがあります。『すねこすり』は、あなただけではないんですよ」

 そう言うと、さとりの姿がおもむろに消えた。
 そして同時にワンピースで隠された燐の足元から、もちっと生温かい感触が伝わる。
 わあと目を輝かせる空を尻目に、まさかと思った燐は慌てて頭を下げようとする。



 かりっ。



「いったあっ!?」

 しかし、すねに感じた小さな痛みに思わず体を仰け反らせてしまった。
 今度はきゃーきゃーと騒ぎ始めた空を後ろに、燐は涙目になりながら自身のワンピースを捲る。
 そこには紫の髪を揺らした小さな少女が、すねについた歯型と一緒に笑っていたのだった。

「悪い子は、こうしてすねを齧られちゃいますよ?」
気が付いたら年が明けて大分経っていました。くるる。です。
やや久しぶりということもあってか、今回もやや短い話になりました。
にゃんにゃんにゃんの猫の日でしたが、猫を飼っているなら足元に擦りつかせて、のんびり読んでいただければ幸いです。
それでは、また。

書いている途中で折角だし青娥さんの話にした方が良かったかな、と思ったのはまた別の話。
くるる。
https://twitter.com/#!/kururu_mk2
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コメント



0.960簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
投稿時間が凄い事にw
とても良かったです
4.80名前が無い程度の能力削除
すねこす燐に遭遇したいという欲望。
投稿時間は狙ったのだろうか……?
5.70名前が無い程度の能力削除
このお燐は私がお持ち帰りしますね
6.90久々削除
ちょっとすねこすってくる。え、誰のって……?
お燐は頭がいいイメージがあったので、これは新鮮でした。
ワンピース万歳、ワンピースブラボー
9.100名前が正体不明である程度の能力削除
想起「妖怪大戦争」
2ばっかりww
11.90名前が無い程度の能力削除
良い投稿時間
この主人可愛い
13.90名前が無い程度の能力削除
投稿時間に乾杯
17.80とーなす削除
投稿時間すっげえ。
お燐可愛い。
21.100名前が無い程度の能力削除
投稿時間もさることながらお燐への愛が伝わって来ました。
すねこす燐に歩行の邪魔をされたいなぁ(ぇ
27.90名前が無い程度の能力削除
すねこす燐可愛らしい
投稿時間が…