長い間眠りに就いていた聖人や尸解仙たちが現世で生きられるようになったのは、つい最近の出来事だ。
それは偶然と必然が奇妙に重なった結果だったが、ともあれ彼女らが覚醒状態で生活をできる喜びを噛みしめていたことは言うまでもない。
そうして浮かれきった結果少々面倒なことを引き起こし、博麗の巫女やら普通の魔法使いやらに締め上げられてしまった訳だが――
それをきっかけに彼女らも1度落ち着き、この仙界に建てた道場で生活を共にしようと決めた。
さて、共同生活をするからには、これまで気が付かなかった相手の特徴も見えてくるものだ。
それは良い意味でもあり、悪い意味でもある。
ある日の出来事である。
芳香が何気なく廊下を徘徊していると、通りかかった襖の向こう側から何やらごちゃごちゃと落ち着きのない、いわば雑音が聞こえてきた。
立ち止まった彼女は呆けた顔で少しだけ考え込んで、その部屋が神子の部屋であることに気付く。
純粋な好奇心に後押しされた芳香が神子の部屋へ入ると、座布団に正座する彼女の周りには、無数の奇妙な機械が置かれていた。
「あら、芳香。いらっしゃい」
きょろきょろと芳香がそれらを眺めていると、気が付いた神子が笑顔を芳香に向けた。
先程より大きくなった雑音の中で、芳香はきょとんと神子に問いかける。
「うおお、太子様。これはいったい」
「これ、といいますと……ああ、『らじお』のことですね?」
芳香には聞きなれない言葉だった。首を傾げる彼女に、神子は優しく語りかける。
「河童の方々曰く、この『らじお』からは声が聞こえてくるといいます。そして実際に、この機械からは声が聞こえてくるのです」
「おおー、しゃべるなんてすごいです! でもなんで?」
「私にも河童の方々が言うことはよく分かりません」
神子は苦笑を浮かべて、芳香もそれにつられて笑った。
それから芳香は、一体全体どうして神子が『らじお』を使っているのだろう? そう思う。
そのままを神子に問いかけると、神子は手近にあったラジオを1つ手に取り、ゆっくりと説明を始めた。
「この『らじお』とやらは、この丸いのを回すことで別の声を聞くことが出来るようなのです」
「うおお、なんでなのだー!?」
「それも私には分かりませんが……ともかく、これをいっぱい集めれば『多数の人の話を聞き分ける』修業になると思いましてね」
そう言って、神子は持っていたラジオを横に置いた。瞳を閉じて、深く集中した精悍な表情を芳香に向ける。
同時に芳香も暇になったので、1度雑音の混沌へと耳を傾けた。
が、当たり前ながら何が何やら分からなくなり、「何を言ってるか全然分かりません!」と諸手を上に突き上げる。実に美しいオワタのポーズであった。
神子も目を開けてにっこりと笑ったかと思えば、おもむろに立ち上がり全てのラジオの電源を落とす。
そして、「いまから全ての内容をお教えしましょう」と彼女は人差し指を立て、それぞれ全く違ったラジオの放送内容を全て言い当てた。
「お、おおお……流石は太子様……」
「ふふ、それほどでも」
「でも、そんなにすごいなら修業なんていらないと思います!」
神子の能力は『十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力』。ならば、修業する必要なんてないじゃないか?
素朴で、しかし間違った考えだった。ゆえに、神子は優しく芳香を諭す。
「いいえ、決して慢心は生み出していけないものです。いくら私と言えども、修業を怠ればその力はすぐ衰えてしまいます」
「な、なるほどー……!」
「ですから、この文明の機器『らじお』とやらを使い、決して衰える事が無いよう修業しているのです」
「おおお……」
芳香は感動した。何とか、この素晴らしき聖人にご奉仕をしようと決心した。
腐りかけの脳をフル稼働させて、神子の役に立つことは無いか考える。神子は至極感動した様子の芳香を見ただけで満足だったのだが、芳香からすればそれだけでは納得できなかったのだ。
「なら私も、その『らじお』1つの代わりになるぞ!」
芳香はそんなことを思いついて、考える間もなく言葉に出した。
唐突な宣言に、神子は小さく首を傾げる。「それは……?」と神子が問いかけると、芳香は神子の役に立ちたいという旨をそのまま伝える。
芳香の言葉に、神子は少し困ったような笑顔を見せた。迷惑だという気持ちはびたいち無かったが、それが果たして彼女の助力になるかといえば微妙だ。
しかし、私を尊敬してくれる、純粋で可愛い芳香の気持ちに応えなければならない――そんな使命感が神子の心へ小さく灯った。
「ありがとう、芳香。ではその『らじお』1つを止めて、代わりに芳香が何か私へ質問してください」
「わかったぞー!」
芳香は数秒操作に悩んだ末ようやく電源を切り、ラジオ1つが置いたあった所へ代わりに自分が座る。
それを確認した神子は、再び全てのラジオの電源をつけた。立ち込める雑音の中、双眸を閉じて集中力を高めていく。
既に修業が始まっていることを理解した芳香は、内心焦りながら質問を考えた。
何か太子様へ訊きたいことはないか、なにか気になっていることはないか――
「太子様は、エッチしたことがありますか!?」
「ぶふぉ」
神子の集中力が一気に吹き出した。吐き出し損ねた集中力が気管に入ってむせた。
なお咳き込みながらも、辛うじて神子は全てのラジオの電源を落とし、未だグッと身を乗り出して、両手の拳を固く握る芳香の前へ座る。
「よ、芳香……あのですね」
「太子様はエッチ分からないのかー? エッチっていうのはつまり男と女が」
「あーあーあーあー聞こえない聞こえない!」
神子が大きな溜め息をつく。その理由が分からない芳香はぽかんと口を開ける。
そんな様子に、神子は心で「いけない」と自分を叱った。恐らく、芳香の質問に一切の悪意は無い――純粋な心から生まれた疑問なのだ、と。
だからこそ、今だって私が言い聞かせなければならないじゃないか。神子はこほんと咳払いし、真っ直ぐと、しかし優しい視線で芳香の目を見つめた。
「芳香」
「ん?」
「この世の中には『でりかしい』という言葉がありましてね」
「でかいしり?」
「でりかしい! ……こほん。それでですね、余り上品では無いお話をすることは、社会的によろしくないことなのです」
「おおお、なるほどなー」
芳香はまた1つ常識を憶えた。それを教えてくれた神子は、やはり私が尊敬すべき人間なのだと感じた。
再び向けられた畏敬の視線に、神子は満足な様子で微笑んだ。それから「もう1度やり直しましょうか」と彼女は切り出し、三度ラジオの電源をつける。
すぐに神子の集中力は高まった。雑音の中で1人、自らの世界へ入り込んでいく。
芳香も訊ねるべき質問を考えた。先程のような失敗をしない為にも、太子様の期待に応える為にも――
「た、太子様は!」「……」「せ……性交渉を!」「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
思わず、神子は近くにあったラジオをぽーんと頭上へ放り投げる。
それが墜落すると同時に、神子は芳香の肩を両手で掴む。その瞳はすでに血走っていた。
「なんで、どうして! 何故下ネタに走るのですか芳香は!」
「た、太子様、エッチではでかいしりが駄目と言われたから正式名称で」
「そっちの方が性質悪いじゃないですかもおおおおおおおおお!」
これでもかと言わんばかりに、神子は芳香の身体をガクンガクンと揺する。普段から冷静な神子も、激情に操られて歯止めが効かない様子だ。
しかし、暫くすると神子に理性が戻ってきた。取り乱していた自分に気付き、慌てて芳香の両肩から手を離す。
神子は「す、すみませんつい……」と芳香の顔を窺った。怒っていなければよいのですが――そう考えていた神子だった。
が。
「わ……私は、なんということを……!」
芳香は虚ろな瞳で、まるでこの世が終わってしまったかのような表情を浮かべていて。
あ、これ、終わったわ。神子は直感した。
「た……太子様に無理を言って迷惑をかけた末……!」
「え、ちょ、あの」
「社会的にNGなネタを乱発し……!」
「いや、その、えっと」
「う、うおおお……わ、私は……」
「ちょ、えっと、芳香」
「所詮、太子様の邪魔にしかなっていないというのか……!?」
神子が見た芳香の目は完全に泳いでいた。顔は絶望の闇に覆い尽くされている。
ドン引きする心を何とか震わせ、神子は芳香をシラフに戻そうとするが、もう駄目だった。
イッちゃってた。
「うわああああああああああああああああああああああ芳香は悪い子芳香は悪い子!」ガチャーン
「ぎゃああああやめてえええええええええええええええええええええええ!」
よしか は らじお を ふきとばした !
「芳香は悪い子! 芳香は悪い子! うわあああああああああああああああああああああああ」バリバリバリバリブビー
「ちょ、待って、落ち着いてええええええ!?」
「悪い子おおおおおおおおお!!」ブピポペッバカラドベベー
「良い子だから! 良い子だからねえちょうわああああああああああああああああああああああ」
◇
「はあ……はあ……と……とりあえず落ち着きましょう……」
「う、うおおお……」
焦土と化した神子の自室に、疲弊した様子で2人は向かい合っていた。
最早部屋は目も当てられない状況だが、芳香を押さえつける事ができただけでも奇跡だったと、神子は無理矢理自分を納得させる。
しかし、このままこの部屋にいたところで何も出来ない。さりとて、芳香をこのまま追い返すのも気が引ける。失敗したまま物別れになることは余りよろしくない。
「……よ、芳香」
「……た、太子様」
芳香もあらかた落ち着きが戻ったようで、たいそう気まずそうな表情を神子に向ける。
なおさら、このままではいけない。そう神子は思う。彼女としてはラジオが壊れたことくらいどうでもいい(そりゃ壊れない方がもっといい)わけで、そんなどうでもいいことで後々に遺恨を残すのは駄目だ。
「……今から、夕食を作ろうと思うのですが」
「?」
そういう、訳で。
「芳香も、よければ手伝って頂けませんか?」
神子は、以前と変わらない笑顔でそう芳香を誘った。
芳香に挽回のチャンスをあげよう――と思う程彼女はおこがましくないが、要するにそういうことだ。
無論、芳香は感動した。この優しすぎる聖人に、何とかお返しをしなければならないと決意した。
「うおお……この宮古芳香、玉砕特攻覚悟で太子様のお手伝いをするぞ!」
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――――
「さて……夕食、作っていきましょうか!」
「作ってしまうのかー!?」
台所に移動し、早速夕食作りのスタートだ。
エプロンを着けた神子は「今日は親子丼とカツ丼を作りましょう」と芳香に言う。芳香は大きく首を傾げた。
「作るならどっちかじゃないの?」
「本当ならそうなんですが……今日は布都と屠自古の意見が分かれてしまいまして」
苦笑しながら神子は告げる。というのも、布都と屠自古の夕食献立争いは最早冷戦となりつつあり、その上何故か敗北側が罰ゲームを受けるという謎めいたシステムが道場内に生まれているのである。
その余りに悲惨な罰ゲーム(主にケツ吹き矢)を見かねた神子が、最近はそれぞれ献立を分けて作っているという訳だ。
無論くだんの2人は喜んでいるのだが、それが神子の負担を大きくしているとは全く思考に無い様子である。
もとより、神子はそんな些細な事で怒る器ではないけれども。
「それで、それ以外の方にはどちらを食べるか訊かなければいけませんね。私は親子丼ですが、芳香は?」
「私はカツ丼が好きです!」
「ふふ、そうですか。青娥はどちらを食べるのでしょうか」
「うおお任せろ、私が今から訊いてくるぞ!」
思い立ったが吉日――という訳では無いだろうが、芳香は言うなり台所から飛び出していった。
開けっ放しにされた扉に神子は近づいて、穏やかな笑顔でそれを閉める。
◇
1時間くらい経って、時も既に夕刻。それぞれの夕食が出来上がった。
親子丼が2つにカツ丼が3つ。神子と布都の2人が親子丼で、屠自古と芳香、青娥の3人がカツ丼だ。
台所に立つ芳香と神子は、食欲へ切り込む美味しそうな香りに顔を綻ばせる。
「うおお……美味しそうだぞ!?」
「ふふ、芳香も手伝ってくれましたから……これは芳香の作った夕食、ですね」
「これを私が……おおお……!」
神子の言葉に芳香のテンションも上がる。台所に並んだ丼5つを見ながら「おおおお……」と呟き続ける芳香に、神子も自然と笑顔になった。
神子が「さあ、運びましょうか」と芳香を促すと、芳香も高いテンションのまま「わかったぞ!」と親子丼2つを手に取る。少し心配な神子だったが、行く手に障害物は無いし、特に問題なく運ぶことが出来るだろう――
そう考え、自らも2つのカツ丼を手に取った、その時。
「太子様! 今日の夕食は親子丼であろうか!?」ガタッ
「いやいや、今日はカツ丼ですよね太子様!」ガタタッ
「ひゃっ!?」
突然開いた扉から台所に入ってきたのは、物部布都並びに蘇我屠自古だ。
思わず神子は背中を震わせ、声を出して驚く。丼を持った手を滑らせそうになったが、ま台から持ち上げてすぐだったので何とか持ちこたえる。
ふう、と息をついた神子だったが――その、最悪の事態が脳裏によぎるまでに、そう時間はかからなかった。
「っ――芳k……」
振り向きざまに名前を呼んで、彼女の状況を確認しようとするが――
実に聞きたくなかった『ガシャン』という音が鳴り響いたのは、それと全く同じタイミングで。
神子が視線を向けた先には、右手に持った丼は何とか持ちこたえたものの、左手の丼を落としてしまった――芳香の姿があって。
あ、これ、終わったわ。神子は直感した。
「お……おおお……」
「……え?」
俯いて、ぶるぶると震えだす芳香と、何が起きてるのか分からず呑気な顔をしている布都。
その横に居た屠自古は、一足先に自分の罪が分かった様子で、その顔をさっと青ざめさせる。
神子の心臓はこれでもかという程に高鳴っていた。最早、何を言ったところで芳香の暴走は避けられないだろう。無惨に割れて中身の飛び出している丼を見ても、それが不可避であるという現実を思い知らされる。
しかし――芳香は、突如俯いていた顔を上げて直立不動になった。沈黙の中で固まる布都と屠自古を尻目に、右手に親子丼を持ったまま神子へ近づいてゆく。
「よ……芳香?」
「……」
神子の問いかけにも答えることなく、芳香は持っていた親子丼を流し台の横へ置いた。
それからスッと振り返り、再び事故の現場へと戻っていく。その落ち着いた歩き方はまるで社会人――ならぬ社会ゾンビのそれだった。神子は思う。芳香は先程説いた私の教えをしっかりと吸収していて、もしかしたらもう癇癪など起こさないのでは、と。
布都と屠自古の注目を受けながら、芳香は駄目になった親子丼の下にしゃがみ込む。そして、その丼をそっと手に取り、そっと立ち上がった。神子は確信する、彼女はもう癇癪など起こさない、立派な一社会ゾンビだと!
神子は静かに芳香へ駆け寄った。その姿に、芳香もにっこりと笑顔を向けて――――
「うわあああああああああああああああああああああああああ芳香は悪い子おおおおおおおおおおおおお!!」ズガラドーン
「いやああああああああああやっぱり駄目だああああああああああああああああ!?」
駄目だったのである。
「芳香は悪い子! 芳香は悪うわああああああああああああああああああ」マルマルモリモリブビー
「うわあああああああ何なのだ芳香どうしたのだああああ!?」
「悪い子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」ブピポペッバカラドベベー
よしか は どんぶり を ひだりななめ に ほうりなげた !
「た、太子様ぁ、これは一体どういうことであろうかぁ!?」
「は、話は後です! 布都も泣いてないで芳香を何とか……」
「芳香は悪い子芳香は悪い子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」バミトントンバミトントン
「芳香、それはシャトルじゃなくてブロッコリーだからあああ!」
「投げないで、ブロッコリーを投げないで!」
ブロッコリーから味の素まで、芳香は目につく物全てをちぎっては投げちぎっては投げる。
鬼人化状態の如く固まった腕をぶんぶん振り回す芳香の姿は実にハンターのそれであった。
「あらあ、皆さんどうしたのですか?」
そんな阿鼻叫喚の生き地獄の中、空気を読まず颯爽と登場した何者かに、芳香以外全員の目が釘付けとなった。
ふわふわとなびく羽衣が似合う青髪の邪仙――霍青娥だ。
「せ、青娥ぁ! ちょっと早く芳香を何とかしてよ!」
「芳香?」
屠自古の懇願にも似た叫びに、青娥は絶賛大暴れ中の芳香へ視線を移す。
随分とやんちゃしている芳香を確認した彼女は、別段驚く様子も無く「あら、芳香ちゃんまたやっちゃったのねー」と、胸の前で指を合わせながら満面の笑みを浮かべた。
呆気にとられる屠自古を尻目に、青娥はスキップで芳香の下へ向かう。暴走ゾンビを押さえ付けていた神子と布都を押し退けたと思えば、視界の正面に出てきた芳香へ1度にっこり笑いかけた。
「はい芳香ちゃん、落ち着きましょうねー。よしよーし」
青娥は芳香が飛び込んでくるのを待つかの如く、広く広くその両手を広げる。
神子と布都は呆然と立ち竦み、屠自古はゴクリと息を呑んだ。
まさか……鬼人化制空圏に物を言わせている芳香を、自らの懐へ招こうというのか。
そんなことをしたら纏っている衣服は全て吹き飛び、青娥の生まれたままの姿が露わになってしまうではないか!
それはとっても素晴らしいなって屠自古は思った。
「さあ! 芳香ちゃん、早く私の胸にどーんと飛びこ――――むぎゅっ!」
――ただ。
いくつか誤算だったのは、青娥に飛び込んできたものは芳香ではなく、流れ弾の生卵だったことで。
その生卵が見事青娥の頬に着弾し、中身が顔面を悲惨な状態に彩ったことで。
当の芳香は、青娥になど目もくれず相変わらずの調子だったことで。
「……」
無言で、しかし笑顔のまま、青娥は顔面を汚す卵白卵黄をすくい取った。
指に絡みつく黄色味がかった半透明の粘液を見つめ、更にはそれを人差し指と親指で弄び始める。
エロイ! と頬を赤く染めた屠自古が拳を握りしめたとき、青娥はスッと――芳香の制空圏に入り込んだ。
布都は「刹那――!」とやや中二気味な台詞を呟き、神子は「これもう分かんないですね」と死んだ魚のような目で漏らし。
吹っ飛んだ芳香の意識が、青娥の俊敏な動きを捉えられないうちに――青娥は芳香の後ろに回り込んで。
「えいっ」
☆マークでも付きそうなきゃぴきゃぴした裏声とは裏腹に、『ゴスリ』とたいそう重たい音が響く。
神子たちが気付いたころには、鬼人化芳香はスタミナ切れ(要調査)でその場に横たわっていたのである。
◇
「芳香のやる気スイッチをOFFにしたのです」と青娥は説明した。
神子が「手刀ですよね?」と訊ねたら「やる気スイッチです」と返されたので、布都が「頸動脈だな?」と訊ねると「やる気スイッチです」と返答され、屠自古が「エロかったわ!」と熱っぽい声で感想を述べると「やる気スイッチです」と答えられた。もうやる気スイッチでいいかなと神子は思った。
悲惨な状況になっている台所の復興作業はさておき、神子や布都などの懸命な努力の甲斐あって残りの親子丼とカツ丼は守られた。
ひとまずは夕食を食べようということになり、居間の机を4人が囲む。因みに1つ足りない分は、屠自古のカツ丼を半分布都に分けるということで補われた。
「くっ……何故我がカツ丼などを……っ」
「むう、私の大切なカツ丼を半分分けてあげてるんだから感謝しなさいよ」
「ふん、むしろ貴様のケツが吹き矢で半分になれば良いものを」
「今なんつったおい」
「ケツが裂けろと言ったのだ」
「あああああああ2人ともいい加減反省しなさいもう!」
半ば衝動的に神子が机を叩くと、一瞬恐懼したのち、そそくさと小さく縮こまる布都と屠自古。
はあと溜め息をついた神子は、机よりやや離れた場所で横たわる芳香に目を向けた。彼女は穏やかな寝息を立てて眠っている。
うまく行かないものですね、と神子は切に感じた。芳香はどうにも発狂癖がある様子だが、それは芳香だけに原因がある訳では無い。思わず布都と屠自古を叱責してしまったが、無論彼女らに原因の全てがある訳でも無い。
神子が芳香に向ける感慨深い視線に、青娥はクスリと微笑しながら芳香に視線を向ける。
「芳香は優しい子なんですよ、太子様」
「……ええ」
「優しすぎるから、今日みたいなことにもなっちゃうのだけれど……でも、それが芳香なのです」
青娥の言葉に、やはり神子は小さく頷いた。
これまで知らなかった芳香の一面は見事大惨事を起こしてしまったが、それを目の当たりにすることは決して悪いことばかりでは無かったのだ。神子は思う。
彼女は布都と屠自古、そして青娥をそれぞれ見つめた。3人はそれぞれ頷いて、持っていた箸をゆっくりと机に置いた。
こうして、その日の5人の食卓は、夜も更けきった頃のとても遅い食卓となったのである。
自分もそろそろやる気スイッチ入れないと…
とりあえず生卵はエロい!
でかいしり
流れるようなギャグは流石としか言いようがないぜ
前半の流れで、親子丼をアレな意味で捉えたのは俺だけじゃないはず!