ある冬の日の朝、霊夢が外に出ると、鳥居の所に巨大な陰陽玉の姿をした物体が現れていた。
「……え?何これ…え?」
『久しぶりだね、お邪魔しているよ』
その物体が霊夢に気付いたらしく、男性と女性の入り混じったような声で話しかけてくる。
あまりに衝撃的な出来事に、さすがの霊夢でも理解するのに時間が掛かってしまうが、
霊夢はこの巨大な陰陽玉のような物体について、確かに見覚えがあった。
「…あぁ、そうか…そう言えばいたなぁ」
『思い出してくれたか、説明の手間が省けて助かるよ』
この物体の名前はシンギョクと言い、陰陽玉の姿をしているが、
男性の姿や女性の姿に変身する事もできる、奇妙な存在だ。
普段は魔界や地獄に通じる門の守護を行っている門番であり、
霊夢が何年か前に魔界や地獄へ乗り込んだ時に、倒した相手でもある。
「…で、何の用よ、一体。後、その格好はもう少し何とかならないの?」
ようやく思い出したところで、面倒くさそうに霊夢が尋ねる。
そのついでに、巨大な陰陽玉の姿から変わろうとしないシンギョクに何とかするように言った。
『突っ込みを入れてくれてありがとう、触れられなかったらどうしようかと思ったよ」
待ってました、とでも言わんばかりの様子でそう言いながら、男性の姿に変わる。
何を考えているのかは不明だが、霊夢が触れなければずっとあの姿のままでいるつもりだったらしい。
変化した後の姿は陰陽術士のような服装をした、どこかの神社で神主でも勤めていそうな風貌の男性になっていた。
声も変化する前とは違っていて、先程の入り混じった声から男性の声だけを抜き出した声になっている。
「突っ込み待ちだったの?……まぁいいわ、それで、用件は?」
見た目や口調に反して愉快な反応を返してくるシンギョクに、話を聞く前から軽く疲れを感じながら、
改めて神社にやってきた用件を尋ねた。
「あぁ、そうそう。実は私の守っている門の結界が、少々弱まっているようでね。
巫女である君にその結界の修復を頼みたくて、わざわざ訪ねて来たのだよ」
「結界の修復って、それなら私より向いてる奴が……いないんだったわね」
用件を聞いた瞬間、自分より適任な妖怪の事を思いだしてそちらに頼むよう勧めようとしたが、
今の季節は冬であるという事を思い出し、すぐに自分で否定した。
境界を操る妖怪、八雲紫は冬の季節に熊よろしく眠る性質があるので、冬場は基本的に役に立たないのだ。
「気付いたようだね。だから君に頼みに来たんだ。完全に修復するとまでは行かなくても、
境界の妖怪が起きてくる春まで持たせるくらいの事は出来るだろう?」
「随分と失礼な言い方ね…と言うか、あんた、自分で修復できないの?」
納得の行かない発言だが、能力の評価としては概ね間違っていないので軽く文句を言うだけに留める。
「生憎だが、あくまで私は門番なのだよ。できるのなら、わざわざ頼みはしない」
「それもそうか…まったく、情けないわね」
「はっはっは、まぁ人外にも得手不得手というものがあるから仕方ないよ」
情けないといわれても意に介した様子もなく、変わらぬ調子でそう言った。
「やれやれ…ま、面倒な事になっても困るし、やってあげるわ」
「うむ、君ならそう言うと思っていたよ。では早速行くとしよう」
本当なら面倒だし断りたかったが、地獄や魔界から変な妖怪などが幻想郷に流れてくると、
結局自分が退治する羽目になる事は分かりきっていたので、渋々といった様子で引き受ける。
それを聞いたシンギョクは満足そうに頷きながら、門の場所へと向かうのだった。
門へと向かう道中で、いつの間にかシンギョクは男性の姿から女性の姿に変わっていた。
赤い長髪に赤いローブと言う、男性の時とは打って変わって西洋風になっている。
「…あんた、コロコロと姿が変わるわね。何か意味でもあるの?」
何の脈絡もなく姿を変えるシンギョクに対し、不思議そうに霊夢が尋ねた。
「いや、別に意味はない。強いて言うなら気分の問題かな」
見た目と声が女性になっても、言動と性格には変化が無かった。
「ないんかい!」
何の意味もないと知って、思わず突っ込みを入れてしまう。
真面目そうに見えるが、基本的にいい加減でノリの軽い妖怪のようだ。
「うん、キレのある良いツッコミだ。筋が良いね、さすがは博麗の巫女」
「嬉しくないわ…」
感心して乾いた拍手をしながら、納得した様子でシンギョクが言った。
博麗の巫女である事と何の関係があるのかは分からなかったが、言い返しても疲れるだけだ。
そう思った霊夢は反論するのも諦めて、別の話を聞いてみる事にした。
「で、結界が弱まったって話だけど…何が原因なのよ?」
「さて、なんだろう…よく分からないな、何せ専門外の事だし」
まったく知らない、と言った様子で大袈裟に首を振りながら答えを返す。
門と結界を守っている割りに、結界が弱まる原因をよく知らないと言うのは気になったが、
今までの言動や行動から判断する限りでは本当に知らないのだろう。
「よくそんなので門番が務まるわね…」
本当にこんな奴が門番で良いのだろうか、と霊夢は飽きれていた。
門を守るだけなら、そのような知識はなくても問題はないという事なのだろうか。
「意外と何とかなるものだよ。そんな私に出来るのは、推測する程度だ」
「推測って、心当たりでもあるの?」
「あぁ、どうもここ最近、外からこちらに色んなものが流れてきていたからね。
それに加えて旧地獄で起きていた騒動や、聖輦船の航行なんかも影響しているんじゃないかな、と」
顎に手を当てながら、最近起きた異変と呼ばれる出来事を並べ立ててそれらしく説明する。
魔界と地獄に繋がる門を守護しているだけあって、それらの世界に関わる事件の事は知っているらしい。
そしてそれらは、どちらも霊夢が解決に乗り出した異変でもあった。
「…あー…確かに影響がありそうね、その辺は…」
その時の出来事を思い出して、霊夢が苦い顔で呟いた。
霊夢自身が悪い訳ではないとは言え、自分が関わった異変である以上は、
それによって発生した結界への影響などを正す事は仕事の一環とも言えるからだ。
「先程も言ったように、あくまで推測だからねぇ。別に気にしなくて良いんだよ?」
そんな考えを見透かしたかのように、霊夢の方へ向き直る。
何となくだが、先程の推測も分かっていて話したように感じられた。
「…よくもまぁそんな事を…まったく、良いわよ、気合入れてやったげるわよ」
「いやはや、それは実に頼もしい。よろしくお願いするよ」
怒る気にもならず、半ば自棄になりながらそう答えたが、シンギョクは気にも留めず楽しそうに笑っているのだった。
暫く歩いて、ようやく二人は門のある場所に辿り着くと、そこに広がる光景に驚愕する。
「ようやく着いた…おや?」
「…ちょっと、既に色々と出てきてるように見えるんだけど…?」
門の前には多くの魔界や地獄から来たと思われる者達がいて、
魔界から来た者と地獄から来た者の二組に分かれて、何かを話し合っていた。
二人がいる場所からは何を話しているのかはほとんど聞き取れなかったが、僅かに聞こえてきた情報から、
どうやら自分達の意思でこちらに来た訳ではなく、不慮の事故でこちらに来たのだろうと推測する。
「ふむ…結界が弱まっているだけでなく、不安定にもなっているようだね。彼らは運悪く巻き込まれたのだろう」
「聞いてないわよ、そんなの…どうするの?」
数自体はまだ多くなかったが、放っておくと巻き込まれる者が増えるのは明白だ。
対応が思いつかない霊夢は、何か方法はないのかとシンギョクに尋ねた。
「門を開けば帰る事は出来るし、問題はないよ。話を聞いてくれるかは分からないけれどね」
「…面倒そう…」
あっさりと送り返す手段を提示したが、付け加えられた一言で霊夢のやる気が少し減退してしまう。
素直に話を聞くとは思えない相手だったのだから無理はない事だが、
どちらも争う様子が感じられない分マシだ、と思う事にするのだった。
「そうは言っても、やるしかない。腹を括って出向こうじゃないか」
「はいはい…」
何故か意気揚々と出て行くシンギョクとは対照的に、渋々と言った様子で霊夢も後に続いた。
話し合っていた者達も気配を察知したのか、一斉に二人へと注目してくる。
「やぁ、魔界の方々に地獄の方々だね。初めまして、私がそこの門の門番だよ」
「貴女が門番ですの!?さっさと私達を魔界に帰しなさい!」
「様子がおかしいと思って覗いてみたら、いつの間にかこんな場所に…帰る方法はありませんか?」
自己紹介をしながら現れたシンギョクに、それぞれの代表と思われる者が同時に詰め寄った。
軽くウェーブのかかった金髪と赤いドレス、それに加えて蝙蝠のような羽根を持った少女と、
巨大な丸い鏡のような物から身体だけが浮き上がっている異形の女性は、どちらも霊夢にとっては見覚えのある妖怪だった。
「あら、どこかで見た顔が…誰だっけ?」
「ん?もしかして貴女、博麗の巫女?雰囲気が変わってて、気付きませんでしたわ…
私はエリスよ、私が覚えていてあげたのに、忘れるなんて酷い話だこと」
「博麗の巫女…?確かにこの感じは…お久しぶりですね、私はキクリです」
「そもそも名前知らなかったし…まぁ、とりあえず久しぶり」
先に霊夢の存在に気付いた少女、エリスが思い出したように言うと、もう一人の女性、キクリも少し驚いた様子だった。
恐らく名前を聞いても覚えてはいなかっただろうが、霊夢も一応反論する。
「それで、何の用ですの?言っておきますけど、こちらに来たのは私の意志ではありませんわ」
「私も特に目をつけられるような事はしていないと思うのですが…」
「あぁうん、分かってるわよ、大体の事情はそいつに聞いてるし」
理不尽な理由で戦いを挑まれるのは嫌なのか、二人揃って自分は悪くないと主張した。
霊夢も状況は分かっているので、特に咎めるつもりも退治するつもりはなく、
結界の補強にどれほど力を使うかも分からないので、余計な消費は抑えたいという思惑もあっての事だ。
「それで、君達が不幸にも巻き込まれた方々という事かな。いや、災難だったね」
三人の会話が一段落したところで、シンギョクが割って入ってくる。
「災難だったね、って…貴女の所為でしょう?あんまりふざけてると…殺しますわよ」
無責任な発言に怒りを覚えたエリスが、シンギョクの首に手を掛けてどす黒い気を纏いながら睨みつけた。
魔界出身の高位な悪魔だけあって、その迫力は相当なものだ。
「私を殺すのは構わないが、門は開かなくなるし結界も不安定なままだよ?」
だがそれでも動じた様子はなく、先程と変わらない調子でそう返した。
「ちっ、生意気な…気に入りませんわ。結界の事もあるから、今は手を引いてあげるけど…」
自分だけなら自力で魔界に帰る事はできるのだが、他の者達や地獄の住人達もそれが可能という訳ではなく、
その事を考えると引き下がるしかない為、憎々しそうに言いながらシンギョクを掴んでいた手を離す。
エリスの行動を固唾を呑んで見守っていた魔界や地獄の住人達も、一先ず収まった事で安堵しているようだった。
「あんた、その態度は何とかしなさいよ」
「すまないね、生まれつきこういう性格なもので。ちゃんと帰れる事は保障するから、勘弁して欲しいな」
さすがに酷いと思った霊夢も注意すると、少しは身に染みたのか反省した様子で答えた。
「とにかく、私は暇じゃありませんの。さっさと戻してもらえるかしら」
「うむ、了解した」
まだ怒りが収まっておらず不機嫌そうなエリスが促すと、すぐに準備に取り掛かるのだった。
シンギョクが準備をしている間、する事のない霊夢はエリスとキクリに話を聞いていた。
「そういえばあんた達、争ったりしてなかったわね。何となく仲が悪そうだと思ってたけど」
一つの場所にあれだけ魔界と地獄の住人が集まっていれば、争いくらいは起きるだろうと思っていた為、
少し意外そうな様子で二人に尋ねる。
「そんな事はありません、そもそもあまり関わりがないですし…」
「失礼しますわ、私はそんな野蛮な悪魔ではなくてよ」
「なるほどねぇ…ま、何もないならそれに越した事はないけどさ」
心外だといった様子で二人が否定すると、霊夢は自分が心配し過ぎていただけだと分かって安心する。
ただでさえ面倒な事になっているので、これ以上の面倒は起きて欲しくなかったからだ。
「それより、あいつはなんですの?ふざけた態度と言い、どうも気に入りませんわ」
シンギョクを指しながら、見るからに不機嫌そうに言った。
「一応、あの門の門番らしいわ。結界が弱まってるとかで、私に修復を頼みに来たの」
「結界が…そうでしたか。それでこんな事になっていたんですね」
かいつまんで霊夢が事情を説明すると、今度はキクリが納得してそう言った。
どうやら、結界が弱まっている事は魔界側、地獄側でも確認できるようだ。
「ふぅん…それで、何でそんな事になったんですの?急に弱まったりはしないでしょう?」
目的を思い出したエリスが、そんな事態になった原因について尋ねてくる。
「地底での異変とか、聖輦船の一件とかが影響してるんじゃないか、って話よ」
「間欠泉と怨霊が地上に漏れ出した、という事件ですか。ふむ…」
「あぁ、法界に現れた船の事ね。結界を突き破ったりでもしたのかしら?」
キクリは地底の、エリスは聖輦船の話に心当たりがあるらしく、与えた影響を考えていた。
やはり、少なからずこの二つの異変は結界に影響を与えていたようだ。
「ま、本当にそれが原因なのかは分からないけどね。本人も詳しくないみたいだし、参考程度って事で」
それでも何が本当の原因となっているかは分からないので、あくまで推測だと付け加えておく。
「いえ、構いませんわ。何も収穫がないよりはマシですし」
「そうですね、その辺りの事はもう少し調べてみる事にします」
二人ともそれ位は理解してくれており、後は自分達で調べるつもりのようだ。
調査しろと言われたらどうしよう、と思っていた霊夢はそれが分かって密かに胸を撫で下ろすのだった。
霊夢達がそんな話をしていると、準備を終えたシンギョクが三人に声を掛けた。
「やぁ、ようやく準備が終わったよ。これで問題なく帰ることが出来るだろう」
袖で汗を拭きながらそう言ったシンギョクは、いつの間にか男性の姿に戻っていた。
「案外早かったわね」
つい先程同じ事があったので、霊夢は特に驚いた様子も無かったが、
二人は状況が分からずに混乱している。
「あら、先程とは見た目が違いますわね…」
「門番さんですよね?」
性別どころか見た目や声質まで変わっている為、知らない者からすれば訳が分からなくなるのも無理はないだろう。
「驚かせてしまってすまないね、私はこういう体質なのだよ」
どことなく機嫌が良さそうにシンギョクが言うと、二人は少し首を傾げながらも一応納得する。
機嫌が良いのは、二人を驚かす事が出来たからかも知れないな、と霊夢は推測した。
「ふむ、中々好みの見た目ですわね…性格でアウトですけど」
「ははは、これは手厳しいね。それはともかく、残りは君達二人だけだよ」
エリスがそんな風に評価を下され、困ったように笑いながら話を戻す。
シンギョクに言われてようやく気付いたのか、辺りを確認すると確かに他の者達は既に帰ってしまったようだ。
「いつの間に…準備が終わったのはついさっきだったと思うのですが」
「ちゃんと無事に帰ってるんでしょうね?」
準備が終わって間もないはずだが、既に全員がいなくなっていると言う事が腑に落ちず、二人が不思議そうに尋ねる。
「門が二つの光を放っているだろう?あれに当たればすぐに移動できるからね、そのお陰だよ。
心配せずとも、皆元の世界に帰れているだろう」
そう言いながらシンギョクが指した先を見てみると、赤と青の二つの光が門から放たれていた。
地獄に行くなら赤、魔界へ行くなら青、と言った具合に色で分かれているらしい。
霊夢が特に驚いていないのは、以前にこの門を通って地獄と魔界に行っていたからだ。
「後はあんた達が帰ってから、門を閉じて結界の補強をすれば終わりか…早く帰りたいわ」
今の所はただ来ただけで、する事が特に無かった霊夢が退屈そうに言った。
「それじゃ、私は一足先に帰らせていただきますわ。ごきげんよう、皆さん」
「私もこれで失礼しますね。では、また」
ようやく帰られるようになり、二人は霊夢に挨拶をしてそれぞれの世界へと帰って行く。
それを見送りながら、霊夢は結界の補強を行う為の符を用意していた。
「無事に帰ったようだね。それじゃ、門も閉ざしたし…後はよろしく頼んだよ」
「はいはい、分かってるって」
シンギョクが門を閉じたのを確認して、面倒そうに霊夢が結界の補強を始める。
思った以上に結界が弱まっていて少し苦戦したが、そう長い時間は掛からずに結界は安定を取り戻していた。
結界の補強が終わり、霊夢が帰った後の門の前にはシンギョク以外にもう1人、女性が立っていた。
『おや、境界の妖怪の式神か。わざわざ見回りとは御苦労な事だね』
それに気付いたシンギョクが、道士のような服を着ている九尾の尻尾を持つ妖怪、八雲藍に語りかける。
「それ程でもないわ。それでどうだった、霊夢は」
『うむ、以前相対した時も思ったが、やはり筋が良いな。雑だが、結界は中々に力強い』
九尾の女性が霊夢の評価を尋ねると、意外と高く評価している様子でシンギョクが答えた。
「そうか、良かった。紫様の指示とは言え、任せるのが不安だったけど…問題が無いようで何より」
『過保護と言うかなんと言うか…君の主は相変らず変わっているね』
「貴様ほどではない…いや、同じくらいかしら。何にせよ、紫様にはそのように伝えておこう」
自らの主を悪く言われても怒る様子も無く、飽きれながら藍は帰っていった。
今回の結界の補強に関して、最初に提案したのは紫の方だったのである。
修行を嫌う霊夢をそれとなく鍛える為に、わざわざ結界の調整を行い弱まらせていたのだ。
『わざわざ、冬に活動してまでよくやるものだ。面白いものも見れたので、私は構わないが…』
魔界の住人と地獄の住人が顔を合わせても、そうそう争いになったりはしない。
その事が分かって満足そうにしながら、シンギョクは陰陽玉の姿のまま門番の仕事に戻っていった。
しかし、作品名の区別がつかない…
キャラも立っていなかったし、別にキクリ以外のキャラでも代用がきいたわけで・・・