バレンタイン前後一週間以内はバレンタインだと言い張ります。
いや、おしゃれな言い方をすれば”バレンタイン後夜祭”です!勝手に作りました。
作品集150にある『妖怪の賢者による巫女への問いかけ』がベースになっています。
一作目を見てなくてもいいように書いたつもりですが、見ていたほうが細部でわかりやすいかもしれません
『今日は二月十四日です、紫様』
冬―――二月はじめ
雪の積もる博麗神社。
霊夢は境内の雪かきをそこそこに終わらせ、縁側で一休みしていた。面倒でしばらく放置していたせいで雪かきは大変だった。もともと本日は暖かいらしく、うっすら汗ばむほどである。
しかし冬であることには違いないので、このまま縁側に座っていては直に寒さを感じてくるだろう。そしたらお茶でも入れよう、と考えていたらバサバサッという羽音と共に人影が二つ、境内に降り立った。おなじみブン屋の文とチルノ、そして大妖精であった。
「……珍しい組み合わせね」
「途中で会ったらついてきちゃって……」
「みんな寒いって遊んでくれないんだ。コタツ入ってる。大ちゃんとふたりだけじゃつまんないから遊びに来た!」
元気よく答えるチルノ。その隣で寒そうにしている大妖精といえば、私だってコタツに入っていたかった、と明らかに顔に書いてある。ここに来るまでにもなにやらしてきたのか、大妖精の唇は若干青くなっている。遊ぼうと騒ぐチルノに自らつきあってやってるのか、それともバカルテットのほかのメンツに代表として人身御供にされたのか。どちらにしても大妖精の面倒見のよさはいつもながらえらいと思う。大妖精に敬意を表して肩を持つことにする。
「私だってもう中に入るわよ。さっきまで雪かきしてたから疲れてるの」
「えぇー! れいむ雪合戦しようよぉ。文やるって!」
「あやっ? ぁやややぁ……そんなことは一言も」
「れーいむぅー」
またも羽音。なんだろう寒い冬に神社に来るのはカラスと妖精くらいなんだろうか。たまには参拝客の一人もきてほしいものだ。せっかく雪かきもしたのだから。ちなみに参拝するだけでなく、もれなくお賽銭のご投入が欠かせないのは言うまでもないが。ここにくる人妖と言ったら、お賽銭など目にもくれない輩ばかりだ。霊夢はため息をつきつつも挨拶をする。
「あらおくう、またきたの」
「だってまたお燐コタツから出てこないんだもの!さとりさまも!」
「まぁ、そうでしょうねぇ。猫はコタツで丸くなるものよ」
「それじゃつまんない! ねぇ遊んでよぉ!」
「はいはい。よかったわね、チルノ。遊び相手がきたわよ。思う存分雪玉ぶつけてやりなさい」
「ぃよーぉっし! いくよ!」
チルノの言葉とほぼ同時に投げられた雪玉が見事おくうの顔面にヒットした。それはフライング過ぎだろうと思ったが、続くおくうの「よくもやったな! こんにゃろー!!」というやる気に満ち満ちた叫びに安堵して室内へ入ることにした。
「へっへーん、あたんないよ!」
「む、む、む~!! こんにゃろ!」
おくうのいかにもヒートアップしてきた声にふと思いついて声をかける。
「おくう! 力加減にはくれぐれも気をつけなさいよ! どこか壊したらあんたんトコのさとりさまに肉体労働させて直させるわよ」
「はぁー……わぷっ。こっ、こっこぉのぉー!!」
「ヒッヒッヒヒッ!」
会話してる合間にもチルノの投げた雪がヒットする。二人とも楽しそうでなによりなにより、と呟きながら縁側とつづいている部屋への障子とガラス戸をあける。当然中にはコタツがある。雪かきを始める前まで火をおこしていた火鉢のおかげで部屋の中はまだほっこり暖かい。霊夢が中に入ると文と大妖精もついてきた。まぁ予想の範疇だが。
「いやー、おくうさんが来てくれて助かりましたねぇ」
大妖精は無言でうんうんうなずいている。部屋の暖かをしみじみと感じているようで、すでに顔がほっこりしている。
「あれ、アンタもやるんでしょ」
「あやや、やるとは私言ってないんですって」
「やってきなさいよ。カラスなんだから。おくう楽しそうよ?」
「いやちょ、待ってください。その言い方おかしいですよ? あれはおくうさんだからであって烏は別にっ」
「わかったわかった。入ってきてもいいけどお茶入れてきて」
客人に茶を入れさせるんですかまったくこの巫女は……などとぶつぶつ言いながらも文が茶を入れに台所にいってくれる。博麗神社の台所は常に客人にオープンである。よく来る人妖にとってはまさに勝手知ったるなんとやら、である。
文が茶を入れてくれる間、大妖精と話す。聞いたところやはりバカルテット内で誰がチルノにつきあうかをアミダくじで決めたらしい。やはり人身御供だったか。そんなことを話していると文が茶と棚の奥にしまっておいたはずの煎餅まで持ってきた。
「ちょっと、人様の台所勝手に漁らないでちょうだい」
「あやぁ? 人聞きの悪いことを言わないでほしいですね。湯飲みを探していたらすぐお隣に一緒に出してーっていうみたいに置いてあったので、気を利かせたつもりですが」
最近寒いせいで里に買出しの足も遠のいているから煎餅とはいえ貴重な食材だというのに。しかし客に茶を入れさせていることもあるので仕方ないと諦める。あんた達だって客だというのに土産の一つもないじゃない、という言葉は飲み込んだ。大妖精やチルノにはまだそういうものは求めたくない。
「……はいはい、お心遣いどうもありがとう。どうぞお上がりくださいな」
「「いただきまーす」」
「はふぅ、あったまりますね~」
「流石私の淹れたお茶! この適度な濃さを出すには」
「あー、うまいうまい。さすが文ねー」
「棒読み酷い。……そういえば、萃香さんいらっしゃらないんですね、珍しい」
「あー、節分が近いから数日前から地底に身を隠すとか言ってたわ。去年で懲りたみたい」
「ああ、本気で泣いてましたもんね」
「魔理沙に乗せられたとはいえ、ノリで鬼役やってやるーとか言うから」
「霊夢さんや早苗さんがお祓いをした上で炒った豆でしたからねぇ。聞いただけでそれはそれはご利益があって痛そうですよね。鬼でなくても」
「ちゃんと鬼もーうちーってやってあげたのになぁ」
「ふは。鬼役一人でしたからねぇ。加えて魔理沙さんがそこら中に参加呼びかけるから」
「今年はどうなるかしらねぇ。魔理沙が探してるみたいなんだけど。紅魔館にも鬼いるよなぁ、って呟いてたけど」
「あそこは鬼をいじめたら百倍返しはしてきそうな恐いメイドさんがいますからねぇ。門番さんも」
「ふふふ」
茶を啜り、煎餅をかじりながらそんな他愛もない世間話をする。年始の里の様子、にとりの新年第一作目の機械が披露してその場で壊れた話、守矢の神社が新年に配った袋の中身などと話していると文が言った。
「いないと言えばスキマ妖怪さんもいらっしゃらないんですね」
「いつものごとく冬眠中よ。年末年始は藍や橙と一緒に過ごしたけれど。あ、みんなともドンチャンしたわね」
「ああ。冬眠、されるんでしたっけ」
「うん」
紫の冬眠のことはあまり考えたくない。普段は考えないことや、紫がいないことを強く意識してしまう。返事をしたきり何も言わないでいると文が続ける。
「ずぅっと前は何十年も姿を見ないことも珍しくなかったんですがねぇ。起きてるんだか寝てるんだか。霊夢さんのそばにいることが多いから最近は会うことも増えて。だから少しお姿を見ないとずいぶん長く見てないような気になってしまいます」
「……そう」
本来年末年始も眠ってるハズらしいけど。霊夢が母親に死なれてから、紫は必ずその時期そばにいる。
霊夢が気にしないように気をつけているけれど、どうもけっこう無理をしているようなのだ。無理を押して張り切る紫と、気遣わしげな藍の眼差し。どちらも気にならなくはなかったが、自分がそれだけ大切にされているのだと実感はできた。
最近のようにみんなが集まって宴会をしない数年前でも、霊夢の年末年始はいつもあたたかかった。ただしそれだけに紫がまた冬眠のためいなくなってしまうことは、一際寂しく感じさせられることではあったけれども。
紫と”眠り”は離せないものらしい。そのことに関しては嫌というほど実感させられたことが過去にあった。嫌というか不安や恐れというか。あのとき感じた恐怖は、できればもう死ぬまで味わいたくはない。
無駄に記憶の糸を引っ張ってしまった。過去の出来事を思い出してしまい、それ以上思い出したくないと頭を振りそうになる。何も言わないままの霊夢を不思議に思った文が声をかけてくる。大妖精も見ている気配を感じる。
「霊夢さん?」
「あたい勝ったー!!」
バターンとガラス戸と障子を開け放つ音と共にチルノが縁側に立っている。一気に冷たい風が吹き込んでくる
「「「さっむ!!」」」
「チルノ酷いよ…最後のヤツほとんど氷球だったよ……いたい……さむい」
「チルノ閉めて、早く閉めて! 隙間から風入ってくる!」
「あ? スキマ妖怪の話?」
「ちがうし! いや違わないけど? そんなのどうでもいいからとにかくそこを閉めなさい!」
「ええー、ここあついよぉ」
「とけるほどじゃないでしょ。部屋に入るも入らないも自由だけど、とにかく早く閉めて」
「わかったー」
せっかく勝ったのに誰もほめてくれず不満顔のチルノだったが中に入ってきた。
かわいそうにおくうが痛そうにおでこをさすりながら中に入ってきた。実際血は出てないものの、赤くなっている。
試合開始もフライング、勝負の終わりも反則されて負け扱いではさすがにかわいそうである。残り少ない煎餅の中から割れてない丸いままの一枚を渡してやった。
さてコタツの定員は4人。最後に残ってた一角には早々におくうが入り、チルノがコタツとメンバーを見比べている。あたりに一瞬の緊張が走る。
チルノとコタツに一緒に入るということは、暖かさを体の前面と片側に、もう片側と背面は冷たさに支配されることを意味している。チルノのことは嫌いではないがやはり冬にはくっつきたくない。と誰もが思っていたひと時であった。おくうはもしかしたら何も考えていなかったかもしれない。幸せそうに煎餅をかじっていた。
何が決め手となったかわからないがチルノは文を選んだ。文の隣めがけてぎゅうぎゅうとコタツに入り込む。
「あやん!? チ、チルノさん、ここなんですか!?」
「うん」
「あやややぁ……いやぁ、涼しいですねぇ。光栄です。トホホ……」
「よかったじゃない」
チルノは⑨だ⑨だと言われるが、ちゃんと自分のことを受け入れ甘やかしてくれる相手はわかっている。幽香や妹紅、慧音などがそうなのだが、実は文もチルノをからかいつつもけっこうかわいがっているのだ。といっても基本的に文は霊夢や魔理沙にも同様に甘いけれど。
「そうですね。幼女に好かれて大変光栄ですよ」
「ようじょってなんだ?ゆかりのことか?」
「「ブフッ」」
あまりに紫と対極すぎて文と霊夢が思わず笑ってしまう。先ほどスキマ妖怪と自分で口にしたせいか、チルノの頭の中は紫がまだ居座っているようだ。文はツボに入りすぎたのかテーブルを叩いてまで笑っている。
「ぶふっ……アイツが幼女とか」
「く……っ、確かに”ようじょ”で間違いないかもしれませんよ。ようを妖怪の妖に変えれば……ふっ」
「ふはっ、もう余計笑わせないでよ。そんな言葉あるの?」
「あった気がします……ふふっ」
「アイツ最近見ないよなー。しょうがつにアイツがれいむにちゅーしてるの見たのが最後だなー。な、大ちゃん!」
「「「「!?」」」」
霊夢は乾いた喉を潤そうと口につけていたお茶を噴いた。盛大に。文も相当に衝撃的だったのか口をあけたまま呆然としている。霊夢に吹きかけられたお茶も気にならないのか、それはポタリポタリと垂れ、コタツテーブルの中央は酷いことになっていた。まさかのチルノからの爆弾投下である。それも並外れた破壊力のあるものだ。真の幼女恐るべし。
「ちょ、チルノちゃん! それ誰にも言ったらダメだって!!」
「へ?そーだっけ?」
「れっ、霊夢さん?あなた方いつの間にそういう……!!」
「ちっ、違うわよ!! だいたい私そんなの知らないし!!」
「あー、霊夢は寝てた、かな」
「れ、霊夢さん! ちょっと遠目だったし本当にしてたかはわかんないです! 顔を近づけてただけかもっ」
「えー、あれぜったいくっついてたよぉ」
眠そうにしていた大妖精は一気に覚醒したようで慌ててチルノに釘を刺す。大妖精の慌てぶりを見て、これは特ダネと思ったか文がチルノに状況を詳しく!なんて畳み掛けている。霊夢はと言えば―――すでに冷静になり考え込んでいた。
紫が私にキスをしていた?チルノは目がいいし、何よりこういう嘘をつくヤツじゃない。それにくっついてたかくっついていなかったかなんてどうでもいいのだ。別にされていたとしたってそれはいい。紫なら。霊夢は、紫のことが好きだから。それは、何度も何度もそんなんじゃないと霊夢自身が否定して、それでも覆せなかった事実だ。
問題は、なぜ寝てる間なのだ?という苛立ちだ。冷静になりかかった気持ちが波立つ。
そして、それはなんのキス?ただの、親としての親愛のキス?
それとも――パタンという音で我に返る。文が開きかけた手帳を閉じた音だった。そして文がチルノに言う。
「チルノさん、これはもう誰にも言っちゃダメですよ。ね? 私と約束しましょう」
「……? ん! 大ちゃんもそう言ってたしな! わかった。もう言わない」
「ありがとうございます。おくうさんも今のこと誰にも言わないでくださいね」
「うにゅ? お煎餅食べてて聞こえなかった。霊夢はなんでお茶噴いたの?」
「それはなにより。なにもありませんでしたよ。霊夢さんは単にむせただけです。ささ、お煎餅もう一枚どうですか?チルノさんも」
「「ありがとー」」
チルノとおくうの二人が嬉しそうに煎餅を頬張るのを横目に見て苦笑しながら霊夢は言う。
「……トクダネにするんじゃなかったの」
「いやぁ、するつもりだったんですが、ね。そんな顔をされては流石の私も控えざるをえませんで」
やはり甘い。そんなに酷い顔をしているのだろうか。ともあれ紫の気持ちもわからないまま周りに言いふらされるのは、いくら物事にこだわらない霊夢でも嫌だった。おくうやチルノの口止めまでしてくれた文の厚意に心の中で感謝した。
年長者として文にもう少しいろいろ聞いてみたい気もしたが、ここにはおくうやチルノ、大妖精までいる。やめておくことにした。そのうちチルノがトランプしたい!と言い出して日が暮れるまで、トランプをして過ごすことになった。
夕暮れとなり、全員が帰っていった。縁台に立って霊夢が見送っていると、バサバサッという羽音と共に文が戻ってきた。
「なによ。忘れ物でもしたの?」
「まぁそれに近いといいますか…トランプの最中も心ここにあらずというか、難しい顔をされてましたし、時折こちらを何か言いたげに見ていたように見受けられたので気になって」
「そんなこと……なくも、ないけど」
「失礼ながら、以前垣間見た霊夢さんのお気持ちが変わってなければ、喜ばしい状況――というかご報告だったんじゃ?」
「垣間見たっつーか、撮ったでしょうよ、アンタは」
「あははは、そうでした。いやぁーあれは我ながら会心の一枚で」
「思い出すだにアンタのこと埋めたくなるわ」
「あやぁ、おそろしい。話を戻しまして……イヤ、だったんですか?」
実は文は霊夢の気持ちを以前から知っている。知っているというよりは霊夢にとってはバレてしまったという感覚に近いのだが。
昨年の桜の季節、紫にからかわれた霊夢が怒り紫が慌ててスキマに逃げ込んだとき、紫が帽子を落としていった。周りを確かめずその帽子を手に取り、そのまま口付けしてしまったのは誠に手痛い失態だった。それもよりにもよってブン屋である文に見られ、写真まで撮られるとは。
けれど文は新聞の記事にすることもなく、魔理沙にも当の紫にも言わず、霊夢を酷くからかうこともなかった。
あることないこと書かれる事もあるが、文は踏み込んではいけないところはきちんとわきまえてるようだった。この件に関しては悔しい思いもあるけれど、霊夢は文を信用していた。言うか言うまいか迷っていたけれど、文が辛抱強く待ってくれているので口を開く。
「紫が私にしたことは、真実は別にしてもイヤなんかじゃないわ。私は……紫のことが……アンタの思うとおり、だから。けど、だからこそ紫がなんでしたのかって考えると素直に喜べない。……私の気持ちと、紫のは一緒じゃ、ないんじゃないかって思うから。紫にとっては、私は子どもみたいなものだもの」
明白な感情を音にするのは恥ずかしいし気が引けるので、言葉を選び選び、肝心な部分もにごして伝える。文ならわかってくれるだろう。霊夢が下を向いて言っていたので文がどんな顔で霊夢の言葉を聴いていたのかはわからない。でもきっと、いつもの記事を考えているときのような神妙な顔をしているんじゃないだろうかと霊夢は思った。ふむ、そうですね、と前置きしてから文が続ける。
「うーん……かの賢者様のお考えは私ごときには図りかねますし、当事者でない私が推測で何か言うのも……ただですね、重要なことは、その貴女のお気持ちです。それから、チルノさんから聞いた事実を確かめるか否か、じゃないでしょうか」
「問い詰めたってきっと、「可愛かったから」、とか「つい」で済まされるわよ」
「事実を確かめるだけではそうなるかもしれません」
「……どういう……?」
「先ほど申し上げました。大事なのは霊夢さんのお気持ちです。喜べないという今の状況を、霊夢さんが変えたいと願うのであれば、事態は変わってくるのではないでしょうか。つまり、霊夢さんのお気持ちを伝えるということです。折りしも今は2月。もうすぐバレンタインという日があります」
「あー、なんか去年アリスがくれたわね。友チョコとかいってお世話になったみんなに、って。今年は魔理沙もなんかする!って意気込んでたわ」
「確かにそういう親しい人に贈り物をするという日であるそうです。が、早苗さんのいた外の世界では、好きな人にチョコレートや贈り物と共にその気持ちを伝える日、という女性にとっては一大イベントの日でもあったそうです。友チョコ世話チョコとかよりもむしろそっちの意味合いの方が強かったようでして」
「へぇ、そうだったの」
「そういう謂れのある日ですから、チョコレートを渡すイコールあなたが好きです、という形式にもなっていたようですが……どうです?霊夢さんもこの日に乗じて、かの方にお気持ちを伝えてみては?」
「…………」
「あちら様から何か言われることを待っていては、おばあちゃんになってしまいますよ?霊夢さんは人間なのですから。……ふふ、少しおせっかいが過ぎましたかね。もう真っ暗になってしまいましたし寒いですね。では失礼します。また」
霊夢が無言になってしまったからか、苦笑いの顔を見せた後羽音を響かせて文は去っていった。文の言ってることはわかるが、素直にそうねわかった、などと言える事柄ではなかった。それ、は大げさでなく、異変以外で(もしかしたら異変以上に)霊夢にとっては一大事なのだから。
文は霊夢の気持ちだが重要だと言った。気持ちはもう変わらない。これまでに何度も考えそして思い知らされてきたのだから。
しかし自分の気持ちを伝えるということを考えると、行き着くところは同じだった。妖怪と人間、保護者と被保護者、そして……自分が博麗の巫女だということ。
『ハクレイノミコ』、この七文字が霊夢にとっては拠りどころであり泣きどころでもあった。
以前紫に博麗の巫女じゃなかったら自分が何になりたいかという質問をされた。霊夢にしてみれば突然の紫のその問いかけには戸惑いもしたが、賭けに負けたことから始まった質問でもあり、自分なりに一生懸命考えて答えを出した。その答えは、自分が博麗の巫女でないことなど「考えられない」、だからその質問の答えも存在しない、というある意味酷い回答だった。
けれどその時紫は、今まで見たことがないくらい嬉しそうな顔をしたのだ。結局何が聞きたいのか、どういう意図だったのかはうやむやにされてしまったけれど、自分がそう間違った答えを言ったわけではないことだけは明らかだった。
あの一件は、紫のことを考えるたび思い返される出来事ではあったけれど、当の紫がその後何も言ってこないのと、霊夢自身も紫の意図を問い詰めたその先にある何かをはっきりと知るのが怖くて、棚上げしている問題だった。
霊夢が博麗の巫女でなかったら、今の霊夢と紫はないのだ。それは霊夢にとって受け入れがたい仮定で、とても寂しかった。嫌だった。霊夢が出した答えの大部分もそれで占められていて、博麗の巫女として失格だなぁとその時もしみじみ思った。退治すべきかもしれない妖怪に、心を奪われて。
紫との関わりだけを考えてその時はすがった『博麗の巫女』に今度は悩まされている。だから泣きどころなのだ。博麗の巫女は、世襲だから……。
ただ好きなだけなら霊夢の気持ちだけの問題だ。自分の心を伝えるとなると、霊夢だけの問題ではなくなる。紫に大事にされてる実感はある。けれど霊夢の恋心が、博麗が続くことよりも大事なのかは自信がない。
そして、気になることがもう一つ。
「どうせアイツ、寝てるしなぁ……」
ぼやきいめいた独り言が、霊夢以外いなくなった神社の境内に白い吐息と共に吐き出された。
中編へ
いや、おしゃれな言い方をすれば”バレンタイン後夜祭”です!勝手に作りました。
作品集150にある『妖怪の賢者による巫女への問いかけ』がベースになっています。
一作目を見てなくてもいいように書いたつもりですが、見ていたほうが細部でわかりやすいかもしれません
『今日は二月十四日です、紫様』
冬―――二月はじめ
雪の積もる博麗神社。
霊夢は境内の雪かきをそこそこに終わらせ、縁側で一休みしていた。面倒でしばらく放置していたせいで雪かきは大変だった。もともと本日は暖かいらしく、うっすら汗ばむほどである。
しかし冬であることには違いないので、このまま縁側に座っていては直に寒さを感じてくるだろう。そしたらお茶でも入れよう、と考えていたらバサバサッという羽音と共に人影が二つ、境内に降り立った。おなじみブン屋の文とチルノ、そして大妖精であった。
「……珍しい組み合わせね」
「途中で会ったらついてきちゃって……」
「みんな寒いって遊んでくれないんだ。コタツ入ってる。大ちゃんとふたりだけじゃつまんないから遊びに来た!」
元気よく答えるチルノ。その隣で寒そうにしている大妖精といえば、私だってコタツに入っていたかった、と明らかに顔に書いてある。ここに来るまでにもなにやらしてきたのか、大妖精の唇は若干青くなっている。遊ぼうと騒ぐチルノに自らつきあってやってるのか、それともバカルテットのほかのメンツに代表として人身御供にされたのか。どちらにしても大妖精の面倒見のよさはいつもながらえらいと思う。大妖精に敬意を表して肩を持つことにする。
「私だってもう中に入るわよ。さっきまで雪かきしてたから疲れてるの」
「えぇー! れいむ雪合戦しようよぉ。文やるって!」
「あやっ? ぁやややぁ……そんなことは一言も」
「れーいむぅー」
またも羽音。なんだろう寒い冬に神社に来るのはカラスと妖精くらいなんだろうか。たまには参拝客の一人もきてほしいものだ。せっかく雪かきもしたのだから。ちなみに参拝するだけでなく、もれなくお賽銭のご投入が欠かせないのは言うまでもないが。ここにくる人妖と言ったら、お賽銭など目にもくれない輩ばかりだ。霊夢はため息をつきつつも挨拶をする。
「あらおくう、またきたの」
「だってまたお燐コタツから出てこないんだもの!さとりさまも!」
「まぁ、そうでしょうねぇ。猫はコタツで丸くなるものよ」
「それじゃつまんない! ねぇ遊んでよぉ!」
「はいはい。よかったわね、チルノ。遊び相手がきたわよ。思う存分雪玉ぶつけてやりなさい」
「ぃよーぉっし! いくよ!」
チルノの言葉とほぼ同時に投げられた雪玉が見事おくうの顔面にヒットした。それはフライング過ぎだろうと思ったが、続くおくうの「よくもやったな! こんにゃろー!!」というやる気に満ち満ちた叫びに安堵して室内へ入ることにした。
「へっへーん、あたんないよ!」
「む、む、む~!! こんにゃろ!」
おくうのいかにもヒートアップしてきた声にふと思いついて声をかける。
「おくう! 力加減にはくれぐれも気をつけなさいよ! どこか壊したらあんたんトコのさとりさまに肉体労働させて直させるわよ」
「はぁー……わぷっ。こっ、こっこぉのぉー!!」
「ヒッヒッヒヒッ!」
会話してる合間にもチルノの投げた雪がヒットする。二人とも楽しそうでなによりなにより、と呟きながら縁側とつづいている部屋への障子とガラス戸をあける。当然中にはコタツがある。雪かきを始める前まで火をおこしていた火鉢のおかげで部屋の中はまだほっこり暖かい。霊夢が中に入ると文と大妖精もついてきた。まぁ予想の範疇だが。
「いやー、おくうさんが来てくれて助かりましたねぇ」
大妖精は無言でうんうんうなずいている。部屋の暖かをしみじみと感じているようで、すでに顔がほっこりしている。
「あれ、アンタもやるんでしょ」
「あやや、やるとは私言ってないんですって」
「やってきなさいよ。カラスなんだから。おくう楽しそうよ?」
「いやちょ、待ってください。その言い方おかしいですよ? あれはおくうさんだからであって烏は別にっ」
「わかったわかった。入ってきてもいいけどお茶入れてきて」
客人に茶を入れさせるんですかまったくこの巫女は……などとぶつぶつ言いながらも文が茶を入れに台所にいってくれる。博麗神社の台所は常に客人にオープンである。よく来る人妖にとってはまさに勝手知ったるなんとやら、である。
文が茶を入れてくれる間、大妖精と話す。聞いたところやはりバカルテット内で誰がチルノにつきあうかをアミダくじで決めたらしい。やはり人身御供だったか。そんなことを話していると文が茶と棚の奥にしまっておいたはずの煎餅まで持ってきた。
「ちょっと、人様の台所勝手に漁らないでちょうだい」
「あやぁ? 人聞きの悪いことを言わないでほしいですね。湯飲みを探していたらすぐお隣に一緒に出してーっていうみたいに置いてあったので、気を利かせたつもりですが」
最近寒いせいで里に買出しの足も遠のいているから煎餅とはいえ貴重な食材だというのに。しかし客に茶を入れさせていることもあるので仕方ないと諦める。あんた達だって客だというのに土産の一つもないじゃない、という言葉は飲み込んだ。大妖精やチルノにはまだそういうものは求めたくない。
「……はいはい、お心遣いどうもありがとう。どうぞお上がりくださいな」
「「いただきまーす」」
「はふぅ、あったまりますね~」
「流石私の淹れたお茶! この適度な濃さを出すには」
「あー、うまいうまい。さすが文ねー」
「棒読み酷い。……そういえば、萃香さんいらっしゃらないんですね、珍しい」
「あー、節分が近いから数日前から地底に身を隠すとか言ってたわ。去年で懲りたみたい」
「ああ、本気で泣いてましたもんね」
「魔理沙に乗せられたとはいえ、ノリで鬼役やってやるーとか言うから」
「霊夢さんや早苗さんがお祓いをした上で炒った豆でしたからねぇ。聞いただけでそれはそれはご利益があって痛そうですよね。鬼でなくても」
「ちゃんと鬼もーうちーってやってあげたのになぁ」
「ふは。鬼役一人でしたからねぇ。加えて魔理沙さんがそこら中に参加呼びかけるから」
「今年はどうなるかしらねぇ。魔理沙が探してるみたいなんだけど。紅魔館にも鬼いるよなぁ、って呟いてたけど」
「あそこは鬼をいじめたら百倍返しはしてきそうな恐いメイドさんがいますからねぇ。門番さんも」
「ふふふ」
茶を啜り、煎餅をかじりながらそんな他愛もない世間話をする。年始の里の様子、にとりの新年第一作目の機械が披露してその場で壊れた話、守矢の神社が新年に配った袋の中身などと話していると文が言った。
「いないと言えばスキマ妖怪さんもいらっしゃらないんですね」
「いつものごとく冬眠中よ。年末年始は藍や橙と一緒に過ごしたけれど。あ、みんなともドンチャンしたわね」
「ああ。冬眠、されるんでしたっけ」
「うん」
紫の冬眠のことはあまり考えたくない。普段は考えないことや、紫がいないことを強く意識してしまう。返事をしたきり何も言わないでいると文が続ける。
「ずぅっと前は何十年も姿を見ないことも珍しくなかったんですがねぇ。起きてるんだか寝てるんだか。霊夢さんのそばにいることが多いから最近は会うことも増えて。だから少しお姿を見ないとずいぶん長く見てないような気になってしまいます」
「……そう」
本来年末年始も眠ってるハズらしいけど。霊夢が母親に死なれてから、紫は必ずその時期そばにいる。
霊夢が気にしないように気をつけているけれど、どうもけっこう無理をしているようなのだ。無理を押して張り切る紫と、気遣わしげな藍の眼差し。どちらも気にならなくはなかったが、自分がそれだけ大切にされているのだと実感はできた。
最近のようにみんなが集まって宴会をしない数年前でも、霊夢の年末年始はいつもあたたかかった。ただしそれだけに紫がまた冬眠のためいなくなってしまうことは、一際寂しく感じさせられることではあったけれども。
紫と”眠り”は離せないものらしい。そのことに関しては嫌というほど実感させられたことが過去にあった。嫌というか不安や恐れというか。あのとき感じた恐怖は、できればもう死ぬまで味わいたくはない。
無駄に記憶の糸を引っ張ってしまった。過去の出来事を思い出してしまい、それ以上思い出したくないと頭を振りそうになる。何も言わないままの霊夢を不思議に思った文が声をかけてくる。大妖精も見ている気配を感じる。
「霊夢さん?」
「あたい勝ったー!!」
バターンとガラス戸と障子を開け放つ音と共にチルノが縁側に立っている。一気に冷たい風が吹き込んでくる
「「「さっむ!!」」」
「チルノ酷いよ…最後のヤツほとんど氷球だったよ……いたい……さむい」
「チルノ閉めて、早く閉めて! 隙間から風入ってくる!」
「あ? スキマ妖怪の話?」
「ちがうし! いや違わないけど? そんなのどうでもいいからとにかくそこを閉めなさい!」
「ええー、ここあついよぉ」
「とけるほどじゃないでしょ。部屋に入るも入らないも自由だけど、とにかく早く閉めて」
「わかったー」
せっかく勝ったのに誰もほめてくれず不満顔のチルノだったが中に入ってきた。
かわいそうにおくうが痛そうにおでこをさすりながら中に入ってきた。実際血は出てないものの、赤くなっている。
試合開始もフライング、勝負の終わりも反則されて負け扱いではさすがにかわいそうである。残り少ない煎餅の中から割れてない丸いままの一枚を渡してやった。
さてコタツの定員は4人。最後に残ってた一角には早々におくうが入り、チルノがコタツとメンバーを見比べている。あたりに一瞬の緊張が走る。
チルノとコタツに一緒に入るということは、暖かさを体の前面と片側に、もう片側と背面は冷たさに支配されることを意味している。チルノのことは嫌いではないがやはり冬にはくっつきたくない。と誰もが思っていたひと時であった。おくうはもしかしたら何も考えていなかったかもしれない。幸せそうに煎餅をかじっていた。
何が決め手となったかわからないがチルノは文を選んだ。文の隣めがけてぎゅうぎゅうとコタツに入り込む。
「あやん!? チ、チルノさん、ここなんですか!?」
「うん」
「あやややぁ……いやぁ、涼しいですねぇ。光栄です。トホホ……」
「よかったじゃない」
チルノは⑨だ⑨だと言われるが、ちゃんと自分のことを受け入れ甘やかしてくれる相手はわかっている。幽香や妹紅、慧音などがそうなのだが、実は文もチルノをからかいつつもけっこうかわいがっているのだ。といっても基本的に文は霊夢や魔理沙にも同様に甘いけれど。
「そうですね。幼女に好かれて大変光栄ですよ」
「ようじょってなんだ?ゆかりのことか?」
「「ブフッ」」
あまりに紫と対極すぎて文と霊夢が思わず笑ってしまう。先ほどスキマ妖怪と自分で口にしたせいか、チルノの頭の中は紫がまだ居座っているようだ。文はツボに入りすぎたのかテーブルを叩いてまで笑っている。
「ぶふっ……アイツが幼女とか」
「く……っ、確かに”ようじょ”で間違いないかもしれませんよ。ようを妖怪の妖に変えれば……ふっ」
「ふはっ、もう余計笑わせないでよ。そんな言葉あるの?」
「あった気がします……ふふっ」
「アイツ最近見ないよなー。しょうがつにアイツがれいむにちゅーしてるの見たのが最後だなー。な、大ちゃん!」
「「「「!?」」」」
霊夢は乾いた喉を潤そうと口につけていたお茶を噴いた。盛大に。文も相当に衝撃的だったのか口をあけたまま呆然としている。霊夢に吹きかけられたお茶も気にならないのか、それはポタリポタリと垂れ、コタツテーブルの中央は酷いことになっていた。まさかのチルノからの爆弾投下である。それも並外れた破壊力のあるものだ。真の幼女恐るべし。
「ちょ、チルノちゃん! それ誰にも言ったらダメだって!!」
「へ?そーだっけ?」
「れっ、霊夢さん?あなた方いつの間にそういう……!!」
「ちっ、違うわよ!! だいたい私そんなの知らないし!!」
「あー、霊夢は寝てた、かな」
「れ、霊夢さん! ちょっと遠目だったし本当にしてたかはわかんないです! 顔を近づけてただけかもっ」
「えー、あれぜったいくっついてたよぉ」
眠そうにしていた大妖精は一気に覚醒したようで慌ててチルノに釘を刺す。大妖精の慌てぶりを見て、これは特ダネと思ったか文がチルノに状況を詳しく!なんて畳み掛けている。霊夢はと言えば―――すでに冷静になり考え込んでいた。
紫が私にキスをしていた?チルノは目がいいし、何よりこういう嘘をつくヤツじゃない。それにくっついてたかくっついていなかったかなんてどうでもいいのだ。別にされていたとしたってそれはいい。紫なら。霊夢は、紫のことが好きだから。それは、何度も何度もそんなんじゃないと霊夢自身が否定して、それでも覆せなかった事実だ。
問題は、なぜ寝てる間なのだ?という苛立ちだ。冷静になりかかった気持ちが波立つ。
そして、それはなんのキス?ただの、親としての親愛のキス?
それとも――パタンという音で我に返る。文が開きかけた手帳を閉じた音だった。そして文がチルノに言う。
「チルノさん、これはもう誰にも言っちゃダメですよ。ね? 私と約束しましょう」
「……? ん! 大ちゃんもそう言ってたしな! わかった。もう言わない」
「ありがとうございます。おくうさんも今のこと誰にも言わないでくださいね」
「うにゅ? お煎餅食べてて聞こえなかった。霊夢はなんでお茶噴いたの?」
「それはなにより。なにもありませんでしたよ。霊夢さんは単にむせただけです。ささ、お煎餅もう一枚どうですか?チルノさんも」
「「ありがとー」」
チルノとおくうの二人が嬉しそうに煎餅を頬張るのを横目に見て苦笑しながら霊夢は言う。
「……トクダネにするんじゃなかったの」
「いやぁ、するつもりだったんですが、ね。そんな顔をされては流石の私も控えざるをえませんで」
やはり甘い。そんなに酷い顔をしているのだろうか。ともあれ紫の気持ちもわからないまま周りに言いふらされるのは、いくら物事にこだわらない霊夢でも嫌だった。おくうやチルノの口止めまでしてくれた文の厚意に心の中で感謝した。
年長者として文にもう少しいろいろ聞いてみたい気もしたが、ここにはおくうやチルノ、大妖精までいる。やめておくことにした。そのうちチルノがトランプしたい!と言い出して日が暮れるまで、トランプをして過ごすことになった。
夕暮れとなり、全員が帰っていった。縁台に立って霊夢が見送っていると、バサバサッという羽音と共に文が戻ってきた。
「なによ。忘れ物でもしたの?」
「まぁそれに近いといいますか…トランプの最中も心ここにあらずというか、難しい顔をされてましたし、時折こちらを何か言いたげに見ていたように見受けられたので気になって」
「そんなこと……なくも、ないけど」
「失礼ながら、以前垣間見た霊夢さんのお気持ちが変わってなければ、喜ばしい状況――というかご報告だったんじゃ?」
「垣間見たっつーか、撮ったでしょうよ、アンタは」
「あははは、そうでした。いやぁーあれは我ながら会心の一枚で」
「思い出すだにアンタのこと埋めたくなるわ」
「あやぁ、おそろしい。話を戻しまして……イヤ、だったんですか?」
実は文は霊夢の気持ちを以前から知っている。知っているというよりは霊夢にとってはバレてしまったという感覚に近いのだが。
昨年の桜の季節、紫にからかわれた霊夢が怒り紫が慌ててスキマに逃げ込んだとき、紫が帽子を落としていった。周りを確かめずその帽子を手に取り、そのまま口付けしてしまったのは誠に手痛い失態だった。それもよりにもよってブン屋である文に見られ、写真まで撮られるとは。
けれど文は新聞の記事にすることもなく、魔理沙にも当の紫にも言わず、霊夢を酷くからかうこともなかった。
あることないこと書かれる事もあるが、文は踏み込んではいけないところはきちんとわきまえてるようだった。この件に関しては悔しい思いもあるけれど、霊夢は文を信用していた。言うか言うまいか迷っていたけれど、文が辛抱強く待ってくれているので口を開く。
「紫が私にしたことは、真実は別にしてもイヤなんかじゃないわ。私は……紫のことが……アンタの思うとおり、だから。けど、だからこそ紫がなんでしたのかって考えると素直に喜べない。……私の気持ちと、紫のは一緒じゃ、ないんじゃないかって思うから。紫にとっては、私は子どもみたいなものだもの」
明白な感情を音にするのは恥ずかしいし気が引けるので、言葉を選び選び、肝心な部分もにごして伝える。文ならわかってくれるだろう。霊夢が下を向いて言っていたので文がどんな顔で霊夢の言葉を聴いていたのかはわからない。でもきっと、いつもの記事を考えているときのような神妙な顔をしているんじゃないだろうかと霊夢は思った。ふむ、そうですね、と前置きしてから文が続ける。
「うーん……かの賢者様のお考えは私ごときには図りかねますし、当事者でない私が推測で何か言うのも……ただですね、重要なことは、その貴女のお気持ちです。それから、チルノさんから聞いた事実を確かめるか否か、じゃないでしょうか」
「問い詰めたってきっと、「可愛かったから」、とか「つい」で済まされるわよ」
「事実を確かめるだけではそうなるかもしれません」
「……どういう……?」
「先ほど申し上げました。大事なのは霊夢さんのお気持ちです。喜べないという今の状況を、霊夢さんが変えたいと願うのであれば、事態は変わってくるのではないでしょうか。つまり、霊夢さんのお気持ちを伝えるということです。折りしも今は2月。もうすぐバレンタインという日があります」
「あー、なんか去年アリスがくれたわね。友チョコとかいってお世話になったみんなに、って。今年は魔理沙もなんかする!って意気込んでたわ」
「確かにそういう親しい人に贈り物をするという日であるそうです。が、早苗さんのいた外の世界では、好きな人にチョコレートや贈り物と共にその気持ちを伝える日、という女性にとっては一大イベントの日でもあったそうです。友チョコ世話チョコとかよりもむしろそっちの意味合いの方が強かったようでして」
「へぇ、そうだったの」
「そういう謂れのある日ですから、チョコレートを渡すイコールあなたが好きです、という形式にもなっていたようですが……どうです?霊夢さんもこの日に乗じて、かの方にお気持ちを伝えてみては?」
「…………」
「あちら様から何か言われることを待っていては、おばあちゃんになってしまいますよ?霊夢さんは人間なのですから。……ふふ、少しおせっかいが過ぎましたかね。もう真っ暗になってしまいましたし寒いですね。では失礼します。また」
霊夢が無言になってしまったからか、苦笑いの顔を見せた後羽音を響かせて文は去っていった。文の言ってることはわかるが、素直にそうねわかった、などと言える事柄ではなかった。それ、は大げさでなく、異変以外で(もしかしたら異変以上に)霊夢にとっては一大事なのだから。
文は霊夢の気持ちだが重要だと言った。気持ちはもう変わらない。これまでに何度も考えそして思い知らされてきたのだから。
しかし自分の気持ちを伝えるということを考えると、行き着くところは同じだった。妖怪と人間、保護者と被保護者、そして……自分が博麗の巫女だということ。
『ハクレイノミコ』、この七文字が霊夢にとっては拠りどころであり泣きどころでもあった。
以前紫に博麗の巫女じゃなかったら自分が何になりたいかという質問をされた。霊夢にしてみれば突然の紫のその問いかけには戸惑いもしたが、賭けに負けたことから始まった質問でもあり、自分なりに一生懸命考えて答えを出した。その答えは、自分が博麗の巫女でないことなど「考えられない」、だからその質問の答えも存在しない、というある意味酷い回答だった。
けれどその時紫は、今まで見たことがないくらい嬉しそうな顔をしたのだ。結局何が聞きたいのか、どういう意図だったのかはうやむやにされてしまったけれど、自分がそう間違った答えを言ったわけではないことだけは明らかだった。
あの一件は、紫のことを考えるたび思い返される出来事ではあったけれど、当の紫がその後何も言ってこないのと、霊夢自身も紫の意図を問い詰めたその先にある何かをはっきりと知るのが怖くて、棚上げしている問題だった。
霊夢が博麗の巫女でなかったら、今の霊夢と紫はないのだ。それは霊夢にとって受け入れがたい仮定で、とても寂しかった。嫌だった。霊夢が出した答えの大部分もそれで占められていて、博麗の巫女として失格だなぁとその時もしみじみ思った。退治すべきかもしれない妖怪に、心を奪われて。
紫との関わりだけを考えてその時はすがった『博麗の巫女』に今度は悩まされている。だから泣きどころなのだ。博麗の巫女は、世襲だから……。
ただ好きなだけなら霊夢の気持ちだけの問題だ。自分の心を伝えるとなると、霊夢だけの問題ではなくなる。紫に大事にされてる実感はある。けれど霊夢の恋心が、博麗が続くことよりも大事なのかは自信がない。
そして、気になることがもう一つ。
「どうせアイツ、寝てるしなぁ……」
ぼやきいめいた独り言が、霊夢以外いなくなった神社の境内に白い吐息と共に吐き出された。
中編へ
中篇行ってきます
素敵だなぁ