チョコバナナというものがある。
溶かしたチョコにバナナをつけて、カラフルな細かいチョコのチップを振りかけて食べる。
たいへんに美味なのだけど、チョコもバナナも希少品なので何かのお祭りのときぐらいにしか出回らない。
だがちょっと待ってほしい。
なにもバナナである必要は無いのではなかろうか。
調査員はビニルハウスで育てていたキュウリをもぎ、なけなしのこづかいで買ったチョコを湯煎し始めた。
◆
私はこの感動を言葉に表すことができない。
『国語ができなきゃ理系じゃない』が河童の合言葉なのだが、胸のうちから溢れてくるこの小宇宙の始まりのごとき福音を表現する語彙は見当たらない。
例えばそう、初めて雪を見た南国の少年が、一面の銀世界を形容する言葉を持たないように。
私はこの感動を仲間たちと共有すべく、友人知人あちこちに、いやさ幻想郷の全ての河童にこの発見を話して回った。
みんな知っていた。
10年位前に発見され、ちょっとしたブームにまでなったらしい。
あれ? 私知らなかったよ?
そう言うとみな口をそろえて、『他の誰かが教えると思った』と答えた。
……私、はぶられてるのかな。
気を取り直して、顔を上げる。
科学者は常に前を向かなければならない。
それに私は忘れていた。
まだこれを伝えていない河童がいることを。
というか、実の姉を。
◆
そして私は行動を開始する。
地底への行き来は原則として禁じられているが、誰も守らないルールはルールではない。
だからといってあまり堂々と振舞うわけも行かない。
ことは迅速に、秘密裏に行わなければなるまい。
私はこの作戦を『オペレーション黒いもろキュウ』と名づけ、単身地底へと足を運んだ。
河城みとり。
私の最愛の姉である。
昔ちょっといろいろあって地下に落とされて、それ以来会っていない。
実を言うと顔もあまり覚えていない。
円周率を1000桁覚えている私だが、不要な記憶は海馬の隅へと追いやられ、ポロリと落っこちてしまったのだろう。
まあ会えば思い出すだろうと、安易な気持ちで旧地獄へ続く洞窟を降りていった。
「かっぱっぱ見っけ」
洞窟を進んで幾ばくもしないうちに、さっそく地底の民に見つかってしまった。
しかもこいつは我らが仇敵。
「出たな土蜘蛛」
河の敵がケラケラと不快に笑う。
「へー、天狗はよく来るけど、河童は珍しいね、これも時代の変化かねー」
割と好意的な感触だが、油断はできない。
目に映るもの全てが敵、そのくらいの覚悟でいなければならない。
それに地底の妖怪は曲者ぞろい、アサルトライフル1丁で足りるか……?
「わーっ! ちょっとそれ鉄砲!? 本物!? こっち向けないでよ!」
なんと、この土蜘蛛は現代兵器が分かるらしい。
「河の敵は河童の敵、それすなわち科学の敵」
適当に威嚇射撃を敢行した。
「うぎゃあああお!!」
怯んだ隙にピンを抜く。
非殺傷性のフラッシュバンだ。
「アスタラビスタ」
即座にサングラスをかける、直後に爆音。
薄暗い環境になれたお前には格別の効きだろう。
目を回している土蜘蛛にカラシニコフの銃口を突きつけ、ケリ起こす。
「河城みとりを探している」
「うえ? 誰だって?」
タタタタタタ……、と土蜘蛛の足元を撃った。
「ぎゃー!!」
「3度は言わない、河城みとりはどこにいる」
マガジンを交換しながら問い詰める。
ちょっと手間取ったのはご愛嬌だ。
「あー、あいつんちはちょっと入り組んだところに」
「案内しろ」
「え? マジですか」
「河童には死体の脳から記憶情報をサルベージする技術がある、首から下は穴が開いていても問題はない」
「喜んで案内させていただきます」
……ふぅ。
これでひとまず道案内は得た。
でもまだまだ油断は禁物。
地下には危険がいっぱいなのだから。
◆
旧都とやらに来るのは初めてだったけど、映像記録では見たことがある。
以前魔理沙が異変解決に乗り出したときのものだ。
あれはいつだったっけ、魔理沙にも最近会ってないなー、元気にしてるかなー。
「あのー、河童さん」
「無駄口を叩くな」
「あ、はい」
ちなみにカラシニコフはリュックに仕舞った。
代わりに今はトカレフを突きつけている。
やっぱりこういうのは軽いやつでやらなきゃダメだよね。
「つ、着きましたよ」
繁華街から外れて20分ほど歩いたら、少し寂れたアパートに着いた。
お姉ちゃんは2階の角部屋だという。
あー、何年ぶりだろう。
なんて声をかけよう。
早く会いたいよお姉ちゃん。
私は当初の目的を忘れていた、ただ会いたかった。
たった1人の、大好きな姉に。
「呼び鈴を押せ」
「よ、呼び鈴無いです」
「撃たれなきゃノックもできないのか?」
「うわーん」
土蜘蛛のノックが響くけど、部屋の主は一向に姿を現さない。
「貴様、まさか」
「る、留守だよ! ただの留守!」
スライドを引く。
ガチャ、と小気味のいい音がしてチェンバーに弾薬が装填される。
この音が好き。
聞くたびに心が落ち着くような。
「待って待って! 撃たないで!」
ふと、声がした。
「あれ? ヤマメじゃんなにやってんの?」
「勇儀逃げてー!!」
土蜘蛛が叫ぶ。
この気配、鬼!?
2.2秒でトカレフを仕舞う。
安全装置は改造して付けてあるから安心だ。
「おー? どうした?」
「あ、始めまして! 河城にとりって言います!」
振り返りざまに笑顔で自己紹介する。
土蜘蛛の顔が引きつっているのが見えたけど、気にしない。
「おう、星熊勇儀だ、よろしくな」
そう言って鬼と握手する。
正直汚い手で触って欲しくなかったけれど、この際仕方が無い。
「今日はお姉ちゃんを訪ねてきたんですが、どうも留守みたいで」
「姉? ああ、みとりか、あいつ妹いたんだな」
「勇儀だまされんな! こいつは……!」
土蜘蛛がちょっとうるさかったので、うるさいですよーと視線で伝えた。
「ナンデモ、ナイデス」
よかった、通じたみたいだ。
「星熊さんはお姉ちゃんがどこにいるか知りませんか? バレンタインのチョコを渡したいんです」
「チョコかー、かわいいねー」
鬼は私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「えへへへ」
やめろ、痛い、皿に触るな。
「あ、地霊殿じゃないか? 昨日確定申告がどうとか言ってたし」
ピク、と体が反応した。
地霊殿、そこは。
覚り妖怪の本拠地。
思わず舌打ちしそうになるのを、全力で押さえ込んだ。
◆
「結構広いだろー」
先頭を歩く鬼が自慢するように言う。
「すごいですね! こんな大きい家始めて見ました!」
別に自分の手柄じゃないだろうに。
「ははは、だろー?」
「……」
土蜘蛛の顔は暗い。
別に付いてこなくてもよかったのに。
「あれあれあれ? お揃いでどしたのさ、そっちの子は新入りかい? いやいや詳しいことは聞かないよ、ここには過去に後ろ暗いところがあるやつばっかりいっぱいいるからね、ただしここに住むんならここのルールには従ってもらうよ、まずゴミ出しの曜日だけれど……」
いきなり現れてぺらぺらと無駄なことをしゃべるこの猫は、この地霊殿のスタッフだという。
しかも結構偉い人らしい。
後々のために媚びを売っておく必要がありそうだ。
「燐、この子は新入りじゃないよ、みとりの妹さんだそうだ」
「みとりの? そういえば鼻筋が似てる気がするね、目元も、あれ? でも髪の色が……、はっ、いやいやゴメンなんでもない、そうか、君たちも苦労してるんだね、余計な詮索だったよ、そういえばみとりがこっち来たときも色々あったっていうし、きっとそういうことだったんだね、やっと謎が解けたよ、みとりも辛かったんだね」
OK、私この人嫌いじゃない。
「みとりに会いに来たそうなんだが、ここにいるか?」
「うん? うんうんいるいる、倉庫でチョコレートの整理をしてもらってるよ、でもそうだね、感動の再会ならもっとムードのある演出をしたいところだけれど、あいにく今ちょっと忙しいからね、今日中にチョコレートを地底中にばら撒かなきゃならないのさ、あたいらからのプレゼントだね」
無駄な単語が多すぎて聞き取りづらかったけど、要約すると以下の通りらしい。
毎年バレンタインの日は、地上からチョコレートを大量に入荷し、近隣住民に無償で配るそうだ。
サンタさんみたいですね、と言ったら。
クリスマスにはアイスを配る、と答えてくれた。
盆と正月とバレンタインとクリスマスには、管理者からもお目こぼしがあるそうだ。
「倉庫の場所はヤマメ分かるよね、じゃあちょっと案内お願い、あたいこれから伝票チェックしないといけないんだ、あとみとりに伝言お願い、『そろそろ休憩していいよ』って伝えといて」
「……分かった」
言うが早いか猫はスタスタと歩いていってしまった。
どうやら忙がしいのは本当らしい。
それにしてもやっとだ、やっとお姉ちゃんに会える。
「よかったなにとり、みとりいるって」
「はい!」
呼び捨てにすんな木偶。
◆
倉庫にはすぐ着いた。
そして扉を開いた直後、異変に気がついた。
「あっつ! なにここ」
「暖房つけすぎだなこりゃ」
「……」
あつい。
旧地獄は全体的に気温高めだが、これはいくらなんでも暑すぎる。
そこらに詰まれたチョコレートと思しき段ボールが、へたりとしなっている気さえする。
「みーとりー! いるかー!」
鬼が叫ぶ。
そこそこ広い倉庫のなかで、その声はよく響いた。
「あーい!!」
と、だいぶ遠くのほうから返事が聞こえた。
忘れるはずも無い、これこそ最愛の姉の声。
いてもたってもいられず、私は走り出した。
「ゆーぎ! 冷房ぶっ壊れた!氷持ってきてくれ!」
その赤い髪の人物は、床にあぐらをかきながら平べったい機械を分解していた。
たぶんエアコンだろう、コンプレッサとコンデンサが見える。
「エバポレータが劣化したんだよ」
「おろ?」
お姉ちゃんと目が合う。
たぶん10年ぶりくらいだろう。
私たちは再会を果たした。
でもそんなことより、優先すべき事がある。
「冷媒何使ってるの?」
「R-404A」
「冷蔵庫じゃないんだから」
「安かったんだよ」
「他のエアコンは? 無事?」
「床置き6台中3台、天井4台中1台が同じ症状」
「最後に使ったのいつだよ」
「去年のバレンタインだな、間欠泉騒ぎのときに壊れたんだろ」
そう言っている間にも私たちの手は止まらない。
壊れてるエアコン全てを解体し、使えるパーツを寄せ集めて2台復旧させる。
今日もてば問題ないだろう。
「あれ? にとりじゃん」
そしてお姉ちゃんは、今気づいたかのように言う。
いや、実際今気づいたのだろう。
「うん、久しぶり」
ああ、そういえばお姉ちゃんだった。
「お前ら、姉妹の再会より空調が大事なのか」
「あ? うっせーよ勇儀、河童のサガだ」
「おいみとり! お前の妹どうなってんだよ! マシンガンぶっ放してたぞ!!」
「ははは、にとりは相変わらずだな、ちゃんと整備してるか?」
「うん!」
「……何でやねん」
土蜘蛛が崩れ落ちていた。
後ろで雑音がうるさかったけど、私の耳には入らなかった。
そんなことよりお姉ちゃんだ。
「ねえお姉ちゃん、チョコバナナって知ってる?」
「あ? 何だよ急に、知ってるけど」
「あれキュウリでやるとおいしいんだよ」
「マジで!?」
「今日はバレンタインだからお姉ちゃんに持ってきたの」
「うわー! うれしいなー、今食べていい?」
「うん!」
リュックからタッパーを取り出すと、キュウリに刺さった割り箸を掴む。
ああ、頑張ってここまできてよかった。
後ろで2人が目を背けているけれど、そんなものは目に入らない。
保冷材を入れてきたから、よし、溶けてない。
「はい、あーん」
チョコキュウリを突き出す。
お姉ちゃんはちょっと照れてたけど、口をあけてくれた。
「あーん」
お姉ちゃんの口に、キュウリが吸い込まれていく。
はいどーぞ。
「うにゅーあ!!」
突然声が聞こえた。
ドパァ!
と、音を立てながら近くにあった段ボールの山が吹き飛ぶ。
やっぱり中はチョコレートだったらしく、いい感じに溶けた黒いドロドロが私とお姉ちゃんに降り注いだ。
同時にビターンと地面に何かを打ち付けるような音が響いた。
「いったーい」
2人して固まる。
状況を理解するのに、河童の頭脳をもってしても数秒かかってしまった。
そしてギギギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく、声のほうを向いた。
「うにゅー、ベトベト」
そこには全身がべちゃべちゃになった大きなカラスがいた。
天狗だろうか。
「おい、空」
これまたべちゃべちゃになったお姉ちゃんが言う。
きっと今の私も似たような感じだろう。
「あ、ごめんなさい、みとりと知らない人」
スゥ、と体温が低くなるのを感じる。
鬼がなんか警戒してる。
土蜘蛛は怯えている。
姉と私は怒っている。
「おい」
「うにゅ、ごめんなさい、服にかかっちゃった」
かかったってレベルではなかったが、そんなことはどうでもいい。
バキリ、と音がした。
割り箸が折れる音だった。
「「機械にかかっただろうが!」」
私はカラシニコフを構え、お姉ちゃんはショットガンを取り出した、お姉ちゃんの愛銃、ウィンチェスターM1897だ。
「焼き鳥になれ」
「万死に値する」
「ほぇあ!?」
チョコまみれの3人で、運動会が始まった。
◆
鬼と猫の仲裁によって狩りは中止となった。
精密機械にチョコかけるとか山でやったら縛り首だよ。
暴れた罰としてチョコ配りを手伝わされたけど、お姉ちゃんと一緒なら楽しいものだ。
それにしても今日1日でいろんな人と知り合いになった。
ろくな人がいなかったけど、人脈は多いに越したことは無い。
それは山でも地底でもいっしょだろう。
また来たいな、今度はクリスマスに。
そしてお姉ちゃん。
今まで存在を忘れててマジごめん。
了
溶かしたチョコにバナナをつけて、カラフルな細かいチョコのチップを振りかけて食べる。
たいへんに美味なのだけど、チョコもバナナも希少品なので何かのお祭りのときぐらいにしか出回らない。
だがちょっと待ってほしい。
なにもバナナである必要は無いのではなかろうか。
調査員はビニルハウスで育てていたキュウリをもぎ、なけなしのこづかいで買ったチョコを湯煎し始めた。
◆
私はこの感動を言葉に表すことができない。
『国語ができなきゃ理系じゃない』が河童の合言葉なのだが、胸のうちから溢れてくるこの小宇宙の始まりのごとき福音を表現する語彙は見当たらない。
例えばそう、初めて雪を見た南国の少年が、一面の銀世界を形容する言葉を持たないように。
私はこの感動を仲間たちと共有すべく、友人知人あちこちに、いやさ幻想郷の全ての河童にこの発見を話して回った。
みんな知っていた。
10年位前に発見され、ちょっとしたブームにまでなったらしい。
あれ? 私知らなかったよ?
そう言うとみな口をそろえて、『他の誰かが教えると思った』と答えた。
……私、はぶられてるのかな。
気を取り直して、顔を上げる。
科学者は常に前を向かなければならない。
それに私は忘れていた。
まだこれを伝えていない河童がいることを。
というか、実の姉を。
◆
そして私は行動を開始する。
地底への行き来は原則として禁じられているが、誰も守らないルールはルールではない。
だからといってあまり堂々と振舞うわけも行かない。
ことは迅速に、秘密裏に行わなければなるまい。
私はこの作戦を『オペレーション黒いもろキュウ』と名づけ、単身地底へと足を運んだ。
河城みとり。
私の最愛の姉である。
昔ちょっといろいろあって地下に落とされて、それ以来会っていない。
実を言うと顔もあまり覚えていない。
円周率を1000桁覚えている私だが、不要な記憶は海馬の隅へと追いやられ、ポロリと落っこちてしまったのだろう。
まあ会えば思い出すだろうと、安易な気持ちで旧地獄へ続く洞窟を降りていった。
「かっぱっぱ見っけ」
洞窟を進んで幾ばくもしないうちに、さっそく地底の民に見つかってしまった。
しかもこいつは我らが仇敵。
「出たな土蜘蛛」
河の敵がケラケラと不快に笑う。
「へー、天狗はよく来るけど、河童は珍しいね、これも時代の変化かねー」
割と好意的な感触だが、油断はできない。
目に映るもの全てが敵、そのくらいの覚悟でいなければならない。
それに地底の妖怪は曲者ぞろい、アサルトライフル1丁で足りるか……?
「わーっ! ちょっとそれ鉄砲!? 本物!? こっち向けないでよ!」
なんと、この土蜘蛛は現代兵器が分かるらしい。
「河の敵は河童の敵、それすなわち科学の敵」
適当に威嚇射撃を敢行した。
「うぎゃあああお!!」
怯んだ隙にピンを抜く。
非殺傷性のフラッシュバンだ。
「アスタラビスタ」
即座にサングラスをかける、直後に爆音。
薄暗い環境になれたお前には格別の効きだろう。
目を回している土蜘蛛にカラシニコフの銃口を突きつけ、ケリ起こす。
「河城みとりを探している」
「うえ? 誰だって?」
タタタタタタ……、と土蜘蛛の足元を撃った。
「ぎゃー!!」
「3度は言わない、河城みとりはどこにいる」
マガジンを交換しながら問い詰める。
ちょっと手間取ったのはご愛嬌だ。
「あー、あいつんちはちょっと入り組んだところに」
「案内しろ」
「え? マジですか」
「河童には死体の脳から記憶情報をサルベージする技術がある、首から下は穴が開いていても問題はない」
「喜んで案内させていただきます」
……ふぅ。
これでひとまず道案内は得た。
でもまだまだ油断は禁物。
地下には危険がいっぱいなのだから。
◆
旧都とやらに来るのは初めてだったけど、映像記録では見たことがある。
以前魔理沙が異変解決に乗り出したときのものだ。
あれはいつだったっけ、魔理沙にも最近会ってないなー、元気にしてるかなー。
「あのー、河童さん」
「無駄口を叩くな」
「あ、はい」
ちなみにカラシニコフはリュックに仕舞った。
代わりに今はトカレフを突きつけている。
やっぱりこういうのは軽いやつでやらなきゃダメだよね。
「つ、着きましたよ」
繁華街から外れて20分ほど歩いたら、少し寂れたアパートに着いた。
お姉ちゃんは2階の角部屋だという。
あー、何年ぶりだろう。
なんて声をかけよう。
早く会いたいよお姉ちゃん。
私は当初の目的を忘れていた、ただ会いたかった。
たった1人の、大好きな姉に。
「呼び鈴を押せ」
「よ、呼び鈴無いです」
「撃たれなきゃノックもできないのか?」
「うわーん」
土蜘蛛のノックが響くけど、部屋の主は一向に姿を現さない。
「貴様、まさか」
「る、留守だよ! ただの留守!」
スライドを引く。
ガチャ、と小気味のいい音がしてチェンバーに弾薬が装填される。
この音が好き。
聞くたびに心が落ち着くような。
「待って待って! 撃たないで!」
ふと、声がした。
「あれ? ヤマメじゃんなにやってんの?」
「勇儀逃げてー!!」
土蜘蛛が叫ぶ。
この気配、鬼!?
2.2秒でトカレフを仕舞う。
安全装置は改造して付けてあるから安心だ。
「おー? どうした?」
「あ、始めまして! 河城にとりって言います!」
振り返りざまに笑顔で自己紹介する。
土蜘蛛の顔が引きつっているのが見えたけど、気にしない。
「おう、星熊勇儀だ、よろしくな」
そう言って鬼と握手する。
正直汚い手で触って欲しくなかったけれど、この際仕方が無い。
「今日はお姉ちゃんを訪ねてきたんですが、どうも留守みたいで」
「姉? ああ、みとりか、あいつ妹いたんだな」
「勇儀だまされんな! こいつは……!」
土蜘蛛がちょっとうるさかったので、うるさいですよーと視線で伝えた。
「ナンデモ、ナイデス」
よかった、通じたみたいだ。
「星熊さんはお姉ちゃんがどこにいるか知りませんか? バレンタインのチョコを渡したいんです」
「チョコかー、かわいいねー」
鬼は私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「えへへへ」
やめろ、痛い、皿に触るな。
「あ、地霊殿じゃないか? 昨日確定申告がどうとか言ってたし」
ピク、と体が反応した。
地霊殿、そこは。
覚り妖怪の本拠地。
思わず舌打ちしそうになるのを、全力で押さえ込んだ。
◆
「結構広いだろー」
先頭を歩く鬼が自慢するように言う。
「すごいですね! こんな大きい家始めて見ました!」
別に自分の手柄じゃないだろうに。
「ははは、だろー?」
「……」
土蜘蛛の顔は暗い。
別に付いてこなくてもよかったのに。
「あれあれあれ? お揃いでどしたのさ、そっちの子は新入りかい? いやいや詳しいことは聞かないよ、ここには過去に後ろ暗いところがあるやつばっかりいっぱいいるからね、ただしここに住むんならここのルールには従ってもらうよ、まずゴミ出しの曜日だけれど……」
いきなり現れてぺらぺらと無駄なことをしゃべるこの猫は、この地霊殿のスタッフだという。
しかも結構偉い人らしい。
後々のために媚びを売っておく必要がありそうだ。
「燐、この子は新入りじゃないよ、みとりの妹さんだそうだ」
「みとりの? そういえば鼻筋が似てる気がするね、目元も、あれ? でも髪の色が……、はっ、いやいやゴメンなんでもない、そうか、君たちも苦労してるんだね、余計な詮索だったよ、そういえばみとりがこっち来たときも色々あったっていうし、きっとそういうことだったんだね、やっと謎が解けたよ、みとりも辛かったんだね」
OK、私この人嫌いじゃない。
「みとりに会いに来たそうなんだが、ここにいるか?」
「うん? うんうんいるいる、倉庫でチョコレートの整理をしてもらってるよ、でもそうだね、感動の再会ならもっとムードのある演出をしたいところだけれど、あいにく今ちょっと忙しいからね、今日中にチョコレートを地底中にばら撒かなきゃならないのさ、あたいらからのプレゼントだね」
無駄な単語が多すぎて聞き取りづらかったけど、要約すると以下の通りらしい。
毎年バレンタインの日は、地上からチョコレートを大量に入荷し、近隣住民に無償で配るそうだ。
サンタさんみたいですね、と言ったら。
クリスマスにはアイスを配る、と答えてくれた。
盆と正月とバレンタインとクリスマスには、管理者からもお目こぼしがあるそうだ。
「倉庫の場所はヤマメ分かるよね、じゃあちょっと案内お願い、あたいこれから伝票チェックしないといけないんだ、あとみとりに伝言お願い、『そろそろ休憩していいよ』って伝えといて」
「……分かった」
言うが早いか猫はスタスタと歩いていってしまった。
どうやら忙がしいのは本当らしい。
それにしてもやっとだ、やっとお姉ちゃんに会える。
「よかったなにとり、みとりいるって」
「はい!」
呼び捨てにすんな木偶。
◆
倉庫にはすぐ着いた。
そして扉を開いた直後、異変に気がついた。
「あっつ! なにここ」
「暖房つけすぎだなこりゃ」
「……」
あつい。
旧地獄は全体的に気温高めだが、これはいくらなんでも暑すぎる。
そこらに詰まれたチョコレートと思しき段ボールが、へたりとしなっている気さえする。
「みーとりー! いるかー!」
鬼が叫ぶ。
そこそこ広い倉庫のなかで、その声はよく響いた。
「あーい!!」
と、だいぶ遠くのほうから返事が聞こえた。
忘れるはずも無い、これこそ最愛の姉の声。
いてもたってもいられず、私は走り出した。
「ゆーぎ! 冷房ぶっ壊れた!氷持ってきてくれ!」
その赤い髪の人物は、床にあぐらをかきながら平べったい機械を分解していた。
たぶんエアコンだろう、コンプレッサとコンデンサが見える。
「エバポレータが劣化したんだよ」
「おろ?」
お姉ちゃんと目が合う。
たぶん10年ぶりくらいだろう。
私たちは再会を果たした。
でもそんなことより、優先すべき事がある。
「冷媒何使ってるの?」
「R-404A」
「冷蔵庫じゃないんだから」
「安かったんだよ」
「他のエアコンは? 無事?」
「床置き6台中3台、天井4台中1台が同じ症状」
「最後に使ったのいつだよ」
「去年のバレンタインだな、間欠泉騒ぎのときに壊れたんだろ」
そう言っている間にも私たちの手は止まらない。
壊れてるエアコン全てを解体し、使えるパーツを寄せ集めて2台復旧させる。
今日もてば問題ないだろう。
「あれ? にとりじゃん」
そしてお姉ちゃんは、今気づいたかのように言う。
いや、実際今気づいたのだろう。
「うん、久しぶり」
ああ、そういえばお姉ちゃんだった。
「お前ら、姉妹の再会より空調が大事なのか」
「あ? うっせーよ勇儀、河童のサガだ」
「おいみとり! お前の妹どうなってんだよ! マシンガンぶっ放してたぞ!!」
「ははは、にとりは相変わらずだな、ちゃんと整備してるか?」
「うん!」
「……何でやねん」
土蜘蛛が崩れ落ちていた。
後ろで雑音がうるさかったけど、私の耳には入らなかった。
そんなことよりお姉ちゃんだ。
「ねえお姉ちゃん、チョコバナナって知ってる?」
「あ? 何だよ急に、知ってるけど」
「あれキュウリでやるとおいしいんだよ」
「マジで!?」
「今日はバレンタインだからお姉ちゃんに持ってきたの」
「うわー! うれしいなー、今食べていい?」
「うん!」
リュックからタッパーを取り出すと、キュウリに刺さった割り箸を掴む。
ああ、頑張ってここまできてよかった。
後ろで2人が目を背けているけれど、そんなものは目に入らない。
保冷材を入れてきたから、よし、溶けてない。
「はい、あーん」
チョコキュウリを突き出す。
お姉ちゃんはちょっと照れてたけど、口をあけてくれた。
「あーん」
お姉ちゃんの口に、キュウリが吸い込まれていく。
はいどーぞ。
「うにゅーあ!!」
突然声が聞こえた。
ドパァ!
と、音を立てながら近くにあった段ボールの山が吹き飛ぶ。
やっぱり中はチョコレートだったらしく、いい感じに溶けた黒いドロドロが私とお姉ちゃんに降り注いだ。
同時にビターンと地面に何かを打ち付けるような音が響いた。
「いったーい」
2人して固まる。
状況を理解するのに、河童の頭脳をもってしても数秒かかってしまった。
そしてギギギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく、声のほうを向いた。
「うにゅー、ベトベト」
そこには全身がべちゃべちゃになった大きなカラスがいた。
天狗だろうか。
「おい、空」
これまたべちゃべちゃになったお姉ちゃんが言う。
きっと今の私も似たような感じだろう。
「あ、ごめんなさい、みとりと知らない人」
スゥ、と体温が低くなるのを感じる。
鬼がなんか警戒してる。
土蜘蛛は怯えている。
姉と私は怒っている。
「おい」
「うにゅ、ごめんなさい、服にかかっちゃった」
かかったってレベルではなかったが、そんなことはどうでもいい。
バキリ、と音がした。
割り箸が折れる音だった。
「「機械にかかっただろうが!」」
私はカラシニコフを構え、お姉ちゃんはショットガンを取り出した、お姉ちゃんの愛銃、ウィンチェスターM1897だ。
「焼き鳥になれ」
「万死に値する」
「ほぇあ!?」
チョコまみれの3人で、運動会が始まった。
◆
鬼と猫の仲裁によって狩りは中止となった。
精密機械にチョコかけるとか山でやったら縛り首だよ。
暴れた罰としてチョコ配りを手伝わされたけど、お姉ちゃんと一緒なら楽しいものだ。
それにしても今日1日でいろんな人と知り合いになった。
ろくな人がいなかったけど、人脈は多いに越したことは無い。
それは山でも地底でもいっしょだろう。
また来たいな、今度はクリスマスに。
そしてお姉ちゃん。
今まで存在を忘れててマジごめん。
了
セクシーみたいな描写があってもいいのではないか?
みとりたんハァハァw
もっっっとみたかったお
でもアレでしょ、これ死ぬほど急いで書いたでしょww
空とにとり、あとみとりんも頂きました。ごちそうさまでした
「ガンスリ厨二でちょっと黒」な言い回しは抜け目なく書かれているのに、そのマイナス面(要するにキャラクターへの嫌悪感ですな)を払拭するだけの魅力がにとりに感じられなかったのが残念無念。
チョコきゅうりは本当生まれてきたことを後悔するくらいダイナマイト不味いので、河童の方以外にはオススメしません
勢いがある分、乗れないと置いてきぼりになってしまうわけなんですね。言ってみれば書いてる本人だけ楽しくて、その楽しさが伝わらないから白けてしまうと。
具体的にどこをどう直すべきかは、ギャグの場合特に難しい部分なのですが、とりあえずもっと描写を細かくしたほうが笑いやすいんじゃないかと思います。
描写が細かければそれだけ可笑しい部分も強調されることになり、笑いに繋がりやすくなります。現状だと笑えるのかどうか微妙な状態のまま、次々と展開していってしまうので、やはりイマイチな印象ですね。
方向性は間違っていないので、読む人が楽しめるかどうかをもっとよく考えて練り上げてください。
みとりんが見れて満足でした