このような場所までご足労いただいて、どうもありがとうございます。
手紙をご覧になって来たのでしょう。八雲紫より、とだけ書かれた封筒を貴方は開いてくれて、中の手紙も要点しか書いていなかったけど、読んでくださったのね。
地図はちゃんと分かったかしら? ずいぶん適当に線を引き引き描いたものだから、読み取ってくれるかどうか不安だったの。解読が難しかったでしょう。あら、とても明瞭で迷うはずがなかったなんて、お世辞なんて言わなくていいのに。とにかく、貴方がココに来てくれてよかった。そうでなければ話が進まないから。
……ゴホ……失礼、ちょっとした病気なの。どうりで顔色がよくないって? 気遣ってくれてありがとう。ところで貴方のほうは、とても期待に満ちた顔をしているわね。この小さくて不自然に真新しいお屋敷に、八雲紫が招いてくれたという事実が、素晴らしい何かを予感させるものとでも考えているようね。いいえ、決してそんなことはないわ。貴方は哀しまないといけない。怒らないといけない。おいおいそうなるわ。けれど今は、玄関で立ち話もなんだから、奥へ参りましょう。
いいお屋敷、ですか。私もそう思うわ。即席で用意した割には上品なものね。貴方は一つの勘違いをしているようだから早めに教えておきます。このお屋敷は私が住んでいる場所ではないのよ。さっきも言った通り即席で用意したものであって、私だって今日はじめて訪れたの。調度品や美術品も年を数えれば生まれて間もない初子ばかり。おかしな話でしょう? でも事実なのよ。私を妖怪だと知っている貴方なら、首をかしげすらしないでしょうけど。
その顔、口を開けずとも伝わりますわ。どうしてそんな奇妙なことをするのか、と聞きたいのね。部屋にたどり着いてからお話するわ。
見てよこの襖。いかにも新鮮で黄ばみ一つとして見当たらない。畳もぴかぴかの黄緑で、擦るとお手てに畳の香りがつきそうじゃない。縁側を見てみなさいよ、お庭があってお池が一つあって、深緑の松のなんて雄々しいこと。空が濁っているのが残念ね。
これが全て作り物のハリボテであることが、貴方に分かるかしら。昨日に出来上がって、明日には霧と消えていくのよ。ちゃんとお話するから、さあさ、そこの座布団におかけなさいな。
しきりと私の頭を気にしているけど、貴方がくれたかんざしは付けていないわよ。なぜなのかって? さてと。まずハッキリと言っておくわ。私は貴方とお付き合いすることはできません。これから話すことは、いずれもその事実を前提にしていることを……ンッ……念頭においてちょうだい。
ああ、びっくりなさって。貴方が落ち着いてから話す? 今すぐ? 結構。
さしあたり、このお屋敷を用意して、ココに貴方を招いた理由をお話するわ。
お屋敷は、私が住む本当の所在地が貴方に知られるのはマズいから、急いで作ったの。これは貴方を嫌っているからではなくってよ。未練を生まないための処置ですわ。そう、狂おしく身を悶えさせるおぞましい未練を。だからここは住居ではなく、当然だけど別荘という訳でもなく、まったく関係のない土地なの。加えて、このお屋敷は明日になれば欠片一つとなくなっているから、名残惜しさに訪ねてきても疲れるだけ。それでも気になるなら、まあ、好きになさい。
貴方を招いた理由だけど、とても簡単ね。さっき既に話した。お付き合いはできないということを伝えるためよ。
納得できるかしら。できない? でしょうね。もちろん納得がいくまで話合いをするつもりだから。ねえ、大丈夫? ちゃんと話を聞いてもらいたいから、辛辣に思われるだろうけど、しっかりしてくれないと困るの。
貴方が私の前に現れたのはいつだったかしら。夏の終わりで、まだ残暑の暑い頃だったわね。私が買い物のため里へ降りて、藍と一緒にお店を巡っていたとき、血相を変えた男が目の前に飛び出してくるや否や、周りの目も顧みずに「お慕い申しております」と叫んだ。藍はとっさの異常を判断して私を背中へ隠し、貴方がそれを見開いた目で見つめ続けた。
私はたしかこう言ったのよね「それは素晴らしいことですわね。けど、誰かと間違えているのではありませんか?」すると貴方は「あんた妖怪の八雲紫でしょう。間違えるはずがない!」だって。
ク、フフ、クフフフフ。ああ、ごめんなさい。思い出すとおかしくって。馬鹿にしているのではなくってよ。でもあのときに貴方が見せた必死さが印象に残っているの。本来ならこの時点でお断りしておくべきだったわ。けど貴方ったら、告白したっきりすぐに走り去ってしまって。私も藍も何も言えなかったわよ。
で、この何日か後になって香霖堂にいた私の前に、貴方は再び現れたわね。いったいどうやって私の行方を嗅ぎつけたのかしら。ダリアをかたどった素敵なかんざしを渡してくるのですもの。虚をつかれるって、まさにこのこと。両手のひらでようやく包み込める大きさで、控えめな桃色のかんざし。正直に言うと、花びらの大きさが私らしくなくて、薄みなところが金髪にあわない。身につけるには不似合いと感じたわ。
このあとは外に出たのよね。私は驚いて、貴方は照れくさそうにして、そんな私たちを眺めている店主が迷惑そうにしていたから。
貴方はそわそわしながら一目惚れであることを、早口で噛みながら話してくれたわね。私は聞きつつも、どうしましょう……と考えていたのよ。なぜって貴方があまりに真剣な面持ちだったから。
そう。貴方は真剣そのものだった。見ている側からしてもすぐに分かってしまうほど。初めて私に告白をしたときも、貴方はその真剣さを大きな力にしていたのでしょうね。その力を支え、私が何時どこに現れるかという情報を、できる限り調べ尽くしたのね。だから里で私を見つけることができたし、香霖堂にも赴いてみせた。
私は気づいた。この人は真剣なのだと気づいた。真剣ということは、視界が狭ばまっているということでもあるわ。きっと、その状態に陥っているのだと思ったわ。
私は貴方の冷静さに訴えかけた「私という人物が妖怪であることは分かっているの? もう一度しっかり考えなさい」と。貴方は「もう充分考えたあとだ」たしかこういう感じで返してきたわね。
それからだったかしら。私に一目惚れした経緯を貴方は語りだした。私はそのおかげで、貴方がさっき口にした言葉を理解したの。
貴方が私を初めて見たのは、告白の時をずっと遡った秋というじゃない。おまけに決闘中の私だったらしいじゃない。里から博麗神社へいく道中の道を外れて、先をずっと進んでいったところにある花畑で、日傘をさす女二人を見つけたと。
あの時季に決闘をし合った相手と言えば誰だったかしら。数えるほどよ。けど貴方の話を聞いた限りでは、どうやら幽香との決闘を見られてしまったみたいね。花畑で日傘をさしている人なんて、あの時の私を除いては幽香だけ。二人揃ってクリーム色のレースがついた大きな日傘。
貴方はそれからこう話してくれたわね。
ええっと……エフッ……俺は寒空の上に繰り広げられている空中戦をぼけっと眺めていたんだ。空はどんより曇っていたが、おかげで色とりどりの光弾は見えやすかったんだ。あんたらはこれを弾幕と言うんだったっけな。
俺は最初、空が物凄いことになっているなとだけ思っていた。じきに空を物凄いことにしているのが二人の女であることを知った。活発げな洋物の赤い上着とスカートを身につけて、いかにも気の強そうに笑っている女。そして東風のドレスを着飾った、空中で空気に腰掛けて微笑んでいる女。どちらも日傘をさしていて、余裕たっぷりというところが共通していた。
俺にはどちらも勝ちそうに見えた。が、どちらも負けるように感じられた。勝負の結末には興味なかったんだろうな。俺はただ赤色の女より紫色の女に目をくばるようにしていた。つまりあんたのことだが、あんたの弾幕のほうが激しかったんだよ。しだいにあんたのほうに勝ってほしいなと思いはじめていた。
弾幕の戦いっていうのは難しいな。どっちが優勢でどっちが劣勢なのか、余所者には分かったもんじゃない。バチバチキラキラしてるばかりでさ。あんたらの表情も空の上だから、大まかには見えるが細かくは分からないし。
そうこうしていると勝敗がついた。最後はあっけないもんだな。赤色の女が急にへろへろ落下しはじめた。それっきり両者から弾幕が出なくなって、既に放たれて宙をかっ飛んでいた弾幕もふつふつと消えていった。紫色の女がそれを見届けた風にしたあと、くるっと俺の方向へ振り向いた。そこで目が合ったんだ! そうだろ? あんたも覚えているはずだよな。だって刹那なんてもんじゃない。五秒、いや十秒は直視されたんだ。俺は目をそらせなかった。間違いないんだ。
俺が惚れたのはそのときだよ。あんたはまるで興味なさげにふらっと空の彼方へいってしまったがな。俺は追いかけたようとしたが、無理だった。ひまわり畑を抜けて林に突っ込んだあたりで諦めた。
しぶしぶ帰ることに決めた。良いものを見せてもらったなあ良い女だったなあ。途中でしつこく考えたよ。頭ん中をぐるぐるさせているとな、しだいに我慢できなくなってきてな、あんたをどうしても知りたくなったんだ。
走って里まで帰った。
知るのはすごく簡単だった。帰ったなり稗田のお屋敷にいって、ご令嬢に御目通りねがって、これが思っていたよりあっさりと受諾された。幼いが落ち着き払って威厳のあるご令嬢だ。その御方にあんたの特徴を言うと、ありゃあ本当に賢い頭脳だな、すぐさま答えてくださって、あれこれと仔細に説明してくれた。即答だよ。驚いたね。
ここで初めて八雲紫という名前を知ったんだ。いや、名前自体はガキの頃から聞いたことはあったが、まさか実物に会うなんてな。おっかない、鬼みたいな化け物かと想像していたんだが全然そうじゃないときたもんだ。
俺はあんたと会う方法を尋ねてみたんだが、そこまでは分からないと言われた。俺はがっくりきたが、諦めなかったぞ。あんたの手がかりを探しまわった。人づてに調べたり、本も読んだ。あんたを召喚する方法まで知ることができたが、試したが嘘だったよ。
一年間ずっと探していたんだ。やっと直に会えたんだ。かんざしは、ずっと前から渡そうと思って大事にしていたものなんだ。
こんな話してな、女々しいと思うだろう。悪いな。申し訳ない。会えたのが嬉しくてな。とにかく、俺はもう充分に考え抜いたあとなんだ。絶対にあんたをモノにしてやるって決意しているんだ。気持ちは変えないぞ。
とまあ……以上ね、貴方が私に話してくれたことは。
ええ、もちろん細かくは覚えてないもの。けど大体こんな具合でしたわよ? 私の記憶の中の貴方がこういう具合だったってことよ。からかっているワケではないわよ。
そうね。やっぱり私が悪かったわ。あそこでも私、貴方が思いのほか頑固だったから折れそうになってキリキリ舞いしていた。ハッキリとお断りの言葉をぶつけなければいけなかったのに、有耶無耶にするだけで精一杯だった。
おかげで貴方の決意がどれくらい堅く作られているのかをよく知ることができたわ。過去にも人間から求婚されたことは何度かあったけど、貴方ほど熱い御方はそういないわ。あ、でもダメよ、こう言われたからってのぼせ上がらないで。私は貴方を諦めさせるつもりでいるのだから。これは貴方以上に強固に誓っているのよ。
喉がかわいたわね。お茶を運んでもらいましょう。貴方も遠慮しないで。喉? 喉は痛くないわ。咳はひどくないの……ッ……本当よ。
ほら、来た。すぐ給士がやってきたでしょう? 襖の裏で待っていたのではないわよ。もちろんこの給士も幻で、明日にはいずこともなく消えさってしまう存在よ。けど安心なさい。お茶は正真正銘の本物だから。
ふう。やっぱり熱いお茶を飲むと落ち着くわ。話しあうには不可欠ね。
その話にもどるけど、貴方、諦めない? そう、諦めないの。その目はココに招かれた事実から、以前として希望を感じ取っている目。私を口説き落とせると思っている。
貴方の堅牢さは香霖堂のときから感じてはいたけど、その後もますます意識させられるようになったわ。私の行くところを目敏く推定して待ちぶせして、隙あらば愛情の嵐を投げつけてくる。
実際に出会えたのは三回に一度くらいですって? それって高確率なほうよ。私ってほら、神出鬼没だなんて称されているじゃない。自分でも自覚はあるのだけど。足跡は残さないようにしているから、本当によく探し出したものね。
貴方みたいな人はストーカーと呼ばれているのよ。意味は知らないほうがいいわ。でも貴方みたいに堂々としている人をストーカーと呼ぶのは違和感があるわね。私を探し尽くして出会うたび飛び出して愛を叫んでくる人なんて、ね。
迷惑、そう迷惑と言えば迷惑ね。
私は貴方へ妖怪と実を結ぶことの哀しさや辛さを教えなければならない。これは禁じられた恋愛なんていう事情とはまるで異なっているの。身分の違い、年の離れ、同性への想い。これらよりも一層険しくそそり立つ壁がある。これを言って聞かせたところで貴方の熱意が冷めてくれるとは思えないけど、でも話すわ。
私と貴方、なにが違う? 妖怪と人間という違いがあるわね。つまり、どういうことか分かる? 生きる時間が違うのよ。十年や二十年ではなく、もっと長大な距離があるのよ。妖怪にもよるけど、千年なんてザラじゃないかしら。
それがどうしたって言いたそうね。考えてもみなさい。事故でも起きない限り貴方より先に死ぬことがなく老いることもなく、貴方が絶えた先もなお当たり前のように生き続ける。そんな相手にとって貴方と過ごした思い出はとても小さい。小さいのよ。
あら、気づいちゃった? そうね。これは確かに私自身の思いを言っているわ。
私、いや妖怪にとって貴方は蟻の子よ。道端を歩く蟻の子を見つけて、あらかわいい、なんて感想を抱きはすれど、ふとした後には視線の外。そんな考えをもった相手に、貴方は人生を塗りつぶされてしまうのよ。そんな不幸を放ってはおけない。途中ですっかり飽きてしまうのならともかく……いいえ万が一を考えるとそうは言えない。
ああ。またそんな熱烈な言葉を。あんたのためなら人生を棒に振ったって構わないなんて、妖怪に向けて言うものじゃない。そんな言葉は人間の女の子に言いなさい。私は貴方くらいの人生を捧げられたところで感じるものは何もないの。押しても感触がないってつまらないわよ。感触のある人を選びなさい。
違うの。恋愛が嫌いとかじゃないわ。貞操観念が人一倍強いワケでもありません。むしろ一夜だけの戯れや、身体だけの関係みたいな、その方が歓迎するわ。貴方もそっちが良いと言うのなら付き合ってあげるけど、どう、妖怪を味わってみない? フフフ、やっぱり断るのね。
なぜ秘め事ならば許されるのに潔い恋はダメなのかって? それは、アソビなら多少は関わってやってもいいって気分になるわ。けど本気になるのは。さっきも言ったけど、貴方の人生を縛り付けたくないの。私が貴方の心を独占してはいけない。
ふう。思っていたよりも強情ね。すぐケリをつけてやるつもりだったのだけど。ええそうね、そのくらい私に惚れているということね。強いわね。今までした話の中には、馬鹿にしていると思えなくもない言葉が混じっていたというのに。こんなお説教をされたら大抵は黙るか怒るかするのだけど、貴方は真面目くさった表情で私に立ち向かっている。おかしな表現ね。「立ち向かっている」なんて。貴方はそうは思ってないでしょうけど、私にはそう思えて仕方がないの。まるで対決しているみたい。
ねえ、ちょっと? 何か聞こえてこない? あらやだ、玄関からだわ。もしかして藍に見つかったかしら。ちょっと待ってて。
………………。
……どうも。至急来てもらいたいことが……
……困るわね、今日は大事な用があると言ったでしょう……
……男との密会が大事とは思えませんね……
……口を慎め……
……南東のほうの結界がですね、緩んでいるようなのです……
……お前でなんとかしなさい……
……それができるならココにいません……
……分かった。それで、どのくらい広がっているの……
……目視では十、二十メートル、亀裂はもっと深いかと……
……南東のアレね。おととい直したばかりでしょ……
……あすこは前から脆うございました。最近は特にひどい……
……大幅な修正が必要なのね……
……作用で……
……少し待ってなさい……
……下らないことをなさっている。からだが万全ではないのに……
……口を閉じろ……
………………。
ごめんなさいね、聞き分けない式神が邪魔をして。融通がきかなくてしょっちゅう怒鳴りつけてくるものだから、どっちが主人なのか分からなくなっちゃう。友達にはしたくないわ。尻尾も邪魔で近づきたくない。あの子にお膳をこしらえさせていてね、最近はそうでもないのだけど、昔はよく毛が器へ混じった。狐の、尻尾の毛よ。あらやだ、思い出しちゃった。今晩の食事、あの子に作らせないでおこうかしら。
……嫌な足音が近づいてくるわ……藍、入るな! すぐ終わるから外で待っていろ。部屋には入るな。言葉も返すな。もうすぐ終わるからせっつくな。待たせないから、ほら。
行ってくれたわ。ごめんなさいね、見苦しい姿を晒してしまって。残念だけど今日はここらで止めましょう。ずっと気の滅入る話題を続けちゃいけないわ。三日後、もし来られるならまた来なさい。ココは明日には消滅させる予定だったけど、いいわ、三日くらい。これはあくまで中断よ。話はまだまとまっていない。貴方もこの間に頭を冷静にして、真に自分にとってよろしい決断をしなさい。
あと、このお屋敷の内部を調べてもつまらないわよ。私に関するものなんてありませんもの。
それでは。
おい、お前なにをしている。
人間か。この先にある結界は危険だから近寄るな。そもそも人間がこんな森深くへ立ち寄る用事はないはずだ。
いや待てよ。お前どこかで見たことがあるな。見覚えがある。思い出したぞ、里で紫様に飛びかかってきた男だろ。出し抜けに恋心を暴露して、フンッ、哀れに受け流された。
違うだって? 何が違うのやら、私にはさっぱり。あの時の紫様は困っていたのが私には分かるぞ、どう対処してやろうかしらって考えていたのだ。その結果はどうだ、笑顔で話をはぐらかしておられた。あの作り笑いのなんと精巧で残酷なことよ。
さあ帰れ。ココはお前が訪れてよい場所ではない。
紫様に合わせてほしいとな。紫様はココにはいない。今は身体の調子を崩しておられるから外出はせん。諦めて回れ右をするのが、時間の無駄遣いも減ってちょうどいいぞ。紫様はいないと言うのが分からんのか。しつこいやつめ!
会話を聞いた? ああ、あの屋敷で。盗み聞いていたのか。
どうやら嘘をついてもしょうがないようだ。確かに紫様はいるよ。更に森を分け入り結界の敷かれている場所で結界修復の仕事中だ。だからお前が行くと邪魔だということが、分かってくれるだろうな。
待てまて。無理やり通ろうとするのはよくないな。足を折ってやろうか。アハハハ、折られたら這いずってやるときたか。とんだ情熱だが使い所を間違えているな。紫様に向けるのは間違いだよ。第一お前はつい昨日、紫様と話あったじゃないか。あれで決着がついたくせにまだ執着するのは格好悪いな。まだついていない? それは失礼した。だがじきにつくだろう。紫様の御心は決して揺れず、ただお前の心のみが逆転する。
御託ではないぞ。紫様はお前を諦めさせようとしているのだろう? ならばこれは絶対だ。お前が紫様を説き伏せられるなんて、私には到底考えられない。あんたに何が分かるって、一目惚れした程度で紫様の全てを存じたつもりでいるお前よりはよっぽど分かっているわ。
そうだ引き返すがいい。賢明な判断だ。さようなら。紫様には、お前がやってきたことはいちおう報告しておくぞ。
……やあ、また会ったなあ。迂回して入ろうなんて小癪な真似が、気づかれないとでも思ったか。下手な知恵なぞ回すだけ虚しいぞ。ならばもっとたくさん迂回してやろうと企んでもダメだぞ。ここら一帯に式神を散りばめているのだ。ほら見ろ、あそこの杉の幹に御札が貼ってあるだろう。こっちの杉の白い糊は御札の貼り跡だな。御札と言えども立派な式神で、周りを監視し怪しいヤツがいれば伝えよという命令を守っている。怪しいヤツとはちょうど今のお前だ。無駄だからこんなことで体力を使うのはやめておけ。
会わせてくれと懇願されてもなあ。紫様はいま手が離せないし、お前を連れていくとロクなことがないように思える。また奇妙な場所にひっそり二人で閉じこもり、不毛な話し合いをされても困る。
ああそうだ。紫様は手が離せないのだ。よそ見はできない状況だ。だったら様子だけでも聞かせてくれ? 何を聞かせてやれると言うのだ。歪んで破けている結界を直しているだけで、とりたてて面白いことはなし。その内容は説明のしづらい作業だし、それについて口外するなと言われている。
はあ、かんざし? お前が渡したかんざしなど私が知っていてたまるか。暇があったら、紫様がつけているかどうか、確認しておいてやらないこともないな。
さ、井戸端会議がしたいのならよそに行け。な、なに、待っているだと? おい座るな。くそ厄介な虫め、いい加減にしないと血を見るぞ。殺されたいか! ……よく分かっているじゃないか。たしかにお前は曲りなりにも紫様の客人だから、殺傷はできない。許しが必要になる。まことに残念だが許しをもらっていないから、私にはお前を殺せない。
手は出せなくとも脅しはできるがな。それが一体どうしたのだと言いたそうな顔をしているが、ならば披露してやろう。あそこの木を見ていろ。そらっ、どうだ木が燃えだしたろう。私がちょっと術をかけてやったから、木が発火したのだぞ。まだ目を離すなよ、周囲には燃え移らずあれだけが正確に炭となっていく。私にはこれくらいの芸当は造作も無いのだぞ。お前も炭の塊にしてやれる。
さすがに震えがきたろう。もちろんこれは脅しに過ぎない。けどもお前を殺してよいと許可さえもらえばすぐさま行える。なんなら、お前の着物だけでもパッと華やかにしてやろうか?
ハハハ。そうだ、怯えて逃げろ。逃げるのが賢いぞ。いまさら恋愛をするなどという英気はもっていない、ものぐさな紫様に目をつけてしまった哀れな男よ。このまま戻ってこないほうが幸せだぞ。
人間如きが獣も震えて足踏みしたくなるような夜道を歩くというのは愚かだな。提灯一つとは危機感がないのか、そんなものは大抵の妖怪ならすぐに吹き消してしまえるのだぞ、ちょうどこんな風にな! どうだ、夜の帳に襲われる気分は。
お前、昼に諦めて帰ったと思えば日もおかずに戻ってきたな。夜を選べば見張りの私がいないと踏んでの行動だろうが、浅はかと言うしかない。しかし紫様が昼夜を問わず仕事しているかもしれない、と予想したことに関しては褒めてやってもよさそうだ。妖怪に昼夜はあってなきが如しだものな。
おっと、口がすべってしまった。この際だから包み隠さず言ってしまうが、紫様はまだ仕事中で、寝ずに二日か三日は続けるつもりだ。普段は一日の半分以上を夢の中で過ごしているような怠惰な御方だが、妖怪だから実のところ寝ようが寝まいが違いはない。それを分かりきった上で怠けるのだから……はあ、いつもこうだと嬉しいのに。
というワケだから私も紫様に負けることなく、お前のような厄介者がいつ現れてもいいように、寝ずの番をしているのだ。
月明かりを絡めとる木々のせいでひどい暗闇だ。お前には私が見えていないよな。うん、見えていないようだな。私にはお前の指の動き一つをとっても極めて明瞭なり。不安でたまらなそうな表情もくっきりしている。どこから喋りかけているのか分からないだろう。わざと声が拡散するように術を仕掛けて、方向不明にさせているのだよ。これも昼に言った内容と同じ、脅しの一手段だ。昔は妖怪幽霊を問わず使っていたやり方だが、幻想郷に来てからはする必要もないから、とんと見なくなった。
仕掛けが分かっているなら怖くないと言いたげだが早計だぞ。幻惑されている今の状態と、ココが里から離れた森中であるのを考慮すれば、いかほど恐ろしいか分かるはずだ。
指先ひとつでお前を自在に混乱させられる。するとこんな筋書きも可能になる。お前は日暮れに外出し森へ入った無謀な男で、結果として迷子になり脱出しようと彷徨い歩くが、しまいには精根尽き果て倒れ伏す。
どうだ? 行方知れずの男性ができあがったぞ。うん、そうだ確かにお前の言う通り、私がこのような仕打ちを与えた場合でも、紫様はお見通しだろう。だが言ってやる。それは幻だ。お前は紫様を盾か何かと勘違いしているが、その盾はお前の貧相な腕と比べるとあまりに立派で、ことによれば腕からあっさり抜け落ちてしまうものなのだぞ。
おおっと、歩きだしたぞ。せっかくの忠告を無視するとは愚か者め。この晦冥にあって人間が平気でいられるものか。そらみろさっそく転んでいる。威勢よく文句を叫ばれても足をひっかけたのは私ではないからなあ。
いいか、懲りるというのも大事でな、無闇矢鱈に前進するのは阿呆の証だぞ。そもそもお前は行き先が分かっているのかすら怪しい。方角は合っているのか? 記憶によれば、そっちにいくと足場が広い一枚岩になっていたはずだが、そこでつまづくのは危険だろう。嘘ではない。あえて言わせてもらうなら、お前に死なれると私が紫様からお冠をもらってしまうから、嘘をつくわけがない。
ああっ、どうして引き返さない! 道をかえても紫様には会えないぞ。こいつ、また転んでいるよ。そのうち目の前に木が立っていても気づかずゴッツンコして額を血まみれにしそうだ。見ちゃおれん。
ほら灯し火だ。青くて不気味だが、点々とつく火をたどっていけば森から出られるだろう。ついでにお前の提灯も復活させてやるから、頼む観念して引き上げてくれ。灯りができたからと言って周りを見渡しても無駄だ。私は見えるところにはいない。え、まあ、たしかに狐火だな。あんたは妖狐の八雲藍なのかって? ……何をいまさら。
道しるべをしつらえてやったのだから、身の程知らずはおとなしく帰宅するがよい。朝が起きられなくなっても知らんぞ。お前だって暇ではないだろうに。まさか四六時中女の尻を追いかけてはすまいな? いや、今は紫様一筋か。
おい、どうして口をつぐむ。さては紫様以外の女にも求婚しているのか。求婚とまではいかなくとも、気になっている者が他にいるらしい。大発見をしたようだ。紫様へ報告しておこう。
お前が二股をかけんとする相手は誰だろう。紫様から伺ったところによると、お前が紫様を見つけたのは花畑だったそうではないか。そこには風見幽香もいたらしいな。私の想像としては、この女にも着眼していると見た。
そろそろ話を止めよう。まごまごする男を眺めていても面白くない。お前も下手な詮索をされたくはなかろうに、いいかげん帰れよ。せめて直接交渉のできる昼間に来たらどうだ? 無論昼でも通しはしないが。
日の出ていない頃には来るなよ。
おやおや、こんにちは。性懲りもなくまたやって来たな。言いつけ通りに明るい時間を狙ってきたのはお利口さんだが、さっそく帰ってもらおうか。理由なんていちいち伝えてられないが、充分に理解しているだろう。
だが今日は昨日とは事情が違う。お前の処分について紫様へ報告と相談をし、指示を承ってきた。それを話してやろう。
まずそう、紫様にお前の報告をしたときの反応は薄かった。そして、紫様以外にも意中の人がいるらしき不審さも伝えたら、どんな顔をしたと思う? やはり表情に変化はみられなかったのだ。まるで予め知っていたようだ。
かんざしがなに? ああ、そういえば約束していたっけ。紫様はそのような装飾物はつけていなかったな。得体の知れぬ男のプレゼントを軽々とつけるはずがなかろう。
それで肝心の指示内容だが、冷ややかにこう言われたよ。そうね、今は何が何でも会えないから藍がお世話してあげて、とな。聞こえていたか? 冷ややかなのは病気のせいじゃないかって? たわけが、紫様はお前に構っている暇がないということだ。
不本意だが指示されたから、私が紫様のかわりを務める。何もしてやれないが、最低限、お前の見送りはしておかないと。お前も紫様からの言伝を理解したなら潔く諦めるのが男と言えはしないか?
……紫様という名がつくだけで物分りがよくなりやがって、おめでたいヤツだ。
さあ帰るぞ。
ところで、黙って歩き続けるなんてつまらないから喋ろう。鬱蒼とした森を黙々と歩くだけなんて疲れる。
なぜお前が紫様をめかけにしようと思ったのか、実は興味がある。ほんのちょっとでいいから聞かせてくれ。従わないと道に迷わしてミイラにするぞ。例え行き帰りの方法を熟知していても、私の術であっという間に迷子だぞ。なに、そんな会話をして紫様に悟られはすまいか? 妙な心配をするヤツだ。いくら紫様といえどそこまで地獄耳ではない、遠慮なく話せ。それとも紫様のお耳に入ってはマズいことでもあるのか?
ではさっそく尋ねるが、お前は紫様のどこに惑わされたのだ? 紫様は美しく立ち振る舞いも上品にできあがっている。男を魅了する武器はほぼ備えている。見た目は申し分ないと言って差し支えない。しかし妖怪だ。人の皮をかぶっているその裏には人外の血がゆっくり静かに脈動し、並の頭脳では計り知れない思考が根付いている。何千年の歳月で研ぎ澄まされた爪はいまだに曇りを知らない。そんな人のどこに目を奪われたというのか。
佇まい? つまり見た目か。そうじゃない? ではお前が口にする佇まいという言葉にはどんな意味が込められている。まさか紫様の悠然とした立ち姿のみに魅せられたワケではなかろう。お前は直立姿勢の女性に興奮する性癖持ちなのか? 違うだろ。
雰囲気、と言ったな。紫様から受けた印象に引き寄せられたと解釈していいな。不明瞭な言葉を選んでくれたな。どう切り返してよいか分からん。それは第一印象か。それならばハッキリと「お前の勘違いだ」と突きつけてやれるのだが。
……そうか。お前はまず紫様の雰囲気に恋をし、その後紫様に関する噂や伝承をあれこれ調べていくうちにますます恋色を深めていったと言うのだな。そのうなづきは間違いではないな。
おっと、ここらは急勾配だから気を付けろ。転んでどろどろになるなよ。汚いヤツと肩を並べたくはないからな。まだ森を抜けるには距離がある。こんな場所を一人で歩いてやってきたお前には呆れるよ。お互い様だって? 何を言っているのだ。私と紫様は空路でやってきているのでな、こんな苦労に四苦八苦しているのはお前だけだ。
紫様の雰囲気か。人間にはあれが素晴らしく感じられるのだろうか。それなりに長くお側に付かせてもらっている私としては、一妖怪としての意見ではあるが、怖じ気づかずにはいられない。紫様は妖怪が持っているおどろおどろしさを、大部分は巧妙に隠しているが、一部をわざと表に放っているのだ。それはいわば無言の圧力として働き、相手を警戒させるように仕向ける。あえて空気を尖らしておくことで油断をなくす。自衛のためだと私は捉えているが、本人は何も言わない。
お前が良いと感じたところはこの部分なのか? お前は紫様にはあって他の女にはない何かを感じ取ったのだろう? ならばそれは、この十分の一だけ露出している危うさだと私は睨むな。並の人間ではこの危うさは到底出せない。妖怪であっても、大抵の妖怪は、己の妖怪らしさを大っぴらにしているか、とことん隠し通しているか。
例えば、お前も里に住んでいるのなら、半人半獣の上白沢慧音を知っているだろう。顔を合わせたこともあろう。お前はあいつから妖怪らしさを感じたことはあったか? ないだろう。あの女は里で人間と過ごすために、自分の妖怪らしさを秘密にして、一寸たりとも外には漏れぬようにしている。半人半獣だから難しい芸でもないのだろうな。あいつが秘めたる魔性を顕にするときと言えば、寺子屋の幼子たちを本気で叱らねばならないときくらい。そうすれば恐怖を効果的に植えつけられるからだ。
対して妖怪らしさを微塵も隠そうとしない者は誰だろう。探せばたくさんいるな。強い弱いに関わらずそこら中にいる。上白沢慧音のような立場にいるならともかく、幻想郷ではわざわざ隠す必要もないから、当然と言えば当然なのだがな。
どうだ、お前が紫様から受け取った魅力、ピンとこないか? じゃあいったい何がお前を射止めたのやら。追求するのは飽きたよ。紫様の話はお終いにしよう。
二番目に疑問に感じていることは、なぜお前は花畑へ赴いていたのか。いかなる用事で花畑へ行かねばならなかったのか。言ってみろ。それは紫様に話しているのか? まだだろう。口外するのを憚られるものだと顔にくっきり書いているぞ。言え。言わなければ森の中をぐるぐる夜まで彷徨う羽目になるぞ。
ほお。なるほど、そうかそうか。興味深いな。風見幽香と会うために花畑へ。風見幽香はあの周辺を縄張りにしているから話の筋は通る。となると次に気になるのは、なぜ風見幽香と会わねばならなかったのか、だな。秘密を探り当てるというのは悦だなあ。腹が満たされる。教えてもらおうか。
なぜ風見幽香か。知り合いだったのか友達だったのか、それ以上の深い関係だったのか。もしくは全然面識がないのか。会う理由はなんだ? 挨拶をするためか、気軽な寄り合いだったのか、蜜月な繋がりだったのか。なぜ口を閉じる。そんなに唇を固く結んだところで穴が塞がるワケでもないのに。さあどうなのだ。やましいことを吐いてみろよ。さあ、さあ!
クフフフフ、アハハハハハ……。
すっかり戸惑ったな。なんと答えるべきか、答えるか否か。そんな葛藤に歪むお前の顔といったらない。面白い。だがここらで止めておこう。もう虐めないよ。答えなくていい。本気で聞き出そうとは思ってなかったのだ。想像以上に反応が凄まじくて、申し訳ないが笑いが抑えられない。
おや。もういいのか。ちゃんと一人で帰れるのか? 馬鹿にするな、か。その勢いなら結構だ。では私は引き返してよいのだな。そうか。怒らせてしまってすまないな。いや、アレだけ迫ってやったのだ。むしろまだ平然としていたなら、図太さに正気を疑っていただろう。女の好みはズレているが感情は人並みの器らしい。ハハハハ……。
二度もこんな場所へご足労いただいて、どうもありがとうございます。さあ、立ち話よりも部屋へ上がりましょう。え、病気? 気遣ってくれてありがとう。おかげさまでマシになったわよ。きちんと対策をとったの。
今日が来る前に貴方は先走って何度かこの場所に近づいたわね。なぜ知っているのかって、意味のない質問だわ。でもこのお屋敷を発見できなかったでしょう。壊したのではないのだけど、人目に触れるのは好ましくないから隠していたの。でも貴方とケリがつけば、明日にはなくなっているわよ。
さあさあ、部屋につきました。さっそくお茶を運ばせましょう。……ほら来たわ。藍、ごくろう。引っ込まずこの部屋で待機しておきなさい。ええ、どうしてもよ。藍には謝ってもらわないといけないから。座りなさい。
まずはそうね。貴方に渡しておかなければならないものがあります。受け取ってちょうだい。これが何かはよく覚えているはずよ。そう、ダリアのかんざしね。あらちょっと待って。糊みたいなものが粘りついている。置き場所が悪かったみたい、ごめんなさい。
で、この貴方が愛の印として贈呈してくれたかんざし。やはり、私の意志をねじ曲げず、確実に貴方へ教えるためにも、甘んじて受け取るのはマズいのよ。本来なら受け取ることすら許し難いのだけど。
ショックかしら? 当然よ、私は貴方へそうしたショックを与えるために立ち回っているのだから。嫌われるようにしている、とは違うのだけど、貴方にとっては同じことかもね。ほら、素直にかんざしを受け取ってくれると幸いよ。うん。ありがとう。
そのかんざし、手元に戻ってきたからと言って他の者へ渡してはダメよ。失礼であるということはもちろんだけど、危険が及ぶかもしれないの。他人への恵与として仕込まれた物には、持ち主の想いが染み込みやすく、それは行き先を間違えれば呪いになりかねない。呪いは人の身体を蝕む。貴方が意識せずともね。このかんざしは想いでずいぶん重たくなっていたから、よほどの理由でもない限り処分したほうがいいわ。分かったわね。
話を戻しましょう。ここに同席している八雲藍が粗相を働いた件、私も重々に把握しているわ。私が見ていぬ間にしでかした、およそ客人に対する態度とは思えぬ暴挙の数々、主人である私まで恥ずかしく思うわ。ともかく本人の口から反省の意を表してもらわないといけない。
藍、前に出ろ。
……。
よろしい。ひとまず藍は詫びを言い終わったけど、これでどう? 別に謝ってもらわなくてもいいって? 遠慮することはないのよ。望むなら藍に然るべき処罰を与えるけど、必要ない? 分かったわ。藍、下がれ。
では、いよいよ大事な問題にあたりましょう。貴方は三日間できちんと考えをまとめてくれた? まだ何か引っかかっているって感じだけど、前ほどの意欲はなさそう。さすがに求めてもいない対談を二度も繰り返されるのは堪えているのかしらね。
私、今日はお話を用意してきたの。そのせいでけっこう憂鬱な気分でいるのよ。嫌な思い出を思い出さなくちゃいけなかったから。殿方との色恋沙汰よ。無数にあるのだけど手始めにどれがいいかしら。これで貴方に妖怪を愛する無常さを痛感してもらいたい。
山奥で出会った猟師について話そうかしら。……どうしたの、難しい顔をして。私が誰かと付き合っていた事実を語り出すのはイヤ? でも貴方って私のことをたくさん調べたでしょう。八雲紫という妖怪を取り扱った文献のなかには、私の恋愛にまつわる悲喜劇が様々にのっていたはずでしょう。私自身にさえ嘘なのか真なのか区別がつかない。それでもイヤ? 語っていいわね。
いつのことだったか、ある山に訪れていたときに中年の猟師と仲良くなったのよ。彼から言い寄ってきたのが出会いだった。その頃は、私は人前に出る際は正体を偽るようにしていたから、彼は何の疑いもなかった。
なぜあんたみたいな女がこんな場所にいるのか、とは指摘されたけどね。大事な用がありますのって適当に誤魔化したわ。用事はあるにはあったのだけどね。出会った矢先、彼の相棒の犬に吠え立てられたの、どれだけ容姿を誤魔化しても動物は騙せないわ。さすがにマズいでしょう、敵でないと分からせるために苦労した記憶があるわ。
猟師は古ぼけた小屋を拠点としていたけど、冬になるとさすがに麓の村へ降りるしかなかった。私はしばらくその小屋で厄介になっていた。粗末な小屋で男の人と二人きりよ。けど甘くもなんともなかった。彼は朝と昼のうち小屋におらず、夕方に戻ってきたかと思えばさっさと腹ごしらえを済ませて床に潜りこむの。
私が住み着いたくらいじゃビクともしない。最初の何日かは小屋に帰ってきて扉を威勢よく開いて、私を見つけたなり驚いたのか何なのか、わずかに目を見開くの。ところが、じきに小屋の女の存在にも慣れてきたらしくて、威勢よく扉を開いて中に入るまでが滑らかになったわ。きっとそれこそが、私が訪れる以前の動きだったのでしょう。
なぜ彼と同居したのかと言われると、好奇心かしら。それまでは猟師の人に声をかけられたことがなかったんですもの。どんな生活をしてらっしゃるのかしらって軽い気持ちで挑んだのよ。まだあらゆる知識も経験も不足していた頃だったから、好奇心に勝てなかったのはしょっちゅうだったわね。
何もない小屋の暮らしがしばらく続いた。彼と彼の犬と私と猟具のほかには何もない。波風のたたない状態だった。つまらないと言えばつまらないわね。いったいあのときの私はどんな心境だったのかしら。
季節は秋の終わりに近づき、彼が越冬のために山を降りるのも間近な頃へ。彼は頻繁に山を降りて里を訪れたみたい。里にある住居の確認や、生活品の用意や、久しい村民とのだべりやらで時間をかけていた。とは、彼の口から聞いた話よ。帰ってくる時間が不規則になってきていた。
冬が来きたらあんたはどうするつもりだ。しつこく尋ねられたわ。私は必ず、貴方と同じ里帰りですわと返したけど、彼も必ず、里はあそこじゃねえやと返してきた。そしてむっつり黙りこむ。どうやら故郷は別のお国だったみたいね。
初めての冬がやってきた。私と彼は小屋を出て手を振り合う。彼は、彼がいうには里ではないという麓の村に降り、私と言えはありもしない里へ帰るために立ち去っていくフリをした。けど私はある用事があってこの山に、正確にはこの地方に訪れていたから、彼が見えなくなったところできた道をクルリと戻り、いい隠れ蓑を見つけたものだと胸の奥で笑いながら寒々しい小屋に戻った。冬の間は誰にも使われない小屋を、私が拝借した。
思い出してみると変な気持ち。なぜ過去の私はあの小屋を選んだのかしら。もっと暖かくて住みやすい場所、いくらでも見つけようはあったでしょうに。
とにかくそんな調子で冬をひっそりと越して春になった。当然彼が小屋に戻ってくる。私は彼が戻ってくるずっと前に小屋を出て、生活の跡を消しておく。彼が小屋を再び使うようになりはじめたら、もう少し待ち続けて、春の終わり頃に素知らぬ顔で小屋の扉を叩くの。
私がおひさしぶりねと言ったら、彼はどんな顔をしたと思う? 雷にうたれたみたいに驚愕の表情でね、きっと私のこと、また見られるなんて想像もしていなかったのでしょうね。
ここから先は代わり映えしないわ。去年とまったく同じ一年間よ。しかも何年も繰り返すの。私にしてみれば一年の月日なんて早いものだけど、彼にとっては長かったでしょうね。長い間、正体不明の女と奇妙な暮らしを続ける。彼は不思議な気持ちだったかしら、すっかり慣れて当たり前な気持ちだったかしら。
山でのひっそりとした暮らし。けど、人の目というのは場所に限らず見つめている。噂がたつのも仕方がない。何年も繰り返しているとね、どうしても私に関する噂が、どこからともなく立ち上がってくるのよ。
はじめ、あの猟師は女と暮らしているようだ。と、事実に基づいた噂だったものが、年を重ねるごとに変形していき、あの猟師は妖怪と暮らしていると、麓の村で静かに流れ出していたみたい。せまい村なものだから、一度噂が流れてしまうとすっかり定着してしまう。どうあがいても取り払えなかったことでしょう。私はもちろん妖怪ですと公言した覚えはないわ。けど老躯のそばに若々しい女がいるとなっては、話がこじれるのも無理はないでしょう。
噂を耳にした彼は口では何も言わなかったけど、不満な気持ちが顔に書いてあるのよ。なんだか私、申し訳なくなって、ココから去るべきではないかしらと思ったの。
実際、これ以上長く付き合っていると彼は私の形貌の変わらないことに、いいかげん気づかないはずがなかった。彼のほうは明らかに齢を重ね、角張った顔は樹皮のようになり、引き締まっていた腕はだぶついてきた。比べて私は、当時は二十三十くらいの女を演じていたのだけど、身体はその印象をハッキリ維持し続けていた。二人の違いは一目瞭然で、ならば私の異常さもよく映える。潮時の近いことを予感したわ。
ある年の冬、彼が例年通りに下山の準備をするかたわら、私は行方をくらます準備をした。彼が私の噂が止まない村へ行って、平気なものかどうか私には分からなかった。だからそのことを尋ねてみたのよ。彼は小さく笑ってお前が平気なら俺も平気だと返した。
平気なワケがある? 妖怪と思しき謎の女と一つ屋根の下で過ごしている男。なんとまあ想像力を掻き立てる言葉かしら。例えひなびた村の住人の想像力とは言え、刺激されて危うい方向を目指すことは容易い。そうは言ったところで対処のしようはないのだけどね。逃げるにしたってどこへ逃げるというのか。私が覚えている限り、彼の居場所はわびしい山小屋と山間部の村だけだった。どうしようもないわ。
彼と別れた私は相変わらず小屋をねぐらとした。そこで、彼が村でどんな扱いを受けているのか考えていたのだけど、悪いことばかり膨らんでくる。
別れてから二週間後ほど経った頃、ついに我慢できなくなって、旅人を装い村を覗きにいった。
宿をとって努めて平然としながら、手始めに宿主へ彼のことを尋ねた。
◯◯さんってご存知ですかしら、前に旅先でよく扱ってもらった御恩がありますのよ、この村に住んでいると聞いたのでお顔を拝見したく思いまして。私はずいぶん胡散臭かったかもね。宿主の方は鋭い目をむけて、いかにも迷惑そうな声色で知らんと一言。それで私は対抗したくなって、では◯◯さんは村の住人ではないのですか、なんて返した。向こうは警戒しながらそうだと答えてきた。さらに攻め込みたくなった。それでは私は◯◯さんに嘘をつかれたのかしら、旅すがら二人ほどに出会いまして彼らも◯◯さんを知っているというじゃありませんか。ですから行方を念入りに訊いておいたのですよ。もし貴方の言うことが真実でしたなら、どうもその二人も◯◯さんとグルで、私を騙し入れたようですわね。
そんな根も葉もない大嘘をついてみると、宿主の方は見事にのってくれて、村にいたのは間違いないが今はいないのだと渋々話し、あとはスラスラと彼が村にいない理由を聞かせてくれたわ。
村人が彼と私の噂を醸していたのは既に言ったわね。彼が越冬で村を訪れてからも、それは決して留まるところがなかった。陰口の囁かれる中に飛び込んだ。彼、数日は物言わず岩みたいに静かだったらしいわ。でも五日目の暮れにとうとう爆発してしまったようね。お酒を呑んで、呑まれてしまったのが原因。抑制を欠いた彼は、道端で他の男と大喧嘩をやらかしてしまったとか。男に挑発されたので捕まえて、妖怪なんていない、お前らが盲目だからそう見えるんだ、と罵倒を重ねて相手を滅多矢鱈に殴りつけ、騒ぎに駆けつけた者たちに取り押さえられ、それでも暴れるものだから押さえる腕を引っ込めざるをえなかった。周りが呆然としていると、彼は呂律の回っていない舌でこんな汚い場所は出て行ってやると叫び、乱れ姿のまま本当に出て行ってしまったそうよ。
これを聞かせてくれた宿主の方は、薄気味悪いのが出て行ってくれて清々すると言っていたわ。私は話を聞いたなりアの一言も喋れなくなってジイッと固まるしかなかったわ。そんなことも知らずに、向こうは話を付け加えてきた。
嬢ちゃんあいつは妖怪と暮らしていたんだよ。ほら東に高い山があるな。あすこの山小屋で妖怪と一緒に何年も。
私の言葉を失っている様子が、どうやら向こうには気持ちよく見えたみたいね。したり顔だったもの。
私はお礼を言って宿を後にしたわ。村を離れて放浪しているであろう彼を私は空飛んで追いかけることにした。一週間も前の出来事よ。彼は服だけ身につけて無謀にも厳寒に飛び込んでいったのよ。この地域はとんでもない田舎だから、集落はそうないし、山小屋だって都合よく建てられているワケでもなし。彼の生命の蝋燭はまさに吹きさらしにされていた。
私は何日もかけて探した。けど見つからなかった。彼がどこをどう歩いたのか痕跡はなかった。一つもないとなると、動物か妖怪かに襲われてしまったのかもね。いえ妖怪だわ。もはや追求しようがなくなった私は、これを最後にあの山には近づかないことに決めたの。
これでおしまい。
ねえ、どうかしら。彼を殺したのはある意味で私よ。出会ってしまったのが彼の不幸だった。私だってもっと早くに手を引くか、うんと秘密にしておけばよかった。彼の死そのものについては、ハッキリ言ってどうとも感じない。けど悲劇を招いてしまったことについては、悩まずにいられない。
この一幕だけならまだしも、私はこんな経験を幾度も重ねているのよ。ねえ、貴方ちゃんと話を聞いていた? 納得していない顔ね。貴方もこの猟師の男みたいな結末を遂げるかもしれないと分かっているかしら。むしろそれが本懐だとでも? ……ええそりゃ、彼の行動を見るに、彼自身は幸せだったのかもしれないけど……やだそんなこと考えさせないでよ。
説得するつもりだったのに、思い出を間違えちゃった。こうなったら他にも聞かせないといけないわね。集中してくれなったところを見ると、お気に召さなかったようだもの。貴方を挫けさせるには何がいいかしら。
私が貴族の方と駆け落ちをして二人で過ごしていたのだけど、いつまでも老いさらばえない私を不審に思った彼が、どこからともなく持ちだした妖魔を滅するという謂れの刀で斬りつけてきた話なんてどう? ちなみにただの刀だったけど。他には、妖怪として捕らえられ獄中にいた私を見て、情火を抱いた見張りの男がいたのだけど、そいつが私を犯しにかかるも仲間に見つかり「妖怪を抱きすくめるとは何たる不浄」と死罪になった話とか? あとは、旅人の真似っ子をしていた私に一目惚れした男がいて、貴方にも負けないくらい熱烈な猛攻をしかけてきて、私がついつい傾いてしまったところで正体がバレ、彼がそれまでの熱意をすべて捨てさり行方をくらました話もよさそうね。
冗談なんて言ってないわ。どれも真実よ。場合によっては貴方もこんな回顧の仲間入りよ。人間と妖怪は相容れない、特に恋愛においてはね。二人が二人とも心の底から想っていたとしても綻びが生まれる。元から噛み合わない組み合わせなのよ。
そう言われても、か。でしょうね。呆れてはいない。理解されないのは無理からぬことですもの。
けどほんの少しでいいから理解をしてもらいたい。時間をもうけましょう。休憩だけども、この間に私の語りをきちんと咀嚼して回答のためにしてほしい。私は席を外すけど、藍、お前は残っていろ。そうだ残れ。主人が残れと言っているから残りなさい。
では失礼。
はあ。そら、溜息も出るよ。なぜ紫様は私とお前を二人きりにさせたのか。もちろん分かっているとも。お前はお客様で、紫様は主人だから、私には女中という役回りが回ってきたワケだ。主人の手前、過ぎたことは言えないが、私はお前に対して女中然と振る舞うことに抵抗があるよ。
さっきから横で話を聞いていたら、お前の態度の掴めなさ。ソワソワとして視線をうろつかせて紫様を見ているのかと思えばあらぬ方向をむき、かとするとなぜか私を見つめたり、と思いきや視線は再び紫様へ。そんなに退屈だったのか。失礼な態度だ。紫様も言っていたがお前には沈思黙考をお勧めする。紫様を煩わせるくらいなら、お前一人で解決をしてもらいたいからな。
……まだ落ち着かない。目を合わせて喋ってくれ。ふむ、ここはひとつ新しいお茶を出してみるか。一服をとることにより物理的にも心理的にも休息できる。
どうした。お茶がほしいか。なら待てよ、穴のあくほど見つめたところでお茶は出てこないぞ。すぐ持ってきてやろう。ついでに紫様の飲みかけを片付けておかないと。お前の手元にある湯のみもこっちへ。聞こえたか? おい、おいって、本当にどうした? 何か言いたいことがあるなら言え。一応お客様なのだから変に慎まれると困るな。
お、おおっ。いきなり手をつかむなよ! えっ、いま何と言った。いや、待て、おかしいぞ。なんでそうなる! 近づくな。だってお前は紫様を……もういいって? さっきまでお熱だったではないか! 急すぎる。出し抜けに付き合ってほしいだなんて。と、とにかく手を離せよ。 クソッ、人間のくせに力が強いな。とにかく座れ。私を馬鹿にしているつもりか。本気かどうかなんて知るか。
確認させてもらうが、お前が放った言葉は本物か。つまり、その、あんたが好きになりました、というのは。待てまて、面と向かって好きだ好きだと言われても戸惑うだけだ、静かにしてくれ。
紫様に傾倒していた癖に私が欲しいだなんて。一途だった心を捨てているのだぞ。た、たしかに、紫様はお前を諦めさせようとしたが、その流れを見れば私へ焦点を当てだすのも不思議ではないが、いくらなんでも唐突だ。場所もタイミングも最悪。紫様に呼ばれてやってきた場所で、紫様が席を外した隙に私へ告白するなんて!
あ? ああ……いきなり思いついた軽薄な考えではないと言うのか。森のときから気になっていた? 森……とは何だ……あ、紫様の結界修理のとき。そんな……さんざん馬鹿にしてやったのに……惚れるなんておかしい……。
だからこそ? 愚弄する素振りを忍ばせもしない意気の良さと激しさに? なんて理屈だ。私に馬鹿にされていたから恋したと? なに、違う。馬鹿にされたからではなくて、そのような遠慮ない物腰に恋したと? そ、そうか……。
ということは、ここに訪れる前から視線は私へ向けていたのだな。とっくに興味を変えていたのなら、なぜ今日はココに来た。ココへ招いたのは私ではなく紫様だ。行動が矛盾しているではないか。まさか私と会うためにこの会見を利用したと言うのではないだろうな。……やっぱりそうか!
こうなれば話は早い、大至急紫様にはこの場へ戻ってきてもらわねば。お前を頓挫させることは完了なさったのだから、もはや休憩をする必要はなくなった。そして返す刀で私へ向けられた情熱、まったくいらぬ情熱を、跳ね返すためのお力を借りなければ。紫様、いそいでお戻りください! この男は紫様が望んでいたとおりに寄せていた思いをそらしましたよ! しかし、今度は私です、私が貴方の立場です!
そこから動くなよ。手も伸ばすな。例え世が狂ってもお前の手をとってやるものか。なにが振り向かせてみせるだ。勘違いもここまでくると涙を呼ぶよ。
混乱させられたがようやく気が定まってきた。一つの憶測に過ぎないが……なぜお前が私を選んだのか、お前の説明以上に分かってきたような、ことによるとお前自身でさえ知らない心底の部分までかすかに見えてきたような。これは問い詰めてみる価値があるな。じっとしていろ! お前の恋する藍様が尋問してやるぞ。
勝手に仕事場へ近寄ってきて迷惑をかけたあげく、私がわざわざ見送りをしてやった数日前の出来事、あそこで交わした話はちゃんと頭に留まっているだろうな。そりゃあそうだろう。私が風見幽香の名を持ちだして虐めてやったのだ。その記憶といったら苦々しく鮮明なことだろう。
お前が風見幽香に反応した理由をここで当ててやる。花畑へ出向いたのはあの女に告白するためだな。どうだ? ……関係ない昔のことだって? すんなり認めたな。だが関係ないとは言わせない。ないどころか現在に続いている事態の根幹を成している。
あの女へついに心を打ち明けんとするため花畑へ訪れたお前は、そこで決闘中の女と紫様を目撃する。私は場に居合わせてはいなかったが、聞けば激しい決闘模様だったそうじゃないか。お前はそこで心を奪われるべき相手を間違え、やんぬるかな紫様へ目をつけてしまった。どうやら見た目の力強さにおいては、あの花まみれより紫様のほうが上だったみたいだな。中身も当然だが。
そう、お前は妖怪に惚れてしまう気質なのだ。しかも平々凡々な妖怪ではなく、人間では足元にも及ばぬような力量差を佇まいに表す、あるいは仄めかす、松竹梅で言うところは竹の如くな妖怪だ。風見幽香と八雲紫のお二方は優れた妖怪でその竹に入るも差し支えなし。そして妖怪らしさの表れも二人からは見受けられるから、これも多少は作用したのだろう。
あの女から紫様へ慕情を方向転換したのは、この奇妙な気質が働いたがためだ。虚言ではない。そもそもこの疑いは、お前が風見幽香と会うつもりだったという事実を聞いた時点から、なんとなく推察をしていたのだ。そうでなければ、わざわざ女の名前を出してお前を責め立てるような真似はせんよ。こうと断言できる材料はまだあるぞ。
お前はあの女から紫様へ鞍替えをしただけでは飽きたらず、今度は私を狙わんとする。ここにもやはり同じ気質が影響したのだな。意気の良さだか激しさだか知らないが、それに射止められたとはお前の弁だったかな。そんなもの、きっかけにしか過ぎないのではないか? 私が纏っている、八雲紫の式神、九尾の狐、などの一見すると強力な肩書きが留めを刺したに違いない。お前は私に弄ばれたあと、発起して八雲藍という妖怪について調べだしたのだろう。紫様を調べたように。
フンッ、答えを迫るまでもなさそうな顔をしている。
粒の大きな汗が垂れているなあ。実は風見幽香にときめく以前から、他の妖怪にも身を捧げようとしたことがあったのではないか? 例えばときおり里に足を運んでいる、持った美しさとうってかわった粗野な態度を振りまく不死者の藤原妹紅など。里暮らしのお前ならチラリとでも見たことはあるだろうし、噂も耳にしているはずだが、どうだ。ん? おやおや、鎌をかけてみたら簡単にひっかかったな。ほお、これも昔のことだと言うか。もう何の気持ちも抱いていないとは、ほざきよる。なくとも事実には変わりない! ますますお前の気質というか、性癖が明確になってきたようではないか。妖怪に恋する人間なんてロマンチックさは皆無、実際には、格のある妖怪になぜかこだわる偏向的な男だ。
他には誰に好意をよせたか言ってみろ。永遠亭の住人にも実力者が数人いるが、お前の肥えた目を捉えて離さないかもな。加えて命蓮寺の住人も、知ってしまったなら性癖への直撃は避けられないだろう。お。顔が瞬間ひきつったぞ。口を開きかけたな。見逃すと思うか。命蓮寺の誰かにも愛を捧げかけたのだな! 寅丸星、聖白蓮、封獣ぬえ、果たして誰だろうな。
すぐに過ぎたことだと逃げる。だが開けっ広げになってきたではないか。お前がなぜ強力な妖怪ばかりに惹かれるようになったのかは知る由もないが、その性癖がもたらす浅ましい将来はよく見通せる。今は私に懸想しているが、いずれケロリと明後日のほうへ向き出すことだろう。そんな結末が分かっていながらどうして良い返事をくれてやれるか。
紫様! 早く来てください。何もかも片付きそうですよ。おいこら手を捕まえるな。馴れ馴れしく近づくと紫様の前とはいえお前を血祭りにあげてやるぞ。いくら傷ついてもいいからあんたが欲しい? アハハ。寝言は寝て言え。
紫様! 休んでいる暇はありませんよ! 事は一刻を争います!
お。やっと戻ってきた。喚きちらして申し訳ありませんでした。はい、慎みます。ところで、この男の扱いですが……紫様? どうかなさいましたか。な、何か仰ることがおありでしょうか……あの、もし私が失礼な態度をとっていたのなら謝ります……え、あ、何をなさるので? 口を、開けておけ? え、なぜ……ハ、ハイ、開けます!
んあ……ンンッ!……ンフウ、ク、フー……フー……チュプ、クフウ……ンウ……。
……フ……ン……ンチュ……ハア……。
……お分かりかしら?
何がと言うと、貴方の目の前で起こった出来事が。私と藍がどういう関係か、まさかこの姿を見ても気づかない? そんなはずないわよね。貴方、狼狽えて言葉を失っているもの。けど念のためにおさらいをしましょう。八雲紫と八雲藍はこのように……ンウ……桃色の唇を重ね合わせて、舌を蛇のように絡ませあい、暖かな吐息を確かめあいながら、体液を交換する仲なのよ。私が腰に腕をまわしてちょっとリードしてあげながら。藍、照れなくてもいいじゃない。人前でするのはイヤ?
信じられないかしら。主と従者がこのような関係に走るとは思えないかしら。フフ、貴方の言い分はごもっともだわ。ついさっきまで、私と藍が吸いつきあっている雰囲気を見せびらかすことはなかったのですもの。演技だって言いたいのでしょう。あえて口には出しません。これは虚偽に招かれた口づけかもしれないし、真正の心が示したものかもしれない。お好きに想像なさい。そう、思い返すのよ。この屋敷で私と貴方が初めて話しあったとき、途中で藍がやってきたために中断しなければならなかった。貴方はそこで私と藍の会話を盗み聞いたでしょ、そのくらいお見通しなんだから、そこで交わされものが果たして会話だけだったのか。そして私と藍が結界修理を行なっていたとき、藍は結界へ近づく者がいないよう監視に務めていたけど、その三日間、本当にただ監視を続けるのみだったのか。分かるワケがないわよね。だいたいなぜ私が頑なに貴方の誘いを断るの。だいたいなぜ藍は貴方を毛嫌いしていたの。もしかして? もしかすると?
ウフフ、フフフフフアハハハハハハ。
おつむがこんがらかってきたでしょう。思考がぐるぐる渦巻いて先を見失っているのが、驚きの満ち満ちた表情によく浮き出ているわよ。何をどれだけ考量したところで真実なんて見えてこない。貴方にただひとつ残されている道は、私と藍をすっかり諦めて、まっすぐ里へ引き返して、こんな不気味な屋敷も忘れ去ってしまうことよ。意固地な貴方でもいかに不利な状況であるかは見て取れるはずよ。
一連の出来事が嘘だとしたら、身を張った下劣な嘘をついてまで逃げ去ろうとする私と藍はとても浅ましい存在ではなくって? 本当だとしたら、私と藍の間に結ばれた赤い糸も見せた通りで、それを断ち切ってみせる自信があって?
仮に本当という体で話を進めるとしたら、私と藍がいつからこんな関係だったのか、貴方に思い描けるかしら。一年、二年、そんなに束の間かどうか。十年、二十年、けど私たちは妖怪よ。百年、二百年、まだまだもっとか。貴方が人生の全てを投げ出したとしても、敵うかどうか難しそうね。短い人生を妖怪一匹掠めとるためだけに使うなんて、考えてみなさい。
なぜ、こんな仕打ちをするのかって? 藍が奪われるかもしれないと思ったから。貴方如きに奪われはしないけど、万が一にもと思って手を打ったの。
私は貴方の好みをそれなりに把握しているつもりで、貴方があの花畑に現れた理由もきちんと説明できるくらいよ。藍はさっきまで騒いでいたけど、これについて指摘していたのではないかしら。うん、そうみたいね。貴方は優れた妖怪に強く惹きつけられるタチで、そのために風見幽香へ勇気の一歩を踏み出そうとしていたけど、花畑にはもう一人の魅力的な妖怪がいたことで流れはまるで変わってしまった。
貴方が風見幽香を目当てに花畑へ訪れていたのは、とうに分かりきっていた。それがヒントのように働いてくれるのは後になってから。貴方が私へ胸中を打ち明けて以降よ。貴方が八雲紫という妖怪を手の届く範囲で調べてみせたように、私も貴方という人間を調べさせてもらったの。ダリアのかんざしが本当は風見幽香のために用意された品だということだって、私ちゃあんと把握していたのだから。昔の女のための品を、進路を変えたからと言って他の女へ渡そうとするなんて、ずいぶん思い切りのいい御方ではありませんか。
そのような悪印象もあったことだし、引き下がってくれるようにと注意を重ねた。さすがに根っこから変心させられるとは思っていなかったけど、せめて私にうんざりしてくれたらと期待を寄せながら。
けどね、まさかねえ、藍もビックリよねえ。関心の矢先は私から逸れてくれたけど、かわりに藍を標的に。想定なんてしていなかったもの、焦っちゃってあせっちゃって、それで……フフッ……ウウン……接吻のお披露目をしなくちゃいけなくなったの。藍は空いていない、私も空いていない。貴方を満足させられる者はここにはいない。だからね、早く帰ってしまったほうが気持ちにやさしいわよ。さあ、帰りなさい。
そんな怖い顔をしちゃって、どうしたの。まだ諦めたくない? まあ、私が花畑で風見幽香と戦っていた理由なんて、いまさら問い詰められても、困るわね。ああ分かった。貴方もそんな質問をぶつけて、自分にされたように、私の皮膚一枚裏の心を抉り出してやろうと企んでいるのね。賢い行動とは思えませんけど、貴方を鎮めてさしあげるためには答えなくちゃいけないみたいね。いいわ、話してあげましょう。
ウフフ、実はね、私があの花畑で風見幽香と決闘を、弾幕ごっこをしていた理由は、身も蓋もない言葉を使うなら夫婦げんかよ。私と風見幽香は仲良しで、こうやって藍と密着しているような関係なのだけど、ちょっと幽香にひどいこと言われたから、私が癇癪起こしちゃって、決闘になってしまったの。
口からでまかせを言うなと怒られても、ハイソウデスとは答えてあげないわ。たしかに、あまりに嘘臭い、まるでたった今思いついたかのような下らなさ。真実はどこにあるのかしら。貴方には見つけられないでしょう。これも大事なことよ。妖怪は嘘つきなの。特に八雲紫という妖怪は。貴方が調べた古文書にはそんな記述はなかった?
ついに帰るのね。正しい決断よ。残念ながらお見送りはできないけど、恋の応援くらいはしてやれる。頑張りなさい。一人で立てる? うん、それだけ叫ぶ体力があるなら大丈夫そうね。ショックが強すぎて動けなくなる人がいるけど、貴方はそれには当てはまらないみたいね。玄関まで付き合いましょう。いらない? あらそう。ではお別れね。
さんざん失礼な態度と言葉をぶつけて申し訳ありません。恨んでくれて構いませんわよ。道中お気をつけて。次の妖怪さんによろしく。それでは、さようなら……あ、待ちなさい、かんざしを忘れていきましたわよ。ねえちょっと、ダリアのかんざし、ねえったら……。
手紙をご覧になって来たのでしょう。八雲紫より、とだけ書かれた封筒を貴方は開いてくれて、中の手紙も要点しか書いていなかったけど、読んでくださったのね。
地図はちゃんと分かったかしら? ずいぶん適当に線を引き引き描いたものだから、読み取ってくれるかどうか不安だったの。解読が難しかったでしょう。あら、とても明瞭で迷うはずがなかったなんて、お世辞なんて言わなくていいのに。とにかく、貴方がココに来てくれてよかった。そうでなければ話が進まないから。
……ゴホ……失礼、ちょっとした病気なの。どうりで顔色がよくないって? 気遣ってくれてありがとう。ところで貴方のほうは、とても期待に満ちた顔をしているわね。この小さくて不自然に真新しいお屋敷に、八雲紫が招いてくれたという事実が、素晴らしい何かを予感させるものとでも考えているようね。いいえ、決してそんなことはないわ。貴方は哀しまないといけない。怒らないといけない。おいおいそうなるわ。けれど今は、玄関で立ち話もなんだから、奥へ参りましょう。
いいお屋敷、ですか。私もそう思うわ。即席で用意した割には上品なものね。貴方は一つの勘違いをしているようだから早めに教えておきます。このお屋敷は私が住んでいる場所ではないのよ。さっきも言った通り即席で用意したものであって、私だって今日はじめて訪れたの。調度品や美術品も年を数えれば生まれて間もない初子ばかり。おかしな話でしょう? でも事実なのよ。私を妖怪だと知っている貴方なら、首をかしげすらしないでしょうけど。
その顔、口を開けずとも伝わりますわ。どうしてそんな奇妙なことをするのか、と聞きたいのね。部屋にたどり着いてからお話するわ。
見てよこの襖。いかにも新鮮で黄ばみ一つとして見当たらない。畳もぴかぴかの黄緑で、擦るとお手てに畳の香りがつきそうじゃない。縁側を見てみなさいよ、お庭があってお池が一つあって、深緑の松のなんて雄々しいこと。空が濁っているのが残念ね。
これが全て作り物のハリボテであることが、貴方に分かるかしら。昨日に出来上がって、明日には霧と消えていくのよ。ちゃんとお話するから、さあさ、そこの座布団におかけなさいな。
しきりと私の頭を気にしているけど、貴方がくれたかんざしは付けていないわよ。なぜなのかって? さてと。まずハッキリと言っておくわ。私は貴方とお付き合いすることはできません。これから話すことは、いずれもその事実を前提にしていることを……ンッ……念頭においてちょうだい。
ああ、びっくりなさって。貴方が落ち着いてから話す? 今すぐ? 結構。
さしあたり、このお屋敷を用意して、ココに貴方を招いた理由をお話するわ。
お屋敷は、私が住む本当の所在地が貴方に知られるのはマズいから、急いで作ったの。これは貴方を嫌っているからではなくってよ。未練を生まないための処置ですわ。そう、狂おしく身を悶えさせるおぞましい未練を。だからここは住居ではなく、当然だけど別荘という訳でもなく、まったく関係のない土地なの。加えて、このお屋敷は明日になれば欠片一つとなくなっているから、名残惜しさに訪ねてきても疲れるだけ。それでも気になるなら、まあ、好きになさい。
貴方を招いた理由だけど、とても簡単ね。さっき既に話した。お付き合いはできないということを伝えるためよ。
納得できるかしら。できない? でしょうね。もちろん納得がいくまで話合いをするつもりだから。ねえ、大丈夫? ちゃんと話を聞いてもらいたいから、辛辣に思われるだろうけど、しっかりしてくれないと困るの。
貴方が私の前に現れたのはいつだったかしら。夏の終わりで、まだ残暑の暑い頃だったわね。私が買い物のため里へ降りて、藍と一緒にお店を巡っていたとき、血相を変えた男が目の前に飛び出してくるや否や、周りの目も顧みずに「お慕い申しております」と叫んだ。藍はとっさの異常を判断して私を背中へ隠し、貴方がそれを見開いた目で見つめ続けた。
私はたしかこう言ったのよね「それは素晴らしいことですわね。けど、誰かと間違えているのではありませんか?」すると貴方は「あんた妖怪の八雲紫でしょう。間違えるはずがない!」だって。
ク、フフ、クフフフフ。ああ、ごめんなさい。思い出すとおかしくって。馬鹿にしているのではなくってよ。でもあのときに貴方が見せた必死さが印象に残っているの。本来ならこの時点でお断りしておくべきだったわ。けど貴方ったら、告白したっきりすぐに走り去ってしまって。私も藍も何も言えなかったわよ。
で、この何日か後になって香霖堂にいた私の前に、貴方は再び現れたわね。いったいどうやって私の行方を嗅ぎつけたのかしら。ダリアをかたどった素敵なかんざしを渡してくるのですもの。虚をつかれるって、まさにこのこと。両手のひらでようやく包み込める大きさで、控えめな桃色のかんざし。正直に言うと、花びらの大きさが私らしくなくて、薄みなところが金髪にあわない。身につけるには不似合いと感じたわ。
このあとは外に出たのよね。私は驚いて、貴方は照れくさそうにして、そんな私たちを眺めている店主が迷惑そうにしていたから。
貴方はそわそわしながら一目惚れであることを、早口で噛みながら話してくれたわね。私は聞きつつも、どうしましょう……と考えていたのよ。なぜって貴方があまりに真剣な面持ちだったから。
そう。貴方は真剣そのものだった。見ている側からしてもすぐに分かってしまうほど。初めて私に告白をしたときも、貴方はその真剣さを大きな力にしていたのでしょうね。その力を支え、私が何時どこに現れるかという情報を、できる限り調べ尽くしたのね。だから里で私を見つけることができたし、香霖堂にも赴いてみせた。
私は気づいた。この人は真剣なのだと気づいた。真剣ということは、視界が狭ばまっているということでもあるわ。きっと、その状態に陥っているのだと思ったわ。
私は貴方の冷静さに訴えかけた「私という人物が妖怪であることは分かっているの? もう一度しっかり考えなさい」と。貴方は「もう充分考えたあとだ」たしかこういう感じで返してきたわね。
それからだったかしら。私に一目惚れした経緯を貴方は語りだした。私はそのおかげで、貴方がさっき口にした言葉を理解したの。
貴方が私を初めて見たのは、告白の時をずっと遡った秋というじゃない。おまけに決闘中の私だったらしいじゃない。里から博麗神社へいく道中の道を外れて、先をずっと進んでいったところにある花畑で、日傘をさす女二人を見つけたと。
あの時季に決闘をし合った相手と言えば誰だったかしら。数えるほどよ。けど貴方の話を聞いた限りでは、どうやら幽香との決闘を見られてしまったみたいね。花畑で日傘をさしている人なんて、あの時の私を除いては幽香だけ。二人揃ってクリーム色のレースがついた大きな日傘。
貴方はそれからこう話してくれたわね。
ええっと……エフッ……俺は寒空の上に繰り広げられている空中戦をぼけっと眺めていたんだ。空はどんより曇っていたが、おかげで色とりどりの光弾は見えやすかったんだ。あんたらはこれを弾幕と言うんだったっけな。
俺は最初、空が物凄いことになっているなとだけ思っていた。じきに空を物凄いことにしているのが二人の女であることを知った。活発げな洋物の赤い上着とスカートを身につけて、いかにも気の強そうに笑っている女。そして東風のドレスを着飾った、空中で空気に腰掛けて微笑んでいる女。どちらも日傘をさしていて、余裕たっぷりというところが共通していた。
俺にはどちらも勝ちそうに見えた。が、どちらも負けるように感じられた。勝負の結末には興味なかったんだろうな。俺はただ赤色の女より紫色の女に目をくばるようにしていた。つまりあんたのことだが、あんたの弾幕のほうが激しかったんだよ。しだいにあんたのほうに勝ってほしいなと思いはじめていた。
弾幕の戦いっていうのは難しいな。どっちが優勢でどっちが劣勢なのか、余所者には分かったもんじゃない。バチバチキラキラしてるばかりでさ。あんたらの表情も空の上だから、大まかには見えるが細かくは分からないし。
そうこうしていると勝敗がついた。最後はあっけないもんだな。赤色の女が急にへろへろ落下しはじめた。それっきり両者から弾幕が出なくなって、既に放たれて宙をかっ飛んでいた弾幕もふつふつと消えていった。紫色の女がそれを見届けた風にしたあと、くるっと俺の方向へ振り向いた。そこで目が合ったんだ! そうだろ? あんたも覚えているはずだよな。だって刹那なんてもんじゃない。五秒、いや十秒は直視されたんだ。俺は目をそらせなかった。間違いないんだ。
俺が惚れたのはそのときだよ。あんたはまるで興味なさげにふらっと空の彼方へいってしまったがな。俺は追いかけたようとしたが、無理だった。ひまわり畑を抜けて林に突っ込んだあたりで諦めた。
しぶしぶ帰ることに決めた。良いものを見せてもらったなあ良い女だったなあ。途中でしつこく考えたよ。頭ん中をぐるぐるさせているとな、しだいに我慢できなくなってきてな、あんたをどうしても知りたくなったんだ。
走って里まで帰った。
知るのはすごく簡単だった。帰ったなり稗田のお屋敷にいって、ご令嬢に御目通りねがって、これが思っていたよりあっさりと受諾された。幼いが落ち着き払って威厳のあるご令嬢だ。その御方にあんたの特徴を言うと、ありゃあ本当に賢い頭脳だな、すぐさま答えてくださって、あれこれと仔細に説明してくれた。即答だよ。驚いたね。
ここで初めて八雲紫という名前を知ったんだ。いや、名前自体はガキの頃から聞いたことはあったが、まさか実物に会うなんてな。おっかない、鬼みたいな化け物かと想像していたんだが全然そうじゃないときたもんだ。
俺はあんたと会う方法を尋ねてみたんだが、そこまでは分からないと言われた。俺はがっくりきたが、諦めなかったぞ。あんたの手がかりを探しまわった。人づてに調べたり、本も読んだ。あんたを召喚する方法まで知ることができたが、試したが嘘だったよ。
一年間ずっと探していたんだ。やっと直に会えたんだ。かんざしは、ずっと前から渡そうと思って大事にしていたものなんだ。
こんな話してな、女々しいと思うだろう。悪いな。申し訳ない。会えたのが嬉しくてな。とにかく、俺はもう充分に考え抜いたあとなんだ。絶対にあんたをモノにしてやるって決意しているんだ。気持ちは変えないぞ。
とまあ……以上ね、貴方が私に話してくれたことは。
ええ、もちろん細かくは覚えてないもの。けど大体こんな具合でしたわよ? 私の記憶の中の貴方がこういう具合だったってことよ。からかっているワケではないわよ。
そうね。やっぱり私が悪かったわ。あそこでも私、貴方が思いのほか頑固だったから折れそうになってキリキリ舞いしていた。ハッキリとお断りの言葉をぶつけなければいけなかったのに、有耶無耶にするだけで精一杯だった。
おかげで貴方の決意がどれくらい堅く作られているのかをよく知ることができたわ。過去にも人間から求婚されたことは何度かあったけど、貴方ほど熱い御方はそういないわ。あ、でもダメよ、こう言われたからってのぼせ上がらないで。私は貴方を諦めさせるつもりでいるのだから。これは貴方以上に強固に誓っているのよ。
喉がかわいたわね。お茶を運んでもらいましょう。貴方も遠慮しないで。喉? 喉は痛くないわ。咳はひどくないの……ッ……本当よ。
ほら、来た。すぐ給士がやってきたでしょう? 襖の裏で待っていたのではないわよ。もちろんこの給士も幻で、明日にはいずこともなく消えさってしまう存在よ。けど安心なさい。お茶は正真正銘の本物だから。
ふう。やっぱり熱いお茶を飲むと落ち着くわ。話しあうには不可欠ね。
その話にもどるけど、貴方、諦めない? そう、諦めないの。その目はココに招かれた事実から、以前として希望を感じ取っている目。私を口説き落とせると思っている。
貴方の堅牢さは香霖堂のときから感じてはいたけど、その後もますます意識させられるようになったわ。私の行くところを目敏く推定して待ちぶせして、隙あらば愛情の嵐を投げつけてくる。
実際に出会えたのは三回に一度くらいですって? それって高確率なほうよ。私ってほら、神出鬼没だなんて称されているじゃない。自分でも自覚はあるのだけど。足跡は残さないようにしているから、本当によく探し出したものね。
貴方みたいな人はストーカーと呼ばれているのよ。意味は知らないほうがいいわ。でも貴方みたいに堂々としている人をストーカーと呼ぶのは違和感があるわね。私を探し尽くして出会うたび飛び出して愛を叫んでくる人なんて、ね。
迷惑、そう迷惑と言えば迷惑ね。
私は貴方へ妖怪と実を結ぶことの哀しさや辛さを教えなければならない。これは禁じられた恋愛なんていう事情とはまるで異なっているの。身分の違い、年の離れ、同性への想い。これらよりも一層険しくそそり立つ壁がある。これを言って聞かせたところで貴方の熱意が冷めてくれるとは思えないけど、でも話すわ。
私と貴方、なにが違う? 妖怪と人間という違いがあるわね。つまり、どういうことか分かる? 生きる時間が違うのよ。十年や二十年ではなく、もっと長大な距離があるのよ。妖怪にもよるけど、千年なんてザラじゃないかしら。
それがどうしたって言いたそうね。考えてもみなさい。事故でも起きない限り貴方より先に死ぬことがなく老いることもなく、貴方が絶えた先もなお当たり前のように生き続ける。そんな相手にとって貴方と過ごした思い出はとても小さい。小さいのよ。
あら、気づいちゃった? そうね。これは確かに私自身の思いを言っているわ。
私、いや妖怪にとって貴方は蟻の子よ。道端を歩く蟻の子を見つけて、あらかわいい、なんて感想を抱きはすれど、ふとした後には視線の外。そんな考えをもった相手に、貴方は人生を塗りつぶされてしまうのよ。そんな不幸を放ってはおけない。途中ですっかり飽きてしまうのならともかく……いいえ万が一を考えるとそうは言えない。
ああ。またそんな熱烈な言葉を。あんたのためなら人生を棒に振ったって構わないなんて、妖怪に向けて言うものじゃない。そんな言葉は人間の女の子に言いなさい。私は貴方くらいの人生を捧げられたところで感じるものは何もないの。押しても感触がないってつまらないわよ。感触のある人を選びなさい。
違うの。恋愛が嫌いとかじゃないわ。貞操観念が人一倍強いワケでもありません。むしろ一夜だけの戯れや、身体だけの関係みたいな、その方が歓迎するわ。貴方もそっちが良いと言うのなら付き合ってあげるけど、どう、妖怪を味わってみない? フフフ、やっぱり断るのね。
なぜ秘め事ならば許されるのに潔い恋はダメなのかって? それは、アソビなら多少は関わってやってもいいって気分になるわ。けど本気になるのは。さっきも言ったけど、貴方の人生を縛り付けたくないの。私が貴方の心を独占してはいけない。
ふう。思っていたよりも強情ね。すぐケリをつけてやるつもりだったのだけど。ええそうね、そのくらい私に惚れているということね。強いわね。今までした話の中には、馬鹿にしていると思えなくもない言葉が混じっていたというのに。こんなお説教をされたら大抵は黙るか怒るかするのだけど、貴方は真面目くさった表情で私に立ち向かっている。おかしな表現ね。「立ち向かっている」なんて。貴方はそうは思ってないでしょうけど、私にはそう思えて仕方がないの。まるで対決しているみたい。
ねえ、ちょっと? 何か聞こえてこない? あらやだ、玄関からだわ。もしかして藍に見つかったかしら。ちょっと待ってて。
………………。
……どうも。至急来てもらいたいことが……
……困るわね、今日は大事な用があると言ったでしょう……
……男との密会が大事とは思えませんね……
……口を慎め……
……南東のほうの結界がですね、緩んでいるようなのです……
……お前でなんとかしなさい……
……それができるならココにいません……
……分かった。それで、どのくらい広がっているの……
……目視では十、二十メートル、亀裂はもっと深いかと……
……南東のアレね。おととい直したばかりでしょ……
……あすこは前から脆うございました。最近は特にひどい……
……大幅な修正が必要なのね……
……作用で……
……少し待ってなさい……
……下らないことをなさっている。からだが万全ではないのに……
……口を閉じろ……
………………。
ごめんなさいね、聞き分けない式神が邪魔をして。融通がきかなくてしょっちゅう怒鳴りつけてくるものだから、どっちが主人なのか分からなくなっちゃう。友達にはしたくないわ。尻尾も邪魔で近づきたくない。あの子にお膳をこしらえさせていてね、最近はそうでもないのだけど、昔はよく毛が器へ混じった。狐の、尻尾の毛よ。あらやだ、思い出しちゃった。今晩の食事、あの子に作らせないでおこうかしら。
……嫌な足音が近づいてくるわ……藍、入るな! すぐ終わるから外で待っていろ。部屋には入るな。言葉も返すな。もうすぐ終わるからせっつくな。待たせないから、ほら。
行ってくれたわ。ごめんなさいね、見苦しい姿を晒してしまって。残念だけど今日はここらで止めましょう。ずっと気の滅入る話題を続けちゃいけないわ。三日後、もし来られるならまた来なさい。ココは明日には消滅させる予定だったけど、いいわ、三日くらい。これはあくまで中断よ。話はまだまとまっていない。貴方もこの間に頭を冷静にして、真に自分にとってよろしい決断をしなさい。
あと、このお屋敷の内部を調べてもつまらないわよ。私に関するものなんてありませんもの。
それでは。
おい、お前なにをしている。
人間か。この先にある結界は危険だから近寄るな。そもそも人間がこんな森深くへ立ち寄る用事はないはずだ。
いや待てよ。お前どこかで見たことがあるな。見覚えがある。思い出したぞ、里で紫様に飛びかかってきた男だろ。出し抜けに恋心を暴露して、フンッ、哀れに受け流された。
違うだって? 何が違うのやら、私にはさっぱり。あの時の紫様は困っていたのが私には分かるぞ、どう対処してやろうかしらって考えていたのだ。その結果はどうだ、笑顔で話をはぐらかしておられた。あの作り笑いのなんと精巧で残酷なことよ。
さあ帰れ。ココはお前が訪れてよい場所ではない。
紫様に合わせてほしいとな。紫様はココにはいない。今は身体の調子を崩しておられるから外出はせん。諦めて回れ右をするのが、時間の無駄遣いも減ってちょうどいいぞ。紫様はいないと言うのが分からんのか。しつこいやつめ!
会話を聞いた? ああ、あの屋敷で。盗み聞いていたのか。
どうやら嘘をついてもしょうがないようだ。確かに紫様はいるよ。更に森を分け入り結界の敷かれている場所で結界修復の仕事中だ。だからお前が行くと邪魔だということが、分かってくれるだろうな。
待てまて。無理やり通ろうとするのはよくないな。足を折ってやろうか。アハハハ、折られたら這いずってやるときたか。とんだ情熱だが使い所を間違えているな。紫様に向けるのは間違いだよ。第一お前はつい昨日、紫様と話あったじゃないか。あれで決着がついたくせにまだ執着するのは格好悪いな。まだついていない? それは失礼した。だがじきにつくだろう。紫様の御心は決して揺れず、ただお前の心のみが逆転する。
御託ではないぞ。紫様はお前を諦めさせようとしているのだろう? ならばこれは絶対だ。お前が紫様を説き伏せられるなんて、私には到底考えられない。あんたに何が分かるって、一目惚れした程度で紫様の全てを存じたつもりでいるお前よりはよっぽど分かっているわ。
そうだ引き返すがいい。賢明な判断だ。さようなら。紫様には、お前がやってきたことはいちおう報告しておくぞ。
……やあ、また会ったなあ。迂回して入ろうなんて小癪な真似が、気づかれないとでも思ったか。下手な知恵なぞ回すだけ虚しいぞ。ならばもっとたくさん迂回してやろうと企んでもダメだぞ。ここら一帯に式神を散りばめているのだ。ほら見ろ、あそこの杉の幹に御札が貼ってあるだろう。こっちの杉の白い糊は御札の貼り跡だな。御札と言えども立派な式神で、周りを監視し怪しいヤツがいれば伝えよという命令を守っている。怪しいヤツとはちょうど今のお前だ。無駄だからこんなことで体力を使うのはやめておけ。
会わせてくれと懇願されてもなあ。紫様はいま手が離せないし、お前を連れていくとロクなことがないように思える。また奇妙な場所にひっそり二人で閉じこもり、不毛な話し合いをされても困る。
ああそうだ。紫様は手が離せないのだ。よそ見はできない状況だ。だったら様子だけでも聞かせてくれ? 何を聞かせてやれると言うのだ。歪んで破けている結界を直しているだけで、とりたてて面白いことはなし。その内容は説明のしづらい作業だし、それについて口外するなと言われている。
はあ、かんざし? お前が渡したかんざしなど私が知っていてたまるか。暇があったら、紫様がつけているかどうか、確認しておいてやらないこともないな。
さ、井戸端会議がしたいのならよそに行け。な、なに、待っているだと? おい座るな。くそ厄介な虫め、いい加減にしないと血を見るぞ。殺されたいか! ……よく分かっているじゃないか。たしかにお前は曲りなりにも紫様の客人だから、殺傷はできない。許しが必要になる。まことに残念だが許しをもらっていないから、私にはお前を殺せない。
手は出せなくとも脅しはできるがな。それが一体どうしたのだと言いたそうな顔をしているが、ならば披露してやろう。あそこの木を見ていろ。そらっ、どうだ木が燃えだしたろう。私がちょっと術をかけてやったから、木が発火したのだぞ。まだ目を離すなよ、周囲には燃え移らずあれだけが正確に炭となっていく。私にはこれくらいの芸当は造作も無いのだぞ。お前も炭の塊にしてやれる。
さすがに震えがきたろう。もちろんこれは脅しに過ぎない。けどもお前を殺してよいと許可さえもらえばすぐさま行える。なんなら、お前の着物だけでもパッと華やかにしてやろうか?
ハハハ。そうだ、怯えて逃げろ。逃げるのが賢いぞ。いまさら恋愛をするなどという英気はもっていない、ものぐさな紫様に目をつけてしまった哀れな男よ。このまま戻ってこないほうが幸せだぞ。
人間如きが獣も震えて足踏みしたくなるような夜道を歩くというのは愚かだな。提灯一つとは危機感がないのか、そんなものは大抵の妖怪ならすぐに吹き消してしまえるのだぞ、ちょうどこんな風にな! どうだ、夜の帳に襲われる気分は。
お前、昼に諦めて帰ったと思えば日もおかずに戻ってきたな。夜を選べば見張りの私がいないと踏んでの行動だろうが、浅はかと言うしかない。しかし紫様が昼夜を問わず仕事しているかもしれない、と予想したことに関しては褒めてやってもよさそうだ。妖怪に昼夜はあってなきが如しだものな。
おっと、口がすべってしまった。この際だから包み隠さず言ってしまうが、紫様はまだ仕事中で、寝ずに二日か三日は続けるつもりだ。普段は一日の半分以上を夢の中で過ごしているような怠惰な御方だが、妖怪だから実のところ寝ようが寝まいが違いはない。それを分かりきった上で怠けるのだから……はあ、いつもこうだと嬉しいのに。
というワケだから私も紫様に負けることなく、お前のような厄介者がいつ現れてもいいように、寝ずの番をしているのだ。
月明かりを絡めとる木々のせいでひどい暗闇だ。お前には私が見えていないよな。うん、見えていないようだな。私にはお前の指の動き一つをとっても極めて明瞭なり。不安でたまらなそうな表情もくっきりしている。どこから喋りかけているのか分からないだろう。わざと声が拡散するように術を仕掛けて、方向不明にさせているのだよ。これも昼に言った内容と同じ、脅しの一手段だ。昔は妖怪幽霊を問わず使っていたやり方だが、幻想郷に来てからはする必要もないから、とんと見なくなった。
仕掛けが分かっているなら怖くないと言いたげだが早計だぞ。幻惑されている今の状態と、ココが里から離れた森中であるのを考慮すれば、いかほど恐ろしいか分かるはずだ。
指先ひとつでお前を自在に混乱させられる。するとこんな筋書きも可能になる。お前は日暮れに外出し森へ入った無謀な男で、結果として迷子になり脱出しようと彷徨い歩くが、しまいには精根尽き果て倒れ伏す。
どうだ? 行方知れずの男性ができあがったぞ。うん、そうだ確かにお前の言う通り、私がこのような仕打ちを与えた場合でも、紫様はお見通しだろう。だが言ってやる。それは幻だ。お前は紫様を盾か何かと勘違いしているが、その盾はお前の貧相な腕と比べるとあまりに立派で、ことによれば腕からあっさり抜け落ちてしまうものなのだぞ。
おおっと、歩きだしたぞ。せっかくの忠告を無視するとは愚か者め。この晦冥にあって人間が平気でいられるものか。そらみろさっそく転んでいる。威勢よく文句を叫ばれても足をひっかけたのは私ではないからなあ。
いいか、懲りるというのも大事でな、無闇矢鱈に前進するのは阿呆の証だぞ。そもそもお前は行き先が分かっているのかすら怪しい。方角は合っているのか? 記憶によれば、そっちにいくと足場が広い一枚岩になっていたはずだが、そこでつまづくのは危険だろう。嘘ではない。あえて言わせてもらうなら、お前に死なれると私が紫様からお冠をもらってしまうから、嘘をつくわけがない。
ああっ、どうして引き返さない! 道をかえても紫様には会えないぞ。こいつ、また転んでいるよ。そのうち目の前に木が立っていても気づかずゴッツンコして額を血まみれにしそうだ。見ちゃおれん。
ほら灯し火だ。青くて不気味だが、点々とつく火をたどっていけば森から出られるだろう。ついでにお前の提灯も復活させてやるから、頼む観念して引き上げてくれ。灯りができたからと言って周りを見渡しても無駄だ。私は見えるところにはいない。え、まあ、たしかに狐火だな。あんたは妖狐の八雲藍なのかって? ……何をいまさら。
道しるべをしつらえてやったのだから、身の程知らずはおとなしく帰宅するがよい。朝が起きられなくなっても知らんぞ。お前だって暇ではないだろうに。まさか四六時中女の尻を追いかけてはすまいな? いや、今は紫様一筋か。
おい、どうして口をつぐむ。さては紫様以外の女にも求婚しているのか。求婚とまではいかなくとも、気になっている者が他にいるらしい。大発見をしたようだ。紫様へ報告しておこう。
お前が二股をかけんとする相手は誰だろう。紫様から伺ったところによると、お前が紫様を見つけたのは花畑だったそうではないか。そこには風見幽香もいたらしいな。私の想像としては、この女にも着眼していると見た。
そろそろ話を止めよう。まごまごする男を眺めていても面白くない。お前も下手な詮索をされたくはなかろうに、いいかげん帰れよ。せめて直接交渉のできる昼間に来たらどうだ? 無論昼でも通しはしないが。
日の出ていない頃には来るなよ。
おやおや、こんにちは。性懲りもなくまたやって来たな。言いつけ通りに明るい時間を狙ってきたのはお利口さんだが、さっそく帰ってもらおうか。理由なんていちいち伝えてられないが、充分に理解しているだろう。
だが今日は昨日とは事情が違う。お前の処分について紫様へ報告と相談をし、指示を承ってきた。それを話してやろう。
まずそう、紫様にお前の報告をしたときの反応は薄かった。そして、紫様以外にも意中の人がいるらしき不審さも伝えたら、どんな顔をしたと思う? やはり表情に変化はみられなかったのだ。まるで予め知っていたようだ。
かんざしがなに? ああ、そういえば約束していたっけ。紫様はそのような装飾物はつけていなかったな。得体の知れぬ男のプレゼントを軽々とつけるはずがなかろう。
それで肝心の指示内容だが、冷ややかにこう言われたよ。そうね、今は何が何でも会えないから藍がお世話してあげて、とな。聞こえていたか? 冷ややかなのは病気のせいじゃないかって? たわけが、紫様はお前に構っている暇がないということだ。
不本意だが指示されたから、私が紫様のかわりを務める。何もしてやれないが、最低限、お前の見送りはしておかないと。お前も紫様からの言伝を理解したなら潔く諦めるのが男と言えはしないか?
……紫様という名がつくだけで物分りがよくなりやがって、おめでたいヤツだ。
さあ帰るぞ。
ところで、黙って歩き続けるなんてつまらないから喋ろう。鬱蒼とした森を黙々と歩くだけなんて疲れる。
なぜお前が紫様をめかけにしようと思ったのか、実は興味がある。ほんのちょっとでいいから聞かせてくれ。従わないと道に迷わしてミイラにするぞ。例え行き帰りの方法を熟知していても、私の術であっという間に迷子だぞ。なに、そんな会話をして紫様に悟られはすまいか? 妙な心配をするヤツだ。いくら紫様といえどそこまで地獄耳ではない、遠慮なく話せ。それとも紫様のお耳に入ってはマズいことでもあるのか?
ではさっそく尋ねるが、お前は紫様のどこに惑わされたのだ? 紫様は美しく立ち振る舞いも上品にできあがっている。男を魅了する武器はほぼ備えている。見た目は申し分ないと言って差し支えない。しかし妖怪だ。人の皮をかぶっているその裏には人外の血がゆっくり静かに脈動し、並の頭脳では計り知れない思考が根付いている。何千年の歳月で研ぎ澄まされた爪はいまだに曇りを知らない。そんな人のどこに目を奪われたというのか。
佇まい? つまり見た目か。そうじゃない? ではお前が口にする佇まいという言葉にはどんな意味が込められている。まさか紫様の悠然とした立ち姿のみに魅せられたワケではなかろう。お前は直立姿勢の女性に興奮する性癖持ちなのか? 違うだろ。
雰囲気、と言ったな。紫様から受けた印象に引き寄せられたと解釈していいな。不明瞭な言葉を選んでくれたな。どう切り返してよいか分からん。それは第一印象か。それならばハッキリと「お前の勘違いだ」と突きつけてやれるのだが。
……そうか。お前はまず紫様の雰囲気に恋をし、その後紫様に関する噂や伝承をあれこれ調べていくうちにますます恋色を深めていったと言うのだな。そのうなづきは間違いではないな。
おっと、ここらは急勾配だから気を付けろ。転んでどろどろになるなよ。汚いヤツと肩を並べたくはないからな。まだ森を抜けるには距離がある。こんな場所を一人で歩いてやってきたお前には呆れるよ。お互い様だって? 何を言っているのだ。私と紫様は空路でやってきているのでな、こんな苦労に四苦八苦しているのはお前だけだ。
紫様の雰囲気か。人間にはあれが素晴らしく感じられるのだろうか。それなりに長くお側に付かせてもらっている私としては、一妖怪としての意見ではあるが、怖じ気づかずにはいられない。紫様は妖怪が持っているおどろおどろしさを、大部分は巧妙に隠しているが、一部をわざと表に放っているのだ。それはいわば無言の圧力として働き、相手を警戒させるように仕向ける。あえて空気を尖らしておくことで油断をなくす。自衛のためだと私は捉えているが、本人は何も言わない。
お前が良いと感じたところはこの部分なのか? お前は紫様にはあって他の女にはない何かを感じ取ったのだろう? ならばそれは、この十分の一だけ露出している危うさだと私は睨むな。並の人間ではこの危うさは到底出せない。妖怪であっても、大抵の妖怪は、己の妖怪らしさを大っぴらにしているか、とことん隠し通しているか。
例えば、お前も里に住んでいるのなら、半人半獣の上白沢慧音を知っているだろう。顔を合わせたこともあろう。お前はあいつから妖怪らしさを感じたことはあったか? ないだろう。あの女は里で人間と過ごすために、自分の妖怪らしさを秘密にして、一寸たりとも外には漏れぬようにしている。半人半獣だから難しい芸でもないのだろうな。あいつが秘めたる魔性を顕にするときと言えば、寺子屋の幼子たちを本気で叱らねばならないときくらい。そうすれば恐怖を効果的に植えつけられるからだ。
対して妖怪らしさを微塵も隠そうとしない者は誰だろう。探せばたくさんいるな。強い弱いに関わらずそこら中にいる。上白沢慧音のような立場にいるならともかく、幻想郷ではわざわざ隠す必要もないから、当然と言えば当然なのだがな。
どうだ、お前が紫様から受け取った魅力、ピンとこないか? じゃあいったい何がお前を射止めたのやら。追求するのは飽きたよ。紫様の話はお終いにしよう。
二番目に疑問に感じていることは、なぜお前は花畑へ赴いていたのか。いかなる用事で花畑へ行かねばならなかったのか。言ってみろ。それは紫様に話しているのか? まだだろう。口外するのを憚られるものだと顔にくっきり書いているぞ。言え。言わなければ森の中をぐるぐる夜まで彷徨う羽目になるぞ。
ほお。なるほど、そうかそうか。興味深いな。風見幽香と会うために花畑へ。風見幽香はあの周辺を縄張りにしているから話の筋は通る。となると次に気になるのは、なぜ風見幽香と会わねばならなかったのか、だな。秘密を探り当てるというのは悦だなあ。腹が満たされる。教えてもらおうか。
なぜ風見幽香か。知り合いだったのか友達だったのか、それ以上の深い関係だったのか。もしくは全然面識がないのか。会う理由はなんだ? 挨拶をするためか、気軽な寄り合いだったのか、蜜月な繋がりだったのか。なぜ口を閉じる。そんなに唇を固く結んだところで穴が塞がるワケでもないのに。さあどうなのだ。やましいことを吐いてみろよ。さあ、さあ!
クフフフフ、アハハハハハ……。
すっかり戸惑ったな。なんと答えるべきか、答えるか否か。そんな葛藤に歪むお前の顔といったらない。面白い。だがここらで止めておこう。もう虐めないよ。答えなくていい。本気で聞き出そうとは思ってなかったのだ。想像以上に反応が凄まじくて、申し訳ないが笑いが抑えられない。
おや。もういいのか。ちゃんと一人で帰れるのか? 馬鹿にするな、か。その勢いなら結構だ。では私は引き返してよいのだな。そうか。怒らせてしまってすまないな。いや、アレだけ迫ってやったのだ。むしろまだ平然としていたなら、図太さに正気を疑っていただろう。女の好みはズレているが感情は人並みの器らしい。ハハハハ……。
二度もこんな場所へご足労いただいて、どうもありがとうございます。さあ、立ち話よりも部屋へ上がりましょう。え、病気? 気遣ってくれてありがとう。おかげさまでマシになったわよ。きちんと対策をとったの。
今日が来る前に貴方は先走って何度かこの場所に近づいたわね。なぜ知っているのかって、意味のない質問だわ。でもこのお屋敷を発見できなかったでしょう。壊したのではないのだけど、人目に触れるのは好ましくないから隠していたの。でも貴方とケリがつけば、明日にはなくなっているわよ。
さあさあ、部屋につきました。さっそくお茶を運ばせましょう。……ほら来たわ。藍、ごくろう。引っ込まずこの部屋で待機しておきなさい。ええ、どうしてもよ。藍には謝ってもらわないといけないから。座りなさい。
まずはそうね。貴方に渡しておかなければならないものがあります。受け取ってちょうだい。これが何かはよく覚えているはずよ。そう、ダリアのかんざしね。あらちょっと待って。糊みたいなものが粘りついている。置き場所が悪かったみたい、ごめんなさい。
で、この貴方が愛の印として贈呈してくれたかんざし。やはり、私の意志をねじ曲げず、確実に貴方へ教えるためにも、甘んじて受け取るのはマズいのよ。本来なら受け取ることすら許し難いのだけど。
ショックかしら? 当然よ、私は貴方へそうしたショックを与えるために立ち回っているのだから。嫌われるようにしている、とは違うのだけど、貴方にとっては同じことかもね。ほら、素直にかんざしを受け取ってくれると幸いよ。うん。ありがとう。
そのかんざし、手元に戻ってきたからと言って他の者へ渡してはダメよ。失礼であるということはもちろんだけど、危険が及ぶかもしれないの。他人への恵与として仕込まれた物には、持ち主の想いが染み込みやすく、それは行き先を間違えれば呪いになりかねない。呪いは人の身体を蝕む。貴方が意識せずともね。このかんざしは想いでずいぶん重たくなっていたから、よほどの理由でもない限り処分したほうがいいわ。分かったわね。
話を戻しましょう。ここに同席している八雲藍が粗相を働いた件、私も重々に把握しているわ。私が見ていぬ間にしでかした、およそ客人に対する態度とは思えぬ暴挙の数々、主人である私まで恥ずかしく思うわ。ともかく本人の口から反省の意を表してもらわないといけない。
藍、前に出ろ。
……。
よろしい。ひとまず藍は詫びを言い終わったけど、これでどう? 別に謝ってもらわなくてもいいって? 遠慮することはないのよ。望むなら藍に然るべき処罰を与えるけど、必要ない? 分かったわ。藍、下がれ。
では、いよいよ大事な問題にあたりましょう。貴方は三日間できちんと考えをまとめてくれた? まだ何か引っかかっているって感じだけど、前ほどの意欲はなさそう。さすがに求めてもいない対談を二度も繰り返されるのは堪えているのかしらね。
私、今日はお話を用意してきたの。そのせいでけっこう憂鬱な気分でいるのよ。嫌な思い出を思い出さなくちゃいけなかったから。殿方との色恋沙汰よ。無数にあるのだけど手始めにどれがいいかしら。これで貴方に妖怪を愛する無常さを痛感してもらいたい。
山奥で出会った猟師について話そうかしら。……どうしたの、難しい顔をして。私が誰かと付き合っていた事実を語り出すのはイヤ? でも貴方って私のことをたくさん調べたでしょう。八雲紫という妖怪を取り扱った文献のなかには、私の恋愛にまつわる悲喜劇が様々にのっていたはずでしょう。私自身にさえ嘘なのか真なのか区別がつかない。それでもイヤ? 語っていいわね。
いつのことだったか、ある山に訪れていたときに中年の猟師と仲良くなったのよ。彼から言い寄ってきたのが出会いだった。その頃は、私は人前に出る際は正体を偽るようにしていたから、彼は何の疑いもなかった。
なぜあんたみたいな女がこんな場所にいるのか、とは指摘されたけどね。大事な用がありますのって適当に誤魔化したわ。用事はあるにはあったのだけどね。出会った矢先、彼の相棒の犬に吠え立てられたの、どれだけ容姿を誤魔化しても動物は騙せないわ。さすがにマズいでしょう、敵でないと分からせるために苦労した記憶があるわ。
猟師は古ぼけた小屋を拠点としていたけど、冬になるとさすがに麓の村へ降りるしかなかった。私はしばらくその小屋で厄介になっていた。粗末な小屋で男の人と二人きりよ。けど甘くもなんともなかった。彼は朝と昼のうち小屋におらず、夕方に戻ってきたかと思えばさっさと腹ごしらえを済ませて床に潜りこむの。
私が住み着いたくらいじゃビクともしない。最初の何日かは小屋に帰ってきて扉を威勢よく開いて、私を見つけたなり驚いたのか何なのか、わずかに目を見開くの。ところが、じきに小屋の女の存在にも慣れてきたらしくて、威勢よく扉を開いて中に入るまでが滑らかになったわ。きっとそれこそが、私が訪れる以前の動きだったのでしょう。
なぜ彼と同居したのかと言われると、好奇心かしら。それまでは猟師の人に声をかけられたことがなかったんですもの。どんな生活をしてらっしゃるのかしらって軽い気持ちで挑んだのよ。まだあらゆる知識も経験も不足していた頃だったから、好奇心に勝てなかったのはしょっちゅうだったわね。
何もない小屋の暮らしがしばらく続いた。彼と彼の犬と私と猟具のほかには何もない。波風のたたない状態だった。つまらないと言えばつまらないわね。いったいあのときの私はどんな心境だったのかしら。
季節は秋の終わりに近づき、彼が越冬のために山を降りるのも間近な頃へ。彼は頻繁に山を降りて里を訪れたみたい。里にある住居の確認や、生活品の用意や、久しい村民とのだべりやらで時間をかけていた。とは、彼の口から聞いた話よ。帰ってくる時間が不規則になってきていた。
冬が来きたらあんたはどうするつもりだ。しつこく尋ねられたわ。私は必ず、貴方と同じ里帰りですわと返したけど、彼も必ず、里はあそこじゃねえやと返してきた。そしてむっつり黙りこむ。どうやら故郷は別のお国だったみたいね。
初めての冬がやってきた。私と彼は小屋を出て手を振り合う。彼は、彼がいうには里ではないという麓の村に降り、私と言えはありもしない里へ帰るために立ち去っていくフリをした。けど私はある用事があってこの山に、正確にはこの地方に訪れていたから、彼が見えなくなったところできた道をクルリと戻り、いい隠れ蓑を見つけたものだと胸の奥で笑いながら寒々しい小屋に戻った。冬の間は誰にも使われない小屋を、私が拝借した。
思い出してみると変な気持ち。なぜ過去の私はあの小屋を選んだのかしら。もっと暖かくて住みやすい場所、いくらでも見つけようはあったでしょうに。
とにかくそんな調子で冬をひっそりと越して春になった。当然彼が小屋に戻ってくる。私は彼が戻ってくるずっと前に小屋を出て、生活の跡を消しておく。彼が小屋を再び使うようになりはじめたら、もう少し待ち続けて、春の終わり頃に素知らぬ顔で小屋の扉を叩くの。
私がおひさしぶりねと言ったら、彼はどんな顔をしたと思う? 雷にうたれたみたいに驚愕の表情でね、きっと私のこと、また見られるなんて想像もしていなかったのでしょうね。
ここから先は代わり映えしないわ。去年とまったく同じ一年間よ。しかも何年も繰り返すの。私にしてみれば一年の月日なんて早いものだけど、彼にとっては長かったでしょうね。長い間、正体不明の女と奇妙な暮らしを続ける。彼は不思議な気持ちだったかしら、すっかり慣れて当たり前な気持ちだったかしら。
山でのひっそりとした暮らし。けど、人の目というのは場所に限らず見つめている。噂がたつのも仕方がない。何年も繰り返しているとね、どうしても私に関する噂が、どこからともなく立ち上がってくるのよ。
はじめ、あの猟師は女と暮らしているようだ。と、事実に基づいた噂だったものが、年を重ねるごとに変形していき、あの猟師は妖怪と暮らしていると、麓の村で静かに流れ出していたみたい。せまい村なものだから、一度噂が流れてしまうとすっかり定着してしまう。どうあがいても取り払えなかったことでしょう。私はもちろん妖怪ですと公言した覚えはないわ。けど老躯のそばに若々しい女がいるとなっては、話がこじれるのも無理はないでしょう。
噂を耳にした彼は口では何も言わなかったけど、不満な気持ちが顔に書いてあるのよ。なんだか私、申し訳なくなって、ココから去るべきではないかしらと思ったの。
実際、これ以上長く付き合っていると彼は私の形貌の変わらないことに、いいかげん気づかないはずがなかった。彼のほうは明らかに齢を重ね、角張った顔は樹皮のようになり、引き締まっていた腕はだぶついてきた。比べて私は、当時は二十三十くらいの女を演じていたのだけど、身体はその印象をハッキリ維持し続けていた。二人の違いは一目瞭然で、ならば私の異常さもよく映える。潮時の近いことを予感したわ。
ある年の冬、彼が例年通りに下山の準備をするかたわら、私は行方をくらます準備をした。彼が私の噂が止まない村へ行って、平気なものかどうか私には分からなかった。だからそのことを尋ねてみたのよ。彼は小さく笑ってお前が平気なら俺も平気だと返した。
平気なワケがある? 妖怪と思しき謎の女と一つ屋根の下で過ごしている男。なんとまあ想像力を掻き立てる言葉かしら。例えひなびた村の住人の想像力とは言え、刺激されて危うい方向を目指すことは容易い。そうは言ったところで対処のしようはないのだけどね。逃げるにしたってどこへ逃げるというのか。私が覚えている限り、彼の居場所はわびしい山小屋と山間部の村だけだった。どうしようもないわ。
彼と別れた私は相変わらず小屋をねぐらとした。そこで、彼が村でどんな扱いを受けているのか考えていたのだけど、悪いことばかり膨らんでくる。
別れてから二週間後ほど経った頃、ついに我慢できなくなって、旅人を装い村を覗きにいった。
宿をとって努めて平然としながら、手始めに宿主へ彼のことを尋ねた。
◯◯さんってご存知ですかしら、前に旅先でよく扱ってもらった御恩がありますのよ、この村に住んでいると聞いたのでお顔を拝見したく思いまして。私はずいぶん胡散臭かったかもね。宿主の方は鋭い目をむけて、いかにも迷惑そうな声色で知らんと一言。それで私は対抗したくなって、では◯◯さんは村の住人ではないのですか、なんて返した。向こうは警戒しながらそうだと答えてきた。さらに攻め込みたくなった。それでは私は◯◯さんに嘘をつかれたのかしら、旅すがら二人ほどに出会いまして彼らも◯◯さんを知っているというじゃありませんか。ですから行方を念入りに訊いておいたのですよ。もし貴方の言うことが真実でしたなら、どうもその二人も◯◯さんとグルで、私を騙し入れたようですわね。
そんな根も葉もない大嘘をついてみると、宿主の方は見事にのってくれて、村にいたのは間違いないが今はいないのだと渋々話し、あとはスラスラと彼が村にいない理由を聞かせてくれたわ。
村人が彼と私の噂を醸していたのは既に言ったわね。彼が越冬で村を訪れてからも、それは決して留まるところがなかった。陰口の囁かれる中に飛び込んだ。彼、数日は物言わず岩みたいに静かだったらしいわ。でも五日目の暮れにとうとう爆発してしまったようね。お酒を呑んで、呑まれてしまったのが原因。抑制を欠いた彼は、道端で他の男と大喧嘩をやらかしてしまったとか。男に挑発されたので捕まえて、妖怪なんていない、お前らが盲目だからそう見えるんだ、と罵倒を重ねて相手を滅多矢鱈に殴りつけ、騒ぎに駆けつけた者たちに取り押さえられ、それでも暴れるものだから押さえる腕を引っ込めざるをえなかった。周りが呆然としていると、彼は呂律の回っていない舌でこんな汚い場所は出て行ってやると叫び、乱れ姿のまま本当に出て行ってしまったそうよ。
これを聞かせてくれた宿主の方は、薄気味悪いのが出て行ってくれて清々すると言っていたわ。私は話を聞いたなりアの一言も喋れなくなってジイッと固まるしかなかったわ。そんなことも知らずに、向こうは話を付け加えてきた。
嬢ちゃんあいつは妖怪と暮らしていたんだよ。ほら東に高い山があるな。あすこの山小屋で妖怪と一緒に何年も。
私の言葉を失っている様子が、どうやら向こうには気持ちよく見えたみたいね。したり顔だったもの。
私はお礼を言って宿を後にしたわ。村を離れて放浪しているであろう彼を私は空飛んで追いかけることにした。一週間も前の出来事よ。彼は服だけ身につけて無謀にも厳寒に飛び込んでいったのよ。この地域はとんでもない田舎だから、集落はそうないし、山小屋だって都合よく建てられているワケでもなし。彼の生命の蝋燭はまさに吹きさらしにされていた。
私は何日もかけて探した。けど見つからなかった。彼がどこをどう歩いたのか痕跡はなかった。一つもないとなると、動物か妖怪かに襲われてしまったのかもね。いえ妖怪だわ。もはや追求しようがなくなった私は、これを最後にあの山には近づかないことに決めたの。
これでおしまい。
ねえ、どうかしら。彼を殺したのはある意味で私よ。出会ってしまったのが彼の不幸だった。私だってもっと早くに手を引くか、うんと秘密にしておけばよかった。彼の死そのものについては、ハッキリ言ってどうとも感じない。けど悲劇を招いてしまったことについては、悩まずにいられない。
この一幕だけならまだしも、私はこんな経験を幾度も重ねているのよ。ねえ、貴方ちゃんと話を聞いていた? 納得していない顔ね。貴方もこの猟師の男みたいな結末を遂げるかもしれないと分かっているかしら。むしろそれが本懐だとでも? ……ええそりゃ、彼の行動を見るに、彼自身は幸せだったのかもしれないけど……やだそんなこと考えさせないでよ。
説得するつもりだったのに、思い出を間違えちゃった。こうなったら他にも聞かせないといけないわね。集中してくれなったところを見ると、お気に召さなかったようだもの。貴方を挫けさせるには何がいいかしら。
私が貴族の方と駆け落ちをして二人で過ごしていたのだけど、いつまでも老いさらばえない私を不審に思った彼が、どこからともなく持ちだした妖魔を滅するという謂れの刀で斬りつけてきた話なんてどう? ちなみにただの刀だったけど。他には、妖怪として捕らえられ獄中にいた私を見て、情火を抱いた見張りの男がいたのだけど、そいつが私を犯しにかかるも仲間に見つかり「妖怪を抱きすくめるとは何たる不浄」と死罪になった話とか? あとは、旅人の真似っ子をしていた私に一目惚れした男がいて、貴方にも負けないくらい熱烈な猛攻をしかけてきて、私がついつい傾いてしまったところで正体がバレ、彼がそれまでの熱意をすべて捨てさり行方をくらました話もよさそうね。
冗談なんて言ってないわ。どれも真実よ。場合によっては貴方もこんな回顧の仲間入りよ。人間と妖怪は相容れない、特に恋愛においてはね。二人が二人とも心の底から想っていたとしても綻びが生まれる。元から噛み合わない組み合わせなのよ。
そう言われても、か。でしょうね。呆れてはいない。理解されないのは無理からぬことですもの。
けどほんの少しでいいから理解をしてもらいたい。時間をもうけましょう。休憩だけども、この間に私の語りをきちんと咀嚼して回答のためにしてほしい。私は席を外すけど、藍、お前は残っていろ。そうだ残れ。主人が残れと言っているから残りなさい。
では失礼。
はあ。そら、溜息も出るよ。なぜ紫様は私とお前を二人きりにさせたのか。もちろん分かっているとも。お前はお客様で、紫様は主人だから、私には女中という役回りが回ってきたワケだ。主人の手前、過ぎたことは言えないが、私はお前に対して女中然と振る舞うことに抵抗があるよ。
さっきから横で話を聞いていたら、お前の態度の掴めなさ。ソワソワとして視線をうろつかせて紫様を見ているのかと思えばあらぬ方向をむき、かとするとなぜか私を見つめたり、と思いきや視線は再び紫様へ。そんなに退屈だったのか。失礼な態度だ。紫様も言っていたがお前には沈思黙考をお勧めする。紫様を煩わせるくらいなら、お前一人で解決をしてもらいたいからな。
……まだ落ち着かない。目を合わせて喋ってくれ。ふむ、ここはひとつ新しいお茶を出してみるか。一服をとることにより物理的にも心理的にも休息できる。
どうした。お茶がほしいか。なら待てよ、穴のあくほど見つめたところでお茶は出てこないぞ。すぐ持ってきてやろう。ついでに紫様の飲みかけを片付けておかないと。お前の手元にある湯のみもこっちへ。聞こえたか? おい、おいって、本当にどうした? 何か言いたいことがあるなら言え。一応お客様なのだから変に慎まれると困るな。
お、おおっ。いきなり手をつかむなよ! えっ、いま何と言った。いや、待て、おかしいぞ。なんでそうなる! 近づくな。だってお前は紫様を……もういいって? さっきまでお熱だったではないか! 急すぎる。出し抜けに付き合ってほしいだなんて。と、とにかく手を離せよ。 クソッ、人間のくせに力が強いな。とにかく座れ。私を馬鹿にしているつもりか。本気かどうかなんて知るか。
確認させてもらうが、お前が放った言葉は本物か。つまり、その、あんたが好きになりました、というのは。待てまて、面と向かって好きだ好きだと言われても戸惑うだけだ、静かにしてくれ。
紫様に傾倒していた癖に私が欲しいだなんて。一途だった心を捨てているのだぞ。た、たしかに、紫様はお前を諦めさせようとしたが、その流れを見れば私へ焦点を当てだすのも不思議ではないが、いくらなんでも唐突だ。場所もタイミングも最悪。紫様に呼ばれてやってきた場所で、紫様が席を外した隙に私へ告白するなんて!
あ? ああ……いきなり思いついた軽薄な考えではないと言うのか。森のときから気になっていた? 森……とは何だ……あ、紫様の結界修理のとき。そんな……さんざん馬鹿にしてやったのに……惚れるなんておかしい……。
だからこそ? 愚弄する素振りを忍ばせもしない意気の良さと激しさに? なんて理屈だ。私に馬鹿にされていたから恋したと? なに、違う。馬鹿にされたからではなくて、そのような遠慮ない物腰に恋したと? そ、そうか……。
ということは、ここに訪れる前から視線は私へ向けていたのだな。とっくに興味を変えていたのなら、なぜ今日はココに来た。ココへ招いたのは私ではなく紫様だ。行動が矛盾しているではないか。まさか私と会うためにこの会見を利用したと言うのではないだろうな。……やっぱりそうか!
こうなれば話は早い、大至急紫様にはこの場へ戻ってきてもらわねば。お前を頓挫させることは完了なさったのだから、もはや休憩をする必要はなくなった。そして返す刀で私へ向けられた情熱、まったくいらぬ情熱を、跳ね返すためのお力を借りなければ。紫様、いそいでお戻りください! この男は紫様が望んでいたとおりに寄せていた思いをそらしましたよ! しかし、今度は私です、私が貴方の立場です!
そこから動くなよ。手も伸ばすな。例え世が狂ってもお前の手をとってやるものか。なにが振り向かせてみせるだ。勘違いもここまでくると涙を呼ぶよ。
混乱させられたがようやく気が定まってきた。一つの憶測に過ぎないが……なぜお前が私を選んだのか、お前の説明以上に分かってきたような、ことによるとお前自身でさえ知らない心底の部分までかすかに見えてきたような。これは問い詰めてみる価値があるな。じっとしていろ! お前の恋する藍様が尋問してやるぞ。
勝手に仕事場へ近寄ってきて迷惑をかけたあげく、私がわざわざ見送りをしてやった数日前の出来事、あそこで交わした話はちゃんと頭に留まっているだろうな。そりゃあそうだろう。私が風見幽香の名を持ちだして虐めてやったのだ。その記憶といったら苦々しく鮮明なことだろう。
お前が風見幽香に反応した理由をここで当ててやる。花畑へ出向いたのはあの女に告白するためだな。どうだ? ……関係ない昔のことだって? すんなり認めたな。だが関係ないとは言わせない。ないどころか現在に続いている事態の根幹を成している。
あの女へついに心を打ち明けんとするため花畑へ訪れたお前は、そこで決闘中の女と紫様を目撃する。私は場に居合わせてはいなかったが、聞けば激しい決闘模様だったそうじゃないか。お前はそこで心を奪われるべき相手を間違え、やんぬるかな紫様へ目をつけてしまった。どうやら見た目の力強さにおいては、あの花まみれより紫様のほうが上だったみたいだな。中身も当然だが。
そう、お前は妖怪に惚れてしまう気質なのだ。しかも平々凡々な妖怪ではなく、人間では足元にも及ばぬような力量差を佇まいに表す、あるいは仄めかす、松竹梅で言うところは竹の如くな妖怪だ。風見幽香と八雲紫のお二方は優れた妖怪でその竹に入るも差し支えなし。そして妖怪らしさの表れも二人からは見受けられるから、これも多少は作用したのだろう。
あの女から紫様へ慕情を方向転換したのは、この奇妙な気質が働いたがためだ。虚言ではない。そもそもこの疑いは、お前が風見幽香と会うつもりだったという事実を聞いた時点から、なんとなく推察をしていたのだ。そうでなければ、わざわざ女の名前を出してお前を責め立てるような真似はせんよ。こうと断言できる材料はまだあるぞ。
お前はあの女から紫様へ鞍替えをしただけでは飽きたらず、今度は私を狙わんとする。ここにもやはり同じ気質が影響したのだな。意気の良さだか激しさだか知らないが、それに射止められたとはお前の弁だったかな。そんなもの、きっかけにしか過ぎないのではないか? 私が纏っている、八雲紫の式神、九尾の狐、などの一見すると強力な肩書きが留めを刺したに違いない。お前は私に弄ばれたあと、発起して八雲藍という妖怪について調べだしたのだろう。紫様を調べたように。
フンッ、答えを迫るまでもなさそうな顔をしている。
粒の大きな汗が垂れているなあ。実は風見幽香にときめく以前から、他の妖怪にも身を捧げようとしたことがあったのではないか? 例えばときおり里に足を運んでいる、持った美しさとうってかわった粗野な態度を振りまく不死者の藤原妹紅など。里暮らしのお前ならチラリとでも見たことはあるだろうし、噂も耳にしているはずだが、どうだ。ん? おやおや、鎌をかけてみたら簡単にひっかかったな。ほお、これも昔のことだと言うか。もう何の気持ちも抱いていないとは、ほざきよる。なくとも事実には変わりない! ますますお前の気質というか、性癖が明確になってきたようではないか。妖怪に恋する人間なんてロマンチックさは皆無、実際には、格のある妖怪になぜかこだわる偏向的な男だ。
他には誰に好意をよせたか言ってみろ。永遠亭の住人にも実力者が数人いるが、お前の肥えた目を捉えて離さないかもな。加えて命蓮寺の住人も、知ってしまったなら性癖への直撃は避けられないだろう。お。顔が瞬間ひきつったぞ。口を開きかけたな。見逃すと思うか。命蓮寺の誰かにも愛を捧げかけたのだな! 寅丸星、聖白蓮、封獣ぬえ、果たして誰だろうな。
すぐに過ぎたことだと逃げる。だが開けっ広げになってきたではないか。お前がなぜ強力な妖怪ばかりに惹かれるようになったのかは知る由もないが、その性癖がもたらす浅ましい将来はよく見通せる。今は私に懸想しているが、いずれケロリと明後日のほうへ向き出すことだろう。そんな結末が分かっていながらどうして良い返事をくれてやれるか。
紫様! 早く来てください。何もかも片付きそうですよ。おいこら手を捕まえるな。馴れ馴れしく近づくと紫様の前とはいえお前を血祭りにあげてやるぞ。いくら傷ついてもいいからあんたが欲しい? アハハ。寝言は寝て言え。
紫様! 休んでいる暇はありませんよ! 事は一刻を争います!
お。やっと戻ってきた。喚きちらして申し訳ありませんでした。はい、慎みます。ところで、この男の扱いですが……紫様? どうかなさいましたか。な、何か仰ることがおありでしょうか……あの、もし私が失礼な態度をとっていたのなら謝ります……え、あ、何をなさるので? 口を、開けておけ? え、なぜ……ハ、ハイ、開けます!
んあ……ンンッ!……ンフウ、ク、フー……フー……チュプ、クフウ……ンウ……。
……フ……ン……ンチュ……ハア……。
……お分かりかしら?
何がと言うと、貴方の目の前で起こった出来事が。私と藍がどういう関係か、まさかこの姿を見ても気づかない? そんなはずないわよね。貴方、狼狽えて言葉を失っているもの。けど念のためにおさらいをしましょう。八雲紫と八雲藍はこのように……ンウ……桃色の唇を重ね合わせて、舌を蛇のように絡ませあい、暖かな吐息を確かめあいながら、体液を交換する仲なのよ。私が腰に腕をまわしてちょっとリードしてあげながら。藍、照れなくてもいいじゃない。人前でするのはイヤ?
信じられないかしら。主と従者がこのような関係に走るとは思えないかしら。フフ、貴方の言い分はごもっともだわ。ついさっきまで、私と藍が吸いつきあっている雰囲気を見せびらかすことはなかったのですもの。演技だって言いたいのでしょう。あえて口には出しません。これは虚偽に招かれた口づけかもしれないし、真正の心が示したものかもしれない。お好きに想像なさい。そう、思い返すのよ。この屋敷で私と貴方が初めて話しあったとき、途中で藍がやってきたために中断しなければならなかった。貴方はそこで私と藍の会話を盗み聞いたでしょ、そのくらいお見通しなんだから、そこで交わされものが果たして会話だけだったのか。そして私と藍が結界修理を行なっていたとき、藍は結界へ近づく者がいないよう監視に務めていたけど、その三日間、本当にただ監視を続けるのみだったのか。分かるワケがないわよね。だいたいなぜ私が頑なに貴方の誘いを断るの。だいたいなぜ藍は貴方を毛嫌いしていたの。もしかして? もしかすると?
ウフフ、フフフフフアハハハハハハ。
おつむがこんがらかってきたでしょう。思考がぐるぐる渦巻いて先を見失っているのが、驚きの満ち満ちた表情によく浮き出ているわよ。何をどれだけ考量したところで真実なんて見えてこない。貴方にただひとつ残されている道は、私と藍をすっかり諦めて、まっすぐ里へ引き返して、こんな不気味な屋敷も忘れ去ってしまうことよ。意固地な貴方でもいかに不利な状況であるかは見て取れるはずよ。
一連の出来事が嘘だとしたら、身を張った下劣な嘘をついてまで逃げ去ろうとする私と藍はとても浅ましい存在ではなくって? 本当だとしたら、私と藍の間に結ばれた赤い糸も見せた通りで、それを断ち切ってみせる自信があって?
仮に本当という体で話を進めるとしたら、私と藍がいつからこんな関係だったのか、貴方に思い描けるかしら。一年、二年、そんなに束の間かどうか。十年、二十年、けど私たちは妖怪よ。百年、二百年、まだまだもっとか。貴方が人生の全てを投げ出したとしても、敵うかどうか難しそうね。短い人生を妖怪一匹掠めとるためだけに使うなんて、考えてみなさい。
なぜ、こんな仕打ちをするのかって? 藍が奪われるかもしれないと思ったから。貴方如きに奪われはしないけど、万が一にもと思って手を打ったの。
私は貴方の好みをそれなりに把握しているつもりで、貴方があの花畑に現れた理由もきちんと説明できるくらいよ。藍はさっきまで騒いでいたけど、これについて指摘していたのではないかしら。うん、そうみたいね。貴方は優れた妖怪に強く惹きつけられるタチで、そのために風見幽香へ勇気の一歩を踏み出そうとしていたけど、花畑にはもう一人の魅力的な妖怪がいたことで流れはまるで変わってしまった。
貴方が風見幽香を目当てに花畑へ訪れていたのは、とうに分かりきっていた。それがヒントのように働いてくれるのは後になってから。貴方が私へ胸中を打ち明けて以降よ。貴方が八雲紫という妖怪を手の届く範囲で調べてみせたように、私も貴方という人間を調べさせてもらったの。ダリアのかんざしが本当は風見幽香のために用意された品だということだって、私ちゃあんと把握していたのだから。昔の女のための品を、進路を変えたからと言って他の女へ渡そうとするなんて、ずいぶん思い切りのいい御方ではありませんか。
そのような悪印象もあったことだし、引き下がってくれるようにと注意を重ねた。さすがに根っこから変心させられるとは思っていなかったけど、せめて私にうんざりしてくれたらと期待を寄せながら。
けどね、まさかねえ、藍もビックリよねえ。関心の矢先は私から逸れてくれたけど、かわりに藍を標的に。想定なんてしていなかったもの、焦っちゃってあせっちゃって、それで……フフッ……ウウン……接吻のお披露目をしなくちゃいけなくなったの。藍は空いていない、私も空いていない。貴方を満足させられる者はここにはいない。だからね、早く帰ってしまったほうが気持ちにやさしいわよ。さあ、帰りなさい。
そんな怖い顔をしちゃって、どうしたの。まだ諦めたくない? まあ、私が花畑で風見幽香と戦っていた理由なんて、いまさら問い詰められても、困るわね。ああ分かった。貴方もそんな質問をぶつけて、自分にされたように、私の皮膚一枚裏の心を抉り出してやろうと企んでいるのね。賢い行動とは思えませんけど、貴方を鎮めてさしあげるためには答えなくちゃいけないみたいね。いいわ、話してあげましょう。
ウフフ、実はね、私があの花畑で風見幽香と決闘を、弾幕ごっこをしていた理由は、身も蓋もない言葉を使うなら夫婦げんかよ。私と風見幽香は仲良しで、こうやって藍と密着しているような関係なのだけど、ちょっと幽香にひどいこと言われたから、私が癇癪起こしちゃって、決闘になってしまったの。
口からでまかせを言うなと怒られても、ハイソウデスとは答えてあげないわ。たしかに、あまりに嘘臭い、まるでたった今思いついたかのような下らなさ。真実はどこにあるのかしら。貴方には見つけられないでしょう。これも大事なことよ。妖怪は嘘つきなの。特に八雲紫という妖怪は。貴方が調べた古文書にはそんな記述はなかった?
ついに帰るのね。正しい決断よ。残念ながらお見送りはできないけど、恋の応援くらいはしてやれる。頑張りなさい。一人で立てる? うん、それだけ叫ぶ体力があるなら大丈夫そうね。ショックが強すぎて動けなくなる人がいるけど、貴方はそれには当てはまらないみたいね。玄関まで付き合いましょう。いらない? あらそう。ではお別れね。
さんざん失礼な態度と言葉をぶつけて申し訳ありません。恨んでくれて構いませんわよ。道中お気をつけて。次の妖怪さんによろしく。それでは、さようなら……あ、待ちなさい、かんざしを忘れていきましたわよ。ねえちょっと、ダリアのかんざし、ねえったら……。
ですが個人的には藍のほうが気になって仕方なく、
『お前の恋する藍様が尋問してやるぞ。』
ここが最高に可愛かった。
しかしひっどいwこの男、恋愛物としてはあんまり好きになれないなーとか思いながら読んでいたのですが、これはまた。
ともすれば身につまされる。まあ僕はにとり一択だから良いんですけど。いや、ナズーリン、岡崎教授も捨てがたい・・・?
こんなのにもちゃんと応対してあげる紫様は優しいなあ!
このネタは、もっと練り上げて洗練すれば骨太で良質な長編になった気がします。
面白かったのは確かですがこのまま出すのは余りにもったいない。
移り気・不安定。確かによく分からない誰かさんにはダリアがぴったりだ。
それにしてもオチが斜め上過ぎた。
幻想郷の住人らしいと感心すればよいのか、「力技すぎんだろ作者様」と憤ればよいのか。
それまでの話の流れがオチへ導くための布石になっていない。
不条理ギャグとするには話を引っぱり過ぎ。少なくとも俺から見るとね。
まあ、男の正体がわかった時点で笑っちゃった俺の負けは確定しているんだけれども。
一番恐ろしいのは作者様がギャグを意図して創作していない場合。
もしそうであるならば、貴方の次回作には絶対目を通さずにはいられないだろう。
>その目はココに招かれた事実から、以前として希望を感じ取っている目 →依然として
>……作用で…… →左様でor然様で、かな?
>紫様に合わせてほしいとな。紫様はココにはいない →会わせてほしいとな
>こんな苦労に四苦八苦しているのはお前だけだ →? なんかおかしい気がしませんか
>どうもその二人も◯◯さんとグルで、私を騙し入れたようですわね →落し入れた、騙し込んだ、とかではなく?
>休憩だけども、この間に私の語りをきちんと咀嚼して回答のためにしてほしい
→回答のたし? あまり目にしたことの無い言い回しなので。仕様であったなら申し訳ありません
>八雲紫の式神、九尾の狐、などの一見すると強力な肩書きが留めを刺したに違いない →止めを刺した
すごく不思議な感覚なのですよ。断じて良作とは呼びたくない、しかし凡作駄作と罵声を浴びせるのはもっと我慢ならない。
時にこの人、もしや横島ナニガシって言いませんかw
せっかく生レズを見せてくれたのにたいして意気消沈するとは何事だともすこし思う。
名作です。
男はいいキャラ出してるし、百合ちゅっちゅもある。だからこそ何だか惜しいと思った