外の世界には甘いチョコを渡して愛を伝える行事があると早苗に聞いた。
元々は異性の男に女性が渡すイベントだったけれど、近年ではそれ以外の気持ちも伝えているらしい。
愛情 友情 感謝さまざまな想いを伝えやすくしてくれる日というのは、人の背中を押すのには最適なようね。
私も友情や感謝というほうなら渡す相手は結構いたりする。
元々の趣旨なら残念ながら渡す相手がいなくなってしまうところだったわ。
そんなわけで私もこのイベントに乗ってみようというわけで、キッチンにて作業を行っている。
「レミィがキッチンにいるとか久しぶりに見るわ」
「美鈴に咲夜が居れば料理には困らないもの。まぁ美鈴は作れるレパートリーが少ないから私が立つ時もあったけれどね」
咲夜が料理を覚え出してからは、私もここに立つことはほとんどなくなった。
子が育った喜びを感じるってこういうことかしらね?
「今回はバレンタインだし自分で作りたくなったのよ」
とはいえ、咲夜じゃあるまいしカカオからチョコにするなんてことはできない。
買ってきたブロックチョコを溶かして形を整えるぐらいだ。
最後にメッセージをそれぞれ一言いれるぐらいね。
「そう。完成を楽しみにしているわ」
「あら。パチェの分があるって言ったかしら?」
「意地悪をいまさら言わなくてもあるわよ。そこの月の形をしたやつが私のでしょ?」
しっかり見てたのね。
「ご名答」
「他のも当てて言ってもいいんだけれどね。魔理沙と早苗は星を共有かしら? 咲夜と霊夢はたぶんハートでしょ」
「我が親友ながら見事よ。このイベントで霊夢のハートもしっかり確保よ!」
「……精々頑張ることね」
あ、この親友すごい冷たい。
悪魔だってぞんざいに扱われたら泣いちゃうよ。
冷蔵庫からコーラをとり親友は出て行く。
小悪魔に普段は頼む癖に、私がこんなことしているから何か理由を付けてみにきたのね。
「やれやれ。見事に的中はさせたけれど、残念だったわねパチェ」
私はハート以外の型を元の場所に戻す。
「それは最初の案よ」
さらに用意した別のハートの型を引き出しから取り出し机の上に並べていく。
今年のバレンタインは、このレミリア・スカーレットの愛を全員が受け取れる素晴らしい日になるのよ。
「あやや、じゃあ私も貰えるのですか!」
「……そのつもりだけれどどこから現れた」
屋敷の外まで私が料理している噂がもう流れるの?
ツイッターとかそんな次元じゃない速度じゃないの。
「玄関から来ましたよ。咲夜さんが以前山の幸で欲しいものがあると言っていたので、弾幕の撮影のお礼に持って着たんですよ」
「冬なのに取れる物なんてあるの?」
「干しシイタケとかですよ。魔理沙さんのキノコにも負けないと思います」
乾燥させたものなら確かに季節関係なかったわね。
「しかし魔理沙が副業で売ってるキノコでもいいのに、わざわざ妖怪の山のを選ぶのには何か理由があるのかしらね」
「たぶん人里にはあまり流通させていない珍しい物だからじゃないですか」
それだけで欲しくなるには十分な理由だったわ。
「私としてはレミリアさんがエプロン姿でいる珍しい光景のほうが興味ありますがね」
「咲夜に料理を教えたのは私と美鈴よ」
「なんですと! それは初耳の情報です」
今まで言うことなかったもの。それに今では咲夜のほうがなんでも上手にできるから、今更教えましたなんて言ったところで仕方がない。
「ただ私は基礎を教えただけよ」
「他のメイドに教えさせればよかったのでは?」
「他と言ってもねえ。当時はメイドなんていなかったもの」
妖精メイドがいたところで、人間の料理をおいしく教えれるかというと疑問である。
ルナチャイルドとかいう妖精がコーヒーを好んでいると噂を聞いたので、一部の妖精なら少しはできるかもしれないぐらいよね。
一番の問題は、妖精はこのメイドという仕事も遊びでしかない。
仕事も遊びの延長で物好きなメイドがしているだけ。衣食住の代わりにある程度は頑張るということは理解してはくれているけれどね。
それでも人間のメイドと比べるのは酷な話である。
遊びの延長で教えてくれるかもしれないが、それでは私が満足する味にたどり着くのが遠くなってしまうわ。
「……吸血鬼異変とかありましたが、咲夜さんって年齢とかいくつなんでしょうね」
「さあね? こればかりは主の私でも軽々しく口にするものじゃないわ」
「女性の年齢に興味を持つのはやめておきましょう」
「懸命だわ」
下手な探索は命に係わる。何より人には言いたくないことの1つや2つはあったりするじゃない。
「できるのに時間かかるけれど、この後の予定はなにかあるかしら?」
「取材の風が吹いたらそれが予定です。今はそんな風もなく静かな一日ですね」
「なら少しゆっくりしていくといいわ。あなたの分とツレの4人の奴を先に用意するわ」
「はたてと椛と……にとりと雛ですね。みんな喜んでくれると思いますよ」
直接渡せないけれど笑顔を見せてくれる運命が分かるわ。
「それでは私は漫画でも見て待ってますよ」
私やパチェのコレクションは回覧自由なので、こうして遊びに来た客人たちが楽しんで行っている。
映画とかアニメもあるのだけれど、キッチンでこれだけエネルギーを使っているのでテレビに回す余裕はあまりなさそうである。
「紅魔異変から一気に友人たちが増えたものだわ」
順番に作っていくチョコの数を見て私は改めてその人数の多さを知る。
「妖精 妖怪 人間 神 天人。他にもいろいろといるけれど、素晴らしい人たちばかりだわ」
外の世界では外に出すことが叶わなかったフランを簡単に受け入れてくれる。
あの能力からあまりにも危険だと思っていたのに、それ以上に危ない奴らが普通に過ごしている。
異変を起こして霊夢と魔理沙が来てなければ、こういった輪や願いは叶えられなかった。
力で支配しなくとも幻想郷は全てを受け入れる。
それはそれはなんて暖かい話だろうか。
「さぁ続きを頑張るわよ」
キッチンにチョコの臭いを充満させながら私は作業を再開した。
「フランと咲夜とパチェに小悪魔。そしてこれが美鈴の分ね」
ラッピングをしたチョコをそれぞれに手渡していく。
「ありがとーお姉さま!」
フランは素直に喜んでくれるわね。
「お嬢様の甘いチョコ。うふふふ」
咲夜は……なんかあっちの世界にいってしまってるわ。喜んでいるならまぁいいか。
「悪魔のチョコ。これは研究のし甲斐があるわね」
装備しても使っても何も効果ない甘いお菓子よ。何を調べる必要があるのよ。
研究結果としては疲れたり頭使うときに甘いものが効果的なぐらいよね。
「で、レミィの口移しまだ? 口の中でチョコを溶かす快感は相当凄いらしいわよ。それとキスが合わさり昇天するほど気持ちがいいはず」
「しないわよ」
「冗談よ。親友とディープキスなんてBL漫画ぐらい」
そのへんはノータッチだからノーコメントにしたいわ。
「私にもくれるなんてありがとうございます!」
「体調不良のパチェのお世話とかしてくれてるし、あなたも立派な紅魔館の家族よ」
直接的な私の部下ではないのだけれどね。
親友の助けをしてくれてるだけでも理由になるわ。
時々私も本を探したりするのに手伝ってもらうし、感謝するところは多いわ。
「お嬢様からチョコをもらう関係になるとは思ってませんでした。でも、こういう関係も素敵ですね」
「今じゃ美鈴も家族と思ってるからね。これからも客人の対応は任せたわよ」
「お任せください!」
若干好き勝手に客人を選ぶ癖があるが、彼女の選ぶ来客は紅魔館には必要な存在である。
おそらく私達の中で一番人を見る目があるのは美鈴ではないだろうか。
「それと量が多くて私だけじゃ渡しに行けないから、咲夜 美鈴 フラン。手伝ってくれるかしら?」
幻想郷で交流のある人物は結構な数になる。
永遠亭などある程度まとまっている場所は大きなもの1つにしたけれど、それでも回る場所がかなり多い。
「かしこまりました」
「喜んで!」
「うん、いいよー」
彼女たちに手伝ってもらえばそれもすぐに終わる。
「じゃあ3つに分けてあるからお願いできるかしらね」
「はーい。魔理沙のとことアリスのところだね!」
「行く場所は少ないけれど、ちょっと面倒なところだけど大丈夫よね?」
「大丈夫! じゃあ行ってきまーす」
何かあっても魔理沙とアリスがいれば何とかしてくれるだろう。
あの二人は妹分への面倒見がいい。フランが困れば真っ先に手伝ってくれる友人だわ。
「私は里のほうですか。里のほうは寺に医者にと数は多いですね」
「あんたの力が試される時よ」
「これぐらいじゃ試すほどの重さもありません。では、お嬢様の愛を配りに行ってきます」
私の愛も多いわね。感謝の気持ちなんだけれどまぁいいか。
「私は地霊と……おや、博麗神社も私が行っていいのですか?」
「えぇ。私は別の場所に行くからね。それにそれは愛を伝えるチョコじゃないわ」
「感謝を伝えるチョコでしたね。では、お渡ししてきます」
さてと、文が来ていたけれどこのチョコだけは私が直接渡したいものね。
「そっちのほうを選ぶのね。脇巫女ならいいのね!」
私の行先を察したパチェ。
「お前は何を言っているんだ」
しかし発言は相変わらず残念な魔女だわ。
ロボット漫画以外も読みだして、何か腐りだしたかしら。
「早苗と神奈子と諏訪子の分。あとは行き道に秋の神にも渡してくるだけよ」
悪魔が神に供え物をするのはおかしな話。けれど咲夜達がお世話になっているし、ここの食事は何よりも美味しい。
「小悪魔。あまりパチェを腐らせないようにしてよね。たまには日向に出して乾燥させるほうがいいわ」
「あはは。ごめんなさい!」
謝りながら見せてきたのは、そういう方面の本だった。
お前もかブルータス。
趣味はいろいろあるから何も言わないけれど、百合と薔薇両方好きとはやるわね。
いやそれよりも。
「お前が原因か!」
「新世界の幕開けだったわ」
んなもの見たら世の中の価値観はブチ壊れるだろう。新しくて当然な入口よね。
「長生きしていて新しい感動があるのはいいことって普段から言ってるじゃない。だからレミィもぜひ」
「遠慮します。じゃあ暗くなる前に出てくるわよ」
これ以上会話していると私まで読まされてしまいそうだ。
さっさと切り上げてこの場からいなくなろう。
「はいはい、いってらっしゃい」
2人に見送られ私は妖怪の山へと向かう。
途中で秋姉妹の二人のもとへ訪れ大変喜んでもらえた。
悪魔からのプレゼントでも喜んでくれるなんて、やっぱり本物の神様は懐が深いわ。
「あ、レミリアさん! 寒い中来てくれたんですか!」
この気温の中早苗は境内の掃除をしていた。
「これぐらい大したことないわ。……早苗、チョコを用意したのだけれど受け取ってくれるかしら」
咲夜達に渡すよりもドキドキしてる。
家族以外の大切な人となるとやはり恥ずかしいものね。
あぁこのことをパチェにいうとまたいじられそうだわ。
「ありがとうございます! 私もレミリアさんにチョコを作ったんですよ。ただ運ぶのが難しくて悩んでいたところなんです」
……運ぶのが難しい?
大きいものでも作ったのかしら。
「じゃあここでいただいていこうかしら」
ケーキを作ってみたけれどで、ウエディングケーキサイズが出てくる漫画のオチでもやったのかしらね。
「はい! ぜひお願いします」
早苗に案内され私はキッチン……ではなく、本殿へと招かれる。
「これなんですけど」
両手で顔を抑えて照れながら私にチョコを見せてくる。
いや見せてくるというよりも見てしまうほうが正しい。
「2mぐらいありそうな気がするんだけど」
「そうですね。1/7スケールで作ってしまいました」
基本的には黒一色であるがその造形は見事という他なかった。
エンブレムにはカラーを採用しているが、本体そのものはチョコと……スポンジである。
確かにウエディングケーキのオチに近いが、出てきたものは私の想像をはるかに超えている。
「ケンプファーをケーキにするとか無茶苦茶豪快だわ」
こりゃ流石の私も口をあけてただただぽかーんと眺めるしかない。
あの八意永琳や蓬莱山輝夜ですらこれを見せられたらこうなるだろう。
「レミリアさんへの気持ちを込めて本気を出したらこうなってました」
どんな気持ちを込めたらケンプファーになるだろう。
少なくとも愛情とか友情とかそんなちゃちなものじゃない。
もっと壮大な何かを感じたわ。
「食べるにしても私だけじゃこれは無理ね」
紅魔館の妖精メイド全員でも不安なぐらいだわ。
これだけのサイズを運びようもない。
「こうなったら今夜は守屋神社でケーキをメインに宴会しましょう!」
幻想郷なら一番の解決方法だわ。
この素晴らしいケンプファーを皆に見せるにも最適だし、私もパチェ達を呼びにいったん戻るとしよう。
「紅魔館の皆も連れてくるわ。これは明日の幻想郷はにきびが大変ね」
そうですねーと答える彼女に私は意地悪そうに
「私は吸血鬼だからそんなの気にしなくてもいいのだけれどね」
と、悪い笑みを浮かべる。
むーと膨れている早苗も結構可愛いものである。
「神になるまで修行すれば気にしなくてすむわよ。じゃあまたあとでね」
天狗ほどではないけれども私も身体能力は幻想郷では上位だと自負している。
咲夜みたいに時間を消してシュンッて消えることはできないが、風のようにかっこよく去るぐらいの演出はできる。
「……とは言ったけれど胸焼けはしそうよねえ」
私がばらまいたチョコと巨大ケンプファーの2つがこの日 幻想郷の少女たちの胃に襲い掛かったのだった。
その幸せがずっと続きますように。
しかしパチェさん、順調に腐っちゃって……。
修正しておきました。ありがとうございます。
>>奇声を発する程度の能力さん
毎回見てくださってありがとうございます。
今回もゆったりとしたお嬢様の一日を書けて楽しかったです。
>>7
ニコニコ動画でMMDを見ていたらちょうどケンプファーが出てきたので
ケーキになるMSにさせてもらいました。
ちょうどSDGOにおいても愛機なので運命を感じましたね。
>>8
お嬢様マジお嬢様。
紅魔館のみんなはこんなお嬢様が大好きなので幸せはエンドレスですね。
パチェさんは染まりすぎたんだ……。
>>名前が正体不明である程度の能力さん
面白いというのが一番うれしい言葉なのでこのまま続けていきたいと思います
>>14
早苗さんはガンダム大好きで
ガンダム芸人の3倍は知識を蓄えてます。