「ねぇ、ここで一番暖かいところはどこ?」
「……へっ?」
風が秋空を連れてくる頃、彼と私が初めて交わした言葉はそれだった。
私の名前は橙。猫又だ。つまりは妖怪――-―異の者だ。
「暖かい所……ところ?」
「うん、暖かいところ」
目の前の少年は私に驚くこともなく、唯々笑みを浮かべながらそう言った。
……ちょっと癪だな。少しくらい驚いてくれてもいいものなのにね……
目の前に、尻尾が二つ生えていて、ふさふさの耳が生えている妖怪がいるというのに。
「ねぇ、私を見て驚かないの? ほら、猫の耳、耳」
「かわいい耳だね」
「じゃなくて、ほら、普通猫の耳が生えた人間なんていないでしょ?」
「うん、いないね」
「……こ、怖くないの?」
「全然。似合ってるよ」
いや、悪い気はしないけど、似合ってるとかは今はどうでもいいんだって……
どうやら私の妖怪としての威厳がピンチのようです。
マヨヒガに迷い込んできた唯の少年に、ここまで何とも思われていないとは……藍様に顔向けできない。
「君、変なやつだね」
反撃程度に言ってみる。妖怪に変なやつ呼ばわりされるとは思わないはずだ。だって、妖怪ってだけで変なやつなのだから。そんな妖怪から変なやつと呼ばれれば、少しは反応が返ってくるはず―――
「そう? ……そうかも」
―――あれっ? 以外だ。肯定されてしまった。これから色々と馬鹿にしてやろうと思っていたのに。……というか自覚あったんだ。
「そうだよ」
「ふぅ~ん……僕は変なやつなのかぁ……」
目の前の少年はぶつぶつと呟いていた。……やっぱり変なやつだ。人が誰もいないマヨヒガに迷い込んで慌てもしない。妖怪の私に会っても驚きもしない。終いには、妖怪の私に変なやつと呼ばれても『変なやつなのかぁ……』……それだけである。本当に自信がなくなりそうだ。
……話を戻そうかな。
「ねぇ、なんで暖かいところを探しているの?」
「僕、寒いの苦手なんだ。だから探しているんだ」
へぇえ……するとなに? ここは暖かくないと? 私のお気に入りかつ縄張りのここが。
「ここは暖かくないっていうの?」
「ううん。ここも十分に暖かいよ。……でも―――」
「……でも?」
「―――あの子が、いない」
「あの子?」
「うん。幻想郷(ここ)ならいると思ったんだけど……」
それから彼は酷くがっかりしたような仕草をした。表情も暗くなっている。彼の茶色がかった髪がふわりと揺れた。
「……あ、ごめんね。変なこと言って……。やっぱり僕は変なやつみたいだ。それじゃ」
そう言い残して彼は何処かへと歩き出してしまった。ここで見送れば、それでサヨナラだ。もうこんな変なやつとは会うこともない。
……会うことは……会うことは、ない……
「待って」
「……?」
「私も探してあげる」
―――あぁあ、言っちゃった。こういう時、お節介をしてしまうのが私の悪い癖だ。紅白の巫女が来た時も、白黒の魔法使いが来た時も、黙っていればいいのに、出て行ってはやられてしまうのだ。大して強くもないのに……
「ほんとにっ!?」
満面の笑みとは、目の前の少年が浮かべているような顔をいうんだと思う。嬉しさがこれでもかというぐらい溢れ出している。私が手伝うのがそんなに嬉しいのかな……
「う、うん……」
あれっ? なんで私はこんなにたじろいでいるのかな。ただ笑顔を向けられただけなのに。
「ありがとう! 本当に助かるよ!」
その少年は私の両手を握って、更に笑みを浮かべてきた……。さっき以上の笑顔が浮かべられるんだと思った。もう朝日以上だよ、これ。眩しい。朝日は朝日で差し込んでくるし……
「うん……あっ、ねぇ、君の名前は?」
重大なことを聞くのを忘れていた。いつまでも『彼』じゃ、ちょっとかわいそうだしね。
「名前?」
「うん、名前」
「名前かぁ……」
お~い、何考え込んでるんですか~? 名前くらいすぐに言えなきゃダメでしょうが。
「洸太……そう、洸太だ! よろしく! ええっと……」
「橙だよ」
「よろしく、橙! ……それにしても」
「ん?」
「変な名前だね!」
「洸太に言われたくない!」
こうして私たち二人の珍道中が始まった。目的地は『暖かいところ』。……何だそれ? そう思った君は普通だ。安心してもいいよ。この時の私も同じことを思っていたから……
でも、探し終えた私にとっては、何にも代えがたい大きな意味があるんだ。
そいつは……洸太は、本当に変なやつだった。
***
場所を探す時に手っ取り早い方法は、だれかに尋ねるのが一番賢い方法だと思う。簡単だし、何より場所を調べる手間が省ける。だから私は、知っているかもしれない人物を当たってみることにした。
「……ということで教えて」
「なんで私なのだー?」
彼女はルーミア。私と同じ妖怪だ。しかも、人喰い妖怪という妖怪らしいことをしている妖怪だ。でも、外見だけでは妖怪とは分からないだろう……なにせ、見た目が愛らしい。
ショートの金髪にくりくりとした目、八重歯が覗く口元に柔らかそうな頬。どれもがかわいい。この無防備な容姿に騙されて、何人もの人間が彼女の胃袋の中に入って行ったって聞いている。
ちなみに洸太は相手が人喰い妖怪ということなので木陰に隠れさせている。一応洸太にも、ルーミアは人喰い妖怪だと説明しているが、『別に大丈夫だよ』と洸太は言った。けど、会わせたらどうなるか分からない。ルーミアを信じていないというわけではないのだが……念のため。
「なんか、色々なとこ飛び回ってそうだから……」
「って言われても……今はどこも暖かくないよ?」
なるほど、確かに。ルーミアの言うことはもっともだ。今は秋に近くなっている。最近夜は冷えるようになってきたし、秋らしさが見え隠れしている。
それに、暖かいところと急に言われても、簡単に浮かんでくるものでもないしね。
「……そうだね。ごめん、ありがとう」
「ありがとう」
「ごめんなのだー……」
仕方ない、次は藍様に……んっ?
「じゃあね!」
こ、こここここ洸太ぁぁああ!!!!????
「ちょっと、洸太!! 何で出てきたのっ!?」
「えっ? だってお礼ぐらい言っとかないと」
こんにゃろぉ、自分の立場わかってるの!? 洸太見つかったら食べられるんだよっ!? あんだけ説明したのに、喰われたいのかこいつはぁぁああ!!!!
「へっ?」
ほらぁ、ルーミアも面喰らってるしっ! やばいやばいやばいっ!! 早く撤退しないと洸太が喰われちゃう!!
「じゃあねっ!! ルーミア!!」
「あっ……ちょっと待っ―――」
「おっ?」
私は洸太を担いでそそくさとその場から撤退した。
こう見えても私は妖怪。洸太一人を持ちあげられる力はある。今はその力がありがたかった。ルーミアの食欲が目覚めれば……ああ、目も当てられない状況になるに違いない! 私たちの道のりは前途多難だね、全くっ!!
***
ルーミアをなんとか巻くことができた私たちは、次の目的地へと向かっていた。
あれから考えてみたけども、物知りな私の主人の所に行くことにした。
―――八雲 藍。それが私の主人名だ。何の主人かと言えば―――
「私は式なんだ」
「えっ?」
主呼ぶ時颯爽と現れ、主人の剣となり盾となって、助ける。その式だ。さっきのルーミアの時のことを洸太に怒りながら、ついでに説明していた。
「橙は唯の妖怪じゃなかったんだねっ!」
「う、うん……まぁね」
洸太はまた輝くような笑みを浮かべている。でも……今度は、私の胸が痛んだ。
私は弱い。ルーミアから逃げるぐらい。
本気を出せば、ルーミアに勝てないことはないけれども、洸太が思い描いているほど強くはない。式というのも名ばかりだ。私は藍様を―――守れたことなど、あっただろうか。いつも助けられてばかりで、何かできたことなどあっただろうか? 少なくとも、私の記憶にはなかった。
「……どうしたの? 暗い顔して」
「えっ? ううん、なんでもない」
洸太は私の言葉と表情から何かを悟ったのだろうか、心配そうな顔を私に向けている。そんなに暗い顔をしていたのかな、私……。危ない危ない。人間に心配されるようじゃ、妖怪の名折れだね。
「ほら、次行くよ!」
「えっ? う、うん……」
それから洸太は、私の後ろについて歩いていた。時折私が足早に歩を進めると、つまずきながらも、同じ速さで付いてくる。私が足を止めると、洸太も止まる。
私にぴったりと付いてきていた。そして、絶対に私を追い抜くことはない。私が振り返ると、必ず満面の笑みで私を見ている。
(やっぱり変なやつだ……)
私はそんな洸太を見るたび、その思いを大きくさせていた。
「いい、洸太。ここから先は、人間が絶対入っちゃいけないところなんだよ! ルーミアの時みたいに出てきちゃ駄目だからね!」
「うん、分かった! 大丈夫!」
……本当にわかってるのかな? ルーミアの時も同じような返事だったような気がするけど……
私たちは今、藍様が住んでいる屋敷のそばの茂みに隠れている。ここでも洸太を隠さなきゃいけないから大変だ。別に藍様に見つかるのはいい。やさしく洸太を迎えてくれて、見逃してくれるだろう。……けど、
「紫様は、そうもいかないからねぇ……」
「…? 橙、何か言った?」
「えっ!? う、ううん!! 何も言ってないよ!!」
こっそりと呟いたつもりだったが、洸太にも聞こえてしまったらしい。少し慌ててしまった。私自身が緊張していたのもあったのだろう。
……やっぱりここに来ると緊張しちゃうな……なにせここには―――藍様の主人がいるのだから。
―――八雲 紫。それが藍様の主の名前だ。この幻想郷で最強の妖怪。そう言えば聞こえはいいけれど……とにかくでたらめに強いのだ。わけがわからないくらい。……で、その紫様の式が藍様。……混乱するね。簡単に言えば、紫様の式が藍様で、藍様の式が私なの。つまり私は『式の式』。こう見ると、ますます私いらないね。まぁいいか、そんなことは……
そういうわけで、ここは、正確には紫様の屋敷なの。しかもここは誰にも知られちゃいけない場所。この場所を知ってしまった者を、紫様は容赦しない。人だろうと妖怪だろうと、だ。
洸太を置いてきても良かったのだけれど、そのまま置いといたら、ルーミアでなくとも、そこいらの妖怪に襲われてしまいそうだったから仕方なく連れてきた。
「絶対に出てきちゃダメだよ!」
私は洸太にもう一回伝えて私は屋敷の中に入っていった。
その時、私は知らなかった。―――洸太が、悲しそうな顔を浮かべて、私を見ているのを……
「橙……」
そう、洸太が呟いたのだけは……分かっていた。
「藍様ぁーーー! いませんかぁーーー!」
静まり返った屋敷の中に私の声が響き渡った。それほど広くはない屋敷だから、この屋敷に居ればわたしの声は必ず届いているはず。でも、返事はなかった。静まり返る空間があるだけだった。紫様がいる気配もない。
「藍様ぁーーー!!」
もう一度、今度はさっきより大きな声で呼んでみる。……やっぱり、返事は返ってこない。
「いないのか―――」
「藍ならいないわよ?」
「おわっ!!!」
いきなり後ろから聞き慣れた澄んだ声が聞こえてきた。私は、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには、私が、最も恐れていた人物がいた。
「ど、どうも……紫様……」
「ふふっ、おはよう、橙」
この人が紫様だ。長い金髪に白い帽子が特徴の見た目は普通の女の人。でも、この人の妖力は計り知れない。今でこそ抑えられているけど、本気になれば、私はその妖力にあてられてしまう。藍様でも時々クラっとするそうだ。
紫様はいつどこに現れるかわからない。いきなり現れたかと思うとすぐにどこかへいなくなってしまう。それかここでずっと寝ている。一言で言ってしまえば、神出鬼没なのだ。
そんな紫様が起きて私の目の前にいる。さっきの私の声で起こしてしまったのだろうか……
「起きて……らしたのですね……」
「ええ。面白い気配がしてね」
ぎくっ……。『面白い気配』って……。もしかして、洸太のこと……バレた…かな……
「橙」
「は、はいっ!」
急に張りつめたような声と表情に私の緊張はピークに達していた。喉は渇くし、背中は凍えるように寒いし、頭の中はどうやってごまかそうかとフル回転だしと、体中が大変なことになっていた。
どんなことを言われても覚悟していたけど、紫様から出た言葉は私が予想していた言葉とは遠くかけ離れていた。
「中途半端にしては、だめよ?」
「えっ……」
「それと、あまり気に病むことはやめなさい。藍が悲しむわ」
「あの…紫様……?」
「藍なら人里へ買い物に行ったわ、藍に用事ならそこへ行きなさい」
「あっ、はい……。分かりました……」
紫様は、さっきの表情からは想像できないくらい、やさしい笑みを浮かべて屋敷の奥へと行ってしまった。
紫様は、結局何が言いたかったのだろう……気に病むって……私は結構、自由奔放に生きてきたと思う。思い当たる節はない。それに、中途半端にしてはだめって……何を?
考えれば考えるほど、混乱するばかりだった。
紫様に言われたことが気になったけど、とりあえず次に行く場所は決まった。
人里。ここは文字どおり、人間たちが作った里だ。ここ、幻想郷にはたまに人間が迷い込んでくることがある。洸太のようなやつがいい例えだと思う。洸太はたまたま私と会えたから運が良かったけど、本来なら、迷い込んで来た人間の末路は三つ。
一つは、博麗の巫女が見つけ追い出す。これは運が良い方だね。生きて出られる。
一つは、良心的な者に助けられ、人里が身を預かる。これは生きられるけど、きっともう外の世界へは帰れないね。
そして、最後は……そこいらの妖怪に喰われる。これは最悪。帰るどころか生きられない。
とまぁそんな感じで、助けられた人がどんどん集まった集落、それが人里。ちなみにここには、安全と確認が取れている妖怪もたまに足を踏み入れているらしい。私は滅多に行くことはないからよく分かんないけど……
「洸太! 次行くよ!」
私は近くの茂みに居るはずの洸太に呼び掛ける。
「……洸太?」
でも、私はなんとなく嫌な予感がしていた。できれば、その予感は当たって欲しくはなかったのだけど―――
「……はぁ、やっぱり」
―――そこに、洸太の姿はなかった。ルーミアの時といい、どうして洸太はじっとしていられないのかな? 全く、自分勝手なことばかりされても困る。私がどれだけ気を配っているか、洸太は知らないんだろうなぁ。きっと。そう考えると、ちょっとだけ腹が立った。
「……探そうか、そこまで遠くへは行ってないよね」
私は、洸太を探しに屋敷の近くの森へと足を踏み入れた。
続く。
そそわの読者は東方が初めてということはないだろうし、自己紹介や人物紹介で話の流れを止めちゃうとテンポが悪い。
人物の描写は会話の流れや仕草で表現した方が不自然さがないです。
そうすると自ずと話を長くなるわけですが……。
底が知れないオリキャラは結構困りモノな気もします。
感情移入もしにくいし、狂言回しにしては超然としすぎてて楽しいとは言い難い。
今の段階だと橙の理由なきお人好しに甘える困ったちゃんなだけに思えてくる。
謎を謎なまま「続く」となる作品で、読者にストレスを感じさせないようにするには、単体でも読ませるくらい物語が動かしておいた方がいいんじゃないかと。
つまり意味深な展開にするなら、キャラと世界観が立つ程度には長く書いてから投稿して欲しかったと思いました。