例えば、君が夜の散歩をしている時にいきなり月に話しかけられたらどうだろうか。
「いやあどうも月さん、最近は兎の奴等もあなたのとこで餅つきばっかして。その節ではすいません」みたいに適当な世間話に入るか、あるいは「こら、こんな時間に出歩いてはいけないよ」と諭すべきか。何れにしても、知らない物とのファーストコンタクトとは難しいものである。
ここに、ちょうどそのシチュエーションに遭遇した古明地こいしがいる。彼女は、いつもの放浪癖により、夜中の散歩としけ込んでいたのだ。
「どうも、こんばんは。ご機嫌いかがでしょう」
「あらこんばんはお月様。今日もご綺麗なことで」
なんと立派な反応であろうか。月から突然話しかけられて、冷静に挨拶を返しさらに世辞まで飛ばせるような人物は、妖怪であってもそうそう居ないだろう。きっと、あの何物にも無頓着と評判の博麗神社の巫女でも、驚いてその場に飲んでいたお茶をひっくり返しかねないというのに!
「お上手ですね。こんな夜中にお散歩でしょうか」
「ええ、暇だったのでつい」
「そうですね、今日は星も調子が良くて輝いてますから、絶好の散歩日和でしょう」
「はい、とても」
そうこうしている間に彼女(そういえば、月の性別は如何なものなのか。とりあえずは彼女で統一しておいて問題はあるまい)たちのゆったりした、もっと言えばよくわからない当人達だけの了解で会話は進んでいく。まあこれは幻想郷の妖怪たちに共通することであまり驚く所ではないのかもしれないが。
「それで、お月様は一体どうして私に話しかけてきたのですか? 何か変わったことでもありますでしょうか」
返す言葉でこいしが本題に切り込んでいく。ふわふわした性格と髪型とは言え、彼女は中身のない世間話というのは好まないのであった。
「いえ、特にこれと言った用事は無いのですが、急に夜の顔が見たくなりまして」
「夜といえば、夜ですね」
「そうですね、夜です」
ここで初めてこいしが困惑の表情を見せた。夜だぁ?そんなもんその辺を見れば広がってるじゃねえか大丈夫かこいつ、と言わんばかりの表情である。さっきまでの星調子良いですよねーみたいな話をしてた彼女はどこへやら、一瞬にして疑念の顔である。しかし、それでも話を聴き続ける辺り、やはり好奇心の力は偉大なのであった。
「しばらく前までは、ちょくちょく私の所に来てくださっていたのですが、最近はめっきり姿を見せてくださらないのですよ」
「それは、大変ですね」
「本当に、私もついに嫌われてしまったのでしょうか」
そう言ってさめざめと泣き出す月。さすがのこいしでも、月の慰め方というのはとんと心当たりがなく「太陽あたりと駆け落ちしちゃっていいんじゃない?」というジョークなのか皮肉なのかあるいは新しい方向性なのか、よくわからない言葉を飲み込んで狼狽えるばかりであった。
「そんなこと無いよ! アイツが月ちゃんのことをわかってないだけ!」
急に後ろから甲高い声が響いたと思ったら、星が会話に参加してきた。こいしは少し頭の痛くなるような感じを受けながらも、このまま月に泣かれ続けるよりはマシかなと思い、何も言わずに星の話を聞いていた。
「星じゃないですか、どうしてこんなとこに」
「どうせアンタがまた泣いてると思って探してたのよ!」
「ううう……それでも、やはり私では」
「もう! なんでいちいちそう卑屈になるのよ。もうちょっと自信を持ちなさい」
要約するとこんな感じの会話を20ループぐらい聞かされて、こいしは足が棒になるどころか地面と一体化する感覚を味わっていた。しかし月とか星って奴がここまで話好きだとは誰が思っただろうか、今度本なんかで「星が静かに輝いていた」なんて描写があったら破り捨ててやろう、と彼女はぼんやりとする頭で思った。
「そこのアンタ! まさか月をたぶらかそうとしてたんじゃないでしょうね?」
「え? いやさすがに恋愛対象としては見れないっていうか」
いきなり話を振られて動揺するこいし。流石に自分にそんな役回りが回ってくるとは思わずとっさに意味不明な言葉を発してしまった。
「恋愛対象としては見れないってことは……月とは遊びだったわけ!?」
「んなわけないでしょ!?」
「じゃあどういうことなのよ! 説明しなさいよ!」
「なんか急に泣き付かれちゃって」
「そう、その泣いてるとこにつけ込んだってわけね、最低」
「ど、どうしてそういう方向に話が進んでいくの?」
とにもかくにも悪化していく状況に、こいしはどうしようもない無力感を感じた。頑張って色々と弁護するも話はどんどん悪い方に転がり、弁護を求めて月を見てもただただ泣き崩れるばかり。読者の中にも、一度は経験したことがあるのではないだろうか。女の涙というのは面倒なものである。
さて、流石に疲れて弾幕でも放って全部終わらせてやろうかと物騒な考えを持ち始めたこいしの元に救世主が訪れた。
雨が降り始めたのである。まるで雨に流されるように二人の姿はすっと消え、こいしはついに修羅場から解放されたとほっと一息ついた。さてさてもう散歩なんてテンションじゃ無くなったし帰るか、と思ったところそう、お察しの通りだ。雨が話しかけてきた。
「いやー、しかしあんさんも大変やったね」
「あ、はいありがとうございます」
一気に胡散臭い奴がやって来たな、と思った。そう思ったので、今度は全力でダッシュして逃げた。流石にここから「いやー、最近自分雲と結婚したんやけど、写真見るか?なかなか美人やで?」なんて絡まれ方をされた日には、もうずぶ濡れどころから心の臓までふやけてしまうことが予想できたからだ。一心不乱に走って走って、地底まで帰って、地霊殿に駆け込んで、服を全部脱いで洗い物の桶のなかに放り込んで、ベッドに寝そべった。
ベッドの上でこいしは、今日の散歩のことを振り返ってみる。とりあえず好奇心で知らない人と会話をするのはやめよう、例えそれが馴染みのある人でも、という教訓を胸に刻み、部屋の明かりを消して、パジャマに着替えて布団の中へと潜り込んだ。
誰にでも無く「おやすみ」とつぶやくと、どこからともなく「おやすみ」と返ってきた。さてさて、次は枕かベッドかあるいは暗闇か、私は無事に眠れるのだろうか、とこいしは思った。
なんと言いますか
引きこまれる感じで
やっぱり素敵でした。
ゆるふわでした
こいしちゃんらしさが出てて良かったです
こいしちゃんでも戸惑うレベル…だと…
面白かった
そりゃあ、寂しくなんてないな。
こいしちゃんの世界って感じがしました
タイトルといい出だしの掴みといいすごく魅力的で、その魅力を最後まで失わなかったのはすごいと思う、けれど最後にあと一歩、何かどんでん返しというか、踏み込んだ解釈が欲しかったというのはわがままでしょうか。
不思議ではあるんだけど、結局不思議なだけで終わってしまって、何が何だかよくわからなかった印象。
月や雨と会話できる、という素敵な世界観を生かしてもっと話が広げられるような気がしたのですよ。
でも、私が頭固いだけなんだろうなあ。
違う
喋っているのに月の声が聞こえぬ私達が異常なのだ。
但願人長久 千里共嬋娟
次回作を愉しみに待っております。
とりあえずもう少し読みたかったです。
とりあえず、出先で読んで、笑い堪えるのに必死でした。
面白かったです!
実は星が虎のほうかと思ったのは内緒
こいしちゃんのゆるふわワールド素敵ですね
本当どうしてこいしちゃんはこんなにもふわふわなんでしょうね
こいしちゃんだと痛い子に見えない、不思議!